(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-11
(45)【発行日】2022-07-20
(54)【発明の名称】Ni-Cr-Mo系合金部材、Ni-Cr-Mo系合金粉末、および、複合部材
(51)【国際特許分類】
C22C 19/05 20060101AFI20220712BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20220712BHJP
B22F 10/22 20210101ALI20220712BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20220712BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20220712BHJP
B22F 7/04 20060101ALI20220712BHJP
C22C 30/02 20060101ALN20220712BHJP
B33Y 70/00 20200101ALN20220712BHJP
B33Y 80/00 20150101ALN20220712BHJP
【FI】
C22C19/05 B
C22C30/00
B22F10/22
B22F10/28
B22F1/00 M
B22F7/04 G
C22C30/02
B33Y70/00
B33Y80/00
(21)【出願番号】P 2022512626
(86)(22)【出願日】2021-03-31
(86)【国際出願番号】 JP2021013847
(87)【国際公開番号】W WO2021201106
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-03-31
(31)【優先権主張番号】P 2020062211
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 浩史
(72)【発明者】
【氏名】品川 一矢
(72)【発明者】
【氏名】小関 秀峰
(72)【発明者】
【氏名】桑原 孝介
(72)【発明者】
【氏名】大坪 靖彦
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/049594(WO,A1)
【文献】特開2014-221940(JP,A)
【文献】特開平6-240401(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00
C22C 27/02
C22C 30/00-30/02
C22C 1/04-1/05
C22C 32/00
C22C 19/00-19/05
B33Y 70/00;80/00
B22F 10/00-10/85
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Cr:18%~22%、
Mo:18%~39%、
Ta:1.5%~2.5%、
B:1.0%~2.5%を含有し、
残部がNiおよび不可避不純物からなり、
且つ、25≦Cr+(Mo/2B)<38を満たし、
母相中に、最大粒子径が70μm以下のホウ化物粒子が分散析出している積層造形体であることを特徴とするNi-Cr-Mo系合金部材。
【請求項2】
前記母相にデンドライト組織を有することを特徴とする請求項1に記載のNi-Cr-Mo系合金部材。
【請求項3】
前記ホウ化物粒子の平均粒子径が12μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のNi-Cr-Mo系合金部材。
【請求項4】
前記母相に含まれるMo量が5質量%以上であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のNi-Cr-Mo系合金部材。
【請求項5】
質量%で、
Cr:18%~22%、
Mo:18%~39%、
Ta:1.5%~2.5%、
B:1.0%~2.5%を含有し、
残部がNiおよび不可避不純物からなり、
且つ、Cr+(Mo/2B)≧25を満たし、
積層造形に用いられることを特徴とするNi-Cr-Mo系合金粉末。
【請求項6】
レーザ回折式粒度分布測定による積算値が50体積%のときの粒子径であるd
50が10~60μmであることを特徴とする請求項5に記載のNi-Cr-Mo系合金粉末。
【請求項7】
レーザ回折式粒度分布測定による積算値が50体積%のときの粒子径であるd
50が30~250μmであることを特徴とする請求項5に記載のNi-Cr-Mo系合金粉末。
【請求項8】
基材と、請求項1から請求項4のいずれか一項のNi-Cr-Mo系合金部材の層が前記基材の表面に積層されたことを特徴とする複合部材。
【請求項9】
請求項1から請求項4のいずれか一項のNi-Cr-Mo系合金部材を備えてなることを特徴とする複合部材。
【請求項10】
請求項5から請求項7のいずれか1項に記載のNi-Cr-Mo系合金粉末からなることを特徴とする複合部材。
【請求項11】
複合部材が射出成形用のスクリューまたはシリンダーであることを特徴とする請求項8または請求項9に記載の複合部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性と耐摩耗性に優れたNi-Cr-Mo系合金部材、Ni-Cr-Mo系合金粉末、および、複合部材に関する。
【背景技術】
【0002】
射出成形機は、投入された樹脂を加熱して溶融させるシリンダー内に、溶融した樹脂を混錬しながら型に射出するスクリューを備えている。樹脂の溶融時には、硫化ガス等の腐食性ガスが発生することがあるため、射出成形用のスクリューやシリンダーには、腐食性ガスに耐える耐食性が必要とされる。また、繊維強化プラスチックの成形時には、樹脂にガラス繊維、炭素繊維等が添加されるため、耐摩耗性、すなわち硬さも必要とされる。
【0003】
従来、耐食性に優れ、硬度が高い合金として、質量比でNiの含有量が最も多く、次いでCrおよびMoの含有量が多いNi基合金(Ni-Cr-Mo系合金)が知られている。特許文献1には、Cr:18質量%超~21質量%未満、Mo:18質量%超~21質量%未満であり、Ta、Mg、N、Mn、Si、Fe、Co、Al、Ti、V、Nb、B、Zrを含有しており、熱間鍛造性および耐食性に優れたNi基合金が記載されている。
【0004】
しかし、特許文献1には、このNi基合金の硬さについて開示されていない。本発明者らが行った調査によると、CrとMoを添加したNi基合金の硬さは、HRC20~30程度であると確認されている。この程度の硬さでは、射出成形用のスクリューやシリンダーの用途において、耐摩耗性が不十分になる。
【0005】
一般に、金属材料の耐摩耗性は、結晶組織中に硬質粒子を分散させると高くなる。特許文献2には、CrとMoを添加したNi基合金に硼化物を主体とする硬質相を分散させたNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金が開示されている。また、特許文献3には、Ni基マトリックス中に、炭化物およびホウ化物、さらに所望により窒化物を主体とする硬質相が分散した高耐食耐摩耗性複合材料が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-160965号公報
【文献】特開2014-221940号公報
【文献】特開平8-134570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
