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特許7131572超硬合金及び圧延用超硬合金製複合ロール
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-29
(45)【発行日】2022-09-06
(54)【発明の名称】超硬合金及び圧延用超硬合金製複合ロール
(51)【国際特許分類】
   C22C 29/08 20060101AFI20220830BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20220830BHJP
   B21B 27/00 20060101ALI20220830BHJP
   C22C 1/05 20060101ALI20220830BHJP
   B21B 27/03 20060101ALI20220830BHJP
   B23B 27/14 20060101ALN20220830BHJP
【FI】
C22C29/08
C22C38/44
B21B27/00 C
C22C1/05
B21B27/03
B23B27/14 B
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019569545
(86)(22)【出願日】2019-01-31
(86)【国際出願番号】 JP2019003349
(87)【国際公開番号】W WO2019151389
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2021-10-18
(31)【優先権主張番号】P 2018016001
(32)【優先日】2018-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(74)【代理人】
【識別番号】100168206
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 健二
(72)【発明者】
【氏名】大畑 拓己
【審査官】清水 研吾
(56)【参考文献】
【文献】特開昭56-013458(JP,A)
【文献】特開2004-243380(JP,A)
【文献】特開2001-081526(JP,A)
【文献】特開2005-262321(JP,A)
【文献】Fernandes et al,Carbide phases formed in WC-M(M=Fe/Ni/Cr)systems,Ceramics International,イタリア,ELSEVIER,2008年02月21日,35,P369-372
【文献】Correa et al,Microstructure and mechanical properties of WC Ni-Si based cemented carbides developed by powder metallurgy,Int. Jounal of Refractory Metals and Hard Materials,米国,ELSEVIER,2010年04月08日,28,572-575
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 29/00-29/18
B21B 27/00-27/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC粒子55~90質量部と、Feを主成分とする結合相10~45質量部とを含有する超硬合金であって、
前記結合相が
0.5~10質量%のNi、
0.2~2質量%のC、
0.5~5質量%のCr、
0.2~2.0質量%のSi、及び
0.1~5質量%のWを含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、
Fe-Si-Oを主成分とする粒子を0.05~2.0面積%含有することを特徴とする超硬合金。
【請求項2】
請求項1に記載の超硬合金において、
前記超硬合金が3μm以上の円相当径を有するFe-Si-Oを主成分とする粒子を含まないことを特徴とする超硬合金。
【請求項3】
請求項2に記載の超硬合金において、
前記Fe-Si-Oを主成分とする粒子のうち、円相当径が0.1~3μmの粒子の合計が0.05~2.0面積%であることを特徴とする超硬合金。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の超硬合金において、前記WC粒子のメディアン径D50が0.5~10μmであることを特徴とする超硬合金。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の超硬合金において、
