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特許7118898イソプロピルアルコール組成物及びイソプロピルアルコールの製造方法
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  • 特許-イソプロピルアルコール組成物及びイソプロピルアルコールの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-05
(45)【発行日】2022-08-16
(54)【発明の名称】イソプロピルアルコール組成物及びイソプロピルアルコールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 31/10 20060101AFI20220808BHJP
   C07C 29/05 20060101ALI20220808BHJP
   C07C 29/08 20060101ALI20220808BHJP
   C07C 29/74 20060101ALI20220808BHJP
   C07C 29/80 20060101ALI20220808BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20220808BHJP
【FI】
C07C31/10
C07C29/05
C07C29/08
C07C29/74
C07C29/80
C07B61/00 300
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018563300
(86)(22)【出願日】2018-01-12
(86)【国際出願番号】 JP2018000645
(87)【国際公開番号】W WO2018135408
(87)【国際公開日】2018-07-26
【審査請求日】2020-11-04
(31)【優先権主張番号】P 2017009605
(32)【優先日】2017-01-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(74)【代理人】
【識別番号】100145713
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 竜太
(74)【代理人】
【識別番号】100136939
【弁理士】
【氏名又は名称】岸武 弘樹
(74)【代理人】
【識別番号】100087893
【弁理士】
【氏名又は名称】中馬 典嗣
(72)【発明者】
【氏名】山本 信幸
(72)【発明者】
【氏名】鎌本 学
(72)【発明者】
【氏名】保坂 俊輔
【審査官】鳥居 福代
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-201524(JP,A)
【文献】特開2013-173678(JP,A)
【文献】特表平11-506431(JP,A)
【文献】特開2002-128716(JP,A)
【文献】特表2003-535836(JP,A)
【文献】特開昭59-082324(JP,A)
【文献】特開平08-291092(JP,A)
【文献】特開2004-196779(JP,A)
【文献】特開昭52-017404(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イソプロピルアルコールと不純物とからなるイソプロピルアルコール組成物であって、
溶存酸素濃度が、大気下、25℃での酸素飽和溶解度に対して0.05%以下であり、
不純物としての有機酸が蟻酸、酢酸、及びプロピオン酸であり、かつ、その総量が質量基準でppb以下であり、
不純物としての水分の濃度が質量基準で20ppm以下であり、
イソプロピルアルコールの沸点よりも高い沸点を有し、かつ、前記有機酸を除く、炭素数が4以上である不純物としての高沸点化合物の濃度が、いずれも質量基準で20ppb以下であるイソプロピルアルコール組成物。
【請求項2】
プロピレンに水を直接水和させてイソプロピルアルコールを製造するイソプロピルアルコールの製造方法であって、
プロピレンと、酸触媒を溶解し、pHが2.5~4.5に調整された水とを反応器に供給する原料供給工程と、
前記反応器において、プロピレンと水とを反応させる反応工程と、
前記反応工程で得られる反応混合物から未反応のプロピレンを分離して、イソプロピルアルコールを含む反応混合物を回収する回収工程と、
前記回収工程で回収された反応混合物を蒸留塔にて蒸留し、イソプロピルアルコールの沸点よりも低い沸点を有する低沸点化合物を除去する第一蒸留工程と、
前記第一蒸留工程で低沸点化合物が除去された反応混合物を蒸留塔にて蒸留し、水を除去してイソプロピルアルコールを得る第二蒸留工程と、を含んでなり、
前記第一蒸留工程において、蒸留塔の塔頂部に、ガスを凝縮してその一部を蒸留塔に戻す凝縮部を有し、該凝縮部の気相に存在するガスを排出するための通気管を設けた構造を有する蒸留塔を使用し、前記通気管における排出方向の線速が0.01~3.0m/秒となるように、該通気管に不活性ガスを供給するとともに、蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を50~500Paに制御するイソプロピルアルコールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イソプロピルアルコール組成物及びイソプロピルアルコールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイスは、一般に、成膜処理、エッチング処理等を繰り返して素子及び配線を形成する方法によって製造される。近年、半導体デバイスの高性能化が求められる中、素子及び配線の微細化及び高集積化が益々進行している。それに伴って、成膜処理、エッチング処理等に使用される薬品の品質が半導体デバイスの歩留まりに与える影響が無視できなくなっており、薬品の品質向上が強く要望されている。
【0003】
例えば、半導体デバイスの製造工程において洗浄液又は乾燥液として使用されるイソプロピルアルコール(2-プロパノールとも称される)についても、超純水と同様に品質向上が強く要望されている。イソプロピルアルコールは、その製造工程において高度な精製が行われた後、キャニスター缶に充填され、さらに窒素ガスを封入して出荷及び納入されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、上記のように高度な精製を行い、かつ、窒素ガスを封入して密閉保存しても、イソプロピルアルコールの保管時又は輸送時において、不純物として含まれる有機酸の濃度が経時的に上昇するという問題のあることが、本発明者らの確認により判明した。
【0005】
イソプロピルアルコールに不純物として含まれる有機酸は、半導体デバイスの表面腐食等の様々な問題を引き起こすことが想定されるため、経時的な濃度変化を抑制する必要がある。
【0006】
本発明は、このような従来の状況に鑑みてなされたものであり、有機酸の経時的な濃度上昇が抑制されるイソプロピルアルコール組成物、及びイソプロピルアルコールの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、イソプロピルアルコール中の溶存酸素濃度及び不純物として含まれる有機酸の濃度がある範囲を超えた場合には、イソプロピルアルコールを窒素ガスで封入したとしても、保管時又は輸送時に有機酸の濃度が上昇するという知見を得た。
