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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-29
(45)【発行日】2022-09-06
(54)【発明の名称】潤滑剤及び潤滑組成物
(51)【国際特許分類】
   C10M 125/22 20060101AFI20220830BHJP
   C01G 39/06 20060101ALN20220830BHJP
   G01N 23/04 20180101ALN20220830BHJP
   G01N 23/085 20180101ALN20220830BHJP
   G01N 23/223 20060101ALN20220830BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20220830BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20220830BHJP
【FI】
C10M125/22
C01G39/06
G01N23/04
G01N23/085
G01N23/223
C10N10:12
C10N30:06
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021563941
(86)(22)【出願日】2020-12-07
(86)【国際出願番号】 JP2020045436
(87)【国際公開番号】W WO2021117666
(87)【国際公開日】2021-06-17
【審査請求日】2022-01-27
(31)【優先権主張番号】P 2019222049
(32)【優先日】2019-12-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100215935
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 茂輝
(74)【代理人】
【識別番号】100189337
【弁理士】
【氏名又は名称】宮本 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100188673
【弁理士】
【氏名又は名称】成田 友紀
(72)【発明者】
【氏名】狩野 佑介
(72)【発明者】
【氏名】沖 裕延
(72)【発明者】
【氏名】土肥 知樹
(72)【発明者】
【氏名】袁 建軍
【審査官】横山 敏志
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第103073060(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104591286(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第103086436(CN,A)
【文献】国際公開第2016/002268(WO,A1)
【文献】特開2017-115920(JP,A)
【文献】特開2013-144758(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N 10/00-80/00
C01G 39/06
G01N 23/04
G01N 23/207
G01N 23/223
G01N 23/2251
Japio-GPG/FX
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化モリブデン粒子を含有する潤滑剤であって、
前記硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの3R結晶構造を含むものであり、
前記硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積が10m/g以上であり、且つ、一次粒子の形状が、リボン状又はシート状であって、50個の一次粒子の形状が、平均で、長さ(縦)×幅(横)=50~1000nm×3~100nmの範囲の大きさを有し、
動的光散乱式粒子径分布測定装置により求められるメディアン径D50が400nm以下である、潤滑剤。
【請求項2】
前記硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの2H結晶構造及び3R結晶構造を含むものである、請求項1に記載の潤滑剤。
【請求項3】
前記硫化モリブデン粒子の、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるスペクトルにおいて、39.5°付近のピーク、及び、49.5°付近のピークが共に2H結晶構造及び3R結晶構造の合成ピークからなり、半値幅が1°以上である、請求項2に記載の潤滑剤。
【請求項4】
前記硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積が30~300m/gである、請求項1~3のいずれか1項に記載の潤滑剤。
【請求項5】
前記硫化モリブデン粒子の、動的光散乱式粒子径分布測定装置により求められるメディアン径D50が10~400nmである、請求項1~4のいずれか1項に記載の潤滑剤。
【請求項6】
前記硫化モリブデン粒子の、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)が、1.0より大きい、請求項1~5のいずれか1項に記載の、潤滑剤。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の潤滑剤と
鉱物油、合成油、又は部分合成油である基油と、
を含有する潤滑組成物。
【請求項8】
前記潤滑組成物の全質量100質量%に対し、前記潤滑剤を構成する硫化モリブデン粒子を0.0001~50質量%含有する、請求項7に記載の潤滑組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑剤及び潤滑組成物に関する。
本願は、2019年12月9日に、日本に出願された特願2019-222049号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
二硫化モリブデン(MoS)に代表されるモリブデン硫化物は、例えば、固体の摺動部材やグリースに含まれる潤滑剤としての応用が知られている(特許文献1~2参照。)。
【0003】
一般に潤滑剤として使用されている二硫化モリブデンは、六方晶固体潤滑材であり、図4に示されるように、結晶構造として、2H結晶構造のみを有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-115920号公報
【文献】特開2013-144758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
二硫化モリブデン(MoS)は、潤滑特性に優れ、被摺動材に対して摩擦痕が付き難い。しかしながら、高負荷を掛けたとき、焼き付きを生じることがあり、より高負荷を掛けても焼き付きが生じ難い潤滑剤が求められている。
【0006】
そこで、本発明は、高負荷を掛けても焼き付きが生じ難い、硫化モリブデン粒子を含有する潤滑剤及び潤滑組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の態様を包含するものである。
[1] 硫化モリブデン粒子を含有する潤滑剤であって、
前記硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの3R結晶構造を含むものである、潤滑剤。
[2] 前記硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの2H結晶構造及び3R結晶構造を含むものである、前記[1]に記載の潤滑剤。
