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特許7123098ディファレンシャル・ハイポイドギヤ、ピニオンギヤ、およびこれらを組み合わせてなるハイポイドギヤ対
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-12
(45)【発行日】2022-08-22
(54)【発明の名称】ディファレンシャル・ハイポイドギヤ、ピニオンギヤ、およびこれらを組み合わせてなるハイポイドギヤ対
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220815BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20220815BHJP
   F16H 1/14 20060101ALI20220815BHJP
   C21D 9/32 20060101ALN20220815BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20220815BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/32
F16H1/14
C21D9/32 A
C21D1/06 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020152519
(22)【出願日】2020-09-11
(65)【公開番号】P2021095627
(43)【公開日】2021-06-24
【審査請求日】2021-01-14
(31)【優先権主張番号】P 2019225800
(32)【優先日】2019-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 孝佳
(72)【発明者】
【氏名】岩本 侑大
(72)【発明者】
【氏名】福田 直樹
(72)【発明者】
【氏名】福田 康弘
(72)【発明者】
【氏名】近藤 正顕
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-052376(JP,A)
【文献】国際公開第2018/047955(WO,A1)
【文献】特開2004-300550(JP,A)
【文献】特開2010-285689(JP,A)
【文献】特開2005-325398(JP,A)
【文献】特開2001-032036(JP,A)
【文献】特開2005-324585(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0132322(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101775545(CN,A)
【文献】韓国公開特許第10-2010-0005970(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/02- 1/84
C21D 9/00- 9/44, 9/50
F16H 1/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リング状の本体部と、該本体部の軸方向の一方の表面に、中心軸から離れるほど後退するよう傾斜して設けられ、表面に浸炭層を有する歯形成面とを有し、
質量%において、C:0.15~0.30%、Si:0.55~1.00%、Mn:0.50~1.20%、Cr:0.50~1.50%、Al:0.020~0.080%、B:0.0005~0.0050%、Ti:0.01~0.08%、N:0.0020~0.0100、Mo:0.25%以下(0%の場合を含む)、Nb:0.10%未満(0%の場合を含む)、を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有し、
式1:405≦-684[C]-75[Mn]-22[Cr]-27[Mo]-11479[B]+680≦445、(但し、式1中における[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)及び
式2:55≦536[C]+56.2[Si]-33[Mn]+20.1[Cr]-115[Mo]+6615[B]-93、(但し、式2中における[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Si、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)、を満たし、
焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織からなり、
上記歯形成面に形成された歯の歯端部と歯中央部とにおける歯元内部の焼き戻しマルテンサイト率の差が15%以下であり、
歯中央部の歯元内部硬さが350HV~500HVである、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ。
【請求項2】
請求項1に記載のディファレンシャル・ハイポイドギヤと組み合わせて使用される、表面に浸炭層を有する歯形成面を備えたピニオンギヤであって、
質量%において、C:0.15~0.30%、Si:0.55~1.00%、Mn:0.50~1.20%、Cr:0.50~1.50%、Al:0.020~0.080%、B:0.0005~0.0050%、Ti:0.01~0.08%、N:0.0020~0.0100、Mo:0.25%以下(0%の場合を含む)、Nb:0.10%未満(0%の場合を含む)、を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有し、
式1:405≦-684[C]-75[Mn]-22[Cr]-27[Mo]-11479[B]+680≦445、(但し、式1中における[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)及び
