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特許7124306ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法
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  • 特許-ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法 図1
  • 特許-ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-16
(45)【発行日】2022-08-24
(54)【発明の名称】ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20220817BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20220817BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20220817BHJP
【FI】
H01M4/525
C01G53/00 A
H01M4/505
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017236332
(22)【出願日】2017-12-08
(65)【公開番号】P2019106239
(43)【公開日】2019-06-27
【審査請求日】2020-12-04
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067736
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100192212
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 貴明
(74)【代理人】
【識別番号】100200001
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 明彦
(72)【発明者】
【氏名】大下 寛子
(72)【発明者】
【氏名】漁師 一臣
【審査官】松岡 徹
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-230898(JP,A)
【文献】特開2015-191847(JP,A)
【文献】特開2015-191844(JP,A)
【文献】特開2016-162601(JP,A)
【文献】特開2016-117625(JP,A)
【文献】特開2008-257992(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00- 4/62
C01G 25/00- 99/00
H01M 10/05- 10/39
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル、マンガン、コバルトを含む一次粒子が凝集した二次粒子、又は前記一次粒子と前記二次粒子で構成された、正極活物質の前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法であって、
ニッケル、マンガン、コバルトを含む原料溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む溶液と、アルカリ溶液とを添加して得られた反応溶液中で晶析し、遷移金属複合水酸化物を得る晶析工程と、
前記晶析工程で得られた前記遷移金属複合水酸化物を、洗浄液で洗浄する洗浄工程とを有し、
前記晶析工程における前記アルカリ溶液は、アルカリ金属水酸化物と炭酸塩との混合溶液であり、
前記混合溶液の前記アルカリ金属水酸化物に対する前記炭酸塩の比である[CO 2-]/[OH]が、0.002~0.050であり、
前記晶析工程では、酸化性雰囲気と非酸化性雰囲気の2段階で雰囲気を複数回切り替えて晶析を行い、
前記洗浄工程における前記洗浄液は、濃度が0.05mol/L以上の炭酸水素アンモニウム溶液であることを特徴とするニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記晶析工程は、さらに核生成工程と粒子成長工程とを有し、
前記核生成工程では、液温25℃を基準に測定するpHが、12.0~14.0となる様に、前記アルカリ溶液を前記反応溶液に添加して核生成を行い、
前記粒子成長工程では、前記核生成工程で形成された核を含む前記反応溶液を、液温25℃を基準に測定するpHが、10.5~12.0となる様にアルカリ溶液を添加することを特徴とする請求項に記載のニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記洗浄工程を経て得られた前記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、ニッケル、マンガン、コバルトを含む一次粒子が凝集した二次粒子、又は前記一次粒子と前記二次粒子で構成された、正極活物質の前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物であり、
前記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物に含まれるナトリウム含有量が、0.0005質量%未満であり、
前記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の粒子の空隙率が、50超~80%であることを特徴とする請求項又はに記載のニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル、マンガン、コバルトを含む一次粒子が凝集した二次粒子、又は一次粒子と二次粒子で構成された、正極活物質の前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォンやタブレット端末及びノート型パソコンなどの携帯電子機器の普及に伴い、高いエネルギー密度を有する、小型で軽量な非水系電解質二次電池をはじめ、ハイブリット自動車や電気自動車用の電池として、高出力の二次電池の開発ニーズが拡大している。
【0003】
この様なニーズに対応出来る二次電池として、リチウムイオン二次電池が挙げられる。リチウムイオン二次電池は、正極及び負極のほか、電解液などで構成され、正極及び負極の活物質は、リチウムを脱離や挿入することの可能な材料が用いられている。リチウムイオン二次電池は、現在も、研究・開発が盛んに行われているが、このうち、層状又はスピネル型のリチウム金属複合酸化物を正極活物質に用いたリチウムイオン二次電池では、4V級の高い電圧が得られるため、高いエネルギー密度を有する電池として実用化が進んでいる。
【0004】
この中でも、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物は、電池容量のサイクル特性が良く、低抵抗で高出力が得られる材料として注目されており、近年では、搭載スペースに制約を受ける電気自動車用電源やハイブリッド車用電源にも好適であり、車載用電源として重要視されている。一般的に、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物は、前駆体となるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物をリチウム化合物と混合し、焼成する工程によって製造する。
【0005】
このニッケルマンガンコバルト複合水酸化物には、製造工程で用いる原料や薬剤由来の硫酸根、塩素根、ナトリウムなど不純物が含まれる。これらの不純物は、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物とリチウム化合物とを混合し、焼成する工程において、副反応などを誘発してリチウムとの反応を悪化させるために、層状構造であるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の結晶性を低下させる。
【0006】
不純物の影響で、結晶性が低くなったリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物は、正極活物質として電池を構成する際、固相内でのリチウムの拡散を阻害して電池容量が低下する。また、これらの不純物は、充放電反応には殆ど寄与しないため、電池の構成において、正極材料の不可逆容量に相当する分は、負極材料を余計に電池に使用せざるを得ない。その結果、電池全体としての重量当り、若しくは体積当りの容量が小さくなり、不可逆容量として負極に余分なリチウムが蓄積されることから、安全性の面からも問題となっている。
【0007】
不純物としては、硫酸根や塩素根、ナトリウムなどが挙げられ、従来よりそれらの不純物を除去する技術が開示されている。
【0008】
例えば、特許文献1には、ニオブ含有遷移金属複合水酸化物を得る晶析工程を行い、得られたニオブ含有遷移金属複合水酸化物を、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸アンモニウムなどの炭酸塩水溶液で洗浄することにより、硫酸根や塩素根を低減させることが開示されている。
【0009】
また、特許文献2には、晶析反応からニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を製造する工程において、pH調整に用いるアルカリ溶液を、アルカリ金属水酸化物と炭酸塩の混合溶液とすることで、不純物である硫酸根、塩素根、炭酸根を低減させることが開示されている。
【0010】
また、特許文献3~4には、晶析工程で得られた粒子内部に空隙構造を有するニッケルマンガン複合水酸化物粒子又はニッケル複合水酸化物粒子を、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素カリウム及び炭酸水素ナトリウムなどの炭酸塩水溶液で洗浄することにより、硫酸根や塩素根、ナトリウムを低減させることが開示されている。
【0011】
