(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-19
(45)【発行日】2022-07-27
(54)【発明の名称】ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法、成形品、成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08L 81/04 20060101AFI20220720BHJP
C08K 3/22 20060101ALI20220720BHJP
C08K 3/26 20060101ALI20220720BHJP
C08K 7/14 20060101ALI20220720BHJP
C08J 5/08 20060101ALI20220720BHJP
【FI】
C08L81/04
C08K3/22
C08K3/26
C08K7/14
C08J5/08 CEZ
(21)【出願番号】P 2022514557
(86)(22)【出願日】2021-11-25
(86)【国際出願番号】 JP2021043094
【審査請求日】2022-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2021008323
(32)【優先日】2021-01-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100177471
【氏名又は名称】小川 眞治
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【氏名又は名称】大野 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】塚越 悠人
(72)【発明者】
【氏名】阿部 文明
(72)【発明者】
【氏名】奈良 早織
(72)【発明者】
【氏名】浅野 輝一
【審査官】櫛引 智子
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-162913(JP,A)
【文献】特開2013-125876(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L,C08K,C08J
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド樹脂と、
アスペクト比が5以上であり且つ平均粒子径(D
50)が9μm以下である鱗片状のベーマイトと、
モース硬度が4以下である無機充填剤と、
強化繊維と、を含み、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂100質量部に対して、前記鱗片状のベーマイトを1~150質量部、前記無機充填剤を20~350質量部含むことを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項2】
前記無機充填剤が、円形度が0.8未満の炭酸マグネシウムであることを特徴とする、請求項1記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項3】
前記強化繊維が、ガラス繊維であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項4】
ポリアリーレンスルフィド樹脂と、アスペクト比が5以上であり且つ平均粒子径(D
50)が9μm以下である鱗片状のベーマイトと、モース硬度が4以下である無機充填剤と、強化繊維と、を配合し、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂100質量部に対して、前記鱗片状のベーマイトを1~150質量部、前記無機充填剤を20~350質量部配合し、
溶融混練する工程を有することを特徴とする、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項5】
前記無機充填剤が、円形度が0.8未満の炭酸マグネシウムであることを特徴とする、請求項4記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項6】
前記強化繊維が、ガラス繊維であることを特徴とする、請求項4又は5に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項7】
請求項1~3のいずれか1項に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を成形してなる、成形品。
【請求項8】
請求項4~6のいずれか1項に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法により得られたポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を、溶融成形する工程を有することを特徴とする、成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法、成形品、成形品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、生産性、成形性に優れ、かつ高耐熱性を有するエンジニアリングプラスチックが開発され、軽量でもあることから金属材料に代わる材料として電気、電子機器や自動車用等の部材として幅広く使用されている。これらの中でも、ポリフェニレンスルフィド(以下、「PPS」と略することがある)樹脂に代表されるポリアリーレンスルフィド(以下、「PAS」と略することがある)樹脂は、耐熱性、機械的強度、耐薬品性、成形加工性、寸法安定性、難燃性等に優れることから、電気・電子機器部品、自動車部品材料等を中心に用いられている。
【0003】
そして、近年ではデバイスの小型化・高機能化が進み、発熱量は増加の一途を辿っており、実装部品や周辺部品については、放熱性を高めるべく、上述したPAS樹脂等の材料の熱伝導性向上がより求められている。
【0004】
プラスチック材料の熱伝導性を高める技術として、例えば、樹脂組成物中にアルミナ(酸化アルミニウム)等の熱伝導性の高い無機充填剤を含有させる手法が知られている。
例えば特許文献1には、マトリックス樹脂と、アルミフレーク等の電気絶縁性フィラーと、金属粉と、低融点合金と、を含む絶縁性熱伝導性樹脂組成物が開示されている。
また、特許文献2には、熱可塑性樹脂と、アルミフレーク等の金属アルミ系充填材と、難燃剤と、を含む樹脂組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2006/132185号
