(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-15
(45)【発行日】2022-07-26
(54)【発明の名称】磁気記録媒体および磁気記録再生装置
(51)【国際特許分類】
G11B 5/706 20060101AFI20220719BHJP
G11B 5/70 20060101ALI20220719BHJP
G11B 5/738 20060101ALI20220719BHJP
G11B 5/735 20060101ALI20220719BHJP
G11B 5/714 20060101ALI20220719BHJP
【FI】
G11B5/706
G11B5/70
G11B5/738
G11B5/735
G11B5/714
(21)【出願番号】P 2019061244
(22)【出願日】2019-03-27
【審査請求日】2021-02-18
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】直井 憲次
【審査官】中野 和彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-082329(JP,A)
【文献】特開2003-022514(JP,A)
【文献】特開平07-311934(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G11B 5/706
G11B 5/70
G11B 5/738
G11B 5/735
G11B 5/714
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性支持体と強磁性粉末を含む磁性層とを有する磁気記録媒体であって、
前記強磁性粉末は、平均粒子サイズが5.0nm以上16.0nm以下のε-酸化鉄粉末であり、
垂直方向の保磁力Hcが1884Oe以上3141Oe以下であり、
前記磁性層の表面の十点平均粗さRzが35.0nm以上45.0nm以下であり、
前記Rzと前記磁性層の表面の最大山高さRpとの比、Rp/Rz、が0.25以上1.00以下である磁気記録媒体。
【請求項2】
前記Hcが1884Oe以上2950Oe以下である、請求項1に記載の磁気記録媒体。
【請求項3】
前記Hcが1884Oe以上2880Oe以下である、請求項1または2に記載の磁気記録媒体。
【請求項4】
前記Hcが1884Oe以上2500Oe以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項5】
前記Rzが35.0nm超45.0nm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項6】
前記Rzが35.0nm超40.0nm以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項7】
前記比、Rp/Rz、が0.40以上1.00以下である、請求項1~6のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項8】
前記比、Rp/Rz、が0.40以上0.70以下である、請求項1~7のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項9】
前記ε-酸化鉄粉末は、ガリウム原子、コバルト原子およびチタン原子からなる群から選ばれる一種以上の原子を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項10】
前記非磁性支持体と前記磁性層との間に非磁性粉末を含む非磁性層を有する、請求項1~9のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項11】
前記非磁性支持体の前記磁性層を有する表面側とは反対の表面側に、非磁性粉末を含むバックコート層を有する、請求項1~10のいずれか1項に記載の磁気記録媒体。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1項に記載の磁気記録媒体と、磁気ヘッドと、を有する磁気記録再生装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体および磁気記録再生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気記録媒体に使用される強磁性粉末として、近年、ε-酸化鉄粉末が注目を集めている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
磁気記録媒体に記録されたデータは、通常、磁気記録媒体を磁気記録再生装置内で走行させて磁性層表面と磁気ヘッドとを接触させ摺動させることにより、磁気ヘッドによってデータを読み取り再生される。磁気記録媒体に求められる性能の1つとしては、このように磁気記録媒体に記録されたデータを再生する際に優れた電磁変換特性を発揮できることが挙げられる。
また、磁気記録媒体は、近年、様々な環境下で使用される。磁気記録媒体の使用環境の一態様としては、高温高湿環境が挙げられる。
以上に鑑み本発明者は、ε-酸化鉄粉末を磁性層に含む磁気記録媒体の電磁変換特性について検討を重ねた。その結果、本発明者は、ε-酸化鉄粉末を磁性層に含む従来の磁気記録媒体については、走行初期の優れた電磁変換特性と高温高湿環境下での繰り返し走行後の優れた電磁変換特性の両立という点で更なる改善が望まれると考えるに至った。
【0005】
本発明の一態様は、ε-酸化鉄粉末を磁性層に含み、走行初期の電磁変換特性および高温高湿環境下での繰り返し走行後の電磁変換特性が共に優れる磁気記録媒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、
非磁性支持体と強磁性粉末を含む磁性層とを有する磁気記録媒体であって、
上記強磁性粉末は、平均粒子サイズが5.0nm以上16.0nm以下のε-酸化鉄粉末であり、
垂直方向の保磁力Hc(以下、単に「保磁力Hc」または「Hc」とも記載する。)が1884Oe以上3141Oe以下であり、
上記磁性層の表面の十点平均粗さRzが35.0nm以上45.0nm以下であり、
上記Rzと上記磁性層の表面の最大山高さRpとの比(Rp/Rz)が0.25以上1.00以下である磁気記録媒体、
に関する。なお保磁力Hcの単位に関して、1[kOe]=106/4π[A/m]である。
【0007】
一態様では、上記Hcは、1884Oe以上2950Oe以下であることができる。
【0008】
一態様では、上記Hcは、1884Oe以上2880Oe以下であることができる。
【0009】
一態様では、上記Hcは、1884Oe以上2500Oe以下であることができる。
【0010】
一態様では、上記Rzは、35.0nm超45.0nm以下であることができる。
【0011】
一態様では、上記Rzは、35.0nm超40.0nm以下であることができる。
【0012】
一態様では、上記比(Rp/Rz)は、0.40以上1.00以下であることができる。
【0013】
一態様では、上記比(Rp/Rz)は、0.40以上0.70以下であることができる。
【0014】
一態様では、上記ε-酸化鉄粉末は、ガリウム原子、コバルト原子およびチタン原子からなる群から選ばれる一種以上の原子を含むことができる。
【0015】
一態様では、上記磁気記録媒体は、上記非磁性支持体と上記磁性層との間に非磁性粉末を含む非磁性層を有することができる。
【0016】
一態様では、上記磁気記録媒体は、上記非磁性支持体の上記磁性層を有する表面側とは反対の表面側に、非磁性粉末を含むバックコート層を有することができる。
【0017】
本発明の一態様は、上記磁気記録媒体と、磁気ヘッドと、を有する磁気記録再生装置に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明の一態様によれば、走行初期の電磁変換特性および高温高湿環境下での繰り返し走行後の電磁変換特性が共に優れる磁気記録媒体を提供することができる。また、本発明の一態様によれば、かかる磁気記録媒体を含む磁気記録再生装置を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[磁気記録媒体]
本発明の一態様は、非磁性支持体と強磁性粉末を含む磁性層とを有する磁気記録媒体であって、上記強磁性粉末は、平均粒子サイズが5.0nm以上16.0nm以下のε-酸化鉄粉末であり、垂直方向の保磁力Hcが1884Oe以上3141Oe以下であり、上記磁性層の表面の十点平均粗さRzが35.0nm以上45.0nm以下であり、上記Rzと上記磁性層の表面の最大山高さRpとの比(Rp/Rz)が0.25以上1.00以下である磁気記録媒体に関する。
【0020】
先に挙げたWO2015/198514A1(特許文献1)には、ε-酸化鉄粉末(同公報ではε-Fe2O3磁性粉と記載;例えば同公報の段落0055参照)を含む磁性層を有する磁気記録媒体について、十点平均粗さRzを35nm以下とすることが開示されている(同公報の請求項1)。これに対し本発明者は鋭意検討を重ねた結果、Rzを35.0nm以上45.0nm以下にするとともに、比(Rp/Rz)、ε-酸化鉄粉末の平均粒子サイズおよび垂直方向の保磁力Hcを上記範囲とすることにより、走行初期および高温高湿環境下での繰り返し走行後のいずれにおいても優れた電磁変換特性を発揮することができる磁気記録媒体の提供が可能になることを新たに見出した。
