(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-29
(45)【発行日】2022-08-08
(54)【発明の名称】風味豊かな発酵乳及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A23C 19/032 20060101AFI20220801BHJP
【FI】
A23C19/032
(21)【出願番号】P 2018540328
(86)(22)【出願日】2017-09-25
(86)【国際出願番号】 JP2017034406
(87)【国際公開番号】W WO2018056424
(87)【国際公開日】2018-03-29
【審査請求日】2020-09-25
(31)【優先権主張番号】P 2016186812
(32)【優先日】2016-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】110002354
【氏名又は名称】弁理士法人平和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小森 素晴
(72)【発明者】
【氏名】森川 裕美
(72)【発明者】
【氏名】柏木 和典
(72)【発明者】
【氏名】松永 典明
【審査官】吉海 周
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-100678(JP,A)
【文献】特開2010-246499(JP,A)
【文献】特開昭49-071163(JP,A)
【文献】特開平01-141545(JP,A)
【文献】特開平04-304842(JP,A)
【文献】特表2005-517417(JP,A)
【文献】国際公開第2010/001596(WO,A1)
【文献】特開昭61-173741(JP,A)
【文献】FUJIWARA, Shigeru et al.,J. Agric. Food. Chem.,1992年,Vol.40,pp.1280-1286
【文献】酒造コンサルタント白上公久の酒応援談, [online], 2009.7.31, [2021年8月11日検索], <URL:https://blog.goo.ne.jp/shirakamikoukyu/e/02e8b5794f00b9f3980a102d9f6fb52a>
【文献】李宗勲 外,411 麹菌Aspergillus oryzaeのカプロン酸エチル合成に関与するエステラーゼの精製及びその諸性質,日本生物工学会大会講演要旨集,1994年
【文献】津郷友吉 外,酵母で熟成されるチーズに関する研究 I. 酵母の選択およびそれを用いたチーズの製造実験,日本畜産学会報,1970年,Vol.41, No.9,p.445-452,(2008年3月10日訂正後PDF)
【文献】自家製塩麹のカマンベール, [online], 2016.4.24, [2021年8月11日検索], <URL:https://web.archive.org/web/20160424182631/http://umekiki.jp/mekikilibrary/detail.php?library_id=96>
【文献】祝園秀樹 外,麹菌を用いた新規発酵乳飲料の開発,宮崎県工業技術センター・宮崎県食品開発センター研究報告,2013年,No.58,p.57-60
【文献】秋田修 外,清酒の香気設計,化学と生物,1991年,Vol.29, No.9,p.586-592
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生乳又はカードに、脱脂粉乳を含む培地で培養した麹菌をスターターとして接種してから、前記生乳又は前記カードを発酵することを含む、
フレッシュチーズの製造方法であって、
前記生乳又は前記カードに、糖類及び乳糖分解酵素を添加せず、
前記発酵を、25℃~40℃の温度で、12~72時間行い、
製造された
フレッシュチーズがカプロン酸エチルを0.2ppm以上含む、前記製造方法。
【請求項2】
前記麹菌がAspergillus属であることを特徴とする、請求項1に記載の
フレッシュチーズの製造方法。
【請求項3】