[3] 前記硫化モリブデン粒子の、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるスペクトルにおいて、39.5°付近のピーク、及び、49.5°付近のピークが共に2H結晶構造及び3R結晶構造の合成ピークからなり、半値幅が1°以上である、前記[2]に記載の潤滑剤。
[4] 前記硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積が10m/g以上である、前記[1]~[3]のいずれか1項に記載の潤滑剤。
[5] 前記硫化モリブデン粒子の、動的光散乱式粒子径分布測定装置により求められるメディアン径D50が10~1000nmである、前記[1]~[4]のいずれか1項に記載の潤滑剤。
[6] 前記硫化モリブデン粒子の、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)が、1.0より大きい、前記[1]~[5]のいずれか1項に記載の、潤滑剤。
[7] 前記[1]~[6]のいずれか一項に記載の潤滑剤である硫化モリブデン粒子と、
鉱物油、合成油、又は部分合成油である基油と、
を含有する潤滑組成物。
[8] 前記潤滑組成物の全質量100質量%に対し、前記潤滑剤である硫化モリブデン粒子を0.0001~50質量%含有する、前記[7]に記載の潤滑組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、高負荷を掛けても焼き付きが生じ難い、潤滑剤及び潤滑組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】合成例1の硫化モリブデン粒子の原料の三酸化モリブデン粒子の製造に用いられる装置の一例の概略図である。
図2】合成例1の硫化モリブデン粒子の原料の三酸化モリブデン粒子のX線回折(XRD)パターンの結果を、三酸化モリブデンのα結晶の標準パターン(α-MoO)及びβ結晶の標準パターン(β-MoO)と共に示したものである。
図3】合成例1の硫化モリブデン粒子のX線回折(XRD)パターンの結果を、二硫化モリブデン(MoS)の3R結晶構造の回折パターン、二硫化モリブデン(MoS)の2H結晶構造の回折パターン及び二酸化モリブデン(MoO)の回折パターンと共に示したものである。
図4】比較例3に係る硫化モリブデン粒子のX線回折(XRD)パターンの結果を、二硫化モリブデン(MoS)の2H結晶構造の回折パターンと共に示したものである。
図5】合成例1の硫化モリブデン粒子の原料の三酸化モリブデン粒子を用いて測定された、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルである。
図6】合成例1の硫化モリブデン粒子のTEM像である。
図7】比較例3に係る硫化モリブデン粒子のTEM像である。
図8】合成例1の硫化モリブデン粒子を用いて測定された、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<潤滑剤>
本実施形態の潤滑剤は、硫化モリブデン粒子を含有する。硫化モリブデン粒子を含有することで、被摺動材に対して摩擦痕が付き難い。
また、本実施形態の潤滑剤は、前記硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの3R結晶構造を含むものである。一般に潤滑剤として使用されている二硫化モリブデンは、粒径が1μmを超える大きさのものを多く含み、また、六方晶固体潤滑材であり、図4に示されるように、結晶構造として2H結晶構造のみを有する。これに対して、前記硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの3R結晶構造を含む潤滑剤は、高負荷を掛けても焼き付きが生じ難い。
【0011】
本実施形態の潤滑剤は、前記硫化モリブデン粒子の、動的光散乱式粒子径分布測定装置により求められるメディアン径D50が10~1000nmであることが好ましい。
市販のMoSは鉱石の粉砕品であり、粒径が1μmを超える大きさのものを多く含み、重量あたりの潤滑剤の効果が小さく、粘性の小さな基油を含む潤滑組成物は、沈降の要因となる。
本実施形態の潤滑剤は、前記メディアン径D50が1000nm以下であることにより、潤滑剤として用いたとき、高負荷を掛けても焼き付きが生じ難い。この理由は、高負荷時に被摺動材の摩擦面同士が互いに1μm(すなわち、1000nm)未満の距離まで近づいた際、当該潤滑剤がこの隙間から排除されずに残存し潤滑性能を維持し続けることが可能なことに起因する。また、前記メディアン径D50が1000nm以下であることにより、基油を含有する潤滑組成物として用いたとき、沈降し難く、保存安定性に優れる。
【0012】
また、前記メディアン径D50が1000nm以下であることにより浮遊成分となった前記硫化モリブデン粒子は、沈降し難いがゆえに、たとえ被摺動材の摩擦面同士が垂直又はそれに近い重力の影響を受けやすい状態で並んであったとしても、摺動前の時点で既に被摺動材の摩擦面同士の上下の全体の隙間に入り込んだ状態で存在できる。従って、従来の沈降し易いモリブデン硫化物に比し摺動開始時の、特に上部の削れ等を防ぐことができ、結果として被摺動材の摩擦面の長寿命化に寄与することができると考えられる。
【0013】
また、本実施形態の潤滑剤を、被摺動材として、例えば複数の金属球の摺動に用いて、高負荷時に金属球と金属球との間の距離が1μm(すなわち、1000nm)未満の距離になるまで互いに押し付けられたとき、前記メディアン径D50が1000nm以下と小さいので、前記金属球同士のクリアランスから排除されずにその隙間に残ることができ、金属球の摩擦面同士の接触の確率(あるいは接触面積×時間)が低いままとなり、擦れ合いによる焼き付きが生じ難くなると考えられる。
【0014】
前記硫化モリブデン粒子の、動的光散乱式粒子径分布測定装置により求められるメディアン径D50は10~1000nmであることが好ましく、前記の効果の点から、600nm以下がより好ましく、500nm以下が更に好ましく、400nm以下が最も好ましい。前記硫化モリブデン粒子のメディアン径D50は10nm以上であってもよく、20nm以上であってもよく、40nm以上であってもよい。
【0015】
前記硫化モリブデン粒子は、二硫化モリブデンの2H結晶構造及び3R結晶構造を含むことが好ましい。一般に潤滑剤として使用されている二硫化モリブデンは、粒径が1μmを超える大きさのものを多く含み、また、六方晶固体潤滑材であり、図4に示されるように、結晶構造として2H結晶構造のみを有する。これに対して、後述する「三酸化モリブデン粒子の製造方法」及び「硫化モリブデン粒子の製造方法」を経て製造する硫化モリブデン粒子は、2H結晶構造及び3R結晶構造を含み、メディアン径D50を10~1000nmに、容易に調整可能である。
【0016】
更に、前記硫化モリブデン粒子は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるスペクトルにおいて、39.5°付近のピーク、及び、49.5°付近のピークが共に2H結晶構造及び3R結晶構造の合成ピークからなり、半値幅が1°以上であることが好ましい。さらに、前記硫化モリブデン粒子は、1H結晶構造など、二硫化モリブデンの2H結晶構造、3R結晶構造以外の結晶構造を含んでいても良い。
【0017】
前記硫化モリブデン粒子が、準安定構造の3R結晶構造を含む点は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるスペクトルにおいて、39.5°付近のピーク、及び、49.5°付近のピークが共に2H結晶構造及び3R結晶構造の合成ピークからなることで区別することができる。
【0018】
