(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-28
(45)【発行日】2022-08-05
(54)【発明の名称】生体組織損傷の修復剤および当該修復剤の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 35/28 20150101AFI20220729BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20220729BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20220729BHJP
A61P 31/12 20060101ALI20220729BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20220729BHJP
【FI】
A61K35/28
A61P1/16
A61P13/12
A61P31/12
A61P29/00
A61P29/00 101
(21)【出願番号】P 2018559456
(86)(22)【出願日】2017-12-25
(86)【国際出願番号】 JP2017046427
(87)【国際公開番号】W WO2018123968
(87)【国際公開日】2018-07-05
【審査請求日】2020-10-22
(31)【優先権主張番号】P 2016256779
(32)【優先日】2016-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017187074
(32)【優先日】2017-09-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503328193
【氏名又は名称】株式会社ツーセル
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】加藤 幸夫
(72)【発明者】
【氏名】辻 紘一郎
(72)【発明者】
【氏名】中島 歩
(72)【発明者】
【氏名】正木 崇生
(72)【発明者】
【氏名】土井 盛博
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健
【審査官】藤井 美穂
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/111787(WO,A1)
【文献】特表2016-525098(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0114183(US,A1)
【文献】国際公開第2015/016357(WO,A1)
【文献】特開2012-157263(JP,A)
【文献】特表2011-525355(JP,A)
【文献】国際公開第2007/080919(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第104666347(CN,A)
【文献】現代医学,2013年,Vol.61, No.2,pp.177-184
【文献】Stem cell research & therapy,2015年,Vol.6,p.20(14 pages)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00 - 35/768
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無血清培地中で培養された間葉系幹細胞を含有している、生体組織損傷の修復剤であって、
上記生体組織損傷は、慢性腎不全、慢性腎臓病、肝硬変、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、または、非アルコール性脂肪肝炎
に伴う組織損傷であ
り、
上記無血清培地は、(i)FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、および、(ii)FGF、PDGF、EGF、TGF-β、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地であることを特徴とする修復剤。
【請求項2】
生体組織の線維化を抑制するためのものであることを特徴とする、請求項1に記載の修復剤。
【請求項3】
炎症細胞の浸潤を抑制するためのものであることを特徴とする、請求項1に記載の修復剤。
【請求項4】
マクロファージの活性を制御するためのものであることを特徴とする、請求項1に記載の修復剤。
【請求項5】
上記間葉系幹細胞は、スクリーニングされた造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞であることを特徴とする、請求項1~
4の何れか1項に記載の修復剤。
【請求項6】
上記間葉系幹細胞は、少なくとも1回継代されたものであることを特徴とする、請求項1~
5の何れか1項に記載の修復剤。
【請求項7】
上記継代では、哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤を用いて上記間葉系幹細胞を剥離することを特徴とする、請求項
6に記載の修復剤。
【請求項8】
上記間葉系幹細胞は、当該間葉系幹細胞の培養に適した培養容器を用いて培養されたものであることを特徴とする、請求項1~
7の何れか1項に記載の修復剤。
【請求項9】
無血清培地中で間葉系幹細胞を培養する工程を有する、生体組織損傷の修復剤の製造方法であって、
上記生体組織損傷は、慢性腎不全、慢性腎臓病、肝硬変、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、または、非アルコール性脂肪肝炎
に伴う組織損傷であ
り、
上記無血清培地は、(i)FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、および、(ii)FGF、PDGF、EGF、TGF-β、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地であることを特徴とする修復剤の製造方法。
【請求項10】
上記培養する工程の後に、造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞をスクリーニングする工程を有することを特徴とする、請求項
9に記載の製造方法。
【請求項11】
上記培養する工程では、間葉系幹細胞を少なくとも1回継代することを特徴とする、請求項
9または10に記載の製造方法。
【請求項12】
上記継代では、哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤を用いて上記間葉系幹細胞を剥離することを特徴とする、請求項
11に記載の製造方法。
【請求項13】
上記培養する工程では、上記間葉系幹細胞の培養に適した培養容器を用いて当該間葉系幹細胞を培養することを特徴とする、請求項
9~
12の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項14】
TSG-6を含有している、生体組織損傷の修復剤であって、
上記生体組織損傷は、慢性腎不全、または、慢性腎臓病
に伴う組織損傷であ
り、
上記TSG-6は、(i)FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、および、(ii)FGF、PDGF、EGF、TGF-β、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地中で培養された間葉系細胞由来であることを特徴とする修復剤。
【請求項15】
生体組織の線維化を抑制するためのものであることを特徴とする、請求項
14に記載の修復剤。
【請求項16】
炎症細胞の浸潤を抑制するためのものであることを特徴とする、請求項
14に記載の修復剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織損傷の修復剤および当該修復剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell、MSC)は、骨髄、脂肪、滑膜、歯槽骨、及び歯根膜等の組織からだけでなく、胎盤、臍帯血、及び臍帯等の種々の組織からも単離することができる細胞であって、しかも生体外で培養して増殖させることができる細胞である。さらに、間葉系幹細胞は、間葉系の細胞(例えば、骨芽細胞、脂肪細胞、及び軟骨細胞)だけでなく、非間葉系の細胞(例えば、神経前駆細胞、及び肝細胞)に分化可能な、多分化能を有することから、再生医療や細胞治療に用いられる細胞を製造するための原料としての利用が期待されている。
【0003】
間葉系幹細胞の培養手段として、例えばウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum、FBS)を含有する培地を用いる他に、異種動物由来のタンパク質の混入が少ない無血清培地を用いる手法が挙げられる。例えば、特許文献1~3には、間葉系幹細胞の培養に用いられる無血清培養が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2007/080919号(2007年7月19日公開)
【文献】国際公開第2011/111787号(2011年9月15日公開)
【文献】国際公開第2015/016357号(2015年2月 5日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
間葉系幹細胞が有する機能は多種多様であって、現在利用されている間葉系幹細胞の機能はその一部に過ぎず、未知の機能が多く存在することが期待されている。
【0006】
本発明の一態様は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、生体の組織損傷を修復するための修復剤および当該修復剤の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、間葉系幹細胞が生体組織損傷に及ぼす影響について鋭意検討する過程において、(1)特定の成分を含む無血清培地中で培養した間葉系幹細胞は、血清培地中で培養した間葉系幹細胞に比べて著しく高い生体組織損傷の修復効果(例えば、線維化抑制効果、炎症細胞浸潤抑制効果、マクロファージ活性制御効果)を有していること、及び(2)血清培地中において培養された間葉系幹細胞に比べ、無血清培地中において培養された間葉系幹細胞は、より高い量のTSG-6が発現していること、を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
本発明の生体組織損傷の修復剤は、上記課題を解決するために、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞を含有していることを特徴としている。
【0009】
本発明の生体組織損傷の修復剤の製造方法は、上記課題を解決するために、無血清培地中で間葉系幹細胞を培養する工程を有することを特徴としている。
【0010】
本発明の生体組織損傷の修復剤は、TSG-6(TNF-stimulated gene 6 protein)を含有しており、上記生体組織損傷は、慢性腎不全、慢性腎臓病、肝硬変、肺線維症、熱傷、間質性肺炎、薬剤性肺炎、放射線肺臓炎、慢性閉塞性肺疾患、急性呼吸促進症候群、軟骨損傷、骨欠損、脊髄損傷、歯周病、多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、クローン症、糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、黄斑変性症、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、顎骨再建、口蓋裂、骨置換材、骨欠損、骨系統疾患、ドライアイ、角膜障害、咽頭炎、関節炎、癌、または、線維症に伴う組織損傷であることを特徴としている。
