(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-07
(45)【発行日】2022-07-15
(54)【発明の名称】セレノネイン含有組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 1/15 20060101AFI20220708BHJP
A01N 1/02 20060101ALI20220708BHJP
C12P 17/10 20060101ALI20220708BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20220708BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220708BHJP
【FI】
C12N1/15
A01N1/02
C12P17/10
C12N5/07
C12N15/09
(21)【出願番号】P 2017206478
(22)【出願日】2017-10-25
【審査請求日】2020-10-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149032
【氏名又は名称】森本 敏明
(72)【発明者】
【氏名】市川 惠一
(72)【発明者】
【氏名】原 精一
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 恵子
(72)【発明者】
【氏名】村山 奈美枝
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 孝太
(72)【発明者】
【氏名】中澤 徹
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/026173(WO,A1)
【文献】特開2011-121914(JP,A)
【文献】World Journal of Biological Chemistry,2010年,Vol.1, Issue.5,p.144-150,DOI:10.4331/wjbc.v1.i5.144
【文献】Journal of Biological Chemistry,2010年,Vol.285, No.24,p.18134-18138,DOI:10.1074/jbc.C110.106377
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/15
C12P 17/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セレノネインを含有する形質転換体抽出物を含有し、
前記形質転換体は、
遺伝子AsEgtAにより形質転換された形質転換アスペルギルス・ソーヤである、
酸化ストレスに対する細胞保護用組成物(ただし、細胞増殖促進用組成物を除く。)。
【請求項2】
前記組成物は、細胞培養のために用いられる組成物である、請求項1に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セレノネインを含有する用途組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
セレン(Se)は周期表における第16族に属する元素、すなわち、酸素族元素(カルコゲン元素)の1種であり、ヒトにとって必須の微量元素である。セレンは、生体内では、抗酸化反応に関与する酵素やタンパク質の一部を構成する。藻類、魚介類、肉類、卵黄などに豊富に含まれていることから、これらを含む食品を通じてセレンを摂取することができる。
【0003】
一方で、セレンは、毒物としての有害性を持ち合わせている。例えば、セレンオキサニオンの形態をとることにより、毒性が高まる。具体的には、セレンを過剰摂取することにより、爪の変形や脱毛、胃腸障害、神経障害、心筋梗塞、急性の呼吸困難、腎不全などが誘起されることが知られている。そこで、厚生労働省によりセレンの食事摂取基準が定められており、例えば、30~49歳の男性(女性)であれば、推定平均必要量は25(20)μg/日、推奨量は30(25)μg/日、上限量は460(350)μg/日である(非特許文献1を参照)。
【0004】
セレンを健康目的で摂取するものとして、亜セレン酸ナトリウムなどの無機態セレン(無機セレン化合物)やセレノメチオニンなどの有機態セレン(有機セレン化合物)を含有するサプリメントが利用されている。
【0005】
有機セレン化合物の1種として、下記式(I)
【化1】
(I)
で表わされるセレノネインがある。
【0006】
また、有機セレン化合物の1種として、下記式(II)
【化2】
(II)
で示される、セレン化合物が知られている。
【0007】
