(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-11
(45)【発行日】2022-07-20
(54)【発明の名称】糖鎖修飾酵素を含む医薬組成物及び医薬組成物を用いた樹状細胞免疫受容体関連疾患の治療方法
(51)【国際特許分類】
A61K 38/47 20060101AFI20220712BHJP
A61P 19/10 20060101ALI20220712BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20220712BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20220712BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20220712BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20220712BHJP
A61P 19/00 20060101ALI20220712BHJP
A61P 37/08 20060101ALI20220712BHJP
【FI】
A61K38/47
A61P19/10
A61P19/02
A61P29/00 101
A61P25/00
A61P37/06
A61P19/00
A61P37/08
(21)【出願番号】P 2019517740
(86)(22)【出願日】2018-05-14
(86)【国際出願番号】 JP2018018610
(87)【国際公開番号】W WO2018207949
(87)【国際公開日】2018-11-15
【審査請求日】2021-02-03
(32)【優先日】2017-05-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】岩倉 洋一郎
(72)【発明者】
【氏名】海部 知則
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/006700(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0148432(US,A1)
【文献】HOMMA T.et al.,Recognition of cell surface GD3 by monoclonal antibody anti-6C2 in rheumatoid arthritis synovial fluid,Arthritis & Rheumatism,2001年02月,44(2),p.296-306
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹状細胞免疫受容体によって制御される生体機構が関与する疾患を治療、処置、または予防するための医薬組成物であって、糖鎖修飾酵素を有効成分として含む
み、
前記糖鎖修飾酵素がノイラミニダーゼであり、前記疾患が骨粗しょう症、関節リウマチまたは多発性硬化症である、前記医薬組成物。
【請求項2】
前記疾患を有する対象に、前記糖鎖修飾酵素が治療上、処置上、または予防上有効量となる用量及び間隔で投与される、請求項1に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、糖鎖修飾酵素を含む医薬組成物及び前記医薬組成物を用いた治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
樹状細胞免疫受容体(Dendritic Cell Immunoreceptor、以下DCIRとも称する)は、主要な抗原提示細胞である樹状細胞、骨吸収細胞である破骨細胞等の細胞に発現する膜タンパク質であり、細胞外領域に糖鎖を認識するドメイン(CRD)を、細胞質内領域に免疫抑制性シグナル伝達モチーフ(ITIM)をもつ。本開示者らは先にDCIRの遺伝子を欠損したマウス(Dcir-/-マウス)の作製に成功し、当該マウスが加齢に伴いシェーグレン症候群や付着部炎といった自己免疫疾患を自然発症することを報告した(例えば、特開2008-29319号公報及び特開2009-19044号公報参照)。また、Dcir-/-マウスは自己免疫疾患モデルであるコラーゲン誘導関節炎において高い感受性を示すが、これは樹状細胞が過剰に増殖分化する為であることを報告した(例えば、Fujikado et al.,Nat. Med.,2008参照)。
