IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人大阪大学の特許一覧

特許7112083サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法
<>
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図1
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図2
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図3
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図4
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図5
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図6
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図7
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図8
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図9
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図10
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図11
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図12
  • 特許-サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-26
(45)【発行日】2022-08-03
(54)【発明の名称】サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法
(51)【国際特許分類】
   H05H 13/00 20060101AFI20220727BHJP
   H05H 7/02 20060101ALI20220727BHJP
【FI】
H05H13/00
H05H7/02
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2018246493
(22)【出願日】2018-12-28
(65)【公開番号】P2020107532
(43)【公開日】2020-07-09
【審査請求日】2021-10-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム、「安全・安心・スマートな長寿社会実現のための高度な量子アプリケーション技術の創出に関する国立大学法人大阪大学による研究開発」委託研究産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100151448
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 孝博
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100203035
【弁理士】
【氏名又は名称】五味渕 琢也
(74)【代理人】
【識別番号】100185959
【弁理士】
【氏名又は名称】今藤 敏和
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【弁理士】
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】福田 光宏
(72)【発明者】
【氏名】依田 哲彦
(72)【発明者】
【氏名】神田 浩樹
(72)【発明者】
【氏名】中尾 政夫
(72)【発明者】
【氏名】安田 裕介
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-043097(JP,A)
【文献】特開2010-277770(JP,A)
【文献】特開2011-198748(JP,A)
【文献】特開2002-305098(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05H 13/00
H05H 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子を放出するイオン源と、
前記荷電粒子を円運動させるための磁場を形成する磁石と、
前記荷電粒子を加速させるための電場を形成する電極と、
前記電極に高周波電圧を印加する電源と、を含み、
前記高周波電圧は、正弦波波形を備える基本波電圧に、前記基本波電圧を基準とした高調波電圧を少なくとも二つ重畳して得られる合成電圧である、サイクロトロン。
【請求項2】
前記高調波電圧の波長は、前記基本波電圧の波長の1/n(nは3以上の奇数)倍である、請求項1に記載のサイクロトロン。
【請求項3】
前記電極は、複数のディー電極を含み、
前記複数のディー電極のいずれか一に前記基本波電圧のみが印加され、且つ、他のディー電極に前記高調波電圧の少なくとも二つが印加される、請求項1又は請求項2に記載のサイクロトロン。
【請求項4】
前記磁石は、半径が異なるらせん状の複数の電磁石を含む、請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載のサイクロトロン。
【請求項5】
磁石によって形成される磁場において円運動する荷電粒子を、電極に高周波電圧が印加されることによって形成される電場において加速するサイクロトロンの加速方法であって、
前記荷電粒子の速度が所定速度未満であり、且つ、前記電場を前記荷電粒子が通過する際に、前記高周波電圧における電圧の絶対値の変化量が正となる点が連続する第1位相区間の電圧を前記電極に印加する第1ステップと、
前記荷電粒子の速度が前記所定速度以上であり、且つ、前記電場を前記荷電粒子が通過する際に、前記高周波電圧において電圧が常に0以上又は0以下となる1/2周期の中心点を含む連続した区間であって、前記第1位相区間とは重複しない第2位相区間の電圧を前記電極に印加する第2ステップとを含み、
前記高周波電圧は、正弦波波形を備える基本波電圧に、前記基本波電圧を基準とした高調波電圧を少なくとも二つ重畳して得られる合成電圧である、サイクロトロンの加速方法。
【請求項6】
前記高周波電圧の周期と異なる周期で前記荷電粒子が円運動するように、前記第1ステップ及び前記第2ステップにおいて形成される第1の磁場とは磁束密度が異なる第2の磁場を形成し、前記第2の磁場が形成される空間に前記荷電粒子を通過させて前記第1ステップから前記第2ステップに移行させる第3ステップをさらに含む、請求項5に記載のサイクロトロンの加速方法。
【請求項7】
磁石によって形成される磁場において円運動する荷電粒子を、電極に高周波電圧が印加されることによって形成される電場において加速するサイクロトロンの加速方法であって、
質量電荷比M/Qの値が異なる異種の荷電粒子を前記サイクロトロンに供給する第1ステップと、
前記電場を前記荷電粒子が通過する際に、前記高周波電圧における電圧の絶対値の変化量が正となる点が連続する第1位相区間の電圧を前記電極に印加する第2ステップとを含み、
前記高周波電圧は、正弦波波形を備える基本波電圧に、前記基本波電圧を基準とした高調波電圧を少なくとも二つ重畳して得られる合成電圧である、サイクロトロンの加速方法。
【請求項8】
前記第1位相区間の始点は、前記高周波電圧において電圧の絶対値が0よりも大きくなる点であり、
前記第1位相区間の終点は、前記高周波電圧において電圧が極大値又は極小値となる点である、請求項7に記載のサイクロトロンの加速方法。
【請求項9】
