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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-06
(45)【発行日】2022-07-14
(54)【発明の名称】プラスチック積層体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 7/022 20190101AFI20220707BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20220707BHJP
   G02B 1/14 20150101ALI20220707BHJP
【FI】
B32B7/022
B32B9/00 A
G02B1/14
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019134009
(22)【出願日】2019-07-19
(65)【公開番号】P2021016995
(43)【公開日】2021-02-15
【審査請求日】2021-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102532
【弁理士】
【氏名又は名称】好宮 幹夫
(74)【代理人】
【識別番号】100194881
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 俊弘
(72)【発明者】
【氏名】兼子 達朗
【審査官】松浦 裕介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/090172(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第102695565(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0276394(US,A1)
【文献】特開2011-011424(JP,A)
【文献】国際公開第2011/040541(WO,A1)
【文献】特開平11-240103(JP,A)
【文献】特表2009-527786(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101553743(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC B32B 1/00 - 43/00
G02B 1/00 - 1/18
B05D 1/00 - 7/26
C08J 7/04 - 7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチック基材および該プラスチック基材上に形成されたハードコート層を含むプラスチック積層体であり、
前記ハードコート層が、ポリシラザン化合物および平均粒径が20~100nmであるナノシリカを少なくとも含むハードコート剤の硬化膜からなり、
前記ハードコート層の前記プラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的な硬度差が設けられたものであり、
前記ハードコート層において、前記表層側が前記プラスチック基材側より高硬度であって、
前記ナノシリカの平均粒径は、BET吸着法によりN ガスを用いて比表面積を測定し、ピクノメーター法により粒子密度を測定して、下記式を用いて算出したもの
であることを特徴とするプラスチック積層体。
d=6,000/ρs
d:粒子直径[nm]
ρ:粒子密度[g/cm
s:比表面積[m /g]
【請求項2】
前記ハードコート層の厚さが30~100μmのものであることを特徴とする請求項に記載のプラスチック積層体。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のプラスチック積層体の成形体を含むものであることを特徴とする輸送用車両のフロントウィンドウ。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載のプラスチック積層体の成形体を含むものであることを特徴とする輸送用車両の前照灯レンズ。
【請求項5】
プラスチック積層体の製造方法であって、
プラスチック基材上に、ポリシラザン化合物および平均粒径が20~100nmであるナノシリカを少なくとも含むハードコート剤を塗布する工程と、
該塗布したハードコート剤を硬化させることによりハードコート層を形成する工程とを含み、
該ハードコート層を形成する工程において、少なくとも、前記ハードコート剤を塗布したプラスチック基材へのエネルギー線の照射により、前記ハードコート層の前記プラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的な硬度差を発生させ
前記ハードコート層において、前記表層側が前記プラスチック基材側より高硬度とし、
