(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-18
(45)【発行日】2022-08-26
(54)【発明の名称】Alボンディングワイヤ
(51)【国際特許分類】
C22C 21/00 20060101AFI20220819BHJP
H01L 21/60 20060101ALI20220819BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220819BHJP
C22F 1/04 20060101ALN20220819BHJP
【FI】
C22C21/00 A
H01L21/60 301F
C22F1/00 602
C22F1/00 604
C22F1/00 625
C22F1/00 650D
C22F1/00 661A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/04 D
(21)【出願番号】P 2018191418
(22)【出願日】2018-10-10
【審査請求日】2021-08-27
(73)【特許権者】
【識別番号】595179228
【氏名又は名称】日鉄マイクロメタル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 隆
(72)【発明者】
【氏名】西林 景仁
(72)【発明者】
【氏名】榛原 照男
(72)【発明者】
【氏名】小田 大造
(72)【発明者】
【氏名】江藤 基稀
(72)【発明者】
【氏名】小山田 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】小林 孝之
(72)【発明者】
【氏名】宇野 智裕
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-047417(JP,A)
【文献】特表2016-511529(JP,A)
【文献】特開2007-123597(JP,A)
【文献】特開2015-092023(JP,A)
【文献】国際公開第2015/118947(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00-21/18
H01L 21/60
C22F 1/00
C22F 1/04- 1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Scを0.01~1%含有し、さらにY、La、Ce、Pr、Ndの少なくとも1種以上を合計で0.01~0.1%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなることを特徴とするAlボンディングワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ長手方向に垂直な断面における平均結晶粒径が0.1~50μmであることを特徴とする請求項1に記載のAlボンディングワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ長手方向に垂直な断面において、結晶<111>方位とワイヤ長手方向との角度差が15°以内である結晶の面積比率が30~90%であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のAlボンディングワイヤ。
【請求項4】
ビッカース硬度がHv20~40の範囲であることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のAlボンディングワイヤ。
【請求項5】
ワイヤ直径が50~600μmであることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載のAlボンディングワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Alボンディングワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体装置では、半導体素子上に形成された電極と、リードフレームや基板上の電極との間をボンディングワイヤによって接続している。ボンディングワイヤに用いる材質として、超LSIなどの集積回路半導体装置では金(Au)や銅(Cu)が用いられ、一方でパワー半導体装置においては主にアルミニウム(Al)が用いられている。例えば、特許文献1には、パワー半導体モジュールにおいて、300μmφのアルミニウムボンディングワイヤ(以下「Alボンディングワイヤ」という。)を用いる例が示されている。また、Alボンディングワイヤを用いたパワー半導体装置において、ボンディング方法としては、半導体素子上電極との接続とリードフレームや基板上の電極との接続のいずれも、ウェッジ接合が用いられている。