【0003】
以上のように、DCIRは破骨細胞の形成、樹状細胞分化・増殖や炎症性サイトカインの産生を負に制御する役割を果たしていると考えられる。従って、DCIR特異的に作用するリガンドが発見されれば、骨代謝疾患や自己免疫疾患の症状の抑制や緩和の有効な手段となると考えられる。また、樹状細胞は免疫系の中枢を担うことから、アレルギーなどの疾患においても治療効果が期待できる。本開示者らは上記知見に基づき、ケラタン硫酸-II(KS-II)がDCIR特異的に結合する内在性リガンドとして破骨細胞内へSHP-1を介してシグナル伝達することを見出した(例えば、国際公開第2011/105424号参照)。本開示者らはさらに、特定の化学構造を有するアシアロ二本鎖N型糖鎖がDCIRに特異的に作用するリガンドであることを見出した(国際公開第2016/006700号参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
DCIR特異的に作用する物質を数多く見出すことは、DCIRによって制御されている生体機構の調節が有効となりうる疾病の治療方法の選択の幅を広げる上で有益である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示者らは上記状況に鑑み、以下を提供する。
<1>樹状細胞免疫受容体によって制御される生体機構が関与する疾患を治療、処置、または予防するための医薬組成物であって、糖鎖修飾酵素を有効成分として含む、前記医薬組成物。
<2>前記糖鎖修飾酵素がノイラミニダーゼである、<1>に記載の医薬組成物。
<3>前記疾患が骨代謝疾患、自己免疫疾患またはアレルギー疾患である、<1>または<2>に記載の医薬組成物。
<4>前記疾患が関節リウマチまたは多発性硬化症である、<1>~<3>のいずれか1つに記載の医薬組成物。
<5>前記疾患を有する対象に、前記糖鎖修飾酵素が治療上、処置上、または予防上有効量となる用量及び間隔で投与される、<1>~<4>のいずれか1つに記載の医薬組成物。
<6>樹状細胞免疫受容体によって制御される生体機構が関与する疾患の治療、処置、または予防を必要とする対象に、有効量の糖鎖修飾酵素を投与することを含む、前記疾患を治療、処置、または予防する方法。
<7>前記糖鎖修飾酵素がノイラミニダーゼである、<6>に記載の方法。
<8>前記疾患が骨代謝疾患、自己免疫疾患またはアレルギー疾患である、<6>または<7>に記載の方法。
<9>前記疾患が関節リウマチまたは多発性硬化症である、<6>~<8>のいずれか1つに記載の方法。
<10>前記疾患を有する対象に、前記糖鎖修飾酵素が治療上、処置上、または予防上有効量となる用量及び間隔で投与することを含む、<6>~<9>のいずれか1つに記載の方法。
<11>前記投与が経口投与、皮下投与、腹腔内投与、筋肉内投与、点眼、点耳、経鼻投与、吸入投与、経皮投与、経直腸投与、髄腔内投与または静脈内投与である、<6>~<10>のいずれか1つに記載の方法。33n
<12>樹状細胞免疫受容体によって制御される生体機構が関与する疾患を治療、処置、または予防する医薬組成物の製造のための、糖鎖修飾酵素の使用。
<13>樹状細胞免疫受容体によって制御される生体機構が関与する疾患を治療、処置、または予防する医薬組成物として使用するための糖鎖修飾酵素。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】ノイラミニダーゼ投与後18時間および48時間におけるDCIRリガンドの量を示す。
【
図2A】ノイラミニダーゼ投与による血清カルシウム濃度の変化を示す。
【
図2B】ノイラミニダーゼ投与による血清TRAP活性の変化を示す。
【
図3】実験的自己免疫性脳脊髄炎を発症させた野生型およびDCIRノックアウトマウスにおけるノイラミニダーゼ投与の効果を示す。
