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特許7117700硫化水素徐放剤を含む包装体及びその製造方法、並びに硫化水素徐放剤、硫化水素徐放体及びそれらを用いた硫化水素の発生方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-04
(45)【発行日】2022-08-15
(54)【発明の名称】硫化水素徐放剤を含む包装体及びその製造方法、並びに硫化水素徐放剤、硫化水素徐放体及びそれらを用いた硫化水素の発生方法
(51)【国際特許分類】
   C01F 7/785 20220101AFI20220805BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20220805BHJP
   C01B 17/16 20060101ALI20220805BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20220805BHJP
   A61K 33/04 20060101ALN20220805BHJP
【FI】
C01F7/785
A61K47/02
C01B17/16 Z
C01G53/00 A
A61K33/04
【請求項の数】 26
(21)【出願番号】P 2020530114
(86)(22)【出願日】2019-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2019025991
(87)【国際公開番号】W WO2020012994
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2020-12-28
(31)【優先権主張番号】P 2018132081
(32)【優先日】2018-07-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000195661
【氏名又は名称】住友精化株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【弁理士】
【氏名又は名称】相田 悟
(72)【発明者】
【氏名】石原 伸輔
(72)【発明者】
【氏名】井伊 伸夫
(72)【発明者】
【氏名】見正 大祐
(72)【発明者】
【氏名】林坂 徳之
【審査官】佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-030967(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0336050(US,A1)
【文献】登録実用新案第3196215(JP,U)
【文献】実開昭54-060082(JP,U)
【文献】特開2016-016369(JP,A)
【文献】特開2012-007728(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1826943(CN,A)
【文献】特開2015-193000(JP,A)
【文献】特開2007-169467(JP,A)
【文献】ZHAO, Q. et al.,THE CANADIAN JOURNAL OF CHEMICAL ENGINEERING,2015年07月,Vol.93,pp.1247-1253,<DOI:10.1002/cjce.22208>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01F 1/00 - 17/38
C01G 1/00 - 99/00
B65D 67/00 - 79/02
81/18 - 81/30
81/38
85/88
B01J 20/00 - 20/28
20/30 - 20/34
A61K 9/00 - 9/72
33/04
47/00 - 47/69
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物と、該層状複水酸化物を密封収容する包材とを含む 包装体の製造方法であって、
HS又はS 2-(ただし、kは正の整数)以外のアニオンが層間に挟み込まれた層状複水酸化物と溶媒とを準備すること、
窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記溶媒にHS及び/又はS 2-を含有させて溶液を調製すること、
窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記HS又はS 2-以外のアニオンが層間に挟み込まれた層状複水酸化物を、前記溶液と接触させること、
窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記接触後の固形物を、溶液から分離して洗浄し、乾燥すること、並びに
該乾燥後の固形物を包材中に密封すること、
を含む、包装体の製造方法。
【請求項2】
HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物と、該層状複水酸化物を密封収容する包材とを含む 包装体の製造方法であって、
複数種の金属イオンを含む水溶液とHS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)を含むアルカリ溶液とを準備すること、
窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記水溶液と前記アルカリ溶液とを混合して沈殿を生成させること、
窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記沈殿を含む溶液を熟成させること、
窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記熟成後の前記沈殿を、溶液から分離して洗浄し、乾燥すること、並びに
該乾燥後の固形物を包材中に密封すること、
を含む、包装体の製造方法。
【請求項3】
前記包材中を減容状態又は真空若しくは不活性ガス雰囲気とする、請求項1又は2に記載の包装体の製造方法。
【請求項4】
前記HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物が、下記一般式(1)で表される、請求項1~3のいずれか1項に記載の包装体の製造方法。

R(OH)2(x+1){(HS,0.5S 2-}・nH
・・・(1)

式(1)中、Qは2価の金属イオン、Rは3価の金属イオン、ZはHS又はS 2-以外のアニオンである。また、式(1)中のx、y及びtはそれぞれ、1.8≦x≦4.2、0.01≦y≦2.0、0≦t≦1.0を満たす数であり、nは環境の湿度により変化する数である。
【請求項5】
前記一般式(1)において、
前記Qが、Mg2+、Mn2+、Fe2+、Co2+、Ni2+、Cu2+、Zn2+及びCa2+からなる群から選択される一種以上であり、
前記Rが、Al3+、Ga3+、Cr3+、Mn3+、Fe3+、Co3+及びNi3+からなる群から選択される一種以上である、
請求項4に記載の包装体の製造方法。
【請求項6】
前記一般式(1)において、前記QがMg2+であり、前記RがAl3+である、請求項5に記載の包装体の製造方法。
【請求項7】
前記HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物を造粒体又は圧粉体とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の包装体の製造方法。
【請求項8】
前記HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物を増量材ないし希釈剤と混合する、請求項1~7のいずれか1項に記載の包装体の製造方法。
【請求項9】
前記HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物を、多孔質のカバー又はケース内に収容する、請求項1~8のいずれか1項に記載の包装体の製造方法。
【請求項10】
前記接触後の固形物又は前記沈殿に対して、HS及び/又はS 2-の分布状態を変化させる処理をさらに行う、請求項1~9のいずれか1項に記載の包装体の製造方法。
【請求項11】
前記処理が、前記洗浄を、水を含む液体で行うことを含む、請求項10に記載の包装体の製造方法。
【請求項12】
前記処理が、前記乾燥後の固形物を、酸素に接触させることを含む、請求項10又は11に記載の包装体の製造方法。
【請求項13】
前記処理が、前記乾燥後の固形物について、室温で4週間以上保存すること、又は100℃以下の温度に加熱処理することのいずれかを行うことを含む、請求項1012のいずれか1項に記載の包装体の製造方法。
【請求項14】
前記処理が、前記乾燥後の固形物から、含有するHS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)の一部を硫化水素として放出させることを含む、請求項1013のいずれか1項に記載の包装体の製造方法。
【請求項15】
前記HS又はS 2-以外のアニオンが層間に挟み込まれた層状複水酸化物が、アニオンとしてCO 2-を含むものであり、該層状複水酸化物の層間から前記CO 2-の少なくとも一部を除去した後、前記HS及び/又はS 2-を含有させた溶媒と接触させる、請求項に記載の包装体の製造方法。
【請求項16】
前記溶媒に前記HS及び/又はS 2-を含有させるに先立ち、該溶媒中の酸素及び二酸化炭素の濃度を低減することをさらに含み、かつ前記洗浄を、酸素及び二酸化炭素の濃度を低減した溶媒により行う、請求項又は15に記載の包装体の製造方法。
【請求項17】
前記溶媒に前記HS及び/又はS 2-を含有させることを、該溶媒に下記一般式(2)で表される化合物を混合することで行う、請求項1、15、16のいずれか1項に記載の包装体の製造方法。

MH・mHO ・・・(2)

式(2)中、Mは、アルカリ金属又はアルカリ土類金属である。また式(2)中のpは0又は1、qは0.5≦q≦6.0を満たす数であり、mは環境の湿度により変化する数である。
【請求項18】
前記溶媒が水、メタノール又はエタノールである、請求項1、15~17のいずれか1項に記載の包装体の製造方法。
【請求項19】
HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物を含有する、硫化水素徐放剤。
【請求項20】
前記層状複水酸化物が、下記一般式(1)で表される、請求項19に記載の硫化水素徐放剤。

R(OH)2(x+1){(HS,0.5S 2-}・nH
・・・(1)