特許文献1には、式(II)のセレン化合物が、最終濃度が25μM及び50μMである過酸化水素による酸化ストレス条件下において、ヒト血管内皮細胞を保護して、細胞増殖率を高めたことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】厚生労働省、「日本人の食事摂取基準(2015年版)策定検討会」報告書、平成26年3月28日(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000042638.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
確かに、特許文献1の開示から、式(II)のセレン化合物には、過酸化水素による酸化ストレス条件に対して、ヒト血管内皮細胞について細胞保護作用を有することがうかがえる。しかし、最終濃度が25μM及び50μMである過酸化水素という貧弱な酸化ストレス条件下であっても、細胞保護作用を有するためには、5mMという高濃度の式(II)のセレン化合物を要し、しかもこのような高濃度であっても酸化ストレスが強まるにつれて細胞保護作用が減弱するという問題がある。
【0011】
また、特許文献1には、セレノネインについての開示があるものの、セレノネインが有する細胞保護作用についての記載はなく、それどころかセレノネインの抗酸化作用についての記載もない。
【0012】
そこで、本発明は、より強大な酸化ストレス条件下であっても、低濃度で細胞保護作用を奏する有効成分を含有する組成物を提供することを、発明が解決しようとする課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を積み重ね、特許文献1に記載の過酸化水素の10倍量である500μMという強大な酸化ストレス条件下においてさえ、細胞保護作用を有する物質について検討したところ、本発明者らによってはじめて高濃度で得ることができたセレノネインが、このような強大な酸化ストレス条件下であっても細胞保護作用を有することを見出した。
【0014】
しかも、驚くべきことに、酸化ストレスが強いにもかかわらず、セレノネインは、より低濃度で細胞保護作用を示した。さらに、セレノネインは、酸化ストレスがない条件下では、細胞増殖を促進する作用を有するものであった。そして、本発明者らは、遂には、セレノネインを含有する、細胞保護用組成物及び細胞増殖促進用組成物を創作することに成功した。本発明はこのような成功例や知見に基づいて完成するに至った発明である。
【0015】
したがって、本発明の一態様によれば、以下の[1]~[5]の組成物が提供される。
[1]セレノネインを含有する、細胞保護用組成物又は細胞増殖促進用組成物。
[2]前記組成物は、細胞培養のために用いられる組成物である、[1]に記載の組成物。
[3]前記セレノネインは、セレノネインを含有する形質転換体抽出物である、[1]~[2]のいずれか1項に記載の組成物。
[4]前記形質転換体は、アスペルギルス属(Aspergillus)微生物の形質転換体である、[3]に記載の組成物。
[5]前記アスペルギルス属微生物は、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamarii)、アスペルギルス・リュチューエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・ウサミ(Aspergillus usamii)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)及びアスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)からなる群から選ばれるアスペルギルス属微生物である、[4]に記載の組成物。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一態様である組成物によれば、有効成分であるセレノネインが有する細胞保護作用を通じて、酸化ストレスなどの外部刺激や内部刺激に対する生体内外の細胞、組織及び臓器を保護することが期待できる。また、本発明の一態様である組成物によれば、有効成分であるセレノネインが有する細胞増殖促進作用を通じて、生体内外の細胞の増殖を促進し、維持し、又は増殖が低下することを抑制することが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、後述する実施例に記載があるとおりの、酸化ストレス条件下で、各種試料を用いて神経節細胞を培養した場合の細胞生存率の結果を表わしたグラフである。
【
図2A】
図2Aは、後述する実施例に記載があるとおりの、酸化ストレス条件下で、各種濃度のセレノネインを用いて上皮細胞を培養した場合の細胞生存率の結果を表わしたグラフである。
【
図2B】
図2Aは、後述する実施例に記載があるとおりの、酸化ストレス条件下で、各種濃度の亜セレン酸ナトリウムを用いて上皮細胞を培養した場合の細胞生存率の結果を表わしたグラフである。