【
図4A】コラーゲン誘導性関節炎を発症させたマウスにおけるノイラミニダーゼ投与による関節炎スコアへの効果を示す。
【
図4C】コラーゲン誘導性関節炎を発症させたマウスにおけるノイラミニダーゼ投与による関節炎スコアへの効果を示す。
【
図5】コラーゲン誘導性関節炎を発症させたマウスにおけるノイラミニダーゼ投与による炎症性サイトカインの減少を示す。
【
図6】コラーゲン誘導性関節炎を発症させたマウスにおけるノイラミニダーゼ投与による足首関節の組織像を示す。
【
図7】コラーゲン誘導性関節炎を発症させたマウスにおけるノイラミニダーゼ投与による足首関節の組織像を、スコア化して評価した結果を示す。
【
図8】コラーゲン誘導性関節炎を発症させたマウスにおけるノイラミニダーゼ投与による抗II型コラーゲンIgG1抗体、抗II型コラーゲンIgG2a抗体、抗II型コラーゲンIgG2b抗体の力価を示す。
【
図9】DCIR-/-マウスと野生型マウスとの関節炎スコアの経時的変化の比較を示す。
【
図10A】DCIR?/?マウスと野生型マウスとの関節炎スコアの累積スコアの比較を示す。
【
図10B】DCIR-/-マウスと野生型マウスとの関節炎スコアの最大スコアの比較を示す。
【
図10C】DCIR-/-マウスと野生型マウスとの疾患発症日の比較を示す。
【
図11】DCIR-/-マウスと野生型マウスの足首関節のH&E染色像を示す。
【
図12】DCIR-/-マウスと野生型マウスの炎症、パンヌス形成、軟骨破壊、及び骨破壊の比較を示す。
【0007】
本発明者は、多発性硬化症のモデル動物である実験的自己免疫疾患を発症させた野生型マウスに、糖鎖修飾酵素として、シアル酸のグリコシド結合を切断するグリコシダーゼであるノイラミニダーゼ(Neuraminidase、EC 3.2.1.18)を投与すると、前記疾患の症状が低減すること、またノイラミニダーゼの投与により血中のカルシウム濃度および破骨細胞マーカーであるTRAPの活性が低下することを見出した。このノイラミニダーゼ投与効果はC型レクチン受容体DCIR欠損マウスでは認められないことから、ノイラミニダーゼはDCIR特異的に作用していると考えられる。
例えば、以下のような実験からも裏付けられる:ノイラミニダーゼを生体内投与し、18時間および48時間後に骨髄細胞を回収した。DCIRの細胞外ドメインとヒトIgG2のFc領域からなるDCIR-Fcキメラタンパクを骨髄細胞に結合させDCIRリガンドの発現状態をFACSにて解析した。その結果、骨髄細胞に対するDCIR-Fcタンパクの結合が増加した。
このことにより、ノイラミニダーゼの投与によりDCIRの生体内リガンドが露出したことが示された。
【0008】
別の自己免疫疾患である関節リウマチのモデル動物である、コラーゲン誘導性関節炎を誘発したマウスにノイラミニダーゼを投与したところ、臨床スコアの改善、組織学的な重篤度の改善及び血清中の炎症性サイトカインが低下することがわかった。
また、ノイラミニダーゼの投与によって血清カルシウム濃度が上昇し、破骨細胞のマーカーである酒石酸抵抗性酸ホスファターゼ(TRAP)の活性が低下することを見出した。
【0009】
これらの結果から、ノイラミニダーゼは樹状細胞免疫受容体によって制御される生体機構が関与する疾患または状態を治療、処置、または予防する目的に有効に使用しうることが明らかとなった。
特に、関節リウマチ、多発性硬化症および骨粗しょう症の治療に好適に使用されうる。
【0010】
<医薬組成物>
本開示の医薬組成物は、糖鎖修飾酵素を有効成分として含む。糖鎖修飾酵素としては、シアル酸のグリコシド結合を切断するグリコシダーゼであるノイラミニダーゼが挙げられる。ノイラミニダーゼがDCIRに特異的に作用するという知見は、従来報告されていない。
【0011】
ノイラミニダーゼは糖鎖の末端のシアル酸のα-2,3、α-2,6およびα-2,8-グリコシド結合を加水分解する作用を有する。α-2,3グルコシダーゼ活性、α-2,6グルコシダーゼ活性およびα-2,8グルコシダーゼ活性それぞれの強さはノイラミニダーゼの由来によって異なるが、いずれのノイラミニダーゼを用いてもよい。当業者は用いるノイラミニダーゼに応じて適切な投与量を見出すことができる。
