(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-18
(45)【発行日】2022-08-26
(54)【発明の名称】ハロシラン類を原料に用いる有機ケイ素化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07F 7/08 20060101AFI20220819BHJP
C07F 7/10 20060101ALI20220819BHJP
【FI】
C07F7/08 C
C07F7/10 S
C07F7/10 T
(21)【出願番号】P 2018064958
(22)【出願日】2018-03-29
【審査請求日】2021-03-17
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】100113608
【氏名又は名称】平川 明
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100199576
【氏名又は名称】筧 ちひろ
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 靖
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 一彦
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 正安
(72)【発明者】
【氏名】大洞 康嗣
(72)【発明者】
【氏名】松田 裕太朗
【審査官】阿久津 江梨子
(56)【参考文献】
【文献】特開平2-235888(JP,A)
【文献】特開平6-340675(JP,A)
【文献】Bulletin of the Chemical Society of Japan,1981年,Vol. 54, No. 10,pp. 3229-3230
【文献】Organometallics,2014年,Vol. 33, No. 12,pp. 3051-3059
【文献】Journal of Organometallic Chemistry,1974年,Vol. 80,PC45-C46
【文献】Angewandte Chemie International Edition,2012年,Vol. 51, No. 15,pp. 3663-3667
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F 7/08
C07F 7/10
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機塩基の存在下、下記式(a)で表されるハロシラン類と下記式(b)で表される炭化水素基を含む化合物を反応させて下記式(c)で表される有機ケイ素化合物を生成する反応工程(I)
(ただし、銀、銅、亜鉛、又はイリジウムを含む触媒の存在下で行われるものを除く。)を含
み、
前記有機塩基が、ジアザビシクロウンデセン、7-メチル-1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン(MTBD)、P,P,P-トリピロリジン-N-(t-ブチル)フォスファゼン(t-BuP
1
(pyrr))、及びP,P-ビス(ジメチルアミノ)-P-ジメチルアミノ-N-(t-ブチル)フォスファゼン(PhP
3
(dma))からなる群より選択される1種以上である、有機ケイ素化合物の製造方法。
【化1】
(式(I)中、n=0~3の整数であり、R
1はそれぞれ独立してヘテロ原子を含んでもよい炭素原子数1~20の炭化水素基又は水素原子を表し、Xはブロモ基(-Br)、又はクロロ基(-Cl)を表し、R
2は
下記式(b1)で表される化合物又は下記化合物群Aから選択される化合物を表し、R
2’
はそれぞれ独立してR
2
に由来する官能基であって、下記式(b2)で表される官能基又は下記官能基群Bから選択される官能基を表し、下記式(b1)及び(b2)中、R
3
はホウ素原子、酸素原子、窒素原子、ケイ素原子、硫黄原子、リン原子、及びハロゲン原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい炭素原子数1~20の炭化水素基、又は水素原子を表す。)
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
【請求項2】
前記反応工程に用いられる溶媒が、トルエン、1,4-ジオキサン及びアセトニトリルの少なくとも1種である、請求項
1に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【請求項3】
前記反応工程の温度が、40℃以上150℃以下である、請求項1
又は2に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハロシラン類を原料に用いる有機ケイ素化合物の製造方法に関し、より詳しくは、有機塩基の存在下、ハロシラン類への有機基の導入による有機ケイ素化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機ケイ素化合物は、有機合成上有用な合成中間体である。例えば、ケイ素原子上に電子求引性のヘテロ原子を有する有機ケイ素化合物は、檜山クロスカップリングや玉尾酸化などの基質として用いられる。例えば、ヒドロシランはシランカップリング剤やヒドロシリル化剤に、アルキニルシランは有機ケイ素高分子材料に使用することも可能である。
市場に流通している有機ケイ素化合物の多くはクロロシランなどのハロシランを出発原料として使用している。
例えば、クロロシラン類の場合、Si-Cl結合をSi-C結合へと変換することで合成している。クロロシラン類のSi-Cl結合をSi-C結合へと変換する手法としては、有機金属試薬を当量用いた合成法がよく知られている(例えば、特許文献1)。しかしながら、この方法では、量論以上の有機金属試薬が必要である、発火性試薬であるためにハンドリングに困難性がある、合成できる化合物が限られる、保護-脱保護が必要になるなどの問題がある。
一方、有機金属試薬を使用せず、Si-Cl結合をSi-C結合へと変換することが報告されている。例えば、ニッケル触媒と銅触媒を使用したクロロシラン類とアセチレン類との反応によるアルキニルシランの合成反応が報告されている(非特許文献1~5)。また、アセチレンの代わりにアルケンを使用したアルケニルシランの合成反応が報告されている(非特許文献6~9)。しかしながら、目的物質に応じた反応設計が個別に必要であり、即ち、クロロシラン類に対し、導入する有機化合物群(アセチレン、アルケンなど)に応じて触媒の選定が必要であり、導入できる有機基は限られたものしか報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】I. Kownacki, B. Marciniec, B. Dudziec, M. Kubicki Organometallics 2011, 30, 2539-2545.