前記発酵を、
30~40℃の温度
で行うことを特徴とする、請求項1
又は2に記載の
フレッシュチーズの製造方法。
【請求項4】
リシン-p-ニトロアニリドを基質としたとき、製造される
フレッシュチーズ中のペプチダーゼ活性が0.02ABS/h以上であることを特徴とする、請求項1~
3のいずれかに記載の
フレッシュチーズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、風味豊かな発酵乳及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本における発酵乳の消費量は、最近20年間で増加している。しかしながら、チーズでは、欧米、豪州等に比較すると年間消費量は1/7~1/10程度である。さらなる需要を喚起するには、新たな風味のチーズ、特に日本人、アジアの食生活にあった風味豊かなチーズの開発が有効であるといえる。
【0003】
かかる状況の中、発酵乳を製造するためには、乳酸菌を中心とした発酵が主流であり、麹菌や酵母はほとんど利用されてこなかった。乳酸菌以外のものも利用する例として、カマンベールチーズやブルーチーズがあるが、これらは主としてPenicillium属のカビを乳に接種し、熟成することで製造される。
【0004】
一方、麹菌を接種して発酵させる食品はいくつか報告がある。
例えば、特許文献1では、低脂肪チーズカードに麹菌を接種し、培養することにより、チーズの旨味が向上したことが記載されている。
特許文献2では、チーズに紅麹菌を発育させ、チーズ表面を紅麹菌で覆い熟成させることにより、外観が赤色系の美しい色調を有したチーズが得られると記載されている。
【0005】
特許文献3では、ナチュラルチーズに麹菌を接種して培養することによって調製された麹チーズをチーズカードに用いることを特徴とする、旨味、コクを付与した風味・呈味に優れたプロセスチーズ、及びその製造方法が記載されている。
特許文献4では、原料乳に米麹を入れ発酵する、麹発酵乳飲料の製造方法が記載されている。製造された麹発酵乳飲料は、アミノ酸(必須アミノ酸)が豊富な飲料であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-100678号公報
【文献】特開平04-304842号公報
【文献】特開2010-246499号公報
【文献】特開2015-159770号公報
【発明の概要】
【0007】
本発明は、原料乳や乳製品(カード等)に麹菌や酵母を接種して、発酵することにより、風味豊かな新規な発酵乳及びその製造方法を提供することを課題とする。
【0008】
本発明者は、乳製品(カード等)にスターターとして麹菌及び酵母からなる群から選択される1種以上を接種して、発酵することで、製造された発酵乳がカプロン酸エチルを0.2ppm以上含み、吟醸香が付与されることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
尚、特許文献1~4では、麹菌を原料乳やカードに接種し、発酵することで、古来より日本人等が好む「吟醸香」が付与された風味豊かな発酵乳製品やその製造方法については記載されていない。また、吟醸香に寄与する物質であるカプロン酸エチルを発酵乳中において増加させる方法は記載も示唆もされていない。
【0010】
すなわち、本発明は、次の内容からなる。
1.原料乳又は乳製品に、スターターとして麹菌及び酵母からなる群から選択される1種以上を接種してから、前記原料乳又は前記乳製品を発酵することを含む、発酵乳の製造方法であって、製造された発酵乳がカプロン酸エチルを0.2ppm以上含む、前記製造方法。
2.前記麹菌がAspergillus属であることを特徴とする、1に記載の発酵乳の製造方法。
3.前記酵母がSaccharomyces cerevisiaeであることを特徴とする、1又は2に記載の発酵乳の製造方法。
4.前記発酵を、10℃超~50℃の温度で、12時間以上2週間未満行うことを特徴とする、1~3のいずれかに記載の発酵乳の製造方法。
5.前記発酵を、15~45℃の温度で、12~72時間行うことを特徴とする、1~4のいずれかに記載の発酵乳の製造方法。
