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特許7107496制御系設計方法及び試験システムの制御パラメータ決定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-19
(45)【発行日】2022-07-27
(54)【発明の名称】制御系設計方法及び試験システムの制御パラメータ決定方法
(51)【国際特許分類】
   G05B 13/02 20060101AFI20220720BHJP
   G05B 13/04 20060101ALI20220720BHJP
   G01M 13/02 20190101ALI20220720BHJP
【FI】
G05B13/02 E
G05B13/04
G01M13/02
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017139581
(22)【出願日】2017-07-19
(65)【公開番号】P2019021079
(43)【公開日】2019-02-07
【審査請求日】2020-06-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】山口 崇
(72)【発明者】
【氏名】秋山 岳夫
(72)【発明者】
【氏名】木下 拓矢
(72)【発明者】
【氏名】山本 透
【審査官】山村 秀政
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-121308(JP,A)
【文献】特開2017-077077(JP,A)
【文献】特開平06-105574(JP,A)
【文献】特開平11-231942(JP,A)
【文献】特開2015-165344(JP,A)
【文献】特開2012-190364(JP,A)
【文献】特開平06-082346(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 13/02
G05B 13/04
G01M 13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部入力に応じた外乱トルクが生じる第1慣性体及び当該第1慣性体に軸体を介して連結された第2慣性体を含む制御対象と、当該制御対象における制御量が目標値になるように前記第2慣性体で発生するトルクに相当する操作量を調整する制御器と、を含む制御系において、前記制御器の入出力特性を規定する1以上の制御パラメータの値を決定する制御系設計方法であって、
前記制御パラメータの値が暫定的に定められた前記制御系の下で前記目標値、前記操作量、前記外乱トルク及び前記制御量の時系列データを取得する閉ループデータ取得工程と、
前記閉ループデータ取得工程で得られた4組の時系列データと前記制御パラメータをその値が未定の定数とした前記制御器の伝達関数とを用いることによって、前記外乱トルクに基づいて外乱入力を出力する第1要素及び前記操作量と前記外乱入力との和に基づいて前記制御量を出力する第2要素を含むモデルにおける前記外乱入力に対する擬似参照外乱入力の時系列データを、前記閉ループデータ取得工程で得られた4組の時系列データを再現するように導出する擬似参照外乱入力導出工程と、
前記擬似参照外乱入力の時系列データと所定の理想応答伝達関数とを用いることによって、前記制御量に対する擬似参照出力の時系列データを導出する擬似参照出力導出工程と、
前記閉ループデータ取得工程で取得した前記制御量の時系列データと前記擬似参照出力の時系列データとが近くなるように前記制御パラメータの値を決定する最適化工程と、を含むことを特徴とする制御系設計方法。
【請求項2】
前記制御対象は、前記第1慣性体の慣性モーメントと、前記軸体のばね損失及びばね剛性の何れか又は両方と、をその値が未知であるシステムパラメータとして包含する2慣性系によって近似され、
前記擬似参照出力導出工程では、前記擬似参照出力の時系列データを前記制御パラメータ及び前記システムパラメータの関数として導出し、
前記最適化工程では、前記閉ループデータ取得工程で取得した前記制御量の時系列データと前記擬似参照出力の時系列データとの差に基づいて評価関数を設定し、当該評価関数の値を最小化するように前記制御パラメータの値と前記システムパラメータの値を決定することを特徴とする請求項1に記載の制御系設計方法。
【請求項3】
前記擬似参照外乱入力導出工程では、前記閉ループデータ取得工程で得られた4組の時系列データと、前記目標値と前記制御量との偏差から前記操作量までの入出力特性を前記制御パラメータの関数として表した制御器伝達関数と、前記制御系における前記第1要素の入出力特性を前記システムパラメータの関数として表した外乱伝達関数と、を用いることによって、前記擬似参照外乱入力の時系列データを前記制御パラメータ及び前記システムパラメータの関数として導出することを特徴とする請求項2に記載の制御系設計方法。