【文献】R. J. Rahaim Jr, J. T. Shaw J. Org. Chem. 2008, 73, 2912-2915.
【文献】I. Kownacki, B. Orwat, B. Marciniec Organometallics 2014, 33, 3051-3059.
【文献】G. D. J. Dunogues, R. Calas J. Organomet. Chem. 1974, 80, C45-C46.
【文献】Y. Taniguchi, J. Inanaga, M. Yamaguchi Bull. Chem. Soc. Jpn. 1981, 54, 3229-3230.
【文献】H.Yamashita, T.Kobayashi, T.Hayashi, M.Tanaka, Chem.Lett. 1991, 761-762.
【文献】J.R.McAtee, S.E.S.Martin, D.T.Ahneman, K.A.Johnson, D.A.Watson, Angew.Chem.Int.Ed. 2012, 51, 3663-3667.
【文献】S.E.S.Martin, D.A.Watson, J.Am.Chem.Soc. 2013, 135, 13330-13333.
【文献】J.R.McAtee, S.E.S.Martin, A.P.Cinderella, W.B.Reid, K.A.Johnson, D.A.Watson, Tetrahedron 2014, 70, 4250-4256.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述のように有機ケイ素化合物は、様々な用途に用いることができる非常に有用な化合物であり、このような化合物をより効率的に製造することができれば、シリコーン樹脂等のコスト低減に繋がる優れた技術になり得る。
即ち、本発明は、有機ケイ素化合物の新たな製造方法を提供することを目的とする。
より具体的には、本発明は、ハロシラン類を原料に用い、様々な有機基を導入可能でハンドリング性に優れる有機ケイ素化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、ハロシラン類及び炭化水素を含む化合物を原料に用い、有機塩基の存在下で反応させることによって、容易にハンドリングでき、様々な有機基を導入して有機ケイ素化合物を製造できることを見出し、本発明を完成させた。
即ち、本発明は以下を提供する。
【0007】
[1] 有機塩基の存在下、下記式(a)で表されるハロシラン類と下記式(b)で表される炭化水素基を含む化合物を反応させて下記式(c)で表される有機ケイ素化合物を生成する反応工程(I)を含むことを特徴とする、有機ケイ素化合物の製造方法。
【化1】
(式(I)中、n=0~3の整数であり、R
1はそれぞれ独立して、ヘテロ原子を含んでもよい炭素原子数1~20の炭化水素基又は水素原子を表し、Xはブロモ基(-Br)、又はクロロ基(-Cl)を表し、R
2は炭化水素基を含む化合物を表す。)
[2] 式(I)中、R
2は、25℃のジメチルスルホキシド(DMSO)中において酸解離定数pKaが10以上30以下である、[1]の有機ケイ素化合物の製造方法。
[3] 前記有機塩基は、25℃のアセトニトリル中で、その共役酸の酸解離定数pKaが19以上35以下である、[1]又は[2]に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
[4] 前記反応工程に用いられる溶媒が、トルエン、1,4-ジオキサン及びアセトニトリルの少なくとも1種である、[1]~[3]のいずれかに記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
[5] 前記反応工程の温度が、40℃以上150℃以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ハロシラン類を原料に用い、様々な有機基を導入可能でハンドリング性に優れる有機ケイ素化合物の新たな製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実験例1の生成物の
29Si NMRスペクトルである。
【
図2】実験例5の生成物の
29Si NMRスペクトルである。
【
図3】実験例9の生成物の