【
図3】
図3は、後述する実施例に記載があるとおりの、各種濃度のセレノネインを用いて上皮細胞を培養した場合の細胞生存率の結果を表わしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一態様である組成物の詳細について説明するが、本発明の技術的範囲は本項目の事項によってのみに限定されるものではなく、本発明はその目的を達成する限りにおいて種々の態様をとり得る。
【0019】
本発明の一態様の組成物は、有効成分としてセレノネインを少なくとも含有する細胞保護用組成物である。本発明の別の一態様の組成物は、有効成分としてセレノネインを少なくとも含有する細胞増殖促進用組成物である。
【0020】
本明細書における各用語は、別段の定めがない限り、当業者により通常用いられている意味で使用され、不当に限定的な意味を有するものとして解釈されるべきではない。
【0021】
例えば、「細胞保護」とは、細胞の維持又は増殖にとって悪影響を及ぼす外部的な、又は内部的な刺激がある条件下で、なんらかの処理を加えることにより、該刺激の影響による細胞へのダメージ(細胞障害)を減弱又は無効化するなどして、該刺激が無い条件下での細胞の維持又は増殖に近づくように、細胞を維持又は増殖することを少なくとも意味する。
【0022】
「細胞増殖促進」とは、細胞の維持又は増殖にとって悪影響を及ぼす外部的な、又は内部的な刺激が無い条件下で、なんらかの処理を加えることにより、該処理が無い場合と比べて、細胞の増殖を促進することを少なくとも意味する。
【0023】
「組成物」は、通常用いられている意味のものとして特に限定されないが、例えば、2種以上の物質が組み合わさってなる物であり、具体的には、有効成分と別の物質とが組み合わさってなるもの、有効成分の2種以上が組み合わさってなるものなどが挙げられ、より具体的には、有効成分の1種以上と固形物又は溶媒の1種以上とが組み合わさってなる固形組成物及び液性組成物などが挙げられる。
【0024】
本発明の一態様の組成物は、いずれの態様においても、セレノネインを有効成分として含有する。
【0025】
セレノネインは、一般的に、下記式(I)
【化3】
(I)
で表わされる化合物である。セレノネインは、式(I)の基本構造を有していれば、分子中のOH基、SeH基、NH基などが水素原子の無い状態、すなわち、イオン化した状態にあってもよい。
【0026】
セレノネインを入手する方法は特に限定されず、例えば、特許文献1に記載されているようにイカ類、魚類、鳥類、哺乳類などの組織から抽出する方法;Pluskal Tらの文献(Pluskal T et al.,PLoS One 2014 May 14;9(5):e97774)に記載されている、エルゴチオネイン生合成系に関与する遺伝子を導入した分裂酵母であるシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)を利用する方法;WO2017/026173号パンフレット(出願番号:PCT/JP2016/068128)に記載されている、ヒスチジン及びセレン化合物を、セレノネイン合成酵素をコードする遺伝子を過剰発現するアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・オリゼ(A.oryzae)、アスペルギルス・ニガー(A.niger)などのアスペルギルス属微生物や大腸菌(Escherichia coli)などの形質転換体を利用する方法などが挙げられる。このうち、本発明の一態様の組成物を工業的規模で生産する場合には、セレノネインを高収量で生産することができることから、WO2017/026173号パンフレットに記載の方法が好ましい。
【0027】
形質転換体の宿主生物は、形質転換によりセレノネインを生合成し得るものであれば特に限定されないが、例えば、アスペルギルス属微生物などの真核微生物や大腸菌などの原核微生物などが挙げられ、簡便にセレノネインを高収量で得るためにはアスペルギルス属微生物であることが好ましく、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・タマリ(A.tamarii)、アスペルギルス・リュチューエンシス(A.luchuensis)、アスペルギルス・ウサミ(A.usamii)、アスペルギルス・カワチ(A.kawachii)及びアスペルギルス・サイトイ(A.saitoi)がより好ましく、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ及びアスペルギルス・ニガーがさらに好ましい。
【0028】
