(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-29
(45)【発行日】2022-09-06
(54)【発明の名称】発酵乳及び乳酸菌スターターの製造方法
(51)【国際特許分類】
A23C 9/123 20060101AFI20220830BHJP
【FI】
A23C9/123
(21)【出願番号】P 2018000755
(22)【出願日】2018-01-05
【審査請求日】2020-12-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(74)【代理人】
【識別番号】100165847
【氏名又は名称】関 大祐
(72)【発明者】
【氏名】堀内 啓史
(72)【発明者】
【氏名】河合 良尚
(72)【発明者】
【氏名】高木 奈緒
【審査官】吉岡 沙織
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-192470(JP,A)
【文献】特開2013-090604(JP,A)
【文献】特開昭63-094938(JP,A)
【文献】特表2010-505390(JP,A)
【文献】国際公開第2013/073424(WO,A1)
【文献】【試作】R-1ヨーグルト(植え継ぎ4回目)| タニカ電器、[online],2016年09月08日,[2019年2月8日検索],<URL:https://web.archive.org/web/20160908024639/https://tanica.jp/rl_4/>
【文献】☆超!簡単♪炊飯器で手作りヨーグルト☆、[online],2017年01月23日,[2019年2月8日検索]、インターネット<URL:https://cookpad.com/recipe/4305235>、全体
【文献】食べたら継ぎ足して継続!牛乳パックで毎日新鮮ヨーグルト生活、[online],[2019年2月8日検索],2015年07月05日,インターネット,<URL:http:healthcare.itmedia.co.jp/hc/articles/1507/05/new006_2.html>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/BIOSIS/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料乳にスターターを接種して発酵乳基材を得るスターター接種工程と,
前記発酵乳基材を発酵させて発酵乳を得る発酵工程と,
前記発酵乳を撹拌して糊状又は液状とする撹拌工程と,
前記撹拌工程で糊状又は液状とされた前記発酵乳にガセリ菌,ブルガリア菌,プランタラム菌,及びカゼイ菌から選択された乳酸菌を添加する乳酸菌添加工程と,を含
み,
前記乳酸菌添加工程後,撹拌翼を持つ攪拌装置によって50rpm以上の撹拌速度で前記糊状又は液状とされた発酵乳を撹拌することはしない
ソフトタイプ又はドリンクタイプの前発酵型発酵乳の製造方法。
【請求項2】
前記撹拌工程後,乳酸菌添加工程前に,前記発酵乳を15℃以下まで冷却する冷却工程をさらに含む
請求項1に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項3】
前記乳酸菌は,凍結濃縮菌,凍結ペレット,凍結乾燥粉末のいずれかの形態である
請求項1に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項4】
前記乳酸菌の添加量は,前記発酵乳基材の重量に対して0.01重量%以上0.04重量%以下である
請求項1に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項5】
前記スターターは,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌のいずれか一方を含む
請求項1に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項6】
前記スターターは,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌の両方を含み,
前記乳酸菌は,ガセリ菌である
請求項1に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項7】
前記発酵工程は,前記発酵乳基材の酸度が0.7%以上となるまで前記発酵乳基材を発酵させる工程である
請求項1に記載の発酵乳の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ヨーグルトなどの発酵乳の製造方法に関する。また,本発明は,発酵乳の製造に用いる乳酸菌スターターの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,人体に良い影響を与える乳酸菌(以下「プロバイオティクス乳酸菌」という)が注目されている。プロバイオティクス乳酸菌は,消化管内の改善・健常化とそれに伴う免疫調整作用により生活習慣病などの予防に貢献するといわれている。プロバイオティクス乳酸菌としては,ガセリ菌や,ブルガリア菌,プランタラム菌,カゼイ菌,ビフィズス菌などが有名である。
【0003】
また,乳酸菌の摂取するための食品は,発酵乳が知られている。発酵乳は,乳等を乳酸菌又は酵母で発酵させ糊状又は液状にしたものであるが,発酵後に低pH環境となることから,乳酸菌の生存には適さないものであるとされていた。特に,プロバイオティクス乳酸菌を含む発酵乳製品においては,製造後から賞味期限までの所定期間の間,プロバイオティクス乳酸菌が所定量以上生残していることが求められるが,乳酸菌は製品の保存日数経過と共に徐々に減少していく。
【0004】
そこで,発酵乳中での乳酸菌の生残性を向上させるための手段として,発酵乳の原料に生残性向上剤する方法が知られている(特許文献1)。特許文献1では,プロピオン酸菌発酵物を含んでなる乳酸菌の生残性向上剤,及びそれを用いた乳酸菌の生残性向上方法が提案されている。ここでは,牛乳,脱脂粉乳,甘味料からなるヨーグルト原料を加熱殺菌した後に,そのヨーグルト原料にスターター,プロバイオティクス乳酸菌,及びプロピオン酸菌発酵物を同時に添加して,乳酸酸度が0.75%となるまで発酵を行い,ヨーグルト(発酵乳)を製造することとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように,生残性向上剤を用いることで発酵乳中における乳酸菌の生残性を向上させることができると期待できる。ただし,生残性向上剤を用いることとすると,それを調整するための特定の処理が必要となるばかりか,原材料費が増加することから,発酵乳製造のためのコストが向上するという懸念がある。また,発酵乳に含まれる乳酸菌の生残性を向上させるために,既に販売されている発酵乳製品にプロピオン酸菌発酵物などを原料に添加すると,当該発酵乳製品の風味などが変わり,消費者に混乱を生じさせるおそれもある。
