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特許7109108ナノ結晶及びその製造方法、並びにナノ結晶を用いた電子デバイス及び圧電素子
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-21
(45)【発行日】2022-07-29
(54)【発明の名称】ナノ結晶及びその製造方法、並びにナノ結晶を用いた電子デバイス及び圧電素子
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/22 20060101AFI20220722BHJP
   C30B 7/10 20060101ALI20220722BHJP
   C30B 29/64 20060101ALI20220722BHJP
   C01G 25/00 20060101ALI20220722BHJP
【FI】
C30B29/22 Z
C30B7/10
C30B29/64
C01G25/00
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020527696
(86)(22)【出願日】2019-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2019025911
(87)【国際公開番号】W WO2020004644
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2020-11-04
(31)【優先権主張番号】P 2018124754
(32)【優先日】2018-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「エネルギー・環境新技術先導プログラム/ナノクリスタルエンジニアリングによる材料・デバイス革新」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 瑶子
(72)【発明者】
【氏名】三村 憲一
(72)【発明者】
【氏名】加藤 一実
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-133738(JP,A)
【文献】特開平11-116395(JP,A)
【文献】特開2017-224592(JP,A)
【文献】特開2017-048066(JP,A)
【文献】特開2010-180103(JP,A)
【文献】特開2012-240860(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0140951(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/22
C30B 7/10
C30B 29/64
C01G 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pb(Zr,Ti)Oで表される単結晶であり、(100)面、(010)面および(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有すると共に、サイズが1nm以上1000nm以下であり、
結晶の形状がシート状形状、又は、部分的にシート状形状でかつ部分的に略六面体形状であって、シートの側面に段差を有することを特徴とするナノ結晶。
【請求項2】
酢酸鉛(II)三水和物、水溶性チタン錯体水溶液および水溶性ジルコニウム錯体水溶液を出発原料として含む前駆体溶液に、水酸化ナトリウム水溶液および有機カルボン酸を混合した溶液を用いて加熱合成する工程を含む、請求項1に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項3】
前記水溶性ジルコニウム錯体水溶液中の水溶性ジルコニウム錯体の配位子がヒドロキシカルボン酸であることを特徴とする請求項2に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項4】
アミン化合物を用いない、請求項2または3に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項5】
酢酸鉛(II)三水和物に水酸化ナトリウム水溶液を添加した後、水溶性チタン錯体水溶液、アミン化合物、有機カルボン酸を混合した溶液を用いて加熱合成する工程を含む、請求項1に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項6】
前記水溶性チタン錯体水溶液中の水溶性チタン錯体の配位子がヒドロキシカルボン酸であることを特徴とする請求項2~5のいずれか一項に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項7】
前記有機カルボン酸がオレイン酸であることを特徴とする請求項2~6のいずれか一項に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項8】
前記水酸化ナトリウム水溶液の濃度が1mol/L以上10mol/L以下であることを特徴とする請求項2~7のいずれか一項に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項9】
前記溶液において、鉛1モルに対する有機カルボン酸のモル数が1以上30以下であることを特徴とする請求項2~8のいずれか一項に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項10】
前記加熱合成する工程を、140℃以上290℃以下の温度で実施することを特徴とする請求項2~9のいずれか一項に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項11】
前記加熱合成する工程を、1時間以上80時間以下の時間で実施することを特徴とする請求項2~10のいずれか一項に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項12】
前記加熱合成する工程を行った後の溶液を遠心分離する工程を有することを特徴とする請求項2~11のいずれか一項に記載のナノ結晶の製造方法。
【請求項13】
請求項に記載のナノ結晶を含む薄膜を有する電子デバイス。
【請求項14】
請求項に記載のナノ結晶を含む薄膜と、該薄膜を挟むように設けられた一対の電極とを備えることを特徴とする圧電素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ結晶及びその製造方法、並びにナノ結晶を用いた電子デバイス及び圧電素子に関するものである。
本出願は、2018年6月29日に日本に出願された特願2018-124754号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
