(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-08
(45)【発行日】2022-07-19
(54)【発明の名称】センサ装置
(51)【国際特許分類】
G01N 5/02 20060101AFI20220711BHJP
【FI】
G01N5/02 A
(21)【出願番号】P 2021109925
(22)【出願日】2021-07-01
【審査請求日】2021-07-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】特許業務法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】市橋 素子
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 敦
(72)【発明者】
【氏名】我妻 美千留
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/124448(WO,A1)
【文献】特表2008-502911(JP,A)
【文献】特表平11-503994(JP,A)
【文献】特表2016-535246(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0400420(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 5/02
G01B 7/06
C23C 14/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電素子を有するセンサ部と、
前記圧電素子の共振周波数付近を電気的に掃引することで取得される前記圧電素子に対する発信と前記圧電素子からの受信との相関関係を用いて前記圧電素子に付着した物質の質量を測定する測定ユニットとを具備し、
前記測定ユニットは、
前記相関関係から導かれる位相または虚数部と、前記位相または虚数部に対応する実数部とを用いて前記圧電素子の共振周波数の半値幅を算出し、算出された前記共振周波数の半値幅に基づいて前記共振周波数の掃引領域を決定する制御部を有する
センサ装置。
【請求項2】
請求項1に記載のセンサ装置であって、
前記虚数部は、前記圧電素子におけるアドミッタンスの虚数部であり、
前記実数部は、前記圧電素子におけるアドミッタンスの実数部である
センサ装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のセンサ装置であって、
前記制御部は、前記共振周波数の掃引領域として、前記共振周波数の半値幅に所定の係数を乗じて得られる値に相当する周波数領域を設定する
センサ装置。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1つに記載のセンサ装置であって、
前記制御部は、直前に計測された前記圧電素子の共振周波数に基づいて次回の共振周波数の予測値を算出し、算出した前記予測値を基準として前記掃引領域を決定する
センサ装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1つに記載のセンサ装置であって、
前記制御部は、PID制御により前記圧電素子の共振周波数を取得し、前記共振周波数の単位時間あたりの変化量が所定以上の場合に、前記共振周波数の半値幅に基づく前記共振周波数の掃引領域を決定する
センサ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空中または大気中で物質の付着量を水晶振動子の共振周波数の変化量から計測し、付着物質の質量、膜厚、成膜速度など算出するセンサ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、真空蒸着装置などの成膜装置において、基板に成膜される膜の厚みおよび成膜速度を測定するために、水晶振動子を用いた微量な質量変化を計測するQCM(Quartz Crystal Microbalance)という技術が用いられている(例えば特許文献1参照)。この方法は、チャンバ内に配置されている水晶振動子の共振周波数が、蒸着物の付着による質量の増加によって低下することを利用する。したがって、水晶振動子の共振周波数の変化を測定することにより、膜の厚みおよび成膜速度を測定することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
