(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-30
(45)【発行日】2022-09-07
(54)【発明の名称】山椒オイル及び山椒オイルの製造方法。
(51)【国際特許分類】
A23D 9/00 20060101AFI20220831BHJP
A23L 27/12 20160101ALI20220831BHJP
【FI】
A23D9/00 504
A23L27/12
(21)【出願番号】P 2018069024
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2020-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000226976
【氏名又は名称】日清食品ホールディングス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】上井 康弘
(72)【発明者】
【氏名】金本 嘉史
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-115118(JP,A)
【文献】特開2015-073517(JP,A)
【文献】きょうの料理レシピ 花椒油,みんなのきょうの料理, 2016年5月,p.1-3,https://www.kyounoryouri.jp/recipe/21528_花椒油.html, 検索日:2021年6月17日
【文献】日本食品科学工学会誌, 2002年,第49巻, 第5号,p.320-326
【文献】青山椒オイル 100g,Amazon, 2015年,p.1-6,https://www.amazon.co.jp/シェモワ-青山椒オイル-100g/dp/B012ZZF40I, 検索日:2021年6月17日
【文献】兵庫県立農林水産技術総合センター研究報告. 農業編, 2016年3月,第64号,p.6-12
【文献】『挽きたての山椒の香りが素敵。』by のむきち : ぢんとら - 烏丸/ソフトクリーム,食べログ,p.1-5,https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26007056/dtlrvwlst/B49097224/, 検索日:2021年6月17日
【文献】ミル付きの山椒、詰め替え用,馬頭琴日記, 2017年11月,p.1-4,https://blog.goo.ne.jp/batoukinhige/e/7e968e362a1db7d1ea7f07990a505b61, 検索日:2021年6月17日
【文献】山椒の葉はハーブ、山椒の実はスパイス、さらに花も皮も楽しめます,スパイスびと, 2017年5月,p.1-12,https://spice-b.com/sansho-spice-herb-909/, 検索日:2021年6月17日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23D 9/00
A23L 27/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイナミックヘッドスペース法により採取した香気成分のGC-MSによる分析結果が、香気全体のピーク面積に対して、酢酸ゲラニルのピーク面積の割合が、8~20%以下であり、香気全体のピーク面積に対して、リモネンのピーク面積の割合が、40%以上であることを特徴とする葡萄山椒オイル。
【請求項2】
前記酢酸ゲラニルのピーク面積の割合が、香気全体のピーク面積に対して8~10%であることを特徴とする請求項1記載の葡萄山椒オイル。
【請求項3】
前記ゲラニオールのピーク面積の割合が、香気全体のピーク面積に対して1~2%であり、ミルセンの含有量が気全体のピーク面積に対して5%以上であることを特徴とする請求項1または2記載の葡萄山椒オイル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、山椒オイル及び山椒オイルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、山椒は、古くから香辛料として利用され、若芽や若葉は煮物や焼き物の彩に、花を漬けた花山椒は佃煮などに、未熟な果実は青山椒、実山椒として佃煮やちりめん山椒などに、完熟した実の果皮の乾燥物(ホール)を粉砕した粉末は粉山椒としてかば焼きや七味唐辛子などに用いられる。
【0003】