金属酸化物であるチタン酸ジルコン酸鉛Pb(ZrTi1-X)O(0<x<1)(PZT)は、チタン酸鉛PbTiO(PT)およびジルコン酸鉛PbZrO(PZ)の混晶であり、ペロブスカイト型の結晶構造を有する強誘電体である。また、優れた圧電効果を示す圧電体としても知られている。こうしたチタン酸ジルコン酸鉛、チタン酸鉛、ジルコン酸鉛のナノ結晶は、サイズに起因した特徴的な物性を発現しうる新規材料としての応用が期待されている。
【0003】
チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)薄膜は、ゾルゲル法、有機金属熱分解法、有機金属気相成長法など様々な手法で製膜されている。しかし、PZT薄膜の結晶化にはおよそ600℃以上の焼成温度が必要であるため、PZT膜/Si基板界面における拡散あるいは反応等、高温処理を経ることによるデバイス劣化が問題である。また、PZT中に含まれる鉛は揮発性物質であり、出発原料と作製した膜との組成ずれが起こり易く組成制御が困難であるため、従来のような高温焼成を必要としない水熱合成法によるPZT膜の作製が注目されている。
【0004】
水熱合成法によるPZT膜の作製では、チタン原料とするチタン基板と、鉛およびジルコニウム原料溶液とを合成容器内で反応させる手法(特許文献1参照)が報告されている。しかし、この手法では、チタン基板と溶液の反応により、反応結晶核生成過程としてPZ/PT結晶核が生成し、その後結晶核成長過程でPZ膜上にPZT膜が形成される二段階プロセスであるため、PZT/PZ/PTの多層構造が形成されること、および核生成および核成長過程の制御が困難である。そこで、チタン基板と鉛、ジルコニウムおよびチタン原料溶液を反応させる単一プロセスによりPZT膜を得る手法、あるいはチタン基板を用いず、鉛、ジルコニウムおよびチタン原料溶液を合成容器内で反応させてPZT粒子を得る手法(特許文献2参照)が開発された。このように、水熱合成法を用いたPZT膜の作製あるいはPZT粒子を合成する技術は既に報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平6-211523号公報
【文献】特開平11-116395号公報
【文献】国際公開第2014/132720号
【文献】国際公開第2016/060042号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、形状を制御したナノサイズの単結晶はバルクとは異なる特性を発現することが知られているため近年注目されている。サイズが0.5μmから10μmすなわちミクロンサイズで、かつ形状が立方体、直方体および切頂八面体のずれかであることを特徴とするPZT粒子およびその製造方法に関しては既に報告されている(特許文献3参照)。
しかしながら、その結晶方位については報告されておらず、ナノサイズのPZT結晶の合成、形態制御および結晶構造に関しては報告例がほとんどない。
また、サイズに起因した特徴的な物性の発現が期待されるのはミクロンサイズよりも小さな、例えばサイズが数十nmから数百nm程度であるから、このサイズのチタン酸ジルコン酸鉛、チタン酸鉛、ジルコン酸鉛のナノ結晶を安定して製造することが求められている。
【0007】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであって、(100)面、(010)面および(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有するナノ結晶及びその製造方法、並びにナノ結晶を用いた電子デバイス及び圧電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意検討を進めた結果、(100)面、(010)面あるいは(001)面のファセットを有し、高結晶性のチタン酸ジルコン酸鉛、チタン酸鉛、ジルコン酸鉛のナノ結晶の合成に成功し、本発明に想到した。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0010】
(1)本発明の第1の態様に係るナノ結晶は、Pb(Zr,Ti)Oで表される単結晶であり、(100)面、(010)面および(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有すると共に、サイズが1nm以上1000nm以下である。
【0011】
(2)上記態様において、結晶の形状は、シート状形状、略六面体形状、又は、部分的にシート状形状でかつ部分的に略六面体形状、のいずれかであってもよい。
【0012】
(3)上記態様において、前記結晶の形状がシート状形状、又は、部分的にシート状形状でかつ部分的に略六面体形状である場合に、シートの側面に段差を有してもよい。
【0013】
(4)本発明の第2の態様に係るナノ結晶の製造方法は、酢酸鉛(II)三水和物、水溶性チタン錯体水溶液および水溶性ジルコニウム錯体水溶液を出発原料とする前駆体溶液に、水酸化ナトリウム水溶液および有機カルボン酸を混合した溶液を用いて加熱合成する工程を含む。
【0014】
(5)上記態様において、前記水溶性ジルコニウム錯体の配位子がヒドロキシカルボン酸であってもよい。
【0015】
(6)本発明の第3の態様に係るナノ結晶の製造方法は、酢酸鉛(II)三水和物に水酸化ナトリウム水溶液を添加した後、水溶性チタン錯体水溶液、アミン化合物、有機カルボン酸を混合した溶液を用いて加熱合成する工程を含む。
【0016】
(7)上記態様において、前記水溶性チタン錯体の配位子がヒドロキシカルボン酸であってもよい。
【0017】
(8)上記態様において、前記有機カルボン酸がオレイン酸であってもよい。
【0018】
(9)上記態様において、前記水酸化ナトリウム水溶液の濃度が1mol/L以上10mol/L以下であってもよい。
【0019】
(10)上記態様において、前記溶液において鉛1モルに対する有機カルボン酸のモル数が1以上30以下であってもよい。
【0020】
(11)上記態様において、前記加熱を、140℃以上290℃以下の温度で実施してもよい。
【0021】
(12)上記態様にいて、前記加熱を、1時間以上80時間以下の時間で実施してもよい。
【0022】
(13)上記態様において、前記加熱を行った後の溶液を遠心分離する工程を有してもよい。
【0023】
(14)本発明の第4の態様に係る電子デバイスは、上記態様に係るナノ結晶を含む薄膜を有する。
【0024】
(15)本発明の第5の態様に係る圧電素子は、上記態様に係るナノ結晶を含む薄膜と、該薄膜を挟むように設けられた一対の電極とを備える。
【発明の効果】
【0025】
本発明のナノ結晶によれば、(100)面、(010)面又は(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有し、バルクとは異なる特性が期待されるナノ結晶を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】実施例1で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像である。
図2】実施例1で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含むサンプルの粉末X線回折(XRD)パターンである。
