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特許7122771カーボンナノチューブの構造分離用水溶液及び該水溶液を用いたカーボンナノチューブの分離回収方法並びに該方法により得られるカーボンナノチューブ
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-12
(45)【発行日】2022-08-22
(54)【発明の名称】カーボンナノチューブの構造分離用水溶液及び該水溶液を用いたカーボンナノチューブの分離回収方法並びに該方法により得られるカーボンナノチューブ
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/172 20170101AFI20220815BHJP
   C01B 32/158 20170101ALI20220815BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20220815BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20220815BHJP
【FI】
C01B32/172 ZNM
C01B32/158
B82Y30/00
B82Y40/00
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020532457
(86)(22)【出願日】2019-07-25
(86)【国際出願番号】 JP2019029149
(87)【国際公開番号】W WO2020022414
(87)【国際公開日】2020-01-30
【審査請求日】2021-02-05
(31)【優先権主張番号】P 2018141827
(32)【優先日】2018-07-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100140198
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 保子
(72)【発明者】
【氏名】田中 丈士
(72)【発明者】
【氏名】蓬田 陽平
(72)【発明者】
【氏名】片浦 弘道
【審査官】佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-518945(JP,A)
【文献】国際公開第2005/077827(WO,A1)
【文献】特開2012-144426(JP,A)
【文献】特開2011-184225(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0072458(US,A1)
【文献】特表2010-502548(JP,A)
【文献】TU, X. et al.,Nature,2009年07月09日,Vol.460,pp.250-253,<DOI:10.1038/nature08116>
【文献】FAGAN, J. A. et al.,Advanced Materials,2014年01月21日,Vol.26,pp.2800-2804,<DOI:10.1002/adma.201304873>
【文献】SONG, W. et al.,ACS Nano,2010年01月27日,Vol.4,pp.1012-1018,<DOI:10.1021/nn901135b3>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00 - 32/991
B82Y 30/00 - 40/00
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トコール酸及びリトコール酸異性体からなる群から選ばれる少なくとも1つ、ドデシル硫酸ナトリウム、並びにコール酸ナトリウムを含有するカーボンナノチューブの構造分離用水溶液。
【請求項2】
リトコール酸及びリトコール酸異性体からなる群から選ばれる少なくとも1つ、ドデシル硫酸ナトリウム、並びにコール酸ナトリウムを含有する水溶液を用いるカーボンナノチューブの分離回収方法。
【請求項3】
カーボンナノチューブが吸着したゲルから、直径1nm以下のカーボンナノチューブを選択的に分離する請求項に記載のカーボンナノチューブの分離回収方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法で直径1nm以下のカーボンナノチューブを選択的に分離した後、前記ゲルに残存する直径1nmより大きいカーボンナノチューブを分離するカーボンナノチューブの分離回収方法。
【請求項5】
カーボンナノチューブが吸着したゲルから、カイラル指数が異なるカーボンナノチューブのそれぞれを選択的に分離する請求項に記載のカーボンナノチューブの分離回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブの構造分離用水溶液及び該水溶液を用いたカーボンナノチューブの分離回収方法並びに該方法により得られるカーボンナノチューブに関する。
【背景技術】
【0002】
単層カーボンナノチューブ(CNT)は光学特性や伝導特性、機械的強度などに優れ、究極の新素材として研究開発が精力的に行われている。CNTは炭素原子が六角形に並んだグラフェンシートを継ぎ目なく丸めた構造を持っており、その丸める方向(カイラル角)と太さ(直径)によって構造が定義される。CNTは、レーザー蒸発法、アーク放電法、及び化学気相成長法(CVD法)などの種々の方法で合成される。現状ではいずれの合成方法を用いても、完全に同一の構造体のみを合成することはできず、多種の異なる構造を持つ混合物となる。CNTは構造の違いによって電気的な性質が異なり、金属にも半導体にもなり、半導体のCNTでも構造が異なるとバンドギャップが異なる。CNTのエレクトロニクス応用のためには、電気的な性質が均質なものが求められることから、金属型と半導体型のCNTの分離や、単一構造のCNTの分離は、次世代エレクトロニクスを実現する重要な課題として活発に研究されている。
【0003】
CNTの構造は(n,m)と言う2つの整数の組からなるカイラル指数により一義的に定義される(n≧m)。金属型CNTと半導体型CNTとは、CNTをその電気的性質から分けたものであり、金属型CNTは、カイラル指数の差(n-m)が3の倍数となるものであり、半導体型CNTは、(n-m)が3の倍数でないものと定義される(非特許文献1)。CNTの構造のパラメータはカイラル指数を用いて求めることができ、その代表的なパラメータである直径dはd=a{(n+m+nm)1/2}/π、カイラル角θはtanθ=(3)1/2m/(2n+m)で近似値を求めることができる。ここで、aはグラフェン六方格子の格子長(0.249nm、CNTの炭素原子間距離(0.144nm)の√3倍)である(非特許文献1)。
【0004】
単一構造のCNTを分離した研究はこれまでにもいくつかあるが、複数の単一構造のCNTを高純度に分離できる方法は限られている。CNTは高価な材料であり、多くの場合数十種類の異なる構造を含んでいる。そこに含まれる単一構造のCNTを無駄なく高純度に分離できる方法は、単一構造CNTの産業規模での生産に重要であるだけでなく、既存の混合物からなるCNTの応用とは全く異なる新規用途につながると期待される。しかし、これまでに優れた分離方法が存在せず、新たな手法が強く望まれていた。
【0005】
これまでに報告されている単一構造のCNTの分離方法は、いずれも産業的に単一構造のCNTを生産する上で問題点を含んでいる。問題点は以下のようにまとめることができる。(1)高純度に分離できる単一構造の種類が制限されるため原材料当たりの回収量が低いこと、(2)高価な設備や薬品を必要とすること、(3)大量分離ができないこと、(4)長時間を要すること、(5)複雑な工程を経るため分離の自動化ができないこと、などである。
【0006】
特定の構造のCNTに結合するDNAを合成し、イオン交換クロマトグラフィー又は水性二相分離により特定の構造を持つCNTを抽出する方法がある(非特許文献2・3)。しかし、抽出するCNTの構造ごとに塩基配列の異なった高価な合成DNAを別々に用意する必要があり、コストや大量分離に問題がある。また、1種類の単一構造CNTを抽出した残渣はもう使用できず、1原料から1種類のCNTしか抽出できないため、回収量が低いといった問題がある。
【0007】
特定の構造のCNTに結合する高分子を合成し、その分子を用いてCNTを分散することで、特定のカイラル角を持つCNTを抽出する方法がある(非特許文献4)。しかし、これも同様に、特別な高分子の合成が必要であり、コストや大量分離に問題がある。また分離できる構造はカイラル角の大きなCNTに制限されており、さらにその純度も低いといった問題がある。
【0008】
上述した特別な分散剤を用いた分離方法は、いずれも高コストや大量分離が困難という問題点が解決されていない。さらに、強く結合している分散剤を除去する操作が必要となるという問題もある。
一方、安価な市販の分散剤として、界面活性剤を用いた分離方法が、上述の問題点を解決する技術として注目されている。具体的には、密度勾配超遠心分離法、水性二相分離法、ゲルクロマトグラフィー法などである。これらの分離法では分散剤として、直鎖構造を持つドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、ステロイド骨格を持つコール酸ナトリウム(SC)やデオキシコール酸ナトリウム(DOC)等、共通した界面活性剤が用いられる(非特許文献5)。また、全ての方法で、それらの界面活性剤の役割も共通しており、SDSではCNTの電気的特性・バンドギャップの違いによる分離、そこにSCやDOCを混合するとCNTの直径・カイラル角の違いにより分離される(非特許文献5)。近年では、このような界面活性剤の異なる役割(以下、選択性)を利用するために、異なる種類の界面活性剤を混合して用いる研究が行われており、特別な分散剤を用いなくても単一構造のCNTの高純度な分離に成功している(非特許文献6・7・8)。しかしながら、これらの分離方法においても、以下のとおり、問題点が未だいくつか残っている。
【0009】
界面活性剤で被覆されたCNTを密度勾配超遠心分離法を用いて分離し、特定の構造を持つCNTを回収する方法がある(非特許文献6・7)。この方法では超遠心分離機という高価な機器を長時間占有するため高コストであること、一回の分離に長時間を要するためスループットが上がらないこと、超遠心分離機自体の大型化は限界があるため大量分離が困難であること、自動化が難しいことという問題がある。
【0010】