このうち、粉山椒は、山椒のホールを粉末した直後は、軽く、さわやかな柑橘的な風味を有するが、すぐに失われ、経時的に山椒らしい独特の重く苦い柑橘的な香りを感じるようになる。したがって、粉山椒を添加しても粉砕した直後のフレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りが得られないことがあり、得られるとしても添加量を多くしなければ感じることができなかった。
【0004】
ところで、山椒を含め香辛料の香味油を得る技術として特許文献1及び特許文献2が知られている。しかしながら、これらの技術で山椒の香味油を作製した結果、粉砕直後のようなフレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りを得ることができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-39903号公報
【文献】特許第5052576号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、山椒のホールを粉砕した直後のようなフレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りを有する山椒オイル及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の発明者らは、粉砕した粉山椒では、粉砕した直後のようなフレッシュで軽く、さわやかな香りが経時的に風味が変化し、また、食品に粉砕した粉山椒を添加しても、添加量を多くしなければ感じられないことに気付いた。そこで、鋭意研究した結果、山椒のホールを粉砕した直後のようなフレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りを有する香味オイル及びその製造方法を見出し本発明に至った。
【0008】
すなわち、ダイナミックヘッドスペース法によりサンプリングした香気成分のGC-MSによる分析結果が、香気全体のピーク面積に対して、酢酸ゲラニルのピーク面積の割合が、20%以下であることを特徴とする山椒オイルである。
【0009】
さらに、本発明に係る山椒オイルは、酢酸ゲラニルのピーク面積の割合が香気全体のピーク面積に対して10%以下であること好ましい。
【0010】
また、本発明に係る山椒オイルは、香気全体のピーク面積に対して、リモネンのピーク面積の割合が、40%以上であることが好ましい。
【0011】
また、本発明に係る山椒オイルの製造方法としては、食用油脂に山椒のホールを粉砕したホール粉砕物を添加し、100℃以下の温度で加熱抽出する方法であることが好ましい。
【0012】
また、山椒のホールを粉砕してから1週間以内に加温抽出し山椒オイルを製造することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
山椒のホールを粉砕した直後のようなフレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りを有する山椒オイル及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
【0015】
1.山椒オイル
本発明に係る山椒オイルは、一般的な高温抽出した香味油と比べ、オイルから発生する香気に特徴がある。オイルから発生する香気の分析方法としては、ダイナミックヘッドスペース法によって香気成分を採取し、GC-MSにより分析する。山椒の香りは、ミルセン(myrcene)、リモネン(limonene)、ベータフェランドレン(beta-phellandrene)、シトロネラール(citronellal)、リナノール(linalool)、酢酸ゲラニル(geranyl acetate)、ゲラニオール(geraniol)の主に7種類の物質により構成されているが、本発明に係る山椒オイルは、甘いバラのような重たい香りである酢酸ゲラニルのピーク面積の割合が、香気全体のピーク面積に対して20%以下となっている。酢酸ゲラニルのピーク面積の割合が少なくなることで、山椒のホールを粉砕した直後のようなフレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りが感じやすくなる。さらに好ましくは、10%以下が好ましい。下限については特に限定はないが、酢酸ゲラニルも山椒の香りを構成する物質であるため、ある程度は含まれていることが好ましくは8%程度含まれていることが好ましい。
【0016】
また、柑橘類の果皮に含まれる成分で甘酸っぱくさわやかな香りであるリモネンのピーク面積の割合が、香気全体のピーク面積に対して40%以上であることが好ましい。上限について、特に限定はないが50%前後含まれていることが好ましい。
【0017】