図3】実施例1で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の高倍率のTEM像である。
図4A】実施例1で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶のTEM像である。
図4B】実施例1で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の電子回折パターンである。
図4C】本発明の典型的なナノ結晶が有する特徴を説明するために模式的に示した斜視図である。
図5】実施例2で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像である。
図6】実施例2で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含むサンプルの粉末XRDパターンである。
図7】実施例3で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像である。
図8】実施例3で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含むサンプルの粉末XRDパターンである。
図9A】実施例4で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像である。
図9B】本発明の典型的なナノ結晶が有する特徴を説明するために模式的に示した斜視図である。
図10】実施例4で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含むサンプルの粉末XRDパターンである。
図11A】実施例5で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像である。
図11B】本発明の典型的なナノ結晶が有する特徴を説明するために模式的に示した斜視図である。
図12】実施例5で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含むサンプルの粉末XRDパターンである。
図13】実施例6で作製したチタン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像である。
図14】実施例6で作製したチタン酸鉛ナノ結晶を含むサンプルの粉末XRDパターンである。
図15】実施例7で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶膜のサンプル表面のSEM像である。
図16】実施例7で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶膜のサンプル表面のSEM像である。
図17】実施例7で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶膜のサンプルのXRDパターンである。
図18】実施例7で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶膜のサンプルについて、600℃で熱処理を行った後、圧電応答顕微鏡を用いて測定した圧電定数?印加電圧(d33-PFM-V)曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態のナノ結晶及びその製造方法並びにナノ結晶を用いた圧電素子の好ましい例について説明する。なお、以下に示す各実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。すなわち、本発明は、以下に示す実施形態のみに限定されるものではなく、その効果を奏する範囲で適宜変更して実施することが可能である。例えば、本発明の主旨を逸脱しない範囲で、長さ、位置、形状、数、量。および材料等について、省略、追加、置換、その他の変更が可能である。
【0028】
(ナノ結晶)
本発明のナノ結晶は、Pb(Zr,Ti)Oで表される単結晶であり、(100)面、(010)面および(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有する。すなわち、本実施形態のナノ結晶は平坦面である(100)面、(010)面、(001)面の少なくともいずれか1つをファセットとして有する。また、本実施形態のナノ結晶はサイズが1nm以上1000nm以下であり、好ましくは3nm以上900nm以下であり、より好ましくは5nm以上750nm以下である。
本明細書において、「Pb(Zr,Ti)O」とは、Pb(ZrTi1-X)O(0≦x≦1)の場合の他、組成比がPb:(Zr+Ti)=1:1ではない場合も含む。
【0029】
本実施形態のナノ結晶が一般式Pb(ZrTi1-X)O(0≦x≦1)で表される場合、0<x<1のときはチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)であり、x=0のときはチタン酸鉛(PT)であり、x=1のときはジルコン酸鉛(PZ)である。
【0030】
ここで、PZTは、強誘電体のチタン酸鉛と反強誘電体のジルコン酸鉛の混晶である。PZTは、室温ではZrとTiの組成比によって正方晶や菱面体晶などの結晶構造が存在し、x=0.52付近に正方晶と菱面体晶とのモルフォトロピック相境界が存在する。PZTは、x=0.52の近傍の組成において最も大きな圧電特性を示す。また、PZT結晶構造はペロブスカイト構造を有する。また、チタン酸鉛(PT)は正方晶であり、ジルコン酸鉛(PZ)は菱面体晶である。
【0031】
本発明のナノ結晶は、組成によって、正方晶あるいは略正方晶のペロブスカイト構造か、菱面体晶あるいは略菱面体晶のペロブスカイト構造などを有するものであり、(100)面、(010)面および(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有するものである。
【0032】
本実施形態に係るナノ結晶の形状は、シート状形状、略六面体形状、又は、部分的にシート状形状でかつ部分的に略六面体形状を有する形状であってもよい。
ここで、シート状形状のナノ結晶とは、面拡がり方向のサイズに比べて厚み方向のサイズが小さいナノ結晶であって、限定するものではないが、目安を言えば、面拡がり方向のサイズのうち最大のサイズと厚み方向のサイズの比が3:1より大きな差がある場合をいう。シート状形状のナノ結晶の面拡がり方向のサイズのうち最大のサイズと厚み方向のサイズの比は、5:1より大きい差があってもよく、10:1より大きい差があってもよく、20:1より大きい差があってもよい。
なお、シート状形状のナノ結晶の例示のために、後述する図7のSEM像に基づいて典型的なシート状形状のナノ結晶を示した。図7においてほぼ中央に位置するナノ結晶(矢印の延長上に位置するナノ結晶)は、シート状形状のナノ結晶である。シート状形状のナノ結晶は、例えば図7のSEM像の右方に示したような形状や、図11Bに示したような形状である。本実施形態に記載のナノ結晶は、シート状形状である場合、基板上に集積させた際、配向性を制御しやすい。また本実施形態に記載のナノ結晶はシート状形状である場合、比表面積が大きくナノ結晶とナノ結晶の界面あるいは基材との密着性が高いことや素子の小型化が可能という点で好ましい。