【文献】特開2006-328352号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び2に開示された技術では、熱伝導性の高い充填剤を用いていることから、熱伝導性については一定の改善効果がみられる。
しかしながら、アルミフレーク等の熱伝導性充填剤は、硬度が大きく、樹脂組成物の製造時や、成形時、該樹脂組成物と接触する部材(金属)の摩耗を早めるという問題があった。
【0007】
そのため、本発明は、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できるPAS樹脂組成物及びPAS樹脂組成物の製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できる成形品及び成形品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意研究を重ねた結果、PAS樹脂に、アスペクト比及び平均粒子径が特定の範囲である鱗片状のベーマイトを含有させることによって、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性を高めることができること、さらに、前記鱗片状のベーマイトやモース硬度が4以下である無機充填剤はアルミナ等に比べてモース硬度が小さいことから、接触する部材の摩耗を抑えることができることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明のPAS樹脂組成物は、
PAS樹脂と、
アスペクト比が5以上であり且つ平均粒子径(D50)が9μm以下である鱗片状のベーマイトと、
モース硬度が4以下である無機充填剤と、
強化繊維と、を含むことを特徴とする。
上記構成を具えることで、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できる。
【0010】
また、本発明のPAS樹脂組成物では、前記PAS樹脂100質量部に対して、前記鱗片状のベーマイトを1~150質量部、前記無機充填剤を20~350質量部含むことが好ましい。この場合、熱伝導性及び接触する部材の摩耗低減効果を、より高いレベルで両立できる。
【0011】
さらに、本発明のPAS樹脂組成物では、前記無機充填剤が、円形度が0.8未満の炭酸マグネシウムであることが好ましい。この場合、熱伝導性及び接触する部材の摩耗低減効果を、より高いレベルで両立できる。
【0012】
本発明のPAS樹脂組成物では、前記強化繊維が、ガラス繊維であることが好ましい。この場合、機械的強度をより向上できる。
【0013】
本発明のPAS樹脂組成物の製造方法は、PAS樹脂と、アスペクト比が5以上であり且つ平均粒子径(D50)が9μm以下である鱗片状のベーマイトと、モース硬度が4以下である無機充填剤と、強化繊維と、を配合し、溶融混練する工程を有することを特徴とする。
上記構成を具えることで、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗が低減されたPAS樹脂組成物を得ることができる。
【0014】
また、本発明のPAS樹脂組成物の製造方法では、前記PAS樹脂100質量部に対して、前記鱗片状のベーマイトを1~150質量部、前記無機充填剤を20~350質量部配合することが好ましい。この場合、得られたPAS樹脂組成物の熱伝導性及び接触する部材の摩耗低減効果を、より高いレベルで両立できる。
【0015】
さらに、本発明のPAS樹脂組成物の製造方法では、前記無機充填剤が、円形度が0.8未満の炭酸マグネシウムであることが好ましい。この場合、熱伝導性及び接触する部材の摩耗低減効果を、より高いレベルで両立できる。
【0016】
本発明のPAS樹脂組成物の製造方法では、前記強化繊維が、ガラス繊維であることが好ましい。この場合、機械的強度をより向上できる。
【0017】
本発明の成形品は、本発明のPAS樹脂組成物を成形してなる。
上記構成を具えることで、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できる。
【0018】
本発明の成形品の製造方法は、本発明のPAS樹脂組成物の製造方法により得られたPAS樹脂組成物を、溶融成形する工程を有することを特徴とする。
上記構成を具えることで、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できる成形品を得ることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できるPAS樹脂組成物及びPAS樹脂組成物の製造方法を提供することができる。
また、本発明によれば、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できる成形品及び成形品の製造方法することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のPAS樹脂組成物、PAS樹脂組成物の製造方法、成形品、及び、成形品の製造方法の一実施形態について、例示説明する。
【0021】
<PAS樹脂組成物>
本発明のPAS樹脂組成物(以下、「本発明のPAS樹脂組成物」ということがある。)は、PAS樹脂と、鱗片状のベーマイトと、無機充填剤と、強化繊維と、を含む。
以下、本発明のPAS樹脂組成物を構成する各成分について説明する。
【0022】
(PAS樹脂)
本発明のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂を含む。
該PAS樹脂は、芳香族環と硫黄原子とが結合した構造を繰り返し単位とする樹脂構造を有するものであり、具体的には、下記一般式(1)で表される構造部位と、必要に応じてさらに下記一般式(2)で表される3官能性の構造部位と、を繰り返し単位とする樹脂である。
【0023】
【化1】
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して水素原子、炭素原子数1~4の範囲のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、フェニル基、メトキシ基、エトキシ基を表す。)
【0024】
【化2】
なお、上記一般式(2)で表される3官能性の構造部位は、他の構造部位との合計モル数に対して0.001~3モル%の範囲が好ましく、特に0.01~1モル%の範囲であることが好ましい。
【0025】
ここで、上記一般式(1)で表される構造部位は、特に該式中のR1及びR2は、前記PAS樹脂の機械的強度の点から水素原子であることが好ましく、その場合、下記式(3)で表されるパラ位で結合するものや、下記式(4)で表されるメタ位で結合するものが挙げられる。
【0026】
【0027】