【請求項4】
前記擬似参照出力導出工程では、前記制御器伝達関数の逆伝達関数である逆制御器伝達関数に前記擬似参照外乱入力の時系列データを入力したものと、前記閉ループデータ取得工程で取得した前記目標値の時系列データとの和を、前記理想応答伝達関数に入力したものを前記擬似参照出力として導出することを特徴とする請求項3に記載の制御系設計方法。
【請求項5】
前記理想応答伝達関数には、所定の立ち上がり時間で特徴付けられる二項係数標準形の伝達関数が用いられることを特徴とする請求項1から4の何れかに記載の制御パラメータ決定方法。
【請求項6】
外部入力に応じた外乱トルクが生じる供試体と、
前記供試体に軸体を介して連結されたダイナモメータと、
トルク電流指令信号に応じた電力を前記ダイナモメータに供給するインバータと、
前記ダイナモメータの回転速度が目標値になるように前記トルク電流指令信号を生成し前記インバータに入力する制御器と、を含む供試体の試験システムにおいて、前記制御器の入出力特性を規定する1以上の制御パラメータの値を決定する試験システムの制御パラメータ決定方法であって、
前記供試体を第1慣性体とし、前記ダイナモメータを第2慣性体とし、前記ダイナモメータの回転速度を制御量とし、前記トルク電流指令信号を操作量として請求項1から5の何れかに記載の制御系設計方法を適用することによって前記制御パラメータの値を決定することを特徴とする試験システムの制御パラメータ決定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御系設計方法及び試験システムの制御パラメータ決定方法に関する。より詳しくは、第1慣性体と第2慣性体とを軸体を介して連結して構成される制御対象において、第2慣性体で発生するトルクを操作する制御器の制御パラメータの値を決定する制御系設計方法と、この制御系設計方法を適用して試験システムの制御パラメータの値を決定する試験システムの制御パラメータ決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンベンチシステムやドライブトレインベンチシステム等のダイナモメータを用いた試験システムでは、エンジンやドライブトレイン等の供試体は、軸体を介してダイナモメータに連結される。このような試験システムでは、実路走行負荷を模擬した負荷試験を行うためのダイナモメータの制御方法が数多く提案されている。ここでダイナモメータによって所定の模擬慣性を精度良く実現するためには、各種ゲイン等のフィードバック制御器の制御パラメータの値を適切に設定することが重要となる。
【0003】
従来では、制御パラメータの値は、供試体の慣性や軸体の剛性等の試験システムのシステムパラメータの推定結果を用いて、設計者が経験によって調整する場合が多い。しかしながらこのような従来の方法では、制御パラメータの値の調整結果は、設計者の技量やシステムパラメータの推定精度等に依存する。またシステムパラメータの値は、試験システムの経年劣化や環境変化等の要因によって変化する場合があり、またそもそもシステムパラメータの推定試験が設備上困難になる場合もある。このため、所定の模擬慣性を精度良く実現することが困難な場合がある。
【0004】
一方近年では、フィードバック制御器の制御パラメータの値を簡便かつ有効に決定する技術であるFRIT(Fictitious Reference Iterative Tuning)法の応用が進められている。このFRIT法は、閉ループ伝達特性が所望の応答特性になるように、閉ループデータ(より具体的には、操作量や制御量等の時系列データ)から直接制御パラメータの値を算出する技術である(例えば、特許文献1,2参照)。このFRIT法によれば、制御対象の動特性モデルの構造や動特性モデルを特徴付けるシステムパラメータの値の同定を経る必要がないので、設計者の技量やシステムパラメータの推定精度によらず閉ループデータから制御パラメータの値を決定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-76024号公報
【文献】特開2015-165344号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら特許文献1,2等に示すように、FRIT法は、水処理プロセスや石油化学プロセス等、多数の制御ループが存在するプロセス制御への応用は盛んであるが、上述のようなダイナモメータを用いた試験システムへの応用は十分に検討されていない。特に試験システムでは供試体に外乱トルクが印加されるところ、FRIT法の下でこのような外乱トルクをどのように扱えばよいか、十分に検討されていない。
