(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-22
(45)【発行日】2022-08-30
(54)【発明の名称】低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/00 20060101AFI20220823BHJP
C22B 3/28 20060101ALI20220823BHJP
B01D 11/04 20060101ALI20220823BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/28
B01D11/04 B
B01D11/04 102
(21)【出願番号】P 2018123467
(22)【出願日】2018-06-28
【審査請求日】2021-02-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123869
【氏名又は名称】押田 良隆
(72)【発明者】
【氏名】中村 聡
(72)【発明者】
【氏名】新宮 正寛
(72)【発明者】
【氏名】三ツ井 宏之
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-183267(JP,A)
【文献】特開2010-174359(JP,A)
【文献】特開2015-209582(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第03222735(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
向流多段方式の抽出装置を用い、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液からアミン系抽出剤と希釈剤から成る有機溶媒を用い、コバルトを溶媒抽出して塩化コバルト水溶液を生成する塩化コバルト水溶液の製造方法であって、
下記(1)~(3)の抽出段、洗浄段、逆抽出段の3処理を含む溶媒抽出方法における、前記抽出段の抽出始液にpH調整剤を添加することによって、前記抽出始液pHを0.2以上、1.1以下とすることを特徴とする低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法。
記
(1)前記コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液からコバルトを有機相に抽出し、コバルトが抽出された有機相とコバルトが除去された塩化ニッケル水溶液を得る抽出段。
(2)ミキサータンク内で、前記コバルトが抽出された有機相に、逆抽出後の水相の一部を洗浄始液として前記ミキサータンク内に供して、混合・接触させて、前記コバルトが抽出された有機相中に微量に残留したニッケルを洗浄後液に移行させて、ニッケルが除去された洗浄後有機相と洗浄後液を得る洗浄段。
(3)前記洗浄後有機相
にクロロ錯イオンとして担持されているCoをCoイオンとして脱離させ、他のFe、Cu、Znが脱離できない程度に塩化物イオン濃度が低い弱酸性水溶液
を水相の逆抽出液に用い、前記洗浄後有機相からコバルトを脱離して、
逆抽出後液の塩化コバルト水溶液を得る逆抽出段。
【請求項2】
前記コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液のニッケル濃度が140~240g/L、コバルト濃度が3~10g/Lであることを特徴とする請求項1に記載の低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法。
【請求項3】
前記アミン系抽出剤に3級アミン系抽出剤を用い、希釈剤に芳香族炭化水素を用いて有機溶媒を構成し、その有機溶媒中の抽出剤濃度が10~40体積%であることを特徴とする請求項1または2に記載の低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法。
【請求項4】
前記3級アミン系抽出剤が、トリ-ノルマル-オクチルアミン(TNOA:Tri-n-octylamine)又はトリ-イソ-オクチルアミン(TIOA:Tri-i-octylamine)であることを特徴とする請求項3に記載の低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