以下、上記磁気記録媒体について、更に詳細に説明する。
【0021】
本発明および本明細書において、「ε-酸化鉄粉末」とは、X線回折分析によって、主相としてε-酸化鉄型の結晶構造が検出される強磁性粉末をいうものとする。例えば、X線回折分析によって得られるX線回折スペクトルにおいて最も高強度の回折ピークがε-酸化鉄型の結晶構造に帰属される場合、ε-酸化鉄型の結晶構造が主相として検出されたと判断するものとする。本発明および本明細書におけるε-酸化鉄粉末には、鉄原子と酸素原子から構成される所謂無置換型のε-酸化鉄の粉末と、鉄原子を置換する一種以上の置換原子を含む所謂置換型のε-酸化鉄の粉末とが包含される。
【0022】
本発明および本明細書において、特記しない限り、ε-酸化鉄粉末等の各種粉末の平均粒子サイズは、透過型電子顕微鏡を用いて、以下の方法により測定される値とする。
粉末を、透過型電子顕微鏡を用いて撮影倍率100000倍で撮影し、総倍率500000倍になるように印画紙にプリントするか、ディスプレイに表示する等して、粉末を構成する粒子の写真を得る。得られた粒子の写真から目的の粒子を選びデジタイザーで粒子の輪郭をトレースし粒子(一次粒子)のサイズを測定する。一次粒子とは、凝集のない独立した粒子をいう。
以上の測定を、無作為に抽出した500個の粒子について行う。こうして得られた500個の粒子の粒子サイズの算術平均を、粉末の平均粒子サイズとする。
上記透過型電子顕微鏡としては、例えば日立製透過型電子顕微鏡H-9000型を用いることができる。また、粒子サイズの測定は、公知の画像解析ソフト、例えばカールツァイス製画像解析ソフトKS-400を用いて行うことができる。後述の実施例に示す平均粒子サイズは、特記しない限り、透過型電子顕微鏡として日立製透過型電子顕微鏡H-9000型、画像解析ソフトとしてカールツァイス製画像解析ソフトKS-400を用いて測定された値である。本発明および本明細書において、粉末とは、複数の粒子の集合を意味する。例えば、強磁性粉末とは、複数の強磁性粒子の集合を意味する。また、複数の粒子の集合とは、集合を構成する粒子が直接接触している態様に限定されず、後述する結合剤、添加剤等が、粒子同士の間に介在している態様も包含される。粒子との語が、粉末を表すために用いられることもある。
【0023】
粒子サイズ測定のために磁気記録媒体から試料粉末を採取する方法としては、例えば特開2011-048878号公報の段落0015に記載の方法を採用することができる。
【0024】
本発明および本明細書において、特記しない限り、粉末を構成する粒子のサイズ(粒子サイズ)は、上記の粒子写真において観察される粒子の形状が、
(1)針状、紡錘状、柱状(ただし、高さが底面の最大長径より大きい)等の場合は、粒子を構成する長軸の長さ、即ち長軸長で表され、
(2)板状または柱状(ただし、厚みまたは高さが板面または底面の最大長径より小さい)の場合は、その板面または底面の最大長径で表され、
(3)球形、多面体状、不特定形等であって、かつ形状から粒子を構成する長軸を特定できない場合は、円相当径で表される。円相当径とは、円投影法で求められるものを言う。
【0025】
また、粉末の平均針状比は、上記測定において粒子の短軸の長さ、即ち短軸長を測定し、各粒子の(長軸長/短軸長)の値を求め、上記500個の粒子について得た値の算術平均を指す。ここで、特記しない限り、短軸長とは、上記粒子サイズの定義で(1)の場合は、粒子を構成する短軸の長さを、同じく(2)の場合は、厚みまたは高さを各々指し、(3)の場合は、長軸と短軸の区別がないから、(長軸長/短軸長)は、便宜上1とみなす。
そして、特記しない限り、粒子の形状が特定の場合、例えば、上記粒子サイズの定義(1)の場合、平均粒子サイズは平均長軸長であり、同定義(2)の場合、平均粒子サイズは平均板径である。同定義(3)の場合、平均粒子サイズは、平均直径(平均粒径、平均粒子径ともいう)である。
【0026】
本発明および本明細書において、磁気記録媒体の垂直方向の保磁力Hcとは、磁気記録媒体の垂直方向について、振動試料型磁力計等の磁気特性を測定するために公知の装置を用いて、印加磁界15kOe、測定温度23℃±1℃で測定される値とする。垂直方向とは、磁性層表面と直交する方向であり、磁気記録媒体の厚み方向ということもできる。本発明および本明細書において、「磁性層(の)表面」とは、磁気記録媒体の磁性層側表面と同義である。
【0027】
本発明および本明細書において、磁性層の表面の十点平均粗さRzとは、JIS B 0601:1994に規定されている十点平均粗さRzであり、最大山高さRpとは、JIS B 0601:2013に規定されている最大山高さRpである。RzおよびRpは、いずれも原子間力顕微鏡(AFM;Atomic Force Microscope)を用いる測定により求められる。詳しくは、RzおよびRpは、磁性層表面の面積40μm×40μmの領域において測定される値とする。測定は、磁性層表面の3箇所の異なる測定箇所において行う(n=3)。かかる測定により得られた3つの値の算術平均として、RzおよびRpを求める。そして、こうして求められたRpとRzとの比として、比(Rp/Rz)を算出する。比(Rp/Rz)の算出にあたりRpとRzとしては、同じ単位の値を採用する。RpおよびRzの単位は、例えば「nm」である。AFMを用いる測定の測定条件の一例としては、下記の測定条件を挙げることができる。後述の実施例に示すRzおよびRpは、下記測定条件下での測定によって求められた値である。
AFM(Veeco社製Nanoscope4)をタッピングモードで用いて磁気記録媒体の磁性層の表面の面積40μm×40μmの領域を測定する。探針としてはBRUKER社製RTESP-300を使用し、分解能は512pixel×512pixelとし、スキャン速度は1画面(512pixel×512pixel)を341秒で測定する速度とする。
【0028】
<ε-酸化鉄粉末>
(平均粒子サイズ)
上記ε-酸化鉄粉末の平均粒子サイズは、5.0~16.0nmの範囲である。電磁変換特性(中でも走行初期の電磁変換特性)の更なる向上の観点からは、上記ε-酸化鉄粉末の平均粒子サイズは、5.5nm以上であることが好ましく、6.0nm以上であることがより好ましく、6.5nm以上であることが更に好ましく、7.0nm以上であることが一層好ましく、7.5nm以上であることがより一層好ましく、8.0nm以上であることが更に一層好ましく、8.5nm以上であることがなお一層好ましく、9.0nm以上であることがなお更に一層好ましい。また、走行初期および高温高湿環境下での繰り返し走行後の電磁変換特性の更なる向上の観点からは、上記ε-酸化鉄粉末の平均粒子サイズは、15.5nm以下であることが好ましく、15.0nm以下であることがより好ましく、14.0nm以下であることが更に好ましく、13.0nm以下であることが一層好ましく、12.0nm以下であることがより一層好ましい。ε-酸化鉄粉末の平均粒子サイズは、ε-酸化鉄粉末の製造条件等によって調整できる。
【0029】
(ε-酸化鉄粉末の製造方法)
ε-酸化鉄粉末の製造方法としては、ゲーサイトから作製する方法、逆ミセル法等が知られている。上記製造方法は、いずれも公知である。また、Feの一部がGa、Co、Ti、Al、Rh等の置換原子によって置換されたε-酸化鉄粉末を製造する方法については、例えば、J. Jpn. Soc. Powder Metallurgy Vol. 61 Supplement, No. S1, pp. S280-S284、J. Mater. Chem. C, 2013, 1, pp.5200-5206等を参照できる。
【0030】
一例として、例えば、上記ε-酸化鉄粉末は、
ε-酸化鉄の前駆体を調製すること(以下、「前駆体調製工程」とも記載する。)、
上記前駆体を被膜形成処理に付すこと(以下、「被膜形成工程」とも記載する。)、
上記被膜形成処理後の上記前駆体に熱処理を施すことにより、上記前駆体をε-酸化鉄に転換すること(以下、「熱処理工程」とも記載する。)、および
上記ε-酸化鉄を被膜除去処理に付すこと(以下、「被膜除去工程」とも記載する。)、
を経てε-酸化鉄粉末を得る製造方法によって得ることができる。以下に、かかる製造方法について更に説明する。ただし以下に記載する製造方法は例示であって、本発明の一態様にかかるε-酸化鉄粉末は、以下に例示する製造方法によって製造されたものに限定されるものではない。
【0031】
(前駆体調製工程)
ε-酸化鉄の前駆体とは、加熱されることによりε-酸化鉄型の結晶構造を主相として含むものとなる物質をいう。前駆体は、例えば、鉄および結晶構造において鉄の一部を置換し得る原子を含有する水酸化物、オキシ水酸化物(酸化水酸化物)等であることができる。前駆体調製工程は、共沈法、逆ミセル法等を利用して行うことができる。かかる前駆体の調製方法は公知であり、上記製造方法における前駆体調製工程は、公知の方法によって行うことができる。例えば、前駆体の調製方法については、特開2008-174405号公報の段落0017~0021および同公報の実施例、WO2016/047559A1の段落0025~0046および同公報の実施例、WO2008/149785A1の段落0038~0040、0042、0044~0045および同公報の実施例等の公知技術を参照できる。
【0032】
鉄原子の一部を置換する置換原子を含まないε-酸化鉄は、組成式:Fe2O3により表すことができる。一方、鉄原子の一部が、例えば1種~3種の原子により置換されたε-酸化鉄は、組成式:A1