界面活性剤で被覆されたCNTを異なる二種類のポリマーを含む溶液で形成される水性二相分離法を用いて分離し、特定の構造を持つCNTを回収する方法がある(非特許文献8)。この方法では、高純度に分離できるCNTの種類が制限されており、回収量も低いといった問題がある。また、原材料によっては高純度な単一構造のCNTを分離するために、複雑な工程が必要となり、その自動化が困難であるという問題がある。
【0011】
本発明者らは、従来の方法とは相違する新規な単一構造のCNTの分離方法に着手し、界面活性剤で被覆されたCNTを、ゲルを用いて分離するゲルクロマトグラフィーを発明した(特許文献1)。その発明は、SDSで被覆されたCNTをゲルに過剰量作用させることにより、特定の単一構造を持つ半導体型CNTだけを選択的にゲルに吸着させることができ、その分離・回収ができるというものである。この方法は、安価な設備で分離できるという利点を有するが、再現性良く分離するためにはゲルに注入するCNTの量とゲルの量の比を一定にする必要があるという欠点を有する。
【0012】
さらに本発明者らは、特許文献1に記載の手法で用いられているSDS水溶液に代えて、SDSにSC及びDOCを混合した混合界面活性剤水溶液を用いることにより、これまで高純度に分離できなかった特定の構造を持つCNTを分離する新規ゲルクロマトグラフィーを開発した(非特許文献9)。この手法では、まず、ある濃度及び比率で調合したSDS/SC混合界面活性剤で被覆されたCNTをゲルに作用させることにより、特定のカイラル角を持つ半導体型CNTを選択的にゲルに吸着させる。次いで、そこへSDS/SCの濃度及び比率を維持したままDOCを加えたSDS/SC/DOC混合界面活性剤水溶液を作用させることにより、特定の直径を持つ単一構造の半導体型CNTを溶出し、分離・回収する。該手法によれば、カイラル角を選択する吸着工程および直径を選択する溶出工程を一回の分離で実行でき、直径とカイラル角の二つのパラメータで決定されるCNTの構造を精度良く分離できる。実際に、これまで全ての方法で高純度に分離できなかった(9,4)と(10,3)の単一構造のCNTの分離に成功している。この技術は、特許文献1に示すCNTとゲルの量比を一定にしなくても再現性の良い分離が可能となるだけでなく、高純度、短時間、安価な設備で、大量処理、自動処理も可能な方法であり、工業的に単一構造のCNTを生産する上で極めて優れたものである。
【0013】
しかしながら、上記手法は、(9,4)型および(10,3)型に関しては、単一構造のCNTの高純度な分離方法は構築できたが、他の構造の単一構造CNTの分離は実現しなかった。その原因の一つに、溶出工程で用いるSDS/SC/DOC混合界面活性剤水溶液の不完全な直径選択性があげられる。
すなわち、SDS/SC/DOC混合界面活性剤水溶液におけるDOC濃度を高くしていくと、1nmよりも小さな直径を持つCNTと1nmよりも大きな直径を持つCNTが同じ濃度で溶出され、それぞれの純度が低下する。(9,4)と(10,3)の直径はちょうどそれらの中間の大きさである1nm程度の直径になっている。そのため、1nmよりも小さな直径を持つCNTと1nmよりも大きな直径を持つCNTをカラムから溶出させた後、カラムに残ったCNTとして分離できた。しかし、(9,4)と(10,3)よりも小さな直径もしくは大きな直径を持つ単一構造CNTを高純度に分離するためには、その両方を溶出するのではなく、どちらか一方の溶出に特化しそれらを分離できる界面活性剤であることが望ましい。
【0014】
そこで、本発明者らは、そのような界面活性剤を探索した。上記の非特許文献9に記載の分離法では、SDS及びSCの濃度は吸着工程と溶出工程で変わらないため、溶出工程で加えられたDOCがCNTの溶出に寄与していると考えられる。このDOCの代わりになる界面活性剤を探索するため、溶出工程で加える界面活性剤を、DOCよりも疎水性の低いSCに置き換えた対照実験を行い、溶出工程で加えられるステロイド骨格を有する界面活性剤の疎水性がCNTの溶出に重要な役割を示すことを発見した(非特許文献10)。
すなわち、SCおよびDOCどちらの場合においても、1nmよりも小さな直径を持つCNTの溶出と1nmよりも大きな直径を持つCNTの溶出が確認されたが、その直径分離の精度は、疎水性の低いSCと疎水性の高いDOCでは大きく異なり、疎水性の高いDOCの方がピークの種類が少なく高純度のCNTが得られた。さらに、疎水性の異なるSCとDOCとでは溶出され易いCNTも異なり、疎水性の低いSCでは1nmよりも大きな直径を持つCNTが溶出され易く、疎水性の高いDOCでは1nmよりも小さな直径を持つCNTが溶出され易かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】国際公開WO2011/108666号パンフレット
【非特許文献】
【0016】
【文献】「カーボンナノチューブの基礎と応用」培風館、p8~22
【文献】Nature 460, (2009) 250-253
【文献】Journal of American Chemistry Society 136, (2014) 10383-10392
【文献】Polymer Chemistry 3, (2012) 1966-1970
【文献】Topics in Current Chemistry 375, (2017) 1-36
【文献】Journal of American Chemistry Society 131, (2009) 1144-1153
【文献】NatureNanotechnology 1, (2006) 60-65
【文献】AdvancedMaterials 26, (2014) 2800-2804
【文献】NatureCommunications 7, (2016) 12056
【文献】第48回フラーレン・ナノチューブ・グラフェンシンポジウム, (2015) 1-4, p14
【文献】Jarnal of Lipid Research, 25, (1984) 1447-1489
【文献】Advanced Materials, 14, (2004) 1105-1112
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
前述の非特許文献10に記載されたDOCとSCの対比実験の結果によれば、DOCより疎水性の高い界面活性剤では、精度の高い分離が可能になると考えられる。また、DOCより疎水性の高い界面活性剤では、小さな直径を持つCNTの選択により特化すると考えられる。
このように、DOCより疎水性の高い界面活性剤は、分離の精度および選択性の点から非常に興味深い。しかしながら、DOCよりも疎水性の高いステロイド骨格を有する界面活性剤は、水への溶解性が極めて低いため、これまでCNTの分離や分散には用いられず、その調査は困難であった。
【0018】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、DOCよりも疎水性の高いステロイド骨格を有する界面活性剤を用いた、特定の構造のカーボンナノチューブを精度良く分離することができるカーボンナノチューブの構造分離用水溶液、及びそれを用いたカーボンナノチューブの分離回収方法、並びにそれにより得られるカーボンナノチューブを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは上記課題を解決するため検討を重ねたところ、疎水性が高く単体では水に不溶なために用いられていなかったリトコール酸が、適切な条件下で水に可溶となり、特定の構造を有するCNTを精度良く分離できる構造分離用水溶液となることを見いだした。さらに本発明者等は、この可溶化したリトコール酸を含有する構造分離用水溶液を用いることにより、以下の新しい機能が得られるという知見を得た。
(1)1nmよりも小さな直径を持つCNTのみを溶出し、直径の小さい順に分離・回収可能な機能
(2)特定の界面活性剤条件下で、(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)を含む特定の構造を持つCNTのみを溶出し、直径の小さい順に分離・回収可能な機能
(3)1nmよりも大きな直径を持つCNTを溶出しないため、カラムに残留した1nmよりも大きな直径を持つCNTのみを、SDS/SC/DOC混合界面活性剤により溶出し、単一構造CNTを分離・回収可能とする機能
【0020】
本発明はかかる新規な知見に基づいてなされたものである。
すなわち、この出願によれば、以下の発明が提供される。
<1>可溶化されたリトコール酸及び可溶化されたリトコール酸異性体からなる群から選ばれる少なくとも1つを含有するカーボンナノチューブの構造分離用水溶液。
<2>前記リトコール酸及び前記リトコール酸異性体が、他の界面活性剤により可溶化されている上記<1>に記載のカーボンナノチューブの構造分離用水溶液。
<3>前記他の界面活性剤が、ドデシル硫酸ナトリウム及び/又はコール酸ナトリウムである上記<2>に記載のカーボンナノチューブの構造分離用水溶液。
<4>上記<1>~<3>のいずれかに記載のカーボンナノチューブの分離用水溶液を用いることを特徴とするカーボンナノチューブの分離回収方法。
<5>上記<1>~<3>のいずれかに記載のカーボンナノチューブの分離用水溶液を用いて、カーボンナノチューブが吸着したゲルから、直径1nm以下のカーボンナノチューブを選択的に分離することを特徴とする請求項4に記載のカーボンナノチューブの分離回収方法。
<6>前記直径1nm以下のカーボンナノチューブを選択的に分離した後、ゲルに残存する直径1nmより大きいカーボンナノチューブを分離することを特徴とする上記<5>に記載のカーボンナノチューブの分離回収方法。
<7>上記<1>~<3>のいずれかに記載のカーボンナノチューブ分離用水溶液を用いて、カーボンナノチューブが吸着したゲルから、カイラル指数が異なるカーボンナノチューブのそれぞれを選択的に分離することを特徴とする上記<4>に記載のカーボンナノチューブの分離回収方法。
<8>上記<1>~<3>のいずれかに記載のカーボンナノチューブ分離用水溶液を用いてカーボンナノチューブが吸着したゲルから分離されたカーボンナノチューブであって、そのカイラル指数が(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)からなる群から選ばれる1つのみであることを特徴とするカーボンナノチューブ。
【発明の効果】
【0021】
本発明のCNTの構造分離用水溶液は、原材料となるCNTから、多くの種類の単一構造半導体型CNTおよび、金属型CNTを無駄なく高精度に分離・回収できる。また、本発明のCNTの構造分離用水溶液は、ゲルを用いたCNTの分離においては、カラムクロマトグラフィーを用いて連続流で分離を行う方法のほか、ゲルを容器に入れてCNT分散液と作用させる「バッチ式」と呼ばれる分離法にも適用することも可能である。さらに、本発明のCNTの構造分離用水溶液は、ゲルを用いた分離のみならず、密度勾配超遠心分離法、液液二相分離法などの分離方法にも適用することが可能である。