前記高調波電圧の波長は、前記基本波電圧の波長の1/n(nは3以上の奇数)倍である、請求項5乃至請求項8のいずれか一項に記載のサイクロトロンの加速方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サイクロトロンは、磁場によって(すなわち、ローレンツ力によって)荷電粒子を円運動させると共に、電極に高周波電圧が印加されることによって形成される電場によって(すなわち、クーロン力によって)当該荷電粒子を加速させる加速器である。なお、荷電粒子が円運動する際の回転半径は、荷電粒子の速度に比例する。そのため、サイクロトロンに提供された荷電粒子は、回転する毎に加速され、且つ、速度の増加に伴って回転半径が増加される。その結果、荷電粒子は、サイクロトロンにおいて渦巻状の軌跡を描きながら加速される。
【0003】
サイクロトロンによって加速された荷電粒子はビームとなって放出され、当該ビームを例えば種々のターゲットに照射することによって生成される生成物(例えば、放射性同位体、中性子及びミューオン等)は、様々な産業において利用されている。例えば、放射性同位体は、人体に生じた癌の診断及び粒子線治療等に用いることができる。また、中性子及びミューオンは、半導体デバイスのソフトエラー評価及び固体の非破壊検査等に用いることができる。
【0004】
また、サイクロトロンは、異種の荷電粒子を含むカクテルビームから単一種の荷電粒子のビームを抽出するためにも利用される。具体的には、等時性磁場に置かれた荷電粒子の角速度は質量電荷比M/Q(Mは荷電粒子の質量であり、Qは荷電粒子の電荷量である。)の値に反比例する。なお、等時性磁場とは、荷電粒子の速度が高速になった場合であっても荷電粒子の円運動の周期を変化させない磁場、すなわち、相対論的効果によって荷電粒子の質量が増加することを考慮に入れて設計された磁場である。そのため、質量電荷比M/Qの値が異なる異種の荷電粒子(例えば、153+20Ne4+)を含むカクテルビームをサイクロトロンで加速させる場合、荷電粒子の回転数の増加に伴って異種の荷電粒子同士が分離され、最終的に、単一種の荷電粒子のビームを抽出することが可能となる。
【0005】
サイクロトロンにおける荷電粒子の加速に際しては、一般的に正弦波波形を備える高周波電圧を電極に印加し、当該電極の周りに形成される電場によって当該荷電粒子を加速する方法が適用される。ただし、この方法においては、サイクロトロン内における多数の荷電粒子を効率的且つ均一に加速させることは容易ではない。つまり、正弦波波形には振幅が最大となる位相(頂点)が1/2波長につき1点しか存在しないため、当該正弦波波形において振幅が最大となる位相の電圧(前記1点)が電極に印加されている間に、多数の荷電粒子を加速させる(すなわち、当該電圧が電極に印加されることによって形成される電場に全ての荷電粒子を通過させる)ことが制御上困難となる。
【0006】
このような荷電粒子の加速の問題に対しては、電極に印加される高周波電圧として、正弦波波形を備える電圧に、当該正弦波波形の3倍の周波数を備える電圧を重畳して得られた合成電圧(フラットトップ電圧)を利用することが提案されている(例えば、特許文献1参照)。この合成電圧の波形においては、1/2波長において振幅がほぼ最大となる位相の範囲が拡大されており(頂点が平坦化されており)、多数の荷電粒子を均一な電圧で加速させることが容易になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2002-43097号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
荷電粒子のビームを所定のターゲットに照射することによって、放射性同位体、中性子及びミューオン等の生成物を効率的に生成するためには、当該ビームの高品質化が必要となる。当該ビームの高品質化には、一般的に、当該ビームにおける荷電粒子のエネルギーのバラツキ(エネルギー差)及び荷電粒子の時間的な拡がり(ビームパルスの時間幅の拡がり)を抑制することが重要となる。もっとも、複数の荷電粒子が近接して存在する場合、いわゆる空間電荷効果によってそれらの間に斥力が生じるため、荷電粒子のエネルギーのバラツキが大きくなり、また、それらの時間的な拡がりも拡大してしまう。
【0009】
また、質量電荷比M/Qの値がほぼ等しい異種の荷電粒子(例えば、153+20Ne4+)を含むカクテルビームから単一種の荷電粒子のビームを抽出するためには、サイクロトロンにおいて、異種の荷電粒子を相当数回転させることが必要とされ、効率性の観点で問題がある。
【0010】
そこで、本発明の一態様は、高品質化された荷電粒子のビームを生成可能なサイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法を提供することを課題の一とする。また、本発明の他の一態様は、カクテルビームから単一種の荷電粒子のビームを効率的に抽出可能なサイクロトロン及びサイクロトロンの加速方法を提供することを課題の一とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様は、荷電粒子を加速させる電場を形成するための高周波電圧として、正弦波波形を備える基本波電圧に、基本波電圧を基準とした高調波電圧を少なくとも二つ重畳して得られる合成電圧を適用することを要旨とする。なお、当該高調波電圧としては、例えば、波長が基本波電圧の波長の1/n(nは3以上の奇数)倍である波形を備える電圧を適用することが可能である。なお、本明細書において、高調波電圧とは、基本波電圧の周波数をk倍(kは2以上の整数)にし、且つ、その振幅をz倍(zは1未満の実数)にすることによって得られる電圧である。
【0012】
例えば、本発明の一態様は、荷電粒子を放出するイオン源と、荷電粒子を円運動させるための磁場を形成する磁石と、荷電粒子を加速させるための電場を形成する電極と、電極に高周波電圧を印加する電源とを含み、高周波電圧は、正弦波波形を備える基本波電圧に、基本波電圧を基準とした高調波電圧を少なくとも二つ重畳して得られる合成電圧である、サイクロトロンである。
【0013】
また、磁石によって形成される磁場において円運動する荷電粒子を、電極に高周波電圧が印加されることによって形成される電場において加速するサイクロトロンの加速方法であって、荷電粒子の速度が所定速度未満であり、且つ、電場を荷電粒子が通過する際に、高周波電圧における電圧の絶対値の変化量が正となる点が連続する第1位相区間の電圧を電極に印加する第1ステップと、荷電粒子の速度が所定速度以上であり、且つ、電場を荷電粒子が通過する際に、高周波電圧において電圧が常に0以上又は0以下となる1/2周期の中心点を含む連続した位相区間であって、前記第1位相区間とは重複しない第2位相区間の電圧を電極に印加する第2ステップとを含み、高周波電圧は、正弦波波形を備える基本波電圧に、基本波電圧を基準とした高調波電圧を少なくとも二つ重畳して得られる合成電圧である、サイクロトロンの加速方法も本発明の一態様である。
【0014】
また、磁石によって形成される磁場において円運動する荷電粒子を、電極に高周波電圧が印加されることによって形成される電場において加速するサイクロトロンの加速方法であって、質量電荷比M/Qの値が異なる異種の荷電粒子をサイクロトロンに供給する第1ステップと、電場を荷電粒子が通過する際に、高周波電圧における電圧の絶対値の変化量が正となる点が連続する第1位相区間の電圧を電極に印加する第2ステップとを含み、高周波電圧は、正弦波波形を備える基本波電圧に、基本波電圧を基準とした高調波電圧を少なくとも二つ重畳して得られる合成電圧である、サイクロトロンの加速方法も本発明の一態様である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一態様においては、荷電粒子を加速させる電場を形成するための高周波電圧として、正弦波波形を備える基本波電圧に、基本波電圧を基準とした高調波電圧を少なくとも二つ重畳して得られる合成電圧を適用する。これにより、電圧の変化量が大きい区間を含む電圧を用いて荷電粒子を加速させることが可能となる。