29Si NMRスペクトルである。
【
図4】実験例1及び実験例12の生成物の
29Si NMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の詳細を説明するに当たり、具体例を挙げて説明するが、本発明の趣旨を逸脱しない限り以下の内容に限定されるものではなく、適宜変更して実施することができる。
【0011】
<有機ケイ素化合物の製造方法>
本発明の一態様である有機ケイ素化合物の製造方法(以下、「本発明の製造方法」と略す場合がある。)は、有機塩基の存在下、下記式(a)で表されるハロシラン類と下記式(b)で表される炭化水素基を含む化合物とを反応させて下記式(c)で表される有機ケイ素化合物を生成する反応工程(I)を含むことを特徴とする。
【0012】
【化2】
(式(I)中、n=0~3の整数であり、R
1はそれぞれ独立してヘテロ原子を含んでもよい炭素原子数1~20の炭化水素基又は水素原子を表し、Xはブロモ基(-Br)、又はクロロ基(-Cl)を表し、R
2は炭化水素基を含む化合物を表す。)
【0013】
本発明者らは、有機塩基の存在下、ハロシラン類と炭化水素を含む化合物のC-H結合シリル化反応が効率良く進行することを見出したのである。
本発明の製造方法は、複数のハロゲン基を有するハロシラン類に対して、選択的に有機基を導入することもできる。また、有機金属試薬を用いる方法では困難であった、ジハロシラン、トリハロシラン、テトラハロシラン、アルキルハロシラン、芳香環を含むハロシランにも適用可能である。また、Grignard試薬など空気や水に対し不安定な有機金属を使用することなく、有機塩基を用いることで、ハンドリング性に非常に優れる。また、本発明の製造方法は、ニッケルや銅などの金属触媒などの触媒などを使用する必要もなく、有機塩基の存在下、アセチレンや芳香環など様々な有機基を導入でき、工業的に優れる。
以下、「式(a)で表されるハロシラン」、「式(b)で表される炭化水素基を含む化合物」、「有機塩基」及び「反応工程」の条件等について詳細に説明する。
【0014】
「式(a)で表されるハロシラン類」は、製造目的である有機ケイ素化合物に応じて適宜選択されるべきであるが、下記式(A-1)~(A-4)の何れかで表される化合物が挙げられる。以下、「式(A-1)~(A-4)の何れかで表される化合物」について詳細に説明する。
【0015】
【化3】
式中、R
1はそれぞれ独立してヘテロ原子を含んでいてもよい炭素原子数1~20の炭化水素基又は水素原子を、Xはブロモ基(-Br)、又はクロロ基(-Cl)表す。
【0016】
式(A-1)~(A-3)中のR1は、それぞれ独立して「ヘテロ原子を含んでいてもよい炭素原子数1~20の炭化水素基」又は水素原子を表しているが、「炭化水素基」は、分岐構造、環状構造、及び炭素-炭素不飽和結合(炭素-炭素二重結合、炭素-炭素三重結合)のそれぞれを有していてもよく、飽和炭化水素基、不飽和炭化水素基、芳香族炭化水素基等の何れであってもよいものとする。
また、「ヘテロ原子を含んでいてもよい」とは、炭化水素基の水素原子がヘテロ原子、即ち、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、ハロゲン原子等を含む1価の官能基で置換されていてもよいほか、炭化水素基の炭素骨格内部の炭素原子が窒素原子、酸素原子、硫黄原子等を含む2価以上の官能基(連結基)で置換されていてもよいことを意味する。
R1の炭化水素基の炭素原子数は、通常15以下、好ましくは10以下、より好ましくは8以下であり、R1が芳香族炭化水素基の場合の炭素原子数は、通常6以上である。
R1に含まれる官能基や連結基としては、エーテル基(オキサ基、-O-)、フルオロ基(フッ素原子,-F)、クロロ基(塩素原子,-Cl)等が挙げられる。
R1としては、メチル基(-CH3,-Me)、エチル基(-C2H5,-Et)、n-プロピル基(-nC3H7,-nPr)、i-プロピル基(-iC3H7,-iPr)、n-ブチル基(-nC4H9,-nBu)、t-ブチル基(-tC4H9,-tBu)、n-ペンチル基(-nC5H11)、n-ヘキシル基(-nC6H13,-nHex)、シクロヘキシル基(-cC6H11,-Cy)、ビニル基(-CH=CH2)、フェニル基(-C6H5,-Ph)等が挙げられる。