アミン系抽出剤を用いた溶媒抽出法による塩化コバルト水溶液の製造方法に関する。詳しくは、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液から、アミン系抽出剤を用いた溶媒抽出法によって塩化コバルト水溶液を製造する過程で、不純物であるニッケルの濃度を低減する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
コバルトは、特殊合金材料や磁性材料として工業的用途に広く使用されている金属である。通常、コバルトは、ニッケルの湿式製錬法において副産物として産出するものが大半を占めているため、コバルトの製造においてはニッケルとの分離が不可欠である。一般に、塩化物水溶液中に含まれるニッケルとコバルトの分離は、TNOA(Tri-n-octylamine)等のアミン系有機抽出剤を用いた溶媒抽出法によって実施されている。
このコバルトを含有する塩化ニッケル水溶液からアミン系抽出剤によってコバルトを抽出する方法は、以下に記載するような技術を利用して、抽出段、洗浄段、および逆抽出段から構成される溶媒抽出として工業化されている。
【0003】
抽出剤に用いられるTNOA(Tri-n-octylamine)等のアミン系抽出剤は、塩酸が付加されて活性化することにより、金属クロロ錯イオンの抽出能力を保有する。一般的には、塩化物イオン濃度が十分に高い、塩化物イオン濃度が200g/L以上の塩化物水溶液の場合、コバルトはクロロ錯イオンを形成するが、ニッケルはクロロ錯イオンを形成しないため、アミン系抽出剤は塩化ニッケル水溶液に対して優れたニッケルとコバルトの分離特性を有する。
【0004】
又、抽出段では、Co、Fe、Cu、Zn等といったクロロ錯イオンを形成する金属種が有機相中に抽出され、金属元素のクロロ錯イオンを担持したアミンが生成される。
前記の通り、ニッケルはクロロ錯イオンを形成しないため、抽残液中に残存して分離される。
【0005】
洗浄段では、抽出後有機相中のエントレインメント中に、すなわち抽出段において分離しきらず有機相中に懸濁した微細な液滴中に、含まれる主に不純物としてのニッケルの、洗浄始液による希釈が行われる。洗浄始液としては、純度が高い塩化コバルト水溶液である逆抽出後液を用いて抽出後有機相を洗浄する。
つまり、純度が高い塩化コバルト水溶液で洗浄することによって、抽出段からエントレインメントして持ち込まれる有機相中の塩化ニッケル水溶液を塩化コバルト水溶液で希釈・置換して、有機相中のニッケル濃度を低下させることができる。
なお、洗浄後の水相である洗浄後液はニッケルを含んだ塩化コバルト水溶液となるため、抽出始液に混合されて抽出段に繰り返される。
【0006】
逆抽出段では、洗浄後の有機相、すなわち金属クロロ錯イオンを担持したアミンを、弱酸性水溶液と接触させることで、金属種を水相中に脱離する処理を行う。ここで、弱酸性水溶液、すなわち塩化物イオン濃度が低い水溶液と接触させる逆抽出条件下では、Fe、Cu、Znは安定したクロロ錯イオンを生成しているため、大部分は有機相中に留まり水相中に脱離しない。一方で、Coは、塩化物イオン濃度の低下に伴い、クロロ錯イオンが生成しなくなるので、Coの選択逆抽出が可能になる。
しかし、Fe、Cu、Znの一部は脱離されるので、抽出段で抽出されたCoと微量のFe、Cu、Zn等といった金属種が水相中に脱離され、生成する逆抽出後液はコバルトを主成分とし、Fe、Cu、Zn、Mn等といった不純物を微量含有した塩化コバルト水溶液となる。
この逆抽出段で得られた逆抽出後液は、ニッケルとは別の処理ルートで、さらなる浄液、すなわちマンガン、銅、亜鉛等の不純物除去が行われ、電解採取により電気コバルトとして製品化される。
【0007】
ところで、逆抽出後液中の不純物は主に金属クロロ錯イオンとして有機相中に抽出された金属種である。金属クロロ錯イオンを形成しないニッケルが逆抽出後液中に不純物として含有される理由は、洗浄後有機相中のエントレインメントとしての物理的なコンタミネーションであり、洗浄段において、抽出後有機相中のエントレインメントが十分に洗浄されないことが原因として挙げられる。よって低ニッケル濃度の塩化コバルト水溶液を得るための一手段として、洗浄段における洗浄効率を上げることが考えられる。
ここで、洗浄効率を上げるという観点から、洗浄段におけるエントレインメントの洗浄に影響を与える要因としては、洗浄液の量、ミキサータンク内の相連続性等が考えられる。
【0008】
