(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-25
(45)【発行日】2022-08-02
(54)【発明の名称】刃物用素材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220726BHJP
C22C 38/24 20060101ALI20220726BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20220726BHJP
C22C 38/50 20060101ALN20220726BHJP
C21D 9/18 20060101ALN20220726BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/24
C21D9/46 Q
C22C38/50
C21D9/18
(21)【出願番号】P 2018539645
(86)(22)【出願日】2017-09-06
(86)【国際出願番号】 JP2017032031
(87)【国際公開番号】W WO2018051854
(87)【国際公開日】2018-03-22
【審査請求日】2020-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2016181454
(32)【優先日】2016-09-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山村 和広
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特公昭48-004694(JP,B1)
【文献】特開昭61-276953(JP,A)
【文献】特開昭62-116755(JP,A)
【文献】特開2014-070229(JP,A)
【文献】特開昭63-250440(JP,A)
【文献】特開2007-063635(JP,A)
【文献】特表2018-524068(JP,A)
【文献】国際公開第2014/162996(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/162997(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
C21D 9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.5~0.8%、Si:0.2%~1.0%、Mn:0.4%~1.0%、Cr:11~15%、V:0.1~0.8%、残部がFeと不可避的不純物でなり、
焼入れ前の状態で表面を研磨して観察した組織がフェライトおよび炭化物を有し、前記炭化物の平均粒径が0.5μm以下であり、前記炭化物のうちVを含む炭化物の割合が、視野面積率で20%以下であり、厚さが0.5mm以下であることを特徴とする刃物用素材。
【請求項2】
請求項1に記載の刃物用素材に少なくとも焼入れおよび焼戻しを行うことで得られる
刃物であって、
表面を研磨して観察した組織がマルテンサイト組織を有し、引張強さが2050MPa以上であることを特徴とす
る刃物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、刃物用素材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的に包丁やカミソリといった刃物にはマルテンサイト鋼が用いられている。特にCrを適量添加し、耐食性を向上させたマルテンサイト系ステンレス鋼は日常的な手入れが容易になることから、刃物用鋼として幅広く用いられており、今日まで多数の検討が行われてきている。
刃物として十分な切味を有することは重要な要件であるが、同時に切味が長く続くことも、また非常に重要である。ここで、耐久性に優れた刃物用合金としては例えば特許文献1または2のような例が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2000-273587号公報