xA2
yA3
zFe(2-x-y-z)O3により表すことができる。A1
、A2およびA3はそれぞれ独立に鉄原子を置換する置換原子を表し、x、yおよびzは、それぞれ独立に0以上1未満であり、ただし少なくとも1つが0超であり、x+y+zは2未満である。上記ε-酸化鉄粉末は、鉄原子を置換する置換原子を含まなくてもよく、含んでもよい。置換原子の種類および置換量によって、ε-酸化鉄粉末の磁気特性を調整することができる。置換原子が含まれる場合、置換原子としては、Ga、Co、Ti、Al、Rh等の一種以上を挙げることができ、Ga、CoおよびTiの一種以上が好ましい。鉄原子を置換する置換原子を含むε-酸化鉄粉末を製造する場合、ε-酸化鉄におけるFeの供給源となる化合物の一部を、置換原子の化合物に置き換えればよい。その置換量によって、得られるε-酸化鉄粉末の組成を制御することができる。鉄原子および各種置換原子の供給源となる化合物としては、例えば、硝酸塩、硫酸塩、塩化物等の無機塩(水和物であってもよい。)、ペンタキス(シュウ酸水素)塩等の有機塩(水和物であってもよい。)、水酸化物、オキシ水酸化物等を挙げることができる。
【0033】
(被膜形成工程)
前駆体を被膜形成処理後に加熱すると、前駆体がε-酸化鉄に転換する反応を被膜下で進行させることができる。また、被膜は、加熱時に焼結が起こることを防ぐ役割を果たすこともできると考えられる。被膜形成処理は、被膜形成の容易性の観点からは、溶液中で行うことが好ましく、前駆体を含む溶液に被膜形成剤(被膜形成のための化合物)を添加して行うことがより好ましい。例えば、前駆体調製に引き続き同じ溶液中で被膜形成処理を行う場合には、前駆体調製後の溶液に被膜形成剤を添加し撹拌することにより、前駆体に被膜を形成することができる。溶液中で前駆体に被膜を形成することが容易な点で好ましい被膜としては、ケイ素含有被膜を挙げることができる。ケイ素含有被膜を形成するための被膜形成剤としては、例えば、アルコキシシラン等のシラン化合物を挙げることができる。シラン化合物の加水分解によって、好ましくはゾル-ゲル法を利用して、前駆体にケイ素含有被膜を形成することができる。シラン化合物の具体例としては、テトラエトキシシラン(TEOS;Tetraethyl orthosilicate)、テトラメトキシシランおよび各種シランカップリング剤を例示できる。被膜形成処理については、例えば、特開2008-174405号公報の段落0022および同公報の実施例、WO2016/047559A1の段落0047~0049および同公報の実施例、WO2008/149785A1の段落0041、0043および同公報の実施例等の公知技術を参照できる。例えば、被膜形成処理は、前駆体および被膜形成剤を含む50~90℃の液温の溶液を5~36時間程度撹拌することによって行うことができる。なお被膜は前駆体の表面の全部を覆ってもよく、前駆体表面の一部に被膜によって被覆されていない部分があってもよい。
【0034】
(熱処理工程)
上記被膜形成処理後の前駆体に熱処理を施すことにより、前駆体をε-酸化鉄に転換することができる。熱処理は、例えば被膜形成処理を行った溶液から採取した粉末(被膜を有する前駆体の粉末)に対して行うことができる。熱処理工程については、例えば、特開2008-174405号公報の段落0023および同公報の実施例、WO2016/047559A1の段落0050および同公報の実施例、WO2008/149785A1の段落0041、0043および同公報の実施例等の公知技術を参照できる。熱処理工程は、例えば、炉内温度900~1200℃の熱処理炉において、3~6時間程度行うことができる。
【0035】
(被膜除去工程)
上記熱処理工程を行うことにより、被膜を有する前駆体はε-酸化鉄に転換される。こうして得られるε-酸化鉄には被膜が残留しているため、好ましくは、被膜除去処理を行う。被膜除去処理については、例えば、特開2008-174405号公報の段落0025および同公報の実施例、WO2008/149785A1の段落0053および同公報の実施例等の公知技術を参照できる。被膜除去処理は、例えば、被膜を有するε-酸化鉄を、4mol/L程度の濃度の液温60~90℃程度の水酸化ナトリウム水溶液中で、5~36時間撹拌することによって行うことができる。ただし本発明の一態様にかかるε-酸化鉄粉末は、被膜除去処理を経ずに製造されたもの、即ち被膜を有するものであってもよい。また、被膜除去処理において完全に被膜が除去されず、一部の被膜が残留しているものでもよい。
【0036】
以上記載した各種工程の前および/または後に、公知の工程を任意に実施することもできる。かかる工程としては、例えば、ろ過、洗浄、乾燥等の各種の公知の工程を挙げることができる。
【0037】
<垂直方向の保磁力Hc>
上記磁気記録媒体の垂直方向の保磁力Hcは、1884Oe以上3141Oe以下である。電磁変換特性(中でも走行初期の電磁変換特性)の更なる向上の観点から、保磁力Hcは3000Oe未満であることが好ましく、2950Oe以下であることがより好ましく、2900Oe以下であることが更に好ましく、2880Oe以下であることが一層好ましく、2850Oe以下であることがより一層好ましい。また、電磁変換特性(中でも高温高湿環境下での繰り返し走行後の電磁変換特性)の更なる向上の観点から、保磁力Hcは、1900Oe以上であることが好ましく、1950Oe以上であることがより好ましく、2000Oe以上であることが更に好ましい。保磁力Hcは、磁性層に含まれるε-酸化鉄粉末の種類等によって制御することができる。
【0038】
<Rzおよび比(Rp/Rz)>
上記磁気記録媒体において、磁性層の表面の十点平均粗さRzは35.0nm以上45.0nm以下であり、かつ比(Rp/Rz)は0.25以上1.00以下である。本発明者は、上記範囲の平均粒子サイズを有するε-酸化鉄粉末を含む磁性層を有する磁気記録媒体は、何ら対策を施さない場合には高温高湿環境下での繰り返し走行前後で磁性層の表面形状が変化しやすく、このことが高温高湿環境下での繰り返し走行後の電磁変換特性の低下を引き起こすと考えている。これに対し、上記磁気記録媒体において磁性層の表面のRzおよび比(Rp/Rz)が上記範囲であることは、高温高湿環境下での繰り返し走行前後での磁性層の表面形状変化を抑制することに寄与し、更には走行初期の電磁変換特性の向上にも寄与すると本発明者は推察している。ただし上記推察に本発明は限定されない。また、本明細書に記載の他の推察にも本発明は限定されない。
Rzは、走行初期および高温高湿環境下での繰り返し走行後の電磁変換特性の更なる向上の観点からは、35.0nm超であることが好ましく、35.5nm以上であることが好ましく、36.0nm以上であることがより好ましい。また、同様の観点から、Rzは、43.0nm以下であることが好ましく、40.0nm以下であることがより好ましく、38.0nm以下であることが更に好ましい。
また、比(Rp/Rz)は、磁性層表面の凹凸に占める凸部の割合の指標となり得る値であって、走行初期および高温高湿環境下での繰り返し走行後の電磁変換特性の更なる向上の観点からは、0.25以上であることが好ましく、0.30以上であることがより好ましく、0.35以上であることが更に好ましく、0.40以上であることが一層好ましく、0.45以上であることがより一層好ましい。同様の観点から、比(Rp/Rz)は、0.95以下であることが好ましく、0.90以下であることがより好ましく、0.85以下であることが更に好ましく、0.80以下であることが一層好ましく、0.75以下であることがより一層好ましく、0.70以下であることが更に一層好ましく、0.65以下であることがなお一層好ましい。
上記磁気記録媒体では、Rzおよび比(Rp/Rz)が上記範囲であれば、Rpは特に限定されるものではない。一例として、Rpは、例えば2.0~55.0nmの範囲であることができ、4.0~45.0nmの範囲であることもできる。
Rzおよび比(Rp/Rz)は、磁性層の表面形状を表すものであり、磁性層に含有させる各種粉末のサイズおよび含有量、磁気記録媒体の製造条件(例えば後述する磁性層形成用組成物調製時の分散条件、カレンダ処理条件)等によって制御できる。
【0039】
以下、上記磁気記録媒体の磁性層等の詳細について、更に説明する。
【0040】
<磁性層>
(強磁性粉末)
上記磁気記録媒体の磁性層には、強磁性粉末としてε-酸化鉄粉末が含まれる。その詳細は、先に記載した通りである。磁性層における強磁性粉末の含有量(充填率)は、好ましくは50~90質量%の範囲であり、より好ましくは60~90質量%の範囲である。磁性層において強磁性粉末の充填率が高いことは、記録密度向上の観点から好ましい。
【0041】
(非磁性粉末)
上記磁気記録媒体は、磁性層に一種以上の非磁性粉末を含むことができる。非磁性粉末は、磁性層表面に突起を形成することに寄与する非磁性粉末(以下、「突起形成剤」と記載する。)を少なくとも含むことが好ましい。また、磁性層は、非磁性粉末として、研磨剤として機能し得る非磁性粉末(以下、「研磨剤」と記載する。)を含むことも好ましい。例えば、これら非磁性粉末の種類および含有量を調整することによって、磁性層の表面のRzおよび比(Rp/Rz)を制御することができる。以下、突起形成剤および研磨剤について、更に説明する。
【0042】
突起形成剤