【0012】
ノイラミニダーゼの作製方法は特に制限されず、生体からの採取、遺伝子工学的方法による作製、有機合成化学的方法による作製等を挙げることができる。特に、遺伝子工学的方法により作製することは、工業的な生産に有利である。ノイラミニダーゼを産生する生物からノイラミニダーゼをコードする遺伝子を単離し、大腸菌等の宿主に遺伝子を組み換えることによって容易に目的のノイラミニダーゼを生産することができる。ノイラミニダーゼを産生する生物としては、限定はされないが例えば、Clostridium perfringens、Arthrobacter ureafaciens、インフルエンザウィルスなどが挙げられる。
ヒトも4種類のノイラミニダーゼ(即ち、hNEUs1~4)を産生することが知られている。ヒト由来のノイラミニダーゼを用いることは、ヒトに投与する場合に免疫原性が低くなるという観点から好ましい。
【0013】
<治療方法>
本開示の治療、処置、または予防方法(以下、単に「治療方法」とも称する)は、樹状細胞免疫受容体によって制御される生体機構が関与する疾患または状態の治療、処置、または予防を必要とする対象(例えば、ヒトである患者)に、治療上、処置上、または予防上有効量の糖鎖修飾酵素を投与することを含む。
【0014】
本開示の治療方法において患者に投与される糖鎖修飾酵素及び有効成分として含まれる糖鎖修飾酵素の具体的な態様は、本開示の医薬組成物及び有効成分として含まれる糖鎖修飾酵素の具体的な態様として上述したものと同様とすることができる。
【0015】
本開示の治療方法において糖鎖修飾酵素を対象に投与すると、糖鎖修飾酵素によって発現したDCIRリガンドが対象生体内のDCIRに選択的に作用する。その結果、DCIRによって制御される生体機構を意図的に調節することができる。このような生体機構としては破骨細胞の形成、樹状細胞の増殖、サイトカインの産生等が挙げられる。従って、本開示の方法は、過剰な骨吸収が関係している各種の骨代謝疾患、及び炎症性サイトカインの産生による過剰な免疫反応や炎症を伴う各種の自己免疫疾患またはアレルギー疾患の治療方法として有効である。さらに、前記糖鎖修飾酵素はDCIR特異的に作用して樹状細胞、破骨細胞等の機能を抑制するため、薬効の作用点が限局でき、副作用の少ない治療方法を提供することができる。
【0016】
上記の骨代謝疾患としては骨関節炎、脊椎関節症、骨粗しょう症、骨パジェット病、変形性骨炎、大理石骨病、歯周病等を挙げることができる。自己免疫疾患としては関節リウマチ、多発性硬化症、ギラン・バレー症候群、グッドパスチャー症候群、I型糖尿病、甲状腺炎、潰瘍性大腸炎、シェーグレン症候群等を挙げることができる。アレルギー疾患としては気管支喘息、アトピー性皮膚炎、結膜炎、食物アレルギー、アナフィラキシー、接触皮膚炎、アレルギー性鼻炎、慢性糸球体腎炎等を挙げることができる。
【0017】
本開示の治療方法において、本開示の糖鎖修飾酵素を対象に投与する方法は特に制限されず、経口投与、皮下投与、腹腔内投与、筋肉内投与、点眼、点耳、経鼻投与、吸入投与、経皮投与、経直腸投与、髄腔内投与、静脈内投与、留置等の外科的処置などを挙げることができる。対象に投与する糖鎖修飾酵素の量及び投与の間隔は特に制限されず、症状の種類や状態、対象の年齢や体格、DCIRの活性の状態、意図するDCIR活性化の度合、糖鎖修飾酵素とともに使用する他の成分の種類や量等に応じて選択できる。典型的には、糖鎖修飾酵素は、治療上、処置上、または予防上有効量となる用量及び間隔で対象に投与される。
【0018】
<実施例1:ノイラミニダーゼの用量の検討>