このような観点の下、洗浄段におけるエントレインメントの洗浄効率を上げる一手段として、洗浄始液量、すなわち逆抽出液量を増加させる方法が考えられるが、洗浄始液量を増加させると、抽出段で処理すべきコバルト量が増加して回収される塩化コバルト量が減少してしまうため、溶媒抽出工程でのコバルト回収効率を低下させ、また溶媒抽出工程全体のコバルト処理能力を低下させることになる。
そこで、洗浄始液量を増加させずに低ニッケル濃度の塩化コバルト水溶液を得ることができる、抽出後有機相の洗浄方法が求められていた。
【0009】
上記課題に対して、特許文献1では、(a)有機相中のアミン系抽出剤の濃度を30~40%とし、(b)抽出後の有機相のコバルト抽出率を30~40%とし、(c)洗浄段のO/A比(有機相対水相の体積比率)を10~14とし、(d)洗浄始液中のコバルト濃度を45~65g/Lとして、溶媒抽出を行う方法が開示されている。
【0010】
また、特許文献2には、(a)洗浄段のミキサータンク(攪拌槽)内を有機相連続とし、前記ミキサータンク内の有機相対水相の体積比率を3.0以下とし、(b)コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液のニッケル濃度が140~240g/L、コバルト濃度が3~10g/Lで、塩化コバルト水溶液のコバルト濃度が60~80g/Lとし、(c)アミン系抽出剤に3級アミン系抽出剤を用い、希釈剤に芳香族炭化水素を用いて有機溶媒を構成し、有機溶媒中の抽出剤濃度が10~40体積%とし、(d)3級アミンがTNOA又はTIOA(Tri-iso-octylamine)として、溶媒抽出を行う方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2011-006759号公報
【文献】特許第6156781号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
この特許文献1に開示の方法は、有機相中のアミン系抽出剤の濃度を高くすることで、アミン系抽出剤中のコバルトのクロロ錯イオンを担持したアミンの比率を下げることにより、洗浄段において有機相中のコバルトが水相中に逆抽出されることを防止すると共に、洗浄始液のコバルト濃度を低めに管理し、O/A比を高めに管理することによって、抽出段に繰返されるコバルト量を削減するものである。
【0013】
また、特許文献2に開示の方法は、洗浄段のミキサータンク(攪拌槽)内を有機相連続、つまり有機相中に水滴が分散している状態、とすることで、有機相中での水滴同士の結合が促進され、エントレインメント中のニッケル濃度を大幅に減少させるとともにエントレインメント量を減少させるものである。また、同時にO/A=3.0以下とすることで、有機相中での水滴同士の結合を促進し、洗浄を強化すると共に、油水分離性を向上させ、有機相中のエントレインメントを低減させている。
【0014】
特許文献1では、塩化コバルト水溶液のニッケル濃度を大きく上昇させること無く、抽出段に繰返されるコバルト量の削減を達成することが可能である。特許文献2では、有機相中での水滴同士の結合促進、洗浄強化、油水分離性向上により、有機相中のエントレインメントを低減させ、塩化コバルト水溶液中のニッケル濃度を5mg/L以下に低減した塩化コバルト水溶液の製造を可能としている。
【0015】
これらの発明により、洗浄段における洗浄効率の向上がなされるが、いずれの発明においても洗浄段における各種パラメーターを最適範囲に維持することが必須であり、どれか1つの条件でも、ひとたび最適範囲を外れると、塩化コバルト水溶液中のニッケル濃度上昇を抑制することができない問題を抱えている。操業条件の変動は必ず発生するため、狭い範囲で条件を整える必要があるこれらの発明には、工業的な実施に当たっての難しさが伴っていた。
そこで、根本的には、洗浄段における洗浄を強化するのではなく、抽出段において油水分離性を向上させ、抽出後有機中のエントレインメントを低減する方法も希求されていた。
【0016】