透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影したときの二次元画像における前記硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、粒子状、球状、板状、針状、紐形状、リボン状またはシート状であっても良く、これらの形状が組み合わさって含まれていても良い。前記モリブデン硫化物の形状は、リボン状またはシート状であることが好ましく、モリブデン硫化物50個の一次粒子の形状が、平均で、長さ(縦)×幅(横)=50~1000nm×3~100nmの範囲の大きさを有することが好ましく、100~500nm×5~50nmの範囲の大きさを有することがより好ましく、150~400nm×10~20nmの範囲の大きさを有することが特に好ましい。リボン状またはシート状であることで、硫化モリブデン粒子の比表面積を大きくすることができる。ここで、リボン状またはシート状であるとは、薄層形状であることをいう。モリブデン硫化物の一次粒子のアスペクト比、すなわち、(長さ(大きさ))/(高さ(深さ))の値は、50個の平均で、1.2~1200であることが好ましく、2~800であることがより好ましく、5~400であることが更に好ましく、10~200であることが特に好ましい。
【0019】
前記硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、単純な球状ではなく、アスペクト比の大きなリボン状もしくはシート状であることにより、接触しかけている被摺動材の摩擦面同士をより効率よく覆って、被摺動材の摩擦面同士の接触の確率(あるいは接触面積×時間)を減らすことが期待でき、擦れ合いによる焼き付きが生じ難くなると考えられる。
【0020】
前記硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積は10m/g以上であることが好ましく、30m/g以上であることがより好ましく、40m/g以上であることが特に好ましい。前記硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積は300m/g以下であってもよく、200m/g以下であってもよく、100m/g以下であってもよい。
【0021】
前記硫化モリブデン粒子の一次粒子は、前記一次粒子を構成する層がそれぞれ比較的弱い相互作用によって接近し、摩擦のような外力により容易に互いの層をずらすことができる。したがって、前記硫化モリブデン粒子の一次粒子が被摺動材である金属と金属との間に挟まれた際、その摩擦力で前記一次粒子を構成する層同士がずれて、見かけの摩擦係数を下げ、また被摺動材である金属同士の接触も防ぐことができる。
前記硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積が10m/g以上に大きいと、前記一次粒子が被摺動材である金属と金属との間に存在するとき、被摺動材である金属同士が接触する面積をより下げることができるので、潤滑剤の性能向上および焼き付きの防止の両方に寄与すると考えられる。
【0022】
前記硫化モリブデン粒子の、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)は、1.0より大きいことが好ましく、1.1以上であることがより好ましく、1.2以上であることが特に好ましい。
【0023】
二硫化モリブデンの結晶構造が、2H結晶構造であれ3R結晶構造であれ、Mo-S間の距離は共有結合のためほぼ同じなので、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルにおいて、Mo-Sに起因するピークの強度は同じである。
一方、二硫化モリブデンの2H結晶構造は六方晶(hexagonal)のため、Mo原子の六角形の90°真下に同じ六角形が位置するため、Mo-Mo間の距離が近くなり、Mo-Moに起因するピーク強度IIは強くなる。
逆に、二硫化モリブデンの3R結晶構造は菱面体晶(rhombohedral)のため、六角形の90°真下ではなく、半分ずれて六角形が存在するため、Mo-Mo間の距離が遠くなり、Mo-Moに起因するピーク強度IIは弱くなる。
二硫化モリブデンの純粋な2H結晶構造では前記比(I/II)が小さくなるが、3R結晶構造を含むにつれ前記比(I/II)が大きくなる。
3R結晶構造では、3層のそれぞれのMo原子の六角形が互いに六角形の半分だけずれているため、2層のMo原子の六角形が垂直に規則正しく並んでいる2H結晶構造に比べて、各層の間の相互作用が小さく、滑りやすくなることが期待できる。
【0024】
前記硫化モリブデン粒子のMoSへの転化率Rは、三酸化モリブデンの存在が潤滑性能に悪影響を及ぼすと考えられるため70%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましく、90%以上であることが特に好ましい。
前記硫化モリブデン粒子は、MoSへの転化率Rが大きいことにより、摩擦による加熱により潤滑性能を発揮するものの、三酸化モリブデンを副生もしくは含有しうる他の二硫化モリブデン素材やその前駆体より潤滑特性に優れるものとすることができる。
【0025】
硫化モリブデン粒子のMoSへの転化率Rは、硫化モリブデン粒子をX線回折(XRD)測定することにより得られるスペクトルデータから、RIR(参照強度比)法により求めることができる。硫化モリブデン(MoS)のRIR値Kおよび硫化モリブデン(MoS)の(002)面または(003)面に帰属される、2θ=14.4°±0.5°付近のピークの積分強度I、並びに、各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)のRIR値Kおよび各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)の最強線ピークの積分強度Iを用いて、次の式(1)からMoSへの転化率Rを求めることができる。
(%)=(I/K)/(Σ(I/K))×100 ・・・(1)
ここで、RIR値は、無機結晶構造データベース(ICSD)(一般社団法人化学情報協会製)に記載されている値をそれぞれ用いることができ、解析には、統合粉末X線解析ソフトウェア(PDXL)(Rigaku社製)を用いることができる。
【0026】
<硫化モリブデン粒子の製造方法>
前記硫化モリブデン粒子は、例えば、一次粒子の平均粒径が5~1000nmの三酸化モリブデン粒子を、硫黄源の存在下、温度200~1000℃で加熱することにより製造することができる。
【0027】
三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径とは、三酸化モリブデン粒子を、走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影し、二次元画像上の凝集体を構成する最小単位の粒子(すなわち、一次粒子)について、その長径(観察される最も長い部分のフェレ径)と短径(その最も長い部分のフェレ径に対して、垂直な向きの短いフェレ径)を計測し、その平均値を一次粒子径としたとき、ランダムに選ばれた50個の一次粒子の一次粒子径の平均値を云う。
【0028】
前記硫化モリブデン粒子の製造に用いる酸化モリブデン粒子は、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含む一次粒子の集合体からなることが好ましい。前記酸化モリブデン粒子は、結晶構造としてα結晶のみからなる従来の三酸化モリブデン粒子に比べて、硫黄との反応性が良好であり、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含むので、硫黄源との反応において、MoSへの転化率Rを大きくすることができる。
【0029】
三酸化モリブデンのβ結晶構造は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるスペクトルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属する、(2θ:23.01°付近、No.86426(無機結晶構造データベース(ICSD)))のピークの存在によって、確認することができる。三酸化モリブデンのα結晶構造は、MoOのα結晶の(021)面(2θ:27.32°付近_No.166363(無機結晶構造データベース(ICSD)))のピークの存在によって、確認することができる。
