(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-31
(45)【発行日】2022-09-08
(54)【発明の名称】運転異常検出システム
(51)【国際特許分類】
G05B 19/418 20060101AFI20220901BHJP
G05B 23/02 20060101ALI20220901BHJP
【FI】
G05B19/418 Z
G05B23/02 302Z
(21)【出願番号】P 2019006970
(22)【出願日】2019-01-18
【審査請求日】2021-08-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000183266
【氏名又は名称】住友大阪セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002734
【氏名又は名称】特許業務法人藤本パートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】稲津 和喜
【審査官】石川 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-318617(JP,A)
【文献】特開2008-117380(JP,A)
【文献】特開2015-215709(JP,A)
【文献】特開2014-035282(JP,A)
【文献】特開2018-001997(JP,A)
【文献】特開2017-091056(JP,A)
【文献】特開平06-150178(JP,A)
【文献】特開2018-116545(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 19/418
G05B 23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
製造ラインにおける運転異常を検出する運転異常検出システムであって、
製造ラインにおける運転状態に対応する運転データを取得する運転データ取得手段と、
該運転データ取得手段により取得した運転データを所定の期間で分割し、分割した所定の期間の運転データから運転異常の判断に用いる指標データを該所定の期間毎に抽出する指標データ抽出手段と、
該指標データ抽出手段により抽出された指標データに対応した運転により製造された製造物の品質の分析を運転異常検出システム外で行った結果である既知の品質分析データを取得する品質分析データ取得手段と、
該品質分析データ取得手段で取得した品質分析データに基づいて前記指標データ抽出手段により所定の期間毎に抽出した指標データを正常時と異常時に仕分けする仕分手段と、
該仕分手段により仕分けられた指標データのうちの正常時及び異常時の指標データから正常時及び異常時のマハラノビス距離をそれぞれ算出する算出手段と、
正常時と異常時の指標データから前記算出手段が算出したマハラノビス距離の度数分布を求めて、該マハラノビス距離の度数分布から指標データの正常異常を識別するための識別度を求め、該識別度により異常検出に用いる最適な指標データを選択する指標データ選択手段と、
該指標データ選択手段で選択された最適な指標データのうちの正常時の指標データを用いて、正常運転時に対応する単位空間を構築し、構築された単位空間により算出されたマハラノビス距離に基づいて前記指標データ抽出手段により抽出される指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを判断する運転異常判断手段と、
を備えていることを特徴とする運転異常検出システム。
【請求項2】
前記運転異常判断手段により運転異常であると判断された場合に、前記運転データに対応した項目であって、運転異常を引き起こす関連性の高い少なくとも一つの運転異常項目を、該運転異常項目の有無とこれに対応したマハラノビス距離の変化に基づいて抽出する運転異常項目抽出手段と、
前記運転異常項目が複数であった場合に、前記指標データを抽出する前記所定の期間の長さを変更し、変更した所定の期間の運転データから該指標データを前記指標データ抽出手段により再度抽出し、抽出した指標データから前記算出手段によりマハラノビス距離を再度算出し、構築した前記単位空間により算出されたマハラノビス距離に基づいて前記再度抽出された指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを再度判断することにより前記運転異常項目抽出手段により抽出した運転異常項目の数を減らすように絞り込みを行う運転異常項目絞り込み手段と、
を備えていることを特徴とする請求項1に記載の運転異常検出システム。
【請求項3】