【0008】
そして、上記知見に基づき、さらに検討を重ねた結果、イソプロピルアルコールの製造工程で、イソプロピルアルコール中の溶存酸素濃度を低減させるだけでなく、イソプロピルアルコールに不純物として含まれる有機酸の濃度を特定の範囲に調整することで、有機酸の経時的な濃度上昇を極めて効果的に抑制できることに成功し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明によれば、イソプロピルアルコールと不純物とからなるイソプロピルアルコール組成物であって、溶存酸素濃度が、大気下、25℃での酸素飽和溶解度に対して0.1%以下であり、かつ、不純物としての有機酸の濃度が質量基準で20ppb以下であるイソプロピルアルコール組成物が提供される。
【0010】
上記イソプロピルアルコール組成物は、イソプロピルアルコールの沸点よりも高い沸点を有し、かつ、上記有機酸を除く、炭素数が4以上である不純物としての高沸点化合物の濃度が、いずれも質量基準で20ppb以下であることが好ましい。
【0011】
また、上記イソプロピルアルコール組成物は、不純物としての水分の濃度が質量基準で20ppm以下であることが好ましい。
【0012】
また、本発明によれば、プロピレンに水を直接水和させてイソプロピルアルコールを製造するイソプロピルアルコールの製造方法であって、
プロピレンと、酸触媒を溶解し、pHが2.5~4.5に調整された水とを反応器に供給する原料供給工程と、
上記反応器において、プロピレンと水とを反応させる反応工程と、
上記反応工程で得られる反応混合物から未反応のプロピレンを分離して、イソプロピルアルコールを含む反応混合物を回収する回収工程と、
上記回収工程で回収された反応混合物を蒸留塔にて蒸留し、イソプロピルアルコールの沸点よりも低い沸点を有する低沸点化合物を除去する第一蒸留工程と、
上記第一蒸留工程で低沸点化合物が除去された反応混合物を蒸留塔にて蒸留し、水を除去してイソプロピルアルコールを得る第二蒸留工程と、を含んでなり、
上記第一蒸留工程において、蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を50~500Paに制御するイソプロピルアルコールの製造方法が提供される。
【0013】
上記製造方法の中でも、上記第一蒸留工程において、蒸留塔の塔頂部に、ガスを凝縮してその一部を蒸留塔に戻す凝縮部を有し、該凝縮部の気相に存在するガスを排出するための通気管を設けた構造を有する蒸留塔を使用し、上記通気管に、排出方向への線速が0.01~3.0m/秒となるように不活性ガスを供給することが、有機酸の生成をより抑制するために好ましい態様である。
【発明の効果】
【0014】
本発明のイソプロピルアルコール組成物は、30日以上の長期保存においても、有機酸濃度の経時変化(上昇)が殆ど無いという極めて良好な保存安定性を示すため、半導体デバイスの製造工程において、洗浄液又は乾燥液として好適に使用することができる。
【0015】
なお、本発明のイソプロピルアルコール組成物が良好な保存安定性を示す機構は明らかではないが、本発明者らは、イソプロピルアルコールの溶存酸素に対応して、有機酸濃度を特定の範囲とすることにより、溶存酸素と不可避的に存在する不純物とから有機酸が生成する反応を防止でき、新たな有機酸の生成を防止しているものと推定している。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本開示のイソプロピルアルコールの製造方法の一例を示す模式図である。
図2】実施例1~3及び比較例1のイソプロピルアルコールについて、有機酸の濃度の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<イソプロピルアルコール組成物>
本開示のイソプロピルアルコール組成物は、イソプロピルアルコールと不純物(不可避的不純物、微量不純物)とからなる高純度のイソプロピルアルコール組成物であって、溶存酸素濃度が、大気下、25℃での酸素飽和溶解度に対して0.1%以下であり、かつ、不純物としての有機酸の濃度が質量基準で20ppb以下である。
【0018】
本開示において、イソプロピルアルコール組成物の溶存酸素濃度(%)は、測定対象となるイソプロピルアルコール組成物の25℃における溶液中に存在する溶存酸素に対応した酸素分圧を測定し、その測定された酸素分圧を、大気下、25℃における酸素分圧で除した値を%表示したものである。
【0019】
ここで、大気下とは、1気圧の空気組成下を意味する。また、大気下、25℃における酸素分圧とは、25℃、1気圧の空気中の酸素分圧を意味し、21kPaである。また、本開示において、大気下、25℃での酸素飽和溶解度とは、1気圧、酸素分圧が21kPaの雰囲気下で、その溶存酸素が平衡状態となったときの酸素濃度である。
【0020】
イソプロピルアルコール組成物の溶存酸素濃度に対応した酸素分圧は、後述する酸素濃度計(株式会社ハック・ウルトラ製、ORBISPHERE 510 gas analyser(商品名))を用いて測定することができる。
【0021】
本開示においては、イソプロピルアルコール組成物の溶存酸素濃度を、絶対値により表示するのではなく、上記のように、酸素飽和溶解度を100%としたときの相対値により表示することによって、溶存酸素濃度を正確に表示することができる。なお、酸素飽和溶解度を文献により確認すると、文献によって種々の異なる値が示されている。このことから、溶存酸素濃度を絶対値により表示した場合、溶存酸素濃度の正確な表示ができないことが理解される。
【0022】
本開示のイソプロピルアルコール組成物は、溶存酸素濃度が、大気下、25℃での酸素飽和溶解度に対して0.1%以下であることが重要である。溶存酸素濃度を上記範囲に調整することにより、後述の有機酸の濃度の調整とともに作用して、不純物としての有機酸の濃度の経時変化を効果的に抑制することが可能となる。溶存酸素濃度は、好ましくは、大気下、25℃での酸素飽和溶解度に対して0.075%以下であり、より好ましくは、大気下、25℃での酸素飽和溶解度に対して0.05%以下である。
【0023】
また、本開示において、イソプロピルアルコール組成物中の有機酸の濃度は、実施例に示されるイオンクロマトグラフィー法により同定される有機酸の合計量の濃度である。例えば、後述の実施例においては、有機酸として、蟻酸、酢酸、及びプロピオン酸が同定され、同定された有機酸の合計量で有機酸の濃度を示している。
【0024】
本開示において、不純物としての有機酸の濃度は、質量基準で20ppb以下、好ましくは5ppb以下である。下限は特に制限されず、例えば0.1ppb以上であってもよい。上記のように、有機酸を特定の範囲に調整することにより、溶存酸素の低減とともに作用して、不純物としての有機酸の濃度の経時変化を効果的に抑制することが可能となる。
【0025】
本開示において、有機酸の経時変化が抑制される機構は明らかではないが、溶存酸素と不可避的に存在する不純物とから有機酸が生成する反応を防止でき、新たな有機酸の生成を効果的に抑制しているものと推定している。すなわち、溶存酸素だけでなく、有機酸を特定の範囲に調整することにより発揮された効果であり、このような効果を発揮するイソプロピルアルコール組成物は存在しなかった。