上述のように、合成DNAを用いて単一構造のCNTを分離する手法では、個別の構造ごとに異なる塩基配列をもつ合成DNAを準備する必要があるが、本発明のCNTの分離回収方法では、いずれの構造の半導体型CNTを分離するにも、同一の試薬の濃度を変えるだけで良く、また、設備も安価なもので精度良く分離でき、カラムは繰り返し利用可能で、自動化による分離も可能であり、これらの長所から分離コストを大幅に縮小することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1a】0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出で得られた分離試料の光吸収スペクトル。以下のLCは可溶化したリトコール酸(3α-ヒドロキシ-5β-コラン酸)を示し、リトコール酸塩も含む。
図1b】0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/DOC溶出で得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図1c】0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出で得られた分離試料の蛍光スペクトル。
図1d】0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/DOC溶出で得られた分離試料の蛍光スペクトル。
図1e】0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出に必要なLC濃度とCNTの直径の関係。
図1f】0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/DOC溶出に必要なDOC濃度とCNTの直径の関係。
図2a】0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出で得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図2b】SDS/SC/LC添加後の0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/DOC溶出で得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図2c】0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出で得られた分離試料の蛍光スペクトル。
図2d】SDS/SC/LC添加後の0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/DOC溶出で得られた分離試料の蛍光スペクトル。
図2e】0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出に必要なLC濃度とCNTの直径、カイラル角の関係。
図2f】SDS/SC/LC添加後の0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/DOC溶出に必要なDOC濃度とCNTの直径、カイラル角の関係。
図3a】異なるSDS濃度におけるSDS/SC/LC溶出で得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図3b】SDS/SC/LC溶出に必要なLC濃度とSDS濃度の関係。
図4a】異なるSC濃度におけるSDS/SC/LC溶出で得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図4b】SDS/SC/LC溶出に必要なLC濃度とSC濃度の関係。
図5a】異なるSDS濃度および異なるSC濃度におけるSDS/SC/LC溶出で得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図5b】SDS/SC/LC溶出に必要なLC濃度とSDS濃度およびSC濃度の関係。
図6a】異なる温度におけるSDS/SC/LC溶出で得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図6b】SDS/SC/LC溶出に必要なLC濃度と温度の関係。
図7a】0.9%SDS/0.3%SCにおけるSDS/SC/LC溶出で得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図7b】0.9%SDS/0.9%SCにおけるSDS/SC/LC溶出に必要なLC濃度とCNTの直径、カイラル角の関係。
図8a】単一カラムを用いて単一構造CNTを分離・回収する方法の説明図。
図8b】単一カラムを用いた分離の各ステップで得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図8c】単一カラムを用いた分離で得られた単一構造CNTの光吸収スペクトル。
図9a】複数カラムを用いて単一構造CNTを分離・回収する方法の説明図。
図9b】複数カラムを用いた分離の第1ステップで得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図9c】複数カラムを用いた分離の第2ステップで得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図9d】複数カラムを用いた分離の第3ステップで得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図9e】複数カラムを用いた分離の第4ステップで得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図9f】複数カラムを用いた分離の第5ステップで得られた分離試料の光吸収スペクトル。
図9g】複数カラムを用いた分離で得られた単一構造CNTが吸着していたカラム。
図9h】複数カラムを用いた分離で得られた単一構造CNTの光吸収スペクトル、光吸収スペクトルから算出した単一カイラリティの純度。
図9i】複数カラムを用いた分離で得られた単一構造CNTの蛍光スペクトル。
図9j】複数カラムを用いた分離で得られた単一構造CNTの蛍光スペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明について説明する。
【0024】
リトコール酸は、同様のステロイド骨格を持つコール酸やデオキシコール酸に比べて親水基であるヒドロキシル基が少ないため、疎水性が高く水にほとんど不溶である。リトコール酸の水への溶解度は0.000002%であり、ヒドロキシ基が3α位ではなく3β位、または7α位、または7β位にある異性体も同様に低い値を示す(非特許文献11)。
界面活性剤の中には単分子で水に不溶なものでも、複数の分子が会合したミセルを形成することで水に溶解できるようになるものもある。しかし、リトコール酸はミセル形成温度が65℃以上であり、室温ではミセルを形成できない。また、その塩であるリトコール酸塩に関しても、水に難溶でありCNTの分散には利用されていない(非特許文献12)。したがって、分離用の界面活性剤としても利用されてこなかった。
【0025】
一方、同様のステロイド骨格を持つコール酸、デオキシコール酸、タウロコール酸、タウロデオキシコール酸は、室温でミセルを形成し、単体で水に溶解する。また、これらの塩も同様に、水に可溶であり、CNTの分散用および分離用界面活性剤として広く用いられる。
【0026】
本発明では、疎水性が高く単体では水に不溶であるために、これまでほとんど利用できなかったリトコール酸及びその異性体を、適切な条件下で水に可溶とし、特定の構造を有するCNTを精度良く分離できる構造分離用水溶液とするものである。
【0027】
本発明の可溶化したリトコール酸又は可溶化したリトコール酸異性体を含有する分離用水溶液を、ゲルに吸着させたCNTの溶出工程において、上述の非特許文献9に記載のSDS/SC/DOC混合界面活性剤水溶液の代わりに用いたところ、
(1)1nmよりも小さな直径を持つCNTのみを溶出し、直径の小さい順に分離・回収可能な機能、
(2)特定の界面活性剤条件下で、(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)を含む特定の構造を持つCNTのみを溶出し、直径の小さい順に分離・回収可能な機能、
(3)1nmよりも大きな直径を持つCNTを溶出しないため、カラムに残留した1nmよりも大きな直径を持つCNTのみを、SDS/SC/DOC混合界面活性剤水溶液により溶出し、単一構造CNTを分離・回収可能とする機能、
が得られた。
【0028】
これら3つの新しい機能によって、これまでの界面活性剤水溶液では分離出来なかった単一構造CNTを分離できるようになり、原材料から、16種類の高純度な単一構造CNTを含めて、直径1nm付近の22種類の半導体型CNTを余すこと無く分離することに成功した。また、半導体型CNTを分離した後に金属CNTも回収できる。
本発明の可溶化したリトコール酸を含む構造分離用水溶液によって提供されるこれらの3つの機能は、以下のとおり、従来のSCもしくはDOCを含む構造分離用水溶液によって提供される機能とは全く異なる。
すなわち、従来のSCもしくはDOCを含む構造分離用水溶液は、1nmよりも小さな直径を持つCNTと1nmよりも大きな直径を持つCNTの両方に作用し、その不完全な直径選択性が分離の精度の向上の妨げとなっていた。これに対し、本発明の可溶化したリトコール酸又は可溶化したリトコール酸異性体を含む構造分離用水溶液は、1nmよりも小さな直径を持つCNTのみに作用する完全な直径選択性を有しており、それにより精度良い分離が可能となる。これまでの報告(非特許文献10)より、DOCよりも疎水性の高い界面活性剤では、1nmよりも小さな直径を持つCNTの分離に特化するだろうとの予想はあったが、1nmよりも小さな直径を持つCNTにのみ作用する完全な直径選択性は、既報からは予想できない機能である。また、リトコール酸及びその異性体は疎水性が極めて高く水にほとんど溶けないため、これまで、リトコール酸及びその異性体がCNTの分離用水溶液や分散用水溶液に用いられたことは無い。そのため、本発明の、リトコール酸又はその異性体を可溶化し、これまでに無い機能を提供する手法の独自性は極めて高く、本発明の可溶化したリトコール酸を含む分離用水溶液を用いたCNTの分離回収方法は、現存する全ての分離回収方法の中で、分離できる単一構造の種類が最も多い。