【0007】
そこで,本発明は,生残性向上剤に依らずに乳酸菌の生残性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の発明者らは,上記の課題を解決する手段について鋭意検討した結果,原料乳にスターターを接種して発酵させた後,乳酸菌をさらに添加することで,発酵乳の保存中における当該乳酸菌の生残性を向上させることができるという知見を得た。そして,本発明者らは,上記知見に基づけば従来技術の課題を解決できることに想到し,本発明を完成させた。具体的に説明すると,本発明は以下の工程を含む。
【0009】
本発明の第1の側面は,発酵乳の製造方法に関する。本発明に係る発酵乳の製造方法は,スターター接種工程,発酵工程,及び乳酸菌添加工程を含む。スターター接種工程では,原料乳にスターターを接種して発酵乳基材を得る。発酵工程では,発酵乳基材を発酵させて発酵乳を得る。乳酸菌添加工程では,発酵乳に乳酸菌を添加する。ここにいう「乳酸菌」は,スターターに含まれる乳酸菌と同種のものであってもよいし別種のものであってもよい。
【0010】
上記のように,原料乳にスターターを接種して発酵させた後に乳酸菌をさらに添加することで,発酵乳の保存中における当該乳酸菌の生残性を著しく向上させることに成功した。従来はすべての乳酸菌を発酵前の原料乳に添加することが一般的であったが,乳酸菌を添加するタイミングを原料乳の発酵後に変えるだけで,その乳酸菌の生残性を向上させることができる。このため,生残性向上剤に依らずに,発酵乳中の乳酸菌の生残性を向上させることが可能である。また,発酵後に添加した乳酸菌の生残性が向上する傾向にあるため,特定の乳酸菌のみをターゲットとしてその生残性を向上させることが容易になる。つまり,発酵前に添加した乳酸菌(スターター)の生残性は従来通りとなるが,発酵後に添加した乳酸菌については生残性が向上する。このため,発酵乳中における各乳酸菌の生残性のコントロールが容易になる。なお,本発明は,生残性向上剤を原料乳に添加することを権利範囲から除外するものではない。つまり,生残性向上剤を使用しないことが本発明にとって必須となるものではない。
【0011】
本発明に係る発酵乳の製造方法において,乳酸菌添加工程で発酵乳に添加する乳酸菌は,プロバイオティクス乳酸菌を含むものであることが好ましい。プロバイオティクス乳酸菌の例は,ガセリ菌(Lactobacillus gasseri),ブルガリア菌(Lactobacillus bulgaricus),プランタラム菌(Lactobacillus plantarum),カゼイ菌(Lactobacillus casei),又はビフィズス菌(Bifidobacterium)である。
【0012】
本発明において,スターター接種工程で原料乳に接種するスターターは,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌の両方又はいずれか一方を含むことが好ましい。この場合に,乳酸菌添加工程で発酵乳に添加する乳酸菌としては,上記スターターに含まれる乳酸菌と異なるものを採用するとよい。
【0013】
本発明に係る発酵乳の製造方法において,発酵工程は発酵乳基材の酸度が0.7%以上となるまで発酵乳基材を発酵させる工程であることが好ましい。このように,発酵乳基材の発酵が十分に進んでから乳酸菌を添加することで,当該乳酸菌の生残性をより効果的に向上させることができる。
【0014】
本発明に係る発酵乳の製造方法は,撹拌工程をさらに含むことが好ましい。撹拌工程は,発酵工程後,乳酸菌添加工程の前に,発酵乳を撹拌する工程である。このように,発酵乳を撹拌して糊状又は液状にしてから乳酸菌を添加することで,撹拌処理によるダメージが当該乳酸菌に及ぶことを回避できるため,当該乳酸菌の生残性をより効果的に向上させることができる。
【0015】
本発明の第2の側面は,乳酸菌スターターの製造方法に関する。乳酸菌スターターは,原料乳を発酵させて発酵乳を得るのに利用される。乳酸菌スターターの製造方法は,スターター接種工程,発酵工程,及び乳酸菌添加工程を含む。スターター接種工程では,乳成分を含む培地にスターターを接種する。発酵工程では,スターター接種工程後の培地を発酵させる。乳酸菌添加工程では,発酵工程後の培地に乳酸菌を添加する。このようにして乳酸菌スターターを製造することで,保存期間中における乳酸菌の生残性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば,生残性向上剤に依らずに乳酸菌の生残性を向上させることができる。特に,乳酸菌は発酵乳製品の保存日数経過と共に徐々に減少していくものであるが,その生残率を向上させることにより,発酵乳製品の品質安定化や賞味期限延長に繋げることができる。また,乳酸菌の生残性が向上することにより乳酸菌の添加量を低減することができるため,原料コストを低下させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は,本発明に係る発酵乳の製造方法の各工程を示したフロー図である。
【
図2】
図2は,本発明に係る乳酸菌スターターの製造方法の各工程を示したフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下,図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。本発明は,以下に説明する形態に限定されるものではなく,以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜変更したものも含む。
なお,本願明細書において,「A~B」とは「A以上B以下」であることを意味する。
【0019】
[1.発酵乳の製造方法]
本発明の第1の側面は,乳酸菌の生残性を向上させた発酵乳の製造方法に関する。本発明によって製造される発酵乳の例は,ヨーグルトである。特に,本発明で得られるヨーグルトは,容器に充填する前に発酵を行う前発酵型のものである。前発酵型のヨーグルトの例は,ソフトタイプヨーグルトやドリンクタイプヨーグルト,あるいはそれらを凍結させたフローズンヨーグルトである。
【0020】