前記運転異常であると判断するための第1閾値並びに前記運転異常項目を抽出するための第2閾値を設定する閾値設定手段を更に備え、前記運転異常判断手段は、前記閾値設定手段により設定された第1閾値により前記指標データ抽出手段により抽出される指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを判断し、前記運転異常判断手段により運転異常であると判断された場合に、運転異常を引き起こす関連性の高い少なくとも一つの運転異常項目を前記閾値設定手段により設定された第2閾値により抽出するように構成されていることを特徴とする請求項2に記載の運転異常検出システム。
【請求項4】
前記識別度は、前記正常時の指標データから求めたマハラノビス距離の度数分布における前記第1閾値未満の割合を第1割合(A%)とし、前記異常時の指標データから求めたマハラノビス距離の度数分布における前記第1閾値以上の割合を第2割合(B%)としたとき、正常時の指標データが誤って異常であると判定される第1判定割合(100-A%)と異常時の指標データが誤って正常であると判定される第2判定割合(100-B%)との和の1/2で算出される誤判定確率であり、前記第1閾値は、運転データ項目数で決定されるχ2(カイ二乗)分布における1%棄却域値又は予め設定される2.0の高い方の値が選択されることを特徴とする請求項3に記載の運転異常検出システム。
【請求項5】
前記指標データ選択手段は、前記指標データ抽出手段により抽出された指標データを、期間平均された第1指標データと、移動平均の傾きで表された第2指標データと、移動平均からの変動で表された第3指標データと、期間平均からの変動で表された第4指標データと、変動周波数成分に変換された第5指標データと、で構成し、第1指標データから第5指標データのそれぞれの識別度を前記誤判定確率で算出し、算出された5個の誤判定確率のうちの低い誤判定確率の指標データを単数又は複数選択することで前記最適な指標データを選択する手段であることを特徴とする請求項4に記載の運転異常検出システム。
【請求項6】
請求項1~5に記載の運転異常検出システムを備えたセメント製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製造ラインにおける運転異常を検出する運転異常検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、オペレータが、製造ラインにおいて検出される代表的な運転データ(温度、圧力等の検出値)の挙動を監視操作画面を通して見ることで監視している。しかしながら、オペレータによる監視では、オペレータ毎の経験やスキルの差等により、異常が発生しているか否かの判断が異なってしまうという不都合がある。
【0003】
そこで、コンピュータを用いて、算出されたマハラノビス距離に基づいて製造工程の異常を数値化することにより判断するものが既に提案されている。具体的には、製造ラインの正常状態下における複数の製造管理パラメータのデータをサンプリングし、サンプリングした第1のサンプリングデータに基づいて複数の製造管理パラメータ毎のマハラノビス空間を作成し、製造ラインの稼働時における複数の製造管理パラメータのデータを所定の周期でサンプリングし、サンプリングした第2のサンプリングデータ及び前記マハラノビス空間からマハラノビス距離を算出し、算出したマハラノビス距離と所定値(予め設定されている閾値)とを比較することによって、製造ラインが異常であるか否かを判断するようにしている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の構成では、マハラノビス距離を用いて、製造ラインの異常を判断する有効な手法の一つであるものの、製造ラインの正常状態下における複数の製造管理パラメータのデータをサンプリングした第1のサンプリングデータに基づいて、複数の製造管理パラメータ毎のマハラノビス空間を単に作成しているだけである。そのため、作成されたマハラノビス空間が、各製造管理パラメータに対応した有効なマハラノビス空間になっているとは限らない。そのため、製造ラインの異常を精度よく判断することができないことがあり、改善の余地があった。
【0006】