【0011】
なお、本発明の生体組織損傷の修復剤を構成する間葉系幹細胞を「無血清培地中で培養された」等の製造工程で特定している。本発明者らは、本発明に用いられる間葉系幹細胞と、従来の間葉系幹細胞(具体的には、血清培地中で培養された間葉系幹細胞)との間で、発現量が異なる遺伝子(換言すれば、遺伝子マーカー)が存在しないか、試験を行った。その結果、膨大な種類の遺伝子の発現量が異なることが明らかになったものの、これらの遺伝子のうち、何れの遺伝子が、本発明に用いられる間葉系幹細胞と従来の間葉系幹細胞とを区別する上で重要であるのか、特定するに至ったものは、TSG-6のみであった。何れの遺伝子が、本発明に用いられる間葉系幹細胞と従来の間葉系幹細胞とを区別する上で重要であるのか特定するためには、更に、膨大な時間と労力とが必要である。それ故に、出願時において、本発明の生体組織損傷の修復剤における間葉系幹細胞を構造または特性により直接特定することが不可能である、または、実際的でない事情が存在すると結論づけた。
【発明の効果】
【0012】
本発明に用いる間葉系幹細胞は、血清培地中で培養した間葉系幹細胞に比べて著しく高い組織線維化抑制効果、炎症細胞浸潤抑制効果および炎症抑制系のマクロファージを増加させる効果を有する。また、本発明に用いる間葉系幹細胞は、TSG-6を高発現することにより、炎症を早期に沈静化させる効果を有する。それ故に、本発明は、血清培地中で培養した間葉系幹細胞を用いた場合には実現できない、著しく高い(換言すれば、臨床現場において利用可能な程度に高い)生体組織損傷の回復効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】TGF-β1のmRNAの発現レベルを示すグラフである。
【
図2】(A)は、ウエスタンブロット法によるTGF-β1の検出結果を示す像であり、(B)は、TGF-β1のタンパク質の発現レベルを示すグラフである。
【
図3】本発明の一実施例における蛍光免疫染色結果の像である。
【
図4】α-SMAのmRNAの発現レベルを示すグラフである。
【
図5】(A)は、ウエスタンブロット法によるα-SMAの検出結果を示す像であり、(B)は、α-SMAのタンパク質の発現レベルを示すグラフである。
【
図6】(A)は、本発明の一実施例における免疫染色結果の像であり、(B)は、(A)に示す像の単位面積あたりのα-SMA陽性細胞の数をカウントした結果を示すグラフである。
【
図7】(A)は、CD3のmRNAの発現レベルを示すグラフであり、(B)は、CD68のmRNA発現レベルを表すグラフである。
【
図8】本発明の一実施例における免疫染色の結果を示す像である。
【
図9】(A)は、
図8に示す像の単位面積あたりのCD3陽性細胞の数をカウントした結果を示すグラフであり、(B)は、
図8に示す像の単位面積あたりのCD68陽性細胞の数をカウントした結果を示すグラフである。
【
図10】M1型マクロファージからM2型マクロファージへの分化誘導を示す図である。
【
図11】(A)は、CD163陽性細胞の増加を示すグラフであり、(B)は、CD206陽性細胞の増加を示すグラフである。
【
図12】(A)は、CD163陽性細胞の増加を示すグラフであり、(B)は、CD206陽性細胞の増加を示すグラフである。
【
図13】HGFのタンパク質の発現レベルを示すグラフである。
【
図14】PGE2のタンパク質の発現レベルを示すグラフである。
【
図15】IL-6のmRNAの発現レベルを示すグラフである。
【
図16】TSG-6のmRNAの発現レベルを示すグラフである。
【
図17】TSG-6のmRNAの発現レベルを示したグラフである。
【
図18】CD163陽性細胞の増加を示すグラフである。
【
図19】(A)は、MCP-1のmRNAの発現レベルを示すグラフであり、(B)は、TNF-αのmRNAの発現レベルを示すグラフである。
【
図20】TSG-6のmRNAの発現レベルを示すグラフである。
【
図21】(A)は、ウエスタンブロット法によるTGF-β1およびα-SMAの検出結果を示す像であり、(B)は、TGF-βおよびα-SMAの発現レベルを示すグラフである。
【
図22】(A)は、CD68の免疫染色結果の像であり、(B)は、CD68を発現している細胞の数を示すグラフである。
【
図23】本発明の一実施例における、モデルラットの体重の推移を示すグラフである。
【
図24】本発明の一実施例における、モデルラットのLDHの値を示すグラフである。
【
図25】本発明の一実施例における、モデルラットのγ-GTPの値を示すグラフである。
【
図26】本発明の一実施例における、モデルラットのシリウスレッド染色の像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態および実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意味する。
【0015】
[1-1.修復剤の製造方法]
本発明の一実施形態にかかる生体組織損傷の修復剤の製造方法(以下、「本実施形態の製造方法」ともいう。)は、無血清培地中で間葉系幹細胞を培養する工程を有する方法である。
【0016】
上記無血清培地の組成は、間葉系幹細胞の培養を行い得る無血清培地であれば特に限定されず、公知の無血清培地が適宜使用され得る。公知の無血清培地としては、例えばSTK1(株式会社ツーセル製)、STK2(株式会社ツーセル製)、ヒト間葉系幹細胞専用完全合成培地キット(MSCGM-CD BulletKit)(Lonza)、間葉系幹細胞増殖培地DXF:Mesenchymal Stem Cell Growth Medium DXF (Ready-touse)(PromoCell GmbH.)、Stem Pro MSC SFM Xeno free(Thermo Fisher Scientific Inc.)、及び、MesenCult-ACF Medium Kit(STEMCELL Technologies Inc.)等を用いることができる。
【0017】
上記無血清培地の具体的な組成としては、例えば、(i)FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、(ii)FGF、PDGF、EGF、TGF-β(transforming growth factor-β)、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、(iii)FGF、PDGF、EGF、デキサメタゾン、インスリン、血清アルブミン、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、(iV)FGF、PDGF、EGF、TGF-β、デキサメタゾン、インスリン、血清アルブミン、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地を挙げることができる。
【0018】
なお、上記(i)および(iii)の無血清培地は、TGF-β、および/または、HGFを含有していないものであってもよい。また、上記(ii)および(iv)の無血清培地は、HGFを含有していないものであってもよい。
【0019】
上記リン脂質としては、特に限定されず、例えば、フォスファチジン酸、リゾフォスファチジン酸、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン、及びフォスファチジルグリセロールなどが挙げられ、これらのリン脂質を単独で用いてもよいし、組み合わせて(例えば、フォスファチジン酸とフォスファチジルコリンとを組み合わせて)用いてもよい。これらのリン脂質は、動物由来のものであっても、植物由来のものであってもよい。
【0020】
上記脂肪酸としては、特に限定されず、例えば、リノール酸、オレイン酸、リノレイン酸、アラキドン酸、ミリスチン酸、パルミトイル酸、パルミチン酸、及びステアリン酸などが挙げられ、これらの脂肪酸を単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。
【0021】
本実施形態において使用される無血清培地は、任意で、上述した組成以外の成分(例えば、コレステロール、および/または、HGF(hepatocyte growth factor)など)を含有していてもよい。後述する基礎培地に対するHGFの含有量は、終濃度で、0.1~50ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは5ng/mlである。勿論、これらの成分は、本願発明にとって必須の成分ではない。
【0022】
以下に、本実施形態の製造方法をより具体的に説明する。
【0023】
(A.第1工程)
本実施形態の製造方法においては、間葉系幹細胞を、FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び少なくとも1つの脂肪酸を含有する無血清培地、より好ましくは、デキサメタゾン、インスリンおよび血清アルブミンの少なくとも何れか1つをさらに含有する無血清培地において間葉系幹細胞を培養する(以下、第1工程と称する)。なお、無血清培地は、TGF-β、および/または、HGFを含有していないものであってもよい。
【0024】
なお、無血清培地がデキサメタゾン、インスリンおよび血清アルブミンの少なくとも何れか1つを含有していれば、間葉系幹細胞の生存期間の延長、および間葉系幹細胞の増殖亢進という効果を奏する。
【0025】
第1工程に用いる無血清培地を構成するための基礎培地は、当該分野において周知の動物細胞用培地であれば特に限定されず、好ましい基礎培地としては、例えば、Ham’sF12培地、DMEM培地、RPMI-1640培地、MCDB培地などが挙げられる。これらの基礎培地は、単独で使用されても、複数を混合して使用されてもよい。一実施形態において、無血清培地を構成するための基礎培地は、MCDBとDMEMとを1:1の比率で混合した培地が好ましい。一実施形態において、上記の基礎培地に、FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び少なくとも1つの脂肪酸を添加した無血清培地を第1工程に用いればよい。
【0026】
基礎培地に対するFGFの含有量は、終濃度で、0.1~100ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは3ng/mlである。基礎培地に対するPDGFの含有量は、終濃度で、0.5~100ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは10ng/mlである。基礎培地に対するEGFの含有量は、終濃度で、0.5~200ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは20ng/mlである。基礎培地に対するリン脂質の総含有量は、終濃度で、0.1~30μg/mlであることが好ましく、さらに好ましくは10μg/mlである。基礎培地に対する脂肪酸の総含有量は、基礎培地の重量の1/1000~1/10であることが好ましく、さらに好ましくは1/100である。
【0027】
基礎培地に対するデキサメタゾンの含有量は、終濃度で、10-10~10-5Mであることが好ましく、更に好ましくは10-9~10-6Mである。基礎培地に対するインスリンの含有量は、終濃度で、0.01~500μg/mlであることが好ましく、更に好ましくは0.1~50μg/mlである。基礎培地に対する血清アルブミンの含有量は、終濃度で、0.01~50mg/mlであることが好ましく、更に好ましくは0.1~5mg/mlである。