式2:55≦536[C]+56.2[Si]-33[Mn]+20.1[Cr]-115[Mo]+6615[B]-93、(但し、式2中における[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Si、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)、を満たし、
焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織からなり、
上記歯形成面に形成された歯の歯端部と歯中央部とにおける歯元内部の焼き戻しマルテンサイト率の差が15%以下であり、
歯中央部の歯元内部硬さが350HV~500HVである、ピニオンギヤ。
【請求項3】
請求項1に記載のディファレンシャル・ハイポイドギヤと請求項2に記載のピニオンギヤとを組み合わせてなる、ハイポイドギヤ対。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ、ピニオンギヤ、およびこれらを組み合わせてなるハイポイドギヤ対に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に用いられるディファレンシャル・ハイポイドギヤは、主にFR車において用いられるエンジンの出力をタイヤに伝えるための最終伝達装置であり、突発的な過大入力により、高面圧、高曲げ応力が負荷される。そのため、ディファレンシャル・ハイポイドギヤには、高強度化と、極低サイクル域での疲労破壊が生じないようにすることが求められている。
【0003】
また、ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、比較的大型で歯幅が広く加速面・減速面が非対称な形状であるため、製造時において、浸炭歪みの悪化が発生しやすいという問題がある。高強度化のためにはB添加による粒界強化が有効であるが、Bを添加すると、浸炭歪により歯面性状のバラツキ及び背面形状の変形が大きくなって適切な歪制御が困難となる。歯面性状のバラツキ及び背面形状の変形は、NV(騒音・振動)の悪化につながり、大きな問題となる。
【0004】
このように、B添加による粒界強化は、浸炭歪の悪化を招くため、比較的大型のディファレンシャル・ハイポイドギヤに対しては、単純にBを添加して高強度化を図るだけでは、高い品質を得ることができなくなる。一方において、Bを添加せず、歪制御可能な範囲において内部硬度を向上させるだけでは、十分な高強度化が達成できない。
【0005】
Bを添加した肌焼鋼に関する先行技術としては、特許文献1~3に記載の技術がある。しかし、これらには、高強度化に関する記載はほとんどなく、また、浸炭後の歪が比較的大型の歯車であるディファレンシャル・ハイポイドギヤにおいて問題のない程度に抑制できているかは不明である。
【0006】
また、特許文献4には、差動サイドギヤ・ピニオンギヤといった比較的小さい歯車について、B添加鋼を用い、高周波等の高密度エネルギー加熱による焼き入れ処理を施す製造方法の記載がある。しかし、高密度エネルギー加熱による焼き入れ処理では、内部硬度を十分に高めることができず、高強度化が強く求められているディファレンシャル・ハイポイドギヤにおいては、この製造方法を適用することは困難であり、部品全体に焼き入れ処理を施す必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭58-11764
【文献】特開昭61-217553
【文献】特開平9-241750
【文献】WO2014/203610
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、B添加による高強度化を図ったうえで、浸炭処理後全体焼入れにより内部硬度を十分に高め、高強度を図った場合であっても、NVを大きく悪化させない適切な歪制御が可能となるディファレンシャル・ハイポイドギヤを提供しようとするもの、さらには、当該ディファレンシャル・ハイポイドギヤに組み合わせるのに適したピニオンギヤ、及び両者を組み合わせたハイポイドギヤ対を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、リング状の本体部と、該本体部の軸方向の一方の表面に、中心軸から離れるほど後退するよう傾斜して設けられた歯形成面とを有し、
質量%において、C:0.15~0.30%、Si:0.55~1.00%、Mn:0.50~1.20%、Cr:0.50~1.50%、Al:0.020~0.080%、B:0.0005~0.0050%、Ti:0.01~0.08%、N:0.0020~0.0100、Mo:0.25%以下(0%の場合を含む)、Nb:0.10%未満(0%の場合を含む)、を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有し、
式1:405≦-684[C]-75[Mn]-22[Cr]-27[Mo]-11479[B]+680≦445、(但し、式1中における[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)及び
式2:55≦536[C]+56.2[Si]-33[Mn]+20.1[Cr]-115[Mo]+6615[B]-93、(但し、式2中における[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Si、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)、を満たし、
焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織からなり、
上記歯形成面に形成された歯の歯端部と歯中央部とにおける歯元内部のマルテンサイト率の差が15%以下であり、