前記ナノシリカの平均粒径は、BET吸着法によりN ガスを用いて比表面積を測定し、ピクノメーター法により粒子密度を測定して、下記式を用いて算出したもの
とすることを特徴とするプラスチック積層体の製造方法。
d=6,000/ρs
d:粒子直径[nm]
ρ:粒子密度[g/cm
s:比表面積[m /g]
【請求項6】
前記エネルギー線がエキシマ光であることを特徴とする請求項に記載のプラスチック積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高硬度かつ耐摩耗性に優れたプラスチック積層体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリカーボネートなどを代表するプラスチックはガラスに比べて靭性、軽量性、加工成形性に優れているため、ガラスを使用していた部材をプラスチックに置き換える試みが各分野において顕著になってきている。特に自動車分野ではフロントウィンドウ、リアウィンドウ、サイドウィンドウ、ルーフウィンドウなど外装の多くの面積をウィンドウが占めており、これらの部材をガラスからポリカーボネートなどのプラスチックに替えることで様々なメリットがある。
【0003】
まず一つ目は車重の大幅な軽量化である。車業界では軽量化が燃費の向上に直結するため積極的に各部材の軽量化を進めてきたが、安全性の観点から現状以上に大幅な軽量化を行うことは難しいとされている。しかし、プラスチック材について安全基準を満たすレベルに改質することができれば抜本的な軽量化が可能になる。また、ウィンドウ自体の荷重の削減のみならず靭性の低いガラスウィンドウを支えるために必須であった金属フレームをなくすことが可能になるため総合的に部材数を減らすことでコストダウンも期待できる。
【0004】
また二つ目のメリットはデザイン性、加工性の向上である。従来のガラスでは形状に大きな制約があり全車種で似通ったデザインになってしまっていたが、加工しやすいプラスチックを使用することで、従来にはないデザインの車を生産することが可能になる。
【0005】
しかし、これらのメリットを得るためには使用するプラスチックが車の安全基準を満たす必要がある。
【0006】
わが国では2017年7月以降からリアウィンドウに加えてフロントウィンドウでもプラスチックを使用することができるように保安基準が改正された。そこでプラスチックウィンドウの安全性を高める試みが盛んに行われている。安全性の向上方法としてはハードコート処理によるものが主流であり、プラスチック表面の鉛筆硬度や耐摩耗性の向上を目的としている。走行中に飛び石などが当たることが十分に想定されるため、表面硬度として鉛筆硬度が硬いことも求められる。また、砂などが挟まった状態でワイパーにより擦られることが想定されるフロントウィンドウやリアウィンドウでは耐摩耗性が求められる。
【0007】
ハードコートとしては2層もしくは3層コートによるものが多く、トップコートにシリカ微粒子を混ぜたエポキシ系シラン、アクリル系シラン、アルコキシシランなどからなるハードコート層を使用したものが報告されている(例えば、特許文献1参照)。しかし、この方法ではワイパーのないルーフウィンドウでは使用できるが、フロントウィンドウやリアウィンドウでは耐摩耗性が不十分である。
【0008】
また、トップコートに鱗片状の金属酸化物微粒子を使用する方法(例えば、特許文献2参照)が報告されているが、この方法では耐摩耗性は良いが鉛筆硬度が不十分である。
【0009】
鉛筆硬度および耐摩耗性の向上のためにトップコート層にCVDによる緻密なシリカを形成する方法も報告されている(例えば、特許文献3参照)。しかし、CVDによるシリカ膜の形成はバッチ生産だったり、数百℃の高温が必要だったりするため生産性が低く、1車種で毎月数千から数万台生産する自動車工場では受け入れがたい工程である。
【0010】
そこで、上記の課題を解決するためにプラスチック基材の表面を高硬度化および高耐摩耗性を付与でき、なおかつ簡便で生産性の高い手法の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2015-66886号公報
【文献】特開2013-170209号公報
【文献】国際公開2017/115819号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、プラスチック基材の表面硬度および耐摩耗性を向上させたプラスチック積層体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を解決するために、本発明は、プラスチック基材および該プラスチック基材上に形成されたハードコート層を含むプラスチック積層体であり、
前記ハードコート層が、ポリシラザン化合物および平均粒径が20~100nmであるナノシリカを少なくとも含むハードコート剤の硬化膜からなり、