野生型の8~12週齢のマウスに、ノイラミニダーゼ(0.2U/マウス)(ロッシュ社製、Arthrobacter ureafaciens由来)又はPBSを、尾静脈より静脈内投与し、投与から18時間後及び48時間後に骨髄細胞を回収した。ノイラミニダーゼ又はPBSをそれぞれ2匹のマウスに投与し、各マウスをNeu1、Neu2、PBS1及びPBS2とした。得られた骨髄細胞にDCIR-Fcを加えて結合させ、FACSにてCD11b+細胞又は樹状細胞であることを示すCD11b+かつCD11c+の細胞の全数に対するFc陽性を示す細胞数の比率を求めた。DCIR-Fcは、マウス由来のDCIR細胞外ドメイン(アミノ酸残基の208~689位)とヒトIgG2抗体のFcドメインからなるキメラタンパク質である。ネガティブコントロールとして、糖鎖結合に必須であるドメインに変異を挿入した変異型DCIR-Fc及びFcドメインのみのタンパク質をDCIR-Fcに代えて使用した。なお、ノイラミニダーゼ1Uは、反応溶液10μL中で、5分間37℃において、1nmolのNeu5Acα2-3Galβ1-3GlcNAcβ1-3Galβ1-4Glc-AMCから末端のα-Neu5Acの95%以上を切断するために必要な酵素量として定義される。
【0019】
ノイラミニダーゼ投与後18時間後においてはDCIR-Fcの樹状細胞への結合がネガティブコントロールと比較して顕著に増加していた。しかし、48時間後においてはDCIR-Fcと変異型DCIR-FcとでFc陽性率に大きな差がなかった(
図1)。ノイラミニダーゼの投与によってDCIRリガンドの細胞表面への発現が増加したと考えられ、その効果は48時間後には減少していると考えられる。そこで、ノイラミニダーゼの投与は2日に1回行うこととした。
【0020】
<実施例2:ノイラミニダーゼ投与後のカルシウム濃度及び酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ(TRAP)活性の血清濃度>
8~12週齢のオスのC57BL/6J系統の野生型(WT)及びDCIRノックアウトマウス(Dcir-/-)に、ノイラミニダーゼ(0.1U/マウス)(ロッシュ社製、Arthrobacter ureafaciens由来)又はPBSを、2日毎に5回静脈内投与した。最後の投与から24時間後に麻酔下にて心臓穿刺により全採血した。次いで、血清を調製し、血清のカルシウムイオン濃度をカルシウムE-HAテストワコー(富士フイルム和光純薬株式会社製)を用いて測定した。破骨細胞のマーカーである血清のTRAP活性は、TRACP&ALP Assay Kit(タカラバイオ株式会社製)を用いて、キットの使用説明書に従って波長405nmの吸光度により測定した。
【0021】
野生型マウスの血清カルシウム濃度及びTRAP活性は、ノイラミニダーゼの投与によって有意に減少した(p<0.05)(
図2AおよびB)。この結果より、ノイラミニダーゼの投与によって破骨細胞の活性が抑制されたことがわかった。また、DCIRノックアウトマウスではノイラミニダーゼの投与によって血清カルシウム濃度及びTRAP活性は有意な減少を示さなかったことから、ノイラミニダーゼはDCIRに特異的に作用していると考えられる。
【0022】
<実施例3:実験的自己免疫性脳脊髄炎マウスへのノイラミニダーゼの投与>
実験的自己免疫性脳脊髄炎は多発性硬化症の動物モデルである。実験動物としては、C57BL/6J野生型及びDCIRノックアウトマウス(Dcir-/-)を用いた。
100μgのMOG35-55ペプチド(MEVGWYRSPFSRVVHLYRNGK)を、100μLのフロイント不完全アジュバント(IFA)(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)と500μgのMycobacterium Tuberculosis H37RA(ディフコ社製)をPBSに溶解した溶液100μLとに加えてエマルジョンを得た。得られたエマルジョンを0日目及び7日目に、野生型及びDCIRノックアウトマウス皮下注射して実験的自己免疫性脳脊髄炎を誘発した。また、0日目及び2日目にPBSに溶解したマウス1匹当たり200ng/回の百日咳毒素を注射した。
【0023】
MOGによる免疫を行う日(即ち、0日)の7日前から2日毎に、マウス1匹当たり0.1ユニットの投与量となるように、100μLのノイラミニダーゼ(ロッシュ社製、Arthrobacter ureafaciens由来)のPBS溶液(野生型マウス:n=6、DCIRノックアウトマウス:n=7)又はPBS(野生型マウス:n=8、DCIRノックアウトマウス:n=8)を4回静脈内投与した。0日の翌日、つまりMOGによる免疫を行った日の翌日から、上記と同様にノイラミニダーゼ又はPBSを2日毎に4回静脈内投与した。
