(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-25
(45)【発行日】2022-08-02
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素選択方法、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20220726BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20220726BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20220726BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
C01G53/00 A
(21)【出願番号】P 2018181824
(22)【出願日】2018-09-27
【審査請求日】2021-08-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】野家 明彦
(72)【発明者】
【氏名】高橋 心
(72)【発明者】
【氏名】所 久人
(72)【発明者】
【氏名】高野 秀一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 智幸
(72)【発明者】
【氏名】竝木 和彦
(72)【発明者】
【氏名】遠山 達哉
(72)【発明者】
【氏名】軍司 章
【審査官】近藤 政克
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/208894(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/061653(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/086273(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0194643(US,A1)
【文献】特開2012-230898(JP,A)
【文献】特開2000-133249(JP,A)
【文献】特開2001-307729(JP,A)
【文献】特開平06-349494(JP,A)
【文献】特開2006-147500(JP,A)
【文献】国際公開第2018/043669(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525
H01M 4/505
C01G 53/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Li
1+aNi
bM
eO
2+α ・・・(1)
[組成式(1)において、Mは、Li、Ni以外の置換元素を表し、a、b、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b<1.0、0<e≦0.05、b+e=1、-0.2≦α≦0.2を満たす数である。]で表されるリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法であって、
Li素原料とLi、Ni以外の置換元素M´の素原料との反応温度Tを測定し、
前記Li素原料とNi素原料との反応温度T
Nを測定し、
前記反応温度Tと、前記反応温度T
Nを比較し、前記反応温度T
Nよりも反応温度Tが高い置換元素M´を選択するステップ1と、
ステップ1で選択した置換元素M´の素原料と、Li、Niの素原料を用いて、前記組成式(1)を満足する焼成粉と、前記組成式(1)においてe=0の場合の焼成粉をそれぞれ得て、
前記各焼成粉をX線回析分析し、e=0の回析結果と異なる回折ピークが現われない置換元素Mを選択するステップ2と、
を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法。
【請求項2】
Li
1+aNi
bCo
cMn
dM
eO
2+α ・・・(2)
[組成式(2)において、Mは、Li、Ni、Co、Mn以外の置換元素を表し、a、b、c、d、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b<1.0、0<c、0<d、0<e≦0.05、b+c+d+e=1、-0.2≦α≦0.2を満たす数である。]で表されるリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法であって、