歯中央部の歯元内部硬さが350HV~500HVである、ディファレンシャル・ハイポイドギヤにある。
【0010】
本発明の他の態様は、上記ディファレンシャル・ハイポイドギヤと組み合わせて使用される、表面に浸炭層を有する歯形成面を備えたピニオンギヤであって、
質量%において、C:0.15~0.30%、Si:0.55~1.00%、Mn:0.50~1.20%、Cr:0.50~1.50%、Al:0.020~0.080%、B:0.0005~0.0050%、Ti:0.01~0.08%、N:0.0020~0.0100、Mo:0.25%以下(0%の場合を含む)、Nb:0.10%未満(0%の場合を含む)、を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有し、
式1:405≦-684[C]-75[Mn]-22[Cr]-27[Mo]-11479[B]+680≦445、(但し、式1中における[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)及び
式2:55≦536[C]+56.2[Si]-33[Mn]+20.1[Cr]-115[Mo]+6615[B]-93、(但し、式2中における[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Si、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)、を満たし、
焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織からなり、
上記歯形成面に形成された歯の歯端部と歯中央部とにおける歯元内部の焼き戻しマルテンサイト率の差が15%以下であり、
歯中央部の歯元内部硬さが350HV~500HVである、ピニオンギヤにある。
【0011】
Bの添加による粒界強度の改善自体は、従来から良く知られていた。しかし、Bの添加は、浸炭歪を悪化させるため、本願で対象とするディファレンシャル・ハイポイドギヤのように比較的大型の歯車の場合、浸炭歪の影響が特に顕著となることから、Bを添加しない鋼が使用されていた。しかし、その場合、期待する強度改善を図ることができず、問題となっていた。そこで、本発明者等は、鋭意検討を行った結果、浸炭歪は浸炭焼入の冷却時に、部品位置による温度バラツキを原因とする変態の時間的タイミングのずれが、歪悪化の原因と考えた。そして、特に表面の浸炭層は、Ms点が非常に低いため、成分の最適化により、未浸炭層のMs点をできるだけ浸炭層のMs点に近づけて、浸炭層と未浸炭層の間の変態時期のタイミングのずれをより小さくするために、成分の最適化を図った。
【0012】
さらに、変態時にマルテンサイト変態ではなくベイナイト変態が起き、部品の位置によってマルテンサイト率に差異が生じると、浸炭歪が悪化することが考えられる。そこで、Bs点が長時間側となるよう成分の最適化を図った。
以上の対策の結果、B添加による粒界強度向上効果を十分に得つつ、高い歪低減効果を得ることが可能となる本発明の完成に至った。
【発明の効果】
【0013】
上記ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、上記特定の化学成分組成を具備し、式1及び式2を満足し、金属組織状態を上記特定の状態となるよう調整し、歯中央部の歯元内部硬さを上記特定の範囲に高めてある。このような必須構成要件を全て具備することによって、B添加による高強度化を図ったうえで、浸炭処理後全体焼入れによる歪発生を抑制したディファレンシャル・ハイポイドギヤを得ることができる。各構成要件の技術的意義については、後述する。
【0014】
また、上記ピニオンギヤは、上記特定の化学成分組成を具備し、式1及び式2を満足し、金属組織状態を上記特定の状態となるよう調整することによって、上記特定のディファレンシャル・ハイポイドギヤと組み合わせてハイポイドギヤ対として用いた場合に、ディファレンシャル・ハイポイドギヤの特性向上と相俟って、従来よりも優れた強度、耐久性を発揮するハイポイドギヤ対を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例における、(a)ディファレンシャル・ハイポイドギヤの平面図、(b)ディファレンシャル・ハイポイドギヤの正面図。
図2】実施例における、3点曲げ試験の試験方法を示す説明図。
図3】実施例における、3点曲げ試験の試験片に設けたノッチの形状を示す説明図。
図4】実施例における、歯面のクラウニング変形量の測定位置を示す説明図。
図5】実施例における、背面変形量の測定位置を示す説明図。
図6】実施例における、マルテンサイト率差の測定位置を示す説明図。
図7】実施例における、式1と式2を具備することの有効性を示す説明図。
図8】実施例における、ディファレンシャル・ハイポイドギヤとピニオンギヤを組合わせて使用した場合の状態を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
上記ディファレンシャル・ハイポイドギヤは、リング状の本体部と、該本体部の軸方向の一方の表面に、中心軸から離れるほど後退するよう傾斜して設けられた歯形成面とを有するリングギヤとも呼ばれる傘歯車の一種である。通常、ピニオンギヤと組み合わせた状態で用いられる比較的大型の歯車である。
【0017】
上記ディファレンシャル・ハイポイドギヤの化学成分は、まず、以下の化学成分組成を具備する。
【0018】
C:0.15~0.30%;
C(炭素)は、内部硬さを確保するために0.15%以上含有させる。一方、C含有率が高すぎると、被削性の劣化や冷鍛性の劣化を招くおそれがあるため、0.30%以下とする。
【0019】
Si:0.55~1.00%;
Si(ケイ素)は、粒界強化の効果を得るために0.55%以上含有させる。一方、Si含有率が高すぎると、加工性の劣化や浸炭性の低下を招くおそれがあるため、1.00%以下とする。