【0033】
また、部分的にシート状形状でかつ部分的に略六面体形状のナノ結晶の例示のために、図4Cに模式的に斜視図を示した。図4Cで模式的に示したナノ結晶1Aは、シート状形状のシート状部2とシート状部10上に位置する六面体形状の六面体形状部3を有する。ここで、六面体形状部3は、一面がシート状部2に接するため厳密には六面体形状ではなく、略六面体形状であってもよい。図4Cで模式的に示したナノ結晶1Aは、シート状部2の側面20において後述する段差構造21を複数有する。段差構造21を形成する面のうち側面と交わる面と側面との角度は任意の角度とすることができる。図4Cには、六面体形状部3を1つ有するナノ結晶1Aを記載したが、この例に限定されず、ナノ結晶1Aは任意の数の六面体形状部3を有することができる。
【0034】
図4Cには、ファセット面の例を一部だけ示す。図4Cに示されるA、A、A、A、Aはそれぞれファセット面である。図4Cに示すナノ結晶1Aは(001)面、(010)面、(100)面のいずれにもファセットを有する。具体的には、Aが(100)面のファセットであったとすると、A及びAが(010)面のファセットであり、A及びAが(001)面のファセットである。すなわち、ナノ結晶1Aは(100)面、(010)面および(001)面のいずれもファセットとして有する。本実施形態はこの例に限定されず、(100)面、(010)面および(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有していればよい。本実施形態のナノ結晶の表面は、(100)面、(010)面および(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有していれば、複数の平坦面のみからなってもよいし、平坦面と曲面とが組み合わさっていても良い。隣り合う面と面とがつくる角度は鋭角または鈍角であってもよい。
1つのナノ結晶は、六面体形状、略六面体形状およびシート状形状からなる群から任意に選択される、1つの形状、または2つ以上を組み合わせた形状を、有してよい。各形状のサイズや、縦、横及び厚さの比率などは任意に選択できる。また異なるサイズや異なる比率の各形状が、1つのナノ結晶に含まれていても良い。全て同じサイズであってもよく、同じ形状であっても良い。上記形状は走査電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡等を使用して確認しても良い。
【0035】
本実施形態に係るナノ結晶の形状が略六面体形状である場合、ナノ結晶は、六面体状や略六面体状の結晶だけでなく六面体の頂点が面取りされた不完全な六面体状の結晶であってもよい。すなわち略六面体形状のナノ結晶は、ナノ結晶の合成が十分に進んだ段階のものは六面体状あるいは略六面体状の結晶だけでなく同時に合成される、六面体の頂点が面取りされた不完全な六面体状の結晶をも含む。この六面体の頂点が面取りされた不完全な六面体状の結晶は六面体状の結晶になる途上のものであるが、六面体状や略六面体状のナノ結晶と同様に、バルクとは異なる特性が期待される。
略六面体形状のナノ結晶は例えば、図9AのSEM像中に多く見られる。略六面体形状のナノ結晶の例示のために、図4Cに模式的に斜視図を示した。図9Bに略六面体形状のナノ結晶の典型例の斜視図を示した。図9Bに示した略六面体形状のナノ結晶は、六面体の少なくとも一つの頂点が面取りされた不完全な六面体状の結晶1Aである。図9Bに示す略六面体形状のナノ結晶1Bは、面取り部10と、ファセットを有する。図9Bに示すナノ結晶1Bはファセットの一部であるファセットA、A、A10、A11が示されている。
【0036】
本実施形態に係るナノ結晶の形状がシート状形状である場合に、そのシート状ナノ結晶は側面に段差を有してもよい。段差の各段はシート状ナノ結晶の厚み方向に延在し、各段がシート状ナノ結晶の外周に沿って並ぶものでもよい。段差の各段は(100)面、(010)面、又は、(001)面のいずれかの面からなってもよい。
本実施形態に係るナノ結晶の形状が部分的にシート状形状でかつ部分的に略六面体形状である場合に、ナノ結晶はシート状部2の側面20に段差21を有してもよい。段差20の各段はシート状部2の厚み方向に延在し、各段がシート状部分の外周に沿って並ぶものでもよい。段差20の各段は(100)面、(010)面、又は、(001)面のいずれかの面からなってもよい。
なお、シート状ナノ結晶の側面における段差およびナノ結晶のうちシート状部2の側面20における段差21の例示のために、後述する図11AのSEM像に基づいて典型的な段差を示した。図11AのSEM像の右方に示した線図は、図11Aにおいて中央下側に位置するナノ結晶のシート状部分の側面の一部を象ったものであり、2か所の段差を図示した。
【0037】
本発明のナノ結晶のサイズは、1nm以上1000nm以下である。ナノ結晶のサイズは、好ましくは1nm以上800nm以下であり、より好ましくは1nm以上500nm以下であり、さらに好ましくは1nm以上200nm以下である。また、用途によっては、1nm以上100nm以下であることが好ましい場合もあり、1nm以上50nm以下であることがより好ましい場合もある。例えば、本実施形態に記載のナノ結晶を電子デバイス用途で用いる場合は、1nm以上100nm以下のナノ結晶を用いることで電子デバイスの小型化が可能となる。
ここで、ナノ結晶のサイズとは、ナノ結晶の電子顕微鏡像(SEM像やTEM像等)の外周において、離間する2点を結んだ距離のうち最も大きい距離(長さ)を意味するものとする。言い換えると、ナノ結晶の電子顕微鏡像(SEM像やTEM像等)においてナノ結晶の2点の最長の長さを意味する。
【0038】
(ナノ結晶の製造方法)
本実施形態に係るナノ結晶の製造方法は、チタン酸ジルコン酸鉛Pb(ZrTi1-X)O(0<x<1)(PZT)のナノ結晶を製造する場合、酢酸鉛(II)三水和物、水溶性チタン錯体水溶液および水溶性ジルコニウム錯体水溶液を出発原料とする前駆体溶液に、水酸化ナトリウム水溶液および有機カルボン酸を混合した溶液を用いて加熱合成する工程を含む。当該構成により、(100)面、(010)面および(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有するナノ結晶を安定して製造することができる。
また、前駆体溶液に、水酸化ナトリウム水溶液および有機カルボン酸の他に、アミン化合物を混合してもよい。
【0039】
本実施形態に係るナノ結晶の製造方法は、所望の組成になるように、上述した混合溶液において、チタンとジルコニウムとのモル比を調整して、水溶性チタン錯体と水溶性ジルコニウム錯体とを混合する。当該工程を行い、混合溶液のチタンとジルコニウムとのモル比を調整することで、任意の組成のナノ結晶を合成することができる。