共振周波数を求める方法は、減衰振動を解析する手法と、外部機器からの励振による方法に大別される。外部からの励振により水晶などの圧電素子の共振周波数を測定する場合、ネットワークアナライザやインピーダンスのような外部機器から周波数を掃引する機器から圧電素子の共振周波数を取得する。共振周波数を計測する方法としては、位相がゼロになる周波数を計測する方法、または、アドミッタンスの虚数成分であるサセプタンスがゼロになる周波数を計測する方法、または、インピーダンスの虚数成分であるリアクタンスがゼロになる周波数を計測する方法などが考えられる。
【0005】
周波数を掃引する場合は、あらかじめ決められた周波数領域を掃引する。しかし、水晶振動子に物質が急激に付着した場合などのように水晶振動子へ付着する物質の急激な質量変化が生じると、共振周波数が掃引周波数領域から外れてしまう可能性がある。また、共振周波数が掃引周波数領域を外れることを防ぐために、あらかじめ広い掃引周波数領域を設定すると、共振周波数の計測に要する時間が長くなり、単位時間あたりの共振周波数の計測回数が減少するという問題がある。一方、周波数の掃引周期を短くすると、周波数分解能が下がり、水晶振動子上の付着物の量や膜の厚みや成膜速度の計測精度の低下を招く。
【0006】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、水晶振動子上の付着物の計測精度を確保しつつ、周波数の掃引周期を短くすることができるセンサ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一形態に係るセンサ装置は、圧電素子を有するセンサ部と、測定ユニットとを具備する。前記測定ユニットは、前記圧電素子の共振周波数付近を電気的に掃引することで取得される前記圧電素子に対する発信と前記圧電素子からの受信との相関関係を用いて前記圧電素子に付着した物質の質量を測定する。
前記測定ユニットは、制御部を有する。前記制御部は、前記相関関係から導かれる位相または虚数部と、前記位相または虚数部に対応する実数部とを用いて前記圧電素子の共振周波数の半値幅を算出し、算出された前記共振周波数の半値幅に基づいて前記共振周波数の掃引領域を決定する。
【0008】
上記センサ装置においては、共振周波数の探索領域である掃引周波数領域を、共振周波数の半値幅を基準に決定するようにしているため、圧電素子への付着物の計測精度を確保しつつ、周波数の掃引周期を短くすることができる。
【0009】
前記虚数部は、前記圧電素子におけるアドミッタンスの虚数部であってもよい。また、前記実数部は、前記圧電素子におけるアドミッタンスの実数部であってもよい。
【0010】
前記制御部は、前記共振周波数の掃引領域として、前記共振周波数の半値幅に所定の係数を乗じて得られる値に相当する周波数領域を設定するように構成されてもよい。
【0011】
前記制御部は、直前に計測された前記圧電素子の共振周波数に基づいて次回の共振周波数の予測値を算出し、算出した前記予測値を基準として前記掃引領域を決定するように構成されてもよい。
【0012】
前記制御部は、PID制御により前記圧電素子の共振周波数を取得し、前記共振周波数の単位時間あたりの変化量が所定以上の場合に、前記共振周波数の半値幅に基づく前記共振周波数の掃引領域を決定するように構成されてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、水晶振動子上の付着物の計測精度を確保しつつ、周波数の掃引周期を短くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態に係るセンサ装置を備えた成膜装置を示す概略断面図である。
【
図2】上記センサ装置における測定ユニットの一構成例を示すブロック図である。
【
図3】上記センサ装置におけるセンサヘッドの典型的な等価回路である。
【
図5】共振周波数付近における水晶振動子の応答特性の一例を示す図である。
【
図6】水晶振動子の掃引領域と振動波形との関係を説明する図である。
【
図8】上記測定ユニットにおいて実行される処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図9】上記測定ユニットにおける掃引周波数領域の設定方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
本実施形態では、センサ装置として、成膜装置用の膜厚センサを例に挙げて説明する。
【0016】
図1は、本実施形態に係るセンサ装置を備えた成膜装置を示す概略断面図である。本実施形態では、成膜装置10として真空蒸着装置を例に挙げて説明する。まず、成膜装置10の基本構成について説明する。
【0017】
[成膜装置]