前記結合相が、さらに0~5質量%のCo、及び0~1質量%のMnを含有することを特徴とする超硬合金。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の超硬合金において、前記結合相におけるベイナイト相及び/又はマルテンサイト相の含有量が合計で50面積%以上であることを特徴とする超硬合金。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の超硬合金において、1200 MPa以上の圧縮降伏強度を有することを特徴とする超硬合金。
【請求項8】
請求項1~7のいずれかに記載の超硬合金からなる外層が、鋼製のスリーブ又は軸材の外周面に金属接合したことを特徴とする圧延用超硬合金製複合ロール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた耐摩耗性及び圧縮降伏強度を有するとともに耐焼付き性に優れた鉄系合金を結合相とする超硬合金及びかかる超硬合金からなる圧延用超硬合金製複合ロールに関する。
【背景技術】
【0002】
WC粒子をCo-Ni-Crを主成分とする結合相で焼結した超硬合金は、高い硬度及び機械的強度並びに優れた耐摩耗性を有するとともに、高い耐焼付き性を有するので、切削工具や圧延ロール等に広く使用されている。
【0003】
例えば、特開平5-171339号は、WC+Crが95重量%以下、Co+Niが10重量%未満、Cr/Co+Ni+Crが2~40%であるWC-Co-Ni-Crからなる超硬合金を開示している。特開平5-171339号は、このような組成の超硬合金とすることにより、従来組成の合金より高い耐摩耗性及び靭性を有する超硬合金となるので、熱間圧延ロールやガイドローラーとして使用すれば、カリバー当りの圧延量の増大、再研摩量の減少、割損現象等、ロール原単価の低減に大きく寄与すると記載している。しかし、WC粒子及びCo-Ni-Cr系結合相からなる超硬合金からなる圧延ロールでは、鋼帯板を十分に冷間圧延できないという問題がある。鋭意検討の結果、この不十分な冷間圧延は、Co-Ni-Cr系結合相を有する超硬合金の圧縮時の降伏強度が300~500 MPaと低いために、鋼帯板を冷間圧延するときにロール表面が降伏し、鋼帯板を十分に圧縮できないためであることが分った。さらに特開平5-171339号に記載の超硬合金を熱間圧延ロールとして使用した場合、焼付きの問題が発生することがある。
【0004】
特開2000-219931号は、焼き入れ性のある結合相中に50~90質量%のサブミクロンWCを含有させた超硬合金であって、前記結合相が、Feに加えて、10~60質量%のCo、10質量%未満のNi、0.2~0.8質量%のC、及びCr及びW及び任意のMo及び/又はVからなり、前記結合相中のC、Cr、W、Mo及びVのモル分率XC、XCr、XW、XMo及びXVが2XC<XW+XCr+XMo+XV<2.5XCの条件を満し、かつCr含有量(質量%)が0.03<Cr/[100-WC(質量%)]<0.05を満たす超硬合金を開示している。特開2000-219931号は、焼き入れ性を有する結合相により、この超硬合金は高い耐摩耗性を有すると記載している。しかし、この超硬合金は、結合相に10~60質量%のCoを含有するために、焼入れ性が低下しており、十分な圧縮降伏強度を有さないことが分った。さらに、WC粒子がサブミクロンと微細であるため、この超硬合金は靱性に乏しく、圧延ロール外層材としては耐クラック性に劣るため使用できないことも分かった。
【0005】
特開2001-81526号は、50~97重量%のWCと、残部がFeを主成分とする結合相とからなり、前記結合相中に0.35~3.0重量%のCと、3.0~30.0重量%のMnと、3.0~25.0重量%のCrとを含有する鉄基超硬合金を開示している。特開2001-81526号は、Feのマルテンサイト相変態を利用することによって硬度及び強度を向上させ、耐摩耗性及び耐食性に優れた鉄基超硬合金が得られると記載している。この鉄基超硬合金では、Feを主成分とする結合相中のMnの一部又は全てはNiで置換しても良く、実施例のNo. 14及び16は4質量%のNiを含有する。しかし、Niを含有するNo. 14及び16の結合相は、オーステナイトの安定化に寄与するMnをそれぞれ8質量%及び10質量%も含有するので、得られる鉄基超硬合金は残留オーステナイト量が過多となり、十分な圧縮降伏強度を有さない。
【0006】