また、特許文献5には、ニッケルアンミン錯体、コバルトアンミン錯体及びM元素源を混合して得たニッケル-コバルト-M元素含有水溶液又は水性分散液を加熱して、ニッケルアンミン錯体及びコバルトアンミン錯体を熱分解させ、硫酸根、塩素根、ナトリウム、鉄などの不純物含有量が少ないニッケル-コバルト-M元素含有複合化合物を用いることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2015-122269号公報
【文献】特開2016-117625号公報
【文献】国際公開第2015/146598号
【文献】特開2015-191848号公報
【文献】国際公開第2012/020768号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1~2については、ナトリウムの除去について全く触れられていない。また、特許文献3~4については、空隙率が3%程度の中実レベルの前駆体においても、依然として、ナトリウムが0.001~0.015質量%残存しており、ナトリウム低減が不十分である。さらに特許文献5については、熱分解によってニッケル-コバルト-M元素含有複合化合物を得ているため、粒子の球状や粒度分布、比表面積の観点から、正極活物質とした際に、十分な電池特性となるかが疑問視される。また、不純物除去だけでなく、空隙率を高めたり、粒子の長寿命化などのさらなる電池特性の向上が期待される。
【0014】
そこで本発明の目的は、充放電反応にも殆ど寄与しない不純物のうち、特にナトリウムの含有量を確実に低減させ、かつ高空隙率化及び長寿命化によるさらなる電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池の正極活物質の前駆体である、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明の一態様では、ニッケル、マンガン、コバルトを含む一次粒子が凝集した二次粒子、又は前記一次粒子と前記二次粒子で構成された、正極活物質の前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法であって、ニッケル、マンガン、コバルトを含む原料溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む溶液と、アルカリ溶液とを添加して得られた反応溶液中で晶析し、遷移金属複合水酸化物を得る晶析工程と、前記晶析工程で得られた前記遷移金属複合水酸化物を、洗浄液で洗浄する洗浄工程とを有し、前記晶析工程における前記アルカリ溶液は、アルカリ金属水酸化物と炭酸塩との混合溶液であり、前記混合溶液の前記アルカリ金属水酸化物に対する前記炭酸塩の比である[CO 2-]/[OH]が、0.002~0.050であり、前記晶析工程では、酸化性雰囲気と非酸化性雰囲気の2段階で雰囲気を複数回切り替えて晶析を行い、前記洗浄工程における前記洗浄液は、濃度が0.05mol/L以上の炭酸水素アンモニウム溶液であることを特徴とする。
【0026】
このようにすれば、ナトリウムの含有量を確実に低減させ、かつ高空隙率化及び長寿命化によるさらなる電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池を得ることが可能な正極活物質の前駆体である、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法を提供することができる。
【0027】
このとき、本発明の一態様では、前記晶析工程は、さらに核生成工程と粒子成長工程とを有し、前記核生成工程では、液温25℃を基準に測定するpHが、12.0~14.0となる様に、前記アルカリ溶液を前記反応溶液に添加して核生成を行い、前記粒子成長工程では、前記核生成工程で形成された核を含む前記反応溶液を、液温25℃を基準に測定するpHが、10.5~12.0となる様にアルカリ溶液を添加してもよい。
【0028】
このようにすれば、狭い粒度分布を持つニッケルマンガンコバルト複合水酸化物が得られる。
【0029】
このとき、本発明の一態様では、前記洗浄工程を経て得られた前記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、ニッケル、マンガン、コバルトを含む一次粒子が凝集した二次粒子、又は前記一次粒子と前記二次粒子で構成された、正極活物質の前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物であり、前記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物に含まれるナトリウム含有量が、0.0005質量%未満であり、前記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の粒子の空隙率が、50超~80%としてもよい。
【0030】
このようにすれば、ナトリウムの含有量を確実に低減させ、かつ高空隙率化及び長寿命化によるさらなる電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池を得ることが可能な正極活物質の前駆体である、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を提供することができる。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、特にナトリウムの含有量を確実に低減させ、かつ高空隙率化及び長寿命化によるさらなる電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池を得ることが可能な正極活物質の前駆体である、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1図1は、本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の断面SEM写真であり、内部構造が多孔構造であることを示す図である。
図2図2は、本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法の概略を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討したところ、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造において、晶析工程における反応雰囲気を制御し、晶析工程で用いるアルカリ溶液をアルカリ金属水酸化物と炭酸塩との混合溶液とすることに加えて、晶析工程で得られた遷移金属複合水酸化物を、洗浄工程で炭酸水素塩(重炭酸塩)含有の洗浄液である炭酸水素アンモニウム溶液を用いて洗浄することによって、不純物である硫酸根、塩素根及びナトリウムを、より効率良く、より低濃度に低減出来るとの知見を得て、本発明を完成したものである。以下、本発明の好適な実施の形態について説明する。
【0038】
なお、以下に説明する本実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で変更が可能である。また、本実施形態で説明される構成の全てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法及び、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物について、下記の順に説明する。
1.ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物
2.リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物
3.ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法
3-1.晶析工程
3-1-1.核生成工程
3-1-2.粒子成長工程
3-2.洗浄工程
【0039】
<1.ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物>
本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、ニッケル、マンガン、コバルトを含む一次粒子が凝集した二次粒子、又は上記一次粒子と上記二次粒子で構成された、正極活物質の前駆体である。
【0040】
そして、上記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物に含まれるナトリウム含有量が、0.0005質量%未満であり、上記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の粒子の空隙率が、50超~80%であることを特徴とする。以下、本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物について具体的に説明する。
【0041】
[粒子の組成]
ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、その組成が、一般式:NiMnCo(OH)2+a(但し、x+y+z+t=1、0.20≦x≦0.80、0.10≦y≦0.90、0.10≦z≦0.50、0≦t≦0.10、0≦a≦0.5、Mは、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Wの中の1種以上)で表される様に、調整されることが好ましい。
【0042】
上記一般式において、ニッケル含有量を示すxは、0.20≦x≦0.80が好ましい。また、ニッケル含有量を示すxは、電気特性、熱安定性を考慮するとx≦0.6がより好ましい。
【0043】
また、マンガン含有量を示すyは、0.10≦y≦0.90が好ましい。この範囲でマンガンを添加すると、電池の正極活物質として用いられた場合に電池の耐久特性や安全性をより向上させることが出来る。yが0.10未満になると、電池の耐久特性や安全性の向上という効果を十分に得ることが出来ず、一方0.9を超えると、Redox反応に貢献する金属元素が減少し、電池容量が低下する場合があるため好ましくない。
【0044】