【文献】特開2002-212679号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1、2には刃欠けや刃こぼれ等を生じることなく切味を長期間維持できる刃物用鋼として、いずれも炭化物を5μm以下とすることが記載されている。
しかしながら、本発明者らが刃物の耐久性を向上させる目的で合金改良を行うため、実際の刃物として剃刀を長期間使用し、その使用後の刃先を入念に観察したところ、刃欠けや刃こぼれは実際にはほとんど生じておらず、むしろ切味の劣化につながる要因としては刃先の曲りが主要因であることを見出した。
これはすなわち刃先の曲りを抑制することができれば、刃物としての寿命が延びることを意味しており、そのためには合金素地そのものの機械的強度を向上させることが有効であると考えられた。
本発明の目的は、高強度を有する刃物用素材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、刃物用鋼の高強度化に適した合金元素を探索し、Vを含有させてその固溶強化現象を利用することが効果的であることを見いだした。しかし、Vは刃物鋼の合金組織に含まれる金属炭化物の増加と粗大化を招きやすく、結果として刃先の欠けを生じさせやすいという課題がある。そこで、機械的特性と炭化物の析出形態を鋭意調査し、本発明に到達した。
すなわち本発明は、質量%で、C:0.5~0.8%、Si≦1.0%、Mn≦1.0%、Cr:11~15%、V:0.1~0.8%、残部がFeと不可避的不純物でなり、厚さが0.5mm以下である刃物用素材である。
上記発明において、表面を研磨して観察した組織がフェライトおよび炭化物を有し、前記炭化物の平均粒径が0.5μm以下であることが好ましい。
上記発明において、前記炭化物のうちVを含む炭化物の割合が視野面積率で50%以下であることが好ましい。
上記発明において、表面を研磨して観察した組織がマルテンサイト組織を有し、引張強さが2050MPa以上とすることもできる。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、刃物として使用している際に刃先の曲りが生じにくく、結果として刃物の寿命を長くすることが可能な機械的強度に優れた刃物用素材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】刃物用素材中に含まれる炭化物の個数密度とV量との関係を示す図である。
【
図2】刃物用素材中に含まれる炭化物の平均粒径とV量との関係を示す図である。
【
図3】刃物用素材中に含まれる炭化物の面積率とV量との関係を示す図である。
【
図4】刃物用素材のCとVとの元素マップの一例を示す図である。
【
図5】刃物用素材の引張強さとV量との関係を示す図である。
【
図6】刃物用素材の硬さとV量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
上述したように、本発明の重要な特徴は刃物用素材とする刃物用鋼にVを適量含有させたことにある。
本発明の刃物用素材において、各元素含有量の範囲を規定した理由は以下の通りである。なお、特に記載のない限り質量%として記す。
C:0.5~0.8%
C含有量を0.5~0.8%としたのは、刃物として十分な硬度を達成し、かつ、鋳造・凝固時の共晶炭化物の晶出を最低限に抑制するためである。Cが0.5%未満であれば刃物として十分な硬度が得られない。また、0.8%を超えるとCr量とのバランスで共晶炭化物の晶出量が増加し刃付け時の刃欠けの原因となる。上記のCによる効果をより確実に得るには、Cの下限は0.6%とするのが好ましく、上限については0.7%とするのが好ましい。
Si≦1.0%
Siは精錬時の脱酸剤として添加する。Siは1.0%を超えると介在物量が増加し刃付け時の刃欠けの原因となるため、上限を1.0%とした。一方、下限については特に設けないが、十分な脱酸効果を得ようとすると、Siが0.2%以上は残存することとなる。そのため、好ましいSiの範囲は0.2~1.0%である。
Mn≦1.0%
MnもSiと同様に精錬時の脱酸剤として添加する。Mnは1.0%を超えると熱間加工性が低下するため、上限を1.0%とした。一方、下限については特に設けないが、十分な脱酸効果を得ようとすると、Mnが0.4%以上は残存することとなる。そのため、好ましいMnの範囲は0.4~1.0%とする。