【0016】
この場合、ビームに含まれる複数の荷電粒子のうち電場に最初に入る荷電粒子を加速させるクーロン力よりも電場に最後に入る荷電粒子を加速させるクーロン力の方が大きくなる。すなわち、後者の荷電粒子に対する加速度が前者の荷電粒子に対する加速度よりも大きくなる。これにより、加速された両者の荷電粒子の回転半径に差違が発生し、ほぼ同じ場所で加速された両者の荷電粒子が次の電場に到達するまでの回転角にも差異が生じる。その結果、両者の荷電粒子が当該次の電場に入るタイミングが揃うようになる。そのため、当該次の電場には、短時間で多量の荷電粒子が入るようになる。これにより、荷電粒子のエネルギーのバラツキ及び時間的な拡がりを抑制することが可能となり、高品質化された荷電粒子のビームを生成することが可能となる。
【0017】
さらに、カクテルビームに含まれる所望の荷電粒子が高周波電圧の所定の位相区間において加速されるように制御することで、異種の荷電粒子が周回を重ねる毎に、M/Qの違いに比例して周回周期に差が生じ、当該所望の荷電粒子以外の他の荷電粒子の加速に利用される高周波電圧における位相区間と、当該所望の荷電粒子の加速に利用される高周波電圧における前述の所定の位相区間とのずれが大きくなる。そのため、当該所望の荷電粒子を加速させるクーロン力と、それ以外の他の荷電粒子を加速させるクーロン力との差を大きくすることが可能であるとともに、他の荷電粒子を減速する位相区間に追いやることができる。その結果、カクテルビームから当該所望の荷電粒子のビームを抽出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】サイクロトロンの構成の一例を示すブロック図。
図2図1に示される磁石2の一例を示す上面図。
図3図1に示される磁石2の一例を示す断面図。
図4図1に示される電極3の一例を示す上面図。
図5図1に示される電極3の一例を示す断面図。
図6図1に示される電源4から電極3に供給される高周波電圧の一例並びに当該高周波電圧を形成するために利用される基本波電圧及び高調波電圧の一例を示す図。
図7】本発明の一態様のサイクロトロンにおいて利用される高周波電圧の一例を示す図。
図8】本発明の一態様のサイクロトロンにおいて利用される高周波電圧の一例を示す図。
図9図1に示される電源4から電極3に供給される高周波電圧の変形例を示す図。
図10図1に示される電源4から電極3に供給される高周波電圧の変形例を示す図。
図11】本発明の一態様のサイクロトロンの加速方法を説明するための図。
図12図1に示される磁石2の一例を示す上面図。
図13図1に示される磁石2の一例を示す断面図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
1 サイクロトロンの構成の一例
図1は、サイクロトロンの構成の一例を示すブロック図である。図1に示されるサイクロトロンは、荷電粒子を放出するイオン源1と、荷電粒子を円運動させるための磁場を形成する磁石2と、荷電粒子を加速させるための電場を形成する電極3と、電極3に高周波電圧を印加する電源4とを含む。そして、図1に示されるサイクロトロンにおいては、荷電粒子を、磁石2が形成する磁場によって円運動させると共に、高周波電圧が印加されることによって電極3が形成する電場によって加速することが可能である。
【0020】
(1)イオン源1
図1に示されるイオン源1としては、荷電粒子を放出することが可能な機器であればいかなる機器を用いてもよい。例えば、イオン源1として、マルチカスプイオン源、デュオプラズマトロンイオン源若しくは電子サイクロトロン共鳴(Electron Cyclotron Resonance:ECR)イオン源等を用いること、又は、これらを複数組み合わせて用いることが可能である。また、図1に示されるサイクロトロンよりも小型のサイクロトロンをイオン源1として適用することも可能である。例えば、いわゆるリングサイクロトロンは、一般的なサイクロトロン(例えば、AVF(Azimuthally Varying Field)サイクロトロン)よりも大型の装置であることが多い。このような場合、当該リングサイクロトロンに対して荷電粒子を放出するイオン源として、より小型のAVFサイクロトロン等を適用することも可能である。
【0021】
なお、イオン源1は、磁石2、電極3及び電源4が一体化された機器に内蔵されていてもよい。また、イオン源1は、磁石2、電極3及び電源4を備える機器と任意に接続可能な別個の機器として設けられていてもよい。
【0022】
(2)磁石2
図1に示される磁石2としては、永久磁石、電磁石又は永久磁石と電磁石を組み合わせた磁石を用いることが可能である。図2及び3は、磁石2として複数の電磁石を適用する場合の一例を示す図である。なお、図2は、図1に示される磁石2の一例を示す上面図である。また、図3は、図1に示される磁石2の一例を示す断面図であり、具体的には、図2に示されるA-A’線における断面を示す図である。
【0023】
図2には電磁石21及び22が示され(なお、電磁石23及び24は電磁石21及び22と上下に重なるため、上面図である図2には記載されていない。)、図3には電磁石21~24が示されている。図1に示される磁石2は、電磁石21~24を含むことができる。なお、電磁石21~24のそれぞれは、らせん状に設けられている。すなわち、電磁石21~24のそれぞれは、同心円状に巻回されている。また、電磁石21及び24の半径は、ほぼ同一であり、電磁石22及び23の半径よりも長い。また、電磁石22及び23の半径もほぼ同一である。また、電磁石21~24の上端(例えば、電磁石21の上端21A、及び、電磁石22の上端22A)及び下端(例えば、電磁石21の下端21B、及び、電磁石22の下端22B)は、各電磁石の径方向外側に突出して設けられ、当該上端及び当該下端から電磁石21~24に電流を供給することが可能となっている。
【0024】
また、電磁石21(電磁石22)と、電磁石24(電磁石23)との間には、荷電粒子の運動を阻害しないようにほぼ真空状態に保持されている空間25が存在する(図3参照)。なお、空間25を囲んでほぼ真空状態を保持するための筐体及び空間25を減圧する機器等については、図面の簡略化のため、図2及び3においては省略されている。そして、空間25には、図1に示されるイオン源1から荷電粒子が供給される。なお、図2及び3においては、空間25に荷電粒子の一例として、負電荷粒子Nが供給された場合を想定して図示しているが、当該荷電粒子として正電荷粒子を供給してもよい。
【0025】
電磁石21~24は、その上端(例えば、上端21A)又は下端(例えば、下端21B)から電流が供給される(すなわち、その上端21Aと下端21Bの間に電位差が発生する)ことによって、周囲に磁場MFを形成する。例えば、図2及び図3に示されるように、電磁石21は、上端21Aから時計回りの電流I21が供給される(すなわち、上端21Aの電位が下端21Bの電位よりも高くなる)ことによって、その内部の空間26に、図2の紙面上手前から奥方向に向かう磁場MF、すなわち、図3の紙面上上方から下方に向かう磁場MFが形成される。また、電磁石24は、電磁石21に供給される電流と同様の電流が供給されることによって、電磁石21と同様に磁場MFを形成する。つまり、電磁石21と電磁石24は、一対の電磁石として配置されて、空間26にほぼ一様の磁場MFを形成する。
【0026】
そして、磁場MFに存在する荷電粒子にはローレンツ力が作用する。例えば、図2の紙面上手前から奥方向に向かう磁場MFが形成される場合、当該紙面と平行な面において、速度Vで直進する負電荷粒子Nに対しては、その進行方向を右側に曲げる力Fが常に作用する。これにより、負電荷粒子Nは、磁場MF内で時計回りに円運動を行うことになる。
【0027】