【0028】
このような無血清培地を使用することによって、無血清培地中への異種タンパク質の混入を防ぎつつ、血清含有培地と同等以上の増殖促進効果が得られ、間葉系幹細胞を所望の通り増殖させることができる。
【0029】
無血清培地が含有しているリン脂質、及び脂肪酸は、既に説明した具体的なリン脂質、及び脂肪酸であり得る。
【0030】
本明細書中で使用される場合、FGFは、線維芽細胞増殖因子(FGF:fibroblast growth factor)ファミリーから選択される増殖因子が意図され、FGF-2(bFGF)であることが好ましいが、FGF-1など他のFGFファミリーから選択されてもよい。また、本明細書中で使用される場合、PDGFは、血小板由来増殖因子(PDGF:platelet derived growth factor)ファミリーから選択される増殖因子が意図され、PDGF-BBまたはPDGF-ABであることが好ましい。
【0031】
EGFは、上皮増殖因子(EGF:epidermal growth factor)ファミリーから選択される増殖因子が意図される。
【0032】
また、一実施形態において、無血清培地は、結合組織増殖因子(CTGF:connective tissue growth factor)、血管内皮増殖因子(VEGF:vascular endothelial growth factor)及びアスコルビン酸化合物からなる群より選択される少なくとも2つの因子をさらに含有していてもよい。
【0033】
本明細書中で使用される場合、アスコルビン酸化合物は、アスコルビン酸(ビタミンC)もしくはアスコルビン酸2リン酸、またはこれらに類似する化合物が意図される。
【0034】
1つの局面において、無血清培地は、脂質酸化防止剤を含有していることが好ましい。一実施形態において、無血清培地に含有される脂質酸化防止剤は、DL-α-トコフェロールアセテート(ビタミンE)であり得る。無血清培地は、界面活性剤をさらに含有していてもよい。一実施形態において、無血清培地に含有される界面活性剤は、Pluronic F-68またはTween 80であり得る。
【0035】
無血清培地は、インスリン、トランスフェリン、デキサメタゾン、血清アルブミンおよびセレネートをさらに含有していてもよい。本明細書中で使用される場合、インスリンは、インスリン様増殖因子であってもよく、天然の細胞由来であっても、遺伝子組換えによって製造されたものでもよい。
【0036】
第1工程においては、上述した無血清培地に、ヒト等の動物組織から従来公知の方法により単離された間葉系幹細胞を播種し、所望の細胞数に増殖するまで培養する(勿論、第1工程においては、間葉系幹細胞を増殖させることなく、無血清培地中に維持するのみであってもよい)。培養条件として、培地1mlに対して、1~500mgの組織片(間葉系幹細胞を含む)から分離した間葉系幹細胞を播種することが好ましく、培養温度は37℃±1℃、かつ5%CO2下であることが好ましい。なお、培養時間は、間葉系幹細胞が目的とする濃度に達する培養時間であれば、特に限定されない。例えば、培養時間は、1~5時間であってもよいし、1~10時間であってもよいし、1~20時間であってもよいし、1時間~1日間であってもよいし、1時間~10日間であってもよいし、1時間~30日間であってもよいし、1時間~50日間であってもよいし、1時間~60時間であってもよいし、1時間~70時間であってもよいし、30時間~70時間であってもよいし、40時間~70時間であってもよいし、50時間~70時間であってもよい。
【0037】
第1工程に供される間葉系幹細胞に特に制限はないが、初期の間葉系幹細胞、すなわち、ヒト等の動物組織から採取してから一度も継代培養を経ていない細胞であることが好ましい。
【0038】
また、第1工程において間葉系幹細胞をより効率よく増殖させるために、第1工程において培養させる対象となる間葉系幹細胞(以下、「第1工程対象細胞」ともいう)毎に、培養に適した培養容器を用いて第1工程を行うことが好ましい。第1工程対象細胞の培養に適した培養容器の選択方法としては、例えば、最適な培養容器を第1工程対象細胞に選択させる方法を挙げることができる。具体的に説明すると、複数種類の培養容器を準備し、培養容器の種類が異なる以外は同一の培養条件で第1工程対象細胞を増殖させ、培養開始から2週間後の細胞数を公知の方法によって計測し、細胞数が多いものから順に第1工程対象細胞の培養に適した培養容器であると判断することができる。また、上記第1工程対象細胞の増殖速度が速い場合は、培養開始から2週間経過する前であっても、コンフルエント状態の80~90%の細胞数に達する期間が短いものから順に第1工程対象細胞の培養に適した培養容器であると判断することができる。
【0039】
本実施形態の製造方法の第1工程においては、第1工程対象細胞の増殖に適した培養容器が既に明らかになっている場合は、その培養容器を用いればよい。これに対して、第1工程対象細胞の培養に適した培養容器が明らかになっていない等の場合には、本実施形態の製造方法は、第1工程対象細胞の培養に適した培養容器を選択するための「培養容器選択工程」を第1工程の前にさらに包含していてもよい。
【0040】
なお、間葉系幹細胞の増殖には、細胞が培養容器に接着することが必須条件であるので、培養容器に対する間葉系幹細胞の接着が弱い場合は、第1工程において、上記無血清培地に、細胞接着分子をさらに含有させることが好ましい。上記「細胞接着分子」としては、例えば、フィブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン等を挙げることができる。これらの細胞接着分子は、一種類を単独で用いてもよく、複数種類を組み合わせて用いてもよい。
【0041】
また、第1工程では、間葉系幹細胞を少なくとも1回継代してもよい。間葉系幹細胞は足場依存的に増殖するので、間葉系幹細胞が局所的に偏って増殖している等の場合に、前第1工程の途中で間葉系幹細胞を継代することによって培養条件を改善することができる。なお、培養第1工程は、初代培養(P0)~継代3回目(P3)までの期間行うことが好ましい。
【0042】
間葉系幹細胞の継代方法としては特に限定されず、従来公知の間葉系幹細胞の継代方法を用いて継代することできる。継代後の間葉系幹細胞の状態が良好であることから、上記第1工程では、継代を行う場合に哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤を用いて上記間葉系幹細胞を剥離することが好ましい。上記「哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤」としては、例えば、ACCUTASE(Innovative Cell Technologies, Inc.)を挙げることができる。
【0043】
ここで、上記「哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤」としてACCUTASEを用いる場合の継代方法の一例を説明する。(i)~(vi)の手順によって間葉系幹細胞を剥離し、継代する。なお、以下に説明する継代方法では、培養容器としてT-25フラスコ(ファルコン製)を用いた場合について説明する。
【0044】
(i)フラスコ上の細胞層をPBS(-)5mLを用いて洗浄する。
【0045】
(ii)細胞層にACCUTASEを2mL添加する。
【0046】
(iii)細胞層を室温にて2分程度静置し、フラスコからの細胞の剥離を確認のうえ、遠心管に剥離した細胞を含むPBS(-)を移す。
【0047】
(iv)フラスコにPBS(-)を7mL添加し、当該フラスコの底面をリンスする。
【0048】
(v)上記(iii)の遠心管に上記(iv)の溶液を移し、1500rpm(200~1000×g)で5分間遠心する。
【0049】
(vi)遠心管から上清を除き、5,000個-細胞/cm2の播種濃度にて、無血清培地を用いて、細胞を新しいフラスコ上に播種する。
【0050】
(B.第2工程)
本実施形態の製造方法は、上記第1工程の後に、FGF、PDGF、TGF-β、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び少なくとも1つの脂肪酸を含有する無血清培地、より好ましくは、デキサメタゾン、インスリンおよび血清アルブミンの少なくとも何れか1つをさらに含有する無血清培地において、間葉系幹細胞を培養する第2工程をさらに有していてもよい。なお、無血清培地は、HGFを含有していないものであってもよい。
【0051】
ここで、第2工程における「無血清培地」は、TGF-βを含有する点で、第1工程の項で説明した無血清培地とは異なる。本明細では第1工程で使用する無血清培地を「無血清培地A」と称し、第2工程で使用する無血清培地を「無血清培地B」と称する場合がある。TGF-β以外の成分(FGF、PDGF、EGF、デキサメタゾン、インスリン、血清アルブミン、少なくとも1つのリン脂質、及び少なくとも1つの脂肪酸など)および基礎培地については、上記第1工程の項で無血清培地Aに関して説明したとおりであるので、ここでは説明を省略する。また、第2工程で使用する無血清培地Bに含有されている上記成分の含有量は、無血清培地Aに関して説明した含有量と同じであり得る。
【0052】
一実施形態において、上記の基礎培地に対するTGF-βの含有量は、終濃度で、0.5~100ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは10ng/mlである。
【0053】
第2工程においては、上述した無血清培地Bに、第1工程により得られた間葉系幹細胞を播種し、所望の数に増殖するまで培養する(勿論、第2工程においては、間葉系幹細胞を増殖させることなく、無血清培地B中に維持するのみであってもよい)。培養条件として、培地1mlに対して1~2×104個の間葉系幹細胞を播種することが好ましく、培養温度は37℃±1℃、かつ5%CO2下であることが好ましい。なお、細胞培養時間は、目的とする細胞の濃度が十分に得られる培養時間であれば、特に限定されない。例えば、培養時間は、1~5時間であってもよいし、1~10時間であってもよいし、1~20時間であってもよいし、1時間~1日間であってもよいし、1時間~10日間であってもよいし、1時間~30日間であってもよいし、1時間~50日間であってもよいし、1時間~60時間であってもよいし、1時間~70時間であってもよいし、30時間~70時間であってもよいし、40時間~70時間であってもよいし、50時間~70時間であってもよい。このように培養することによって、生体組織損傷の回復能を維持又は向上した間葉系幹細胞を効率よく大量に得ることができる。
【0054】
第2工程では、培養に用いる培養容器は、間葉系幹細胞が増殖し得るものであれば特に限定されない。例えば、ファルコン社製75cm2フラスコ、住友ベークライト社製75cm2フラスコ等を好適に用いることができる。但し、細胞によっては、用いる培養容器の種類によって細胞の培養が影響を受ける場合がある。このため、間葉系幹細胞をより効率よく培養させるために、培養させる対象となる間葉系幹細胞(以下、「培養対象細胞」ともいう)毎に、培養に適した培養容器を用いて第2工程を行うことが好ましい。第2工程対象細胞の増殖に適した培養容器の選択方法としては、上記「第1工程」の項で説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0055】
また、培養容器に対する間葉系幹細胞の接着が弱い場合には、上記無血清培地Bに、細胞接着分子をさらに含有させてもよい。上記細胞接着分子については、上記「第1工程」の項で説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0056】