【0009】
Cr:11~15%
Crを11~15%としたのは、十分な耐食性を達成し、かつ、鋳造・凝固時の共晶炭化物の晶出を最低限に抑制するためである。Crが11%未満であればステンレス鋼として十分な耐食性は得られず、15%を超えると共晶炭化物の晶出量が増加し刃付け時の刃欠けの原因となる。上記のCrによる効果をより確実に得るには、Crの下限は12.5%とするのが好ましく、上限については13.5%とするのが好ましい。
V:0.1~0.8%
Vは本発明の刃物用素材において最も重要な元素である。Vは合金の金属素地に固溶することで、固溶強化により機械的強度を向上させる効果を奏する。通常、鋼の製造工程においてVは不可避不純物として混入しているが、その量が非常に微量である場合にはVの強化機構は働かないため、本発明においては0.1%を下限として含有させることが必須である。一方、VはCとの親和性が極めて高く、本発明のような高炭素鋼においてはV炭化物(VC)を形成しやすくなる。VCが形成した場合、Vによる金属素地の固溶強化機構が働かないだけでなく、本来金属素地に固溶しているCをもVCとして固定してしまうことで、刃物として必要な金属素地の硬さを低下させる。また粗大な炭化物が形成した場合、刃付け時や使用中に刃欠けの原因となることがあり、この点からも過度にVを含有させることは好ましくない。このため、Vの範囲は0.1~0.8%とした。上記のVによる効果をより確実に得るには、Vの下限は0.15%とするのが好ましい。好ましいVの上限は0.7%であり、さらに好ましい上限は0.5%である。
【0010】
以上、述べた元素以外はFeおよび不純物とする。
代表的な不純物元素としては、P、S、Ni、Cu、Al、Ti、NおよびOがあり、これらの元素は不可避的に混入するものであるが、本発明での効果を阻害しない範囲として、以下の範囲に規制することが好ましい。
P≦0.03%、S≦0.005%、Ni≦0.15%、Cu≦0.1%、Al≦0.01%、Ti≦0.01%、N≦0.05%およびO≦0.05%。
【0011】
また、本発明は刃物用素材であるため、その厚さは0.5mm以下とする。より好ましい厚さは0.3mm以下である。厚さの下限については特に規定しないが、最終的な厚さにするために冷間圧延を適用すること、過度に薄いと刃物用素材の剛性が低下することを考慮するとおおよそ0.05mm程度である。
本発明の刃物用素材は高周波溶解に代表される一般的な溶解プロセスによって製造されるため、厚さを減ずる工程としては、金属素地の結晶粒を微細化させ、強度を向上させることを兼ねて圧延に代表される塑性加工を行うことが好ましい。溶解後の鋼塊を、熱間鍛造、熱間圧延を経て、最終的に冷間圧延にて所望の厚さとすることが特に好ましい。なお、冷間加工を行う途中で材料の軟化と炭化物サイズの調整を目的として、700~900℃程度、30秒~1時間程度で焼鈍を適宜行うことは差支えない。
【0012】
次に、本発明の合金組成において、溶解~圧延の工程における金属組織はフェライト+炭化物となる組織を呈している。この炭化物の平均粒径は0.5μm以下であることが好ましい。炭化物は微細である方が刃物を製造する際の焼入れ工程において炭化物の固溶が生じやすく、より短時間で焼入れを完了させやすいという利点がある。また、炭化物の平均粒径が0.5μmを越えて粗大化すると焼入れ後でも粗大な炭化物が残留しやすく、刃付け工程や使用中に刃欠けの原因となりやすい。このため、炭化物の平均粒径は微細である方が好ましく、0.45μm以下であれば更に好ましい。なお、本発明合金の機械的特性の観点からは炭化物の平均粒径は小さければ小さいほうが良く、下限は特に限定しないが、微細化が進むにつれて製造工程上の負荷が過度に大きくなるため、0.1μm程度が現実的である。
【0013】
また、本発明においてVは金属素地の固溶強化を狙って含有される元素であるため、Vが炭化物中に含まれるほど金属素地の固溶強化機構は働きにくくなる。したがって本発明の刃物用素材において、炭化物のうちVを含む炭化物の割合の上限は視野面積率で50%以下であることが好ましい。さらに好ましくは20%以下である。また炭化物中のVを含む割合は少ないほうがよいため、下限は特に限定せず、その割合が0%であっても差し支えない。