【0007】
本発明は、2つの慣性体を軸体で連結したものを制御対象とする制御器の制御パラメータの値を決定する制御系設計方法及びこの制御系設計方法を適用して試験システムの制御器の制御パラメータの値を決定する試験システムの制御パラメータ決定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明の制御系設計方法は、外部入力に応じた外乱トルク(例えば、後述のエンジントルクT(t))が生じる第1慣性体(例えば、後述のエンジンE)及び当該第1慣性体に軸体(例えば、後述の結合軸3)を介して連結された第2慣性体(例えば、後述のダイナモメータ2)を含む制御対象(例えば、後述の制御対象P)と、当該制御対象における制御量(例えば、後述のダイナモ角速度ω(t))が目標値(例えば、後述の目標値r(t))になるように前記第2慣性体で発生するトルクに相当する操作量(例えば、後述のダイナモトルクT(t))を調整する制御器(例えば、後述のフィードバック制御器83)と、を含む制御系において、前記制御器の入出力特性を規定する1以上の制御パラメータ(例えば、後述の比例ゲインK及び積分ゲインK)の値を決定する方法であって、前記制御パラメータの値が暫定的に定められた前記制御系の下で前記目標値、前記操作量、前記外乱トルク及び前記制御量の時系列データ(例えば、後述のr(t)、T20(t)、T10(t)、ω(t))を取得する閉ループデータ取得工程(例えば、後述の図4のS1の閉ループデータ取得工程)と、前記閉ループデータ取得工程で得られた4組の時系列データと前記制御パラメータをその値が未定の定数とした前記制御器の伝達関数(例えば、後述の制御器伝達関数C(s))とを用いることによって、前記制御系において前記操作量に加わる外乱入力(例えば、後述の外乱入力d(t))に対する擬似参照外乱入力(例えば、後述の擬似参照外乱入力d(t))の時系列データを導出する擬似参照外乱入力導出工程(例えば、後述の図4のS2の擬似参照外乱入力導出工程)と、前記擬似参照外乱入力の時系列データと所定の理想応答伝達関数(例えば、後述の理想応答伝達関数Gmr(s))とを用いることによって、前記制御量に対する擬似参照出力(例えば、後述の擬似参照出力ω (t))の時系列データを導出する擬似参照出力導出工程(例えば、後述の図4のS3の擬似参照出力導出工程)と、前記閉ループデータ取得工程で取得した前記制御量(例えば、後述のダイナモ角速度ω(t))の時系列データと前記擬似参照出力(例えば、後述の擬似参照出力ω (t))の時系列データとが近くなるように前記制御パラメータの値を決定する最適化工程(例えば、後述の図4のS4の最適化工程)と、を含むことを特徴とする。
【0009】
(2)この場合、前記制御対象は、前記第1慣性体の慣性モーメント(例えば、後述の負荷慣性J)と、前記軸体のばね損失(例えば、後述のばね損失C12)及びばね剛性(例えば、後述のばね剛性K12)の何れか又は両方と、をその値が未知であるシステムパラメータとして包含する2慣性系によって近似され、前記擬似参照出力導出工程では、前記擬似参照出力の時系列データを前記制御パラメータ及び前記システムパラメータの関数として導出し、前記最適化工程では、前記閉ループデータ取得工程で取得した前記制御量の時系列データと前記擬似参照出力の時系列データとの差に基づいて評価関数(例えば、後述の評価関数JFRIT)を設定し、当該評価関数の値を最小化するように前記制御パラメータの値と前記システムパラメータの値を決定することが好ましい。
【0010】
(3)この場合、前記擬似参照外乱入力導出工程では、前記閉ループデータ取得工程で得られた4組の時系列データ(例えば、後述のr(t)、T20(t)、T10(t)、ω(t))と、前記目標値と前記制御量との偏差から前記操作量までの入出力特性を前記制御パラメータの関数として表した制御器伝達関数(例えば、後述の制御器伝達関数C(s))と、前記制御系における前記外乱トルクから前記外乱入力までの入出力特性を前記システムパラメータ(例えば、後述のJ,C12,K12)の関数として表した外乱伝達関数(例えば、後述の外乱伝達関数P(s))と、を用いることによって、前記擬似参照外乱入力の時系列データを前記制御パラメータ及び前記システムパラメータの関数として導出することが好ましい。
【0011】
(4)この場合、前記擬似参照出力導出工程では、前記制御器伝達関数の逆伝達関数である逆制御器伝達関数(例えば、後述の逆制御器伝達関数C*-1(s))に前記擬似参照外乱入力の時系列データを入力したものと、前記閉ループデータ取得工程で取得した前記目標値の時系列データとの和を、前記理想応答伝達関数に入力したものを前記擬似参照出力として導出することが好ましい。