図1に示されるように,本発明の一実施形態に係る発酵乳の製造方法は,原料乳調製工程(S1-1),原料乳殺菌工程(S1-2),スターター接種工程(S1-3),発酵工程(S1-4),撹拌工程(S1-5),及び乳酸菌添加工程(S1-6)を含む。
【0021】
原料乳調製工程(S1-1)は,発酵乳の元となる原料乳を調製する工程である。原料乳は,ヨーグルトベースやヨーグルトミックスとも呼ばれる。原料乳は,乳,濃縮乳,全脂粉乳,脱脂乳,脱脂濃縮乳,脱脂粉乳,部分脱脂乳,部分脱脂濃縮乳,部分脱脂粉乳,及び乳たんぱく質濃縮物からなる群より選択される1種または2種以上を含む。本発明において,原料乳には公知のものを用いることができる。例えば,原料乳は,生乳のみからなるもの(生乳が100%のもの)であってもよい。また,原料乳は,生乳に,脱脂粉乳,クリーム,水などを混合して調製したものであってもよい。また,原料乳は,これらの他に,殺菌乳,全脂乳,脱脂乳,全脂濃縮乳,脱脂濃縮乳,全脂粉乳,バターミルク,有塩バター,無塩バター,ホエー,ホエー粉,ホエータンパク質濃縮物(WPC),ホエータンパク質単離物(WPI),α-La(アルファ-ラクトアルブミン),β-Lg(ベータ-ラクトグロブリン),乳糖などを混合(添加)して調製したものであってもよい。また,原料乳は,予め温めたゼラチン,寒天,増粘剤,ゲル化剤,安定剤,乳化剤,ショ糖,甘味料,香料,ビタミン,ミネラルなどを適宜添加して調製したものであってもよい。原料乳は,最終製品の無脂乳固形分(SNF)を,5重量%以上,好ましくは6重量%以上,より好ましくは8重量%以上となるように含有する。培地の無脂乳固形分の上限は特に限定されないが,例えば30重量%以下又は25重量%以下であることが好ましい。例えば,無脂乳固形分は,脱脂粉乳由来のものであることが好ましい。なお,脱脂粉乳は,およそ95%が無脂乳固形分であり,残余の大部分が水分である。また,培地は,無脂乳固形分と水分のみからなるものであることが好ましい。つまり,培地は,無脂乳固形分を,6重量%以上で含み,残余が水分からなる。なお,原料乳は,調製された発酵乳に糖液及び/又はプレパレーション類(フルーツソースなど)を添加することを考慮して予め高濃度で調整できることは言うまでもない。
【0022】
また,原料乳調整工程は,原料乳を均質化する処理を含むものであってもよい。均質化処理では,主に原料乳に含まれるタンパク質および/または脂肪分によって構成される粒子(脂肪球)を細かく粉砕(微細化)する。均質化処理は,1回のみ行われてもよいし,2回行われてもよいし,3回以上行われてもよい。原料乳を均質化する方法としては,例えば原料乳を加圧して押し出しながら狭い間隙を通過させる方法や,原料乳を減圧して吸引しながら狭い間隙を通過させる方法が挙げられる。
【0023】
原料乳殺菌工程(S1-2)は,原料乳を例えば加熱により殺菌する工程である。殺菌工程では,原料乳の雑菌を殺菌できる程度に,加熱温度及び加熱時間を調整して加熱処理すればよい。原料乳の加熱温度は,例えば80℃以上であることが好ましく,90℃以上であることが特に好ましい。加熱処理には,公知の方法を用いることができる。例えば,高温短時間殺菌処理(HTST)や超高温殺菌処理(UHT)などの加熱処理を行えばよい。HTSTは,原料乳を80℃~100℃で3分~15分間で加熱する処理である。また,UHTは,原料乳を110℃~150℃で1秒~30秒間で加熱する処理である。HTSTはソフトタイプヨーグルトに適しており,UHTはドリンクタイプヨーグルトに適している。
【0024】
また,加熱によって原料乳を殺菌した後,スターター接種工程の前に,高温になっている原料乳を発酵に適した温度域(発酵温度域)にまで冷却することが好ましい。発酵温度とは,微生物(乳酸菌など)が活性化して,当該微生物の増殖促進される温度を意味する。例えば原料乳の発酵温度域は,30~60℃が一般的である。本発明では,加熱殺菌後に高温になっている原料乳を,例えば30~60℃の培養温度域にまで冷却することが好ましく,40~50℃まで冷却することがより好ましい。
【0025】
スターター接種工程(S1-3)は,加熱殺菌後に発酵温度域にまで冷却された原料乳に,スターターを接種(添加)する工程である。なお,スターター接種工程では,加熱殺菌後に原料乳が所定温度まで低下した後にスターターを接種してもよいし,加熱殺菌工程後に原料乳が所定温度まで低下している最中にスターターを接種してもよい。スターターは,原料乳に対して,0.01重量%以上で添加することが好ましい。具体的には,スターターは,原料乳に対して,0.01~15重量%,0.05~10重量%,又は0.11~5重量%で添加すればよい。なお,本願明細書において,スターターが接種された原料乳を「発酵乳基材」ともいう。
【0026】
スターターは,乳酸菌又は酵母の少なくともいずれか一方を含む。特に,スターターは,乳酸菌としてブルガリア菌を含むことが好ましい。「ブルガリア菌」とは,ラクトバチルス・ブルガリクス(Lactobacillus bulgaricus)である。また,スターターは,ブルガリア菌に加えて,サーモフィルス菌を含むことが好ましい。「サーモフィルス菌」とは,ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)である。また,本発明において,スターターには,ブルガリア菌とサーモフィルス菌に加えて,又はこれらに代えて公知の乳酸菌が含まれていてもよい。公知の乳酸菌の例は,ガセリ菌(Lactobacillus gasseri),プランタラム菌(Lactobacillus plantarum),カゼイ菌(Lactobacillus casei),ラクティス菌(Lactococcus lactis),クレモリス菌(Lactococcus lactis subsp. cremoris),ビフィズス菌(Bifidobacterium)などである。
【0027】
発酵工程(S1-4)は,スターターによって原料乳を発酵させる工程である。発酵工程では,スターターが接種された原料乳(発酵乳基材)を発酵温度域(例えば30~60℃)に保持しながら発酵させて発酵乳を得る。本発明において,発酵工程では,原料乳を容器に充填する前に原料乳を発酵させる前発酵処理を行うことが好ましい。発酵工程では,発酵室などによって発酵処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって発酵処理を行ってもよい。例えば,発酵工程は,発酵室内の温度(発酵温度)を30℃~60℃程度に維持して,その発酵室内で原料乳を発酵する処理であってもよいし,ジャケット付のタンク内の温度(発酵温度)を30~60℃に維持し,そのタンク内で原料乳を発酵する処理であってもよい。
【0028】
