(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-28
(45)【発行日】2022-08-05
(54)【発明の名称】植物由来黒色粉末の製造方法および樹脂組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
G02B 5/22 20060101AFI20220729BHJP
C08K 3/32 20060101ALI20220729BHJP
C08L 101/00 20060101ALI20220729BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20220729BHJP
A01G 9/14 20060101ALI20220729BHJP
C08J 99/00 20060101ALI20220729BHJP
C08J 3/12 20060101ALI20220729BHJP
【FI】
G02B5/22
C08K3/32
C08L101/00
C08K3/04
A01G9/14 S
C08J99/00
C08J3/12 A CEP
(21)【出願番号】P 2018092932
(22)【出願日】2018-05-14
【審査請求日】2021-03-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000242231
【氏名又は名称】北川工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001036
【氏名又は名称】特許業務法人暁合同特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 政宏
(72)【発明者】
【氏名】山口 晃生
(72)【発明者】
【氏名】宇津野 洋
(72)【発明者】
【氏名】太田 一徳
(72)【発明者】
【氏名】小林 慶三
【審査官】小久保 州洋
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-219051(JP,A)
【文献】特開2014-229440(JP,A)
【文献】特開昭55-071815(JP,A)
【文献】特開昭56-025419(JP,A)
【文献】特開2017-097011(JP,A)
【文献】特表2008-537986(JP,A)
【文献】特開2017-082101(JP,A)
【文献】特開2017-082216(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/22
C08K 3/32
C08L 101/00
C08K 3/04
A01G 9/14
C08J 99/00
C08J 3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性成分が除去された植物由来粉末を脱水反応により黒色化する、可視光を遮蔽して赤外線を透過する植物由来黒色粉末の製造方法。
【請求項2】
リン酸のアンモニウム塩を担持した前記植物由来粉末を加熱することにより脱水反応させる、請求項1に記載の植物由来黒色粉末の製造方法。
【請求項3】
上記リン酸のアンモニウム塩は、リン酸二水素アンモニウムである請求項2に記載の植物由来黒色粉末の製造方法。
【請求項4】
前記植物由来粉末を強酸により脱水反応させる、請求項1に記載の植物由来黒色粉末の製造方法。
【請求項5】
前記植物由来粉末は
髄を有さない状態のトマトまたは竹を機械的な粉砕により粉末化させてなる請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の植物由来黒色粉末の製造方法。
【請求項6】
前記植物由来粉末は髄を有さない状態の植物の茎部からなる請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の植物由来黒色粉末の製造方法。
【請求項7】
合成樹脂を軟化させる軟化工程と、