【0012】
(5)この場合、前記理想応答伝達関数には、所定の立ち上がり時間(例えば、後述の立ち上がり時間σ)で特徴付けられる二項係数標準形の伝達関数が用いられることが好ましい。
【0013】
(6)試験システム(例えば、後述の試験システムS)は、外部入力に応じた外乱トルク(例えば、後述のエンジントルクT(t))が生じる供試体(例えば、後述のエンジンE)と、前記供試体に軸体(例えば、後述の結合軸3)を介して連結されたダイナモメータ(例えば、後述のダイナモメータ2)と、トルク電流指令信号に応じた電力を前記ダイナモメータに供給するインバータ(例えば、後述のインバータ4)と、前記ダイナモメータの回転速度が目標値になるように前記トルク電流指令信号を生成し前記インバータに入力する制御器(例えば、後述のフィードバック制御器83)と、を含む。本発明の試験システムの制御パラメータ決定方法は、前記制御器の入出力特性を規定する1以上の制御パラメータ(例えば、後述の比例ゲインK及び積分ゲインK)の値を決定する方法であって、前記供試体を第1慣性体とし、前記ダイナモメータを第2慣性体とし、前記ダイナモメータの回転速度を制御量とし、前記トルク電流指令信号を操作量として(1)から(5)の何れかの制御系設計方法を適用することによって前記制御パラメータの値を決定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
(1)本発明の制御系設計方法は、外部入力に応じた外乱トルクを発生する第1慣性体及びこの第1慣性体に軸体を介して接続された第2慣性体を含む制御対象に対する制御器の異常の制御パラメータの値を決定する方法である。この制御系設計方法では、始めに閉ループデータ取得工程において、制御パラメータの値が暫定的に定められた制御系の下で目標値、操作量、外乱トルク、及び制御量の時系列データを取得する。次に擬似参照外乱入力導出工程では、先に取得した4組の時系列データと、制御パラメータをその値が未定の定数とした制御器の伝達関数と、を用いることによって、操作量に加わる外乱入力に対して擬似参照外乱入力を導出する。次に擬似参照出力導出工程では、擬似参照外乱入力の時系列データと所定の理想応答伝達関数とを用いることによって制御量に対する擬似参照出力の時系列データを導出する。そして最適化工程では、閉ループデータ取得工程で取得した制御量の時系列データと擬似参照出力の時系列データとが近くなるように制御パラメータの値を決定する。ここで従来のFRIT法では、擬似参照入力を目標値に対して導出する場合が多い。これに対し本発明では、第1慣性体には制御器で制御できない外乱トルクが生じることを考慮して、制御系において操作量に加わる外乱入力に対して擬似参照外乱入力を導出する。このような制御系設計方法を適用することにより、制御器において理想応答伝達関数に応じた好ましい入出力特性が得られるように、システムパラメータの推定を経ることなく直接制御パラメータの値を決定することができる。
【0015】
(2)本発明では、制御対象を、第1慣性体の慣性モーメントと、軸体のばね損失及びばね剛性の何れか又は両方と、をその値が未知であるシステムパラメータとして包含する2慣性系によって近似する。そして擬似参照出力導出工程では、制御量の時系列データと、制御パラメータ及びシステムパラメータの関数である擬似参照出力の時系列データとの差に基づいて評価関数を設定し、この評価関数の値を最小化するように制御パラメータの値とシステムパラメータの値とを決定する。本発明によれば、制御対象を特徴付けるシステムパラメータの値が未知であっても、制御パラメータの値を決定しつつ、システムパラメータの値を推定することができる。
【0016】
(3)本発明の擬似参照外乱入力導出工程では、先に取得した4組の時系列データと、制御器の入出力特性を規定した制御器伝達関数と、制御系における外乱トルクから外乱入力までの入出力特性を規定した外乱伝達関数と、を用いることによって、擬似参照外乱入力の時系列データを導出する。これにより適切な擬似参照外乱入力を導出することができる。
【0017】
(4)本発明の擬似参照出力導出工程では、逆制御器伝達関数に擬似参照外乱入力の時系列データを入力したものと、先に取得した目標値の時系列データとの和を、理想応答伝達関数に入力したものを擬似参照出力として導出する。これにより、制御パラメータ及びシステムパラメータの関数として適切な擬似参照出力を導出することができる。
【0018】
(5)本発明では所定の立ち上がり時間で特徴付けられる二項係数標準形の伝達関数を理想応答伝達関数として用いる。これにより、システムパラメータの値を精度良く推定しつつ、好ましい入出力特性が得られるように制御パラメータの値を決定することができる。
【0019】