【0026】
また、本開示のイソプロピルアルコール組成物には、製造工程上、イソプロピルアルコールの沸点よりも高い沸点を有し、かつ、上記有機酸を除く、炭素数が4以上である不純物としての高沸点化合物(以下、単に「高沸点化合物」という。)が不可避的に存在する。上記高沸点化合物が多く含まれると、半導体デバイスの洗浄液又は乾燥液として使用した場合に、半導体デバイスの表面に該高沸点化合物が残存又は付着し、半導体デバイスの歩留まりを低下させる虞がある。そのため、かかる高沸点化合物の濃度は、いずれも質量基準で20ppb以下であることが好ましい。
なお、本開示において、高沸点化合物の濃度は、実施例に示すように、ガスクロマトグラフィー法を使用して測定された値であり、それぞれの高沸点化合物についてその検出下限は20ppbである。
【0027】
本開示のイソプロピルアルコール組成物中に存在する可能性のある高沸点化合物としては、2-メチル-3-ペンタノン、3-メチル-2-ペンタノン、4-メチル-2-ペンタノン、2-ヘキサノン、3,3-ジメチル-2-ブタノール、2,3-ジメチル-2-ブタノール、2-メチル-2-ペンタノール、3-メチル-3-ペンタノール、2-メチル-3-ペンタノール、3-ヘキサノール、4-メチル-2-ペンタノール、3-メチル-2-ペンタノール、2,2-ジメチル-1-ブタノール、2-ヘキサノール、2-エチル-1-ペンタノール、2-メチル-1-ペンタノール、3-メチル-1-ペンタノール、1-ヘキサノール、4-メチル-1-ペンタノール、1,2-プロパンジオール、2-メチル-2,4-ペンタンジオール等が挙げられる。特に、4-メチル-2-ペンタノール、2-メチル-3-ペンタノン、及び4-メチル-2-ペンタノンの濃度が、いずれも質量基準で20ppb以下であることが好ましい。
【0028】
さらに、本開示のイソプロピルアルコール組成物は、不純物としての水分の濃度が質量基準で20ppm以下であることが好ましい。高沸点化合物と同様にイソプロピルアルコール組成物に含まれる水分も半導体デバイスの歩留まりを低下させる可能性があるため、水分の濃度が質量基準で20ppm以下であることが好ましい。
【0029】
本開示のイソプロピルアルコール組成物は、溶存酸素濃度及び有機酸濃度が低減されているため、保存安定性に優れている。本開示のイソプロピルアルコール組成物を密閉容器に充填し、不活性ガス(一般的には、窒素ガス)で封入すれば、例えば30日放置した後でも溶存酸素や有機酸の経時変化が極めて少ない。本開示のイソプロピルアルコール組成物は、輸送性及び貯蔵性にも優れており、半導体デバイスの洗浄液又は乾燥液として好適に使用することができる。
【0030】
<イソプロピルアルコールの製造方法>
本開示のイソプロピルアルコールの製造方法(以下、「本開示の製造方法」ともいう。)は、プロピレンに水を直接水和させてイソプロピルアルコールを製造する方法であり、図1に示すように、原料供給工程、反応工程、回収工程、第一蒸留工程、及び第二蒸留工程を含んでなる。以下、各工程について詳細に説明する。
【0031】
[原料供給工程]
本開示の製造方法に用いられる原料は、プロピレン及び水である。図1に示すように、原料となるプロピレンを回収タンクに受け入れ、回収工程で分離したプロピレンと回収タンクで混合し、反応器に供給する。同様に、原料となる水を回収タンクに受け入れ、第二蒸留工程で回収した水を回収タンクで混合し、反応器に供給する。
【0032】
本開示の製造方法において、原料となるプロピレンとしては、一般的に工業製品として入手可能な純度が95質量%以上のプロピレンを使用することができる。プロピレン中にエチレン、ブテン、ペンテン、ヘキセン等の不飽和炭化水素化合物が含まれると、それらが反応工程において水和反応を受けて不純物となるため、原料となるプロピレンの純度は高い方が好ましい。
【0033】
本開示の製造方法において、原料となるプロピレン及び水に含まれる溶存酸素濃度は、特に制限されない。原料となるプロピレン及び水にそれぞれの温度、圧力における飽和溶存酸素濃度まで溶存酸素が含まれていたとしても、後述するように、第一蒸留工程において蒸留塔の供給段よりも下に設けられた不活性ガス供給ノズルから不活性ガスを供給することで、系外へ溶存酸素が排出され、反応生成物であるイソプロピルアルコールに含まれる溶存酸素が低濃度に制御されるためである。
【0034】
原料供給工程では、原料の水に反応工程で必要となる酸触媒を予め添加し、反応器へ供給する。酸触媒としては、モリブデン系無機イオン交換体、タングステン系無機イオン交換体等の各種のポリアニオンの酸触媒が挙げられる。酸触媒は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらの酸触媒の中でも、反応活性の点から、リンタングステン酸、ケイタングステン酸、及びケイモリブデン酸からなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【0035】
酸触媒の添加量は、原料の水のpHをpH計にて確認し、25℃におけるpHが2.5~4.5となるように調整する。測定したpHが2.5未満の場合は、水酸化ナトリウム等のアルカリを添加することによって容易にpHを調整することができる。また、pHが4.5を超える場合には、酸触媒を添加することによって容易にpHを調整することができる。
【0036】
原料の水のpHが2.5~4.5の範囲内となるように酸触媒を添加すれば、プロピレンの転化率を高く維持しつつ、イソプロピルアルコールへの高い選択率を得るために最適な反応条件とすることが可能となり、不純物、特に、有機酸や高沸点化合物の生成が少ない反応条件となる。また、このようなpHの範囲に調整すれば、酸による配管及び反応器の腐食を抑制することができるため、イソプロピルアルコールに含まれる金属イオンの濃度も抑制することができる。
【0037】
[反応工程]
反応工程におけるプロピレンの直接水和反応は、次式で表すことができる。下記の反応を反応器内で行い、反応混合物を得る。
+HO→CHCH(OH)CH
【0038】
反応条件としては、例えば、反応圧力を150~250atmとし、反応温度を200~300℃とすることが好ましい。反応条件がこの範囲を満足することにより、副生物の生成を抑制しつつ、工業的な生産が可能な収率及び酸触媒の耐久性を両立することができる傾向にある。
【0039】
反応工程におけるプロピレンの直接水和反応では、上述した化学反応式に示されるとおり、プロピレン1molと水1molとからイソプロピルアルコール1molが生成する。このため、通常、プロピレンと水とは等量でよいが、本開示の製造方法では、プロピレンに対して水を過剰とすることが好ましい。具体的には、プロピレン100質量部に対し、水を1300~2100質量部とすることが好ましい。反応器内におけるプロピレン及び水の割合を上記の範囲内とすることで、プロピレンオリゴマーの生成を抑制し、イソプロピルアルコールの収率を高くすることができる傾向にある。加えて、イソプロピルアルコールの生産効率を高めることができる傾向にある。プロピレン100質量部に対する水の量は、1500~2000質量部とすることがより好ましい。
【0040】