突起形成剤は、無機粉末であっても有機粉末であってもよい。例えば無機粉末としては、金属酸化物等の無機酸化物、金属炭酸塩、金属硫酸塩、金属窒化物、金属炭化物、金属硫化物等の粉末を挙げることができ、無機酸化物の粉末であることが好ましい。突起形成剤の平均粒子サイズは、例えば90~200nmの範囲であることが好ましく、100~150nmの範囲であることがより好ましい。一態様では、摩擦特性の均一化の観点からは、突起形成剤の粒度分布は、粒度分布中に複数のピークを有する多分散ではなく、単一ピークを示す単分散であることが好ましい。単分散粒子の入手容易性の点からは、突起形成剤は無機粉末であることが好ましく、コロイド粒子であることがより好ましい。本発明および本明細書における「コロイド粒子」とは、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、トルエンもしくは酢酸エチル、または上記溶媒の二種以上を任意の混合比で含む混合溶媒の少なくとも1つの有機溶媒に、有機溶媒100mLあたり1g添加した際に、沈降せず分散しコロイド分散体をもたらすことのできる粒子をいうものとする。磁性層に含まれる非磁性粉末がコロイド粒子であることは、磁性層の形成に用いた非磁性粉末を入手可能であれば、かかる非磁性粉末が、上記のコロイド粒子の定義に当てはまる性質を有するか否かを評価すればよい。または、磁性層から取りだした非磁性粉末が、上記のコロイド粒子の定義に当てはまる性質を有するか否かを評価することもできる。磁性層からの非磁性粉末の取り出しは、例えば、特開2017-68884号公報の段落0045に記載の方法で行うことができる。
【0043】
コロイド粒子の具体例としては、SiO2、Al2O3、TiO2、ZrO2、Fe2O3等の無機酸化物コロイド粒子を挙げることができ、SiO2・Al2O3、SiO2・B2O3、TiO2・CeO2、SnO2・Sb2O3、SiO2・Al2O3・TiO2、TiO2・CeO2・SiO2等の複合無機酸化物のコロイド粒子を挙げることもできる。なお複合無機酸化物の表記に関して、「・」は、その前後に記載されている無機酸化物の複合無機酸化物であることを示すために用いている。例えば、SiO2・Al2O3は、SiO2とAl2O3との複合無機酸化物を意味する。コロイド粒子としては、二酸化珪素SiO2(シリカ)のコロイド粒子、即ちシリカコロイド粒子(「コロイダルシリカ」とも呼ばれる。)が特に好ましい。また、コロイド粒子に関しては、特開2017-68884号公報の段落0048~0049の記載も参照できる。
【0044】
磁性層の突起形成剤の含有量は、強磁性粉末100.0質量部に対して0.1~10.0質量部であることが好ましく、0.1~5.0質量部であることがより好ましく、1.0~5.0質量部であることが更に好ましい。本発明および本明細書において、ある成分は一種用いてもよく二種以上用いてもよい。二種以上用いる場合、含有量とは、二種以上の合計含有量をいうものとする。
【0045】
(研磨剤)
研磨剤は、走行中に磁気ヘッドに付着する付着物を除去する能力(研磨性)を発揮することができる成分である。研磨剤としては、磁性層の研磨剤として通常使用される物質であるアルミナ(Al2O3)、炭化ケイ素、ボロンカーバイド(B4C)、TiC、酸化クロム(Cr2O3)、酸化セリウム、酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化鉄、ダイヤモンド等の粉末を挙げることができ、中でもα-アルミナ等のアルミナ、炭化ケイ素、およびダイヤモンドの粉末が好ましい。研磨剤の平均粒子サイズは、20~200nmの範囲であることが好ましく、30~150nmの範囲であることがより好ましい。磁性層の研磨剤含有量は、強磁性粉末100.0質量部に対して1.0~20.0質量部であることが好ましく、3.0~15.0質量部であることがより好ましく、4.0~10.0質量部であることが更に好ましい。
【0046】
(結合剤、硬化剤)
上記磁気記録媒体は塗布型の磁気記録媒体であることができ、磁性層に結合剤を含むことができる。結合剤としては、一種以上の樹脂が用いられる。樹脂はホモポリマーであってもコポリマー(共重合体)であってもよい。磁性層に含まれる結合剤としては、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、スチレン、アクリロニトリル、メチルメタクリレート等を共重合したアクリル樹脂、ニトロセルロース等のセルロース樹脂、エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂、ポリビニルアセタール、ポリビニルブチラール等のポリビニルアルキラール樹脂等から選択したものを単独で用いることができ、または複数の樹脂を混合して用いることができる。これらの中で好ましいものは、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、セルロース樹脂および塩化ビニル樹脂である。これらの樹脂は、後述する非磁性層および/またはバックコート層においても結合剤として使用することができる。以上の結合剤については、特開2010-24113号公報の段落0029~0031を参照できる。磁性層の結合剤の含有量は、強磁性粉末100.0質量部に対して、例えば1.0~30.0質量部であることができる。結合剤として使用される樹脂の平均分子量は、重量平均分子量として、例えば10,000以上200,000以下であることができる。本発明および本明細書における重量平均分子量とは、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)によって、下記測定条件により測定された値をポリスチレン換算して求められる値である。後述の実施例に示す結合剤の重量平均分子量は、下記測定条件によって測定された値をポリスチレン換算して求めた値である。結合剤の含有量は、強磁性粉末100.0質量部に対して、例えば1.0~30.0質量部であることができる。
GPC装置:HLC-8120(東ソー社製)
カラム:TSK gel Multipore HXL-M(東ソー社製、7.8mmID(Inner Diameter)×30.0cm)
溶離液:テトラヒドロフラン(THF)
【0047】
また、結合剤として使用可能な樹脂とともに硬化剤を使用することもできる。硬化剤は、一態様では加熱により硬化反応(架橋反応)が進行する化合物である熱硬化性化合物であることができ、他の一態様では光照射により硬化反応(架橋反応)が進行する光硬化性化合物であることができる。磁性層形成工程の中で硬化反応が進行することにより、硬化剤の少なくとも一部は、結合剤等の他の成分と反応(架橋)した状態で磁性層に含まれ得る。この点は、他の層を形成するために用いられる組成物が硬化剤を含む場合に、この組成物を用いて形成される層についても同様である。好ましい硬化剤は、熱硬化性化合物であり、ポリイソシアネートが好適である。ポリイソシアネートの詳細については、特開2011-216149号公報の段落0124~0125を参照できる。磁性層形成用組成物の硬化剤の含有量は、結合剤100.0質量部に対して例えば0~80.0質量部であることができ、50.0~80.0質量部であることが好ましい。
【0048】
(添加剤)
磁性層には、必要に応じて更に一種以上の添加剤が含まれていてもよい。添加剤としては、一例として、上記の非磁性粉末および硬化剤が挙げられる。また、磁性層に含まれる添加剤としては、潤滑剤、分散剤、分散助剤、防黴剤、帯電防止剤、酸化防止剤等を挙げることができる。添加剤は、所望の性質に応じて市販品を適宜選択して、または公知の方法で製造して、任意の量で使用することができる。例えば、潤滑剤については、特開2016-126817号公報の段落0030~0033、0035および0036を参照できる。後述する非磁性層に潤滑剤が含まれていてもよい。非磁性層に含まれ得る潤滑剤については、特開2016-126817号公報の段落0030~0031、0034、0035および0036を参照できる。分散剤については、特開2012-133837号公報の段落0061および0071を参照できる。分散剤を非磁性層形成用組成物に添加してもよい。非磁性層形成用組成物に添加し得る分散剤については、特開2012-133837号公報の段落0061を参照できる。研磨剤を含む磁性層に研磨剤の分散性を向上させるために使用され得る添加剤の一例としては、特開2013-131285号公報の段落0012~0022に記載の分散剤を挙げることができる。
【0049】
<非磁性層>
上記磁気記録媒体は、一態様では、非磁性支持体上に直接磁性層を有することができる。また、一態様では、上記磁気記録媒体は、非磁性支持体と磁性層との間に、非磁性粉末を含む非磁性層を有することもできる。
【0050】
非磁性層に使用される非磁性粉末は、無機物質の粉末(無機粉末)でも有機物質の粉末(有機粉末)でもよい。また、カーボンブラック等も使用できる。無機物質としては、例えば金属、金属酸化物、金属炭酸塩、金属硫酸塩、金属窒化物、金属炭化物、金属硫化物等が挙げられる。これらの非磁性粉末は、市販品として入手可能であり、公知の方法で製造することもできる。その詳細については、特開2011-216149号公報の段落0146~0150を参照できる。非磁性層に使用可能なカーボンブラックについては、特開2010-24113号公報の段落0040~0041も参照できる。非磁性層における非磁性粉末の含有量(充填率)は、好ましくは50~90質量%の範囲であり、より好ましくは60~90質量%の範囲である。
【0051】