セレノネインを入手する方法の具体例として、WO2017/026173号パンフレットに記載の方法が挙げられる。該方法では、例えば、AsEgtAタンパク質を過剰発現するように形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤを、ヒスチジン及びセレン化合物を含有するDPY液体培地、例えば、0.1%(w/v)ヒスチジン、1mM セレノシスチン、1%(w/v)ポリペプトン、2%(w/v)デキストリン、0.5%(w/v)酵母エキス、0.5%(w/v)KH2PO4、0.05%(w/v)MgSO4・7H2O及び0.00017%FeSO4を含むDPY液体培地(pH未調整)を用いて、30℃で5日間、振盪培養することにより、セレノネインを含有する培養物を得て、次いで得られた培養物から菌体を回収及び洗浄して湿菌体を得て、次いで得られた湿菌体を水に添加及び撹拌することにより菌懸濁液を得て、次いで得られた菌懸濁液を、100℃、15分の条件で加熱処理に供した後、遠心分離して上清を回収することにより、セレノネインを含有する形質転換体抽出物を得ることを含む。
【0029】
セレノネインを含有する形質転換体抽出物は、液性物であっても、該液性物を乾燥粉末化するなどして固形化した固形物であっても、どちらでもよい。なお、WO2017/026173号パンフレットに記載のセレノネイン合成酵素を過剰発現する形質転換体を用いる方法では、セレノネインとともに、エルゴチオネインが同時的に生成し、これらを分離することは困難であることから、得られるセレノネインを含有する形質転換体抽出物は、セレノネインに加えて、エルゴチオネインを含有し得る。入手可能であれば、セレノネインは、精製したセレノネインであってもよい。
【0030】
細胞保護作用及び細胞増殖促進作用は、本発明の一態様の組成物と細胞とを接触させた場合に、該細胞において細胞保護及び細胞増殖促進が見られる作用であれば、その作用機序、合わせて伴う他の作用、程度などについては特に限定されない。本発明の技術的範囲はいかなる理論や推測によって拘泥されるものではないが、本発明の一態様の組成物が示す細胞保護作用及び細胞増殖促進作用は、セレノネインが有する抗酸化作用を通じて、細胞に対して直接的又は間接的に細胞保護作用及び細胞増殖促進作用を示す可能性がある。すなわち、本発明の一態様の組成物は、細胞に対して直接的に作用することに加えて、間接的に別の細胞保護作用及び細胞増殖促進作用を示す物質に対して増強的に作用する可能性がある。
【0031】
細胞保護作用及び細胞増殖促進作用は、例えば、細胞培養後の細胞の生存率によって確認することができる。具体的には、細胞保護作用及び細胞増殖促進作用は、後述する実施例に記載の方法により確認することができる。
【0032】
細胞保護作用の具体例としては、500μMの過酸化水素による酸化ストレス条件下における、本発明の一態様の組成物と接触した細胞の生存率が、30%以上であり、好ましくは33%以上であり、より好ましくは35%以上である細胞保護作用が挙げられる。なお、細胞の生存率は、酸化ストレスの無い条件下における、本発明の一態様の組成物と非接触の細胞の生細胞数を基準として求められる。
【0033】
細胞保護作用の別の具体例としては、500μMの過酸化水素による酸化ストレス条件下における、本発明の一態様の組成物と接触した細胞の生存率が、該酸化ストレス条件下における、本発明の一態様の組成物と非接触の細胞の生存率に比べて、高くなるような、好ましくは1.1倍以上に高くなるような、より好ましくは1.3倍以上に高くなるような、さらに好ましくは1.5倍以上に高くなるような細胞保護作用が挙げられる。
【0034】
細胞増殖促進作用の具体例としては、酸化ストレスの無い条件下における、本発明の一態様の組成物と接触した細胞の生存率が、100%以上であり、好ましくは105%以上であり、より好ましくは110%以上である細胞増殖促進作用が挙げられる。
【0035】
細胞保護作用及び細胞増殖促進作用を確認する方法として、後述する実施例に記載の方法を参照できる。該方法は、例えば、血清及び抗生物質を含む哺乳動物細胞用の培養培地を用いて、0.5×104cells/100μlになるように調製した哺乳動物細胞を細胞培養用の96ウェルプレートの各ウェルに播種し、次いで細胞を播種した96ウェルプレートを、37℃、5%CO2の条件下で、オーバーナイトでインキュベートすることにより前培養を実施し、次いで前培養後の96ウェルプレートの各ウェルに、本発明の一態様の組成物を含む、又は該組成物を含まない培養培地 25μlを加えて、96ウェルプレートを上記条件下で1時間インキュベートし、さらに各ウェルに500μM 過酸化水素を含む、又は過酸化水素を含まない培養培地 25μlを加えて、96ウェルプレートを上記条件下で23時間インキュベートすることにより本培養を実施し、次いで本培養後の96ウェルプレートをAlamar Blue Assayに供することにより、各ウェルの還元反応により呈色した培養上清液の蛍光強度を測定し、次いで測定された蛍光強度から細胞の生存率を算出することを含む。
【0036】