【0003】
Alボンディングワイヤを用いるパワー半導体装置は、エアコンや太陽光発電システムなどの大電力機器、車載用の半導体装置として用いられることが多い。これらの半導体装置においては、Alボンディングワイヤの接合部は100~300℃の高温にさらされる。Alボンディングワイヤとして高純度のAlのみからなる材料を用いた場合、このような温度環境ではワイヤが軟化しやすいため、高温環境で使用することが困難であった。
【0004】
Al中にスカンジウム(Sc)(以下「Sc」と呼ぶ。)を含有する合金を用い、ScをAl3Scとして析出させると、Alボンディングワイヤを高強度化することができる。特許文献2においては、主成分としてAlを含み、0.05~1.0%のScを含有するボンディングワイヤが開示されている。ボンディングワイヤ中にAl3Scを析出することにより、電気的及び機械的特性の最適な組み合わせが得られるとしている。
【0005】
しかし、Al3Scが析出したボンディングワイヤを用いて半導体素子の電極にボンディングしようとすると、ワイヤの機械的強度が高いため、半導体素子のチップ割れを起こすこととなり、実用化することができなかった。これに対して特許文献3においては、AlボンディングワイヤにScを含有させ、ボンディングの前段階におけるボンディングワイヤでは事前の溶体化処理によってAl3Scを析出させず、ボンディング後に行う時効熱処理によってAl3Scを析出させる発明が開示されている。ボンディング段階ではAl3Scが析出していないのでワイヤが軟化しており、ボンディング時にチップ割れを発生させない。一方でボンディング後に行う時効熱処理でAl3Scが析出するのでワイヤの強度が増大し、半導体装置を高温環境下で使用してもワイヤが十分な強度を保持することができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2002-314038号公報
【文献】特表2016-511529号公報
【文献】特開2014-47417号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献3に記載するような、Scを含有するAlボンディングワイヤを用いた半導体装置であっても、半導体装置を作動した高温状態において、ボンディングワイヤの接合部の接合信頼性が十分に得られないことがあった。
【0008】
本発明は、Alボンディングワイヤを用いた半導体装置を作動した高温状態において、ボンディングワイヤの接合部の接合信頼性が十分に得られるAlボンディングワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
Scを含有するAlボンディングワイヤにおいて、ボンディング後の時効熱処理によってAl3Scが析出することにより、特許文献3に記載のとおり、ボンディングワイヤの強度を増大することができる。一方、半導体装置を高温環境で使用し続けるとき、Alボンディングワイヤの再結晶がさらに進行し、その結果としてワイヤの強度が低下することが判明した。
【0010】
それに対し、Scを0.01~1%含有するAlボンディングワイヤにおいて、Scに加えて、さらにイットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム(以下「Y、La、Ce、Pr、Nd」という。)の少なくとも1種以上を合計で0.01~0.1%含有することにより、ワイヤの再結晶温度が上昇し、半導体装置を高温環境で使用し続けたときにおいても、ボンディングワイヤの再結晶の進行を抑制することができ、ワイヤの強度低下を防止できることが判明した。
【0011】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下のとおりである。
[1]質量%で、Scを0.01~1%含有し、さらにY、La、Ce、Pr、Ndの少なくとも1種以上を合計で0.01~0.1%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなることを特徴とするAlボンディングワイヤ。
[2]ワイヤ長手方向に垂直な断面(以下、「C断面」ともいう。)における平均結晶粒径が0.1~50μmであることを特徴とする上記[1]に記載のAlボンディングワイヤ。
[3]ワイヤ長手方向に垂直な断面(C断面)において、結晶<111>方位とワイヤ長手方向との角度差が15°以内である結晶の面積比率が30~90%であることを特徴とする上記[1]又は[2]に記載のAlボンディングワイヤ。
[4]ビッカース硬度がHv20~40の範囲であることを特徴とする上記[1]から[3]までのいずれか1つに記載のAlボンディングワイヤ。