これらの中でも、特に繰り返し単位中の芳香族環に対する硫黄原子の結合は上記一般式(3)で表されるパラ位で結合した構造であることが前記PAS樹脂の耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0028】
また、前記PAS樹脂は、前記一般式(1)や(2)で表される構造部位のみならず、下記の構造式(5)~(8)で表される構造部位を、前記一般式(1)と一般式(2)で表される構造部位との合計の30モル%以下で含んでいてもよい。
【0029】
【0030】
さらに、上記一般式(5)~(8)で表される構造部位は、10モル%以下であることが、PAS樹脂の耐熱性、機械的強度の観点から好ましい。前記PAS樹脂中に、上記一般式(5)~(8)で表される構造部位を含む場合、それらの結合様式については、ランダム共重合体、ブロック共重合体のいずれであってもよい。
【0031】
また、前記PAS樹脂の溶融粘度及び非ニュートン指数は、本発明の効果を損ねない限り特に限定されないが、以下の通りである。
【0032】
前記PAS樹脂の溶融粘度は、特に限定されないが、流動性及び機械的強度のバランスの観点から、300℃で測定した溶融粘度(V6)が、2Pa・s以上の範囲であることが好ましく、1000Pa・s以下の範囲であることが好ましい。同様の観点から、前記PAS樹脂の300℃で測定した溶融粘度(V6)は、500Pa・s以下の範囲であることがより好ましく、200Pa・s以下の範囲であることがさらに好ましい。
なお、溶融粘度(V6)の測定は、PAS樹脂を島津製作所製フローテスター、CFT-500Dを用いて行い、300℃、荷重:1.96×106Pa、L/D=10(mm)/1(mm)にて、6分間保持した後に測定した溶融粘度の測定値とする。
【0033】
前記PAS樹脂の非ニュートン指数は特に限定されないが、0.90以上で且つ2.00以下の範囲であることが好ましい。また、前記PAS樹脂としてリニア型PAS樹脂を用いる場合には、非ニュートン指数が、0.90以上の範囲であることが好ましく、0.95以上の範囲であることがより好ましく、さらに非ニュートン指数が、1.50以下の範囲であることが好ましく、1.20以下の範囲であることがより好ましい。このような非ニュートン指数を有するPAS樹脂は、機械的物性、流動性、耐磨耗性に優れる。
なお、本発明において非ニュートン指数(N値)は、キャピログラフを用いて融点+20℃、オリフィス長(L)とオリフィス径(D)の比、L/D=40の条件下で、剪断速度(SR)及び剪断応力(SS)を測定し、以下の式:
SR=K・SSN
(ここで、SRは剪断速度(秒-1)、SSは剪断応力(ダイン/cm2)、そしてKは定数を示す。)
を用いて算出した値である。非ニュートン指数(N値)が1に近いほど線状に近い構造であり、非ニュートン指数(N値)が高いほど分岐が進んだ構造であることを示す。
【0034】
前記PAS樹脂の製造方法としては特に限定されないが、例えば(製造法1)硫黄と炭酸ソーダの存在下でジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法2)極性溶媒中でスルフィド化剤等の存在下にジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法3)p-クロルチオフェノールを、必要ならばその他の共重合成分を加えて、自己縮合させる方法、(製造法4)ジヨード芳香族化合物と単体硫黄を、カルボキシ基やアミノ基等の官能基を有していてもよい重合禁止剤の存在下、減圧させながら溶融重合させる方法、等が挙げられる。
これらの製造方法の中でも、(製造法2)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩や、水酸化アルカリを添加しても良い。
また、(製造法2)方法の中でも、加熱した有機極性溶媒とジハロゲノ芳香族化合物とを含む混合物に含水スルフィド化剤を水が反応混合物から除去され得る速度で導入し、有機極性溶媒中でジハロゲノ芳香族化合物とスルフィド化剤とを、必要に応じてポリハロゲノ芳香族化合物と加え、反応させること、及び反応系内の水分量を該有機極性溶媒1モルに対して0.02~0.5モルの範囲にコントロールすることによりPAS樹脂を製造する方法(特開平07-228699号公報参照。)や、固形のアルカリ金属硫化物及び非プロトン性極性有機溶媒の存在下でジハロゲノ芳香族化合物と必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加え、アルカリ金属水硫化物及び有機酸アルカリ金属塩を、硫黄源1モルに対して0.01~0.9モルの範囲の有機酸アルカリ金属塩及び反応系内の水分量を非プロトン性極性有機溶媒1モルに対して0.02モル以下の範囲にコントロールしながら反応させる方法(WO2010/058713号パンフレット参照。)で得られるものが特に好ましい。
前記ジハロゲノ芳香族化合物の具体的な例としては、p-ジハロベンゼン、m-ジハロベンゼン、o-ジハロベンゼン、2,5-ジハロトルエン、1,4-ジハロナフタレン、1-メトキシ-2,5-ジハロベンゼン、4,4’-ジハロビフェニル、3,5-ジハロ安息香酸、2,4-ジハロ安息香酸、2,5-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロアニソール、p,p’-ジハロジフェニルエーテル、4,4’-ジハロベンゾフェノン、4,4’-ジハロジフェニルスルホン、4,4’-ジハロジフェニルスルホキシド、4,4’-ジハロジフェニルスルフィド、及び、上記各化合物の芳香環に炭素原子数1~18の範囲のアルキル基を有する化合物が挙げられ、ポリハロゲノ芳香族化合物としては1,2,3-トリハロベンゼン、1,2,4-トリハロベンゼン、1,3,5-トリハロベンゼン、1,2,3,5-テトラハロベンゼン、1,2,4,5-テトラハロベンゼン、1,4,6-トリハロナフタレンなどが挙げられる。なお、上記各化合物中に含まれるハロゲン原子は、塩素原子、臭素原子であることが望ましい。
【0035】
