(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-25
(45)【発行日】2022-08-02
(54)【発明の名称】細胞内送達ベヒクル
(51)【国際特許分類】
C08F 4/04 20060101AFI20220726BHJP
A61K 9/51 20060101ALI20220726BHJP
A61K 47/32 20060101ALI20220726BHJP
A61K 47/34 20170101ALI20220726BHJP
A61K 47/58 20170101ALI20220726BHJP
A61K 47/59 20170101ALI20220726BHJP
A61K 49/00 20060101ALI20220726BHJP
C08F 220/00 20060101ALI20220726BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20220726BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20220726BHJP
【FI】
C08F4/04
A61K9/51
A61K47/32
A61K47/34
A61K47/58
A61K47/59
A61K49/00
C08F220/00
G01N33/483 C
G01N33/483 D
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2020027873
(22)【出願日】2020-02-21
(62)【分割の表示】P 2015176106の分割
【原出願日】2015-09-07
【審査請求日】2020-03-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】辻 俊一
(72)【発明者】
【氏名】井門 久美子
(72)【発明者】
【氏名】山田 小百合
(72)【発明者】
【氏名】内山 聖一
(72)【発明者】
【氏名】河本 恭子
(72)【発明者】
【氏名】徳山 英利
(72)【発明者】
【氏名】岡野 健太郎
【審査官】新留 素子
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-517054(JP,A)
【文献】国際公開第2013/094748(WO,A1)
【文献】特開2001-187764(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1861648(CN,A)
【文献】独国特許出願公開第02118553(DE,A1)
【文献】TSUJI Toshikazu.et al.,Cationic fluorescent polymeric thermometers with the ability to enter yeast and mammalian cells for practical intracellular temperature measurements,Analytical chemistry,2013年,Vol.85,p.9815-9823,全文、特に要約
【文献】HAYASHI Teruyuki.et al.,A cell-permeable fluorescent polymeric thermometer for intracellular temperature mapping in mammalian cell lines,PLOS ONE,2015年02月,Vol.10, No.2,doi:10.1371/journal.pone.0117677,全文、特にResults
【文献】UCHIYAMA Seiichi.et al.,A cationic fluorescent polymeric thermometer for the ratiometric sensing of intracellular temperature,Analyst,2015年05月,vol.140,p.4498-4506,全文、特にFig.1、Results and discussion
【文献】辻俊一、他,自発的に細胞に入り込む細胞用ナノ蛍光温度プローブの開発,バイオサイエンスとインダストリー,一般財団法人バイオインダズトリー協会,2014年05月01日,第72巻 第3号,p.227-229
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
C08F 4/04
C08F 220/00
C12Q 1/02
G01N 33/483
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル粒子を製造する方法であって、
一般式(I):
【化1】
[式中、
Yは、単結合を表し、
Zは、単結合を表し、
R
72、R
73、R
75、R
76、R
77、およびR
78は、それぞれ独立して、水素原子およびC
1-6アルキルからなる群から選択され、
R
81、R
82、R
83、およびR
84は、C
1-4アルキルであり、
R
71およびR
74は、それぞれ独立して、C
1-3アルキル基であり、
X
f
-はカウンターアニオンである]
の化学構造を有するカチオン性重合開始剤と、炭素-炭素二重結合を含んでなるモノマーと、架橋剤によるラジカル重合反応を行うことを含んでなる、方法。
【請求項2】
前記R
81、R
82、R
83、およびR
84が、それぞれ独立して、メチル、エチルおよびイソブチルからなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記R
71およびR
74がメチル基である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記R
72およびR
73、前記R
75およびR
77、前記R
76およびR
78、前記R
81およびR
84、前記R
82およびR
83、並びに前記R
71およびR
74が、それぞれ同一の置換基を表す、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
R
71、R
72、R
73、R
74、R
81、R
82、R
83およびR
84がメチル基であり、R
75、R
76、R
77およびR
78が水素原子であり、YおよびZが単結合である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
少なくとも一方の末端が陽性荷電を帯びたひも状ポリマーを製造する方法であって、
一般式(I):
【化2】
[式中、R
71およびR
74がC
1-3アルキルから選択され、R
72およびR
73がC
1-6アルキルから選択され、Y、Z、R
75、R
76、R
77、R
78、R
81、R
82、R
83、R
84、およびX
f
-は、請求項1~5のいずれか一項で定義された通りである。]
の化学構造を有するカチオン性重合開始剤と、炭素-炭素二重結合を含んでなるモノマーによるラジカル重合反応を行うことを含んでなる、方法。
【請求項7】
主鎖の少なくとも一方の末端に式(I’):
【化3】
[式中、Y、R
72、R
75、R
76、R
81、R
82、およびR
71は、請求項
6で定義された通りである。]
で表されるカチオン性重合開始剤に由来する構造と、これに続く、炭素-炭素二重結合を含んでなるモノマーに由来する繰り返し構造を含む共重合体からなる、少なくとも一方の末端が陽性荷電を帯びたひも状ポリマー。
【請求項8】
主鎖の少なくとも一方の末端に式(I’):
【化4】
[式中、Y、R
72、R
75、R
76、R
81、R
82、およびR
71は、請求項1~5のいずれか一項で定義された通りである。]
で表されるカチオン性重合開始剤に由来する構造と、これに続く、式(a)で表されるモノマーおよび式(b)で表されるモノマー:
【化5】
[式中、
R
1は、水素原子およびC
1-3アルキルから選択され;
R
4およびR
5は、独立に、水素原子およびC
1-20アルキルから選択され、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、C
1-6アルコキシ、およびアリールから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく、
またはR
4およびR
5はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成し、ここで当該ヘテロ環は、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、ニトロ、ハロゲン原子、C
1-10アルキルカルボニルアミノおよびアリールカルボニルアミノから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい];
【化6】
[式中、
R
3は、水素原子およびC
1-3アルキルから選択され;
X
2は、O、S、またはN-R
12であり;
X
3は、直接結合、O、S、SO、SO
2、N(-R
13)、CON(-R
16)、N(-R
16)CO、N(-R
17)CON(-R
18)、SO
2N(-R
19)またはN(-R
19)SO
2であり;
Q
2は、C
1-20アルキレン、C
3-20アルケニレン、またはC
3-20アルキニレンから選択され、ここで前記アルキレンは、1以上の個所において、O、Sまたはフェニレンが独立に挿入されていてもよく;
Arは、6~18員芳香族炭素環基、または5~18員芳香族ヘテロ環基から選択され、ここで当該芳香族炭素環基および芳香族ヘテロ環基は、含まれる環の1以上が芳香族環である縮合環を含んでいてもよく、当該芳香族炭素環基および芳香族ヘテロ環基に環原子として存在する-CH
2-は-C(O)-に置換されていてもよく、さらに当該芳香族炭素環基および芳香族ヘテロ環基は、ハロゲン原子、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、C
1-6アルキルスルホニル、ニトロ、シアノ、C
1-6アルキルカルボニル、C
1-6アルコキシカルボニル、カルボキシ、ホルミル、-NR
6R
7、および-SO
2NR
14R
15から選択される1以上の置換基により置換されていてもよく(ここで前記C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、C
1-6アルキルスルホニル、C
1-6アルキルカルボニルおよびC
1-6アルコキシカルボニルに含まれるアルキルは、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、C
1-6アルキルアミノ、ジ(C
1-6アルキル)アミノ、アリール、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい);
R
6およびR
7は、独立に、水素原子、C
1-10アルキル、アリール、C
1-10アルキルカルボニル、アリールカルボニル、C
1-10アルキルスルホニル、アリールスルホニル、カルバモイル、N-(C
1-10アルキル)カルバモイル、およびN,N-ジ(C
1-10アルキル)カルバモイルから選択され、ここで前記C
1-10アルキル、C
1-10アルキルカルボニル、C
1-10アルキルスルホニル、N-(C
1-10アルキル)カルバモイル、およびN,N-ジ(C
1-10アルキル)カルバモイルに含まれるアルキルは、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、C
1-6アルキルアミノ、ジ(C
1-6アルキル)アミノ、アリール、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく、さらに前記アリール、アリールカルボニル、およびアリールスルホニルに含まれるアリールは、ハロゲン原子、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;または
R
6およびR
7はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成し、ここで当該ヘテロ環は、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、ニトロ、ハロゲン原子、C
1-10アルキルカルボニルアミノおよびアリールカルボニルアミノから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
R
12は、水素原子、C
1-6アルキル、または-Q
2-X
3-Arであり、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、およびC
1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
R
13は、水素原子、またはC
1-6アルキルであり、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、およびC
1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
R
14およびR
15は、独立に、水素原子、およびC
1-6アルキルから選択され;またはR
14およびR
15はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成し;
R
16、R
17、R
18およびR
19は、独立に、水素原子、およびC
1-6アルキルから選択され、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、およびC
1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい]
のそれぞれに由来する繰り返し構造を含んでなり、さらに架橋剤による架橋構造を含んでなる、共重合体。
【請求項9】
式(I’):
【化7】
[式中、Y、R
72、R
75、R
76、R
81、R
82、およびR
71は、請求項1~5のいずれか一項で定義された通りである。];
で表される末端構造、
並びに、式(A)、および式(B):
【化8】
[式中、R
1、R
4およびR
5は、請求項
8で定義された通りである。];
【化9】
[式中、R
3、X
2、X
3、Q
2およびArは、請求項
8で定義された通りである。]
で表される繰り返し単位を含んでなり、さらに架橋剤による架橋構造を含んでなる、共重合体。
【請求項10】
主鎖の少なくとも一方の末端に式(I’):
【化10】
[式中、Y、R
72、R
75、R
76、R
81、R
82、およびR
71は、請求項1~5のいずれか一項で定義された通りである。]
で表されるカチオン性重合開始剤に由来する構造と、これに続く、式(a)で表されるモノマー、式(b)で表されるモノマーおよび式(c)で表されるモノマー:
【化11】
[式中、R
1、R
4およびR
5は、請求項
8で定義された通りである。];
【化12】
[式中、R
3、X
2、X
3、Q
2およびArは、請求項
8で定義された通りである。];
【化13】
[式中、
R
55は、水素原子およびC1-3アルキルから選択され;
R
51、R
52、R
53およびR
54は、独立に、水素原子およびC
1-6アルキルから選択され;
X
4は、直接結合、フェニレン、-Q
4-O-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQ
4である)、-Q
4-N(-R
61)-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQ
4である)であり;
R
61は、水素原子およびC
1-6アルキルから選択され;
Q
4は、C
1-20アルキレン、フェニレン、およびナフチレンから選択され、該フェニレンおよびナフチレンは、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい。]
のそれぞれに由来する繰り返し構造を含んでなり、さらに架橋剤による架橋構造を含んでなる、共重合体。
【請求項11】
式(I’):
【化14】
[式中、Y、R
72、R
75、R
76、R
81、R
82、およびR
71は、請求項1~5のいずれか一項で定義された通りである。]
で表される末端構造、
並びに、式(A)、式(B)および式(C):
【化15】
[式中、R
1、R
4およびR
5は、請求項
8で定義された通りである。];
【化16】
[式中、R
3、X
2、X
3、Q
2およびArは、請求項
8で定義された通りである。];
【化17】
[式中、R
55、R
51、R
52、R
53、R
54およびX
4は、請求項
10で定義された通りである。]
で表される繰り返し単位を含んでなり、さらに架橋剤による架橋構造を含んでなる、共重合体。
【請求項12】
請求項
8~
11のいずれか一項に記載の共重合体を含んでなる、温度感受性プローブ。
【請求項13】
細胞内の温度を測定する方法であって、
(a)請求項
12に記載の温度感受性プローブを細胞内に導入する工程、および
(b)励起光照射下、蛍光強度または蛍光寿命を測定する工程
を含んでなる、方法(ただし、in vivoにおいてヒト細胞に前記温度感受性プローブを導入することによりヒトを診断する場合を除く)。
【請求項14】
細胞内の温度を測定するためのキットであって、請求項
8~
11のいずれか一項に記載の共重合体、または請求項