また、Xはブロモ基(-Br)、又はクロロ基(-Cl)表すが、好ましくは、製造コストの観点から、クロロ基(-Cl)である。また、クロロ基の置換数が多い程、自己反応性が高く、クロロシラン同士で反応する。その観点から、(A-1)~(A-3)が好ましい。
【0017】
「式(a)で表されるハロシラン類」の具体的種類としては、下記式で表されるものが挙げられる。
【0018】
【0019】
【0020】
「式(b)で表される炭化水素基を含む化合物」は、製造目的である有機ケイ素化合物に応じて適宜選択されるべきであるが、好ましくは、25℃のジメチルスルホキシド(DMSO)中においてpKaが10以上、より好ましくは13以上、好ましくは35以下、より好ましくは32以下である。pKaとは、酸解離定数Kaの負の常用対数値である。
「式(b)で表される炭化水素基を含む化合物」の具体例として、例えば以下の化合物が挙げられる。各化合物の下に示した数値は、その化合物の25℃のジメチルスルホキシド(DMSO)中のpKaである。
【0021】
【0022】
また、「式(b)で表される炭化水素基を含む化合物」としては、下記式(b1)で表される化合物が好ましく挙げられる。
【0023】
【化7】
(式(b1)中、R
3はホウ素原子、酸素原子、窒素原子、ケイ素原子、硫黄原子、リン原子、及びハロゲン原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい炭素原子数1~20の炭化水素基、又は水素原子を表す。)
【0024】
式(b1)中のR3は、「ホウ素原子、酸素原子、窒素原子、ケイ素原子、硫黄原子、リン原子、及びハロゲン原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい炭素原子数1~20の炭化水素基」、又は「水素原子」を表しているが、「炭化水素基」は、R1の場合と同義である。
また、「ホウ素原子、酸素原子、窒素原子、ケイ素原子、硫黄原子、リン原子、及びハロゲン原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい」とは、炭化水素基の水素原子が、ホウ素原子、酸素原子、窒素原子、ケイ素原子、硫黄原子、リン原子、ハロゲン原子等を含む1価の官能基で置換されていてもよいほか、炭化水素基の炭素骨格内部の炭素原子がホウ素原子、酸素原子、窒素原子、ケイ素原子、硫黄原子、リン原子、を含む2価以上の官能基(連結基)で置換されていてもよいことを意味する。
R3の炭化水素基の炭素原子数は、通常15以下、好ましくは10以下、より好ましくは8以下であり、R3が芳香族炭化水素基の場合の炭素原子数は、通常6以上である。
R3に含まれる官能基や連結基としては、エーテル基(オキサ基、-O-)、ボロキシ基(-BO-)、ボロジオキシ基(-B(-O-)2)、トリアルキルシリル基、フルオロ基(フッ素原子,-F)等が挙げられる。
R3としては、水素原子、メチル基(-CH3,-Me)、エチル基(-C2H5,-Et)、n-プロピル基(-nC3H7,-nPr)、i-プロピル基(-iC3H7,-iPr)、n-ブチル基(-nC4H9,-nBu)、t-ブチル基(-tC4H9,-tBu)、n-ペンチル基(-nC5H11)、n-ヘキシル基(-nC6H13,-nHex)、シクロヘキシル基(-cC6H11,-Cy)、ビニル基(-CH=CH2)、フェニル基(-C6H5,-Ph)、トリル基(-C6H4CH3)、ジフェニル基(-C6H4C6H5)、メトキシフェニル基(-C6H4CH3)、ピナコールボラニルフェニル基等が挙げられる。
【0025】
「式(b1)で表される炭化水素基を含む化合物」の具体的種類としては、下記式で表
されるものが挙げられる。
【0026】
【0027】
反応工程における「式(b)で表される炭化水素基を含む化合物」の使用量(仕込量)は、「式(a)で表されるハロシラン類のハロゲン1当量」に対して物質量換算で、好ましくは0.25当量以上、より好ましくは0.3当量以上であり、通常10当量以下、好ましくは4当量以下、より好ましくは3当量以下である。前記範囲内であると、より効率良く有機ケイ素化合物を生成することができる。「式(a)で表されるハロシラン類のハロゲン」とは、式(a)中のXを意味する。
【0028】
「有機塩基」とは、水素イオン(H+)を受領する性質を有する有機化合物であるが、
具体的種類は特に限定されない。好ましくは、25℃のアセトニトリル(CH3CN)中