このような状況に鑑み、本発明は、上記問題点を解決するために、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液から、アミン系抽出剤と希釈剤から成る有機溶媒によって、コバルトを溶媒抽出する方法において、抽出後有機中のエントレインメントを低減して、低ニッケル濃度の塩化コバルト水溶液を製造することが可能な、低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するため、本発明者らは、特に抽出後有機中のエントレインメント量に着目して研究を重ねた結果、抽出始液にpH調整剤を添加することで、そのpHを低下させ、洗浄段における洗浄効率に依らず、ニッケル濃度を低減した塩化コバルト水溶液の製造が可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0018】
本発明の第1の発明は、向流多段方式の抽出装置を用い、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液からアミン系抽出剤と希釈剤から成る有機溶媒を用い、コバルトを溶媒抽出して塩化コバルト水溶液を生成する塩化コバルト水溶液の製造方法であって、下記(1)~(3)の抽出段、洗浄段、逆抽出段の3処理を含む溶媒抽出方法における、前記抽出段の抽出始液にpH調整剤を添加することによって、前記抽出始液のpHを0.2以上、1.1以下とすることを特徴とする低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法である。
【0019】
(1)前記コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液からコバルトを有機相に抽出し、コバルトが抽出された有機相とコバルトが除去された塩化ニッケル水溶液を得る抽出段。
(2)ミキサータンク内で、前記コバルトが抽出された有機相に、逆抽出後の水相の一部を洗浄始液として前記ミキサータンク内に供して、混合・接触させて、前記コバルトが抽出された有機相中に微量に残留したニッケルを洗浄後液に移行させて、ニッケルが除去された洗浄後有機相と洗浄後液を得る洗浄段。
(3)前記洗浄後有機相にクロロ錯イオンとして担持されているCoをCoイオンとして脱離させ、他のFe、Cu、Znが脱離できない程度に塩化物イオン濃度が低い弱酸性水溶液を水相の逆抽出液に用い、前記洗浄後有機相からコバルトを脱離して、逆抽出後液の塩化コバルト水溶液を得る逆抽出段。
【0020】
本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液のニッケル濃度が140~240g/L、コバルト濃度が3~10g/Lであることを特徴とする低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法である。
【0021】
本発明の第3の発明は、第1及び第2の発明において、前記アミン系抽出剤に3級アミン系抽出剤を用い、希釈剤に芳香族炭化水素を用いて有機溶媒を構成し、その有機溶媒中の抽出剤濃度が10~40体積%であることを特徴とする低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法である。
【0022】
本発明の第4の発明は、第3の発明において、前記3級アミン系抽出剤が、トリ-ノルマル-オクチルアミン(TNOA:Tri-n-octylamine)又はトリ-イソ-オクチルアミン(TIOA:Tri-i-octylamine)であることを特徴とする低Ni濃度塩化コバルト水溶液の製造方法である。
【発明の効果】
【0023】
コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液から、アミン系抽出剤と希釈剤から成る有機溶媒によって、コバルトを溶媒抽出する方法において、抽出後有機中のエントレインメントを低減して、低ニッケル濃度の塩化コバルト水溶液を製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明に係る溶媒抽出プロセスの概略図である。
【
図2】本発明に係る溶媒抽出における物質フローの模式説明図である。
【
図3】抽出始液pHと抽出後有機中エントレインメントの関係を示した図である。
【
図4】抽出後有機中エントレインメントの計算に用いるマテリアルバランスを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明のNi濃度を低減した塩化コバルト水溶液の製造方法に関し、詳細に説明する。