非磁性層は、結合剤を含むことができ、一種以上の添加剤を含むこともできる。非磁性層の結合剤、添加剤等のその他詳細については、非磁性層に関する公知技術が適用できる。また、例えば、結合剤の種類および含有量、添加剤の種類および含有量等に関しては、磁性層に関する公知技術も適用できる。
【0052】
本発明および本明細書における「非磁性層」には、非磁性粉末とともに、例えば不純物として、または意図的に、少量の強磁性粉末を含む実質的に非磁性な層も包含されるものとする。ここで実質的に非磁性な層とは、この層の残留磁束密度が10mT以下であるか、保磁力が100Oe以下であるか、または、残留磁束密度が10mT以下であり、かつ保磁力が100Oe以下である層をいうものとする。非磁性層は、残留磁束密度および保磁力を持たないことが好ましい。1[kOe]=106/4π[A/m]である。
【0053】
<非磁性支持体>
非磁性支持体(以下、単に「支持体」とも記載する。)としては、二軸延伸を行ったポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリアミド、ポリアミドイミド、芳香族ポリアミド等の公知のものが挙げられる。これらの中でもポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、およびポリアミドが好ましい。これらの支持体には、あらかじめコロナ放電、プラズマ処理、易接着処理、熱処理等を行ってもよい。
【0054】
<バックコート層>
上記磁気記録媒体は、非磁性支持体の磁性層を有する表面側とは反対の表面側に、非磁性粉末を含むバックコート層を有することもでき、有さなくてもよい。バックコート層には、カーボンブラックおよび無機粉末の一方または両方が含有されていることが好ましい。バックコート層は、結合剤を含むことができ、一種以上の添加剤を含むこともできる。バックコート層に含まれる結合剤、任意に含まれ得る各種添加剤については、バックコート層に関する公知技術を適用することができ、磁性層および/または非磁性層の処方に関する公知技術を適用することもできる。例えば、特開2006-331625号公報の段落0018~0020および米国特許第7,029,774号明細書の第4欄65行目~第5欄38行目の記載を、バックコート層について参照できる。
【0055】
<非磁性支持体および各層の厚み>
非磁性支持体の厚みは、好ましくは3.0~20.0μm、より好ましくは3.0~10.0μm、更に好ましくは3.0~6.0μmである。
【0056】
磁性層の厚みは、用いる磁気ヘッドの飽和磁化量、ヘッドギャップ長、記録信号の帯域等に応じて最適化することができる。磁性層の厚みは、高密度記録化の観点から、好ましくは10nm~150nmであり、より好ましくは20nm~120nmであり、更に好ましくは30nm~100nmである。磁性層は少なくとも一層あればよく、磁性層を異なる磁気特性を有する二層以上に分離してもかまわず、公知の重層磁性層に関する構成が適用できる。二層以上に分離する場合の磁性層の厚みとは、これらの層の合計厚みとする。
【0057】
非磁性層の厚みは、例えば0.05~1.5μmであり、0.1~1.0μmであることが好ましい。
【0058】
バックコート層の厚みは、0.9μm以下であることが好ましく、0.1~0.7μmの範囲であることが更に好ましい。
【0059】
磁気記録媒体の各層および非磁性支持体の厚みは、公知の膜厚測定法により求めることができる。一例として、例えば、磁気記録媒体の厚み方向の断面を、イオンビーム、ミクロトーム等の公知の手法により露出させた後、露出した断面において走査型電子顕微鏡を用いて断面観察を行う。断面観察において1箇所において求められた厚み、または無作為に抽出した2箇所以上の複数箇所、例えば2箇所、において求められた厚みの算術平均として、各種厚みを求めることができる。または、各層の厚みは、製造条件から算出される設計厚みとして求めてもよい。
【0060】
<磁気記録媒体の製造方法>
磁性層、ならびに任意に設けられる非磁性層およびバックコート層を形成するための組成物を調製する工程は、通常、少なくとも混練工程、分散工程、およびこれらの工程の前後に必要に応じて設けた混合工程を含むことができる。個々の工程はそれぞれ2段階以上に分かれていてもかまわない。各層形成用組成物の調製に用いられる成分は、どの工程の最初または途中で添加してもよい。また、個々の原料を2つ以上の工程で分割して添加してもよい。各層形成用組成物を調製するためには、公知技術を用いることができる。混練工程では、オープンニーダ、連続ニーダ、加圧ニーダ、エクストルーダ等の強い混練力をもつニーダを使用することが好ましい。これらの混練処理の詳細については、特開平1-106338号公報および特開平1-79274号公報に記載されている。また、各層形成用組成物を分散させるためには、分散メディアとして、ガラスビーズおよびその他の分散ビーズからなる群から選ばれる一種以上の分散ビーズを用いることができる。このような分散ビーズとしては、高比重の分散ビーズであるジルコニアビーズ、チタニアビーズ、およびスチールビーズが好適である。これら分散ビーズの粒径(ビーズ径)および充填率は最適化して用いることができる。分散機は公知のものを使用することができる。各層形成用組成物を、塗布工程に付す前に公知の方法によってろ過してもよい。ろ過は、例えばフィルタろ過によって行うことができる。ろ過に用いるフィルタとしては、例えば孔径0.01~3μmのフィルタ(例えばガラス繊維製フィルタ、ポリプロピレン製フィルタ等)を用いることができる。
【0061】
磁性層は、磁性層形成用組成物を、非磁性支持体表面上に直接塗布するか、または非磁性層形成用組成物と逐次もしくは同時に重層塗布する工程を経て形成することができる。バックコート層は、非磁性支持体の磁性層が設けられた(または追って設けられる)表面とは反対側の表面上にバックコート層形成用組成物を塗布する工程を経て形成することができる。
【0062】
磁気記録媒体製造のためのその他の各種工程については、例えば特開2010-231843号公報の段落0067~0070を参照できる。例えば、配向処理を行う態様では、磁性層形成用組成物の塗布層が湿潤状態にあるうちに、配向ゾーンにおいて塗布層に対して配向処理が行われる。配向処理については、特開2010-24113号公報の段落0052の記載をはじめとする各種公知技術を適用することができる。例えば、垂直配向処理は、異極対向磁石を用いる方法等の公知の方法によって行うことができる。配向ゾーンでは、乾燥風の温度、風量および/または配向ゾーンにおける搬送速度によって塗布層の乾燥速度を制御することができる。また、配向ゾーンに搬送する前に塗布層を予備乾燥させてもよい。また、磁気記録媒体の表面形状を調整するための処理として、カレンダ処理を行うことができる。カレンダ処理条件によって、磁性層の表面のRzおよび比(Rp/Rz)を制御することができる。カレンダ処理の条件については、例えば、カレンダ圧力(線圧)は200~500kN/mであることができ、250~350kN/mであることが好ましい。カレンダ温度(カレンダロールの表面温度)は、例えば70~120℃であることができ、80~100℃であることが好ましく、カレンダ速度は、例えば50~300m/minであることができ、50~200m/minであることが好ましい。
【0063】
上記のように製造された磁気記録媒体には、磁気記録再生装置における磁気ヘッドのトラッキング制御、磁気記録媒体の走行速度の制御等を可能とするために、公知の方法によってサーボパターンを形成することができる。「サーボパターンの形成」は、「サーボ信号の記録」ということもできる。上記磁気記録媒体は、テープ状の磁気記録媒体(磁気テープ)であってもよく、ディスク状の磁気記録媒体(磁気ディスク)であってもよい。以下では、磁気テープを例にサーボパターンの形成について説明する。
【0064】
サーボパターンは、通常、磁気テープの長手方向に沿って形成される。サーボ信号を利用する制御(サーボ制御)の方式としては、タイミングベースサーボ(TBS)、アンプリチュードサーボ、周波数サーボ等が挙げられる。
【0065】
ECMA(European Computer Manufacturers Association)―319に示される通り、LTO(Linear Tape-Open)規格に準拠した磁気テープ(一般に「LTOテープ」と呼ばれる。)では、タイミングベースサーボ方式が採用されている。このタイミングベースサーボ方式において、サーボパターンは、互いに非平行な一対の磁気ストライプ(「サーボストライプ」とも呼ばれる。)が、磁気テープの長手方向に連続的に複数配置されることによって構成されている。上記のように、サーボパターンが互いに非平行な一対の磁気ストライプにより構成される理由は、サーボパターン上を通過するサーボ信号読み取り素子に、その通過位置を教えるためである。具体的には、上記の一対の磁気ストライプは、その間隔が磁気テープの幅方向に沿って連続的に変化するように形成されており、サーボ信号読み取り素子がその間隔を読み取ることによって、サーボパターンとサーボ信号読み取り素子との相対位置を知ることができる。この相対位置の情報が、データトラックのトラッキングを可能にする。そのために、サーボパターン上には、通常、磁気テープの幅方向に沿って、複数のサーボトラックが設定されている。
【0066】