Li素原料とLi、Ni、Co、Mn以外の置換元素M´の素原料との反応温度Tを測定し、
前記Li素原料とNi素原料との反応温度T
N、前記Li素原料とCo素原料との反応温度T
C及び前記Li素原料とMn素原料との反応温度T
Mをそれぞれ測定し、
前記反応温度Tと、前記反応温度T
N、T
C、T
Mをそれぞれ比較し、前記反応温度T
N、T
C、T
Mのそれぞれよりも反応温度Tが高い置換元素M´を選択するステップ1と、
ステップ1で選択した置換元素M´の素原料と、Li、Ni、Co、Mnの素原料を用いて、前記組成式(2)を満足する焼成粉と、前記組成式(2)においてe=0の場合の焼成粉をそれぞれ得て、
前記各焼成粉をX線回析分析し、e=0の回析結果と異なる回折ピークが現われない置換元素Mを選択するステップ2と、
を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法。
【請求項3】
請求項2に記載の置換元素の選択方法により置換元素Mを選択する選択工程と、
前記組成式(2)に基づいてLi、Ni、Co、Mn、Mの各素原料を準備する素原料準備工程と、
前記各素原料粉末を粉砕し混合する粉砕混合工程と、
前記混合粉末を同時に焼成する焼成工程と、
を含むことを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素選択方法、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高エネルギ密度の二次電池として、リチウムイオン二次電池の市場が拡大している。リチウムイオン二次電池は、従来の二次電池であるニッケル・水素電池やニッケル・カドミウム電池と比べてエネルギ密度が高い。そのため、民生用として携帯端末や小型電動機器用の電源、産業用としては電力貯蔵装置、負荷平準化装置等の定置用電源、および船舶、鉄道、自動車等の移動体用電源として幅広く活用されている。
【0003】
このように広い利用分野を持つリチウムイオン二次電池には更なる高容量化が求められており、正極活物質には高容量化に適したNiの割合を増やし、Li以外の金属元素中のNiの割合が80原子%より多い組成(以下、Ni比80%以上の組成と言う)が検討されている。しかしながら、電池を高容量化するため正極活物質中のNiの割合を高くしていくと、結晶構造が不安定となり、充放電サイクルにおける電池容量の低下が大きくなる。この課題を解決するため従来は、Co量を増やすことで結晶の安定性を維持し、充放電サイクル時の容量維持率を確保してきた(特許文献1、特許文献2)。
【0004】
しかし、高価なCoは増やしたくない。Co量を増やさず、これに代わる置換元素として、特許文献3ではTiを用いている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2011/108598号公報
【文献】特開2016-122546号公報
【文献】国際公開第2017/082268号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献3によれば、リチウム遷移金属複合酸化物中にTiを添加し、二次粒子の外表面にTiの濃化層を形成している。Ti濃化層は、空間群R-3mに帰属する層状構造の遷移金属サイトにTi置換されている形態をとることで、層状構造以外の結晶が生成されず容量が低下しない。そして、Ti濃化層の働きにより、充放電サイクル後のNiO様の異相の生成を抑制することができ、抵抗上昇率が低く抑えられてサイクル特性(容量維持率)が向上することが述べられている。
しかしながら、昨今ではTiと同等或いはそれ以上の特性を持ちながら、より資源量が豊富で入手しやすい元素への転換が望まれている。
【0007】
そこで、本発明は、Ni比80%以上の組成でありながら異相が実質的に生成せず、Tiの場合と同等の特性が期待できる添加元素(以下、本発明では置換元素という。)を見出す選択方法、また、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、 Li1+aNibMeO2+α ・・・(1)