また、上記一般式において、コバルト含有量を示すzは、0.10≦z≦0.50が好ましい。コバルトを適度に添加することで、サイクル特性の向上や充放電に伴うLiの脱離挿入による結晶格子の膨張収縮挙動を低減出来るが、zが0.10未満になると、結晶格子の膨張収縮挙動の低減効果を十分に得られにくいため好ましくない。一方、コバルトの添加量が多過ぎてzが0.5を超えると、初期放電容量の低下が大きくなる場合があり、更にコスト面で不利となる問題もあるため好ましくない。
【0045】
添加元素Mは、Mg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Wの中の1種以上であり、サイクル特性や出力特性などの電池特性を向上させるために、添加するものである。添加元素Mの含有量を示すtは、0≦t≦0.10が好ましい。tが0.1を超える場合には、Redox反応に貢献する金属元素が減少して、電池容量が低下する場合があるため好ましくない。
【0046】
その他、粒子の組成に関する分析方法は、特に限定されないが、例えば、酸分解-ICP発光分光分析法などによる、化学分析手法から求めることが出来る。
【0047】
[粒子構造]
本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、複数の一次粒子が凝集した二次粒子、又はその一次粒子と二次粒子の両者で構成される。二次粒子を構成する一次粒子の形状としては、板状、針状、直方体状、楕円状、菱面体状などの様々な形状を採り得る。また、複数の一次粒子の凝集状態も、ランダムな方向に凝集する場合のほか、中心から放射状に粒子の長径方向が凝集する場合も本発明に適用することは可能である。
【0048】
凝集状態としては、板状や針状の一次粒子が、ランダムな方向に凝集して二次粒子を形成していることが好ましい。この様な構造の場合は、一次粒子間にほぼ均一な空隙が生じて、リチウム化合物と混合して焼成する際に、溶融したリチウム化合物が二次粒子内へ行き渡り、リチウムの拡散が十分に行われるからである。
【0049】
なお、一次粒子及び二次粒子の形状観察方法は、特に限定されないが、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)などを用いて観察することにより測定出来る。
【0050】
[粒子内部構造]
本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、二次粒子内部に多孔構造を有する。この多孔構造を有する、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を前駆体とした、リチウム金属複合酸化物は、正極活物質として用いられた際に、電解液との接触面積が増加することにより、出力特性に優れる。また、中空構造とは異なり、正極活物質として用いた際の充填性を維持することも出来る。
【0051】
ところで、「二次粒子内部に多孔構造を有する」とは、二次粒子中の空隙が粒子全体にわたり分散している構造を言う。図1に示すように、この多孔構造は、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物のほか、リチウム金属複合酸化物を、断面SEM画像で示す様に、走査型電子顕微鏡によって断面を観察することで確認出来る。
【0052】
また、多孔構造を有する、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、その粒子の断面観察において計測される空隙率が10~90%であることが好ましく、更に、50超~80%であることが、より好ましい。かつ、多孔構造を有する、リチウム金属複合酸化物も、その粒子の断面観察において計測される空隙率が10~90%であることが好ましく、更に、50超~80%であることが、より好ましい。これによって、得られる正極活物質の嵩密度を低下させ過ぎることなく、粒子強度を許容範囲内に保ち正極活物質を長寿命化させながら、さらに正極活物質と電解液との接触面積を十分なものにすることができ、さらなる電池特性の向上が可能となる。
【0053】
なお、本発明では、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物及びリチウム金属複合酸化物を、多孔構造にする。例えば、混合及び焼成時に、ニッケル、マンガン、コバルトなどの遷移金属の供給源となる金属複合水酸化物について、その製造工程中の晶析条件を調整することなどにより、中実構造のもの、中空構造のもの多孔構造のもの、それぞれを組み合わせや割合で混在させることも可能であり、得られた金属複合酸化物は、中実品、中空品、多孔品を、ただ単に混合したものと比べて、全体的な組成や粒子径を安定させられる利点がある。
【0054】
[平均粒径(MV)]
ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、粒子の平均粒径が3~20μmに調整されていることが好ましい。平均粒径が3μm未満の場合には、正極を形成した時に、粒子の充填密度が低下して正極の容積当りの電池容量が低下する場合があるため好ましくない。その一方、平均粒径が20μmを超えると、正極活物質の比表面積が低下し、電池の電解液との界面が減少することにより正極の抵抗が上昇して電池の出力特性が低下する場合があるため好ましくない。従って、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、粒子の平均粒径を3~20μm、好ましくは3~15μm、より好ましくは4~12μmとなる様に調整すれば、この正極活物質を正極材料に用いたリチウムイオン二次電池において、容積当りの電池容量を大きくすることができ、安全性が高く、サイクル特性が良好である。
【0055】
また、平均粒径の測定方法は、特に限定されないが、例えば、レーザー回折・散乱法を用いて測定した体積基準分布から求めることが出来る。
【0056】
[不純物含有量]
一般的に、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、不純物として硫酸根、塩素根、ナトリウムを含有する。これらの不純物は、リチウムとの反応を悪化させる原因となり、充放電反応にも殆ど寄与しないため、可能な限り除去し、その含有量を低減することが好ましい。従来から、それらの不純物を除去する技術が開示されているが、それらでは未だ不十分である。
【0057】
そこで本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物に含まれるナトリウム含有量が、0.0005質量%未満であることを特徴とする。このようにすれば、ナトリウムの含有量を確実に低減させ、電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池の正極活物質の前駆体である、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を提供することができる。
【0058】
また、上記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物に含まれる硫酸根含有量が、0.2質量%以下、かつ塩素根含有量が0.01質量%以下であることが好ましい。このようにすれば、硫酸根、塩素根及びナトリウムの含有量を確実に低減させ、電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池の正極活物質の前駆体である、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を提供することができる。
【0059】
各不純物の含有量については、例えば、以下に示す分析方法を用いて求めることが出来る。ナトリウムは、酸分解-原子吸光分析法や、酸分解-ICP発光分光分析法などにより求めることが出来る。また、硫酸根は、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の全硫黄含有量を、燃焼赤外線吸収法や、酸分解-ICP発光分光分析法などで分析して、この全硫黄含有量を硫酸根(SO 2-)に換算することにより求めることが出来る。また、塩素根は、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を直接、又は蒸留操作で含まれる塩素根を塩化銀などの形で分離し、蛍光X線(XRF)分析法で分析することにより求めることが出来る。
【0060】
[粒度分布]
ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、その粒子の粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径〕が、0.55以下となる様に調整されていることが好ましい。
【0061】
仮に、粒度分布が広範囲になっており、その粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径〕が0.55を超える場合は、平均粒径に対して粒径が非常に小さい微粒子や、平均粒径に対して非常に粒径の大きい粒子(大径粒子)が、多く存在し易くなる。
【0062】
この様な、前駆体の段階における粒度分布の特徴は、焼成工程後に得られる正極活物質にも、大きな影響を及ぼす。微粒子が多く存在する正極活物質を用いて正極を形成した場合は、微粒子の局所的反応に起因して発熱する恐れがあり、安全性が低下する場合があるだけでなく、比表面積が大きい微粒子が選択的に劣化するので、サイクル特性が悪化する場合があるため好ましくない。その一方、大径粒子が多く存在する正極活物質を用いて正極を形成した場合には、電解液と正極活物質との反応面積が十分に取れず、反応抵抗の増加による電池出力が低下する場合があるため好ましくない。
【0063】
故に、前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の粒度分布において、〔(d90-d10)/平均粒径〕が、0.55以下であることが好ましく、正極活物質とした際の微粒子や大径粒子の割合が少なくなるので、この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池では、より安全性に優れ、良好なサイクル特性及び電池出力を得ることが出来る。
【0064】