式(1)中、Qは2価の金属イオン、Rは3価の金属イオン、ZはHS又はS 2-以外のアニオンである。また、式(1)中のx、y及びtはそれぞれ、1.8≦x≦4.2、0.01≦y≦2.0、0≦t≦1.0を満たす数であり、nは環境の湿度により変化する数である。
【請求項21】
前記Qが、Mg2+、Mn2+、Fe2+、Co2+、Ni2+、Cu2+、Zn2+及びCa2+からなる群から選択される一種以上であり、
前記Rが、Al3+、Ga3+、Cr3+、Mn3+、Fe3+、Co3+及びNi3+からなる群から選択される一種以上である、
ことを特徴とする、請求項20に記載の硫化水素徐放剤。
【請求項22】
前記QがMg2+であり、前記RがAl3+であることを特徴とする、請求項21に記載の硫化水素徐放剤。
【請求項23】
前記層状複水酸化物が造粒体又は圧粉体である、請求項1922のいずれか1項に記載の硫化水素徐放剤。
【請求項24】
前記層状複水酸化物が増量材ないし希釈剤と混合されてなる、請求項1923のいずれか1項に記載の硫化水素徐放剤。
【請求項25】
請求項1924のいずれか1項に記載の硫化水素徐放剤を、多孔質のカバー又はケース内に収容した、硫化水素徐放体。
【請求項26】
請求項1924のいずれか1項に記載の硫化水素徐放剤、又は請求項25に記載の硫化水素徐放体を用いた、硫化水素の発生方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化水素徐放剤を含む包装体及びその製造方法、並びに硫化水素徐放剤、硫化水素徐放体及びそれらを用いた硫化水素の発生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硫化水素(HS)は、卵の腐ったような臭いがあり、毒性のあるガスとして知られている。他方、硫化水素を含む温泉は、循環器系の疾患や皮膚疾患に効能があるとされており、硫化水素の有用性も古くから認識されていた。また、近年、低濃度の硫化水素が、細胞保護作用、血管弛緩作用、抗酸化作用、神経伝達調整作用及びアポトーシス抑制作用等の生体活性を示すことが報告されている。
【0003】
このような硫化水素の生理作用が明らかになってくるにつれて、これを医学的な治療に応用する試みが活発になっている。
【0004】
しかしながら、硫化水素は常温・常圧で気体であり、多くの場合、圧力ボンベから供給される形で利用されることから、ボンベの運搬及び設置に手間がかかり、またガスの流量制御を誤ると重大事故につながるため、医療的な展開は限定的であった。また、硫化水素を溶解した溶液を入浴剤として用いることは知られているが、該溶液を硫化水素ガス源として用いる場合には、硫化水素ガスの濃度を制御することが難しいため、入浴剤を超える内容での医療展開はなされていない。
【0005】
そこで、硫化水素を放出する薬品の開発が進められるようになってきた。こうした薬品のほとんどは有機化合物であり、その作用機構は、生体に直接適用することで有機化合物の加水分解や還元が起こり、硫化水素が徐放されるものである(非特許文献1)。
【0006】
硫化水素を放出する無機固体としては、古くからNaSやNaHSなどの塩が知られており、その硫化水素放出機構は、水や酸との接触により、直ちに加水分解して硫化水素を放出するものである。しかし、これらの塩は、潮解性を有し、また水溶液が強アルカリ性を示すことから、取扱いや硫化水素放出後の処理に危険が伴う。さらに、これらの塩には、硫化水素放出の持続性に欠ける点や、硫化水素濃度や放出時間の制御の困難性といった点で問題があるため、医療分野への応用は限定的であった。
【0007】
前述した各種塩以外の硫黄を含む無機固体としては、層状複水酸化物(LDH)の層間にポリ硫化物イオン(多硫化物イオン又はポリスルフィドと呼ばれることもある)や硫化物イオンを挟み込んだもの(特許文献1、非特許文献2~3)、及び層状複水酸化物(LDH)に硫化水素を吸着させたもの(非特許文献4)が報告されている。また、非特許文献4には、硫化水素を吸着させた層状複水酸化物(LDH)を500℃に加熱することで、吸着した硫化水素を放出したことも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】米国特許出願公開第2015/0336050号明細書
【非特許文献】
【0009】
【文献】G. Caliendo et al., "Synthesis and Biological Effects of Hydrogen Sulfide(H2S): Development of H2S-Releasing Drugs as Pharmaceuticals", J. Med. Chem., 2010, Vol.53, p.6275-6286
【文献】M. Sato, et al., "Characterization of anion exchanged hydrotalcite and determination of the site of exchanged SO4 group", Clay Sci., 1992, Vol.8, p.309-317
【文献】M. Ogawa and F. Saito, "Easily Oxidizable Polysulfide Anion Occluded in the Interlayer Space of Mg/Al Layered Double Hydroxide", Chem. Lett., 2004, Vol.33, No.8, p.1030-1031
【文献】Y. Yokogawa et al., "Synthesis of Microporous Materials and Their VSC Adsorption Properties", 2011 IOP Conf. Ser.: Mater. Sci. Eng., Vol.18, 192011
【文献】N. Iyi, et al., "Water-Swellable MgAl-LDH(Layered Double Hydroxide) Hybrids: Synthesis, Characterization, and Film Preparation", Langmuir, 2008, Vol.24, p.5591-5598
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1及び非特許文献2~3には、層状複水酸化物(LDH)が硫化水素を徐放することは記載されていない。また、非特許文献4には、層状複水酸化物(LDH)が常温で硫化水素を徐放することは記載されていない。
【0011】
このように、常温・大気中で低濃度の硫化水素を持続的に放出できる性質、すなわち硫化水素徐放性を有し、かつ安全に取り扱うことができる無機固体材料は、これまでのところ報告されていない。このような材料が得られれば、様々な医療的な用途への適用が期待される。
【0012】
そこで本発明は、常温・大気中にて硫化水素徐放性を有し、安全に取り扱うことができる無機固体材料及びその製造方法、並びに該材料を用いた硫化水素発生方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、下記の理由により、硫化水素徐放性を有する無機固体材料の候補として、層間に硫化水素源が挟み込まれた層状複水酸化物(LDH)に着目した。
【0014】
ホストとなるLDHは、他の多くの無機層状化合物と異なり、層がプラスの電荷を持つため、層間にアニオンを包接することのできる数少ない層状無機固体材料である。層の電荷密度を変え、イオン交換性などの特性や結晶のサイズを変えることが可能であり、材料設計の選択肢が多いというメリットも有しているため、硫化水素源のアニオン種を層間に包接させる目的に適していると考えられる。なお、「包接」とは、層間に挟み込むことを意味する技術用語である。
【0015】
また、LDHの性質として、層間のアニオンが弱酸の共役塩基である場合、大気中に置くと、大気中のCOがHOと反応することで生成するHCOの作用により、該共役塩基がプロトン化されて弱酸分子が生じると共に、アニオンサイトがCO 2-に置換され、該弱酸分子は、揮発性がある場合、大気中に放出されることが報告されており(非特許文献5)、今回の系についても同様の機構が働く可能性がある。
【0016】
前述したように、硫化物イオンを含む層状複水酸化物(LDH)が硫化水素を徐放することは記載されていないが、これは、特許文献1及び非特許文献2~3に記載された硫黄を含む層状複水酸化物(LDH)は、その製造時に使用される溶媒の脱酸素ないし脱二酸化炭素処理が十分でなかったこと、及び/又は硫黄(硫化水素源)導入処理から複合体の乾燥を経て保存に至るまでの間の、雰囲気に対する配慮が十分でなかったことに起因して、硫黄(硫化水素源)が酸素や二酸化炭素と反応した結果、硫化水素徐放性を示さなかったと考えた。
そこで本発明者は、層間に硫化水素源が挟み込まれた層状複水酸化物(LDH)の製造及び保存の過程で、酸素や二酸化炭素への接触を制限するように処理を行ったところ、常温で大気に接することによって硫化水素徐放性を示す材料が得られ、前述の課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち、本発明は、上述の課題を解決するために、「HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物と、該層状複水酸化物を密封収容する包材とを含む包装体」を採用する。
【0018】
また、本発明は、前述の包装体の製造方法として、「HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)以外の1価のアニオンが層間に挟み込まれた層状複水酸化物と溶媒とを準備すること、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記溶媒にHS及び/又はS 2-を含有させて溶液を調製すること、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記HS及び/又はS 2-以外の1価のアニオンが層間に挟み込まれた層状複酸化物を、前記溶液と接触させること、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、該接触後の固形物を、溶液から分離して洗浄し、乾燥すること、並びに該乾燥後の固形物を包材中に密封すること、を含む、包装体の製造方法」を採用する。
【0019】
また、本発明は、前述の包装体の製造方法として、「複数種の金属イオンを含む水溶液とHS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)を含むアルカリ溶液とを準備すること、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記水溶液と前記アルカリ溶液とを混合して沈殿を生成させること、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記沈殿を含む溶液を熟成させること、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、該熟成後の前記沈殿を、溶液から分離して洗浄し、乾燥すること、並びに該乾燥後の固形物を包材中に密封すること、を含む、包装体の製造方法」を採用する。
【0020】
さらに、本発明は、前述のHS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物を含有する硫化水素徐放剤及びこれを用いた硫化水素の発生方法を採用する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、常温・大気中にて硫化水素徐放性を有する無機固体材料及び該材料を用いた硫化水素発生方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】層状複水酸化物の層間に硫化水素源(HS)が挟み込まれた硫化物イオン含有LDHの構造を示す模式図。
図2】硫化物イオン含有LDHの合成スキームの一例を示す模式図。
図3】硫化物イオン含有LDHから硫化水素が放出されるメカニズムを示した模式図。
図4】硫化物イオン含有LDHを、メンブランフィルター及びポーラステープで挟み込んで構成された硫化水素徐放体の構造の例を示す模式図。
図5】実施例1における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を表すグラフ。
図6】実施例2における、合成された炭酸型LDH(CO 2-MgAl-LDH2)のフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルを示すグラフ。
図7】実施例2における、炭酸型LDH(CO 2-MgAl-LDH2)を塩酸エタノール溶液と反応させて得られた生成物のフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルを示すグラフ。
図8】実施例2における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を表すグラフ。
図9】実施例2における、HS放出後の硫化物イオン含有LDHのフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルを示すグラフ。
図10】実施例2における、HS放出後の硫化物イオン含有LDHの熱分析(TG-DTA)結果を示すグラフ。
図11】実施例3における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を表すグラフ。
図12】実施例3における、製造直後の硫化物イオン含有LDH(a)、及び2時間のHS放出試験に供した硫化物イオン含有LDH(b)のフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルを示すグラフ。
図13】実施例3における、製造直後の硫化物イオン含有LDHについての熱分析(TG-DTA)結果を示すグラフ。
図14】実施例4における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):ClO4 MgAl-LDH3を経由して得られた試料、(b):NO MgAl-LDH3を経由して得られた試料)。
図15】実施例5における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ。
図16】実施例6における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):NaHS・nHOを14mg含む溶液を用いて製造された試料、(b):NaHS・nHOを7mg含む溶液を用いて製造された試料)。
図17】実施例7における、CO 2-MgAl-LDH3粉末を加熱処理する前後のXRD測定結果を示すグラフ((a):加熱処理前、(b):加熱処理後)。
図18】実施例7における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ。
図19】実施例7における、製造後に窒素雰囲気で保存された硫化物イオン含有LDH(a)、及びHS放出実験完了後の硫化物イオン含有LDH(b)についての熱分析(TG-DTA)結果を示すグラフ。
図20】実施例7における、HSの放出実験完了後の硫化物イオン含有LDHのフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルを示すグラフ。
図21】実施例8における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):製造直後の試料、(b):包装体として2週間保存した試料)。
図22】実施例10における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ。
図23】実施例11~12における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例11、(b):実施例12)。
図24】実施例13~14における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例13、(b):実施例14)。
図25】実施例15における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ。
図26】実施例16~17における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例16、(b):実施例17)。
図27】実施例18~19における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例18、(b):実施例19)。
図28】実施例20~21における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例20、(b):実施例21)。
図29】実施例22~24における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例22、(b):実施例23、(c):実施例24)。
図30】実施例25~27における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例25、(b):実施例26、(c):実施例27)。
図31】実施例28~31における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例28、(b):実施例29、(c):実施例30、(d):実施例31)。
図32】実施例32~36における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例32、(b):実施例33、(c):実施例34、(d):実施例35、(e):実施例36)。
図33】実施例37~40における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例37、(b):実施例38、(c):実施例39、(d):実施例40)。
図34】実施例41~42における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例41、(b):実施例42)。
図35】実施例43~45における、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの濃度の経時変化を示すグラフ((a):実施例43、(b):実施例44、(c):実施例45)。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の一実施形態(以下、「本実施形態」と記載する)に係る包装体及び該包装体の製造方法、並びに該包装体由来の硫化水素徐放剤及び該硫化水素徐放剤を用いた硫化水素の発生方法について、添付図面を参照しながら説明する。
【0024】
[包装体]
本実施形態に係る包装体は、HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物と、該層状複水酸化物を密封収容する包材とを含む。
【0025】
HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物(以下、「硫化物イオン含有LDH」と記載する)は、図1に模式的に示すように、層状複水酸化物(LDH)の層間に、HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)が挟み込まれた構造を有する。ここで、HSは硫化水素イオンであり、S 2-は、k=1の場合は硫化物イオン、kが2以上の場合はポリ硫化物イオンである。LDHの層間に位置する硫黄を含有するアニオンは、水溶液中のイオン種の存在割合を反映してHSが主であると考えられるが、これらの種々のイオン種や酸化状態のものも混在し、イオン種を特定することが困難であるため、本明細書では、硫化水素源となる硫黄含有アニオンを包括的に表現する記載として、「HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)」を採用した。図中では、簡略化のため、HSのみを示しているが、実際には、HSの他に前述の各イオン種が混在していると考えられる。
前述したように、LDHは、他の多くの無機層状化合物とは異なり、層がプラスの電荷を持つため、層間にアニオンを挟み込むことができる数少ない化合物である。このため、LDHは、HS及び/又はS 2-を層間に挟み込むことができると考えられる。
【0026】
硫化物イオン含有LDHは、下記一般式(1)で表されるものであることが好ましい。

R(OH)2(x+1){(HS,0.5S 2-}・nH

・・・(1)

式(1)中、Qは2価の金属イオン、Rは3価の金属イオン、ZはHS又はS 2-以外のアニオンである。また、式(1)中のx、y及びtはそれぞれ、1.8≦x≦4.2、0.01≦y≦2.0、0≦t≦1.0を満たす数であり、nは環境の湿度により変化する数である。
式(1)における「Z」は、硫化物イオン含有LDHの製造に用いる原料若しくは溶媒、又は硫化物イオン含有LDHの製造時若しくは保管時の雰囲気に由来するアニオンであり、OH、Cl、Br、I、F、NO 、ClO 、SO 2-、CO 2-、酢酸アニオン(CHCOO)、プロピオン酸アニオン(CHCHCOO)、乳酸アニオン(CH-CH(OH)-COO)、及びイセチオン酸アニオン(HOCSO )等が例示される。
なお、上述したとおり、LDHの層間に位置するアニオン中の硫黄は、種々の酸化状態のものが混在し、イオン種を特定することが困難であるため、硫化物イオン含有LDHを一般式で表現する場合には、硫化水素源となる硫黄含有アニオンを「HS,0.5S 2-」で代表させた。
【0027】
前記一般式(1)で表される硫化物イオン含有LDHは、前記Qが、Mg2+、Mn2+、Fe2+、Co2+、Ni2+、Cu2+、Zn2+及びCa2+からなる群から選択され、前記Rが、Al3+、Ga3+、Cr3+、Mn3+、Fe3+、Co3+及びNi3+からなる群から選択されるものであることがより好ましく、前記QがMg2+であり、前記RがAl3+であるものが更に好ましい。
層状複水酸化物で最も一般的な固体材料であるMg,Alを構成元素とするMgAl型の層状複水酸化物は、安価に合成できるため、工業的に生産されている(例えば、協和化学株式会社の合成ハイドロタルサイト)。また、皮膚等に付着しても全く問題なく、胃腸薬(制酸剤)等にも使用されている。さらに、ドラッグデリバリー・システム(DDS)のキャリアーとして、医学的な観点からの研究が行われるなど、従来から医療への応用に実績がある。このため、MgAl型の層状複水酸化物を基本構造とする前記QがMg2+であり、前記RがAl3+である硫化物イオン含有LDHは、安全性に優れたものと考えられる。
【0028】
本実施形態で使用される包材の形状、構造及び大きさ等は、所定量の硫化水素徐放剤を収容でき、硫化水素徐放剤の硫化水素徐放性を所定期間にわたって保持できるものであれば限定されない。また、包材の材質も、硫化水素徐放剤と反応せず、二酸化炭素・水・酸素などの透過を妨げるガスバリアー性を有し、通常の保存の仕方で破壊しないものであれば限定されない。例としては、密栓されたガラス容器、アルミラミネートフィルムなどの素材を使い周縁部を融着封止した密封バッグが挙げられる。
【0029】
本実施形態では、硫化物イオン含有LDHを密封収容した包材中を、減容状態又は真空若しくは不活性ガス雰囲気とすることが、硫化物イオン含有LDHの保存安定性を向上させる点で好ましい。なお、本明細書において、「減容状態」とは、可撓性を有する包材について、包材中からの気体の排出によって包材の容積を満充填時の半分以下に減少させた状態を意味し、「真空」とは、大気圧から減圧された状態(大気圧よりも低い圧力)を意味し、「不活性ガス雰囲気」とは、大気よりも酸素ガス及び二酸化炭素ガスの含有量が少ない雰囲気を意味する。不活性ガス雰囲気の例としては、大気よりも窒素ガスの含有量を多くした窒素ガス雰囲気、大気よりも希ガスの含有量を多くした希ガス雰囲気、及び水素含有ガスによる還元性雰囲気等が挙げられる。
【0030】
[包装体の製造方法]
本実施形態に係る包装体は、HS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)以外の1価のアニオンが層間に挟み込まれた層状複水酸化物と溶媒とを準備すること、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記溶媒にHS及び/又はS 2-を含有させて溶液を調製すること、前記HS及び/又はS 2-以外の1価のアニオンが層間に挟み込まれた層状複水酸化物を、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、前記溶液と接触させること、該接触後の固形物を、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、溶液から分離して洗浄し、乾燥すること、ならびに該乾燥後の固形物を包材中に密封すること、により製造される。
【0031】
出発原料として用いられる、HS及び/又はS 2-以外の1価のアニオンが層間に挟み込まれた層状複水酸化物(以下、「原料LDH」と記載する)としては、該アニオンをイオン交換又は加熱等により脱離させられるものであれば限定されない。一例として、下記一般式(1)’で表されるものが挙げられる。

R(OH)2(x+1){(CO 2-0.5-a/2(X)}・nH

・・・(1)’

式(1)’中、Qは2価の金属イオン、Rは3価の金属イオン、Xは塩素イオン(Cl)、臭素イオン(Br)、硝酸イオン(NO )、過塩素酸イオン(ClO )、塩素酸イオン(ClO )、酢酸アニオン(CH3COO)、プロピオン酸アニオン(CHCHCOO)、乳酸アニオン(CH-CH(OH)-COO)、及びイセチオン酸アニオン(HOCSO )などのイオン交換性の高いアニオンから選択される一種以上である。また、式(1)’中のx、及びaはそれぞれ、1.8≦x≦4.2、0≦a≦1を満たす数であり、nは環境の湿度により変化する数である。
【0032】
使用する溶媒としては、硫黄含有アニオンであるHS及び/又はS 2-を安定して溶解・分散でき、前述の層状複水酸化物の層間に該イオン含有アニオンを供給できるものであれば限定されない。一例として、イオン交換水、メタノール及びエタノール等が挙げられる。
前述の溶媒は、含有するHS及び/又はS 2-並びに生成する硫化物イオン含有LDHの安定性を向上させる点で、HS及び/又はS 2-を含有させる前に、窒素ガス若しくは希ガスのバブリング、また、水の場合は加熱等を併用して、溶存する酸素及び二酸化炭素の濃度を低減させることが好ましい。
【0033】
溶媒にHS及び/又はS 2-を含有させることは、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で、該溶媒に溶解してこれらのアニオンを生じる物質を添加することで行われる。
窒素ガス又は希ガス雰囲気を得る手段としては、該各ガスのいずれかを充填したグローブボックス等が挙げられる。またシュレンク管を用いた合成時の雰囲気制御の手法も適用可能である。なお、後述する各操作のうち、窒素ガス又は希ガス雰囲気下で行われるものについては、これと同様の方法で行うことができるため、雰囲気についての説明は省略する。
溶媒に添加される物質は限定されないが、一例として、硫化水素(HS)又は下記一般式(2)で表されるものが挙げられる。

MH・mHO ・・・(2)