ここで,発酵工程では,原料乳を発酵させる条件を,原料乳や乳酸菌の種類や数量,発酵乳の風味や食感などを考慮して,発酵温度や発酵時間などを適宜調整すればよい。例えば,発酵工程では,原料乳が発酵温度域に1時間以上で保持されていることが好ましい。具体的には,発酵工程では,原料乳を保持する期間(発酵時間)は,1時間~12時間であることが好ましく,2時間~8時間であることがより好ましく,3時間~5時間であることがさらに好ましい。また,発酵工程では,原料乳を発酵させる条件を,発酵後の発酵乳が所定の乳酸酸度(酸度)やpHとなることを目標にして適宜調節してもよい。例えば,発酵工程は,発酵乳の乳酸酸度が,無脂乳固形分(SNF)が8重量%~10重量%の場合に,0.7%以上又は0.8%以上に到達するまで継続することが好ましい。なお,原料乳の酸度(乳酸酸度)は,乳等省令の「乳等の成分規格の試験法」に従って測定することができる。具体的に説明すると,試料の10gに,炭酸ガスを含まないイオン交換水を10mLで添加してから,指示薬として,フェノールフタレイン溶液を0.5mLで添加する。そして,水酸化ナトリウム溶液(0.1mol/L)を添加しながら,微紅色が消失しないところを限度として滴定し,その水酸化ナトリウム溶液の滴定量から試料の100g当たりの乳酸の含量を求めて,酸度(乳酸酸度)とする。なお,フェノールフタレイン溶液は,フェノールフタレインの1gをエタノール溶液(50%)に溶かして100mLにフィルアップして調整される。
【0029】
撹拌工程(S1-5)は,発酵乳を撹拌する工程である。なお,撹拌工程は,発酵工程後に行ってもよいし,発酵工程と同時に行うこととしてもよい。つまり,前者の場合には,所定の乳酸酸度まで発酵して固化した状態の発酵乳を撹拌し,後者の場合には,スターターが接種された原料乳を撹拌しながら発酵させる。撹拌工程を行うことにより,液状又は糊状の発酵乳が得られる。撹拌の速度は特に制限されないが,発酵乳に凝集物が発生することを回避するために,比較的高速で撹拌することが好ましい。例えば,3.0L容量のステンレス製バット(直径15cm)にて,1,000gの発酵乳を直径10cmのT字型撹拌翼で撹拌する場合,撹拌速度の下限値は,30rpm,50rpm,100rpm,150rpm,160rpm,200rpmであることが好ましく,撹拌速度の上限値は,500rpm,400rpm,350rpm,300rpm,又は250rpmであることが好ましい。撹拌処理は,連続的に行ってもよいし間欠的に行ってもよい。ただし,炭酸ガスの除去及び固形物の浮上の抑制の観点から,撹拌処理は連続的に行うことが好ましい。なお,撹拌工程では,公知のパドル型撹拌翼や,ミキサー,フードカッターを利用することができる。また,撹拌工程時に原料乳をせん断するせん断力(N/m2)は,攪拌機(せん断機)の機種や操作条件などによって適宜調整することができる。
【0030】
乳酸菌添加工程(S1-6)は,撹拌工程後の発酵乳に乳酸菌を添加する工程である。この工程において発酵乳に添加する乳酸菌は,スターターに含まれる乳酸菌のように原料乳を発酵させることを目的としたものではなく,体内環境を整える機能を発酵乳に付与することを目的したものである。このため,この工程での乳酸菌としては,いわゆるプロバイオティクス乳酸菌が採用される。プロバイオティクス乳酸菌とは,宿主の腸内菌叢のバランスを改善することにより宿主にとって有益な作用をもたらす乳酸菌である。プロバイオティクス乳酸菌の例は,ガセリ菌(Lactobacillus gasseri),ブルガリア菌(Lactobacillus bulgaricus),又はカゼイ菌(Lactobacillus casei)である。ガセリ菌の例は,Lactobacillus gasseri OLL2716株及びLactobacillus gasseri OLL2959株である。ブルガリア菌の例は,Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL1073R-1株である。カゼイ菌の例は,ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株(Lactobacillus casei strain shirota YIT 9029株)である。本発明では,特に,プロバイオティクス乳酸菌としてガセリ菌を採用することが好ましい。乳酸菌は,これらのプロバイオティクス乳酸菌を一種のみ添加することとしてもよいし,複数種を組み合わせて添加してもよい。また,乳酸菌としては,凍結濃縮菌,凍結ペレット,凍結乾燥粉末などを用いることができる。なお,乳酸菌添加工程(S1-6)は,前述した撹拌工程(S1-5)の前に行うこととしてもよい。
【0031】
本発明の生残性向上方法に供する乳酸菌は,特に限定されるものではないが,好ましくは,ラクトバチルス(Lactobacillus)属菌またはビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属菌である。ラクトバチルス属菌としては,ラクトバチルス・アシドフィルス(L. acidophilus),ラクトバチルス・アミロボラス(L. amylovorus),ラクトバチルス・ブレビス(L. brevis),ラクトバチルス・ブヒネリ(L. buchneri),ラクトバチルス・カゼイ(L.casei),ラクトバチルス・カゼイ・サブスピーシーズ・ラムノーサス(L. casei subsp. rhamnosus),ラクトバチルス・クリスパタス(L. crispatus),ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス(L. delbrueckii subsp. bulgaricus),ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ラクティス(L. delbrueckii subsp. lactis),ラクトバチルス・ファーメンタム(L. fermentum),ラクトバチルス・ガリナラム(L. gallinarum),ラクトバチルス・ガセリ(L. gasseri),ラクトバチルス・ヘルベティカス(L. helveticus),ラクトバチルス・ヘルベチカス・サブスピーシーズ・ユーグルティ(L. helveticus subsp. jugurti),ラクトバチルス・ジョンソニイ(L. johnsonii),ラクトバチルス・ケフィア(L. kefir),ラクトバチルス・オリス(L. oris),ラクトバチルス・パラカゼイ・サブスピーシーズ・パラカゼイ(L. paracasei subsp. paracasei),ラクトバチルス・パラプランタラム(L. paraplantarum),ラクトバチルス・ペントサス(L. pentosus)ラクトバチルス・プランタラム(L. plantarum),ラクトバチルス・ロイテリ(L. reuteri),ラクトバチルス・サリバリウス(L. salivalius),ラクトバチルス・ゼアエ(L. zeae)等の菌株が挙げられるが,ラクトバチルス・ガセリ(L. gasseri)菌が特に好ましい。ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属菌としては,ビフィドバクテリウム・アドレセンティス(B. adolescentis),ビフィドバクテリウム・アニマーリス(B. animalis),ビフィドバクテリウム・ビフィダム(B. bifidum),ビフィドバクテリウム・ブレーベ(B. breve),ビフィドバクテリウム・カテヌラータム(B. catenulatum),ビフィドバクテリウム・グロボサム(B. globosum),ビフィドバクテリウム・インファンティス(B. infantis),ビフィドバクテリウム・ラクチス(B. lactis),ビフィドバクテリウム・ロンガム(B. longum),ビフィドバクテリウム・シュードカテヌラータム(B. pseudocatenulatum),ビフィドバクテリウム・ズイス(B. suis)等の菌株が挙げられるが,ビフィドバクテリウム・ビフィダム(B. bifidum)が特に好ましい。なお,これらの乳酸菌は単独で用いられてもよいし,2種以上混合して用いられてもよい。
【0032】
乳酸菌は,発酵乳基材の重量に対して,0.01重量%以上で添加することが好ましい。具体的には,乳酸菌は,発酵乳基材に対して,0.01~15重量%,0.02~10重量%,又は0.03~5重量%で添加すればよい。乳酸菌を発酵乳に添加する菌数は,107cfu/g以上であることが好ましく,108cfu/g以上であることがより好ましく,109cfu/g以上であることが特に好ましい。
【0033】
本発明に係る発酵乳の製造方法は,発酵を終えた後の発酵乳を冷却する冷却工程をさらに含んでいてもよい。冷却工程は,発酵工程後,乳酸菌添加工程の前に行うこととしてもよいし,乳酸菌添加工程後に行うこととしてもよい。発酵乳を冷却することで,発酵の進行が抑制される。このとき,発酵乳を発酵温度域(例えば30~60℃)よりも低温になるまで冷却する。例えば発酵乳は15℃以下まで冷却されることが好ましい。具体的には,発酵乳は,1~15℃に冷却されていることが好ましく,3~12℃に冷却されていることがより好ましく,5~10℃に冷却されていることがさらに好ましい。このように,発酵乳を食用に適した温度に冷却することで,発酵乳の風味(酸味など)や食感(舌触りなど)や物性(硬さなど)が変化することを抑制や防止できる。
【0034】
本発明によれば,上記乳酸菌添加工程で添加した乳酸菌について,発酵乳の保存期間中における生残性を向上させることができる。すなわち,発酵乳の保存期間中における乳酸菌の減少を緩やかにすることが可能である。具体的には,発酵乳に乳酸菌を添加した後,当該発酵乳を5℃で保存している状態において,保存期間1日目(乳酸菌添加後1日経過時点)における乳酸菌の菌数を100%とした場合に,保存期間16日目(乳酸菌添加後16日経過時点)における乳酸菌の生残率は,50%以上であることが好ましく,60%又は70%以上であることがより好ましく,80%以上であることが特に好ましい。また,同条件下における保存期間25日目(乳酸菌添加後16日経過時点)における乳酸菌の生残率は,30%以上であることが好ましく,40%又は50%以上であることがより好ましく,60%以上であることが特に好ましい。
【0035】
従来は,プロバイオティクス乳酸菌をスターターとともに発酵前の原料乳に添加することが一般的であり,この場合には上記条件下における保存期間16日目のプロバイオティクス乳酸菌の生残率は50%を下回るものであり,保存期間25日を経過するとその生残率は10%程度あるいはそれを下回るものであった。これに対して,本発明のように,発酵後の発酵乳に対してプロバイオティクス乳酸菌を添加することで,当該プロバイオティクス乳酸菌の生残率を上記のとおり劇的に向上させることができる。従って,本発明によれば,発酵乳製品の品質安定化や賞味期限延長に繋げることができる。また,乳酸菌の生残性が向上することにより乳酸菌の添加量を低減することができるため,原料コストを低下させることができる。
【0036】
[2.乳酸菌スターターの製造方法]
本発明の第2の側面は,発酵乳の製造に利用される乳酸菌スターターの製造方法に関する。特に,本発明によれば,乳酸菌スターターの生残性を向上させることができる。
【0037】
乳酸菌スターターの製造方法は,種菌となる乳酸菌を培地にて培養し,中間発酵させることで,原料乳の発酵に利用する乳酸菌スターターを製造する方法である。「乳酸菌スターター」は,ある乳酸菌を培地(溶液)で培養し,中間発酵を経て調製されたものを含む。乳酸菌スターターは,基本的に,乳酸菌とそれを培養した培地溶液とを構成要素として含むものである。また,乳酸菌スターターには,発酵乳の元となる原料乳に直接接種するものの他に,この乳酸菌スターターを別の培地に接種して,乳酸菌をさらに増殖(スケールアップ)させた次世代以降ものが含まれる。
【0038】
図2に示されるように,本発明の一実施形態に係る乳酸菌スターターの製造方法は,培地調製工程(S2-1),培地殺菌工程(S2-2),スターター接種工程(S2-3),発酵工程(培養工程)(S2-4),撹拌工程(S2-5),及び乳酸菌添加工程(S2-6)を含む。
【0039】
培地調製工程(S2-1)は,乳酸菌を接種する培地を調製する工程である。培地は,乳酸菌を培養するための溶液である。乳酸菌を培地に接種し,その培地で乳酸菌を培養することで,乳酸菌の数を増加させることができる。培地は,無脂乳固形分(SNF)を,6重量%以上,好ましくは8重量%以上,より好ましくは9重量%以上含有する。培地の無脂乳固形分の上限は特に限定されないが,例えば30重量%以下又は25重量%以下であることが好ましい。特に,無脂乳固形分は,脱脂粉乳由来のものであることが好ましい。なお,脱脂粉乳は,およそ95%が無脂乳固形分であり,残余の大部分が水分である。また,培地は,無脂乳固形分と水分のみからなるものであることが好ましい。つまり,培地は,無脂乳固形分を,6重量%以上で含み,残余が水分からなる。
【0040】