Ni-Cr-Mo系合金の耐摩耗性は、特許文献2、3に記載されているように、ホウ化物や炭化物を分散させる方法によって向上させることができる。しかし、ホウ化物や炭化物の量が多すぎると、Crの粒界偏析や局部電池の形成によって耐食性が低くなる。また、分散量や分散形態によっては、硬度が高くなりすぎて脆くなる。
【0008】
耐食性や耐摩耗性に優れたNi-Cr-Mo系合金を得るためには、元素分配を考慮した各元素の添加量や添加比率の適正化が必要であり、耐食性と耐摩耗性とのバランスを崩さずに両立させることが求められている。Ni基合金の硬さが低いと、射出成形用のスクリューやシリンダーの用途において、耐摩耗性が不十分になる。そのため、このような合金について、更なる高硬度化が望まれている。
【0009】
また、ホウ化物や炭化物を分散させた従来のNi基合金は、焼結法やHIP(Hot Isostatic Press:熱間静水圧加圧)法によって加工・成形されることが多い。しかし、焼結法やHIP法は、ワーク形状の自由度が低い製造法である。焼結法やHIP法を用いた場合、複雑形状の製品を製造することが難しく、製品の用途が限定的となるため、より実用的な製造法が求められるようになっている。
【0010】
金属材料を加工・成形する方法としては、焼結法やHIP法の他に、鋳造法や付加製造(Additive Manufacturing:AM)法もある。これらの製造法は、ワークの形状の自由度が高いため、複雑形状物の製造に適している。しかし、鋳造法や付加製造法は、金属材料の溶融と凝固(以下、溶融・凝固と記載することがある。)を伴う。これらの製造法を分散強化型のNi基合金に用いると、溶融・凝固時に大きな熱応力が生じるため、割れが発生し易くなってしまう。
【0011】
一般に、付加製造法では、金属粉末に対して局所的な溶融・凝固が繰り返されるため、熱応力による割れが軽視できない問題となる。このような状況下、溶融・凝固を伴う製造プロセスに用いることが可能であり、優れた耐食性を備えた上で、耐摩耗性や耐割れ性も優れているNi-Cr-Mo系合金が求められている。
【0012】
そこで、本発明は、付加製造法による積層造形体であって、耐食性と耐摩耗性および耐割れ性に優れたNi-Cr-Mo系合金部材と、付加製造法に適したNi-Cr-Mo系合金粉末、および複合部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、TaとBを添加したNi-Cr-Mo系合金を、付加製造法によって作製した場合においても耐割れ性に優れる合金部材を得るために、各元素の成分量や成分比率の適正化の検討を行った。その結果、各元素の成分量と、Bに対するCrとMoの比率を適性化すること、および積層造形体の母相中にホウ化物が分散析出することで、耐食性と耐摩耗性および耐割れ性に優れたNi-Cr-Mo系合金部材が得られることを見出したものである。
【0014】
即ち、本発明は、質量%で、Cr:18%~22%、Mo:18%~39%、Ta:1.5%~2.5%、B:1.0%~2.5%を含有し、残部がNiおよび不可避不純物からなり、且つ、25≦Cr+(Mo/2B)<38を満たし、母相中に、最大粒子径が70μm以下のホウ化物の粒子が分散析出している積層造形体であることを特徴とするNi-Cr-Mo系合金部材である。
【0015】
本発明のNi-Cr-Mo系合金粉末は、質量%で、Cr:18%~22%、Mo:18%~39%、Ta:1.5%~2.5%、B:1.0%~2.5%を含有し、残部がNiおよび不可避不純物からなり、且つ、Cr+(Mo/2B)≧25を満たし、積層造形に用いられることを特徴とする。
【0016】
また、本発明の複合部材の一態様は、Ni-Cr-Mo系合金部材を備えてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、耐食性と耐摩耗性に優れたNi-Cr-Mo系合金部材と、耐食性と耐摩耗性に優れ、且つ耐割れ性を備えて付加製造法に適したNi-Cr-Mo系合金粉末、および複合部材を提供することができる。
【0018】
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明のNi-Cr-Mo系合金部材を備えた複合部材の一例を示す断面模式図である。
【
図2A】実施例7の腐食前の金属組織を示す反射電子像(BEI)および組成マッピングの結果を示す写真である。
【
図2B】実施例7の腐食後の金属組織を示す二次電子像(SEI)および反射電子像である。
【
図3A】比較例2の腐食前の金属組織を示す反射電子像および組成マッピングの結果を示す写真である。
【
図3B】比較例2の腐食後の金属組織を示す二次電子像および反射電子像である。
【
図4】実施例6の金属組織を示す反射電子像である。
【
図5】実施例4と実施例6の合金塊の金属組織と、積層造形体(出力1kWと2kW)の場合の金属組織を示す反射電子像である。
【
図6】実施例4の合金塊の場合と、積層造形体(出力1kWと2kW)の場合のXRDによる結晶構造解析結果を示す図である。
【
図7】実施例6の合金塊の場合と、積層造形体(出力1kWと2kW)の場合のXRDによる結晶構造解析結果を示す図である。
【
図8】実施例7の高温摩耗試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態について説明する。まず、Ni-Cr-Mo系合金について説明する。その後、Ni-Cr-Mo系合金粉末、付加製造方法および凝固組織について説明する。
【0021】
なお、本明細書において、金属元素の含有量を示す%は質量%を意味するものとする。また「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含むことを意味する。また「~」の前後に記載される上限値と下限値は、任意に組み合わせることができる。
【0022】
[Ni-Cr-Mo系合金]
本実施形態におけるNi-Cr-Mo系合金は、質量比でNiの含有量が最も多く、次いでCrおよびMoの含有量が多いNi基合金であって、Cr、MoおよびNiを主構成元素、TaとBを副構成元素としている。主構成元素のなかで、Niの含有量が最も多く、CrおよびMoは、質量%で、Cr:18%~22%、Mo:18%~39%の範囲で含有されるのが好ましい。また、副構成元素のTaおよびBは、質量%で、Ta:1.5%~2.5%、B:1.0%~2.5%の範囲で含有されるのが好ましい。Niの含有量はCr、Mo、TaおよびBに対して残部として特定される。
以下Ni-Cr-Mo系合金の化学成分および含有量の詳細について説明する。
【0023】
(Cr:18%~22%)
Crは、耐食性を向上させる効果がある。特に、不動態皮膜の形成により、硝酸、硫酸等に対する耐食性が得られる。Crが18%未満であると、耐食性を向上させる効果が得られない。一方、Crが22%を超えると、Mo等との組み合わせにおいて、粗大なμ相(Ni7Mo6等)やP相(Mo3(Mo,Cr)5Ni6)等)等の金属間化合物を形成してしまい、耐食性および耐割れ性が低くなる。そのため、Cr量は、18%~22%とする。Cr量の下限は、耐食性を向上させる観点等からは、好ましくは18.5%、より好ましくは19%である。また、Cr量の上限は、金属間化合物の形成を抑える観点等からは、好ましくは21%、より好ましくは20%である。
【0024】
(Mo:18%~39%)