前記ハードコート層の前記プラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的な硬度差が設けられたものであることを特徴とするプラスチック積層体を提供する。
【0014】
本発明のプラスチック積層体であれば、ハードコート層のプラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的に硬度差が生じていることによって、任意の深さX地点とそこから微少量aだけ深さが変化したX+a地点における硬度差が極めて小さくなり、段階的に硬度が変化する場合と比べて線膨張差などによる剥離やクラックを生じにくくすることができる。そのため、剥離やクラックに起因する摩耗の進行を抑制することができ、プラスチック基材に高硬度および高耐摩耗性を付与することが可能である。
【0015】
このとき、前記ハードコート層において、前記表層側が前記プラスチック基材側より高硬度であることが好ましい。
【0016】
このようなプラスチック積層体であれば、プラスチック基材側は柔らかく、表層側は硬くなるように硬度差を設けることでクラックの発生をさらに抑制することができる。そのため、クラックを起点とする摩耗の進行をさらに抑え、耐摩耗性をより向上させることができる。
【0017】
また、前記ハードコート層の厚さが30~100μmのものであることが好ましい。
【0018】
このような範囲であれば、硬度と耐クラック性を両立することができる。
【0019】
また本発明は、上記記載のプラスチック積層体の成形体を含むものであることを特徴とする輸送用車両のフロントウィンドウを提供する。
【0020】
本発明のプラスチック積層体の成形体であれば、表面硬度および耐摩耗性が求められる輸送用車両のフロントウィンドウにも好適に用いることができる。
【0021】
また本発明は、上記記載のプラスチック積層体の成形体を含むものであることを特徴とする輸送用車両の前照灯レンズを提供する。
【0022】
本発明のプラスチック積層体の成形体であれば、表面硬度および耐摩耗性が求められる輸送用車両の前照灯レンズにも好適に用いることができる。
【0023】
また本発明は、プラスチック積層体の製造方法であって、
プラスチック基材上に、ポリシラザン化合物および平均粒径が20~100nmであるナノシリカを少なくとも含むハードコート剤を塗布する工程と、
該塗布したハードコート剤を硬化させることによりハードコート層を形成する工程とを含み、
該ハードコート層を形成する工程において、少なくとも、前記ハードコート剤を塗布したプラスチック基材へのエネルギー線の照射により、前記ハードコート層の前記プラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的な硬度差を発生させることを特徴とするプラスチック積層体の製造方法を提供する。
【0024】
本発明のプラスチック積層体の製造方法であれば、ハードコート層のプラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的に硬度差を発生させることによって、任意の深さX地点とそこから微少量aだけ深さが変化したX+a地点における硬度差が極めて小さくすることができ、段階的に硬度が変化する場合と比べて線膨張差などによる剥離やクラックを生じにくくすることができる。そのため、剥離やクラックに起因する摩耗の進行を抑制することができ、プラスチック基材に高硬度および高耐摩耗性を付与することが可能である。また、このような方法であれば、硬度の異なる層の積層工程を繰り返す必要がないため、生産性も向上させることができる。
【0025】
また、前記エネルギー線がエキシマ光であることが好ましい。
【0026】
エキシマ光は、ポリシラザン化合物による吸収率が高く照射時にプラスチック基材まで到達しにくいため、より確実に連続的な硬度差を発生させることが可能となる。
【発明の効果】
【0027】
本発明のプラスチック積層体及びその製造方法であれば、ハードコート層のプラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的な硬度差によって、任意の深さX地点とそこから微少量aだけ深さが変化したX+a地点における硬度差が極めて小さくなり、段階的に硬度が変化する場合と比べて線膨張差などによる剥離やクラックを生じにくくすることができる。そのため、剥離やクラックに起因する摩耗の進行を抑制することができ、プラスチック基材に高硬度および高耐摩耗性を付与することが可能である。
また、本発明のプラスチック積層体の製造方法であれば、硬度の異なる層の積層工程を繰り返す必要がないため、生産性も向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明における連続的な硬度差が設けられたハードコート層(実線)及び従来の段階的な硬度差が設けられたハードコート層(点線)を示す概略図である。