【0020】
Mn:0.50~1.20%;
Mn(マンガン)は、内部硬さ(強度)を確保するために0.50%以上含有させる。一方、Mn含有率が高すぎると、被削性の劣化等を招くおそれがあるため、1.20%以下とすることが好ましい。
【0021】
Cr:0.50~1.50%;
Cr(クロム)は、焼入れ性の向上による内部硬さ(強度)の確保に有効であるため、その効果を得るために0.50%以上含有させる。一方、Cr含有率が高すぎると、浸炭処理を施した場合に、Cr炭化物が増加して疲労破壊の起点となる可能性があるため、上限を1.50%とする。
【0022】
Al:0.020~0.080%;
Al(アルミニウム)は、AlNとして鋼中に存在し、ピン止め効果により、結晶粒粗大化を抑制する効果があると共にBN生成抑制効果があるため、0.020%以上含有させる。一方、Al含有率が高すぎてもその効果が飽和するとともに、アルミナ系介在物が増加して、疲労強度低下に繋がるおそれがあるため、0.080%以下とする。
【0023】
B:0.0005~0.0050%;
B(ホウ素)は、粒界強化による低サイクル強度等の強度向上効果及び焼入れ性改善効果を得るため、0.0005%以上含有させる。一方、B含有率が高くなりすぎても、前述の効果が飽和するため、上限を0.0050%とする。
【0024】
Ti:0.01~0.08%;
Ti(チタン)は、結晶粒の微細化に有効であると共にBN生成抑制によるBの焼入性向上効果があるため、0.01%以上含有させる。一方、Tiは過剰に添加すると靱性低下(強度低下)のおそれがあるため、上限を0.08%とする。
【0025】
N:0.0020~0.0100;
N(窒素)は、AlNとなって、ピン止め効果により結晶粒粗大化を抑制する効果があるため、0.0020%以上含有させる。一方、N含有率が高すぎてもその効果が飽和するとともに、加工性が悪化するおそれがあるため、0.0100%以下とする。
【0026】
Mo:0.25%以下(0%場合を含む);
Mo(モリブデン)は、任意添加元素であり、積極的に含有させる必要はなく、含有率0%でもよいが、不純物として少量含有する場合もある。そして、Moは、その含有により、強度向上に有効な元素であるので、必要に応じ少量添加することができる。一方、Mo含有率が高すぎると、コストアップ及び切削加工性劣化のおそれがあるため、0.25%以下に制限する。
【0027】
Nb:0.10%未満(0%の場合を含む);
Nb(ニオブ)は、任意添加元素であり、積極的に含有させる必要はないが、含有することによって結晶粒微細化の効果を得ることができる。一方、Nb含有率が高すぎると、浸炭性悪化のおそれがあるため、0.10%未満に制限する。
【0028】
次に、上記化学成分組成を具備することを前提として、次の式1及び式2の両方を具備するように、化学成分を調整することが重要である。すなわち、前記したように、式を満足するように成分を最適化することによって、B添加による粒界強度向上効果を確実に得つつ、NVを大きく悪化させない歪低減効果が得られるものである。以下、詳細に説明する。
【0029】
式1:405≦-684[C]-75[Mn]-22[Cr]-27[Mo]-11479[B]+680≦445、(但し、式1中における[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す);
式1は、内部におけるマルテンサイト変態点(以下、適宜、「Ms点」という。)を適度に低下させて、浸炭層におけるMs点に近づけ、これにより、浸炭後の焼入れ処理時の歪発生を抑制するために必要な要件である。式1が上限値(445)を上回れば、歪発生の抑制が困難となる。また、式1の値は、低いほど内部の未浸炭層のMs点を低くできるが、一方で、下限値(405)を下回る、内部硬度が高くなりすぎるという問題が生じるので、下限値を設定した。
【0030】
式2:55≦536[C]+56.2[Si]-33[Mn]+20.1[Cr]-115[Mo]+6615[B]-93、(但し、式2中における[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Si、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す);
式2は、歯端部と歯中央部の歯元内部におけるマルテンサイト率の差が大きいことによる歪発生を抑制するために必要な要件である。式1を満たすだけでは、歯端部と歯中央部の歯元内部におけるマルテンサイト率の差を小さくすることが十分にできないため、式1を満足することに加えて、式2を満足するよう成分設計することにより、歯車の部位によるマルテンサイト率の差異を小さくすることができ、その結果、浸炭歪をより小さく抑えることができる。
【0031】
上述した式1及び式2の意義について、さらに、説明を付加する。
発明者らの研究によって、歯面表層のマルテンサイト変態と内部のマルテンサイト変態の開始タイミングの差(Ms点の差)が大きい方が、NVの原因となる歯面の歪(歯面凹み量の増加)が生じやすいことがわかった。この対策としては、表層(浸炭層)と内部のMs点をできるだけ近づけることが有効であるが、Ms点は炭素含有率による影響が最も大きく、高い炭素含有率となる浸炭層である表層のMs点を変えることは容易ではないため、内部のMs点を極力低くすることで、浸炭層のMs点との差を小さくすることが必要である。
【0032】
B添加の場合、C添加率を低くすることで焼入性を調整する場合が多いが、高強度化のためには後述するような最適な内部硬度があることが見出されたため、狙いの内部硬度が得られるC含有率の範囲を定め、かつ、ディファレンシャル・ハイポイドギヤが比較的大型の歯車であることを考慮して、トルースタイト組織を抑制、加工しやすくするために焼準、焼鈍後の硬さを低くするという観点も考慮し、上述した基本的な化学成分組成の範囲を定めた。
【0033】
