(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-19
(45)【発行日】2022-08-29
(54)【発明の名称】臍帯由来細胞を含む脳障害の治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/51 20150101AFI20220822BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20220822BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20220822BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20220822BHJP
【FI】
A61K35/51
A61P25/00
A61P25/28
A61P9/10
(21)【出願番号】P 2018519569
(86)(22)【出願日】2017-05-23
(86)【国際出願番号】 JP2017019281
(87)【国際公開番号】W WO2017204231
(87)【国際公開日】2017-11-30
【審査請求日】2020-05-12
(31)【優先権主張番号】P 2016103711
(32)【優先日】2016-05-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実用化研究事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】長村 登紀子
(72)【発明者】
【氏名】向井 丈雄
【審査官】六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】日本小児科学会雑誌,2015年,Vol.119, No.2,p.231,JP-037
【文献】日本周産期・新生児医学会雑誌,2015年,Vol.51 ,No.1,pp.49-52
【文献】日本小児科学会雑誌,2016年02月,Vol.120, No.2,p.160, EL6
【文献】日本保険医学会誌,2004年,102(1),pp.100-106
【文献】Brain Res.,2013年,Vol.1532,p.76-84
【文献】Case reports in transplantation,2013年,Vol. 2013,Article ID 146347,4 pages
【文献】Cytotherapy,2015年,Vol. 17, No. 2,p. 224-231
【文献】Cytotherapy,2016年02月,Vol.18,No.2,p.229-241
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)CD105、CD73、CD90、CD44、HLA-classI、HLA
-G5およびPD-L2が陽性であり、かつ
(ii)CD45、CD34、CD11b、CD19およびHLA-ClassII
が陰性である臍帯由来細胞を含む
、新生児期における脳挫傷、脳性麻痺、低酸素性虚血性脳症、脳出血又は脳室周囲白質軟化症の治療剤。
【請求項2】
静脈内投与用である、請求項1に記載の治療剤。
【請求項3】
前記臍帯由来細胞が、羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む臍帯組織から調製した細胞である、請求項1または2に記載の治療剤。
【請求項4】
前記臍帯由来細胞が、
(iii)炎症の条件下でIDO、PGE2、PD-L1のいずれか1つの遺伝子及び/又はタンパクの発現が誘導される、請求項1から3のいずれか1項に記載の治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臍帯由来細胞を含む脳障害の治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
周産期の新生児脳障害は出生1000人に1~2人の頻度で合併し、その後の生涯にわたる脳性麻痺の原因となり、また本人のみならず養育する家族にも多大な負担がかかる病態である。
【0003】
脳性麻痺の原因となる周産期脳障害には、低酸素性虚血性脳症、脳出血、脳室周囲白質軟化症などがあり、これらの主病態は細胞内Ca上昇、ミトコンドリア機能不全から生じる活性酸素の上昇、マクロファージの活性化とそれに伴う高サイトカイン血症という炎症病態である。特に、脳出血は未熟児に合併しやすく、最も症状が重く生命予後が悪い。
【0004】
治療法として低体温療法が有効とされているが、施行児8~9人の内1人に効果があるとされる程度である。且つ低体温療法以外に確立された治療法がないのが現状である。
【0005】
これまでは、自家骨髄由来間葉系細胞をそのまま脳性麻痺患者へ投与する臨床研究が進められており、その有効性が報告されている(非特許文献1)。また、臍帯由来細胞の投与の報告はあるが、一部の運動機能において著明な改善には至っていない(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Cytotherapy 2013 Dec;15(12):1549-62
【文献】Cytotherapy 2015 17(2): 224-231
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
脳出血や虚血を起因とする脳障害では、原因となる出血や虚血を治癒するだけではなく、当該原因により障害を受けた神経細胞等の保護または再生を促進する必要がある。このような神経細胞等の保護または再生のため臍帯由来細胞を投与することが考えられているが、臍帯からの採取方法によって得られる細胞の特性が異なり、臍帯由来であれば如何なる細胞であってもその効果を有するか不明である。また、脳障害において、腰椎穿刺によるクモ膜下腔内投与において行われることが想定されているが、当該投与方法はリスクが高くより容易な投与経路にて効果を奏する治療剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む臍帯組織から調製した細胞を含む細胞集団の静脈投与にて、脳出血による脳障害の行動改善ができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、下記に関するものである:
[1]臍帯由来細胞を含む、脳障害の治療剤。
[2]静脈内投与用である、[1]に記載の治療剤。
[3]前記臍帯由来細胞が、羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む臍帯組織から調製した細胞である、[1]または[2]に記載の治療剤。
[4]前記臍帯由来細胞が、
(i)CD105、CD73、CD90、CD44、HLA-classI、HLA-G5およびPD-L2が陽性であり、かつ
(ii)CD45、CD34、CD11b、CD19およびHLA-ClassIIが陰性である特徴を有する細胞である、[1]から[3]のいずれかに記載の治療剤。
[5]前記臍帯由来細胞が、
(iii)炎症の条件下でIDO、PGE2、PD-L1のいずれか1つの遺伝子及び/又はタンパクの発現が誘導される、[1]から[4]のいずれかに記載の治療剤。
[6]前記脳障害が、胎児または新生児期における脳障害である、[1]から[5]のいずれかに記載の治療剤。
[7]前記脳障害が、脳性麻痺である、[1]から[6]のいずれかに記載の治療剤。
[8](i)CD105、CD73、CD90、CD44、HLA-classI、HLA-G5およびPD-L2が陽性であり、かつ
(ii)CD45、CD34、CD11b、CD19およびHLA-ClassIIが陰性である、脳障害の治療のための臍帯由来細胞。
[9](iii)炎症の条件下でIDO、PGE2、PD-L1のいずれか1つの遺伝子及び/又はタンパクの発現が誘導される、[8]に記載の臍帯由来細胞。
[10]静脈内投与用である、[8]または[9]に記載の臍帯由来細胞。
[11]羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む臍帯組織から調製された細胞である、[8]または[9]に記載の臍帯由来細胞。
[12]前記脳障害が、胎児または新生児の脳障害である、[8]から[11]のいずれかに記載の臍帯由来細胞。
[13]前記脳障害が、脳性麻痺である、[8]から[12]のいずれかに記載の臍帯由来細胞。
[14]臍帯由来細胞を用いる、脳障害の治療方法。
[15]臍帯由来細胞を静脈内投与する、[14]に記載の治療方法。
[16]前記臍帯由来細胞が、羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む臍帯組織から調製した細胞である、[14]または[15]に記載の治療方法。
[17]前記臍帯由来細胞が、
(i)CD105、CD73、CD90、CD44、HLA-classI、HLA-G5およびPD-L2が陽性であり、かつ
(ii)CD45、CD34、CD11b、CD19およびHLA-ClassIIが陰性である、[14]から[16]のいずれかに記載の治療方法。
[18]前記臍帯由来細胞が、(iii)炎症の条件下でIDO、PGE2、PD-L1の遺伝子及び/又はタンパクの発現が誘導される、[17]に記載の治療方法。
[19]前記脳障害が、胎児または新生児期における脳障害である、[14]から[18]のいずれかに記載の治療方法。
[20]前記脳障害が、脳性麻痺である、[14]から[19]のいずれかに記載の治療方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む臍帯組織から調製した細胞を含む細胞集団を含む、および/または静脈内へ投与されることを特徴とする、脳障害の治療剤を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、臍帯由来細胞中のIDOのmRNAの発現量を定量PCRで測定した結果(陽性コントロールGAPDHに対する割合)を示す。
【
図2】
図2は、MLRと臍帯由来細胞を共培養した培養上清中のPGE2のタンパク濃度をELISAにて測定した結果を示す。
【
図3】
図3は、新生児脳出血モデルマウスへPBSを投与した後に採取した脳組織切片の染色像を示す。下図は、上図の枠の拡大像を示し、MAP2およびGFAPに対する抗体で染色した免疫染色像を示す。MAP2を緑色およびGFAPを赤色にて示す。
【
図4】
図4は、新生児脳出血モデルマウスの作製、治療および評価のスケジュールの模式図を示す。出生後5日目(Day5)に血液の脳内投与による脳出血モデルを作製し、出生後8日目(Day8)に治療用の細胞を投与し、出生後15日目および出生後22日目にMRIにて評価をし、出生後23日目に行動評価を行ったことを示す。
【
図5】
図5は、Luciferase遺伝子を導入した臍帯由来細胞を用いた体内動態の結果を示す。細胞投与後、6時間、3日、4日、5日、7日、14日および21日でのLuciferaseによる発光のin vivoイメージングを示す。投与後21日目には、臍帯由来細胞が検出できないことを示す。
【
図6】
図6は、10分間のオープンフィールド試験のマウスの行動軌跡を示す。下図は、臍帯由来細胞(MSC)または陰性対照(PBS)投与後の脳出血モデルマウスおよび正常マウスにおける行動距離(Traveled distance)と立ち上がり行動(Rearing)の回数のグラフを示す。
【
図7】
図7は、臍帯由来細胞(MSC)または陰性対照(PBS)投与後の脳出血モデルマウスおよび正常マウスにおける歩幅(前肢歩幅、後肢歩幅および前肢後肢間距離)または後肢角度の測定結果を示す。下図は各マウスでの左足の外転の様子を後肢角度の測定結果で示す。
【
図8】
図8は、出生後15日目(
図8A)および出生後22日目(
図8B)での臍帯由来細胞(MSC)または陰性対照(PBS)投与後の脳出血モデルマウスでのMRIの測定結果を示す。
【
図9】
図9は、無処置マウス、陰性対照(PBS)投与後または臍帯由来細胞(MSC)投与後の脳出血モデルマウスの脳室周囲組織のMAP2およびGFAPに対する抗体ならびにDAPIで染色した免疫染色像を示す。MAP2を緑色およびGFAPを赤色にて示し、DAPI(核)は青色にて示す。
【
図10】
図10は、無処置マウス、陰性対照(PBS)投与後または臍帯由来細胞(MSC)投与後の脳出血モデルマウスの脳室周囲組織のHE染色像を示す。
【
図11】
図11は、無処置マウス、陰性対照(PBS)投与後または臍帯由来細胞(MSC)投与後の脳出血モデルマウスの脳室周囲組織のMBP染色像を示す。