において、その化合物の共役酸のpKaが19以上、より好ましくは19.5以上、好ましくは35以下、より好ましくは32以下である。
【0029】
「有機塩基」の具体例として、例えば、ジアザビシクロウンデセン、ジアザビシクロノネン(DBN)、7-メチル-1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン(MTBD)、1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカン-5-エン(TBD)などの二環性グアニジン型有機塩基;1,1,3,3-テトラメチルグアニジン、P,P,P-トリス(ジメチルアミノ)-N-フェニルフォスファゼン(PhP1(dma))、P,P,P-トリピロリジン-N-フェニルフォスファゼン(PhP1(pyrr))、P,P,P-トリピロリジン-N-(t-ブチル)フォスファゼン(t-BuP1(pyrr))、P,P-ビス(ジメチルアミノ)-P-ジメチルアミノ-N-(t-ブチル)フォスファゼン(PhP3(dma))、などのホスファゼン類などが挙げられる。
有機塩基とその共役酸のpKaの具体例を以下に示す。各化合物の下に示した数値は、25℃のアセトニトリル(CH3CN)中のpKaである。有機塩基の共役酸pKaにつ
いては、例えば、J. Org. Chem., 2005, 70, 1019を参照することが出来る。
【0030】
【0031】
反応工程における「有機塩基」の使用量(仕込量)は、「式(a)で表されるハロシラン類のハロゲン1当量」に対して物質量換算で、好ましくは0.3当量以上、より好ましくは0.5当量以上、好ましくは5当量以下、より好ましくは3当量以下、さらに好ましくは2当量以下である。前記範囲内であると、より効率良く有機ケイ素化合物を生成することができる。
「式(a)で表されるハロシラン類」、「式(b)で表される炭化水素基を含む化合物」、「有機塩基」は、公知の方法で合成してもよいし、市販品を入手して用いてもよい。
【0032】
反応工程は、溶媒を使用しても、無溶媒であってもよい。溶媒を使用する場合の溶媒の種類は、特に限定されないが、原料や触媒が反応しない化合物であるヘキサン、トルエン等の炭化水素系溶媒、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン等のエーテル系溶媒、アセトニトリル等の溶媒等が挙げられる。溶媒は、効率良く有機ケイ素化合物を生成する観点から、トルエン、1,4-ジオキサン及びアセトニトリルの少なくとも1種を含むことが好ましく、トルエン、1,4-ジオキサン及びアセトニトリルの少なくとも1種であることがより好ましい。
【0033】
反応工程の温度は、通常40℃以上、好ましくは80℃以上であり、より好ましくは90℃以上であり、通常170℃以下、好ましくは150℃以下である。前記範囲内であると、より効率良く有機ケイ素化合物を生成することができる。
反応工程の反応時間は、通常1時間以上、好ましくは10時間以上であり、通常96時間以下、好ましくは48時間以下である。
反応工程は、通常窒素、アルゴン等の不活性雰囲気下で行う。
【0034】
反応工程によって生成する「式(c)で表される有機ケイ素化合物」の具体的種類は、特に限定されず、製造目的に応じて適宜選択することができるが、例えば下記式(C-1)~(C-8)の何れかで表される化合物が挙げられる。
【0035】
【化10】
(式(C-1)~(C-8)中、R
1はそれぞれ独立してヘテロ原子を含んでいてもよい炭素原子数1~20の炭化水素基又は水素原子を、R
3はホウ素原子、酸素原子、窒素原子、ケイ素原子、硫黄原子、リン原子、及びハロゲン原子からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んでいてもよい炭素原子数1~20の炭化水素基、又は水素原子を表す。)
なお、R
1及びR
3は、「式(a)で表されるハロシラン類」、「式(b1)で表される炭化水素基を含む化合物」のものと同義である。
【0036】
「式(c)で表される有機ケイ素化合物」としては、具体的には、例えば以下の化合物が挙げられる。
【0037】
【実施例】
【0038】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0039】
[実験例1]