[5]ワイヤ直径が50~600μmであることを特徴とする上記[1]から[4]までのいずれか1つに記載のAlボンディングワイヤ。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、Alボンディングワイヤにおいて、Scを0.01~1%含有し、さらにY、La、Ce、Pr、Ndの少なくとも1種以上を合計で0.01~0.1%含有することにより、ワイヤの再結晶温度が上昇し、半導体装置を高温環境で使用し続けたときにおいても、ボンディングワイヤの再結晶の進行を抑制することができ、ワイヤの強度低下を防止できることから、高温長時間履歴後における接合部の信頼性を十分に確保することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
AlボンディングワイヤにScを含有させたボンディングワイヤでは、特許文献3に記載のように、事前の溶体化処理によってScを強制固溶してAl3Scを析出させないことにより、ボンディング段階ではワイヤが軟化しており、ボンディング時にチップ割れを発生させない。そして、ボンディング後に行う時効熱処理によってAl3Scを析出させる結果として、ワイヤの強度が増大するとともに、再結晶温度が上昇し、高温での使用中における再結晶の進行を防止してワイヤ強度を維持することができるとしている。
【0014】
ところが、前述のように、Scを析出させたAlボンディングワイヤを有する半導体装置であっても、半導体装置を高温状態において長時間作動させると、ボンディングワイヤの接合部の接合強度が低下する現象が見られ、即ち接合信頼性が十分に得られないことが判明した。高温長時間作動後の半導体装置のボンディングワイヤ断面を観察すると、ボンディング時と比較してワイヤの結晶粒径が増大しており、高温長時間作動によってワイヤの再結晶がさらに進行し、これによってワイヤ強度が低下し、接合部の信頼性が低下したものと推定された。
【0015】
それに対し本発明は、Scを0.01~1%含有するAlボンディングワイヤにおいて、Scに加えて、さらにY、La、Ce、Pr、Ndの少なくとも1種以上(以下、簡略化して「Y、La等」ともいう。)を合計で0.01~0.1%含有する。これにより、ワイヤの再結晶温度が上昇し、半導体装置を高温環境で長時間使用し続けたときにおいても、ボンディングワイヤの再結晶の進行を十分に抑制することができ、ワイヤの強度低下を防止できる。以下、詳細に説明する。
【0016】
本発明のAlボンディングワイヤは、質量%で、Scを0.01~1%含有し、さらにY、La、Ce、Pr、Ndの少なくとも1種以上を合計で0.01~0.1%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる。このような組成を有する材料を伸線加工し、所定の線径を有するボンディングワイヤとする。伸線加工前、伸線加工の途中、あるいは伸線加工終了後に、Sc及びY、La等を強制固溶させるため、溶体化熱処理を行うと好ましい。溶体化熱処理条件としては、570~640℃で1~3時間とすると好ましい。
【0017】
伸線加工終了後であって、上記溶体化熱処理を実施した場合はその後の段階で、ワイヤ軟質化のための調質熱処理を行う。伸線途中で調質熱処理を付加しても良い。調質熱処理によって、ワイヤの結晶組織を、加工組織から再結晶組織に変化させる。これにより、結晶組織が再結晶組織となるため、ワイヤの軟質化を実現することができる。調質熱処理条件としては、250~300℃で5~15秒とすると好ましい。これにより、固溶しているSc及びY、La等を析出させることなく、結晶組織を再結晶組織とすることができる。
【0018】
本発明において好ましくは、前述のようにワイヤ製造過程で溶体化処理を行うことにより、ワイヤ中にSc及びY、La等が析出していない。溶体化熱処理を行わない場合には、ワイヤ中にSc及びY、La等の析出物が析出しているため、ワイヤのビッカース硬度がHv40を超える硬度となる。これに対し、溶体化熱処理と調質熱処理を行った結果として、Sc及びY、La等が強制固溶され、また結晶組織を再結晶組織とすることにより、ワイヤのビッカース硬度がHv40以下となり、軟質化する。このように軟質化した本発明のAlボンディングワイヤを用いて半導体電極にボンディングを行うことにより、半導体電極のチップ割れを発生させることがない。
【0019】
ボンディング終了後に、ボンディングワイヤ中のSc及びY、La等を析出させるため、ボンディングワイヤを含む半導体装置の時効熱処理を行う。時効熱処理の結果として、ボンディングワイヤ中のSc及びY、La等が析出する。ScはAl3Scに、YはAl3Yに、LaはAl11La3に、CeはAl11Ce3に、PrはAl11Pr3に、NdはAl11Nd3に、それぞれ析出する。ワイヤ中にこれら析出物が形成された結果として、ワイヤが析出強化され、ワイヤの強度が増大する。時効熱処理条件としては、250~400℃、30~60分とすると好ましい。
【0020】