そこで本発明は、製造ラインの異常を精度よく検出することができる運転異常検出システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の運転異常検出システムは、製造ラインにおける運転異常を検出する運転異常検出システムであって、製造ラインにおける運転状態に対応する運転データを取得する運転データ取得手段と、該運転データ取得手段により取得した運転データを所定の期間で分割し、分割した所定の期間の運転データから運転異常の判断に用いる指標データを該所定の期間毎に抽出する指標データ抽出手段と、該指標データ抽出手段により抽出された指標データに対応した運転により製造された製造物の品質の分析を運転異常検出システム外で行った結果である既知の品質分析データを取得する品質分析データ取得手段と、該品質分析データ取得手段で取得した品質分析データに基づいて前記指標データ抽出手段により所定の期間毎に抽出した指標データを正常時と異常時に仕分けする仕分手段と、該仕分手段により仕分けられた指標データのうちの正常時及び異常時の指標データから正常時及び異常時のマハラノビス距離をそれぞれ算出する算出手段と、正常時と異常時の指標データから前記算出手段が算出したマハラノビス距離の度数分布を求めて、該マハラノビス距離の度数分布から指標データの正常異常を識別するための識別度を求め、該識別度により異常検出に用いる最適な指標データを選択する指標データ選択手段と、該指標データ選択手段で選択された最適な指標データのうちの正常時の指標データを用いて、正常運転時に対応する単位空間を構築し、構築された単位空間により算出されたマハラノビス距離に基づいて前記指標データ抽出手段により抽出される指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを判断する運転異常判断手段と、を備えていることを特徴としている。
【0008】
まず、運転データ取得手段により取得した運転データを所定の期間で複数に分割する。これら分割した複数の所定の期間の運転データから運転異常の判断に用いる指標データを所定の期間毎に抽出する。次に、品質分析データ取得手段で取得した品質分析データに基づいて前記所定の期間毎に抽出された指標データを正常時と異常時とに仕分ける。仕分けられた指標データのうちの正常時及び異常時の指標データから正常時及び異常時のマハラノビス距離をそれぞれ算出手段により算出する。指標データ選択手段により、正常時と異常時の指標データから算出したマハラノビス距離の度数分布を求める。求めたマハラノビス距離の度数分布から指標データの正常異常を識別するための識別度を求め、該識別度により異常検出に用いる最適な指標データを選択する。選択された最適な指標データのうちの正常時の指標データを用いて、正常運転時に対応する単位空間を構築し、構築された単位空間により算出されたマハラノビス距離に基づいて前記指標データ抽出手段により抽出される指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを運転異常判断手段により判断する。このように、識別度により選択された最適な指標データのうちの正常時の指標データを用いて、正常運転時に対応する単位空間を構築することによって、その構築された単位空間により算出されたマハラノビス距離は、信頼性の高いものとなる。その信頼性の高いマハラノビス距離に基づいて抽出される指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを精度よく判断することができる。
【0009】
また、本発明の運転異常検出システムは、前記運転異常判断手段により運転異常であると判断された場合に、前記運転データに対応した項目であって、運転異常を引き起こす関連性の高い少なくとも一つの運転異常項目を、該運転異常項目の有無とこれに対応したマハラノビス距離の変化に基づいて抽出する運転異常項目抽出手段と、前記運転異常項目が複数であった場合に、前記指標データを抽出する前記所定の期間の長さを変更し、変更した所定の期間の運転データから該指標データを前記指標データ抽出手段により再度抽出し、抽出した指標データから前記算出手段によりマハラノビス距離を再度算出し、構築した前記単位空間により算出されたマハラノビス距離に基づいて前記再度抽出された指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを再度判断することにより前記運転異常項目抽出手段により抽出した運転異常項目の数を減らすように絞り込みを行う運転異常項目絞り込み手段と、を備えていてもよい。
【0010】
上記のように、運転異常判断手段により運転異常であると判断された場合に、運転異常を引き起こす関連性の高い少なくとも一つの運転異常項目を、該運転異常項目の有無とこれに対応したマハラノビス距離の変化に基づいて抽出し、運転異常項目が抽出された場合には、その運転異常項目による運転異常となる原因を解消することができる。また、前記運転異常項目が複数であった場合に、指標データ抽出手段による所定の期間の長さを変更して、マハラノビス距離を再度算出し、算出したマハラノビス距離に基づいて前記再度抽出された指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを再度判断することにより、運転異常項目の数を減らすように運転異常項目数の絞り込みを行うことで、運転異常項目の運転異常となる原因を早期に見つけ出して運転異常となる原因を解消することができる。