第2工程では、間葉系幹細胞を少なくとも1回継代してもよい。第2工程の途中で間葉系幹細胞を継代することによって培養条件を改善することができる。
【0057】
なお、第2工程には、ヒト等の動物組織から採取してから継代1回目(P1)以降の間葉系幹細胞を供することが好ましい。
【0058】
前第1工程の途中で間葉系幹細胞を継代する方法および第1工程後の細胞を第2工程に供する際の継代方法については、上記「第1工程」の項で説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0059】
本実施の形態の製造方法は、上記第2工程の前(または上記第1工程の前)に、間葉系幹細胞の増殖に適した培養容器を選択する培養容器選択工程をさらに包含していてもよい。間葉系幹細胞の増殖に適した培養容器の選択方法としては、上記「第1工程」の項で説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0060】
上述したように、本実施の形態の製造方法は、第1工程、及び、第2工程を有し得るが、本発明は、これに限定されない。例えば、本実施の形態の製造方法は、第1工程及び第2工程のうちの、第1工程のみを有する方法であってもよいし、第2工程のみを有する方法であってもよい。
【0061】
(C.スクリーニング工程)
本実施形態の製造方法は、第1工程および/または第2工程の後に、間葉系幹細胞から、造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞をスクリーニングするスクリーニング工程をさらに包含していてもよい。
【0062】
スクリーニング工程にて選別した間葉系幹細胞を修復剤として使用することによって、造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞を含有している修復剤を実現することができ、修復剤の安全性を向上させることができる。
【0063】
スクリーニング工程では、間葉系幹細胞の造腫瘍性について、in vivoの高感度免疫不全マウス(NOGマウス)による造腫瘍性試験法により検討することが可能である。
【0064】
具体的には、上述した無血清培地で培養した間葉系幹細胞(例えば、1,000,000個)、および、Hela細胞(例えば、1,000個)を、各々、NOGマウスの皮下10ヵ所に移植する。このとき、Hela細胞の造腫瘍性(具体的には、移植箇所における腫瘍の発生)が確認できる条件下(例えば、特定のマウス飼育時間など)において、無血清培地で培養した間葉系幹細胞の造腫瘍性が確認できなければ、当該間葉系幹細胞は、造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞であると判定することができる。
【0065】
[1-2.生体組織損傷の修復剤]
本発明の一実施形態にかかる生体組織損傷の修復剤(以下「本実施形態の修復剤」という。)は、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞を含有していることを特徴としている。
【0066】
ここで、本実施形態の修復剤は、生体組織損傷の回復を促進する効果を有する薬剤を意図する。本実施形態の修復剤は、生体組織の線維化を抑制するための薬剤(換言すれば、線維化抑制剤)であるともいえ、また炎症細胞の浸潤を抑制するための薬剤(換言すれば、炎症細胞の浸潤抑制剤)であるともいえ、マクロファージの活性を制御するための薬剤(換言すれば、マクロファージ活性制御剤)であるともいえる。
【0067】
ここで「生体組織の線維化を抑制する」とは、結合組織の異常増殖あるいは結合組織でのコラーゲンの異常蓄積による組織硬化を抑制することを意図する。例えば、生体組織が損傷を受けると、治癒の過程において、生体組織を構成する結合組織が異常増殖する場合がある。「生体組織の線維化を抑制する」とは、例えば、生体組織が損傷を受けた後に、生体組織を構成する結合組織が異常増殖、あるいは結合組織でのコラーゲンの異常蓄積による組織硬化を抑制することを意図する。
【0068】
ここで「炎症細胞の浸潤を抑制する」とは、炎症細胞(例えば、マクロファージ、リンパ球、及び好中球など)が、組織を破壊すること、または、組織の中に侵入して増殖することを抑制することを意図する。
【0069】
ここで「マクロファージ活性を制御する」とは、マクロファージの表現型を変化させることを意図する。「マクロファージ活性を制御する」とは、例えば、マクロファージを、組織の炎症を促進するPro-inflammatory phenotype(M1型)マクロファージから、Immune-regulatory phenotype(M2型)マクロファージへ変化させることを意図する。マクロファージをM1型からM2型へ変化させることにより、組織の炎症を鎮静化させることができる。
【0070】
また、上記修復剤には、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞が含まれる。なお、本明細書中において、「無血清培地」とは、血清を含まない培地、換言すれば血清を一切添加されずに調製された培地であることが意図される。また「無血清培養」とは、無血清培地を用いた培養であることが意図される。また、間葉系幹細胞を培養する場合には、単一の無血清培地中でのみ間葉系幹細胞を培養してもよいし、複数の無血清培地中で間葉系幹細胞を培養してもよい。複数の無血清培地中で間葉系幹細胞を培養する場合には、例えば、所望の無血清培地中で間葉系幹細胞を培養した後、当該所望の無血清培地を別の無血清培地に置換して、更に、当該別の無血清培地中で間葉系幹細胞を培養してもよい。
【0071】
上記無血清培地の組成は、間葉系幹細胞の培養を行い得る無血清培地であれば特に限定されなく、公知の無血清培地が適宜使用され得る。公知の無血清培地としては、例えばSTK1(株式会社ツーセル製)、STK2(株式会社ツーセル製)、ヒト間葉系幹細胞専用完全合成培地キット(MSCGM-CD BulletKit)(Lonza)、間葉系幹細胞増殖培地DXF:Mesenchymal Stem Cell Growth Medium DXF (Ready-touse)(PromoCell GmbH.)、Stem Pro MSC SFM Xeno free(Thermo Fisher Scientific Inc.)、及びMesenCult-ACF Medium Kit(STEMCELL Technologies Inc.)等を用いることができる。
【0072】
上記無血清培地の具体的な組成としては、例えば、(i)FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、及び(ii)FGF、PDGF、EGF、TGF-β、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、(iii)FGF、PDGF、EGF、デキサメタゾン、インスリン、血清アルブミン、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、(iV)FGF、PDGF、EGF、TGF-β、デキサメタゾン、インスリン、血清アルブミン、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地を挙げることができる。
【0073】
上記リン脂質としては、特に限定されず、例えば、フォスファチジン酸、リゾフォスファチジン酸、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン、及びフォスファチジルグリセロールなどが挙げられ、これらのリン脂質を単独で用いてもよいし、組み合わせて(例えば、フォスファチジン酸とフォスファチジルコリンとを組み合わせて)用いてもよい。これらのリン脂質は、動物由来のものであっても、植物由来のものであってもよい。
【0074】
上記脂肪酸としては、特に限定されず、例えば、リノール酸、オレイン酸、リノレイン酸、アラキドン酸、ミリスチン酸、パルミトイル酸、パルミチン酸、及びステアリン酸などが挙げられ、これらの脂肪酸を単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。
【0075】
本実施形態において使用される無血清培地は、任意で、上述した組成以外の成分(例えば、コレステロール、HGFなど)を含有していてもよい。勿論、これらの成分は、本願発明にとって必須の成分ではない。
【0076】
本実施形態において使用される無血清培地における各種組成の濃度は、上述した[1-1]の項にて説明したので、ここではその説明を省略する。
【0077】
本実施形態の修復剤に用いられる間葉系幹細胞は、骨髄、脂肪、滑膜、歯槽骨、及び歯根膜等の組織から単離された間葉系幹細胞だけでなく、胎盤、臍帯血、及び臍帯等の組織から単離された間葉系幹細胞をも包含する。また、本実施の形態の修復剤に用いられる間葉系幹細胞は、ヒト間葉系幹細胞(例えば、採取されたヒト間葉系幹細胞)であってもよいし、ラット、及びマウス等の非ヒト動物由来の間葉系幹細胞であってもよい。
【0078】
上記修復剤が治療対象とする生体組織は、特に限定されず、例えば、腎臓、肝臓、肺、皮膚、軟骨、骨、脊髄、歯、関節、血管(動脈、および、静脈)、心臓、脳、顎、口、目、角膜、および、咽頭を挙げることができる。つまり、上記修復剤は、これらの生体組織の損傷を修復するものであり得る。
【0079】
上記修復剤が効能を奏する、生体組織損傷を伴う疾患としては、特に限定されない。疾患として、例えば、慢性腎不全、慢性腎臓病、肝硬変、肺線維症、熱傷、間質性肺炎、薬剤性肺炎、放射線肺臓炎、慢性閉塞性肺疾患、急性呼吸促進症候群、軟骨損傷、骨欠損、脊髄損傷、歯周病、多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、クローン症、糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、黄斑変性症、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、顎骨再建、口蓋裂、骨置換材、骨欠損、骨系統疾患、ドライアイ、角膜障害、咽頭炎、関節炎、癌、または、線維症等が挙げられる。
【0080】
本実施形態の修復剤は、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞からなる薬剤であってもよいが、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞の他に薬学的に許容される添加剤(例えば、緩衝剤、酸化防止剤、増粘剤、及び、賦形剤)を含み得る。
【0081】
上記添加剤の量は、特に限定されないが、例えば、本実施形態の修復剤の0.01~50重量%、0.01~40重量%、0.01~30重量%、0.01~20重量%、0.01~10重量%、または、0.01~1重量%であり得る。
【0082】
本実施形態の修復剤に含まれる間葉系幹細胞の数は、特に限定されず、投与対象の体重に応じて適宜設定することが可能である。例えば、1服(1投与)あたり、1×102細胞~1×1010細胞、1×103細胞~1×1010細胞、1×104細胞~1×1010細胞、1×105細胞~1×1010細胞、1×106細胞~1×1010細胞であり得る。勿論、1服(投与)あたり、1010細胞以上であってもよい。
【0083】
上記修復剤の投与方法として、例えば、静脈注射、動脈注射、及び局所(脊髄(例えば、脊髄腔)、筋肉、関節、脳等)への注射が挙げられる。これらの投与方法のうち、カテーテルを用いた局所近傍の動脈への投与方法であれば、投与に必要な細胞数を減少できるという有利な効果を奏する。