Moは、耐食性を向上させる効果がある。特に、Crとの組み合わせにおいて、不動態皮膜が緻密に強化され、塩酸、硫酸、弗酸等に対する優れた耐食性が得られる。Moが18%未満であると、Crとの組み合わせにおいて、Moによる耐食性を向上させる効果が十分に得られない。一方、Moが39%を超えると、Mo含有量に比例してホウ化物量が多くなり、且つ金属間化合物が形成されるため靭性が大幅に低下する。合金粉末を付加製造法に用いた場合には、積層造形体が割れ易くなり、適切な造形が困難になる。また、Moは高温で酸化され易いため、ガスアトマイズ法等で合金粉末を製造する場合に、合金粉末の表面に酸化皮膜が形成され易くなる。酸化皮膜が形成された粉末粒子を付加製造法に用いると、積層造形中に粉末が舞い上がるスモーク現象が発生したり、この粉末が積層造形体に不純物として混入したりする。そのため、Mo量は、18%~39%とする。Mo量の下限は、耐食性を向上させる観点等からは、好ましくは20%、より好ましくは24%である。また、Mo量の上限は、耐割れ性や造形性を向上させる観点等からは、好ましくは35%、より好ましくは30%である。
【0025】
(Ta:1.5%~2.5%)
Taは、CrやMoよりなる不動態皮膜を格段と強化する効果がある。Taを1.5%以上添加すると酸に対する耐食性を改善する効果があるが、一定量以上は添加量を増加しても耐食性改善効果は小さくなる。また、Taが2.5%を超えると、粉末製造時に粉末表面に形成される酸化物量が増大し、それによる積層造形体の欠陥が顕在化する可能性がある。そのため、Ta量は、1.5%~2.5%とする。Ta量の下限は、耐食性を向上させる観点等からは、好ましくは1.8%、より好ましくは2.0%である。また、Ta量の上限は、積層造形体の欠陥の観点等からは、好ましくは2.3%、より好ましくは2.1%である。
【0026】
(B:1.0%~2.5%)
Bは、ホウ化物を形成して耐摩耗性の向上に寄与する。Bを1.0%以上添加すると耐摩耗性を改善する効果があるが、2.5%を超えて添加すると硬さが高くなり割れ易くなる。そのため、B量は、1.0%~2.5%とする。B量の下限は、耐食性を向上させる観点等からは、好ましくは1.2%、より好ましくは1.4%である。また、B量の上限は、耐割れ性を確保する観点等からは、好ましくは2.1%、より好ましくは1.7%である。
【0027】
〔25≦Cr+(Mo/2B)<38〕
Bを添加すると耐摩耗性が向上する。その一方でMoを主体としたホウ化物が形成されるため、金属相中のMo量が減少し硫酸などの非酸化性の酸に対する耐食性が低下する。そこで、B添加量の増大に伴い、Mo添加量も増大させることが良い。また、Crは凝固時にホウ化物に濃化しにくいためB量には依存しないが、Cr量が低下すると硝酸などの酸化性の酸に対する耐食性は低下する。したがって、B量に対するCrとMoの含有量のバランスをとり適正化することが重要となる。そのため、Cr、MoおよびBの質量比であるCr+(Mo/2B)が25~38を満足するようにする。但し、Cr+(Mo/2B)の値が25未満だと耐食性、特に硫酸などの非酸化性酸に対する耐食性が悪くなり、38を超えると、金属間化合物量が多くなるため靭性が大幅に低減する。好ましい下限は26であり、より好ましくは27である。また、好ましい上限は34であり、より好ましくは30である。
【0028】
本実施形態のNi-Cr-Mo系合金において、主に製造上の改善を目的として以下の元素を任意に添加することができる。
(Fe:7.0%以下)
Feは、Niよりも融点が高く、溶湯の粘度を高める効果がある。付加製造法に用いられる金属粉末は、通常、アトマイズ法等によって、液滴化した溶湯を凝固させる方法で製造される。Feを添加すると、凝固中の固相量が増え、溶湯の粘度が高められるため、金属粉末の粒子径の制御が容易になる。また、付加製造法に適していない粒子径5μm未満の微粉が生成するのを抑制することができる。Feが0.01%以上であると、Feによる溶湯の粘度を高める効果が得られる。一方、Feが7.0%を超えると、母相の電気化学的腐食に対する耐食性が低くなる。そのため、Fe量は、積極的に添加する場合、0.01~7.0%とする。Fe量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.05%、より好ましくは0.10%である。また、Fe量の上限は、好ましくは5.5%、より好ましくは1.0%である。
【0029】
(Co:2.5%以下)
Coは、Niよりも融点が高く、溶湯の粘度を高める効果がある。Coを添加すると、Feと同様に、金属粉末の粒子径の制御が容易になる。また、付加製造法に適していない粒子径5μm未満の微粉が生成するのを抑制することができる。Coが0.001%以上であると、Coによる溶湯の粘度を高める効果が得られる。一方、Coが2.5%を超えると、合金粉末の製造時に、凝固させた粒子内にミクロレベルの引け巣が発生し易くなる。そのため、Co量は、積極的に添加する場合、0.001~2.5%とする。Co量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%である。また、Co量の上限は、好ましくは1.0%、より好ましくは0.5%である。
【0030】
(Si:0.2%以下)
Siは、脱酸剤として添加される化学成分であり、溶湯の清浄度を高める効果がある。脱酸剤を添加すると、合金粉末を付加製造法に用いた場合に、積層造形体の粒子同士の接合部が滑らかになるため、積層造形体に欠陥が生じ難くなる。Siが0.001%以上であると、Siの添加による効果が得られる。一方、Siが0.2%を超えると、Siによる金属間化合物が粒界偏析するため、耐食性が低くなる。そのため、Si量は、積極的に添加する場合、0.001~0.2%とする。Si量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.002%、より好ましくは0.005%である。また、Si量の上限は、好ましくは0.1%、より好ましくは0.01%である。
【0031】
(Al:0.5%以下)
Alは、脱酸剤として添加される化学成分であり、溶湯の清浄度を高める効果がある。Alが0.01%以上であると、Alの添加による効果が得られる。一方、Alが0.5%を超えると、合金粉末を付加製造法に用いた場合に、溶融・凝固時の粒子の表面に酸化物が形成され易くなる。酸化皮膜が形成された粉末を付加製造法に用いると、積層造形中にスモーク現象等の支障を来たしたり、積層造形体に不純物が混入したりする。そのため、Al量は、積極的に添加する場合、0.01~0.5%とする。Al量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.03%、より好ましくは0.05%である。また、Al量の上限は、好ましくは0.4%、より好ましくは0.3%である。
【0032】
(Cu:0.25%以下)
Cuは、母相の電気化学的腐食に対する耐食性を向上させる効果がある。特に、塩酸、弗酸等の非酸化性酸に対する湿潤環境における優れた耐食性が得られる。Cuが0.001%以上であると、Cuによる耐食性を向上させる効果が得られる。一方、Cuが0.25%を超えると、合金粉末を付加製造法に用いた場合に、溶融・凝固時の粒子の表面に酸化物が形成され易くなる。酸化皮膜が形成された粉末を付加製造法に用いると、積層造形中にスモーク現象等の支障を来たしたり、積層造形体に不純物が混入したりする。そのため、Cu量は、積極的に添加する場合、0.001~0.25%とする。Cu量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.002%、より好ましくは0.005%である。また、Cu量の上限は、好ましくは0.1%、より好ましくは0.01%である。
【0033】
(不可避不純物)