【
図12】
図12は、無処置マウス、陰性対照(PBS)投与後または臍帯由来細胞(MSC)投与後の脳出血モデルマウスの脳室周囲組織のMBP染色像を、組織学的に定量評価し、白質容量(%)を算出した結果を示す。
【
図13】
図13は、無処置マウス、陰性対照(PBS)投与後または臍帯由来細胞(MSC)投与後の脳出血モデルマウスの脳室周囲組織のTUNEL染色像を示す。
【
図14】
図14は、無処置マウス、陰性対照(PBS)投与後または臍帯由来細胞(MSC)投与後の脳出血モデルマウスの脳室周囲組織のTUNEL染色像を、組織学的に定量評価し、TUNEL陽性細胞の割合(%)を算出した結果を示す。
【
図15】
図15は、脳出血モデルマウスに、各条件で培養して得られた臍帯由来細胞(UC-MSC)を顔面静脈に投与した後、行動評価(10分間での行動距離の測定)を行った結果を示す。
【
図16】
図16は、脳出血モデルマウスに、各条件で培養して得られた臍帯由来細胞(UC-MSC)を顔面静脈に投与した後、行動評価(立ち上がりの回数測定)を行った結果を示す。
【
図17】
図17は、臍帯由来細胞中のBDNF及びHGFのmRNAの発現量を定量PCRで測定した結果(陽性コントロールGAPDHに対する割合)を示す。
【
図18】
図18は、マウスニューロンと臍帯由来細胞を共培養した培養上清中のBDNF及びHGFのタンパク濃度をビーズアッセイにて測定した結果を示す。
【
図19】
図19は、脳出血モデルマウスへの臍帯由来細胞投与の効果(血清中NGF含有量への影響)を調べた結果を示す。
【
図20】
図20は、脳出血モデルマウスへの臍帯由来細胞投与の効果(血清中BDNF含有量への影響)を調べた結果を示す。
【
図21】
図21は、脳出血モデルマウスへの臍帯由来細胞投与の効果(血清中HGF含有量への影響)を調べた結果を示す。
【
図22】
図22は、成体マウスへの臍帯由来細胞投与後の、該細胞の各臓器への残存評価を行った結果を示す。
【
図23】
図23は、臍帯由来細胞を頸静脈投与したマウスの脳切片の免疫染色(HLA-ClassI及びCD105)の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において臍帯とは、胎児と胎盤を繋ぐ白色の管状組織であり、胎盤および臍帯血を含まない組織を意味する。本発明の臍帯は、哺乳類から採取された臍帯であれば特に限定されないが、例えば、霊長類哺乳動物の臍帯である。より好ましくは、ヒトの臍帯である。
【0013】
本発明において臍帯由来細胞を脳障害の治療剤として利用するにあたり、臍帯は、治療対象から採取された臍帯であっても良く、治療対象以外から採取された臍帯であっても良い。調製時に制限を受けないとの観点から、治療対象以外から採取された臍帯を用いることが望ましい。なお、本発明の臍帯由来細胞は、後述する実施例において示されているとおり、治療対象以外から採取された臍帯由来の細胞であっても、免疫拒絶等により排除されることなく治療効果を奏することが確認されている。
【0014】
本発明において臍帯は、経膣分娩および帝王切開にて娩出された胎盤および臍帯を含む産褥組織から適宜胎盤を取り除き回収することができる。回収した臍帯から臍帯血を除去した後、無菌または制菌処理を行っても良い。臍帯血の除去は、ヘパリン含有溶液などの抗凝固溶液ですすぐことによって行われる。無菌または制菌処理は、特に限定されるものではないが、ポピドンヨードの塗布、またはペニシリン、ストレプトマイシン、アムホテリシンB、ゲンタマイシン、およびナイスタチンなどの1種類以上の抗生剤および/または抗真菌剤を添加した培地またはバッファー中に浸漬してもよい。また、必要に応じて、赤血球を選択的に溶解する工程を含んでも良い。赤血球を選択的に溶解する方法として、例えば、塩化アンモニウムによる溶解による高張培地または低張培地中でのインキュベーションなど、当技術分野で周知の方法を使用することができる。
【0015】
本発明の臍帯由来細胞とは、臍帯を原材料として、調製された細胞集団を意味し、当該調製方法として、(1)臍帯を切断する工程、(2)臍帯切片を培養する工程、および(3)継代する工程を含む方法が例示される。また、他の当該細胞の調製方法として、(A)臍帯を切断する工程もしくは酵素処理する工程、またはその双方により組織を解離させる工程、(B)臍帯組織を培養する工程、(C)継代する工程を含む方法が例示される。なお、臍帯由来細胞は、一様の細胞による集団ではなく、不均一な細胞集団であってよい。また、本発明の臍帯由来細胞は、次の特性を持つ細胞集団として定義しても良い;
(a)標準培地での培養条件で、プラスチックに接着性を示し、
(b)CD105、CD73、CD90、CD44、HLA-classI、HLA-G5およびPD-L2が陽性であり、CD45、CD34、CD11b、CD19およびHLA-ClassIIが陰性であり、かつ
(c)炎症の条件下でIDO、PGE2、PD-L1の遺伝子及び/又はタンパクの発現が誘導される。
【0016】
本発明において、陽性とは、抗原抗体反応を利用して検出されるフローサイトメトリー等の解析方法により、当該抗原を発現しない陰性対照細胞または当該抗原と反応しない抗体を用いる陰性対照反応と比較して、高く検出されることを意味し、同様に陰性とは、当該抗原を発現しない陰性対照細胞または当該抗原と反応しない抗体を用いる陰性対照反応と比較して、同等またはそれ以下の検出をされることを意味する。
【0017】
本発明において、HLA-classIとは、HLA-A、BまたはCを意味し、HLA-ClassIIとは、HLA-DR、DQまたはDPを意味する。
【0018】
本発明において、炎症の条件下とは、インターフェロンγ等の炎症性サイトカインと接触させる条件をいう。
【0019】
本発明の(1)臍帯を切断する工程では、上述の方法で入手した臍帯を、羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む状態にて機械力(細断力または剪断力)によって切断することによって行い得る。特に限定されないが、切断により得られた臍帯切片は、1から10mm3、1から5mm3、1から4mm3、1から3mm3または1から2mm3の大きさが例示される。本発明の(A)酵素処理する工程では、上述の方法で入手した臍帯を、羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む状態にて酵素処理にて、組織を解離させる工程にて行い得る。特に限定されないが、酵素処理には、コラゲナーゼ、ディスパーゼ及びヒアルロニダーゼなどによる酵素処理が例示される。