6.前記原料乳又は前記乳製品に、糖類を添加しないことを特徴とする、1~5のいずれかに記載の発酵乳の製造方法。
7.前記原料乳又は前記乳製品に、乳糖分解酵素を添加しないことを特徴とする、1~6のいずれかに記載の発酵乳の製造方法。
8.リシン-p-ニトロアニリドを基質としたとき、製造される発酵乳中のペプチダーゼ活性が0.02ABS/h以上であることを特徴とする、1~7のいずれかに記載の発酵乳の製造方法。
9.1~8のいずれかに記載の製造方法により製造されたチーズ類。
10.1~8のいずれかに記載の製造方法により製造されたナチュラルチーズ。
【0011】
本発明によれば、カプロン酸エチルを0.2ppm以上含むことを特徴とする、吟醸香を持った風味に優れた発酵乳を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の発酵乳の製造方法は、殺菌した原料乳又は乳製品(カード)に、スターターとして麹菌及び酵母からなる群から選択される1種以上を接種してから、前記原料乳又は乳製品を発酵することを含む。本発明の製造方法により製造された発酵乳はカプロン酸エチルを0.2ppm以上含むことを特徴とする。本発明によれば、吟醸香が付与された発酵乳及びその製造方法を提供することができる。
【0013】
本発明により吟醸香が付与された発酵乳が提供されることにより、新たな風味のチーズや新たな風味のヨーグルト等を製造・販売することができる。
また、例えば、カプロン酸エチルが含まれていると言われるパルミジャーノレッジャーノ等の熟成チーズは、数か月以上の熟成によって生産されるところ、本発明の製造方法によれば、カプロン酸エチルを含むナチュラルチーズを24時間で製造することができる。本発明の製造方法により製造されるナチュラルチーズは、発酵期間を短縮することができ、従来よりも経済的に消費者へ提供できる。
【0014】
本発明において、発酵乳としては、チーズ、ヨーグルト、ヨーグルト様食品等が挙げられる。また、本発明において、「チーズ」は、前記チーズを利用した、チーズ様食品を含む。すなわち、本発明の「チーズ」は、「公正競争規約」によって定められている「ナチュラルチーズ」、「プロセスチーズ」、「チーズフード」のほか、当業界において一般的にチーズ様食品と呼ばれるチーズ類似物(例えば、乳等を主原料とする食品)も全て包含する。
【0015】
本発明の製造方法により製造された発酵乳は、麹菌及び/又は酵母の発酵により、発酵乳中にカプロン酸エチルを0.2ppm以上含む。これにより、本発明の製造方法により製造された発酵乳は吟醸香が付与される。本発明の製造方法により製造された発酵乳には、吟醸香を呈する成分として、カプロン酸エチルに加えてさらにエタノールを含むことが好ましい。
【0016】
また、発酵乳のおいしさの観点、及び、旨味や熟成度の観点から、リシン-p-ニトロアニリドを基質としたとき、酵素(ペプチダーゼ)活性が0.02ABS/h以上であることがさらに好ましい。
【0017】
本発明の製造方法の一態様として、チーズの製造方法の7工程を記載する。
1)原料乳を標準化する。標準化は、最終製品のチーズ組成に合わせて、乳・乳製品(生乳、脱脂乳、乳タンパク濃縮物、脱脂粉乳、クリーム等)を調合、混合して調製する工程を指す。標準化後に、遠心除菌や発酵調整剤を混合する工程を含めてもよい。
【0018】
2)脂肪を10wt%以上含むチーズを製造する場合には、均質化する。温度条件は50~90℃、より好ましくは60~85℃である。均質化圧は、5~40MPa、より好ましくは5~30MPaである。
一般的に、脂肪含量が2wt%以下の場合、風味・食感が悪くなる傾向がある。本発明の製造方法により製造される発酵乳では、脂肪含量が2wt%以下の低脂肪であってもよく、また、脂肪含量が2wt%を超える場合であっても不快臭(ランシット臭)が増加しない。これらは吟醸香によるマスキング効果によるものと考えられる。
【0019】
3)衛生上及び品質一定化のため原料乳を加熱処理する。63℃、30分間と同等な殺菌効果を有する条件とする。例えば高温短時間殺菌(HTST殺菌)、超高温短時間殺菌(UHT殺菌)が挙げられる。