成膜装置10は、真空チャンバ11と、真空チャンバ11の内部に配置された蒸着源12と、蒸着源12と対向するステージ13と、真空チャンバ11の内部に配置されたセンサ部としてのセンサヘッド14と、真空チャンバ11の内部を所定の真空雰囲気に維持する真空ポンプ15と、センサヘッド14の出力に基づいて成膜レートを測定するとともに、蒸着源12を制御可能に構成された測定ユニット17とを有する。本実施形態の膜厚センサ20(センサ装置)は、センサヘッド14および測定ユニット17により構成される。
【0018】
蒸着源12は、成膜材料の蒸気(粒子)を発生させることが可能に構成される。本実施形態において、蒸着源12は、電源ユニット18に電気的に接続されており、成膜材料を加熱蒸発させて蒸着粒子を放出させる蒸発源を構成する。蒸発源の種類は特に限定されず、抵抗加熱式、誘導加熱式、電子ビーム加熱式などの種々の方式が適用可能である。成膜材料は、有機材料、金属材料、金属化合物材料(例えば、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物等)などであってもよい。
【0019】
ステージ13は、半導体ウエハやガラス基板等の成膜対象である基板Wを、蒸着源12に向けて保持することが可能に構成されている。
【0020】
センサヘッド14は、所定の基本周波数(固有振動数)を有する水晶振動子を内蔵する。水晶振動子の表面は、蒸着源12と対向する位置に配置され、典型的には、ステージ13の近傍に配置される。
【0021】
センサヘッド14の出力は、測定ユニット17へ供給される。測定ユニット17は、水晶振動子の共振周波数(共振点)の変化に基づいて、水晶振動子への付着物(堆積物)の質量を時系列的に測定する測定装置として構成される。測定ユニット17はさらに、蒸着膜の成膜レートを測定するとともに、当該成膜レートが所定値となるように電源ユニット18を介して蒸着源12を制御することが可能に構成される。
【0022】
成膜装置10は、シャッタ16をさらに有する。シャッタ16は、蒸着源12とステージ13との間に配置されており、蒸着源12からステージ13およびセンサヘッド14に至る蒸着粒子の入射経路を開放あるいは遮断することが可能に構成される。
【0023】
シャッタ16の開閉は、図示しない制御ユニットによって制御される。典型的には、シャッタ16は、蒸着開始時、蒸着源12において蒸着粒子の放出が安定するまで閉塞される。そして、蒸着粒子の放出が安定したとき、シャッタ16は開放される。これにより、蒸着源12からの蒸着粒子がステージ13上の基板Wに到達し、基板Wの成膜処理が開始される。同時に、蒸着源12からの蒸着粒子は、センサヘッド14へ到達し、測定ユニット17において基板W上の蒸着膜の膜厚およびその成膜レートが監視される。
【0024】
[測定ユニット]
図2は、測定ユニット17の一構成例を示すブロック図である。測定ユニット17は、発振回路41と、測定回路42と、制御部43と、記憶部44とを有する。
測定ユニット17は、水晶振動子140の共振周波数付近を電気的に掃引することで取得される、水晶振動子140に対する発信と当該発信に対応する水晶振動子140からの受信との相関関係を用いて、水晶振動子140に付着した物質(成膜材料)の質量を測定するように構成される。
【0025】
発振回路41および測定回路42は、ネットワークアナライザとして機能する。発振回路41は、センサヘッド14の水晶振動子140へ所定周波数の正弦波信号を発信、すなわち入力することで水晶振動子140を発振させる。測定回路42は、水晶振動子140の出力信号や発振回路41から出力される入力信号を受信し、これに基づいて、水晶振動子140の共振周波数や位相などの電気的特性を測定して、制御部43へ出力するように構成される。
【0026】
水晶振動子140を構成する材料は、例えば、ATカット型水晶振動子、SCカット型水晶振動子などの圧電素子である。水晶振動子140の基本周波数は、例えば、3MHz以上6MHz以下であり、本実施形態では5MHzである。なお、付着する質量が微小である場合は、質量の検出感度を高める意味で水晶振動子の基本周波数は高い値とされる。例えば気中に存在する微小質量の検出を行う際には、例えば、数十MHzの基本周波数を有する水晶振動子が選択される。
【0027】
基板Wへの成膜時は、水晶振動子140の表面にも蒸着源12からの成膜材料が付着する。水晶振動子140の表面に付着する成膜材料は、任意の時間間隔で新たに付加された質量として、水晶振動子140の振動周波数を変化させる。また、水晶振動子140の表面における付着物の質量は、付着物の密度と相関を有する。つまり、水晶振動子140の振動周波数の変化を測定すれば、水晶振動子140の表面に付着した成膜材料の膜の厚み(膜厚)を求めることができる。測定ユニット17は、発信することで水晶振動子140を加振し、加振の結果である振動波形から膜厚を間接的に測定する。