【0024】
以下の評価基準に従って、実験的自己免疫性脳脊髄炎の臨床スコアを0日、2日及び7日~30日には毎日観察し臨床スコアを評価した。結果を
図3及び表1に示す。
・実験的自己免疫性脳脊髄炎の臨床スコア
0:疾患が認められない
0.5:部分的な尻尾挙上不全
1:尻尾麻痺
1.5:一方の後肢の麻痺
2:両方の後肢の麻痺
2.5:一方の前肢の脱力
3:両方の前肢の脱力
4:両方の前肢の麻痺
5:瀕死
【0025】
ノイラミニダーゼ投与群及びPBS投与群のそれぞれの平均スコアは、各群のすべてのマウスのスコアの平均値から決定した。累積スコアは、各マウスの毎日の臨床スコアの合計であり、群毎に平均値を求めた。平均最大スコアは、各マウスの最大の臨床スコアの群毎の平均値として計算した。
ノイラミニダーゼを投与された野生型マウスではEAEの臨床スコアが他の群と比較して有意に低かった(p<0.05)。このことから、ノイラミニダーゼの投与によって、自己免疫性脳脊髄炎の臨床症状が改善されることがわかった。また、DCIRノックアウトマウスでは、PBS投与群と臨床スコアに差が認められなかったことから、ノイラミニダーゼの効果はDCIRに特異的に作用していると考えられる。
【0026】
【0027】
<実施例4:コラーゲン誘導性関節炎マウスへのノイラミニダーゼ投与の効果>
コラーゲン誘導性関節炎は、関節リウマチの動物モデルである。コラーゲン誘導性関節炎マウス(CIAマウス)は既報の方法に従って用意した(Inglis J.J.,Nat.Protocol.,2008)。方法の概要を記載すると、ニワトリII型コラーゲン(IIC)(シグマアルドリッチ社製)の粉末を10 mM酢酸水溶液に溶解し4℃で一晩静置した。等量の完全フロイントアジュバント(CFA)(ディフコ社製)とニワトリII型コラーゲン酢酸水溶液(4mg/mL)とを混合してエマルジョンを調製した。8~12週齢のDBA/1Jマウスの尾根部近くの異なる3か所に、得られたエマルジョンを100μLずつ皮内投与して免疫した。最初の免疫後 21日目に、最初の投与部位の近くに同じ量のIIC/CFAエマルジョンをブーストとして皮内注射した。
【0028】
上記のIIC/CFAエマルジョンによる最初の免疫(即ち、0日)の7日前から2日毎に、マウス1匹当たり0.1ユニットの投与量となるように、100μLのノイラミニダーゼ(ロッシュ社、Arthrobacter ureafaciens由来)のPBS溶液(n=10)又はPBS(n=10)を4回静脈内投与した。また、ブーストを行う7日前から上記と同様にノイラミニダーゼ又はPBSを2日毎に4回静脈内投与した。
【0029】
以下の基準に従って各肢について関節炎スコアを評価した。1匹のマウスの関節炎スコアの最大値(即ち、最も重症であることを示すスコア)は12である。
以下の評価基準に従って、関節炎スコアを0日及び21日~45日には毎日観察し関節炎スコアを評価した。
・関節炎スコア
0:正常
1:わずかな腫脹及び/又は発赤
2:重度の腫脹及び/又は発赤
3:関節の強直
【0030】
ノイラミニダーゼ投与群及びPBS投与群のそれぞれの平均スコアは、各群のすべてのマウスのスコアの平均値から決定した。累積スコアは、各マウスの毎日の臨床スコアの合計であり、群毎に平均値を求めた。平均最大スコアは、各マウスの最大スコアの群毎の平均値として計算した。結果を
図4に示す。また、1個体のスコアが1以上になった場合にその個体が関節炎を発症したと判断し、各群の全個体数に対する発症した個体数の比率を発症率とした。
【0031】
図4Aはノイラミニダーゼ投与群及びPBS投与群それぞれの平均スコアの推移を示す。ノイラミニダーゼ投与群では、初回免疫後26日以後は一貫してPBS投与群よりも低い関節炎スコアを示した。ノイラミニダーゼ投与によって、関節炎の臨床症状が抑制されたことを示す。
図4Bは関節炎の発症率を示す。初回免疫後から26日にはノイラミニダーゼ投与群及びPBS投与群のいずれにおいても関節炎の発症率は100%であった。