尚、発酵乳、特にチーズの製造工程においてレンネットを入れる場合は、カードがカルシウムイオンの非イオン化やホエイの変性、軟弱なカードの形成、離漿の遅延を引き起こさない条件での殺菌が好ましい。他方、酸で凝固させる場合は、UHT殺菌しても、カードに影響はでない。クリームチーズの場合には、74℃~95℃、15~300秒間の条件とすることが好ましい。
【0020】
4)原料乳に酸及び/又はレンネットを添加することによりカードを形成させる。この時、カード形成前までに、カルシウム塩(塩化カルシウム)を添加してもよい。
酸は、10℃以下でpH4.6以下となるまで加える。あるいは、pH4.6~pH5.3程度にしてから加熱することもある。酸は、乳酸、塩酸、クエン酸、グルコン酸、酢酸等、食品用途として認められている酸を用いればよい。例えば乳酸の場合、5~50%(v/v)溶液の乳酸でpHを4.2~5.4にすれば酸凝固できる。本発明では、チーズの風味や物性の観点から好ましくは、乳酸である。
また、レンネットの添加量は、チーズの種類により異なるが、0.05~5wt%添加してカードを形成する。この時10~80rpm程度で撹拌してもよい。温度は、25~45℃であることが好ましい。
【0021】
5)後述するスターターを接種する。カードの表面又はカード内部に接種し、スタッキング等をしてもよい。スターターの添加量は、吟醸香の付与とカビ臭の抑制の観点から、0.01~30wt%であることが好ましく、0.1~30wt%がより好ましく、1~5wt%が特に好ましい。これにより、製造される発酵乳にカプロン酸エチルを0.2ppm以上含ませることができ、吟醸香を付与することができる。吟醸香の付与と酵母臭の抑制の観点から、麹菌は0.01~30wt%で接種することが好ましく、酵母は0.01~10wt%で接種することが好ましい。
【0022】
麹菌の培養方法としては、公知の方法により行える。麹菌培養液の製造に使用される培地は、通常微生物が増殖しうる栄養源を含有する。栄養源としては、米、大豆、大麦、小麦、デキストリン、ホエイ、カゼイン、脱脂粉乳、ホエイタンパク濃縮物(WPC)、ホエイタンパク分離物(WPI)、酵母エキス、大豆エキス、トリプチケース等のペプトン、ブドウ糖、乳糖等の糖類、乳清ミネラル等のミネラル類等、又はこれらを多く含有する食品である。栄養源として、脱脂粉乳を用いるのが好ましいが、この例に制限されるものではない。
【0023】
培養温度は、通常15~50℃、好ましくは25~40℃であり、より好ましくは25~30℃であり、培養時間は、通常3~72時間、好ましくは12~48時間である。好気条件下でも嫌気条件下でも培養は可能であるが、好気条件下が好ましい。
【0024】
6)フレッシュチーズ(クワルク等)の場合、カードにスターターを入れて熟成させて、50~90℃未満に加温してから遠心分離してホエイを除去する。
また、1週間以上熟成させるチーズの場合、5)の工程の前に、カード内部のホエイ排除の促進、均質化のために、チーズの種類に応じて、所定の大きさにカッティングする。カッティングした後、例えば、一般的に30℃付近で20~200分間静置することによりホエイを排除する。つぎに、クッキングしてもよい。緩やかに撹拌しながら、タンパクマトリックスの収縮と酸生成促進により、カード内部からホエイを排除する。カッティングやクッキングの条件は既知の方法を用いればよい。
尚、パスタフィラーチーズの場合においては、pH5.1~5.4まで低下したカードを70~80℃の熱水につけて可塑化させる。その後に、スターター等を接種する。
【0025】
7)本発明の製造方法によりチーズを製造する場合、麹菌及び/又は酵母による発酵温度は、10℃超~50℃が好ましく、15~45℃がより好ましく、25~40℃がさらに好ましく、麹菌及び/又は酵母の至適温度±3℃がさらに好ましい。また、発酵時間は好ましくは12時間以上、より好ましくは12~72時間、より好ましくは16時間~2週間未満、さらに好ましくは24時間~1週間である。従来、数カ月以上の長期熟成によりチーズに吟醸香が付与される場合があったところ、本発明では、従来のチーズの製造方法よりも短期間に吟醸香が付与され、発酵乳中にはカプロン酸エチルが0.2ppm以上含まれる。この後は、チーズの種類により、既知のチーズ所定の工程を経て、包装される。