(6)本発明の試験システムの制御パラメータの決定方法では、供試体とダイナモメータとを軸体で連結して構成される試験システムの制御器の制御パラメータの値を上記(1)~(5)の何れかの制御系設計方法を適用して決定する。これにより、制御パラメータの値を、設計者の技量やシステムパラメータの推定精度によらずほぼ一意的に決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の制御系設計方法が好ましく適用される試験システムの構成を示す図である。
図2】フィードバック制御器の制御対象の構成を示すブロック図である。
図3】制御対象とフィードバック制御器とを含む制御系の構成を示すブロック図である。
図4】本発明の制御系設計方法の具体的な手順を示すフローチャートである。
図5】シミュレーションの結果を示す図である。
図6】シミュレーションの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の制御系設計方法が好ましく適用される試験システムSの構成を示す図である。試験システムSは、供試体であるエンジンEと、ダイナモメータ2と、エンジンEの出力軸とダイナモメータ2の出力軸とを連結する結合軸3と、インバータ4と、軸トルクメータ5と、エンコーダ6と、スロットルアクチュエータ7と、ダイナモ制御装置8と、を備える。試験システムSは、スロットルアクチュエータ7によってエンジンEのスロットル開度を制御しながら、ダイナモメータ2をエンジンEの動力吸収体として用いることにより、エンジンEの様々な特性を測定する所謂エンジンベンチシステムである。
【0022】
なお以下では、本発明の制御系設計方法を、図1に示すようなエンジンベンチシステムである試験システムSに適用する場合について説明するが、本発明の適用対象はこれに限らない。本発明の制御系設計方法は、図1に示すようなエンジンベンチシステムに限らず、供試体をドライブトレインとした所謂ドライブトレインベンチシステムにも適用できる。
【0023】
スロットルアクチュエータ7は、エンジンEのスロットル開度に対する指令に相当するスロットル開度指令信号が入力されると、これを実現するようにエンジンEのスロットル開度を制御し、これによりスロットル開度指令信号に応じたエンジントルク[Nm]をエンジンEで発生させる。なお以下では、スロットルアクチュエータ7の出力信号に相当するエンジントルクの時系列データを、時間tの関数として、“T(t)”と表記する。
【0024】
軸トルクメータ5は、結合軸Sに発生する捩れトルクである軸トルクに応じた検出信号をダイナモ制御装置8へ送信する。なお以下では、軸トルクメータ5によって検出される軸トルク[Nm]の時系列データを、時間tの関数として、“T12(t)”と表記する。エンコーダ6は、ダイナモメータ2の出力軸の角速度(以下、「ダイナモ角速度」ともいう)に応じた検出信号をダイナモ制御装置8へ送信する。なお以下では、エンコーダ6によって検出されるダイナモ角速度[rad/s]の時系列データを、時間tの関数として、“ω(t)”と表記する。
【0025】
ダイナモ制御装置8は、軸トルクメータ5の検出信号に基づいてダイナモ回転速度に対する目標値を設定する目標値設定部81と、エンコーダ6によって検出されるダイナモ回転速度が目標値設定部81によって設定される目標値になるようにトルク電流指令信号を生成し、インバータ4へ入力するフィードバック制御器83と、を備える。インバータ4は、フィードバック制御器83から入力されるトルク電流指令信号に応じた電力をダイナモメータ2に供給し、トルク電流指令信号に応じたダイナモトルクをダイナモメータ2で発生させる。なお以下では、ダイナモ角速度ω(t)に対する目標値[rad/s]の時系列データを、時間tの関数として、“r(t)”と表記する。また以下では、フィードバック制御器83の出力信号に相当するダイナモトルク[Nm]の時系列データを、時間tの関数として“T(t)”と表記する。
【0026】
目標値設定部81は、例えば、ダイナモメータ2によって所定の目標模擬慣性Jset[kg・m]が実現されるように、目標模擬慣性Jsetと軸トルクT(t)と、を用いて、下記式(1)に従ってダイナモ角速度ω(t)に対する目標値r(t)を生成する。なお以下において、“s”はラプラス演算子である。また下記式(1)に示すように、以下では、任意の伝達関数Q(s)に任意の信号x(t)を入力して得られる出力信号の時間領域における表現L-1{Q(s)L{x(t)}}は、単にQ(s)x(t)と略記する。
【数1】
【0027】