また、本発明に用いられるリトコール酸、可溶化に必要な界面活性剤、及び塩基は、安価で市販されている薬品である。また、ゲルを用いた分離法(非特許文献9等)と組み合わせることによって、安価な設備により、短時間で高純度に大量に自動分離可能であることから、工業的に単一構造CNTを大量生産する上で極めて有用である。また、上述したように、界面活性剤を用いたCNTの分離方法は、いずれも共通の界面活性剤を用いて類似の原理で分離を行っていることが知られており、ゲル分離のみならず、密度勾配超遠心分離法、液液二相分離法などの分離方法にも適用することも可能である。
【0029】
以下、本発明について、さらに詳しく説明する。
【0030】
[リトコール酸及びリトコール酸異性体]
本発明におけるリトコール酸は、ステロイド骨格を持つコラン酸の中でもヒドロキシ基が1つしかないものであり、3α-ヒドロキシ-5β-コラン酸およびそのエナンチオマーである。
またリトコール酸には、同じくヒドロキシ基が1つの異性体も存在し、本発明におけるリトコール酸異性体には、ヒドロキシル基が、3α位でなく3β位にあるジアステレオマーとそのエナンチオマー、または3α位でなく7α位にあるジアステレオマーとそのエナンチオマー、3α位でなく7β位にあるジアステレオマーとそのエナンチオマー、あるいは、水素が、5β位でなく5α位にあるジアステレオマーとそのエナンチオマー等の異性体が含まれる(非特許文献11参照)。
これらの異性体は、水への溶解度等の物理化学的性質は非常に似通っており、そのいずれも可溶化の対象となり得るが、コストの観点からは、市販されている3α-ヒドロキシ-5β-コラン酸が好ましい。
【0031】
また、リトコール酸は、塩基との中和反応よってリトコール酸塩になる。例えば、水酸化ナトリウムとの中和反応を行った場合、リトコール酸ナトリウム塩が得られる。水中でのリトコール酸もしくはリトコール酸塩は、酸性ではリトコール酸、アルカリ性ではリトコール酸塩の割合が多くなる。これは、リトコール酸異性体においても同様である。
したがって、本発明において、可溶化されたリトコール酸及び可溶化されたリトコール酸異性体は、それらの塩を含む。
【0032】
リトコール酸およびリトコール酸異性体の中和にはいずれの塩基を用いてもよく、いずれのリトコール酸塩およびリトコール酸異性体塩も対象となる。ただし、リトコール酸塩およびリトコール酸異性体塩は、本発明の構造分離用水溶液と混合する界面活性剤と同じ種類の塩であることが好ましい。例えば、CNTの分散・分離には、ドデシル硫酸ナトリウム、コール酸ナトリウム等のナトリウム塩が主に用いられる。その場合、リトコール酸に加える塩基として水酸化ナトリウムを用い、得られたナトリウム塩を用いるのが好ましい。
【0033】
[可溶化]
本発明においては、リトコール酸及びリトコール酸異性体の可溶化の1実施形態として、他の界面活性剤水溶液中での中和反応により可溶化し、リトコール酸及びリトコール酸塩を含む分離用水溶液を利用することを可能にする方法が挙げられる。
具体的には、単体では水に不要なリトコール酸及びその異性体を、他の界面活性剤水溶液に混合した後、pHをコントロールして可溶化する。
【0034】
リトコール酸及びその異性体の可溶化に用いる他の界面活性剤としては、リトコール酸及びその異性体を可溶化できるものであれば、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、両性界面活性剤及び非イオン性界面活性剤のいずれも使用できる。これらの界面活性剤は、単体での使用も可能であり、混合して使用することもできる。ただし、CNTの構造分離に必要な界面活性剤として、アルキル硫酸系で炭素数が10~14のものや、ドデカンスルホン酸、ドデカノイルサルコシン、ドデカン酸、コール酸、n-ドデシルホスホコリンなどを含んでいることが好ましい。その中でも、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、コール酸ナトリウム(SC)は、ゲルを用いた分離法、密度勾配超遠心分離法、液液二相分離法を含む様々なCNTの分離法に用いられており、汎用性の観点で最も好ましい。
これらのリトコール酸及びその異性体の可溶化に用いる界面活性剤は、高分子ポリマー、DNA、タンパク質、アルコール、有機溶媒などの他の材料と併用することもできる。
本発明において、可溶化に用いる界面活性剤などの濃度については、使用するCNTの種類や濃度、使用する界面活性剤の種類、使用する分離法などによって異なるが、例えば、0.01%~25%とすることができる。
【0035】
リトコール酸及びその異性体の可溶化において、pHのコントロールは、単体では水に不要なリトコール酸及びその異性体を可溶化するために必要であり、塩基の添加によって行われる。塩基の添加は、リトコール酸及びその異性体と他の界面活性剤水溶液を混合する前、或いは混合した後、のいずれでも良い。使用する塩基としては、いずれの塩基も使用できるが、CNTの構造分離に用いられるナトリウム塩を形成するものが、汎用性の観点で好ましい。
【0036】
[構造分離用水溶液]
本発明の構造分離用水溶液中の、可溶化したリトコール酸および可溶化したリトコール酸異性体の濃度については、いずれの濃度も対象となる。好ましい濃度は、使用するCNTの種類や濃度、使用する界面活性剤の種類、使用する分離法などによって異なる。例えば、SC/SDSとの混合水溶液中で、HiPcoという種類のCNTを分離する場合は、0.005%~0.4%の範囲でほとんどのCNTを分離できる。
【0037】
[本発明の構造分離用水溶を用いたCNTの分離]
本発明においては、本発明の構造分離用水溶液を使用する分離法および手段を問わない。例えば、本発明の構造分離用水溶液にCNTと密度勾配剤を加え、密度の違いによるCNTの分離に使用しても良い。また、本発明の構造分離用水溶液を相分離する2種類の液に作用させ、構造分離用水溶液に含まれているCNTもしくは2種類の液中に分散しているCNTの分離に使用しても良い。また、本発明の構造分離用水溶液をゲルに作用させ、構造分離用水溶液に含まれているCNTもしくはゲルに吸着しているCNTの分離に使用しても良い。
【0038】
分離温度は、使用する界面活性剤の種類、使用する分離法などによって異なるが、いずれの温度でも対象となる。ただし、摂氏30度以上では、可溶化したリトコール酸が1nmより大きな直径を持つCNTにも作用するようになり、完全な直径選択性が失われるため、摂氏30度未満が好ましい。
【0039】
本発明においては、本発明の構造分離用水溶液にCNTを含むか否かは問わない。したがって、CNTを含む分散用水溶液を兼ねることや、CNTを含まない分離専用の水溶液として用いることもできる。実際に、同じ界面活性剤濃度のSDS/SC/DOC混合界面活性剤では、CNTを含む水溶液をカラムに作用させた場合と、CNTを含まない水溶液をCNTが吸着したカラムに作用させた場合とで、同様の効果が得られている(非特許文献9)。
【0040】
本発明の構造分離用水溶液は、ゲルを用いた分離に使用する場合、ゲルへの吸着工程およびゲルからの溶出工程のいずれの工程にも用いることができる。吸着工程で用いる場合、CNTを分散させた本発明の構造分離用水溶液をカラムに添加し、特定の構造を持つCNTを選択的に吸着させる。この場合、本発明の構造分離用水溶液による分離は吸着工程で行われるため、その後の溶出工程の内訳は問わない。溶出工程で用いる場合、本発明の構造分離用水溶液をCNTが吸着したカラムに添加し、特定の構造を持つCNTを選択的に溶出させる。この場合、本発明の構造分離用水溶液による分離は溶出工程で行われるため、その前の吸着工程の内訳は問わない。ただし、吸着工程と溶出工程で、本発明の構造分離用水溶液中の可溶化したリトコール酸もしくは可溶化したリトコール酸異性体以外の成分を変えないことが好ましい。それによって、他の成分の変化によるCNTの溶出を抑え、可溶化したリトコール酸もしくは可溶化したリトコール酸異性体の変化による効果だけを取り出すことができる。溶出工程で用いることのメリットとして、本発明の構造分離用水溶液を添加した後、界面活性剤濃度を高くした構造分離用水溶液を添加し、先の条件では溶出されなかったCNTを溶出させることができ、単一のカラムで複数の条件の分離が可能である。また、添加する構造分離用水溶液中の界面活性剤濃度の変化分を小さくすることで、分離条件が似た分離困難なCNTであっても、精度良く分離できる。
【0041】
[用いるゲルについて]
使用するゲルは、従来公知の糖質系のゲルである、デキストラン系ゲル(セファクリル:アリルデキストランとN,N’-メチレンビスアクリルアミドのホモポリマー、GEヘルスケア社)、アガロースゲル、デンプンゲルなどや、アクリルアミドゲルなどである。また、これらゲルの混合物、あるいは、これらゲルの構成成分や他の物質の混合物や化合物からなるゲルであってもよい。
ゲル濃度については、例えば、終濃度で0.01%~25%とするのがよい。
【0042】
本発明のCNTの分離回収方法が、ゲル分離法である場合、カラム法に限定されるものではなく、バッチ法にも適用できる。カラムを用いた分離では、カラムへの送液は、オープンカラムを用いて溶媒の重力落下で送液する方法の他、密閉したカラムにポンプで溶液を送液する方法などが適用できる。ポンプを用いた分離では、流速をあげて大量処理を行うことも可能である。クロマトグラフィー装置を用いた自動分離も可能である。
【0043】
本発明のCNTの分離回収方法では、機能が発現する条件(可溶化したリトコール酸を含む構造分離用水溶液の作製条件・界面活性剤濃度・温度)を実施例で設定したが、これは、用いるCNTの種類、ゲルの種類等の環境が揃った時の条件であり、環境によってはそれ以外の条件であっても、適用できる。
【0044】
なお、本発明において分離回収される「特定の構造を持つ」CNTには、直径、カイラリティ、局所曲率半径、およびこれらの組み合わせなどで定義される特定の構造において、紫外-可視-近赤外光吸収スペクトル測定、蛍光スペクトル測定、ラマンスペクトル測定などからその構造に基づく特徴が、分離操作前のものと対比したときに明りょうに識別できるものが含まれる。従って、このような分離回収後の特定の構造を持つCNTは、実質的に単一構造からなるものは勿論、特定の構造として2種以上の複数種のものが抽出された混合物であってもよい。また、このような特定の構造を持つCNTが選択的に分離回収されたことが上記のような測定に基づいて識別し得る範囲内において、他の任意の構造のものを若干量含む混合物であってもよい。
【0045】
本発明は、金属型CNTと半導体型CNTを含む混合物(以下単にCNTとも言う)あるいは、構造の異なる半導体型CNTの混合物を対象とし、金属型CNTと半導体型CNTに分離するとともに異なる構造の半導体型CNTを分離する方法、あるいは、異なる構造のCNTを分離する方法に関するものである。