サーボバンドは、磁気テープの長手方向に連続するサーボ信号により構成される。このサーボバンドは、通常、磁気テープに複数本設けられる。例えば、LTOテープにおいて、その数は5本である。隣接する2本のサーボバンドに挟まれた領域は、データバンドと呼ばれる。データバンドは、複数のデータトラックで構成されており、各データトラックは、各サーボトラックに対応している。
【0067】
また、一態様では、特開2004-318983号公報に示されているように、各サーボバンドには、サーボバンドの番号を示す情報(「サーボバンドID(identification)」または「UDIM(Unique DataBand Identification Method)情報」とも呼ばれる。)が埋め込まれている。このサーボバンドIDは、サーボバンド中に複数ある一対のサーボストライプのうちの特定のものを、その位置が磁気テープの長手方向に相対的に変位するように、ずらすことによって記録されている。具体的には、複数ある一対のサーボストライプのうちの特定のもののずらし方を、サーボバンド毎に変えている。これにより、記録されたサーボバンドIDはサーボバンド毎にユニークなものとなるため、一つのサーボバンドをサーボ信号読み取り素子で読み取るだけで、そのサーボバンドを一意に(uniquely)特定することができる。
【0068】
なお、サーボバンドを一意に特定する方法には、ECMA―319に示されているようなスタッガード方式を用いたものもある。このスタッガード方式では、磁気テープの長手方向に連続的に複数配置された、互いに非平行な一対の磁気ストライプ(サーボストライプ)の群を、サーボバンド毎に磁気テープの長手方向にずらすように記録する。隣接するサーボバンド間における、このずらし方の組み合わせは、磁気テープ全体においてユニークなものとされているため、2つのサーボ信号読み取り素子によりサーボパターンを読み取る際に、サーボバンドを一意に特定することも可能となっている。
【0069】
また、各サーボバンドには、ECMA―319に示されている通り、通常、磁気テープの長手方向の位置を示す情報(「LPOS(Longitudinal Position)情報」とも呼ばれる。)も埋め込まれている。このLPOS情報も、UDIM情報と同様に、一対のサーボストライプの位置を、磁気テープの長手方向にずらすことによって記録されている。ただし、UDIM情報とは異なり、このLPOS情報では、各サーボバンドに同じ信号が記録されている。
【0070】
上記のUDIM情報およびLPOS情報とは異なる他の情報を、サーボバンドに埋め込むことも可能である。この場合、埋め込まれる情報は、UDIM情報のようにサーボバンド毎に異なるものであってもよいし、LPOS情報のようにすべてのサーボバンドに共通のものであってもよい。
また、サーボバンドに情報を埋め込む方法としては、上記以外の方法を採用することも可能である。例えば、一対のサーボストライプの群の中から、所定の対を間引くことによって、所定のコードを記録するようにしてもよい。
【0071】
サーボパターン形成用ヘッドは、サーボライトヘッドと呼ばれる。サーボライトヘッドは、上記一対の磁気ストライプに対応した一対のギャップを、サーボバンドの数だけ有する。通常、各一対のギャップには、それぞれコアとコイルが接続されており、コイルに電流パルスを供給することによって、コアに発生した磁界が、一対のギャップに漏れ磁界を生じさせることができる。サーボパターンの形成の際には、サーボライトヘッド上に磁気テープを走行させながら電流パルスを入力することによって、一対のギャップに対応した磁気パターンを磁気テープに転写させて、サーボパターンを形成することができる。各ギャップの幅は、形成されるサーボパターンの密度に応じて適宜設定することができる。各ギャップの幅は、例えば、1μm以下、1~10μm、10μm以上等に設定可能である。
【0072】
磁気テープにサーボパターンを形成する前には、磁気テープに対して、通常、消磁(イレース)処理が施される。このイレース処理は、直流磁石または交流磁石を用いて、磁気テープに一様な磁界を加えることによって行うことができる。イレース処理には、DC(Direct Current)イレースとAC(Alternating Current)イレースとがある。ACイレースは、磁気テープに印加する磁界の方向を反転させながら、その磁界の強度を徐々に下げることによって行われる。一方、DCイレースは、磁気テープに一方向の磁界を加えることによって行われる。DCイレースには、更に2つの方法がある。第一の方法は、磁気テープの長手方向に沿って一方向の磁界を加える、水平DCイレースである。第二の方法は、磁気テープの厚み方向に沿って一方向の磁界を加える、垂直DCイレースである。イレース処理は、磁気テープ全体に対して行ってもよいし、磁気テープのサーボバンド毎に行ってもよい。
【0073】
形成されるサーボパターンの磁界の向きは、イレースの向きに応じて決まる。例えば、磁気テープに水平DCイレースが施されている場合、サーボパターンの形成は、磁界の向きがイレースの向きと反対になるように行われる。これにより、サーボパターンが読み取られて得られるサーボ信号の出力を、大きくすることができる。なお、特開2012-53940号公報に示されている通り、垂直DCイレースされた磁気テープに、上記ギャップを用いた磁気パターンの転写を行った場合、形成されたサーボパターンが読み取られて得られるサーボ信号は、単極パルス形状となる。一方、水平DCイレースされた磁気テープに、上記ギャップを用いた磁気パターンの転写を行った場合、形成されたサーボパターンが読み取られて得られるサーボ信号は、双極パルス形状となる。
【0074】
磁気テープは、通常、磁気テープカートリッジに収容され、磁気テープカートリッジが磁気記録再生装置に装着される。
【0075】
磁気テープカートリッジでは、一般に、カートリッジ本体内部に磁気テープがリールに巻き取られた状態で収容されている。リールは、カートリッジ本体内部に回転可能に備えられている。磁気テープカートリッジとしては、カートリッジ本体内部にリールを1つ具備する単リール型の磁気テープカートリッジおよびカートリッジ本体内部にリールを2つ具備する双リール型の磁気テープカートリッジが広く用いられている。単リール型の磁気テープカートリッジは、磁気テープへのデータの記録および/または再生のために磁気記録再生装置に装着されると、磁気テープカートリッジから磁気テープが引き出されて磁気記録再生装置側のリールに巻き取られる。磁気テープカートリッジから巻き取りリールまでの磁気テープ搬送経路には、磁気ヘッドが配置されている。磁気テープカートリッジ側のリール(供給リール)と磁気記録再生装置側のリール(巻き取りリール)との間で、磁気テープの送り出しと巻き取りが行われる。この間、磁気ヘッドと磁気テープの磁性層表面とが接触し摺動することにより、データの記録および/または再生が行われる。これに対し、双リール型の磁気テープカートリッジは、供給リールと巻き取りリールの両リールが、磁気テープカートリッジ内部に具備されている。磁気テープカートリッジは、単リール型および双リール型のいずれの磁気テープカートリッジであってもよい。磁気テープカートリッジのその他の詳細については、公知技術を適用することができる。
【0076】
以上説明した本発明の一態様にかかる磁気記録媒体は、走行初期および高温高湿環境下での繰り返し走行後において、優れた電磁変換特性を示すことができる。一例として、高湿環境下は、例えば相対湿度70~100%程度の環境下であることができ、高温は、例えば25~50℃程度であることができる。
【0077】
[磁気記録再生装置]
本発明の一態様は、上記磁気記録媒体と、磁気ヘッドと、を含む磁気記録再生装置に関する。
【0078】
本発明および本明細書において、「磁気記録再生装置」とは、磁気記録媒体へのデータの記録および磁気記録媒体に記録されたデータの再生の少なくとも一方を行うことができる装置を意味するものとする。かかる装置は、一般にドライブと呼ばれる。上記磁気記録再生装置は、摺動型の磁気記録再生装置であることができる。摺動型の磁気記録再生装置とは、磁気記録媒体へのデータの記録および/または記録されたデータの再生を行う際に磁性層表面と磁気ヘッドとが接触し摺動する装置をいう。
【0079】
上記磁気記録再生装置に含まれる磁気ヘッドは、磁気記録媒体へのデータの記録を行うことができる記録ヘッドであることができ、磁気記録媒体に記録されたデータの再生を行うことができる再生ヘッドであることもできる。また、上記磁気記録再生装置は、一態様では、別々の磁気ヘッドとして、記録ヘッドと再生ヘッドの両方を含むことができる。他の一態様では、上記磁気記録再生装置に含まれる磁気ヘッドは、データの記録のための素子(記録素子)とデータの再生のための素子(再生素子)の両方を1つの磁気ヘッドに備えた構成を有することもできる。以下において、データの記録のための素子および再生のための素子を、「データ用素子」と総称する。再生ヘッドとしては、磁気テープに記録されたデータを感度よく読み取ることができる磁気抵抗効果型(MR;Magnetoresistive)素子を再生素子として含む磁気ヘッド(MRヘッド)が好ましい。MRヘッドとしては、AMR(Anisotropic Magnetoresistive)ヘッド、GMR(Giant Magnetoresistive)ヘッド、TMR(Tunnel Magnetoresistive)ヘッド等の公知の各種MRヘッドを用いることができる。また、データの記録および/またはデータの再生を行う磁気ヘッドには、サーボ信号読み取り素子が含まれていてもよい。または、データの記録および/またはデータの再生を行う磁気ヘッドとは別のヘッドとして、サーボ信号読み取り素子を備えた磁気ヘッド(サーボヘッド)が上記磁気記録再生装置に含まれていてもよい。例えば、データの記録および/または記録されたデータの再生を行う磁気ヘッド(以下、「記録再生ヘッド」とも呼ぶ。)は、サーボ信号読み取り素子を2つ含むことができ、2つのサーボ信号読み取り素子のそれぞれが、隣接する2つのサーボバンドを同時に読み取ることができる。2つのサーボ信号読み取り素子の間に、1つまたは複数のデータ用素子を配置することができる。