【0028】
測定ユニット17は、発信信号として所定周波数の正弦波信号を用い、加振を行う。加振された水晶振動子140は、表面に付着した堆積物を含めた系として応答する。測定ユニット17は、機械的な振動現象を含む水晶振動子140の応答を、水晶振動子140の圧電効果を介した電気的な振動波形として受信する。測定ユニット17は、受信結果である波形を記憶し、記憶された波形の解析を行う。水晶振動子140の振動波形は、記憶部44に記憶される。測定ユニット17は、波形の解析結果に含まれる膜厚を抽出して出力する。
【0029】
記憶部44は、半導体メモリ、ハードディスクドライブなどの記憶装置で構成される。記憶部44は、発振回路41により発信された所定周波数の正弦波信号をセンサヘッド14に入力したときの水晶振動子140の振動波形を含む検出系からの周波数応答を記憶する。記憶部44はさらに、後述する制御部43において実行される各種処理の制御プログラムや演算に必要な各種パラメータなどを記憶する。
【0030】
図3は、センサヘッド14の典型的な等価回路である。同図に示すように、水晶振動子140は、モーショナル容量C
1、モーショナルインダクタンスL
1、直列等価抵抗R
1から構成される直列共振回路と、スタティック容量C
0との並列回路として示される。直列共振回路は、水晶振動子140の機械振動要素を含む等価回路である。スタティック容量C
0は、例えば、水晶振動子140の表裏面に形成された電極間の容量と、水晶振動子140を保持するホルダなどが有する寄生容量とを含む。直列等価抵抗R
1は、水晶振動子140が振動するときの内部摩擦、機械的な損失、音響損失などの振動の損失成分を示す。一般に、直列等価抵抗R
1が高いほど、水晶振動子140は、振動しにくくなる。
【0031】
発振回路41からの励振により水晶振動子140の共振周波数を計測する方法としては、
図4に示すように、位相がゼロになる周波数を計測する方法、アドミッタンスの虚数成分であるサセプタンスがゼロになる周波数を計測する方法、インピーダンスの虚数成分であるリアクタンスがゼロになる周波数を計測する方法などが挙げられる。
【0032】
図5に、共振周波数付近における水晶振動子140の応答特性の一例を示す。同図において、横軸は周波数[Hz]、縦軸はアドミッタンス[S]である。図中、Gは、アドミッタンスの実数成分(コンダクタンス)、Bはアドミッタンスの虚数成分(サセプタンス)である。サセプタンスBがゼロとなる点が共振周波数であり、そのときの周波数が水晶振動子140に膜が結合した状態(水晶振動子140と膜が一体化した状態)の共振周波数となる。
【0033】
周波数を掃引する場合は、例えば求める精度に応じた周波数分解能を確定した上で、あらかじめ決められた周波数領域を掃引する。しかし、水晶振動子140に物質が急激に付着した場合などのように水晶振動子140へ付着する物質の急激な質量変化が生じると、共振周波数が掃引周波数領域から外れてしまう可能性がある。また、共振周波数が掃引周波数領域を外れることを防ぐために、あらかじめ広い掃引周波数領域を設定すると、共振周波数の計測に要する時間が長くなるとともに、単位時間あたりの共振周波数の計測回数が減少するという問題がある。一方、周波数の掃引周期を短くする目的で周波数分解能を下げれば、水晶振動子140上の付着物の量や膜の厚みや成膜速度の計測精度の低下を招く。
【0034】
また、例えば水晶振動子140で膜厚の計測や付着物の質量を計測している際に、異物の混入、膜質の変化、付着する物質の急激な吸着反応等の異常が生じた場合、共振周波数の情報だけでは水晶振動子140に付着した物質の質量変化のみを計測するだけのため、異常状態を検知することが難しいという問題がある。
【0035】
以上から、膜の厚みや成膜速度の計測、付着物質の質量変化等を精度よく求めると同時に、異物の混入、膜質の変化、付着物質の急激な吸着反応等の異常状態を検知する方法が望まれる。本実施形態では、このような問題を解消するため、制御部43は以下のように構成される。
【0036】
(制御部)
制御部43は、測定回路42の出力に基づき、水晶振動子140の共振周波数を求めるとともに、共振周波数のアドミッタンスの実数成分であるコンダクタンスと虚数成分であるサセプタンスの値を使用することで、共振周波数を中心としたコンダクタンスの半値幅を算出する。制御部43は、算出された半値幅を基に最適な掃引周波数領域を決定し、これを次回の共振周波数を求める計測の条件とする。
【0037】
なお、半値幅とは、共振波形のピーク位置の高さの半分の高さにおける山の幅(