12に記載の温度感受性プローブを含んでなる、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞増殖を妨げずに所望の成分または化合物を細胞内に容易に送達できる細胞内送達ベヒクル、その製造方法または使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛋白質などを細胞内に導入するにあたり、蛋白質をカチオン化することにより、効率的に導入できることが知られている(特許文献1)。また、インスリンなどのペプチド性医薬品をキトサンなどのカチオン性高分子などと共に用いると、粘膜上皮細胞に障害を与えることなく粘膜吸収促進が図られることが知られている(非特許文献1)。さらに、ポリカチオンを用いたナノ粒子によるsiRNAの細胞への導入によるRNAi治療の副作用の問題点とその解決手段について検討されている(非特許文献2)。さらに、最近では、温度感受性蛍光プローブとして細胞内に導入するためのカチオン性ポリマーが報告されている(特許文献2)。しかし、カチオンが上述の現象を引き起こすメカニズム、細胞に与える影響、さらにはその応用範囲については、必ずしも解明されているわけではない。
【0003】
これら以外にも、カチオンに着目した機能開発は数多くなされている。例えば、カチオン系バイオポリマーであるキトサンとγグルタミン酸によるナノカプセルについて、周囲のpHに連動して膨潤/収縮する性質を見出し、その応用が検討されている(非特許文献3)。また、新型カチオン活性剤のヘアーコンディショナーへの活用の可能性(非特許文献4)や、帯電量を保持しながら低吸湿性に優れているカチオン性重合体の応用(特許文献3)などが報告されている。
【0004】
しかしながら、これらの技術により種々のカチオン性のポリマーが与えられたとしても、細胞増殖を妨げずに細胞内に容易に導入することができ、特に、導入した細胞の細胞分裂を阻害しないポリマーを選び出すことは困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】関俊暢 薬学雑誌, vol.130(9), pp.1115-1121, 2010
【文献】Borja Ballarin-Gonzalez et.al., Advanced Drug Delivery Reviews vol., 64 p.1717-1729, 2012
【文献】Takayuki Imoto et.al., Macromol. Biosci. vol.10, pp.271-277, 2010
【文献】三田村譲嗣ら J. Soc. Cosmet. Chem. Jpn. vol.30(1), pp.84-93, 1996
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-49214号公報
【文献】国際公開第2013/094748号
【文献】特開2011-157503号公報
【発明の概要】
【0007】
本発明の目的は、細胞増殖を妨げずに細胞内に所望の成分または化合物を容易に送達できるベヒクル、その製造方法および使用方法を提供することにある。
【0008】
本発明者らは、温度感受性蛍光プローブを細胞内に導入する技術を開発する過程で、細胞内に容易に導入できると共に、導入した細胞の細胞分裂を阻害しない新規なベヒクルの調製方法を見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)表面が陽性荷電で覆われた、細胞内送達ベヒクル。
(2)細胞内に送達される目的の成分または化合物が、前記(1)に記載の前記細胞内送達ベヒクルに充填されてなる、細胞内送達複合体。
(3)細胞内に送達される目的の成分または化合物が前記細胞内送達ベヒクルに共有結合している、前記(2)に記載の細胞内送達複合体。
(4)前記化合物が、温度に応じてその特性が変化する感熱性ユニット、および該感熱性ユニットの特性変化に伴って蛍光強度または蛍光寿命が変化する蛍光性ユニットである、前記(2)または(3)に記載の細胞内送達複合体。
(5)前記(4)に記載の細胞内送達複合体を含んでなる、温度感受性プローブ。
(6)細胞内の温度を測定する方法であって、
(a)前記(5)に記載の温度感受性プローブを細胞内に導入する工程、および
(b)励起光照射下、蛍光強度または蛍光寿命を測定する工程
を含んでなる、方法。
【0010】
本発明は、マイクロインジェクション等の複雑な操作を必要とせず、所望の成分または化合物を容易に細胞に導入することができる点で有利である。また、導入されたベヒクルが細胞の細胞増殖を妨げない点で有利である。さらに、本発明のベヒクルを利用すれば、所望の成分または化合物を、細胞増殖を妨げずに、容易に細胞内に送達できる点で有利である。さらに、本明細書の実施例では、細胞に導入された本発明のベヒクルが細胞の分化を妨げないという利点を有することも確認されている。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】化合物2bのTEMによる観察結果を示した一例である。
【
図2】化合物3dのTEMによる観察結果を示した一例である。
【
図3】化合物EF043のTEMによる観察結果を示した一例である。
【
図4】化合物Lin40とLin41(黒丸:Lin40、白丸:Lin41)の150mM塩化カリウム水溶液中での蛍光強度(Lin40:569nm、Lin41:571nm)の感熱応答性試験結果(0.005w/v%、励起波長450nm)の一例である(n=3)。
【
図5】EF043,NN-AP4、Lin40、Lin41、k40をそれぞれ5%グルコース溶液中でヒト子宮頸癌由来HeLa細胞と混合(37℃、10分)し、顕微鏡で観察(励起光:473nm、蛍光:500nm~600nm)を行った写真の一例である。
【
図6】EF043,NN-AP4、Lin40を導入したHeLa細胞を使って、24時間後のプローブが入った細胞数をカウントし、増殖率を評価した一例である(n=3)。
【
図7】褐色脂肪細胞に分化誘導直後にカチオン性ゲル型温度プローブEF043を導入し、その後、さらに培養を3日間続け、成熟した状態になった褐色脂肪細胞を顕微鏡下で観察した結果の一例である。
【
図8】EF043を5%グルコース溶液中でMOLT-4 (ヒト急性リンパ芽球性白血病T細胞)と混合(37℃、10分)し、顕微鏡で観察(励起光:473nm、蛍光:500nm~600nm)を行った写真の一例(左)とMOLT-4細胞中のEF043の蛍光強度の感熱応答性試験の結果の一例(右)(n=3)である。
【
図9】MOLT-4 (ヒト急性リンパ芽球性白血病T細胞)細胞中のEF043の蛍光寿命(Ex:405nm、Em:565nm)の感熱応答性試験の結果(n=3)の一例である。
【
図10】
図9のグラフから算出した温度分解能の結果の一例である。
【
図11】フルオレセインおよびローダミンBを包含したPEG型のカチオン性ゲルのHEK293T(ヒト由来胎児腎細胞)細胞への導入効率を蛍光分子単独の場合と比較した結果(n=3)の一例である。
【発明の具体的説明】
【0012】
1.定義
本発明において「ベヒクル」(vehicle)とは、所望の成分または化合物を細胞内に送達させる媒体または担体を意味する。
【0013】
本発明における「細胞」とは、一般的な分類である原核細胞と真核細胞の両方を含み、特にその生物の種に依らない。例えば、原核細胞は真正細菌と古細菌に分けられるが、真正細菌はその中でも放線菌門のようなグラム陽性菌とプロテオバクテリア門のようなグラム陰性菌に大きく分けられ、ペプチドグリカン層の厚みなどによって、本発明の細胞内送達ベヒクルが適用できる範囲は制限されない。また、真核細胞には、主に真核生物(原生生物、真菌、植物、動物)に属する細胞が当てはまる。例えば、一般的に分子生物学などの研究で利用され、かつ工業的にも利用される酵母は真菌に属する。また、本発明の細胞内送達ベヒクルは、浮遊細胞および接着細胞の両方において好適に用いられる。
【0014】
本明細書において「C1-3アルキル」とは、炭素数1~3の直鎖状、分岐鎖状、または環状のアルキル基を意味し、メチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、シクロプロピルが含まれる。
【0015】
本明細書において「C1-6アルキル」とは、炭素数1~6の直鎖状、分岐鎖状、環状または部分的に環状のアルキル基を意味し、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、n-ブチル、s-ブチル、i-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、3-メチルブチル、2-メチルブチル、1-メチルブチル、1-エチルプロピル、n-ヘキシル、4-メチルペンチル、3-メチルペンチル、2-メチルペンチル、1-メチルペンチル、3-エチルブチル、および2-エチルブチル、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、およびシクロプロピルメチルなどが含まれ、例えば、C1-4アルキルおよびC1-3アルキルなども含まれる。
【0016】
本明細書において「C1-10アルキル」とは、炭素数1~10の直鎖状、分岐鎖状、環状または部分的に環状のアルキル基を意味し、例えば、既に定義したC1-6アルキルおよびC1-3アルキルなどが含まれる。
【0017】
本明細書において「C1-20アルキル」とは、炭素数1~20の直鎖状、分岐鎖状、環状または部分的に環状のアルキル基を意味し、例えば、既に定義したC1-10アルキル、C1-6アルキルおよびC1-3アルキルなどが含まれる。
【0018】
本明細書において「C1-6アルコキシ」とは、アルキル部分として既に定義した炭素数1~6のアルキル基を有するアルキルオキシ基を意味し、例えば、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、i-プロポキシ、n-ブトキシ、s-ブトキシ、i-ブトキシ、t-ブトキシ、n-ペントキシ、3-メチルブトキシ、2-メチルブトキシ、1-メチルブトキシ、1-エチルプロポキシ、n-ヘキシルオキシ、4-メチルペントキシ、3-メチルペントキシ、2-メチルペントキシ、1-メチルペントキシ、3-エチルブトキシ、シクロペンチルオキシ、シクロヘキシルオキシ、シクロプロピルメチルオキシなどが含まれ、例えば、C1-4アルコキシおよびC1-3アルコキシなども含まれる。
【0019】
本明細書において「アリール」とは、6~10員芳香族炭素環基を意味し、例えば、フェニル、1-ナフチル、2-ナフチルなどが含まれる。
【0020】
本明細書において「C7-14アラルキル」とはアリール基を含む炭素数が7~14のアリールアルキル基を意味し、例えば、ベンジル、1-フェネチル、2-フェネチル、1-ナフチルメチル、2-ナフチルメチルなどが含まれる。
【0021】
本明細書においてハロゲン原子としては、例えばフッ素原子、塩素原子、臭素原子およびヨウ素原子などが挙げられる。
【0022】
本明細書において「C1-20アルキレン」とは、炭素数1~20の直鎖状、分岐鎖状、環状または部分的に環状のアルキレン基を意味し、例えば、メチレン、エチレン、プロピレン、ブチレンなど、さらにC1-10アルキレンおよびC1-6アルキレンなどが含まれる。
【0023】
本明細書において「C3-20アルケニレン」とは、炭素数3~20の直鎖状、分岐鎖状、環状または部分的に環状のアルケニレン基を意味し、例えば、プロペニレン、ブテニレンなど、さらにC3-10アルケニレンおよびC3-6アルケニレンなどが含まれる。
【0024】
本明細書において「C3-20アルキニレン」とは、炭素数3~20の直鎖状、分岐鎖状、環状または部分的に環状のアルキニレン基を意味し、例えば、プロピニレン、ブチニレンなど、さらにC3-10アルキニレンおよびC3-6アルキニレンなどが含まれる。
【0025】
本明細書において「C1-6アルキルチオ」とは、アルキル部分として既に定義した炭素数1~6のアルキル基を有するアルキルチオ基を意味し、例えば、メチルチオ、エチルチオ、n-プロピルチオ、i-プロピルチオ、n-ブチルチオ、s-ブチルチオ、i-ブチルチオ、t-ブチルチオなどが含まれる。
【0026】
本明細書において「C1-6アルキルスルフィニル」とは、アルキル部分として既に定義した炭素数1~6のアルキル基を有するアルキルスルフィニル基を意味し、例えば、メチルスルフィニル、エチルスルフィニル、n-プロピルスルフィニル、i-プロピルスルフィニル、n-ブチルスルフィニル、s-ブチルスルフィニル、i-ブチルスルフィニル、t-ブチルスルフィニルなどが含まれる。
【0027】
本明細書において「C1-6アルキルスルホニル」とは、アルキル部分として既に定義した炭素数1~6のアルキル基を有するアルキルスルホニル基を意味し、例えば、メチルスルホニル、エチルスルホニル、n-プロピルスルホニル、i-プロピルスルホニル、n-ブチルスルホニル、s-ブチルスルホニル、i-ブチルスルホニル、t-ブチルスルホニルなどが含まれる。
【0028】
本明細書において「6~18員芳香族炭素環基」とは、例えば、フェニル、ナフチル、アントラセニル、ピレニル、インダニル、テトラリニルなどが含まれる。
【0029】
本明細書において「5~18員芳香族ヘテロ環基」とは、酸素、窒素および硫黄から選択される1以上のヘテロ原子を有する芳香族ヘテロ環であり、例えば、ピロリル、ピラゾリル、イミダゾリル、ピリジル、インドリル、キノリル、キノキサリニル、キナゾリニル、ベンゾフラニル、ベンゾチエニル、ベンゾピラニル、ベンゾクロメニルなどが含まれる。
【0030】
本明細書において「C2-6アルケニルスルホニル」とは、アルケニル部分として既に定義したC2-6アルケニル基を有するアルケニルスルホニル基を意味し、例えばビニルスルホニル、アリルスルホニルなどが含まれる。
【0031】
本明細書において「C2-6アルケニルカルボニル」とは、アルケニル部分として既に定義したC2-6アルケニル基を有するアルケニルカルボニル基を意味し、例えばアクリロイル、メタクリロイルなどが含まれる。
【0032】
本明細書において「C2-6アルキニルカルボニル」とは、アルキニル部分として既に定義したC2-6アルキニル基を有するアルキニルカルボニル基を意味し、例えばエチニルカルボニルなどが含まれる。
【0033】
本明細書において「C1-6アルキルカルボニル」とは、基-CO(C1-6アルキル)を表し、ここで当該C1-6アルキルは既に定義したとおりである。
【0034】
本明細書において「C1-6アルコキシカルボニル」とは、基-CO(C1-6アルコキシ)を表し、ここで当該C1-6アルコキシは既に定義したとおりである。
【0035】
本明細書において「C1-6アルキルカルボニルアミノ」とは、基-NHCO(C1-6アルキル)を表し、ここで当該C1-6アルキルは既に定義したとおりである。
【0036】
本明細書において「C1-6アリールカルボニルアミノ」とは、基-NHCO(アリール)を表し、ここで当該アリールは既に定義したとおりである。
【0037】
本明細書における「5~7員含窒素ヘテロ環」には、例えば、ピロール環、ピロリジン環、ピペリジン環、ホモピペリジン環、ピペラジン環、ホモピペラジン環、モルホリン環、チオモルホリン環など飽和ヘテロ環が含まれる。
【0038】
本明細書における「4~8員含窒素ヘテロ環」には、例えば、ピロール環、アゼチジン環、ピロリジン環、ピペリジン環、ホモピペリジン環、ピペラジン環、ホモピペラジン環、モルホリン環、チオモルホリン環など、および5~7員含窒素ヘテロ環が含まれる。
【0039】
本明細書における「2つの窒素原子を含む5~7員ヘテロ環」には、例えば、イミダゾリジン、テトラヒドロピリミジンなどが含まれる。
【0040】
本明細書において、アルキレンが1以上の個所においてOが挿入されている場合、当該アルキレン鎖は主鎖中にエーテル結合を含むことになり、当該挿入は安定な構造となるために、-O-O-および-O-CH2-O-の構造とならないように行われることは当業者であれば容易に理解するはずである。以上のことはアルキレンへのSの挿入においても当てはまる。
【0041】
本明細書において、共重合体とは、各ユニットにあたるモノマーを混ぜ、重合反応をしてできた高分子鎖の集合体である。ポリマーとは、モノマーユニットが結合し連なった高分子鎖を示す。
【0042】
本明細書において「カウンターアニオン」とは、有機化学の技術分野で有機化合物のカウンターアニオンとして通常用いられるアニオンであれば特に制限されず、例えば、ハロゲン化物アニオン(塩化物イオン、臭化物イオン、フッ化物イオン、ヨウ化物イオン)、有機酸の共役塩基(例えば酢酸イオン、トリフルオロ酢酸イオン)、硝酸イオン、硫酸イオン、炭酸イオンなどが含まれる。本発明において好ましいカウンターアニオンとしては、例えば、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、塩化物イオン、硝酸イオンなどが挙げられる。
【0043】
なお、カウンターアニオンが2価以上である場合、それに対応する個数のイオン性官能基とイオン結合を形成することは当業者により容易に理解されるとおりである。
【0044】
2.細胞内送達ベヒクル
本発明の細胞内送達ベヒクルとは、表面が陽性荷電で覆われた任意の形状のゲル粒子:
【化1】
である。本発明の細胞内送達ベヒクルの形状は、好ましくは略楕円球形状であり、さらに好ましくは略球形状である。
【0045】
この細胞内送達ベヒクルは所望の成分または化合物を充填し細胞内送達複合体を形成することができる。また、この細胞内送達ベヒクルに所望の成分または化合物を共有結合して細胞内送達複合体を形成することができる。細胞内送達ベヒクルおよびこれらの細胞内送達複合体は容易に細胞内に導入することができ、しかも導入した細胞の生存および増殖を妨げない。さらに、本明細書の実施例では、細胞に導入された本発明のベヒクルが細胞の分化を妨げないという利点を有することも確認されている。
【0046】
一つの好ましい実施態様によれば、本発明の細胞内送達ベヒクルは、
【化2】
の構造を有する。
【0047】
3.細胞内送達ベヒクルの製造方法