図2】実施例2での硬度変化を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明について詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0030】
<プラスチック積層体>
本発明は、プラスチック基材および該プラスチック基材上に形成されたハードコート層を含むプラスチック積層体であり、
前記ハードコート層が、ポリシラザン化合物および平均粒径が20~100nmであるナノシリカを少なくとも含むハードコート剤の硬化膜からなり、
前記ハードコート層の前記プラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的な硬度差が設けられたものであることを特徴とするプラスチック積層体である。
【0031】
本発明のプラスチック積層体は、プラスチック基材および該プラスチック基材上に形成されたハードコート層を含むものである。以下、本発明のプラスチック積層体に含まれるプラスチック基材及びハードコート層について説明する。
【0032】
[プラスチック基材]
本発明におけるプラスチック基材は用途によって任意の材質を使用できる。なお、本発明におけるプラスチックとは合成樹脂のことを指す。プラスチック基材として、具体的には、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリスチレン(PS)、ポリ酢酸ビニル(PVAc)、ポリウレタン(PUR)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、アクリロニトリルブタジエンスチレン樹脂(ABS)、アクリル樹脂(PMMA)などの汎用プラスチック、ポリアミド(PA)、ナイロン、ポリカーボネート(PC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)などのエンジニアリングプラスチック、非晶ポリアリレート(PAR)、ポリサルフォン(PSF)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリイミド(PI)、ビスマレイミド樹脂(BMI)、ポリエーテルイミド(PEI)などのスーパーエンジニアリングプラスチックなどが挙げられる。その中でも靭性、加工性、光透過性などに優れるポリカーボネートやアクリル樹脂が好ましく、特に安価なポリカーボネートがより好ましい。
【0033】
[ハードコート層]
本発明におけるハードコート層は、ポリシラザン化合物とナノシリカを必須成分として少なくとも含むハードコート剤の硬化膜からなる。また本発明におけるハードコート層は、ハードコート層のプラスチック基材側とその反対側の表層側に連続的な硬度差を設けられたものであることが必須となる。
【0034】
ここで、図1を参照して、本発明における連続的な硬度差を説明する。図1は、本発明における連続的な硬度差が設けられたハードコート層(実線)及び従来の段階的な硬度差が設けられたハードコート層(点線)を示す概略図である。本発明において、「連続的な硬度差」というのは、ハードコート層の深さ方向(厚さ方向)に硬さを測定した場合、例えば、図1に示す点線のように硬さが一定の領域と急激に硬さが低下する点とが交互に現れるのではなく、実線のように深さ方向に徐々に硬さが低下し続ける状態を指す。連続的な硬度差を設ける理由は耐摩耗性の向上のためである。連続的に硬度差が生じていることによって、任意の深さX地点とそこから微少量aだけ深さが変化したX+a地点における硬度差が極めて小さくなり、従来のような段階的に硬度が変化する場合と比べて線膨張差などによる剥離やクラックが生じにくくなる。このようなハードコート層が形成されたプラスチック積層体であれば、剥離やクラックに起因する摩耗の進行を抑制することができ、プラスチック基材に高硬度および高耐摩耗性を付与することが可能である。
【0035】
また、ハードコート層において、プラスチック基材側は柔らかく、表層側は硬くなるように硬度差を設けられたものであることが好ましい。このようなものであれば、表面の硬度を上げたものであっても、比較的柔らかいプラスチック基材上に硬いハードコート層が製膜されていることで、線膨張係数の差やヤング率の差からクラックが発生し、そこを起点に摩耗が進行することを抑制することができる。そのため、耐摩耗性をさらに向上させることが可能となる。
【0036】
また、ハードコート層の厚さは硬化膜厚全体で30~100μmであることが好ましく、より好ましくは40~60μmである。このような範囲内であれば硬度と耐クラック性が両立できるため好ましい。ハードコート層は、連続的な硬度差が設けられていれば、単層であっても2層以上の複層構造でも良い。
【0037】
[ポリシラザン化合物]