【0080】
上記磁気記録再生装置において、磁気記録媒体へのデータの記録および/または磁気記録媒体に記録されたデータの再生は、磁気記録媒体の磁性層表面と磁気ヘッドとを接触させて摺動させることにより行うことができる。上記磁気記録再生装置は、本発明の一態様にかかる磁気記録媒体を含むものであればよく、その他については公知技術を適用することができる。
【0081】
例えば、サーボパターンが形成された磁気記録媒体へのデータの記録および/または記録されたデータの再生の際には、まず、サーボパターンを読み取って得られるサーボ信号を用いたトラッキングが行われる。すなわち、サーボ信号読み取り素子を所定のサーボトラックに追従させることによって、データ用素子が、目的とするデータトラック上を通過するように制御される。データトラックの移動は、サーボ信号読み取り素子が読み取るサーボトラックを、テープ幅方向に変更することにより行われる。
また、記録再生ヘッドは、他のデータバンドに対する記録および/または再生を行うことも可能である。その際には、先に記載したUDIM情報を利用してサーボ信号読み取り素子を所定のサーボバンドに移動させ、そのサーボバンドに対するトラッキングを開始すればよい。
【実施例】
【0082】
以下に、本発明を実施例に基づき説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。以下に記載の「部」および「%」は、特記しない限り質量基準の値である。また、以下に記載の工程および評価は、特記しない限り、雰囲気温度23℃±1℃の環境において行った。以下に記載の「eq」は、当量( equivalent)であり、SI単位に換算不可の単位である。
【0083】
[実施例1]
<ε-酸化鉄粉末の作製>
純水92.3gに、硝酸鉄(III)9水和物8.3g、硝酸ガリウム(III)8水和物1.25g、硝酸コバルト(III)6水和物189mg、硫酸チタン(III)152mg、ポリビニルピロリドン(PVP)1.0gを溶解させたものを、マグネチックスターラーを用いて撹拌しながら、大気雰囲気中、雰囲気温度25℃の条件下で、濃度25%のアンモニア水溶液3.6gを添加し、雰囲気温度25℃の温度条件のまま2時間撹拌した。得られた溶液にクエン酸0.85gを純水9.15gに溶解させて得たクエン酸水溶液を加え、1時間撹拌した。撹拌後に沈殿した粉末を遠心分離によって採集し、純水で洗浄した後、炉内温度80℃の加熱炉内で乾燥させた。
乾燥させた粉末に純水800gを加えて再度粉末を水に分散させて分散液を得た。得られた分散液を液温50℃に昇温し、撹拌しながら濃度25%のアンモニア水溶液を40g滴下した。50℃の液温を保ったまま1時間撹拌した後、テトラエトキシシラン(TEOS)13.3mLを滴下し、24時間撹拌した。得られた反応溶液に硫酸アンモニウム51gを加え、沈殿した粉末を遠心分離によって採集し、純水で洗浄し、炉内温度80℃の加熱炉内で乾燥させることで、ε-酸化鉄の前駆体の粉末を得た。
得られた前駆体の粉末を、大気雰囲気下、炉内温度1029℃(焼成温度)の加熱炉内に装填し、4時間の熱処理を施した。
熱処理した粉末を、4mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液中に投入し、液温を70℃に維持して24時間撹拌することにより、熱処理した粉末からケイ酸化合物を除去した。この粉末を遠心分離処理により採集し、純水で洗浄を行って粉末を得た。
上記で得られた粉末について、X線回折分析を行った。X線回折分析は、CuKα線を電圧45kVかつ強度40mAの条件で走査し、下記条件でX線回折パターンを測定することによって行った。X線回折分析により得られたX線回折パターンのピークから、作製された強磁性粉末が、α相およびγ相の結晶構造を含まない、ε相の単相の結晶構造(ε-酸化鉄型の結晶構造)を有することを確認した。即ち、ε-酸化鉄粉末が作製されたことを確認した。
PANalytical X’Pert Pro回折計、PIXcel検出器
入射ビームおよび回折ビームのSollerスリット:0.017ラジアン
分散スリットの固定角:1/4度
マスク:10mm
散乱防止スリット:1/4度
測定モード:連続
1段階あたりの測定時間:3秒
測定速度:毎秒0.017度
測定ステップ:0.05度
【0084】
後述の方法で作製された各強磁性粉末についても実施例1と同様のX線回折分析を行い、各強磁性粉末が、α相およびγ相の結晶構造をほぼ含まない、実質的にε相の単相の結晶構造(ε-酸化鉄型の結晶構造)を有することを確認した。即ち、ε-酸化鉄粉末であることを確認した。
【0085】
<磁気記録媒体(磁気テープ)の作製>
(1)磁性層形成用組成物の処方
(磁性液)
強磁性粉末(表1参照):100.0部
SO3Na基含有ポリウレタン樹脂:14.0部
(重量平均分子量:70,000、SO3Na基:0.4meq/g)
シクロヘキサノン:150.0部
メチルエチルケトン:150.0部
オレイン酸2.0部
(非磁性粉末液)
アルミナ研磨剤(平均粒子サイズ:100nm):4.0部
コロイダルシリカ(平均粒子サイズ:100nm):0.2部
スルホン酸基含有ポリウレタン樹脂:0.3部
(重量平均分子量:70,000、SO3Na基:0.3meq/g)
シクロヘキサノン:53.4部
メチルエチルケトン:1.4部
(その他の成分)
ステアリン酸:2.0部
ブチルステアレート:6.0部
ポリイソシアネート(東ソー社製コロネート):2.5部
(仕上げ添加溶媒)
シクロヘキサノン:200.0部
メチルエチルケトン:200.0部
【0086】
(2)非磁性層形成用組成物の処方
非磁性無機粉末 α-酸化鉄:100.0部
平均粒子サイズ:10nm
平均針状比:1.9
BET(Brunauer-Emmett-Teller)比表面積:75m2/g
カーボンブラック(平均粒子サイズ:20nm):25.0部
SO3Na基含有ポリウレタン樹脂:18.0部
(重量平均分子量:70,000、SO3Na基:0.2meq/g)
ステアリン酸:1.0部
シクロヘキサノン:300.0部
メチルエチルケトン:300.0部
【0087】
(3)バックコート層形成用組成物の処方
非磁性無機粉末 α-酸化鉄:80.0部
平均粒子サイズ:0.15μm
平均針状比:7
BET比表面積:52m2/g
カーボンブラック(平均粒子サイズ:20nm):20.0部
塩化ビニル共重合体:13.0部
スルホン酸基含有ポリウレタン樹脂:6.0部
フェニルホスホン酸:3.0部
シクロヘキサノン:155.0部
メチルエチルケトン:155.0部
ステアリン酸:3.0部
ブチルステアレート:3.0部
ポリイソシアネート:5.0部
シクロヘキサノン:200.0部
【0088】
(4)磁気テープの作製
上記磁性液の各種成分を、バッチ式縦型サンドミルを用いて12時間分散することにより磁性液を調製した。分散ビーズとしては、粒径0.1mmのジルコニアビーズを使用した。
非磁性粉末液は、以下の方法により調製した。上記の各種成分をニーダで混練した後、分散部の容積に対し65体積%充填する量のジルコニアビーズ(粒径0.5mm)を入れた横型サンドミルにポンプで通液し、2000rpm(revolution per minute)で180分間(実質的に分散部に滞留した時間)分散させた。得られた分散液を1μmの孔径を有するフィルタを用いてろ過した。
こうして得られた磁性液および非磁性粉末液を他の成分(その他の成分および仕上げ添加溶媒)と混合後、バッチ型超音波装置(20kHz、300W)で60分処理(超音波分散)を行った。その後、0.45μmの孔径を有するフィルタを用いてろ過を行い磁性層用組成物を調製した。
非磁性層用組成物については、上記の各種成分をバッチ式縦型サンドミルを用いて24時間分散した。分散ビーズとしては、粒径0.1mmのジルコニアビーズを使用した。得られた分散液を0.45μmの孔径を有するフィルタを用いてろ過して非磁性層用組成物を調製した。
バックコート層用組成物については、潤滑剤(ステアリン酸およびブチルステアレート)、ポリイソシアネートおよびシクロヘキサノン200.0部を除いた上記の各種成分をオープンニーダにより混練および希釈した後、横型ビーズミル分散機により、粒径1mmのジルコニアビーズを用い、ビーズ充填率80体積%、ローター先端周速10m/秒で、1パスあたりの滞留時間を2分間とし、12パスの分散処理を行った。その後、こうして得られた分散液に残りの成分を添加し、ディゾルバーで撹拌した。こうして得られた分散液を1μmの孔径を有するフィルタを用いてろ過しバックコート層用組成物を調製した。
その後、厚み5.0μmの二軸延伸ポリエチレンナフタレート製支持体に、乾燥後の厚みが0.1μmになるように非磁性層形成用組成物を塗布し乾燥させた後、その上に乾燥後の厚みが70nmになるように磁性層形成用組成物を塗布して塗布層を形成した。この塗布層を、未乾状態にあるうちに、磁場強度0.6Tの磁場を塗布層の表面に対し垂直方向に印加して垂直配向処理を行った後、乾燥させた。その後、上記支持体の非磁性層と磁性層を形成した表面とは反対側の表面に、乾燥後の厚みが0.4μmになるようにバックコート層形成用組成物を塗布し乾燥させてバックコート層を形成した。