なお、電磁石22及び23は、電磁石21及び24によって形成される磁場MFの磁束密度を部分的及び/又は一時的に増加又は低下させるために補助的な電磁石として用いられる。例えば、図2に示されるように、電磁石22において、その下端22Bから反時計回りの電流I22を供給することによって、電磁石22の外側の領域27の磁場MFの磁束密度を増加させることが可能である。また、電磁石23にも同様に電流を供給することによって、電磁石23の外側の領域27の磁場MFの磁束密度を増加させることが可能である。この場合、相対論的効果によって質量が増加した荷電粒子を等時性磁場に置くことが容易となる。
【0028】
具体的には、磁場中を円運動する荷電粒子(例えば、図2及び3に示される負電荷粒子N)の角速度ωは、以下の式1で表される。なお、以下の式1中のQは荷電粒子の電荷量であり、Mは荷電粒子の質量であり、Bは磁場の磁束密度である。
【0029】
【数1】
【0030】
サイクロトロンにおいては、荷電粒子の速度の増加に伴い、その円運動の回転半径も増加する。そのため、サイクロトロンにおいては、荷電粒子の円運動の回転半径が大きくなるほど、相対論的効果によってその質量Mが増加することになる。その結果、磁場の磁束密度Bが一定の場合、サイクロトロンの中心から離れた領域で円運動する荷電粒子の角速度ωは、中心近傍で円運動する荷電粒子の角速度ωよりも遅くなる。すなわち、電磁石21及び24の内側且つ電磁石22及び23の外側の領域27で円運動する荷電粒子の角速度ωは、電磁石22及び23の内側の領域28で円運動する荷電粒子の角速度ωよりも遅くなる。
【0031】
これに対して、上述のように電磁石22及び23に電流を供給して、図2及び3に示される領域27の磁場の磁束密度Bを増加させることで、領域27に存在する荷電粒子の角速度ωを増加させることが可能となる。このように、図2及び3に示される電磁石22及び23を補助的な電磁石として用いることで、荷電粒子が高速で運動する場合であっても低速で運動する場合と同程度の角速度ωで円運動させること(等時性磁場を実現すること)が可能となる。
【0032】
なお、上述した電磁石22及び23の用法は一例であって、等時性磁場を実現する以外の目的のためにそれらを使用することも可能である。例えば、図2及び3に示される領域27の磁場の磁束密度Bを低下させることによって荷電粒子のビームをサイクロトロンから円滑に外部に放出することを目的として、電磁石22及び23を用いることも可能である。具体的には、領域27の磁場の磁束密度Bが低下すると、領域27において円運動する荷電粒子に作用するローレンツ力が弱くなる。この場合、当該荷電粒子の回転半径が大きくなる。換言すると、当該荷電粒子がより直線的に運動するようになる。そのため、図示しないデフレクタ等を用いて荷電粒子のビームをサイクロトロンから外部へと放出させることが容易になる。
【0033】
また、空間25の全域にわたって高精度な等時性磁場を実現するために、図2及び3に示される電磁石22及び23と半径が異なる1つ以上の電磁石をさらに追加で設けてもよい。また、半径が異なる複数の電磁石が設けられる場合、荷電粒子の回転半径に応じて、意図的に荷電粒子の角速度ωを増加又は低下させることも可能である。すなわち、この場合には、加速に利用される高周波電圧の位相区間を任意に変更することが可能である。例えば、図2及び3に示される電磁石22及び23と半径が異なる3つの電磁石が追加で設けられる場合の構成について、図12及び13を参照して以下に詳述する。なお、図12は、図1に示される磁石2の一例を示す上面図である。また、図13は、図1に示される磁石2の一例を示す断面図であり、具体的には、図12に示されるB-B’線における断面を示す図である。
【0034】
なお、電磁石22-1~22-4及び23-1~23-4は、各々らせん状に設けられ、同心円状に巻回されている。また、電磁石22-1及び23-1の半径はほぼ同一に形成され、同様に、電磁石22-2及び23-2の半径、電磁石22-3及び23-3の半径、並びに電磁石22-4及び23-4の半径も、各々ほぼ同一に形成される。さらに、図13に示すように、電磁石22-1~22-4の半径は、電磁石22-1の半径が最も大きく、電磁石22-2~電磁石22-4にかけて当該半径が次第に小さくなるように形成され、この点、電磁石23-1~23-4についても同様である。また、電磁石22-1~22-4及び23-1~23-4の上端(例えば、上端22-1A~上端22-4A)及び下端(例えば、下端22-1B~下端22-4B)は、各電磁石の径方向外側に突出して設けられ、当該上端及び当該下端から各電磁石に電流を供給することが可能となっている。
【0035】
そして、例えば、電磁石22-4及び23-4の上端(例えば、上端22-4A)から供給される電流の量を減らし、且つ、電磁石22-3及び23-3の上端(例えば、上端22-3A)から供給される電流の量を増やすことで、電磁石22-3と電磁石22-4との間、及び、電磁石23-3と電磁石23-4との間に形成される領域29-1において、図12の紙面上手前から奥方向に向かう磁場の磁束密度、すなわち、図13の紙面上上方から下方に向かう磁場の磁束密度をその他の領域(空間26のうち領域29-1以外の領域)における磁束密度よりも増加させることが可能である。この場合、領域29-1を通過する際の負電荷粒子Nの角速度ωが高くなる。そのため、負電荷粒子Nが領域29-1を通過するようになるまで回転半径が増加、すなわち、負電荷粒子Nが加速された場合、負電荷粒子Nの角速度ωが増加し、負電荷粒子Nの回転周期が、負電荷粒子Nを加速させるために用いられる高周波電圧の周期よりも短くなる。
【0036】
また、電磁石22-2及び23-2の上端(例えば、上端22-2A)から供給される電流の量を増やし、且つ、電磁石22-1及び23-1の上端(例えば、上端22-1A)から供給される電流の量を減らすことで、電磁石22-2と電磁石22-1との間、及び、電磁石23-2と電磁石23-1との間に形成される領域29-2において、図12の紙面上手前から奥方向に向かう磁場の磁束密度、すなわち、図13の紙面上上方から下方に向かう磁場の磁束密度をその他の領域(空間26のうち領域29-2以外の領域)における磁束密度よりも低下させることが可能である。この場合、領域29-2を通過する際の負電荷粒子Nの角速度ωが低くなる。そのため、負電荷粒子Nが領域29-2を通過するようになるまで回転半径が増加、すなわち、負電荷粒子Nが加速された場合、負電荷粒子Nの角速度ωが低下し、負電荷粒子Nの回転周期が、負電荷粒子Nを加速させるために用いられる高周波電圧の周期よりも長くなる。
【0037】
このように磁束密度を局所的に変化させることで、負電荷粒子Nの回転半径に応じて、その角速度を所望に制御することが可能である。そして、負電荷粒子Nの角速度を制御することによって、その加速に利用される高周波電圧の位相区間を任意に変更することが可能である。なお、このように高周波電圧の位相区間を任意に変更する用法の一例については後述する(下記の2(1)イ ステップB参照)。
【0038】
また、電磁石21~24、22-1~22-4及び23-1~23-4の材料としては、電流を生じさせることが可能な材料であればいかなる材料を用いてもよい。もっとも、電磁石21~24、22-1~22-4及び23-1~23-4の材料としては、消費電力を低減するために電気抵抗率が低い材料を用いることが好ましい。例えば、電磁石21~24、22-1~22-4及び23-1~23-4の材料として、電気伝導性の高い銅合金又は無酸素銅(純度が99.95%を超える銅)を用いることが好ましい。また、電磁石21~24、22-1~22-4及び23-1~23-4の少なくとも一部(例えば、表面近傍)の材料として、超電導物質を用いることも好ましい。なお、一般的な超電導物質において超電導が発現する転移温度は、非常に低い。そのため、本発明の一態様のサイクロトロンにおいては、電磁石21~24、22-1~22-4及び23-1~23-4を冷却する冷却装置をさらに設けることも可能である。
【0039】