式(2)中、Mは、アルカリ金属又はアルカリ土類金属である。ただし、ここでいうアルカリ土類金属には、Mgも含まれる。また式(2)中のpは0又は1、qは0.5≦q≦6.0を満たす数であり、mは環境の湿度により変化する数である。
【0034】
原料LDHとHS及び/又はS 2-を含有させた溶液との接触方法は、両者が十分に接触し、原料LDHの層間にHS及び/又はS 2-が供給されるものであれば限定されない。一例として、前記原料LDHを入れた容器中に前記溶液を注ぐこと、前記溶液を入れた容器中に前記原料LDHを投入すること、前記溶液が流れる流路中に前記原料LDHを連続投入すること等が挙げられる。両者を容器中で接触させる場合には、前記原料LDHの層間へのHS及び/又はS 2-の供給を促進する点で、容器内の混合物を撹拌することが好ましい。
【0035】
原料LDHとして、上述した一般式(1)’中のaの値が小さいもの、すなわち層間のアニオンに占める炭酸イオン(CO 2-)の割合が大きいもの(以下、「炭酸型LDH」と記載する)、を使用する場合には、炭酸イオンが層間から離脱しにくいため、溶媒との接触に先立ち、以下のいずれかの処理を行って、炭酸イオンの少なくとも一部を層間から除去することが好ましい。
【0036】
1つ目の処理は、炭酸型LDHを、アルコール中で1価のアニオン(Cl、NO 等)を含む酸性化合物と接触させることで、該アニオンが層間に入った易アニオン交換性のLDHに変換するものであり、該処理を行った後にHS及び/又はS 2-を含有させた溶液と接触させる方法は、「イオン交換法」と呼ばれる。
イオン交換法における一連の反応を、図2に模式的に示す。図中の(a)は、炭酸型LDHから易アニオン交換性LDHが生成する反応であり、図中の(b)は、該易アニオン交換性LDHから硫化物イオン含有LDHが生成する反応である。なお、図中では、易アニオン交換性LDHとして、層間に塩化物イオンが挟み込まれたLDH(Cl型LDH)を経由する場合を示したが、他の易アニオン交換性LDHを経由する場合も同様の反応が起こる。
炭酸型LDHから炭酸イオンを除去(脱炭酸)することによって得られる易アニオン交換性LDHは、下記一般式(3)で表される。

R(OH)2(x+1)X・nHO ・・・(3)

式(3)中、Qは2価の金属イオン、Rは3価の金属イオン、Xは1価のアニオンである。また、式(3)中のxは、1.8≦x≦4.2を満たす数であり、nは環境の湿度により変化する数である。

このようにして得られた易アニオン交換性LDHを、HS及び/又はS 2-を含有させた溶媒と接触させることで、図2の(b)にあるように、層間のアニオンがHS及び/又はS 2-に交換され、硫化物イオン含有LDHが得られる。
【0037】
なお、HSも酸性化合物であるため、はじめの(a)の段階でHSを適用すれば、炭酸型LDHのCO 2-をHS及び/又はS 2-に、一段でイオン交換し、硫化物イオン含有LDHに変換可能である。
【0038】
2つ目の処理は、炭酸型LDHを500℃~600℃に加熱処理して層状構造を崩して脱炭酸するものであり、該処理を行った後にHS及び/又はS 2-を含有させた溶液と接触させる方法は、「再構築法」と呼ばれる。再構築法によれば、層状構造が再構築されると同時に溶媒中のHS及び/又はS 2-が層間に導入されるため、硫化物イオン含有LDHが得られる。
【0039】
HS及び/又はS 2-を含有させた溶液と接触した固形物を、該溶液から分離する方法としては、ろ過又は遠心分離等の一般的な固液分離方法を採用できる。
分離後の固形物の洗浄方法としては、固形物を清浄な溶媒に接触させた後に該溶媒を除去する方法を採用できる。固形物に接触させる清浄な溶媒は、窒素ガス若しくは希ガスのバブリング、又は加熱等により、予め溶存する酸素及び二酸化炭素の濃度を低減させておくことが好ましい。
洗浄後の固形物の乾燥方法としては、加熱乾燥又は減圧乾燥等の一般的な方法を採用できる。硫化物イオン含有LDHの変質や硫化水素放出を抑制する点で、減圧乾燥が好ましい。
乾燥後の固形物の密封収容方法としては、開口を有する包材中に固形物を入れ、該開口を封止する方法を採用できる。この操作は大気中で行うことができる。その際、包材中を脱気して内部の大気を追い出した後で開口を封止することが、固形物と接する大気の量を減少させ、固形物(硫化物イオン含有LDH)の保存安定性を高める点で好ましい。また、この操作を不活性ガス雰囲気下で行うことで、包材中を不活性ガス雰囲気とすることができ、また前記開口の封止に先立って包材中を減圧すれば、包材中を減容状態又は真空とすることができ、いずれの場合も固形物(硫化物イオン含有LDH)の保存安定性が向上する点でより好ましい。なお、包材中を減容状態又は真空若しくは不活性ガス雰囲気とする方法はこれに限定されず、当業者が通常想起し得るあらゆる方法を採用できる。
なお、前記乾燥後の固形物は、後述するように、大気と接することによって硫化水素放出を開始するが、徐放途上で不活性ガス雰囲気中若しくは真空中又は減容状態中に置くことで、中途の段階で硫化水素の放出を抑制または停止しておくことができる。
【0040】
本実施形態は、イオン交換反応時のみならず、その前段階である溶液の調製や、後段階であるろ過・洗浄・乾燥の全プロセスを不活性雰囲気下で行い、さらに得られた硫化物イオン含有LDHを包材中に密封収容することで、層間に硫化水素源となる硫黄含有アニオンを保持することを可能とし、硫化水素徐放性を発現させたことを特徴とする。
従来報告されている硫化物イオン含有LDHは、その製造工程の少なくとも一部、また乾燥・保存など取扱いが大気中で行われているため、後述する実施例に示されるように、硫化水素を徐放するのに十分な量の硫黄含有アニオン(硫化水素源)が層間に保持されていないものと解される。
【0041】
以上、本実施形態に係る包装体の製造方法の一例を説明したが、本実施形態に係る包装体は、他の方法によっても製造することができる。例えば、硫化物イオン含有LDHを製造する際に、カチオン層を形成する複数種の金属イオンを含む水溶液と、硫化ナトリウム水溶液のような硫化物イオンを含むアルカリ溶液とを混合して熟成させる、「共沈法」を採用することもできる。これは、共沈法によるLDHの合成時に、使用したアルカリ水溶液のアニオン成分が層間に挟み込まれる現象を利用するものである。また、他の製造方法として、膨潤又はナノシート化したLDHに所定のアニオンを含む溶液を加えて凝集させるといった特殊な合成法も適用できることは言うまでもない。
さらに、LDHの合成においては、結晶性を向上させる目的で熟成を行うことが多いが、熟成を十分に行っていないことなどによって結晶性が低い「LDH様」の化合物についても、粉末X線構造解析において底面間隔(層と層の間隔)に対応する回折が検出され、かつ硫化水素源となる硫黄含有アニオンを含有しているのであれば、本明細書における硫化物イオン含有LDHに含まれる。
【0042】
[硫化水素徐放剤及び硫化水素の発生方法]
本実施形態に係る硫化水素徐放剤は、上述した包装体の包材を開封し、硫化物イオン含有LDHを大気に曝すことで得られる。そして、本実施形態に係る硫化水素の発生方法は、前記硫化水素徐放剤を用いて硫化水素を徐放することを特徴とする。
【0043】
本実施形態において、硫化水素徐放剤、すなわち硫化水素を徐放する無機固体材料として硫化物イオン含有LDHを採用するに至った理由は、硫化物イオン含有LDHが以下の作用機構により硫化水素を徐放するものと考えられたためである。
【0044】
上述の非特許文献5にあるように、LDHの層間に挟み込まれた弱酸の共役塩基は、大気中のCOがHOと反応することで生じるHCOによってプロトン化されて弱酸分子となり、該分子が揮発性の場合には大気中に放出される可能性がある。HSやS 2-は、弱酸であるHSの共役塩基であるから、硫化物イオン含有LDHを大気中に置いた場合には、これらのアニオンがHSとして大気中に放出されると考えられる。このときの化学反応は、以下の化学式(4)で表される。

CO + HO + 2[HSLDH
→ 2HS↑ + [CO 2-LDH
・・・(4)
(ここで、[ ]LDHは、LDH層間に存在することを示している。)