[組成式(1)において、Mは、Li、Ni以外の置換元素を表し、a、b、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b<1.0、0<e≦0.05、b+e=1、-0.2≦α≦0.2を満たす数である。]で表されるリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法であって、Li素原料とLi、Ni以外の置換元素M´の素原料との反応温度Tを測定し、前記Li素原料とNi素原料との反応温度TNを測定し、前記反応温度Tと、前記反応温度TNを比較し、前記反応温度TNよりも反応温度Tが高い置換元素M´を選択するステップ1と、ステップ1で選択した置換元素M´の素原料と、Li、Niの素原料を用いて、前記組成式(1)を満足する焼成粉と、前記組成式(1)においてe=0(置換元素M無し)の場合の焼成粉をそれぞれ得て、前記各焼成粉をX線回析分析し、e=0の回析結果と異なる回折ピークが現われない置換元素Mを選択するステップ2と、を有するリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法である。
【0009】
また、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法は、 Li1+aNibCocMndMeO2+α ・・・(2)
[組成式(2)において、Mは、Li、Ni、Co、Mn以外の置換元素を表し、a、b、c、d、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b<1.0、0<c、0<d、0<e≦0.05、b+c+d+e=1、-0.2≦α≦0.2を満たす数である。]で表されるリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法であって、Li素原料とLi、Ni、Co、Mn以外の置換元素M´の素原料との反応温度Tを測定し、前記Li素原料とNi素原料との反応温度TN、前記Li素原料とCo素原料との反応温度TC及び前記Li素原料とMn素原料との反応温度TMをそれぞれ測定し、前記反応温度Tと、前記反応温度TN、TC、TMをそれぞれ比較し、前記反応温度TN、TC、TMのそれぞれよりも反応温度Tが高い置換元素M´を選択するステップ1と、ステップ1で選択した置換元素M´の素原料と、Li、Ni、Co、Mnの素原料を用いて、前記組成式(2)を満足する焼成粉と、前記組成式(2)においてe=0(置換元素M無し)の場合の焼成粉をそれぞれ得て、前記各焼成粉をX線回析分析し、e=0の回析結果と異なる回折ピークが現われない置換元素Mを選択するステップ2と、を有するものである。
【0010】
本発明は、上記に記載の置換元素の選択方法により置換元素Mを選択する選択工程と、前記組成式(2)に基づいてLi、Ni、Co、Mn、Mの各素原料を準備する素原料準備工程と、前記各素原料粉末を粉砕し混合する粉砕混合工程と、前記混合粉末を同時に焼成する焼成工程と、を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高容量で、且つサイクル特性に優れた特性を得ることが期待できるリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法を提供できる。また、選択された置換元素を用いて実質的に異相が無いリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施例及び比較例1に係る置換元素を用いたTG分析を示すグラフである。
【
図2】本発明の実施例に係る置換元素を用いた焼成粉のXRD分析のパターンを示すグラフである。
【
図3】比較例2に係る置換元素を用いた焼成粉のXRD分析のパターンを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素の選択方法、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法及びリチウムイオン二次電池用正極活物質について説明する。以下、「リチウムイオン二次電池用」は削除し、単に、置換元素の選択方法、正極活物質、その製造方法などと記載する。
【0015】
本実施形態に係る置換元素の選択方法は、下記組成式のようにNi比80%以上の正極活物質であっても、異相が実質的に生成しない置換元素であれば、層状構造を維持して従来と同等の容量維持率を発揮できると言う考えのもと、置換元素の候補を以下のようにして見出すものである。
【0016】
<正極活物質>
本実施形態に係る置換元素の選択方法は、下記組成式(1)
Li1+aNibMeO2+α ・・・(1)
[組成式(1)において、Mは、Li、Ni以外の置換元素を表し、a、b、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b<1.0、0<e≦0.05、b+e=1、-0.2≦α≦0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物に用いることができる。