また、重合工程により得られたPAS樹脂を含む反応混合物の後処理方法についても、特に制限されるものではない。例えば、(後処理1)重合反応終了後、先ず反応混合物をそのまま、あるいは酸又は塩基を加えた後、減圧下若しくは常圧下で溶媒を留去し、次いで溶媒留去後の固形物を、水、反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類等の溶媒で、1回若しくは2回以上洗浄し、さらに中和、水洗、濾過及び乾燥する方法;(後処理2)重合反応終了後、反応混合物に、水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類、エチル類、ハロゲン化炭化水素、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素等の溶媒(使用した重合溶媒に可溶であり、かつ少なくともPASに対しては貧溶媒である溶媒)を沈降剤として添加して、PASや無機塩等の固体状生成物を沈降させ、これらを濾別、洗浄、乾燥する方法;(後処理3)重合反応終了後、反応混合物に、反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)を加えて撹拌した後、濾過して低分子量重合体を除いた後、水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類等の溶媒で、1回若しくは2回以上洗浄し、その後中和、水洗、濾過及び乾燥をする方法;(後処理4)重合反応終了後、反応混合物に水を加えて水洗浄、濾過、必要に応じて水洗浄の時に酸を加えて酸処理し、乾燥をする方法;又は;(後処理5)重合反応終了後、反応混合物を濾過し、必要に応じ、反応溶媒で1回若しくは2回以上洗浄し、更に水洗浄、濾過及び乾燥する方法、等が挙げられる。
【0036】
なお、上記(後処理1)~(後処理5)に例示したような後処理方法において、PAS樹脂の乾燥は真空中で行なってもよいし、空気中あるいは窒素のような不活性ガス雰囲気中で行なってもよい。
【0037】
(鱗片状のベーマイト)
本発明のPAS樹脂組成物は、上述したPAS樹脂に加えて、アスペクト比が5以上であり且つ平均粒子径(D50)が9μm以下である鱗片状のベーマイト(以下、単に「ベーマイト」ということもある。)を含む。
【0038】
PAS樹脂組成物中に、熱伝導率が大きな鱗片状のベーマイトを含有させることによって、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性を高めることができる。加えて、前記鱗片状のベーマイトは、モース硬度が3.5程度と、アルミナ等の一般的な充填剤に比べて小さいことから、PAS樹脂組成物を成形する際に用いられる金型や、該成形品が装置に組み込まれた際に接触する部材が摩耗することを抑制できる。
【0039】
ここで、前記ベーマイトとは、AlOOHの組成で示されるアルミナ水和物のことである。
前記ベーマイトは鱗片状の形状を有するが、本発明における「鱗片状」とは、アスペクト比が5以上であり且つ平均粒子径(D50)が9μm以下であることを意味する。前記ベーマイトは、上述したように、鱗片状のベーマイトを用いることで、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性を高めることができる。前記ベーマイトの形状が鱗片状ではない場合(例えば、粒状、板状、針状等である場合)、機械的強度と熱伝導性を高いレベルで両立させることができない。
【0040】
前記ベーマイトのアスペクト比が5以上であることによって、樹脂組成物の熱伝導率を高め、配向により熱遷移を効率的に行えるため、優れた熱伝導性を得ることができる。同様の観点から、前記ベーマイトのアスペクト比は、8以上であることが好ましく、10以上であることがより好ましい。一方、樹脂組成物の成形時の流動性を維持する観点からは、前記ベーマイトのアスペクト比は、20以下であることが好ましく、13以下であることがより好ましい。
なお、前記ベーマイトのアスペクト比は、ベーマイトの平均短軸長さに対する平均長軸長さ(平均長軸長さ/平均短軸長さ)のことであり、前記ベーマイトの平均長軸長さ及び平均短軸長さは、例えばマイクロスコープ、走査型電子顕微鏡(SEM)等によって測定し、複数のサンプルから平均を算出することができる。
【0041】
また、前記ベーマイトの平均粒子径(D50)が9μm以下であることによって、ベーマイトの補強性を高め、ベーマイトが上述したアスペクト比(5以上)を有する場合であっても、機械的強度や流動性等の物性を高いレベルで維持できる。同様の観点から、前記ベーマイトの平均粒子径(D50)は、8μm以下であることが好ましい。一方、熱伝導性をより確実に高める観点からは、前記ベーマイトの平均粒子径(D50)は、1μm以上であることが好ましく、3μm以上であることがより好ましい。
なお、前記平均粒子径(D50)は、当該平均粒子径は、レーザー回折散乱式粒度分布測定機(Microtrac MT3300EXII)を用いて常法に従って測定した粒度分布に基づき求められる平均粒子径(D50)とする。
【0042】
また、本発明のPAS樹脂組成物における前記鱗片状のベーマイトの含有量は、特に限定はされないが、より優れた機械的強度や熱伝導性を得る観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して1質量部以上であることが好ましく、10質量部以上であることがより好ましく、20質量部以上であることがさらに好ましく、30質量部以上であることがさらにまた好ましく、40質量部以上であることが特に好ましい。
さらに、本発明のPAS樹脂組成物における前記鱗片状のベーマイトの含有量は、より優れた樹脂組成物の流動性や加工性、成形品表面の平滑性を得る観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して150質量部以下であることがより好ましく、120質量部以下であることがさらに好ましく、100質量部以下であることが特に好ましい。
【0043】
(その他の無機充填剤)
本発明のPAS樹脂組成物は、上述したPAS樹脂及び鱗片状のベーマイトに加えて、モース硬度が4以下である無機充填剤をさらに含む。
【0044】
前記無機充填剤をさらに含むことによって、PAS樹脂組成物の寸法安定性や熱伝導率の等方性をより高めることができる。加えて、前記無機充填剤の硬度が4以下と小さいため、PAS樹脂組成物を成形する際に用いられる金型や、該成形品が装置に組み込まれた際に接触する部材が摩耗することを抑制できる。
【0045】
ここで、前記無機充填剤の種類については、モース硬度が4以下の無機化合物からなる充填剤であれば特に限定はされない。ただし、上述したベーマイトや後述する強化繊維を除くものであるとする。
前記無機充填剤としては、例えば、炭酸マグネシウム、ガラスビーズ、ガラスフレーク、硫酸バリウム、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、セリサイト、マイカ、雲母、タルク、アタパルジャイト、フェライト、珪酸カルシウム、炭酸カルシウム、ガラスビーズ、ゼオライト、ミルドファイバー、硫酸カルシウム等が挙げられる。
なお、これらの無機充填剤については、表面処理をすることも可能であり、必要に応じて、エポキシ系化合物、イソシアネート系化合物、シラン系化合物、チタネート系化合物、ボラン処理、セラミックコート等を施すことができる。
【0046】
また、前記無機充填剤は、上述した中でも、PAS樹脂組成物の熱伝導性及び接触する部材の摩耗低減効果をより高いレベルで両立できる観点から、前記無機充填剤として炭酸マグネシウムを用いることが好ましい。