【0011】
また、本発明の運転異常検出システムは、前記運転異常であると判断するための第1閾値並びに前記運転異常項目を抽出するための第2閾値を設定する閾値設定手段を更に備え、前記運転異常判断手段は、前記閾値設定手段により設定された第1閾値により前記指標データ抽出手段により抽出される指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを判断し、前記運転異常判断手段により運転異常であると判断された場合に、運転異常を引き起こす関連性の高い少なくとも一つの運転異常項目を前記閾値設定手段により設定された第2閾値により抽出するように構成されていてもよい。
【0012】
上記のように、運転異常判断手段は、第1閾値により運転異常であるか否かを的確に判断し、かつ、第2閾値により運転異常項目を確実に抽出することができる。そして、運転異常判断手段により運転異常であると判断された場合に、運転異常を引き起こす関連性の高い少なくとも一つの運転異常項目を抽出するので、運転異常を早期に解消することができる。
【0013】
また、本発明の運転異常検出システムは、前記識別度は、前記正常時の指標データから求めたマハラノビス距離の度数分布における前記第1閾値未満の割合を第1割合(A%)とし、前記異常時の指標データから求めたマハラノビス距離の度数分布における前記第1閾値以上の割合を第2割合(B%)としたとき、正常時の指標データが誤って異常であると判定される第1判定割合(100-A%)と異常時の指標データが誤って正常であると判定される第2判定割合(100-B%)との和の1/2で算出される誤判定確率であり、前記第1閾値は、運転データ項目数で決定されるχ2(カイ二乗)分布における1%棄却域値又は予め設定される2.0の高い方の値が選択されてもよい。
【0014】
上記のように、指標データの正常異常を識別するための識別度を誤判定確率から算出することによって、運転が正常か異常かを判定する精度を更に高めることができる。
【0015】
また、本発明の運転異常検出システムは、前記指標データ選択手段は、前記指標データ抽出手段により抽出された指標データを、期間平均された第1指標データと、移動平均の傾きで表された第2指標データと、移動平均からの変動で表された第3指標データと、期間平均からの変動で表された第4指標データと、変動周波数成分に変換された第5指標データと、で構成し、第1指標データから第5指標データのそれぞれの識別度を前記誤判定確率で算出し、算出された5個の誤判定確率のうちの低い誤判定確率の指標データを単数又は複数選択することで前記最適な指標データを選択する手段であってもよい。
【0016】
上記のように、指標データ選択手段により算出された5個の誤判定確率のうちの誤判定する確率の低い誤判定確率の指標データを単数又は複数選択して、指標データを誤判定確率の低いものに絞り込むことによって、運転異常をより一層早期に解消することができる。
【0017】
また、本発明は、前記運転異常検出システムを備えたセメント製造装置であってもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、選択された最適な指標データのうちの正常時の指標データを用いて、正常運転時に対応する単位空間を構築し、構築された単位空間により算出されたマハラノビス距離に基づいて抽出される指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを運転異常判断手段により判断することによって、製造ラインの異常を精度よく検出することができる運転異常検出システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】運転異常検出システムを構成するブロック図である。
【
図2】同システムの構築を行うためのフローチャートである。
【
図3】構築されたシステムに基づいて異常検出・分析を行うためのフローチャートである。
【
図4】指標データの生データ、移動平均、期間平均を示すグラフである。
【
図5】期間平均からの変動、移動平均からの変動を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態に係る運転異常検出システムについて説明する。
【0021】
運転異常検出システムは、この実施形態では、石灰石などの粉粒状の原料を高温ガスで加熱することによって、製造物としての焼成物(セメントクリンカ)を製造するセメント製造ライン(以下において単に製造ラインという)における運転異常を検出するためのシステムとして使用する。つまり、この実施形態では、運転異常検出システムを備えたセメント製造装置について説明する。より具体的には、