【0084】
本発明の一実施形態に係る生体組織損傷の修復剤の投与対象は、特に限定されない。上記投与対象として、ヒトおよびヒト以外の哺乳類(ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラットなど)が挙げられる。
【0085】
本実施形態の修復剤の投与量は、特に限定されないが、投与対象の体重1kgあたりに投与される間葉系幹細胞の数が、1×102細胞~1×1010細胞、1×103細胞~1×1010細胞、1×104細胞~1×1010細胞、1×105細胞~1×1010細胞、1×106細胞~1×1010細胞になる量であり得る。
【0086】
[1-3.生体組織損傷の修復剤-2]
本実施形態の修復剤は、TNF-stimulated gene 6 protein(TSG-6)を有効成分として含有していることを特徴としている。
【0087】
本発明者は、血清培地中において培養された間葉系幹細胞に比べ、無血清培地中において培養された間葉系幹細胞は、より高い量のTSG-6が発現していることを見出した。さらに、本発明者は、TSG-6が様々な疾患(特に腎臓における疾患)において抗炎症作用を有することを新規に見出した。本実施形態の修復剤によれば、例えば、(i)炎症細胞の浸潤を、早期から抑制することができ、(ii)炎症を早期に鎮静化させることができ、および/または、(iii)生体組織の線維化を抑制することができる。
【0088】
本実施形態の修復剤は、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞由来のTSG-6(より具体的には、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞自体)を含んでいることが好ましい。なお、間葉系幹細胞由来のTSG-6を含む修復剤についての詳細な説明は、[1-2.生体組織損傷の修復剤]に説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0089】
本実施形態の修復剤は、生体組織損傷の回復を促進する効果を有する薬剤を意図する。本実施形態の修復剤は、生体組織の線維化を抑制するための薬剤(換言すれば、線維化抑制剤)であってもよいし、炎症細胞の浸潤を抑制するための薬剤(換言すれば、炎症細胞の浸潤抑制剤)であってもよい。
【0090】
ここで、「生体組織の線維化を抑制する」および「炎症細胞の浸潤を抑制する」とは、[1-2.生体組織損傷の修復剤]に説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0091】
本実施形態の修復剤には、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞が含まれ得る。無血清培地の組成および濃度、間葉系幹細胞の種類等については、[1-2.生体組織損傷の修復剤]に説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0092】
上記修復剤が治療対象とする生体組織は、特に限定されず、例えば、腎臓、肝臓、肺、皮膚、軟骨、骨、脊髄、歯、関節、血管(動脈、および、静脈)、心臓、脳、顎、口、目、角膜、および、咽頭を挙げることができる。つまり、上記修復剤は、これらの生体組織の損傷を修復するものであり得る。
【0093】
上記修復剤が効能を奏する、生体組織損傷を伴う疾患としては、特に限定されない。疾患として、例えば、慢性腎不全、慢性腎臓病、肝硬変、肺線維症、熱傷、間質性肺炎、薬剤性肺炎、放射線肺臓炎、慢性閉塞性肺疾患、急性呼吸促進症候群、軟骨損傷、骨欠損、脊髄損傷、歯周病、多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、クローン症、糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、黄斑変性症、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、顎骨再建、口蓋裂、骨置換材、骨欠損、骨系統疾患、ドライアイ、角膜障害、咽頭炎、関節炎、癌、または、線維症等が挙げられる。
【0094】
本実施形態の修復剤は、TSG-6(または、TSG-6を高発現している、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞)からなる薬剤であってもよいが、TSG-6(または、TSG-6を高発現している、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞)の他に、薬学的に許容される添加剤(例えば、緩衝剤、酸化防止剤、増粘剤、及び、賦形剤)を含み得る。
【0095】
本実施の形態の修復剤に含有されている添加剤の量は、特に限定されず、例えば、修復剤を100重量%とした場合に、0重量%~99.999重量%であってもよく、0重量%~99.99重量%であってもよく、0重量%~99.9重量%であってもよく、5重量%~99.9重量%であってもよく、10重量%~99.9重量%であってもよく、20重量%~99.9重量%であってもよく、30重量%~99.9重量%であってもよく、40重量%~99.9重量%であってもよく、50重量%~99.9重量%であってもよく、60重量%~99.9重量%であってもよく、70重量%~99.9重量%であってもよく、80重量%~99.9重量%であってもよく、90重量%~99.9重量%であってもよい。
【0096】
上記修復剤の投与方法として、例えば、静脈注射、動脈注射、及び局所(脊髄(例えば、脊髄腔)、筋肉、関節、脳等)への注射が挙げられる。これらの投与方法のうち、カテーテルを用いた局所近傍の動脈への投与方法であれば、投与に必要な修復剤の量を減少できるという有利な効果を奏する。
【0097】
本実施形態に係る生体組織損傷の修復剤の投与対象は、特に限定されない。上記投与対象として、ヒトおよびヒト以外の哺乳類(ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラットなど)が挙げられる。
【0098】
TSG-6は、天然のタンパク質であっても良いし、合成されたタンパク質であっても良いし、組み換えタンパク質であってもよい。
【0099】
本実施形態の修復剤に含有されているTSG-6の量は、特に限定されず、例えば、修復剤を100重量%とした場合に、0.001重量%~100重量%であってもよく、0.01重量%~100重量%であってもよく、0.1重量%~100重量%であってもよく、0.1重量%~95重量%であってもよく、0.1重量%~90重量%であってもよく、0.1重量%~80重量%であってもよく、0.1重量%~70重量%であってもよく、0.1重量%~60重量%であってもよく、0.1重量%~50重量%であってもよく、0.1重量%~40重量%であってもよく、0.1重量%~30重量%であってもよく、0.1重量%~20重量%であってもよく、0.1重量%~10重量%であってもよい。
【0100】
本発明は、以下のように構成することも可能である。
【0101】
本発明の生体組織損傷の修復剤は、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞を含有していることを特徴としている。
【0102】
本発明の修復剤は、生体組織の線維化を抑制するためのものであることが好ましい。
【0103】
本発明の修復剤は、炎症細胞の浸潤を抑制するためのものであることが好ましい。
【0104】
本発明の修復剤は、マクロファージの活性を制御するためのものであることが好ましい。
【0105】
本発明の修復剤では、上記無血清培地は、FGF(fibroblast growth factor)、PDGF(platelet-derived growth factor)、EGF(epidermal growth factor)、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有しているものであることが好ましい。
【0106】
本発明の修復剤では、上記生体組織損傷は、慢性腎不全、慢性腎臓病、肝硬変、肺線維症、熱傷、間質性肺炎、薬剤性肺炎、放射線肺臓炎、慢性閉塞性肺疾患、急性呼吸促進症候群(acute respiratory distress syndrome、ARDS)、軟骨損傷、骨欠損、脊髄損傷、歯周病、多発性硬化症(multiple sclerosis、MS)、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematodes、SLE)、クローン症、糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、黄斑変性症、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、顎骨再建、口蓋裂、骨置換材、骨欠損、骨系統疾患、ドライアイ、角膜障害、咽頭炎、関節炎、癌、または、線維症に伴う組織損傷であることが好ましい。
【0107】
本発明の修復剤では、上記間葉系幹細胞は、スクリーニングされた造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞であることが好ましい。
【0108】
本発明の修復剤では、上記間葉系幹細胞は、少なくとも1回継代されたものであることが好ましい。
【0109】
本発明の修復剤では、上記継代にて、哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤を用いて上記間葉系幹細胞を剥離することが好ましい。
【0110】
本発明の修復剤では、上記間葉系幹細胞は、当該間葉系幹細胞の培養に適した培養容器を用いて培養されたものであることが好ましい。
【0111】
本発明の生体組織損傷の修復剤の製造方法は、無血清培地中で間葉系幹細胞を培養する工程を有することを特徴としている。
【0112】
本発明の生体組織損傷の修復剤の製造方法では、上記無血清培地は、FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有しているものであることが好ましい。
【0113】
本発明の生体組織損傷の修復剤の製造方法は、上記培養する工程の後に、造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞をスクリーニングする工程を有することが好ましい。
【0114】
本発明の生体組織損傷の修復剤の製造方法は、上記培養する工程では、間葉系幹細胞を少なくとも1回継代することが好ましい。
【0115】
本発明の生体組織損傷の修復剤の製造方法は、上記継代では、哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤を用いて上記間葉系幹細胞を剥離することが好ましい。
【0116】
本発明の生体組織損傷の修復剤の製造方法は、上記培養する工程では、上記間葉系幹細胞の培養に適した培養容器を用いて当該間葉系幹細胞を培養することが好ましい。
【0117】
本発明の生体組織損傷の修復剤は、TSG-6(TNF-stimulated gene 6 protein)を含有しており、上記生体組織損傷は、慢性腎不全、慢性腎臓病、肝硬変、肺線維症、熱傷、間質性肺炎、薬剤性肺炎、放射線肺臓炎、慢性閉塞性肺疾患、急性呼吸促進症候群、軟骨損傷、骨欠損、脊髄損傷、歯周病、多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、クローン症、糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、黄斑変性症、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、顎骨再建、口蓋裂、骨置換材、骨欠損、骨系統疾患、ドライアイ、角膜障害、咽頭炎、関節炎、癌、または、線維症に伴う組織損傷であることを特徴としている。