【0020】
本発明の(2)、(B)臍帯切片を培養する工程は、切断された臍帯切片を培養器に播種し、臍帯由来細胞に適した培養液中にて培養することで行い得る。本工程(2)において好ましい実施形態では、臍帯切片に対して消化酵素処理を行わない。
【0021】
本発明において、培養器は、固体表面を有する培養器であれば特に限定されないが、「固体表面」とは、本発明の臍帯由来細胞との結合を可能とする任意の材料を意味する。特定の態様では、このような材料は、その表面への哺乳類細胞の結合を促すように処理(例えば、親水性増加処理)されたプラスチック材料である。固体表面を有する培養容器の形状は特に限定されないが、シャーレやフラスコなどが好適に用いられる。
【0022】
本発明において、臍帯由来細胞に適した培養液は、基礎培地に、血清を添加する、および/または、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、コレステロール、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を添加して作製してもよい。これらの培地は、必要に応じて、さらに脂質、アミノ酸、タンパク質、多糖、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生剤、抗真菌剤、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの物質を添加しても良い。基礎培地は、例えば、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM)(高グルコースまたは低グルコース)、改良DMEM、DMEM/MCDB 201、Eagle’s 基本培地、Ham’s F10培地(F10)、Ham’s F-12培地(F12)、イスコーブの改変ダルベッコ(IMDM)培地、Fischer’s培地、間葉幹細胞増殖培地(MSCGM)、DMEM/F12、RPMI 1640、CELL-GRO-FREEおよびこれらの混合培地などが挙げられる。血清は、例えば、ヒト血清、ウシ胎児血清(FBS)、ウシ血清、仔ウシ血清、ヤギ血清、ウマ血清、ブタ血清、ヒツジ血清、ウサギ血清、ラット血清などがあるがこれらに限定されない。血清を用いる場合、基礎培地に対して、5v/v%から15v/v%、好ましくは、10v/v%を添加しても良い。脂肪酸は、リノール酸、オレイン酸、リノレイン酸、アラキドン酸、ミリスチン酸、パルミトイル酸、パルミチン酸、及びステアリン酸等が例示されるが、これらに限定されない。脂質は、フォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン等が例示されるが、これらに限定されない。アミノ酸は、例えば、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン酸、L-アスパラギン、L-システイン、L-シスチン、L-グルタミン酸、L-グルタミン、L-グリシンなどを含むがこれらに限定されない。タンパク質は、例えば、エコチン、還元型グルタチオン、フィブロネクチンおよびβ2-ミクログロブリン等が例示されるが、これらに限定されない。多糖は、グリコサミノグリカンが例示され、グリコサミノグリカンのうち特に、ヒアルロン酸、ヘパラン硫酸等が例示されるが、これらに限定されない。増殖因子は、例えば、血小板由来増殖因子(PDGF)、上皮増殖因子(EGF)、繊維芽細胞増殖因子(FGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、インスリン様増殖因子-1(IGF-1)、白血球阻害因子(LIF)、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、トランスフォーミング増殖因子ベータ(TGF-β)、肝細胞増殖因子(HGF)、結合組織増殖因子(CTGF)およびエリスロポエチン等が例示されるが、これらに限定されない。抗生剤および/または抗真菌剤は、ペニシリンG、ストレプトマイシン硫酸塩、アムホテリシンB、ゲンタマイシン、ナイスタチンおよびこれらの混合などが挙げられる。本工程(2)、(B)において、播種した臍帯切片が培養液中に浮遊を防ぐ観点から、培養期間中プレート等にて臍帯切片を押さえることが望ましい。当該プレートとして、特開2015-70824に記載のプレートが例示される。
【0023】
本工程(2)、(B)では、0~5%のCO2下で培養する。好ましくは、2~25%のO2下、より好ましくは、5~20%のO2下で培養する。好ましくは25~40℃で培養し、より好ましくは37℃で培養する。
【0024】
本工程(2)、(B)では、臍帯切片から細胞が遊走し、細胞が、培養器に対して50%、60%、70%、80%またはそれ以上のコンフルエントになるまで培養することが好ましい。培養後、非結合状態の細胞および細胞の破片を除去するために、細胞を洗浄し、トリプシン、EDTA溶液、コラゲナーゼ、ディスパーゼ、ヒアルロニダーゼまたはこれらの混合物を含む剥離剤によって剥離し、細胞および臍帯切片を含む剥離溶液をセルストレーナー等を用いてろ過することで、臍帯由来細胞として細胞のみを入手することができる。得られた臍帯由来細胞を、上述の培養器へ播種し、上述の培養液を用いて培養することができる。
【0025】
続いて、工程(3)、(C)として、継代培養することで、適宜、必要数まで臍帯由来細胞を増殖することができる。継代に当たっては、トリプシン、EDTA溶液、コラゲナーゼ、ディスパーゼ、ヒアルロニダーゼまたはこれらの混合物を含む剥離剤によって剥離し、別途用意した培養容器に適切な細胞密度で播種して培養を継続しても良い。細胞を播種する際において、典型的な細胞密度として、100細胞/cm2~100,000細胞/cm2、500細胞/cm2~50,000細胞/cm2、1,000~10,000細胞/cm2、2,000~10,000細胞/cm2などが例示される。特定の態様では、細胞密度は2,000~10,000細胞/cm2である。適切なコンフルエンシーに達するまでの期間が、3日間から7日間となるように調整することが好ましい。培養中、必要に応じて、適宜、培地を交換しても良い。