図1に示すように、運転異常検出システムに備えている制御装置Sに、運転データ取得手段1と、指標データ抽出手段2と、品質分析データ取得手段3と、仕分手段4と、算出手段5と、指標データ選択手段6と、運転異常判断手段7と、運転異常項目抽出手段8と、閾値設定手段9と、運転異常項目絞り込み手段10と、を備えている。
【0022】
運転データ取得手段1は、製造ラインにおける運転状態に対応する運転データを取得する手段であり、取得した運転データを、例えば制御装置Sに備えているハードディスク(記憶手段)に記憶しておく。運転データとしては、例えば表4に示すように、キルン石炭ビン重量、キルン石炭焚量、キルン焼点温度、キルン電力、キルン排ガスCO濃度や、表5に示すように、仮焼炉入口ガス温度、バーナ吹込ファン電流、最下段CyCO濃度、最下段Cy入口ガス温度、表4にもあるキルン電力等が挙げられる。ここでいう運転データとは、運転状態により変動する測定可能な数値からなるデータである。
【0023】
指標データ抽出手段2は、運転データ取得手段1により取得した運転データを所定の期間で分割し、分割した所定の期間の運転データから運転異常の判断に用いる指標データを所定の期間毎に抽出する手段であり、この場合も、抽出した指標データを、例えば制御装置Sに備えているハードディスク(記憶手段)に記憶しておく。指標データとしては、後述する期間平均、移動平均からの傾き、移動平均からの変動、期間平均からの変動、変動周波数成分等のデータである。指標データとは、運転データの数値変動に係るデータである。
【0024】
品質分析データ取得手段3は、指標データ抽出手段2により抽出された指標データに対応した運転により製造された製造物の品質の分析を運転異常検出システム外で行った結果である既知の品質分析データを前記システム外から取得する手段であり、この場合も、取得した既知の品質分析データを、例えば制御装置Sに備えているハードディスク(記憶手段)に記憶しておく。
【0025】
仕分手段4は、品質分析データ取得手段3で取得した品質分析データに基づいて指標データ抽出手段2により所定の期間毎に抽出された指標データを正常時と異常時に仕分けする手段である。
【0026】
算出手段5は、仕分手段4により仕分けられた指標データのうちの正常時及び異常時の指標データから正常時及び異常時のマハラノビス距離を算出する手段である。
【0027】
指標データ選択手段6は、算出手段5により、正常時と異常時の指標データから算出したマハラノビス距離の(に基づいて)度数分布を求めて、マハラノビス距離の度数分布から指標データの正常異常を識別するための識別度を求め、識別度により異常検出に用いる最適な指標データを選択する手段である。
【0028】
また、指標データ選択手段6は、指標データ抽出手段2により抽出された指標データを、期間平均された第1指標データと、移動平均の傾きにされた第2指標データと、移動平均からの変動で表された第3指標データと、期間平均からの変動で表された第4指標データと、変動周波数成分に変換された第5指標データと、に変換し、第1指標データから第5指標データのそれぞれの識別度を後述する誤判定確率で算出し、算出された5個の誤判定確率のうちの低い誤判定確率の指標データを単数又は複数(ここでは5個のうちの3個)選択することで前記最適な指標データを選択する手段である。
【0029】
期間平均とは、期間毎の生データ値を足し算して期間で割った値であり、
図4のグラフに破線で示している。また、移動平均とは、時系列においてある一定間毎の平均値を区間をずらしながら求めた値であり、グラフ上に変化傾向を表すことができ、
図4の細い実線で示している。また、移動平均からの変動とは、移動平均値と生データ値との差(乖離している量)を示したものであり、
図5に示すグラフに太い実線で示している。また、期間平均からの変動とは、期間平均値と生データ値との差(乖離している量)を示したものであり、
図5に示すグラフに細い実線で示している。
【0030】
前記識別度は、前記正常時の指標データから求めたマハラノビス距離の度数分布における前記第1閾値未満の第1割合(A%)と、前記異常時の指標データから求めたマハラノビス距離の度数分布における前記第1閾値以上の第2割合(B%)としたとき、正常時の指標データが誤って異常であると判定される第1判定割合(100-A%)と異常時の指標データが誤って正常であると判定される第2判定割合(100-B%)との和の1/2で算出される誤判定確率であり、前記第1閾値は、運転データ項目数で決定されるχ2(カイ二乗)分布における1%棄却域値又は予め設定される2.0の高い方の値が選択される。ここでは、運転データ項目数で決定されるχ2(カイ二乗)分布における1%棄却域値が2.0よりも低いため、第1閾値を2.0にしている。