図7参照)であって、本実施形態では半値全幅(FWHM:Full Width at Half Maximum)をいう。また、共振周波数を中心としたコンダクタンスの半値幅を算出するために、アドミッタンス以外に、インピーダンスの実数成分であるレジスタンスと虚数成分であるリアクタンスが求められてもよい。
【0038】
制御部43は、1回の計測で共振周波数の変化量、共振周波数の近傍の電気的な情報などを取得する。共振周波数の近傍の電気的な情報とは、水晶振動子140に対する発信と当該発信に対応する水晶振動子140からの受信との相関関係から導かれる、位相、レジスタンスやリアクタンス、コンダクタンスやサセプタンスの値を含む。制御部43は、設定された時間間隔(繰り返し周期)で、共振周波数の経時変化量と電気的な情報の変位を繰り返し計測する。繰り返し周期は特に限定されず、例えば、100ミリ秒である。なお、共振周波数の変化量の取得にあたっては、過去の計測結果を併用して導いても良い。
【0039】
制御部43はさらに、共振周波数の変化量から水晶振動子140へ付着した物質の質量または膜厚、成膜速度を算出するとともに、共振周波数の極近辺の電気的な情報から水晶振動子140の異常状態または水晶振動子140に付着した物質の異常状態を検知する。
【0040】
外部機器から周波数掃引する方法で膜の厚みや成膜速度の計測、付着物(あるいは堆積物)の質量計測を長時間継続して行うと、物質の付着による質量変化で共振周波数が低周波数側にシフトしていく。このため、初期に設定していた掃引周波数領域から外れていってしまう問題がある。したがって、掃引周波数領域は、付着物の質量増加とともに再設定することが望ましい。
【0041】
例えば、
図6Aに示すように掃引周波数領域が広い場合は、付着物の量の増加に追従して共振周波数を測定できる。しかし、精度よく共振周波数を測定しようとすると、計測時間が長くなってしまう。また、掃引周期を短くすると周波数分解能が下がってしまう。
一方、
図6Bに示すように掃引周波数領域が狭い場合は、付着物の付着前や付着量が少ないときは周波数分解能が高いが、付着量が増えてくると周波数掃引領域から振動波形が外れてくるため、付着量の増加に追従して共振周波数を測定することができなくなる。
【0042】
また、膜厚や付着物の質量が増加していくと、水晶振動子の発振の鋭さを示す品質係数であるQ値(例えばFs/(F2-F1)として定義される無次元数)が低下し、共振周波数を掃引して得られた電気的な振動波形(例えばコンダクタンス)がブロードになり、共振周波数や電気的な情報を取得する精度の低下を招く。このため、掃引する周波数領域も変更していくことが望ましい。
【0043】
そこで、制御部43は、例えば、以下の方法で掃引する周波数領域を決定する。
まず、例えば計測開始のみ広めの周波数範囲を掃引し、共振周波数を取得する。なお事前に教示される等で、信頼できる共振周波数が得られる場合は、その値を取得(計測)した共振周波数としても良いし、範囲であれば狭い周波数範囲の掃引とすることも可能である。
それ以後の共振周波数を含む掃引周波数領域については、直前に計測した共振周波数の電気的な情報から決定する。
上記共振周波数の電気的な情報としては、共振周波数を中心としたアドミッタンスの実数成分であるコンダクタンスの半値幅を算出し、得られた半値幅を基に最適な掃引周波数領域を掃引毎に設定する。
【0044】
掃引周波数領域を決定するために必要な共振周波数の半値幅は、以下のようにして求めることができる。
【0045】
共振周波数におけるアドミッタンスの実数成分であるコンダクタンスGおよび虚数成分であるサセプタンスBは、ωを角周波数として、それぞれ以下の式(1)、(2)で表される。
【数1】
【数2】
なお、式(2)に関しては、本来スタティック容量C
0の項が加算されるが、補正により相殺されることを前提としているため、スタティック容量C
0の項は省略した。
【0046】
式(2)を角周波数ωで微分し、傾きを求めると、以下の式(3)が得られる。
【数3】
【0047】
共振周波数では、L
1ω=1/C
1ω、ω=1/L
1C
1なので、
【数4】
となり、さらにω=2πfより、式(4)が得られる。
【数5】
さらに、式(1)は、共振周波数では、G=1/R
1になることから、式(5)が得られる。
【数6】
【0048】
一方、
図7に示すように、共振周波数Fs付近のコンダクタンス波形の半値幅は、式(6)で表せる。
【数7】
式(6)において、F
1はコンダクタンスの最大値の半分の値をもつ2つの周波数のうちの低周波数側、F
2はその高周波数側である。半値幅は、共振周波数のQ値が高いほど小さく、Q値が低いほど大きくなる傾向にある。
【0049】