その後、金属ロールのみから構成されるカレンダで、速度100m/分、線圧294kN/m、カレンダロールの表面温度100℃で表面平滑化処理(カレンダ処理)を行った後、雰囲気温度70℃の環境で36時間加熱処理を行った。加熱処理後、1/2インチ(1インチは0.0254メートル)幅にスリットし、磁気テープを得た。
【0089】
[実施例2]
実施例1のε-酸化鉄粉末の作製において、硝酸ガリウム(III)8水和物、硝酸コバルト(III)6水和物および硫酸チタン(III)、を添加せず、焼成温度を982℃に変更した点以外は同様にして、ε-酸化鉄粉末を作製した。
こうして作製されたε-酸化鉄粉末を磁性層形成のための強磁性粉末として使用した点以外、実施例1と同様にして磁気テープを得た。
【0090】
[比較例1]
ε-酸化鉄粉末の作製における焼成温度を974℃に変更した点以外は実施例2と同様にして、比較例1の磁気テープを得た。
【0091】
[実施例3]
実施例1のε-酸化鉄粉末の作製において、硝酸ガリウム(III)8水和物の使用量を52mgに変更し、硝酸コバルト(III)6水和物および硫酸チタン(III)、は添加せず、焼成温度を993℃に変更した点以外は同様にして、ε-酸化鉄粉末を作製した。
こうして作製されたε-酸化鉄粉末を磁性層形成のための強磁性粉末として使用した点以外、実施例1と同様にして磁気テープを得た。
【0092】
[実施例4]
実施例1のε-酸化鉄粉末の作製において、硝酸ガリウム(III)8水和物の使用量を1.56gとし、焼成温度を1046℃に変更した以外は同様にして、ε-酸化鉄粉末を作製した。
こうして作製されたε-酸化鉄粉末を磁性層形成のための強磁性粉末として使用した点以外、実施例1と同様にして磁気テープを得た。
【0093】
[比較例2]
実施例1のε-酸化鉄粉末の作製において、硝酸ガリウム(III)8水和物の使用量を1.67gとし、焼成温度を1054℃に変更した点以外は同様にして、ε-酸化鉄粉末を作製した。
こうして作製されたε-酸化鉄粉末を磁性層形成のための強磁性粉末として使用した点以外、実施例1と同様にして磁気テープを得た。
【0094】
[比較例3]
実施例1において、磁性層形成用組成物調製のための非磁性粉末液のアルミナ研磨剤量を3.0部とし、カレンダ処理におけるカレンダ温度(カレンダロールの表面温度)を94℃に変更した点以外は同様にして磁気テープを得た。
【0095】
[実施例5]
比較例3において、カレンダ処理におけるカレンダ温度(カレンダロールの表面温度)を90℃に変更した点以外は同様にして磁気テープを得た。
【0096】
[実施例6]
実施例1において、磁性層形成用組成物調製のための非磁性粉末液のアルミナ研磨剤量を4.5部とし、カレンダ処理におけるカレンダ温度(カレンダロールの表面温度)を94℃に変更した点以外は同様にして磁気テープを得た。
【0097】
[比較例4]
実施例6において、カレンダ処理におけるカレンダ温度(カレンダロールの表面温度)を90℃に変更した点以外は同様にして磁気テープを得た。
【0098】
[比較例5]
ε-酸化鉄粉末の作製における焼成温度を1026℃に変更した点以外は比較例2と同様にして磁気テープを得た。
【0099】
[実施例7]
実施例1のε-酸化鉄粉末の作製において、硝酸ガリウム(III)8水和物の使用量を1.15gとし、焼成温度を1025℃に変更した点以外は同様にして、ε-酸化鉄粉末を作製した。
こうして作製されたε-酸化鉄粉末を磁性層形成のための強磁性粉末として使用した点以外、実施例1と同様にして磁気テープを得た。
【0100】
[実施例8]
実施例1のε-酸化鉄粉末の作製において、硝酸ガリウム(III)8水和物の使用量を0.77gとし、焼成温度を1026℃に変更した点以外は同様にして、ε-酸化鉄粉末を作製した。
こうして作製されたε-酸化鉄粉末を磁性層形成のための強磁性粉末として使用した点以外、実施例1と同様にして磁気テープを得た。
【0101】
[比較例6]
実施例1のε-酸化鉄粉末の作製において、硝酸ガリウム(III)8水和物の使用量を0.63gとし、焼成温度を1027℃に変更した以外は同様にして、ε-酸化鉄粉末を作製した。
こうして作製されたε-酸化鉄粉末を磁性層形成のための強磁性粉末として使用した点以外、実施例1と同様にして磁気テープを得た。
【0102】
[比較例7]
強磁性粉末として六方晶バリウムフェライト粉末(表1中、「BaFe」)を使用した点以外、実施例1と同様にして磁気テープを得た。
【0103】
[比較例8]
実施例1において、磁性層形成用組成物調製のための非磁性粉末液のアルミナ研磨剤量を2.5部とし、バックコート層形成用組成物のろ過に使用するフィルタの孔径を2μmに変更した点以外は同様にして磁気テープを得た。
【0104】
[実施例9]
実施例1において、磁性層形成用組成物調製のための非磁性粉末液のアルミナ研磨剤量を4.3部とし、カレンダ処理におけるカレンダ温度(カレンダロールの表面温度)を97℃に変更した点以外は同様にして磁気テープを得た。
【0105】
[実施例10]
実施例1において、磁性層形成用組成物調製のための非磁性粉末液のアルミナ研磨剤量を4.0部とし、バックコート層用組成物のろ過に使用するフィルタの孔径を0.5μmに変更した点以外は同様にして磁気テープを得た。
【0106】
[比較例9]
実施例1において、磁性層形成用組成物調製のための非磁性粉末液のアルミナ研磨剤量を4.5部とし、バックコート層用組成物のろ過に使用するフィルタの孔径を0.5μmに変更した点以外は同様にして磁気テープを得た。
【0107】
[評価方法]
(1)強磁性粉末の平均粒子サイズ
実施例および比較例で使用した各強磁性粉末について、透過型電子顕微鏡として日立製透過型電子顕微鏡H-9000型、画像解析ソフトとしてカールツァイス製画像解析ソフトKS-400を用いて、先に記載の方法により平均粒子サイズを求めた。
【0108】
(2)ε-酸化鉄粉末の組成分析
実施例1~10、比較例1~6、8および9について、作製したε-酸化鉄粉末から試料粉末を12mg採取し、この試料粉末12mgおよび4mol/L塩酸10mLを入れたビーカーを、設定温度80℃のホットプレート上で3時間保持してε-酸化鉄粉末が溶解(全溶解)した溶解液を得た。得られた溶解液を0.1μmのメンブレンフィルタでろ過した。こうして得られたろ液の元素分析をICP分析装置によって行った。この元素分析により、鉄原子の置換原子を定量し、定量結果から、GaxCoyTizFe(2-x-y-z)O3の組成式で表されるε-酸化鉄粉末の組成を特定した。
【0109】
(3)垂直方向の保磁力Hc
実施例および比較例の各磁気テープについて、垂直方向の保磁力Hcを、振動試料型磁力計(東英工業社製)を用いて印加磁界15kOeで測定した。
【0110】
(4)Rz、Rpおよび比(Rp/Rz)
磁性層の表面について、測定領域を40μm角(40μm×40μm)として十点平均粗さRzおよび最大山高さRp(n=3の測定により得られた値の算術平均)を求めた。AFMとしてVeeco社製Nanoscope4をタッピングモードで用いて、AFMの探針としてはBRUKER社製RTESP-300を使用し、分解能は512pixel×512pixelとし、スキャン速度は1画面(512pixel×512pixel)を341秒で測定する速度とした。上記で求められたRzとRpとの比として、比(Rp/Rz)を算出した。
【0111】
[電磁変換特性の評価]
実施例および比較例の各磁気テープに対して、下記条件で磁気信号をテープ長手方向に記録し、磁気抵抗効果型(MR;Magnetoresistive)ヘッドで再生した。再生信号をシバソク製スペクトラムアナライザーで周波数分析し、0~600kfciの範囲で積分したノイズを評価した。単位kfciとは、線記録密度の単位(SI単位系に換算不可)である。実施例および比較例の各磁気テープの電磁変換特性(走行初期)を、下記評価基準にしたがい評価した。
-記録再生条件-
記録:記録トラック幅5μm
記録ギャップ0.17μm
ヘッド飽和磁束密度Bs1.8T
再生:再生トラック幅0.4μm
シールド(shield;sh)間距離(sh-sh距離)0.08μm
-評価基準-
5: ノイズがほぼなく、シグナルが良好でエラーも見られない。
4: ノイズが小さく、シグナルが良好。
3: ノイズが見られる。シグナルは良好。
2: ノイズが大きく、シグナルが不明瞭。
1: ノイズとシグナルの区別ができないか、または記録できていない。
更に、実施例および比較例の各磁気テープ(100m長)を、温度37℃および相対湿度87%の環境下、リニアテスターにおいて走行速度3m/secで600パス繰り返し走行させ、磁性層表面と磁気ヘッドとを接触させ摺動させた。上記繰り返し走行後に上記と同様の方法で電磁変換特性(繰り返し走行後)を評価した。
【0112】
以上の結果を、表1に示す。
【0113】
【0114】
表1に示す結果から、実施例1~10の磁気テープは、走行初期および高温高湿環境下での繰り返し走行後のいずれにおいても、優れた電磁変換特性を示したことが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明の一態様は、高密度記録用磁気記録媒体の技術分野において有用である。