本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金は、これら上述の主構成元素および副構成元素に対する残部が、Niおよび不可避不純物からなる。本実施形態に係る合金は、原料に混入している不純物や、資材、製造設備等の状況に応じて持ち込まれる不純物の混入が許容される。不可避不純物の具体例としては、P、S、Sn、As、Pb、N、O等が挙げられる。これら不可避不純物の含有量は少ないほうが好ましく、0%であっても良い。
【0034】
上述した合金の組成は、エネルギー分散型X線分析(EDX:Energy Dispersive X-ray spectroscopy)等で分析することができる。
【0035】
[Ni-Cr-Mo系合金部材]
本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金部材は積層造形体からなる。積層造形体は、合金粉末を材料として後述する付加製造法によって製造することができる。
【0036】
本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金部材は、用途や形状が、特に限定されるものではない。本実施形態に係る合金部材には、部材としての用途や要求される機械的特性等に応じて、適宜の熱処理や時効処理等の調質を施すことができる。
【0037】
なお、本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金部材は、積層造形体として製造するとき、合金部材の全体が付加製造法によって造形されてもよいし、合金部材の一部のみが付加製造法によって造形されてもよい。すなわち、本実施形態に係る合金部材には、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金の基材に、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金の粉体肉盛(盛り金)が施された複合部材が含まれる。本発明において「Ni-Cr-Mo系合金部材」は、合金塊(鋳造体)は除くものとする。
【0038】
Ni-Cr-Mo系合金部材の具体例としては、耐食性と耐摩耗性が要求される用途に用いられる機器や構造物に用いられる部材、例えば、射出成形用のスクリュー、射出成形用のシリンダー等や、油井プラントの掘削機材や化学プラント等に備えられるバルブ、継手、熱交換器、ポンプ等や、発電機等のタービン、圧縮機のインペラ、航空機エンジンのブレードやディスク部材等が挙げられる。
【0039】
[Ni-Cr-Mo系合金粉末]
本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金粉末(以下、単に「合金粉末」とも言う。)は、前記の化学組成を有する限り、適宜の粒子形状、適宜の粒子径および適宜の粒度分布の粉粒体とすることができる。また、本実施形態に係る合金粉末は、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金の粒子のみで構成されてもよいし、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金の粒子と他の化学組成を有する粒子とが混合された粉末であってもよい。また、任意の化学組成を有する粒子の集合によって前記の化学組成となる粉末であってもよい。その混合形態は問わない。例えば、それぞれの金属の原料粉末が上述した合金の成分と比率で混合された混合粉末、後述する造粒粉およびアトマイズ粉も本発明のNi-Cr-Mo系合金粉末に含まれる。
【0040】
また、本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金粉末は、機械的粉砕、メカニカルアロイング等の機械的製造法で製造されてもよいし、アトマイズ法等の溶融・凝固プロセスで製造されてもよい。また、酸化還元法、電解法等の化学的製造法で製造されてもよい。但し、合金粉末を付加製造法に用いる観点からは、球状粒子が形成され易い点で、溶融・凝固プロセスで製造されることが好ましい。
【0041】
本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金粉末は、造粒粉末や焼結粉末とすることができる。造粒粉末は、粉粒体を構成する少なくとも一部の粒子が粒子同士で結合した状態となるように造粒された粉末である。焼結粉末は、粉粒体を構成する少なくとも一部の粒子が粒子同士で結合した状態となるように熱処理によって焼結した粉末である。
【0042】
焼結粉末は、二次粒子の粒度分布を適切に調整する観点からは、一旦、合金粉末を造粒粉末とした後に造粒粉末を焼成する方法によって製造することが好ましい。例えば、Ni-Cr-Mo系合金粉末を造粒粉末とした後に焼成し、造粒焼結粉末とする方法としては、次のような方法を用いることができる。
【0043】
原料として、例えば、MoBの微粒子と、上述した合金成分の金属または合金の微粒子を、製造する粉末材料の組成に応じて準備する。ここで、MoBの微粒子の粒子径は、たとえば、レーザ回折式粒度分布測定による積算値が50%のときの平均粒子径であるd50が5μm以下が好ましく、0.1~1.0μmがより好ましい。
【0044】
また、Ni、Cr、MoおよびTaの原料となる金属または合金の微粒子の粒子径は、d50が1.0~50.0μmが好ましい。添加材料(造粒粉に用いられるバインダ等)の粒子径は、たとえば、前記d50が0.1~1.0μmが好ましい。
【0045】
用意した原料の粉末を、バインダと共に湿式混合する。バインダとしては、炭化水素系バインダを用いることが好ましい。炭化水素系バインダとしては、パラフィン等のワックスが挙げられる。混合によって得られた混合物をスプレードライヤで噴霧乾燥させ、平均粒子径d50が1.0μm~200μmの造粒粉末を得る。
【0046】
次に、混合物の造粒粉末を乾燥させてバインダを脱脂させる。脱脂の温度は、使用したバインダが所要時間内に十分に除去される程度であればよい。脱脂の温度は、例えば、400~600℃とすることができる。そして、混合物の造粒粉末を、脱脂させた後に引き続き焼成して、粒子同士を焼結させる。焼成の温度は、化学組成にもよるが、例えば、1000℃以上とする。焼成の温度を1000℃以上の高温にすると、焼結体の密度が高くなるため、充填密度の向上に適した嵩密度が大きい焼結粉末が得られる。
【0047】
焼成された焼結粉末は、例えば、空冷等で自然冷却させた後に、目的に応じて、篩分級、乾式分級、湿式分級等によって分級することができる。平均粒子径d50が20~100μmとなるように分級すると、付加製造法に適した均一性の高い粒度のNi-Cr-Mo系合金粉末が得られる。
【0048】
以上のようなNi-Cr-Mo系合金粉末を造粒粉末とした後に焼成して造粒焼結粉末とする方法を用いると、粉粒体を構成する粒子同士を、焼結によって十分に結合させることができる一方で、造粒操作に使用したバインダを、粉粒体中から確実に除去することができる。一般に、脱脂した造粒粉末をそのまま指向性エネルギ堆積方式による付加製造法に用いると、造粒粉末が造形領域への供給中に容易に破砕してしまう。これに対し、造粒焼結粉末であると、粒子同士が焼結によって強固に結合するため、積層造形中の粉砕を無くし酸化、不純物の混入による、溶融・凝固時の欠陥や化学組成の不均一を低減することができる。
【0049】
Ni-Cr-Mo系合金粉末は、付加製造法に用いる前に、球状化処理を施してもよい。球状化処理としては、熱プラズマ液滴精錬(thermal plasma droplet refining:PDR)法や、高温による熱処理等を用いることができる。PDR法は、粉末をプラズマ中に導入して高温による熱処理を行う方法である。PDR法によると、粉粒体を構成する粒子の一部または全部が瞬時に溶融して凝固するため、表面張力によって真球に近い粒子が得られる。粒子の表面が滑らかになり、粉粒体としての流動性が高くなるため、積層造形体の造形精度を向上させることができる。また、溶融・凝固時の欠陥や化学組成の不均一による凝固組織の欠陥を低減することができる。