この一連の反応は、図3に示すように、大気中のCOが硫化物イオン含有LDHの層間に入り込み、大気中又は層間に存在するHOと反応してプロトンHとCO 2-イオンとを生成し、生成したCO 2-が層間のHS及び/又はS 2-とアニオン交換すると同時に、生成したHがHS及び/又はS 2-と結合して硫化水素(HS)となり、硫化水素ガスとして大気中に放出されるものと考えられる。このように、層間へのガスの侵入と層間からのガスの離脱といった拡散過程を必須とするため、前記反応は長時間にわたって継続し、硫化水素の徐放性として観察されると解される。
【0045】
ここで、本明細書における硫化水素徐放性ないし硫化水素徐放剤とは、後述するHSの放出実験において、最大値の1/100以上の濃度の硫化水素が30分以上にわたって検出され続ける性質、ないし該性質を有する物質をいう。例えば、図5に示すHSの放出実験の結果では、検出されたHS濃度の最大値は約35ppmであるから、その1/100である0.35ppm以上のHSが30分以上検出され続けたことをもって、硫化水素徐放性を有すると判断される。
【0046】
前述したHSの放出実験は、以下の方法で実施する。
硫化物イオン含有LDHを入れた密封容器にガスの供給管と排出管とを挿入し、ガス供給管から20℃、50%RHの空気を100mL/分の流量で導入し、排出管から出てくる空気中のHS濃度を、HS濃度センサーで1分毎に測定し、HS濃度の経時変化を調べる。なお、測定間隔は、徐放時間によって、1分~5分毎の間で調節可能である。
濃度の測定に使用するHS濃度センサーは、RAE System製ToxiRAE3(検出限界は0.4ppm、分解能0.1ppm)であるが、同等品を使用してもよい。また、HS濃度センサーの代わりに検知管やガスクロマトグラフィーなど他の濃度測定法を適用することも可能である。例えば、検知管((株)ガステック製)を使用する場合は、テドラー(商標登録)バッグなどで1~5分の一定時間、捕集した排出ガスを検知管法で測定する。
【0047】
硫化水素徐放剤から放出される硫化水素の総量は、硫化物イオン含有LDHにおいて、層間のアニオンサイトに占めるHS及び/又はS 2-の割合(一般式(1)におけるyの値)にほぼ比例する。この割合は、硫化物イオン含有LDHの製造に使用する原料LDHないし易アニオン交換性LDHのモル数に対する、該LDHと接触させる溶液中のHS及び/又はS 2-のモル数の比率を変えることによって調整することができる。前記割合ないし比率が小さい場合には、硫化物イオン含有LDHの層間に、原料LDHないし易アニオン交換性LDHに含まれていたアニオン成分が一部残留することになる。
【0048】
本実施形態に係る硫化水素徐放剤は、上述した硫化物イオン含有LDHを必須成分とするが、このほかに、本発明の目的を達成できる範囲内で、硫化水素の徐放速度を調節する成分や希釈剤ないし増量材、表面コーティング剤、硫化水素と反応して他の化合物を生成する成分等の各種添加剤を含有しても良く、また通気を制限したカバーテープによるラッピングなどの物理的な加工も妨げるものではない。
【0049】
以上の材料及び方法で硫化水素が徐放され得るが、医療への応用においては、安全性、濃度制御、ならびに濃度の恒常性の点から、より狭い濃度範囲で、より長時間の放出が求められる状況も充分に想定できる。このため、上述した硫化水素徐放性の基準である「HSの放出実験において、最大値の1/100以上の濃度の硫化水素が30分以上にわたって検出され続ける性質」よりも高度な徐放性の基準をも想定する必要がある。例示すれば「上述したHSの放出実験において、最大値の1/2以上の濃度の硫化水素が2時間以上にわたって検出され続ける性質」(以下、「高度な硫化水素徐放性能」と記載する)といった、濃度・時間共により厳しい基準である。
【0050】
このような「高度な硫化水素徐放性能」を目指す場合、前述した硫化物イオン含有LDHをさらに加工ないし処理することが考えられる。本発明者は、硫化水素徐放性能を処理前よりも更に高度な方向へ変化させる加工ないし処理をも併せて創案したので、これらについて、好ましい実施形態として以下に説明する。なお、本明細書では、硫化物イオン含有LDHの硫化水素徐放性能を向上させるための加工ないし処理を「徐放性向上処理」と総称する。
【0051】
[硫化物イオン含有LDHの造粒体又は圧粉体への加工]
本発明の好ましい実施形態である徐放性向上処理としては、粉末状の硫化物イオン含有LDHを、緻密化処理により造粒体又は圧粉体とすることが挙げられる。これにより、硫化物イオン含有LDHの質量当たりの表面積が減少し、硫化水素放出の要因となる二酸化炭素及び水分との接触が抑制されると共に、放出された硫化水素が雰囲気中に放散されにくくなることで、徐放性が向上する。
【0052】
緻密化処理の方法は特に限定されず、転動造粒若しくはスプレードライ等の造粒方法、一軸加圧成形等のプレス成形方法、又は包材に収容する際に圧密する方法等が例示される。
なお、硫化物イオン含有LDHの質量当たりの表面積の減少による徐放性の向上という点からは、単純に硫化物イオン含有LDHの堆積厚さを増加することも有効である。
【0053】
[硫化物イオン含有LDHの増量材との混合]
本発明の他の好ましい実施形態である徐放性向上処理としては、硫化物イオン含有LDHを増量材ないし希釈剤と混合することが挙げられる。これにより、硫化物イオン含有LDHの量が減少するとともに、硫化水素放出の要因となる二酸化炭素及び水分との接触が増量材ないし希釈剤によって抑制され、放出されるHSのピーク濃度を抑制できる。その結果、徐放性の向上に繋がる。
【0054】
使用可能な増量材ないし希釈剤としては、硫化水素を放出せず、かつこれと反応しないものであれば特に限定されず、例えばシリカ、アルミナ、層状複水酸化物及びガラスを始めとする無機物や、油脂及び樹脂等の有機物が挙げられる。また、増量材ないし希釈剤として、ゼリー、ジェル、ゲル及びクリーム等を使用してもよい。
【0055】
[硫化物イオン含有LDHの多孔質カバー又はケースへの収容]
本発明の他の好ましい実施形態である徐放性向上処理としては、硫化物イオン含有LDHを、多孔質のカバー又はケースに収容することが挙げられる。これにより、硫化水素放出の要因となる二酸化炭素及び水分の硫化物イオン含有LDHとの接触が抑制されるとともに、硫化物イオン含有LDHから放出された硫化水素の雰囲気中への放散も抑制される。その結果、徐放性の向上に繋がる。
【0056】
硫化物イオン含有LDHを収容する多孔質のカバー又はケースの材質及び形状、並びに空隙率及びポアサイズ等は限定されず、用途に応じて適宜選択することができる。一例として、図4に示すように、硫化物イオン含有LDHを挟み込むメンブランフィルターと、これをさらに挟み込むポーラステープとで構成されたものが挙げられる。この場合のポーラステープとしては、市販のサージカルテープを使用できる。
【0057】
[硫化物イオン含有LDHにおける硫黄含有アニオンの分布状態を変化させる処理]
本発明の他の好ましい実施形態である徐放性向上処理としては、硫化物イオン含有LDHにおいて、硫黄含有アニオンであるHS及び/又はS 2-(ただし、kは正の整数)の分布状態を変化させる処理を行うことが挙げられる。こうした処理の例としては、水洗浄処理、酸素への接触処理、組成分布均一化処理及び硫化水素放出処理等が挙げられる。これらの例について以下に説明する。
【0058】
<硫化物イオン含有LDHの水洗浄処理>
硫化物イオン含有LDHの水洗浄処理は、水を含む液体にて硫化物イオン含有LDHを洗浄する処理である。具体的には、硫化物イオン含有LDHの合成後の洗浄を水溶媒で行うことや、水溶媒以外での洗浄に水洗浄操作を追加することが挙げられる。これにより、硫化物イオン含有LDHが大気に接触した直後に多量の硫化水素が放出されること(初期高濃度放出)を防止し、硫化水素の最大放出濃度が抑制される。また、放出が長時間に亘って持続する。その結果、徐放性の向上に繋がる。
【0059】
このメカニズムは、次のように考えられる。製造直後の硫化物イオン含有LDHは、粒子表面に硫化水素源が付着していたり、粒子間の空隙に硫化水素源が保持されていたり、粒子表面近傍の層間にHS及び/又はS 2-が挟み込まれていたりする。この状態の硫化物イオン含有LDHが大気に接触すると、これらの硫化水素源から同時に硫化水素が発生するため、多量の硫化水素が放出されることとなる。しかし、前もって水洗浄を行うことで、前記硫化水素源が除去されるため、硫化物イオン含有LDHが大気に接触した直後の硫化水素の発生量が抑制される。したがって、硫化物イオン含有LDHの水洗浄を入念に行うほど、すなわち水洗浄の回数を増加させたり時間を長くしたりするほど、大気接触直後の硫化水素発生量が抑制されることとなる。
【0060】
洗浄に使用する液体としては、水を含有するものであれば特に限定されないが、硫化水素源を効率的に除去する点で水そのものが好ましい。使用する水としては、不純物の混入を防止する点で蒸留水又はイオン交換水がより好ましい。また、洗浄中の硫化水素の発生又は硫化物源の酸化を制御、抑制若しくは防止する点で、溶存する酸素や二酸化炭素等のガスが低減されたものを用いることがさらに好ましい。水中の溶存ガスを低減する方法としては、窒素ガスや希ガス等をバブリングする方法が挙げられる。
洗浄の方法も特に限定されず、硫化物イオン含有LDHの水への分散と固液分離とを繰り返す方法や、フィルター上の硫化物イオン含有LDHに流水を供給する方法等が挙げられる。前述の固液分離方法としては、ろ過や遠心分離等の慣用されている方法が利用できる。
【0061】
<硫化物イオン含有LDHの酸素への接触処理>
硫化物イオン含有LDHの酸素への接触処理は、文字どおり硫化物イオン含有LDHを酸素に接触させる処理である。これにより、粒子表面に付着した硫化水素源、粒子間の空隙に保持された硫化水素源、及び粒子表面近傍の層間に挟み込まれたHS及び/又はS 2-が酸化されて失活し、前述の水洗浄処理と同様の効果が得られる。
【0062】
硫化物イオン含有LDHの酸素への接触方法は特に限定されず、例えば、硫化物イオン含有LDHを収容した容器中に酸素含有ガスを導入する方法等が採用できる。その際に使用する酸素含有ガスは、酸素を含有するものであればその含有割合や他のガス成分は限定されないが、処理中の硫化水素の発生を抑制する点で、水及び二酸化炭素を含まないか、その含有量が低減されたものが好ましい。
【0063】
<硫化物イオン含有LDHの組成分布均質化処理>
硫化物イオン含有LDHの組成分布均質化処理は、硫化物イオン含有LDH中の硫化水素源の分布の不均一を緩和させる処理をいい、具体的には、硫化物イオン含有LDHを減容状態又は真空若しくは不活性ガス雰囲気中で保存する際に保存時間を長くすること、硫化物イオン含有LDHを加熱すること、及びこれらを組み合わせることが挙げられる。
【0064】
硫化物イオン含有LDHの組成分布均質化処理により、硫化水素放出濃度が低減するとともに、放出が長時間に亘って持続するメカニズムは、次のように考えられる。製造直後の硫化物イオン含有LDHは、イオン交換の不均一等に起因して、層間のHS及び/又はS 2-の分布にばらつきを有する。特に、表面近傍の層間には多量のHS及び/又はS 2-が含まれるのに対し、表面から離れた内部の層間にはこれらのイオンが殆ど含まれない状態が生じる。この状態の硫化物イオン含有LDHが大気に接触すると、接触開始から短時間で、硫化水素として放出可能な層間のHS及び/又はS 2-の大半が放出されてしまう。しかし、組成分布の均質化を行うことで、表面近傍のHS及び/又はS 2-が内部に拡散して分布の不均一が緩和され、大気に接触した際に、内部に位置するHS及び/又はS 2-が遅れて放出されるようになる。これにより、硫化水素の初期高濃度放出を防止し、硫化水素の最大放出濃度が抑制される。また、放出が長時間に亘って持続する。その結果、徐放性の向上に繋がる。
【0065】
組成分布均質化の時間及び温度は特に限定されず、例えば、室温で4週間~6ヶ月程度保存することが挙げられる。加熱によって組成分布の均質化を行う場合には、より短期間で効果が得られる。一例としては、40℃に加熱した場合は数日程度で、60℃では1日程度で、それぞれ効果が現れる。この場合の加熱温度は、硫化物イオン含有LDHからの硫化水素や層間水の放出を抑制する点で、100℃以下とすることが好ましく、80℃以下とすることがより好ましい。
また、組成分布の均質化は、硫化物イオン含有LDHを包材中に密封収容する前に行ってもよく、包材中に密封収容後に行ってもよい。
【0066】
<硫化物イオン含有LDHの硫化水素放出処理>
硫化物イオン含有LDHの硫化水素放出処理は、硫化物イオン含有LDHから、含有する硫化水素の一部を放出させる処理である。これにより、硫化物イオン含有LDHが大気に接触した直後に多量の硫化水素の初期高濃度放出を防止し、硫化水素の最大放出濃度が抑制される。しかも、放出が長時間に亘って持続する特性は損なわれない。
【0067】
このメカニズムは、次のように考えられる。製造直後の硫化物イオン含有LDHは、粒子表面に硫化水素源が付着していたり、粒子間の空隙に硫化水素源が保持されていたり、粒子表面近傍の層間にHS及び/又はS 2-が挟み込まれていたりする。この状態の硫化物イオン含有LDHが大気に接触すると、これらの硫化水素源から同時に硫化水素が発生するため、多量の硫化水素が放出されることとなる。しかし、前もって硫化水素放出処理を行うことで、前記硫化水素源由来の硫化水素が放出されて該硫化水素源が除去されるため、硫化物イオン含有LDHが大気に接触した直後の硫化水素の発生量が抑制される。
【0068】
硫化物イオン含有LDHから硫化水素を放出させる方法は特に限定されず、例えば、硫化物イオン含有LDHを水分及び二酸化炭素を含有する雰囲気中に置くことや、これを収容した容器中に空気を導入するエアレーション等が採用できる。
【0069】
以上に説明した、徐放性向上処理を行う本発明の好ましい実施形態は、単独で採用してもよく、2以上の形態を組み合わせて採用してもよい。2以上の形態を適切に組み合わせることで、単独の処理に比べて徐放性能を向上させることが可能となり、上述した高度な硫化水素徐放性能を実現する上で好ましい。これにより、用途に応じた最適な硫化水素徐放性能が得られる。
なお、上述した徐放性向上処理は、硫化物イオン含有LDHのみならず、硫化水素源を含み、大気との反応によって硫化水素を放出する他の固体材料に対しても、有効と考えられる。
【実施例
【0070】
以下、実施例に基づいて具体的に説明する。ただし、これら実施例は、本発明を容易に理解するための一助として示したものであり、決して本発明を限定するものではない。
【0071】
実施例1~3は、易アニオン交換性LDHとしてCl型LDHを経由するイオン交換法を用いた、硫化物イオン含有LDH及びこれを密封収容した包装体の製造例である。
【0072】
(実施例1)
炭酸型LDHとして、2価の金属イオンがMgイオン、3価の金属イオンがAlイオンであり、一般式MgAl(OH)(CO 2-0.5・2HOで示される市販の炭酸型層状複水酸化物(DHT-6、協和化学工業株式会社製、粒径分布約0.1~1μm、Mg/Alモル比2.99(±0.06))を使用した。以下、このLDHをCO 2-MgAl-LDH3と記載する。
【0073】
まず、特許第5867831号公報に記載の方法により、炭酸型LDHをCl型LDHに変換した。
CO 2-MgAl-LDH3を250mg秤量して、三口フラスコに入れ、エタノール37.5mLを加えた。窒素フロー下(500mL/分)、マグネチックスターラーでこの懸濁液を撹拌しつつ、12.5mLの塩酸エタノール溶液(0.1mol/L)を滴下し、室温(20~25℃)で1時間、撹拌しつつ反応させた。その後、窒素フロー中、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、エタノールで沈殿物を充分に洗浄した。ろ別した沈殿物をかき集めて回収し、直ちに減圧し、真空下で1時間以上乾燥して、白色粉末を得た。
得られた白色粉末のFTIR(フーリエ変換赤外吸収法、Perkin-Elmer Spectrum One,ATRアタッチメント)測定により、1360cm-1の炭酸イオン(CO 2-)による吸収が見られなかったことから、塩化物イオンによって炭酸イオンが置換されたと判断した。また、ICP-AES(Seiko製、SPS1700HVR)による分析の結果、Mg/Al比に変化がないことがわかった。以下、このLDHをClMgAl-LDH3と記載する。
【0074】
次いで、ClMgAl-LDH3から硫化物イオン含有LDHを製造した。
窒素雰囲気のグローブボックス中で、脱ガスしたイオン交換水15mLに、7mgのNaHS・nHO(一硫化水素ナトリウムn水和物、無水物として65%、和光純薬製)を溶かしてNaHS溶液を調製した。なお、後述する他の実施例においても、NaHS・nHOとして本実施例と同じものを使用した。また、脱ガスしたイオン交換水は、イオン交換水を沸騰後、その冷却時に窒素ガスバブリングして得られたもので、後述する他の実施例においても、同じ操作を行ったものを使用している。