本発明の細胞内送達ベヒクルは、例えば、2つの末端のうち少なくとも一方の末端のユニットまたはその近辺のユニットが陽性荷電を有するポリマーを作製し、これを分子間で架橋させることにより製造することができる。一つの好ましい実施態様によれば、本発明の細胞内送達ベヒクルは、カチオン性重合開始剤と、炭素-炭素二重結合を含んでなるモノマーと、架橋剤とを用いるラジカル重合反応を行うことにより製造される。
【0048】
(1)カチオン性重合開始剤
本発明に用いられるカチオン性重合開始剤は、(a)常温で安定であり、(b)水溶性であり、(c)ラジカル重合反応を惹起させるラジカル産生能があり、(d)ラジカル重合反応後の重合体の末端においても幅広いpHの範囲で、少なくとも中性付近で、正電荷を有するものである。
【0049】
ここで、カチオン性重合開始剤は、細胞内において正電荷を保持するものであることが好ましい。多くの細胞内のpHは2~9、さらに一般的な動物、植物および微生物の細胞であれば4~8程度である。従って、カチオン性重合開始剤は、このpHの範囲内で正電荷を保持するものであることが望ましい。
【0050】
本発明のカチオン性重合開始剤は、例えば、一般式(I):
【化3】
[式中、
Yは、単結合またはCR
85を表し、
Zは、単結合またはCR
86を表し、
R
72、R
73、R
75、R
76、R
77、R
78、R
85およびR
86は、それぞれ独立して、水素原子、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択され、ここで前記C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルカルボニルおよびフェニルは、さらにC
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択される1または2個の置換基で置換されていてもよく、
R
72およびR
73は、さらに、それぞれ独立して、アダマンチル、またはSi(OCH
3)
2(CH
3)で置換されたC
1-6アルキルを表してもよく、 あるいは、R
75およびR
76、またはR
77およびR
78は、一緒になって-(CH
2)
3-5-を形成してもよく、
R
81、R
82、R
83、およびR
84は、C
1-4アルキル、C
1-4アルキルカルボニル、およびC
1-3アルコキシからなる群から選択される置換基であり、ここで前記C
1-4アルキルは一つのC
1-3アルコキシ基で置換されていてもよく、及び
R
71およびR
74は、それぞれ独立して、C
1-3アルキル基であり、 X
f
-はカウンターアニオンである]
の化学構造を有する。
【0051】
本発明の一つの実施態様では、式(I)のYおよびZは単結合を表す。
【0052】
別の実施態様では、式(I)のR81、R82、R83およびR84は、それぞれ独立して、メチル、エチル、メチルカルボニル、イソブチル、および2-メチル-2-メトキシ-プロピルからなる群から選択される。
【0053】
別の実施態様では、式(I)のR71およびR74はメチル基である。
【0054】
別の実施態様では、式(I)のR72、R73、R75、R76、R77、R78、R85、およびR86は、それぞれ独立して、水素原子、C1-6アルキル、C1-6アルコキシ、C1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択される。
【0055】
別の実施態様では、式(I)のR75およびR76、またはR77およびR78は、一緒になって-(CH2)4-を形成する。
【0056】
本発明の好ましい実施態様によれば、式(I)のR72およびR73、R75およびR77、R76およびR78、R81およびR84、R82およびR83、並びにR71およびR74は、それぞれ同一の置換基を表し、かつ、YおよびZは、同一の置換基、または共に単結合を表す。
【0057】
本発明のカチオン性重合開始剤のさらに好ましい実施態様によれば、式(I)のR71、R72、R73、R74、R81、R82、R83、およびR84がメチル基であり、R75、R76、R77、およびR78が水素原子であり、YおよびZが単結合である。
【0058】
式(I)の化合物の合成法は、特に限定されないが例えば次のようにして合成することができる。
【0059】
まず、α,α'-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)誘導体:
【化4】
を適当な溶媒に溶解し、過剰量のメタノール存在下、室温で塩化水素ガスを通じることによって、活性なイミノエステル誘導体:
【化5】
を得ることができる。なお、本明細書において構造式中のMeはメチル基を意味する。次に、当該イミノエステル誘導体に、エチレンジアミンなどのアルキレンジアミン誘導体:
【化6】
を過剰量加え、撹拌することによって環状構造になった化合物:
【化7】
を得ることができる。さらに、ジクロロメタンに生成物を溶解し、室温、脱酸素条件下において、2.1当量のトリフルオロエタンスルホン酸エステルR
71OTfもしくはR
74OTfを反応させることにより、Nアルキル化反応が起こり、式(I)に表される目的の化合物を得ることができる。
【0060】
上記の式(I)の化合物は新規化合物であり、本発明の一つの態様をなす。
【0061】
(2)モノマー
ラジカル重合反応の原料となるモノマーとしては、炭素-炭素二重結合を有する化合物であれば、いずれのものも使用することができる。また、その中で、所望の成分、化合物を充填し、または化学結合するにあたり適当なものを、当業者であれば適宜選択することができる。また、その中で、生体適合性や分解容易性等の観点から適当なものを、当業者であれば適宜選択することができる。さらに、その中で、ラジカル重合反応の効率、経済性、安全性等の観点から適当なものを、当業者であれば適宜選択することができる。
【0062】
本発明の一つの実施態様では、例えば、充填する成分または化合物の分子量が1000以下の低分子である場合には、架橋剤濃度を高くしてポアサイズを小さくしたベヒクルを選択することができる。加えて、低分子はそのベヒクルの網目から拡散で外に漏出してしまいやすいため、以下の記載のように低分子の疎水性や電荷などを利用して、ベヒクルとの相互作用を促すか、もしくは共有結合によって、ベヒクルと直接結合できるようなモノマーを選択することが望ましい。一方、分子量が比較的大きな高分子の場合は、架橋剤の濃度を適切に選択することで網目を制御することが挙げられる。
【0063】
別の実施態様では、生体適合性を重視する場合には、PEGなどのモノマーを用いることが挙げられる。
【0064】
別の実施態様では、充填する成分または化合物が電荷を持っている場合は、その電荷のカウンターとなるイオン性基を持ったモノマーを選択することができる。例えば、充填する成分または化合物が負電荷を持っていれば、アミン等の正電荷を持つ側鎖を有するモノマーなどが挙げられ、充填する成分または化合物が正電荷を持っていれば、カルボン酸糖等の負電荷を持つ側鎖を有するモノマーなどが挙げられる。
【0065】
別の実施態様では、充填する成分または化合物の疎水性・親水性によっても、モノマーの選択ができる。例えば、充填する成分または化合物が疎水性の高い分子であれば、側鎖に水酸基やアミン基およびイオン性基を含まず、かつ炭素数の大きなモノマーが挙げられ、さらにその中でも、充填する成分または化合物がベンゼン環を含むような構造であれば、フェニル基を側鎖に持つようなモノマーを選択することで、相互作用により、ベヒクル内での充填成分の安定性を保つことができる。一方、充填する成分または化合物が水に溶けやすいような親水性の高い分子であれば、側鎖に水酸基やアミン基およびイオン性基を含むようなモノマーが挙げられる。
【0066】
別の実施態様では、成分または化合物を細胞内送達ベヒクルに共有結合する場合は、アクリルアミド系のモノマーなどに目的の低分子または高分子を共有結合させた化合物を合成することで、該化合物をベヒクルのモノマーとして利用できる。
【0067】
別の実施態様では、pHに応答して、充填する成分または化合物をベヒクル外に放出するようなことを考える場合には、pHに応答して化学構造が変わるようなモノマーを選択することで、ベヒクルのポアサイズや充填する成分または化合物との相互作用の強弱をコントロールできる。そのようなモノマーとして、カルボン酸やアミンを側鎖に含むようなモノマーが挙げられる。
【0068】
別の実施態様では、温度に応答して、充填する成分または化合物をベヒクル外に放出するようなことを考える場合には、温度に応答してポリマー構造が変わるようなモノマーを選択することで、ベヒクルのポアサイズや充填する成分または化合物との相互作用の強弱をコントロールできる。そのようなモノマーとして、アクリルアミド系のモノマーが挙げられる。
【0069】
別の実施態様では、紫外線などの光に応答して、充填する成分または化合物をベヒクル外に放出するようなことを考える場合には、UVに応答してモノマーの一部分の構造が開裂するようなモノマーを選択することで、ベヒクルの構造を大きく変え、充填する成分または化合物をベヒクル外に放出することができる。そのようなモノマーとして、PEG-photo―MA(Murayama, Shuhei, et al. “NanoPARCEL: a method for controlling cellular
behavior with external light.”Chemical Communications 48.67 (2012): 8380-8382.)のような光開裂性モノマーが挙げられる。
【0070】
(3)架橋剤
ラジカル重合反応の原料となる架橋剤としては、分子中に2以上のビニル基を含むモノマーであって、架橋剤として通常使用されているものであれば特に限定されない。当該架橋剤の具体的な例としては、N,N'-メチレンビスアクリルアミド、N,N'-エチレンビスアクリルアミド、N,N'-メチレンビスメタクリルアミド、N,N'-エチレンビスメタクリルアミド、エチレングリコールジアクリレート、エチレングリコールジメタクリレートなどが挙げられる。
【0071】
使用する架橋剤モノマーの量は、特には限定されないが、例えば、後述する式(a)、(b)および(c)のモノマーに対して、0.1~20モル%の量を使用することができる。
【0072】
(4)反応条件
本発明の細胞内送達ベヒクルは、高分子合成の技術分野における通常の知識に基づいて合成することができ、例えば、ラジカル重合などによる重合体として得ることができる。
【0073】
一般的な細胞内送達ベヒクルの製造方法は以下の通りである。
【化8】
【0074】
重合開始剤の使用量は、使用するモノマーに対して0.01モル%以上の量であればよく、ラジカル合成が進行する濃度の範囲内で適量を選択することができる。例えば、0.1モル%以上、好ましくは1モル%以上の重合開始剤を使用することができる。
【0075】
重合反応に使用する反応溶媒は、特に限定されないが、例として、水、ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどが挙げられる。ラジカル重合は、特に限定はされないが、例えば0~100℃、好ましくは50~70℃の反応温度、および例えば1~48時間、好ましくは2~16時間の反応時間で行うことができる。
【0076】
架橋剤モノマーを使用する場合の共重合反応は、当該技術分野で慣用の手法により行うことができる。
【0077】
当該共重合反応に使用する反応溶媒としては、特に限定されないが、例えば、界面活性剤(例えば、ドデシル硫酸ナトリウム、ドデシルベンゼン硫酸ナトリウム、ペンタデカン硫酸ナトリウム、N-ドデシル-N,N,N-トリメチルアンモニウムブロマイド、N-セチル-N,N,N-トリメチルアンモニウムブロマイド、トライトンX-100など)を含む水を使用することができる。
【0078】
架橋剤モノマーを使用して得られる共重合体のナノゲル(ナノサイズのゲル微粒子)のサイズは、共重合反応における撹拌効率、反応温度、界面活性剤の使用量、反応開始剤の使用量、架橋剤モノマーの使用量により調節することができる。例えば、界面活性剤および/または反応開始剤の使用量を増加させることにより、サイズが小さいナノゲルを得ることができる。得られるナノゲルのサイズは、本発明が属する当業者であれば適宜調節することができ、本発明の共重合体のナノゲルのサイズは、例えば、5~100nmである。
【0079】
当該共重合反応は、特に限定はされないが、例えば0~100℃、好ましくは50~70℃の反応温度、および例えば1~48時間、好ましくは2~16時が挙げられる。
【0080】
4.細胞内送達複合体
前記細胞内送達ベヒクルに所望の成分または化合物を充填し、またはその成分または化合物を結合させることにより、細胞内送達複合体を製造することができる。
【0081】
(1)所望の成分または化合物が前記細胞内送達ベヒクルに充填された細胞内送達複合体の製造方法
所望の成分または化合物を細胞内送達ベヒクルに充填した細胞内送達複合体の調製は、常法に従い、以下の通り行うことができる。
【0082】
(i) 重合反応環境下に充填させる化合物・分子をそのまま存在させて、ラジカル重合反応を起こさせる場合、例えば乳化重合などにより化合物・分子を溶解できる状態にして、化合物・分子の安定性が損なわれにくい温度や溶媒条件で重合を行えばよい。その後、遠心、透析および濾過などの操作により、充填させる化合物・分子とベヒクルを分離することで目的のベヒクルは調製できる。
【0083】
(ii) 細胞内送達ベヒクルを充填させるべき化合物等を含んだ溶液に浸漬して吸着させる場合、充填される成分または化合物の電荷や極性に応じて、相互作用の強いモノマーを選択することで、吸着を促すことができる。撹拌処理や温度の制御により吸着量を高めることも可能である。またモノマーとして、ビオチンのような側鎖をもつものを使えば、あるいは、充填される化合物がストレプトアビジンとの融合タンパク質などになっていれば、非常に強い力でベヒクルに結合され、充填させるべき化合物が漏出されにくい安定的なベヒクルを合成することができる。
【0084】
(iii) 細胞内送達ベヒクルを充填させるべき化合物等を含んだ溶液に浸漬して浸透させる場合、例えばpHや温度などによって、ベヒクルの構造変化が起きるようなモノマーを選択することで、浸漬時には網目構造(孔サイズ)が大きくし、浸漬浸透後に網目構造を小さくすることで、ベヒクル内に化合物(主に高分子)を閉じ込めることができる。その後、遠心、透析および濾過などの操作により、充填させる化合物・分子とベヒクルを分離することで目的のベヒクルは調製できる。
【0085】
(2)所望の成分または化合物が前記細胞内送達ベヒクルに共有結合した細胞内送達複合体の製造方法
所望の成分または化合物を細胞内送達ベヒクルと共有結合した細胞内送達複合体の調製は、当業者に知られた常法に従い、以下の通り行うことができる。
【0086】
(i)重合前のモノマーに所望の成分または化合物が結合したものを調製し、これをラジカル重合反応に付す場合、重合が促進されるような温度条件において、比較的容易に重合体であるベヒクルを得ることができる。その後、再沈殿や濾過、遠心、塩析などによりベヒクルを精製することができる。
【0087】
(ii) 先に細胞内送達ベヒクルを製造し、その後所望の成分または化合物を結合させる場合、重合前のモノマーに特定の活性基を付与して、重合後に、その活性基に特異的に反応する構造をもった所望の成分または化合物とベヒクルを反応させることで、ベヒクルに共有結合で化合物を結合させることができる。例えば、N-ヒドロキシスクシンイミド活性エステルーアミノ基の反応や、マレイミド基―チオール基の特異的な結合反応を利用することができる。
【0088】
(3)細胞内送達ベヒクルへ充填する成分または化合物の例
本発明の細胞内送達ベヒクルに充填する所望の成分または化合物の好ましい例として、以下のものが挙げられる。
・インスリンを充填して経皮吸収の促進を図る。
・美白成分、化粧成分を充填して皮膚外皮細胞内への移行促進を図る。
・ヘアカラーリング剤としての染料を充填して、毛髪への浸透力を高める。
・毛髪に良い成分を充填したシャンプー、コンディショナーを調製し、毛髪への浸透力を高める。
・遺伝物質を充填し、細胞分裂を阻害しない特性を活かして当該遺伝物質の細胞内への効率導入を図る。
・薬物を充填して、癌細胞などの標的細胞内への効率的な薬物送達を図る。
・インクを充填してインク成分の分散安定化を図る。
【0089】
(4)細胞内送達複合体の細胞内移行方法
本発明の細胞内送達ベヒクルを細胞に導入する際には、イオン強度の低い溶液(溶媒)に置換することが望ましい。このような溶媒としては、例えば、水(好ましくは純水)およびソルビトール水溶液、グルコース溶液などが挙げられる。細胞の種類に応じて、これらグルコース溶液などに0.45mMの塩化カルシウムを添加した溶液なども好適に用いることができる。
【0090】
本発明に従って細胞内送達ベヒクルを細胞に導入するときの細胞内送達ベヒクル重合体の濃度は、例えば、共重合体の終濃度を0.001~1%(w/v)、好ましくは0.01~0.5%(w/v)になるように調整し、菌体と混ぜることができる。これは微生物菌体のようなものに限らず、接着細胞などの他の細胞にもあてはまる。
【0091】
本発明の細胞内送達複合体も、上と同様の方法で細胞内に導入することができる。
【0092】
5.カチオン性ゲル型温度感受性プローブ
本発明の細胞内送達複合体は、温度感受性プローブにも応用することができる。その場合には、感熱性ユニット、蛍光性ユニット、カチオン性重合開始剤および架橋剤を用いた共重合反応により製造することができ、本発明の温度感受性プローブとして用いられる共重合体として得ることができる。
【0093】