さらに、PAS樹脂組成物の熱伝導性をより高めることができる観点から、前記炭酸マグネシウムは、円形度が0.8未満の炭酸マグネシウムであることがより好ましい。前記炭酸マグネシウムの円形度が0.8未満であることで、異方性を有する形状となり、PAS樹脂組成物の成形品において、表面に対して面方向と厚み方向(深さ方向)の両方の熱伝導性を向上させることができる。同様の観点から、前記炭酸マグネシウムの円形度は、0.75以下であることがより好ましく、0.70以下であることがさらに好ましい。一方、より高いレベルで機械的強度を維持できる観点からは、前記炭酸マグネシウムの円形度は、0.50以上であることが好ましく、0.60以上であることがより好ましい。
【0047】
なお、前記炭酸マグネシウムの円形度(R)については、下記式で算出されるパラメータである。
円形度(R)=4πS/L2
上記式中、S及びLは、それぞれ、炭酸マグネシウムを顕微鏡(キーエンス社製のマイクロスコープVHX-6000)により倍率(200倍)で投影画像を撮影し、画像処理ソフト(キーエンス社製デジタルマイクロスコープVHX-6000付属の自動面積計測を使用)を用いて測定される炭酸マグネシウムの二次元的な投影面積の測定値(S)及び周囲長(L)を表す。また、本発明でいう円形度は、一枚の投影画像中に撮影される50~100個の炭酸マグネシウムの上記投影面積(S)及び周囲長(L)の測定結果から算出したものの数平均値である。円形度(R)は0よりも大きく1以下(0<R≦1)であり、仮に、真球形状をなし、上記の投影画像が真円の場合、円形度(R)=1となる。
【0048】
なお、前記無機充填剤の平均粒子径(D50)の範囲については、特に限定されないが、機械的強度、流動性に優れる観点から、その上限値が45μm程度であることが好ましく、30μm程度であることがより好ましく、25μm程度であることがさらに好ましく、20μm程度であることが特に好ましい。一方、機械的強度、熱伝導性に優れる観点から、その下限値は1μmであることが好ましく、5μm程度であることがより好ましく、11μm程度であることがさらに好ましい。
なお、前記無機充填剤の平均粒子径は、レーザー回折散乱式粒度分布測定機(Microtrac MT3300EXII)を用いて常法に従って測定した粒度分布に基づき求められる平均粒子径(D50)である。
【0049】
また、本発明のPAS樹脂組成物における前記無機充填剤の含有量は、特に限定はされないが、より優れた機械的強度や熱伝導性を得る観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して20質量部以上であることが好ましく、40質量部以上であることがより好ましく、60質量部以上であることがさらに好ましく、80質量部以上であることがさらにまた好ましく、100質量部以上であることが特に好ましい。
さらに、本発明のPAS樹脂組成物における前記無機充填剤の含有量は、より優れた樹脂組成物の流動性や加工性、成形品表面の平滑性を得る観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して350質量部以下であることがより好ましく、300質量部以下であることがさらに好ましく、250質量部以下であることが特に好ましい。
【0050】
また、本発明のPAS樹脂組成物における、前記鱗片状のベーマイトと前記無機充填剤の含有量比(鱗片状のベーマイト含有量:無機充填剤含有量)は、質量比で、1:0.1~1:20であることが好ましく、1:0.5~1:10であることがより好ましい。
【0051】
(強化繊維)
本発明のPAS樹脂組成物は、上述したPAS樹脂、鱗片状のベーマイト及び無機充填剤に加えて、強化繊維をさらに含む。
【0052】
前記強化繊維をさらに含むことによって、PAS樹脂組成物の機械的強度や耐摩耗性等をより高めることができる。
【0053】
ここで、前記強化繊維とは、PAS樹脂組成物の機械的強度を高めるために配合される繊維状の充填剤であり、上述した鱗片状のベーマイト及び無機充填剤とは異なるものである。
前記強化繊維としては、例えば、ガラス繊維、炭素繊維、シランガラス繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、金属繊維等が挙げられ、要求される性能に応じて1種又は2種以上を適宜選択することができる。これらの中でも、機械的強度や、取扱いの容易性の観点から、前記強化繊維として、ガラス繊維を用いることが好ましい。
【0054】
また、前記強化繊維は、表面処理剤や集束剤で加工されたものを用いることもできる。これにより前記PAS樹脂との接着力を向上させることができることから好ましい。
前記表面処理剤又は集束剤としては、例えば、アミノ基、エポキシ基、イソシアネート基、ビニル基等の官能基を有するシラン化合物、チタネート化合物、アクリル樹脂、ウレタン樹脂及びエポキシ樹脂等からなる群から選ばれる少なくとも1種のポリマー等が挙げられる。
【0055】
また、本発明のPAS樹脂組成物における前記強化繊維の含有量は、特に限定はされないが、より優れた機械的強度を得る観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して1質量部以上であることが好ましく、5質量部以上であることがより好ましく、10質量部以上であることがさらに好ましく、15質量部以上であることが特に好ましい。
一方、本発明のPAS樹脂組成物における前記強化繊維の含有量は、より優れた樹脂組成物の流動性や加工性、接触する部材の摩耗を抑制する観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して300質量部以下であることが好ましく、200質量部以下であることがより好ましく、150質量部以下であることがさらに好ましく、125質量部以下であることが特に好ましい。
【0056】
(その他の成分)
本発明のPAS樹脂組成物は、上述したPAS樹脂、鱗片状のベーマイト、無機充填剤及び強化繊維に加えて、要求される性能に応じて、シランカップリング剤、熱可塑性エラストマー、前記PAS樹脂以外の合成樹脂、色剤、帯電防止剤、酸化防止剤、耐熱安定剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、発泡剤、難燃剤、難燃助剤、防錆剤、及びカップリング剤等の添加剤(以下、「その他の成分」という。)を含むことができる。前記その他の成分は、例えば、前記PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上の範囲であり、好ましくは1000質量部以下の範囲で、本発明の効果を損なわないよう目的や用途に応じて適宜調整して用いればよい。
【0057】