また、図2、3、12及び13においては、補助的な電磁石(すなわち、電磁石22、23、22-1~22-4及び23-1~23-4)が、荷電粒子が供給される空間25の上下にそれぞれ1つずつ又は4つずつ設けられる構成を例示しているが、図1に示される磁石2の構成は、図2、3、12及び13に示される構成に限定されない。例えば、図1に示される磁石2は、半径が異なる補助的な電磁石を2つ、3つ又は5つ以上含んでいても良い。このように半径が異なる補助的な電磁石を複数設ける場合、図2及び3に示される磁石2の構成と比較して、等時性磁場を実現することがさらに容易になる。また、半径が異なる補助的な電磁石を5つ以上設ける場合、図12及び13に示される磁石2の構成と比較して、等時性磁場を実現すること及び荷電粒子の加速に利用される高周波電圧の位相区間を変更することがさらに容易になる。
【0040】
また、図3及び13においては、電磁石21及び24におけるコイルの巻数が4であり、且つ、電磁石22、23、22-1~22-4及び23-1~23-4におけるコイルの巻数が3である場合を例示しているが、電磁石21~24、22-1~22-4及び23-1~23-4におけるコイルの巻数は、これらに限定されない。例えば、電磁石21及び24におけるコイルの巻数を30以上とし、且つ、電磁石22及び23におけるコイルの巻き数を1又は2とすることも可能である。
【0041】
(3)電極3
図4及び5は、図1に示される電極3の一例を示す図である。なお、図4は、図1に示される電極3の一例を示す上面図である。また、図5は、図1に示される電極3の一例を示す断面図であり、具体的には、図4に示される負電荷粒子Nが通過するT-T’曲線に沿った断面を示す図である。
【0042】
図4に示される電極は、図1に示される電源4から高周波電圧が印加されるディー電極31及び32と、接地電圧が印加される接地電極51~54とを含む。また、ディー電極31及び32並びに接地電極51~54のそれぞれには、荷電粒子(例えば、図4及び5に示される負電荷粒子N)が通過する内部空洞が設けられている。例えば、ディー電極31にはディー電極上部31Aとディー電極下部31Bの間に内部空洞31Cが設けられ、接地電極51及び52には接地電極上部51A及び52Aと接地電極下部52B及び52Bの間に内部空洞51C及び52Cが設けられている(図5参照)。内部空洞31C並びに内部空洞51C及び52Cは、後述する電場EF1及び電場EF2を介して連続的に設けられている。なお、ディー電極32にも、ディー電極31と同様に内部空洞(便宜上図示せず)が設けられ、接地電極53及び54にも同様に内部空洞(便宜上図示せず)が設けられている。
【0043】
なお、ディー電極31及び32並びに接地電極51~54は、図1に示される磁石2によって磁場が形成される空間25に配置される。例えば、ディー電極31及び32並びに接地電極51~54は、図3に示される電磁石22の下側且つ電磁石23の上側に配置される。また、空間25は、荷電粒子の運動を阻害しないようにほぼ真空状態に保持されている。なお、空間25を囲んでほぼ真空状態を保持するための筐体及び空間25を減圧する機器等については、図面の簡略化のため、図4及び5においては省略されている。
【0044】
図4及び5に示されるように、ディー電極31及び32のそれぞれは、高周波電圧が印加されることによって、ディー電極31と接地電極51との間、ディー電極31と接地電極52との間、ディー電極32と接地電極53との間、及び、ディー電極32と接地電極54との間において、電場EF1~EF4を形成する。
【0045】
そして、ローレンツ力に基づいて円運動している荷電粒子が電場EF1~EF4を通過する際に、当該荷電粒子に対してクーロン力が作用する。例えば、図4に示されるように、電場EF1を負電荷粒子Nが通過する際にディー電極31に正電圧が印加されている場合、負電荷粒子Nに対して、ディー電極31に近づけようとする引力がクーロン力として作用する。これにより、負電荷粒子Nは、電場EF1において加速される。また、図4に示されるように、電場EF2を負電荷粒子Nが通過する際にディー電極31に負電圧が印加されている場合、負電荷粒子Nに対して、ディー電極31から遠ざけようとする斥力がクーロン力として作用する。これにより、負電荷粒子Nは、電場EF2において加速される。同様に、負電荷粒子Nは、電場EF3及びEF4においても加速される。このように、図4及び5に示されるディー電極31及び32に印加される高周波電圧の周期と、荷電粒子の角速度とを適切に制御することで、当該荷電粒子を電場EF1~EF4において加速することが可能である。
【0046】
なお、ディー電極31及び32並びに接地電極51~54の材料としては、電流を生じさせることが可能な材料であればいかなる材料を用いてもよい。もっとも、少なくともディー電極31及び32の材料としては、消費電力を低減するために電気抵抗率が低い材料を用いることが好ましい。例えば、ディー電極31及び32の材料として、電気伝導性の高い銅合金又は無酸素銅(純度が99.95%を超える銅)を用いることが好ましい。また、ディー電極31及び32並びに接地電極51~54の材料の材料として、比較的安価なアルミニウム又はアルミニウム合金を用いることも好ましい。例えば、機械強度上の制約がなければ純アルミニウム(アルミニウム濃度が99.99%を超えるもの)を用いることが好ましい。
【0047】
また、図4においては、高周波電圧が印加されるディー電極(すなわち、ディー電極31及び32)が2つ設けられる構成を例示しているが、図1に示される電極3の構成は、図4及び5に示される構成に限定されない。例えば、図1に示される電極3が、高周波電圧が印加されるディー電極を1つのみ、又は、3つ以上備える構成としてもよい。
【0048】
また、図4においては、高周波電圧が印加される2つのディー電極31及び32が、上面から見た場合において、点対称になるように(すなわち、2つのディー電極31及び32が180°ずれて)配置されているが、図1に示される電極3の配置は、この配置に限定されない。例えば、2つのディー電極が、互いに90°又は120°ずれた位置に配置されてもよい。
【0049】
(4)電源4
図1に示される電源4としては、図1に示される電極3に高周波電圧を印加することが可能な機器であればいかなる機器を用いてもよい。また、電源4から電極3への高周波電圧の供給は、容量結合を介して、又は、電磁誘導を利用して行ってもよい。また、図4に示されるように、電極3が複数のディー電極(例えば、図4に示されるディー電極31及び32)を含んで構成される場合、当該複数のディー電極のそれぞれに高周波電圧を供給する電源を個別に設けても良い。
【0050】
なお、電源4から電極3に供給される高周波電圧としては、基本波電圧に、当該基本波電圧を基準とした高調波電圧を少なくとも二つ重畳して得られる合成電圧を適用することが可能である。基本波電圧としては、正弦波波形を備える交流電圧を適用することが可能である。また、高調波電圧としては、基本波電圧のn倍(nは3以上の奇数)の高調波電圧を適用することが可能である。すなわち、波長が、当該基本波電圧の波長の1/n倍である高調波電圧を少なくとも二つ用いて、電極3に供給される高周波電圧を形成することが可能である。換言すると、周波数が、基本波電圧の周波数のn倍である高調波電圧を少なくとも二つ用いて、電極3に供給される高周波電圧を形成することが可能である。より具体的には、電源4から電極3に供給される高周波電圧として、正弦波波形を備える基本波電圧に、当該基本波電圧を基準とした3倍波(波長が1/3倍)の電圧と5倍波(波長が1/5倍)の電圧を重畳して得られる3波の合成電圧、又は、当該3波の合成電圧にさらに7倍波(波長が1/7倍)の電圧と9倍波(波長が1/9倍)の電圧を重畳して得られる5波の合成電圧等を適用することが可能である。
【0051】
図6は、図1に示される電極3に印加される高周波電圧並びに当該高周波電圧を形成するために利用される基本波電圧及び2つの高調波電圧の一例を示す図である。なお、図6には、高周波電圧の周期Tの波形並びにそれに対応する基本波電圧及び2つの高調波電圧の波形が示されている。
【0052】