また、本開示の製造方法では、反応工程により得られる反応混合物中のイソプロピルアルコールの濃度及び純度をいずれも向上させるため、反応器内における水の滞在時間を、20分を超え50分以下とすることが好ましい。水の滞在時間は、25~40分とすることがより好ましく、30~40分とすることがさらに好ましい。
【0041】
なお、本開示における水の滞在時間は、次式で定義される時間であり、原料となる水の供給量、並びに反応器の容積を変更することによって適宜変更することが可能である。
水の滞在時間(min)=反応器の容積(m)÷水の供給量(m/min)
【0042】
本開示における反応器内の反応は高温高圧下で行われるため、水の密度が不明である。このため、反応器内に供給される水(後述の実施例では110℃)の流量を基準として、水の供給量を算出する。
【0043】
[回収工程]
上記の反応工程で生成したイソプロピルアルコールは、水相に溶けた状態で反応器から抜き出す。そして、回収工程において圧力及び温度を下げて、水相に溶解している未反応のプロピレンを気体として分離し、イソプロピルアルコールを含む反応混合物を回収する。この工程には、未反応のプロピレンの分離器として確立された公知の技術を適用できる。分離したプロピレンは、原料供給工程におけるプロピレンの回収タンクに再投入され、原料として再利用される。
【0044】
[第一蒸留工程]
第一蒸留工程では、回収工程で得られたイソプロピルアルコールを含む反応混合物から、イソプロピルアルコールの沸点よりも低い沸点を有する低沸点化合物を除去すること、及び溶存酸素を低減させることを目的として、蒸留操作を行う。
【0045】
本開示の製造方法は、第一蒸留工程において、蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を50~500Paに制御することが最大の特徴である。ここで、塔底気相部とは、蒸留塔の塔底液と平衡状態となった気相部であり、塔底液から第一段目の棚段までの気相部分を指す。また、第一蒸留工程の蒸留塔の塔底液とは、蒸留操作によって50℃以下の低沸点化合物が除去された塔底液である。
【0046】
塔底気相部の酸素分圧が500Paを超える場合には、塔底液に酸素が取り込まれることになり、第二蒸留工程以降の工程に溶存酸素を持ち込むため、イソプロピルアルコール中の溶存酸素を低減し難い傾向にある。一方、塔底気相部の酸素分圧が50Pa未満の場合には、塔底液に取り込まれる酸素を低減することは可能になるが、蒸留塔内の酸素分圧を下げるために、不活性ガスを多量に供給しなければならない。多量の不活性ガスを供給すると、第一蒸留工程の蒸留塔のガス負荷が増加する。ガス負荷の増加は、蒸留塔の安定運転領域が小さくなること、及び塔頂ガスを冷却するコンデンサーへの不活性ガスの蓄積に伴ってコンデンサーの処理能力が低下することに繋がり、蒸留塔の蒸留能力が低下するため、経済効率の面から好ましくない。
【0047】
なお、蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を50~500Paに制御すればイソプロピルアルコール中の溶存酸素を低減することができるが、蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を50~200Paに制御することで、溶存酸素をより低減することが可能である。
【0048】
蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を50~500Paに制御するためには、例えば、蒸留塔の供給段よりも下、好ましくは塔底部に不活性ガス供給ノズルを設け、該ノズルから不活性ガスを供給し、塔底気相部の酸素分圧を制御すればよい。
【0049】
より具体的には、蒸留塔の塔底部に設けられた不活性ガス供給ノズルから不活性ガスを0.05~5Nm-不活性ガス/m-液負荷、好ましくは、3~5Nm-不活性ガス/m-液負荷で供給することで、蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を50~500Pa、好ましくは50~200Paに制御することが可能となる。
【0050】
本開示において、不活性ガスとは、イソプロピルアルコールと反応せず、凝縮部において使用する冷媒温度で液化しない酸素以外のガスであり、例えば、水素、窒素、ヘリウム、アルゴン等が挙げられる。それら不活性ガスの中でも、安全性の観点から、反応性が低い窒素、ヘリウム、及びアルゴンが好ましく、経済性の観点から、窒素がより好ましい。
【0051】
ここで、蒸留塔における液負荷とは、該蒸留塔に供給される液量(m/時間)と塔頂部に還流される還流液量(m/時間)との和である。供給液量及び還流液量は、生産量や該蒸留塔の設定還流比に応じて変動するが、供給液量及び還流液量が変動しても、不活性ガス供給量を0.05~5Nm-不活性ガス/m-液負荷となるように制御すれば、蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を50~500Paに制御することが可能となる。
【0052】
なお、塔底気相部の酸素分圧は、蒸留塔の塔底液の溶存酸素濃度を測定し、その溶存酸素濃度から算出する。ヘンリーの法則によれば、塔底液の溶存酸素濃度は気相中の分圧に比例するため、上述したように、溶存酸素は、液相と平衡状態にある気相の酸素分圧に換算できる。そして、塔底液と平衡状態にある気相は塔底気相部であるため、塔底液の溶存酸素を換算して測定された酸素分圧は、塔底気相部の酸素分圧と同じであると考えることができる。例えば、塔底液の溶存酸素濃度を酸素分圧に換算した測定結果が21Paであれば、塔底気相部の酸素分圧は21Paである。
【0053】
また、本開示の製造方法では、第一蒸留工程において、蒸留塔の塔頂部に、ガスを凝縮してその一部を蒸留塔に戻す凝縮部を有し、該凝縮部の気相に通気管を設けた構造を有する蒸留塔を使用し、該蒸留塔の凝縮部に設けられた通気管に、通気管における排出方向の線速が0.01~3.0m/秒となるように、好ましくは0.04~2.5m/秒となるように不活性ガスを供給してもよい。このような不活性ガスの供給量とすることで、凝縮部に使用されている冷媒の急激な温度変化、該蒸留塔への供給液量の急激な増加等の外乱により凝縮部が負圧になった際でも、酸素を含む外気が通気管を通して逆流することを防止することが可能となる。これにより、外気に含まれる酸素がイソプロピルアルコールを含む反応混合物に溶解することがなく、イソプロピルアルコールの溶存酸素濃度の上昇を防ぐことができる。
【0054】
なお、凝縮部は、蒸留塔の塔頂に設けられた塔頂ガスを凝縮させる凝縮器と、凝縮した液を受け入れる還流槽とを有する。凝縮部では公知となっている凝縮条件を採用することができるが、一般的には凝縮器での凝縮温度は該蒸留塔の塔頂温度から5℃程度下げた温度となれば塔頂ガスは十分に凝縮していると判断できる。例えば、塔頂温度が35℃の蒸留塔であれば、凝縮温度は30℃となるように設定すればよい。還流比はイソプロピルアルコールの溶存酸素濃度に殆ど影響を与えないため、該蒸留塔で得られるイソプロピルアルコールを含む反応混合物の液組成が目標とする純度を基に設定すればよい。
【0055】
また、通気管とは、蒸留塔の塔頂部に設けられた蒸留塔内部の圧力上昇を防ぐための脱ガス用の管であり、蒸留塔の凝縮部の気相に設けられた管である。通気管は、蒸留塔内と蒸留塔外の外気とを連結しており、通気管を通して、蒸留塔の塔頂部に滞留する不活性ガスや低沸点化合物等のガスが系外へ排出される。