そして、さらに、式1を満足するように各成分含有率を調整することにより、内部のMs点を低めに制御することとした。但し、内部Ms点を低温側に移行させるため、式1の値を低くするということは、傾向としてMs点に最も影響が大きい炭素含有率を高めることになる。式1の値が低くなれば、内部の硬度はさらに上昇するが、上昇させ過ぎると部品内部の靭性が低下して、かえって重要な強度特性である曲げの低サイクル強度が低下することが判明した。そのため、式1の値の下限値を設定した。
【0034】
さらに、ディファレンシャル・ハイポイドギヤは比較的歯幅が広いため、歯端部と中央部の内部組織(マルテンサイト率)に差異が生じ、その結果、浸炭焼入れ後の歪みが顕在化しやすい。この対策として、式2を満足する化学成分に調整する。これにより、ベイナイトスタート点(以下、適宜「Bs点」という。)を長時間側にする材料設計とする(式2の値が大きいほどBs点が長時間側となる。)。Bs点が長時間側となるように成分設計すると、ベイナイトの生成を抑制することができ、歯車の部位によるベイナイト率のばらつきを小さく抑えることができる。マルテンサイト率が低い部位とは、言い換えればベイナイト率が高い部位のことを意味するので、結果的に、歯端部と歯中央部の歯元内部のマルテンサイト率の差異を小さくすることができ、その結果浸炭焼入れ後の歪を改善できることが見出された。
【0035】
そして、上記ディファレンシャル・ハイポイドギヤにおいては、歯形成面に形成された歯の歯端部と歯中央部とにおける歯元内部のマルテンサイト率の差が15%以下とする。ここで、マルテンサイト率は、歯端部の歯元内部と歯中央部の歯元内部との測定値で比較する。歯端部の歯元内部とは、歯元近傍を通る面に沿って歯を除去するように切断し、その切断面における、ディファレンシャル・ハイポイドギヤの内周端面近傍の浸炭層よりも内部の位置と定義する。歯中央部の歯元内部とは、上記の切断面における、ディファレンシャル・ハイポイドギヤの内周端面と外周端面の中間点の位置と定義する。具体的なマルテンサイト率の測定は、後述する実施例に示す方法により行う。
【0036】
マルテンサイト率は、上記歯形成面に形成された歯の歯端部と歯中央部とにおける歯元内部のマルテンサイト率の差が15%以下であることが必要である。この要件を具備することによって、浸炭焼入れ後の歪発生を抑制することができ、歯面性状のバラツキ及び背面形状の変形を抑制することが可能となる。
【0037】
なお、浸炭焼入れ後に生じる歪は、モジュール(歯の大きさ)が大きくなるほど顕著になり、特にモジュールが3以上の場合には、式1及び式2を満足させる対策なしでは、歪を狙いの範囲内に抑制することが難しくなる。上述したように、式1及び式2に記載の通り成分を最適化することで、比較的大きな歯車部品であるディファレンシャル・ハイポイドギヤに対しても、B添加で強度を高めつつNVが大きく悪化しないという効果を得ることが可能となる。
【0038】
また、上記ディファレンシャル・ハイポイドギヤの内部組織は、焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織からなることが必要である。すなわち、浸炭後焼入れ処理を行ってマルテンサイト主体の組織を得たのち、100℃~200℃程度の温度で焼き戻しを行って焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織とすることが必要である。
【0039】
ここで、焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織とは、面積率でみて、少なくとも80%以上の組織が焼き戻しマルテンサイトであり、一部に、ベイナイトの混在を許容するものである。ベイナイトの面積率は低いほど好ましい。なお、浸炭焼入れ後にマルテンサイト主体の組織とするには、浸炭後の焼入時に400~500℃の温度域を7.5℃/秒以上の速度となるように冷却することが好ましい。本発明では、上記の通りBs点が長時間側となるよう成分設計しているので、上記範囲の化学成分組成からなる鋼を用いて焼入した際に、ベイナイトが生成することを極力抑制することができ、マルテンサイトの生成率を高めることができる。
【0040】
また、上記ディファレンシャル・ハイポイドギヤにおいては、歯中央部の歯元内部硬さが350HV~500HVであることが必要である。歯中央部の歯元内部硬さが350HV未満の場合には、狙いとする低サイクル強度が得られなくなるおそれがあり、一方、500HVを超える場合には、靭性が低下して亀裂が進展しやすくなり、かえって低サイクル強度が低下する恐れがある。
【0041】
次に、上記ピニオンギヤの化学成分は、質量%において、C:0.15~0.30%、Si:0.55~1.00%、Mn:0.50~1.20%、Cr:0.50~1.50%、Al:0.020~0.080%、B:0.0005~0.0050%、Ti:0.01~0.08%、N:0.0020~0.0100、Mo:0.25%以下(0%の場合を含む)、Nb:0.10%未満(0%の場合を含む)、を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成とする。そして、式1:405≦-684[C]-75[Mn]-22[Cr]-27[Mo]-11479[B]+680≦445、(但し、式1中における[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)及び式2:55≦536[C]+56.2[Si]-33[Mn]+20.1[Cr]-115[Mo]+6615[B]-93、(但し、式2中における[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]及び[B]は、それぞれ、C、Si、Mn、Cr、Mo及びBの含有率(質量%)を示す)、を満たすことを必要とする。
【0042】