【0017】
また、本実施形態に係る置換元素の選択方法は、下記組成式(2)
Li1+aNibCocMndMeO2+α ・・・(2)
[組成式(2)において、Mは、Li、Ni、Co、Mn以外の置換元素を表し、a、b、c、d、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b<1.0、0<c、0<d、0<e≦0.05、b+c+d+e=1、-0.2≦α≦0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物に用いることが好ましい。
【0018】
組成式(1)(2)で表される正極活物質は、リチウムイオンの挿入及び脱離が可能な層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を有し、LiとNi及びNi以外の遷移金属とを含んで組成される。この正極活物質は、例えばリチウム遷移金属複合酸化物の一次粒子や二次粒子を主成分として構成されており、二次粒子は一次粒子が複数個凝集し焼結結合された状態にある。そして、このリチウム遷移金属複合酸化物は、Liを除いた金属当たりのNiの割合は80原子%以上であり、Niの含有率が高いため、高い充放電容量を実現することができる。
【0019】
その反面、ニッケルの含有率が高いことで、充放電時に結晶構造が不安定になり易い。結晶中でニッケルはNiO2の層を形成しており、放電時には層間にリチウムイオンが挿入され、充電時にはリチウムイオンの脱離が起こる。充放電に伴うリチウムイオンの挿入と脱離によって格子歪や結晶構造に変化が生じ、これが充放電サイクルにおける容量維持率の低下に繋がっているものと考えられる。これに対して、前記一次粒子や二次粒子の外表面にTiのようにNiO様の異相の形成を抑制し得る置換元素Mが濃化した層を形成すれば、結晶構造を安定化させることが期待できる。このような置換元素Mを本発明の選択方法により選択する。この選択方法は、組成式(1)でも(2)でも適用できるが、Co、Mnによる安定化に加えた相乗効果が望める組成式(2)に用いることが好ましいと考える。以下では組成式(2)による場合を主に説明する。
【0020】
<置換元素の選択>
本実施形態に係る置換元素の選択方法は、以下のステップ1、ステップ2を行って選択する。
【0021】
まず、ステップ1は、Li素原料粉末(Li源)と、Li、Ni以外で候補となる置換元素M´(M1、M2、M3…)の素原料粉末との混合粉末について、反応温度を測定する。ここで反応温度の測定は、熱重量分析(TG分析)することが好ましい。TG分析により、温度上昇による重量減少変化を測定し、反応による重量減少割合が温度900℃での値の1/2に相当する温度を反応温度T1、T2、T3…として求めた。一方で、Li素原料粉末とNi、Co、Mnの各素原料粉末との混合粉について、同様のTG分析を行い、それぞれの反応による重量減少割合が温度900℃での値の1/2に相当する反応温度を求め、Niの反応温度をTN、Coの反応温度をTC、Mnの反応温度をTMとした。
【0022】
また、本発明において反応温度を「反応による重量減少割合が温度900℃での値の1/2に相当する温度」とした理由について以下に述べる。まず、本発明ではNi比が80%以上と多いため、焼成温度が900℃を超えると、NiがLi層に混入するカチオンミキシングの増加や層状構造の崩壊を生じ易くなる。このような正極活物質では容量低下を招くことから900℃を上限に設定した。次に、900℃までの「Li源と各置換元素M´との反応性」を序列評価する指標が重要となるが、Li源と各置換元素M´は、Li-M´-O酸化物を徐々に形成していき、CO2ガスを放出して重量減少していくと考えられる。この反応過程は各置換元素で異なり複雑であるため、反応が進行する中間過程である「反応による重量減少割合が温度900℃での値の1/2に相当する反応温度」を実験的に測定し、この温度の高低で各置換元素の序列評価を行うようにしたものである。尚、TG分析以外では、例えば示差走査熱量測定(DSC)や発生気体分析(EGA)を用いることが出来る。
【0023】
次に、それぞれの置換元素M´の反応温度T1、T2、T3…と、Ni、Co、Mnの反応温度TN、TC、TMとをそれぞれ比較し、前記反応温度TN、TC、TMのそれぞれよりも反応温度が高い置換元素を選択する。例えば、T1、T2はTN、TC、TMよりも大きいことを満足するが、T3は1つでも満足しない場合は、T1とT2の元素は置換元素Mの候補となるが、T3の元素は、ここで除外することになる。尚、組成式(1)では、同様に測定したNiの反応温度TNと、前記反応温度Tとを比較し、反応温度TNよりも反応温度Tが高い置換元素を選択することになる。