前記シランカップリング剤としては、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、カルボキシ基と反応する官能基、例えば、エポキシ基、イソシアナト基、アミノ基又は水酸基を有するシランカップリング剤が好ましいものとして挙げられる。このようなシランカップリング剤としては、例えば、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン等のエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ-イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリクロロシラン等のイソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノ基含有アルコキシシラン化合物、γ-ヒドロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-ヒドロキシプロピルトリエトキシシラン等の水酸基含有アルコキシシラン化合物が挙げられる。
本発明において前記シランカップリング剤は必須成分ではなく、その配合量は、本発明の効果を損ねなければその添加量は特に限定されないが、前記PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上、より好ましくは0.1質量部以上から、好ましくは10質量部以下、より好ましくは5質量部以下までの範囲である。かかる範囲において、樹脂組成物が良好な成形性、特に離形性を有し、かつ成形品の機械的強度が向上するため好ましい。
【0058】
前記熱可塑性エラストマーとしては、ポリオレフィン系エラストマー、弗素系エラストマー又はシリコーン系エラストマーが挙げられ、このうちポリオレフィン系エラストマーが好ましいものとして挙げられる。これらのエラストマーを添加する場合、その配合量は特に限定されないが、前記PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上、より好ましくは0.1質量部以上から、好ましくは10質量部以下、より好ましくは5質量部以下までの範囲である。かかる範囲において、得られるPAS樹脂組成物の耐衝撃性が向上するため好ましい。
【0059】
例えば、前記ポリオレフィン系エラストマーは、α-オレフィンの単独重合体、2以上のα-オレフィンの共重合体、1若しくは2以上のα-オレフィンと官能基を有するビニル重合性化合物との共重合体、等が挙げられる。この際、前記α-オレフィンとしては、エチレン、プロピレン、1-ブテン等の炭素原子数が2以上から8以下までの範囲のα-オレフィンが挙げられる。また、前記官能基としては、カルボキシ基、酸無水物基(-C(=O)OC(=O)-)、エポキシ基、アミノ基、水酸基、メルカプト基、イソシアネート基、オキサゾリン基等が挙げられる。そして、前記官能基を有するビニル重合性化合物としては、酢酸ビニル;(メタ)アクリル酸等のα,β-不飽和カルボン酸;アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル等のα,β-不飽和カルボン酸のアルキルエステル;アイオノマー等のα,β-不飽和カルボン酸の金属塩(金属としてはナトリウムなどのアルカリ金属、カルシウムなどのアルカリ土類金属、亜鉛等);グリシジルメタクリレート等のα,β-不飽和カルボン酸のグリシジルエステル等;マレイン酸、フマル酸、イタコン酸等のα,β-不飽和ジカルボン酸;前記α,β-不飽和ジカルボン酸の誘導体(モノエステル、ジエステル、酸無水物)等の1種又は2種以上が挙げられる。上述の熱可塑性エラストマーは、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0060】
前記合成樹脂としては、例えば、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリアリーレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ四弗化エチレン樹脂、ポリ二弗化エチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、液晶ポリマー等の合成樹脂が挙げられる。
前記合成樹脂は必須成分ではなく、その配合の割合は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではなく、それぞれの目的に応じて適宜選択できる。例えば、本発明のPAS樹脂組成物において、前記PAS樹脂100質量部に対し5質量部以上の範囲であり、15質量部以下の範囲の程度とすることができる。換言すれば、前記PAS樹脂と合成樹脂との合計に対してPAS樹脂の割合は質量基準で、好ましくは(100/115)以上の範囲であり、より好ましくは(100/105)以上の範囲である。
【0061】
<PAS樹脂組成物の製造方法>
次に、PAS樹脂組成物の製造方法について説明する。
本発明のPAS樹脂組成物の製造方法は、PAS樹脂と、アスペクト比が5以上であり且つ平均粒子径(D50)が9μm以下である鱗片状のベーマイトと、モース硬度が4以下である無機充填剤と、強化繊維と、を配合し、溶融混練する工程を有することを特徴とする。
【0062】
本発明のPAS樹脂組成物は、各必須成分及び必要に応じて任意成分を配合する。なお、前記必須成分及び任意成分については、上述した本発明のPAS樹脂組成物の中で説明した内容と同様である。
前記必須成分及び任意成分を、配合及び混練する方法としては、特に限定されないが、必須成分と必要に応じて任意成分を配合して、溶融混錬する方法、より詳しくは、必要に応じてタンブラー又はヘンシェルミキサー等で均一に乾式混合し、次いで、二軸押出機に投入して溶融混練する方法が挙げられる。
【0063】
溶融混錬は、樹脂温度が前記PAS樹脂の融点以上となる温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上となる温度範囲、より好ましくは該融点+10℃以上、さらに好ましくは該融点+20℃以上から、好ましくは該融点+100℃以下、より好ましくは該融点+50℃以下までの範囲の温度に加熱して行うことができる。
【0064】
前記溶融混練機としては分散性や生産性の観点から二軸混練押出機が好ましく、例えば、樹脂成分の吐出量5~500(kg/hr)の範囲と、スクリュー回転数50~500(rpm)の範囲とを適宜調整しながら溶融混練することが好ましく、それらの比率(吐出量/スクリュー回転数)が0.02~5(kg/hr/rpm)の範囲となる条件下に溶融混練することがさらに好ましい。