具体的には、図6に示される基本波電圧Vは、正弦波波形を備える交流電圧であり、下記の式2で表現される。また、図6に示される第1高調波電圧Vは、波長が当該正弦波波形の波長の1/3倍(周波数が基本波電圧Vの3倍)であり、且つ、振幅が当該正弦波波形の3/10倍である波形を備える交流電圧であり、下記の式3で表現される。また、図6に示される第2高調波電圧Vは、波長が当該正弦波波形の波長の1/5倍(周波数が基本波電圧Vの5倍)であり、且つ、振幅が当該正弦波波形の1/10倍である波形を備える交流電圧であり、下記の式4で表現される。また、図6に示される高周波電圧Vは、当該基本波電圧Vに、当該第1高調波電圧V及び当該第2高調波電圧Vを重畳して得られる合成電圧であり、下記の式5で表現することができる。なお、下記の式2~5において、「V」は基本波電圧Vの最大値(振幅)を表し、「ω」は基本波電圧Vの角周波数を表し、「t」は時間を表している。
【0053】
【数2】
【0054】
【数3】
【0055】
【数4】
【0056】
【数5】
【0057】
なお、図1に示される電極3が、図4に示されるように2つのディー電極31及び32を含む場合、2つのディー電極31及び32のそれぞれに対して、当該高周波電圧を同様に印加してもよいし、それぞれに対して個別の電圧を印加してもよい。例えば、図4及び5に示されるディー電極31に対して基本波電圧のみを印加し、且つ、ディー電極32に対して第1高調波電圧及び第2高調波電圧が重畳されて得られる合成電圧を印加してもよい。この場合においても、図1に示される電極3には、基本波電圧に、第1高調波電圧及び第2高調波電圧が重畳された合成電圧が印加されることと同義となる。なお、ディー電極32に対して当該合成電圧を印加する場合、図1に示される電源4において、第1高調波電圧及び第2高調波電圧を予め重畳した合成電圧を用意しておき、ディー電極32に対して当該合成電圧を印加するようにしてもよい。また、電源4において、第1高調波電圧及び第2高調波電圧を予め個別に用意しておき、ディー電極32に対してそれらを同時に印加することで重畳させて合成電圧を印加するようにしてもよい。この場合、電源4とディー電極32との間の電圧供給経路が独立的に2つ用意され、当該2つの電圧供給経路のそれぞれから、第1高調波電圧及び第2高調波電圧が個別に供給される。
【0058】
また、電極3が3つのディー電極を含む場合、当該3つのディー電極のそれぞれに対して、基準波電圧、第1高調波電圧及び第2高調波電圧のいずれか一のみを個別に印加して、基本波電圧、第1高調波電圧及び第2高調波電圧が重畳された合成電圧が電極3に印加されるようにしてもよい。
【0059】
また、電極3が単一のディー電極のみを含む場合、図1に示される電源4において、基本波電圧及び高調波電圧(第1高調波電圧及び第2高調波電圧)を予め重畳した合成電圧を用意しておき、当該単一のディー電極に対して当該合成電圧を印加するようにしてもよい。また、電源4において、基準波電圧、第1高調波電圧及び第2高調波電圧を予め個別に用意しておき、当該ディー電極に対してそれらを同時に印加することで重畳させて合成電圧を印加するようにしてもよい。この場合、電源4とディー電極との間の電圧供給経路が独立的に3つ用意され、当該3つの電圧供給経路のそれぞれから、基準波電圧、第1高調波電圧及び第2高調波電圧が個別に供給される。
【0060】
2 サイクロトロンの加速方法の一例
図7及び8は、本発明の一態様のサイクロトロンにおいて利用される高周波電圧の一例を示す図である。図7は、サイクロトロンから放出されるビームを高品質化する際に利用される高周波電圧の一例を示し、図8は、カクテルビームから単一種の荷電粒子のビームを抽出する際に利用される高周波電圧の一例を示す図である。当該高周波電圧は、その周期Tにおいて、位相区間I~IV(図7参照)又は位相区間V及びVI(図8参照)を有する波形の電圧である。なお、図7及び8において示されている高周波電圧は、図6に示される高周波電圧Vと同じ波形を備える電圧である。
【0061】
(1)ビームの高品質化のためのサイクロトロンの加速方法の一例
ビームの高品質化を目的としてサイクロトロンを利用する場合、まず、位相区間I及びII(位相区間I及びIIを総称して、「第1位相区間」ともいう。)の電圧を利用して荷電粒子(例えば、図4等で示される負電荷粒子N)を所定速度まで加速させ(下記のステップA参照)、荷電粒子の速度が当該所定速度以上になった後、位相区間III及びIV(位相区間III及びIVを総称して、「第2位相区間」ともいう。)の電圧を利用して荷電粒子を加速させる(下記のステップC参照)。なお、荷電粒子の加速に際しては、原則的に、荷電粒子の円運動の周期が高周波電圧Vの周期Tの整数倍と等しくなるように設定されている。そして、荷電粒子の速度が所定速度未満の場合においては、荷電粒子が電場(例えば、電場EF1)を通過する際に、電極(例えば、ディー電極31)には位相区間I又はIIの高周波電圧が常に印加されるように制御する。また、荷電粒子の速度が当該所定速度以上の場合においては、荷電粒子が電場を追加する際に、電極には位相区間III又はIVの高周波電圧が常に印加されるように制御する。他方、荷電粒子を加速させるために利用する高周波電圧の位相区間を変更する際(すなわち、位相区間I及びIIの電圧を利用する荷電粒子の加速から位相区間III及びIVの電圧を利用する加速に移行する際)には、一時的に、荷電粒子の円運動の周期が当該高周波電圧Vの周期Tの整数倍からずれるように設定される(下記のステップB参照)。
【0062】
なお、位相区間I及びIIの電圧を利用する加速は、空間電荷効果によって複数の荷電粒子の間に斥力が働くことを考慮したものである。すなわち、このような場合であっても、荷電粒子のエネルギーのバラツキ及び時間的な拡がりを抑制すること(いわゆるバンチング効果)を目的とした加速である。
【0063】
他方、複数の荷電粒子の間に働く斥力の影響(空間電荷効果)は、一般に当該複数の荷電粒子が互いに近接して存在する時間に比例して大きくなる。したがって、荷電粒子が高速で移動する場合、すなわち、荷電粒子の運動エネルギーが大きい場合には、荷電粒子が低速で移動する場合、すなわち、荷電粒子の運動エネルギーが小さい場合と比較して、荷電粒子の進行方向のベクトルが大きくなることから、空間電荷効果の影響は小さくなる。そのため、荷電粒子が所定速度以上になった場合には、荷電粒子を均一且つ効率的に加速することが重要になる。区間III及びIVの電圧を利用する加速は、この点を考慮したものである。
【0064】
以下、ビームの高品質化のためのサイクロトロンの加速方法について詳述する。
【0065】
ア ステップA
まず、図7に示される高周波電圧における位相区間I又はIIの電圧が図1に示される電極3に印加されているタイミングに合わせて、荷電粒子(例えば、図4等に示される負電荷粒子N)が電場(例えば、図4等に示される電場EF1)を通過するように、当該荷電粒子を複数周に渡って円運動させる。より具体的には、位相区間Iの電圧がディー電極31に印加されているタイミングにおいて、ディー電極31と接地電極51の間に形成される電場EF1に負電荷粒子Nを通過させる。また、位相区間IIの電圧がディー電極31に印加されているタイミングにおいて、ディー電極31と接地電極52の間に形成される電場EF2に負電荷粒子Nを通過させる。
【0066】
なお、位相区間I及びIIは、電圧の絶対値の変化量が正となる点が連続する区間である。また、位相区間I及びIIの始点S1及びS2は、電圧の絶対値が後述の最小加速電圧よりも高くなる点である。
【0067】
最小加速電圧とは、サイクロトロンにおいて荷電粒子を加速させるために最低限必要となる電圧である。具体的には、サイクロトロンにおいては、その中心領域に荷電粒子をサイクロトロンの内部に導入するための構造物(図示せず)が存在する。当該構造物としては、例えば、インフレクタ電極及びサイクロトロンに内蔵されたイオン源並びにそれらを覆うシールド電極等が挙げられる。
【0068】
ここで、上述のとおり、サイクロトロンにおいては相互に離隔した複数の電場(例えば、図4に示される電場EF1~EF4)のいずれかを通過する度に荷電粒子が加速されるが、当該荷電粒子の運動エネルギーがあまりに小さすぎると、すなわち、回転半径があまりに小さすぎると、当該荷電粒子が上記の構造物に衝突するおそれがある。