なお、チタン酸鉛PbTiO(PT)のナノ結晶を合成する場合はジルコニウムのモル比を0とし、ジルコン酸鉛PbZrO(PZ)のナノ結晶を合成する場合はチタンのモル比を0とする。
【0040】
また、本実施形態に係る他のナノ結晶の製造方法は、チタン酸鉛PbTiO(PT)のナノ結晶を製造する場合、酢酸鉛(II)三水和物に水酸化ナトリウム水溶液を添加した後、水溶性チタン錯体水溶液、アミン化合物、有機カルボン酸を混合した溶液を用いて加熱合成する工程をさらに含む。当該工程を行うことで、(100)面、(010)面および(001)面の少なくともいずれか一つをファセットとして有するチタン酸鉛PbTiO(PT)のナノ結晶を安定して製造することができる。
【0041】
本実施形態で用いる水溶性チタン錯体としては、水に溶解された後チタン原子から配位子がはずれてチタン原子と酸素原子との結合が形成されるような化合物を用いることができる。そのような化合物としては、水溶性チタン錯体の配位子がヒドロキシカルボン酸の錯体等が挙げられる。配位子としてヒドロキシカルボン酸を有する錯体は、水に溶けやすい水溶性錯体である。
【0042】
具体的には、ヒドロキシカルボン酸の例としては、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、グリセリン酸、2-ヒドロキシ酪酸、ロイシン酸(=2-ヒドロキシ-4-メチルペンタン酸)、キナ酸、マンデル酸(=2-ヒドロキシ-2-フェニル酢酸)、グリコール酸等を挙げることができる。水溶性チタン錯体としては例えば、配位子が乳酸であるチタニウムビス(アンモニウムラクテート)ジヒドロキシド(Titanium bis(ammonium lactate) dihydroxide、以下「TALH」)、配位子がグリコール酸(HOCH2COOH)である(NH4)6[Ti4(C2H2O3)4(C2H3O3)2(O2)4O2]・6H2O、配位子がクエン酸((CH2COOH)2C(OH)COOH)である(NH4)8[Ti4(C6H4O7)4(O2)4]・8H2O、又は配位子がリンゴ酸(CH2CHOH(COOH)2)若しくは酒石酸((CHOH)2(COOH)2)であるチタン錯体などが挙げられる。
【0043】
本実施形態では、水溶性チタン錯体としてTALHを用好ましく用いることができる。TALHは水に可溶なチタンを含む酸化物の前駆体であり、TALHを用いた酸化物の形成反応は、他の方法と比べて穏やかな条件で反応が進行する。また、TALHが水に可溶であるため水溶液中での反応が可能である。こうした配位子がヒドロキシカルボン酸である水溶性チタン錯体を用いることにより、制御されたナノメートルサイズの六面体状の構造を有する、一般式Pb(Zr,Ti)Oで表されるナノ結晶の合成をすることができる。
【0044】
水溶性ジルコニウム錯体としては、水に溶解された後ジルコニウム原子から配位子がはずれてジルコニウム原子と酸素原子との結合が形成されるような化合物を用いることができる。そのような化合物としては、水溶性ジルコニウム錯体の配位子がヒドロキシカルボン酸を用いることが好ましい。
【0045】
具体的には、ヒドロキシカルボン酸の例としては、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、グリセリン酸、2-ヒドロキシ酪酸、ロイシン酸(=2-ヒドロキシ-4-メチルペンタン酸)、キナ酸、マンデル酸(=2-ヒドロキシ-2-フェニル酢酸)、グリコール酸等を挙げることができる。水溶性ジルコニウム錯体としては例えば、ジルコニウムラクテートアンモニウム塩などが挙げられる。
【0046】
本実施形態では、水溶性ジルコニウム錯体としてジルコニウムラクテートアンモニウム塩(Zr(OH)[(OCH(CH3)COO-]3(NH4 +)3)を好ましく用いることができる。具体的には、オルガチックスZC-300(商品名:マツモトファインケミカル株式会社)が挙げられる。こうした配位子がヒドロキシカルボン酸である水溶性ジルコニウム錯体を用いることにより、制御されたナノメートルサイズの六面体状の構造を有する、一般式Pb(Zr,Ti)Oで表されるナノ結晶の合成をすることができる。
【0047】
本実施形態で用いるアミン化合物としては、窒素原子の非共有電子対が反応に寄与し得る化合物を用いることができる。そのような化合物としては、例えばtert-ブチルアミン又はn-ブチルアミンが挙げられるが、特にtert-ブチルアミンを用いることが好ましい。
【0048】
本発明で用いる有機カルボン酸としては、ナノ結晶合成の間、ナノ結晶の(100)面、(010)面又は(001)面に配位して、ナノ結晶の(100)面、(010)面又は(001)面の結晶成長を抑制することができる化合物を用いることができる。そのような化合物としてオレイン酸が挙げられるが、デカン酸(カプリン酸)CH(CHCOOHなど炭素鎖が長いカルボン酸であれば、二重結合を含まないものであっても使用することができる。
【0049】
本実施形態に係るナノ結晶の製造方法において、アミン化合物をtert-ブチルアミンとし、有機カルボン酸をオレイン酸とすると制御された六面体状の構造を有する、一般式Pb(Zr,Ti)Oで表されるナノ結晶を合成することができる。
【0050】
本実施形態において反応溶液のpHは水酸化ナトリウム水溶液を添加することによって調節される。添加される水酸化ナトリウム水溶液の濃度は、1mol/L以上10mol/L以下となるように決定されるが、好ましくは、4mol/L以上8mol/L以下であり、前記濃度が5mol/L以上7.5mol/L以下であることがより好ましい。
【0051】
上記濃度を上述の範囲以上とすることで、合成反応を十分に進行することができる。また、上記濃度を上述の範囲以下とすることでナノ結晶の凝集を抑制することができる。
【0052】
ここで、水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液はpH調整剤として添加している。水熱合成においてpH調整剤としてよく用いられるアンモニアでは合成が進みやすい十分な強塩基条件になりにくいが(pH14の条件にさらにアンモニアを加えてもより強塩基にはならないが)。これに対して、pH調整剤として水酸化ナトリウム(NaOH)を用いることで、反応溶液は十分な強塩基条件になり、一般式Pb(Zr,Ti)Oで表されるナノ結晶の合成が進みやすい。
【0053】
本実施形態に係るナノ結晶の製造方法によれば、酢酸鉛(II)三水和物、水溶性チタン錯体水溶液および水溶性ジルコニウム錯体水溶液を出発原料とする前駆体溶液に、水酸化ナトリウム水溶液および有機カルボン酸(必要に応じてさらにアミン化合物)を混合した溶液において、混合する水酸化ナトリウムの濃度が1mol/L以上10mol/L以下であることにより、合成反応を十分に進行させることができ、かつナノ結晶の凝集を抑制することができる。
【0054】
本実施形態の溶液において、鉛1モルに対するアミン化合物のモル数が0以上120以下であることが好ましく、0以上90以下であることがより好ましい。
また、本発明の溶液において、鉛1モルに対する有機カルボン酸のモル数が1以上30以下であることが好ましい。