さらに、上記ピニオンギヤは、焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織からなり、上記歯形成面に形成された歯の歯端部と歯中央部とにおける歯元内部のマルテンサイト率の差が15%以下であり、歯中央部の歯元内部硬さが350HV~500HVであることも必要である。
【0043】
上記ピニオンギヤは、上記ディファレンシャル・ハイポイドギヤと同じ化学成分範囲、組織、硬さの範囲を採用し、上記のごとく特性が向上したディファレンシャル・ハイポイドギヤと組み合わせたハイポイドギヤ対として使用した際に、従来鋼を用いたピニオンギヤと組合わせて使用する場合と比較して、強度、耐久性を大きく向上することができる。なお、化学成分組成の範囲は、ディファレンシャル・ハイポイドギヤと同じ範囲内に設定するが、具体的な化学成分等が全く同一であることは必要としない。ディファレンシャル・ハイポイドギヤとピニオンギヤの両者が、上記特定の同じ化学成分範囲、組織、硬さの範囲内に入っていれば、具体的な化学成分、組織、硬さが完全に一致していなくても、優れた強度、耐久性を得ることが可能である。
【実施例
【0044】
(実施例1)
上記ディファレンシャル・ハイポイドギヤに係る実施例について説明する。
本例では、表1に示すごとく、化学成分が異なる23種類の鋼材(鋼種1~23)を用いて試験用のディファレンシャル・ハイポイドギヤを作製するとともに、低サイクル強度評価用にディファレンシャル・ハイポイドギヤを想定した3点曲げ試験片を作製し、評価した。なお、表1に示す鋼材のうち、鋼種1~11が、本発明の成分の条件を満足する鋼であり、鋼種12~23は、本発明の一部の条件が満足しない鋼である。また、P、Sは、添加していないが不純物として含有していた分析値を示したものであり、Moが0.01%以下の鋼とNbが0.00%の鋼は、不純物として含有した分析値を示す。
【0045】
【表1】
【0046】
試験用のディファレンシャル・ハイポイドギヤ1は、電気炉にて溶解して作製した鋳造片を鍛造して歯車形状とした後焼鈍し、粗加工し、浸炭熱処理を施し、その後、仕上げ加工を行って、図1(a)(b)に示す形状とした。ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1は、同図に示す如く、リング状の本体部10と、本体部10の軸方向の一方の表面に、中心軸から離れるほど後退するよう傾斜して設けられた歯形成面2とを有する。歯形成面2には、所定のモジュールとなるよう複数の歯20が立設した状態となっている。本例では、モジュール3.99、モジュール4.84、モジュール6.01の3種類のものを作製した。
【0047】
強度評価用の試験片5は、図2及び図3に示すように、後述する3点曲げ試験に用いるものである。試験片5は、電気炉にて溶解して作製した鋳造片を鍛伸して棒鋼を作製し、棒鋼を焼鈍した後、粗加工し、浸炭熱処理を施し、ノッチ形成面51の0.2mm研削及びノッチ加工を行う仕上げ加工を行って、断面がTmm角の角柱状のものとした。具体的には、サイズが18mm×18mm×220mmのモジュール3.99相当の試験片5と、サイサイズが25mm×25mm×220mmのモジュール4.84相当の試験片5と、サイズが30mm×30mm×220mmのモジュール6.01相当の試験片5の3種類を作製した。サイズを変化させたのは、歯車サイズが変化すると、焼入時の冷却速度が変化し、組織に影響が生じるので、実際の歯車の焼入時に冷却速度ができるだけ同程度となるように寸法を調整したものである。ノッチ55は、すべての試験片5において、図2及び図3に示すごとく、長手方向中央に、開口角度60°の深さ2.5mmの丸底を有するノッチとした。
【0048】
浸炭熱処理としては、粗加工したディファレンシャル・ハイポイドギヤ又は試験片に対し、930℃に30分保持する予熱、950℃に75分保持する浸炭期、950℃に75分保持する拡散期、850℃に30分保持する均熱を経て、少なくとも400~500℃の温度域を7.5℃/秒以上の冷却速度となるよう、130℃の油中に投入して急冷する焼入れを行い、その後、150℃に60分保持する焼き戻しを行った。
【0049】
得られた試験用のディファレンシャル・ハイポイドギヤ1に対しては、歯面形状に関するクラウニング変化量、背面変形量、歯端部と歯中央部とにおける歯元内部のマルテンサイト率の差の測定、及び内部金属組織状態の観察行った。試験片に対しては3点曲げ試験による強度評価を行った。以下に、各評価の条件等を説明する。
【0050】
<クラウニング変化量>
図4に示すように、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1の歯20の歯面21におけるピッチ点位置の設計形状G1に対し、ピッチ円上において実際の成形形状G2がずれているずれ量ΔGを測定した。そして、基準として、Bの含有量が不可避的不純物レベルであって、実質的にBが含有されていない鋼種23におけるずれ量を基準(1.00)として、これとの比率をクラウニング変化量として算出した。そして、基準に対する比率が1.25までを合格とした。
【0051】
<背面変形量>
図5に示すように、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1は、その軸方向において歯面21と反対側の背面平坦面部25が、設計上は一平面(平面S1)上に位置するようになっているところ、浸炭焼入れ後において内周側が歯面21側に変形することが起こりやすい。本例では、背面平坦面部25の内周端251の、設計上の平面S1からのずれ量ΔSを測定して、背面変形量とした。背面変形量は、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1の全周において等間隔で4箇所測定し、その平均値を用いた。そして、基準として、鋼種23におけるずれ量を基準(1.00)として、これとの比率が3.00未満を合格(〇)、3.00以上を不合格(×)として評価した。