なお、粒度分布の広がりを示す指標〔(d90-d10)/平均粒径〕では、d10は各粒径における粒子数を粒径が小さいほうから累積した時、その累積体積が全粒子の合計体積の10%となる粒径を意味している。これに対して、d90は各粒径における粒子数を粒径が小さいほうから累積した時、その累積体積が全粒子の合計体積の90%となる粒径を意味している。平均粒径や、d90、d10を求める方法は、特に限定されないが、例えば、レーザー回折・散乱法を用いて測定した体積基準分布から求めることが出来る。
【0065】
[比表面積]
ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、比表面積が10~80m/gとなる様に調整されていることが好ましい。比表面積が上記範囲内ならば、リチウム化合物と混合して焼成する際、溶融したリチウム化合物と接触出来る粒子表面積が十分確保でき、かつ正極活物質となった際の粒子強度も満足出来るからである。
【0066】
一方、比表面積が10m/gを下回ると、リチウム化合物と混合して焼成する際に、溶融したリチウム化合物との接触が不十分となり、得られるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の結晶性が低下し、正極材料としてリチウムイオン二次電池を構成する時、固相内でのリチウムの拡散を阻害して容量が低下する懸念性がある。また、比表面積が80m/gを超えると、リチウム化合物と混合し焼成する際に、結晶成長が進み過ぎて、層状化合物であるリチウム遷移金属複合酸化物のリチウム層にニッケルが混入するカチオンミキシングが起こり、充放電容量が減少する場合があるため好ましくない。
【0067】
更には、本発明で得られる、二次粒子中の空隙が粒子全体にわたり分散している、多孔構造のものであれば、50~60m/gとなる様に調整されていることが、より好ましい。比表面積が50m/g未満では、所定の空隙率が得にくく、焼成時におけるリチウム化合物との反応面積を、十分に確保することが出来ない。比表面積が60m/gを超えると、多孔構造を有する正極活物質となった際に、充填性が悪くなる場合がある。また、比表面積が上記範囲内ならば、リチウム化合物と混合して焼成する際、溶融したリチウム化合物と接触出来る粒子表面積が十分確保でき、かつ正極活物質となった際の粒子強度も更に満足出来るからである。
【0068】
比表面積の測定方法は、特に限定されないが、例えば、BET多点法や、BET1点法による、窒素ガス吸着・脱離法などにより求めることが出来る。
【0069】
図1に、本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の断面SEM写真を示す。このように、本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、図1に示すように内部構造が多孔構造となっている。
【0070】
本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物によれば、特にナトリウムの含有量を確実に低減させ、かつ高空隙率化及び長寿命化によるさらなる電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池を得ることが可能な正極活物質の前駆体を提供することができる。
【0071】
<2.リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物>
本発明の一実施形態に係るリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物は、リチウム、ニッケル、マンガン、コバルトを含む一次粒子が凝集した二次粒子、又は上記一次粒子と上記二次粒子で構成される。そして、上記リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物に含まれるナトリウム含有量が0.0005質量%未満であり、上記リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の粒子の空隙率が50超~80%であることを特徴とする。
【0072】
また、上記リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物に含まれる硫酸根含有量が、0.15質量%以下、塩素根含有量が0.005質量%以下、かつMe席占有率が93.0%以上であることが好ましい。
【0073】
上記のニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、リチウム化合物と混合し焼成することでリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を生成することが出来る。そして、上記のリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物は、リチウムイオン二次電池用の正極活物質の原料として用いることが出来る。
【0074】
正極活物質として用いられるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物は、前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物と、炭酸リチウム(LiCO:融点723℃)や、水酸化リチウム(LiOH:融点462℃)のほか、硝酸リチウム(LiNO:融点261℃)、塩化リチウム(LiCl:融点613℃)、硫酸リチウム(LiSO:融点859℃)などのリチウム化合物との混合後、焼成工程を経ることで得られる。
【0075】
リチウム化合物に関しては、取り扱いの容易さや品質の安定性を考慮すると、炭酸リチウム、又は水酸化リチウムを用いることが特に好ましい。
【0076】
この焼成工程では、リチウム化合物の構成成分ともなる、炭酸根、水酸基、硝酸根、塩素根、硫酸根は揮発するが、ごく一部は正極活物質に残存する。その他、ナトリウムなどの不揮発成分をはじめ、粒度分布や比表面積のほか、二次粒子の多孔構造については、前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の特徴を、ほぼ引き継ぐこととなる。
【0077】
本発明の一実施形態に係るリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物によれば、特にナトリウムの含有量を確実に低減させ、かつ高空隙率化及び長寿命化によるさらなる電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池を得ることが可能な正極活物質を提供することができる。
【0078】
<3.ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法>
次に本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法について、図2を用いて説明する。本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法は、ニッケル、マンガン、コバルトを含む一次粒子が凝集した二次粒子、又は上記一次粒子と上記二次粒子で構成された、正極活物質の前駆体の製造方法である。そして、図2に示すように、晶析工程S10と洗浄工程S20とを有する。
【0079】
晶析工程S10では、ニッケル、マンガン、コバルトを含む原料溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む溶液と、アルカリ溶液とを添加して得られた反応溶液中で晶析し、遷移金属複合水酸化物を得る。そして、洗浄工程S20では、上記晶析工程S10で得られた上記遷移金属複合水酸化物を、洗浄液で洗浄する。
【0080】
また、上記晶析工程S10における上記アルカリ溶液は、アルカリ金属水酸化物と炭酸塩との混合溶液であり、上記混合溶液の上記アルカリ金属水酸化物に対する上記炭酸塩のモル比である[CO 2-]/[OH]が、0.002~0.050であり、上記晶析工程S10では、酸化性雰囲気と非酸化性雰囲気の2段階で雰囲気を複数回切り替えて晶析を行い、上記洗浄工程S20における上記洗浄液は、濃度が0.05mol/L以上の炭酸水素アンモニウム溶液であることを特徴とする。以下、工程ごとに詳細に説明する。
【0081】
<3-1.晶析工程>
晶析工程S10では、ニッケル、マンガン、コバルトを含む原料溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む溶液と、アルカリ溶液とを添加して得られた反応溶液中で晶析し、遷移金属複合水酸化物を得る。
【0082】
また、晶析工程S10は、さらに核生成工程S11と、粒子成長工程S12とを有することが好ましい。核生成工程S11では、液温25℃を基準に測定するpHが12.0~14.0となる様、アルカリ溶液を添加し反応溶液中で核生成を行い、粒子成長工程S12では、核生成工程S11で形成された核を含有する反応溶液中に、液温25℃を基準に測定するpHが10.5~12.0となる様、アルカリ溶液を添加することが好ましい。詳細は後述する。
【0083】
従来の連続晶析法では、核生成反応と核成長反応とが、同じ反応槽内で同時に進行するため、得られる前駆体の粒度分布が広範囲となっていた。これに対して、本発明におけるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法は、主として核生成反応が生じる時間(核生成工程)と、主として粒子成長反応が生じる時間(粒子成長工程)とを明確に分離することで、両工程を同じ反応槽内で行ったとしても、狭い粒度分布を持つ遷移金属複合水酸化物が得られる。また、アルカリ溶液を、アルカリ金属水酸化物と炭酸塩の混合溶液とすることで、不純物である硫酸根などを低減することが出来る。
【0084】
以下に、本発明におけるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法で用いる材料や、条件について詳細に説明する。
【0085】
[ニッケル、マンガン、コバルトを含む原料溶液]