【0056】
上述した蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を制御する理由として、本発明者らは以下のメカニズムを想定している。第一蒸留工程では、塔底から反応混合物を抜き出して第二蒸留工程へ供給し、第二蒸留工程ではイソプロピルアルコールを含む反応混合物をさらに精製する。したがって、第一蒸留工程の蒸留塔の塔底部から得られる反応混合物中の溶存酸素濃度を低減するためには、塔底部の塔底液と平衡状態にある塔底気相部の酸素分圧を特定の範囲に制御すればよい。
【0057】
塔底気相部の酸素分圧を特定の範囲に制御する手段として、蒸留塔の供給段より下、好ましくは塔底部より不活性ガスを供給する操作が挙げられる。不活性ガスの供給によって、塔底気相部の酸素がこの供給された不活性ガスと置換されると考えられる。さらに、上述した範囲の酸素分圧に制御することで、反応混合物の収率の低下、凝縮部の能力低下、及び蒸留塔内ガス負荷増加を実質的に招くことなく、それら全てを両立することが可能となったと考えられる。
【0058】
なお、第一蒸留工程の塔底気相部の酸素分圧を50~500Paに制御するために、蒸留塔の供給段より下以外の部位、例えば、蒸留塔の塔頂部や凝縮部へ不活性ガスを供給して塔底気相部の酸素分圧を調整することも可能であるが、塔底部と離れているため不活性ガスとの置換効率が低く、好ましくない。
【0059】
[第二蒸留工程]
第二蒸留工程では、第一蒸留工程にて低沸点化合物が除去された反応混合物から、水を除去してイソプロピルアルコールを得ることを目的として、蒸留操作を行う。水とイソプロピルアルコールとの共沸温度は80.1℃であり、第二蒸留工程では、第一蒸留工程の塔底液から得られた反応混合物から水を除去して、約12質量%の水分を含有するイソプロピルアルコールを抜き出す操作を行う。第二蒸留工程の塔頂から抜き出された水分を含有するイソプロピルアルコールは、必要に応じて、さらに、脱水を行う。一方、塔底からは水を抜き出し、回収する。
【0060】
第二蒸留工程で回収された水は、前工程の第一蒸留工程においてイソプロピルアルコールよりも低沸点の低沸点化合物が除去されており、イソプロピルアルコールの原料として好適に使用することができる。この回収された水を、原料供給工程における水回収タンクに再投入し、プロピレンと反応させることで、不純物が低減されたイソプロピルアルコールを製造することができる。
【0061】
なお、第二蒸留工程においても、蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を制御すれば、製品に持ち込まれる溶存酸素がさらに低減できるので好ましい。第二蒸留工程においても、蒸留塔の塔底気相部の酸素分圧を制御することで、第一蒸留工程と同様に溶存酸素を低減することができる。
【0062】
また、第二蒸留工程においても、第一蒸留工程と同様に通気管に不活性ガスを供給してもよい。第二蒸留工程においても、第一蒸留工程と同じ条件を採用することで、製造工程での溶存酸素の増加を抑制することが可能である。
【0063】
[その他の工程]
第二蒸留工程で得られた不純物が低減されたイソプロピルアルコールは、さらに、脱水工程及び精製工程を経ることで、溶存酸素だけでなく不純物がより低減されたイソプロピルアルコールとすることができる。また、脱水及び精製の他に、フィルター工程で金属や無機粒子を除去してもよいし、イオン交換樹脂塔で金属イオンを除去してもよい。蒸留後に有機化合物以外の不純物を除去することで、電子デバイス等の洗浄剤として好適に使用可能なイソプロピルアルコールを製造することができる。
【0064】
製造されたイソプロピルアルコールの輸送のために、キャニスター缶のようなコンテナ等の密閉容器に移送する場合には、窒素ガス等の不活性ガスの雰囲気下で移送作業を行うことで、より保存安定性を高めることができる。また、移送後の密閉容器も窒素ガス等の不活性ガスで封入することが好ましい。本開示の製造方法で製造されたイソプロピルアルコールは、製造工程で溶存酸素及び有機酸が低減されているが、このような密閉容器に充填して保存する方法を採用することで、溶存酸素及び有機酸が低減され、かつ、経時変化の少ない状態でイソプロピルアルコールを保管することができる。
【0065】
以上の製造方法により、溶存酸素だけでなく有機酸も低減され、さらに、有機酸の経時変化の少ないイソプロピルアルコールを工業的に製造することができる。
【実施例
【0066】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。なお、以下の説明において、濃度を表す「%」、「ppm」、「ppb」、及び「ppt」は、いずれも質量基準である。また、以下の説明において、実施例2、3はいずれも参考例と読み替えるものとする。
【0067】
<溶存酸素の測定方法>
本開示において、イソプロピルアルコールの溶存酸素濃度、及び塔底気相部の酸素分圧は、株式会社ハック・ウルトラ製のORBISPHERE 510 gas analyser O計(商品名:センサーモデル 2952A DO2測定範囲 2ppb~80ppm、PO2測定範囲 5Pa~200kPa)を使用して測定した。
【0068】
上記測定値は、溶液中の溶存酸素を換算した酸素分圧で表示されるため、塔底気相部の酸素分圧については、上述したように、塔底液の測定値を塔底気相部の酸素分圧として採用した。
【0069】
また、イソプロピルアルコールの溶存酸素濃度(%)は、サンプリングしたイソプロピルアルコールについて、上記装置を使用して25℃における溶存酸素に対応した酸素分圧を測定し、その測定結果を1気圧、25℃における空気中の酸素分圧である21kPaで除した値を%表示することで算出した。
【0070】
<有機酸の測定方法>
本開示において、イソプロピルアルコールに含まれる有機酸は、イオンクロマトグラフィー法により、以下に示した測定条件で測定した。
-測定条件-
装置名:ICS2100(Thermo Fisher Scientific製)アニオン分析
検出器:電気伝導度検出器
カラム:IonPacAS18
流量:1mL/分
温度条件:30℃
勾配条件:2mM、KOH → 15分、5mM、KOH → 25分、40mM、KOH →40分、40mM、KOH
濃縮カラム:UTAC-LP2
注入量:20mL
検出下限:100ppt
【0071】
なお、有機酸の測定対象となる化合物としては、実施例、比較例ともに、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、及びイソ酪酸の保持時間に相当する化合物以外は検出されなかった。したがって、測定して得られたチャートから、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、及びイソ酪酸の定量を行った。
【0072】
<水分量の測定方法>
本開示において、イソプロピルアルコールに含まれる水分は、電量滴定方式の京都電子工業株式会社製 カールフィッシャー水分計 MKC-510(水分測定範囲:10μg~100mg)を使用して測定した。
(陽極液:ハイドロナール クーロマットAG、陰極液:ハイドロナール クーロマットCG)