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の方法で製造された植物由来黒色粉末と、前記軟化工程により軟化した前記合成樹脂とを混練する混練工程とを実行する、可視光を遮蔽して赤外線を透過する樹脂組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示される技術は、可視光を遮蔽して赤外線を透過する植物由来黒色粉末の製造方法、および、その植物由来黒色粉末を含有して短波長の可視光を遮蔽しつつより長波長の赤外線領域の光を透過する樹脂組成物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、植物由来の素材を樹脂と複合化したものを新たな複合材料として活用しようとする動きが急速に進んでいる。しかし、植物由来の素材は燃えやすいため、そのまま樹脂と複合化しても樹脂の難燃性を向上させることはできない。そこで、植物の中でも難燃性を有するといわれるトマトの茎葉を粉末化し、さらに、この粉末に木材の難燃剤として用いられているリン酸アンモニウムを担持させたものを樹脂と混合し、難燃性を向上させた樹脂材料の開発がなされている(特許文献1)。
【0003】
ところで、近年の光通信技術の発達により様々な波長の光、特に赤外領域の光が活用されるようになっている。このような技術には、赤外線より波長の短い光、いわゆる可視光を除くための部材がしばしば用いられている。例えば、空間光通信では、可視光の入力による赤外線受光素子のS/N比の値の低下を抑制する目的で、赤外線受光素子の受光面に可視光をカットする部材が配置されている(特許文献2)。また、CCDカメラを用いる暗視装置等では、投光部に近赤外線を放射する光源が用いられている。この光源からは、近赤外線とともに可視光も放射されている。このため、可視光をカットする目的で、投光部に可視光カットフィルタが配置されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-082101号公報
【文献】特開2001-177116号公報
【文献】特開2008-186793号公報
【文献】特開2000-314807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、このように可視光をカットし、赤外線だけを透過させるフィルタは複雑な素材、およびプロセスにより作製されており、コストが高いという問題があった(特許文献4)。
【0006】
近年、赤外線を利用した空間光通信やカメラなどの使用がますます広まっており、これに伴い、可視光を遮蔽し、赤外線を透過する、安価で取り扱いが容易な素材への要求が増加するものと考えられる。更に、これらの部材には高い成形性が求められるため、樹脂をベースにした素材が活用されるが、難燃性を併せ持つことが難しかった。
【0007】
本明細書に開示される技術では、安価で取り扱いが容易である、可視光を遮蔽して赤外線を透過する植物由来黒色粉末の製造方法、および、その植物由来黒色粉末を含有する樹脂組成物の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、環境負荷が小さい植物から作製した粉末を合成樹脂に添加した難燃性樹脂組成物の開発を行う過程で、特定の方法により製造した植物由来粉末を含有する樹脂組成物は、難燃性に優れるだけでなく、短波長の可視光を透過せずほぼ遮蔽し、長波長の赤外領域の光を良好に透過することを見出し、鋭意研究を進めた結果、本明細書に開示される技術の完成に至った。
【0009】
すなわち本明細書に開示される技術は、植物由来の粉末を脱水反応により黒色化した結果、可視光を遮蔽して赤外線を透過する特性を獲得した植物由来黒色粉末の製造方法と、その方法で製造された植物由来黒色粉末と合成樹脂とを含有した、可視光を遮蔽して赤外線を透過する樹脂組成物の製造方法である。
【0010】
本明細書における「乾燥」は、単に物質に付着する或いは含まれる水分を蒸発させることを、「脱水」は、物質を構成する分子のうち、熱分解反応等により水素原子と酸素原子が水分子となって放出されることを指す。この種の脱水は物質の表層部分で起こり易く、物質(粉末)の表層部分が優先的に黒色化する。本明細書における脱水反応による黒色化は、物質を焼くことによる炭化・黒色化とは全く異なる(段落[0036]等参照)。