細胞保護作用及び細胞増殖促進作用を示す細胞は特に限定されず、例えば、細菌細胞、真菌細胞、植物や動物などの細胞などが挙げられるが、ヒト、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、トリなどのヒト及びヒトの生活に密接に関連している動物の細胞が好ましい。本発明の一態様の組成物は、植物や動物などの細胞に作用する際には、生体外の細胞だけではなく、生体内の細胞に対しても、細胞保護作用及び細胞増殖促進作用を示し得る。
【0037】
したがって、本発明の一態様の組成物の適用対象は特に限定されず、例えば、細菌、真菌、植物、動物などが挙げられるが、好ましくはヒト、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、トリなどのヒト及びヒトの生活に密接に関連している動物であり、より好ましくはヒトである。適用対象は、健常な対象であってもよいが、ストレス、疾病、外傷、機能不全などにより細胞保護作用や細胞増殖促進作用を発揮することが望まれる対象であることが好ましい。
【0038】
本発明の一態様の組成物を、細菌細胞、真菌細胞、植物や動物の細胞などの細胞培養のために用いることにより、セレノネインによる細胞保護作用や細胞増殖促進作用が発揮されて、安定的に、又は短時間での細胞の培養を可能とすることが期待できる。
【0039】
本発明の一態様の組成物は、その適用方法について特に限定されず、例えば、経口的又は非経口的に適用され得る。非経口的な適用としては、皮内、皮下、静脈内、筋肉内投与などによる注射及び注入;経皮;鼻、咽頭などの粘膜からの吸入などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0040】
本発明の一態様の組成物は、細胞保護作用及び細胞増殖促進作用が用量依存傾向にあることから、それらの適用量は年齢、体格、症状などの適用対象の特性;適用方法;適用部位などに合わせて適宜設定することができる。本発明の一態様の組成物の摂取量は、例えば、0.001~1,000mg/体重60kg/日であるが、これに限定されない。本発明の一態様の組成物におけるセレノネインの含有量は特に限定されず、例えば、本発明の一態様の組成物 100質量部に対して、0.1~99質量部である。本発明の一態様の組成物の摂取回数は特に限定されないが、例えば、1日1~3回であり、摂取量に応じて適宜回数を増減することができる。
【0041】
本発明の一態様の組成物は、酸化性物質の使用の前若しくは後に、又は酸化性物質とともに使用することにより、酸化性物質による細胞へのダメージを減弱することが期待できる。
【0042】
本発明の一態様の組成物は、生体内外で発生する活性酸素やフリーラジカルなどの酸化ストレスに対して細胞保護作用及び細胞増殖促進作用を示し得ることから、活性酸素やフリーラジカルなどに起因する、老化、シワ、タルミ、神経障害、炎症、生活習慣病、癌、細胞死、ミトコンドリア機能障害、脳梗塞、心筋梗塞、動脈硬化、脂質代謝障害、筋障害、酸素障害、アルツハイマー病、パーキンソン病などの症状を改善、緩和、抑制、治療又は予防することが期待できる。
【0043】
本発明の一態様の組成物は、種々の形態をとることができ、特に限定されないが、例えば、飲食品組成物、医薬品組成物、医薬部外品組成物、化粧品組成物、動物飼料組成物などであり得る。
【0044】
本発明の一態様の組成物は、セレノネインに加えて、抗酸化作用を有する成分を含有し得る。抗酸化作用を有する成分は特に限定されないが、例えば、抗酸化作用があることが知られているポリフェノール、カロテノイド、ビタミンA、ビタミンE、ビタミンC、亜鉛などが挙げられる。
【0045】
本発明の一態様の組成物は、本発明の目的を達成し得る限り、天然物や合成物などのその他の成分を含有し得る。その他の成分としては、例えば、甘味料、安定化剤、乳化剤、澱粉、澱粉加工物、澱粉分解物、食塩、着香料、着色料、酸味料、風味原料、栄養素、果汁、卵などの動植物性食材、賦形剤、増量剤、結合剤、増粘剤、香油などを挙げることができる。その他の成分の使用量は、本発明の課題の解決を妨げない限り特に限定されず、適宜設定され得る。本発明の一態様の組成物は、その他の成分を含有せず、セレノネインを含有する形質転換体抽出物などのセレノネイン含有抽出物そのものであってもよい。
【0046】
本発明の一態様の組成物は、通常用いられる形状であれば特に限定されず、例えば、固形状、液状、ゲル状、懸濁液状、クリーム状、シート状、スティック状、粉状、粒状、顆粒状、錠状、棒状、板状、ブロック状、ペースト状、カプセル状、カプレット状などの各形状を採り得る。
【0047】