特開2004-148321号は、鋼系材料からなる芯材の周囲に、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo又はWの炭化物及び/又は窒化物の粉末10~50質量%と、鉄系粉末とを焼結してなる外層を有する熱間圧延用複合ロールであって、前記鉄系粉末が0.5~1.5質量%のC、0.1~2.0質量%のSi、0.1~2.0質量%のMn、0.1~2質量%のNi、0.5~10質量%のCr、及び0.1~2質量%のMoの一種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ250~620 mmの直径及び240 GPa以上の縦弾性係数を有し、耐摩耗性及び強度に優れた熱間圧延用複合ロールを開示している。特開2004-148321号は、この熱間圧延用複合ロールにより高圧下圧延が可能となり、さらに圧延製品の品質が向上すると記載している。しかし、特開2004-148321号の明細書に一般的に記載された鉄系粉末の組成ではNi含有量が0.1~2質量%と少ないために、外層の結合相は十分な焼入れ性を有さない。また、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo又はWの炭化物及び/又は窒化物の粉末の含有量は10~50質量%と全体の半分以下であり、鉄系粉末からなる相が主体であるため、この外層は十分な耐摩耗性を有さず、圧延用ロール材としての性能に劣る。
【0007】
以上の事情に鑑み、十分な圧縮降伏強度を有するために、金属帯板の冷間圧延に使用した場合でもロール表面に降伏による凹みが発生しにくく、かつ熱間圧延ロールとして使用した場合にも焼付きの問題が発生しない超硬合金が望まれている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、高い耐摩耗性及び機械的強度並びに十分な圧縮降伏強度を有するとともに、耐焼付き性に優れた超硬合金を提供することである。
【0009】
本発明のもう一つの目的は、金属帯板の冷間圧延に使用した場合にロール表面の凹みの発生がなく、かつ熱間圧延ロールとして使用した場合にも焼付きの問題が発生しない圧延用超硬合金製複合ロールを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、WC粒子とFeを主成分とする結合相とを有する超硬合金が、特定の組成からなる結合相を有し、かつFe-Si-Oを主成分とする粒子を特定の面積率で含有する組織を有することにより、上記課題が解決できることを見出し、本発明に想到した。
【0011】
即ち、本発明の超硬合金は、WC粒子55~90質量部と、Feを主成分とする結合相10~45質量部とを含有し、
前記結合相が
0.5~10質量%のNi、
0.2~2質量%のC、
0.5~5質量%のCr、
0.2~2.0質量%のSi、及び
0.1~5質量%のWを含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、
Fe-Si-Oを主成分とする粒子を0.05~2.0面積%含有することを特徴とする。
【0012】
前記超硬合金は3μm以上の円相当径を有するFe-Si-Oを主成分とする粒子を含まないのが好ましい。
【0013】
前記Fe-Si-Oを主成分とする粒子のうち、円相当径が0.1~3μmの粒子の合計が0.05~2.0面積%であるのが好ましい。
【0014】
前記超硬合金は、5μm以上の円相当径を有する複炭化物を実質的に含有しないのが好ましい。
【0015】
前記WC粒子のメディアン径D50は0.5~10μmであるのが好ましい。
【0016】
前記結合相は、さらに0~5質量%のCo、及び0~1質量%のMnを含有するのが好ましい。
【0017】
前記結合相におけるベイナイト相及び/又はマルテンサイト相の含有量は合計で50面積%以上であるのが好ましい。
【0018】
前記超硬合金は1200 MPa以上の圧縮降伏強度を有するのが好ましい。
【0019】
本発明の圧延用超硬合金製複合ロールは、上記超硬合金からなる外層が、鋼製のスリーブ又は軸材の外周面に金属接合したものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明の超硬合金を外層として有する圧延用超硬合金製複合ロールは、金属帯板(鋼帯板)の冷間圧延に使用した場合でも、ロール表面に圧縮降伏による微小な凹みの発生が低減されており、かつ熱間圧延ロールとして使用した場合にも焼付きの問題が発生しにくいので、鋼板の高品質な冷間圧延又は熱間圧延を連続的に行うことができるとともに、長寿命化も達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1(a)】試料1(本発明例)の超硬合金の断面組織を示すSEM二次電子像の写真である。