【0011】
リン酸のアンモニウム塩を担持した植物由来粉末を加熱することにより脱水反応させてもよい。また、リン酸のアンモニウム塩は、リン酸二水素アンモニウムであることが好ましい。
【0012】
また、植物由来粉末を強酸に接触させることにより脱水反応させてもよい。強酸としては、硫酸、塩酸等を使用することができる。
【0013】
植物由来粉末は、植物を機械的な粉砕により粉末化させたものであってもよい。
【0014】
植物由来粉末は、髄を有さない状態の植物の茎部を利用してもよい。また、髄を有さない状態の植物は、トマトまたは竹であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本明細書に開示される技術によれば、安価で取り扱いが容易である、可視光を遮蔽して赤外線を透過する植物由来黒色粉末の製造方法、および、その植物由来黒色粉末を含有した、可視光を遮蔽して赤外線を透過する樹脂組成物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】リン酸二水素アンモニウムを担持した植物由来粉末により植物由来黒色粉末を作製する手順を示すフロー図
【
図2】担持工程で用いたリン酸二水素アンモニウム水溶液の濃度の違いによるポリプロピレン組成物の光の透過率の変化を表すグラフ
【
図3】含有させた植物由来粉末の種類が異なるポリプロピレン組成物の光の透過率の変化を表すグラフ
【
図4】トマト由来の黒色粉末(熱処理された、リン酸二水素アンモニウムを担持したトマト粉末)及びカーボンブラック粉末を用いて作製したポリプロピレン組成物の光の透過率の変化を表すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書に開示される、可視光を遮蔽して赤外線を透過する植物由来黒色粉末の製造方法は、植物由来粉末を脱水反応により黒色化するものである。また、本明細書に開示される可視光を遮蔽して赤外線を透過する樹脂組成物の製造方法は、合成樹脂と、上記植物由来黒色粉末とを混練するものである。なお、本明細書において、可視光の波長範囲は380~780nm未満とする(Weblio(登録商標)辞書:https://www.weblio.jp/ 参照)。ここで、先ず、植物由来粉末の原料となる植物材料について説明する。
【0018】
植物材料は、植物を切断、洗浄、乾燥等して得られる材料である。植物の種類としては、本発明の目的を損なわない限り、特に制限はないが、例えば、トマト等のナス科植物、竹等のイネ科タケ亜科植物等が挙げられる。
【0019】
また、ナス科植物としては、本発明の目的を損なわない限り、特に制限はないが、例えば、ナス科ナス属の植物が好ましく、ナス、トマトがより好ましく、トマトが特に好ましい。
【0020】
植物材料は、植物全体を原料としてもよいし、茎、葉、果実等の植物の一部を原料としてもよい。また、植物材料の原料としては、廃棄物として処理される植物(例えば、トマト等の果菜類の茎葉)が利用されてもよいし、廃棄物ではない植物が利用されてもよい。
【0021】
ここで、植物材料の一例として、ナス科植物の茎及び/又は葉を粉砕した粉砕物について説明する。
【0022】
植物材料として利用されるナス科植物は、果実等の有用な部分が収穫された後に残された状態のものであり、主として、茎、葉、根等からなる。そのような状態のナス科植物から、植物材料として、茎、葉が利用される。なお、植物材料として利用されるナス科植物の部位としては、茎のみでも良いし、葉のみでも良いし、茎と葉の双方であっても良い。
【0023】
植物由来粉末に利用される植物の部位としては、茎が好ましい。特に、髄を有さない状態の植物の茎であることが好ましい。これは、粉砕等による均質な植物由来粉末の調製が容易なためである。
【0024】
また、他の植物材料として、イネ科タケ亜科植物について説明する。竹等のイネ科タケ亜科植物は、主として、茎が植物材料の原料に利用される。イネ科タケ亜科植物は、成長速度が速いため、近年、有用な植物資源として注目されている。このようなイネ科タケ亜科植物の茎等に対して、切断、洗浄、粉砕、乾燥等の加工が施されることで、粉末状の植物材料が得られる。