感熱性ユニットと蛍光性ユニットとの組合せは、周囲の温度に応じて何らかの特性が変化する感熱性ユニットと、その特性変化に応じて蛍光強度または蛍光寿命が変化する蛍光性ユニットとの組合せであれば、いかなるものでも使用できる。当業者であれば、細胞の種類や測定したい温度域に応じて、適切な組合せを選択することができる。本発明の好ましい実施態様によれば、感熱性ユニットは、ポリマーになった場合に温度に応じてその形状や疎水性が変化するもの、例えば、下限臨界溶液温度や上限臨界溶液温度(LCSTやUCST)を有する分子とされる。例えばLCST挙動を示す場合には、ある温度を境にそれより高い温度ではその分子内、或いは分子間の疎水結合が強まりポリマー鎖が凝集し、逆に、低い温度ではポリマー鎖が水分子を結合し水和する相転移挙動を起こす。蛍光性ユニットは、感熱性ユニットの形状変化に応じて蛍光強度または蛍光寿命が変化するものとされる。感熱性ユニットには、温度に応じた形状変化により水への溶解性が変化するものも知られており、その場合には、蛍光性ユニットとして溶媒の極性によって蛍光強度または蛍光波長または蛍光寿命が変化するソルバトクロミックの性質を持つ蛍光性ユニットを用いることができる。
【0094】
(1)感熱性ユニットの好適な例
本発明の温度感受性プローブとして用いられる共重合体に含まれる感熱性ユニットの好適な例は、以下の式(a)で表される1種または2種以上のモノマーに由来する1種または2種以上の繰り返し構造である:
【化9】
[式中、R
1は、水素原子およびC
1-3アルキルから選択され;
R
4およびR
5は、独立に、水素原子およびC
1-20アルキルから選択され、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、C
1-6アルコキシ、およびアリールから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく、またはR
4およびR
5はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成し、ここで当該ヘテロ環は、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、ニトロ、ハロゲン原子、C
1-10アルキルカルボニルアミノおよびアリールカルボニルアミノから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい]。
【0095】
(2)蛍光性ユニットの好適な例
本発明の温度感受性プローブとして用いられる共重合体に含まれる蛍光性ユニットの好適な例は、以下の式(b)で表される1種または2種以上のモノマーに由来する1種または2種以上の繰り返し構造である:
【化10】
[式中、R
3は、水素原子およびC
1-3アルキルから選択され;
X
2は、O、S、またはN-R
12であり;
X
3は、直接結合、O、S、SO、SO
2、N(-R
13)、CON(-R
16)、N(-R
16)CO、N(-R
17)CON(-R
18)、SO
2N(-R
19)またはN(-R
19)SO
2であり;
Q
2は、C
1-20アルキレン、C
3-20アルケニレン、またはC
3-20アルキニレンから選択され、ここで前記アルキレンは、1以上の個所において、O、Sまたはフェニレンが独立に挿入されていてもよく;
Arは、6~18員芳香族炭素環基、または5~18員芳香族ヘテロ環基から選択され、ここで当該芳香族炭素環基および芳香族ヘテロ環基は、含まれる環の1以上が芳香族環である縮合環を含んでいてもよく、当該芳香族炭素環基および芳香族ヘテロ環基に環原子として存在する-CH
2-は-C(O)-に置換されていてもよく、さらに当該芳香族炭素環基および芳香族ヘテロ環基は、ハロゲン原子、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、C
1-6アルキルスルホニル、ニトロ、シアノ、C
1-6アルキルカルボニル、C
1-6アルコキシカルボニル、カルボキシ、ホルミル、-NR
6R
7、および-SO
2NR
14R
15から選択される1以上の置換基により置換されていてもよく(ここで前記C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、C
1-6アルキルスルホニル、C
1-6アルキルカルボニルおよびC
1-6アルコキシカルボニルに含まれるアルキルは、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、C
1-6アルキルアミノ、ジ(C
1-6アルキル)アミノ、アリール、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい);
R
6およびR
7は、独立に、水素原子、C
1-10アルキル、アリール、C
1-10アルキルカルボニル、アリールカルボニル、C
1-10アルキルスルホニル、アリールスルホニル、カルバモイル、N-(C
1-10アルキル)カルバモイル、およびN,N-ジ(C
1-10アルキル)カルバモイルから選択され、ここで前記C
1-10アルキル、C
1-10アルキルカルボニル、C
1-10アルキルスルホニル、N-(C
1-10アルキル)カルバモイル、およびN,N-ジ(C
1-10アルキル)カルバモイルに含まれるアルキルは、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、C
1-6アルキルアミノ、ジ(C
1-6アルキル)アミノ、アリール、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく、さらに前記アリール、アリールカルボニル、およびアリールスルホニルに含まれるアリールは、ハロゲン原子、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;または
R
6およびR
7はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成し、ここで当該ヘテロ環は、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、ニトロ、ハロゲン原子、C
1-10アルキルカルボニルアミノおよびアリールカルボニルアミノから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
R
12は、水素原子、C
1-6アルキル、または-Q
2-X
3-Arであり、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、およびC
1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
R
13は、水素原子、またはC
1-6アルキルであり、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、およびC
1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;
R
14およびR
15は、独立に、水素原子、およびC
1-6アルキルから選択され;またはR
14およびR
15はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成し;
R
16、R
17、R
18およびR
19は、独立に、水素原子、およびC
1-6アルキルから選択され、ここで当該アルキルは、ヒドロキシ、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、およびC
1-6アルキルスルホニルから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい]
で表されるモノマーに由来する繰り返し構造である。
【0096】
本発明の温度感受性プローブにおいては、場合によって第二の蛍光性ユニットを併用することができる。第二の蛍光性ユニットを併用する場合、これまで説明した蛍光性ユニットを「第一の蛍光性ユニット」という。
【0097】
第二の蛍光性ユニットは、第一の蛍光性ユニットとは異なる最大蛍光波長を有するものとされる。第二の蛍光性ユニットを用いる実施態様では、本発明の温度感受性プローブを用いた温度測定において、第一の蛍光性ユニットに由来する蛍光の強度と、第二の蛍光性ユニットに由来する蛍光の強度との比を算出し、これと実際の温度とを対応させることにより、高い精度で、簡便かつ短時間に温度を測定することが可能となる。
【0098】
第一の蛍光性ユニットおよび第二の蛍光性ユニットは、同一波長の励起光の照射によって相互に異なる最大蛍光波長の蛍光を生じるものであることが望ましい。また、第一の蛍光性ユニットの最大蛍光波長と、第二の蛍光性ユニットの最大蛍光波長との差は、2つの波長における蛍光強度を同時に測定する上で、測定器によって十分に識別される程度に離れていればよく、特に制限されないが、好ましくは50nm以上とされる。
【0099】
本発明の好ましい実施態様によれば、第一の蛍光性ユニットおよび第二の蛍光性ユニットのいずれか一方は、温度の上昇に応じて蛍光強度が上昇するものであり、他方は、温度の上昇に応じて蛍光強度が不変あるいは下降するものであり、望ましくは下降するものとされる。
【0100】
式(c)で表される第一の蛍光性ユニットと組み合わせられる第二の蛍光性ユニットの好適な例は、以下の式(c):
【化11】
[式中、R
55は、水素原子およびC
1-3アルキルから選択され;
R
51、R
52、R
53およびR
54は、独立に、水素原子およびC
1-6アルキルから選択され;
X
4は、直接結合、フェニレン、-Q
4-O-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQ
4である)、-Q
4-N(-R
61)-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQ
4である)であり;
R
61は、水素原子およびC
1-6アルキルから選択され;
Q
4は、C
1-20アルキレン、フェニレン、およびナフチレンから選択され、該フェニレンおよびナフチレンは、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい]
で表されるモノマーに由来する繰り返し構造とされる。
【0101】
(3)本発明の温度感受性プローブとして用いられる共重合体
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明に用いられる共重合体は、主鎖の少なくとも一方の末端に式(I)で表されるカチオン性重合開始剤に由来する構造と、これに続く、式(a)で表されるモノマーおよび式(b)で表されるモノマーのそれぞれに由来する繰り返し構造を含み、さらに架橋剤による架橋構造を含む共重合体とされる。
【0102】
本発明のさらに好ましい実施態様によれば、本発明に用いられる共重合体は、式(I’)、式(A)、および式(B):
【化12】
[式中、R
71、R
72、R
75、R
76、R
81、R
82およびY、R
1、R
4およびR
5、ならびにR
3、X
2、X
3、Q
2およびArは、既に定義したとおりであり、a、およびbは、各繰り返し単位の比を表す0より大きい数である]
で表される繰り返し単位を含み、さらに架橋剤M
Kによる架橋構造を含む共重合体とされる。この共重合体では、aは100であり、bは、好ましくは0.05~2とされる。また、この共重合体では、式(I’)の構造が末端に存在することを条件として、他の繰り返し構造、つまり、式(A)および式(B)の繰り返し単位ならびに架橋剤M
Kによる架橋構造は、どのような順番で並んでいてもよい。さらに、この共重合体は、それぞれの繰り返し単位に関して、各式で表される一種または二種以上の繰り返し単位を含んでいてもよい。この共重合体は、物質そのものとして本発明の一つの態様をなす。
【0103】
本発明の他の好ましい実施態様によれば、本発明に用いられる共重合体は、主鎖の少なくとも一方の末端に式(I)で表されるカチオン性重合開始剤に由来する構造と、これに続く、式(a)で表されるモノマー、式(b)で表されるモノマーおよび式(c)で表されるモノマーのそれぞれに由来する繰り返し構造を含み、さらに架橋剤による架橋構造を含む共重合体とされる。
【0104】
本発明のさらに好ましい実施態様によれば、本発明に用いられる共重合体は、式(I’)、式(A)、式(B)および式(C):
【化13】
[式中、R
71、R
72、R
75、R
76、R
81、R
82およびY、R
1、R
4およびR
5、ならびにR
3、X
2、X
3、Q
2およびAr、ならびにR
55、X
4、R
51、R
52、R
53およびR
54は、既に定義したとおりであり、a、b、およびcは、各繰り返し単位の比を表す0より大きい数である]
で表される繰り返し単位を含み、さらに架橋剤M
Kによる架橋構造を含む共重合体とされる。この共重合体では、aは100であり、bは好ましくは0.05~2とされ、cは、好ましくは0.005~1とされる。また、この共重合体では、式(I’)の構造が末端に存在することを条件として、他の繰り返し構造、つまり、式(A)、式(B)および式(C)の繰り返し単位ならびに架橋剤M
Kによる架橋構造は、どのような順番で並んでいてもよい。さらに、この共重合体は、それぞれの繰り返し単位に関して、各式で表される一種または二種以上の繰り返し単位を含んでいてもよい。この共重合体は、物質そのものとして本発明の一つの態様をなす。
【0105】
本発明の好ましい実施態様によれば、前記共重合体は2種以上の感熱性ユニットを含むものとされる。感熱性ユニットには様々な種類のものがあり、その種類に応じて、最も高い温度反応性を示す温度域が異なる。この実施態様では、2種以上の感熱性ユニットを組み合わせることにより、所望の温度域において共重合体の温度反応性が高くなるように調整することができる。本発明のより好ましい実施態様によれば、前記共重合体は、前記式(a)で表される2種以上の感熱性ユニットを含むものとされる。また、一つの実施態様では、2種類の感熱性ユニットが用いられる。例えば、動物細胞の一般的な培養温度である35℃付近の測定では、N-n-プロピルアクリルアミド(NNPAM)とN-イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)との組み合わせを用いることが好ましい。また、酵母等の微生物の発酵をモニターする等の目的で25℃以下の温度領域の測定が必要になる場合には、N―tert-ブチルアクリルアミド(NTBAM)とNNPAMとの組み合わせを用いることが好ましい。
【0106】
式(A)におけるaは、感熱性ユニット全体の総和を表すものであり、2種以上の感熱性ユニットを用いた場合には、全ての感熱性ユニットの繰り返し単位数の比率の和を意味する。
【0107】
本発明の好ましい実施態様によれば、上述の共重合体において、Arは、下式:
【化14】
により表される基から選択される芳香族炭素環基または芳香族ヘテロ環基であり、これらの基は当該環上をハロゲン原子、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、C
1-6アルキルスルホニル、ニトロ、シアノ、C
1-6アルキルカルボニル、C
1-6アルコキシカルボニル、カルボキシ、ホルミル、-NR
6R
7、および-SO
2NR
14R
15から選択される1以上の置換基により置換されていてもよく(ここで前記C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、C
1-6アルキルスルホニル、C
1-6アルキルカルボニルおよびC
1-6アルコキシカルボニルに含まれるアルキルは、ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、C
1-6アルキルアミノ、ジ(C
1-6アルキル)アミノ、アリール、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい);
X
10は、O、SまたはSeから選択され;
R
8は、水素原子、C
1-10アルキル、およびアリールから選択され、当該アルキルは、
ハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、ヒドロキシ、アミノ、C
1-6アルキルアミノ、ジ(C
1-6アルキル)アミノ、アリール、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよく、さらに前記アリールは、ハロゲン原子、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、およびカルボキシから選択される1以上の置換基により置換されていてもよい。
【0108】
本発明のさらに好ましい実施態様によれば、Arは、下式:
【化15】
により表される基から選択される芳香族炭素環基または芳香族ヘテロ環基であり、これらの基は当該環上をハロゲン原子、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルチオ、C
1-6アルキルスルフィニル、C
1-6アルキルスルホニル、ニトロ、C
1-6アルキルカルボニルアミノ、アリールカルボニルアミノ、シアノ、ホルミル、C
1-6アルキルカルボニル、C
1-6アルコキシカルボニル、カルボキシおよび-SO
2NR
14R
15から選択される1以上の置換基により置換されていてもよい。
【0109】
本発明において、R1、R2、R3およびR55は、好ましくは、水素原子およびメチルから選択される。
【0110】
式(a)および式(A)における-NR4R5は、特には限定されないが、例えば、R4が水素原子であり、R5はC2-10アルキルであってもよい。また、R4およびR5はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、4~8員含窒素ヘテロ環を形成する場合、例えば、ピロリジン環、ピペリジン環、ホモピペリジン環、ピペラジン環、ホモピペラジン環、モルホリン環、チオモルホリン環などを形成してもよい。