【0026】
本工程(3)、(C)の継代は、細胞分裂の停止する老化まで行われてもよい。治療に用いるとの観点から好ましくは、3回~25回の間継代培養され、より好ましくは、4回~12回継代培養される。
【0027】
得られた細胞は、本発明の臍帯由来細胞であることを確認するために、表面抗原等についてフローサイトメトリー等を用いて従来の方法で解析しても良い。また、当該細胞より産生される各種タンパク質量を測定することで、評価しても良い。
【0028】
得られた臍帯由来細胞は、そのまま、治療用に調製されても良く、凍結保存しても良い。凍結保存は、臍帯由来細胞を十分に保存できる凍結保存用溶液中に細胞を懸濁させ、-80℃~から-180℃で保存することによって行われる。凍結保存用溶液は、特に限定されないが、例えば、凍害防御剤およびグルコースを含む水溶液が例示される。凍害防御剤としては、例えば、ジメチルスルホキシド(以下DMSOとする)、デキストラン、グリセロール、プロピレングリコール、および1-メチル-2-ピロリドン等が挙げられる。凍害防御剤としては、DMSOおよびプロピレングリコールが好ましく、DMSOが特に好ましい。凍害防御剤は凍結保存用溶液中に1.0~15.0w/v%含まれることが好ましく、5.0~15.0w/v%含まれることがより好ましく、5.0~12.0w/v%含まれることがさらに好ましく、8.0~11.0w/v%含まれることが特に好ましい。
【0029】
凍結保存用溶液に含まれるグルコースは、凍結保存用溶液中に0.5~10.0w/v%含まれることが好ましく、1.0~10.0w/v%含まれることがより好ましく、2.0~8.0w/v%含まれることがさらに好ましく、2.0~5.0w/v%含まれることが特に好ましい。
【0030】
凍結保存用溶液は、さらに、他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、pH調整剤、および増粘剤等が挙げられる。pH調整剤としては、例えば、炭酸水素ナトリウム、HEPES、およびリン酸緩衝液等が挙げられる。また、Basic Stock Solution(BSS)にリン酸緩衝液を添加しない場合には、臍帯由来細胞に適したpH付近で緩衝能を持たせる働きを有する塩化ナトリウムを添加したものも用いることもできる。このうちリン酸緩衝液を用いることが特に好ましい。pH調整剤は凍結保存用溶液中のpHをおよそ6.5~9.0、好ましくは7.0~8.5に調整するために適宜用いることが好ましい。なお、本発明におけるリン酸緩衝液とは、塩化ナトリウム、リン酸一ナトリウム(無水)、リン酸一カリウム(無水)、リン酸二ナトリウム(無水)、リン酸三ナトリウム(無水)、塩化カリウム、およびリン酸二水素カリウム(無水)等のことをいい、特に塩化ナトリウム、リン酸一ナトリウム(無水)、塩化カリウム、またはリン酸二水素カリウム(無水)を用いることが好ましい。pH調整剤は凍結保存用溶液中に0.01~1.0w/v%含まれることが好ましく、0.05~0.5w/v%含まれることがより好ましい。
【0031】
凍結保存用溶液は、天然の動物由来成分を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。天然の動物由来成分としては、例えば、上述の血清および基礎培地等が挙げられる。凍結保存用溶液は、天然の動物由来成分を含まないことが好ましい。天然の動物由来成分を含まない凍結保存用溶液では、天然の動物由来成分のロット間での品質の違いの問題を生じることがない上、血清に含まれる各種サイトカイン、増殖因子およびホルモン等の本来細胞保存に不必要な成分による臍帯組織中の細胞の性質の変化の虞を回避でき、さらに、基礎培地に含まれる由来が不明な成分による影響も回避できる。そのため、天然の動物由来成分を含まない凍結保存用溶液は、特に臨床使用において非常に有用である。
【0032】
凍結保存用溶液は、さらに、増粘剤を含んでいてもよい。増粘剤は、臍帯組織を十分に保存できる凍結保存用溶液を構成し得るものであれば、特に限定されない。増粘剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース(以下CMCとする)、カルボキシメチルセルロースナトリウム(以下CMC-Naとする)、有機酸ポリマー、アルギン酸プロピレングリコール、およびアルギン酸ナトリウム等が挙げられる。増粘剤としては、CMCおよびCMC-Naが好ましく、CMC-Naが特に好ましい。また、有機酸ポリマーのうちではポリアクリル酸ナトリウムが好ましい。増粘剤は凍結保存用溶液中に0.1~1.0w/v%含まれることが好ましく、0.1~0.5w/v%含まれることがより好ましく、0.2~0.4w/v%含まれることがさらに好ましい。
【0033】
凍結保存用溶液は、水溶液であることが好ましい。凍結保存用溶液の浸透圧は、保存液としての性能を保持するために、1000mOsm以上であることが好ましく、1000~2700mOsmであることがより好ましい。
【0034】
好ましい凍結保存用溶液として、増粘剤、凍害防御剤、およびグルコースを含み、かつ天然の動物由来成分を含まない水溶液である。より好ましい一例として、CMC-Na、DMSO、およびグルコースを含み、かつ天然の動物由来成分を含まない水溶液である。凍結保存用溶液は、さらに好ましい一例において、CMC-Naを0.1~1.0w/v%含み、DMSOを1.0~15.0w/v%含み、グルコースを0.5~10.0w/v%含み、かつ天然の動物由来成分を含まない水溶液である。
【0035】
上記の方法により得られた臍帯由来細胞は、輸液製剤と混合することで、脳障害の治療剤として調製することができる。一方、凍結保存された臍帯由来細胞は、凍結保存用溶液に懸濁され、解凍後にそのまま脳障害の治療剤としても良く、輸液製剤と混合することで、脳障害の治療剤として調製しても良い。混合にあっては、細胞が懸濁された培養液または凍結保存用溶液を輸液製剤等と混合しても良く、遠心分離等により細胞を溶媒と分離した後、細胞のみを輸液製剤と混合しても良い。手技の煩雑さを回避するため、凍結した細胞を解凍後、培養する工程を含まないこと、または融解後の細胞が懸濁された凍結保存液を直接輸液製剤と混合することが好ましい。