以上のように、式(5)を2倍することで式(6)が得られ、共振周波数のサセプタンスとコンダクタンスの値から共振周波数付近のコンダクタンスの半値幅が算出される。算出された半値幅、または半値幅の数倍となる周波数領域を設定し掃引することで、膜厚や付着物の質量増加によって低下する水晶振動子140の共振周波数のQ値に左右されずに、常に最適な周波数領域で掃引することが可能となる。
【0050】
[測定ユニットの動作]
続いて、測定ユニット17の典型的な動作について説明する。
図8は、制御部43において実行される処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0051】
成膜装置10による成膜処理を開始すると、制御部43は、まず、水晶振動子140の基本周波数付近の周波数領域を掃引することで、水晶振動子140の共振周波数を計測する(ステップ101,102)。
【0052】
成膜開始当初における周波数掃引(ステップ101)においては、水晶振動子140がその基本周波数(本実施形態では5MHz)付近で共振するため、測定ユニット17は、例えば3MHz~6MHzの周波数領域を掃引周波数領域として設定し、水晶振動子140の現時点における共振周波数を探索する。
【0053】
水晶振動子140の共振周波数の計測処理(ステップ102)においては、水晶振動子140に対する発信(発振信号)とその発信に対応する水晶振動子140からの受信(応答信号)との相関関係から導かれる位相がゼロになる点から求められる。なお、共振周波数の計測方法は、位相がゼロになる点だけに限られず、上記相関関係から導かれる電気的な情報(アドミッタンス又はインピーダンス)の虚数部(サセプタンス又はリアクタンス)がゼロになる点から求めてもよい(
図4参照)。
【0054】
制御部43は、計測された共振周波数を基に、前回の共振周波数からの変化量を算出し、この共振周波数の変化量に基づいて、水晶振動子に付着した物質の質量の時間差分値を測定する。これにより、基板W上に堆積した成膜材料の厚み、成膜レートを測定することができる。
【0055】
続いて、制御部43は、計測した共振周波数又はその付近の半値幅を算出する(ステップ103)。本実施形態では、共振周波数におけるアドミッタンスの実数成分であるコンダクタンスGと虚数成分であるサセプタンスBの値から、上記式(1)~(6)を用いて水晶振動子140の共振周波数の半値幅が算出される。
【0056】
続いて、制御部43は、共振周波数の変化量から次の共振周波数の予測値を算出する(ステップ104)。この処理は、次の共振周波数の探索範囲である掃引周波数領域を決定する上での基準点を決定する。成膜レートが一定の場合、蒸着源12において成膜材料の突沸等が起きない限り、水晶振動子140の共振周波数の変化は一定又はほぼ一定に推移する。このため、共振周波数の過去の変化量から次回の共振周波数の推定が可能である。本実施形態では、例えば、今回計測された共振周波数と前回計測された共振周波数とを直線近似することで次回の共振周波数を予測し、その値を予測値として算出する。
【0057】
なお、成膜開始時は前回の共振周波数の計測値が存在しないため直線近似により上記予測値を算出できないことがある。この場合は、ステップ102で計測された現在の共振周波数と同じ共振周波数を上記予測値として採用してもよい。また、過去の実績値などを用いて次の共振周波数の予測値を定めてもよい。
【0058】
制御部43は、ステップ103において算出された現在の共振周波数の半値幅と、ステップ104において算出された次の共振周波数の予測値とを基に、掃引周波数領域を設定する(ステップ105)。本実施形態では、上記予測値を中心とした上記半値幅の2倍の周波数領域が、掃引周波数領域として設定される。
【0059】
掃引周波数領域は、上記半値幅の2倍に限られず、上記半値幅の例えば1倍~3倍の周波数領域であってもよい。算出した半値幅に所定の係数を乗じて得られた周波数範囲を掃引周波数領域として決定してもよい。所定の係数は、要求される共振周波数の掃引周期、共振周波数の半値幅、共振周波数の変動量などに応じて任意に設定できる。また、上記所定の係数は固定値に限られず、各回の掃引周波数の設定処理ごとに変更可能な可変値であってもよい。
【0060】
また、上記予測値は、掃引周波数領域の中心とする場合に限られず、例えば、掃引周波数領域の中心と掃引周波数領域の上限値(高周波数側の限界値)との間の任意の位置にあってもよい。
【0061】
続いて、制御部43は、設定された掃引周波数領域を掃引することで、水晶振動子140の共振周波数を探索する(ステップ106)。以下、上述のステップ102~105の処理を繰り返し実行することで、基板Wに堆積する成膜材料の膜の厚み、成膜レートを監視する。また、制御部43は、成膜レートが所定の値を維持するように、蒸着源12あるいは電源ユニット18を制御する。