図1(b)】試料1(本発明例)の超硬合金の断面組織を示す図1(a)と同視野のSEM反射電子像の写真である。
図2(a)】試料2(比較例)の超硬合金の断面組織を示すSEM二次電子像の写真である。
図2(b)】試料2(比較例)の超硬合金の断面組織を示す図2(a)と同視野のSEM反射電子像の写真である。
図3】試料2について、一軸圧縮試験により得られた応力-歪曲線を示すグラフである。
図4】一軸圧縮試験に使用する試験片を示す模式図である。
図5】摩擦熱衝撃試験機を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の実施形態を以下詳細に説明するが、特に断りがなければ一つの実施形態に関する説明は他の実施形態にも適用される。また下記説明は限定的ではなく、本発明の技術的思想の範囲内で種々の変更を施しても良い。
【0023】
[1] 超硬合金
(A) 組成
本発明の超硬合金は、55~90質量部のWC粒子と10~45質量部のFeを主成分とする結合相とからなる。
【0024】
(1) WC粒子
本発明の超硬合金におけるWC粒子の含有量は55~90質量部である。WC粒子が55質量部未満であると硬質なWC粒子が相対的に少なくなるため、超硬合金のヤング率が低くなりすぎる。一方、WC粒子が90質量部を超えると、結合相が相対的に少なくなるため、超硬合金の強度が確保できなくなる。WC粒子の含有量の下限は60質量部が好ましく、65質量部がより好ましい。またWC粒子の含有量の上限は85質量部が好ましい。
【0025】
WC粒子は0.5~10μmのメディアン径D50(累積体積の50%の粒径に相当)を有するのが好ましい。平均粒子径が0.5μm未満の場合、WC粒子と結合相間の境界が増えるため、後述する複炭化物が発生しやすくなり、超硬合金の強度が低下する。一方、平均粒子径が10μmを超えると、超硬合金の強度が低下する。WC粒子のメディアン径D50の下限は1μmが好ましく、2μmがより好ましく、3μmが最も好ましい。またWC粒子のメディアン径D50の上限は9μmが好ましく、8μmがより好ましく、7μmが最も好ましい。
【0026】
超硬合金中ではWC粒子が連結するように密集しているため、WC粒子の粒径を顕微鏡写真上で求めるのは困難である。本発明の超硬合金の場合は、後述するように、成形体を(液相化開始温度)乃至(液相化開始温度+100℃)の温度で真空中で焼結するため、成形用WC粉末の粒径と超硬合金中のWC粒子の粒径とはほとんど差がない。従って、超硬合金中に分散するWC粒子の粒径を成形用WC粉末の粒径で表す。
【0027】
WC粒子は比較的均一な粒径を有するのが好ましい。そのため、WC粒子の好ましい粒径分布は、レーザ回折散乱法で求めた累積粒径分布曲線において、以下のような範囲である。すなわち、D10(10%の累積体積における粒径)の下限は0.3μmであるのが好ましく、1μmであるのがより好ましい。D10の上限は3μmであるのが好ましい。またD90(90%の累積体積における粒径)の下限は3μmであるのが好ましく、6μmであるのがより好ましい。D90の上限は12μmであるのが好ましく、8μmであるのがより好ましい。メディアン径D50は前述したとおりである。
【0028】
(2) 結合相
本発明の超硬合金において、結合相は
0.5~10質量%のNi、
0.2~2質量%のC、
0.5~5質量%のCr、
0.2~2.0質量%のSi、及び
0.1~5質量%のWを含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する。
【0029】
(i) 必須元素
(a) Ni:0.5~10質量%
Niは結合相の焼き入れ性を確保するのに必要な元素である。Niが0.5質量%未満であると、結合相の焼き入れ性が不十分であり、材料強度が低下する可能性がある。一方、Niが10質量%を超えると、結合相がオーステナイト化して得られる超硬合金は十分な圧縮降伏強度を有さない。Niの含有量の下限は2質量%が好ましく、2.5質量%がより好ましく、3質量%が更に好ましく、4質量%が最も好ましい。またNiの含有量の上限は8質量%が好ましく、7質量%がより好ましい。
【0030】
(b) C:0.2~2質量%
Cは結合相の焼き入れ性を確保するとともに、粗大な複炭化物の発生を防ぐのに必要な元素である。Cが0.2質量%未満では、結合相の焼き入れ性が不足するとともに、複炭化物発生が多く材料強度が低下する。一方、Cが2質量%を超えると、生成する複炭化物が粗大となり超硬合金の強度が低下する。Cの含有量の下限は0.3質量%が好ましく、0.5質量%がより好ましい。また、Cの含有量の上限は1.5質量%が好ましく、1.2質量%がより好ましく、1.0質量%が最も好ましい。