耐圧用試験管に、トリメチルクロロシラン(217.3mg,2.0mmol)、エチニルベンゼン(102.1mg,1.0mmol)、ジアザビシクロウンデセン(152.1mg,1.0mmol)及びフェニルトリメチルシラン(30.1mg,0.20mmol)のアセトニトリル溶液(0.5mL)を調製した。この反応溶液に関して、アルゴン雰囲気下、反応温度140℃で16時間反応させた。
1H、
29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認した。なお目的化合物のNMR収率は93%であった。生成物の
29SiNMRスペクトルを
図1に示す。
【0040】
【0041】
[実験例2]
(a)ハロシラン類を表1に記載のものに変更し、エチニルベンゼンの量及びジアザビシクロウンデセンの量を変更した以外は、実験例1と同様の方法により反応を行った。1H、29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認した。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0042】
[実験例3]
(a)ハロシラン類を表1に記載のものに変更した以外は、実験例1と同様の方法により反応を行った。1H、29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認した。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0043】
[実験例4]
(a)ハロシラン類を表1に記載のものに変更した以外は、実験例1と同様の方法によ
り反応を行った。1H、29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認した。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0044】
[実験例5]
耐圧用試験管に、ジメチルジクロロシラン(129.06mg,1.0mmol)、エチニルベンゼン(306.3mg,3.0mmol)、ジアザビシクロウンデセン(304.2mg,2.0mmol)及びフェニルトリメチルシラン(30.1mg,0.20mmol)のアセトニトリル溶液(0.2mL)を調製した。この反応溶液に関して、アルゴン雰囲気下、反応温度135℃で14時間反応させた。
1H、
29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認した。目的化合物のNMR収率は74%であった。生成物のNMRスペクトルを
図2に示す。なお、クロロシランは全て転化し、目的化合物以外の化合物としてD4が4%生成したことがわかった。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0045】
【0046】
[実験例6]
耐圧用試験管に、メチルトリクロロシラン(149.47mg,1.0mmol)、エチニルベンゼン(459.61mg,4.5mmol)、ジアザビシクロウンデセン(685.08mg,4.5mmol)及びフェニルトリメチルシラン(30.1mg,0.20mmol)の1,4-ジオキサン溶液(1.0mL)を調製した。この反応溶液に関して、アルゴン雰囲気下、反応温度140℃で16時間反応させた。1H、29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認した。なお目的化合物のNMR収率は78%であった。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0047】
[実験例7]
耐圧用試験管に、テトラクロロシラン(84.94mg,0.5mmol)、エチニルベンゼン(306.41g,3.0mmol)、ジアザビシクロウンデセン(304.48mg,2.0mmol)及びフェニルトリメチルシラン(30.1mg,0.20mmol)のアセトニトリル溶液(0.5mL)を調製した。この反応溶液に関して、アルゴン雰囲気下、反応温度140℃で16時間反応させた。1H、29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認した。なお目的化合物のNMR収率は16%であった。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0048】