ニッケル、マンガン、コバルトを含む原料溶液に用いられる、ニッケル塩、マンガン塩、コバルト塩などの金属塩としては、水溶性の化合物であれば、特に限定するものではないが、硫酸塩、硝酸塩、塩化物などを使用することが出来る。例えば、硫酸ニッケル、硫酸マンガン、硫酸コバルトを用いるのが好ましい。
【0086】
また、必要に応じて、1種以上の添加元素Mを含む化合物を、所定の割合で混合し、原料溶液を作製することも出来る。この場合の晶析工程S10では、Mg、Ca、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Wの中の1種以上を含む化合物を用いることが好ましく、硫酸チタン、ペルオキソチタン酸アンモニウム、シュウ酸チタンカリウム、硫酸バナジウム、バナジン酸アンモニウム、硫酸クロム、クロム酸カリウム、硫酸ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、シュウ酸ニオブ、モリブデン酸アンモニウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸アンモニウムなどを用いることが出来る。
【0087】
また、晶析によって得られたニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を、1種以上の添加元素Mを含む水溶液と混合してスラリー化し、pHを調整することにより、1種以上の添加元素Mを含む化合物で、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を被覆してもよい。
【0088】
原料溶液の濃度は、金属塩の合計で1.0~2.6mol/Lとすることが好ましく、1.0~2.2mol/Lとすることがより好ましい。1.0mol/L未満であると、得られる水酸化物スラリー濃度が低く、生産性に劣る。一方、2.6mol/Lを超えると、-5℃以下で結晶析出や凍結が起こり、設備の配管を詰まらせる恐れがあり、配管の保温若しくは加温を行わなければならず、コストが掛かる。
【0089】
更に、原料溶液を反応槽に供給する量は、晶析反応を終えた時点での晶析物濃度が、概ね30~250g/L、好ましくは80~150g/Lになる様にすることが好ましい。晶析物濃度が30g/L未満の場合には、一次粒子の凝集が不十分になることがあり、250g/Lを超える場合には、添加する混合水溶液の反応槽内での拡散が十分でなく、粒子成長に偏りが生じることがある。
【0090】
[アンモニウムイオン供給体]
反応溶液中のアンモニウムイオン供給体は、水溶性化合物ならば、特に限定するものではなく、アンモニア水、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、炭酸アンモニウム、フッ化アンモニウムなどを使用することができ、例えば、アンモニア水、硫酸アンモニウムを用いるのが好ましい。
【0091】
反応溶液中のアンモニウムイオン濃度は、好ましくは3~25g/L、より好ましくは5~20g/L、更に好ましくは5~15g/Lとなる様に調節する。反応溶液中にアンモニウムイオンが存在することにより、金属イオン、特にニッケルイオンはアンミン錯体を形成し、金属イオンの溶解度が大きくなり、一次粒子の成長が促進され、緻密なニッケルマンガンコバルト複合水酸化物粒子が得られ易い。更には、金属イオンの溶解度が安定するため、形状及び粒径が整ったニッケルマンガンコバルト複合水酸化物粒子が得られ易い。そして、反応溶液中のアンモニウムイオン濃度を3~25g/Lとすることで、より緻密で形状及び粒径が整った複合水酸化物粒子が得られ易い。
【0092】
反応溶中のアンモニウムイオン濃度が3g/L未満であると、金属イオンの溶解度が不安定になる場合があり、形状及び粒径が整った一次粒子が形成されず、ゲル状の核が生成して粒度分布が広くなることがある。これに対して、アンモニウムイオン濃度が25g/Lを超える濃度では、金属イオンの溶解度が大きくなり過ぎ、反応溶液中に残存する金属イオン量が増えることにより、組成のずれが起きる場合がある。なお、アンモニウムイオンの濃度は、イオン電極法(イオンメータ)によって測定することが出来る。
【0093】
[アルカリ溶液]
アルカリ溶液は、アルカリ金属水酸化物と炭酸塩の混合溶液で調整される。アルカリ溶液は、アルカリ金属水酸化物と炭酸塩のモル比を表す[CO 2-]/[OH]が、0.002~0.050である。また、0.005~0.030であることがより好ましく、0.010~0.025であることが更に好ましい。
【0094】
アルカリ溶液を、アルカリ金属水酸化物と炭酸塩の混合溶液とすることで、晶析工程S10において得られるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物に、不純物として残留する硫酸根や塩素根などの陰イオンを、炭酸根と置換除去することが出来る。炭酸根は、硫酸根や塩素根などに比べて、強熱することで、より揮発し易く、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物とリチウム化合物を混合し、焼成する工程で優先的に揮発するため、正極材料であるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物には、殆ど残留しない。
【0095】
[CO 2-]/[OH]が0.002未満であると、晶析工程S10において、原料由来の不純物である硫酸根や塩素と炭酸イオンの置換が不十分となり、これらの不純物をニッケルコバルトマンガン複合水酸化物中に取り込み易くなる。一方、[CO 2-]/[OH]が0.050を超えても、原料由来の不純物である硫酸根や塩素の低減は変わらず、過剰に加えた炭酸塩は、コストを増加させる。
【0096】
アルカリ金属水酸化物は、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムの中の1種以上であることが好ましく、水に溶解し易い化合物は添加量を制御し易く好ましい。
【0097】
炭酸塩は、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸アンモニウムの中の1種以上であることが好ましく、水に溶解し易い化合物は添加量を制御し易く好ましい。
【0098】
また、アルカリ溶液を反応槽に添加する方法については、特に限定されるものではなく、定量ポンプなど、流量制御が可能なポンプで、反応溶液のpHが後述する範囲に保持される様に、添加すればよい。
【0099】
[pH制御]
晶析工程S10では、液温25℃を基準に測定する反応溶液のpHが12.0~14.0になる様に、アルカリ溶液を添加して、核生成を行う核生成工程S11と、この核生成工程S11において形成された核を含有する粒子成長用溶液を、液温25℃を基準に測定するpHが10.5~12.0となる様に、アルカリ溶液を添加して、核を成長させる粒子成長工程S12とからなることがより好ましい。
【0100】
つまり、核生成反応と粒子成長反応とが、同じ槽内において同じ時期に進行するのではなく、主として核生成反応(核生成工程S11)が生じる時間と、主として粒子成長反応(粒子成長工程S12)が生じる時間とを明確に分離したことを特徴としている。以下に核生成工程S11及び粒子成長工程S12を詳細に説明する。
【0101】
<3-1-1.核生成工程>
核生成工程S11では、反応溶液のpHが、液温25℃基準で12.0~14.0の範囲となる様に制御することが好ましい。pHが14.0を超える場合、生成する核が微細になり過ぎ、反応溶液がゲル化する場合がある。また、pHが12.0未満では、核形成と共に、核の成長反応が生じるので、形成される核の粒度分布の範囲が広くなり、不均質なものとなってしまう場合がある。
【0102】
即ち、核生成工程S11において、12.0~14.0の範囲に反応溶液のpHを制御することで、核の成長を抑制して、ほぼ核生成のみを起こすことができ、形成される核も均質かつ粒度分布の範囲がより狭いものとすることが出来る。
【0103】
<3-1-2.粒子成長工程>
粒子成長工程S12においては、反応溶液のpHが、液温25℃基準で10.5~12.0とすることが好ましく、より好ましくは11.0~12.0の範囲である。pHが12.0を超える場合は、新たに生成される核が多くなり、微細二次粒子が生成するため、粒度分布が良好な水酸化物が得られない場合がある。また、pHが10.5未満では、アンモニウムイオンによる溶解度が高く、析出せずに液中に残る金属イオンが増えるため、生産効率が悪化する場合がある。
【0104】
つまり、粒子成長工程S12において、10.5~12.0の範囲に反応溶液のpHを制御することで、核生成工程S11で生成した核の成長のみを優先的に起こさせ、新たな核形成を抑制することができ、得られるニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を、均質かつ粒度分布の範囲をより狭いものとすることが出来る。
【0105】
なお、pHが12.0の場合には、核生成と核成長の境界条件であるため、反応溶液中に存在する核の有無により、核生成工程若しくは粒子成長工程のいずれかの条件とすることが出来る。即ち、核生成工程S11のpHを12.0より高くして多量に核生成させた後、粒子成長工程S12でpHを12.0とすると、反応水溶液中に多量の核が存在するため、核の成長が優先して起こり、より粒度分布が狭く比較的大きな粒径の上記水酸化物が得られる。
【0106】
その一方、反応溶液中に核が存在しない状態、つまり、核生成工程S11においてpHを12.0とした場合には、成長する核が存在しないため、核生成が優先して起こり、粒子成長工程S12のpHを12.0より小さくすることで、生成した核が成長してより良好な水酸化物が得られる。
【0107】
いずれの場合においても、粒子成長工程S12のpHを、核生成工程S11のpHより低い値で制御すればよく、核生成と粒子成長を明確に分離するためには、粒子成長工程S12のpHを、核生成工程S11のpHより0.5以上低くすることが好ましく、1.0以上低くすることがより好ましい。
【0108】