ポリシラザン化合物としては硬化することによってハードコート剤として作用するものであれば特に制約はない。例えば、無機ポリシラザンであるペルヒドロポリシラザン、もしくは有機ポリシラザンであるメチルポリシラザン、ジメチルポリシラザン、フェニルポリシラザン、ビニルポリシラザンなどの変性ポリシラザン、ポリシラザンと化学的に反応し架橋構造を生成するヒドロキシル基、ビニル基、アミノ基、シリル基などのポリシラザンと化学的に反応し架橋構造を生成する反応基を有する炭化水素化合物、環状飽和炭化水素化合物、環状不飽和炭化水素化合物、飽和複素環化合物、不飽和複素環化合物およびシリコーン化合物などの化合物と化学的に架橋された架橋ポリシラザンなどが挙げられる。上記ポリシラザン化合物は、1種単独、もしくは2種以上のその中から選定されたポリシラザン混合物、あるいは2種以上のポリシラザン構造からなるポリシラザン共重合体を含むことが好ましく、硬化後の膜特性の観点から1分子中にケイ素原子に直接結合した水素原子(ヒドロシリル基)を少なくとも1つ以上含むことが更に好ましい。
【0038】
また、ポリシラザン化合物は塗布時の作業性の観点から重量平均分子量が100~100,000の範囲内であることが好ましく、1,000~50,000の範囲内であることがより好ましく、2,000~20,000の範囲内であることがさらに好ましい。重量平均分子量が100以上であれば、揮発性が高く、有機溶剤の乾燥および硬化処理時に揮発することで塗膜の膜質が劣化する恐れがなく、100,000以下であれば、有機溶剤に対する溶解性が低下することがない。
【0039】
なお、本発明中で言及する重量平均分子量とは、下記条件で測定したゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)によるポリスチレンを標準物質とした重量平均分子量を指すこととする。
[測定条件]
展開溶媒 :テトラヒドロフラン(THF)
流量 :0.6mL/min
検出器 :UV検出器
カラム :TSKgel Guardcolumn SuperH-L
TSKgel SuperMultiporeHZ-M(4.6mmI.D.×15cm×4)
(いずれも東ソー社製)
カラム温度:40℃
試料注入量:20μL(濃度0.5重量%のTHF溶液)
【0040】
さらに、前記ポリシラザン化合物は塗布時の作業性や保存安全性の観点から有機溶剤で希釈することが好ましい。希釈溶剤としては例えば、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、β-ミルセンなどのアルケン化合物、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ジメチルシクロヘキサンなどのシクロアルカン化合物、シクロヘキセン などのシクロアルケン化合物、p-メンタン、d-リモネン、l-リモネン、ジペンテンなどのテルペン化合物、酢酸n-プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸n-ブチル、酢酸イソブチル、酢酸イソアミル、アセト酢酸エチル、カプロン酸エチルなどのエステル化合物、ジエチルエーテル、ジブチルエーテルなどのアルキルエーテル化合物、ビス(2‐メトキシエチル)エーテル、ビス(2‐エトキシエチル)エーテル、ビス(2‐ブトキシエチル)エーテルなどのグリコールエーテル化合物などが挙げられる。希釈比率はポリシラザン化合物100質量部に対して溶剤が100~100,000質量部の範囲内であることが好ましく、400~2,000質量部であることがさらに好ましい。
【0041】
また、ポリシラザン化合物および希釈溶剤の水分は500ppm以下であることが好ましく、300ppm以下であることがより好ましい。水分が500ppm以下であれば、ポリシラザンと水分とが反応しないため、発熱、水素ガスやアンモニアガスの発生、増粘、ゲル化などを引き起こす恐れがなく好ましい。
【0042】
[ナノシリカ]
本発明におけるナノシリカは、ポリシラザン化合物の硬化収縮によるクラックを抑制するために添加され、平均粒径が20~100nmの範囲内であることが必須である。平均粒径が20nmより小さいとクラック抑制効果が乏しく、100nmより大きいと硬化膜を形成するためのハードコート剤を静置した際に沈降が起こりやすくなるため、均一なハードコート層とならずクラック抑制効果を得ることができない。また、ナノシリカの添加量はポリシラザン化合物100質量部に対して50~200質量部であることが好ましい。この範囲内であれば外観の透明性と耐クラック性が両立できる。また、ナノシリカ粒子の表面は表面処理剤などで処理されていても構わない。表面処理剤による処理を行うことで粒子同士の凝集を抑制し、分散性が良くなる場合がある。また、ナノシリカ表面にある水分やヒドロキシル基を覆うためポリシラザン化合物と不用意に反応しゲル化が起こることを抑制する効果も期待できる。
【0043】
なお、本発明におけるナノシリカの平均粒径は、BET吸着法によりNガスを用いて比表面積を測定し、ピクノメーター法により粒子密度を測定して、下記式を用いて算出した。
d=6,000/ρs
d:粒子直径[nm]
ρ:粒子密度[g/cm
s:比表面積[m/g]