【0036】
本発明における「輸液製剤」としては、ヒトの治療の際に用いられる溶液であれば特に限定されないが、たとえば、生理食塩水、5%ブドウ糖液、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、1号液、2号液、3号液、4号液等が挙げられる。
【0037】
本発明の脳障害の治療剤には、臍帯由来細胞と輸液製剤とを組み合わせたキットも含まれる。
【0038】
細胞を混合した輸液製剤は、さらに、薬学的に許容される担体をさらに添加しても良い。本発明において、担体とは、治療薬を投与するための懸濁剤、溶解補助剤、安定化剤、等張化剤、保存剤、吸着防止剤、界面活性剤、希釈剤、媒体、pH調整剤、無痛化剤、緩衝剤、含硫還元剤、酸化防止剤などを適切に添加することができる。
【0039】
懸濁剤の例としては、メチルセルロース、ポリソルベート80、ヒドロキシエチルセルロース、アラビアゴム、トラガント末、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート等を挙げることができる。溶液補助剤としては、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリソルベート80、ニコチン酸アミド、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、マクロゴール、ヒマシ油脂肪酸エチルエステルなどを挙げることができる。安定化剤としては、デキストラン40、メチルセルロース、ゼラチン、亜硫酸ナトリウム、メタ硫酸ナトリウム等を挙げることができる。等張化剤としては、例えば、D-マンニトール、ソルビトール等を挙げることができる。保存剤としては、例えば、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、ソルビン酸、フェノール、クレゾール、クロロクレゾール等を挙げることができる。吸着防止剤としては、例えば、ヒト血清アルブミン、レシチン、デキストラン、エチレンオキシドプロピレンオキシド共重合体、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、硬化ヒマシ油、ポリエチレングリコール等を挙げることができる。含流還元剤としては、例えば、N-アセチルシステイン、N-アセチルホモシステイン、チオキト酸、チオジグリコール、チオエタノールアミン、チオグリセロール、チオソルビトール、チオグリコール酸及びその塩、チオ硫酸ナトリウム、グルタチオン、炭素原子数1~7のチオアルカン酸などのスルホヒドリル基を有するもの等を挙げることができる。酸化防止剤としては、例えば、エリソルビン酸、ジブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、α-トコフェロール、酢酸トコフェロール、L-アスコルビン酸及びその塩、L-アスコルビン酸パルミテート、L-アスコルビン酸ステアレート、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、没食子酸トリアミル、没食子酸プロピルまたはエチレンジアミン4酢酸ナトリウム(EDTA)、ピロリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウムなどのキレート剤等を挙げることができる。さらには、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、炭酸水素ナトリウムなどの無機塩;クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、酢酸ナトリウムなどの有機塩、グルコースなどの糖類など通常的に添加される成分を適宜添加していてもよい。また、抗凝固、pH調整剤としては、例えば、ACD-A液(クエン酸Na水和物クエン酸水和物、ブドウ糖などからなる組成)を添加してもよい。
【0040】
細胞を混合した輸液製剤は、局所投与のために、バイオポリマーなどの有機物、ハイドロキシアパタイトなどの無機物、具体的には、コラーゲンマトリックス、ポリ乳酸ポリマーまたはコポリマー、ポリエチレングリコールポリマーまたはコポリマー及びその化学的誘導体と混合しても良い。
【0041】
本発明の脳障害の治療剤の投与方法は、例えば、脳内投与、髄腔内投与、筋肉内投与、皮下投与、静脈内投与等が例示されるが、以下の実施例にて効果が示されている静脈内投与が、投与者の技術によらず、安全におよび安定的に投与できることから特に好ましい。
【0042】
本発明の脳障害の治療剤の投与量は、対象に投与した場合に、投与していない対象と比較して疾患に対して治療効果を得ることができる細胞量である。具体的な投与量は、被験者の年齢、体重、虚血の範囲、症状等によって適宜決定することができるが、例えば、臍帯由来細胞数として、1回の投与当たり104~109個/kg体重、104~108個/kg体重、104~107個/kg体重が挙げられ、より好ましくは、104~108個/kg体重である。
【0043】
本発明の脳障害の治療剤の投与回数は、複数回、例えば、2回、3回、4回、5回またはそれ以上投与しても良く、当該投与回数は、対象の治療効果を確認しながら、適宜決定されてもよい。複数回投与する場合の投与間隔は、対象の治療効果を確認しながら、適宜決定されれば良く、例えば、1日1回、1週1回、2週1回、1ヶ月1回または3ヶ月1回、6か月1回等が挙げられる。
【0044】
本発明において脳障害とは、中枢神経系の急性および慢性の障害のみに限らず、症状または疾病を包含する包括的な用語である。急性脳障害としては、限定されるものではないが、脳出血、脳虚血または脳梗塞(塞栓性閉塞および血栓性閉塞を含む)、脳挫傷、脳性麻痺、低酸素性虚血性脳症、脳室周囲白質軟化症、および揺さぶられっ子症候群等が例示される。なお、脳出血とは、高血圧、動脈硬化、外傷、脳腫瘍、脳動静脈の奇形または脳動静脈解離等を原因とする頭蓋内(硬膜外、硬膜下、くも膜下、および大脳内)での出血を意味する。慢性脳障害としては、限定されるものではないが、アルツハイマー病、ピック病、レビー小体病、進行性核上性麻痺、多系統萎縮症、筋萎縮性側索硬化症、変性性運動失調、大脳皮質基底核変性症、亜急性硬化性汎脳炎、ハンチントン病、パーキンソン病、進行性多巣性白質脳症、および家族性自律神経異常症等が例示される。