【0025】
植物材料としては、植物中に含まれる水溶性成分が除去されたものが好ましい。植物中には、糖類(単糖類、二糖類、多糖類等)、植物酵素、アミノ酸等の有機成分、カリウム等の無機成分等の各種水溶性成分が含まれている。このような水溶性成分は、最終的に植物由来粉末が合成樹脂に添加された際に、変色等の原因となる場合があるため、植物材料から、除去することが好ましい。
【0026】
植物材料から水溶性成分を除去する方法としては、水系溶媒に植物材料を浸漬又は植物材料を水系溶媒で洗浄して、植物材料から水溶性成分を抽出除去する方法等が挙げられる。なお、水溶性成分を除去した後の植物材料は、適宜、乾燥される。
【0027】
後述するように、植物材料を水系溶媒中に浸漬した状態で解砕(粉砕)することで、解砕と同時に水溶性成分の抽出除去を行ってもよい。
【0028】
植物材料を粉末状に粉砕する方法としては、本発明の目的を損なわない限り、特に制限はないが、例えば、機械的な方法で、圧縮力、せん断力、摩擦力、衝撃力等を加えて、植物材料を粉砕する方法(機械的粉砕方法)、爆砕等が挙げられる。
【0029】
なお、機械的粉砕方法では、例えば、高速回転ミル、各種ボールミル(転動ボールミル,振動ボールミル、遊星ボールミル)、媒体撹拌式ミル、気流式粉砕機等が利用される。
【0030】
また、植物材料を、水等の水系溶媒中に浸漬した状態で、水中解砕装置(例えば、ホモジナイザー)を利用して、粉砕(解砕)してもよい。
【0031】
植物材料の粉砕は、徐々に粒径が小さくなるように、複数の段階に分けて行ってもよい。例えば、茎等の植物材料を、数センチ程度の大きさに粗粉砕し、その粗粉砕物を更に、数十~数百ミクロン程度まで粉砕(微粉砕)してもよい。
【0032】
植物材料の粉砕により得られた植物由来粉末は、篩等を利用して、適宜、分級されてもよい。
【0033】
植物由来粉末の形状、粒径等は、本発明の目的を損なわない限り、特に制限はないが、例えば、植物由来粉末の粒径は、20~500μmの範囲内が好ましい。粒径が500μmより大きい場合には、合成樹脂との混練時に植物由来粉末の割れや表層の剥がれが発生し、樹脂組成物に色ムラが生じ易い。また、20μmより細かい場合には、合成樹脂中に均一に分散させるのが困難になる。最も好ましい粒径は、50μm~150μmである。
【0034】
本願では、良好な光学特性を得るために、植物由来粉末の脱水反応後の黒色化の度合いのばらつきが小さいことと、その植物由来黒色粉末を合成樹脂中に均一な状態となるように混合することが重要である。そのために、脱水反応させる植物由来粉末は粒度幅が広過ぎず、なおかつ、均質なものを使用することが好ましい。
【0035】
なお、植物材料および植物由来粉末に対して、電磁波、温度、圧力及び薬品を利用した殺菌処理を施してもよい。
【0036】
上述した植物由来粉末を脱水する方法の一例として、リン酸のアンモニウム塩を担持した植物由来粉末を加熱する方法が挙げられる。リン酸のアンモニウム塩を使用した熱処理においては、加熱により植物の熱分解が生じ、植物由来粉末を構成する分子から各種の有機成分が放出されるとともに、植物由来粉末を構成する分子のうち水素原子と酸素原子が水分子となって放出され、その結果、黒色化が引き起こされる。この種の脱水反応は物質の表層部分で優先的に生じるため、物質(粉末)の表層部分の黒色化が進行する。本明細書における脱水反応による黒色化は、粉末を焼くことによって粉末の内部まで全体が炭化する黒色化とは全く異なる。
【0037】
リン酸のアンモニウム塩の一例としては、リン酸二水素アンモニウムが挙げられる。例えば、このリン酸二水素アンモニウムを水に溶かしたものを植物由来粉末に含浸させることで、リン酸二水素アンモニウムを担持した植物由来粉末を得ることができる。
【0038】
例えばリン酸二水素アンモニウムを使用した場合の水溶液の濃度は、1~15質量%の範囲内であることが好ましい。この範囲内であると、脱水反応による黒色化が十分となり、また、樹脂と混練した際にリン酸二水素アンモニウムが析出することが抑制されるためである。水溶性のリン酸二水素アンモニウムが樹脂中に析出すると、樹脂組成物の機械的特性の低下が懸念される。リン酸二水素アンモニウムを使用した場合の水溶液の濃度は、3~10質量%の範囲内であることがより好ましい。