【0118】
本発明の生体組織損傷の修復剤は、生体組織の線維化を抑制するためのものであることが好ましい。
【0119】
本発明の生体組織損傷の修復剤は、炎症細胞の浸潤を抑制するためのものであることが好ましい。
【実施例】
【0120】
(実施例1)
無血清培地で培養した間葉系幹細胞の移植による腎臓線維化の抑制効果に係る検討を行った。
【0121】
Sprague Dawleyラット(6~7週齢)の大腿骨または脛骨から、周知の方法(例えば、Ueno et al., “Mesenchmal stem cells ameliorate experimental peritoneal fibrosis by suppressing inflammation and inhibiting TGF-β signaling” International Society of Nephrology, 2013, p1-11参照)にしたがって間葉系幹細胞を分離した。
【0122】
分離した間葉系幹細胞を、無血清培地STK1(株式会社ツーセル製:「FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地」に対応)または、10%ウシ血清含有DMEM培地(Sigma-Aldorich社製)中で、37℃、5%CO2の条件下にて、7日間初代培養した。
【0123】
その後、無血清培地STK1で初代培養した間葉系幹細胞は、無血清培地STK2(株式会社ツーセル製:「FGF、PDGF、EGF、TGF-β、少なくとも1つのリン脂質、及び、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地に対応」)中で、10%ウシ血清含有DMEM培地中で初代培養した間葉系幹細胞は、10%ウシ血清含有DMEM培地中で、37℃、5%CO2の条件下にて、12日間培養した。また、継代にはACCUTASEを用いた。
【0124】
次に、腎臓の線維化モデルとして一般的なラットの一側尿管結紮モデルを作製した。作製手段は、公知の手段により行った(例えば、Masaki et al., “Activation of the ERK pathway precedes tubular proliferation in the obstructed rat kidney” Kidney International, Vol.63(2003), p1256-1264)。
【0125】
尿管を結紮した日から4日後に、STK2を用いて培養した間葉系幹細胞、または、10%ウシ血清含有DMEM培地を用いて培養した間葉系幹細胞を、それぞれについて5×106個を、一側尿管結紮モデルラットの尾静脈へ投与した。このとき、コントロールとして、リン酸緩衝生理食塩水(phosphate-buffered saline、PBS)を上記と同様に一側尿管結紮モデルラットの尾静脈へ投与した。間葉系幹細胞を投与してから3日後、および6日後において、上記一側尿管結紮モデルラットを屠殺後、腎臓を採取した。
【0126】
採取された腎臓細胞において、線維化の指標であるTGF-β1およびα-SMAの発現レベルを確認し、線維化抑制効果の評価を行った。
【0127】
mRNAの発現レベルは、周知のリアルタイムPCR法のプロトコールに基づいて確認した。また、タンパク質の発現レベルは、周知のウエスタンブロット法のプロトコールに基づいて確認した。また、蛍光免疫染色は、市販の抗体を用いて、周知のプロトコールに基づいて行った。
【0128】
図1~9中における「sham」は「偽手術」を、「PBS」は「PBSを投与した場合の試験結果」を、「10%MSCs」は「10%ウシ血清含有DMEM培地において培養した間葉系幹細胞を投与した場合の試験結果」を、「SF-MSCs」は「無血清培地STK2において培養した間葉系幹細胞を投与した場合の試験結果」を意図する。
【0129】
なお、
図1~
図3の試験結果は、「n=5~6」、「*:P<0.05」、「♯:P<0.01」、及び「観察倍率200倍」の条件下にて得られたものである。
図4~
図6の試験結果は、「n=5~6」、「*:P<0.05」、「♯:P<0.01」、及び「観察倍率200倍」の条件下にて得られたものである。
図7~
図9の試験結果は、「n=5~6」、「*:P<0.05」、及び「♯:P<0.01」の条件下にて得られたものである。
図10~
図11の試験結果は、「n=6」、「*:P<0.05」、及び「♯:P<0.01」の条件下にて得られたものである。
【0130】
図1は、ラットへの間葉系幹細胞投与3日後(Day3)、および6日後(Day6)におけるTGF-β1のmRNA発現レベルを表すグラフである。Day3のグラフに示される通り、コントロールのPBSを投与した場合に比べ、10%MSCsを投与した場合には、TGF-β1のmRNA発現レベルが低下した。更に、10%MSCsを投与した場合に比べ、SF-MSCsを投与した場合には、TGF-β1のmRNA発現レベルが、著しく低下した。上記結果は、Day6においても同様の結果であった。
【0131】
図2(A)は、ウエスタンブロット法によるTGF-βに対する試験の結果を示す。10%MSCsを投与した場合に比べ、SF-MSCsを投与した場合には、TGF-β1のタンパク質発現レベルが、より低下した。
図2(B)は、TGF-β1のタンパク質発現レベルを示すグラフである。コントロールのPBSを投与した場合に比べ、10%MSCsを投与した場合には、TGF-β1のタンパク質発現レベルが低下した。更に、10%MSCsを投与した場合に比べ、SF-MSCsを投与した場合には、TGF-β1のタンパク質発現レベルが、著しく低下した。
【0132】
図3は、本発明の一実施例における蛍光免疫染色結果の像である。SF-MSCsを投与した場合は、TGF-β1の発現が著しく抑制された。
【0133】
図4は、α-SMAのmRNA量を示すグラフである。TGF-β1の結果と同様に、SF-MSCsを投与した場合において、Day3において、α-SMAの発現が著しく抑制されていた。Day6においても、上記と同様の結果であった。
【0134】
図5は、ウエスタンブロット法によるα-SMAに対する試験の結果を示す。Day3およびDay6において、SF-MSCsをラットへ投与した場合に、α-SMAのタンパク質発現レベルが最も低かった。
図5(B)は、α-SMAのタンパク質量を定量化したグラフである。Day3、Day6の双方において、SF-MSCsをラットへ投与した場合に、α-SMA量が著しく減少していた。
【0135】
図6(A)は、本発明の一実施例における免疫染色結果の像である。
【0136】
図6(B)は、
図6(A)に示す像の単位面積あたりのα-SMA陽性細胞の数をカウントした結果である。
図6(A)及び
図6(B)から明らかなように、α-SMA陽性細胞の数はSF-MSCsをラットに投与した場合に、著しく少なかった。
【0137】
図1~
図6の結果から、血清培地に比べて、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、著しく高い線維化の抑制効果を奏することが示された。つまり、血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、線維化の抑制効果が低く、薬剤として用いるには不十分であった。一方、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、線維化の抑制効果が著しく高く、薬剤として用いるに十分であった。
【0138】
(実施例2)
無血清培地で培養した間葉系幹細胞移植による炎症細胞浸潤の抑制効果を調べた。細胞培養条件、及び手法等は、実施例1に記載した通りに行った。Tリンパ球の指標であるCD3およびマクロファージの指標であるCD68を用いて、尿管を結紮したラットの腎臓における炎症細胞浸潤の評価を行った。
【0139】
図7(A)は、ラットへの間葉系幹細胞投与3日後(Day3)、および6日後(Day6)における、CD3およびCD68のmRNA発現レベルを表すグラフである。Day3のグラフに示される通り、コントロールのPBSを投与した場合に比べ、10%MSCsを投与した場合には、CD3のmRNA発現レベルが低下した。更に、10%MSCsを投与した場合に比べ、SF-MSCsを投与した場合には、CD3のmRNA発現レベルが著しく低下した。
【0140】
図7(B)は、ラットへの間葉系幹細胞投与3日後(Day3)、および6日後(Day6)における、CD68のmRNA発現レベルを示すグラフである。Day3、及びDay6の何れにおいても、コントロールのPBSを投与した場合に比べ、10%MSCsを投与した場合には、CD68のmRNA発現レベルが低下した。更に、10%MSCsを投与した場合に比べ、SF-MSCsを投与した場合には、CD68のmRNA発現レベルが著しく抑制されていた。
【0141】
図8は、本発明の一実施例における免疫染色の結果を示す像である。当該像の中に見られる黒い点が、CD3およびCD68が発現している箇所を示している。CD3およびCD68の何れにおいても、SF-MSCsを投与した場合には、他を投与した場合に比べ、CD3およびCD68の発現が著しく抑制されていた。
【0142】
図9は、
図8に示す像の単位面積あたりのCD3およびCD68陽性細胞の数をカウントした結果を示す。
図8の結果同様、CD3およびCD68における陽性細胞の数はSF-MSCsをラットに投与した場合に、著しく少なかった。
【0143】
図7~
図9の結果より、血清培地に比べて、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、著しく高い炎症細胞の浸潤抑制効果を奏することが示された。つまり、血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、炎症細胞の浸潤抑制効果が低く、薬剤として用いるには不十分であった。一方、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、炎症細胞の浸潤抑制効果が著しく高く、薬剤として用いるに十分であった。
【0144】
(実施例3)
無血清培地で培養した骨髄由来間葉系幹細胞による、マクロファージの活性制御能を評価した。
【0145】
ヒト単芽球様細胞(THP-1)を培養後、当該細胞をPMA160nMで48時間刺激し、Pro-inflammatory phenotype(M1)マクロファージへ分化させた。ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(hMSCs:Bio Whittaker(Walkersville、MD))を、10%ウシ血清含有DMEM培地(10%MSCs)、または無血清培地STK2(SF-hMSCs)で培養し、THP-1との共培養実験(トランスウェル実験)に使用した。
【0146】
<共培養条件>
10%MSCsおよびSF-hMSCsを、Transwell systemを用いてTHP-1と共培養した。共培養72時間後にTHP-1を回収し、Immune-regulatory phenotype(M2)マクロファージのマーカーであるCD163およびCD206の発現をFACS法にて定量した。
【0147】
図10は、M1型マクロファージからM2型マクロファージへの分化を誘導することを示す図である。M1型マクロファージを10%hMSCsと共培養した場合に比べ、M1型マクロファージをSF-hMSCsと共培養した場合には、M1型からM2型へのマクロファージの分化が、著しく誘導されていた。
【0148】