培地殺菌工程(S2-2)は,培地調製工程で調製された培地を,例えば加熱によって殺菌する工程である。殺菌工程では,培地の雑菌を殺菌できる程度に,加熱温度及び加熱時間を調整して加熱処理すればよい。本発明においては,培地を80℃以上,90℃以上,95℃以上,又は100℃以上に加熱することが好ましい。加熱殺菌には,公知の方法を用いることができる。例えば,加熱殺菌では,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,スチームインジェクション式加熱装置,スチームインフュージョン式加熱装置,通電式加熱装置などによって加熱処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって加熱処理を行ってもよい。なお,培地の殺菌は加熱に限られず,例えば紫外線照射など公知の方法によって行うこともできる。
【0041】
また,加熱によって培地を殺菌処理した場合,乳酸菌添加工程の前に,高温になっている培地を乳酸菌の培養に適した温度域(培養温度域)にまで冷却することが好ましい。培養温度域とは,微生物(乳酸菌など)が活性化して,当該微生物の増殖促進される温度を意味する。例えば乳酸菌の培養温度域は,30~60℃が一般的である。本発明においては,加熱殺菌後に高温になっている培地を,例えば30~60℃の培養温度域にまで冷却することが好ましく,35~55℃まで冷却することがより好ましい。
【0042】
スターター接種工程(S2-3)は,培養温度域にある培地に,スターターを接種(添加)する工程である。なお,スターター接種工程では,加熱殺菌後に培地が所定温度まで低下した後にスターターを接種してもよいし,加熱殺菌後に培地が所定温度まで低下している最中に乳酸菌を接種してもよい。スターター接種工程においては,スターターを,培地に対して,0.05重量%以上で添加することが好ましい。具体的には,スターターは,培地に対して,0.05~10重量%又は0.1~5重量%で添加すればよい。また,スターターとしては,発酵乳の製造方法におけるスターター接種工程(S1-3)で説明したものと同じものを採用することができる。
【0043】
発酵工程(培養工程)(S2-4)は,スターターに含まれる乳酸菌を培地で培養し,乳酸菌を増殖させる工程である。乳酸菌の培養は,培地の酸度を目安にして終了させることが好ましい。乳酸菌の培養の時間の上限は,特に限定されないが,例えば,培地の発酵がすすみ,培地の酸度が所定値となった段階で培養を終了させればよい。ここで,例えば,培養の終了の酸度は,0.6%,0.7%,0.75%,又は0.8%に設定することが好ましく,0.6~1.2%の範囲に設定すればよい。なお,培地の酸度(乳酸酸度)は,乳等省令の「乳等の成分規格の試験法」に従って測定される。
【0044】
撹拌工程(S2-5)は,培地を撹拌する工程である。なお,撹拌工程は,発酵工程後に行ってもよいし,発酵工程と同時に行うこととしてもよい。また,撹拌の条件は,発酵乳の製造方法における撹拌工程(S1-5)で説明したものと同じである。
【0045】
乳酸菌添加工程(S2-6)は,撹拌後の培地に乳酸菌を添加する工程である。この工程での乳酸菌としては,いわゆるプロバイオティクス乳酸菌が採用される。プロバイオティクス乳酸菌の例は,ガセリ菌(Lactobacillus gasseri),ブルガリア菌(Lactobacillus bulgaricus),又はカゼイ菌(Lactobacillus casei)である。ガセリ菌の例は,Lactobacillus gasseri OLL2716株及びLactobacillus gasseri OLL2959株である。ブルガリア菌の例は,Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL1073R-1株である。カゼイ菌の例は,ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株(Lactobacillus casei strain shirota YIT 9029株)である。本発明では,特に,プロバイオティクス乳酸菌としてガセリ菌を採用することが好ましい。乳酸菌は,これらのプロバイオティクス乳酸菌を一種のみ添加することとしてもよいし,複数種を組み合わせて添加してもよい。また,乳酸菌としては,凍結濃縮菌,凍結ペレット,凍結乾燥粉末などを用いることができる。なお,本発明の生残性向上方法に供する乳酸菌は,特に限定されるものではないが,好ましくは,ラクトバチルス(Lactobacillus)属菌またはビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属菌である。ラクトバチルス属菌とビフィドバクテリウム属菌の例は前述したとおりである。また,乳酸菌添加工程(S2-6)は,前述した撹拌工程(S2-5)の前に行うこととしてもよい。
【0046】
本発明に係る乳酸菌スターターの製造方法は,培養を終えた後の培地を冷却する冷却工程をさらに含んでいてもよい。冷却工程は,発酵工程後,乳酸菌添加工程の前に行うこととしてもよいし,乳酸菌添加工程後に行うこととしてもよい。このとき,培地を発酵温度域(例えば30~60℃)よりも低温になるまで冷却する。例えば培地は15℃以下まで冷却されることが好ましい。具体的には,培地は,1~15℃に冷却されていることが好ましく,3~12℃に冷却されていることがより好ましく,5~10℃に冷却されていることがさらに好ましい。
【0047】
本発明によれば,上記乳酸菌添加工程で添加した乳酸菌について,保存期間中における生残性を向上させることができる。具体的には,培地に乳酸菌を添加した後,当該培地を5℃で保存している状態において,保存期間1日目(乳酸菌添加後1日経過時点)における乳酸菌の菌数を100%とした場合に,保存期間16日目(乳酸菌添加後16日経過時点)における乳酸菌の生残率は,50%以上であることが好ましく,60%又は70%以上であることがより好ましく,80%以上又は90%以上であることが特に好ましい。また,同条件下における保存期間25日目(乳酸菌添加後16日経過時点)における乳酸菌の生残率も同様に,50%以上であることが好ましく,60%又は70%以上であることがより好ましく,80%以上又は90%以上であることが特に好ましい。このように,本発明によれば,保存期間における乳酸菌の生残性を向上させることができるため,長期間の保存に適した乳酸菌スターターを得ることが可能である。
【実施例】
【0048】
<試験例1:ドリンクヨーグルト>
[実施例1]