【0045】
本発明の提供する治療剤のより有効な効果を考慮すると、急性脳障害への適応が好ましく、さらに好ましくは、胎児または新生児期における脳障害への適応である。当該胎児または新生児期における脳障害として、脳出血、脳虚血、脳挫傷、脳性麻痺、低酸素性虚血性脳症、脳室周囲白質軟化症または揺さぶられっ子症候群が例示される。なお、胎児または新生児期における脳障害の治療には、最初の脳障害を起因として生じる2次的な脳障害、例えば、胎児または新生児期における脳虚血を起因として発症する脳性麻痺の治療も包含する。胎児または新生児期における最初の脳障害を起因として生じる2次的な脳障害の治療は、必ずしも最初の脳障害の発症時に実施されるとは限らず、例えば、最初の脳障害の発症1週後、2週後、3週後、4週後、2か月後、3か月後、4か月後、5か月後、6か月後、1年後またはそれ以上経過後に実施されても良い。従って、本発明は、胎児または新生児期における最初の脳障害を起因として生じる2次的な脳障害のため、乳児、幼児、小児または成人に対して投与される治療剤を包含する。治療効果が高いとの観点から、脳障害後できる限り早く本発明の治療剤を投与することがより好ましい。なお、重症仮死で出生した場合、上述した脳障害のいずれかへの罹患の可能性が高いことから、確定診断を待たず、出生後できる限り早く、例えば、14日以内に本発明の治療剤を投与することが好ましい。
【0046】
本発明において、胎児とは、母体の中で成長中の児であり、妊娠第8週目以降出産前までの児であり、新生児とは、生後0日から28日未満の児のことであり、乳児とは、生後28日以上1歳未満の児のことであり、幼児とは、1歳以上6歳未満の児のことであり、小児とは、6歳以上20歳未満の児のことであり、成人とは、20歳以上の人を意味する。従って、胎児または新生児期とは、妊娠第8週目以降から生後28日未満までの期間を意味する。
【0047】
本発明において、脳障害の治療とは、上述の脳障害の病態を正常の状態に戻すことのみならず、症状を緩和すること、進行を遅延させること、発症を遅延させること、または予防することを包含する。
【0048】
本発明の脳障害の治療剤は、他の治療薬と併用して用いても良く、単剤として用いても良い。
【0049】
本発明は、臍帯由来細胞を用いる、脳障害の治療方法も含む。具体的には、本発明の治療方法は、上述した本発明の臍帯由来細胞を含む脳障害の治療剤を用いる治療方法が挙げられ、具体的な説明としては上述の記載を適用できる。中でも、本発明の治療方法としては、臍帯由来細胞を静脈内投与する治療方法であることが好ましい。また、前記臍帯由来細胞が、羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む臍帯組織から調製した細胞であるとよい。さらに、前記臍帯由来細胞が、(i)CD105、CD73、CD90、CD44、HLA-classI、HLA-G5およびPD-L2が陽性であり、かつ(ii)CD45、CD34、CD11b、CD19およびHLA-ClassIIが陰性である、ことが好ましい。前記脳障害としては、胎児または新生児期における脳障害、特に脳性麻痺であると、本発明の治療方法は顕著な効果を奏する。
【実施例】
【0050】
臍帯由来細胞
臍帯由来細胞は、Cytotherapy, 18, 229-241, 2016に記載の方法で採取した。簡潔には、東京大学医科学研究所の倫理委員会の承認を得た上で、提供者の同意を得て採取された臍帯の組織要素すべて(羊膜、血管、血管周囲組織およびワルトンジェリーを含む)を1から2mm3の断片に細断し、培養皿上へ播種し、セルアミーゴ(株式会社 椿本チエイン)を被せ、10% fetal bovine serum (FBS)と抗生物質を添加したα-minimal essential medium (αMEM)中で培養する改良エクスプラント法によって得られた。当該細胞の性状はプラスチック付着性である。
【0051】
臍帯由来細胞の表面抗原としては、CD73、CD105、CD90、CD44およびHLA-classIが陽性、HLA-ClassII、CD34、CD45、CD19、CD80、CD86、CD40およびCD11bが陰性を呈した。さらに、HLA-G5およびPD-L2が陽性を呈した。また、HLA-Gは弱陽性、CD49d(ITGA4)およびCD184(CXCR4)は陰性~弱陽性、CD29(ITGB1)は陽性を呈した。なお、表面抗原の発現の有無は、それぞれの抗原に対する特異抗体を用いたFACS解析により確認した。
【0052】
臍帯由来細胞は、平常状態においてHGF(Hepatic Growth Factor)の遺伝子を高発現していること、炎症の条件下(IFN-γ 100ng/mL)においてIDO(Indoleamine 2,3-dioxygenase)の遺伝子発現が誘導されることが、Realtime PCRによって確認された。IDOについての結果を
図1に示す。特にHGFの発現は、骨髄由来間葉系幹細胞に比べて、臍帯由来細胞でより高いことがわかった。また、臍帯由来細胞を、MLR(同種リンパ球混合反応)と共培養することにより、PGE2の分泌が誘導されることが、ELISAにて確認された(
図2)。なお、
図2中、「R」はResponderのリンパ球を、「S」はStimulatorのリンパ球を示し、Stimulatorは増殖がおこらないように予め放射線処理を施してある。Lot1~Lot4は、臍帯由来細胞のロットを示している。PHA-L(フィトヘマグルチニン-L)は非特異的に炎症を惹起する試薬である。
【0053】
新生児脳出血モデルマウス
人為的脳出血モデルは、生後5日から7日のB6 Albino新生仔マウスに、成体マウスの血液20μLを右側脳室内に投与して作成した。脳出血モデルをMRIにて撮影したところ、T2画像において脳室の拡大が認められた。出血を施した脳室(患側)では、正常の脳室(健側)と比較して、中間径フィラメントであるGFAP陽性の線維(赤色)が多く見られた(
図3)。
【0054】
細胞投与
臍帯由来細胞は、4継代程度の細胞を回収し、凍害保護液(特開2015-142559を参照のこと)を用いて凍結し、静脈内投与前に37℃で急速解凍し、凍害保護液のまま投与した。脳出血モデルとして脳室内へ血液投与後3日目に、1×10