また、同じくバラのような重い香りのゲラニオールのピーク面積の割合が、香気全体のピーク面積に対して2%以下であることがより好ましい。重い香りの割合が低下することで、フレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りが感じやすくなる。酢酸ゲラニルと同様にゲラニオールも山椒の香りを構成する成分であるため、ある程度は含まれていることが好ましく、1%程度含まれていることが好ましい。
【0018】
また、ミルセンはゲラニオールの基であり、ミルセンの割合が多いということは、保存や加熱により分解が進んでいないことを示すため、ミルセンのピーク面積の割合が、香気全体のピーク面積に対して5%以上であることが好ましい。
【0019】
2.山椒オイルの製造方法
(1)山椒
本発明に係る山椒は、粉山椒とされる山椒の実の果皮の乾燥物を用いる。山椒の種類は、粉山椒として用いられるものであれば特に限定はなく、朝倉山椒、葡萄山椒などの実の果皮を用いればよい。山椒の実から種を取り除き、果皮を乾燥したものを本発明においてはホールを呼ぶ。ホールは種が含まれていないことが好ましいが、種を含んでいてもほとんど香気に影響を及ぼさないため、多少取り除かれずに含まれていても構わない。
【0020】
(2)粉砕
次いで、山椒のホールを粉砕する。粉砕方法は特に限定はなく、ミルやグラインダー、すり鉢等で粉砕する。粉砕程度は、粗すぎると抽出効率が落ちるが、細かすぎると粉砕中や粉砕後に香気が飛びやすくなるため、適度に香気が抽出できる程度の粗さでよい。具体的には、粉砕されやすい外皮が粉砕され、粉砕されにくい果皮の内皮が粉砕されるかされない程度でよい。粉砕物は、すぐに食用油脂に添加するか、アルミなどの包装に入れ低温または冷凍して保管することが好ましい。粉砕後から1週間以内であれば香気成分のバランスを崩すことはないが、食用油脂に抽出され、山椒オイルから発生する香気の総量が少なくなっていくため、できる限り早く使用することが好ましい。1週間以内に使用できない場合には、可能であれば、粉砕後密封包装して冷凍保存することが好ましい。粉砕してからの時間が長くなるほど、酢酸ゲラニルやゲラニオールなどの重い香気の割合が多くなり、リモネンやミルセンなどの軽い柑橘系の香気の割合が少なくなるため、香気バランスが変化し、重く渋みのある香気となっていく。
【0021】
(3)食用油脂による加熱抽出
次いで、山椒のホールの粉砕物に食用油脂を加え、加熱抽出して山椒オイルを作製する。
加熱抽出に使用するオイルは、特に限定はないが、食用油脂自体の香気が少ないものが好ましく、例えば、菜種油、大豆油、米油、コーン油、パーム油、オリーブ油などが挙げられる。
【0022】
食用油脂と山椒のホールの粉砕物との混合比については特に限定はないが、食用油脂の量が少なすぎると山椒から充分に香気を得ることができず、多すぎると、得られる山椒オイルの力価が弱くなるため、山椒のホールの粉砕物に対して2倍~30倍程度の食用油脂を加えることが好ましい。
【0023】
次いで、食用油脂を加熱し、山椒の香気成分を抽出する。予め加熱した状態の食用油脂に山椒のホール粉砕物を加えて攪拌し、香気成分を抽出してもよいが、添加時に香気が減少するため、50℃以下の比較的低温の状態の食用油脂に山椒のホール粉砕物を加えた後、加熱しながら昇温して加熱抽出することが好ましい。加熱温度は、100℃以下であることが好ましい。100℃よりも高い温度となると、山椒オイルから発する香気成分が少なくなるだけでなく、酢酸ゲラニルやゲラニオールなどの重い香気の割合が増え、リモネンやミルセンなどの軽い柑橘系の香気の割合が減るため、香気バランスが変化し、重く渋みのある香気となる。また、加熱処理温度が低いと抽出に時間がかかり、山椒のホール粉砕物の殺菌や水分の蒸散に時間がかかるため、少なくとも80℃以上となるまで加熱することが好ましい。
【0024】
加熱処理時間は、短すぎると香気成分の抽出が不十分となり、長すぎると、リモネンやミルセンなどの軽い柑橘系の香気の割合が減り、酢酸ゲラニルやゲラニオールなどの重い香気の割合が増えるため、香気バランスが変化してしまう。したがって、香気成分を十分に抽出でき、香気バランスを変化させない範囲で適宜加熱時間を調整すればよく、具体的には30分~2時間程度の範囲で加温抽出すればよい。
【0025】
加温抽出したオイルは、温度を冷まして必要により沈殿物を濾過または遠心分離により除去し、山椒オイルとすることができる。なお、沈殿物が含まれたままの状態で山椒オイルとしても構わない。
【0026】
山椒オイルは、香味オイルとして瓶詰などして密封し販売してもよく、山椒オイルを液体スープや液体調味料の原料として使用することができる。また、粉山椒と併用することにより、粉砕直後のような粉山椒の風味を得ることができる