図4Cは、関節炎スコアの累積スコア、発症日及び最大スコアについてのノイラミニダーゼ投与群とPBS投与群との比較である。累積スコアはノイラミニダーゼ投与群でPBS投与群より有意に低かったが(p<0.05)、発症日はほとんど差がなかった。また、最大スコアには有意差は認められなかったが、p値は0.054であり境界的な値を示した。
【0032】
<ノイラミニダーゼ投与による炎症性サイトカインの減少>
IIC/CFAエマルジョンによる最初の免疫後から45日に採血し、血清のIFNγ、IL-17及びIL-6を測定した。
無希釈の血清を用いて、マウスELISAセット(R&Dシステムズ社製)によってIFN-γ、IL-17の濃度、マウスELISA MAX(バイオレジェンド社製)によってIL-6の濃度を測定した。
結果を
図5に示す。IFNγ及びIL-17は、ノイラミニダーゼ投与群ではPBS投与群と比較して有意に(p<0.05)低値であった。一方、IL-6は2つの群の間で有意な差は認められなかった。
【0033】
<関節炎の重篤度の組織学的評価>
IIC/CFAエマルジョンによる最初の免疫から45日目に、CIAマウスの後肢の足首関節2つを麻酔下で切断した。関節を10%の中性緩衝ホルマリンで固定し、続いて10%EDTA中で脱灰化した。2つの関節をパラフィンブロックに包埋し、厚さ4μmのパラフィン切片を作成し、H&E染色を行った。足首関節のH&E染色組織像の代表例を
図6に示す。
図6中、Talは距骨、Tibは脛骨、Calは踵骨、Navは舟状骨を示す。ノイラミニダーゼ投与群およびPBS投与群において、重度(上段)または軽度(下段)の骨破壊を伴う足首関節部位の炎症像が認められたが、ノイラミニダーゼ投与群では炎症の状態はPBS投与群と比較して軽度であった。未処置のマウスでは骨破壊および炎症像は観察されなかった。
【0034】
関節炎の組織学的な重篤度は、炎症、パンヌス形成、軟骨破壊、及び骨破壊の4つのパラメーターをスコア化することによっても評価した。各パラメーターのスコアの評価基準は以下に示す通りである。
・炎症
0:正常
1:炎症細胞の局所的な浸潤が観察された
2:炎症細胞の広範囲に渡る関節領域への浸潤が観察された
3:炎症細胞の関節包への広範囲の浸潤が観察された
・パンヌス形成
0:正常
1:パンヌス形成が2か所未満で観察された
2:パンヌス形成が2か所以上4か所未満で観察された
3:パンヌス形成が4か所以上で観察された
ただし、1か所の広範囲のパンヌス形成が観察された場合には、2か所としてカウントし評価を行った。
・軟骨破壊
0:正常
1:関節における軟骨細胞の少量の減少
2:1領域での軟骨破壊
3:2領域以上での軟骨破壊
・骨破壊
0:正常
1:距骨の表面の粗さが観察された
2:距骨の浅い破壊が観察された
3:距骨の深い破壊が観察された
【0035】
各スコアの評価結果のノイラミニダーゼ投与群とPBS投与群との比較を
図7に示す。ノイラミニダーゼ投与群では、炎症、パンヌス形成、軟骨破壊、及び骨破壊の4つのパラメーターのいずれについてもPBS投与群より有意に低い値を示した(p<0.05)。
【0036】
<抗コラーゲン抗体の力価測定>
IIC/CFAエマルジョンによる最初の免疫の日(即ち、0日)から45日目にマウスから採血し血清を調製した。20μg/mLのニワトリII型コラーゲンのPBS溶液を96穴プレートの各ウェルに分注し、4℃で一晩静置してコーティングを行った。続いて、ニワトリII型コラーゲン溶液を捨て、10%ウシ胎児血清のPBS希釈液を各ウェルに分注し、室温で1時間静置してブロッキングを行った。血清をPBSで希釈し、総IgG測定用には5000倍、IgG1測定用には2500倍、IgG2a及びIgG2b測定用には500倍の希釈試料を調製した。これらの希釈試料を各ウェルに分注し、室温で2時間インキュベートした。続いて、0.8μg/mLに調製したホースラディッシュペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG抗体(ジャクソンイムノリサーチ社製)、又は0.4μg/mLに調製した、アルカリフォスファターゼ標識マウス抗マウスIgG1抗体、アルカリフォスファターゼ標識マウス抗マウスIgG2a抗体若しくはアルカリフォスファターゼ標識マウス抗マウスIgG2b抗体(それぞれ、サンタクルズ社製)を加え、室温で1時間インキュベートした。