3.0L容量のステンレス製バット(直径15cm)にて,脱脂粉乳:83.5g,生クリーム:10.0g,水道水:488.3gを混合して,ベースミックス(原料乳)を調製した。このベースミックスを95℃で5分間加熱殺菌した後に,43℃に冷却した。その後,このベースミックスにスターターを18.0g(発酵乳ベース合計の3重量%)接種して43℃で発酵させた。スターターとしては,商品名「明治ブルガリアヨーグルト脂肪0さわやか苺」(株式会社明治)から分離し10%脱脂粉乳培地で培養したものであって,ブルガリア菌とサーモフィルス菌を含むものを用いた。スターターが接種されたベースミックス(発酵乳基材)の乳酸酸度が1.2%(pH=4.5)に到達した時点で発酵を終了し,バットを氷水に漬けた状態で,出来上がったカードを直径10cmのT字型撹拌翼を使用して350rpmで破砕することで5℃まで冷却した。その後,ベースミックスに「2716菌」(Lactobacillus gasseri OLL2716)(受託番号:FERM BP-6999)の凍結濃縮菌を0.24g(発酵乳ベース合計の0.04重量%)添加した。その後,ベースミックスを液状とするために無菌的に15MPaの均質化処理を施して発酵乳ベース(発酵乳)を作成した(合計600.0g)。
【0049】
1.0L容量のステンレス製バットにて,ぶどう糖加糖液糖:92.0g,砂糖:4.7g,ペクチン:2.5gm,水道水:300.8gを混合して,95℃で1分間加熱(殺菌)した後に,5℃に冷却し,糖液を作成した(合計400.0g)。
【0050】
上記発酵乳ベース600.0gと糖液400.0gを混合して実施例1のドリンクヨーグルトとし,PET容器(容量:100g)に分注して5℃の冷蔵庫で保存した。
【0051】
上述の方法で作成した実施例1のドリンクヨーグルトを5℃で保存し,保存日数1日,8日,16日,25日後の2716菌の菌数を計測した。
【0052】
下記表1に示すように,実施例1に係るドリンクヨーグルト保存中の2716菌生残率は,保存1日後の2716菌数:9.0×107cfu/gを100%として,8日後:86.1%,16日後:85.0%,25日後:65.0%であった。
【0053】
[比較例1]
実施例1と同条件で,ベースミックス(原料乳)を調製し,加熱殺菌及び冷却を行った。その後,このベースミックスに,実施例1と同じスターターを18.0g(発酵乳ベース合計の3重量%)接種するとともに,「2716菌」(Lactobacillus gasseri OLL2716)(受託番号:FERM BP-6999)の凍結濃縮菌を0.24g(発酵乳ベース合計の0.04重量%)接種して43℃で発酵させた。スターター及び2716菌が接種されたベースミックス(発酵乳基材)の乳酸酸度が1.2%(pH=4.5)に到達した時点で発酵を終了し,バットを氷水に漬けた状態で,出来上がったカードを直径10cmのT字型撹拌翼を使用して350rpmで破砕することで5℃まで冷却した。その後,ベースミックスを液状とするために無菌的に15MPaの均質化処理を施して発酵乳ベース(発酵乳)とした(合計600.0g)。また,糖液400.0gを実施例2と同条件で作成し,これを上記発酵乳ベース600.0gと混合して比較例1のドリンクヨーグルトとし,PET容器(容量:100g)に分注して5℃の冷蔵庫で保存した。
【0054】
上述の方法で作成した比較例1のドリンクヨーグルトを5℃で保存し,保存日数1日,8日,16日,25日後の2716菌の菌数を計測した。乳酸菌の菌数は実施例1と同じ方法で計測した。
【0055】
下記表1に示すように,比較例1に係るドリンクヨーグルト保存中の2716菌生残率は,保存1日後の2716菌数:13.6×107を100%として,8日後:34.7%,16日後:39.1%,25日後:6.2%であった。
【0056】
【0057】
[考察]
上記表1に示されるように,実施例1のドリンクヨーグルトでは,一般的な賞味期限である16日経過後の時点で2716菌が85%生残しているのに対して,比較例1のドリンクヨーグルトでは,同時点で2716菌が約40%以下まで低下していた。このように,実施例1のドリンクヨーグルトは,2716菌の生残率が比較例1と比較して16日経過時点で2倍以上となっており,生残率が顕著に向上していることが確認された。また,25日経過時点において,比較例1では2716菌が殆ど生残していないのに対して,実施例1では2716菌が65%も生残している。このことから,本発明によればドリンクヨーグルトの賞味期限延長の効果が期待できる。また,実施例1においては,ベースミックスの発酵後に2716菌を添加しこの菌株の生残性を向上させているが,生残性向上の効果は,この2716菌に限られず,これと同種のガセリ菌あるいは他の乳酸菌にも及ぶものと推察される。
【0058】
<試験例2:ソフトヨーグルト>
[実施例2]
3.0L容量のステンレス製バット(直径15cm)にて,生乳:781.0g,脱脂粉乳:27.4g,砂糖:60.0g,水道水:101.4gを混合して,ベースミックス(原料乳)を調製した。このベースミックスを95℃で5分間加熱(殺菌)した後に,43℃に冷却した。その後,実施例1と同じスターターを30.0g(発酵乳合計の3重量%)接種して43℃で発酵させた。スターターが接種されたベースミックス(発酵乳基材)の乳酸酸度が0.7%(pH=4.5)に到達した時点で発酵を終了し,出来上がったカードを60メッシュフィルターに通液してスムージング処理を実施した。その後,バットを氷水に漬けた状態で,直径10cmのT字型撹拌翼を使用して300rpm,30分間の攪拌を加えながら5℃まで冷却した。その後,ベースミックスに,「2716菌」(Lactobacillus gasseri OLL2716)(受託番号:FERM BP-6999)の凍結濃縮菌を0.24g(発酵乳合計の0.024重量%)を添加して,実施例2のソフトヨーグルト(発酵乳)を作成した(合計1,000g)。
【0059】
上述の方法で作成した実施例2のソフトヨーグルトを5℃で保存し,保存日数1日,16日,25日後の2716菌の菌数を計測した。乳酸菌の菌数は実施例1と同じ方法で計測した。下記表2に示すように,実施例2に係るソフトヨーグルト保存中の2716菌生残率は,保存1日後の2716菌数:4.0×107cfu/gを100%として,16日後:82.7%,25日後:74.7%であった。
【0060】
[比較例2]
実施例2と同条件で,ベースミックス(原料乳)を調製し,加熱殺菌及び冷却を行った。このベースミックスに,実施例1と同じスターターを18.0g(発酵乳合計の3重量%)接種するとともに,「2716菌」(Lactobacillus gasseri OLL2716)(受託番号:FERM BP-6999)の凍結濃縮菌を0.24g(発酵乳合計の0.024重量%)接種して43℃で発酵させた。スターター及び2716菌が接種されたベースミックス(発酵乳基材)の乳酸酸度が0.7%(pH=4.5)に到達した時点で発酵を終了し,出来上がったカードを60メッシュフィルターに通液してスムージング処理を実施して,バットを氷水に漬けた状態で,直径10cmのT字型撹拌翼を使用して300rpm,30分間の攪拌を加えながら5℃まで冷却した。その後,バットを氷水に漬けた状態で300rpm,30分の攪拌を加えながら5℃まで冷却して,比較例2のソフトヨーグルト(発酵乳)を作成した(合計1,000g)。