【0030】
硫黄源としては、例えば、硫黄、硫化水素等が挙げられ、これらは単独でも二種を併用しても良い。
【0031】
前記硫化モリブデン粒子の製造方法は、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含む一次粒子の集合体からなる三酸化モリブデン粒子を、硫黄源の不存在下、温度100~800℃で加熱し、次いで、硫黄源の存在下、温度200~1000℃で加熱することを含むものであってもよい。
【0032】
硫黄源の存在下の加熱時間は、硫化反応が充分に進行する時間であればよく、1~20時間であってもよく、2~15時間であってもよく、3~10時間であってもよい。
【0033】
前記硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子のMoO量に対する、前記硫黄源のS量の仕込み比は、硫化反応が充分に進行する条件であることが好ましい。前記三酸化モリブデン粒子のMoO量100モル%に対して、前記硫黄源のS量が500モル%以上であることが好ましく、600モル%以上であることがより好ましく、700モル%以上であることが特に好ましい。前記三酸化モリブデン粒子のMoO量100モル%に対して、前記硫黄源のS量が3000モル%以下であってもよく、2000モル%以下であってもよく、1500モル%以下であってもよい。
【0034】
前記硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記硫黄源の存在下の加熱温度は、硫化反応が充分に進行する温度であればよく、320℃以上であることが好ましく、340℃以上であることがより好ましく、360℃以上であることが特に好ましい。320~1000℃であってもよく、340~1000℃であってもよく、360~500℃であってもよい。
【0035】
前記硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は1μm以下であることが好ましい。硫黄との反応性の点から、600nm以下がより好ましく、400nm以下が更に好ましく、200nm以下が特に好ましい。前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は10nm以上であってもよく、20nm以上であってもよく、40nm以上であってもよい。
【0036】
前記硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子は、蛍光X線(XRF)で測定されるMoOの含有割合が99.6%以上であることが好ましい。これにより、MoSへの転化率Rを大きくすることができ、高純度な、不純物由来の硫化物が生成するおそれがない、保存安定性の良好な硫化モリブデンを得ることができる。
【0037】
前記硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるスペクトルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属するピーク強度の、MoOのα結晶の(021)面に帰属するピーク強度に対する比(β(011)/α(021))が0.1以上であることが好ましい。
【0038】
MoOのβ結晶の(011)面に帰属するピーク強度、及び、MoOのα結晶の(021)面に帰属するピーク強度は、それぞれ、ピークの最大強度を読み取り、前記比(β(011)/α(021))を求める。
【0039】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比(β(011)/α(021))は、0.1~10.0であることが好ましく、0.2~10.0であることがより好ましく、0.4~10.0であることが特に好ましい。
【0040】
前記三酸化モリブデン粒子は、BET法で測定される比表面積が10m/g~100m/gであることが好ましい。
【0041】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比表面積は、硫黄との反応性が良好になることから、10m/g以上であることが好ましく、20m/g以上であることがより好ましく、30m/g以上であることがさらに好ましい。前記三酸化モリブデン粒子において、製造が容易になることから、100m/g以下であることが好ましく、90m/g以下であってもよく、80m/g以下であってもよい。
【0042】
前記三酸化モリブデン粒子は、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルから得られる動径分布関数において、Mo-Oに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)が、1.1より大きいことが好ましい。
【0043】
Mo-Oに起因するピークの強度I、及び、Mo-Moに起因するピーク強度IIは、それぞれ、ピークの最大強度を読み取り、前記比(I/II)を求める。前記比(I/II)は、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られていることの目安になると考えられ、前記比(I/II)が大きいほど、硫黄との反応性に優れる。
【0044】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比(I/II)は、1.1~5.0であることが好ましく、1.2~4.0であってもよく、1.2~3.0であってもよい。
【0045】
(三酸化モリブデン粒子の製造方法)
前記三酸化モリブデン粒子は、酸化モリブデン前駆体化合物を気化させて、三酸化モリブデン蒸気を形成し、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却することにより製造することができる。
【0046】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成し、前記酸化モリブデン前駆体化合物を気化させて、三酸化モリブデン蒸気を形成することを含み、前記原料混合物100質量%に対する、前記金属化合物の割合が、酸化物換算で70質量%以下であることが好ましい。
【0047】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、図1に示す製造装置1を用いて好適に実施することができる。
【0048】
図1は、前記三酸化モリブデン粒子の製造に用いられる装置の一例の概略図である。製造装置1は、酸化モリブデン前駆体化合物、又は、前記原料混合物を焼成し、前記酸化モリブデン前駆体化合物を気化させる焼成炉2と、前記焼成炉2に接続され、前記焼成により気化した三酸化モリブデン蒸気を粒子化する十字(クロス)型の冷却配管3と、前記冷却配管3で粒子化した三酸化モリブデン粒子を回収する回収手段である回収機4と、を有する。この際、前記焼成炉2および冷却配管3は、排気口5を介して接続されている。また、前記冷却配管3は、左端部には外気吸気口(図示せず)に開度調整ダンパー6が、上端部には観察窓7がそれぞれ配置されている。回収機4には、第1の送風手段である排風装置8が接続されている。当該排風装置8が排風することにより、回収機4および冷却配管3が吸引され、冷却配管3が有する開度調整ダンパー6から外気が冷却配管3に送風される。すなわち、排風装置8が吸引機能を奏することによって、受動的に冷却配管3に送風が生じる。なお、製造装置1は、外部冷却装置9を有していてもよく、これによって焼成炉2から生じる三酸化モリブデン蒸気の冷却条件を任意に制御することが可能となる。
【0049】