【0050】
また、本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金粉末は、種々のアトマイズ法で製造することができる。アトマイズ法は、高圧で噴霧した媒体の運動エネルギで溶融金属を液滴として飛散させ、液滴化した溶融金属を凝固させて粉粒体を作る方法である。アトマイズ法としては、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、ジェットアトマイズ法等のいずれを用いることもできる。
【0051】
水アトマイズ法は、タンディッシュの底部等から流下させた溶湯に、噴霧媒体として高圧の水を吹き付け、水の運動エネルギによって金属粉末を造る方法である。水アトマイズ法によって造られる粒子は、非晶質となり易い。水アトマイズ法の噴霧媒体である水は、他のアトマイズ法と比較して、冷却速度が速いためである。但し、水アトマイズ法によって造られる粒子は、不規則形状となる傾向が強い。
【0052】
ガスアトマイズ法は、タンディッシュの底部等から流下させた溶湯に、噴霧媒体として高圧の窒素、アルゴン等の不活性ガスや、高圧の空気を吹き付けて金属粉末を造る方法である。ガスアトマイズ法によって造られる粒子は、球状となり易い。ガスアトマイズ法の噴霧媒体である不活性ガスや空気は、水アトマイズ法と比較して、冷却速度が遅いためである。噴霧媒体によって液滴化した溶湯は、比較的長時間にわたって液体の状態に留まるため、表面張力による球状化が進むと考えられている。
【0053】
ジェットアトマイズ法は、タンディッシュの底部等から流下させた溶湯に、噴霧媒体として高速且つ高温のフレームジェットを噴射して金属粉末を造る方法である。フレームジェットとしては、灯油等を燃焼させて発生させた超音速の燃焼炎が用いられる。そのため、溶湯は、比較的長時間にわたって加速されて微粒子となる。ジェットアトマイズ法によって造られる粒子は、球状となり易く、平均粒子径が小さい粒度分布となる傾向が強い。
【0054】
本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金粉末は、付加製造法に用いる観点からは、ガスアトマイズ法で製造することが好ましい。ガスアトマイズ法によって造られる粒子は、真球度が高くなるし、粉粒体としての流動性も高くなる。そのため、積層造形体の造形精度を向上させることができる。また、溶融・凝固時の欠陥や化学組成の不均一による凝固組織の欠陥を低減することができる。
【0055】
以上で説明した合金粉末の製造方法は、一例であり、他の製造方法によっても本発明の合金粉末を製造することができる。
【0056】
[付加製造法]
本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金粉末は、適宜の方式の付加製造法に用いることができる。一般に、金属材料を対象とした付加製造法は、粉末床溶融結合(Powder Bed Fusion:PBF)方式と、指向性エネルギ堆積(Directed Energy Deposition:DED)方式とに大別される。
【0057】
粉末床溶融結合(PBF)方式は、基材上に金属粉末を敷き詰めてパウダベッドを形成し、対象となる領域に敷き詰められている金属粉末にビームを照射し、金属粉末を溶融・凝固させて造形する方法である。PBF方式では、パウダベッドに対して二次元的な造形を行う毎に、パウダベッドの積層と金属粉末の溶融・凝固とを繰り返す三次元的な積層造形が行われる。
【0058】
粉末床溶融結合(PBF)方式には、熱源としてレーザビームを用いる方法と、熱源として電子ビームを用いる方法とがある。レーザビームを用いる方法は、粉末レーザ溶融(Selective Laser Melting:SLM)法と、粉末レーザ焼結(Selective Laser Sintering:SLS)法とに大別される。電子ビームを用いる方法は、粉末電子ビーム溶融(Selective Electron Beam Melting:SEBM、または、単にEBM)法と呼ばれる。
【0059】
粉末レーザ溶融(SLM)法は、レーザビームによって金属粉末を溶融ないし焼結させる方法である。粉末レーザ焼結(SLS)法は、レーザビームによって金属粉末を焼結させる方法である。レーザビームを用いるSLM法やSLS法では、窒素ガス等の不活性雰囲気下において、金属粉末の溶融・凝固が進められる。
【0060】
粉末電子ビーム溶融(SEBM/EBM)法は、熱源として電子ビームを用いて金属粉末を溶融させる方法である。電子ビームを用いるEBM法は、金属粉末に電子ビームを照射し、運動エネルギを熱に変換して金属粉末を溶融させることによって行われる。EBM法では、高真空下において、電子ビームの照射や、金属粉末の溶融・凝固が進められる。
【0061】
一方、指向性エネルギ堆積(DED)方式は、基材上や既に造形されている造形領域に向けて金属粉末の供給とビームの照射とを行い、造形領域に供給された金属粉末を溶融・凝固させて造形する方法である。DED方式では、金属粉末の供給とビームの照射とを二次元的ないし三次元的に走査し、既に造形されている造形領域に対する凝固金属の堆積を繰り返す三次元的な積層造形が行われる。
【0062】
DED方式は、メタルデポジション方式とも呼ばれている。DED方式には、熱源としてレーザビームを用いるレーザメタルデポジション(Laser Metal Deposition:LMD)法と、熱源として電子ビームを用いる方法とがある。DED方式のうち、基材に対してレーザビームを用いて粉体肉盛を施す方法は、レーザ粉体肉盛溶接とも呼ばれている。
【0063】
種々の方式の付加製造法のうち、粉末床溶融結合(PBF)方式は、積層造形体の形状精度が高い利点がある。一方、指向性エネルギ堆積(DED)方式は、高速の造形が可能な利点がある。特に、粉末床溶融結合(PBF)方式のうち、粉末レーザ溶融(SLM)法は、厚さが数十μm単位のパウダベッドに対して、ビーム径が微小なレーザを照射すると、金属粉末の選択的な溶融・凝固が可能になる。
【0064】
[Ni-Cr-Mo系合金粉末の粒度分布]
本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金粉末は、粒子径の範囲が5~500μmであることが好ましい。付加製造法においては、ある程度の粉末の集合毎に溶融・凝固が進められる。合金粉末の粒子径が小さすぎると、ビードも小さくなるため、ビードの界面破壊をはじめとする欠陥が生じ易くなる。一方、合金粉末の粒子径が大きすぎると、ビードも大きくなるため、冷却速度の不均一による欠陥が生じ易くなる。しかし、粒子径が5~500μmの範囲内にあれば、欠陥が少ない積層造形体が得られ易くなる。
【0065】
但し、Ni-Cr-Mo系合金粉末の最適な粒子径や粒度分布は、付加製造法の方式によって異なる。そのため、Ni-Cr-Mo系合金粉末の粒子径や粒度分布は、付加製造法の方式に応じて調整することが好ましい。本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金粉末は、粉末床溶融結合(PBF)方式に用いる観点からは、粒度分布は10~250μmの範囲内であることが好ましい。
【0066】