ここで、炭化物中のうちVを含む炭化物の割合とは以下のような手順で計算ができる。
まず、CとVについてフェライト+炭化物となる金属組織での元素マッピングを行う。本発明の刃物用素材において炭化物を形成しうる元素はCrとVである。すなわち、元素マッピングにおいてCの濃化が生じている箇所にはCr炭化物かV炭化物のいずれか、あるいは両方が存在しているものと考えられる。一方、Vは金属素地に固溶しているか、V炭化物を形成しているかのいずれかであることから、Vの濃化が生じている箇所はV炭化物と考えられる。従い、次式によって炭化物中のVを含む炭化物の割合を視野面積率で求めることができる。
【0014】
【0015】
ここで「Cの濃化が生じている面積」とは、Cが濃化している各部分(C濃化粒子ともいう)の面積の合計であり、「Vの濃化が生じている面積」とは、Vの濃化も生じているC濃化粒子の面積の合計である。なお、Vは後述の通り金属素地中に固溶している方が望ましく、V炭化物が存在しない状態が視野面積率で0%となるため、下限は特に設けない。
ここで、元素マッピングには波長分散型X線分析装置(WDX)を備えた分析機器を使用することが好ましい。Cは軽元素であるため、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)では明瞭な同定が困難なためである。また前述の通り、本発明の刃物用素材において炭化物は非常に微細であることから、例えば、観察倍率を5000倍以上とした場合、2視野以上観察してその平均値を計測することが好ましい。CまたはVの濃化が生じている面積は計測する代表的な手順は以下の通りである。まず、測定した元素マップを金属素地部が黒(明度0)、CまたはVの最濃化部が白(明度255)となる計256段階のグレースケールにて表示する。続いて明度が64以上となる領域をCまたはVの濃化が生じている領域とし、その面積を計測する。
【0016】
また、本発明の刃物用素材は刃物として十分な硬さ、強度を有する必要があることから、実際に使用される際にはその金属組織はマルテンサイト組織を呈する必要がある。
前記の通り、本発明の刃物用素材鋼は溶解~圧延プロセスにおいてはフェライト+炭化物となる金属組織を呈しており、マルテンサイト組織へと変態させるための適切な焼入れ-焼戻しを施すことが必要である。
まず、焼入れ工程によって炭化物を固溶させマルテンサイト組織を形成させるが、焼入れ温度が低すぎると炭化物の固溶が促進されず、また温度が高すぎると炭化物の固溶が進みすぎて後の工程で残留オーステナイト量が増加したり結晶粒が粗大化する問題を招き、結果として引張強さや硬さの低下が生じる。このため、焼入れ条件としては1050℃~1200℃にて、15秒~5分保持後に急冷することが好ましい。ここで、急冷工程においては、本発明の刃物用素材の温度が焼入れ温度から室温まで50℃/秒以上の速度で冷却されることが好ましい。
焼入れ処理に続いてサブゼロ処理を行うことが好ましい。これは残留オーステナイトをマルテンサイト組織に変態させることで、十分な引張強さ、硬さを得るためである。サブゼロ処理は-70℃以下で行い、例えばドライアイスとアルコールの混合寒剤や液体窒素に浸す、液体窒素で冷却した金属のブロックで挟むなどの操作を行えばよい。なお、処理時間は本発明の刃物用素材が均一に冷却される程度でよく、その板厚に応じて30秒~30分程度行えば十分である。なお、サブゼロ処理によって冷却する工程で、上記急冷工程を満足する冷却速度が得られるのであれば、本発明の刃物用素材を焼入れ温度に所定の時間保持後、直接サブゼロ処理に供しても差し支えない。
最後に焼戻し処理を行い、マルテンサイト組織の靱性を回復する。あまり高温で焼戻しを行うと刃物用素材としての十分な硬さが得られなくなるため、望ましい焼戻し条件としては150~400℃にて15秒~1時間保持することが好ましい。
なお、上述した焼戻しを除く他の熱処理工程は温度が高いことから、本発明の刃物用素材の酸化を防ぐ目的で、窒素や水素等の非酸化性ガス中、あるいは真空中で処理することが好ましい。
【0017】