開度調整ダンパー6により、外気吸気口からは空気を取り入れ、焼成炉2で気化した三酸化モリブデン蒸気を空気雰囲気下で冷却し、三酸化モリブデン粒子とすることで、前記比(I/II)を1.1より大きくすることができ、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られ易い。三酸化モリブデン蒸気を、液体窒素を用いて冷却した場合など、窒素雰囲気下の酸素濃度が低い状態での三酸化モリブデン蒸気の冷却は、酸素欠陥密度を増加させ、前記比(I/II)を低下させ易い。
【0050】
酸化モリブデン前駆体化合物としては、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含む一次粒子の集合体からなる三酸化モリブデン粒子を形成するための前駆体化合物が好ましい。
【0051】
前記酸化モリブデン前駆体化合物としては、焼成することで三酸化モリブデン蒸気を形成するものであれば特に制限されないが、金属モリブデン、三酸化モリブデン、二酸化モリブデン、硫化モリブデン等が挙げられる。酸化モリブデン前駆体化合物として、市販のα結晶の三酸化モリブデンを用いることが好ましい。また、酸化モリブデン前駆体化合物として、モリブデン酸アンモニウムを用いる場合には、焼成により熱力学的に安定な三酸化モリブデンに変換されることから、気化する酸化モリブデン前駆体化合物は前記三酸化モリブデンとなる。
【0052】
酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物混合物を焼成することでも、三酸化モリブデン蒸気を形成することができる。
【0053】
前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物としては、特に制限されないが、アルミニウム化合物、ケイ素化合物、チタン化合物、マグネシウム化合物、ナトリウム化合物、カリウム化合物、ジルコニウム化合物、イットリウム化合物、亜鉛化合物、銅化合物、鉄化合物等が挙げられる。これらのうち、アルミニウム化合物、ケイ素化合物、チタン化合物、マグネシウム化合物を用いることが好ましい。
【0054】
酸化モリブデン前駆体化合物と前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物とが中間体を生成する場合があるが、この場合でも焼成により中間体が分解して、三酸化モリブデンを熱力学的に安定な形態で気化させることができる。
【0055】
前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物としては、これらのうち、アルミニウム化合物を用いることが、焼成炉の傷つき防止のために好ましく、三酸化モリブデン粒子の純度を向上させるために前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を用いないことでもよい。
【0056】
アルミニウム化合物としては、塩化アルミニウム、硫酸アルミニウム、塩基性酢酸アルミニウム、水酸化アルミニウム、ベーマイト、擬ベーマイト、遷移酸化物アルミニウム(γ-酸化物アルミニウム、δ-酸化物アルミニウム、θ-酸化物アルミニウムなど)、α-酸化物アルミニウム、2種以上の結晶相を有する混合酸化物アルミニウム等が挙げられる。
【0057】
酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成するに際して、前記原料混合物100質量%に対する、前記酸化モリブデン前駆体化合物の含有割合は、40~100質量%であることが好ましく、45~100質量%であってもよく、50~100質量%であってもよい。
【0058】
焼成温度としては、使用する酸化モリブデン前駆体化合物、金属化合物、および所望とする三酸化モリブデン粒子等によっても異なるが、通常、中間体が分解できる温度とすることが好ましい。例えば、酸化モリブデン前駆体化合物としてモリブデン化合物を、金属化合物としてアルミニウム化合物を用いる場合には、中間体として、モリブデン酸アルミニウムが形成されうることから、焼成温度は500~1500℃であることが好ましく、600~1550℃であることがより好ましく、700~1600℃であることがさらに好ましい。
【0059】
焼成時間についても特に制限はなく、例えば、1分~30時間とすることができ、10分~25時間とすることができ、100分~20時間とすることができる。
【0060】
昇温速度は、使用する酸化モリブデン前駆体化合物、前記金属化合物、および所望とする三酸化モリブデン粒子の特性等によっても異なるが、製造効率の観点から、0.1~100℃/分であることが好ましく、1~50℃/分であることがより好ましく、2~10℃/分であることがさらに好ましい。
【0061】
焼成炉内の内部圧力は、特に制限されず、陽圧であっても減圧であってもよいが、酸化モリブデン前駆体化合物を好適に焼成炉から冷却配管に排出する観点から、焼成は減圧下で行われることが好ましい。具体的な減圧度としては、-5000~-10Paであることが好ましく、-2000~-20Paであることがより好ましく、-1000~-50Paであることがさらに好ましい。減圧度が-5000Pa以上であると、焼成炉の高気密性や機械的強度が過度に要求されず、製造コストが低減できることから好ましい。一方、減圧度が-10Pa以下であると、焼成炉の排出口での酸化モリブデン前駆体化合物の詰まりを防止できることから好ましい。
【0062】
なお、焼成中に焼成炉に気体を送風する場合、送風する気体の温度は、5~500℃であることが好ましく、10~100℃であることがより好ましい。
【0063】
また、気体の送風速度は、焼成炉の有効容積が100Lに対して、1~500L/minであることが好ましく、10~200L/minであることがより好ましい。
【0064】
気化した三酸化モリブデン蒸気の温度は、使用する酸化モリブデン前駆体化合物の種類によっても異なるが、200~2000℃であることが好ましく、400~1500℃であることがより好ましい。なお、気化した三酸化モリブデン蒸気の温度が2000℃以下であると、通常、冷却配管において、外気(0~100℃)の送風により容易に粒子化することができる傾向がある。
【0065】
焼成炉から排出される三酸化モリブデン蒸気の排出速度は、使用する前記酸化モリブデン前駆体化合物量、前記金属化合物量、焼成炉の温度、焼成炉内への気体の送風、焼成炉排気口の口径により制御することができる。冷却配管の冷却能力によっても異なるが、焼成炉から冷却配管への三酸化モリブデン蒸気の排出速度は、0.001~100g/minであることが好ましく、0.1~50g/minであることがより好ましい。
【0066】
また、焼成炉から排出される気体中に含まれる三酸化モリブデン蒸気の含有量は、0.01~1000mg/Lであることが好ましく、1~500mg/Lであることがより好ましい。
【0067】
次に、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却して粒子化する。
三酸化モリブデン蒸気の冷却は、冷却配管を低温にすることにより行われる。この際、冷却手段としては、上述のように冷却配管中への気体の送風による冷却、冷却配管が有する冷却機構による冷却、外部冷却装置による冷却等が挙げられる。
【0068】
三酸化モリブデン蒸気の冷却は、空気雰囲気下で行うことが好ましい。三酸化モリブデン蒸気を空気雰囲気下で冷却し、三酸化モリブデン粒子とすることで、前記比(I/II)を1.1より大きくすることができ、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られ易い。
【0069】
冷却温度(冷却配管の温度)は、特に制限されないが、-100~600℃であることが好ましく、-50~400℃であることがより好ましい。
【0070】