ClMgAl-LDH3を25mg秤量して30mLのガラスバイアルに入れ、前述のグローブボックス中で、前記NaHS溶液を加えて、よく振り混ぜて分散させた。
ガラスバイアルを密栓して2日間反応させた後、前述のグローブボックス中で、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたイオン交換水でろ物(残渣)を洗浄し、メンブランフィルターごと減圧して、真空下で30分程度乾燥させ、淡黄色の粉末状試料(硫化物イオン含有LDH)を得た。
【0075】
次いで、硫化物イオン含有LDHを密封収容した包装体を製造した。
得られた淡黄色の粉末状試料を、前述のグローブボックス中で、メンブランフィルターごと13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、包装体とした。
【0076】
得られた包装体中の硫化物イオン含有LDHについて、上述の方法によりHSの放出実験を行った。
図5にHS濃度の経時変化を示す。空気に接してから、次第にHS濃度が上昇して数分後に最大値を示し、その後、徐々に濃度が減少した。HSが検出された時間は、最大値が検出されてから40分間程度であり、本実施例で得られた硫化物イオン含有LDHは、硫化水素徐放性を有することが判明した。
【0077】
(実施例2)
炭酸型LDHとして、2価の金属イオンがMgイオン、3価の金属イオンがAlイオンであり、一般式MgAl(OH)(CO 2-0.5・2HOで示されるLDH(MgAl-LDH2)を合成して使用した。以下、このLDHをCO 2-MgAl-LDH2と表す。CO 2-MgAl-LDH2は、Mg/Alモル比がほぼ2であり、実施例1で使用したCO 2-MgAl-LDH3よりもMg/Al比が小さい。これは、層電荷密度が高いことを意味する。
【0078】
まず、特開2005-335965号公報に記載の方法により、CO 2-MgAl-LDH2の合成を行った。
MgCl・6HO(508mg)、AlCl・6HO(302mg)を秤量し、イオン交換水を加えて12.5mLの溶液とし、これにヘキサメチレンテトラミン(613mg)を溶かして12.5mL水溶液としたものを加え、混合した溶液を0.2ミクロンのメンブランフィルターでろ過したのち、50mL容量の耐圧テフロン(登録商標)容器に入れ、耐圧ステンレス容器に収めて密封し、140℃で1日、水熱処理を行った。水熱処理後の混合物をろ過、水洗後、真空中で乾燥し、279mgの白色粉末を得た。
得られた白色粉末の粒径は約0.5~2μm、Mg/Alモル比は、1.94(±0.04)であった。図6に示すように、FTIR(フーリエ変換赤外吸収法)吸収スペクトルは、すでに報告されているプロファイルと一致した。
【0079】
次いで、得られた炭酸型LDH(CO 2-MgAl-LDH2)を、Cl型LDHに変換した。
CO 2-MgAl-LDH2を80.7mg秤量して、三口フラスコに入れ、エタノールを43.3mL加えて懸濁液を調製した。窒素フロー下(500mL/分)、マグネチックスターラーでこの懸濁液を撹拌しつつ、6.7mLの塩酸エタノール溶液(0.1mol/L)を滴下し、35℃で1時間、撹拌しつつ反応させた。そして、実施例1においてCl型LDHの乾燥に適用したのと同様の条件にてろ過、洗浄及び乾燥処理を行い、白色粉末を得た。
得られた白色粉末のFTIR(フーリエ変換赤外吸収法)測定をしたところ、図7に示すように、1360cm-1の炭酸イオン(CO 2-)による吸収が見られなかったことから、塩化物イオンによって炭酸イオンが置換されたと判断した。また、ICP-AES(Seiko製、SPS1700HVR)による分析の結果、Mg/Al比に変化がないことがわかった。以下、このLDHをClMgAl-LDH2と記載する。
【0080】
次いで、ClMgAl-LDH2から硫化物イオン含有LDHを製造した。
窒素雰囲気のグローブボックス中で、窒素ガスバブリングによりメタノールを脱ガスした後、該メタノール25mLに、780mgのNaS・9HO(硫化ナトリウム九水和物、試薬特級、和光純薬製)を溶かしてNaS溶液を調製した。なお、後述する他の実施例においても、NaS・9HOとして本実施例と同じものを使用した。
次いで、ClMgAl-LDH2を40.5mg秤量して、30mLのガラスバイアルに入れ、前述のグローブボックス中で前記NaS溶液を加えて、よく振り混ぜて分散させた。
ガラスバイアルを密栓して2日間反応させた後、前述のグローブボックス中で、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたメタノールでろ物(残渣)を洗浄し、メンブランフィルターごと減圧して、真空下で30分程度乾燥させ、白色の粉末状試料(硫化物イオン含有LDH)を得た。
【0081】
次いで、硫化物イオン含有LDHを密封収容した包装体を製造した。
得られた硫化物イオン含有LDHを、前述のグローブボックス中で、メンブランフィルターごと13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、包装体とした。
【0082】
得られた包装体中の硫化物イオン含有LDHについて、実施例1と同様の方法で、HSの放出実験を行った。
図8にHS濃度の経時変化を示す。空気に接して、すぐに濃度が上昇して最大値を示し、その後、徐々に濃度が減少した。放出されたHSの総量は0.103mmoLであった。HSが検出された時間は、最大値が検出されてから8時間程度であり、本実施例で得られた硫化物イオン含有LDHは、硫化水素徐放性を有することが判明した。
【0083】
Sの放出実験後の硫化物イオン含有LDHについて、FTIR(ATR法)測定を行った。
得られた赤外吸収プロファイルを図9に示す。測定試料では、ClMgAl-LDH2では観察されなかった1360cm-1の炭酸イオン(CO 2-)による吸収が顕著に現れた。また1000cm-1付近の吸収がほとんど観察されなかった。
これらの結果から、硫化物イオン含有LDH中の硫黄含有アニオンは、酸化されてチオ硫酸イオンや硫酸イオンを生成することなく、CO 2-と置換されてHSとして大気中に放出されたと推定される。硫化物イオンは、赤外領域で強い特性ピークがなくFTIRによって観測されないので、残余の硫黄成分が存在するかどうかを調べるために、HS放出後の試料の熱分析を行った。
【0084】
Sの放出実験後の硫化物イオン含有LDHについて、TG-DTA(リガク製、ThermoPlus TG8120)により熱分析を行った。測定条件は、昇温速度10℃/分、加熱温度1100℃、空気フロー(20mL/分)とした。
図10に測定結果を示す。100℃での発熱と重量増、及び800~1000℃での重量減が観測された。100℃での発熱と重量増は、残存するS成分が酸化されて硫酸イオンないしチオ硫酸イオンとなったことに対応し、800~1000℃での重量減は、該硫酸イオン、もしくはチオ硫酸イオンが600℃付近で酸化されて生成した硫酸イオンが、SOとして脱離したことに対応するものと解される。
【0085】
残存するS成分の存在は、HSの放出後、HSの放出に関与しないSの分子種が層間に存在することを示唆している。この分子種は、価数の低いSのポリスルフィドを形成していると思われる。
【0086】
本実施例における硫化物イオン含有LDHの一般式を、以下の方法により決定した。なお、この方法は、出発原料であるClLDHなどの易アニオン交換性LDHにCO 2-が残存しておらず、また製造後の硫化物イオン含有LDHのアニオンサイトにClなどの残留アニオンがなく、かつ層間の硫化含有アニオンが全てHSとして存在する最も簡単な例を示している。アニオンサイトに残留アニオンが存在する場合には、その量を測定し、これを組み込んで一般式を決定する。
【0087】
まず、あらかじめ使用するLDHをICP-AES(ICP発光分光分析法)による分析に供し、硫化物イオン含有LDHのカチオン量を測定しておき、分析値から式中のQ(2価の金属イオン)とR(3価の金属イオン)とのモル比を算出し、一般式(1)中のxの値をx=2と決定した。
【0088】
次いで、質量既知の硫化物イオン含有LDHについて、上述したHSの放出実験にて測定されたHS濃度を時間に対してプロットし、HS放出曲線を作成した。そして、該放出曲線を積分することで、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSの総モル数を算出し、(HS0.64を得た。
【0089】
次いで、HSの放出実験後の、HSの放出が確認されなくなった硫化物イオン含有LDHの一部を、TG-DTA(熱重量・示差熱同時分析装置)による熱分析に供した。測定条件は、昇温速度10℃/分、加熱温度1100℃、空気フロー(20mL/分)とした。得られた測定結果において、100℃~250℃の減量を層間のHOの脱離によるものとし、300℃~600℃の減量を層間のCO 2-がCOとして脱離すること、及び層を構成するOH基がHOとして脱離することの2つ原因によるものとし、700℃~1100℃の減量を硫酸イオン(SO 2-)のSOとしての脱離によるものとした。1100℃での生成物は、層の金属イオンに由来する金属酸化物の混合物であるので、この分子量(化学式量)から逆算して、各段階における分子量(化学式量)を求め、HS放出実験後の硫化物イオン含有LDH複合体中に含まれるHO、CO 2-及び残留硫化物アニオン(HS)、のそれぞれの量を算出した。すなわち、HSの放出実験後の硫化物イオン含有LDHのアニオンサイトにある、HS及び/又はS 2-とCO 2-のそれぞれの割合を求めて{(HS0.13(CO0.35}を得ると共に、HO量から、一般式(1)中のnの値をn=1.8と決定した。CO 2-の割合については、カチオンと共に層を構成するOH基の質量を、前記xの値に基づいて2(x+1)から算出し、この質量を、熱分析で得られた300℃~600℃までの減量から差し引くことで、該温度範囲で放出されたCOの質量を算出し、該質量に基づいて決定した。
【0090】
そして、HSの放出実験に供した硫化物イオン含有LDHの質量と放出されたHSの総モル数、及び熱分析で得られた残留硫黄含有アニオン(HS)の量から、一般式(1)中のyの値を、y=0.64+0.13=0.77と決定した。
【0091】
最後に、前提として、放出実験後の試料における層間(アニオンサイト)のCO 2-は、放出実験前に層間に挟み込まれていたHSに置換したものと、放出実験前に層間に挟み込まれていたOHが空気中のCOと反応して生成したものとから成り立っていること、該置換ないし反応に際しては、2つのHSないしOHが1つのCO 2-となること、ならびに一般式(1)においてZがOHであること、を考えることで、前述の方法で算出された放出実験後の試料の層間に存在するCO 2-のモル数、及び放出されたHSの総モル数に基づいて、tの値をt=0.35×2-0.64=0.06と決定した。
このようにして、MgAl(OH){(HS0.77(OH0.06}・1.8HOが、一般式として得られた。
【0092】
(実施例3)
易アニオン交換性LDHから硫化水素徐放剤を製造する際に溶媒に混合するHSないしS 2-源として、ポリスルフィドであるNa((株)同仁化学研究所製)を使用した。
【0093】
まず、実施例1と同様の方法で、ClMgAl-LDH3を調製した。
【0094】
次いで、ClMgAl-LDH3から硫化物イオン含有LDHを製造した。
窒素雰囲気のグローブボックス中で、脱ガスしたメタノール7.5mLに100mgのNaを溶かしてNa溶液を調製した。
ClMgAl-LDH3を10.8mg秤量して30mLのガラスバイアルに入れ、前述のグローブボックス中で、前記Na溶液を加えて、よく振り混ぜて分散させた。
ガラスバイアルを密栓して2日間イオン交換反応させた後、前述のグローブボックス中で、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたメタノールでろ物(残渣)を洗浄し、メンブランフィルターごと減圧して、真空下で30分程度乾燥させ、黄土色の粉末状試料(硫化物イオン含有LDH)を得た。
【0095】
次いで、硫化物イオン含有LDHを密封収容した包装体を製造した。
得られた硫化物イオン含有LDHを、前述のグローブボックス中で、メンブランフィルターごと13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、包装体とした。
【0096】
得られた包装体中の硫化物イオン含有LDHについて、実施例1と同様の方法で、HSの放出実験を行った。図11にHS濃度の経時変化を示す。空気に接して、すぐに濃度が上昇して最大値を示し、その後、徐々に濃度が減少した。HSが検出された時間は、最大値が検出されてから4時間程度であり、本実施例で得られた硫化物イオン含有LDHは、硫化水素徐放性を有することが判明した。
【0097】
製造直後の硫化物イオン含有LDH、及び2時間のHSの放出実験に供した硫化物イオン含有LDHについて、FTIR(ATR法)測定を行い、比較した。その結果を図12に示す。製造直後の硫化物イオン含有LDH(a)では、CO 2-やチオ硫酸イオンによる吸収はほとんど観察されないが、HSの放出実験に供した硫化物イオン含有LDH(b)では、1360cm-1の炭酸イオン(CO 2-)による吸収や1000から1100cm-1付近のチオ硫酸イオンによる吸収が顕著に現れており、層間の硫黄含有アニオンがCO 2-と置換されてHSとして大気中に放出されるとともに、層間に残存する硫黄含有アニオンが大気中の酸素によって酸化されてチオ硫酸イオンが生じたことがわかった。
【0098】
製造直後、すなわちHSの放出実験前の硫化物イオン含有LDHについて、TG-DTAにより熱分析を行った。測定条件は、昇温速度10℃/分、加熱温度1100℃、空気フロー(20mL/分)とした。結果を図13に示す。800~1000℃で観測された質量減は、硫酸イオンのSOとしての脱離に対応するものと解される。また、584℃での発熱反応に伴う600℃付近での重量増は、チオ硫酸イオンがさらに硫酸イオンに酸化されることによるものと考えられる。このチオ硫酸イオンは、LDH層間のHSないしS 2-が酸化されて生じたものと考えられ、86℃での発熱と重量増が、チオ硫酸イオンへの酸化に対応していると解される。
【0099】
なお、本実施例における硫化物イオン含有LDHの製造手順において、溶媒(メタノール)に混合するHSないしS 2-源を、NaよりもSの多いポリスルフィドであるNa((株)同仁化学研究所製)に変更することで製造された硫化物イオン含有LDHについても、HSの放出実験において、本実施例と同様の結果を示した。
【0100】
(実施例4)
本実施例は、Cl型LDH以外の易アニオン交換性LDHを経由するイオン交換法を用いた製造例である。易アニオン交換性LDHのアニオンとして、ClO4 ,NO を採用した。
【0101】
まず、易アニオン交換性LDHであるClO4 MgAl-LDH3及びNO MgAl-LDH3をそれぞれ調製した。
【0102】
ClO4 MgAl-LDH3は、特許第5867831号公報に記載の方法により、以下の手順で調製した。まず、112mgの過塩素酸(60%、試薬特級、関東化学(株)製)を5mLのエタノールに溶かすことで、過塩素酸エタノール溶液を調製した。次いで、100mgのCO 2-MgAl-LDH3を、窒素ガスフロー(500mL/分)下で、45mLのエタノールに懸濁させ、懸濁液をマグネチックスターラーで撹拌しつつ、前述の過塩素酸エタノール溶液を滴下し、室温(20~25℃)で1時間、撹拌しつつ反応させた。その後、窒素フロー中、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、メタノールで沈殿物を充分に洗浄した。ろ別した沈殿物をかき集めて回収し、直ちに減圧し、真空下で1時間以上乾燥して、白色粉末116mgを得た。
得られた白色粉末について、FTIR(フーリエ変換赤外吸収法)で測定した赤外吸収プロファイルでは、1360cm-1の炭酸イオンによる吸収の消失と、1090~1100cm-1のClO の強い特性吸収が確認されたことから、ClO MgAl-LDH3が生成したと判断した。
【0103】
NO MgAl-LDH3の調製は、以下のようにして行った。まず、159mgのNHNO(試薬特級、関東化学(株)製)、50mLのメタノール及び100mgのCO 2-MgAl-LDH3を準備し、NHNOの全量をメタノールの一部(10mL)に溶解した後、残りのメタノールで、CO 2-MgAl-LDH3を懸濁させた。