【0111】
式(b)および式(B)における-X2-Q2-は、好ましくは、X2は、O、NHまたはN(C1-6アルキル)であり、Q2はC2-10アルキレンである。
【0112】
式(b)および式(B)における-Arは、好ましくは、下式(V)~(XII):
【化16】
[式中、R
31は水素原子、ハロゲン原子、ニトロ、シアノ、および-SO
2NR
14R
15から選択され;R
32はC
1-6アルキルであり;X
11は、N-R
33、OまたはSであり;R
33は水素原子またはC
1-6アルキルであり;X
10、R
14およびR
15は、既に定義したとおりである]
から選択される基である。
【0113】
式(V)について好ましいX3としては、例えば、直接結合、CON(-R16)、N(-R16)CO、SO2N(-R19)またはN(-R19)SO2が挙げられる。
【0114】
式(VI)について好ましいX3としては、例えば、N-R13(ここで、好ましいR13としてはメチルなどのC1-3アルキルが挙げられる)、またはSが挙げられる。
【0115】
式(VII)について好ましいX3としては、例えば、直接結合、CON(-R16)、N(-R16)CO、SO2N(-R19)またはN(-R19)SO2が挙げられる。
【0116】
式(VIII)について好ましいX3としては、例えば、直接結合、CON(-R16)、N(-R16)CO、SO2N(-R19)またはN(-R19)SO2が挙げられる。
【0117】
式(IX)について好ましいX3としては、例えば、直接結合が挙げられる。
【0118】
式(X)について好ましいX3としては、例えば、直接結合が挙げられる。
【0119】
式(XI)について好ましいX3としては、例えば、CO、SO2、SO2N(-R19)またはCON(-R16)(ここで前記SO2N(-R19)およびCON(-R16)は、それぞれ硫黄原子および炭素原子がArに結合する)が挙げられる。
【0120】
式(XII)について好ましいX3としては、例えば、CO、SO2、SO2N(-R19)またはCON(-R16)(ここで前記SO2N(-R19)およびCON(-R16)は、それぞれ硫黄原子および炭素原子がArに結合する)が挙げられる。
【0121】
本発明において、基-X3-Arは環境応答性の蛍光団として機能し、例えば、式(V)または(VII)の蛍光団を使用した場合は温度の上昇に伴い蛍光強度が低下する温度センサーが、式(VI)または(VIII)~(XII)の蛍光団を使用した場合は、温度の上昇に伴い蛍光強度も上昇する温度センサーが得られる。
【0122】
式(c)および式(C)におけるR51、R52、R53およびR54は、好ましくは水素原子およびメチル基から独立に選択される。
【0123】
式(c)および式(C)における好ましいX4は、例えば、直接結合、フェニレン、-Q4-O-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQ4である)、または-Q4-NH-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQ4である)である。
【0124】
式(c)および式(C)におけるQ4は、好ましくはフェニレンとされる。
【0125】
本発明の特に好ましい実施態様によれば、R
1は、水素原子、メチルおよびエチルから選択され;R
4は、n-プロピル、イソプロピルおよびt-ブチルから選択され、R
5は水素原子であり;R
3は、水素原子およびC
1-3アルキルから選択され;X
2は、O、またはN-R
12であり;X
3は、直接結合、O、N(-R
13)、CON(-R
16)、N(-R
16)CO、またはN(-R
17)CON(-R
18)であり;Q
2は、C
1-20アルキレン、C
3-20アルケニレン、またはC
3-20アルキニレンから選択され、ここで前記アルキレンは、1以上の個所において、O、Sまたはフェニレンが独立に挿入されていてもよく;Arは、下式:
【化17】
により表される基から選択される芳香族炭素環基または芳香族ヘテロ環基であり、これらの基は当該環上をハロゲン原子、C
1-6アルコキシ、ニトロ、シアノ、-NR
6R
7、および-SO
2NR
14R
15から選択される1以上の置換基により置換されており、さらに、C
1-6アルキルにより置換されていてもよく;X
10は、O、SまたはSeから選択され;R
8は、水素原子、C
1-10アルキル、およびアリールから選択され;R
6およびR
7は、独立に、水素原子、C
1-10アルキル、アリール、C
1-10アルキルカルボニル、アリールカルボニル、C
1-10アルキルスルホニル、アリールスルホニル、およびカルバモイルから選択され;またはR
6およびR
7はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、5~7員含窒素ヘテロ環を形成し、ここで当該ヘテロ環は、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、ニトロ、およびハロゲン原子から選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;R
12は、水素原子、C
1-6アルキル、または-Q
2-X
3-Arであり、ここで当該アルキルは、ヒドロキシおよびハロゲン原子から選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;R
13は、水素原子、またはC
1-6アルキルであり、ここで当該アルキルは、ヒドロキシおよびハロゲン原子から選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;R
14およびR
15は、独立に、水素原子、およびC
1-6アルキルから選択され;またはR
14およびR
15はそれらが結合する窒素原子と一緒になって、5~7員含窒素ヘテロ環を形成し;R
16、R
17およびR
18は、独立に、水素原子、およびC
1-6アルキルから選択され、ここで当該アルキルは、ヒドロキシおよびハロゲン原子から選択される1以上の置換基により置換されていてもよく;R
51、R
52、R
53、R
54およびR
55は、水素原子およびメチル基から独立して選択され;X
4は、直接結合、フェニレン、-Q
4-O-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQ
4である)、または-Q
4-NH-C(=O)-(ここで、ボロンジピロメテン骨格に直接結合するのはQ
4である)とされ、Q
4はフェニレンとされる。
【0126】
式(A)、式(B)および式(C)におけるa、b、およびcは式中の各繰り返し単位の比を表す0より大きい数であり、特に限定されないが、例えば、aを100とした時に、bは0.01~10であり、具体的には0.02~5であり、好ましくは0.05~2であり、より好ましくは0.1~1.5である。cは0.001~5であり、具体的には0.002~2であり、好ましくは0.005~1であり、より好ましくは0.01~1である。bとcの比を表すb/cは、特に限定されないが、好ましくは0.1~30、より好ましくは1~20、さらに好ましくは3~10とされる。上述のように、aは感熱性ユニットの総和であり、例えば、2種類の感熱性ユニットを使う場合の感熱性ユニットの比は、ある数pを用いて、p:a-pとなる。また、本発明の共重合体の大きさは、特には限定されないが、例えば1~100000nm、好ましくは1~10000nm、より好ましくは、1~1000nmである。
【0127】
本発明の共重合体は周囲の温度変化に対して非常に素早く応答し、その構造変化は数ミリ秒程度である。つまり、本発明の温度感受性蛍光プローブは、細胞内の温度変化に敏捷に応答し蛍光強度を変化させるため、顕微鏡などを用いて、細胞内の温度分布を可視化した場合には、その蛍光強度比から細胞内の各微小空間における細胞内の温度を定量することができる。
【0128】
本発明の共重合体を含む溶液中のpHや塩濃度に影響を受けずに温度測定を行うために、当該共重合体に含まれるカチオン性官能基は、広範囲のpHにおいてイオン性を維持するという方が望ましい。しかしながら、細胞内温度を測定するという用途に限って言えば、細胞内のpHは2~9、さらに通常の状態、一般的な動物、植物、微生物細胞であればpH4~8程度である。
【0129】
(4)測定方法
本発明に用いられる共重合体の感熱応答性による蛍光強度の変化は、通常の蛍光強度測定方法により測定することができる。測定での励起波長および測定する蛍光波長は、特に限定はされないが、例えば、測定試料の励起スペクトルを測定した際の最大励起波長またはその付近の波長を使用することができる。また、測定する蛍光波長も特には限定されないが、例えば、ある温度で測定試料の蛍光スペクトルを測定した際の最大蛍光波長またはその付近の波長を使用することができる。
【0130】
本発明では、ある独立した2つの蛍光波長における蛍光強度を測定してこれらの比をとり、その蛍光強度比から温度に換算するという方法をとることもできる。この手法により、共重合体から発せられる蛍光強度が、微小空間内の共重合体の濃度や励起するレーザー強度に起因する可能性を排除し、温度と実験で得られる蛍光強度比を1対1に対応させることが可能である。これにより同一細胞での温度比較だけでなく、同一条件下に置かれた別の細胞の細胞内温度の比較も可能となる。例えば、酵母集団中における個々の細胞温度の違いを測定することにより、各酵母細胞の生理状態を把握することが可能となる。
【0131】
蛍光強度比の算出法は、特に限定されるものではなく、異なる波長を含んだ2つの領域の蛍光強度からその比を算出することができる。例えば、一方の領域は第一の蛍光性ユニットから生じる蛍光の最大強度を示す波長を含む20nm程度の波長領域として蛍光強度の積分値をS1とし、他方の領域は第二の蛍光性ユニットから生じる蛍光の最大強度を示す波長を含む20nm程度の波長領域として蛍光強度の積分値をS2とし、S1/S2を蛍光強度比としてよい。さらに、S1およびS2の領域は同じ幅でも異なる幅でもよい。
例えば、蛍光強度がノイズを無視できる充分な値を示せば、S1は20nm幅の波長領域を含む一方で、S2は1nm幅の単独波長でもよい。波長の選択基準も特に限定されるものではないが、得られる蛍光強度を考慮すると、温度感受性プローブに含まれるそれぞれの蛍光性ユニットを与えるモノマー(例えば、式(b)または式(c)で示される蛍光モノマー)の常温(約25℃)における水中および水中に近い極性溶媒での励起スペクトルを測定した際の最大蛍光強度を示す波長に基づいて、その周辺の波長から選択することが望ましい。
【0132】
実験で得られた蛍光強度比から温度を求める際には、自らが作成した検量線を使用することが可能である。具体的に、どの条件で測定した検量線を使用するかは限定されないが、例えば、細胞内を模倣した塩化カリウム溶液中での、共重合体の感熱応答性による蛍光強度の変化をプロットした曲線、共重合体を導入した細胞集団を蛍光光度計に供し、感熱応答性による蛍光強度の変化をプロットした曲線、あるいは共重合体を導入した細胞集団を蛍光顕微鏡に供し、複数の細胞での感熱応答性による蛍光強度の変化の平均値をプロットした曲線などを用いることができる。さらに具体的には、共重合体を導入した細胞集団を用いて、感熱応答性試験を行い、蛍光強度の変化をプロットする際には、細胞は代謝活動を積極的に行わないような状態、例えば、水中や資化することのできない化合物が含まれた緩衝液中に細胞を懸濁した状態で、特定の温度に一定期間保持し、外部温度と細胞内部温度が平衡状態に達したと考えられる状況下で、蛍光強度を測定する方法などが挙げられる。
【0133】
また、本発明に用いられる共重合体の感熱応答性による変化として、蛍光寿命を指標にすることもできる。この変化は通常の蛍光寿命測定法により測定することができる。測定での励起波長は特に限定されないが、例えば、測定試料の励起スペクトルを測定した際の最大励起波長またはその付近の波長を使用することができる。実験によって得られた蛍光減衰曲線から、測定する試料の状態に応じて、1成分近似、2成分近似などの一般的な解析手法を用いることにより、蛍光寿命値を得ることができる。
【0134】
本発明に用いられる共重合体の感熱応答性による蛍光寿命の変化は、一般的な蛍光寿命測定方法、例えば、単一光子計数法、位相変調法、パルスサンプリング法、励起プローブ法などの手法により測定することができる。このうち、単一光子計数法は、時間軸上の発光強度分布と光子1個の発光確率とが相関関係にあることを利用して蛍光寿命を測定する方法であり、蛍光団を50ps~1ns程度の非常に短い(パルス)光で励起した後、検出される光の発生時刻を測定し、励起を多数回繰り返して得られるヒストグラムを蛍光減衰曲線として指数関数の和で近似して蛍光寿命を決定する。単一光子計数法による蛍光寿命の測定は、市販されている時間相関単一光子計数法蛍光寿命測定装置およびそれに付随している測定・解析プログラムを使用して行うことができる。
【0135】
(5)キット
以上に説明した方法を実施するために、必要な試薬等をまとめてキットとすることができる。従って、本発明の他の態様によれば、上述の方法を用いて温度を測定するためのキットが提供され、該キットは、本発明の温度感受性プローブまたは本発明の共重合体を含んでなる。この温度測定用試薬キットは、微小空間内の温度測定、特に細胞内の温度測定に好適に使用することができる。当該試薬キットは、医学・生物学・生物工学等の研究分野、診断・治療等の医療分野において使用することができる。
【0136】
(6)本発明の方法およびキットの用途
本発明の方法および温度測定用キットは、様々な研究開発の分野に応用することができる。例えば、生物工学の分野では、微生物を用いた有用物質の発酵生産において、これまで正確な測定が困難であった細胞内温度を解析パラメータに加えることにより、培養条件の検討の効率化が期待される。
【0137】
本発明の方法および温度測定用キットは、様々な医療用途に応用することができる。例えば、本発明による温度感受性プローブを患者の組織の一部に対して使用することにより、熱産生量が多いとされているがん細胞と、そうでない正常細胞との識別を行うことも可能である。さらにそれを応用する事でより効果的な温熱治療法の開発などにも使える。あるいは、熱産生量が多い褐色脂肪細胞に本発明による温度感受性プローブを導入し、その細胞に様々な素材を添加することによる温度変化を測定することにより、褐色脂肪細胞を活性化する素材をスクリーニングすることも可能である。
【0138】
本発明の方法および温度測定用キットは、様々な生理現象の解明にも応用可能である。
例えば、生体外の温度を感知し、生体反応を引き起こす受容体であるTRPチャネルが細胞内の温度とどのように関連しているのかを調べることで今までとは異なるアプローチでのTRPチャネルの活性化が考えられる。また細胞内温度分布と細胞内外で起こる生体反応との関わりを調べる事により、局所的な温度分布が生体反応に及ぼす影響を調べる事が可能で、赤外線レーザーなどを用いた局所的な加熱による細胞のコントロールを行う事なども可能である。
【0139】
本発明による温度測定法および温度感受性プローブの細胞導入法は、in vitroおよびin vivoのいずれにおいても行うことができる。一つの実施態様では、これらの方法はin vitroにおいて行われる。
【0140】
6.まとめ
以上のように、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)表面が陽性荷電で覆われた、細胞内送達ベヒクル。
(2)以下の化学構造:
【化18】
を有する、前記(1)に記載の細胞内送達ベヒクル。
(3)カチオン性重合開始剤と、炭素-炭素二重結合を含んでなるモノマーと、架橋剤によるラジカル重合反応を行うことを特徴とする、表面が陽性荷電で覆われた細胞内送達ベヒクルの製造方法。
(4)一般式(I):
【化19】
[式中、
Yは、単結合またはCR
85を表し、
Zは、単結合またはCR
86を表し、
R
72、R
73、R
75、R
76、R
77、R
78、R
85およびR
86は、それぞれ独立して、水素原子、C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択され、ここで前記C
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルカルボニルおよびフェニルは、さらにC
1-6アルキル、C
1-6アルコキシ、C
1-6アルキルカルボニル、フェニルおよびヒドロキシからなる群から選択される1または2個の置換基で置換されていてもよく、
R
72およびR
73は、さらに、それぞれ独立して、アダマンチル、またはSi(OCH
3)
2(CH
3)で置換されたC
1-6アルキルを表してもよく、 あるいは、R
75およびR
76、またはR
77およびR
78は、一緒になって-(CH
2)
3-5-を形成してもよく、
R
81、R
82、R
83、およびR
84は、C
1-4アルキル、C
1-4アルキルカルボニル、およびC
1-3アルコキシからなる群から選択される置換基であり、ここで前記C
1-4アルキルは一つのC
1-3アルコキシ基で置換されていてもよく、及び
R
71およびR
74は、それぞれ独立して、C
1-3アルキル基であり、 X
f
-はカウンターアニオンである]
の化学構造を有する化合物。
(5)前記YおよびZが単結合を表す、(4)に記載の化合物。
(6)前記R
81、R
82、R
83、およびR
84が、それぞれ独立して、メチル、エチル、メチルカルボニル、イソブチル、および2-メチル-2-メトキシ-プロピルからなる群から選択される、(4)または(5)に記載の化合物。
(7)前記R
71およびR
74がメチル基である、(4)~(6)のいずれかに記載の化合物。