例えば、粉末レーザ溶融(SLM)法では、レーザ回折散乱式の粒度分布測定による累積粒度分布における粉末の積算頻度50体積%に対応する平均粒子径(平均粒子径)d50は、好ましくは10~60μm、より好ましくは20~40μmである。また、積算頻度10体積%に対応する粒子径d10は、好ましくは5~35μmである。また、積算頻度90体積%に対応する粒子径d90は、好ましくは20~100μmである。
【0067】
SLM法において、金属粉末の粒子径が5μm未満であると、粉粒体としての堆積性や展延性が悪くなるため、パウダベッドとして積層される粉末が偏りを生じ易くなる。また、粒子径が150μmを超えると、ビームによる溶融が不完全になり易いため、凝固組織に欠陥を生じたり、表面粗さが大きくなったりする。しかし、前記の粒子径であれば、平坦且つ均一な厚さのパウダベッドを形成し易いし、パウダベッドを繰り返し積層することも容易になるため、欠陥が少ない積層造形体が得られ易くなる。
【0068】
また、レーザメタルデポジション(LMD)方式や、パウダベッド方式の粉末電子ビーム溶融(EBM)法では、レーザ回折散乱式の粒度分布測定による累積粒度分布における粉末の積算頻度50体積%に対応する平均粒子径d50は、好ましくは30~250μm、より好ましくは60~120μmである。また、積算頻度10体積%に対応する粒子径d10は、好ましくは15~100μmである。また、積算頻度90体積%に対応する粒子径d90は、好ましくは50~500μmである。
【0069】
LMD方式において、金属粉末の平均粒子径が小さいと、ノズルヘッドに搬送する粉末の流れが偏り易くなるため、溶融池に対する安定した金属粉末の供給が難しくなる。また、粒子径が500μm程度を超えると、金属粉末がノズルヘッド内等で閉塞を起こしたり、溶融が不完全になり、凝固組織に欠陥を生じたり、表面粗さが大きくなったりする。一方、EBM法において、金属粉末の平均粒子径が小さいと、スモーク現象が発生し易くなる。しかし、前記の粒子径であれば、溶融池に対する金属粉末の供給や金属粉末の非飛散性が良好になるため、高精度な積層造形体が得られ易くなる。
【0070】
なお、粒度分布や粒子径は、レーザ回折散乱式の粒度分布測定装置によって測定することができる。平均粒子径は、粒子径が小さい粒子から大きい粒子の順に粒子の体積を積算した体積積算値と、その体積積算値における粒子径との関係を示す積算分布曲線において、粒子径が小さい側から積算された50%の体積に対応した粒子径として求められる。
【0071】
[Ni-Cr-Mo系合金を用いた複合部材]
本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金を用いた複合部材は、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金部材、または、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金粉末で形成された合金層を、他の部材と一体化させることによって得られる。一体化させる方法としては、溶接、はんだ付け、ろう付け、機械的接合、拡散接合等の適宜の方法を用いることができる。
【0072】
図1は、本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金部材を備えた複合部材の一例を模式的に示す断面図である。
図1には、本実施形態に係る複合部材の一例として、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金とは異なる材質の基材に、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金の粉体肉盛(盛り金)が施された複合部材を示す。
【0073】
図1に示す複合部材4は、Ni-Cr-Mo系合金とは異なる材質の基材1と、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金を用いて基材1の表面に形成された合金層2と、を有している。このような複合部材4は、Ni-Cr-Mo系合金粉末を用いた指向性エネルギ堆積(DED)方式の付加製造法によって製造することができる。
【0074】
基材1は、形状や材質が、特に制限されるものではない。基材1としては、例えば、Fe基合金、Ni基合金等を用いることができる。また、合金層2は、形状や厚さ等が、制限されるものではない。
図1において、合金層2としては、基材1の表面に部分的に施された粉体肉盛による層が形成されている。また、基材1の表面に形成する合金層2の耐熱化、耐摩耗化等を付与するために、表面処理を施してもよい。表面処理は、メッキ処理、セラミックコーティング、窒化処理や浸炭処理などである。また、合金層2の上に三次元的形状を呈する積層造形体が形成されてもよい。
【0075】
従来、Ni-Cr-Mo系合金と異種材料との複合部材は、多くの場合、焼結法やHIP法で製造されている。しかし、Ni-Cr-Mo系合金と異種材料とでは、通常、線膨張係数が異なるため、焼結後の冷却過程等において、Ni-Cr-Mo系合金が剥離し易かった。これに対し、本実施形態に係るNi-Cr-Mo系合金を用いた複合部材4は、前記の化学組成を有するNi-Cr-Mo系合金粉末を材料として、付加製造法によって製造することができる。
【0076】
複合部材4の製造に用いられるNi-Cr-Mo系合金粉末は、合金粉末の溶融・凝固の過程で、基材1と合金層2との間に、ホウ素などが拡散した混合層3が形成される。混合層3は、溶融・凝固時のホウ素等の拡散によって、基材1と合金層2との中間的な化学組成となる。この混合層3が形成されるため、高い密着性を確保することができる。そして、複合部材4は、付加製造時の溶融・凝固を経ても耐食性を劣化させることなく高い耐摩耗性と耐割れ性を発揮することができる。
【0077】
Ni-Cr-Mo系合金を用いた複合部材の具体例としては、前記のNi-Cr-Mo系合金部材と同様に、耐食性と耐摩耗性が要求される用途に用いられる機器や構造物に用いられる部材、例えば、射出成形用のスクリュー、射出成形用のシリンダー等や、油井プラントの掘削機材や化学プラント等に備えられるバルブ、継手、熱交換器、ポンプ等や、発電機等のタービン、圧縮機のインペラ等が挙げられる。また、金型補修として粉体肉盛が施された金型等が挙げられる。具体的には、金型の補修や、金型の表面への肉盛による表面強化が可能となる。
【0078】
[Ni-Cr-Mo系合金部材の凝固組織]
本発明のNi-Cr-Mo系合金部材の凝固組織は、主にFCC構造を有する金属相と、正方晶のM3B2ホウ化物を有する金属組織となる。Cr量やMo量によってはその他の金属間化合物(例えば、P相(Mo3(Mo,Cr)5Ni6)など)も晶出する。ホウ化物は、微細なホウ化物と金属相が層状に折り重なったラメラー状に晶出するものと、粗大なものの2つの形態を有する。微細なホウ化物の平均粒子径は12μm以下である。また、粗大なホウ化物の最大粒子径は70μm以下である。粗大なホウ化物は破壊の起点となりやすく、微細なサイズに晶出させることが求められる。
【0079】
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて具体的に説明する。
【実施例】
【0080】
<実験1>
[合金塊の作製]
本発明に係るNi-Cr-Mo系合金の化学成分の適正量や適性比率を確認するために、鋳造法によって合金塊を作製した。鋳造法によって作製した合金塊は、本発明に係るNi-Cr-Mo系合金部材や本発明に係るNi-Cr-Mo系合金粉末の鋳放しまま凝固組織を疑似的に再現していると言える。
【0081】