【0024】
ステップ1によれば、選択され得る置換元素M´(例えばM1、M2)は、Ni、Co、MnよりLi源との反応温度が高いため、Li源とNi、Co及びMnとの反応が進んでおり、三元系の層状構造が形成され易くなる。これにより、正極活物質に必要な層状構造以外の結晶が生成する可能性が低減される。そして、これらの置換元素M´は、Li源との反応進行が遅いので効果的に活物質粒子の外表面に置換元素M´が濃化することが期待できる。
【0025】
次に、ステップ2では、ステップ1で選択した各置換元素M´(例えばM1、M2)について、他の素原料と同時焼成した場合にリチウム遷移金属複合酸化物に適した結晶構造が得られるか否かを判断する。ステップ1で選択した各置換元素M´(例えばM1、M2)の素原料粉末と、Li、Ni、Co、Mnの素原料粉末を用いて、上記組成式(2)を満足する正極活物質の焼成粉を得る。また一方で、組成式(2)においてe=0、すなわち置換元素M´を含まない焼成粉を同様にして得る。そして、これら各焼成粉をX線回析分析(XRD分析)する。このときe=0の回析結果を標準とし、e=0の回析結果と各焼成粉の回析結果とを対比する。その結果、e=0の回析結果と異なる回折ピークが生じていない、すなわち異相ピークが現われない元素を置換元素Mとして選択する。ここで、異なる回折ピーク(異相ピーク)が現われないとは、本発明ではXRD分析の強度がバックグラウンド以下となっていることを指し、実質的にノイズに相当し無視できる程度のものをいう。このような場合に実質的に異相の生成がないものとする。
【0026】
ステップ2によれば、ステップ1でリチウム遷移金属複合酸化物の層状構造を崩さずに添加できるという観点で選択した置換元素を、他の素原料と共に焼成し、焼成体としての結晶性をXRDで確認し、異相が生じない置換元素であるかの適性を見極めて選択するものである。リチウム遷移金属複合酸化物の焼成時に層状構造以外の結晶(異相)が生成される場合は、異相は電池の正極材として作用しないため、充放電時の容量が低下する他、異相の形態によっては抵抗が上昇し電池性能の低下に繋がる。このステップを設けることで、異相生成のない良好な性能の正極活物質を得ることが出来ることになる。
【0027】
XRD分析の手順としては、置換元素を含まないLi、Ni、Co、Mnのみの、e=0の組成のXRDパターンを標準とし、これに対して置換元素M´を添加した組成(0<e)でのXRDパターンを比較して、標準では検出されなかった回折ピークを異相と判定する。ステップ1で選択した置換元素を添加した場合の正極の容量低下や抵抗上昇が起こり得る可能性の有無を判断するものである。
以上により、ステップ1、ステップ2を満足する置換元素Mを選択することができれば、以降は選択した置換元素Mを用いて以下の本発明の製造方法を実施すればよい。
【0028】
<正極活物質の製造方法>
本実施形態に係る正極活物質の製造方法は、上記置換元素Mを選択する選択工程の後に、以下の工程1~工程3の手順で行うものである。
【0029】
工程1は、前記の組成式(1)や(2)に基づいてLiの素原料粉末と、Ni、Co、Mnおよび置換元素Mとの素原料粉末を準備する工程である(素原料準備工程)。
工程1では、例えば組成式(2)に基づいてLi、Ni、Co、Mnおよび置換元素Mを含んだ素原料粉末を秤量する。素原料として用いる化合物の形態としては、例えばリチウムでは、炭酸リチウム、酢酸リチウム、硝酸リチウム、硫酸リチウム、塩化リチウム、水酸化リチウム等がある。リチウム以外のNi、Co、Mnなどの金属の化合物としては、炭酸塩、水酸化物、オキシ水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、酸化物等が用いられる。化合物中に含まれる素原料の元素の純度から、必要な化合物量を求める。素原料の組成がずれていると後段で行う原料粉の焼成において、同一温度でも焼成状態が変わってしまい所定の結晶構造を有する焼成粉が得られなくなる。そのため、化合物中の素原料の純度や焼成前の全素原料混合粉の組成にズレがないか分析する。
【0030】
工程2は、工程1で準備した全素原料化合物の粉末を、粉砕および混合する工程である(粉砕混合工程)。