(8)前記R
72およびR
73、前記R
75およびR
77、前記R
76およびR
78、前記R
81およびR
84、前記R
82およびR
83、並びに前記R
71およびR
74が、それぞれ同一の置換基を表し、かつ、前記YおよびZが、同一の置換基または共に単結合を表す、(4)~(7)のいずれかに記載の化合物。
(9)R
71、R
72、R
73、R
74、R
81、R
82、R
83およびR
84がメチル基であり、R
75、R
76、R
77およびR
78が水素原子であり、YおよびZが単結合である、(4)に記載の化合物。
(10)前記(4)~(9)のいずれかに記載の化合物からなるカチオン性重合開始剤。
(11)前記(10)に記載のカチオン性重合開始剤と、炭素-炭素二重結合を含んでなるモノマーと、架橋剤によるラジカル重合反応を行うことを含んでなる、細胞内送達ベヒクルの製造方法。
(12)前記(11)の製造方法によって得られる細胞内送達ベヒクル。
(13)細胞内に送達される目的の成分または化合物が、前記(1)に記載の細胞内送達ベヒクルに充填されてなる、細胞内送達複合体。
(14)前記(1)に記載の細胞内送達ベヒクルに、細胞内に送達される目的の成分または化合物を充填することを含んでなる、細胞内送達複合体の製造方法。
(15)細胞内に送達される目的の成分または化合物が前記細胞内送達ベヒクルに共有結合している、前記(13)に記載の細胞内送達複合体。
(16)前記化合物が、温度に応じてその特性が変化する感熱性ユニット、および該感熱性ユニットの特性変化に伴って蛍光強度または蛍光寿命が変化する蛍光性ユニットである、前記(13)または(15)に記載の細胞内送達複合体。
(17)主鎖の少なくとも一方の末端に式(I’)で表されるカチオン性重合開始剤に由来する構造と、これに続く、式(a)で表されるモノマーおよび式(b)で表されるモノマーのそれぞれに由来する繰り返し構造を含み、さらに架橋剤による架橋構造を含む、共重合体。
(18)式(I’)、式(A)、および式(B)で表される繰り返し単位を含み、さらに架橋剤による架橋構造を含む、共重合体。
(19)主鎖の少なくとも一方の末端に式(I’)で表されるカチオン性重合開始剤に由来する構造と、これに続く、式(a)で表されるモノマー、式(b)で表されるモノマーおよび式(c)で表されるモノマーのそれぞれに由来する繰り返し構造を含み、さらに架橋剤による架橋構造を含む、共重合体。
(20)式(I’)、式(A)、式(B)および式(C)で表される繰り返し単位を含み、さらに架橋剤による架橋構造を含む、共重合体。
(21)前記(16)に記載の細胞内送達複合体、または前記(17)~(20)のいずれかに記載の共重合体を含んでなる、温度感受性プローブ。
(22)細胞内の温度を測定する方法であって、
(a)前記(21)に記載の温度感受性プローブを細胞内に導入する工程、および
(b)励起光照射下、蛍光強度または蛍光寿命を測定する工程
を含んでなる、方法。
(23)細胞内の温度を測定するためのキットであって、前記(16)に記載の細胞内送達複合体、前記(17)~(20)のいずれかに記載の共重合体、または前記(21)に記載の温度感受性プローブを含んでなる、キット。
(24)前記(10)に記載のカチオン性重合開始剤と、炭素-炭素二重結合を含んでなるモノマーによるラジカル重合反応を行うことを含んでなる、少なくとも一方の末端が陽性荷電を帯びたひも状ポリマーの製造方法。
(25)主鎖の少なくとも一方の末端に式(I’)で表されるカチオン性重合開始剤に由来する構造と、これに続く、炭素-炭素二重結合を含んでなるモノマーに由来する繰り返し構造を含む共重合体からなる、少なくとも一方の末端が陽性荷電を帯びたひも状ポリマー。
(26)前記(24)の製造方法によって得られる、少なくとも一方の末端が陽性荷電を帯びたひも状ポリマー。
(27)少なくとも一方の末端が陽性荷電を帯びたひも状ポリマーと陰性荷電を帯びたインク粒子からなる複合体。
【実施例】
【0141】
以下に実施例を示すことにより本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0142】
試薬及びデータ測定
カチオン性重合開始剤の合成のための原料となるα,α'-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)はメタノールを用いた再結晶、感熱性ユニットであるN-イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)はn―ヘキサンを用いた再結晶により精製して用いた。その他の試薬は購入したものをさらに精製することなく使用した。
【0143】
1H-NMRはBRUKER AVANCE400スペクトロメーター(400MHz)を使用して測定し、ケミカルシフトはppmで表示した。数平均分子量および重量平均分子量はJASCO GPC system(JASCO PU-2080ポンプ、JASCO RI-2031示差屈折計、JASCO CO-2060カラムオーブン、Shodex GPC KD-806Mカラム)を使用し、ポリスチレン標準試料により得られる較正曲線を用いて算出した。シリカゲルカラムクロマトグラフィーには、関東化学silica gel 60N(40-50μm)を使用した。吸光度の測定には、JASCO V-650紫外可視光分光光度計を使用した。IRの測定には、SHIMADZU
FTIR-8300を用いた。質量分析は、JMS-700またはBrucker micrOTOF II (ESI)を用いた。ゲル粒子径は、動的光散乱法(DLS)に基づき、Zetasizer Nano ZS (Malvern)を用いて測定した。
【0144】
実施例A-1:カチオン性重合開始剤の合成
【化20】
【0145】
α,α'-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(20.1g、0.12mol)をメタノール(MeOH)20mLとトルエン(Tol)200mLに懸濁した。この溶液に、塩化ナトリウム(NaCl)(200g)に濃硫酸(260mL)を滴下し、発生する塩化水素(HCl)ガスを吹き込み、室温で5時間撹拌した。析出している固体をろ過し、トルエン(Tol)で洗い、真空乾燥することで白色固体の化合物1aを得た(28.3g、収率77%)。
【0146】
化合物1aの1H NMR (400MHz,MeOD-d4)は以下の通り。
δ3.35(s.6H),1.57(s,12H)
化合物1aの質量分析の結果は以下の通り。
HRMS(EI+):calcd for[C5H10NO]+,100.0757;found,100.0761
また、化合物1aの元素分析の結果は以下の通り。
Anal.Calcd for C10H22Cl2N4O2:C,39.87;H,7.36;N,18.60.Found:C,39.16;H,7.41;N.18.25
【0147】
【0148】
N-メチルエチレンジアミン(12.6mL,0.14mol)をメタノール(MeOH)60mLに加え、減圧下でトルエン(Tol)100mL/メタノール(MeOH)6mLに懸濁した化合物1a(15.0g,49.7mmol)を40分かけて滴下した。減圧下(250Torr)、室温で3時間撹拌した後、ろ過した。ろ液量が1/2量程度になるまで溶媒を減圧留去し、デカンテーションにより上澄みを分離した。その上澄みを減圧留去し、真空乾燥することで黄色固体である化合物1bを得た(13.2g,収率95%)。
【0149】
化合物1bの1H NMR (400MHz,MeOD-d4)は以下の通り。
δ3.66(t.4H,J=10.0Hz),3.42(t,4H,J=10.0Hz),2.75(s,6H),1.47(s,12H)。
化合物1bの13C NMR(100MHz,MeOH-d4)は以下の通り。
δ171.0,72.7,55.1,52.3,36.0,25.0
化合物1bの質量分析の結果は以下の通り。
HRMS(EI+):calcd for[C7H13N2]+125.1073;found,125.1092
また、化合物1bの元素分析の結果は以下の通り。
Anal.Calcd for C14H26N6:C,60.40;H,9.41;N30.19.Found:C,59.79;H9.45;N,29.68.
【0150】
【0151】
アルゴン環境下で、化合物1b(2.7g,9.7mmol)をジクロロメタン(CH2Cl2)30mLに溶解し、トリフルオロメタンスルホン酸メチル(MeOTf)(2.3mL,20.3mmol)を滴下した。室温で3.5時間撹拌した後、溶媒を減圧留去することで目的物であるカチオン性重合開始剤化合物1cを得た(5.6g,収率95%)。
【0152】
化合物1cの1H NMR(400MHz,MeOD-d4)は以下の通り。
δ4.00(s.8H),3.24(s,12H)1.73(s,12H)
化合物1cの13C NMR(100MHz,MeOH-d4)は以下の通り。
δ169.0,74.5,53.3,38.4,24.7
化合物1cの質量分析の結果は以下の通り。
HRMS(EI+): calcd for[C7H13N2]+.125.1073;found,125.1073
また、化合物1cの元素分析の結果は以下の通り。
Anal.Calcd for C18H32N6O6N6S2:C,35.64;H5.32;N,13.85Found:C,35.37;H5.02;13.59.
【0153】
実施例A-2:カチオン性重合開始剤1cを使ったポリスチレン共重合体の製造
スチレン、架橋剤としてN,N’-メチレンビスアクリルアミド(以下、MBAM)と界面活性剤としてヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロリド(以下、CTAC)を表1に示す量で水25mLに溶解し、30分間アルゴンガスを通じることにより溶存酸素を除去した。その後、表1の量のカチオン性重合開始剤化合物1cを添加し、メカニカルスターラーを用いて、70℃で1時間、乳化重合を行った。室温に冷やした後、反応液に塩化ナトリウムを加え塩析をし、透析によって精製を行った。得られた重合体の収率は表1に示す。
【0154】
【0155】
得られた重合体について、ゼータ電位とDLSによるゲル粒子径の測定(重合体濃度0.1%、20℃)を行い、透過型電子顕微鏡(TEM)によるゲル粒子径の測定(重合体濃度0.01%で風乾後測定)を行い、表2の結果を得て、カチオン性のゲルが得られたことが確認された。なお透過型電子顕微鏡(TEM)で化合物2bを観察した結果を
図1に示す。これにより、今回新たに合成したカチオン性重合開始剤化合物1cが重合開始剤として機能し、かつカチオン性の粒子の合成に寄与することが明らかとなった。また重合開始剤の量を増やした化合物2aの方が、2bと比較してゼータ電位がプラスになっており、重合開始剤の量に応じて、粒子表面のカチオン電荷量を制御できることもわかった。
【0156】
【0157】
実施例A-3:カチオン性重合開始剤1cを使ったPEG共重合体の製造
【化23】
【0158】
化合物3aを用いて共重合体3cを、化合物3bを用いて共重合体3dを得た。合成法は以下の通り。化合物3a(20mg/ml)または化合物3b(33mg/ml)を、水(150μL)に溶かし、テトラエチルメチレンジアミン(17mM)と化合物1c(50mM)を追加し、20分間撹拌した。15分間室温で静置し、反応物に水またはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を350μL加え、水またはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で透析を行い、精製し、共重合体3cおよび3dを得た。
【0159】
化合物3e(4.2mM)、p-ジビニルベンゼン(2.8mM)、界面活性剤CTAC(1.82mM)を水45mLに溶解し、30分間アルゴンガスを通じることにより溶存酸素を除去した。そこに、カチオン性重合開始剤化合物1c(終濃度9.0mM)が溶解した水5mLを加え、メカニカルスターラーを用いて、70℃で乳化重合を1.5時間行った。室温に冷やした後、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で透析を行い、精製し、共重合体化合物3fを得た(収率4.2%)。
【0160】
化合物3b(33mg/ml)とフルオレセイン(33μg/mL)およびローダミンB(33μg/mL)を、水(150μL)に溶かし、テトラエチルメチレンジアミン(17mM)と化合物1c(50mM)を追加し、20分間撹拌した。15分間室温で静置し、反応物に水またはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を350μL加え、水またはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で透析を行い、精製し、共重合体3G(フルオレセイン包含)および3h(ローダミンB包含)を得た。
【0161】
得られた重合体について、ゼータ電位とDLSによるゲル粒子径を測定(20℃)し、透過型電子顕微鏡(以下TEM)によるゲル粒子径の測定(風乾後撮影)を行った。例として化合物3dの透過型電子顕微鏡(TEM)像を
図2に示す。以下表3のような結果を得て、PEG系のモノマーを用いた場合でもカチオン性のゲルが得られたことが確認された。
【0162】
【0163】
実施例A-4:カチオン性重合開始剤1cを使った温度感受性共重合体の製造
【化24】
【0164】
共重合体の合成に必要な単量体(蛍光性ユニット)の1つであるN-(2-{[7-(N,N-ジメチルアミノスルホニル)-2,1,3-ベンゾチアジアゾール-4-イル]-(メチル)アミノ}エチル)-N-メチルアクリルアミド(DBThD-AA)は、文献A(Chemistry A European Journal 2012年, 第18巻,第9552 - 9563頁)に記載の方法に従って行った。
【0165】
感熱性ユニットであるN-イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)(100mM)、架橋剤MBAM(1mM)、界面活性剤CTAC(1.9mM)、蛍光性ユニットであるN-(2-{[7-(N,N-ジメチルアミノスルホニル)-2,1,3-ベンゾチアジアゾール-4-イル]-(メチル)アミノ}エチル)-N-メチルアクリルアミド(DBThD-AA)(1mM)、およびN,N,N’,N’-テトラメチレンジアミン(2.9mM)を水(19ml)に溶解し、30分間アルゴンガスを通じることにより溶存酸素を除去した。その後、水(1ml)に溶解した化合物1c(28mM)を加え、70℃にてメカニカルスターラーを用いて1時間乳化重合させた。室温に冷やした後、反応液に塩化ナトリウムを加え塩析をし、水で透析を行い、精製し、共重合体化合物EF043、75.3gを得た(収率31%)。得られたゲルを透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した結果を
図3に示す。観察結果から明白なように、球状の粒子が合成されたことを確認できた。
【0166】
実施例B-1:新規のカチオン性重合開始剤と同一のカチオン構造をもったアクリルアミド系カチオン性ユニットの合成
【化25】
【0167】
塩化チオニル(SOCl2)(2.65mL,36.5mmol)とトリクロロメタン(CHCl3)(15.0mL)の撹拌混合物に、0℃で、アミノアルコール化合物6(2.27mL,29.7mmol)を添加した。化合物6が完全に消失するまで、3時間の加熱還流を行った。懸濁液を室温まで冷やし、ろ過し、トリクロロメタン(CHCl3)でよく洗浄し、褐色固体を得た。さらにそこにアジ化ナトリウム(NaN3)(2.91g,44.7mmol)と水(40mL)を添加し、80℃で24時間、褐色固体が完全に反応するまで加熱した。2M水酸化ナトリウム(NaOH)を添加し反応を止め、ジクロロメタン(CH2Cl2)で3回抽出した。抽出液をブラインで洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、濾過し、減圧下で濃縮することで、アジド化合物7を得た。
【0168】
ジクロロメタン(CH2Cl2)(132mL)にアジド化合物7とトリエチルアミン(Et3N)(6.85mL,49.3mmol)を溶かし、さらにアクリルクロライド(2.69mL,32.9mmol)を0℃で添加した。混合物を室温に温め、アジド化合物7がなくなるまで45分撹拌した。水を添加し反応を止め、ジクロロメタン(CH2Cl2)で3回抽出した。抽出液をブラインで洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、濾過し、減圧下で濃縮し粗生成物を得た。その後、シリカゲルクロマトグラフィー(ヘキサン/酢酸エチル=1/1)で精製し、黄色結晶アミド化合物8を得た(2.87g,18.6mmol,収率63%)。
【0169】
化合物8のIRデータは以下の通り。
IR(neat,cm-1):3277,2932,2097,1657,1626,1550,1408,1245,985,957,772
化合物8の1H NMR(400MHz,CDCl3)データは以下の通り。
δ6.29(dd,1H,J=17.2,1.2Hz),6.09(dd,1H,J=17.2,10.0Hz),5.73(brs,1H),5.66(dd,1H,J=10.0,1.6Hz),3.48-3.35(m,4H),1.85(tt,2H,J=6.8,6.8Hz)
化合物8の13C NMR(100MHz,CDCl3)データは以下の通り。
δ165.7,130.7,126.6,49.4,37.2,28.7
化合物8の質量分析の結果は以下の通り。
HRMS(FAB+)calcd.for C8H13NO2(M+H+),155.0933; found,155.0936.