【0073】
<アセトンの測定方法>
本開示において、イソプロピルアルコールに含まれるアセトンは、ガスクロマトグラフィー法により、以下に示した測定条件で測定した。
-測定条件-
装置名:Agilent 890B GC システム(アジレント・テクノロジー株式会社製)
注入口温度:200℃
カラム:DB-WAX(内径0.25mm、長さ30m、膜厚0.25μm)
検出器:質量分析装置
トランスファーライン温度:240℃
SIMモニターイオン:58
オーブン温度:35℃一定
注入量:1μL
スプリット比:10:1
【0074】
<高沸点化合物の測定方法>
[定性分析]
本開示において、イソプロピルアルコールに含まれる高沸点化合物は、ガスクロマトグラフィー法により、以下に示した測定条件で測定した。
-測定条件-
装置名:7890A/5975C(アジレント・テクノロジー株式会社製)
分析カラム:SUPELCO WAX-10(内径0.25mm、長さ60m、膜厚0.25μm)
カラム温度:35℃(2分保持)→5℃/分で昇温→100℃→10℃/分で昇温→240℃(6分保持)
キャリアガス:ヘリウム
キャリアガス流量:2mL/分
注入口温度:240℃
試料注入法:パルスドスプリットレス法
注入時パルス圧:90psi(2分)
スプリットベント流量:50mL/分(2分)
ガスセーバー使用:20mL/分(5分)
トランスファーライン温度:240℃
イオン源、四重極温度:230℃、150℃
スキャンイオン:m/Z=25~250
【0075】
[定量分析]
上記の定性分析の方法に従って得られたチャートにピークが確認された場合は、そのピークのマススペクトルよりライブラリ検索を行い、構造を特定した。次に、その特定された高沸点化合物の標準物質を準備し、予め定量された標準物質のピーク面積と比較することで、定性分析で検出された高沸点化合物の濃度を選択イオン検出法(SIM)により定量した。
-SIMモニターイオン-
グループ1 開始時間:12.7分、m/Z:31,43,75(ドゥエル60)
グループ2 開始時間:13.5分、m/Z:45,56,75,59(ドゥエル45)
グループ3 開始時間:16.0分、m/Z:42,43,56(ドゥエル60)
グループ4 開始時間:22.0分、m/Z:45,56,59,72(ドゥエル45)
【0076】
<濃縮方法>
本開示のイソプロプロピルアルコールは不純物が低減されているため、必要に応じて測定対象となるイソプロピルアルコールを濃縮し、分析精度を高める必要がある。以下に濃縮方法を示すが、必要に応じて、下記の操作を繰り返し、濃縮の倍率を変更してもよい。高沸点化合物の濃縮条件として、例えば、精密蒸留装置で、蒸留塔の塔頂温度を約82℃とし、24時間、蒸留を行う。精密蒸留装置での理論段数は2~30段であり、この範囲の段数であれば、蒸留及び濃縮を行うことができる。
【0077】
なお、約82℃で24時間蒸留を行うことで、76倍に濃縮することが可能である。また、分析目的物の酸化を防ぐため、精密蒸留装置内は、予め窒素を流通させ、不活性の雰囲気とすることが好ましい。さらに、蒸留中は、蒸留後の留出液を貯蔵する液だまり部にも窒素を流通させて、不活性雰囲気下で蒸留することが好ましい。
【0078】
<実施例1>
[イソプロピルアルコールの製造]
原料のプロピレンとしては、不純物として39972ppmのプロパン、20ppmのエタン、8ppmのブテン、0.1ppm以下のペンテン、及び0.1ppm以下のヘキセンが含まれているものを準備した。また、原料の水としては、酸触媒であるリンタングステン酸を添加してpHを3.0に調整したものを準備した。
図1に示した製造工程に従って、10Lの内容積を持つ反応器に、110℃に加温した水を18.4kg/時間(密度920kg/mであるから、20L/時間)の供給量で投入するとともに、プロピレンを1.2kg/時間の供給量で投入した(原料供給工程)。
【0079】
このときの反応器内における水の滞在時間は30分であり、プロピレン100質量部に対して、水を1500質量部供給していることになる。反応器内での反応温度を280℃、反応圧力を250atmとして、プロピレンと水とを反応させてイソプロピルアルコールを得た(反応工程)。
【0080】
次いで、反応工程で生成したイソプロピルアルコールを含む反応生成物を140℃まで冷却し、圧力を18atmへ減圧することにより、反応生成物に含まれる水に溶解しているプロピレンを気体として回収した(回収工程)。回収したプロピレンは、原料として再利用するために、プロピレン回収タンクに投入した。
【0081】
このとき、供給したプロピレンの転化率は84.0%、プロピレンのイソプロピルアルコールへの選択率は99.2%であり、得られた反応混合物中のイソプロピルアルコール濃度は7.8%であった。
【0082】
次いで、蒸留塔を用いて、プロピレン回収後の反応混合物から、イソプロピルアルコールの沸点よりも低い沸点を有する低沸点化合物を除去した(第一蒸留工程)。蒸留時に、蒸留塔の塔底に設けられた不活性ガス供給ノズルより窒素を4.0Nm-不活性ガス/m-液負荷となるように供給した。窒素を供給した後、蒸留塔の塔底液の溶存酸素濃度を測定し、塔底気相部の酸素分圧を算出したところ、56Paであった。窒素供給後、さらに、蒸留塔の凝縮部に設けられた通気管より不活性ガスである窒素を2.5m/秒となるように供給した。
【0083】
次いで、蒸留塔の塔底から反応混合物を抜き出し、蒸留塔を用いて、水とイソプロピルアルコールとに分離した(第二蒸留工程)。
塔底から抜き出して回収した水は、温度を110℃、圧力を1.5atmの条件とし、原料として再利用するために、水回収タンクに投入した。また、回収した水のpHが3.0を維持するように、リンタングステン酸を添加し、調整を行った。
一方、塔頂から抜き出したイソプロピルアルコールには水が約12%含まれているため、脱水を行う蒸留工程、さらにイソプロピルアルコールを精製するため蒸留工程を行い、イソプロピルアルコールを得た。
【0084】
[溶存酸素の測定]
得られたイソプロピルアルコールの溶存酸素は、上述した方法に従って測定した。すなわち、溶存酸素計を用いて一定時間毎に溶存酸素を測定し、得られたイソプロピルアルコールに含まれている溶存酸素を定量した。結果を表1に示す。表1に示すとおり、得られたイソプロピルアルコールの溶存酸素濃度は、溶存酸素の飽和溶解度に対して0.02%であった。
【0085】
[有機酸の測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれる有機酸は、上述した方法に従って測定した。得られたチャートより有機酸が検出され、それぞれの保持時間からイソプロピルアルコールに含まれる有機酸の総量を定量した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、蟻酸、酢酸、及びプロピオン酸が同定され、その総量は4ppbであった。
【0086】
[アセトンの測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれるアセトンは、上述した方法に従って測定した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、イソプロピルアルコールに含まれるアセトンは0.3ppmであった。
【0087】