フィードバック制御器83は、目標値r(t)とダイナモ角速度ω(t)との偏差である誤差信号e(t)(すなわち、e(t)=r(t)-ω(t))が0になるように既知のフィードバック制御則に基づいてダイナモトルクT(t)を生成する。以下では、フィードバック制御器83は、下記式(2)に示すように、2つの制御パラメータである比例ゲインK及び積分ゲインKを用いて特定されるPI制御則に従って誤差信号e(t)に応じたダイナモトルクT(t)を生成する場合について説明するが、本発明はこれに限らない。フィードバック制御器83の制御構造は、1つ以上の制御パラメータによってその入出力特性が規定されるものであればどのようなものであってもよい。
【数2】
【0028】
以下では、以上のような試験システムSにおけるフィードバック制御器83の入出力特性を規定する制御パラメータ(すなわち、比例ゲインK及び積分ゲインK)の値を決定する制御系設計方法の具体的な手順について説明する。
【0029】
図2は、フィードバック制御器83の制御対象Pの構成を示すブロック図である。先ず、図1の試験システムSにおいて、フィードバック制御器83の制御対象Pは、図2に示すような2慣性系によって近似できる。すなわち制御対象Pは、負荷慣性J[kg・m]を有する慣性体であってエンジントルクT(t)を発生する第1慣性体と、ダイナモ慣性J[kg・m]を有する慣性体であってダイナモトルクT(t)を発生する第2慣性体とを、ばね損失C12[Nm・s/rad]及びばね剛性K12[Nm/rad]を有する軸体で連結した2慣性系によって近似できる。ここで、ダイナモ慣性Jは既知であるが、負荷慣性J、ばね損失C12、及びばね剛性K12は、未知であるとする。以下では、これらパラメータJ、J、C12、及びK12をまとめてシステムパラメータともいう。
【0030】
図2に示す2慣性系の運動方程式は、下記式(3-1)及び(3-2)で表される。
【数3】
【0031】
また上記運動方程式(3-1)及び(3-2)において、5つの伝達関数A(s)、B(s)、B(s)、B(s)、及びB(s)は、システムパラメータを用いて下記式(4-1)~(4-5)によって表される。また下記式においてωrは共振周波数であり、システムパラメータを用いて下記式(4-6)によって表される。
【数4】
【0032】
図3は、図2の制御対象Pとフィードバック制御器83とを含む制御系の構成を示すブロック図である。図3のブロック図において、伝達関数“C(s)”は、フィードバック制御器83における目標値r(t)とダイナモ角速度ω(t)との偏差からダイナモトルクT(t)までの入出力特性を表す制御器伝達関数である。この制御器伝達関数C(s)は、2つの制御パラメータ(K,K)を用いて下記式(5)で表される。
【数5】
【0033】
また図3のブロック図において、信号“d(t)”は、フィードバック制御器83の操作量であるダイナモトルクT(t)に対し加法的に加わる外乱入力である。この外乱入力d(t)は、下記式(6)に示すように、エンジントルクT(t)を外乱伝達関数P(s)に入力することによって得られる。
【数6】
【0034】
またこの外乱伝達関数P(s)は、上記運動方程式(3-1)及び(3-2)を変形することにより、下記式(7)のように表される。
【数7】
【0035】
また図3のブロック図において、伝達関数“G(s)”は、外乱入力d(t)とダイナモトルクT(t)との和(d(t)+T(t))から、フィードバック制御器83の制御量に相当するダイナモ角速度ω(t)までの伝達関数に相当する。この伝達関数G(s)は、上記運動方程式(3-1)及び(3-2)を変形することにより、下記式(8)のように表される。
【数8】
【0036】
なお、上記式(3-2)に示すダイナモ角速度ω(t)に対する運動方程式は、上記のように導入される外乱入力d(t)及び目標値r(t)を用いると、下記式(9)に示すように書き換えることができる。
【数9】
【0037】
図4は、本発明の制御系設計方法に基づいて、設計者が制御パラメータの値とシステムパラメータの値とを決定する具体的な手順を示すフローチャートである。制御系設計方法は、閉ループデータ取得工程(S1)と、擬似参照外乱入力導出工程(S2)と、擬似参照出力導出工程(S3)と、最適化工程(S4)と、によって構成される。
【0038】
始めに閉ループデータ取得工程(S1)では、設計者は、フィードバック制御器83の入出力特性を規定する制御パラメータ(K,K)の値を暫定的に定めるとともに、この制御系の下で実際に実現される目標値r(t)、エンジントルクT(t)、ダイナモトルクT(t)、及びダイナモ角速度ω(t)の時系列データを取得する。より具体的には、設計者は、制御パラメータ(K,K)の値が暫定的に定められた制御系に対し、試験的に定めたエンジントルクT10(t)の時系列データを入力したときにおける目標値r(t)、ダイナモトルクT(t)、及びダイナモ角速度ω(t)の時間変化を測定する。以下では、この閉ループデータ取得工程で得られる目標値、エンジントルク、ダイナモトルク、及びダイナモ角速度の時系列データを、それぞれ時間tの関数として、r(t)、T10(t)、T20(t)、ω(t)と表記する。ここで制御系に入力するエンジントルクT10(t)の時系列データは、例えばステップ状に変化するものが用いられる。