【0062】
以上のように、本実施形態によれば、共振周波数の探索領域である掃引周波数領域を、共振周波数の半値幅を基準に決定するようにしている。このため、
図9に模式的に示すように、膜厚や付着物の質量増加によって低下する水晶振動子140の共振周波数のQ値に左右されずに、常に最適な周波数領域で掃引することが可能となる。
【0063】
また、ステップ105において決定される共振周波数の半値幅に基づく掃引周波数領域は、ステップ101で実行される成膜開始当初の掃引周波数領域に比べてかなり狭いため、周波数分解能の劣化させることなく掃引に要する時間を短くできる。つまり、水晶振動子140へ堆積した成膜材料の計測精度を確保しつつ、周波数の掃引周期を短くすることができる。
【0064】
さらに本実施形態によれば、次回の共振周波数の予測値を掃引周波数領域の中心周波数にするなど、当該予測値を基準に掃引周波数領域を決定するようにしているため、水晶振動子140の共振周波数が掃引周波数領域から外れることを極力防ぐことができる。
【0065】
[その他の実施形態]
水晶振動子140の共振周波数を
図8のステップ101で説明したような掃引法を用いて取得する方法以外に、共振周波数のアドミッタンスの位相がゼロになる周波数をPID制御などのフィードバック制御を用いて取得する方法がある。この方法は、共振周波数の変化が比較的小さい場合には掃引法よりも共振周波数の取得に要する時間が短いため、より高い時間分解能で共振周波数の推移を取得でき、膜厚や成膜レートの高精度な計測が可能となる。しかし、水晶振動子140への成膜材料の付着量の増加などにより共振周波数の変化量が大きくなると、PID制御では共振周波数を取得することが困難になる場合がある。
【0066】
そこで、成膜開始の当初はPID制御で共振周波数を取得し続けて膜厚や成膜レートを監視し、共振周波数の単位時間あたりの変化量が所定以上に達した時点で、共振周波数の探索方法を
図8のステップ103以後で説明したような共振周波数の半値幅に基づく掃引法に切り替える手法が採用されてもよい。このような処理によっても上述の実施形態と同様の作用効果を得ることができるとともに、成膜開始より高精度な付着物の質量変化や成膜レートなどの監視が可能になる。
【0067】
また以上の実施形態では、次回の共振周波数を予測するにあたっては線形近似を用いたが、これに限らず取得した過去の共振周波数を標本とし、統計的手法を用いた近似方法を用いてもよい。具体的には線形回帰モデル(線形近似)を複数の共振周波数を用いて導いても良い。その他、直近の標本の分散値が増加するに応じて、半値幅に乗ずる係数、すなわち掃引周波数領域を決定する係数を1から3倍へと比例関係を持って増加させる様にしても良い。このような処理を行うことで、より計測精度を確保した掃引周期とする事が可能となる。またこの分散値は、一定以上となった場合に上述した位相ゼロを目標としたPID制御法から掃引法へ切替を行う指標値とすることも出来、これにより掃引周期を短くすることが可能となる。
【0068】
また、以上の実施形態では、本発明に係るセンサ装置を真空蒸着装置用の膜厚センサとして適用した例を説明したが、真空蒸着装置に限られず、スパッタ装置やCVD装置などの他の成膜装置用の膜厚センサとしても適用可能である。
【0069】
さらに、成膜装置用の膜厚センサに限られず、例えば、溶液中の特定の成分の付着(あるいは吸着)に基づく共振周波数の変化を計測して、溶液中の当該成分の濃度を検出するセンサ装置にも、本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0070】
10…成膜装置
11…真空チャンバ
12…蒸着源
14…センサヘッド(センサ部)
17…測定ユニット
20…膜厚センサ(センサ装置)
41…発振回路
42…測定回路
43…制御部
140…水晶振動子
【要約】
【課題】水晶振動子上の付着物の計測精度を確保しつつ、周波数の掃引周期を短くすることができるセンサ装置を提供する。
【解決手段】本発明の一形態に係るセンサ装置は、圧電素子を有するセンサ部と、測定ユニットとを具備する。前記測定ユニットは、前記圧電素子の共振周波数付近を電気的に掃引することで取得される前記圧電素子に対する発信と前記圧電素子からの受信との相関関係を用いて前記圧電素子に付着した物質の質量を測定する。前記測定ユニットは、制御部を有する。前記制御部は、前記相関関係から導かれる位相または虚数部と、前記位相または虚数部に対応する実数部とを用いて前記圧電素子の共振周波数の半値幅を算出し、算出された前記共振周波数の半値幅に基づいて前記共振周波数の掃引領域を決定する。
【選択図】
図1