[水分の測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれる水分は、上述した方法に従って測定した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、イソプロピルアルコールに含まれる水分は15ppmであった。
【0088】
[高沸点化合物の測定]
上述した定性分析の方法に従って分析したところ、イソプロピルアルコールよりも保持時間が長い領域にピークが検出されなかった。次に、上述した濃縮方法に従って濃縮したイソプロピルアルコール中の高沸点化合物について、上述した定性分析の方法で分析した。さらに、定性分析で検出されたピークに対してより詳細な定量を行うために、濃縮していないイソプロピルアルコールを用いて、上述した定量分析の方法に従って分析した。その結果、4-メチル―2-ペンタノール、2-メチル―3-ペンタノン、及び4-メチル―2-ペンタノンの濃度は、いずれも検出下限である20ppb以下であった。
【0089】
また、その他の高沸点化合物として、3-メチル-2-ペンタノン、2-ヘキサノン、3,3-ジメチル-2-ブタノール、2,3-ジメチル-2-ブタノール、2-メチル-2-ペンタノール、3-メチル-3-ペンタノール、2-メチル-3-ペンタノール、3-ヘキサノール、3-メチル-2-ペンタノール、2,2-ジメチル-1ブタノール、2-ヘキサノール、2-エチル-1-ペンタノール、2-メチル-1-ペンタノール、3-メチル-1-ペンタノール、1-ヘキサノール、4-メチル-1-ペンタノール、1,2-プロパンジオール、及び2-メチル-2,4-ペンタンジオールについて分析した結果、いずれも検出下限である20ppb以下であった。
【0090】
以上のとおり、本開示の製造方法で得られた実施例1のイソプロピルアルコールは、溶存酸素だけでなく、有機酸が低減されていた。さらに、実施例1のイソプロピルアルコールを不活性ガスである窒素雰囲気下で30日放置し、放置した後に有機酸、アセトン、及び水分の測定を行った。結果を表3及び図2に示す。表3及び図2に示すとおり、実施例1のイソプロピルアルコールは、30日放置しても、有機酸、アセトン、及び水分の濃度が変化していなかった。
【0091】
<実施例2>
第一蒸留工程において、蒸留塔の塔底に設けられた不活性ガス供給ノズルより窒素を0.1Nm-不活性ガス/m-液負荷となるように供給し、蒸留塔の凝縮部に設けられた通気管より不活性ガスである窒素を0.04m/秒となるように供給した以外は、実施例1と同様にしてイソプロピルアルコールを製造した。
【0092】
なお、窒素を供給した後、蒸留塔の塔底液の溶存酸素濃度を測定し、塔底気相部の酸素分圧を算出したところ、300Paであった。
【0093】
[溶存酸素の測定]
得られたイソプロピルアルコールの溶存酸素は、上述した方法に従って測定した。すなわち、溶存酸素計を用いて一定時間毎に溶存酸素を測定し、得られたイソプロピルアルコールに含まれている溶存酸素を定量した。結果を表1に示す。表1に示すとおり、得られたイソプロピルアルコールの溶存酸素濃度は、溶存酸素の飽和溶解度に対して0.07%であった。
【0094】
[有機酸の測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれる有機酸は、上述した方法に従って測定した。得られたチャートより有機酸が検出され、それぞれの保持時間からイソプロピルアルコールに含まれる有機酸の総量を定量した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、蟻酸、酢酸、及びプロピオン酸が同定され、その総量は12ppbであった。
【0095】
[アセトンの測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれるアセトンは、上述した方法に従って測定した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、イソプロピルアルコールに含まれるアセトンは0.2ppmであった。
【0096】
[水分の測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれる水分は、上述した方法に従って測定した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、イソプロピルアルコールに含まれる水分は15ppmであった。
【0097】
[高沸点化合物の測定]
上述した定性分析の方法に従って分析したところ、イソプロピルアルコールよりも保持時間が長い領域にピークが検出されなかった。次に、上述した濃縮方法に従って濃縮したイソプロピルアルコール中の高沸点化合物について、上述した定性分析の方法で分析した。さらに、定性分析で検出されたピークに対してより詳細な定量を行うために、濃縮していないイソプロピルアルコールを用いて、上述した定量分析の方法に従って分析した。その結果、4-メチル―2-ペンタノール、2-メチル―3-ペンタノン、及び4-メチル―2-ペンタノンの濃度は、いずれも検出下限である20ppb以下であった。
【0098】
その他の高沸点化合物として、3-メチル-2-ペンタノン、2-ヘキサノン、3,3-ジメチル-2-ブタノール、2,3-ジメチル-2-ブタノール、2-メチル-2-ペンタノール、3-メチル-3-ペンタノール、2-メチル-3-ペンタノール、3-ヘキサノール、3-メチル-2-ペンタノール、2,2-ジメチル-1ブタノール、2-ヘキサノール、2-エチル-1-ペンタノール、2-メチル-1-ペンタノール、3-メチル-1-ペンタノール、1-ヘキサノール、4-メチル-1-ペンタノール、1,2-プロパンジオール、及び2-メチル-2,4-ペンタンジオールについて分析した結果、いずれも検出下限である20ppb以下であった。
【0099】
以上のとおり、本開示の製造方法で得られた実施例2のイソプロピルアルコールは、溶存酸素だけでなく、有機酸が低減されていた。さらに、実施例2のイソプロピルアルコールを不活性ガスである窒素雰囲気下で30日放置し、放置した後に有機酸、アセトン、及び水分の測定を行った。結果を表3及び図2に示す。表3及び図2に示すとおり、実施例2のイソプロピルアルコールは、有機酸及びアセトンの濃度が僅かに増加したものの、30日放置しても有機酸については目標上限の20ppbを上回っていなかった。
【0100】
<実施例3>
第一蒸留工程において、蒸留塔の凝縮部に設けられた通気管より不活性ガスを供給しなかった以外は、実施例2と同様にしてイソプロピルアルコールを製造した。
【0101】
なお、窒素を供給した後、蒸留塔の塔底液の溶存酸素濃度を測定し、塔底気相部の酸素分圧を算出したところ、480Paであった。
【0102】
[溶存酸素の測定]
得られたイソプロピルアルコールの溶存酸素は、上述した方法に従って測定した。すなわち、溶存酸素計を用いて一定時間毎に溶存酸素を測定し、得られたイソプロピルアルコールに含まれている溶存酸素を定量した。結果を表1に示す。表1に示すとおり、得られたイソプロピルアルコールの溶存酸素濃度は、溶存酸素の飽和溶解度に対して0.09%であった。
【0103】