【0170】
【0171】
パール圧力反応器に、エチレンジアミン(化合物9)(5.42mL,81.1mmol)、アセトニトリル(8.47mL,162mmol)、メタノール(4.39mL)。および塩化アンモニウム(270mg,4.06mmol)を入れ、封をした。200℃で4時間加熱後、反応物をろ過し、減圧下で濃縮して、イミダゾリン化合物10を得た。
【0172】
無水テトラヒドロフラン(THF)(243mL)にイミダゾリン化合物10を溶かし、n-ブチルリチウム(n-BuLi)(n-ヘキサン36.7mL中、2.65M、97.3mmol)を0℃で滴下し、室温で1時間、撹拌した。その後、ヨウ化メチル(6.56mL,105mmol)を0℃で滴下し、化合物10が完全になくなるまで、1時間撹拌した。水を添加し、反応を止め、ジクロロメタン(CH2Cl2)で3回抽出した。抽出液をブラインで洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、濾過し、減圧下で濃縮し粗生成物を得た。精製のため蒸留(54℃/27hPa)をし、無色油状のジメチルイミダゾリン化合物11を得た(4.22g,43.0mmol,収率53%)。
【0173】
化合物11の分析データは、Ye,G;Henry,W.P;Chen,C;Zhou,A.;PittmanJr.,C.U. Tetrahedron Lett.2009,50,2135-2139.に示す通りであり、以下にTLCから求めたRf値を示す。
Rf=0.42(ヘキサン/n-プロピルアミン=10/3)
【0174】
【0175】
乾燥したテトラヒドロフラン(THF)(30.0mL)に4-ペンチン-1-オール(4-pentyn-1-ol)(化合物12)(1.53mL,16.5mmol)を溶かし、n-ブチルリチウム(n-BuLi)(n-ヘキサン13.6mL中、2.66M、36.2mmol)を-78℃で滴下し、2時間撹拌した。その後、クロロトリメチルシラン(TMSCl)(4.80mL,37.9mmol)を-78℃で滴下し、室温にあたためて、化合物12が完全になくなるまで10時間撹拌し、反応を進めた。1M塩酸(5mL)を加え反応を止め、ジクロロメタン(CH2Cl2)で3回抽出した。抽出液をブラインで洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、濾過し、減圧下で濃縮することで、粗生成物アルコール化合物13を得た。
【0176】
乾燥ジエチルエーテル(32.1mL)とアセトニトリル(22.5mL)に化合物13、トリフェニルホスファン(PPh3)(7.58g,28.9mmol)、イミダゾール(2.08g,30.5mmol)を添加し、撹拌した。混合物に0℃でヨウ素(8.15g,32.1mmol)を添加し、化合物13が完全に反応するまで、2時間撹拌を行った。飽和ピロ硫酸ナトリウム溶液を加えて反応を止め、ジエチルエーテルで3回抽出した。抽出液をブラインで洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、濾過し、減圧下で濃縮することで、粗生成物を得た。粗生成物をシリカゲルクロマトグラフィー(ペンタン)で精製し、無色油状のヨードアルキル化合物14を得た(3.12g,11.6mmol,収率71%)。
【0177】
化合物14の分析データは、Braese,S.;Wertal,H.;Frank,D.;Vidovic,D.; de Meijere,A. Eur.J.Org.Chem.2005,4167-4178.に示す通りであり、以下にTLCから求めたRf値を示す。
Rf=0.24(ペンタン)
化合物14のIRデータは以下の通り。
IR(neat,cm-1):2958,2898,2176,1426,1250,1221,901,842,760,698,638
化合物14の1H NMR(400MHz,CDCl3)データは以下の通り。
δ3.29(t,2H,J=6.8Hz),2.36(t,2H,J=6.8Hz),2.00(tt,2H,J=6.8,6.8Hz),0.15(s,9H)
化合物14の13C NMR(100MHz,CDCl3)データは以下の通り。
δ104.7,85.7,32.0,20.8,4.9,0.1
化合物14の質量分析の結果は以下の通り。
HRMS(FAB+ calcd.for C8H16SiI(M+H+),267.0066;found,267.0087.
【0178】
【0179】
乾燥したテトラヒドロフラン(THF)(1.8mL)とジエチルエーテル(2.7mL)にイミダゾリン化合物11(300mg,3.06mmol)を溶かし、n-ブチルリチウム(n-BuLi)(n-ヘキサン,2.76mL中、1.55M、4.28mmol)を-23℃で滴下し、室温にあたためて、1時間撹拌した。その後、乾燥したテトラヒドロフラン(THF)(3mL)に溶かしたヨードアルキル化合物14(901mg,3.38mmol)を、カヌーレを介して撹拌した混合物に0℃で添加した。室温に温め、化合物11が完全になくなるまで1時間撹拌し、反応を進めた。水を加え反応を止め、トリクロロメタン(CHCl3)で3回抽出した。溶媒を減圧下で除去し、シリカゲルクロマトグラフィー(ヘキサン/n-プロピルアミン=5/1)で精製し、黄色油状の化合物15を得た(370mg,1.57mmol,収率51%)。
【0180】
化合物15のIRデータは以下の通り。
IR(neat,cm-1):2955,2862,2172,1616,1453,1404,1249,843,760,640
化合物15の1H NMR(400MHz,CDCl3)データは以下の通り。
δ3.63(t,2H,J=9.2Hz),3.24(t,2H,J=9.2Hz),2.78(s,3H),2.26(t,2H,J=7.2Hz),2.21(t,2H,J=7.6Hz),1.79-1.67(m,2H),1.60(tt,2H,J=7.2,7.2Hz),0.14(s,9H)
化合物15の13C NMR(100MHz,CDCl3)データは以下の通り。
δ167.9,107.1,84.6,53.3,51.9,33.9,28.4,27.1,25.4,19.5,0.1
化合物15の質量分析の結果は以下の通り。
HRMS(ESI+)calcd.for C12H25N2Si(M+H+),237.1782;found,237.1789.
【0181】
【0182】
ジクロロメタン(3.19mL)にイミダゾリン化合物15(151mg,639μmol)を溶かし、室温でトリフルオロメタンスルホン酸メチル(MeOTf)(145μL,1.28mmol)を添加し、3時間撹拌した。減圧下で溶媒を除き、イミダゾウリウム塩を得た。ジメチルホルムアミド(DMF)(3.0mL)にその塩を溶かし、アミド化合物8(120mg,776μmol)、硫酸銅・五水和物(CuSO4・5H2O)(31.9mg,127μmol),アスコルビン酸(45.0mg,256μmol)を添加して、65℃で24時間加熱した。減圧下で溶媒を除き、目的の化合物16を得た。残渣をODSシリカゲルクロマトグラフィー(メタノール/水=1/5to1/2)で精製し、目的画分に水を加え、ジクロロメタンで3回洗浄した。水層部分を回収し、減圧下で濃縮し、アクリルアミド系目的化合物である褐色固体化合物16(143mg,296μmol,収率46%)を得た。
【0183】
化合物16のIRデータは以下の通り。
IR(neat,cm-1):3352,2936,1660,1624,1553,1467,1281,1157,1031,638
化合物16の1H NMR(400MHz,CDCl3)データは以下の通り。
δ7.93(s,1H),7.43(brs,1H),6.32(d,1H,J=9.2Hz),6.30(d,1H,J=2.8Hz),5.60(dd,1H,J=9.2,2.8Hz),4.44(t,2H,J=6.4Hz),3.95(s,4H),3.24(dt,2H,J=6.4,6.4Hz),3.12(s,6H),2.83(t,2H,J=6.4Hz),2.55(t,2H,J=8.0Hz),2.20(tt,2H,J=6.4,6.4Hz),1.85(tt,2H,J=6.8,6.8Hz)
化合物16の13C NMR(100MHz,CDCl3)データは以下の通り。
δ168.4,166.4,146.1,131.3,125.8,123.0,49.9,47.5,36.0,34.0,29.8,28.4,24.6,24.0,23.9
化合物16の質量分析の結果は以下の通り。
HRMS(ESI+)calcd.for C17H29N6O(M+),333.2397;found,333.2387.