【0031】
前記1%棄却域値について説明する。まず、データ項目数をn’とし、時系列データ数をnとし、マハラノビス距離をMDとすると、MD×n’は、自由度(=データ項目数)n’のχ2分布に従う。次に、(1)~(5)の順に沿ってMDの算出を行う。
(1)データをDij(i=1~n、j=1~n’)、データ項目jの平均をUj、標準偏差をσjとする。;Dij:行列
(2)DijをUj,σjで規格化すると、D'ij=(Dij-Uj)/σjとなる。
(3)D'ijの相関行列を求めると、Akl=Σi(D'ik×D'il)/n ; i:1~n k,l:1~n’となる。
Σi全てのiについて和をとる
(4)Aklの逆行列を求めると、Bkl=(Akl)-1となる。
(5)時系列i番目のマハラノビス距離は、MDi=Σk,l (Bkl×D'ik×D'il)/n’ ; i:1~n k,l:1~n’
Σk,l全てのk,lの組み合わせにおいて和をとる。
そして、例えば、MD1%棄却域を算出すると、
データ項目数n’=10の場合を例にすると、
χ2分布表(表7)より1%棄却域の値は、自由度n’=10、確率p=0.010を読み取り、23.2093であり、
MD×n’=23.2093より、MD=23.2093/10=2.32093がMDの1%棄却域となる。
また、例えばデータ項目数n’=40の場合では、
χ2分布表(表7参照)より1%棄却域の値は、自由度n’=40、確率p=0.010を読み取り、63.6907であり、
MD×n’=63.6907より、MD=63.6907/40=1.59227がMDの1%棄却域となる。
この実施形態では、データ項目数n’=30としており、上記より求まる1%棄却域は、50.8922/30=1.69641となり、1.69641<2.0のため、MD閾値は2.0に設定している。なお、表7は、必要な部分のみの数値を取り出した表としている。つまり、確率pの0.990~0.050の間の確率についての自由度n’の値を省き、また、自由度2~9、11~29、31~39、41以降を省いた表にしている。
【0032】
【0033】
表3に、表1及び表2の指標データの度数分布表の値から演算された識別度を示している。ここで、期間平均の正常時の第1割合(A%)は、110/(110+23)×100=83%である。なお、110は、第1閾値の2.0未満の正常時の指標データの合計数であり、23は、第1閾値の2.0以上の正常時の指標データの合計数である。また、期間平均の異常時の第2割合(B%)は、57/(57+19)×100=75%である。なお、57は、第1閾値の2.0以上の異常時の指標データの合計数であり、19は、第1閾値の2.0未満の異常時の指標データの合計数である。他の移動平均の傾き、移動平均からの変動、期間平均からの変動、変動周波数成分も同様に算出できる。これらの算出結果に基づいて識別度が前述した式により算出される。算出された結果が、表3に示すように、期間平均された第1指標データにおける識別度が21%、移動平均の傾きにされた第2指標データにおける識別度が14%、移動平均からの変動で表された第3指標データにおける識別度が17%、期間平均からの変動で表された第4指標データにおける識別度が37%、変動周波数成分に変換された第5指標データにおける識別度が43%となっている。第4指標データにおける識別度及び第5指標データにおける識別度が悪いため、除外し、第1指標データと第2指標データと第3指標データとを用いて運転データの異常検出及び分析を行った。
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
運転異常判断手段7は、前記指標データ選択手段6により選択された最適な指標データのうちの正常時の指標データを用いて、正常運転時に対応する単位空間を構築する。単位空間の構築とは、前記指標データ選択手段6により選択された最適な指標データの個数をα個とした場合、段落番号[0030]の手順におけるデータ項目数n’をn’×αに読み替えた上で同様な手順に従い、マハラノビス距離の算出式([0030](5)の式)を導出することを意味する。このようにして構築された単位空間により算出されるマハラノビス距離に基づいて前記指標データ抽出手段2により抽出される指標データに対応した運転(この運転は異常検出・分析を開始して実際に運転しているリアルタイムの運転である)が運転異常であるか否かを判断する手段である。
【0038】