【0039】
脱水反応させるための熱処理は、180~250℃の温度範囲で行うことが好ましい。この温度範囲内であると、脱水反応が進み易くなる一方、熱分解反応が急激に進行することは抑制され、さらに、粉末に空隙が発生して樹脂との混合時に破砕してしまう可能性が低くなるためである。加熱は、約200~220℃の温度範囲内で行うことがより好ましい。
【0040】
このようにして、脱水反応により黒色化した植物由来粉末を得ることができる。
【0041】
また植物由来粉末を脱水反応させる方法の他の例として、植物由来粉末を硫酸や塩酸等の強酸に接触させる方法がある。
【0042】
本明細書に開示される、可視光を遮蔽して赤外線を透過する樹脂組成物の製造方法は、合成樹脂と、上述した植物由来黒色粉末とを混練するものである。 植物由来黒色粉末および樹脂組成物は、例えば以下のように製造することができる。
【0043】
まず、上述した植物材料の粗粉砕が行われ、その後、得られた粗粉砕物が水中解砕される。水中解砕後に得られた解砕物はろ過装置を利用してろ過され、植物材料が回収される。回収された植物材料は、乾燥される。なお、水中解砕~乾燥の工程は、複数回繰り返して行ってもよい。乾燥された植物材料は、更に細かく粉砕(微粉砕)される。その後、得られた粉砕物を篩い分け(分級)して、目的の粒径範囲の粉砕物を回収することで、植物由来粉末が得られる。
【0044】
なお、上述した植物由来粉末の製造方法は一例であって、他の方法としてもよい。
【0045】
次に、植物由来粉末にリン酸のアンモニウム塩を担持させる。例えばリン酸二水素アンモニウムを使用する場合には、リン酸二水素アンモニウム水溶液を作製し、植物由来粉末に含浸させる。植物由来粉末にリン酸二水素アンモニウム水溶液を含浸させる方法としては、特に制限されないが、例えば、植物由来粉末をリン酸二水素アンモニウム水溶液に浸漬し、その後濾過により余剰のリン酸二水素アンモニウム水溶液を除去してもよい。
【0046】
含浸後の植物由来粉末は、所定の水分率となるまで乾燥される。このようにして、リン酸のアンモニウム塩が担持された植物由来粉末が得られる(担持工程)。
【0047】
次に、乾燥した植物由来粉末は180℃以上に加熱される。この加熱により、脱水反応が起こり、黒色化された植物由来粉末が得られる(熱処理工程)。なお、熱処理工程の温度は、短時間で脱水反応を完了させる観点から、高めの温度(200~220℃)に設定することが好ましい。以上のフローを
図1に示す。
【0048】
この熱処理工程の実施によって、本発明に係る植物由来黒色粉末は、少なくとも780~2220nmの波長の赤外線を透過させ、約380~780nm未満の波長の可視光をほぼ遮蔽するという光の透過性特性を発現する。ただし、可視光のうち赤外線に近い約750~780nm未満の赤色光はやや透過させる。
【0049】
次に、混練押出機を用いて、合成樹脂を加熱し、軟化させる(軟化工程)。使用する合成樹脂としては、特に制限はないが、ここでは、熱処理したリン酸のアンモニウム塩を担持した植物由来粉末と混合し易い等の観点より、熱可塑性樹脂が好ましい。
【0050】
熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、エチレン-プロピレン共重合体等のポリオレフィン系樹脂、アクリル系樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)等のポリエステル系樹脂、ポリスチレン系樹脂、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)樹脂、変性ポリフェニレンエーテル等が挙げられる。熱可塑性樹脂は、単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの熱可塑性樹脂のうち、ポリオレフィン系樹脂が好ましい。特に、ポリプロピレンが好ましい。
【0051】