【実施例】
【0027】
以下に実施例を挙げて本実施形態をさらに詳細に説明する。
【0028】
(実施例1)
葡萄山椒(和歌山県産)の果皮の乾燥物(ホール)20gをフードプロセッサー(Paniconic社製 型番MK-K78)の連続モードで2分間粉砕した。粉砕物を直ちに180gのパームオレイン油(25℃)の入った鍋に加え、攪拌しながら、60分間かけて弱火で加熱し、100℃に達温したところで火を止めて50℃まで自然冷却した後、100メッシュの篩に通して沈殿物を除去した後、瓶詰して密封し、山椒オイルサンプルとした。
【0029】
(実施例2)
粉砕物をビニールパウチに入れ冷暗所(25℃以下)1週間室温で保管した後に抽出する以外は、実施例1の方法に従って、山椒オイルサンプルを作製した。
【0030】
(実施例3)
粉砕物をビニールパウチに入れ冷暗所(25℃以下)で6ヶ月間保管した後に抽出する以外は、実施例1の方法に従って、山椒オイルサンプルを作製した。
【0031】
(比較例1)
加熱抽出を60分間かけて120℃に達温したところで火を止める以外は、実施例1の方法で山椒オイルサンプルを作製した。
【0032】
(比較例2)
加熱抽出を60分間かけて120℃に達温したところで火を止める以外は、実施例3の方法で山椒オイルサンプルを作製した。
【0033】
作製した山椒オイルの香気分析を行った。分析方法は、作製した山椒オイルをバイラル瓶に入れ、ゲステル株式会社DHSシステムを使用したダイナミックヘッドスペース法(Dynamic Headspace、トラップ:Tenax TA、インキュベーション:35℃5分間、サンプリング:30℃750ml、ドライパージ:40℃600mL)により香気サンプリングを行い、ガスクロマトグラフィー質量分析計(GC-MS)にて成分同定した。GC-MSの条件は、装置としてはGC:Agilent Technologies 7890B、MSD:Agilent Technologies 5997Aを用い、カラムは、HP-INNOWAX(60m X 0.25mm I.D., Film 0.25μm)、温度条件は40℃(6min)→230℃(3℃/min)→230℃(15min)を使用した。
【0034】
各試験区のサンプルについて官能評価した。評価は、熟練した5人のパネラーによるオープンパネル方式で行い、100mlの熱湯中に5mlのプラスチック製のスポイトでオイルサンプルを3滴滴下し、香り立ちを評価した。フレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りを有し、非常に良好なものを◎、フレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りを有し良好なものを○、さわやかな柑橘的な香りを感じ概ね可なものを△、フレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りをほとんど感じないものを▲、フレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りを全く感じないものを×とした。
【0035】
実験2の各試験区の香気分析結果及び官能評価結果について下記表1に記載する。
【0036】
【0037】
実施例1~3及び比較例1~2で示すように100℃以下の温度で加熱抽出することでピーク面積の合計量が高くなることから、香気の力価が強い山椒オイルを得ることができる。また、実施例1~3で示すように、100℃以下の温度で加熱抽出する場合、粉砕からの経過時間が短くなるほど香気の力価の高い山椒オイルを得ることができる。
【0038】
実施例1~3及び比較例1~2で示すように100℃以下の低温で加熱抽出することにより、酢酸ゲラニルの割合が低くなり、粉砕からの経過時間が短いほどさらに低下する。また、100℃以下の低温で加熱抽出することにより、リモネンの割合が高くなり、さらに粉砕からの経過時間が短いほどさらに高くなる。
【0039】
また、実施例1と比較例1、実施例3と比較例3で示すように高温加熱により、ミルセンの量が減り、代わりにゲラニオールの量が増加する。また、実施例1と実施例3、比較例1と比較例2で示すように粉砕からの経過時間が長くなることにより、ミルセンの量が減り、代わりにゲラニオールの量が増加する。
【0040】
このように、酢酸ゲラニルの割合が低くなるように加熱温度や、保存条件を調整することで、リモネンやミルセンなどの軽い香気の割合が増加し、酢酸ゲラニルやゲラニオールなどの重い香気が減少し、乾燥した山椒の果皮を粉砕した直後のようなフレッシュで軽く、さわやかな柑橘的な香りを有する山椒オイルを得ることができる。