以上の様に、核生成工程S11と粒子成長工程S12をpHにより明確に分離することで、核生成工程S11では核生成が優先して起こり、核の成長は殆ど生じず、逆に、粒子成長工程S12では核成長のみが生じ、殆ど新しい核は生成されない。これにより、核生成工程S11では、粒度分布の範囲が狭く均質な核を形成させることができ、また、粒子成長工程S12では、均質に核を成長させることが出来る。従って、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法では、粒度分布の範囲がより狭く均質なニッケルマンガンコバルト複合水酸化物粒子を得ることが出来る。
【0109】
[反応溶液温度]
反応槽内において、反応溶液の温度は、好ましくは20~80℃、より好ましくは30~70℃、更に好ましくは35~60℃に設定する。反応溶液の温度が20℃未満の場合には、金属イオンの溶解度が低いため、核発生が起こり易く制御が難しくなる。その一方、80℃を超える場合は、アンモニアの揮発が促進されるので、所定のアンモニア濃度を保つために、過剰のアンモニウムイオン供給体を添加しなければならならず、コスト高となる。
【0110】
[反応雰囲気]
ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の粒径及び粒子構造は、晶析工程S10における反応雰囲気によっても制御される。従って、本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法における晶析工程S10では、酸化性雰囲気と非酸化性雰囲気の2段階で雰囲気を複数回切り替えて晶析を行う。具体的には、酸化性雰囲気で晶析を行い、その後、非酸化性雰囲気に反応槽内の雰囲気を切り替えて晶析を行い、さらに酸化性雰囲気、非酸化性雰囲気を適宜複数回切り替えて晶析を行う。
【0111】
晶析工程S10中の反応槽内の雰囲気を非酸化性雰囲気に制御した場合、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を形成する一次粒子の成長が促進されて、一次粒子が大きく緻密で、粒径が適度に大きな二次粒子が形成される。一方、晶析工程中の反応槽内の雰囲気を酸化性雰囲気に制御した場合、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を形成する一次粒子の成長が抑制され、微細一次粒子からなり、粒子中心部に空間、若しくは微細な空隙が多数分散する二次粒子が形成される。
【0112】
本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法は、この晶析工程S10で、酸化性雰囲気と非酸化性雰囲気の2段階で雰囲気を複数回切り替えて晶析を行う。上記の雰囲気を複数回切り替え適宜調整することによって、多孔構造を造り込む場合における粒子の中空部の大きさ、及び、多孔構造を造り込む場合における空隙部の割合を、制御することが出来る。
【0113】
ところで、非酸化性雰囲気とは、酸素濃度が5.0容量%以下、好ましくは2.5容量%以下、より好ましくは1.0容量%以下の酸素と、不活性ガスの混合雰囲気を示す。この様な非酸化性雰囲気に、反応槽内空間を保つための手段としては、窒素などの不活性ガスを、反応槽内空間部へ流通させること、更には反応溶液中に不活性ガスをバブリングさせることが挙げられる。なお晶析工程S10における、バブリングの好ましい流量は、3~7L/分であり、より好ましくは5L/分程度である。
【0114】
一方、酸化性雰囲気とは、酸素濃度が5.0容量%を超える、好ましくは10.0容量%以上、より好ましくは15.0容量%以上の雰囲気を示す。この様な酸化性雰囲気に、反応槽内空間を保つための手段としては、大気などを反応槽内空間部へ流通させること、更に反応溶液中に大気などをバブリングさせることが挙げられる。
【0115】
多孔構造を造り込む場合には、反応槽内の雰囲気を酸化性雰囲気(通常、21容量%を超える酸素濃度、例えば、大気雰囲気)から不活性雰囲気又は酸素濃度を0.2容量%以下に制御した非酸化性雰囲気への切り換えを、複数回数繰り返すことにより、晶析状態を変化させることで、得られる金属複合水酸化物の空隙率を50超~80%に制御して、多孔構造を有するニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を製造する。なお、雰囲気を変えた晶析処理を繰り返す回数については、空隙率を測定して設定するが、各晶析処理における晶析時間は、0.5~4時間の範囲で、その合計の晶析時間は、0.5~5時間の範囲であり、水酸化物粒子の大きさや、多孔の大きさ、外殻部の厚みなどから、適宜調整される。
【0116】
この様に、反応槽内の雰囲気を、非酸化性雰囲気又は酸化性雰囲気に制御することによって、得られる金属複合水酸化物における二次粒子の空隙率が制御される。
【0117】
なお、上記に核生成工程S11及び粒子成長工程S12を説明したが、核生成及び粒子成長をさせながら、上記の反応雰囲気の制御を同時進行で行う。
【0118】
[空隙率]
ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を樹脂に埋め込んだ後、クロスセクションポリッシャ(CP)を用い、アルゴンスパッタリングによって、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の粒子を切断し、粒子断面を露出させる。露出した粒子断面を、走査型電子顕微鏡を用いて観察し、観察された粒子断面の画像を、画像解析ソフトによって、画像の空隙部を黒とし、且つ緻密部を白として解析し、任意の20個以上の粒子断面に対して、黒の部分/(黒の部分+白の部分)の面積を計算することで、空隙率を求めることが出来る。
【0119】
<2-2.洗浄工程>
洗浄工程S20では、上記晶析工程S10で得られた遷移金属複合水酸化物を、洗浄液で洗浄する。
【0120】
[洗浄液種類]
洗浄工程S20では、炭酸塩、炭酸水素塩(重炭酸塩)、水酸化物のアルカリ金属塩やアンモニウム塩を基とした洗浄液で洗浄する。好ましくは、炭酸塩、炭酸水素塩(重炭酸塩)、若しくは、それらの混合物を、水で溶解した洗浄液を用いて、遷移金属複合水酸化物を洗浄する。
【0121】
そのようにすることで、不純物である硫酸根や塩素根などの陰イオンを、洗浄液中の炭酸イオンや炭酸水素イオン(重炭酸イオン)との置換反応を利用して、効率良く除去することが出来る。また、炭酸塩や炭酸水素塩(重炭酸塩)を用いることで、水酸化物を用いた場合に比べて、ナトリウムなどのアルカリ金属の混入も抑制することが出来る。その他、空隙構造を有する遷移金属複合水酸化物において、水酸化物を用いた場合は、粒子内部の不純物を除去することが困難であり、この点でも、炭酸塩や炭酸水素塩(重炭酸塩)を用いたほうが効果的である。
【0122】
炭酸塩としては、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸アンモニウムを選択するのが好ましく、炭酸水素塩(重炭酸塩)としては、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素アンモニウムを選択するのが好ましい。また、炭酸塩や炭酸水素塩(重炭酸塩)のうち、アンモニウム塩を選択することによって、不純物であるナトリウムなどの陽イオンを、洗浄液中のアンモニウムイオンとの置換反応を利用して、効率良く除去することが出来る。更に、アンモニウム塩のうち、炭酸水素アンモニウム(重炭安)を選択することによって、ナトリウムなどの陽イオンを、最も効率良く除去することが出来る。
【0123】
何故なら、ナトリウムなどの陽イオンとアンモニウムイオンとの置換反応のみならず、これに加えて、炭酸水素アンモニウム(重炭安)が持つ、他の塩よりも優れた性質、即ち、洗浄液とした際の炭酸ガスの発泡効率の高さが、ナトリウムなどの陽イオンを除去するのに、大きく寄与しているものと考えられる。
【0124】
[濃度及びpH]
洗浄液である炭酸水素アンモニウム溶液の濃度は、0.05mol/L以上とする。濃度が0.05mol/L未満の場合、不純物である硫酸根、塩素根、ナトリウムの除去効果が低下する恐れがある。また、濃度が0.05mol/L以上なら、これらの不純物の除去効果は変わらない。それ故に、炭酸水素アンモニウム(重炭安)を過剰に加えると、コスト増加や排水基準などの環境負荷にも影響を及ぼすので、上限濃度を1.0mol/L程度に設定することが好ましい。
【0125】
なお、炭酸水素アンモニウム溶液のpHは、濃度が0.05mol/L以上ならば、特に調整する必要は無く、成り行きのpHで構わない。仮に、濃度が0.05~1.0mol/Lであるなら、そのpHは、おおよそ8.0~9.0の範囲内となる。
【0126】
[液温]
洗浄液である炭酸水素アンモニウム溶液の液温は、特に限定されないが、15~50℃が好ましい。液温が上記範囲であれば、不純物との置換反応や、炭酸水素アンモニウムから発生する炭酸ガスの発泡効果がより良好であり、不純物の除去が効率的に進む。
【0127】
[液量]
洗浄液である炭酸水素アンモニウム溶液の液量は、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物が1kgに対し、1~20Lである (スラリー濃度としては、50~1000g/Lである)ことが好ましい。1L未満では 、十分な不純物の除去効果が得られない場合がある。また、20Lを超える液量を用いても、不純物の除去効果は変わらず、過剰な液量では、コスト増加や排水基準などの環境負荷にも影響を及ぼし、排水処理における排水量の負荷増加の要因ともなる。
【0128】
[洗浄時間]
炭酸水素アンモニウム溶液による洗浄時間は、不純物を十分除去出来れば、特に限定されないが、通常は0.5~2時間である。
【0129】
[洗浄方法]
洗浄方法としては、1)炭酸水素アンモニウム溶液にニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を添加し、スラリー化して撹拌洗浄を行った後、濾過する一般的な洗浄方法や、若しくは、2)中和晶析により生成したニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を含むスラリーを、フィルタープレスなどの濾過機に供給して、炭酸水素アンモニウム溶液を通液する、通液洗浄を行うことが出来る。通液洗浄は、不純物の除去効果が高く、濾過と洗浄を同一の設備で連続的に行うことが可能で、生産性が高いため、より好ましい。
【0130】