続いて、加熱軟化した合成樹脂に、熱処理した、リン酸のアンモニウム塩を担持した植物由来粉末(植物由来黒色粉末)が添加され混練される(混練工程)。混練温度は、合成樹脂の劣化を回避するために、使用する合成樹脂の軟化点程度に設定することが好ましい。また植物由来黒色粉末の添加量は、樹脂組成物全体中の1~30質量%の範囲内とすることが好ましい。この質量範囲内であると、得られる光透過特性が良好であり、なおかつ、成形性にも優れるためである。さらに、植物由来黒色粉末の添加量は、樹脂組成物全体中の5~15質量%の範囲内とすることがより好ましい。なお、相溶化剤等の他の成分を添加してもよく、この場合、該植物由来黒色粉末と共に添加することが好ましい。
【0052】
なお、使用する合成樹脂の軟化点温度が、前記熱処理工程の温度よりも高い場合には、熱処理工程を省略することもできる。この場合、リン酸のアンモニウム塩を担持した植物由来粉末は、混練工程において脱水反応し、黒色化されることになる。ただし、上述したように熱処理工程を経ることにより予め脱水反応させた植物由来黒色粉末を合成樹脂に混練する場合には、脱水反応より生じる水分子や各種の有機成分が合成樹脂に混入することが回避されるため、より優れた光透過性特性と機械的特性を有する樹脂組成物を得ることができる。
【0053】
その後、樹脂組成物は混練押出機から押し出されてストランド化される。ストランド化された樹脂組成物は、冷却された後、ストランドカッターにより所定長さに切断されて、ペレット状の樹脂成物とされる。
【0054】
なお、合成樹脂等を混練する装置としては、特に制限はなく、例えば、押出機(一軸、二軸等)、ラボプラストミル等の公知の混練装置が利用される。
【0055】
また、樹脂組成物は、本発明の目的を損なわない限り、必要に応じて、相溶化剤、熱安定剤、可塑剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、離型剤、抗菌剤、防カビ剤、発泡剤等の各種成分が添加されてもよい。
【0056】
このようにして得られる樹脂組成物は、少なくとも780~2220nmの波長の赤外線を透過させ、約380~780nm未満の波長の可視光をほぼ遮蔽する。ただし、可視光のうち赤外線に近い約750~780nm未満の赤色光はやや透過させる。
【0057】
また、樹脂組成物は、通常の樹脂成形技術で複雑な形状の成形が可能であり、また、薄肉化することで可撓性にも優れる。
【0058】
また、樹脂組成物は、従来の植物由来粉末を混練した樹脂組成物と同様に、樹脂の曲げ弾性率が向上する。
【0059】
また、リン酸のアンモニウム塩は難燃剤であるため、リン酸のアンモニウム塩を担持させて脱水化した植物由来黒色粉末を含有する樹脂組成物は、難燃性が向上する。
【0060】
更に、植物由来粉末を使用しているので、環境負荷が小さく、プロセスもシンプルであるため、低コストである。
【0061】
上述した植物由来黒色粉末を含有する樹脂組成物は、可視光をほぼ遮蔽し、赤外線を透過させることから、例えば、赤外線カメラの覆いのような、被写体の温度差を赤外線により感知するセンサー類へ応用することができる。また、透過可視光の散乱による外乱を防止しながら、高温部などを特定するためのセンサーなどにも利用が可能である。また、赤外線に近い約750nm~780nm未満の波長の赤色光はやや透過させることから、赤色レーザーをマーカとして場所を特定することも可能である。さらに、得られた複合材料は耐水性を有しているため、屋外の防犯センサー等の用途にも有効である。また、難燃性を有しているため、従来のポリプロピレンなどの樹脂素材を従来より高温の環境下において安全に利用することが可能である。
【0062】
以下、実施例により本明細書に開示される技術を更に詳細に説明する。なお、本明細書に開示される技術はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0063】
<実施例1>
1.植物由来粉末(トマト粉末)の作製
実の収穫を終えたトマト(ナス科植物の一例)の茎(髄を有さないもの)を、粗粉砕装置(リョービ株式会社製)を利用して、1cm程度の大きさに切断及び粉砕し、茎の粗粉砕物を得た。次いで、得られた粗粉砕物(500g)を、水(2リットル)中に入れ、ホモジナイザーを利用して2分間水中解砕した後、ろ過した。ろ過物に対し再び同様の水中解砕処理を2回繰り返し、計3回の水中解砕を行った。