また、溶融混練機への各成分の添加、混合は同時に行ってもよいし、分割して行っても良い。例えば、前記成分のうち、添加剤を添加する場合は、前記二軸混練押出機のサイドフィーダーから該押出機内に投入することが分散性の観点から好ましい。かかるサイドフィーダーの位置は、前記二軸混練押出機のスクリュー全長に対する、該押出機樹脂投入部(トップフィーダー)から該サイドフィーダーまでの距離の比率が、0.1以上であることが好ましく、0.3以上であることがより好ましい。また、かかる比率は0.9以下であることが好ましく、0.7以下であることがより好ましい。
【0065】
このように溶融混練して得られる本発明のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂が連続相を形成し、他の必須成分や任意成分が分散されたモルフォロジーを有する。本発明のPAS樹脂組成物は、該溶融混練後に、公知の方法、例えば、溶融状態の樹脂組成物をストランド状に押出成形した後、ペレット、チップ、顆粒、粉末などの形態に加工してから、必要に応じて100~150℃の温度範囲で予備乾燥を施すことが好ましい。
【0066】
<成形品、成形品の製造方法>
本発明の成形品は、上述した本発明のPAS樹脂組成物を成形してなる。
また、本発明の成形品の製造方法は、上述した本発明のPAS樹脂組成物の製造方法により得られたPAS樹脂組成物を、溶融成形する工程を有することを特徴とする。
【0067】
本発明の成形品は、本発明のPAS樹脂組成物を材料として用いているため、機械的強度等の物性が高いレベルで維持されつつ、熱伝導性に優れ、該成形品と接触する部材の摩耗を低減できる、という効果を奏する。
【0068】
前記PAS樹脂組成物の成形は、射出成形、圧縮成形、コンポジット、シート、パイプなどの押出成形、引抜成形、ブロー成形、トランスファー成形等、各種成形に供することが可能であるが、特に離形性にも優れるため射出成形用途に適している。射出成形にて成形する場合、各種成形条件は特に限定されず、通常一般的な方法にて成形することができる。例えば、射出成形機内で、樹脂温度がPAS樹脂の融点以上の温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上の温度範囲、より好ましくは融点+10℃~融点+100℃の温度範囲、さらに好ましくは融点+20℃~融点+50℃の温度範囲で前記PAS樹脂組成物を溶融する工程を経た後、樹脂吐出口よりを金型内に注入して成形すればよい。その際、金型温度も公知の温度範囲、例えば、室温(23℃程度)~300℃、好ましくは120~180℃に設定すればよい。
【0069】
本発明の成形品は、成形品表面に対し表面方向及び厚み方向のいずれの方向に対して優れた熱伝導性を示すだけでなく、PAS樹脂が本来有する特性に優れ、特に、機械的強度にも優れる。このことから、強度、放熱性、熱伝導性等が必要とされる各種製品に用いられる部材として好適に用いることができる。本発明のPAS樹脂組成物を成形してなる成形品の有する熱伝導率は特に限定されるものではないが、例えば、成形品の表面方向における熱伝導度(ただし、ホットディスク法による測定)が好ましくは0.60〔W/m・K〕以上、より好ましくは0.70〔W/m・K〕以上、さらに好ましくは0.80〔W/m・K〕以上の範囲であり、且つ、厚み方向における熱伝導度(ただし、キセノンフラッシュ法による測定)が、好ましくは0.60〔W/m・K〕以上、より好ましくは0.70〔W/m・K〕以上、さらに好ましくは0.80〔W/m・K〕以上の範囲とすることができる。成形品の表面方向の熱伝導率に関して、上限値は特定されないが、例えば、3.5〔W/m・K〕以下、好ましくは3.0〔W/m・K〕以下の範囲が挙げられる。また、厚み方向の熱伝導率に関しても、上限値は特定されないが、例えば、3.0〔W/m・K〕以下、好ましくは2.5〔W/m・K〕以下の範囲が挙げられる。
【0070】
本発明の成形品の用途としては、特に限定されるものではなく各種製品として用いることが可能であるが、特に熱源に対して高い放熱特性を示す放熱部材ないし熱伝導性部材として用いることが好ましく、発熱部材や放熱部材等と接合された複合成形品や、本発明のPAS樹脂組成物単独の成形品等として用いることができる。
本発明のPAS樹脂組成物と接合する発熱部材としては電子回路、その他各種発熱し得る部品や、さらにアルミダイキャストなどの金属等の放熱部材により構成される部品であってもよい。前記発熱部材と接合された複合成形品の接合方法としては、例えばインサート射出成形、振動溶着、赤外溶着、電磁誘導加熱及びこれらを組み合わせた接合方法を用いることができる。
【0071】
本発明の成形品及び複合成形品を用いた製品としては、例えば、自動車のエンジンコントロールユニット用、またはモーター用の放熱部材、LED用基板の放熱部材、各種電気・電子機器基板用のヒートシンク等が例示される。また、本発明の成形品は放熱部材のみではなく、以下のような通常の樹脂成形品とすることもできる。例えば箱型の電気・電子部品集積モジュール用保護・支持部材・複数の個別半導体またはモジュール、センサ、LEDランプ、コネクタ、ソケット、抵抗器、リレーケース、スイッチ、コイルボビン、コンデンサ、バリコンケース、光ピックアップ、発振子、各種端子板、変成器、プラグ、プリント基板、チューナ、スピーカ、マイクロフォン、ヘッドフォン、小型モータ、磁気ヘッドベース、パワーモジュール、端子台、半導体、液晶、FDDキャリッジ、FDDシャーシ、モーターブラッシュホルダ、パラボラアンテナ、コンピュータ関連部品等に代表される電気・電子部品;VTR部品、テレビ部品、アイロン、ヘアードライヤ、炊飯器部品、電子レンジ部品、音響部品、オーディオ・レーザディスク・コンパクトディスク・DVDディスク・ブルーレイディスク等の音声・映像機器部品、照明部品、冷蔵庫部品、エアコン部品、タイプライタ部品、ワードプロセッサ部品、あるいは給湯機や風呂の湯量、温度センサなどの水回り機器部品等に代表される家庭、事務電気製品部品;オフィスコンピュータ関連部品、電話器関連部品、ファクシミリ関連部品、複写機関連部品、洗浄用治具、モーター部品、ライタ、タイプライタなどに代表される機械関連部品:顕微鏡、双眼鏡、カメラ、時計等に代表される光学機器、精密機械関連部品;オルタネーターターミナル、オルタネーターコネクタ、ブラシホルダー、スリップリング、ICレギュレータ、ライトディマ用ポテンシオメーターベース、リレーブロック、インヒビタースイッチ、排気ガスバルブ等の各種バルブ、燃料関係・排気系・吸気系各種パイプ、エアーインテークノズルスノーケル、インテークマニホールド、燃料ポンプ、エンジン冷却水ジョイント、キャブレターメインボディ、キャブレタースペーサ、排気ガスセンサ、冷却水センサ、油温センサ、ブレーキパットウェアーセンサ、スロットルポジションセンサ、クランクシャフトポジションセンサ、温度センサ、エアーフローメータ、ブレーキパッド摩耗センサ、エアコン用サーモスタットベース、暖房温風フローコントロールバルブ、ラジエーターモーター用ブラッシュホルダ、ウォーターポンプインペラ、タービンベイン、ワイパーモーター関係部品、デュストリビュータ、スタータースイッチ、イグニッションコイル及びそのボビン、モーターインシュレータ、モーターロータ、モーターコア、スターターリレ、トランスミッション用ワイヤーハーネス、ウィンドウォッシャーノズル、エアコンパネルスイッチ基板、燃料関係電磁気弁用コイル、ヒューズ用コネクタ、ホーンターミナル、電装部品絶縁板、ステップモーターロータ、ランプソケット、ランプリフレクタ、ランプハウジング、ブレーキピストン、ソレノイドボビン、エンジンオイルフィルタ、点火装置ケース等の自動車・車両関連部品が挙げられ、その他各種用途にも適用可能である。