三酸化モリブデン蒸気の冷却速度は、特に制限されないが、100~100000℃/sであることが好ましく、1000~50000℃/sであることがより好ましい。なお、三酸化モリブデン蒸気の冷却速度が早くなるほど、粒径の小さく、比表面積の大きい三酸化モリブデン粒子が得られる傾向がある。
【0071】
冷却手段が、冷却配管中への気体の送風による冷却である場合、送風する気体の温度は-100~300℃であることが好ましく、-50~100℃であることがより好ましい。
【0072】
また、気体の送風速度は、0.1~20m/minであることが好ましく、1~10m/minであることがより好ましい。気体の送風速度が0.1m/min以上であると、高い冷却速度を実現することができ、冷却配管の詰まりを防止できることから好ましい。一方、気体の送風速度が20m/min以下であると、高価な第1の送風手段(排風機等)が不要となり、製造コストを低くすることができることから好ましい。
【0073】
三酸化モリブデン蒸気を冷却して得られた粒子は、回収機に輸送されて回収される。
【0074】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却して得られた粒子を、再度、100~320℃の温度で焼成してもよい。
【0075】
すなわち、前記三酸化モリブデン粒子の製造方法で得られた三酸化モリブデン粒子を、再度、100~320℃の温度で焼成してもよい。再度の焼成の焼成温度は、120~280℃であってもよく、140~240℃であってもよい。再度の焼成の焼成時間は、例えば、1分~4時間とすることができ、10分~5時間とすることができ、100分~6時間とすることができる。ただし、再度、焼成することにより、三酸化モリブデンのβ結晶構造の一部は、消失してしまい、350℃以上の温度で4時間焼成すると、三酸化モリブデン粒子中のβ結晶構造は消失して、前記比(β(011)/α(021))が0になって、硫黄との反応性が損なわれる。
以上、説明した三酸化モリブデン粒子の製造方法により、前記硫化モリブデン粒子の製造に好適な、三酸化モリブデン粒子を製造することができる。
【0076】
<潤滑組成物>
本実施形態の潤滑組成物は、前記潤滑剤である硫化モリブデン粒子と、鉱物油、合成油、又は部分合成油である基油と、を含有する。
【0077】
鉱物油である基油としては、削岩によって得られた油、植物又は動物から得られた油、並びにこれらの混合物を含み、例えば、そのような油としては、ヒマシ油、ラード油、オリーブ油、ピーナツ油、トウモロコシ油、ダイズ油、亜麻仁油、液体石油、及びパラフィン性、ナフテン性、もしくはパラフィン-ナフテン混合性の種類の基油などを挙げることができるが、これらに限定されない。そのような基油は、所望される場合、部分的または完全に水素化されていてもよい。
【0078】
合成油である基油としては、例えば、ポリアルファオレフィン系、炭化水素系、エステル系、エーテル系、シリコーン系、アルキルナフタレン系もしくはパーフルオロアルキルポリエーテル系の基油を挙げることができる。
【0079】
部分合成油である基油とは、これらの鉱物油及び合成油を混合した基油をいう。
【0080】
前記潤滑組成物は、基油としては、一般に潤滑組成物に用いられる基油を制限なく用いることができる。
【0081】
本実施形態の潤滑組成物において用いられる基油の40℃における動粘度は10~1000mm/sであってもよく、20~500mm/sであってもよく、30~200mm/sであってもよく、40~150mm/sであってもよい。本実施形態の潤滑組成物において、硫化モリブデン粒子の、動的光散乱式粒子径分布測定装置により求められるメディアン径D50が10~1000nmと小さいので、比較的粘性の小さな基油を用いても、硫化モリブデン粒子の沈降を抑えることができる。
【0082】
前記潤滑組成物は、前記潤滑組成物の全質量100質量%に対し、前記潤滑剤である硫化モリブデン粒子を0.0001~50質量%含有することが好ましく、0.01~10質量%含有することがより好ましく、0.1~5質量%含有することが特に好ましい。
【0083】
前記潤滑組成物は、更に、清浄剤、粘度調整剤、発泡防止剤、腐食防止剤、防錆剤、酸化防止剤、抗摩耗剤および摩擦調整剤、などの公知の添加剤を含有することができる。
【0084】
前記潤滑組成物は、更に、一般的な潤滑油に含有されている公知の分散剤を含有することができる。分散剤の存在により、沈降をより抑えることで保存安定性を確実に確保できる。
【実施例
【0085】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0086】
[三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径の測定方法]
三酸化モリブデン粒子を、走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した。二次元画像上の凝集体を構成する最小単位の粒子(すなわち、一次粒子)について、その長径(観察される最も長い部分のフェレ径)及び短径(その最も長い部分のフェレ径に対して、垂直な向きの短いフェレ径)を計測し、その平均値を一次粒子径とした。同様の操作をランダムに選ばれた50個の一次粒子に対して行い、その一次粒子の一次粒子径の平均値から、一次粒子の平均粒径を算出した。
【0087】
[三酸化モリブデンの純度測定:XRF分析]
蛍光X線分析装置PrimusIV(株式会社リガク製)を用い、回収した三酸化モリブデン粒子の試料約70mgをろ紙にとり、PPフィルムをかぶせて組成分析を行った。XRF分析結果により求められるモリブデン量を、三酸化モリブデン粒子100質量%に対する三酸化モリブデン換算(質量%)により求めた。
【0088】
[結晶構造解析:XRD法]
回収した三酸化モリブデン粒子、又は、その硫化物の試料を0.5mm深さの測定試料用ホルダーに充填し、それを広角X線回折(XRD)装置(株式会社リガク製 UltimaIV)にセットし、Cu/Kα線、40kV/40mA、スキャンスピード2度/分、走査範囲10度以上70度以下の条件で測定を行った。
【0089】
[比表面積測定:BET法]
三酸化モリブデン粒子又は硫化モリブデン粒子の試料について、比表面積計(マイクロトラックベル製、BELSORP-mini)にて測定し、BET法による窒素ガスの吸着量から測定された試料1g当たりの表面積を、比表面積(m/g)として算出した。
【0090】
[MoSへの転化率R
黒色粉末の硫化モリブデン粒子をX線回折(XRD)測定した。次に、RIR(参照強度比)法により、硫化モリブデン(MoS)のRIR値Kおよび硫化モリブデン(MoS)の(002)面または(003)面に帰属される、2θ=14.4°±0.5°付近のピークの積分強度I、並びに、各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)のRIR値Kおよび各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)の最強線ピークの積分強度Iを用いて、次の式(1)からMoSへの転化率Rを求めた。
(%)=(I/K)/(Σ(I/K))×100 ・・・(1)
ここで、RIR値は、無機結晶構造データベース(ICSD)に記載されている値をそれぞれ用い、解析には、統合粉末X線解析ソフトウェア(PDXL)(Rigaku社製)を用いた。
【0091】
[広域X線吸収微細構造(EXAFS)測定]
硫化モリブデン粉末36.45mgと窒化ホウ素333.0mgとを乳鉢で混合した。この混合物123.15mgを量り取り、φ8mmの錠剤に圧縮成形し、測定サンプルを得た。この測定サンプルを用いて、あいちシンクロトロン光センターのBL5S1にて透過法で広域X線吸収微細構造(EXAFS)を測定した。解析にはAthena(インターネット<URL: https://bruceravel.github.io/demeter/>)を用いた。
【0092】
[硫化モリブデン粒子のメディアン径D50の測定]