本発明によるNi濃度を低減した塩化コバルト水溶液の製造方法は、向流多段方式の抽出装置を用い、コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液からアミン系抽出剤と希釈剤から成る有機溶媒を用い、コバルトを溶媒抽出して塩化コバルト水溶液を生成する塩化コバルト水溶液の製造方法であって、以下の3処理を含む溶媒抽出方法における抽出段の抽出始液にpH調整剤を添加することによって前記抽出始液のpHを0.2以上、1.1以下とすることを特徴とするものである。
【0026】
(1)コバルトを含有する塩化ニッケル水溶液からコバルトを有機相に抽出し、コバルトが除去された塩化ニッケル水溶液を得る抽出段。
(2)ミキサータンク内で、前記コバルトが抽出された有機相に、逆抽出後の水相の一部を洗浄始液として、前記ミキサータンク内に供して混合・接触させて、前記コバルトが抽出された有機相中に微量残留したニッケルを洗浄後液に移行させて、ニッケルが除去された洗浄後有機相と洗浄後液を得る洗浄段。
(3)前記洗浄後有機相から、弱酸性水溶液によってコバルトを脱離して、塩化コバルト水溶液を得る逆抽出段。
【0027】
図1に、本発明に係る溶媒抽出プロセスの概略図を示し、
図2に溶媒抽出における物質フローの模式説明図を示す。
溶媒抽出は、向流多段方式で行われ、抽出段、洗浄段、逆抽出段から構成されている。
抽出段、洗浄段、逆抽出段の段数は、それぞれの段においてインプットされる水相および有機相の組成、抽出剤、抽出装置によって決まってくるが、一般に、有機相と水相の接触を確実に行い良好な抽出結果を得るためにはそれぞれ複数段にすることが好ましい。
【0028】
本発明に用いられる抽出剤は、反応性の高さや水に対する溶解度の低さから3級アミンを用いることが好ましく、取扱い性、価格等を勘案するとTNOA(Tri-n-octylamine)、又はTIOA(Tri-i-octylamine)を用いることが好ましい。
この抽出剤を希釈し、抽出に用いる有機溶媒を構成する希釈剤としては、水に対する溶解度の低さや良好な油水分離性から芳香族炭化水素を用いることが好ましい。
【0029】
有機相、すなわち抽出剤と希釈剤の混合物中の抽出剤濃度は、10~40体積%とする。抽出剤濃度を10~40体積%とするのは、抽出段におけるNiとCoの分離能を発現し、かつ、粘度上昇を抑え、油水分離性を確保するためである。抽出剤濃度が10体積%未満では、有機溶媒の流量が増加して抽出装置が過大となる。また、有機溶媒の流量増加は、油水分離不良の原因となる。抽出剤濃度が40体積%を超えると、Co等と反応した抽出剤の粘度が増加するため、油水分離性が悪化する。
【0030】
抽出段では、Co、Cu、Fe、Zn等のクロロ錯イオンを形成する金属種が有機相中に抽出され、金属元素のクロロ錯イオンを担持したアミンが生成される。
なお、ニッケルはクロロ錯イオンを形成しないので、抽残液中に残留して分離されるが、
図2に示すように抽出後有機中にも、エントレインメントとして塩化ニッケル水溶液の微細水滴が懸濁している。
【0031】
洗浄段では、この抽出後有機中のエントレインメント、すなわち有機相中に懸濁する抽残液である塩化ニッケル水溶液の微細な水滴、に対する洗浄水による希釈置換が行われる。
本発明に係るアミン系抽出剤によってニッケルとコバルトを分離する方法では、純度の高い塩化コバルト水溶液であるところの逆抽出液の一部を用いて抽出後有機を洗浄する。
【0032】
逆抽出段では、洗浄後の有機相を、すなわちCoと微量のCu、Fe、Zn等のクロロ錯イオンを担持したアミンを、弱酸性水溶液と接触させることにより、これらの金属種を水相中に脱離する。ここで、弱酸性水溶液、すなわち塩化物イオン濃度が低い水溶液と接触させる逆抽出条件下では、Fe、Cu、Znは安定したクロロ錯イオンを生成しているため、大部分は有機相中に留まり水相中に脱離しない。一方で、Coは、塩化物イオン濃度の低下に伴い、クロロ錯イオンが生成しなくなるので、Coはほぼ全量が脱離する。しかし、Fe、Cu、Znの一部は脱離されるので、逆抽出後液として、微量のCu、Fe、Znを含んだ塩化コバルト水溶液が得られる。
【0033】
この一連の溶媒抽出プロセスにおいて、上記の通り、金属クロロ錯イオンを形成しないニッケルが塩化コバルト水溶液中に不純物として含有されるのは、洗浄後有機相中のエントレインメントとしての塩化ニッケルの物理的なコンタミネーションによるものである。そして、そのコンタミネーションの程度は、(A)抽出後有機中のエントレインメント量、(B)洗浄段における洗浄効率、に依って決まる。