鉛1モルに対する有機カルボン酸のモル数を当該範囲とすることで、ナノ結晶の形状を十分に制御し、きれいな六面体を形成することができる。
【0055】
本実施形態の反応溶液の加熱は、140℃以上290℃以下の温度で実施されることが好ましく、170℃以上270℃以下の温度で実施されることがより好ましく、200℃以上250以下の温度で実施されることがさらに好ましい。当該温度で加熱を行うことにより、合成反応が十分に進行し、かつ、反応中にナノ結晶表面に配位した有機カルボン酸が脱離したり、反応溶液内で有機カルボン酸が分離したりしてしまうことを回避して、制御された六面体状の構造を持つナノ結晶が得られやすくなる。
【0056】
本発明の反応溶液の加熱は、1時間以上80時間以下の間実施されることが好ましく、48時間以上72時間以下の間実施されることがより好ましい。加熱時間を1時間以上未満とすることで合成反応を十分に進行することができる。また、加熱時間が80時間を超えてもナノ結晶の形状はさほど変化しないため、これ以上の加熱は必要ではないと考えられる。
【0057】
本実施形態において反応溶液を加熱して反応を進行させるには既に知られている様々な方法を適宜使用することができるが、水熱合成を用いることが好ましい。
【0058】
本実施形態に係るナノ結晶の製造方法によれば、加熱を、140℃以上290℃以下の温度で、かつ1時間以上80時間以下の間実施することにより、合成反応を十分に進行させかつ無駄な加熱を実施することなく、制御された六面体状の構造を持つナノ結晶を得ることができる。
【0059】
本実施形態は、合成の後、前記溶液を遠心分離して沈殿物を回収することが好ましい。
【0060】
本実施形態のナノ結晶の製造方法によれば、合成の後溶液を遠心分離して沈殿物を回収することにより、不要な小さな結晶などを取り除き、制御された六面体状の構造を持つナノ結晶を得ることができる。
【0061】
(電子デバイス)
本実施形態の電子デバイスは、上述の実施形態に係るナノ結晶を含む薄膜を有する。
この電子デバイスは、強誘電体又は反強誘電体の特性を利用する公知の電子デバイスである。電子デバイスとしては、例えば、メモリデバイス、センサー、アクチュエータなどが挙げられる。
【0062】
薄膜は、特許文献4に開示されている方法を用いて作製できる。すなわち、上述の実施形態にナノ結晶を含む薄膜は、具体的には、混合工程と配列工程とを有する方法で作製することができる。混合工程は、Pb(Zr,Ti)Oで表される本発明のナノ結晶と非極性溶媒とを容器に入れ混合し、Pb(Zr,Ti)Oで表される本発明のナノ結晶を含む分散液を得る工程である。配列工程は、混合工程で得た分散液に基板を浸漬し、引き上げることにより、表面張力を利用して塗布し、ナノ結晶を基板上に配列させる工程である。
【0063】
(圧電素子)
本実施形態の圧電素子は、上記実施形態に記載のナノ結晶を含む薄膜と、この薄膜を挟むように設けられた一対の電極とを備える。
【0064】
電極としては、Pt、Ir、Ru等の導電性を有し、かつ強誘電体膜と反応しない材料によって形成される。
【実施例
【0065】
〔チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶(Pb(ZrTi1-X)O(原料仕込み組成;x=0.52))の合成及び同定〕
(1)実施例1
以下の手順に従って、チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を合成した。
PZT前駆体溶液3ml(酢酸鉛(II)三水和物(Pb(CHCOO)・3HO)0.892mmol、TALH 0.428mmol、ZC-300(商品名)0.464mmol含有)を42mlの水に溶解した。この水溶液を撹拌しながら、5mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液、tert-ブチルアミン及びオレイン酸を添加して反応溶液を調整した。鉛(Pb)、水酸化ナトリウム水溶液、tert-ブチルアミン及びオレイン酸のモル比が1:12:12:12となるように調整した。このように調製された溶液をオートクレーブに入れて密閉し、230℃の温度で72時間加熱した後、室温まで冷却した。その後反応生成物を含む溶液を遠心分離して沈殿物を回収した。
【0066】
実施例1のナノ結晶は、走査電子顕微鏡(日本電子株式会社製JEOL、JSM-6335FM、10kV)、透過型電子顕微鏡(FEI製Tecnai Osiris、200kV)を用いて観察し、エネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDXRF)(株式会社島津製作所、EDX-8000)、および、透過型電子顕微鏡(FEI製TecnaiOsiris、200kV)の付属装置であるエネルギー分散型X線分析(EDX)により解析した。結晶相の同定はX線回折装置(株式会社リガク製、SmartLab、40kV/30mA)を用いて同定した。
【0067】
ナノ結晶の各種同定用サンプルは、遠心分離により回収した粉末をエタノールに再分散させたコロイド溶液を用い、シリコンウェハ基板へ室温にて滴下乾燥することにより作製した。サンプルに紫外線照射2時間を行った後、インキュベータ内において200℃で1.5時間保持して、表面の清浄化を行った。他の実施例のナノ結晶の各種同定用サンプルについても同様である。
【0068】
図1に、上記のサンプル作製方法によって、実施例1で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像を示す。
SEM像から、実施例1において、1nm以上300nm以下のサイズのナノ結晶を合成できていた。ナノ結晶のサイズ及びその分布は合成条件に依存するが、実施例1において、任意に場所を変えて得られた10枚のSEM像の目視に基づくと、1nm以上150nm以下のナノ結晶が全体の70%以上であった。
【0069】
図2に、実施例1で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の粉末XRDパターンを示す。得られたXRDパターンにより、実施例1で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶は空間群P4mmのペロブスカイト構造を有することがわかった。
【0070】
図3に、実施例1で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の高倍率のTEM像を示す。
TEM像観察用のサンプルは、チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液を濾紙上に配置したTEMグリッド(基板)上に滴下し、滴下した分散液中の溶媒を濾紙に吸収させて除去して作製した。
図3に示す高倍率のTEM像において、2個のナノ結晶が観察でき、大きな範囲を示している右側のナノ結晶のTEM像において、直交する2つのファセットの存在を確認できる。具体的には、図3に示すチタン酸鉛ジルコン酸鉛ナノ結晶1は、ファセットAおよびファセットAを有する。また、図3に示す高倍率のTEM像において、段差構造も観察することができる。