アセトン20ccに硫化モリブデン粉末0.1gを添加し、氷浴中で4時間超音波処理を施した後、さらにアセトンで、動的光散乱式粒子径分布測定装置(MicrotracBEL製Nanotrac WaveII)の測定可能範囲の濃度に適宜調整し、測定サンプルを得た。この測定サンプルを用い、動的光散乱式粒子径分布測定装置(MicrotracBEL製Nanotrac WaveII)により、粒径0.0001~10μmの範囲の粒子径分布を測定し、メディアン径D50を算出した。
ただし、メディアン径D50が10μmを超えるもの(比較例3)については、同様に溶液を調整し、レーザ回折式粒度分布測定装置(島津製作所製 SALD-7000)により、粒径0.015~500μmの範囲の粒子径分布を測定し、メディアン径D50を算出した。
【0093】
[硫化モリブデン粒子の粒子形状観察方法]
硫化モリブデン粒子を、透過型電子顕微鏡(JEOL JEM1400)で撮影し、二次元画像の視野内50個の一次粒子を観察し、リボン状またはシート状を含んでいるか否かを判断した。
【0094】
(β結晶構造を含む三酸化モリブデン粒子の製造)
遷移酸化アルミニウム(和光純薬工業株式会社製、活性アルミナ、平均粒径45μm)1kgと、三酸化モリブデン(太陽鉱工株式会社製)1kgと、を混合し、次いでサヤに仕込み、図1に示す製造装置1のうち焼成炉2で、温度1100℃で10時間焼成した。焼成中、焼成炉2の側面および下面から外気(送風速度:50L/min、外気温度:25℃)を導入した。三酸化モリブデンは、焼成炉2内で蒸発した後、回収機4付近で冷却され、粒子として析出した。焼成炉2としてRHKシミュレーター(株式会社ノリタケカンパニーリミテド製)を用い、回収機4としてVF-5N集塵機(アマノ株式会社製)を用いた。
【0095】
焼成後、サヤから1.0kgの青色の粉末である酸化アルミニウムと、回収機4で回収した三酸化モリブデン粒子0.85kgを取り出した。回収した三酸化モリブデン粒子は、一次粒子の平均粒径が80nmであり、蛍光X線(XRF)測定にて、三酸化モリブデンの純度は99.7%であることが確認できた。この三酸化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積(SA)は、44.0m/gであった。
【0096】
また、この三酸化モリブデン粒子のX線回折(XRD)を測定した。X線回折パターンの結果を、三酸化モリブデンのα結晶の標準パターン及びβ結晶の標準パターンと共に、図2に示す。MoOのα結晶に帰属するピークとMoOのβ結晶に帰属するピークが観察され、その他のピークは観察されなかった。次いでβ結晶の(011)面(2θ:23.01°付近_No.86426(無機結晶構造データベース(ICSD)))とα結晶の(021)面(2θ:27.32°付近_No.166363(無機結晶構造データベース(ICSD)))のピーク強度比(β(011)/α(021))を求めたところ、β(011)/α(021)は5.2であった。
【0097】
<合成例1>
(硫化モリブデン粒子の製造)
この三酸化モリブデン粒子32.76mgと窒化ホウ素333.0mgとを乳鉢で混合した。この混合物121.92mgを量り取り、φ8mmの錠剤に圧縮成形し、広域X線吸収微細構造(EXAFS)を測定した。モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルを図5に示す。このスペクトルから得られる動径分布関数において、Mo-Oに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)は、2.0であった。
【0098】
磁性坩堝中で、この三酸化モリブデン粒子1.00gと、硫黄粉末(関東化学製)1.57gとを、粉末が均一になるように攪拌棒にて混合し、窒素雰囲気下、500℃で4時間の焼成を行い、黒色粉末を得た。ここで、前記三酸化モリブデン粒子のMoO量100モル%に対して、前記硫黄のS量は705モル%である。この黒色粉末(合成例1の硫化モリブデン粒子)のX線回折(XRD)パターンの結果を、無機結晶構造データベース(ICSD)に記されている二硫化モリブデン(MoS)の3R結晶構造の回折パターン、二硫化モリブデン(MoS)の2H結晶構造の回折パターン及び二酸化モリブデン(MoO)の回折パターンと共に、図3に示す。二酸化モリブデン(MoO)は、反応中間体である。
【0099】
図3のX線回折(XRD)パターンでは、二硫化モリブデン(MoS)に帰属されるピークのみが検出され、二硫化モリブデン(MoS)に帰属されないピークが見られなかった。すなわち、副生成物である二酸化モリブデン(MoO)などの反応中間体ピークが観察されず、二硫化モリブデン(MoS)に帰属されるピークのみが観察されたことから、合成例1の硫化モリブデン粒子は、MoSへの転化率Rが99%以上であり、硫黄との反応が速やかに進んだことが確認できた。
この合成例1の硫化モリブデン粒子をX線回折(XRD)により結晶構造解析したところ、2H結晶構造及び3R結晶構造が含まれていることを確認した。39.5°付近のピーク、49.5°付近のピークの半値幅は、それぞれ2.36°、3.71°と広かった。
【0100】
合成例1の硫化モリブデン粒子の比表面積をBET法により測定したところ、67.8m/gであった。
【0101】
合成例1の硫化モリブデン粒子の粒度分布を、動的光散乱式粒子径分布測定装置により計測し、メディアン径D50を求めたところ、170nmであった。
【0102】
合成例1の硫化モリブデン粒子のTEM像を図6に示した。大きさが約200nmのリボン状またはシート状のモリブデン硫化物が多数含まれていることが観察できる。
【0103】
合成例1の硫化モリブデン粒子を用いて、広域X線吸収微細構造(EXAFS)を測定した。モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルを図8に示す。このスペクトルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)は、1.2であった。
【0104】
(分散性)
0.05質量部の合成例1の硫化モリブデン粒子、0.5質量部の分散剤(DIC株式会社製ユニディックR-2000PG)、及び、9.5質量部のアセトンを、ガラス容器に入れ、超音波照射装置にて7時間分散を行った。その後、3日間静置し、その間、光透過率及び後方光散乱強度を、EKO社製スタビリティーテスター(ST-1)を用いてガラス容器の中央付近で測定して粒子の沈降を評価したが、いずれも変化せず、合成例1の硫化モリブデン粒子の低粘度液中の分散性は良好「A」であった。
【0105】
<実施例1>
コスモピュアスピンD(コスモ石油ルブリカンツ株式会社製、40℃における動粘度は、6.5mm/s)19質量部に対し、合成例1の硫化モリブデン粒子1質量部を、容器に入れ、超音波照射装置にて7時間分散を行った。得られた分散液20質量部に対し、基油(ベースオイル)としてダイアナフレシア(登録商標)W-90(出光興産株式会社製、40℃における動粘度は、95mm/s)を30質量部加え、さらに超音波処理装置にて1時間分散を行って、分散液からなる実施例1の潤滑組成物を調製した。
【0106】
(シェル四球式耐荷重能試験)
実施例1の潤滑組成物について、Phoenix Tribology Products製の四球試験機(Plint)を用いて、ASTM D2783準拠の方法にてシェル四球式耐荷重能試験を行った。具体的には、以下の(試験A)及び(試験B)の二通りの試験方法を実施した。
【0107】
(試験A)
試料容器の下部に直径が1/2インチの三個のステンレス球を固定し、実施例1の潤滑組成物を入れた。三個のステンレス球の中心の上部に一個のステンレス球を押し付け、三点で接触させた。上部の一個のステンレス球の上から垂直方向下向きに、32kgfの荷重を加えて、毎分1770回転の速度で10秒間回転させたところ、ステンレス球に、縦横いずれかの0.4mm以上の幅の摩擦痕は観察されなかった。