【0026】
本発明の発酵乳の容器は、プラスチック、紙製、金属製、陶器製又はその複合素材等から選択されてもよい。これらの容器に詰めた容器詰めの形態にすることができる。また、プラスチック製のシュリンクフィルム、遮光フィルム(例えば、金属箔層フィルム、黒色又は暗色インク塗布フィルムで、容器を被覆されてもよいし、前記容器や前記フィルムを二種類以上で組合せて用いてもよい。光透過や酸素透過による風味劣化及び分解(減少)の観点から、遮光性のある容器やフィルムを組合せることが好ましい。
【0027】
本発明の製造方法の一態様として、発酵乳がヨーグルト様の発酵乳である場合の製造方法の5工程を記載する。尚、ヨーグルト様の発酵乳とは、乳等省令で定義される「発酵乳」、「乳製品乳酸菌飲料」及び「乳酸菌飲料」等を包含する。
【0028】
1)原料乳を調製する。原料乳に使用する乳、乳製品は後述する。乳成分の他に、例えば、水、脂質、タンパク質、糖類、香味成分、香料、色素、ミネラル(塩類)、ビタミン及びその他の食品用添加物等を含んでもよい。原料乳は、また、予め加温して溶解したゼラチン液、寒天、カラギーナン、グアガム、低メトキシペクチン及び高メトキシペクチン等の安定化剤(ゲル化剤)等を含んでもよい。原料乳は、例えば、公知のヨーグルトミックスでもよい。
【0029】
2)原料乳を均質化する。原料乳を加圧して押し出しながら、狭い間隙を通過させる方法や、原料乳を減圧して吸引しながら、狭い間隙を通過させる方法を用いることができる。原料乳を均質化する圧力及び流量(流速)は、原料乳の平均粒径を0.8μmに調整することができる圧力及び流量であればよく、適宜設定することができる。このとき、原料乳を均質化する圧力は、10MPa以上であり、好ましくは15MPa以上である。原料乳を均質化する流量は、好ましくは100~30000kg/hであり、より好ましくは150~25000kg/hである。尚、原料乳を均質化する方法及び設備には、上述した方法に限らず、任意の公知の方法及び設備を用いることができる。
【0030】
3)原料乳を63℃で加熱殺菌する。ここで、必要に応じて、間接加熱装置やタンク等を用いて、原料乳を所定の予熱温度まで加熱し、所定の予熱時間で保持してから、原料乳を殺菌する。このステップでは、原料乳を殺菌する前に、必要に応じて、原料乳のpHを調整してもよい。そして、原料乳を殺菌した後には、例えば、原料乳を発酵温度の近くまで冷却する。
【0031】
4)原料乳にスターターを接種して撹拌(混合)する。スターターについては後述する。
【0032】
5)原料乳を容器に充填し、この容器を蓋等で密封する。尚、原料乳を容器に充填する前に、タンク(回分式)や配管(インライン式)等を用いて、副原料(糖液、果肉、野菜、果汁、野菜汁、ソース、プレパレーション等)をヨーグルト様の発酵乳に混合してもよいし、原料乳を容器に充填する際に、個々の容器で、副原料を発酵乳に追加してもよい。その後、恒温室等を用いて、原料乳を所定の発酵温度、所定の発酵時間で発酵させる。
【0033】
ここで、スターターの種類にもよるが、発酵温度は、例えば、好ましくは32~45℃であり、より好ましくは35~45℃であり、さらに好ましくは37~43℃であり、さらに好ましくは40~43℃である。そして、発酵時間は、例えば、好ましくは1~36時間であり、より好ましくは1~24時間であり、さらに好ましくは2~12時間であり、さらに好ましくは2~8時間であり、さらに好ましくは3~6時間であり、さらに好ましくは3~4時間である。
【0034】
また、発酵を終了する時の酸度(乳酸酸度)は、無脂乳固形分が9~10wt%の原料乳(ヨーグルトミックス)の場合に、例えば、好ましくは0.6%であり、より好ましくは0.65%であり、さらに好ましくは0.67%であり、さらに好ましくは0.7%であり、さらに好ましくは0.72%である。本発明において、酸度は、一定量の試料をフェノールフタレイン変色域(pH8~10)まで中和するのに必要なアルカリ溶液の滴定量を酸度とする。
【0035】