【0071】
図4A及び図4Bはそれぞれ、TEM像、その電子回折スポット像である。
図4AのSEM像の左方及び下方のそれぞれに示した線図は、図4Aに示したナノ結晶のシート状部分の側面の一部を象ったものであり、2か所の段差を示したものである。図4Aに示したナノ結晶は部分的にシート状形状でかつ部分的に略六面体形状を有する形状であり、そのシート状部分の側面において段差を有するものである。
図4Bにおける(100)面の面間隔は、0.396nm及び0.397nmであった。
また、TEM-EDXにより、得られたナノ結晶の組成比は、Pb:Zr:Tiは1:0.13:0.70であった。
【0072】
図4Cは、本発明の典型的なナノ結晶が持つ特徴を説明するために模式的に示した斜視図である(図4Aで示したナノ結晶に対応する模式図ではない)。
図4Cに示すナノ結晶は、シート状形状の部分(シート状部)上に略六面体形状を有する部分(略六面体形状部)が載っている形状を有するものであり、そのシート状部の側面において段差構造を有するものである。この模式図において平坦な面は、(100)面、(010)面および(001)面のいずれかのファセットを示すものである。
【0073】
(2)実施例2
鉛(Pb)、水酸化ナトリウム水溶液、tert-ブチルアミン及びオレイン酸のモル比が1:12:12:15となるように反応溶液を調整した以外は実施例1と同様の方法で、チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の合成を行った。
【0074】
図5に、上記のサンプル作製方法によって、実施例2で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像を示す。
SEM像から、実施例2において、1nm以上300nm以下のサイズのナノ結晶を合成できていた。ナノ結晶のサイズ及びその分布は合成条件に依存するが、実施例1において、任意に場所を変えて得られた10枚のSEM像の目視に基づくと、1nm以上150nm以下のナノ結晶が全体の70%以上であった。
【0075】
図6に、実施例2で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の粉末XRDパターンを示す。得られたXRDパターンにより、実施例2で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶は空間群P4mmのペロブスカイト構造を有することがわかった。
【0076】
(3)実施例3
鉛(Pb)、水酸化ナトリウム水溶液、tert-ブチルアミン及びオレイン酸のモル比が1:12:0:15となるように反応溶液を調整した以外は実施例1と同様の方法で、チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の合成を行った。実施例3はアミン化合物を用いなかった場合である。
【0077】
図7に、上記のサンプル作製方法によって、実施例3で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像を示す。
図7においてほぼ中央に位置するナノ結晶(矢印の延長上に位置するナノ結晶)は、図7のSEM像の右方に示したようなシート状形状のナノ結晶である。このナノ結晶の厚さは16nmであり、面拡がり方向のサイズのうち最大のサイズは80nm程度であるから、面拡がり方向のサイズのうち最大のサイズと厚み方向のサイズの比は、5:1程度である。
SEM像から、実施例3において、1nm以上300nm以下のサイズのナノ結晶を合成できていた。ナノ結晶のサイズ及びその分布は合成条件に依存するが、実施例1において、任意に場所を変えて得られた10枚のSEM像の目視に基づくと、1nm以上150nm以下のナノ結晶が全体の70%以上であった。
【0078】
図8に、実施例3で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の粉末XRDパターンを示す。得られたXRDパターンにより、実施例3で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶は空間群P4mmのペロブスカイト構造を有することがわかった。
【0079】
また、EDXRFを用いて、ファンダメンタル・パラメータ法により、シリコンウェハ上に滴下乾燥させたナノ結晶を含むサンプルの組成比を分析した結果、Pb:Zr:Tiは1:0.15:0.57であった。
【0080】
(4)実施例4
鉛(Pb)、水酸化ナトリウム水溶液、tert-ブチルアミン及びオレイン酸のモル比が1:12:36:15となるように反応溶液を調整した以外は実施例1と同様の方法で、チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の合成を行った。
【0081】
図9Aに、上記のサンプル作製方法によって、実施例4で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像を示す。
SEM像から、実施例4において、1nm以上100nm以下のサイズのナノ結晶を合成できていた。ナノ結晶のサイズ及びその分布は合成条件に依存するが、実施例1において、任意に場所を変えて得られた10枚のSEM像の目視に基づくと、1nm以上30nm以下のナノ結晶が全体の70%以上であった。
【0082】
図10に、実施例4で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の粉末XRDパターンを示す。得られたXRDパターンにより、実施例4で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶は空間群P4mmのペロブスカイト構造を有することがわかった。
【0083】
〔チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶(Pb(ZrTi1-X)O(原料仕込み組成;x=0.7))の合成〕
(1)実施例5
以下の手順に従って、チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を合成した。
PZT前駆体溶液3ml(酢酸鉛(II)三水和物(Pb(CHCOO)・3HO)(0.892)mmol、TALH (0.268)mmol、ZC-300(商品名)(0.624)mmol含有)を、42mlの水に溶解した。この水溶液を撹拌しながら、5mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液、tert-ブチルアミン及びオレイン酸を添加して反応溶液を調整した。鉛(Pb)、水酸化ナトリウム水溶液、tert-ブチルアミン及びオレイン酸のモル比が1:12:12:15となるように調整した。このように調製された溶液をオートクレーブに入れて密閉し、230℃の温度で72時間加熱した後、室温まで冷却した。その後反応生成物を含む溶液を遠心分離して沈殿物を回収した。
【0084】