また、炭酸水素アンモニウム溶液での洗浄後は、置換反応によって洗い出された不純物を含む洗浄液が、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物に付着している場合があるため、最後に水洗することが好ましい。更に、水洗した後は、濾過したニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の付着水を乾燥する、乾燥工程(不図示)を行うことが好ましい。
【0131】
上記洗浄工程S20を経て得られた前記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物は、ニッケル、マンガン、コバルトを含む一次粒子が凝集した二次粒子、又は上記一次粒子と上記二次粒子で構成された、正極活物質の前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物であり、上記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物に含まれるナトリウム含有量が、0.0005質量%未満であり、上記ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の粒子の空隙率が、50超~80%であることを特徴とする。
【0132】
本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法によれば、特にナトリウムの含有量を確実に低減させ、かつ高空隙率化及び長寿命化によるさらなる電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池を得ることが可能な正極活物質の前駆体である、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法を提供することができる。
【実施例
【0133】
次に、本発明の一実施形態に係るニッケルマンガンコバルト複合水酸化物、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法及びリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物について、実施例により詳しく説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0134】
実施例1~13、比較例1~9について、晶析工程で得られた遷移金属複合水酸化物を、洗浄、濾過、乾燥操作を経て、前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物として回収した後、以下の方法で各種分析を行った。
【0135】
[組成]
組成は、酸分解-ICP発光分光分析法で分析し、測定にはマルチ型ICP発光分光分析装置である、ICPE-9000(島津製作所社製)を用いた。
【0136】
[ナトリウム含有量]
ナトリウム含有量は、酸分解-原子吸光分析法で分析し、測定には原子吸光分析装置である、原子吸光分光光度計240AA(アジレント・テクノロジー株式会社製)を用いた。
【0137】
[硫酸根含有量]
硫酸根含有量は、酸分解-ICP発光分光分析法で全硫黄含有量を分析し、この全硫黄含有量を、硫酸根(SO 2-)に換算することにより求めた。なお、測定にはマルチ型ICP発光分光分析装置である、ICPE-9000(島津製作所社製)を用いた。
【0138】
[塩素根含有量]
塩素根含有量は、試料を直接、又は蒸留操作で含まれる塩素根を塩化銀の形で分離して、蛍光X線分析法(XRF)で分析した。なお、測定には蛍光X線分析装置である、Axios(スペクトリス株式会社製)を用いた。
【0139】
[平均粒径及び粒度分布]
平均粒径(MV)及び粒度分布〔(d90-d10)/平均粒径〕は、レーザー回折・散乱法を用いて測定した体積基準分布から求めた。なお、測定にはレーザー回折・散乱方式の粒度分布測定装置である、マイクロトラックMT3300EXII(マイクロトラック・ベル株式会社製)を用いた。
【0140】
[比表面積]
比表面積は、BET1点法による、窒素ガス吸着・脱離法で分析し、測定にはガス流動方式の比表面積測定装置である、マックソーブ1200シリーズ(株式会社マウンテック製)を用いた。
【0141】
[空隙率]
空隙率は、試料粒子の切断には、断面の調製装置である、クロスセクションポリッシャIB-19530CP(日本電子株式会社製)を用い、また、その断面の観察には、ショットキー電界放出型の走査型電子顕微鏡SEM-EDSである、JSM-7001F(日本電子株式会社製)を用いた。更に、画像解析・計測ソフトウェアである、WinRoof6.1.1(三谷商事株式会社製)によって、粒子断面の空隙部を黒として測定し、粒子の緻密部を白として測定し、任意の20個以上の粒子に対して、黒部分/(黒部分+白部分)の面積を計算することで、空隙率を求めた。
【0142】
[正極活物質の製造及び評価]
また、本発明のニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を原料とした正極活物質である、リチウム金属複合酸化物、より具体的には、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物は、以下の方法で製造及び評価を行った。
【0143】
[A、正極活物質の製造]
前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を、空気(酸素:21容量%)気流中において、700℃で6時間の熱処理を行い、金属複合酸化物を回収した。続いて、Li /Me=1.025となる様、リチウム化合物である水酸化リチウムを秤量し、回収した金属複合酸化物と混合し、リチウム混合物を作製した。なお、混合操作にはシェーカーミキサー装置(ウィリー・エ・バッコーフェン(WAB)社製TURBULA-TypeT2C)を用いた。
【0144】
次に、作製したリチウム混合物を、酸素(酸素:100容量%)気流中において、500℃で4時間仮焼し、更に730℃で24時間焼成し、冷却後に解砕して、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を得た。
【0145】
[B、正極活物質の評価]
得られたリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物において、ナトリウム含有量、硫酸根含有量、塩素根含有量、空隙率の分析には、上述の分析方法及び分析機器を用いた。また、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の結晶性を示す、Me席占有率は、X線回折分析装置(XRD)を用いて測定した回折パターンについて、リートベルト解析を行うことで算出した。なお、測定にはX線回折分析装置X‘Pert-PRO(スペクトリス株式会社製)を用いた。Me席占有率は、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の、ニッケル、マンガン、コバルト及び添加元素Mが、層状構造のメタル層(Me席)中に占める、金属元素の存在割合を示す。Me席占有率は、電池特性と相関があり、Me席占有率が高い程、良好な電池特性を示す。
【0146】
以下、実施例及び比較例の各条件について、説明する。
【0147】
(実施例1)
実施例1では、晶析工程における晶析の反応槽(5L)内に、水を0.9L入れて撹拌しながら、槽内温度を40℃に設定した。
【0148】
反応槽内の水中に、25%水酸化ナトリウム水溶液と、アンモニウムイオン供給体である25%アンモニア水を適量加えて、液温25℃を基準に測定するpHとして、槽内の反応溶液のpHが12.8となる様に調整した。また、反応溶液のアンモニウムイオン濃度は、10g/Lに調整した。
【0149】
次に、硫酸ニッケル、硫酸マンガン、塩化コバルトを水に溶かして、2.0mol/Lの原料溶液を作製した。この原料溶液では、各金属の元素モル比が、Ni:Mn:Co =1:1:1となる様に調整した。更に、アルカリ金属水酸化物である水酸化ナトリウムと、炭酸塩である炭酸ナトリウムを、[CO 2-]/[OH]が0.025となる様に、水に溶解してアルカリ溶液を作製した。
【0150】
原料溶液を、反応槽内の反応溶液に12.9mL/分で加え、それと共にアンモニウムイオン供給体やアルカリ溶液も、反応溶液に一定速度で加えていき、反応溶液中のアンモニウムイオン濃度を10g/Lに保持した状態において、pHを12.8(核生成工程pH)に制御し、晶析を2分30秒間実施することで、核生成を行った。
【0151】
その後、反応溶液のpHが、液温25℃を基準に測定するpHとして11.6(粒子成長工程pH)になるまで、64%硫酸を添加した。液温25℃を基準に測定するpHとして、反応溶液のpHが11.6に到達した後、原料溶液、アンモニウムイオン供給体、アルカリ溶液の供給を再開し、pHを11.6に制御したまま、晶析を4時間継続し粒子成長を行うことにより、遷移金属複合水酸化物を得た。
【0152】
また、反応雰囲気については、まず、反応槽内を大気雰囲気(酸素濃度:21容量%)とし、晶析開始から0.5時間保持した後、原料溶液、アンモニア水、アルカリ溶液の給液を一旦停止し、反応槽内空間の酸素濃度が0.2容量%以下となるまで、窒素ガスを流量5L/分で流通、置換させ、酸素濃度が0.2容量%以下になってから給液を再開して晶析を継続した。更には、この反応槽内の反応雰囲気を、0.2容量%以下の非酸素雰囲気と大気雰囲気に、複数回切替しながら、晶析処理を合計で4時間続けた。ここでは、切替回数を5回とした。なお、切替回数5回の詳細としては、大気雰囲気(酸化性雰囲気)、非酸素雰囲気(非酸化性雰囲気)、大気雰囲気(酸化性雰囲気)、非酸素雰囲気(非酸化性雰囲気)、大気雰囲気(酸化性雰囲気)、非酸素雰囲気(非酸化性雰囲気)とした。
【0153】
得られた遷移金属複合水酸化物を、フィルタープレス濾過機によって固液分離した後、濃度が0.05mol/Lの炭酸水素アンモニウム溶液を洗浄液に用い、遷移金属複合水酸化物1kgに対し、洗浄液を5Lの割合で、フィルタープレス濾過機に通液することにより不純物を除去し、その後、更に水を通液して水洗した。そして、水洗した遷移金属複合水酸化物の付着水を乾燥し、前駆体となるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0154】