本発明の発酵乳に使用する乳は、牛、水牛、ヤギ、羊、及び馬等の獣乳が挙げられる。中でも牛は、容易に多量に得られるので、経済的に有利である。原料乳やカードに使用する乳は、生乳(未殺菌乳)、殺菌処理した乳(殺菌乳)、部分脱脂乳、脱脂乳、全脂濃縮乳、脱脂濃縮乳、全脂粉乳、脱脂粉乳、乳タンパク濃縮物、グリコマクロペプチドを適宜配合することができる。実際に製造する発酵乳の種類に応じて、バター、バターミルク、クリーム、ホエイ蛋白質濃縮物、ホエイ蛋白質単離物、α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリンを原料乳に添加してもよい。尚、これらの添加成分は、単体で用いられてもよいし、2種以上を組み合わせて用いられてもよい。
尚、このとき、原料乳としては、風昧の良好さ等の観点から、好ましくは、生乳(未殺菌乳)及びその加工物を用いるのが好ましい。これらの乳を固形分濃度で8wt%以上含むことが好ましい。9~24wt%がより好ましい。9~16wt%がより好ましい。
【0036】
スターターとしては、麹菌及び酵母からなる群から選択される1種以上を適宜用いることができる。麹菌としては、例えば、Aspergillus oryzea、Aspergillus sojae、Aspergillus awamori、Monasccus sp等が挙げられる。酵母としては、例えばSaccharomyces cerevisiae、Zygosaccharomyces rouxii、Kluyvermyces lactis、Kluyvermyces marxinus等が挙げられる。これらのスターターを単独で用いてもよいし、2種類以上を組合せてもよい。
【0037】
尚、本発明の製造方法においては、麹菌単独でも発酵乳に吟醸香を付与することができる。また、麹菌と酵母を組合せても発酵乳に吟醸香を付与することができる。
麹菌としては、Aspergillus属が好ましく、Aspergillus oryzeaやAspergillus sojaeが好ましく、Aspergillus oryzeaがさらに好ましい。
【0038】
本発明の製造方法の一態様においては、スターターとして麹菌のみを接種することが好ましい。従来、例えば清酒酵母としてのカプロン酸エチル産生酵母が知られており、糖のアルコール発酵を経てカプロン酸エチルが生産される。しかし、本発明では、発酵乳の製造において、酵母を用いることなく麹菌のみを使用することで、カプロン酸エチルを0.2ppm以上含む発酵乳を製造することができる。
【0039】
また、麹菌及び酵母に追加して、乳酸菌スターター等を適宜用いることもできる。乳酸菌としては、Lactobacillus bulgaricus、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus lactis、Lactobacillus casei、Lactobacillus helveticus、Streptococcus thermophilus、Streptococcus cremoris等が挙げられる。さらに、麹菌及び酵母に追加して、Propionibacterium、Bifidobacteria等を用いることもできる。
【0040】
本発明にしたがって麹菌及び酵母からなる群から選択される1種以上を用いることにより、発酵の促進のために原料乳又はカードに糖類や乳糖分解酵素をさらに添加する必要がなく、発酵乳に吟醸香を付与することができる。
【0041】
本発明において、発酵乳中の酵素(ペプチダーゼ)活性を測定する指標として、基質には、アミノ酸のp-ニトロアニリド誘導体であるリシン-p-ニトロアニリド(Lys-p-NA)を用いるものとする。
【0042】
具体的には、5ml容ガラスチューブに、100μlの20mM Lys-p-NA溶液、1.8mlの100mMリン酸カリウムバッファー(pH7.0、37℃)を入れ、37℃に保温する。ここに適宜希釈した酵素液100μlを注入し、反応を開始する。30分後に反応停止液(30%w/v酢酸1.0ml)を注入して酵素反応を停止させた後、遠心分離(10000rpmで5分間)し、上清について410nmの吸光度を測定する。ペプチダーゼ活性によって遊離したLys-p-NAは410nmに極大吸収を持つ。横軸に反応時間(h)、縦軸に吸光度(ABS)をプロットして、近似二次曲線式を求めることにより、酵素(ペプチダーゼ)活性を測定する。ペプチダーゼ活性は、旨味等の風味や熟成の観点から、0.01ABS/h以上が好ましい。より好ましくは、0.02ABS/h以上である。