次に、上記ステンレス球を新品に交換し、実施例1の潤滑組成物を同じボトルから使用して洗浄交換し、40kgfの荷重を加えて、毎分1770回転の速度で10秒間回転させたところ、ステンレス球に、縦横いずれかの0.4mm以上の幅の摩擦痕は観察されなかった。
更に、同様に、上記ステンレス球を新品に交換し、実施例1の潤滑組成物を同じボトルから使用して洗浄交換し、50kgf、63kgf、80kgfの荷重に換えて試験したところ、ステンレス球に、縦横いずれかの0.4mm以上の幅の摩擦痕は観察されなかった。
更に、同様に、上記ステンレス球を新品に交換し、実施例1の潤滑組成物を同じボトルから使用して洗浄交換し、100kgfの荷重を加えて、毎分1770回転の速度で10秒間回転させたところ、ステンレス球に、縦横いずれかの0.4mm以上の幅の摩擦痕が観察された。
すなわち、ステンレス球に、縦横いずれかの0.4mm以上の幅の摩擦痕が現れない最大荷重は、80kgfであった。すなわち、摩擦痕荷重の評価結果は良好「A」であった。
【0108】
(試験B)
その後、同様に、上記ステンレス球を新品に交換し、実施例1の潤滑組成物を同じボトルから使用して洗浄交換し、100kgfの荷重を加えて、毎分1770回転の速度で10秒間回転させたところ、ステンレス球に、焼き付きが生じなかった。
更に、同様に、200kgf、300kgf、400kgf、500kgfの荷重に換えて試験を行い、上記ステンレス球の摩擦面同士が融着して焼き付きが生じるまでこの操作を繰り返した。焼き付きが生じない最大荷重は、400kgfであった。すなわち、焼き付き荷重の評価結果は良好「A」であった。
【0109】
<比較例1>
ダイアナフレシア(登録商標)W-90(出光興産株式会社製、40℃における動粘度は、95mm/s)を、比較例1の潤滑油として用いて、実施例1と同様に、シェル四球式耐荷重能試験を行った。(試験A)で、0.4mm以上の幅の摩擦痕が現れない最大荷重は、40kgfであった。(試験B)で、焼き付きが生じない最大荷重は、130kgfであった。すなわち、摩擦痕荷重の評価結果は不良「C」であり、焼き付き荷重の評価結果は不良「C」であった。
【0110】
<比較例2>
コスモピュアスピンD(コスモ石油ルブリカンツ株式会社製)19質量部に対し、剥離グラフェン(厚み:10~100nm、板面積1~10μm、比表面積が10m/g)1質量部を、容器に入れ、超音波照射装置にて7時間分散を行った。得られた分散液20質量部に対し、基油(ベースオイル)としてダイアナフレシア(登録商標)W-90(出光興産株式会社製、40℃における動粘度は、95mm/s)を30質量部加え、さらに超音波処理装置にて1時間分散を行って、分散液からなる比較例2の潤滑組成物を調製した。
比較例2の潤滑組成物について、実施例1と同様に、シェル四球式耐荷重能試験を行った。(試験A)で、0.4mm以上の幅の摩擦痕が現れない最大荷重は、50kgfであった。(試験B)で、焼き付きが生じない最大荷重は、300kgfであった。すなわち、摩擦痕荷重の評価結果は普通「B」であり、焼き付き荷重の評価結果は普通「B」であった。
【0111】
(分散性)
0.05質量部の比較例2で用いた剥離グラフェン、0.5質量部の分散剤(DIC株式会社製ユニディックR-2000PG)、及び、9.5質量部のアセトンを、ガラス容器に入れ、超音波照射装置にて7時間分散を行った。その後、3日間静置し、その間、光透過率及び後方光散乱強度を、EKO社製スタビリティーテスター(ST-1)を用いてガラス容器の中央付近で測定して粒子の沈降を評価したところ、光透過率は徐々に大きくなり、後方光散乱強度は徐々に小さくなり、粒子の沈降が観測された。すなわち、比較例2で用いた剥離グラフェンの低粘度液中の分散性は不良「C」であった。
【0112】
<比較例3>
コスモピュアスピンD(コスモ石油ルブリカンツ株式会社製)19質量部に対し、市販の二硫化モリブデン(MoS)粒子(関東化学株式会社製硫化モリブデン試薬)1質量部を、容器に入れ、超音波照射装置にて7時間分散を行った。得られた分散液20質量部に対し、基油(ベースオイル)としてダイアナフレシア(登録商標)W-90(出光興産株式会社製、40℃における動粘度は、95mm/s)を30質量部加え、さらに超音波処理装置にて1時間分散を行って、分散液からなる比較例3の潤滑組成物を調製した。
比較例3の潤滑組成物について、実施例1と同様に、シェル四球式耐荷重能試験を行った。(試験A)で、0.4mm以上の幅の摩擦痕が現れない最大荷重は、100kgfであった。(試験B)で、焼き付きが生じない最大荷重は、300kgfであった。すなわち、摩擦痕荷重の評価結果は良好「A」であり、焼き付き荷重の評価結果は普通「B」であった。
【0113】
比較例3で用いた市販の二硫化モリブデン(MoS)粒子(関東化学株式会社製硫化モリブデン試薬)のX線回折パターンの結果を、無機結晶構造データベース(ICSD)に記載されている2H結晶構造の硫化モリブデンの回折パターンと共に、図4に示す。この比較例3の硫化モリブデン試薬は、2H結晶構造が99%以上の硫化モリブデンであることが分かった。39.5°付近のピーク、49.5°付近のピークの半値幅は、それぞれ0.23°、0.22°と狭かった。
また、比較例3で用いた市販の二硫化モリブデン(MoS)粒子(関東化学株式会社製硫化モリブデン試薬)について、合成例1の硫化モリブデン粒子と同様に、比表面積(SA)、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)の測定から得られる、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)、及びメディアン径D50を求めた。結果を表1に示した。
【0114】
【表1】
【0115】
比較例3で用いた二硫化モリブデン(MoS)粒子のTEM像を図7に示した。粒子形状は不定形であり、リボン状またはシート状のモリブデン硫化物は観察されなかった。
【0116】
(分散性)
0.05質量部の比較例3で用いた二硫化モリブデン(MoS)粒子、0.5質量部の分散剤(DIC株式会社製ユニディックR-2000PG)、及び、9.5質量部のアセトンを、ガラス容器に入れ、超音波照射装置にて7時間分散を行った。その後、3日間静置し、その間、光透過率及び後方光散乱強度を、EKO社製スタビリティーテスター(ST-1)を用いてガラス容器の中央付近で測定して粒子の沈降を評価したところ、光透過率は徐々に大きくなり、後方光散乱強度は徐々に小さくなり、粒子の沈降が観測された。すなわち、比較例3で用いた二硫化モリブデン(MoS)粒子の低粘度液中の分散性は不良「C」であった。
【0117】
以上の評価結果を表2に示すとともに、次にまとめる。
比較例2の剥離グラフェンを用いた潤滑組成物は、摩擦痕が現れない最大荷重及び焼き付きが生じない最大荷重の両方で、比較例1の潤滑油よりも優れていたが、まだ、摩擦痕が付きやすく、低負荷で焼き付きが生じやすい。
比較例3の市販の二硫化モリブデン(MoS)粒子を用いた潤滑組成物は、摩擦痕が現れない最大荷重及び焼き付きが生じない最大荷重の両方で、比較例1の潤滑油よりも優れており、摩擦痕が付き難い点で優れているが、まだ、低負荷で焼き付きが生じやすい。
合成例1の硫化モリブデン粒子を用いた実施例1の潤滑組成物は、摩擦痕が現れない最大荷重及び焼き付きが生じない最大荷重の両方で、比較例1の潤滑油よりも優れており、摩擦痕が付き難い点でも比較例3の市販の二硫化モリブデン(MoS)粒子を用いた潤滑組成物と同等に優れ、かつ、高負荷を掛けても焼き付きが生じ難く、優れていた。
【0118】
【表2】
【符号の説明】
【0119】
1・・・製造装置、2・・・焼成炉、3・・・冷却配管、4・・・回収機、5・・・排気口、6・・・開度調整ダンパー、7・・・観察窓、8・・・排風装置、9・・・外部冷却装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8