本発明の一態様の組成物の具体的な一態様は、例えば、生体に対して一定の機能性を有する飲食品である機能性飲食品である。機能性飲食品は、例えば、特定保健用飲食品、機能性表示飲食品、栄養機能飲食品、保健機能飲食品、特別用途飲食品、栄養補助飲食品、健康補助飲食品、サプリメント、美容飲食品などのいわゆる健康飲食品に加えて、乳児用飲食品、妊産婦用飲食品、高齢者用飲食品などの特定者用飲食品を包含する。さらに機能性飲食品は、コーデックス(FAO/WHO合同食品規格委員会)の食品規格に基づく健康強調表示(Health claim)が適用される健康飲食品を包含する。
【0048】
本発明の一態様の組成物は、容器に詰めて密封した容器詰組成物とすることができる。容器は特に限定されないが、例えば、アルミなどの金属、紙、PETやPTPなどのプラスチック、ガラスなどを素材とする、1層又は積層(ラミネート)のフィルム袋、レトルトパウチ、真空パック、アルミ容器、プラスチック容器、瓶、缶などが挙げられる。
【0049】
本発明の一態様の組成物を製造する方法は特に限定されず、例えば、有効成分であるセレノネインとその他の成分とを常法により撹拌混合して混合物を得て、次いで得られた混合物を殺菌処理や成形処理などに供して成形物を得て、次いで得られた成形物を容器に詰めることにより容器詰め組成物を得る方法などが挙げられる。
【0050】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の課題を解決し得る限り、本発明は種々の態様をとることができる。
【実施例】
【0051】
[例1.セレノネイン含有糸状菌抽出物及びエルゴチオネイン含有糸状菌抽出物の作製]
WO2017/026173号パンフレット(出願番号:PCT/JP2016/068128)に記載の遺伝子AsEgtAにより形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤを用いて、同パンフレットに記載の例7に記載の方法により、セレノネイン含有糸状菌抽出物を得た。
【0052】
また、WO2016/121285号パンフレット(出願番号:PCT/JP2015/086301)に記載のAsEgtA形質転換株を用いて、同パンフレットに記載の例3に記載の方法により、エルゴチオネイン含有糸状菌抽出物を得た。
【0053】
[例2.神経節細胞に対するセレノネインの細胞保護評価]
(1)被験試料及び参考試料の調製
例1で得たセレノネイン含有糸状菌抽出物について、6倍希釈をするとセレノネイン(SeN)換算で1μM及び10μMになるように、培養培地を用いて被験試料1~2を調製した。例えば、6倍希釈をするとセレノネイン換算で1μMになるようにするための被験試料1は、セレノネイン含有糸状菌抽出物をセレノネイン換算で6μM含む。
【0054】
ここで、例1で得たセレノネイン含有糸状菌抽出物は、エルゴチオネイン(EGT)を含み、その存在モル比(セレノネイン:エルゴチオネイン)は1:4.139である。そこで、例1で得たエルゴチオネイン含有糸状菌抽出物について、6倍希釈をするとエルゴチオネイン換算で4.139μM及び41.39μMになるように、培養培地を用いて参考試料1-1~1-2を調製した。
【0055】
また、参考試料1-1~1-2を用いて、それぞれ6倍希釈をすると亜セレン酸ナトリウム(Na2SeO3)が1μM及び10μMになるように調製した参考試料2-1~2-2を調製した。すなわち、参考試料2-1は6倍希釈するとエルゴチオネインが4.139μM及び亜セレン酸ナトリウムが1μMになり、参考試料2-2は6倍希釈するとエルゴチオネインが41.39μM及び亜セレン酸ナトリウムが10μMになる。
【0056】
さらに、6倍希釈をすると亜セレン酸ナトリウムが1μM及び10μMになるように、培養培地を用いて参考試料3-1~3-2を調製した。
【0057】
(2)細胞培養
マウス由来の網膜神経節細胞株であるRGC-5細胞を、10vol% FBS、1vol% ペニシリン及び1vol% ストレプトマイシンを含むD-MEM培地(Low Glucose;Wako041-29775;以下、「培養培地」とよぶ。)を用いて0.5×104 cells/100μlになるように調製し、96ウェルプレートに播種した。細胞播種後の96ウェルプレートを、37℃、5%CO2の条件下で、オーバーナイトでインキュベートすることにより前培養を実施した。
【0058】
前培養後の96ウェルプレートの各ウェルに、被験試料又は参考試料 25μlを加えて1時間インキュベートし、さらに各ウェルに3,000μM H2O2を含む培養培地 25μlを加えて23時間インキュベートすることにより本培養を実施した。なお、被験試料及び参考試料に代えて培養培地を用いて同様に培養したものをコントロールとし、被験試料、参考試料及びH2O2に代えて培養培地を用いて同様に培養したものをスタンダードとした。また、各試験系列を繰り返し数7で実施した。
【0059】
(3)細胞生存率の測定