(実施例2)
実施例2では、硫酸ニッケル、硫酸マンガン、塩化コバルトを水に溶かして2.0mol/Lの原料溶液を作製する際に、原料溶液におけるニッケル、マンガン、コバルトのモル比が、Ni:Mn:Co=6:2:2となる様に調整した以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0155】
(実施例3)
実施例3では、硫酸ニッケル、硫酸マンガン、塩化コバルトを水に溶かして2.0mol/Lの原料溶液を作製する際に、原料溶液におけるニッケル、マンガン、コバルトのモル比が、Ni:Mn:Co=2:7:1となる様に調整した以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0156】
(実施例4)
実施例4では、アルカリ溶液を作製する際に、[CO 2-]/[OH]が0.003となる様に調整した以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0157】
(実施例5)
実施例5では、アルカリ溶液を調整する際に、[CO 2-]/[OH]が0.048となる様に調整した以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0158】
(実施例6)
実施例6では、核生成工程のpHを13.6とした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0159】
(実施例7)
実施例7では、核生成工程のpHを12.3とした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0160】
(実施例8)
実施例8では、粒子成長工程のpHを11.8とした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0161】
(実施例9)
実施例9では、粒子成長工程のpHを10.6とした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0162】
(実施例10)
実施例10では、アルカリ溶液を調整する際に、アルカリ金属水酸化物を水酸化カリウムとし、炭酸塩を炭酸カリウムとした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0163】
(実施例11)
実施例11では、アルカリ溶液を調整する際に、炭酸塩を炭酸アンモニウムとし、 アンモニウムイオン濃度を20g/Lに調整した以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0164】
(実施例12)
実施例12では、槽内温度を35℃に設定した以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0165】
(実施例13)
実施例13では、濃度が1.00mol/Lの炭酸水素アンモニウム溶液を洗浄液とした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0166】
(比較例1)
比較例1では、硫酸ニッケル、硫酸マンガン、塩化コバルトを水に溶かして2.0mol/Lの原料溶液を作製する際に、原料溶液のニッケル、マンガン、コバルトのモル比が、Ni:Mn:Co=2:6:2となる様に調整したことと、[CO 2-]/[OH]が0.001となる様に調整した以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0167】
(比較例2)
比較例2では、アルカリ溶液の調整に水酸化ナトリウムのみを用い、[CO 2-]/[OH]を考慮しない様にした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0168】
(比較例3)
比較例3では、アルカリ溶液を調整する際に、[CO 2-]/[OH]が0.001となる様に調整した以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0169】
(比較例4)
比較例4では、アルカリ溶液を調整する際に、[CO 2-]/[OH]が0.055となる様に調整した以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0170】
(比較例5)
比較例5では、洗浄工程を省いて、炭酸水素アンモニウム溶液による洗浄を行わない様にした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0171】
(比較例6)
比較例6では、濃度が0.02mol/Lの炭酸水素アンモニウム溶液を洗浄液とした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0172】
(比較例7)
比較例7では、炭酸アンモニウム溶液を洗浄液とした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0173】
(比較例8)
比較例8では、炭酸水素ナトリウム溶液を洗浄液とした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0174】
(比較例9)
比較例9では、炭酸ナトリウム溶液を洗浄液とした以外は、実施例1と同様にして、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物を得た。
【0175】
以上の条件及び結果を表1及び表2に示す。
【0176】
【表1】
【0177】
【表2】
【0178】
(総合評価)
表1及び表2に示す通り、実施例1~13では、前駆体であるニッケルマンガンコバルト複合水酸化物において、晶析工程及び洗浄工程の各条件が、全て好ましい範囲内であった。このため、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物だけに限らず、正極活物質であるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物に関しても、不純物除去において、ナトリウム含有量をはじめ、硫酸根含有量や塩素根含有量が、十分に低減されていた。更には、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物では、Me席占有率が93.0%を超えており、結晶性にも優れた結果となり、電池特性が向上した。
【0179】
特に、ナトリウム含有量については、前駆体及び正極活物質のどちらも、全ての実施例データが、定量(分析)下限(0.0005質量%)未満という、非常に良好な結果を示した。
【0180】
ここで、定量下限とは、ある分析方法による、目的成分の分析(定量)が可能な最小量、又は最小濃度を意味する。また、測定における目的成分の信号検出が可能な最小量(値)を検出限界、測定で得られる目的成分の信号において、信頼性が担保される最小量(値)を測定下限と言う。更に、分析試料を測定検体液に調製する過程で、元の分析試料から、どれだけ濃縮若しくは希釈されたかを示す希釈倍率を、測定下限に乗ずることにより、定量下限が求められる。
【0181】
つまり、本発明でのナトリウム含有量は、原子吸光分析装置の測定下限0.05μg/mLに対し、分析試料1gを酸分解して測定検体液100mLに調製(希釈倍率は100倍)したことから、定量下限は5ppm(μg/g)であり、即ち、0.0005質量%となる。
【0182】
これに対して、比較例1~9では、アルカリ溶液を作製する際の[CO 2-]/[OH]や、洗浄液である炭酸水素アンモニウム溶液の濃度が、好ましい範囲で無かったり、炭酸水素アンモニウム溶液以外の洗浄液を用いたり、最適条件から逸脱していたことから、実施例の様な優れた効果は得られなかった。
【0183】
また、実施例1~13では、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物のほか、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の多孔構造についても、空隙率が50超~80%と好ましい範囲であり、正極活物質として用いられる際に、嵩密度を低下させ過ぎることなく、粒子強度を許容範囲内に保ち長寿命化させ、正極活物質と電解液との接触面積を十分なものにすることができ、電池特性が向上した。
【0184】
以上より、特にナトリウムの含有量を確実に低減させ、かつ高空隙率化及び長寿命化によるさらなる電池特性の向上が可能なリチウムイオン二次電池を得ることが可能な正極活物質の前駆体である、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法及び、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を提供することができた。更には、優れた特性を有するリチウムイオン二次電池を提供することにも繋がると期待される。
【0185】
なお、上記のように本発明の各実施形態及び各実施例について詳細に説明したが、本発明の新規事項及び効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは、当業者には、容易に理解できるであろう。従って、このような変形例は、全て本発明の範囲に含まれるものとする。
【0186】
例えば、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語と共に記載された用語は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。またニッケルマンガンコバルト複合水酸化物、ニッケルマンガンコバルト複合水酸化物の製造方法及びリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の構成、動作も本発明の各実施形態及び各実施例で説明したものに限定されず、種々の変形実施が可能である。
【符号の説明】
【0187】
S10 晶析工程、S11 核生成工程、S12 粒子成長工程、S20 洗浄工程
図1
図2