まず、以下の5種類の原料粉末を準備し、表1の実施例1~7の合金組成および比較例1~2の合金組成(単位:質量%)になるように秤量した。
Ni:粒子径8mm~15mmの球状の粒、
Cr:粒子径63μm~90μmの粉末、
Mo:平均粒子径約1.5μmの微粉末、
Ta:粒子径45μm以下の粉末、
MoB:粒子径3μm~6μmの微粉末
【0082】
【0083】
次に、これらの原料粉末をアルミナるつぼに入れて混合した。この混合粉を高周波誘導溶解炉で溶解した後に、水冷銅製の鋳型に傾注して合金塊(インゴット)を得た。表1に示す化学組成となるように溶製した各供試材のインゴットから、所定の形状の試験片を作製し、下記する硬さ測定(耐摩耗性評価)と耐食性評価を行った。
【0084】
(硬さ測定)
各試験片の切断後の断面を、エメリー紙およびダイヤモンド砥粒を用いて、鏡面まで研摩した。そして、室温においてビッカース硬さ試験機によって荷重500gf、保持時間15秒でビッカース硬さを測定した。測定は5回行い、5回の平均値を記録した。得られたビッカース硬さ(HV)をロックウェル硬さ(HRC)に換算した。なお、換算には、ASTM(American Society for Testing and Materials) E140 表2を参照した。ロックウェル硬さがHRC40以上の場合を優良「○」とし、40HRC未満の場合を不良「×」とした。測定値および評価結果を表2に示す。
【0085】
(耐食性試験)
各試験片を10mm×10mm×2.5mmに切断し、試験片の全面を耐水エメリー紙#1000まで研磨した後、アセトン、エタノールで脱脂して腐食試験に供した。腐食試験の開始前には、各試験片の寸法および質量を測定した。そして、40℃に保持した10%H2SO4中に各試験片を10時間浸漬した。その後、腐食液から試験片を取り出し、各試験片の質量を測定して、質量変化から腐食速度を求めた。また、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)によって試験片の外観の腐食形態を観察した。
【0086】
腐食速度は、次の数式(1)によって算出した。
【0087】
s=(g0-ga)/(A×t)・・・(1)
ここで、sは腐食速度[g・m-2・h-1]、g0は腐食液への浸漬前の試験片の質量[g]、gaは腐食液への浸漬後の試験片の質量[g]、Aは試料の表面積[m2]、tは腐食液への浸漬時間[h]である。
【0088】
腐食試験は、各供試材について3回ずつ行った。最も腐食速度が大きい結果を、その供試材の腐食速度の代表値とした。腐食速度が0.1g・m-2・h-1以下の場合を優良「○」とし、腐食速度が0.1g・m-2・h-1より大きい場合を不良「×」とした。測定値および評価結果を表2に示す。
【0089】
【0090】
表2に示す通り、実施例1~7の合金組成の試験片は、硬さ評価および耐食性評価ともに優良であった。一方、比較例1の合金組成の試験片は、B量が少ないため硬さが40HRC未満であった。また、比較例2の合金組成の試験片は、各元素の成分量は満足するものの、Cr+(Mo/2B)が25未満であるため、耐食性が低く、腐食速度が0.1g・m-2・h-1より大きくなった。
【0091】
[組織観察]
腐食試験前と腐食試験後の反射電子像(BEI:Backscattered Electron Image)および組成マッピングを観察した。実施例7の合金組成の試験片の腐食前の観察像を
図2Aに、腐食後の観察像を
図2Bに示す。また、比較例2の合金組成の試験片の腐食前の観察像を
図3Aに、腐食後の観察像を
図3Bに示す。反射電子像の倍率は300倍である。
【0092】
本発明のNi-Cr-Mo系合金部材の組織は、
図2Aに示されるように、母相5(黒っぽく見える部分)とMoが濃化したホウ化物6(白っぽく見える部分)とからなることが確認された。
【0093】
また、
図2Bより本発明のNi-Cr-Mo系合金部材は局所的な腐食跡は確認されず、均一に腐食されていることが確認された。
【0094】
一方、比較例2の合金組成の試験片では、
図3Aに示すホウ化物7にはMoが強く濃化していた。また、
図3AにはMo量が極端に低いMo欠乏相8(点線で囲む領域)が確認された。
図3Bでは、局所的な腐食箇所9が確認された。
図3Bに示す腐食後の組織の組成マッピングを確認したところ、Mo欠乏相8に相当する組織が確認されなかったため、局所的に腐食されたのは腐食前に観察されたMo欠乏相8であると考えられる。Mo欠乏相8は溶融・凝固時の元素分配によって形成され、溶融・凝固によって作製された合金に特徴的な組織であり、焼結法によって作製された合金には見られない。そこで本発明では、Bに対するCrとMoの成分比率のバランスをとることによってMo欠乏相の生成を抑制するようにしたものである。
【0095】
即ち、比較例2の合金組成は、Cr+(Mo/2B)の値が23.8であり成分比率のバランスが崩れている。Bに対するMo量が少ないことからMo欠乏相8が大きく生じてしまい、その結果、十分な耐腐食性が得られなかったと言える。一方、実施例7の合金組成ではCr+(Mo/2B)の値は28.2であり、Bに対するMo量のバランスが取れているため、Mo欠乏相8の生成が抑制され、耐食性に優れていたと言える。
【0096】
[溶融凝固組織]
溶融・凝固組織について、さらに詳細を調べた。
図4に実施例6の合金組成の試験片の反射電子像(BEI)を示す。倍率は500倍である。
図4に示すように、FCC相からなるデンドライト組織10が確認された。これは、鋳造法による合金塊や付加製造法による積層造形体など、溶融・凝固を伴う製法で製造された場合に形成される組織であり、焼結法やHIP法では見られない組織である。
【0097】
また、
図4を観察すると、ホウ化物は5~100μmの塊状のホウ化物11と幅が1~3μmのラメラー状のホウ化物12の2つの形態が確認された。また、実施例6の合金組成はMo添加量が30質量%を超えている。比較的Moが多い合金においては、詳細な組成は明らかとなっていないが、FCC相でも、またホウ化物でもない第3相13も確認された。この第3相をEDXで成分分析したところ、原子数濃度でCrが22.2at.%、Niが39.8%、Moが35.4%、Taが0.6%であることが分かった。これは、後述するP相(Mo
3(Mo,Cr)
5Ni
6)の成分比率に近いため、第3相はP相である可能性が高いと考えられる。
【0098】
<実施例2>
[積層造形体の作製]
次に、付加製造法により積層造形体を作製して実験を行った。まず、実験1で用意した実施例4及び実施例6の合金組成の混合粉からガスアトマイズ法により、Ni-Cr-Mo系合金粉末を作製した。粉末の粒子径d50は、96.7μm(実施例4)、104.1μm(実施例6)であった。
【0099】
図1に示す複合部材4をLMD法により作製した。基材1はNi基合金(Alloy718)を準備し、積層造形装置(DMG森精機製LASERTEC 65 3D)を用いて、以下の積層条件で46層(高さ10mm~20mm程度)を合金層(積層造形部)2とした。
走査速度:1000mm/min、
粉末供給量:14.0g/min、
ファイバーレーザ出力:1kWと2kWの2条件。
溶融・凝固は正常に行われ、割れ等の欠陥の無い積層造形体を作製することができた。
【0100】
[積層造形体の組織観察]
実験1において実施例4と実施例6の合金組成で作製した合金塊と、上記で作製した積層造形体の反射電子像(BEI)を
図5に示す。倍率は全て300倍で、黒く見えるのが母相、白く見えるのがホウ化物である。