また、本発明の刃物用素材は上記の焼入れ、焼戻し(必要に応じて焼入れ後にサブゼロ処理)を行うことで、金属組織をマルテンサイト組織とすることができる。金属組織は例えば光学顕微鏡で観察することでマルテンサイト組織となっていることを確認することができる。
マルテンサイト組織とした刃物用素材は刃先の曲りを抑制するため、引張強さが2050MPa以上であることが好ましい。引張強さが2050MPa以上となると刃物としての寿命を延ばすことが可能だからである。引張強さの測定に当たっては本発明が刃物用素材であることを考慮し、所望の厚さとした後、焼入れ、焼き戻し等の熱処理を適宜行って金属組織をマルテンサイト組織とした後、圧延方向を試験方向とした試験片を作製し、その後、JIS-Z2241に準拠して板引張試験にて測定するのが良い。
【実施例】
【0018】
以下の実施例で本発明を更に詳しく説明する。
真空溶解で10kg鋼塊を作製し、熱間鍛造を行った。その後、厚さ1mmとなる板材を切り出し、焼鈍と冷間圧延を繰返して、厚さ0.1mmの試験素材を作製した。化学組成を表1に示す。
【0019】
【0020】
まず作製した試験素材をH
2中770℃で30秒加熱し、焼鈍し材を作製した。炭化物の評価を行うため、焼鈍し材の表面を電解研磨にて鏡面とした後、塩化第二鉄溶液にて腐食を行い、走査型電子顕微鏡にて組織観察を実施した。観察倍率10000倍にて各試料5視野ずつ観察を行った後、視野面積100μm
2中に見られた炭化物の面積率、個数、平均粒径(各炭化物の円相当径の個数平均)を画像解析にて計測した。測定対象とした炭化物は、10000倍で認識できた円相当径0.1μm以上の炭化物とした。炭化物の評価結果を
図1~3に示す。
図1~3の評価結果から100μm
2辺りの炭化物の個数はVが増加するほど減少する傾向を示したが、平均粒径は逆に増加する傾向が見られた。また面積率もV量とともに増加する傾向が見られ、これはVとCとの親和性が高いこと、特にVが0.5%を越えるとVを含む炭化物(VC)を形成し、炭化物の粗大化につながっているものと推測された。
【0021】
続いて炭化物解析に用いた試料を使用して、WDXを備えたFE-EPMAにて合金中のVの分布を調査した。Vは金属素地に固溶しているか、またはVを含む炭化物(VC)として析出していることが考えられるため、Cの分布と併せて
図4に元素マッピングの一例を示し、上記記載の手法にて計測した表2に炭化物中のVを含む割合を視野面積率で示す。
表2の結果から、Vの増加に従い、炭化物中のVを含む割合が増加しており、Vを含む炭化物(VC)が形成しているものと考えられる。
【0022】
【0023】
続いて、作製した焼鈍し材に熱処理を行い、金属組織をマルテンサイト組織とした。まず、焼鈍し材をAr中1100℃にて40秒加熱した後、試験片を常温の鉄製定盤で挟み込み、焼入れ処理を行った。続いて、-77℃で30分保持してサブゼロ処理を行った後、大気中で150℃で30秒保持、さらに350℃で30分保持して焼戻しを行い、焼戻し材を作製した。
続いて、作製した焼戻し材から各種試験片を採取した。引張試験片は圧延方向が試験方向となるよう、JIS14B号試験片を採取し、常温で引張試験を各組成について2本ずつ行った。また焼戻し材の表面を電解研磨にて鏡面とし、ビッカース硬さ測定を実施した(荷重300g、5点平均)。これらの結果を
図5、6に示す。
図5、6の結果から、本発明合金の引張強さはいずれも2050MPa以上であり、Vを0.1%以上含むことで、比較例と比較して引張強さが顕著に向上した。しかし、そのV量が0.2%を越えると引張強さはわずかに減少した。続いて硬さについてはV量0.47の時にもっとも高い結果を示したが、V量が0.94%の時は大きく減少した。これらの現象は先述のVを含む炭化物(VC)の析出と相関があると考えられる。
すなわち、Vが金属素地ではなくVを含む炭化物(VC)として析出することで、Vの固溶強化機構が働かなくなり、また金属素地中に固溶したCも少なくなることでマルテンサイト素地の硬さが低下する。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明は焼入れ後硬さと引張強度に優れているため、包丁、ナイフ、剃刀といった各種刃物用素材として好適である。