次いで、窒素ガスフロー(500mL/分)下で、懸濁液にNHNOのメタノール溶液を加えて撹拌しつつ、1.5時間、反応させた。反応後、窒素フロー中、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、メタノールでろ物(残渣)を充分に洗浄した。ろ別した残渣をかき集めて回収し、直ちに減圧し、真空下で1時間以上、乾燥して白色粉末を得た。
得られた白色粉末の赤外吸収プロファイルでは、NO とCO 2-の特性吸収の波数が近く、両者の区別が困難であったため、CHN分析によって、LDH層間へのNO の挟み込みを確認した。その結果、Nの分析値は、3.6wt%であったことから、NO MgAl-LDH3が生成したと判断した。
【0104】
次いで、得られたClO MgAl-LDH3及びNO MgAl-LDH3から硫化物イオン含有LDHを製造した。
ClO4 MgAl-LDH3及びNO MgAl-LDH3をそれぞれ20mgずつ秤量し、各々を30mLのガラスバイアルに入れた。
窒素雰囲気のグローブボックス中で、ClO4 MgAl-LDH3を入れたガラスバイアルに対しては、20mLの脱ガスしたメタノールに13.4mgのNaHS・nHOを溶かした溶液を加え、また、NO MgAl-LDH3を入れたガラスバイアルに対しては、20mLの脱ガスしたメタノールに14.5mgのNaHS・nHOを溶かした溶液を加え、それぞれ超音波で分散させた。
ガラスバイアルを密栓して2日間イオン交換反応させた後、前述のグローブボックス中で、各溶液を孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたメタノールでろ物(残渣)を洗浄し、メンブランフィルターごと減圧して、真空下で20分程度乾燥させた。どちらの場合も白色の粉末状試料(硫化物イオン含有LDH)が得られた。
【0105】
次いで、硫化物イオン含有LDHを密封収容した包装体を製造した。
得られた硫化物イオン含有LDHを保持したメンブランフィルターを、前述のグローブボックス中でそれぞれ1/4にカットし、硫化物イオン含有LDHごと13.5mLのガラス容器(包材)にそれぞれ入れて密栓し、包装体とした。
【0106】
得られた包装体中の硫化物イオン含有LDHについて、実施例1と同様にして、HSの放出実験を行った。HS濃度の経時変化を図14に示す。図中の(a)はClO4 MgAl-LDH3から得られた生成物の放出曲線であり、(b)はNO MgAl-LDH3から得られた生成物の放出曲線である。いずれの放出曲線も、空気に接して、すぐに濃度が上昇して最大値を示し、その後、徐々に濃度が減少した。HSが検出された時間は、ClO4 MgAl-LDH3由来のもの(a)で、最大値が検出されてから90分間程度、NO MgAl-LDH3由来のもの(b)で、最大値が検出されてから60分間程度であり、本実施例で得られた硫化物イオン含有LDHは、いずれも硫化水素徐放性を有することが判明した。
経由する易アニオン交換性LDHの相違によって放出曲線が異なるのは、i)イオン交換率の違い、ii)層間に残留しているClO4 とNO とのサイズの相違に起因した、層間のHSないしS 2-の拡散速度の違い、及びiii)酸化性を有するClO4 、NO との反応による、HSないしS 2-の変化、などの要因によるものと考えられる。
【0107】
(実施例5)
本実施例は、Mg2+以外の2価イオンを含むLDHの製造例である。具体的には、2価の金属イオンとしてNiイオン、3価の金属イオンとしてAlイオンを含むLDHを製造した。
【0108】
まず、2価の金属イオンとしてNiイオン、3価の金属イオンとしてAlイオンを含む炭酸型LDHを製造した。
409mgのNi(NO・6HO(試薬特級、関東化学(株)製)、176mgのAl(NO・9HO(試薬特級、関東化学(株)製)及び254mgの尿素(試薬特級、関東化学(株)製)をイオン交換水に溶かした12.5mLの混合水溶液を、25mL容量の耐圧テフロン(登録商標)容器に入れ、耐圧ステンレス容器(三愛科学(株)製)に収めて密封し、180℃で3日、水熱処理を行なった。ろ過、洗浄、乾燥により、188mgの生成物が得られた。粒径は0.2~0.6μm、ICP-AESで分析を行ったところ、Ni/Alモル比は2.91(±0.06)であった。このLDHをCO 2-NiAl-LDH3と表す。
【0109】
次いで、得られたCO 2-NiAl-LDH3を、以下の手順でClO NiAl-LDH3に変換した。
まず、140mgの過塩素酸(60%)を5mLのメタノールに溶かすことで、過塩素酸メタノール溶液を調製した。次いで、268mgのCO 2-NiAl-LDH3を、窒素ガスフロー(500mL/分)下で、45mLのメタノールに懸濁させ、懸濁液をマグネチックスターラーで撹拌しつつ、前述の過塩素酸メタノール溶液を滴下し、室温(20~25℃)で1時間、撹拌しつつ反応させた。その後、窒素フロー中、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、メタノールで沈殿物を充分に洗浄した。ろ別した沈殿物をかき集めて回収し、直ちに減圧し、真空下で1時間以上乾燥して、青緑色粉末297mgを得た。
得られた青緑色粉末のNi/Alモル比は、2.96(ICP分析による)で、出発原料のNi/Alモル比=3.0とほぼ同じであった。FTIR(フーリエ変換赤外吸収法)によって得られた赤外吸収プロファイルによると、生成した青緑色粉末では、1360cm-1の炭酸イオンによる吸収が消失し、1090~1100cm-1のClO の強い特性吸収が見られたことから、純度の高いClO NiAl-LDH3が得られたといえる。また、粉末X線回折測定(RH=0%、窒素雰囲気下測定)にて炭酸型LDHによる反射が認められなかったことからも、ClO NiAl-LDH3に変換されたといえる。走査型電子顕微鏡を用いてCO 2-NiAl-LDH3及びClO NiAl-LDH3の形状観察を行ったところ、両者は同様の形状を有しており、外形を保ちつつイオン交換が行われたことが判明した。
【0110】
次いで、得られたClO NiAl-LDH3から硫化物イオン含有LDHを製造した。
窒素雰囲気のグローブボックス中で、脱ガスしたメタノール10mLに、3.6mgのNaHS・nHOを溶かしてNaHS溶液を調製した。
前述のClO NiAl-LDH3を10.2mg秤量して20mLのガラスバイアルに入れ、前述のグローブボックス中で、前記NaHS溶液を加えて、超音波で分散させた。
ガラスバイアルを密栓して2日間反応させた後、前述のグローブボックス中で、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたメタノールでろ物(残渣)を洗浄し、メンブランフィルターごと減圧して、真空下で20分程度乾燥させ、青緑色の粉末状試料(硫化物イオン含有LDH)を得た。
【0111】
次いで、硫化物イオン含有LDHを密封収容した包装体を製造した。
得られた硫化物イオン含有LDHを保持したメンブランフィルターを、前述のグローブボックス中で1/2にカットし、硫化物イオン含有LDHごと13.5mLのガラス容器(包材)に入れて密栓し、包装体とした。
【0112】
得られた包装体中の硫化物イオン含有LDHについて、実施例1と同様にして、HSの放出実験を行った。HS濃度の経時変化を図15に示す。空気に接して、すぐに濃度が上昇して最大値を示し、しばらく同じような濃度を保った後、徐々に濃度が減少した。HSが検出された時間は、最大値が検出されてから70分間程度であり、本実施例で得られた硫化物イオン含有LDHは、硫化水素徐放性を有することが判明した。
このようにMgAl-LDH以外のLDHについても、MgAl-LDHと同様の製法により、硫化水素徐放性の硫化物イオン含有LDHが得られるといえる。
【0113】
(実施例6)
本実施例では、溶媒に混合するHSないしS 2-源の量(溶液中の濃度)と徐放されるHSの濃度との関係について検討した。
【0114】
まず、実施例1と同様の方法で、ClMgAl-LDH3を調製した。
【0115】
次いで、ClMgAl-LDH3から硫化物イオン含有LDHを製造した。
窒素雰囲気のグローブボックス中で、脱ガスしたメタノール20mLに、NaHS・nHOを14mg(溶液a)又は7mg(溶液b)溶かして、2種類のNaHS溶液を調製した。
ClMgAl-LDH3を25mgずつ秤量し、各々を30mLのガラス容器に入れ、前述のグローブボックス中で、一方のガラスバイアルには溶液aを、他方のガラスバイアルには溶液bを、それぞれ加えてよく振り混ぜて分散させた。
各ガラスバイアルを密栓して2日間イオン交換反応させた後、前述のグローブボックス中で、孔径0.2μmのメンブランフィルターで各溶液をろ過し、脱ガスしたメタノールでろ物(残渣)を洗浄し、メンブランフィルターごと減圧して、真空下で30分程度乾燥させ、溶液a由来の粉末状試料a及び溶液b由来の粉末状試料b(いずれも硫化物イオン含有LDH)を得た。
【0116】
次いで、各硫化物イオン含有LDHを密封収容した包装体を製造した。
得られた各硫化物イオン含有LDHを、前述のグローブボックス中で、それぞれメンブランフィルターごと13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、包装体とした。
【0117】
得られた各包装体中の硫化物イオン含有LDHについて、実施例1と同様の方法で、HSの放出実験を行った。図16にHS濃度の経時変化を示す。図中の(a)は、粉末状試料aの結果に、図中の(b)は、粉末状試料bの結果に、それぞれ対応する。放出開始直後には、粉末aから放出されるHS濃度は、粉末bのほぼ2倍となった。また、放出曲線を積分した場合、濃度・時間の積分値は、粉末aでは1260ppm・min、粉末bでは640ppm・minで、粉末aが粉末に比べ放出総量が2倍となった。
この結果から、粉末状試料(硫化水素徐放剤)からのHSの放出量は、製造時に使用する溶液中のHSないしS 2-の濃度にほぼ比例し、制御可能であるといえる。
【0118】
(実施例7)
本実施例では、いわゆる「再構築法」により硫化物イオン含有LDHを製造した。再構築法とは、上述したように、炭酸型LDHを500℃~600℃に加熱処理して層状構造を崩して脱炭酸した後、包接させたいアニオンを含む溶液中に加えることによって、層状構造を再構築すると同時に層間に当該アニオンを導入する手法である。
【0119】
まず、炭酸型LDHの層状構造を崩した。
CO 2-MgAl-LDH3(DHT-6、協和化学工業株式会社製)500mgを白金坩堝に入れ、空気中500℃で2時間加熱処理した後、真空容器に入れて減圧し、真空中で冷却した。
加熱処理前後の粉末のXRD測定結果を図17に示す。図において、(a)は加熱処理前のCO 2-MgAl-LDH3のプロファイルを、(b)は加熱処理後の粉末(以下、HT-LDH3と記載する)のプロファイルを、それぞれ示す。図より、加熱処理によって、CO 2-MgAl-LDH3の鋭い(00L)反射が消失し、層状構造が崩れたことが確認できた。
【0120】
次いで、層状構造を崩したLDHの層状構造を再構築し、硫化物イオン含有LDHを製造した。
窒素雰囲気のグローブボックス中で、脱ガスしたイオン交換水とNaS・9HOとで、0.3MのNaS溶液を調製した。
HT-LDH3を25.8mg秤量して20mLのガラスバイアルに入れ、前述のグローブボックス中で、5mLの前記NaS溶液を加えて、よく振り混ぜて分散させた。
ガラスバイアルを密栓し、前述のグローブボックス中で3日間静置して反応させた後、同グローブボックス中で、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたイオン交換水でろ物(残渣)を洗浄し、メンブランフィルターごと減圧して、真空下で40分程度乾燥させ、粉末状試料(硫化物イオン含有LDH)を得た。
【0121】
次いで、硫化物イオン含有LDHを密封収容した包装体を製造した。
得られた硫化物イオン含有LDHが付着したメンブランフィルターを、前述のグローブボックス中で1/8にカットし、硫化物イオン含有LDHごと13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、包装体とした。
【0122】
得られた各包装体中の硫化物イオン含有LDHについて、実施例1と同様の方法で、HSの放出実験を行った。測定結果を図18に示す。空気に接して2分ほど経ってから、次第に濃度が上昇し、十数分後に最大値を示し、その後、徐々に濃度が減少した。HSが検出された時間は、最大値が検出されてから35分間程度であり、本実施例で得られた硫化物イオン含有LDHは、硫化水素徐放性を有することが判明した。
【0123】
製造後の硫化物イオン含有LDHについて、TG-DTAにより熱分析を行った。測定条件は、昇温速度10℃/分、加熱温度1100℃、空気フロー(20mL/分)とした。
測定結果を図19(a)に示す。また、同バッチ・同仕様の試料でHSの放出実験を行った後、同様の条件で熱分析を行った。その結果を図19(b)に示す。両測定結果の大きな相違点は、DTAでの102℃の発熱ピークの有無であったことから、このピークは、HS放出の元であるHSないしS 2-の酸化反応に起因するものといえる。また、図19(b)は、CO 2-LDHの熱分析のプロファイルと酷似していた。
【0124】
Sの放出完了後の試料について、FTIR(ATR法)の測定結果を図20に示す。1360cm-1の炭酸イオン(CO 2-)による吸収が顕著に現れているのに対し、1000cm-1付近のチオ硫酸イオンによる吸収はごく僅かであった。この結果から、本実施形態に係る硫化物イオン含有LDHにおいては、LDHの層間に挟み込まれたHSないしS 2-のごく一部は酸化されて、チオ硫酸イオンや硫酸イオンを生成するものの、その多くは、CO 2-と置換されてHSとして大気中に放出され、硫化物イオン含有LDHはCO 2-LDHになると解される。
【0125】
上述の非特許文献2に示されるDTAのプロファイル及び赤外吸収のプロファイルは、本実施例で測定されたHS放出完了後の試料のものに酷似している。このことは、非特許文献2に示された試料が、合成中の雰囲気や保存方法のために、HSの元となるHSないしS 2-がCO 2-に置き換わったLDHであることを示しており、硫化水素徐放剤としての機能は有さないものといえる。
【0126】
(実施例8)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHと該層状複水酸化物を密封収容する包材とを含む包装体を長期間保存し、製造直後のものと比較することによって、HSの徐放性能の安定性を調べた。
【0127】
実施例2で示した方法で合成したClMgAl-LDH2を40.5mg、NaHS水和物を15mg、脱ガス処理したメタノールを20mL使用し、実施例2と同様の処理を行って、硫化物イオン含有LDHを密封収容した包装体を製造した。ただし、ガラスバイアル中に密封収容する硫化物イオン含有LDHが付着したメンブランフィルターとして、1/8にカットしたものを使用した点が実施例2とは異なっている。
製造直後の包装体、及び製造後に室温にて2週間保存した同バッチ・同仕様の包装体について、実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行い、得られた放出曲線を比較することで、経時変化の有無を調べた。結果を図21に示す。図中の(a)は製造直後の包装体の放出曲線を示しており、(b)は2週間保存した包装体の放出曲線を示している。両者はほぼ同じプロファイルであり、包装体にすることによって、長期間の保存後でも、硫化物イオン含有LDHの硫化水素徐放性能は劣化していないことが示された。
【0128】
(実施例9)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHから放出されるHSの純度を調べた。医療用途では、放出HS中に不純物ガスが混入することは、好ましくない。不純物成分として最も可能性があるSOの有無を調べた。
【0129】
実施例2で示した方法と同様の方法で、硫化物イオン含有LDHを密封収容した包装体を製造した。ただし、ClMgAl-LDH2の使用量を10mg、NaS・9HOの使用量を19.3mg、脱ガスしたメタノールの使用量を10mLとした点、及びガラスバイアル中に密封収容する硫化物イオン含有LDHが付着したメンブランフィルターとして、1/4にカットしたものを使用した点が実施例2とは異なっている。
得られた包装体について、実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行った。また、二酸化硫黄の混在の有無を調べるため、上記と同じように製造された包装体に、流量100mL/分の空気(20℃、50%RH)を導入して、硫化物イオン含有LDHから放出されたHSを含む空気を、最初の10分間、テドラー(登録商標)バックに捕集し、市販の検知管を用いて硫化水素と二酸化硫黄の濃度を測定した。検知管は、硫化水素用(ガステック社製、型式4L)と二酸化硫黄用(ガステック社製、型式5Lb)を用いた。