工程2では、全素原料化合物の粉末を、次の工程3で行う焼成に適した混合状態とするため、粉砕および混合を行う。素原料の粒径は均一ではなく、原料/化合物の種類、購入先などによりばらついている。素原料化合物の粒径は混合状態に影響を与えるため、粒径が所定の範囲内に収まっているほうが好ましい。そこで、全素原料を粉砕し粒径を調整する。また、素原料粉末の混合が不十分で素原料の分布が不均一な場合、焼成後の焼成粉の結晶構造が、目的とする層状構造まで成長しない、あるいは層状構造以外の結晶が生成される可能性があるため、均一状態とすべく粉砕し混合するほうが好ましい。原料の粉砕手段としては、ボールミル、ビーズミル、ジェットミル等を用いることができる。素原料粉は粉砕用のメデイアやライナーとの衝突、摩擦により所定の粒径まで粉砕される。
【0031】
粉砕混合工程の後に、造粒工程を行うのが好ましい。粉砕混合工程で得られた混合物を造粒して粒子同士が凝集した二次粒子(造粒体)を得る。混合物の造粒は、乾式造粒及び湿式造粒のいずれを利用して行ってもよい。混合物を造粒する造粒法としては、噴霧造粒法が特に好ましい。噴霧造粒機としては、2流体ノズル式、4流体ノズル式、ディスク式等の各種の方式を用いることができる。噴霧造粒法であれば、湿式粉砕によって精密混合粉砕した混合物のスラリーを、乾燥しながら造粒させることができる。また、スラリーの濃度、噴霧圧、ディスク回転数等の調整によって、二次粒子の粒径を所定範囲に精密に制御することが可能であり、真球に近く、化学組成が均一な造粒体を効率的に得ることができる。
【0032】
工程3は、工程2で粉砕・混合した全素原料混合粉末を同時に焼成する工程である(焼成工程)。
工程3では、全素原料を混合した粉末を同時に焼成することによりNi、Co、Mnおよび置換元素Mから成る層状構造の結晶が生成される。このとき、反応開始温度が一番高い置換元素Mは、既に層状構造が形成された二次粒子に対し最後に反応が起こるため、粒子の外表面に置換元素Mが濃化した層を形成し易くなる。このように粒子の外表面に濃化層を配置しやすい置換元素Mの選択手段が本発明の特徴である。また、このとき選択した置換元素Mを含む全素原料粉末を同時に熱処理し、固相反応により焼成することが本発明の製造方法の特徴でもある。尚、原料粉の焼成手段としては、ロータリーキルン、ローラハースキルン等の焼成炉を用いることができる。
【0033】
ここで全素原料の混合粉の焼成において層状構造の結晶を得るには、組成に応じて焼成温度を1段あるいは段階的に上昇させ多段で焼成するのが好ましい。
【0034】
例えば、固相法による多段焼成で素原料の化合物形態がLi、Co、Mnが炭酸塩、Niが水酸化物、置換元素Mが酸化物である場合には、低温度(約500℃以上700℃以下)の焼成で、炭酸塩からCO2が除々に放出されて酸化物に、水酸化物も除々に熱分解し酸化物への反応が進み、また、素原料同士の粒子表面における固相拡散が進む。中温度(約700℃以上800℃以下)での焼成では、Liが溶融して液相拡散が進むと共に、他の素原料(酸化物)とLiとの反応が進む。
【0035】
続く高温度(約800℃以上900℃以下)での焼成は、Liと他の素原料および他素原料同士の拡散反応が更に進み層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物が生成される。以上のように全素原料の同時焼成を、多段焼成をすることによりLi、Ni、Co、Mn及び置換元素Mを全て含んだ層状構造の正極活物質が得られやすいため好ましい。
【0036】
また、本実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物は、主成分であるリチウム遷移金属複合酸化物の他、原料や製造過程に由来する不純物、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子を被覆する他成分(ホウ素、リン、硫黄、フッ素、有機物等)、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子と共に混合される成分を含んでもよい。
ステップ2で得られた置換元素MをLi、Ni、Co、Mnの素原料と一緒に前述の1段あるいは多段の熱処理することで、上記の課題が解決でき、電池の容量や性能が低下しない正極活物質を得ることが可能となる。
【実施例】
【0037】
以下、置換元素Mの選択に係る一実施例を説明する。