時効熱処理の直後、及びさほど厳しくない条件の高温・長時間履歴を受けた後において、Scのみを含有するAlボンディングワイヤ、Sc及びY、La等を含有するAlボンディングワイヤのいずれも、析出物による析出硬化が得られるとともに、過度の再結晶が起こらないため、機械的強度を保持することができ、ボンディングワイヤと半導体装置の電極との接合部の信頼性は十分に保たれている。ところが、より厳しい環境において、即ちより高い温度及びより長時間の環境に保持したとき、Scのみを含有するAlボンディングワイヤでは、接合部の信頼性が低下することが判明した。それに対し、Scに加えてY、La等を含有する本発明のAlボンディングワイヤであれば、そのようなより厳しい環境にさらされた後であっても、接合部の信頼性が確保されることが分かった。
【0021】
高温長時間履歴後の接合部信頼性評価試験について説明する。
使用したボンディングワイヤの成分は、Scのみを0.5質量%含有する比較例のAlボンディングワイヤと、Scを0.5%、Yを0.1%含有する本発明のAlボンディングワイヤである。伸線後のワイヤ線径は200μmである。伸線工程の途中で溶体化熱処理を実施してSc及びYを強制固溶させるとともに、伸線後のワイヤに調質熱処理を施して、ボンディングワイヤのビッカース硬度をHv40以下に調整した。
【0022】
半導体装置において、半導体チップとボンディングワイヤとの間の第1接合部、外部端子とボンディングワイヤとの間の第2接合部ともにウエッジボンディングとした。
【0023】
高温長時間履歴は、パワーサイクル試験によって行った。パワーサイクル試験は、Alボンディングワイヤが接合された半導体装置について、加熱と冷却の繰り返しを行う。加熱は、半導体装置におけるボンディングワイヤの接合部の温度が140℃になるまで2秒間かけて加熱し、その後、接合部の温度が30℃になるまで5秒間かけて冷却する。この加熱・冷却のサイクルを20万回繰り返す。
【0024】
上記高温長時間履歴後、第1接合部の接合シェア強度を測定し、接合部信頼性の評価を行った。その結果、Scのみを0.5質量%含有するAlボンディングワイヤについては、接合部シェア強度が初期と比べて50%未満であり、接合部の信頼性が不十分であった。それに対して、Scを0.5%、Yを0.1%含有する本発明のAlボンディングワイヤについては、接合部シェア強度が初期と比べて90%以上であり、接合部の信頼性を十分に確保することができた。
【0025】
本発明のボンディングワイヤの成分組成について説明する。%は質量%を意味する。
【0026】
《Scを0.01~1%》
Alボンディングワイヤ中にScを0.01%以上含有することにより、下記Y、La等との複合添加効果と相まって、ワイヤの析出強化効果、及び半導体装置の高温長時間使用中における再結晶の進行防止効果を発揮することができる。Scが0.1%以上であればより好ましい。0.5%以上であればさらに好ましい。一方、Sc含有量が1%を超えると、ワイヤ硬度が高くなりすぎ、チップクラックの発生、接合性の悪化、接合部信頼性の低下などを起こすため、上限を1%とした。Scが0.8%以下であるとより好ましい。
【0027】
《Y、La、Ce、Pr、Ndの少なくとも1種以上を合計で0.01~0.1%》
Y、La、Ce、Pr、Ndの少なくとも1種以上(Y、La等)を合計で0.01%以上含有することにより、上記Scとの複合添加効果と相まって、ワイヤの析出強化効果、及び半導体装置の高温長時間使用中における再結晶の進行防止効果を発揮することができる。Y、La、Ce、Pr、Ndのいずれであっても、同じように効果を発揮する。Y、La等の合計含有量が0.03%以上であればより好ましい。0.05%以上であればさらに好ましい。一方、Y、La等の合計含有量が0.1%を超えると、ワイヤ硬度が高くなりすぎ、チップクラックの発生、接合性の悪化、接合部信頼性の低下などを起こすため、上限を0.1%とした。Y、La等の合計含有量が0.08%以下であるとより好ましい。
【0028】
ボンディングワイヤの残部は、Al及び不可避不純物からなる。不可避不純物元素としては、Si、Fe、Cuが挙げられる。不可避不純物の合計含有量が少ないほど、材料特性のばらつきを小さく抑えることが可能であって好ましい。ワイヤを製造する際のアルミニウム原料として、純度が4N(Al:99.99%以上)のアルミニウムを用いることにより、好ましい結果を得ることができる。
【0029】
《ワイヤの平均結晶粒径》