【0031】
(c) Cr:0.5~5質量%
Crは結合相の焼き入れ性を確保するのに必要な元素である。Crが0.5質量%未満であると、結合相の焼き入れ性が低くすぎ、十分な圧縮降伏強度を確保できない。一方、Crが5質量%を超えると粗大な複炭化物が発生して、超硬合金の強度が低下する。Crは4質量%以下が好ましく、3質量%以下がより好ましい。
【0032】
(d) Si:0.2~2.0質量%
Siは結合相を強化するのに必要な元素である。Siが0.2質量%未満であると、結合相の強化が不十分である。一方、黒鉛化元素であるSiが2.0質量%超になると、黒鉛が晶出しやすく超硬合金の強度が低下する。Siの含有量の下限は0.3質量%が好ましく、0.5質量%がより好ましい。また、Siの含有量の上限は1.9質量%が好ましい。
【0033】
(e) W:0.1~5質量%
結合相中のWの含有量は0.1~5質量%である。結合相中のWの含有量が5質量%を超えると、粗大な複炭化物が発生し、超硬合金の強度が低下する。Wの含有量の下限は0.8質量%が好ましく、1.2質量%がより好ましい。また、Wの含有量の上限は4質量%が好ましい。
【0034】
(ii) 任意元素
(a) Co:0~5質量%
Coは焼結性を向上させる作用を有するが、本発明の超硬合金では必須ではない。すなわち、Coの含有量は実質的に0質量%であるのが好ましい。しかし、Coの含有量が5質量%以下であれば、本発明の超硬合金の組織及び強度に影響を与えない。Coの含有量の上限は2質量%であるのがより好ましく、1質量%であるのが最も好ましい。
【0035】
(b) Mn:0~1質量%
Mnは焼入れ性を向上させる作用を有するが、本発明の超硬合金では必須ではない。すなわち、Mnの含有量は実質的に0質量%であるのが好ましい。しかし、Mnの含有量が1質量%以下であれば、本発明の超硬合金の組織及び強度に影響を与えない。Mnの含有量の上限は0.5質量%がより好ましく、0.3質量%が最も好ましい。
【0036】
(iii) 不可避的不純物
不可避的不純物としては、Mo、V、Nb、Ti、Al、Cu、N、O等が挙げられる。これらのうち、Mo、V及びNbからなる群から選ばれた少なくとも一種の含有量は合計で2質量%以下であるのが好ましい。Mo、V及びNbからなる群から選ばれた少なくとも一種の含有量は、合計で1質量%以下であるのがより好ましく、0.5質量%以下であるのが最も好ましい。また、Ti、Al、Cu、N及びOからなる群から選ばれた少なくとも一種の含有量は単独で0.5質量%以下であり、合計で1質量%以下であるのが好ましい。特に、N及びOはそれぞれ1000 ppm未満であるのが好ましい。不可避的不純物の含有量が上記範囲内であれば、本発明の超硬合金の組織及び強度は実質的に影響されない。
【0037】
(B) 組織
本発明の超硬合金の組織は、WC粒子、結合相、及びFe-Si-Oを主成分とする粒子を含有する。
【0038】
(1) Fe-Si-Oを主成分とする粒子
本発明の超硬合金の組織は、Fe-Si-Oを主成分とする粒子を0.05~2.0面積%含有する。Fe-Si-Oを主成分とする粒子は、図1(a)及び図1(b)に示すように、超硬合金の研磨断面をSEMで観察したときに、特に反射電子像(図1(b))において黒く見える部分(矢印で示した部分)である。なお図1(b)において、白く見える部分がWC粒子であり、灰色の部分が結合相である。Fe-Si-Oを主成分とする粒子は、SEM像のEDX分析(加速電圧:5 kV、ビーム径1μm)から、10~30質量%のSi、10~40質量%のO、0.3~5質量%のNi、0~3質量%のC、0.3~3質量%のCr、及び1~10質量%のWを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有していることを確認した。Fe-Si-Oを主成分とする粒子は、超硬合金の耐焼付き性を改善する効果があると考えられ、Fe-Si-Oを主成分とする粒子の合計が0.05面積%未満である場合、耐焼付き性を改良する効果が十分ではない。Fe-Si-Oを主成分とする粒子が2.0面積%超である場合、材料強度が低下するため不都合である。Fe-Si-Oを主成分とする粒子の合計の下限は0.1面積%が好ましく、0.2面積%がより好ましく、Fe-Si-Oを主成分とする粒子の合計の上限は、1.8面積%が好ましく、1.6面積%がより好ましく、1.4面積%が更に好ましく、1.2面積%が最も好ましい。
【0039】