【0039】
次に擬似参照外乱入力導出工程(S2)では、設計者は、S1で取得した4組の時系列データ(r(t)、T10(t)、T20(t)、ω(t))を用いることによって、図3を参照して説明した外乱入力d(t)に対する擬似参照外乱入力d(t)の時系列データを導出する。この擬似参照外乱入力d(t)とは、制御パラメータ(K,K)及びシステムパラメータ(J,C12,K12)をその値が未定の定数として一般化した制御系の下で、S1で取得した4組の時系列データ(r(t)、T10(t)、T20(t)、ω(t))を再現するような外乱入力d(t)をいう。このような擬似参照外乱入力d(t)の時系列データは、具体的には以下の手順に従って導出される。
【0040】
先ず、図3の制御系における入力信号u(t)は、制御器伝達関数C(s)を用いて下記式(10-1)によって表される。またこの式(10-1)の両辺を移項し、外乱入力d(t)に対する式に書き換えると、下記式(10-2)が導出される。
【数10】
【0041】
次に、上記式(10-2)において右辺の制御器伝達関数C(s)を、制御パラメータ(K,K)をその値が未定の定数として一般化した制御器伝達関数C(s)に置換し、さらに入力信号u(t)、目標値r(t)、及びダイナモ角速度ω(t)を、S1で取得した4組の時系列データ(r(t)、T10(t)、T20(t)、ω(t))に置換すると、擬似参照外乱入力d(t)に対する下記式(11)が導出される。下記式(11)において右辺の伝達関数P(s)は、上記式(7)の外乱伝達関数であって、システムパラメータJ、C12、及びK12をその値が未定の定数として一般化したものである。
【数11】
【0042】
S2の擬似参照外乱入力導出工程では、上記式(11)に示すように、S1で取得した4組の時系列データ(r(t)、T10(t)、T20(t)、ω(t))と、一般化した制御器伝達関数C(s)と、一般化した外乱伝達関数P(s)と、を用いることによって、制御パラメータ(K,K)及びシステムパラメータ(J,C12,K12)の関数として擬似参照外乱入力d(t)の時系列データを導出する。
【0043】
次に擬似参照出力導出工程(S3)では、設計者は、S2で取得した擬似参照外乱入力d(t)の時系列データと、所定の理想応答伝達関数Gmr(s)とを用いることによって、参照軌道ω(t)に対する擬似参照出力ω (t)の時系列データを導出する。
【0044】
ここで参照軌道ω(t)とは、フィードバック制御器83によって最終的に実現したいダイナモ角速度ω(t)の理想的な軌道を定めたものであり、上記式(9)の右辺における伝達関数(G(s)C(s)/(1+G(s)C(s)))を、所定の理想応答伝達関数Gmr(s)に置換することにより、下記式(12)によって定められる。
【数12】
【0045】
上記式(12)において、理想応答伝達関数Gmr(s)は、設計者によって任意に定められる。以下では、この理想応答伝達関数Gmr(s)として、下記式(13)に示すように、所定の立ち上がり時間σによって特徴付けられる二項係数標準形の伝達関数を用いた場合について説明する。下記式(13)において、立ち上がり時間σの値は、設計者によって任意に定められる。
【数13】
【0046】
また擬似参照出力ω (t)は、上記式(12)の右辺において、逆制御器伝達関数C-1(s)を上記のように一般化した逆制御器伝達関数C*-1(s)で置換し、外乱入力d(t)をS2で導出した擬似参照外乱入力d(t)の時系列データで置換し、目標値r(t)をS1で取得した目標値r(t)の時系列データで置換することにより、下記式(14)に示すよう表される。
【数14】
【0047】
S3の擬似参照出力導出工程では、上記式(14)に示すように、一般化した逆制御器伝達関数C*-1(s)にS2で導出した擬似参照外乱入力d(t)の時系列データを入力したものと、S1で取得した目標値r(t)の時系列データとの和を、理想応答伝達関数Gmr(s)に入力することにより、制御パラメータ(K,K)及びシステムパラメータ(J,C12,K12)の関数として、擬似参照出力ω (t)の時系列データを導出する。
【0048】
次に最適化工程(S4)では、設計者は、S1で取得したダイナモ角速度ω(t)の時系列データと、S3において制御パラメータ(K,K)及びシステムパラメータ(J,C12,K12)の関数として導出した擬似参照出力ω (t)の時系列データとが近くなるように、既知のアルゴリズムに基づいて制御パラメータ(K,K)及びシステムパラメータ(J,C12,K12)の値を決定する。