その結果、硫化水素の濃度は約50ppmであり、HSの放出実験の結果と整合していた。一方、二酸化硫黄用の検知管には、変色が認められず、濃度は検知管検出限界である0.01ppm以下であった。このことから、試料から放出されているガスに二酸化硫黄がほとんど含まれていないといえる。
【0130】
(実施例10)
硫化物イオン含有LDHの合成法として、カチオン層を構成する金属イオンを含む水溶液と、硫化物イオンを含むアルカリ溶液とを混合して、沈殿を生成させる「共沈法」を採用した。
【0131】
まず、MgCl・6HOを204mg及びAlCl・6HOを121mgそれぞれ秤量し、脱ガスしたイオン交換水5mLを加えて溶かし、MgCl-AlCl溶液を調製した。他方、40mLのガラスバイアルに、129mgのNaHS・nHO及び5mLの脱ガスしたイオン交換水を加えてNaHS溶液を調製し、さらにこの溶液に1MのNaOH(和光純薬製)2.5mLを加えてNaHS-NaOH溶液とした。該NaHS-NaOH溶液を激しく撹拌しながら、前記MgCl-AlCl溶液を滴下して加え、最終的なpHを10.5程度に調整した。
ガラスバイアルを密栓して、75℃で2日間、窒素雰囲気中で保存して熟成させた後、得られた懸濁液から5mLを採取し、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたイオン交換水でろ物(残渣)を洗浄した。メンブランフィルターを2つ折りにした後、1/4にカットし、真空下で1時間以上乾燥させ、硫化物イオン含有LDHを得た。ここまでの処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
【0132】
次いで、窒素雰囲気のグローブボックス中で、得られた硫化物イオン含有LDHを、これが載ったメンブランフィルター片ごと13.5mLのガラス容器(包材)にそれぞれ入れて密栓し、実施例10に係る包装体とした。
【0133】
得られた包装体中の硫化物イオン含有LDHについて、実施例1と同様の方法で、HSの放出実験を行った。測定結果を図22に示す。空気に接してから次第に濃度が上昇し、20分ほど後に最大値を示し、その後、徐々に濃度が減少した。HS濃度が最大値の1/100以上を示していた時間は、35分程度であった。
【0134】
Sの放出実験後の硫化物イオン含有LDHについて、FT-IR測定(ATR法)を行った。得られた赤外吸収プロファイルは、図9に示す実施例2の結果と同様であり、1360cm-1の炭酸イオン(CO 2-)による吸収が顕著に現れ、層状複水酸化物に特徴的な、3416cm-1及び1622cm-1の特性吸収も同様に観察された。また、1000cm-1付近の吸収がほとんど観察されなかったことから、硫化物イオン含有LDH中の硫黄含有アニオンは、実施例2と同様に、層間にチオ硫酸イオンや硫酸イオンを生成することなく、CO 2-と置換されて、HSとして放出されたと推定される。
【0135】
さらに、HSの放出実験後の硫化物イオン含有LDHについて、粉末X線回折装置(理学RINT-2200V)によりX線回折(XRD)測定を行ったところ、CO 2-MgAl-LDH2とほぼ一致するプロファイルが得られ、層構造が確認された。XRD測定結果から算出された層間隔は7.7Åとなり、CO 2-MgAl-LDH2の層間隔として報告されている7.58Åより僅かに大きかった。これは、実施例2にて検討したとおり、層間にS成分が残存することによるものと考えられる。
【0136】
以上の結果より、本実施例で得られた試料は、硫化物イオン含有LDHを含有し、硫化水素徐放性を有するものといえる。
【0137】
(実施例11~12)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHを造粒体又は圧粉体とすることにより、徐放性が向上し、高度な硫化水素徐放性を有するものとなることを確認した。
【0138】
実施例2と同様の方法で調製した40.5mgのClMgAl-LDH2を、50mLのガラスバイアルに入れた。他方、脱ガスしたイオン交換水30mLに36.6mgのNaHS・nHOを溶かしてNaHS溶液を調製した。前記ガラスバイアルに前記NaHS溶液を加えて超音波分散させた後、ガラスバイアルを密栓して室温で2日間反応させた。反応後の液の全量を孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたイオン交換水2mLでろ物(残渣)を洗浄する作業を5回行った。その後、残渣の載ったメンブランフィルターを4等分して真空下で2時間乾燥した。ここまでの処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
乾燥後のメンブランフィルターを、残渣(硫化物イオン含有LDH)が付着した面を内側にして折り、これを2枚の金属平板で挟んだ後、万力で挟む圧縮処理を2回行った。圧縮処理後、折り畳まれたメンブランフィルターを開き、圧縮加工された硫化物イオン含有LDHが外気に直接接触する状態とした実施例11に係る試料について、実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行った。図23にHS濃度の経時変化を(a)として示す。図中には、前述の4等分したメンブランフィルターのうち、圧縮処理を行わなかった実施例12に係る試料の結果も(b)として示す。実施例11と実施例12との対比から、圧縮処理を行うことで、放出初期の高濃度のHSの放出が抑制されるとともに、放出時間全体に亘って放出濃度が抑制され、かつ放出時間が長くなることが確認された。これは、圧縮処理によって試料(硫化水素徐放剤)の密度が増加し、その内部へのガスの拡散が抑制された結果であると考えることができる。
【0139】
(実施例13~14)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHの堆積厚さを増加することにより、徐放性が向上し、高度な硫化水素徐放性を有するものとなることを確認した。
【0140】
実施例11と同様の方法で、ClMgAl-LDH2とNaHSとの反応液を、バイアル2本分調製した。
得られた反応液のうち、一方のバイアル中のものについては、その全量を、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたイオン交換水2mLでろ物(残渣)を洗浄する作業を5回行った。その後、残渣の載ったメンブランフィルターを4等分して真空下で2時間乾燥し、実施例13に係る試料とした。このろ過、洗浄及び乾燥の処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
他方、もう一方のバイアル中の反応液については、その半分の量(15mL)を、実施例13と同様の方法でろ過・洗浄した後、残渣の載ったメンブランフィルターを半円状に2等分して真空下で2時間乾燥し、実施例14に係る試料とした。なお、前述の実施例13に係る試料と実施例14に係る試料とは、硫化物イオン含有LDHの堆積厚みは異なるが、その質量は同等である。
実施例13及び実施例14に係る試料について、それぞれ実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行った。図24にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例13の結果を、(b)が実施例14の結果を、それぞれ示している。実施例13と実施例14との対比から、硫化物イオン含有LDHの堆積厚みを増すことで、放出初期の高濃度のHSの放出が抑制されるとともに、放出時間全体に亘って放出濃度が抑制され、かつ放出時間の延長が確認された。これは、試料厚みを増すことで、質量当たりの表面積が減少し、大気との接触が抑制された結果であると考えることができる。
【0141】
(実施例15)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHを増量材と混合することにより、放出されるHSのピーク濃度の抑制効果が得られることを確認した。
【0142】
実施例11と同様の方法で、ClMgAl-LDH2とNaHSとの反応液を調製した。
得られた反応液の半分(15mL)を、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたイオン交換水2mLでろ物(残渣)を洗浄する作業を5回行った。その後、残渣の載ったメンブランフィルターを真空下で2時間乾燥した。このろ過、洗浄及び乾燥の処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
メンブランフィルターから残渣を分離して硫化物イオン含有LDHを得た後、該硫化物イオン含有LDH7.1mgに白色ワセリン(健栄製薬製)7.0mgを混合してペースト状の混合物を得た。該混合物7.5mgを、一辺が2cmの正方形の薬包紙上に塗布して実施例15に係る試料を得た後、これを13.5mLのガラス容器(包材)中に素早く入れて密栓し、実施例15に係る包装体とした。
実施例15に係る試料について、実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行った。図25にHS濃度の経時変化を示す。試料から放出されるHS濃度の最大値が10ppm以下に抑えられており、放出されるHSのピーク濃度の抑制効果が確認された。これは、硫化物イオン含有LDHの量が減少するとともに、ワセリンによって硫化物イオン含有LDHと空気との接触が抑制されたことにより、同時に放出されるHSの量が低減された結果であると考えることができる。
なお、本実施例で使用したペースト状の混合物を始めとする、硫化物イオン含有LDHと増量材(ワセリン等)との混合物は、硫化物イオン含有LDHの粉末を飛散させることなく、紙・布・フィルター・ガラス基板・皮膚などの固体表面に塗布して用いることができる。
【0143】
(実施例16~19)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHを多孔質のカバー又はケースに収容することにより、徐放性が向上し、高度な硫化水素徐放性能を有するものとなることを確認した。
【0144】
実施例16及び実施例17では、ClMgAl-LDH2から製造された硫化物イオン含有LDHについて、多孔質のカバー又はケースに収容した際の硫化水素徐放性を確認した。
実施例2と同様の方法で調製した40.5mgのClMgAl-LDH2を、40mLのガラスバイアルに入れた。他方、脱ガスしたイオン交換水30mLに590mgのNaHS・nHOを溶かしてNaHS溶液を調製した。前記ガラスバイアルに前記NaHS溶液を加えて超音波分散させた後、ガラスバイアルを密栓して室温で2日間反応させた。反応後の液の全量を孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたメタノールでろ物(残渣)を洗浄した。その後、残渣の載ったメンブランフィルターを、残渣が内側になるように二つ折りにし、半分に切断した後、真空下で30分程度乾燥して、硫化物イオン含有LDHが内側に付着したメンブランフィルター片を得た。
得られたメンブランフィルター片をさらに半分にカットし、その一方については、ポーラステープの粘着面に載せて、その上からポーラステープで挟むように接着することで、サンドイッチ状のカバーを形成した。ポーラステープとしては、ポリエチレン製サージカルテープであるキープポア(登録商標)(ニチバン製)を用いた。メンブランフィルターを切断しないように余分なテープをカットして実施例16に係る試料とした後、これを13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、実施例16に係る包装体を得た。他方、半分にカットしたもう一方のメンブランフィルター片については、そのまま実施例17に係る試料とし、これを13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、実施例17に係る包装体とした。
以上の処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
実施例16及び実施例17に係る試料について、導入する空気の相対湿度を40%RHとした以外は実施例1と同様の方法で、それぞれHSの放出実験を行った。図26にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例16の結果を、(b)が実施例17の結果を、それぞれ示している。実施例16と実施例17との対比から、硫化物イオン含有LDHを多孔質のカバーに収容することで、放出初期の高濃度のHSの放出が抑制されるとともに、放出時間全体に亘って放出濃度が抑制され、かつ放出時間が長くなることが確認された。
【0145】
また、実施例18及び実施例19では、CO 2―MgAl-LDH2から、NO MgAl-LDH2を経由して製造された硫化物イオン含有LDHについて、多孔質のカバー又はケースに収容した際の硫化水素徐放性を確認した。
CO 2-MgAl-LDH2を80.7mg秤量して三口フラスコに入れ、メタノールを37.5mL加えた。窒素ガスフロー(500mL/分)下で、マグネチックスターラーによりこの懸濁液を撹拌しつつ、79.5mgのNHNOを10mLのメタノールに溶解させた溶液を滴下し、45℃で1時間、撹拌しつつ反応させた。反応後、窒素ガスフロー中で、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、メタノールでろ物(残渣)を充分に洗浄した。ろ別した残渣をかき集めて回収し、直ちに減圧し、真空下で1時間以上乾燥して、白色粉末のNO MgAl-LDH2を89.9mg得た。
得られたNO MgAl-LDH2を22.0mg秤量して15mLのガラスバイアルに入れた。他方、脱ガスしたイオン交換水10mLに14mgのNaHS・nHOを溶かしてNaHS溶液を調製した。前記ガラスバイアルに前記NaHS溶液を加えて超音波で分散させた後、ガラスバイアルを密栓して室温で2日間イオン交換反応させた。反応後の液を孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたイオン交換水でろ物(残渣)を洗浄した。その後、残渣の載ったメンブランフィルターを、残渣が内側になるように二つ折りにし、4等分に切断してメンブランフィルター片とした。このメンブランフィルター片のうち、一方については、実施例16と同様の処理操作でポーラステープに包んだ後、13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて、真空下で30分程度乾燥させ、実施例18に係る試料を得た後、ガラス容器を密栓して実施例18に係る包装体を得た。他方、もう一方のメンブランフィルター片については、そのまま13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて、真空下で30分程度乾燥させ、実施例19に係る試料を得た後、ガラス容器を密栓して実施例19に係る包装体とした。この反応、ろ過、洗浄及び乾燥の処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
実施例18及び実施例19に係る試料について、それぞれ実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行った。図27にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例18の結果を、(b)が実施例19の結果を、それぞれ示している。実施例18と実施例19との対比からも、硫化物イオン含有LDHを多孔質のカバーに収容することにより、放出初期の高濃度のHSの放出が抑制されるとともに、放出時間全体に亘って放出濃度が抑制され、かつ放出時間が長くなることが確認された。実施例16~19の結果は、多孔質のカバーによって硫化水素放出の要因となる二酸化炭素及び水分の硫化物イオン含有LDHとの接触が抑制され、また硫化物イオン含有LDHから放出された硫化水素の雰囲気中への放散も抑制された結果であると考えることができる。
【0146】
(実施例20~21)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHを水で洗浄することにより、徐放性が向上し、高度な硫化水素徐放性能を有するものとなることを確認した。
【0147】