[有機酸の測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれる有機酸は、上述した方法に従って測定した。得られたチャートより有機酸が検出され、それぞれの保持時間からイソプロピルアルコールに含まれる有機酸の総量を定量した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、蟻酸、酢酸、及びプロピオン酸が同定され、その総量は15ppbであった。
【0104】
[アセトンの測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれるアセトンは、上述した方法に従って測定した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、イソプロピルアルコールに含まれるアセトンは0.3ppmであった。
【0105】
[水分の測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれる水分は、上述した方法に従って測定した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、イソプロピルアルコールに含まれる水分は15ppmであった。
【0106】
[高沸点化合物の測定]
上述した定性分析の方法に従って分析したところ、イソプロピルアルコールよりも保持時間が長い領域にピークが検出されなかった。次に、上述した濃縮方法に従って濃縮したイソプロピルアルコール中の高沸点化合物について、上述した定性分析の方法で分析した。さらに、定性分析で検出されたピークに対してより詳細な定量を行うために、濃縮していないイソプロピルアルコールを用いて、上述した定量分析の方法に従って分析した。その結果、4-メチル―2-ペンタノール、2-メチル―3-ペンタノン、及び4-メチル―2-ペンタノンの濃度は、いずれも検出下限である20ppb以下であった。
【0107】
その他の高沸点化合物として、3-メチル-2-ペンタノン、2-ヘキサノン、3,3-ジメチル-2-ブタノール、2,3-ジメチル-2-ブタノール、2-メチル-2-ペンタノール、3-メチル-3-ペンタノール、2-メチル-3-ペンタノール、3-ヘキサノール、3-メチル-2-ペンタノール、2,2-ジメチル-1ブタノール、2-ヘキサノール、2-エチル-1-ペンタノール、2-メチル-1-ペンタノール、3-メチル-1-ペンタノール、1-ヘキサノール、4-メチル-1-ペンタノール、1,2-プロパンジオール、及び2-メチル-2,4-ペンタンジオールについて分析した結果、いずれも検出下限である20ppb以下であった。
【0108】
以上のとおり、本開示の製造方法で得られた実施例2のイソプロピルアルコールは、溶存酸素だけでなく、有機酸が低減されていた。さらに、実施例3のイソプロピルアルコールを不活性ガスである窒素雰囲気下で30日放置し、放置した後に有機酸、アセトン、及び水分の測定を行った。結果を表3及び図2に示す。表3及び図2に示すとおり、実施例3のイソプロピルアルコールは、有機酸及びアセトンの濃度が僅かに増加したものの、30日放置しても有機酸については目標上限の20ppbを上回っていなかった。
【0109】
<比較例1>
第一蒸留工程において、蒸留塔の塔底に設けられた不活性ガス供給ノズル及び蒸留塔の凝縮部に設けられた通気管から不活性ガスである窒素を供給しなかった以外は、実施例1と同様にしてイソプロピルアルコールを製造した。
【0110】
なお、蒸留塔の塔底液の溶存酸素濃度を測定し、塔底気相部の酸素分圧を算出したところ、670Paであった。
【0111】
[溶存酸素の測定]
得られたイソプロピルアルコールの溶存酸素は、上述した方法に従って測定した。すなわち、溶存酸素計を用いて一定時間毎に溶存酸素を測定し、得られたイソプロピルアルコールに含まれている溶存酸素を定量した。結果を表1に示す。表1に示すとおり、得られたイソプロピルアルコールの溶存酸素濃度は、溶存酸素の飽和溶解度に対して0.13%であった。
【0112】
[有機酸の測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれる有機酸は、上述した方法に従って測定した。得られたチャートより有機酸が検出され、それぞれの保持時間からイソプロピルアルコールに含まれる有機酸の総量を定量した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、蟻酸、酢酸、及びプロピオン酸が同定され、その総量は26ppbであった。
【0113】
[アセトンの測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれるアセトンは、上述した方法に従って測定した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、イソプロピルアルコールに含まれるアセトンは0.3ppmであった。
【0114】
[水分の測定]
得られたイソプロピルアルコールに含まれる水分は、上述した方法に従って測定した。結果を表2に示す。表2に示すとおり、イソプロピルアルコールに含まれる水分は16ppmであった。
【0115】
[高沸点化合物の測定]
上述した定性分析の方法に従って分析したところ、イソプロピルアルコールよりも保持時間が長い領域にピークが検出されなかった。次に、上述した濃縮方法に従って濃縮したイソプロピルアルコール中の高沸点化合物について、上述した定性分析の方法で分析した。さらに、定性分析で検出されたピークに対してより詳細な定量を行うために、濃縮していないイソプロピルアルコールを用いて、上述した定量分析の方法に従って分析した。その結果、4-メチル―2-ペンタノール、2-メチル―3-ペンタノン、及び4-メチル―2-ペンタノンの濃度は、いずれも検出下限である20ppb以下であった。
【0116】
その他の高沸点化合物として、3-メチル-2-ペンタノン、2-ヘキサノン、3,3-ジメチル-2-ブタノール、2,3-ジメチル-2-ブタノール、2-メチル-2-ペンタノール、3-メチル-3-ペンタノール、2-メチル-3-ペンタノール、3-ヘキサノール、3-メチル-2-ペンタノール、2,2-ジメチル-1ブタノール、2-ヘキサノール、2-エチル-1-ペンタノール、2-メチル-1-ペンタノール、3-メチル-1-ペンタノール、1-ヘキサノール、4-メチル-1-ペンタノール、1,2-プロパンジオール、及び2-メチル-2,4-ペンタンジオールについて分析した結果、いずれも検出下限である20ppb以下であった。
【0117】
以上のとおり、比較例1では、アセトン及び水分については実施例1~3と同程度に低減することができたが、溶存酸素は、25℃での飽和溶解度に対して0.1%以下とすることができなかった。また、有機酸濃度も20ppb以下とすることができなかった。
【0118】
さらに、比較例1のイソプロピルアルコールを不活性ガスである窒素雰囲気下で30日放置し、放置した後に有機酸、アセトン、及び水分の測定を行った。結果を表3及び図2に示す。表3及び図2に示すとおり、比較例1のイソプロピルアルコールは、30日放置すると有機酸及びアセトンの濃度が大きく増加した。
【0119】
【表1】
【0120】
【表2】
【0121】
【表3】
【0122】
2017年1月23日に出願された日本出願2017-9605の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
図1
図2