前記Fe-Si-Oを主成分とする粒子の円相当径は3μm以下であるのが好ましい。Fe-Si-Oを主成分とする粒子の円相当径が3μm超である場合、超硬合金を研摩した表面に前記粒子が模様となって現れ、圧延ロール等の工具に使用すると、その模様が圧延材に転写され圧延材品質を劣化させる。下限は特に限定されないが、円相当径が0.1μm以下の粒子は高い精度での観察が困難であるとともに、それほど耐焼付き性に対して影響が大きくないので、本発明の超硬合金の組織は、前記Fe-Si-Oを主成分とする粒子のうち、円相当径が0.1~3μmの粒子の合計が0.05~2.0面積%であるのが好ましい。ここで、Fe-Si-Oを主成分とする粒子の円相当径とは、超硬合金の研磨断面を示す顕微鏡写真(1000倍程度)において、Fe-Si-Oを主成分とする粒子の面積と同じ面積を持つ円の直径のことである。
【0040】
(2) 複炭化物
本発明の超硬合金の組織は、5μm以上の円相当径を有する複炭化物を実質的に含有しないのが好ましい。複炭化物とはWと金属元素との複炭化物であり、例えば、(W、 Fe、 Cr)23C6、(W、 Fe、 Cr)3C、(W、 Fe、 Cr)2C、(W、 Fe、 Cr)7C3、(W、 Fe、 Cr)6C等である。ここで、複炭化物の円相当径とは、前述のFe-Si-Oを主成分とする粒子と同様に、顕微鏡写真における複炭化物粒子の面積と同じ面積を持つ円の直径のことである。結合相中に5μm以上の円相当径を有する複炭化物が存在しない超硬合金は1700 MPa以上の抗折強度を有する。ここで、「複炭化物を実質的に含有しない」とは、SEM写真(1000倍)上で5μm以上の円相当径を有する複炭化物が観測されないことを意味する。円相当径が5μm未満の複炭化物については、本発明の超硬合金にEPMA分析で5面積%未満程度存在しても構わない。
【0041】
(3) ベイナイト相及び/又はマルテンサイト相
本発明の超硬合金の結合相は、ベイナイト相及び/又はマルテンサイト相を合計で50面積%以上含有する組織を有するのが好ましい。なお、「ベイナイト相及び/又はマルテンサイト相」とするのは、ベイナイト相及びマルテンサイト相が実質的に同じ作用を有し、かつ顕微鏡写真上で両者を区別するのが困難であるからである。このような組織により、本発明の超硬合金は高い圧縮降伏強度及び強度を有する。
【0042】
結合相におけるベイナイト相及び/又はマルテンサイト相の含有量が合計で50面積%以上であるために、本発明の超硬合金は1200 MPa以上の圧縮降伏強度を有する。ベイナイト相及び/又はマルテンサイト相は合計で70面積%以上が好ましく、80面積%以上がより好ましく、実質的に100面積%であるのが最も好ましい。ベイナイト相及びマルテンサイト相以外のはパーライト相、オーステナイト相等である。
【0043】
(4) WC粒子中へのFeの拡散
EPMA分析の結果、焼結した超硬合金ではWC粒子中にFeが0.3~0.7質量%存在していることが分った。
【0044】
(C) 特性
上記組成及び組織を有する本発明の超硬合金は、1200 MPa以上の圧縮降伏強度、及び1700 MPa以上の抗折強度を有するので、本発明の超硬合金からなる外層を有する圧延用超硬合金製複合ロールを金属帯板(鋼帯板)の冷間圧延に使用した場合に、ロール表面の圧縮降伏による凹みを低減することができる。このため、金属帯板の高品質な圧延を連続的に行うことができるとともに、複合ロールの長寿命化が達成できる。また本発明の超硬合金は、Fe-Si-Oを主成分とする粒子を0.05~2.0面積%含有するため、耐焼付き性に優れている。従って、本発明の圧延用超硬合金製複合ロールは金属帯板の熱間圧延ロールにも好適である。
【0045】
圧縮降伏強度は、図4に示す試験片を用いて軸方向に荷重を加える一軸圧縮試験における降伏応力を言う。すなわち、図3に示すように、一軸圧縮試験の応力-歪曲線において、応力と歪が直線関係から外れる点の応力を圧縮降伏強度と定義する。
【0046】
本発明の超硬合金において、圧縮降伏強度は1500 MPa以上がより好ましく、1600 MPa以上が最も好ましい。また、抗折強度は2000 MPa以上がより好ましく、2300 MPa以上が最も好ましい。
【0047】
本発明の超硬合金はさらに385 GPa以上のヤング率、及び80 HRA以上のロックウェル硬度を有する。ヤング率は400 GPa以上が好ましく、450 GPa以上がより好ましい。また、ロックウェル硬度は82 HRA以上が好ましい。
【0048】
[2] 超硬合金の製造方法
(A) 成形用粉末