本発明の異なる構造のCNTを分離する方法は、CNTを吸着させたカラムに、可溶化したリトコール酸もしくは可溶化したリトコール酸異性体を含む構造分離用水溶液を添加し、特定の直径・カイラル角を持つCNTを選択的に溶出する、もしくはその後にカラムに残ったCNTを用いるものである。
【0046】
分離に使用するCNTは、製造方法や形状(直径や長さ)あるいは構造(単層、二層など)などについて問題とされることなく、いずれも本発明の分離の対象とすることができる。
【0047】
[CNT分散液の調製について]
合成されたCNTは通常、金属型CNTと半導体型CNTの両方を含む数十から数百本の束(バンドル)になっている。金属型CNTと半導体型CNTの分離、あるいはCNTの構造による分離に先立って、一本ずつに孤立した状態のCNTとして分散可溶化して、長時間安定に存在させておくことが肝要である。
そこで、CNTの混合物を、分散剤として界面活性剤を添加した溶液に加え、十分に超音波処理を行うことにより、CNTを分散・孤立化させる。この分散処理を施した液には、分散・孤立化したCNTと、分散・孤立化できずにバンドルを形成したままのCNT、合成副産物であるアモルファスカーボンや金属触媒などが含まれる。
超音波処理後に得た分散液を遠心分離機より遠心分離することにより、バンドルのままのCNTやアモルファスカーボン、金属触媒は沈殿し、一方、界面活性剤とミセルをなした孤立CNTは上清として回収できる。得られた上清がCNTの分離に使用する試料となる。
【0048】
CNT分散液の調製に用いる溶媒としては、水が最も好ましい。この点からCNT分散液の調製には水が使用される。
また、CNT分散液の調製に用いる界面活性剤としては、CNTの構造分離に用いられるものであれば、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、両性界面活性剤及び非イオン性界面活性剤のいずれも使用できる。これらの界面活性剤は、単体での使用も可能であり、混合して使用することもできる。
【0049】
金属型CNTと半導体型CNTの比率を見積もるために紫外-可視-近赤外光吸収スペクトル測定を利用する。
HiPco法で合成したCNT(HiPco-CNT、直径1.0±0.3nm)を用いた時の結果を例として説明する。M11と呼ばれる吸収波長帯(およそ450~650nm)は金属型CNTによるものである。S11(およそ900nm以上)、S22(およそ650~900nm)と、及びS33(およそ450nm以下)という3つ吸収波長帯は、半導体型CNTによるものである。測定するCNTの平均直径によって吸収波長帯(M11、S11、S22、S33)は変化する。平均直径が細くなるにつれて短波長側に、平均直径が太くなるにつれて長波長側にシフトしていく。
【0050】
光吸収スペクトル測定では、CNTの吸収が重なり合い、単一のピークが単一のCNTによるものか、異なる種類の複数のCNTのピークが重なり合ったものか区別がつかない場合がある。そこで、半導体型CNTをカイラリティごとに区別して検出することができる蛍光スペクトル測定を併用した。縦軸に励起波長、横軸に蛍光波長、蛍光強度を色の濃さで示す等高線図で表示している。スポットして現れるのが、単一カイラリティの半導体型CNTに由来する蛍光である。対応するカイラリティは、スポットの近くに示してある。
【実施例
【0051】
本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
なお、以下の実施例においては、可溶化した3α-ヒドロキシ-5β-コラン酸を「LC」とし、「LC」は3α-ヒドロキシ-5β-コラン酸および3α-ヒドロキシ-5β-コラン酸ナトリウムを含む。
また、以下の実施例においては、「SDS/SC/LC混合界面活性剤水溶液」及び「SDS/SC/DOC混合界面活性剤水溶液」を、それぞれ「SDS/SC/LC」及び「SDS/SC/DOC」と表記し、「SDS/SC/LC混合界面活性剤水溶液を用いた溶出工程」及び「SDS/SC/DOC混合界面活性剤水溶液を用いた溶出工程」を、それぞれ「SDS/SC/LC溶出」及び「SDS/SC/DOC溶出」と表記することとする。
【0052】
〈実施例1〉
本実施例では、水に不溶なリトコール酸を用いてLCを含む構造分離用水溶液を作製した。
【0053】
[LCを含む構造分離用水溶液の調整]
LCを含む構造分離用水溶液は、リトコール酸を可溶化することによって作製した。
リトコール酸として、本実施例では、コストの観点から、リトコール酸およびリトコール酸異性体の中で唯一市販されている3α-ヒドロキシ-5β-コラン酸を用いた。
また、リトコール酸を可溶化するために混合する界面活性剤および塩基を、次のようにして選択した。すなわち、後述する実施例では、構造分離用水溶液を、界面活性剤濃度の変更が容易で分離条件の探索に特化したゲルクロマトグラフィー(非特許文献9)に使用する。そこでは、CNTの吸着工程にドデシル硫酸ナトリウム(SDS)/コール酸ナトリウム(SC)水溶液が用いられており、CNTの溶出工程にも同じ界面活性剤を用いることが望ましい。そのため、本実施例では、混合する界面活性剤としてSDS/SC混合界面活性剤、塩基として水酸化ナトリウムを用いた。
まず、市販のリトコール酸(東京化成)に、リトコール酸の濃度が0.1%となるように、0.5%SDS/0.5%SC水溶液を添加した。その後、リトコール酸と水酸化ナトリウムのモル濃度が同じとなるように水酸化ナトリウム水溶液を添加し、十分に撹拌した。このときの界面活性剤の組成を、0.5%SDS/0.5%SC/0.1%LCとする。また、同様の実験をSDS濃度、SC濃度、LC濃度を変えて行った。
【0054】
[溶解性の確認]
まず、0.1%に相当する量のリトコール酸に、0.5%SDS/0.5%SC水溶液を添加し、十分に撹拌を行ったところ、白濁した液が得られリトコール酸の残渣が見られた。ここへ、水酸化ナトリウム水溶液を添加し十分に撹拌すると、透明な水溶液が得られ、0.5%SDS/0.5%SC/0.1%LC水溶液の作製が確認できた。一方、比較として、SDS/SC水溶液の代わりに脱イオン水を添加し、同様の実験を行ったところ、透明な水溶液は得られなかった。そのため、LCを含む水溶液の作製には、水酸化ナトリウム等の塩基、SDS/SC等の界面活性剤の両方が必要であることが分かる。これは、単体では水に不溶なリトコール酸がリトコール酸塩に変わり、SDS/SCのミセルに取り込まれる、またはSDS/SCと混合ミセルを形成するなどの効果により、水に可溶となったと考えられる。
次に、混合するSDS/SC溶液の濃度を変えて同様の実験を行った。SDS濃度は0.3~0.9%まで、SC濃度は0.3~0.9%まで変化させた。いずれのSDS濃度およびSC濃度においても、LC濃度0.2%まで透明な水溶液が作製できることを確認した。このように作製した水溶液を、LCを含む構造分離用水溶液とする。
【0055】
〈実施例2〉
前記実施例1で得られたLCを含む構造分離用水溶液を用いて、CNTを分離した。本実施例では、詳細な分離条件探索を行うために、界面活性剤濃度の自在制御が可能なゲルカラムクロマトグラフィーを用いた。また、分離条件探索の効率化および分離精度の向上のために、LCを含む構造分離用水溶液はCNTの溶出工程で用いた。CNTを吸着させたカラムにLCを含む構造分離用水溶液を添加し、LC濃度を段階的に変えながら、各LC濃度で特定の構造を持つCNTを選択的に溶出した。
【0056】
[CNT分散液の調製]
30mgのHipco-CNT(CNI社、化学気相成長法で合成されたCNT、直径1.0±0.3nm)に、0.5%SC水溶液(30ml)を加えた。その溶液をチップ型超音波破砕機(ソニファイアー、ブランソン社製、チップ先端径:0.5インチ)を用いて、冷水中で冷却しながら、出力20W/cmで6時間超音波処理した。超音波処理よって得られた分散液を、超遠心分離(210,000×g、2時間)にかけた後、上清を80%回収した。その後、CNT分散液にSDSの粉末を添加し、SDS/SC界面活性剤のCNT分散液を作製した。SDSの粉末及び脱イオン水を用いてSDS/SC界面活性剤の濃度を調整した。実施例2では、カラムに添加するCNT分散液の界面活性剤濃度を0.5%SDS/0.5%SCとした。この界面活性剤濃度は、Hipco-CNTに含まれる半導体CNTをゲルに吸着させる条件としてよく用いられている(非特許文献9)。
【0057】
[カラムの調製と分離]
ゲルビーズ(セファクリルS-200、GEヘルスケア社)をカラム担体に用いた。容量5mLのプラスチックカラム(テルモシリンジ、テルモ)に体積が約3mLとなるようにゲルビーズを充填し、脱イオン水を通した後、CNT分散液の界面活性剤濃度と同濃度の0.5%SDS/0.5%SC水溶液で平衡化した。そこへ、CNT分散液をゲルの体積の20%量添加し、CNTの吸着工程を行った。その後、0.5%SDS/0.5%SC水溶液を添加し、溶出された液が無色透明になるまでカラムを洗浄した。そこへ、LCを含む構造分離用水溶液を添加し、CNTの溶出工程を行った。本実施例では、吸着工程および溶出工程でSDS濃度およびSC濃度を変えないことによって、SDS濃度およびSC濃度の変化によるCNTの溶出を防ぎ、LC濃度の変化による寄与のみを調べた。まず、0.5%SDS/0.5%SC/0.01%LC水溶液を添加し、カラムから溶出したCNTを回収した。同様の操作を、SDS濃度およびSC濃度を変えずに、LC濃度を0.02%から0.10%まで0.01%間隔で変えて行った。このように、界面活性剤濃度を段階的に高くしながら、各界面活性剤濃度で溶出されたCNTを回収する操作を段階溶出とする。分離は20℃で行った。
【0058】
[光吸収スペクトル測定]
単一構造からなるCNTの光吸収スペクトルは、半導体型であれば、長波長側から、S11、S22という吸収ピークが観測される。これらの吸収ピークは直径によってピークの波長が異なり、直径の大きなCNTであれば長波長側、直径の小さなCNTであれば短波長側へとシフトする。合成されたCNTは、様々な直径・カイラル角のCNTの混合物であり、光吸収スペクトルはこれら混合物のピークの重ねあわせとなって観測される。
SDS/SC/LC溶出で得られた溶出液の光吸収スペクトルを図1aに示す。カラムから溶出されたCNTは、S11、S22領域のピークがLC濃度で異なり、LC濃度が高くなるにつれて吸収ピークが短波長側から長波長側へシフトしており、直径の小さな順にCNTが溶出されていると示唆される。一方、LC濃度0.070%以降は、LC濃度を高くしてもCNTの溶出はほとんど確認できなかった。SDS/SC/LC添加後のカラムは着色しており、SDS/SC/LC溶出では溶出されないCNTが存在すると考えられる。