【0052】
<マルテンサイト率差>
マルテンサイト(焼き戻しマルテンサイト)率の測定は、図6に示すように、歯元近傍を通る面に沿って歯を除去するように切断し、その切断面P上の歯端部P1と歯中央部P2とにおいて行った。歯端部P1は、内周端面近傍の浸炭層よりも内部の位置とした。また、歯中央部P2は、切断面Pにおける、内周端面と外周端面の中間点の位置とした。
【0053】
マルテンサイト率の測定は、切断面Pを研磨後ナイタールで腐食し、光学顕微鏡を介して撮影した写真を用いて行う。具体的には、得られた写真に対し、等間隔の格子状の線(縦10本、横10本)を引き、100個の格子点位置における組織を観察し、組織がマルテンサイト(焼き戻しマルテンサイト)であった格子点の割合により求める。このように求めたマルテンサイト率については、その差が15%以下である場合を合格、16%以上を不合格とする。
【0054】
<歯元内部硬さ>
歯中央部の歯元内部硬さについては、図6に示す切断面P上の歯中央部P2の硬さを測定することにより行った。歯中央部の歯元内部硬さは、350HV~500HVの範囲であれば合格、この範囲から外れる場合を不合格とした。
【0055】
<内部金属組織状態の観察>
上記マルテンサイト率の測定に加えて、ベイナイトの面積率を測定した。具体的には、切断面Pを研磨した後ナイタールで腐食し、光学顕微鏡を介して撮影した写真を用いて行う。具体的には、得られた写真に対し、等間隔の格子状の線(縦10本、横10本)を引き、100個の格子点位置における組織を観察し、組織がベイナイトであった格子点の割合からベイナイトの面積率を算出した。ベイナイト面積率が20%以下の場合はマルテンサイト(焼き戻しマルテンサイト)の面積率が80%以上と判断する。なお、今回作製した鋼種のうち、本発明の条件を満足している1~11は、すべて、ベイナイト面積率が20%以下であって、焼き戻しマルテンサイト主体の金属組織であったことが確認できた。
【0056】
<3点曲げ試験>
ディファレンシャル・ハイポイドギヤ1の強度を評価するために、上述した試験片5を用いて、3点曲げ試験を行った。図2に示すように、ノッチ55を設けたノッチ形成面51を、200mm間隔をあけて配置された2つの支点71上に配置し、圧子72により、試験片5の上面52のノッチ55に対向する位置を押圧し、試験片5に曲げ応力を加えた。そして、押圧する力を変化させて、複数条件の応力値で実験し、寿命が100回となる時の曲げ応力を求め、表2に記載した。そして、求めた値が1200MPa以上の場合を合格、それ未満の場合を不合格とした。なお、以下、この低サイクル曲げ強度のことを略して強度と記載する。
【0057】
なお、応力は、ノッチ形状を考慮した断面係数から求めたノッチ底表面曲げ応力の値で評価した。ここで、ノッチ形状を考慮した断面係数とは、図2において、試験片高さTからノッチ深さである0.25mm(図3参照)を差し引いた長さの四角形断面の断面係数のことを意味する。
【0058】
上述したすべての評価の結果は表2に示す。そして、すべての評価結果が合格の場合には、総合判定が合格(〇)と示し、一つでも不合格があった場合には、総合判定が不合格(×)として示した。
【0059】
【表2】
【0060】
表1及び表2からわかるように、本発明の条件を満足している鋼種番号1~11は、強度、クラウニング、歯面変形の評価を含めたすべての評価項目において合格し、B添加による高強度化を図ったうえで、浸炭後全体焼入れによる歪発生を抑制することが実現できたことが理解できる。
【0061】
一方、鋼種番号12及び13は、基本的化学成分組成は所望の範囲にあるものの、式1は上限を超えたため歪抑制が困難となると共に内部硬度が上がらず、式2を満たさなかったため歯端部と歯中央部の内部のマルテンサイトの差が大きくなり、結果として、クラウニング変化量及び背面変形並びに強度もすべて不合格となった。
【0062】
鋼種番号14~16は、基本的化学成分組成は所望の範囲にあり、式1は満たしたものの、式2を満たさなかったため、内部硬度が低くなるとともに、歯端部と歯中央部の内部のマルテンサイトの差が大きくなり、結果として、背面変形及び強度が不合格となった。
【0063】
鋼種番号17及び18は、基本的化学成分組成は所望の範囲にあるものの、式1は下限を超えて小さくなりすぎたため、内部硬度が高くなりすぎ、強度が劣る結果となった。
【0064】
鋼種番号19及び20は、基本的化学成分組成は所望の範囲にあるものの、式1が上限を超えたため歪抑制が困難となり、クラウニング変化量が不合格となった。
【0065】
鋼種番号21は、基本的化学成分組成のうちC(炭素)の添加率が低すぎたため、内部硬度が低くなりすぎ、強度も低くなった。
【0066】
鋼種番号22は、基本的化学成分組成のうちSi(ケイ素)の添加率が低すぎたため、粒界強度向上効果が小さくなり、強度が低くなった。
【0067】
鋼種番号23は、基本的化学成分組成のうちB(ホウ素)の添加率が低すぎたため、粒界強化の効果が十分に得られず、歪については問題がなかったものの、強度が低くなった。
【0068】
図7には、鋼種1~23における式1を横軸に、式2を縦軸として、各評価項目等の合格不合格の違いに応じて符号を7種類に区別してプロットした。区別の内容は、以下の通りである。
【0069】
(1)クラウニング変化量、背面変形、歯元硬度及び強度の4評価項目すべてにおいて合格のものを「a」、(2)クラウニング変化量不合格、背面変形不合格、歯元硬度不合格(低すぎ)及び強度不合格であり、4評価項目すべてにおいて不合格のものを「b」、(3)クラウニング変化量は合格、背面変形は不合格、歯元硬度は不合格(低すぎ)及び強度は不合格のものを「c」、(4)クラウニング変化量及び背面変形は合格、歯元硬度は不合格(高過ぎ)及び強度は不合格のものを「d」、(5)クラウニング変化量は不合格、背面変形は合格、歯元硬度及び強度は合格のものを「e」、(6)C含有量が低すぎであり、クラウニング変化量及び背面変形は合格、歯元硬度は不合格(低すぎ)及び強度は不合格のものを「f」、(7)Si又はB含有量が低すぎであり、クラウニング変化量及び背面変形は合格、歯元硬度は合格、強度は不合格のものを「g」、とした。