【0044】
[添加物]
本発明におけるポリシラザン化合物には必要に応じて硬化触媒やナノシリカ以外のフィラーなどを添加しても構わない。硬化触媒は室温放置、加熱、UV照射などで硬化反応が促進されるものであれば特に制約はなく、例えば無機化合物触媒であれば、チタン、マンガン、コバルト、ニッケル、亜鉛などの周期表第4周期に属するdブロック元素、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金などの白金族元素などに代表される金属元素を含む均一もしくは不均一金属触媒、もしくはこれら金属元素を有する化合物が挙げられる。
【0045】
また、有機化合物触媒であれば、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、エチレンジアミン、テトラメチルエチレンジアミンなどの脂肪族アミン類、メチルアミノエタノール、ジメチルアミノエタノールなどの脂肪族アミノアルコール類、アニリン、フェニルエチルアミン、トルイジンなどの芳香族アミン類、ピロリジン、ピペリジン、ピペラジン、ピロール、ピラゾール、イミダゾール、ピリジン、ピリダジン、ピリミジンピラジンなどの複素環式アミン類などのアミン触媒などが挙げられる。
【0046】
その他の添加物としては例えば、ヒュームドシリカ、ヒュームド二酸化チタン、ヒュームドアルミナ等の補強性無機充填剤、溶融シリカ、アルミナ、酸化ジルコニウム、炭酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、二酸化チタン、酸化第二鉄、酸化亜鉛等の非補強性無機充填剤や紫外線反射剤、ベンゾフェノン系、ベンゾトリアゾール系、トリアジン系などの紫外線吸収剤、ヒドロシリル基、アルケニル基、アルコキシシリル基、エポキシ基から選ばれる官能性基を少なくとも2種、好ましくは2種又は3種含有するオルガノシロキサンオリゴマー、オルガノオキシシリル変性イソシアヌレート化合物およびその加水分解縮合物などの接着助剤、ジメチルシリコーンやフェニルシリコーンなどのシリコーンオイルなどが挙げられ、任意の割合で添加できる。
【0047】
また、本発明のプラスチック積層体は、特に、輸送用車両のフロントウィンドウ、前照灯レンズに好適に用いることができる。
【0048】
次に、本発明のプラスチック積層体の製造方法を説明する。
【0049】
<プラスチック積層体の製造方法>
本発明のプラスチック積層体は、ポリシラザン化合物とナノシリカを少なくとも含むハードコート剤をプラスチック基材上に塗布・硬化処理を行うことで製造される。
【0050】
[ハードコート剤を塗布する工程]
まず、プラスチック基材上に、ポリシラザン化合物および平均粒径が20~100nmであるナノシリカを少なくとも含むハードコート剤を塗布する。ハードコート剤を塗布する方法としては、例えば、チャンバードクターコーター、一本ロールキスコーター、リバースキスコーター、バーコーター、リバースロールコーター、正回転ロールコーター、ブレードコーター、ナイフコーターなどのロールコート法やスピンコート法、ディスペンス法、ディップ法、スプレー法、転写法、スリットコート法等が挙げられる。プラスチック基材のサイズや形状に応じて適切な方法で塗布することができる。また、必要に応じてハードコート剤を塗布する前にプラスチック基材の表面改質処理を行っても良い。表面改質処理工程としてはアルゴンプラズマ処理、キセノンエキシマ処理、UV処理などの不活性改質処理や酸素プラズマ処理、オゾン処理などの活性改質処理などが挙げられる。
【0051】
[ハードコート層を形成する工程]
次に、塗布したハードコート剤を硬化させることによりハードコート剤の硬化膜からなるハードコート層を形成する。ハードコート層の厚さは硬化膜厚全体で30~100μmとすることが好ましく、より好ましくは40~60μmとする。この範囲内であれば硬度と耐クラック性が両立できるため好ましい。ハードコート層は工程上の理由から単層が好ましいが2層以上の複層構造としてもよい。上述のようにしてハードコート剤の塗布によりハードコート塗膜を形成した後、該塗膜の硬化のため塗膜を加熱・乾燥処理することが好ましい。この処理は、塗膜中に含まれる溶媒の完全除去と、ポリシラザンからポリシロキサン結合への交換反応を促進するための硬化反応を目的とするものである。加熱・乾燥温度は通常室温(25℃)~300℃、好ましくは70℃~200℃の範囲内である。プラスチック基材は耐熱性に乏しいものが多いため70~120℃の範囲内であることが更に好ましい。プラスチック基材の加熱・乾燥工程の好ましい処理方法として、加熱処理や水蒸気加熱処理、大気圧プラズマ処理、低温プラズマ処理などがある。それぞれ対応するプラスチック基材、ハードコート塗膜などとの組み合わせにより選択される。
【0052】