WC粉末55~90質量部と、0.5~10質量%のNi、0.3~2.2質量%のC、0.5~5質量%のCr、0.2~2.5質量%のSi、及び300~5000 ppmのOを含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる金属粉末10~45質量部とをボールミル等で湿式混合し、成形用粉末を調製する。Oは金属粉末に吸着酸素又は表面酸化物として存在しているため、混合後や成形後に還元処理を施すことにより300~5000 ppmに調整することができる。焼結中にWC粉末中のWが結合相に拡散するので、前記金属粉末にWを含ませなくてもよい。また、複炭化物の生成を防止するために、前記金属粉末中のC含有量は0.3~2.2質量%である必要があり、好ましくは0.5~1.7質量%、より好ましくは0.5~1.5質量%である。
【0049】
結合相を形成するための金属粉末は、各構成元素の粉末の混合物でも、全ての構成元素を合金化した粉末でも良い。炭素はグラファイト、カーボンブラック等の粉末状で添加しても、各金属又は合金の粉末に含有させても良い。CrはSiとの合金(例えば、CrSi2)の状態で添加しても良い。
【0050】
(1) Si:0.2~2.5質量%
Siは、Fe-Si-Oを主成分とする粒子を形成するため、また、前述のように結合相を強化する目的からも必要である。Siが0.2質量%未満であると、Fe-Si-Oを主成分とする粒子が十分形成できず、結合相の強化も不十分である。一方、Siが2.5質量%を超えると、Fe-Si-Oを主成分とする粒子が多く形成され、黒鉛も晶出しやすくなり超硬合金の強度が低下する。Si含有量の下限は0.3質量%が好ましく、0.5質量%がより好ましい。またSi含有量の上限は2.4質量%が好ましく、2.3質量%がより好ましい。
【0051】
(2) O:300~5000 ppm
Oは、金属粉末中のSi、Feと共にFe-Si-Oを主成分とする粒子を含有させるため、必要である。Oが300 ppm未満であると、Fe-Si-Oを主成分とする粒子を0.05面積%以上とすることができず、耐焼付き性を改良する効果が十分でなく、5000 ppmを超えると、Fe-Si-Oを主成分とする粒子が2面積%となって、強度が低下する。好ましいOの下限は400 ppm、より好ましい下限は500 ppm、好ましい上限は4000 ppm、より好ましい上限は3000 ppmである。
【0052】
(B) 成形
成形用粉末を乾燥した後、金型成形、冷間静水圧成形(CIP)等の方法で成形し、所望の形状の成形体を得る。なお、成形を行わず、後述するHIP処理の際にHIP缶の内部に成形用粉末を充填し、HIP処理を行うことも可能である。
【0053】
(C) HIP処理
得られた成形体を鋼製のHIP缶中に装填し、真空脱気した後に、HIP缶内に密封する。このHIP缶をHIP処理炉内に配置し、1240±40℃及び100~140 MPaでHIP処理を行う。形成を行わないで成形用粉末のままHIP処理を行う場合は、成形用粉末を鋼製のHIP缶中に充填し、真空脱気した後に、HIP缶内に密封し、HIP処理を行う。
【0054】
(D) 冷却
HIP処理後、900℃~600℃の間で60℃/時間以上の平均速度で冷却する。60℃/時間未満の平均速度で冷却すると超硬合金の結合相中のパーライト相の割合が多くなるため、ベイナイト相及び/又はマルテンサイト相を合計で50面積%以上とすることができず、超硬合金の圧縮降伏強度が低下する。60℃/時間以上の平均速度での冷却は、HIP炉中の冷却過程で行っても良いし、HIP炉で冷却した後、別の炉で再度900℃以上に加熱した後で行っても良い。
【0055】
[3] 用途
本発明の超硬合金は、複合ロールの強靱な鋼製のスリーブ又は軸材に金属接合する外層に用いるのが好ましい。この圧延用超硬合金製複合ロールの外層は、高い圧縮降伏強度、抗折強度、ヤング率、硬度及び耐焼付き性を有するので、特に金属帯板(鋼帯板)の冷間圧延及び熱間圧延に好適である。本発明の圧延用超硬合金製複合ロールは、(a) 金属帯板を圧延する上下一対の作業ロールと、各作業ロールを支持する上下一対の中間ロールと、各中間ロールを支持する上下一対の補強ロールとを具備する6段式の圧延機、又は(b) 金属帯板を圧延する上下一対の作業ロールと、各作業ロールを支持する上下一対の補強ロールとを具備する4段式の圧延機において、作業ロールとして使用するのが好ましい。少なくとも1スタンドの上記圧延機を、複数の圧延機スタンドを並べたタンデム圧延機に設けるのが好ましい。
【0056】
本発明の超硬合金は、その他に、従来の超硬合金が使用されている耐摩耗工具、耐食耐摩耗部品、金型等にも幅広く使用できる。