図11Aに、上記のサンプル作製方法によって、実施例5で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像を示す。
図11AのSEM像の右方に示した線図は、図11Aにおいて中央下側に位置するナノ結晶のシート状部分の側面の一部を象ったものであり、2か所の段差を図示した。そのナノ結晶は部分的にシート状形状でかつ部分的に略六面体形状を有する形状であり、そのシート状部分の側面において段差を有するものである。
SEM像から、実施例5において、1nm以上300nm以下のサイズのナノ結晶を合成できていた。ナノ結晶のサイズ及びその分布は合成条件に依存するが、実施例1において、任意に場所を変えて得られた10枚のSEM像の目視に基づくと、1nm以上150nm以下のナノ結晶が全体の70%以上であった。図11Bは、シート状ナノ結晶1Cの一例の概形を模式的に示す斜視図である。シート状ナノ結晶1Cは側面20Aに複数の段差構造21とファセットを有する。図11Bに示すナノ結晶1Cはファセットの一部であるファセットA、A、A10、A11が示されている。
【0085】
図12に、実施例5で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の粉末XRDパターンを示す。得られたXRDパターンにより、実施例5で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶は空間群P4mmのペロブスカイト構造を有することがわかった。
【0086】
また、EDXRFを用いて、ファンダメンタル・パラメータ法により、シリコンウェハ上に滴下乾燥させたナノ結晶を含むサンプルの組成比を分析した結果、Pb:Zr:Tiは1:0.22:0.35であった。
【0087】
〔チタン酸鉛ナノ結晶(Pb(ZrTi1-X)O(原料仕込み組成;x=0))の合成〕
(1)実施例6
以下の手順に従って、チタン酸鉛ナノ結晶を合成した。
酢酸鉛(II)三水和物水溶液(Pb(CHCOO)・3HO)3mmolを、7.5mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液30mlに溶解した。この溶液を撹拌しながら、TALH 3mmol、tert-ブチルアミン及びオレイン酸を添加して反応溶液を調整した。鉛(Pb)、tert-ブチルアミン及びオレイン酸のモル比が1:12:12となるように調整した。このように調製された溶液をオートクレーブに入れて密閉し、230℃の温度で72時間加熱した後、室温まで冷却した。その後反応生成物を含む溶液を遠心分離して沈殿物を回収した。
【0088】
図13に、上記のサンプル作製方法によって、実施例6で作製したチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液をシリコンウェハ基板上に室温にて滴下乾燥することにより作製したサンプルの表面のSEM像を示す。
SEM像から、実施例6において、1nm以上800nm以下のサイズのナノ結晶を合成できていた。ナノ結晶のサイズ及びその分布は合成条件に依存するが、実施例1において、任意に場所を変えて得られた10枚のSEM像の目視に基づくと、1nm以上500nm以下のナノ結晶が全体の70%以上であった。
【0089】
図14に、実施例6で作製したチタン酸鉛ナノ結晶の粉末XRDパターンを示す。得られたXRDパターンにより、実施例6で作製したチタン酸鉛ナノ結晶は空間群P4mmのペロブスカイト構造を有することがわかった。
【0090】
PZTはメモリデバイス、センサーおよびアクチュエータなど幅広い分野で応用されている材料である。ナノサイズの単結晶はバルクとは異なる特性を発現するため、結晶方位を揃えて三次元に集積することにより、結晶界面での相互作用等による特性向上が期待される。本発明のナノ結晶と特許文献4の製膜・集積技術とを組み合わせることにより、優れた特性を有する不揮発性メモリ素子あるいはエナジーハーベスタ等の圧電デバイス素子の作製が期待される。
【0091】
〔実施例3のチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含む分散液を用いたチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)膜の作製〕
(1)実施例7
以下の手順に従って、チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含むPZT膜を作製した。
まず、実施例3で得られたチタン酸ジルコン酸鉛の粉末とトルエン(非極性溶媒)を容器に入れ、その容器を超音波に10分間かけて結晶の分散の促進を図った。
Pt/TiO/SiO/Si基板を、チタン酸ジルコン酸鉛分散液に浸漬し、10nm/secの速度で引き上げ、乾燥することにより、Pt/TiO/SiO/Si基板上にチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶を含むPZT膜が形成されたサンプルを得た。
【0092】
図15に、得られたサンプルの表面のSEM像を示す。図16に、図15のSEM像より広範囲のSEM像を示す。
SEM像から、チタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶が配列して、凹凸が小さくて穴のない薄膜が形成されていることがわかった。
【0093】
図17に、このサンプルのXRDパターンを示す。図17においては、Pt/TiO/SiO/Si基板のXRDパターンも示した。
サンプルのXRDパターンにおいて、図3の粉末XRDパターンと比較してチタン酸ジルコン酸鉛ナノ結晶の(001)面の強いピークが確認でき、(001)に優先配向していることが示された。
【0094】
図18に、このサンプルについて600℃で熱処理を行った後、圧電応答顕微鏡を用いて測定したd33-PFM-V曲線を示す。電圧の印加に伴う圧電応答が得られ、圧電性を確認した。また、ヒステリシス特性が得られたことから、強誘電性を示すことが示唆された。
【0095】
PZTはメモリデバイス、センサーおよびアクチュエータなど幅広い分野で応用されている材料である。ナノサイズの単結晶はバルクとは異なる特性を発現するため、結晶方位を揃えて三次元に集積することにより、結晶界面での相互作用等による特性向上が期待される。本発明のナノ結晶と特許文献4の製膜・集積技術とを組み合わせることにより、優れた特性を有する不揮発性メモリ素子あるいはエナジーハーベスタ等の圧電デバイス素子の作製が期待される。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明のナノ結晶は、不揮発性メモリ、センサー、アクチュエータおよび圧電デバイスなどに利用可能である。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図5
図6
図7
図8
図9A
図9B
図10
図11A
図11B
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18