【実施例】
【0043】
以下、実施例や実験例を示して、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は、これら実施例や実験例の記載に何ら限定されるものではない。
【0044】
[実験例1]
生乳80kgにクリーム(製品名「フレッシュクリーム45」、株式会社明治)20kgを加えて、脂肪含量が15wt%になるよう調整した調製乳を得た。この調製乳を95℃、60秒間の条件で殺菌後、75℃にて圧力15MPaで均質化した。この均質化した調製乳を4℃に冷却し、撹拌しながら10%(w/w)乳酸水溶液をpH5.2となるまで添加して、カードが凝固した後、撹拌しながら80℃まで加温後、カードとホエイを分離して、酸凝固チーズを得た。
【0045】
麹菌スターターは、脱脂粉乳(製品名「脱脂粉乳」、株式会社明治)の10wt%水溶液に酵母エキス(製品名「イーストック(s-Pd)」、アサヒフーズアンドヘルスケア株式会社)を1wt%添加し、121℃で1分間殺菌して得た培地を、28℃に冷却後、麹菌(山吹2号(Aspergillus属)、株式会社秋田今野商店)を0.6wt%接種し、28℃で48時間培養して調製した。
【0046】
酸凝固チーズに前記の麹菌スターターを接種し、30℃で36時間発酵して本発明品1を得た。酸凝固チーズに前記の麹菌スターターを接種しないで、30℃で36時間静置したものを対照品1とした。
【0047】
専門の官能評価パネラー10名により、本発明品1及び対照品1の吟醸香、旨味、総合評価を官能評価した。尚、この官能評価は、吟醸香、旨味、総合評価について表1の基準で採点し、総合評価について10名の得点の平均値が3点以上であれば、吟醸香の風味の付与された風味豊かなチーズと評価した。
また、本発明品1及び対照品1に同量のヘキサンを添加し、蒸留装置で90分間蒸留処理した後、ヘキサン層中のカプロン酸エチル濃度をガスクロマトグラフ-質量分析法で測定して吟醸香を評価した。
さらに、本発明品1及び対照品1の麹菌の酵素(ペプチダーゼ)活性を後述する方法で測定した。
【0048】
【0049】
カプロン酸エチル濃度の測定に使用したガスクロマトグラフ-質量分析機は7890A/5975C inertXL(Agilent Technologies,Inc製)、カラムはDB-WAX(Agilent Technologies,Inc製)、ガス流量:ヘリウム(キャリヤーガス)1ml/min、イオン源温度:230℃、イオン化法:EI、設定質量数:m/z99,88とした。
【0050】
酵素(ペプチダーゼ)活性の測定方法は以下の通りとした。チーズ20gに、抽出用の緩衝液(pH=7(37℃))80mlを加え、ホモゲナイザー(IKA社製、型式:ULTRA-TURRAX T25)により9500rpm、1分間で処理した。ここで、抽出用の緩衝液とは、50mMリン酸カリウム、30w/v%スクロース、150mM塩化ナトリウムからなる水溶液である。
前記のチーズをホモジナイズした水溶液30gを4℃、8000g、10分間の条件で遠心分離した。次に、上清液を濾紙(TOYO No.2)で濾過し、その濾液(透過液)を乳酸菌の抽出液とした。
【0051】
Lys-p-NA(シグマ社製)を基質として用いた。20mMLys-p-NA溶液(メタノール中)100μl、100mMリン酸カリウム緩衝液(pH=7(37℃))1.8mlを5ml容試験管に入れ、37℃で保温した。乳酸菌の抽出液100μlを前記の試験管に入れ、反応を開始させ、反応の開始から、0、2、4、6、24時間が経過した後に、30%(v/v)酢酸1.0mlを前記試験管に入れて、反応を停止させた。前記の反応により遊離したp-NAは、波長の410nmに極大吸収を持つ。前記反応した液を10000rpm、5分間で遠心分離した。上清液の吸光度を分光光度計(島津製作所製、型式:UV-1200、波長:410nm)で測定した。それぞれの反応時間で測定した結果について、横軸に反応時間(h)、縦軸に吸光度(ABS)をプロットして、近似二次曲線式を求めた。