【0184】
実施例B-2:新規のカチオン性重合開始剤と同一のカチオン構造をもったひも状ポリマーの合成
感熱性ユニットであるN-イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)、カチオンモノマーユニット化合物16、蛍光性ユニットであるN-(2-{[7-(N,N-ジメチルアミノスルホニル)-2,1,3-ベンゾチアジアゾール-4-イル]-(メチル)アミノ}エチル)-N-メチルアクリルアミド(DBThD-AA)、α,α'-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)を表4の量でジメチルホルムアミド(DMF)(5ml)に溶解し、30分間アルゴンガスを通じることにより溶存酸素を除去した。その後、60℃にて8時間反応させ、室温に冷やした。この溶液を、ジエチルエーテル(100ml)に攪拌しながら注いだ。得られた結晶を濾取し、減圧乾燥させた後、さらにメタノール(MeOH)(1mL)に溶かして再沈殿を行った後、純水に溶かし、直径28.6mmのヴィスキングチューブ(透析用セルロースチューブ)を使用し、透析外液を1000mlとして、充分に透析を行い、精製を行った。精製品を凍結乾燥し、表題の共重合体Lin40とLin41を淡黄色粉末として得た。収率は表4に示す。
【0185】
【0186】
Lin40とLin41に関して共重合体の特性を評価した結果を表5に示す。またNMRにより算出したNIPAM:カチオンモノマーユニット(化合物16):DBThD-AAの比は、この順に
Lin40 94.5 : 5.48 : 1.43
Lin41 93.0 : 7.03 : 1.43
であった。なお、ゼータ電位測定は0.5w/v%水溶液を用いて、20℃で行った。
【0187】
【0188】
実施例B-3:Lin40,Lin41の温度応答性試験
Lin40,Lin41の150mM塩化カリウム(KCl)水溶液中での温度応答性試験を以下の手順で行った。JASCO FP-6500分光蛍光光度計を使用し、溶媒として、Millipore社のMilli-Q reagent systemから得た超純水を用いて、和光純薬より購入した塩化カリウム(KCl)を150mMの濃度になるように溶かしたものを用いた。当実験における化合物の初期濃度は0.005w/v%とし、励起波長は450nmとした。溶液の温度制御にはJASCO ETC-273T水冷ペルチェ式恒温セルホルダを使用し、付属の熱電対により温度を測定した。溶液温度を1℃刻みで上昇させ、各温度における450~850nmの蛍光スペクトルを測定した。
【0189】
Lin40およびLin41の569nmおよび571nmの蛍光強度変化をプロットした例を
図4に示す。この結果より、新たに合成したカチオン性ユニット(化合物16)を用いても、温度に応答するプローブを合成できたことがわかった。さらに、カチオン性ユニット比率を上げると、温度変化に対する蛍光強度の上昇度は小さくなることがわかった。
【0190】
実施例B-4:各種温度感受性プローブの合成
NN-AP4(ひも状のアクリルアミド型高分子)の合成は、文献A(PloS One 2015年、第10(2)巻)中のAP4-FPTに記載の方法に従って行った。アニオンゲルk40の合成は、文献B(Chemistry A European Journal 2012年, 第18巻,第9552 - 9563頁)中のDBThD nanogelに記載の方法に従って行った。
【0191】
実施例5:動物細胞(接着細胞)への温度プローブの導入
ヒト子宮頸癌由来HeLa細胞をDMEM培地(10%FBS,1%ペニシリン(penicillin)-ストレプトマイシン(streptomycin))が入った、プラスチックボトムディッシュ(ibidi社)に播種し、培養した。1日後、培地を5%グルコース水溶液に置換し、EF043,NN-AP4、Lin40、Lin41、k40をそれぞれ終濃度0.05%となるように添加し、37℃で10分静置した。その後、プローブを取り除き、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄後、フェノールレッドフリー(phenolred-free)のDMEM培地に置換し、顕微鏡観察を行った。顕微鏡観察は、共焦点レーザー顕微鏡(FV1000、Olympus)、40倍対物レンズ(Uplan Apo40x NA0.85, Olympus)を用いて観察した。
細胞に473nmのレーザー(Multi Arレーザー)に照射し、500~600nmの蛍光画像を取得した。
【0192】
細胞を撮影した結果例を
図5に示す。また、得られた顕微鏡写真を用いて、バックグラウンドとして細胞のないある領域の蛍光強度を差し引く画像処理を行い、未処理の細胞が持つ自家蛍光以上に蛍光シグナルが観察された細胞についてカウントすることで細胞へのプローブの導入率を算出した。結果を表6に示す。従来の重合開始剤を用いて作られた表面が負電荷を帯びた温度プローブk40では導入がほとんど認められなかったが、新規のカチオン性重合開始剤を用いて合成したゲル型温度プローブEF043を始め、カチオン性を帯びたプローブは細胞内への導入が確認できた。さらにLin41は細胞膜への局在が認められ、細胞内への導入量が多くなかった。
【0193】
【0194】
実施例6:プローブの毒性評価
実施例5のようにして、HeLa細胞にEF043,NN-AP4、Lin40、Lin41を導入し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄後、フェノールレッドフリー(phenolred-free)のDMEM培地に置換した。その後、非膜透過性の蛍光試薬であるヨウ化プロピジウム(PI)を終濃度0.67μg/mlとなるように培地中に添加し、37℃で30分間処理した後、顕微鏡で観察を行った。蛍光プローブは473nmのレーザーで励起し、ヨウ化プロピジウム(PI)は559nmのレーザーで励起し、それぞれ490~550nm、655~755nmの蛍光波長で観察を行った。なお、観察時のカメラの光増倍管感度やレーザー強度は、メタノールで処理した細胞を死滅した細胞のコントロールとして用いて調整を行った。
【0195】
顕微鏡下で温度プローブの蛍光が観察された細胞を約100細胞選んで、ヨウ化プロピジウム(PI)の蛍光が観察された細胞を死滅細胞として数をカウントし、100分率を算出した。その結果、表7のような結果となった。EF043、Lin40,NN-AP4に関しては、ヨウ化プロピジウム(PI)による細胞毒性はほとんど見らなかったが、Lin41に関しては細胞膜透過性が向上し、細胞毒性があることがわかった。つまり、ひも状高分子である温度プローブを用いた場合に、カチオン性ユニットの導入量を多くすると、細胞毒性が生じることが明らかとなった。
【0196】
【0197】
実施例7:温度プローブの構造による細胞分裂に与える影響の調査
ヒト子宮頸癌由来HeLa細胞をDMEM培地(10%FBS,1%penicillin-streptomycin)、グリッド付きのプラスチックボトムディッシュμ-Dish 35mm grid-500(ibidi社)に播種、培養した。1日後、実施例5のようにEF043,NN-AP4、Lin40の3つのプローブを導入し、フェノールレッドフリー(phenolred-free)のDMEM培地に置換し、顕微鏡観察を行った。顕微鏡観察は、共焦点レーザー顕微鏡(FV1000、Olympus)、40倍対物レンズ(Uplan Apo40x NA0.85, Olympus)を用いて観察した。細胞に473nmのレーザー(Multi Arレーザー)に照射し、500~600nmの蛍光画像を取得した
【0198】
特定のグリッド内の含まれる細胞のうち、蛍光プローブが導入されている細胞を実施例5の方法に従ってカウントし、37℃、5%CO
2で培養下、24時間後の蛍光プローブが導入されている細胞を再度カウントすることで、24時間後の細胞増殖率を算出した。
結果を
図6に示す。なお、未処理の対照(Ctrl)では、プローブが導入されていない細胞をすべてカウントした。その結果、カチオン性ゲルであるEF043は対照(Ctrl)と比較して、細胞増殖率がほとんど変わらず、ひも状の温度プローブであるNN-AP4やLin40は細胞増殖を阻害していることがわかった。この阻害効果は含まれるカチオン性ユニットの構造の違い(NN-AP4では4級アンモニウム骨格、Lin40では、1,3-ジメチル-4,5-ジヒドロ-1H-イミダゾール-3-イウム骨格)に依存しない。さらに、EF043とLin40はカチオン性分子の構造が同一であることから、カチオン性構造による細胞増殖阻害効果よりも高分子の構造がひも状である場合(Lin40)に細胞分裂に与える阻害効果が大きく、ゲル状である場合(EF043)には阻害効果がほとんどないことがわかった。またプローブが導入されている細胞が培養によって増えたことから、プローブが分裂に伴って両細胞に分配されていることが明らかとなった。
【0199】
実施例8:褐色脂肪細胞への分化に与える影響の調査
安楽殺したラット(Wistar、オス、3週齢)より褐色脂肪組織を採取し、ハサミで細かく切り、コラゲナーゼ溶液に浮遊させてスターラーで振盪しながら30分、37℃でインキュベートした。100μmセルストレーナーで未消化組織片を除き、ろ過液を遠心分離し(400g,室温,5分)、得られたペレットをHBSS(-)に懸濁し、遠心して洗浄した。溶血バッファーに懸濁し、室温で10分置いたのち、HBSS(-)を添加して遠心分離し、ペレットを増殖培地(表8)に懸濁し、40μmセルストレーナーに通したものをSVF懸濁液とした。SVF懸濁液をコラーゲンコートされたガラスボトムディッシュに播種し、37℃で培養した。18時間後に培地を除去してHBSS(-)で2回洗浄し、未接着細胞を除去し、再度増殖培地を添加して4日間培養(37℃、5%CO2)した。分化培地(表8)に置換して48時間培養(37℃、5%CO2)した後、温度感受性プローブEF043を細胞に導入した。導入は、細胞を5%グルコースで洗浄し、5%グルコース中で終濃度0.05w/v%となるようにEF043を細胞に添加し、37℃、15分インキュベートした。その後、HBSSで2回洗浄を行い、顕微鏡観察を行った。さらにEF043を導入した細胞を脂肪滴の誘導を促す維持培地(表8)に置換し、3日間培養した(37℃、5%CO2)後に、顕微鏡観察を行った。微鏡観察は、共焦点レーザー顕微鏡(FV1000、Olympus)により、40倍対物レンズ(Uplan Apo40x NA0.85, Olympus)を用いて観察した。細胞に473nmのレーザー(Multi Arレーザー)を照射し、500~600nmの蛍光画像を取得した。
【0200】
【0201】
結果を
図7に示す。
図7左で示すように、分化培地で培養後の細胞内に温度プローブの蛍光が認められ、プローブが自発的に細胞内へ取り込まれることがわかった。さらにその細胞を維持培地で培養し、脂肪滴の形成を促すと、
図7右のように、プローブの蛍光が細胞内に確認でき、かつ褐色脂肪細胞に特徴的な多胞性の脂肪滴が認められた。この結果より、カチオン性ゲル型温度プローブEF043は細胞の分化を阻害することなく、細胞内に維持されることがわかった。
【0202】
実施例9:培養細胞(浮遊細胞)に対してのEF043の蛍光強度応答
MOLT-4 (ヒト急性リンパ芽球性白血病(T-細胞))をRPMI1640培地(10%FBS)を用いて、100mmディッシュにて培養した(播種1×104cells/ml)。2日後、培養液3mlを遠心分離(300g、2分)して培地を取り除き、5%グルコースで洗浄後、再度5%グルコース1mlに懸濁し、EF043、NN-AP4、Lin40をそれぞれ終濃度0.05%となるように添加した。37℃、10分後、遠心分離(300g、2分)して上清を取り除き、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄後、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に再懸濁し、非膜透過性の蛍光試薬であるヨウ化プロピジウム(PI)を終濃度0.67μg/mlとなるようにリン酸緩衝生理食塩水(PBS)中に添加し、37℃で30分間処理した後、顕微鏡で観察を行った。蛍光プローブは473nmのレーザーで励起し、ヨウ化プロピジウム(PI)は559nmのレーザーで励起し、それぞれ490~550nm、655~755nmの蛍光波長で観察を行った。プローブが導入されているかの確認を顕微鏡観察にて行った。共焦点レーザー顕微鏡(FV1000、Olympus)、40倍対物レンズ(UplanSApo,Olympus)を用いて観察し、細胞に473nmのレーザー(Multi Arレーザー)を当て、500nmから600nmまでの蛍光波長に対する蛍光像を観察した。
【0203】
また、プローブEF043が導入されたMOLT-4細胞(ヨウ化プロピジウム(PI)で処理していない)をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に懸濁した状態でキュベットに入れ、さらにキュベット内に2mm直径の球状の攪拌子を入れた。キュベットをJASCO FP-6500分光蛍光光度計にセットし、約800rpmの速度で回転させ、細胞が沈むのを防ぎながら、蛍光スペクトルを測定した。励起波長は440nmとした。溶液の温度制御にはJASCO ETC-273T水冷ペルチェ式恒温セルホルダを使用し、付属の熱電対により温度を測定した。溶液温度を2℃刻みで上昇させ、細胞内部の温度と外部の温度を一定にするよう温度上昇後2分静置し、各温度における蛍光強度を測定した。
【0204】
細胞へのプローブの導入率については、得られた顕微鏡写真を用いて、バックグラウンドとして細胞のないある領域の蛍光強度を差し引く画像処理を行い、未処理の細胞が持つ自家蛍光以上に蛍光シグナルが観察された細胞についてカウントすることで算出した。また、細胞膜の透過性を示すヨウ化プロピジウム(PI)毒性については、顕微鏡下で温度プローブの蛍光が観察された細胞を約50―200細胞選んで、ヨウ化プロピジウム(PI)の蛍光が観察された細胞を死滅細胞として数をカウントした。
【0205】
プローブ導入率、およびヨウ化プロピジウム(PI)毒性の結果を表9に、温度応答性の結果を
図8に示す。EF043はMOLT-4細胞においても混ぜるだけで細胞内へと移行することが顕微鏡の結果より明らかとなった。またヨウ化プロピジウム(PI)毒性に関しても、用いたプローブ間で差がなく、全体として大きな毒性は認められなかった。
【0206】
また、細胞内のEF043は、外部の温度変化に鋭敏に反応し、蛍光強度(蛍光波長570nm)を上昇させた(
図8)。一般的な哺乳類細胞の生育温度である25~40℃の幅広い温度領域で細胞内温度を計測できることが確認できた。
【0207】
【0208】
実施例10:蛍光寿命変化の感熱応答試験
実施例9で作製したプローブEF043が導入されたMOLT-4細胞懸濁液を用いて、蛍光寿命変化の感熱性応答試験を行った。FluoroCube 3000U(Horiba Jobin Yvon)時間相関単一光子計数法蛍光寿命測定装置を使用して、励起波長は405nmとした。溶液の励起には、LED(NanoLED-456,Horiba)を用いて、パルス繰り返し数1MHzで測定を行った。溶液の温度制御にはJASCO ETC-273T水冷ペルチェ式恒温セルホルダを使用し、付属の温度計によりセルホルダ内の温度を測定した。測定前に熱電対により溶液の温度が安定したことを確認した後、各温度における蛍光寿命を蛍光波長580nm±8nmとして測定した。得られた蛍光減衰曲線を以下に示す式により近似し、2成分の蛍光寿命を得た。
【0209】
【0210】
得られた蛍光寿命から、以下に示す式を用いて各温度における平均蛍光寿命を算出した。
【数2】
【0211】
試験結果を
図9に示す。高温になるにつれて平均蛍光寿命が延長し、温度の変化に鋭敏に反応して平均蛍光寿命が変化することが確認された。
【0212】
実施例11:温度分解能の評価
実施例10の結果のように、温度(T)を横軸に蛍光寿命(τ)を縦軸に取った場合を想定する。∂を微小量、δを誤差とした場合、次のような関係が成り立つ。
【0213】
【0214】
つまり何℃の温度差を検出できるかを示す温度分解能δTは、
【数4】
と示される。ここで、∂が微小量を表すことから、
【数5】
は温度(T)を横軸に蛍光寿命(τ)を縦軸に取ったグラフの曲線の接線の傾きを示している。δは誤差を表しているので、δτは蛍光寿命の誤差である。ここでは標準偏差を誤差値として用いた。
【0215】
つまり、(温度分解能)=(温度(T)を横軸に蛍光寿命(τ)を縦軸に取ったグラフの曲線の接線の傾きの逆数)×(蛍光寿命の誤差)として算出することができる。
【0216】
実施例10の結果である
図9について温度分解能を評価した結果、
図10のようになった。EF043に関しては、0.2℃程度の温度分解能があり、非常に定量性が高いことがわかった。
【0217】
実施例12:PEG系ゲルを用いた細胞への応用
ヒト由来胎児腎細胞HEK293TをDMEM培地(10%FBS,1%penicillin-streptomycin)、35mmガラスボトムディッシュにて培養した(播種1×103cells/cm2)。1日後、培地を5%グルコースに置換し、蛍光色素の最終濃度を合わせるようにして、化合物3Gおよびフルオレセイン(1μg/ml)、または化合物3GおよびローダミンB(0.5μg/ml)を添加し、37℃で15分静置した。その後、プローブおよび蛍光色素を取り除き、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄後、フェノールレッドフリー(phenolred-free)のDMEM培地に置換し、顕微鏡観察を行った。顕微鏡観察は、共焦点レーザー顕微鏡(FV1000、Olympus)を用いて観察した。フルオレセインは473nmのレーザー(Multi Arレーザー)で、ローダミンBは559nmのレーザーで励起し、観察を行った。取得した像から20個程度の細胞を選択し、細胞内の平均シグナルを算出し、比較を行った。
【0218】
結果を
図11に示す。蛍光色素をカチオン性のゲルに包埋させた場合の方が、蛍光色素単独の場合よりも細胞に導入される量が多いことがわかった。この現象は分子としてマイナス電荷を帯びているフルオレセインと分子としてプラス電荷を帯びているローダミンBの両方で認められたことから、包埋する分子の性質にあまり影響を受けずに細胞内への取り込みを促進していることが示唆された。別の言い方をすれば、今回のカチオン性ゲルは、低分子を始めとした分子の、細胞内デリバリー技術としても利用できることがわかった。