[実験例8]
耐圧用試験管に、トリメチルクロロシラン(325.95.3mg,3.0mmol)、フルオレン(166.2mg,1.0mmol)、ジアザビシクロウンデセン(228.36mg,1.5mmol)及びフェニルトリメチルシラン(30.1mg,0.20mmol)のアセトニトリル溶液(0.5mL)を調製した。この反応溶液に関して、アルゴン雰囲気下、反応温度140℃で16時間反応させた。1H、29SiNMRとGC-MSの測定により以下に示す目的化合物の生成を確認した。なお目的化合物のNMR収率は65%であった。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0049】
【0050】
[実験例9]
(b)炭化水素基を含む化合物を表1に記載のものに変更した以外は、実験例8と同様の方法により反応を行った。
1H、
29SiNMRとGC-MSの測定により以下に示す目的化合物の生成を確認した。(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。生成物のNMRスペクトルを
図3に示す。生成物に関しては、GC-MSの測定より対応する化合物の親イオンを確認した。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0051】
【0052】
[実験例10]
溶媒として1,4-ジオキサンを用いた以外は、実験例1と同様の条件で反応を行った。1H、29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認した。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0053】
[実験例11]
溶媒としてトルエンを用いた以外は、実験例1と同様の条件で反応を行った。1H、29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認した。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0054】
[実験例12]
耐圧用試験管に、メチルトリクロロシラン(298.94mg,2.0mmol)、エチニルベンゼン(102.1g,1.0mmol)、トリエチルアミン(202.38mg,2.0mmol)及びフェニルトリメチルシラン(30.1mg,0.20mmol)のアセトニトリル溶液(0.5mL)を調製した。この反応溶液に関して、アルゴン雰囲気下、反応温度140℃で16時間反応させた。
1H、
29SiNMRとGC-MSの測定により目的化合物の生成を確認したところ、アルキニルシランのNMR収率は1%未満であった。実験例12の反応後の
29SiNMRスペクトルを実験例1の生成物の
29SiNMRスペクトルと併せて
図4に示す。原料及び有機塩基の使用量並びに(c)有機ケイ素化合物の収率を表1に示す。
【0055】
【表1】
※表1中、式(b)で表される炭化水素基を含む化合物及び有機塩基の使用量は、それぞれ式(a)で表されるハロシラン類のハロゲンを1当量として換算した値である。
【0056】
以上から、有機金属試薬を使用せず、有機塩基の存在下、有機ケイ素化合物を製造できることが示された。また、ハロシラン類として、モノクロロシラン、ジクロロシラン、トリクロロシラン、テトラクロロシランに適用可能であることが示された。また、アルキルクロロシランや芳香環を含むクロロシランにも適用可能であることが示された。また、ジクロロシラン等の複数のハロゲン基を有するハロシラン類に対して、選択的に有機基を導入できることが示された。また、表1には記載していないが、式(b)で表される炭化水素基を含む化合物として、2,4-ペンタンジオン(pKa 13.3)、ベンゾオキサゾール(pKa 24.4)等も適用可能であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の製造方法は、ハンドリングに困難性のある有機金属を使用せずに、入手が容易なハロシラン類に様々な有機基を簡便に導入でき、工業的に優れ、産業上有用である。本発明の製造方法によって製造された有機ケイ素化合物は、例えば有機無機ハイブリッド素材や機能性有機分子等の材料の原料として使用することができる。