図5において、合金塊の場合は、塊状のホウ化物が点在しているが、積層造形体の場合は、粒状のホウ化物がほぼ均一に分散析出しているのが分かる。ホウ化物の大きさや分散状態は液相からの冷却速度に依存しており、付加製造法の方が鋳造法よりも冷却速度が速いためであると考えられる。
【0101】
また、同じ組成のアトマイズ粉であっても、レーザ出力が2kWの積層造形体よりも1kWの積層造形体の方が、微細なホウ化物が均一に分散していることが分かる。出力が小さいと溶融池の最高到達温度が低く、また、母材に投入される熱量が小さいため、造形部の熱引きが速く凝固までの速度も速いと考えられる。したがって、出力が小さい方が、ホウ化物が粗大化しにくく微細に分散したと推察される。一般的に、硬質粒子が大きく不均一に分散するよりも、硬質粒子が小さく均一に分散している方が耐摩耗性に優れる。したがって、出力1kWで製造した積層造形体が最も耐摩耗性に優れると考えられる。
【0102】
次に、画像分析によりホウ化物の円相当径に換算した粒子径の平均値および最大値を算出した。また、硬さを実験1と同様に測定した。さらに、目視による観察によって、割れの発生の有無を確認した。結果を表3に示す。
【0103】
【0104】
表3より、ホウ化物粒子の粒子径の平均値は、12μm以下が良く、好ましくは10μm以下、より好ましくは8μm以下である。また、ホウ化物粒子の粒子径の最大値は、70μm以下が良く、好ましくは50μm以下、より好ましくは20μm以下である。
以下に、ホウ化物粒子の粒子径の最大値と耐割れ性の関係について説明する。破壊靭性値を簡易的に見積もる方法にIF法(Indentation Fracture)がある。IF法は、鏡面研磨した試験片に、ビッカース圧子を圧入し発生した圧痕とクラックの長さから破壊靭性値を算出する方法である。IF法によるビッカース試験の結果、70μmより大きいホウ化物が見られた材料(実施例4および実施例6の合金組成の合金塊)にはビッカース圧痕周辺の粗大ホウ化物にクラックが見られた。一方で、70μm以下のホウ化物を含む材料にはクラックが確認されなかった。このことから、ホウ化物が70μm以下のホウ化物を有することが耐割れ性向上に有効であると考えられる。
【0105】
また、表3より、積層造形体の硬さは合金塊よりもわずかに劣るものもあったが、大きな差は確認されなかった。したがって、ホウ化物がより微細に分散している積層造形体、特に出力が小さくホウ化物がより細かい1kW造形材の方が耐摩耗性に優れていると考えられる。
【0106】
ここで、ホウ化物の粒子径の平均値および最大値の算出方法を下記する。まず、それぞれの試料の倍率300倍で撮像した二次電子像に対して画像処理による二値化を行い、ホウ化物とそれ以外を分離する。その後、ホウ化物の境界部からピクセルを除外するエロージョンとホウ化物の周囲にピクセルを追加するダイレーションを行う。これにより、孤立したピクセルが除外できる。その後、外れ値の除去を行う。外れ値の除去とは、あるピクセルの値がその周囲の中央値から一定値以上離れているとき、その中央値で置き換える作業であり、これによりホウ化物を分離できる。この時、中央値を計算する領域の範囲は5ピクセルとした。そして、分離したホウ化物の円相当径を算出し、そこからホウ化物の平均値と最大値を算出した。ホウ化物の平均値と最大値は各試料について3回ずつ算出し、その3回の平均値を代表値とした。なお、除去しきれなかったノイズを除去するため、粒子径が6μm未満の小さい粒子はカウントせず、6μm以上のホウ化物のみカウントした。
【0107】
[成分分析]
次に、合金塊および積層造形体の母相(FCC)の成分をEDXで分析した。結果を表4に示す。
【0108】
【0109】
表4より、比較例2の合金組成の合金塊では、B添加量が多く、ホウ化物に多くのMoが濃化し、結果的に母相のMo量が激減している。一方、実施例4および実施例6の合金組成では、母相のMo量は、ホウ化物が析出したことにより添加Mo量よりも低減しているものの、実施例4の合金組成では16~18質量%、実施例6の合金組成では22~25質量%含まれており、比較例2の合金組成に比べて十分なMo量が母相に含まれていることが分かる。また、実施例4、実施例6の合金組成ともに、合金塊よりも積層造形体の方がMo量が多いことが分かる。これは、付加製造法の方が冷却速度が速く、凝固による濃度分配が抑制されたためであると考えられる。したがって、母相のMo量は5質量%以上であることが好ましく、さらに好ましくは10質量%以上である。
【0110】
[結晶構造解析]
合金塊および積層造形体のXRD(X-Ray Diffraction)による結晶構造解析を行った。実施例4の合金組成の結果を
図6に、実施例6の合金組成の結果を
図7に示す。なお、線源をCu、管電圧を48kV、管電流を28mA、サンプリング間隔を0.02°、走査範囲を2θ で20~100°とした。また,測定に用いたサンプルは各インゴットから試料を切り出した後、耐水エメリー紙#1000まで研磨したものを使用した。
【0111】
XRD測定の結果、合金塊と積層造形体では構成相に違いはなく、実施例4および実施例6のいずれの合金組成の試験片もFCCおよびM3B2ホウ化物(正方晶)を主体とする組織であることが分かった。実施例6の合金組成においてはFCCとホウ化物以外に第3相のピークが確認され、斜方晶系の金属間化合物であるP相(Mo3(Mo,Cr)5Ni6)に近いパターンを示しているが、完全には同定できていない。一般的にP相は脆い金属間化合物であるが、ピーク強度が十分に小さく、組織全体に対する体積分率が小さいと推定されるため靭性には大きく影響しないと考えられる。
【0112】
(摩耗試験)
次に、実施例6の合金組成の合金塊の試験片について、高温摩耗試験を行った。
図8は高温摩耗試験の結果を示すグラフである。なお、比較のために熱間金型用鋼(JIS(Japanese Industrial Standards)SKD61、SKD61+窒化、YXR33及び射出成形スクリュー用鋼(YPT71)についても同様の試験を行った。なお、「YXR」、「YPT」は日立金属株式会社の登録商標である。また、窒化処理はプラズマ窒化を用いて行い、最表面から100μmの深さまで窒素を拡散させたものを試験に供した。
【0113】
試験条件は以下の通りであるが、偏芯しながら回転する円筒状のワークの外周に試験片を押し付けるというものである。
図8の横軸の摺動回数は、ワークの回転数に相当する。縦軸は試験片がワークとの接触により摩耗した深さを示し、その最大値を評価した。
【0114】
試験条件:ワーク温度:900℃、試験片温度:25~100℃程度
ワーク外周の速度:30m/min、垂直加重:250N
図8に示すように、実施例6の合金組成の合金塊の試験片は、熱間金型用鋼(SKD61、SKD61+窒化およびYXR33)に比べて格段に高い耐摩耗性を示し、射出成形スクリュー用鋼(YPT71)と同等の耐摩耗性を備えていることが実証された。なお、積層造形体の試験片についても同等の結果が得られたことを確認している。
【0115】
以上、説明した通り、本発明によれば、溶融凝固が可能で、耐食性と耐摩耗性に優れたNi-Cr-Mo系合金部材、Ni-Cr-Mo系合金粉末、および複合部材を提供できることが実証された。
【0116】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かり易く説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0117】
1…基材、2…合金層(積層造形部)、3…混合層、4…複合体(Ni-Cr-Mo系合金部材)、5…母相、6,7…ホウ化物、8…Mo欠乏相、9…腐食箇所、10…デンドライト組織、11…塊状ホウ化物、12…共晶状のホウ化物、13…第3相。