Alamar Blue色素の酸化還元反応を利用して、細胞増殖や細胞毒性を定量する方法であるAlamar Blue Assayを実施するために、本培養後の96ウェルプレートの各ウェルに、alamarBlue(登録商標) Reagent(インビトロジェン社) 15μlを加え、37℃で2時間の反応に供した。反応後の96ウェルプレートの各ウェルについて、マクロプレートリーダー(「SpectraMax Gemini」;モレキュラー・デバイス社)を用いて、励起波長(Ex)を560nmとし、蛍光波長(Em)を590nmとして測定し、得られた測定結果からスタンダードの測定結果を基準として細胞生存率(Cell viability;%)を算出した。
【0060】
(4)評価
被験試料1~2、参考試料1-1~1-2、参考試料2-1~2-2、参考試料3-1~3-2及びコントールの細胞生存率の結果をまとめたものを
図1に示す。図中の記号について、コントロールを対照群として、ダネット(Dunnett)検定によりP<0.05で有意差があるものを「*」、P<0.01で有意差があるものを「**」、P<0.001で有意差があるものを「***」によって表わした。また、各試料の成分の含有量をまとめたものを表1に示す。
【0061】
【0062】
図1が示すとおり、10μM セレノネインを含む培養培地で培養した系は、有意に細胞生存率が向上した。このような、セレノネインによって達成される細胞の生存を維持する細胞保護効果は、エルゴチオネインの存在に関係のないものであり、さらにセレノネインと同じセレンを含有する亜セレン酸ナトリウムでは奏し得ないものであることから、格別に優れた効果であることがわかった。
【0063】
また、100μM セレノネインを含む培養培地で培養した系は、10μM セレノネインを含む培養培地で培養した系に比べて、さらに細胞生存率が向上した。このことは、セレノネインが奏する細胞保護効果は、セレノネインに濃度依存的であることを示す。
【0064】
なお、500μM H2O2、すなわち、細胞障害性物質を加えずに、セレノネイン含有糸状菌抽出物をセレノネイン換算で少なくとも100μMを含む培養培地を用いて培養しても、有意な細胞生存率の変動はみられなかったことから、この濃度でのセレノネインに細胞毒性がないことがわかった。一方、亜セレン酸ナトリウムについては、10μM 亜セレン酸ナトリウムを含む培養培地を用いて培養しても有意な細胞生存率の変動はみられなかったが、25μM 亜セレン酸ナトリウムを含む培養培地を用いて培養することにより有意な細胞生存率の低下がみられた。
【0065】
以上の結果より、セレノネイン含有糸状菌抽出物及び精製セレノネインは、過酸化水素やAntimycin Aなどによる様々な細胞障害から細胞を保護し得ることがわかった。
【0066】
[例3.上皮細胞に対するセレノネインの細胞保護評価]
RGC-5細胞の代わりにヒト網膜色素上皮細胞株であるARPE19細胞を用いたことをのぞいては、例2と同様にして、被験試料1~2及びセレノネインの最終濃度が100nM及び100μMになるように調製した被験試料3~4;参考試料3-1~3-2及び亜セレン酸ナトリウムの最終濃度が100nM及び100μMになるように調製した参考試料3-3~3-4;並びにコントロールを用いて、セレノネインによる細胞保護効果を評価した。結果を
図2A及び
図2Bに示す。
【0067】
図2Aが示すとおり、1~100μM セレノネインを含む培養培地で培養した系は、有意に細胞生存率が向上し、さらにその際の細胞生存率はセレノネインの濃度依存的に向上した。それに対して、
図2Bが示すとおり、亜セレン酸ナトリウムを含む培養培地で培養した系でも細胞生存率が向上したが、その程度はセレノネインを含む培養培地で培養した系に比べて小さかった。したがって、上皮細胞に対しても、セレノネインは細胞障害に対して細胞保護効果を奏し得ることがわかった。さらにセレノネインが奏する細胞保護効果は、セレノネインと同じセレンを含有する亜セレン酸ナトリウムより甚大であることから、格別に優れた効果であることがわかった。
【0068】
一方、500μM H
2O
2といった細胞障害性物質を加えずに、被験試料1~4を用いて培養したことにより、セレノネインの細胞毒性を評価した結果を
図3に示す。
図3が示すとおり、セレノネインには細胞毒性がないことがわかった。むしろ、驚くべきことに、被験試料2(10μM)及び被験試料3(100μM)を用いて培養した系では、スタンダードよりも細胞数が増加した。このことから、10μM及び100μM セレノネインは、上皮細胞に対して、細胞増殖促進効果を奏することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の一態様である組成物は、適用対象に対して、有効成分であるセレノネインによる細胞保護作用及び細胞増殖促進作用を発揮して、酸化ストレスなどによる細胞障害又は細胞増殖阻害、さらにはこれらに起因する障害や疾病を回避することが期待できるものであることから、人類の健康及び福祉に資することができるものである。