【0069】
そのため、荷電粒子がサイクロトロンにおいて最初に電場を通過した後、すなわち、最初に加速された後に、荷電粒子は、当該構造物が存在する中心領域の外側を通るような運動エネルギーを備える必要がある。例えば、当該構造物が存在する中心領域が円柱状の領域であり、その上面の半径をR(m)とすると、荷電粒子の回転半径ρ(m)は、以下の式6を充足する必要がある。
【0070】
【数6】
【0071】
ここで、サイクロトロンにおいて最初に電場を通過した後の荷電粒子の運動量Pは、荷電粒子の電荷量Q、荷電粒子が置かれる磁場の磁束密度B(T)及び荷電粒子の回転半径ρ(m)を用いる以下の式7で表される。
【0072】
【数7】
【0073】
また、サイクロトロンにおいて最初に電場を通過した後の荷電粒子の運動エネルギーは、上記の運動量P及び質量mを用いる以下の式8で表され、また、サイクロトロンに入射した時点の当該荷電粒子の運動エネルギーE入射及び当該電場を通過する際の当該荷電粒子の運動エネルギーの変化量ΔE1stを用いる以下の式9でも表される。
【0074】
【数8】
【0075】
【数9】
【0076】
また、当該最初に電場を通過する際の当該荷電粒子の運動エネルギーの変化量ΔE1stは、当該荷電粒子の電荷量Q及び当該電場の一端から他端までの電位差(電圧)Vを用いる以下の式10で表される。
【0077】
【数10】
【0078】
上記の式6及び7を踏まえると、サイクロトロンにおいて最初に電場を通過した後の荷電粒子の運動量Pは、以下の式11を充足する必要があることが理解できる。
【0079】
【数11】
【0080】
また、上記の式8及び11を踏まえると、サイクロトロンにおいて最初に電場を通過した後の荷電粒子の運動エネルギーEは、以下の式12を充足する必要があることが理解できる。
【0081】
【数12】
【0082】
また、上記の式9、10及び12を踏まえると、サイクロトロンにおいて最初に荷電粒子が通過する電場の一端から他端までの電位差(電圧)Vは、以下の式13を充足する必要があることが理解できる。
【0083】
【数13】
【0084】
以上を踏まえると、上記の最小加速電圧とは、式13を充足する電圧のうち最も低い電圧であると定義することができる。
【0085】
また、位相区間I及びIIは、図6に示される基本波電圧に含まれるどの位相区間よりも電圧の変化量が大きい区間である。換言すると、図6に示される基本波電圧には、位相区間I及びIIと同一の時間幅で、位相区間I及びIIのように電圧が大きく変化する位相範囲は存在しない。そのため、位相区間I及びIIの電圧を用いて荷電粒子を加速させる場合、電場に最初に入る荷電粒子に作用するクーロン力と、電場に最後に入る荷電粒子に作用するクーロン力との差を大きくすることが可能である。
【0086】
この点について、図11を参照して詳述する。なお、図11では、ビームに含まれる複数の荷電粒子のうち電場EF1に最初に入る荷電粒子が荷電粒子X、電場EF1に最後に入る荷電粒子が荷電粒子Yとして、それぞれ表されている。また、図11では、荷電粒子Xが電場EF1に入るタイミングと、荷電粒子Yが電場EF1に入るタイミングとの時間差がΔtで表されている。
【0087】
荷電粒子X及びYは、位相区間Iの電圧がディー電極31に印加されている間に電場EF1に入る。また、荷電粒子Yは、電場EF1に荷電粒子Xが入ったタイミングよりも後に電場EF1に入る。そのため、荷電粒子Yに作用するクーロン力が荷電粒子Xに作用するクーロン力よりも大きくなる。すなわち、荷電粒子Yに対する加速度が荷電粒子Xに対する加速度よりも大きくなる。これにより、荷電粒子Yの回転半径R2は、荷電粒子Xの回転半径R1よりも大きくなる。そして、荷電粒子Yが電場EF1から電場EF2に到達するまでの回転角θ2は、荷電粒子Xが電場EF1から電場EF2に到達するまでの回転角θ1よりも小さくなる。ここで、サイクロトロンにおいては等時性磁場が形成されるため、荷電粒子X及びYの角速度は等しい。そのため、荷電粒子Yが電場EF1から電場EF2まで移動するために必要な時間は、荷電粒子Xが電場EF1から電場EF2まで移動するために必要な時間よりも短くなる。これにより、荷電粒子Xが電場EF2に入ってから荷電粒子Yが電場EF2に入るまでの時間差は、上記のΔtよりも小さくなる。そのため、電場EF2には、短時間で多量の荷電粒子が入るようになる。その結果、空間電荷効果によって荷電粒子の間に斥力が生じ、電場EF1に入射する前に時間的に拡がったビームの場合であっても、荷電粒子のエネルギーのバラツキ及び時間的な拡がりを抑制することが容易になる。
【0088】
そして、荷電粒子の速度が所定の速度となるまで、位相区間I及びIIの電圧を利用する加速を継続する。
【0089】
イ ステップB
次いで、例えば、図12及び13に示される電磁石22-3及び22-4並びに23-3及び23-4に供給される電流を調整することにより、図12及び13に示される領域29-1の磁場の磁束密度を増加又は低下させる。これにより、領域29-1を通過する際の荷電粒子の角速度(角周波数ω)が一時的に増加又は低下する。すなわち、荷電粒子が1周する時間が高周波電圧Vの周期Tの整数倍からずれる。そして、位相区間I及びIIの電圧を利用して加速されていた荷電粒子が位相区間III及びIVの電圧を利用して加速されるようになるように設定する(すなわち、位相区間III及びIVの電圧が印加されている際に荷電粒子が電場を通過するようにする)。次いで、例えば、図12及び13に示される電磁石22-1及び22-2並びに23-1及び2に供給される電流の調整することにより、図12及び13に示される領域29-2の磁場の磁束密度を低下又は増加させる。これにより、再び、荷電粒子が1周する時間が高周波電圧Vの周期Tの整数倍と一致するように領域29-2の磁場の磁束密度を設定する。
【0090】
ウ ステップC
次いで、図7に示される高周波電圧における位相区間III又はIVの電圧が図1に示される電極3に印加されているタイミングに合わせて、荷電粒子(例えば、図4等に示される負電荷粒子N)が電場(例えば、図4等に示される電場EF1)を通過するように、荷電粒子を複数周に渡って円運動させる。より具体的には、位相区間IIIの電圧がディー電極31に印加されているタイミングにおいて、ディー電極31と接地電極51の間に形成される電場EF1に負電荷粒子Nを通過させる。また、位相区間IVの電圧がディー電極31に印加されているタイミングにおいて、ディー電極31と接地電極52の間に形成される電場EF2に負電荷粒子Nを通過させる。
【0091】
なお、位相区間III及びIVは、電圧が常に0以上又は0以下となる1/2周期の中心点C3又はC4を含む連続した区間である。なお、図7に示される高周波電圧においては、中心点C3及びC4は、電圧の変化量が0となる点である。また、位相区間III及びIVは、その始点S3及びS4並びに終点E3及びE4の電圧が中心点C3及びC4の電圧とほぼ同一である区間である。また、位相区間III及びIVは、位相区間I及びIIとは重複しない区間である。また、位相区間III及びIVに含まれる全ての点は、位相区間III又はIVにおける平均電圧値をVAveとし、VAveと当該点における電圧の差をΔVとした場合に、ΔV/VAveが±0.1%以下となる領域にあることが好ましい。
【0092】
また、位相区間III及びIVは、図6に示される基本波電圧に含まれるどの位相区間よりも電圧の変化量が小さい区間である。換言すると、図6に示される基本波電圧には、位相区間III及びIVと同一の時間幅で、位相区間III及びIVのようにほとんど電圧が変化しない位相範囲は存在しない。そのため、位相区間III及びIVの電圧を用いて荷電粒子を加速させる場合、電場に最初に入る荷電粒子を加速させるクーロン力と、電場に最後に入る荷電粒子を加速させるクーロン力との差を小さくすることが可能である。この場合、荷電粒子を均一に加速することが容易になる。