比較として、LCの代わりにDOCを用いた同様の実験で得られた溶出液の光吸収スペクトルを図1bに示す。図1bから明らかなように、SDS/SC/DOC溶出では、SDS/SC/LC溶出の結果と同様に短波長から長波長へのシフトが見られるが、SDS/SC/LC溶出の結果とは吸収ピークが若干異なる。また、SDS/SC/DOC添加後のカラムはほとんど着色していない。
これより、SDS/SC/LC溶出とSDS/SC/DOC溶出とでは、溶出されるCNTやカラムに残っているCNTが異なることが示唆される。
【0059】
[蛍光スペクトル測定]
光吸収スペクトルでは別のCNTの吸収ピークが重なっていて判別できない可能性がある。そこで、半導体型CNTの個別のカイラリティを区別して検出することが可能な蛍光スペクトル測定を行った。
SDS/SC/LC溶出で得られた溶出液(図1aの試料と対応)の蛍光スペクトルを図1cに示す。縦軸に励起波長、横軸に蛍光波長、蛍光強度を色の濃さで示す等高線図で表示している。スポットして現れるのが、単一半導体CNTに由来する蛍光である。LC濃度の異なるそれぞれの試料のスペクトルには、異なるスポットが認められ、LC濃度で異なるカイラリティのCNTが分離されていることが分かる。
比較として、LCの代わりにDOCを用いた同様の実験で得られた溶出液(図1bの試料と対応)の蛍光スペクトルを図1dに示す。SDS/SC/DOC溶出で得られた試料には、SDS/SC/LC溶出で得られた試料には見られない(10,5)、(8,7)等のスポットが現れる。これらのCNTの溶出が、上述の図1aと図1bの吸収スペクトルの違いに該当すると考えられる。
【0060】
[カイラリティ分布と分離順の決定]
光吸収スペクトルで見られるS11、S22という吸収ピークを用いて、それぞれのカイラリティ分布を決定できる。別のCNTの吸収ピークが重なっている等、光吸収スペクトルだけでは判別できない場合もあり、その場合は蛍光スペクトルで見られるスポットを用いてカイラリティ分布を決定した。まず、それぞれの溶出液に含まれる全てのカイラリティの吸光度もしくは発光強度を算出した。次に、特定のカイラリティの吸光度もしくは発光強度が最も高くなるLC濃度を全ての濃度範囲から求め、そのカイラリティが溶出されるLC濃度とした。同様の操作を全てのカイラリティについて行い、LC濃度に対するカイラリティの分離順を決定した。特定のカイラリティのCNTが溶出されるLC濃度とそのカイラリティの直径との関係を図1eに示す(図1cから算出)。LC濃度と溶出されるカイラリティの直径には相関があり、直径の小さな順の分離順が認められる。一方で、SDS/SC/LC溶出では1nmよりも大きな直径を持つCNTは溶出されないことが分かる。
比較として、LCの代わりにDOCを用いた場合の同様の関係を図1fに示す(図1dから算出)。図1fから明らかなように、SDS/SC/DOC溶出では、SDS/SC/LC溶出と同様に直径の小さな順の分離順が認められる一方で、SDS/SC/LC溶出では溶出されない1nmよりも大きな直径を持つCNTの溶出が見られる。これは上述の長波長ピークを持つCNTに相当すると考えられる。SDS/SC/DOC溶出では、それらの1nmよりも小さな直径を持つCNTと1nmよりも大きな直径を持つCNTが同濃度で溶出されるため、それらの純度の低下につながり、これまで問題となっていた(非特許文献9)。一方、SDS/SC/LC溶出では、1nmよりも小さな直径を持つCNTのみを取り出すことができ、その純度の向上が可能である。
【0061】
実施例2では、SDS/SC/LC溶出を行ったカラムとSDS/SC/DOC溶出を行ったカラムで、吸着工程のSDS/SC混合界面活性剤の条件は同じであり、両方のカラムには同じ種類のCNTが吸着していると考えられる。しかし、SDS/SC/DOC溶出では、1nmよりも小さな直径を持つCNTと1nmよりも大きな直径を持つCNTの両方が溶出されるのに対し、SDS/SC/LC溶出では、1nmよりも小さな直径を持つCNTしか溶出されない。これより、SDS/SC/LC添加後のカラムには、1nmよりも大きな直径を持つCNTが溶出されずに残留していると考えられる。そのため、続く実施例3では、SDS/SC/LC添加後のカラムに残留した1nmよりも大きな直径を持つCNTの分離・回収を行った。分離・回収には、既に1nmよりも大きな直径を持つCNTの溶出が確認されているSDS/SC/DOCを用いた。
【0062】
〈実施例3〉
実施例2と同様に、SDS/SC/LC溶出を行った後、SDS/SC/DOC溶出を行い、カラムに残留したCNTを選択的に溶出した。
【0063】
実施例2より精密な濃度変化を行うため、高速液体クロマトグラフィー装置(HPLC)(日本分光)を用いて分離を行った。長さ5cm内径1cmのカラム(Tricorn、GEヘルスケア社)に高さが約6cmLとなるようにゲルビーズを充填し、0.5%SDS/0.5%SC水溶液でカラムを平衡化した後、CNT分散液をゲルの体積の20%量添加した。0.5%SDS/0.5%SC水溶液でカラムを洗浄した後、SDS濃度およびSC濃度は変えずに、LC濃度を0.005%から0.100%まで0.005%間隔で変えて段階溶出を行い、カラムから溶出したCNTを回収した。その後、再度0.5%SDS/0.5%SC水溶液で平衡化した後、SDS濃度およびSC濃度は変えずに、DOC濃度を0.005%から0.100%まで0.005%間隔で変えて段階溶出を行い、カラムから溶出したCNTを回収した。20℃で行った。
【0064】
SDS/SC/LC溶出で得られた溶出液の光吸収スペクトルを図2a、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出で得られた溶出液の光吸収スペクトルを図2bに示す。
SDS/SC/LC溶出の結果は、実施例2と同様に、LC濃度が高くなるにつれて吸収ピークが短波長側から長波長側へシフトしており、直径の小さな順の分離順が認められる。一方、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出の結果は、実施例2の通常のSDS/SC/DOC溶出の結果と比較して、短波長ピークの減少、長波長ピークの増大が見られる。
次に、SDS/SC/LC溶出で得られた溶出液の蛍光スペクトルを図2c、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出で得られた溶出液の蛍光スペクトル図2dに示す。図2c、図2dに現れるスポットはそれぞれ大きく異なる。
【0065】
実施例2と同様に、光吸収スペクトルもしくは蛍光スペクトルからLC濃度もしくはDOC濃度に対するカイラリティの分離順を決定した。特定のカイラリティのCNTが溶出されるLC濃度、DOC濃度とそのカイラリティの直径・カイラル角との関係を図2e、2fに示す。SDS/SC/LC溶出では、実施例2と同様に、直径の小さな順の分離順が認められる。一方、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出では、直径の小さな順の分離順は確認できず、1nmよりも大きな直径を持つCNTの溶出が主に観察される。ここで見られる1nmよりも大きな直径を持つCNTの分離順は、実施例2の通常のSDS/SC/DOC溶出の分離順(図1f)から、SDS/SC/LC溶出の分離順(図1e)を差し引いたものに相当しており、カラムに残留した1nmよりも大きな直径を持つCNTが溶出されていると考えられる。したがって、SDS/SC/DOC溶出は、1nmよりも小さな直径を持つCNTの溶出に特化したSDS/SC/LC溶出と組み合わせることで、カラムに残留した1nmよりも大きな直径を持つCNTを分離・回収する分離用水溶液として用いることができる。
【0066】
これまでの実施例で、LCを含む構造分離用水溶液をCNTが吸着したカラムに添加すると、1nmよりも小さな直径を持つCNTが選択的に溶出されることが分かった。この1nmよりも小さな直径を持つCNTは、溶出工程で添加されたLCでさらに被覆され、ゲルに吸着しなくなっていると考えられる。一方で、その分離用水溶液にLC以外の界面活性剤が含まれる場合、その界面活性剤もCNTの被覆に影響を与え得る。本分離用水溶液は、LC以外にSDSおよびSCを含む。そこで、LC以外に混合されている界面活性剤の影響を調べるために、続く実施例4~6では、SDS濃度及び/又はSC濃度を系統的に変えて、異なるSDS濃度及び/又は異なるSC濃度の場合、SDS/SC/LC溶出がどのように変化するか調べた。これまでと同様、SDS濃度およびSC濃度の変化によるCNTの溶出を防ぐため、吸着工程のSDS濃度およびSC濃度は溶出工程のSDS濃度およびSC濃度と同じにした。
【0067】
〈実施例4〉
実施例3と同様の実験を、SC濃度を0.5%に固定して、SDS濃度を0.3%と0.7%の2種類に変えて行った。溶出工程だけでなく、吸着工程(分散液、平衡化、洗浄を含む)のSDS濃度およびSC濃度も変えている。ただし、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出の実験は行っていない。
【0068】
実施例3の0.5%SDS/0.5%SCの結果とあわせて、0.3%SDS/0.5%SC、0.7%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出により得られた溶出液の光吸収スペクトルを図3aに示す。いずれのSDS濃度においても、LC濃度の増加に伴い吸収ピークが長波長側に移動していくのが見られ、SDS/SC/LC溶出特有の直径の小さな順の分離順を示すことが分かる。さらに、SDS濃度が高くなると、溶出に必要なLC濃度も高くなるのが分かる。これより、SDSはLCによる被覆を妨げる役割を持つと推定される。
【0069】
ここで、(7,3)、(9,1)、(10,0)、(6,5)、(8,3)、(9,2)、(7,5)の7つのカイラリティに対して、それらの吸光度が最も高くなるLC濃度を全ての濃度範囲から求めた。それらのCNTが溶出されるLC濃度とSDS濃度の関係を図3bに示す。SDS濃度が高くなるにつれてCNTを溶出するのに必要なLC濃度も高くなり、結果として各カイラリティを溶出するのに必要なLC濃度の間隔が広くなり、分離の精度が向上していることが認められる。例えば、0.3%SDS/0.5%SCでは、全てのLC濃度で複数のカイラリティに由来する吸収ピークが観察されるが、0.7%SDS/0.5%SCでは、単一のカイラリティに由来する吸収ピークも見られ、分離の精度が単一構造CNTを分離できるくらいまで向上したことを示唆する。
【0070】
〈実施例5〉