【0052】
酸凝固したカードに麹菌を接種して、30℃で36時間発酵することにより、吟醸香が付与された、旨味もある、風味豊かな良好なチーズ(発酵乳)ができた(表2)。
【0053】
【0054】
本発明品1のカプロン酸エチル濃度は0.5ppmであった。一方、対照品1のカプロン酸エチル濃度は検出限界(0.1ppm)未満であった。カードに麹菌を接種してから発酵することで、カプロン酸エチル濃度が増加することが示唆された。
【0055】
本発明品1の酵素活性は、0.022ABS/hであった。一方、対照品1は、活性が検出限界(0.001ABS/h)以下であった。カードに麹菌を接種してから発酵することで、酵素が活性化していることがわかった。また、酵素活性により、乳タンパク質が分解されて旨味が増加していることが示唆された。
【0056】
[実験例2]
発酵温度がチーズ(発酵乳)の吟醸香の付与に与える影響を確認した。実験例1と同様に酸凝固チーズを調製し、実験例1と同じ麹菌を同じ条件で培養して得たスターターを接種して発酵させた。
発酵温度は、それぞれ15℃、30℃、35℃の3条件とし、36時間発酵させた。実験例1と同様の官能検査の基準で評価した。
【0057】
発酵温度が15℃、30℃、35℃では吟醸香が付与され、風味豊かな良好なチーズ(発酵乳)であった(表3)。すなわち、発酵温度は、15℃付近でも吟醸香があるチーズを製造できることが示唆された。実験例1の結果を加味すると、発酵温度は、25~40℃付近がより好ましいことが示唆された。
【0058】
【0059】
[実験例3]
発酵時間がチーズ(発酵乳)の吟醸香の付与に与える影響を確認した。実験例1と同様に酸凝固チーズを調製し、実験例1と同じ麹菌を同じ条件で培養して得たスターターを接種して発酵させた。
発酵時間は、それぞれ24時間(24h)、36時間(36h)、48時間(48h)、60時間(60h)の4条件とし、30℃で発酵させた。実験例1と同様の官能検査の基準で評価した。
【0060】
発酵時間が24hのとき、チーズの吟醸香及び旨味があった。36h、48h、60hでは吟醸香が強く付与され、風味豊かな良好なチーズ(発酵乳)であった(表4)。すなわち、発酵時間は、24hでも製造条件として好ましいことがわかった。また、発酵時間が30~60時間がさらに好ましいことが示唆された。
【0061】
【0062】
[実験例4]
酸凝固チーズに麹菌スターターと酵母(Saccharomyces cerevisiae)を接種した他は、実験例1と同様の手順にしたがい、30℃で36時間発酵して本発明品2を得た。
本発明品2について対照品1と比較した官能評価の結果を表5に示す。酸凝固したカードに麹菌及び酵母を接種して、30℃で36時間発酵することにより、吟醸香が付与された、旨味もある、風味豊かな良好なチーズ(発酵乳)が製造された(表5)。
【0063】
【0064】
本発明品2のカプロン酸エチル濃度は0.2ppmであった。対照品1と比較して、カードに麹菌及び酵母を接種してから発酵することで、カプロン酸エチル濃度が増加することが示唆された。
【0065】
本発明品2の酵素活性は、0.027ABS/hであった。対照品1と比較して、カードに麹菌及び酵母を接種してから発酵することで、酵素が活性化していることがわかった。また、酵素活性により、乳タンパク質が分解されて旨味が増加していることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の製造方法により、カプロン酸エチルを0.2ppm以上含む、吟醸香を持った風味に優れた発酵乳(チーズ)を提供することで、これまでにない風味の発酵乳(チーズ)を市場に提供し、新たな市場を活性化させることができ、発酵乳(チーズ)の消費量が伸びることが期待できる。
【0067】
上記に本発明の実施形態及び/又は実施例を幾つか詳細に説明したが、当業者は、本発明の新規な教示及び効果から実質的に離れることなく、これら例示である実施形態及び/又は実施例に多くの変更を加えることが容易である。従って、これらの多くの変更は本発明の範囲に含まれる。
この明細書に記載の文献及び本願のパリ優先の基礎となる日本出願明細書の内容を全てここに援用する。