【0064】
その後、最終的に得られたろ過物に対して、130℃で8時間、殺菌・乾燥処理を行った。
【0065】
乾燥処理後のろ過物を、微粉砕装置(大阪ケミカル株式会社製)を利用して、500μm程度の粉砕物を得た。その後、この粉砕物を篩い分け装置により、篩い分けして、500μm以下のトマト由来の微粉末(トマト粉末)を得た。得られた粉末をさらに乾式粉砕機(フリッチュ製P-14)により粉砕し、50μm~150μmの粉末が粉末全体の70質量%以上含まれる粉末に加工した。
【0066】
2.リン酸二水素アンモニウム水溶液の調整
リン酸二水素アンモニウムに水を加えて、5種類の濃度(1質量%、3質量%、5質量%、7.5質量%、10質量%)のリン酸二水素アンモニウム水溶液を調製した。
【0067】
3.リン酸二水素アンモニウムを担持させたトマト粉末の作製
1で得られたトマト由来の微粉末(30g)を、2の各リン酸二水素アンモニウム水溶液(450ミリリットル)中に入れ、マグネチックスターラーを用いて1時間攪拌した後、メンブランフィルター(孔径:8μm)を用いて減圧濾過した。その後、130℃で2時間乾燥処理した。このようにして、リン酸二水素アンモニウムを担持したトマト粉末を得た(担持工程)。
【0068】
4.トマト由来の黒色粉末の作製
3で得られた5種類のリン酸二水素アンモニウムを担持したトマト粉末を、220℃で30分間熱処理した。これにより、リン酸二水素アンモニウムを担持したトマト粉末が脱水反応により黒色化した、トマト由来の黒色粉末を得た(熱処理工程)。
【0069】
5.ポリプロピレン組成物の作製
溶融混練機としてラボブラストミルを使用して、ポリプロピレン(商品名「PMA20V」、サンアロマー社製)90質量部と、上記のトマト由来の黒色粉末10質量部とを混練し、トマト由来の黒色粉末の含有割合が10質量%のポリプロピレン組成物を得た。具体的には、先ずポリプロピレンのみを180℃で約2分間加熱して、ポリプロピレンを軟化させた(軟化工程)。その後、軟化した状態のポリプロピレンに、上記4で得られた黒色粉末を添加し、180℃で(1)5分間、10回転/分、(2)5分間、50回転/分、(3)15分間、150回転/分の各条件を実施することで混練した(混練工程)。
【0070】
その後、得られた混練物をプレス成形(加熱温度:180℃、プレス時間:約8分間)して、5種類の樹脂組成物からなるフィルム状の成形品(厚み:0.5mm)を得た。
【0071】
また比較用として、ポリプロピレン90質量部と未処理(上記担持工程と熱処理工程を実施しなかった)トマト粉末10質量部とを混練して未処理のトマト粉末の含有割合が10質量%のポリプロピレン組成物を作製し、これを用いたフィルム状の成形品(厚み:0.5mm)を用意した。
【0072】
<実施例2>
上記実施例1の植物由来粉末としてトマト粉末の代わりに、竹粉末を利用し、上記実施例1と同様の方法で、竹由来の黒色粉末(熱処理された、リン酸二水素アンモニウムを担持した竹粉末)を作製した。使用するリン酸二水素アンモニウム水溶液の濃度は、10質量%とした。そして、上記と同様の方法でポリプロピレン組成物を作製した。
【0073】
また比較用として、リン酸二水素アンモニウムを担持させておらず、熱処理もされていない未処理のトマト粉末および竹粉末を用いて、同様の条件でポリプロピレンと混練させたポリプロピレン組成物を用意した。
【0074】
得られた混練物をプレス成形(加熱温度:180℃、プレス時間:約2分間)して、フィルム状の成形品(厚み:0.2mm)を得た。
【0075】
更に、比較用として、植物由来粉末を含有しない、ポリプロピレンだけからなるフィルム状の成形品厚み:(0.2mm)を用意した。
【0076】
<比較例>
上記実施例1のトマト粉末の代わりに、黒色物質であるカーボンブラックを、同条件でポリプロピレンと混練したポリプロピレン組成物を得た。カーボンブラックは、粒子径16nmのものを使用した。カーボンブラックは、ポリプロピレンとカーボンブラックの合計100質量部に対し、カーボンブラックが3質量部含まれる3質量%の含有割合とした。得られた混練物をプレス成形(加熱温度:180℃、プレス時間:約8分間)して、フィルム状の成形品(厚み:0.5mm)を得た。