本発明において好ましくは、ボンディングワイヤのワイヤ長手方向に垂直な断面(C断面)における平均結晶粒径が0.1~50μmである。平均結晶粒径の測定方法としては、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)などの測定方法を用いて各結晶粒の面積を求め、各結晶粒の面積を円に見なした時の直径の平均とする。平均結晶粒径が0.1μm以上であれば、伸線時の調質熱処理による再結晶が適度に進行しており、ワイヤ製造の過程で溶体化熱処理を行ってワイヤ含有成分を強制固溶することと相まって、ワイヤが軟化し、ボンディング時のチップ割れの発生、接合部の接合性の低下などを防止することができる。一方、平均結晶粒径が50μmを超えると、ワイヤの再結晶が進行しすぎていることを示し、時効熱処理で析出物を形成しても十分な強度を得ることができにくく、接合部の信頼性が低下する恐れがある。ワイヤ伸線の過程で調質熱処理を行うことにより、ワイヤのC断面における平均結晶粒径を0.1~50μmとすることができる。
【0030】
《ワイヤの<111>方位面積率》
本発明において好ましくは、ボンディングワイヤ長手方向に垂直な断面(C断面)において、結晶<111>方位とワイヤ長手方向との角度差が15°以内である結晶の面積比率(以下「<111>方位面積率」という。)が30~90%である。<111>方位面積率の測定には、EBSDを用いることができる。ボンディングワイヤ長手方向に垂直な断面を検査面とし、装置に付属している解析ソフトを利用することにより、<111>方位面積率を算出できる。<111>方位面積率が90%以下であれば、伸線時の調質熱処理による再結晶が適度に進行し、ワイヤ製造の過程で溶体化熱処理を行ってワイヤ含有成分を強制固溶することと相まって、ワイヤが軟化し、ボンディング時のチップ割れの発生、接合部の接合性の低下などを防止することができる。一方、<111>方位面積率が30%未満であると、ワイヤの再結晶が進行しすぎていることを示し、時効熱処理で析出物を形成しても十分な強度を得ることができにくく、接合部の信頼性が低下する恐れがある。ワイヤ伸線の過程で調質熱処理を行うことにより、ワイヤ長手方向に垂直な断面における<111>方位面積率を30~90%とすることができる。
【0031】
《ワイヤのビッカース硬度》
本発明において好ましくは、ボンディングワイヤのワイヤ長手方向に垂直な断面(C断面)において、ビッカース硬度がHv20~40の範囲である。Hv40以下とすることにより、ボンディング時にチップ割れを発生することなく、良好な接合性を実現し、また容易にループを形成して半導体装置に対する配線を行うことができる。一方、ビッカース硬度がHv20未満まで低下すると、ワイヤの再結晶が進行しすぎていることを示し、時効熱処理で析出物を形成しても十分な強度を得ることができにくく、接合部の信頼性が低下する恐れがある。そのため、ビッカース硬度の下限はHv20とすると好ましい。前述のとおり、ワイヤ製造の過程で溶体化熱処理を行ってワイヤ含有成分を強制固溶し、さらに伸線の過程で調質熱処理を行うことにより、ワイヤのビッカース硬度をHv20~40の範囲とすることができる。
【0032】
《ワイヤ直径》
本発明において好ましくは、ボンディングワイヤ直径が50~600μmである。パワー系デバイスには大電流が流れるため一般的に50μm以上のワイヤが使用されるが、600μm以上になると扱いづらくなることやワイヤボンダーが対応していないため、600μm以下のワイヤが使用されている。
【実施例】
【0033】
純度99.99質量%(4N)のアルミニウムと、純度99.9質量%以上のイットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジムを原料として溶融し、表1、2に示す組成のAl合金を得た。この合金を鋳塊とし、鋳塊を溝ロール圧延し、さらに伸線加工を行った。ワイヤ径が800μmの段階で、620℃、3時間の溶体化熱処理を行い、水中で急冷した。その後、最終線径を200μmとしてダイス伸線加工を行い、伸線加工終了後に270℃、10秒で調質熱処理を行った。
【0034】
このワイヤを用いて、ワイヤ長手方向に垂直な断面(C断面)において、平均結晶粒径、結晶<111>方位とワイヤ長手方向との角度差が15°以内である結晶の面積比率(<111>方位面積率)、ビッカース硬度の計測を行った。
平均結晶粒径の測定は、EBSD法を用いて各結晶粒の面積を求め、各結晶粒の面積を円の面積に換算してその直径の平均として行った。
<111>方位面積率の測定は、ボンディングワイヤ長手方向に垂直な断面においてEBSPによる測定を行い、装置に付属している解析ソフトを利用することにより、<111>方位面積率を算出した。
ビッカース硬度の測定は、マイクロビッカース硬度計を用い、C断面のうちの半径方向の中心位置における硬度として測定を行った。
【0035】
半導体装置において、半導体チップ電極はAl-Cuであり、外部端子はAgを用いた。半導体チップ電極とボンディングワイヤとの間の第1接合部、外部端子とボンディングワイヤとの間の第2接合部はともにウエッジボンディングとした。
【0036】
ボンディング後に、350℃、45分で時効熱処理を行った。
【0037】