【実施例】
【0072】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。なお、以下、特に断りが無い場合「%」や「部」は質量基準とする。
【0073】
<実施例1、比較例1~8>
表1記載する組成成分及び配合量に従い、各材料を配合した。その後、株式会社日本製鋼所製ベント付2軸押出機「TEX-30(製品名)」にこれら配合材料を投入し、樹脂成分吐出量30kg/hr、スクリュー回転数200rpm、設定樹脂温度335℃で溶融混練し、樹脂組成物のペレットを得た。その際、ガラス繊維はサイドフィーダーから投入し、それ以外の材料はタンブラーで予め均一に混合し、トップフィーダーから投入した。得られた樹脂組成物のペレットを、140℃ギヤオーブンで2時間乾燥した後、射出成形することで各種試験片を作製し、下記の評価を行った。
【0074】
<評価>
【0075】
(1)熱伝導率の測定(ホットディスク法)
試験片として、ISO D2シート(60mm×60mm×厚み2mm)を作製し、成形品の深さ方向をISO 22007-2「プラスチック-熱伝導率及び熱拡散係数の求め方-第2部:過渡的平面熱源(ホットディスク)法」に準拠して、熱伝導率(W/m・K)を測定した。測定結果を表1に示す。
【0076】
(2)熱伝導率の測定(キセノンフラッシュ法)
試験片として、φ10mm、厚み2mmの円柱状の試験片を作製し、成形品の表面方向をJIS R 1611「ファインセラミックスのフラッシュ法による熱拡散率・比熱容量・熱伝導率の測定方法」に準拠して、熱伝導率(W/m・K)を測定した。測定結果を表1に示す。
【0077】
(3)摩耗量の算出
試験片としてISO TYPE-Aダンベルを各実施例および比較例について各35本作製した。ISO TYPE-Aダンベル35本を並べ、東洋精機製作所「Notching Tool A-4E(製品名)」を使用して、試験片送り速度200mm/min、スライス刃回転数500rpmで10回切削を行った。スライス刃はハイス鋼のものを使用し、試験ごとに新しい刃を使用した。切削前後の刃の重量から摩耗量(wt%)を算出した。摩耗量の算出結果を表1に示す。
【0078】
(4)引張強さの測定
試験片として、ISO TYPE-Aダンベル片を作製した。その後、得られた試験片を用いてISO 527-1及び2「プラスチック-引張特性の求め方」に準拠した測定方法で、引張強さ(MPa)を測定した。測定結果を表1に示す。
【0079】
(5)MD/TD曲げ強さの測定
試験片として、流動方向(MD)の評価用としてISO TYPE-Aダンベルを、流動と直角方向(TD)の評価用としてISO D2シートから25mm幅で切り出したものを作製した。なお、ウェルド部を含まない試験片となるよう前記ダンベル片端部またはISO D2シートの1点ゲートから樹脂を射出して作製した。曲げ強さの測定として、ISO 178「プラスチック-曲げ特性の求め方」の測定方法に準拠してMD曲げ強さ(MPa)及びTD曲げ強さ(MPa)をそれぞれ測定した。測定結果を表1に示す。
【0080】
【0081】
*1 PPS樹脂、溶融粘度(V6)9Pa・s
*2 河合石灰工業株式会社製ベーマイト「λBMF-520」、鱗片状、モース硬度3.5、熱伝導率40W/m・k、アスペクト比12、平均粒子径(D50)6.6μm
*3 河合石灰工業株式会社製ベーマイト「λBMI」、針状、モース硬度3.5、熱伝導率40W/m・k、アスペクト比15、平均粒子径(D50)10.2μm
*4 河合石灰工業株式会社製ベーマイト「λBMT-5LV」、立方体状、モース硬度3.5、熱伝導率40W/m・k、アスペクト比1、平均粒子径(D50)7.2μm
*5 河合石灰工業株式会社製ベーマイト「λBMT-33」、板状、モース硬度3.5、熱伝導率40W/m・k、アスペクト比3、平均粒子径(D50)5.2μm
*6 株式会社フジミインコーポレーテッド製アルミナ「PWA9」、モース硬度9、熱伝導率40W/m・k
*7 ESK Ceramics GmbH社製窒化ホウ素「TCP-015」、モース硬度2、熱伝導率60W/m・k
*8 松村産業株式会社製タルク「#5000PJ」、モース硬度1、熱伝導率5W/m・k
*9 協和化学工業株式会社製水酸化マグネシウム「キスマ5J」、モース硬度2、熱伝導率8W/m・k
*10 ソブエクレー株式会社製炭酸マグネシウム「マグネサイト微粉」、モース硬度3.5、熱伝導率15W/m・k
*11 オーウェンスコーニング社製「FT-562」
*12 デュポン・東レ・スペシャルティ・マテリアル株式会社製「OFS-6040」
*13 住友化学株式会社製「BF-7L」
【0082】
表1から、実施例1のPAS樹脂組成物を用いたサンプルは、比較例のPAS樹脂組成物を用いた各サンプルに比べて、全ての評価項目について高い数値を示し、バランスよく優れた効果が得られていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明によれば、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できるPAS樹脂組成物及びPAS樹脂組成物の製造方法を提供することができる。
また、本発明によれば、機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できる成形品及び成形品の製造方法することができる。
【要約】
機械的強度等の物性を低下させることなく、熱伝導性に優れ、接触する部材の摩耗を低減できるポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を提供する。さらに詳しくは、本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂と、アスペクト比が5以上であり且つ平均粒子径(D50)が9μm以下である鱗片状のベーマイトと、モース硬度が4以下である無機充填剤と、強化繊維と、を含むことを特徴とする。
【選択図】なし