【0093】
また、区間III及びIVは、図7に示される高周波電圧の位相区間の中でも比較的電圧の絶対値が大きい区間である。そのため、位相区間III及びIVの電圧を用いて荷電粒子を加速させる場合、荷電粒子を比較的強いクーロン力で加速することが可能である。この場合、荷電粒子を効率的に加速することが容易になる。
【0094】
エ 小括
以上の方法によって、サイクロトロンから照射されるビームを高品質化することが可能である。なお、上述の方法によって加速されるビームは、単一種の荷電粒子のビームに限定されず、質量電荷比M/Qの値がほぼ同一の異種の荷電粒子を含むカクテルビームであってもよい。
【0095】
(2)カクテルビームから単一種の荷電粒子のビームを抽出するためのサイクロトロンの加速方法の一例
カクテルビームから単一種の荷電粒子のビームを抽出することを目的としてサイクロトロンが利用される場合、位相区間V及びVIの電圧を利用して荷電粒子を加速させる。なお、荷電粒子の円運動の周期は、高周波電圧Vの周期Tの整数倍と等しくなるように設定されている。
【0096】
なお、位相区間V及びVIは、電圧の絶対値の変化量が正となる点が連続する区間である。また、位相区間V及びVIの始点S5及びS6は、高周波電圧Vの周期Tにおいて電圧の絶対値が0よりも大きくなる点である。また、位相区間Vの終点E5は、高周波電圧Vの周期Tにおいて電圧が極大値となる点である。また、位相区間VIの終点E6は、高周波電圧Vの周期Tにおいて電圧が極小値となる点である。
【0097】
また、位相区間V及びVIは、図6に示される基本波電圧に含まれるどの位相区間よりも電圧の変化量が大きい区間である。換言すると、図6に示される基本波電圧には、位相区間V及びVIと同一の時間幅で、位相区間V及びVIのように電圧が大きく変化する位相範囲は存在しない。そのため、カクテルビームに含まれる特定の荷電粒子に作用するクーロン力と、当該特定の荷電粒子と質量電荷比M/Qの値が異なる(すなわち、円運動の角速度が異なる)荷電粒子に作用するクーロン力との差を大きくすることが可能である。その結果、異種の荷電粒子の周回数が増え、すなわち位相が次第にずれていって減速領域まで移動して取り出すことができなくなり、カクテルビームから単一種の荷電粒子のビームを抽出することが容易になる。
【0098】
以上の方法によって、カクテルビームから容易に単一種の荷電粒子のビームを抽出することが可能である。
【0099】
3 変形例
上述したサイクロトロン及びその加速方法と異なる構成、特徴を備えるサイクロトロン及びその加速方法も本明細書で開示されるサイクロトロン及びその加速方法に含まれる。
【0100】
例えば、図2~5においては、円筒状の空間26に磁場MFを形成する磁石(すなわち、図2及び3に示される電磁石21~24)と、空間26内に存在する空間25において電場EF1~EF4を形成する電極(すなわち、図4に示されるディー電極31及び32並びに接地電極51~54)とを含むサイクロトロンを例示したが、本発明の一態様のサイクロトロンに含まれる磁石及び電極の構造及び配置は、図2~5に示される構成及び配置に限定されない。例えば、本発明の一態様のサイクロトロンとして、リングサイクロトロンのように、磁場が形成される空間と、電場が形成される空間とが分離されているサイクロトロンを適用することも可能である。
【0101】
また、図1に示される電源4が電極3に供給する高周波電圧は、図6~8に示される高周波電圧に限定されず、図6に示される基本波電圧、第1高調波電圧及び第2高調波電圧を適宜変更することも可能である。
【0102】
例えば、図6に示される第1高調波電圧及び第2高調波電圧の振幅を変更することも可能である。
【0103】
図9は、図1に示される電源4から電極3に供給される高周波電圧の変形例を示す図である。具体的には、図9に示される高周波電圧Vは、正弦波波形を備える電圧である基本波電圧に、波長が当該正弦波波形の波長の1/3倍(周波数が当該基本波電圧の3倍)であり、且つ、振幅が当該正弦波波形の1/2倍である波形を備える電圧と、波長が当該正弦波波形の波長の1/5倍(周波数が当該基本波電圧の5倍)であり、且つ、振幅が当該正弦波波形の1/4倍である波形を備える電圧とを重畳して得られる合成電圧である。端的には、図9に示される高周波電圧Vは、図6に示される第1高調波電圧の波形の振幅が当該正弦波波形の3/10倍から1/2倍に変更され、且つ、第2高調波電圧の波形の振幅が当該正弦波波形の1/10倍から1/4倍に変更されたものであり、下記の式14で表現される。なお、下記の式14において、「V」は当該基本波電圧の最大値(振幅)を表し、「ω」は当該基本波電圧の角周波数を表し、「t」は時間を表している。
【0104】
【数14】
【0105】
図9に示される位相区間VII及びVIIIは、図8に示される位相区間V及びVIよりも電圧の変化量が大きい。そのため、図9に示される高周波電圧Vは、上述したカクテルビームから単一種の荷電粒子のビームを抽出する際に利用される高周波電圧として、図8に示される高周波電圧Vよりも好適である。
【0106】
また、図6においては、高調波電圧として、基本波電圧の3倍波(波長が1/3倍)の電圧及び5倍波(波長が1/5倍)の電圧を利用する態様を例示したが、本発明の一態様においては、基本波電圧の3倍波及び5倍波以外の電圧を高調波電圧として代替的又は追加的に利用することも可能である。
【0107】
図10は、図1に示される電源4から電極3に供給される高周波電圧の変形例を示す図である。具体的には、図10に示される高周波電圧Vは、正弦波波形を備える電圧である基本波電圧に、波長が当該正弦波波形の波長の1/3倍(周波数が当該基本波電圧の3倍)であり、且つ、振幅が当該正弦波波形の1/3倍である波形を備える電圧と、波長が当該正弦波波形の波長の1/5倍(周波数が当該基本波電圧の5倍)であり、且つ、振幅が当該正弦波波形の1/9倍である波形を備える電圧と、波長が当該正弦波波形の波長の1/7倍(周波数が当該基本波電圧の7倍)であり、且つ、振幅が当該正弦波波形の1/27倍である波形を備える電圧と、波長が当該正弦波波形の波長の1/9倍(周波数が当該基本波電圧の9倍)であり、且つ、振幅が当該正弦波波形の1/81倍である波形を備える電圧とを重畳して得られる合成電圧である。端的には、図10に示される高周波電圧Vは、下記の式15で表現される。なお、下記の式15において、「V」は当該基本波電圧の最大値(振幅)を表し、「ω」は当該基本波電圧の角周波数を表し、「t」は時間を表している。
【0108】
【数15】
【0109】
図10に示される位相区間IX及びXは、図7に示される位相区間III及びIVよりも電圧の変化量が小さい。そのため、図10に示される高周波電圧Vを上述したビームを高品質化するために利用される高周波電圧として利用する場合、図7に示される高周波電圧Vを利用する場合と比較して、上記のステップCにおいて、荷電粒子をより均一に加速することができる点で好ましい。
【0110】
他方、高周波電圧Vは5つの電圧を重畳して得られる電圧であるため、高周波電圧Vを利用する場合には、サイクロトロンの構成及びその制御が複雑になり得る。そのため、図7に示される高周波電圧Vを利用する場合、図10に示される高周波電圧Vを利用する場合と比較して、サイクロトロンの構成及びその制御が簡便に行うことができる点で好ましい。
【符号の説明】
【0111】
1:イオン源、2:磁石、3:電極、4:電源、21~24、22-1~22-4及び23-1~23-4:電磁石、21A、22A及び22-1A~22-4A:上端、21B、22B及び22-1B~22-4B:下端、25及び26:空間、27、28、29-1及び29-2:領域、31及び32:ディー電極、31A:ディー電極上部、31B:ディー電極下部、31C:内部空洞、51~54:接地電極、51A及び52A:接地電極上部、51B及び52B:接地電極下部、51C及び52C:内部空洞
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13