実施例11と同様の方法で反応及びろ過を行った後、メンブランフィルター上のろ物(残渣)を、脱ガスしたイオン交換水2mLで洗浄する作業を25回行った。その後、残渣の載ったメンブランフィルターを半円状に2等分して真空下で2時間乾燥し、実施例20に係る試料とした。他方、前述の洗浄作業の回数を5回とした以外は実施例20と同様にして、実施例21に係る試料を得た。洗浄作業は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。実施例20及び実施例21に係る試料を、それぞれ13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、実施例20及び実施例21に係る包装体を得た。
実施例20及び実施例21に係る試料について、それぞれ実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行った。図28にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例20の結果を、(b)が実施例21の結果を、それぞれ示している。実施例20と実施例21との対比から、硫化物イオン含有LDHの水洗浄を繰り返すことにより、放出初期の高濃度のHSの放出が抑制されるとともに、放出時間全体に亘って放出濃度が抑制され、かつ放出時間が長くなることが確認された。これは、粒子表面に付着した硫化水素源、粒子間の空隙に保持された硫化水素源、及び粒子表面近傍の層間に挟み込まれたHS及び/又はS 2-が水洗により除去された結果であると考えることができる。
【0148】
(実施例22~24)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHの水洗と多孔質のカバー又はケースへの収容との組合せにより、徐放性が向上し、高度な硫化水素徐放性能を有するものとなることを確認した。
【0149】
40mLのガラスバイアルを2本準備し、実施例2と同様の方法で調製した20mgのClMgAl-LDH2をそれぞれ入れた。他方、脱ガスしたメタノールを20mL入れた容器を2つ準備し、それぞれに7.3mgのNaHS・nHOを投入して溶かすことでNaHS溶液を調製した。前記2本のガラスバイアルに前記NaHS溶液をそれぞれ加えて超音波分散させた後、ガラスバイアルを密栓して室温で2日間反応させた。反応後の液の全量を、それぞれ孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、ろ物(残渣)の洗浄を、一方は脱ガスしたメタノールで、他方は脱ガスしたイオン交換水で、それぞれ行った。その後、残渣の載った各メンブランフィルターを、残渣が内側になるように二つ折りにし、さらに1/4に切断した。切断されたメンブランフィルター片のうち、残渣をイオン交換水で洗浄したものを、ポーラステープの粘着面に載せて、その上からポーラステープで挟むように接着することで、サンドイッチ状のカバーを形成し、真空下で30分程度乾燥して、実施例22に係る試料を得た。また、前述のメンブランフィルター片のうち、残渣をイオン交換水で洗浄したもの、及びメタノールで洗浄したもののそれぞれを、真空下で30分程度乾燥して、実施例23及び実施例24に係る試料をそれぞれ得た。
実施例22~24に係る試料それぞれを、13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、実施例22~24に係る包装体を得た。
以上の処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
実施例22~24に係る試料について、それぞれ実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行った。図29にHS濃度の経時変化を示す。図中に(b)で示される実施例23の結果と、図中に(c)で示される実施例24の結果との対比から、硫化物イオン含有LDHの水洗により初期の高濃度放出を抑制して最大放出濃度を低減できることが判る。また、図中に(a)で示される実施例22の結果と、前述の実施例23の結果との対比から、水洗と多孔質のカバーへの収容との組合せにより、さらに最大放出濃度を低減できるとともに、放出時間も長くなり、徐放性能が顕著に向上することが判る。
【0150】
(実施例25~27)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHを酸素に接触させることにより、徐放性が向上し、高度な硫化水素徐放性能を有するものとなることを確認した。
【0151】
実施例11と同様の方法で反応、ろ過及び洗浄を行った後、ろ物(残渣)が載ったメンブランフィルターの上に、同種のメンブランフィルターをもう一枚載せ、残渣が2枚のメンブランフィルターに挟まれるようにした。その後、残渣が載った部分を、直径6mmの皮ポンチでメンブランフィルターごと円形にくり貫いてポーラステープの粘着面に載せ、さらにその上からポーラステープで挟むように接着してサンドイッチ状に包んだ。これを真空下で2時間程度乾燥し、硫化水素徐放体とした。
得られた硫化水素徐放体を、包材としてのアルミラミネートバックに密封して、包装体とした。さらに、この包装体を、脱酸素剤(三菱ガス化学製、エージレス(登録商標))及び錠剤型乾燥剤(山仁薬品製、DO1056)とともに、別のアルミラミネートバックに密封した。ここまでの処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
この包装体を大気中で開封し、前述の硫化水素徐放体2枚を取り出して13.5mLのガラス容器中に素早く入れた。そして、該ガラス容器中に乾燥純酸素を300cc/minの流量で流して硫化物イオン含有LDHを酸素と接触させ、実施例25及び実施例26に係る試料を得た。酸素を流す時間は、実施例25については12時間、実施例26については4時間とした。その後、これらの試料及び酸素処理を行わなかった実施例27に係る試料について、それぞれ実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行った。図30にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例25の結果を、(b)が実施例26の結果を、(c)が実施例27の結果を、それぞれ示している。これらの結果から、酸素との接触により、放出初期の高濃度のHSの放出が抑制されるとともに、放出時間全体に亘って放出濃度が抑制されることが確認された。これは、粒子表面に付着した硫化水素源、粒子間の空隙に保持された硫化水素源、及び粒子表面近傍の層間に挟み込まれたHS及び/又はS 2-が酸化により不活性化された結果であると考えることができる。なお、酸素との接触によるHSの放出時間の延長は確認されなかったが、これはサンドイッチ状の多孔質カバーによる放出時間の延長効果が、酸素との接触によるものよりも大きかったためと推測される。
【0152】
(実施例28~42)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHの組成分布均質化により、徐放性が向上し、高度な硫化水素徐放性能を有するものとなる場合があることを確認した。
【0153】
実施例28~31では、硫化物イオン含有LDHを室温で組成分布の均質化(保存)を行った場合の、保存期間がHS放出挙動に及ぼす影響を確認した。
実施例25~27と同様の方法で得られた硫化物イオン含有LDHの包装体を、室温にて所定期間保存して、実施例28~31に係る包装体を得た。保存期間は、実施例28では2日間、実施例29では11日間、実施例30では4週間、実施例31では6ヶ月間とした。得られた各包装体を開封し、硫化水素徐放体2枚を取り出して13.5mLのガラス容器中に素早く入れ、実施例1と同様の方法でそれぞれHSの放出実験を行った。図31にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例28の結果を、(b)が実施例29の結果を、(c)が実施例30の結果を、(d)が実施例31の結果を、それぞれ示している。これらの結果から、硫化物イオン含有LDHを室温で長期間保存することにより、放出初期の高濃度のHSの放出が抑制されるとともに、放出時間全体に亘って放出濃度が抑制され、かつ放出時間が長くなることが確認された。
【0154】
実施例32~36では、硫化物イオン含有LDHを60℃で保存した場合の、保持期間がHS放出挙動に及ぼす影響を確認した。
実施例25~27と同様の方法で得られた硫化物イオン含有LDHの包装体を、60℃にて所定期間保存して、実施例32~36に係る包装体を得た。保存期間は、実施例33では5時間、実施例34では1日間、実施例35では3日間、実施例36では7日間とし、各実施例を製造直後の包装体である実施例32と比較した。得られた各包装体を開封し、硫化水素徐放体2枚を取り出して13.5mLのガラス容器中に素早く入れ、実施例1と同様の方法でそれぞれHSの放出実験を行った。図32にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例32の結果を、(b)が実施例33の結果を、(c)が実施例34の結果を、(d)が実施例35の結果を、(e)が実施例36の結果を、それぞれ示している。これらの結果から、硫化物イオン含有LDHを60℃で保存することにより、放出初期の高濃度のHSの放出が抑制されるとともに、放出時間全体に亘って放出濃度が抑制され、かつ放出時間が長くなることが確認された。また、前述の実施例28~31(図31)と実施例33~36(図32)とを対比すると、60℃にて保存した場合の方が、室温にて保存した場合に比べて短期間で、徐放性能の向上効果が得られることが判る。
【0155】
実施例37~40では、硫化物イオン含有LDHの保存温度がHSの放出挙動に及ぼす影響を確認した。
実施例25~27と同様の方法で得られた硫化物イオン含有LDHの包装体を、所定温度で3日間保存して、実施例37~40に係る包装体を得た。保存温度は、実施例37では室温、実施例38では40℃、実施例39では80℃、実施例40では100℃とした。得られた各包装体を開封し、硫化水素徐放体2枚を取り出して13.5mLのガラス容器中に素早く入れ、実施例1と同様の方法でそれぞれHSの放出実験を行った。図33にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例37の結果を、(b)が実施例38の結果を、(c)が実施例39の結果を、(d)が実施例40の結果を、それぞれ示している。これらの結果から、硫化物イオン含有LDHの保存温度が高いほど、一定期間保存後に放出されるHSの最大濃度が抑えられることが確認された。100℃の保存温度では、硫化水素の濃度が、センサーの検出限界である0.4ppmに近くなっており、放出開始5時間以降の値が観測できなくなっているが、5時間以降にも低濃度で長時間の放出が継続されているものと解される。
【0156】
前述した実施例28~40の結果は、硫化物イオン含有LDHを一定期間保存することにより、表面近傍のHS及び/又はS 2-が内部に拡散して分布の不均一が緩和され、大気に接触した際に、内部に位置するHS及び/又はS 2-が遅れて放出されるようになった結果であると考えることができる。
【0157】
実施例41~42では、硫化物イオン含有LDHの保存温度を室温よりも低くした場合のHSの放出挙動を確認した。
実施例25~27と同様の方法で得られた硫化物イオン含有LDHの包装体を、実施例41については3.4℃の冷蔵庫中で、実施例42については-10.2℃の冷凍庫中で、それぞれ1週間保存した。得られた各包装体を開封し、硫化水素徐放体2枚を取り出して13.5mLのガラス容器中に素早く入れ、実施例1と同様の方法でそれぞれHSの放出実験を行った。図34にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例41の結果を、(b)が実施例42の結果を、それぞれ示している。これらの結果から、室温よりも低い温度での硫化物イオン含有LDHの保存は、徐放性の向上には寄与しないものの、合成直後の徐放性を良く保っていることが確認された。これは、硫化物イオンの分布状態の変化が抑制された結果と考えられ、低温下での保存が放出特性の変化の抑制に役立つことを示唆している。
【0158】
(実施例43~45)
本実施例では、硫化物イオン含有LDHから、含有する硫化水素の一部を予め放出させることで、徐放性が向上し、高度な硫化水素徐放性能を有するものとなることを確認した。
【0159】
実施例2と同様の方法で調製した10mgのClMgAl-LDH2を、20mLのガラスバイアルに入れた。他方、脱ガスしたメタノール10mLに19.3mgのNaS・9HOを溶かしてNaS溶液を調製した。前記ガラスバイアルに前記NaS溶液を加えて超音波分散させた後、ガラスバイアルを密栓して室温で2日間反応させた。反応後の液の全量を孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、脱ガスしたメタノールでろ物(残渣)を洗浄した。その後、残渣の載ったメンブランフィルターを、残渣が内側になるように二つ折りにし、さらに1/4に切断してメンブランフィルター片を得た。得られたメンブランフィルター片を、ポーラステープの粘着面に載せて、その上からポーラステープで挟むように接着することで、サンドイッチ状のカバーを形成した。メンブランフィルターを切断しないように余分なテープをカットした後、真空下で30分程度乾燥し、13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓し、包装体を得た。他方、前述のメンブランフィルター片を、そのまま真空下で30分程度乾燥し、13.5mLのガラス容器(包材)中に入れて密栓した包装体も作製した。ここまでの処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
サンドイッチ状のカバーを形成した試料(硫化水素徐放体)を収容した包装体を大気中で開栓し、20℃、50%RHに調整した空気を、流量100cc/minで15分間流通して、硫化物イオン含有LDHをエアレーションした。その後、窒素ガスを、流量500cc/minで15分間流通して包装体内をパージし、実施例43に係る試料を得た。また、サンドイッチ状のカバーを形成した試料(硫化水素徐放体)を収容した包装体を大気中で開栓して実施例44に係る試料とし、メンブランフィルター片をそのまま収容した包装体を開栓して実施例45に係る試料とした。
実施例43~45に係る試料について、それぞれ実施例1と同様の方法でHSの放出実験を行った。図35にHS濃度の経時変化を示す。図においては、(a)が実施例43の結果を、(b)が実施例44の結果を、(c)が実施例45の結果を、それぞれ示している。図における(a)と(b)との対比から、エアレーションにより硫化物イオン含有LDHから硫化水素の一部を予め放出させることで、放出初期の高濃度のHSの放出が抑制されるとともに、放出時間全体に亘って放出濃度が抑制されることが判る。これは、硫化物イオン含有LDHの粒子表面に付着した硫化水素源、粒子間の空隙に保持された硫化水素源、及び粒子表面近傍の層間に挟み込まれたHS及び/又はS 2-に由来する硫化水素が放出されて該硫化水素源が除去されたためと考えることができる。なお、図における(b)と(c)との対比により、上述した実施例16~19と同様に、硫化物イオン含有LDHを多孔質のカバー又はケースに収容することによる徐放性向上効果が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0160】
本発明によれば、常温・大気中にて硫化水素を徐放する無機固体材料を簡単に、そしてより安全に得ることができる。
得られる硫化物イオン含有LDHは、空気に接することによって、加熱や加水をすることなく硫化水素を発生し、その硫化水素濃度は層間に包接された硫化物イオンの割合にほぼ比例するため、硫化水素濃度の制御が容易である。このため、低濃度に長時間暴露するといった医療用途の硫化水素ガス供給源に適したものと期待される。具体的な用法としては、生体に害のない濃度で、局所的に患部近傍で硫化水素を発生させて治療を行うことが挙げられる。
また、硫化水素は、重金属などへの親和性があるため、医療用途のみならず、重金属を扱う工業的な分野や研究的な分野においても利用されており、このような分野においても、取り扱いが難しく、事故の危険性のある高重量のガスボンベに代わる硫化水素源として、本発明は大いに期待できる。
また、本発明では、市販の安価なLDH及び硫化物を原料として使用でき、特別な製造装置も必要としないため、製造コストを抑えることもできる。
さらに、本発明の無機固体材料は、硫化水素の放出が終了した後もLDHの構造を保持するため、化学的に安定で、高い安全性を有する硫化水素徐放剤・徐放体として有用である。
【符号の説明】
【0161】
1 ポーラステープ
2 メンブランフィルター
3 硫化物イオン含有LDH
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