図11(A)は、CD163陽性細胞の増加を、
図11(B)は、CD206陽性細胞の増加を示すグラフである。
【0149】
SF-MSCsと共培養したM1型マクロファージは、10%hMSCsと共培養したM1型マクロファージに比べ、CD163陽性細胞およびCD206陽性細胞の割合が、著しく多かった。
【0150】
図10~
図11の結果から、無血清培地で培養した間葉系幹細胞は、マクロファージをM1型からM2型へ、著しく変化させることが確認された。つまり、血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、炎症抑制系のマクロファージを増加させる効果が低く、薬剤として用いるには不十分であった。一方、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、炎症抑制系のマクロファージを増加させる効果が著しく高く、薬剤として用いるに十分であった。
【0151】
(実施例4)
無血清培地で培養した脂肪由来間葉系幹細胞による、マクロファージの活性制御能を評価した。
【0152】
ヒト単芽球様細胞(THP-1)を培養後、当該細胞をPMA160nMで48時間刺激し、Pro-inflammatory phenotype(M1)マクロファージへ分化させた。ヒト脂肪由来間葉系幹細胞(hAMSCs:ヒト成体幹細胞(皮下脂肪組織由来(Cat#:BBASCF)))を、10%ウシ血清含有DMEM培地(10%hAMSCs)、または無血清培地STK2(SF-hAMSCs)で培養し、THP-1との共培養実験(トランスウェル実験)に使用した。
【0153】
<共培養条件>
10%hAMSCsおよびSF-hAMSCsを、Transwell systemを用いてTHP-1と共培養した。共培養72時間後にTHP-1を回収し、Immune-regulatory phenotype(M2)マクロファージのマーカーであるCD163およびCD206の発現をFACS法にて定量した。
【0154】
図12(A)は、CD163陽性細胞の増加を、
図12(B)は、CD206陽性細胞の増加を示すグラフである。
【0155】
SF-hAMSCsと共培養したM1型マクロファージは、10%hAMSCsと共培養した場合に比べ、CD163陽性細胞およびCD206陽性細胞の割合が著しく多かった。
【0156】
この結果から、骨髄由来間葉系幹細胞のみならず、脂肪由来間葉系幹細胞においても、無血清培地で培養された間葉系幹細胞は、マクロファージをM1型からM2型へ、著しく変化させることが確認された。つまり、骨髄由来間葉系幹細胞のみならず脂肪由来間葉系幹細胞においても、血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、炎症を抑制する作用が低く、薬剤として用いるには不十分であった。一方、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、炎症を抑制する作用が著しく高く、薬剤として用いるに十分であった。
【0157】
(実施例5)
無血清培地で培養した骨髄由来間葉系幹細胞の炎症抑制効果を評価した。線維化の指標であるHGF、腎障害の指標であるPGE2、炎症の指標であるIL-6、および炎症効果抑制作用の指標であるTSG-6を用いて、細胞の炎症抑制効果を確認した。
【0158】
10%FBS培地で培養したHuman kidney-2(HK-2)細胞、10%FBS含有DMEM培地で培養したヒトMSC(hMSCs)、および、STK2で培養したhMSCsの各々に対し、培養する培地をFBS無添加のDMEM培地に交換した後、48時間培養した。その後、各培地を採取した。次に、Elisa法によって、採取した培地に含まれるHGF、およびPGE2のタンパク質レベルを定量した。
【0159】
また、10%FBS含有DMEM培地で培養したhMSCs、および、STK2で培養したhMSCsの各々よりmRNAを採取し、RT-PCRによって、IL-6、およびTSG-6のmRNA発現を定量した。
【0160】
図13~16における「HK-2」は「10%FBS培地で培養したHK-2の試験結果」を、「10%MSCs」は「10%ウシ血清含有DMEM培地において培養した間葉系幹細胞の試験結果」を、「SF-MSCs」は「無血清培地STK2において培養した間葉系幹細胞の試験結果」を意図する。
【0161】
図13は、HGFのタンパク質の発現レベルを示すグラフである。また
図14は、PGE2のタンパク質の発現レベルを示すグラフである。SF-MSCsにおけるHGFおよびPGE2のタンパク質の発現レベルは、HK-2に比べて多いものの、10%MSCsに比べて有意に低かった。
【0162】
図15は、IL-6のmRNAの発現レベルを示すグラフである。10%MSCsにおけるIL-6のmRNAの発現レベルは、HK-2におけるIL-6のmRNAの発現レベルに比べて有意に低かった。一方、SF-MSCsにおけるIL-6のmRNAの発現レベルは、10%MSCsにおけるIL-6のmRNAの発現レベルに比べてさらに低かった。
【0163】
図16は、TSG-6のmRNAの発現レベルを示すグラフである。SF-MSCsにおけるTSG-6 mRNAの発現レベルは、10%MSCsにおけるTSG-6 mRNAの発現レベルに比べて約4.5倍であった。また、HK-2では、TSG-6 mRNAの発現がほとんど認められなかった。
【0164】
次に、STK2で培養したhMSCs(3×105 cells/10cm dishで播種し、STK2で30% confluentまで培養)にNegative Control siRNA(Santa Cruz Biotechnology)をトランスフェクションしたhMSCsを作製した。同様に、STK2で培養したhMSCsにTSG-6 siRNA(Santa Cruz Biotechnology)をトランスフェクションしたhMSCsを作製した。ここで、siRNAは各々20nMを各細胞へトランスフェクションし、トランスフェクションにはLipofectamine 2000 Transfection Reagent(Thermo Fisher Scientific社)を用いた。トランスフェクションしてから24時間後に、培地をSTK2に交換し、各細胞を、サブコンフルエントになるまで培養した。トランスフェクション効率を調べるため、上記の細胞からmRNAを採取し、TSG-6のmRNA発現レベルを、RT-PCR法で定量した。
【0165】
図17は、TSG-6のmRNA発現レベルを示したグラフである。ここで、「NCsiRNA/SF-hMSCs」は「STK2で培養したhMSCsにNegative Control siRNAをトランスフェクションした場合の試験結果」を示す。一方、「TSG-6 siRNA/SF-MSCs」は、「STK2で培養したhMSCsにTSG-6 siRNAをトランスフェクションした場合の試験結果」を示す。TSG-6 siRNA/SF-MSCsにおけるTSG-6のmRNA発現レベルが、NCsiRNA/SF-hMSCsにおけるTSG-6のmRNA発現レベルと比べて有意に減弱していることから、TSG-6 siRNAが、有効なノックダウン効果を有していることが確認された。
【0166】
次に、ヒト単芽球様細胞(THP-1)を培養後、160nMのPMAによって48時間刺激した。同様に、20ng/mLのIFN-γをTHP-1へ添加し、24時間刺激し、Pro-inflammatory phenotype (M1)マクロファージへ分化させた。上記のNC siRNA/SF-hMSCsおよびTSG-6 siRNA/SF-MSCsを、Transwell systemを用いてTHP-1と共培養した。72時間後にTHP-1を回収し、THP-1における、Immune-regulatory phenotype(M2)マクロファージのマーカーであるCD163の発現をFACS法にて定量した。
【0167】
図18は、CD163陽性細胞の増加を示すグラフである。ここで、「NC siRNA/SF-hMSCs/TW」は、「STK2で培養したhMSCsにNegative Control siRNAをトランスフェクションした場合の試験結果」を示す。「TSG-6 siRNA/SF-MSCs/TW」は、「STK2で培養したhMSCsにTSG-6 siRNAをトランスフェクションした場合の試験結果」を示す。TSG-6 siRNA/SF-MSCs/TWは、NC siRNA/SF-hMSCs/TWと比較して、有意な差は認められなかった。つまり、STK2を用いて培養したMSCsは、マクロファージをPro-inflammatory phenotype (M1) からImmune-regulatory phenotype (M2)に変化させる。しかし、STK2により発現レベルが上昇するTSG-6は、この変化に関与していないことが示唆された。
【0168】
上述の方法と同様に、Negative Control siRNAを施行したhMSCs、およびTSG-6 siRNA を施行したhMSCsを培養している培地を、FBS無添加のDMEM培地に交換した後、48時間培養したもの(以下、コンディションメディウムと称する)を、以下の実験に用いた。
【0169】
HK-2細胞を6well dishに1×105 cells/wellで播種し、18時間後サブコンフルエントとなったことを確認し、培地を上記のコンディションメディウムに交換した。24時間後に10ng/mL recombinant human TGF-β1(R&D Systems、Minneapolis、MN、USA)を添加し12時間後にmRNAを採取した。その後、TGF-β1により誘導される炎症性サイトカインであるMCP-1、およびTNF-αのmRNA発現を、RT-PCRを用いて検討した。
【0170】
図19(A)は、MCP-1のmRNAの発現レベルを示すグラフである。また、
図19(B)は、TNF-αのmRNAの発現レベルを示すグラフである。TGF-β1により、HK-2 cellsのMCP-1およびTNF-αのmRNA発現レベルは上昇した。ここで、「DMEM」は「TGF-β1を添加したDMEM中で培養された場合の試験結果」を示す。また、「NCsiRNA SF-hHMCs-CM」は、「Negative Control siRNAを施行したhMSCsを含む培養液で培養した場合の試験結果」を示す。さらに、「TSG-6 siRNA SF hMSCs-CM」は、「TSG-6 siRNA を施行したhMSCsを含む培養液で培養した場合の試験結果」を示す。NCsiRNA SF-hHMCs-CM群では、MCP-1およびTNF-αのmRNAレベルが有意に抑制されていた。一方、TSG-6 siRNA SF hMSCs-CM群では、MCP-1およびTNF-αのmRNAの発現抑制効果が有意に減弱していた。つまり、STK2で培養したMSCsで高発現するTSG-6をノックダウンすると、TGF-β1の添加によって誘導する炎症性サイトカインの抑制効果が減弱することが示唆された。本実施例の結果から、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞は、TSG-6の発現により、炎症を抑制する作用が著しく高く、薬剤として用いるに十分であることが明らかになった。
【0171】
(実施例6)
Sprague Dawleyラット(6~7週齢)の大腿骨または脛骨の骨髄から採取したMSCsを、無血清培地(STK1またはSTK2)にて単離し、培養して増殖させ、無血清培地培養MSCs(以降SF-MSCsとも称する)を得た。該MCSsに、Negative Control siRNA、またはTSG-6 siRNA(各20nM)をトランスフェクションした。トランスフェクション後の細胞を、作製4日後のラット一側性尿細管結紮モデルの尾静脈へ投与した。ここで、上記Negative Control siRNAをトランスフェクションしたSF-MSCsを投与した群、TSG-6 siRNAをトランスフェクションしたSF-MSCsを投与した群、またはPBSのみを投与した群、尿細管の結紮を行わなかったコントロールの群を各5群ずつ用意した。一側性尿細管結紮術から10日後に各群のラットを屠殺し、腎臓を摘出し、TSG-6の抗炎症効果について確認した。