半導体装置におけるボンディングワイヤの接合性については、第1接合部の初期(高温長時間履歴前)の接合不良(不着)の有無で判断した。接合されているものを○とし、接合されていないものを×として表1、2の「接合性」欄に記載した。
半導体装置におけるチップクラック評価については、パッド表面の金属を酸にて溶かし、パッド下のチップクラックの有無を顕微鏡にて観察して評価した。クラックなしを○とし、クラック有りを×として、表1、2の「チップクラック」欄に記載した。
【0038】
高温長時間履歴は、パワーサイクル試験によって行った。パワーサイクル試験は、Alボンディングワイヤが接合された半導体装置について、加熱と冷却の繰り返しを行う。加熱は、半導体装置におけるボンディングワイヤの接合部の温度が140℃になるまで2秒間かけて加熱し、その後、接合部の温度が30℃になるまで5秒間かけて冷却する。この加熱・冷却のサイクルを20万回繰り返す。
【0039】
上記高温長時間経過後、第1接合部の接合シェア強度を測定し、接合部信頼性の評価を行った。シェア強度測定は初期の接合部のシェア強度との比較として行った。初期の接合強度の95%以上を◎とし、90%以上を○とし、70%以上を△とし、50%以下を×として、表1、2の「信頼性試験」欄に記載した。
【0040】
製造条件、製造結果を表1、表2に示す。Y、La、Ce、Pr、Nd(Y、La等)を「第2成分」として示している。表2において、成分が本発明範囲から外れる数値、評価結果が本発明好適範囲を外れる数値に下線を付している。
【0041】
【0042】
【0043】
表1の本発明例No.1~54が本発明例である。ワイヤの成分範囲は本発明範囲内にあり、また、ワイヤの平均結晶粒径、<111>方位面積率、ビッカース硬度はいずれも、本発明の好適範囲内にあり、接合性とチップクラックの評価結果はすべて「○」であった。本発明で規定する成分を含有し、溶体化熱処理によって含有元素を強制固溶し、調質熱処理によって適度な再結晶を行った結果である。
【0044】
本発明例No.1~54の高温長時間履歴後の接合部信頼性の評価において、いずれも「○」か「◎」であった。本発明で規定する成分を含有し、ボンディング後の時効熱処理でSc及びY、La等を析出させた結果として、ワイヤの析出強化を図るとともに、再結晶温度を上昇させ、高温長時間履歴における再結晶の進行を阻止したためである。特に、本発明例No.19~36については、Sc含有量が本発明の好適範囲内であり、接合部信頼性評価結果はすべて「◎」であった。
【0045】
表2の比較例No.1~10が比較例である。
比較例No.1~3は、Sc含有量が本発明下限未満であり、いずれも、信頼性評価結果が「×」であった。また、高温長時間履歴後のワイヤ内質を評価したところ、比較例No.1~3のいずれも、平均結晶粒径が50μmを超えていた。ワイヤ中のScが不足し、時効熱処理後においても機械的強度が十分に上昇せず、再結晶温度も十分に上昇せず、高温長時間履歴において再結晶が過度に進行したためと推定される。比較例No.1はさらにY、La等の合計含有量が本発明下限未満である。比較例No.3はさらにY、La等の合計含有量が本発明上限を超えており、ボンディング後の接合性、チップクラックが「×」であった。
【0046】
比較例No.4、5は、Y、La等の合計含有量が本発明の下限未満である。いずれも、信頼性評価結果が「△」であった。また、高温長時間履歴後のワイヤ内質を評価したところ、いずれも、平均結晶粒径が50μmを超えていた。ワイヤ中のY、La等の合計含有量が不足し、時効熱処理後においても機械的強度が十分に上昇せず、再結晶温度も十分に上昇せず、高温長時間履歴において再結晶が過度に進行したためと推定される。
比較例No.6は、Y、La等の合計含有量が本発明の上限を超えている。その結果、ワイヤのビッカース硬度は好適範囲外であった。また、ボンディング後の接合性、チップクラックは「×」であり、信頼性評価結果は「×」であった。
【0047】
比較例No.7~9は、Sc含有量が本発明の上限を超えている。さらに比較例No.7、8はY、La等の合計含有量が本発明下限未満、比較例No.10はY、La等の合計含有量が本発明の上限を超えている。比較例No.7~10のいずれも、Sc含有量が本発明の上限を超えているため、ビッカース硬度が本発明の好適上限外れとなっている。Scが上限を超えていると強制固溶しても固溶しきれず析出するため、ビッカース硬度が外れる。比較例No.10はY、La等の合計含有量も上限を超えているため、平均結晶粒径が本発明の好適下限未満、<111>方位面積率が本発明の好適上限外れとなった。ScおよびY、Laが上限を外れると、更に固溶しきれず析出するため、粒径は小さくなり、方位も<111>が多くなる。その結果、比較例No.7~10のいずれも、接合性、チップクラックについていずれも「×」であるとともに、高温長時間履歴後の接合部信頼性評価結果も「×」であった。