【0070】
図7からわかるように、上述した基本的な化学成分組成を満足し、それだけではなく、式1及び式2を満足することによって、はじめて、クラウニング変化量、背面変形、歯元硬度及び強度の4評価項目すべてにおいて合格する優れたディファレンシャル・ハイポイドギヤを得ることができることがわかる。
【0071】
(実施例2)
本例では、ディファレンシャル・ハイポイドギヤと組み合わせるピニオンギヤも準備し、ハイポイドギヤ対としての特性を評価した。具体的には、実施例1に示した鋼種1及び2の他に、表3に示す従来鋼である鋼種24及び25を用いて、ディファレンシャル・ハイポイドギヤ及びピニオンギヤを作製し、ハイポイドギヤ対での試験を行った。
【0072】
なお、鋼種24は、従来鋼であるJISG4053のSCM420のC上限材であり、鋼種25は、さらにC、Moを若干増量して内硬を高め、強度向上を図ったJISのSCM425である。
【0073】
【表3】
【0074】
本例では、実施例1の図1(a)(b)において示したモジュールが4.84のリング状のディファレンシャル・ハイポイドギヤ(以下、適宜、「リングギヤ」という。)1と同形状のものを、前述した鋼種1、2、24及び25を用いて作製した。さらに、図8に示すように、このリングギヤ1に組み合わせ可能なピニオンギヤ3を、鋼種1、2、24及び25を用いて作製した。
【0075】
作製したピニオンギヤのうち、本発明の成分の条件を満足する鋼種1、2については、前記したリングギヤの場合と同様に歯中央部の内部硬さと歯の歯端部と歯中央部における歯元内部のマルテンサイト率の差を測定し、表4に示した。鋼種1、2を用いたピニオンギヤは、いずれも、焼き戻しマルテンサイトの面積率が80%以上であるとともに、上記のマルテンサイト率の差が15%以下となっていた。また、ピニオンギヤは、リングギヤに比べ、サイズが小さくなるため、鍛造後の冷却速度の違いから、リングギヤに比べて若干高めの硬さとなるが、表4に示す通り、全て好適な範囲内となっていた。
【0076】
ピニオンギヤ3は、図8に示すように、軸部32の先端に設けられた歯形成面30を有する一般的な形状を有するものである。歯形成面30は、中心軸から離れるほど後退するよう傾斜して設けられており、歯形成面30には、リングギヤ1と同じモジュールとなるよう複数の歯31が立設した状態となっている。
【0077】
本例のディファレンシャル・ハイポイドギヤ(リングギヤ)1及びピニオンギヤ3は、いずれも、電気炉にて溶解して作製した鋳造片を鍛造して歯車形状とした後焼鈍し、粗加工し、歯切加工を行い、浸炭焼き入れ焼き戻し処理を施し、仕上げ加工及びラッピング研磨を行って作製した。
【0078】
<ハイポイドギヤ対試験>
表4に示すように、試験は、リングギヤ及びピニオンギヤを構成する鋼種の組み合わせを変更したT1~T7の7種類の試験を行った。各試験は、図8に示すように組み合わせたハイポイドギヤ対を、油温80℃のデフオイルを潤滑油として、回転数50rpmにて回転させ、極低サイクル疲労強度評価を実施した。
【0079】
各試験において、T-N線図を求め、300回破断強度によって評価した。評価は、試験T1の従来鋼(SCM420)である鋼材24同士の組み合わせの場合に得られた300回転における破断強度を基準とし、300回転における破断強度の向上率が、5%以上10%未満の場合は「△」、10%以上20%未満の場合は「〇」、20%以上の場合は「◎」として、強度アップ率の値と共に表4に示した。
【0080】
なお、上記T-N線図は、試験時の負荷トルクTと、ハイポイドギヤの回転数Nとの関係を示す線図であり、複数水準の負荷トルクTで試験(1回の試験中は負荷トルク一定で実施)し、各負荷トルクT毎に破断するまでの回転数Nを求めた結果を示すものである。上記ハイポイドギヤ対試験の評価は、得られたT-N線図において、回転数Nが300回転のときのトルクTによって評価した。
【0081】
【表4】
【0082】
試験T2の結果から、鋼種24よりも炭素(C)及びモリブデン(Mo)の含有率を高め、従来鋼の成分範囲内で内硬を高め、強度向上を図った鋼種25を、リングギヤとピニオンギヤの両方に採用した場合には、試験T1の鋼種24同士の組み合わせの場合よりも若干極低サイクル疲労強度が向上することがわかったが、Bによる粒界強化を図った鋼材を用いていないため、リングギヤ側の破損により、その強度改善は、わずか6%のアップにすぎず、目標レベルには届かないレベルであった。
【0083】
試験T3は、ピニオンギヤは鋼種25のままとし、リングギヤを好適な範囲の化学成分を有する鋼種1に変更したものである。試験T3においては、試験T2に比べてさらに性能が向上したが、試験T2とは異なりピニオンギヤ側がリングギヤの強度に負けて破損し、強度アップは10%以上、20%未満の向上(16%のアップ)に止まった。
【0084】
試験T4~T7においては、リングギヤとピニオンギヤの両方を好適な範囲の化学成分を有する鋼種1または鋼種2としたものであるが、いずれの試験においても20%以上(23~27%のアップ)の性能向上が見られた。試験T3の結果と比べることにより、リングギヤだけでなく、組合わせて使用する相手の歯車であるピニオンギヤも同時に、上述した好適な化学成分範囲の鋼材により作製することが、ハイポイドギヤ対の総合的な疲労強度向上につながることが理解できる。
【符号の説明】
【0085】
1 ディファレンシャル・ハイポイドギヤ(リングギヤ)
10 本体部
2 歯形成面
20 歯
21 歯面
3 ピニオンギヤ
30 歯形成面
31 歯
32 軸部
5 試験片
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8