すなわち、(A)抽出後有機中のエントレインメント量が多く、洗浄段、逆抽出段に持ち込まれるニッケルの量が多い、(B)洗浄段における洗浄効率が悪いために、抽出後有機中のエントレインメントである塩化ニッケル水溶液が塩化コバルト水溶液で十分に置換除去されない、の2つの要因によって塩化コバルト水溶液中のニッケル濃度が上昇する。
【0034】
これらのうち、(B)については、特許文献1及び特許文献2に係る発明等により、洗浄効率の向上がなされている。しかし、これら従来技術では、洗浄段における洗浄効率は、操業条件や取り扱う液組成に大きく依存するため、工業的な実施態様における操業の変動の中では、十分な洗浄効果が得られないこともあった。また、根本的には、洗浄を強化することではなく、抽出段において油水分離性を向上させ、抽出後有機相中のエントレインメントを低減することが得策であると考えられる。そこで、より確実に低ニッケル濃度の塩化コバルト水溶液を製造するために、洗浄段の能力強化とは別のアプローチからの塩化コバルト水溶液中のニッケル濃度を低減させる技術も必要となっている。
【0035】
そこで、本発明では、抽出段の抽出始液にpH調整剤を添加することによって、pHを0.2以上、1.1以下の範囲に調整することを特徴とする。
この抽出始液のpHを0.2以上、1.1以下の範囲とするのは、pHの低下により抽出段における油水分離性が向上し、抽出後有機相中のエントレインメント量が減少するためである。抽出後有機中のエントレインメント量が減少することで、洗浄段の能力強化とは別の手段で、塩化コバルト水溶液中のニッケル濃度を低減することが可能である。
【0036】
図3は、電気ニッケルおよび電気コバルトの製錬プロセスにおいて、約1年間の溶媒抽出操業を実施したときの、抽出始液pHと抽出後有機中エントレインメント量の関係を示した図である。
抽出始液のpHを1.1以下とするのは、
図3から分かるように、pHが1.1以上ではエントレインメント量のばらつきが大きく、また、pH1.1を境に極端に増加する。安定してエントレインメント量を低く管理するには1.1以下とする必要がある。
一方、抽出始液のpHを0.2以上とするのは、更なるpH低下による効果が小さく、次工程での資材使用量増加を考慮した場合、コスト的に不利益であるためである。
溶媒抽出工程においてコバルトを分離した後の抽残液は、次工程でpHとORPを上げる調整をし、酸化中和反応により更に不純物の低減を図る。このとき、抽出始液でpHを下げすぎているとpH上昇に必要な中和剤の使用量が増加し、コスト増加につながる。
【0037】
このように、pHの低下により油水分離性が向上するのは、pHが低下する、すなわち水素イオン濃度が高くなることで、油と水が分離した状態がエネルギー的により安定な状態になるためである。その油水分離とは、混合した状態で存在するよりも、分離した状態で存在する方が、無極性である油と極性を持つ水溶液との間の相互作用が小さく、界面エネルギー的に安定となることに起因した現象である。pHを低下させることにより、水溶液内の分子間結合作用が強くなり、油と水が混合した状態と油と水が分離した状態の界面エネルギーの差が大きくなることで、油水分離性が向上する。
【0038】
pH調整剤としては、塩酸を用いるのが好ましい。
これは、塩酸添加による水素イオン濃度と塩化物イオン濃度の上昇が溶媒抽出工程に有利に働くためである。水素イオン濃度の上昇はpHの低下に寄与する、すなわちpH調整の役割を果たす。塩化物イオン濃度の上昇は金属種のクロロ錯体の形成を促進する、すなわち抽出段における金属種の有機相中への抽出を促進する。
【実施例】
【0039】
以下に、実施例を用いて本発明をさらに説明する。
図1に示した溶媒抽出プロセスの概略図に従い、向流多段方式のミキサーセトラーを用いた抽出段3段、洗浄段3段、逆抽出段3段で構成された溶媒抽出装置を用い、抽出剤の3級アミンであるトリ-ノルマル-オクチルアミン(TNOA)を27体積%含み、希釈剤の芳香族炭化水素(丸善石油化学株式会社製 スワゾール1800)を残部73体積%とする有機溶媒を用いて溶媒抽出操業を行った。
【0040】
抽出始液のpHを0.2~1.8とし、抽出始液流量を1300~1400L/分、有機流量を1400~1500L/分とし操業を行った。溶媒抽出工程全体のミキサーセトラーにおける有機保有量は190m3であった。また、このときの洗浄段における洗浄効率、すなわちNiの除去効率は99.5~99.9%の範囲であった。
【0041】