実施例3と同様の実験を、SDS濃度を0.7%に固定して、SC濃度を0.7%と0.9%の2種類に変えて行った。溶出工程だけでなく、吸着工程(分散液、平衡化、洗浄を含む)のSDS濃度およびSC濃度も変えている。ただし、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出の実験は行っていない。
【0071】
実施例4の0.7%SDS/0.5%SCの結果とあわせて、0.3%SDS/0.5%SC、0.7%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出により得られた溶出液の光吸収スペクトルを図4aに示す。いずれのSC濃度においても、LC濃度の増加に伴い吸収ピークが長波長側に移動していくのが見られ、SDS/SC/LC溶出特有の直径の小さな順の分離順を示すことが分かる。さらに、SC濃度が高くなると、溶出に必要なLC濃度が低くなるのが分かる。これより、SCはLCによる被覆を助ける役割を持つと推定される。
ここで、実施例4と同様の操作により求めたCNTが溶出されるLC濃度とSC濃度との関係を図4bに示す。SC濃度が低くなるにつれて、実施例4と同様に分離の精度が向上していることが認められる。例えば、0.7%SDS/0.5%SCでは、単一カイラリティに由来する吸収ピークも見られる。実施例4の結果と比較すると、CNTを溶出するのに必要なLC濃度と他の界面活性剤の濃度は、SDSとSCで全く逆の相関を示すことが分かる。
【0072】
〈実施例6〉
実施例3と同様の実験を、SDS濃度とSC濃度の比率を一定(1:1)にしたまま、濃度を0.3%と0.9%の2種類に変えて行った。溶出工程だけでなく、吸着工程(分散液、平衡化、洗浄を含む)のSDS濃度およびSC濃度も変えている。ただし、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出の実験は行っていない。
【0073】
実施例3の0.5%SDS/0.5%、実施例5の0.7%SDS/0.7%SCの結果とあわせて、0.3%SDS/0.3%SC、0.9%SDS/0.9%SCにおけるSDS/SC/LC溶出により得られた溶出液の光吸収スペクトルを図5aに示す。いずれのSDS・SC濃度においても、LC濃度の増加に伴い吸収ピークが長波長側に移動していくのが見られ、SDS/SC/LC溶出特有の直径の小さな順の分離順を示すことが分かる。さらに、SDS・SCの濃度が高くなると、溶出に必要なLC濃度も高くなるのが分かる。ここで、実施例4と同様の操作により求めたCNTが溶出されるLC濃度とSDS・SC濃度との関係を図5bに示す。SDS・SC濃度が高くなるにつれて、実施例3と同様に分離の精度が向上していることが認められる。実施例4・5の結果によると、CNTを溶出するのに必要なLC濃度は、SDS濃度とSC濃度に対し全く逆の相関を示すが、同時に濃度を上げる実施例6は、実施例4のSDS濃度との関係に近いことが分かる。
【0074】
〈実施例7〉
ゲルを用いた分離法では、CNTの分離は温度で変化する。そのため、実施例3と同様の実験を、温度を20℃から、25℃と30℃の2種類に変えて行った。溶出工程だけでなく吸着工程の温度も変えている。ただし、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出の実験は行っていない。
【0075】
実施例3の0.5%SDS/0.5%、20℃の結果とあわせて、25℃、30℃におけるSDS/SC/LC溶出により得られた溶出液の光吸収スペクトルを図6aに示す。いずれの温度においても、吸収ピークの長波長シフトが見られ、SDS/SC/LC溶出特有の直径の小さな順の分離順を示すことが分かる。実施例3~6のSC濃度及び/又はSDS濃度を変化させた時と比べて、温度は溶出に必要なLC濃度に大きく影響しないことが分かる。しかし、各温度で吸収ピークの出現パターンは僅かに変化し、例えば、30℃では、20℃のSDS/SC/LC溶出では見られない長波長の吸収ピークが低LC濃度(0.015~0.025%)に存在し、1nmよりも大きな直径を持つCNTがより多く溶出されていると考えられる。これは、実施例2のSDS/SC/DOC溶出で見られる現象と一致しており、1nmよりも小さな直径を持つCNTのみを溶出するSDS/SC/LC溶出特有の選択性が温度の上昇とともに劣化していることを示唆する。ここで、実施例4と同様の操作により求めたCNTが溶出されるLC濃度と温度との関係を図6bに示す。温度で分離の精度はあまり変化しないのが分かる。しかし、30℃では上述のように1nmよりも大きな直径を持つCNTが溶出されるため、1nmよりも小さな直径を持つCNTの純度は低下する。そのため、以降の単一構造CNTの高純度分離では、25℃を上限として行った。同様の結果は、SC濃度・SDS濃度を実施例4~6のように変えても得られた。
【0076】
〈実施例8〉
実施例3~5の結果を踏まえ、実施例3と同様の実験を、分離の精度が向上すると期待される高SDS濃度・低SC濃度の0.9SDS/0.3%SCに変えて行った。溶出工程だけでなく吸着工程(分散液、平衡化、洗浄を含む)のSDS濃度およびSC濃度も変えている。ただし、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出の実験は行っていない。
【0077】
実施例3~5の結果から、高SDS濃度・低SC濃度では、CNTの溶出に必要なLC濃度が0.100%を超えることが予想される。そのため、0.005%から0.080%までは0.005%間隔で、0.080%から0.160%までは0.020%間隔でLC濃度を変えて、段階溶出を行った。段階溶出の際、SDS濃度およびSC濃度は変えていない。
【0078】
0.9%SDS/0.3%SCにおけるSDS/SC/LC溶出により得られた溶出液の光吸収スペクトルを図7aに示す。SDS濃度もしくはSC濃度が同じである実施例6の0.9%SDS/0.9%SC、0.3%SDS/0.3%SCの結果と比べて、観察される吸収ピークの種類が少なく、溶出されるCNTの種類が減少していることが認められる。また、CNTの溶出は、LC濃度を0.160%より高くしても観察されなかった。SDS/SC/LC添加後のカラムは実施例6の0.9%SDS/0.9%SC、0.3%SDS/0.3%SCの結果と比べて、濃く着色しており、SC濃度もしくはSDS濃度を変えたことによってSDS/SC/LC溶出で溶出できないCNTが増加したことを示唆する。同様の結果は、SDS濃度とSC濃度の比率を3:1(以下、3:1の条件)にしたまま、0.7%SDS/0.233%SC、0.5%SDS/0.167%SCに変えた実験でも得られており、SDS濃度とSC濃度の比率を1:1(以下、1:1の条件)の条件から大幅に変えたことが影響していると考えられる。
【0079】
実施例2と同様に、光吸収スペクトルからLC濃度に対するカイラリティの分離順を決定した。特定のカイラリティのCNTが溶出されるLC濃度とそのカイラリティの直径・カイラル角との関係を図7bに示す。実施例2と同様に直径の小さな順の分離順が認められる一方で、(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)を含む特定の構造を持つCNTの溶出が主に確認できる。わずかに、(11,1)、(9,4)、(10,3)の溶出は確認できるが、3:1の条件ではそれ以外のCNTは溶出されない。さらに、3:1の条件では、高SDS濃度・低SC濃度で期待された分離の精度の向上が見られており、1:1の条件では単一カイラリティに分離できていない(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)の分離に成功している。このように、3:1の条件では特定の構造を持つCNTの分離の精度の向上が可能である。一方、1:1の条件では、それらの特定の構造を持つCNTの分離には成功しないものの、3:1の条件では溶出されないCNTの分離、それに伴うCNTの回収率の向上が可能である。このため、3:1の条件と、1:1の条件を組み合わせることによって、それらの両立が可能であると考えられる。同様の結果は、温度を20℃から25℃、30℃に変えても得られた。
【0080】
〈実施例9〉
実施例8を踏まえ、3:1の条件では(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)を含む特定の構造を持つCNTが直径の小さな順に溶出され、1:1の条件ではより多い種類のCNTが直径の小さな順に溶出されることが分かった。これは、3:1の条件と1:1の条件でCNTの吸着が維持される場合、3:1の条件で(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)を含む特定の構造を持つCNTを分離・回収した後、1:1の条件でそれら以外のCNTを分離・回収できることを示唆する。ここでは、SDS濃度とSC濃度の比率を3:1から1:1まで段階的に変え分離を行った。具体的には、実施例3と同様の実験を、SDS濃度を0.9%にSC濃度を0.3%に変えて行い、その後、SDS濃度を0.9%に固定して、SC濃度を0.5%、0.7%、0.9%に段階的に変えて、SDS濃度とSC濃度の比率を調節しながら、各SC濃度においてSDS/SC/LC溶出を行った。ただし、SDS/SC/LC添加後のSDS/SC/DOC溶出の実験は行っていない。
【0081】
CNT分散液の界面活性剤濃度は0.9%SDS/0.3%SCに調整した。0.9%SDS/0.3%SC水溶液でカラムを平衡化した後、CNT分散液をゲルの体積の40%量添加した(第1ステップ)。0.9%SDS/0.3%SC水溶液でカラムを洗浄した後、SDS濃度およびSC濃度は変えずに、LC濃度を0.010%から0.080%まで0.005%間隔で、0.080%から0.160%までは0.020%間隔で変えて段階溶出を行い、カラムから溶出したCNTを回収した(第1-1ステップ)。その後、0.9%SDS/0.3%SC、続いて0.9%SDS/0.45%SC水溶液でカラムを平衡化し、0.9%SDS/0.45%SCにおけるSDS/SC/LC溶出を第1-1ステップと同様に行った(第1-2ステップ)。それ以降のステップに関しても同様に行い、第1-3ステップでは0.9%SDS/0.6%SCにおけるSDS/SC/LC溶出、第1-4ステップでは0.9%SDS/0.9%SCにおけるSDS/SC/LC溶出を行った。分離は全てHPLCの自動制御、25℃で行った。分離方法の概要図を図8aに示す。
【0082】