5個の臍帯由来細胞または陰性対照としてPBSを脳出血モデルマウスの顔面静脈に注射した。モデル作成、細胞投与および評価のスケジュールを
図4に示す。なお、本実験は各群3匹で行った。
【0055】
細胞投与後の評価
Luciferase遺伝子を導入した臍帯由来細胞を用いた体内動態の検討から、投与した細胞は、
図5に示す通り、投与3日後には、頭部へ到達していることが確認された。
【0056】
行動評価を行ったところ、PBS投与群に比して、臍帯由来細胞投与群において、10分間での行動距離と立ち上がりの回数の増加を認めた(
図6)。従って、臍帯由来細胞の投与により、運動機能障害の有意な改善を認めた。
【0057】
また、新生児脳出血モデルマウスでは、右側脳出血により左片側麻痺が生じているため左足の外転を呈しており、PBS投与群では左右足の角度差が左に傾く傾向にあるが、臍帯由来細胞投与群ではその傾向はみられなかった(
図7)。従って、臍帯由来細胞の投与は、運動機能改善と同時に脳出血後片麻痺の軽減にも寄与していること可能性が確認された。
【0058】
新生児脳出血(III度からIV度)は未熟児に多く、ほぼ脳性麻痺に進展する。その機序は、出血による炎症と神経損傷であり、臍帯由来細胞にはこれらを改善できる作用があることが示唆された。ただし、MRI所見では、脳室拡大に対して、臍帯由来細胞投与の効果は明らかには認められなかった(
図8)。しかし、臨床的にも画像所見と臨床症状(運動障害)は必ずしも相関しないことから、行動評価において改善が見られたことは、臍帯由来細胞の効能と考えられる。
【0059】
新生児脳出血モデルマウスにおける脳室周囲組織を、蛍光色素抗体を用いて検討したところ、陰性対照(PBS投与)群では、GFAP陽性細胞(グリア系細胞;赤色)の増加およびMAP2陽性細胞(Neuron系細胞;緑色)の減少を認めたが、臍帯由来細胞を投与した群では、無処置(出血なし)マウスと同様にMAP2陽性細胞が多くみられた(
図9)。なお、白黒画像とした場合には、GFAP陽性細胞は白く見える細胞である。
【0060】
また、陰性対照(PBS投与)群では、白質容量を示すMBP陽性領域の減少を認めたが、臍帯由来細胞を投与した群では、有意に改善した(
図10、11、12)。さらに、陰性対照(PBS投与)群では、アポトーシスを示すTUNEL陽性細胞が見られたが、臍帯由来細胞を投与した群では有意に改善した(
図13、14)。なお、
図14は、
図13の結果を数値化したものである。以上より、臍帯由来細胞の投与よって神経細胞の回復または神経細胞の脱落予防の効果があることが確認された。なお、図中のIVHは、Intraventricular hemorrhage(脳室内出血)を示している。以降の図においても同様である。
【0061】
前述と同様に、人為的脳出血モデルを作製して、脳室内へ血液投与後3日目に、αMEM培地(MEM投与群;IVH+UC-MSC(MEM);n=13)もしくは無血清培地(Rhoto社製;RM投与群;IVH+UC-MSC(RM);n=11)で培養を行った臍帯由来細胞を1×10
5個、または陰性対照としてPBS(PBS投与群;IVH;n=11)を脳出血モデルマウスの顔面静脈に注射して、行動評価を行った。正常マウス(n=8)の結果をControlとして示した。PBS投与群に比して、臍帯由来細胞投与群において、10分間での行動距離の増加を認め、さらにRM投与群では10分間での行動距離が有意に増加した(
図15)。また、PBS投与群に比して、臍帯由来細胞投与群において、立ち上がりの回数が有意に増加した(
図16)。従って、臍帯由来細胞の投与により、運動機能障害の有意な改善を認めた。
【0062】
臍帯由来細胞中のBDNF(Brain-derived neurotrophic factor)及びHGF発現量を定量PCRで測定し、BDNF及びHGF発現が確認された(
図17)。
【0063】
胎生16日目のマウスの大脳皮質ニューロンを初代培養し、酸素8%、グルコースフリーのOGD(oxygen-glucose depletion)環境で10時間培養し、in vitroでの脳虚血モデルを作成した。マウスニューロンと臍帯由来細胞を共培養し、上清中のBDNF及びHGFのタンパク濃度をビーズアッセイで測定した。臍帯由来細胞のみの上清中にもBDNF及びHGFは分泌されているが、OGD後のマウスニューロンと共培養するとBDNF及びHGFの濃度は共に上昇した(
図18)。本実験はn=1で実施した。
【0064】
前述と同様に、人為的脳出血モデルを作成して、モデルマウスの血清を用いてHuman-BDNF、Human-NGF(Nerve growth factor)、Human-HGFの濃度をビーズアッセイで測定した。IVH(-)はn=6、IVH(+)+vehicleはn=6、IVH(+)+UC-MSCsはn=14で実施した。NGFはすべての群で認められなかった(
図19)が、BDNFとHGFは臍帯由来細胞投与群で、14匹中9匹で濃度が上昇していた(
図20、21)。
【0065】
新生仔マウスに臍帯由来細胞(1×10
5個)を顔面静脈から投与後24時間及び3週間においてHuman Alu element-genomic DNAの含有量を定量PCRで測定し、臍帯由来細胞の各臓器への残存評価を行った。投与24時間後に肺及び脳に多くのAlu sequenceが認められたが、投与3週間後にはいずれの臓器においても、Alu sequenceは検出されなかった(
図22)。本実験はn=3で実施した。
【0066】
また、新生仔マウスに臍帯由来細胞(1×10
5個)を投与後24時間及び3週間の脳について、HLA-ClassI及びCD105の免疫染色を行い、脳での臍帯由来細胞の各臓器への残存評価を行った。臍帯由来細胞を顔面静脈投与したマウスの脳切片で、perivascularエリアにHLA-ClassIとCD 105のダブルポジティブ細胞がみられた(
図23)が、投与3週間後には、HLA-ClassIとCD 105のダブルポジティブ細胞は認められなかった。本実験はn=1で実施した。
【0067】
以上の結果から、新生児脳出血から脳室周囲白質軟化症(Periventricular leukomalacia:PVL)に発展するケースも多く、臍帯由来細胞投与によりPVLへの進行を阻止できる可能性が示唆された。また、交通事故、外傷による脳出血に対する治療にも応用できると考えられた。