置換元素M´について、まずはステップ1に基づいてLi素原料粉末との反応性を把握するため、反応温度をTG分析で測定した。置換元素M´の候補としては、Al、Ga、Mg、Zr、Znを挙げ、Tiを参照元素として挙げた。また、Ni、Co、Mn及び置換元素M´は酸化物とし、Liは炭酸塩を用いている。Li素原料と置換元素M´の素原料、Li素原料とNi素原料、Li素原料とCo素原料及びLi素原料とMn素原料と、それぞれ両者のモル比は1:1で秤量した。TG分析の結果を
図1に示す。図の横軸は温度、縦軸は初期試料重量に対する試料重量の減少割合とした。試験条件は昇温速度が10℃/minで、室温から900℃まで加熱した。
【0038】
TG分析結果から反応温度を求めた。ここで、反応温度とは、反応による重量減少割合が温度900℃での値の1/2に相当する温度とした。これは、上述したように温度上昇割合に対する重量減少割合が元素により異なるためである。
図1より、Niの反応温度T
Nは約610℃、Coの反応温度T
Cは約590℃、Mnの反応温度T
Mは約410℃であった。よって、置換元素の合否を判定する反応温度Tは、本実施例では610℃とする。
【0039】
これに対して、Al、Ga、Mg、Zr、Zn及びTiの各酸化物の反応温度は、Alが約760℃、Gaが約610℃、Mgが約850℃、Zrが約680℃、Znが約900℃及びTiが約620℃であった。よって、Al、Ga、Mg、Zr、Znの何れも反応温度は、Ni、Mn、Coのそれよりも高く、合否判定温度以上であった。また、Tiと比べても同等或いはそれ以上であった。
【0040】
以上のステップ1により、前述の5つの置換元素が、正極活物質を構成するNi、Co、Mnより、Liとの反応温度が高く、置換元素(添加元素)として用いた場合、層状構造を崩さず異相を生成し得ないものであることを確認した。
【0041】
(比較例1)
比較例としてB(ホウ素)とLaを用いた。B、La共に酸化物を用いており、上述の実施例と同様にしてTG分析を行った。その結果を
図1中に示す。
図1より、Bの反応温度は約190℃、Laの反応温度は約730℃であった。LaはNi、Mn、Coよりも反応温度が高くステップ1をクリアした。一方、Bは反応温度が低く、さらに半金属であるため置換元素Mとしては不適と判断される。
【0042】
続いて、ステップ2に基づいて、組成Li
1.02Ni
0.90Mn
0.05Co
0.03M
0.02の焼成粉を作製しXRD分析した。試料はLi
2CO
3、Ni(OH)
2、MnCO
3、CoCO
3および置換元素酸化物の素原料粉末を、ボールミルに純水と共に充填し、所定時間粉砕した後、粉砕スラリーを真空乾燥させ混合粉末とした。混合粉末の平均粒径は0.5~0.6μmである。混合粉末の焼成は、低温度(650℃×10hr)の仮焼成、中温度(755℃×10hr)の中間焼成、高温度の本焼成(840℃×4hr)の3段階で実施した。
ステップ1で選択した置換元素の候補であるAl、Ga、Mg、Zr、Zn及びTiを添加した夫々の組成の焼成粉についてXRD分析した。その結果を
図2に示す。尚、XRD分析は下記の条件で行った。
【0043】
<粉末X線回折測定>
以下に結晶構造の確認方法としてXRD(X線回折)の測定方法について説明する。粉末X線回折装置は「RINT(Rigaku製)」を用いた。
焼成粉をアルミ製のサンプルフォルダー内に充填した。その後、線源:CuKα、管電圧:40kV、管電流:100mA、走査角度:15~80°、走査速度:1.0°/min、サンプリング間隔:0.02°/stepの条件で測定した。
【0044】
図2では、置換元素を添加しない標準組成(e=0)の場合を合わせて示す。
図2より、標準組成の回折パターンに対して、Al、Ga、Mg、Zr、Zn及びTiを添加した場合の回折パターンは同一で、バックグラウンドより大きい異相ピークは検出されなかった。各元素共に本焼成では異相が生成されていないことを確認できた。
【0045】
(比較例2)
比較例としてステップ1で反応温度がNi、Mn、Coより高かった置換元素Laを用いて同じ組成比で本焼成し、同様にXRD分析した結果を
図3に示す。標準組成に対して図中に○印で示した位置に異相のピークが確認された。Laでは標準組成と異なる結晶(異相)が生成されていると判断できる。よって、Laはステップ2をクリアすることができず、置換元素Mとしては不適と判断される。
【0046】
以上により、リチウム遷移金属複合酸化物を用いた正極活物質に置換元素を添加する際に、上述したステップ1、ステップ2を実施して置換元素Mを選択することにより、焼成したリチウム遷移金属複合酸化物に層状構造以外の異相が含まれることが無くなり、抵抗上昇を抑えて容量維持率の低下や充放電容量の低下を抑制できることが期待される正極を得ることが可能となる。