次に、IgG抗体測定用には3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジンを、IgG1抗体、IgG2a抗体及びIgG2b抗体測定用には、p-ニトロフェニルリン酸溶液を基質として加え、1N HCl又は1N NaOHで発色反応を停止した。総IgG抗体については波長450nmでの吸光度、他の抗体については波長405nmでの吸光度の測定によって各抗体の力価を求めた。
【0037】
測定結果を
図8に示す。抗II型コラーゲン抗体は、IgG1、IgG2a及びIgG2b抗体の力価は、ノイラミニダーゼ投与群とPBS投与群との間に差が認められなかった。
【0038】
<実施例5:DCIR-/-及び野生型マウスへのノイラミニダーゼ投与効果の比較>
ノイラミニダーゼ投与の抑制作用がDCIR依存的に発揮しているのか調べるためにDCIR-/-マウスにCIAを誘導した。その際、マウス1匹当たり2ユニットの投与量となるように、100μLのノイラミニダーゼ(ニュー・イングランド・バイオラボ社製、Clostridium perfringens由来)のPBS溶液(野生型マウス:n=22、DCIRノックアウトマウス:n=11)又はPBS(野生型マウス:n=19、DCIRノックアウトマウス:n=14)を静脈内投与した。IIC/CFAエマルジョンによる最初の免疫(即ち、0日)の一日前に1回投与し、その後2日毎に6回投与した。
【0039】
実施例4に記載した方法の通り、関節炎スコアの評価、組織学的な重篤度の評価を行った。結果を
図9~12に示す。
図9は関節炎スコアの経時的変化の比較を示す。
図10Aは関節炎スコアの累積スコアの比較、
図10Bは最大スコアの比較、
図10Cは疾患発症日の比較を示す。
ノイラミニダーゼを投与された野生型マウスではCIAの関節炎スコアが他の群と比較して有意に低かった(p<0.05)。また、ノイラミニダーゼを投与した野生型マウスにおいて、累積スコアと最大スコアが有意に減少した(p<0.05)。疾患発症日には有意差は認められなかった。一方、DCIRノックアウトマウスでは、PBS投与群は、ノイラミニダーゼ投与群と比較して累積スコアと最大スコアに差が認められなかった。
このことから、ノイラミニダーゼの投与によって、コラーゲン誘導性関節炎の臨床症状が改善されることがわかった。また、DCIRノックアウトマウスでは、PBS投与群と関節炎スコアに差が認められなかったことから、ノイラミニダーゼの効果はDCIRに特異的に作用していると考えられる。
【0040】
図11は足首関節のH&E染色像を示す。
図12は炎症、パンヌス形成、軟骨破壊、及び骨破壊の比較を示す。
野生型マウスにおいては、ノイラミニダーゼ投与群はPBS投与群と比較して、骨破壊を伴う足首関節部位の炎症像が軽減した。DCIRノックアウトマウスでは、ノイラミニダーゼ投与群とPBS投与群において顕著な炎症像の差は認められなかった。未処置のマウスでは骨破壊および炎症像は観察されなかった。
組織学的解析により、ノイラミニダーゼ投与群では炎症、パンヌス形成のスコアが有意に軽減した。骨破壊スコアでは有意差は検出できなかったが顕著な減少が認められた。DCIRノックアウトマウスではこれらの差が認められなかったことから、ノイラミニダーゼの効果はDCIRに特異的に作用していると考えられる。
【0041】
以上のように、ノイラミニダーゼなどの糖鎖修飾酵素が、樹状細胞免疫受容体によって制御される生体機構が関与する疾患を治療、処置、または予防することができることが示された。
【0042】
2017年5月12日に出願された米国特許仮出願62/505,238開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
また、この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に援用されて取り込まれる。
【配列表】