また、本発明では、ハードコート層を形成する工程において、少なくとも、上記ハードコート剤を塗布したプラスチック基材へのエネルギー線の照射により、上記ハードコート層の上記プラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的な硬度差を発生させる。
【0053】
「連続的に」硬度差を設けるためにはいくつか方法があるが、通常は硬度の違う層を積層する工程が必要である。しかし、このような従来の方法では、何度も積層工程を繰り返すことで工程が煩雑となり、生産性が低下してしまう。本発明では、エネルギー線を照射することで被照射面から順に、内部に向かって連続的に高硬度化が起こり、照射量に応じて硬度差を設けることが可能である。この方法を用いれば硬度の違う層を積層する工程が不要になるため生産性を向上することができる。
【0054】
エネルギー線の種類は特に制約はないが、ハードコート層を硬化もしくはより緻密化する作用により連続的な硬度差を発生させる必要がある。エネルギー線としては例えば、波長が315~380nmのUV‐A、280~315nmのUV‐B、200~280nmのUV‐Cなどの近紫外線、10~200nmのエキシマ光などの真空紫外線、0.01~10nmのX線などが挙げられる。その中でもポリシラザン化合物に対して硬化および緻密化作用があるUV‐Cやエキシマ光が好ましく、更にはポリシラザン化合物による吸収率が高く照射時にプラスチック基材まで到達しにくいエキシマ光がより好ましい。照射量については特に制約はないが、具体的な値としては、ポリシラザン化合物に対してキセノンエキシマ光を照射する場合は1,000~500,000mJ/cmの範囲内であることが好ましい。1,000mJ/cm以上であれば、硬度差が有意に設けられるため好ましい。また、500,000mJ/cm以下であれば、塗膜全体が緻密になりすぎず、好ましい硬度差が得られるだけでなく、プラスチック基材を劣化させることもないため好ましい。
【0055】
なお、本発明において、上記ハードコート層の硬度は、MSE(Micro Slurry-jet Erosion)試験機MSE‐A(株式会社パルメソ社製)を用いて測定し、上記試験機で測定されるエロージョン率(μm/g)が小さいほど、高硬度であると評価した。測定は平均粒子径が5μmの球状シリカを水に対して3質量%添加し、スラリー状にしたものを上記装置の投射ノズルからサンプルに対して垂直に投射し、投射量に対して削れた深さをエロ―ジョン率として得た。この時の投射量はポリメチルメタクリレート(PMMA)樹脂のエロ―ジョン率が1.7μm/gとなるように設定した。この方法により、上記ハードコート層の厚さ方向の硬度変化を評価した。
【実施例
【0056】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0057】
[ハードコート剤Aの調製]
重量平均分子量3,284のメチルポリシラザン4gにジブチルエーテルを8g、エクソールD40を4g、粒径30nmのナノシリカを4g混合した。この溶液をハードコート剤Aとした。
【0058】
[ハードコート剤Bの調製]
重量平均分子量3,284のメチルポリシラザン4gにジブチルエーテルを8g、エクソールD40を4g、粒径50nmのナノシリカを4g混合した。この溶液をハードコート剤Bとした。
【0059】
[ハードコート剤Cの調製]
重量平均分子量3,284のメチルポリシラザン4gにジブチルエーテルを8g、エクソールD40を4g、粒径80nmのナノシリカを4g混合した。この溶液をハードコート剤Cとした。
【0060】
[ハードコート剤Dの調製]
重量平均分子量3,284のメチルポリシラザン4gにジブチルエーテルを8g、エクソールD40を4g、粒径200nmのナノシリカを4g混合した。この溶液をハードコート剤Dとした。
【0061】
[ハードコート剤Eの調製]
重量平均分子量3,284のメチルポリシラザン4gにジブチルエーテルを8g、エクソールD40を4g、粒径10nmのナノジルコニアを4g混合した。この溶液をハードコート剤Eとした。
【0062】
[ハードコート剤Fの調製]
重量平均分子量3,284のメチルポリシラザン4gにジブチルエーテルを8g、エクソールD40を4g、粒径100nmのナノアルミナを4g混合した。この溶液をハードコート剤Fとした。
【0063】
[プラスチック積層体の作製方法]
直径5cm、厚み2mmの円板状のポリカーボネート板に対して、硬化膜の厚みが50μmになるように上記ハードコート剤A~Fをそれぞれ塗布し、100℃で乾燥後に120℃で硬化させた。その後、キセノンエキシマ光10,000mJ/cmをハードコート層側から照射しハードコート層に硬度差を発生させた。
【0064】
[プラスチック積層体の評価方法]
上記方法で作製したプラスチック積層体の特性を評価した。評価は鉛筆硬度試験、テーバー摩耗試験を行った。なお、鉛筆硬度試験は鉛筆硬度試験器(ペパレス製作所製)を使用し、JIS K 5600‐5‐4:1999に従い750g荷重で行った。テーバー摩耗試験はテーバー摩耗試験機(テスター産業製)を使用した。JIS K 7204:1999に従い摩耗輪CS-10Fを用いて各500g荷重で1,000回転後のHAZE変化を、ヘーズメーター(日本電色工業製)を用いて測定した。