【0061】
上述の方法で作成した比較例2のソフトヨーグルトを5℃で保存し,保存日数1日,16日,25日後の2716菌の菌数を計測した。乳酸菌の菌数は実施例1と同じ方法で計測した。下記表2に示すように,実施例2に係るソフトヨーグルト保存中の2716菌生残率は,保存1日後の2716菌数:4.0×107cfu/gを100%として,16日後:25.5%,25日後:10.9%であった。
【0062】
【0063】
[考察]
上記表2に示されるように,実施例2のソフトヨーグルトでは,一般的な賞味期限である16日経過後の時点で2716菌が82.7%生残しているのに対して,比較例1のソフトクヨーグルトでは,同時点で2716菌が約25%まで低下していた。このように,実施例2のソフトヨーグルトにおいては,2716菌の生残率が比較例2と比較して16日経過時点で3倍以上となっており,生残率が顕著に向上していること確認された。また,25日経過時点において,比較例2では2716菌が10%程度しか生残していないのに対して,実施例2では2716菌が74.7%も生残している。このことから,本発明によればソフトヨーグルトについても賞味期限延長の効果が期待できる。このような生残性向上の効果は,この2716菌に限られず,これと同種のガセリ菌あるいは他の乳酸菌にも及ぶものと推察される。
【0064】
<試験例3:バルクスターター>
[実施例3]
3.0L容量のステンレス製バット(直径15cm)にて,脱脂粉乳:100g,水道水:870gを混合して,バルクスターターベース(培地)を調製し,95℃で5分間加熱(殺菌)した後に,40℃に冷却した。そして,実施例1と同じスターターを30g(3重量%)で接種した。その後,バルクスタータベースを40℃で乳酸酸度が0.70%に到達するまで静置発酵してから容器を冷水に浸し,カードを直径10cmのT字型撹拌翼を使用して350rpmで撹拌しながら25℃まで冷却し,この温度で2時間保持した。その後5℃まで冷却し,「2716菌」(Lactobacillus gasseri OLL2716)(受託番号:FERM BP-6999)の凍結濃縮菌を13.2g(バルクスタータベース合計の1.32重量%)を添加して,実施例3のバルクスターターを作成した。
【0065】
上述の方法で作成した実施例3のバルクスターターを5℃で保存し,保存日数1日,8日,16日,25日後の2716菌の菌数を計測した。
【0066】
下記表3に示すように,実施例3に係るバルクスターター保存中の2716菌生残率は,保存1日後の2716菌数:9.2×108cfu/gを100%として,25日後:98%であった。
【0067】
[比較例3]
実施例3と同条件で,バルクスタータベース(培地)を調製し,加熱殺菌及び冷却を行った。このバルクスタータベースに,実施例1と同じスターターを30.0g(3重量%)接種するとともに,「2716菌」(Lactobacillus gasseri OLL2716)(受託番号:FERM BP-6999)の凍結濃縮菌を13.2g(バルクスタータベース合計の1.32重量%)接種した。その後,バルクスタータベースを40℃で乳酸酸度が0.70%に到達するまで静置発酵してから容器を冷水に浸し,カードを直径10cmのT字型撹拌翼を使用して350rpmで撹拌しながら25℃まで冷却し,この温度で2時間保持した。その後5℃まで冷却して,比較例3のバルクスターターを作成した。
【0068】
上述の方法で作成した比較例3のバルクスターターを5℃で保存し,保存日数1日,25日後の2716菌の菌数を計測した。乳酸菌の菌数計測は上記したとおりである。下記表3に示すように,比較例3に係るバルクスターター保存中の2716菌生残率は,保存1日後の2716菌数:13.3×108cfu/gを100%として,25日後:0%であった。
【0069】
【0070】
[考察]
上記表3に示されるように,実施例3のバルクスターターは,16日経過時点及び25日経過時点で2716菌がほぼ100%生残しているのに対して,比較例3のバルクスターターでは,25日経過時点で2716菌がほとんど死滅していた。このことから,本発明によれば,バルクスターターの保管期間を劇的に延長できることが判った。このような生残性向上の効果は,この2716菌に限られず,これと同種のガセリ菌あるいは他の乳酸菌にも及ぶものと推察される。
【0071】
なお,上記試験例で用いた「2716菌」(Lactobacillus gasseri OLL2716株)の受託に関する情報は以下のとおりである。
(1)寄託機関名:独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
(2)連絡先:〒305-8566 茨城県つくば市東1丁目1番1 中央第6
(3)受託番号:FERM BP-6999
(4)識別のための表示:Lactobacillus gasseri OLL2716
(5)原寄託日:1999年5月24日
(6)ブダペスト条約に基づく寄託への移管日:2000年1月14日
【0072】
また,明細書中に記載したLactobacillus gasseri OLL2959株の受託に関する情報は以下のとおりである。
(1)寄託機関名:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター
(2)連絡先:〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8
(3)受託番号:NITE BP-224
(4)識別のための表示:Lactobacillus gasseri OLL2959
(5)原寄託日:2006年3月31日
(6)ブダペスト条約に基づく寄託への移管日:2007年11月21日
【0073】
以上,本願明細書では,本発明の内容を表現するために,本発明の実施形態及び実施例の説明を行った。ただし,本発明は,上記実施形態及び実施例に限定されるものではなく,本願明細書に記載された事項に基づいて当業者が自明な変更形態や改良形態を包含するものである。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は,発酵乳の製造方法及び乳酸菌スターターの製造方法に関する,従って,本発明は,ヨーグルトなどの発酵乳の製造業において好適に利用しうる。