【0049】
S4の最適化工程では、設計者は、具体的には例えば、下記式(15)に示すようにダイナモ角速度ω(t)の時系列データと擬似参照出力ω (t)の時系列データと差の二乗を、時系列データを取得した時間(時刻0[step]から時刻T[step])に亘って積分したもので、制御パラメータ(K,K)及びシステムパラメータ(J,C12,K12)の関数として評価関数JFRITを設定する。そして、この評価関数JFRITの値を最小化するような制御パラメータ(K,K)及びシステムパラメータ(J,C12,K12)の値を、遺伝的アルゴリズムや最小二乗法等の既知の最小値探索アルゴリズムを利用することによって決定する。
【数15】
【0050】
次に、図4に基づく制御系設計方法の効果を検証するために行われたシミュレーションとその結果について説明する。このシミュレーションでは、下記表1に示すように各種パラメータの値が設定された制御対象に対し、図4の制御系設計方法を適用し、制御パラメータ(K,K)の値を設定するとともに、システムパラメータ(J,C12,K12)の値を推定した。
【表1】
【0051】
図5は、シミュレーションの結果を示す図である。より具体的には、図5は、図4の閉ループデータ取得工程(S1)によって得られた3組の時系列データ(ω(t),r(t),T20(t))及び式(12)によって得られる参照軌道ω(t)の時間変化の一例を示す図である。
【0052】
図5の例では、制御パラメータ(K,K)の値は、それぞれ暫定的に下記式(16)に示すような値に設定した。また上記3組の時系列データ(ω(t),r(t),T20(t))を取得するための入力となるエンジントルクT10(t)の時系列データは、時刻0[step]において、0から0より大きな所定値へステップ状に変化し、その後はこの所定値で一定となるものを用いた。
【数16】
【0053】
図5の上段に示すように、閉ループデータ取得工程によって得られるダイナモ角速度ω(t)の時系列データは、特に時刻0~40[step]において参照軌道ω(t)に追従していない。これは、上記式(16)のように暫定的に値が定められた制御パラメータ(K,K)の下では十分な機能が得られず、したがって制御パラメータ(K,K)の値は十分な機能が得られるようにチューニングする余地があることを示す。
【0054】
図6は、シミュレーションの結果を示す図である。より具体的には、図6は、図4の最適化工程(S4)を経て制御パラメータ(K,K)の値が決定されたフィードバック制御器83が組み込まれた制御系に対し、図5の例と同様のエンジントルクT10(t)の時系列データを入力したときに得られる3組の時系列データ(ω(t),r(t),T(t))と、式(12)によって得られる参照軌道ω(t)との時間変化の一例を示す図である。
【0055】
なお、図4の最適化工程(S4)では、式(15)で表される評価関数JFRITの値を最小化する制御パラメータ(K,K)及びシステムパラメータ(J,C12,K12)の値を、遺伝的アルゴリズムを利用して算出した。この結果、制御パラメータ(K,K)の値は、それぞれ下記式(17)のように決定された。
【数17】
【0056】
またシステムパラメータ(J,C12,K12)の値は、それぞれ下記表2に示すように算出された。
【表2】
【0057】
図6に示すように、図4の最適化工程(S4)を経て制御パラメータ(K,K)の値がチューニングされたフィードバック制御器83によって実現されるダイナモ角速度ω(t)は、全時刻にわたり参照軌道ω(t)に追従する。すなわち、本発明の制御系設計方法によれば、設計者が望む応答特性が得られるようにフィードバック制御器83の制御パラメータ(K,K)の値を決定できることが検証された。
【0058】
また本発明の制御系設計方法によれば、上記のように制御パラメータ(K,K)を決定できるとともに、未知であるシステムパラメータ(J,C12,K12)の値も算出することができる。表1と表2とを比較して明らかな通り、図4の最適化工程(S4)を経て算出されるシステムパラメータ(J,C12,K12)の値は、未知である真値に概ね近い。よって本発明の制御系設計方法によれば、システムパラメータの値が未知であったとしても、その値を精度良く推定できることが検証された。
【0059】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明はこれに限らない。本発明の趣旨の範囲内で、細部の構成を適宜変更してもよい。
【符号の説明】
【0060】
S…試験システム
E…エンジン(第1慣性体、供試体)
2…ダイナモメータ(第2慣性体)
3…結合軸(軸体)
4…インバータ
83…フィードバック制御器(制御器)
図1
図2
図3
図4
図5
図6