【0077】
<担持工程で使用したリン酸二水素アンモニウム水溶液の濃度の違いによるポリプロピレン組成物の光の透過率>
上記実施例1で作製した0.5mm厚のフィルム状のサンプル5種類と比較用のサンプルについて、波長300nm~2500nmの光を照射して、光の透過率を測定した。
【0078】
測定結果を
図2に示す。担持工程で用いたリン酸二水素アンモニウム水溶液の濃度が高くなるほど、どの波長においても、透過率が低下することがわかった。また、380~780nm未満の波長の可視光領域においては、比較用のサンプルの透過率が12.5%以下であったことに対して、担持工程で用いたリン酸二水素アンモニウム水溶液の濃度が1質量%と低いものであったものでも、その透過率が4.6%以下であったことから、このポリプロピレン組成物が380~780nm未満の波長の可視光を透過させ難いことがわかった。特に、可視光のうち、波長が750nmより短い光については透過率が4.1%以下であり、波長が約750nm~780nm未満の赤色光と比較して、透過率が低かった(赤色光はやや透過させた)。一方、約780nm以上の長波長の赤外線は可視光よりも透過させ、少なくとも約2220nmまでは、波長が長くなるに従って概ね透過率が高くなる傾向が観察された。
【0079】
<含有させた植物由来粉末の種類が異なるポリプロピレン組成物の光の透過率>
上記実施例2で作製した0.2mm厚のフィルム状のサンプル2種類と比較用のサンプル3種類について、波長300nm~2500nmの光を照射して、光の透過率を測定した。
【0080】
測定結果を
図3に示す。380~780nm未満の波長の可視光領域において、比較用のポリプロピレン樹脂のみの試料の光透過率は72.6%以下、未処理のトマト粉末または竹粉末を混合したポリプロピレン組成物の光の透過率は、それぞれ37.9%、38.7%以下であった。一方、黒色化したトマト粉末または竹粉末を混合したポリプロピレン組成物の透過率は、それぞれ、16.8%、11.6%以下であったことから、使用する植物の種類によらず脱水反応により黒色化した粉末が混合されているポリプロピレン組成物は、380~780nm未満の波長の可視光を透過させ難いことがわかった。特に、可視光のうち、波長が750nmより短い光については透過率が15.3%、10.5%以下であり、波長が約750nm~780nm未満の赤色光と比較して、透過率が低かった(赤色光はやや透過させた)。一方、約780nm以上の長波長の赤外線は可視光よりも透過させ、少なくとも約2220nmまでは、波長が長くなるに従って概ね透過率が高くなる傾向が観察された。
【0081】
<トマト由来の黒色粉末(熱処理された、リン酸二水素アンモニウム担持したトマト粉末)を混練したポリプロピレン組成物とカーボンブラックを混練したポリプロピレン組成物の光の透過率>
上記比較例で作製したサンプルと、上記実施例1で作製した、担持に使用したリン酸二水素アンモニウム水溶液の濃度が10質量%のサンプルの、2種類の0.5mm厚のフィルム状のサンプルについて、波長300nm~2500nmの光を照射して、光の透過率を測定した。
【0082】
測定結果を
図4に示す。トマト由来の黒色粉末(黒色化したリン酸二水素アンモニウム担持したトマト粉末)が含有されたポリプロピレン組成物では、380~780nm未満の波長の可視光領域においては透過率がほぼ0%(0.11%以下)であった。一方、近赤外領域である1024nmで1.0%を超え、波長が長くなる従って少なくとも約2220nmまで徐々に透過率が高くなる傾向が観察された。
【0083】
カーボンブラックが含有されたポリプロピレン組成物では、波長300nm~2200nmの領域において、波長による透過率の変化はほとんど観察されなかった。これは、カーボンブラックの様な黒色物質は、この領域全体の光を同じように吸収するためである。つまり、カーボンブラックの様な黒色物質を添加したポリプロピレン組成物には、可視光を遮蔽し赤外光を透過させる特性はない。