抽出始液(塩化ニッケルと塩化コバルトの混合水溶液)の組成は、ニッケル濃度が140~160g/L、コバルト濃度が7~9g/Lであり、逆抽出後液(塩化コバルト水溶液)のコバルト濃度は55~65g/Lであった。
この操業で得られた抽出始液pHと抽出後有機中エントレインメントの関係を
図3に示す。図から抽出始液pHと抽出後有機中エントレインメント量の間に、1.1のpHを境にして2つの領域に分けられた2つの集合体が存在する傾向にあることが認められる。すなわち、pHが1.1以下では、エントレインメント量が約1000体積ppm以下であり、一定である。pHが1.1を超えると、pHの上昇に伴い、エントレインメント量が比例的に増加する。
抽出始液のpHが1.1以下では、抽出始液のpHに対する抽出後有機中エントレインメント量のばらつきが小さく、安定して抽出後有機中エントレインメント量を低く管理することが可能である。
また、pH1.1以下では、効果はさほど変わらない。pH1.1を超えると、急激にエントレインメントの量が増加することが分かる。
なお、上記溶媒抽出操業において、抽出後有機中エントレインメント量とその抽出後有機に対応する塩化コバルト水溶液中Ni濃度の測定を行った結果を、実施例1~3、比較例1~2で示し、表1に纏めた。
【実施例1】
【0042】
本発明を適用し、pHを0.4として操業を行った。
その結果、抽出後有機中エントレインメント量は659ppmであった。
また、塩化コバルト水溶液中Ni濃度は1.8mg/Lであった。
【実施例2】
【0043】
本発明を適用し、pHを0.8として操業を行った。
その結果、抽出後有機中エントレインメント量は773ppmであった。
また、塩化コバルト水溶液中Ni濃度は3.3mg/Lであった。
【実施例3】
【0044】
本発明を適用し、pHを1.1として操業を行った。
その結果、抽出後有機中エントレインメント量は928ppmであった。
また、塩化コバルト水溶液中Ni濃度は3.4mg/Lであった。
【0045】
(比較例1)
本発明を適用せず、pHを1.6として操業を行った。
その結果、抽出後有機中エントレインメント量は2390ppmであった。
また、塩化コバルト水溶液中Ni濃度は6.5mg/Lであった。
【0046】
(比較例2)
本発明を適用せず、pHを1.8として操業を行った。
その結果、抽出後有機中エントレインメント量は2694ppmであった。
また、塩化コバルト水溶液中Ni濃度は7.3mg/Lであった。
【0047】
【0048】
上記実施例から、抽出始液pHを低く管理することで、抽出後有機中エントレインメント、塩化コバルト水溶液中Ni濃度を低く管理することができていることが判る。
【0049】
なお、抽出後有機中のエントレインメント量は、表2に示した溶媒抽出工程の各液を蛍光X線分析装置(PANalytical社製蛍光X線分析装置、型番「Axios」)、あるいは原子吸光分析装置(ThermoFisher社製原子吸光分析装置、型番「S4 AA System」)により測定し、その分析結果を元に、マテリアルバランスを作成することで求めた。また、塩化コバルト水溶液中Ni濃度は原子吸光分析装置により測定した。
【0050】
マテリアルバランスからの抽出後有機中エントレインメント量の求め方を以下に説明する。
洗浄段におけるNiのマテリアルバランスを考えると、洗浄段へのインプットは、抽出後有機(Ni量=A)、洗浄始液(Ni量=B)であり、洗浄段からのアウトプットは洗浄後有機(Ni量=C)、洗浄後液(Ni量=D)である。つまり、洗浄段におけるNiのマテリアルバランスから以下の関係が成り立つ。
【0051】
【0052】
また、逆抽出段におけるNiのマテリアルバランスを考えると、逆抽出段へのインプットは、洗浄後有機(Ni量=C)、逆抽出始液(Ni量=0)であり、アウトプットは逆抽出後有機(Ni量=0)、逆抽出後液(Ni量=E)である。つまり、逆抽出段におけるNiのマテリアルバランスから以下の関係が成り立つ。
【0053】
【0054】
この関係から、洗浄後有機Ni量と逆抽出後液Ni量が等しいことが分かる。
更に、各液のNi量A、B、C、Dは以下の計算から求まる。
【0055】
【0056】
【0057】
以上より、(抽出後有機中エントレインメント量)=((逆抽出後液流量×逆抽出後液Ni濃度)+(洗浄後液流量×洗浄後液Ni濃度)-(洗浄始液流量×洗浄始液Ni濃度))÷(抽出後有機流量×抽残液Ni濃度)から、抽出後有機中エントレインメント量を求めた。