各ステップのSDS/SC/LC溶出により得られた溶出液の光吸収スペクトルを図8bに示す。図8cには、得られたCNTの中で、高純度な単一構造のCNTの光吸収スペクトルを示す。実施例8と同条件の第1-1ステップ(0.9%SDS/0.3%SC)では、実施例8と同様に、(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)の特定の構造を持つ単一構造のCNTが高純度に分離・回収できることが分かる。実施例8では、それ以外のほとんどのCNTが溶出されず、CNTの回収率が低下していたが、SC濃度を高くした第1-2ステップ(0.9%/SDS/0.45%SC)、第1-3ステップ(0.9%SDS/0.6%SC)、第1-4ステップ(0.9%SDS/0.9%SC)では、(7,5)、(8,4)、(6,5)の単一構造のCNTが高純度に分離・回収できており、実施例8では回収できなかったCNTであっても回収できることが分かる。このように、高分離能の条件と、高回収率の条件を組み合わせることにより、単一カラムで6種類の単一構造CNTの高純度な分離に成功した(図8c)。
【0083】
〈実施例10〉
これまでの実施例を踏まえ、LCを含む構造分離用水溶液には、3つの機能があることが分かった。これらの機能は以下のようにまとめることができる。
(1)実施例2~9で示された小さな直径を持つCNTのみを高純度に分離・回収する機能、
(2)実施例8~9で示されたSDS濃度とSC濃度の比率が3:1の条件における(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)を含む特定の構造を持つCNTのみを高純度に分離・回収する機能、
(3)実施例3で示されたゲルに吸着した大きな直径を持つCNTを溶出せず、その後のSDS/SC/DOC溶出により高純度に分離・回収できるようにする機能、
である。
これまでの実施例では、LCを含む構造分離用水溶液の機能を調べるために、吸着工程でほとんどの半導体型CNTを単一カラムに吸着させ、溶出工程でLCを含む構造分離用水溶液を添加する選択溶出を用いて分離を行ってきた。次の段階として、単一構造CNTの分離の精度を向上するための手段として、選択溶出だけでなく、非特許文献9のようにCNTの選択吸着も同時に行う方法が挙げられる。実施例4~6、実施例8でも、吸着工程におけるSDS濃度およびSC濃度は変えていたが、その範囲ではまだ多くの種類のCNTが吸着していた。本実施例では、非特許文献9を基に、CNTの吸着がより選択的になるSDS濃度およびSC濃度に調整し、複数カラムを用いて選択吸着を行った。SC濃度を0.5%に固定して、SDS濃度を高くすると、ゲルへの吸着力の強いCNTしか吸着できなくなる(ここでは、吸着力の強いCNTが吸着したカラムを第1カラムとする)。このとき未吸着となった吸着力の弱いCNTは、SDS濃度を低くすると、再度ゲルに吸着できるようになる。そのため、SDS濃度を低くし、新しいカラム(ここでは、第2カラム)に吸着させることによって、カラムに吸着するCNTを、ゲルへの吸着力の違いで分けることができる。このゲルへの吸着力の違いはCNTのカイラル角および直径に依存しており、小さいカイラル角または小さい直径を持つCNTが強い吸着を示す。このような吸着力の違いであらかじめ分離しておく操作を、第5カラムまで行った。さらに、それらの選択吸着を行った複数のカラムに対し、下記のように選択溶出を行った。まず、LCを含む構造分離用水溶液を用いて、1nmより小さな直径を持つCNTのみを高純度に分離・回収した後、他の構造分離用水溶液(ここでは、DOCを含む構造分離用水溶液)を用いて、カラムに残った1nmより大きな直径を持つCNTを分離・回収する。第1カラムには、選択吸着により小さなカイラル角を持つ(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)が吸着されているため、高SDS濃度・低SC濃度におけるSDS/SC/LC溶出によりそれらのCNTを分離・回収した後、通常のSDS/SC/LC溶出により残りの1nmより小さな直径を持つCNTを分離・回収し、その後、SDS/SC/DOC溶出により1nmより大きな直径を持つCNTを分離・回収する。このように、選択吸着、選択溶出を組み合わせることにより、多くの構造のCNTの高純度分離を行った。具体的な手順を以下に示す。
【0084】
CNT分散液の界面活性剤濃度は2%SDS/0.5%SCに調整した。カラムは、長さ20cm内径2.6cmのカラム(XK、GEヘルスケア社)に高さが約6cmとなるようにゲルビーズを充填したものを複数準備した。2%SDS/0.5%SC水溶液で平衡化した第1カラムに、CNT分散液をゲルの体積の40%量添加し、濾液を回収しながら、2%SDS/0.5%SC水溶液を添加した(第1ステップ)。その後、0.9%SDS/0.3%SC水溶液で平衡化し、0.9%SDS/0.3%SCにおけるSDS/SC/LC溶出を行った(第1-1ステップ)。その後、第1カラムを0.9%SDS/0.3%SC、続いて0.7%SDS/0.4%SC、続いて0.5%SDS/0.5%SC水溶液で平衡化し、0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出を行った(第1-2ステップ)。その後、第1カラムを0.5%SDS/0.5%SC水溶液で平衡化し、0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/DOC溶出を行った(第1-3ステップ)。次に、1.5%SDS/0.5%SC水溶液で平衡化した第2カラムに、第1カラムの濾液(2%SDS/0.5%SC)を0.5%SC水溶液で希釈した液(1.5%SDS/0.5%SC)を添加し、第1ステップ同様の操作を行った(第2ステップ)。その後、第1-2ステップと同様に、0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出を行い(第2-1ステップ)、第1-3ステップと同様に、0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/DOC溶出を行った(第2-2ステップ)。それ以降のカラムに関しても第2ステップと同様に行い、第3カラムでは1%SDS/0.5%SC、第4カラムでは0.75%SDS/0.5%SC、第5カラムでは0.5%SDS/0.5%SCでそれぞれ選択吸着を行った。また、それぞれのカラムで、第2-1ステップ・第2-2ステップと同様に、SDS/SC/LC溶出・SDS/SC/DOC溶出を行った。分離は全てHPLCの自動制御、25℃で行った。分離方法の概要図を図9aに示す。
【0085】
各ステップのSDS/SC/LC溶出およびSDS/SC/DOC溶出で得られた溶出液の光吸収スペクトルを図9b~図9fに示す。図9gは、本手法で得られたCNTの選択吸着条件を示し、図9hは、本手法で得られたCNTの光吸収スペクトルとその純度を示す。図9iおよび図9jは、本手法で得られた単一構造CNTの蛍光スペクトルを示す。
【0086】
2%SDS/0.5%SCで選択吸着を行った第1カラムでは、カイラル角の小さなCNTが吸着している(図9g)。そこから、第1-1ステップの0.9%SDS/0.3%SCにおけるSDS/SC/LC溶出により、実施例8・9と同様に、(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)を異なるLC濃度で分離・回収できる(図9b左・図9h左)。さらに、第1-2ステップの0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/LC溶出により、それ以外の小さなカイラル角を持つ(7,3)、(8,4)、(11,0)、(11,1)、(9,4)、(10,3)を異なるLC濃度で分離・回収できる(図9b中央・図9h左)。また、第1-3ステップの0.5%SDS/0.5%SCにおけるSDS/SC/DOC溶出により、SDS/SC/LC溶出では溶出されなかった比較的直径の大きな(10,2)、(12,1)を異なるDOC濃度で分離・回収できる(図9b右・図9h右上段)。1.5%SDS/0.5%SCで選択吸着を行った第2カラムでは、第1カラムでは得られなかったCNTが吸着している(図9g)。そこから、第2-2ステップのSDS/SC/DOC溶出により、大きな直径を持つ(11,3)を分離・回収できる(図9c右・図9h右上段)。1%SDS/0.5%SCで選択吸着を行った第3カラムでは、大きなカイラル角を持つCNTが吸着している(図9g)。そこから、第3-1ステップのSDS/SC/LC溶出により、大きなカイラル角・小さな直径を持つ(6,4)、(6,5)、(7,5)、(7,6)を分離・回収できる(図9d左・図9h左)。さらに、第3-2ステップのSDS/SC/DOC溶出により、大きなカイラル角・大きな直径を持つ(10,5)、(9,5)、(8,6)を分離・回収できる(図9d右・図9h右上段)。0.75%SDS/0.5%SCで選択吸着を行った第4カラム、0.5%SDS/0.5%SCで選択吸着を行った第5カラムでは、いずれも大きなカイラル角・大きな直径を持つCNTが吸着している(図9g)。そのため、SDS/SC/DOC溶出でしかそれらの回収はできない。第4-2ステップのSDS/SC/DOC溶出により、(8,7)を分離・回収でき(図9e右・図9h右上段)、第5-2ステップのSDS/SC/DOC溶出により、大きなカイラル角・小さな直径を持つ(9,7)を分離・回収できる(図9f右・図9h右上段)。また、第5ステップにおいてカラムに吸着しなかった画分(第1から第5の全てのカラムに未吸着の画分)に金属CNTを分離・回収できることが分かった(図9h右下段)。このように、原材料であるHiPcoに含まれる直径1nm付近の22種類の特定の構造を持つ半導体型CNTを分離できた。本発明は、それらを余すこと無く分離することができる画期的な方法である。また、その中でも(9,1)、(10,0)、(8,3)、(9,2)、(7,3)、(8,4)、(6,5)、(7,5)、(7,6)、(10,2)、(12,1)、(11,3)、(9,5)、(8,6)、(8,7)、(9,7)の16種類のCNTは、いずれも蛍光スペクトルで1つのスポットしか見られない高純度な単一構造のCNTであることが分かる(図9i~図9j)。このように、現存する全ての方法の中で、最大となる16種類の高純度な単一構造のCNTを分離でき、さらには(9,7)、(10,0)、(11,3)、(9,5)、(8,7)の高純度分離は界面活性剤のみを用いた方法では初であり、本分離法は既存の方法が持ちえない機能を有する革新的な方法である。
図1a
図1b
図1c
図1d
図1e
図1f
図2a
図2b
図2c
図2d
図2e
図2f
図3a
図3b
図4a
図4b
図5a
図5b
図6a
図6b
図7a
図7b
図8a
図8b
図8c
図9a
図9b
図9c
図9d
図9e
図9f
図9g
図9h
図9i
図9j