【0057】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0058】
実施例1
WC粉末(純度:99.9%、メディアン径D50:6.4μm、レーザ回折式粒度分布測定装置(株式会社島津製作所製SALD-2200)で測定したD10:4.3μm、D50:6.4μm、D90:9.0μm)と、表1の組成となるように配合した結合相用粉末とを、WC粉末80質量部、結合相用粉末20質量部の割合で混合し、混合粉末(試料1~3)を調製した。なお結合相用粉末はいずれも1~10μmのメディアン径D50を有し、微量の不可避的不純物を含んでいた。
【0059】
得られた混合粉末をボールミルを用いて20時間湿式混合し、乾燥した後、750℃の水素-ヘリウム混合ガス気流中の還元雰囲気で粉末の還元を行い、試料1については金属粉末中の酸素含有量が450 ppm、試料2については金属粉末中の酸素含有量が2330 ppm、試料3については金属粉末中の酸素含有量が150 ppmになるよう調整した。
【0060】
【表1】
注:* 比較例。
(1) 残部は不可避的不純物を含む。
【0061】
各粉末をHIP缶に充填した後、脱気、封入し、1230℃及び140 MPaの圧力で2時間HIP処理し、900℃~600℃間の平均冷却速度が100℃/時間の平均速度となるよう冷却した後、さらに350℃で焼き戻しを行い、試料1(本発明)、試料2(本発明)及び試料3(比較例)の超硬合金(外径60 mm、長さ40 mm)を作製した。各超硬合金を以下の方法により評価した。
【0062】
(1) 圧縮降伏強度
各超硬合金から切り出した図4に示す各圧縮試験用試験片の中央部表面に歪ゲージを貼り付け、軸方向に荷重を加えて、応力-歪曲線を作成した。応力-歪曲線において、応力と歪が直線関係から外れたときの応力を圧縮降伏強度とした。結果を表2に示す。
【0063】
(2) 抗折強度
各超硬合金から切り出した4 mm×3 mm×40 mmの試験片に対して、支点間距離30 mmの4点曲げの条件で抗折強度を測定した。結果を表2に示す。
【0064】
(3) ヤング率
各超硬合金から切り出した幅10 mm×長さ60 mm×厚さ1.5 mmの試験片に対して、自由共振式固有振動法(JIS Z2280)で測定した。結果を表2に示す。
【0065】
(4) 硬さ
各超硬合金に対して、ロックウェル硬度(Aスケール)を測定した。結果を表2に示す。
【0066】
(5) 焼付き面積率
耐焼付き性を評価するため図5に示す摩擦熱衝撃試験機を用いて、試料1及び試料2の超硬合金の試験片に対して焼付試験を行った。摩擦熱衝撃試験機は、ラック11に重り12を落下させることによりピニオン13を回動させ、試験材14に噛み込み材15を強く接触させるものである。焼付きの程度を焼付き面積率により評価した。
【0067】
【表2】
注:* 比較例。
【0068】
(5) 組織の観察
各試料を鏡面研磨した後、SEM観察を行った。図1及び図2は、それぞれ試料1及び試料3の超硬合金のSEM写真である。図1(a)及び図2(a)が二次電子像、図1(b)及び図2(b)が反射電子像の写真である。反射電子像の写真において、白い粒状部はWC粒子であり、灰色の部分は結合相であり、黒い点がFe-Si-Oを主成分とする粒子である。Fe-Si-Oを主成分とする粒子は、特に図1(b)の反射電子像でより明確に識別できる。これらのSEM写真から、複炭化物の存在、結合相中のベイナイト相及びマルテンサイト相の合計面積率を求めた。結果を表3に示す。Fe-Si-Oを主成分とする粒子は、研磨面の光学顕微鏡観察においても黒い粒子として観察され、一対一に対応することを確認した。従って、Fe-Si-Oを主成分とする粒子の面積率は、光学顕微鏡観察(1000倍)における黒い粒子の面積から算出した。
【0069】
さらに、試料1について、Fe-Si-Oを主成分とする粒子の組成、及び結合相の組成をSEM-EDXにより測定(加速電圧:5 kV、ビーム径:1μm)した。但し、結合相のCは電界放出型電子線マイクロアナライザー(FE-EPMA)を用いてビーム径1μmの点分析で測定した。結果を表4に示す。
【0070】
【表3】
注:* 比較例。
(1) Fe-Si-Oを主成分とする円相当径が0.1~3μmの粒子の合計面積率(%)。
(2) 結合相における直径が5μm以上の複炭化物の存否。
(3) 結合相におけるベイナイト相及びマルテンサイト相の合計面積率(%)。
【0071】
【表4】
注:各元素の組成値は質量%で示した。
【0072】
試料1及び試料2は試料3に対して焼付きの面積率が低く良好であった。
図1(a)】
図1(b)】
図2(a)】
図2(b)】
図3
図4
図5