【0172】
図20は、TSG-6のmRNAの発現レベルを示すグラフである。ラットMSCsにおいてもヒトMSCsと同様に、血清含有培地で培養したMSCs(10%MSCs)と比較して、SF-MSCsにおけるTSG-6のmRNAレベルは有意に上昇していた。Negative Control siRNAを施行したSF-MSCsと比較して、TSG-6siRNAを施行したSF-MSCsでは、TSG-6のmRNAレベルは有意に減弱していることから、TSG-6siRNAのノックダウン効果が確認された。
【0173】
図21(A)は、ウエスタンブロット法によるTGF-β1またはα-SMAの検出結果を示す像である。また、(B)は、TGF-β1およびα-SMAの発現レベルを示すグラフである。なお、(B)の試験結果は、「n=5、*:P<0.05、♯P<0.01」の条件下にて得られたものである。TGF-β1およびα-SMAタンパク質の発現レベルは、PBS群で最も高かった。また、NC siRNA/SF-MSCsを投与した群では、TGF-β1およびα-SMAタンパク質の発現レベルが有意に低下していた。一方、NC siRNA/SF-MSCsを投与した群に比べ、TSG-6をノックダウンしたTSG-6 siRNA/SF-MSCsを投与した群では、TGF-β1およびα-SMAタンパク質の発現レベルは高かった。つまり、TSG-6をノックダウンした場合、TGF-β1およびα-SMAタンパク質の発現抑制効果が有意に減弱することがわかった。
【0174】
図22(A)は、CD68の免疫染色結果の像である。また、
図22(B)は、CD68を発現している細胞の数を示すグラフである。各群のCD68陽性細胞数は、PBS群で最も多かった。また、NCsiRNA/SF-MSCs群では、CD68陽性細胞数に有意な減少が認められた。NCsiRNA/SF-MSCs群と比べて、TSG-6 siRNA/SF-MSCs群では、CD68陽性細胞の有意な増加が認められた。
【0175】
無血清培地中で培養された間葉系幹細胞の抗炎症作用および抗線維化作用に、炎症を早期に沈静化させることができるTSG-6が関与していることが明らかになった。
【0176】
(実施例7)
肝臓の線維化が進むにつれて、肝組織中にはコラーゲンを主成分とする細胞外マトリックスが過剰に沈着し、その終末像として肝臓の繊維化(例えば、肝硬変、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎)に至る。本実施例においては、無血清培地で培養した間葉系幹細胞の移植による肝臓の線維化(例えば、肝硬変、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎)の抑制効果に係る検討を行った。
【0177】
<方法:細胞の採取および培養>
本試験において、Sprague Dawleyラット(7週齢、オス)の大腿骨または脛骨から、実施例1の記載と同様の方法で、間葉系幹細胞を採取し、当該間葉系幹細胞を培養および継代した。
【0178】
<方法:疾患のモデルの作製>
肝臓の線維化のモデルとして、一般的な、四塩化炭素を用いたモデルラットを作製した。
【0179】
本試験においては、Sprague Dawleyラット(5週齢、オス)を1週間馴化した後に、6週齢目から、当該ラットに対して、疾患誘導剤(疾患誘導物質:四塩化炭素(40 w/w%)、溶媒:コーンオイル)を5週間に渡り、計10回腹腔内投与した。
【0180】
それぞれの週における疾患誘導剤の投与のタイミングは、一定の間隔を開けて毎週2回ずつ行った(例えば、第1週目においてはDay0およびDay2の2回、第5週目においてはDay28およびDay31の2回)。
【0181】
各回の疾患誘導剤の投与量は、各個体の体重に基づいて規格化した量(2ml/kg)とした。尚、日数起算の起点となる日(即ち、Day0)は、疾患誘導剤の初回投与日とした。前記の疾患誘導を行った群を、以下では「疾患誘導群」と称す。また、前記肝臓の線維化モデルの陰性対照として、前記と同様のタイムコース、および、投与量で疾患誘導物質を含まない溶媒のみをSprague Dawleyラットへ投与した「健常群」を別途設けた。
【0182】
<方法:薬剤の投与>
前記の疾患モデルである「疾患誘導群」に対し、疾患誘導剤の最終投与を行った日(Day31)の翌日(Day32)に、部分採血を行った。
【0183】
その際に、アスパラギン酸アミノ基転移酵素(AST)の値、及び、体重の値が均一になるようにラットを抽出し、当該ラットを「疾患誘導群」とした。
【0184】
前記の「疾患誘導群」に属する動物らを「STK群」(n=5)、「有血清群」(n=8)、および、「偽薬群」(n=11)の3群に分けた。以降、「STK群」、および、「有血清群」を総称して「細胞投与群」と称す。
【0185】
Day33に、「STK群」の動物に対してはSTK1、およびSTK2を用いて実施例1の方法で培養した間葉系幹細胞を、一方、「有血清群」の動物に対しては実施例1の方法で10%ウシ胎児血清含有DMEM培地を用いて培養した間葉系幹細胞を、尾静脈へ静注した。
【0186】
「細胞投与群」に対しては、細胞をリン酸緩衝生理食塩水(Phosphate Buffered Saline, PBS)中に2×106 cells/mlの濃度で懸濁し、当該懸濁液を500μL/ラットにて投与(従って、各ラットへ投与された細胞数は、1×106 cellsである)した。
【0187】
「偽薬群」の動物に対しては、偽薬(PBSのみ)を500μL/ラットにて同様に投与した。何れの投与も、通常の方法にて、ラットを保定した状態で数秒以内に行われた。尚、「健常群」においては、細胞、および、偽薬の何れも投与しなかった。
【0188】
<方法:屠殺および採材>
薬剤の投与後、2週間の観察期間を経た後のDay47に、全群に対して、イソフルラン麻酔下で屠殺(放血安楽死)及び採材を行った。採材においては、組織学的評価に供する肝臓の内側葉および外側左葉に加え、生化学的検査に供する血液検体を採取(全採血)した。採取した肝臓の内側葉および外側左葉を、ホルマリンによって固定した後、パラフィンブロックに包埋した。その後、パラフィンブロックを薄切し、シリウスレッド染色標本を作製した。
【0189】
<結果:行動観察>
「疾患誘導群」においては、Day0からDay31までの疾患誘導剤の投与期間に渡って、疾患誘導剤投与直後には、毎回うずくまりが全個体に見られる等、本疾患誘導剤の投与に伴い想定されうる観察所見が見られた。「健常群」においては、そのような観察所見は認められなかった。「細胞投与群」においては、細胞投与後2週間に渡った評価期間において、細胞治療で考慮すべき如何なる異常所見(例えば、拒絶反応等)も認められなかった。
【0190】
<結果:体重の推移>
初回投与日(Day0)から、屠殺を行った日(Day47)に至るまでの、各群の体重の推移は、
図23に示す通りである。なお、
図23、および、後述する
図24~
図26において、(a)は「健常群」の試験結果であり、(b)は「偽薬群」の試験結果であり、(c)は「有血清群」の試験結果であり、(d)は「STK群」の試験結果である。
【0191】
疾患誘導剤の初回投与日(Day0)において、健常群も含め各群の平均体重は同一であった。Day33においては、「健常群」以外の各群の体重が同一となるように群分けされている。細胞投与後の2週間の観察期間において、各群の体重は「STK群」=「健常群」>「有血清群」=「偽薬群」となった。
【0192】
一般的に、四塩化炭素を用いたモデルラットにおいては、通常飼育に比べて、体重が減少する傾向を示す。「STK群」の体重と「健常群」の体重とが略同一であることは、「細胞投与群」(特に、「STK群」)において、全身的な健康状態の回復が強いことを示している。
【0193】
<結果:生化学的検査>
Day47の血液検体から、血清を分離した。以下において、「AST」はアスパラギン酸アミノ基転移酵を、「LDH」は乳酸脱水素酵素を、「γ-GTP」はγグルタミルトランスペプチダーゼを示す。
【0194】
「LDH」および「γ-GTP」については、「細胞投与群」(特に「STK群」)において、「健常群」と同等あるいはそれ以下の値に改善していた。尚、「健常群」においては、溶媒(即ち、コーンオイル)の投与によって、同酵素活性値が正常値よりも増加傾向を示していた。
【0195】
AST:「STK群」(n=5)、「有血清群」(n=8)、および、「偽薬群」(n=11)の何れも、群分け時(Day32)の値と比較して、「AST」の値が、有意に低下した(P<0.01)。「疾患誘導群」の全群にて、Day47の血液検体における「AST」の値は、「健常群」と差が認められず、正常値の範囲まで低下していた。
【0196】
LDH:Day47における「LDH」の値のみ測定した。各群における「LDH」の平均値は、「STK群」(946.2U/L)、「有血清群」(1086.4U/L)、「偽薬群」(1027.9U/L)、「健常群」(852.7U/L)であり(
図24参照)、「STK群」では、「有血清群」および「偽薬群」よりも、「LDH」の値が低下した。
【0197】
γ-GTP:Day47における「γ-GTP」の値のみ測定した。各群における「γ-GTP」の平均値は、「STK群」(0.9U/L)、「有血清群」(1.09U/L)、「偽薬群」(1.26U/L)、「健常群」(1.16U/L)であり、「STK群」では、「有血清群」および「偽薬群」よりも、「γ-GTP」の値が低下した(
図25参照)。
【0198】
<結果:組織学的評価>
シリウスレッド染色標本において、各個体の各葉(内側葉および外側左葉の各々)について、中心静脈を中心として、3視野(各個体毎に6視野(=2葉×3視野))の顕微画像を撮像し(対物レンズ10倍)、画像解析装置にて線維化面積を算出した。
【0199】
シリウスレッド染色像において、線維性のコラーゲンが沈着した部位は、赤色に着色される(
図26の(a)~(d)の白黒画像においては、黒い線状の部位が、赤色に着色された部位に相当する)。これらの画像に対して、各視野の線維化率((線維化面積/視野の面積)×100)を求めた。
【0200】
図26の(a)に「健常群」、
図26の(b)に「偽薬群」、
図26の(c)に「有血清群」、
図26の(d)に「STK群」のシリウスレッド染色の像を示す。それぞれの画像において、線維化率は、それぞれ「健常群」(1.1%)、「偽薬群」(4.4%)、「STK群」(1.1%)、「有血清群」(2.4%)であり、「STK群」は、「偽薬群」および「有血清群」よりも、線維化率が低かった(
図26参照)。
【0201】
<総括>
本実施例において、「STK群」では、細胞の投与後に、拒絶反応等の細胞治療で考慮すべき異常所見は認められなかった。それ故に、本発明の修復剤は、安全性が高いと考えられる。
【0202】
本実施例では全体的に炎症が低かったにもかかわらず、「STK群」では、「LDH」および「γ-GTP」の値が低下していた。また、各群の体重は、「STK群」=「健常群」>「有血清群」=「偽薬群」であり、「STK群」は「健常群」に近い体重にまで回復した。これらのことから「STK群」においては、肝臓の炎症が抑制され、全身的な健康状態が回復したことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0203】
本発明は、生体組織損傷の回復を目的とする再生医療に好適に利用可能である。