【0065】
[実施例1]
ハードコート剤Aを用いて上記方法でプラスチック積層体を作製した。その後上記評価方法で作製したプラスチック積層体を評価したところ、外観は無色透明で鉛筆硬度は9H、テーバー摩耗試験前後のHAZE変化はΔ0.5であった。
【0066】
[実施例2]
ハードコート剤Bを用いて上記方法でプラスチック積層体を作製した。その後上記評価方法で作製したプラスチック積層体を評価したところ、外観は無色透明で鉛筆硬度は9H、テーバー摩耗試験前後のHAZE変化はΔ0.3であった。
【0067】
[実施例3]
ハードコート剤Cを用いて上記方法でプラスチック積層体を作製した。その後上記評価方法で作製したプラスチック積層体を評価したところ、外観は無色透明で鉛筆硬度は9H、テーバー摩耗試験前後のHAZE変化はΔ0.3であった。
【0068】
[比較例1]
ハードコート剤Dを用いて上記方法でプラスチック積層体を作製した。その後上記評価方法で作製したプラスチック積層体を評価したところ、外観は凝集したナノシリカが肉眼で見え、部分的にクラックが発生していたため評価を打ち切った。
【0069】
[比較例2]
ハードコート剤Eを用いて上記方法でプラスチック積層体を作製した。その後上記評価方法で作製したプラスチック積層体を評価したところ、鉛筆硬度は9Hであったが外観は白色であったため評価を打ち切った。
【0070】
[比較例3]
ハードコート剤Fを用いて上記方法でプラスチック積層体を作製した。その後上記評価方法で作製したプラスチック積層体を評価したところ、鉛筆硬度は9Hであったが外観は白色であったため評価を打ち切った。
【0071】
[比較例4]
ハードコート剤Bを用いてキセノンエキシマ光照射を行わなかった以外は上記方法と同様にプラスチック積層体を作製した。即ち、ハードコート層の厚さ方向に硬度差を設けなかった。その後上記評価方法で作製したプラスチック積層体を評価したところ、外観は無色透明で鉛筆硬度は6H、テーバー摩耗試験前後のHAZE変化はΔ35.1であった。
【0072】
[比較例5]
実施例1と同様のポリカーボネート板に対して、ハードコート剤Bを硬化膜の厚みが25μmになるように塗布し、乾燥後、硬化させ硬化膜1とした。その後、硬化膜1と同様に、硬化膜1の上から、ハードコート剤Bを硬化膜の厚みが25μmになるように塗布し、乾燥後、硬化させ硬化膜2を形成させ、プラスチック積層体を作製した。このとき、硬化膜1、2の乾燥温度をそれぞれ25、40℃、硬化温度をそれぞれ100、120℃とすることで、表層側の硬化膜2をプラスチック基材側の硬化膜1よりも高硬度となるように段階的に変化させた。なお、キセノンエキシマ光照射は行なわなかった。その後上記評価方法で作製したプラスチック積層体を評価したところ、外観は無色透明で鉛筆硬度は6H、テーバー摩耗試験前後のHAZE変化はΔ32.6であった。
【0073】
実施例及び比較例の結果を表1に示す。
【表1】
【0074】
表1の結果から、実施例1~3では外観、表面硬度、耐摩耗性が十分であり車のウィンドウをはじめ様々な用途への展開が期待できるレベルの特性が示された。一方、比較例1では、ナノシリカのサイズが大きすぎるためハードコート剤の溶液中でシリカ粒子同士が凝集し、沈殿が発生した。また、塗布した際にも凝集体が目視で確認できた。比較例2~3においては、ポリシラザン化合物の屈折率とナノフィラー(ナノ粒子)の屈折率差が大きいため光の散乱が起こり、外観が白くなった。また、比較例4ではハードコート層の厚さ方向に硬度差を設けなかったため、表面硬度、耐摩耗性の両方が実施例1~3に比べて劣っていた。また、比較例5のように、段階的に硬度の異なる硬化膜を積層した積層体では、線膨張差などによる剥離やクラックが生じてしまい、耐摩耗性が実施例1~3に比べて劣っていた。しかも、このような方法は工程を繰り返す必要があるため、生産性に劣るものであった。
【0075】
また、実施例2について、ハードコート層の厚さ方向における硬度を測定した。硬度の測定はMSE(Micro Slurry-jet Erosion)試験機MSE‐A(株式会社パルメソ社製)を用いて行った。測定結果を図2に示す。
【0076】
図2より、エキシマ光を照射した実施例2のハードコート層では表層近傍の硬度が高いことがわかる。また、実施例2では表層から徐々に硬度が変化していることがわかる。
【0077】
以上の結果から、ハードコート層のプラスチック基材側とその反対側の表層側との間に連続的に硬度差が生じていることによって、線膨張差などによる剥離やクラックを生じにくくすることができ、プラスチック基材に高硬度および高耐摩耗性を付与することが可能であることが明らかとなった。
【0078】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
図1
図2