運転異常項目抽出手段8は、後述する閾値設定手段により設定された第1閾値により前記指標データ抽出手段により抽出される指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを判断し、前記運転異常判断手段7により運転異常であると判断された場合に、運転異常を引き起こす関連性の高い少なくとも一つの運転異常項目を、該運転異常項目の有無とこれに対応したマハラノビス距離の変化に基づいて後述する閾値設定手段9により設定された第2閾値により抽出する手段である。運転異常項目とは、前記運転異常判断手段7によって運転異常と判断された指標データの属する運転データに対応した項目である。
【0039】
閾値設定手段9は、運転異常であると判断するための第1閾値並びに前記運転異常項目を抽出するための第2閾値を設定する手段である。この第2閾値は、0を越える値でマハラノビス距離の平均値である1.0を越えない値、つまり、0.1~1.0の間の任意の値に設定することが好ましく、より好ましい範囲が0.5~1.0であり、この実施形態では、0.5に設定している。
【0040】
運転異常項目絞り込み手段10は、前記運転異常項目が複数であった場合に、前記指標データを抽出する前記所定の期間の長さを変更(
図3では短縮であるが、長くしてもよい)し、変更した所定の期間の運転データから該指標データを指標データ抽出手段2により再度抽出し、抽出した指標データから算出手段5によりマハラノビス距離を再度算出し、構築した前記単位空間により算出されたマハラノビス距離に基づいて前記再度抽出された指標データに対応した運転が運転異常であるか否かを再度判断することにより前記運転異常項目抽出手段により抽出した運転異常項目の数を減らすように絞り込みを行う手段である。
【0041】
次に、運転データの異常検出・分析を行うためのマハラノビス距離の算出式を構築することを、
図2のシステム構築開始のフローチャートに基づいて説明する。
【0042】
まず、既存の運転データと品質分析データとを取得し、前述したように記憶させる(ステップS1)。取得した運転データを所定の期間で複数分割する(ステップS2)。分割した複数の所定の期間のうちの1つの所定の期間の運転データから指標データiを所定の期間毎に抽出する(ステップS3)。これらステップS2とステップS3とが、前記制御装置Sに備えている指標データ抽出手段2により実行される。抽出した指標データiを品質分析データ取得手段3で取得した品質分析データに基づいて正常時と異常時に仕分けする(ステップS4)。このステップS4が、前記制御装置Sに備えている仕分手段4により実行される。前記算出手段5により仕分けられた指標データのうちの正常時及び異常時の指標データから正常時及び異常時のマハラノビス距離をそれぞれ算出し、算出したマハラノビスの度数分布を求め、その度数分布から指標データの正常異常を識別するための識別度を求める(ステップS5)。指標データiの全候補(1~n個)を網羅したかどうかを判定する(ステップS6)。網羅していなければ、次の指標データに移ってステップS3に戻り、ステップS4で正常時と異常時とに仕分けて、ステップS5で正常異常を識別するための2番目の識別度iを求める。指標データiの全候補を網羅すると、i=nとなり、ステップS7に移行する。ステップS7では、求めたn個の識別度(n>1)のうちの上位α個の指標データを選択する。つまり、前述したように、前記指標データ選択手段6により最適な識別度を選択する。選択した指標データのうちの正常時の指標データを用いて、単位空間とマハラノビス距離の算出式を構築して(ステップS8)、システム構築を終了する。
【0043】
システム構築が終了すると、製造ラインの異常検出・分析を行うことになり、
図3に示す異常検出・分析開始のフローチャートに基づいて説明する。
【0044】
まず、焼成物(セメントクリンカ)を製造する製造ラインの運転を開始し、新規の所定の期間の運転データを前記運転データ取得手段1により取得する(ステップS11)。取得した所定の期間の運転データから前記指標データ抽出手段2により指標データ(ここでは、期間平均、移動平均からの傾き、移動平均からの変動)を抽出する(ステップS12)。抽出した指標データより前記構築したマハラノビス距離の算出式を用いてマハラノビス距離(MD)を算出する(ステップS13)。算出したマハラノビス距離(MD)が前記第1閾値(
図3ではM1)よりも大きいか小さいかを判定する(ステップS14)。マハラノビス距離(MD)が第1閾値(M1)よりも大きいと判定されると、運転異常であると判断する。表4では、No3-6の4つのマハラノビス距離(MD)が第1閾値(M1=2.0)よりも大きいため異常であると判断する。これら異常における運転異常項目を抽出するためにステップS15に移行する。ステップS15では、所定の期間の運転データの指標データの運転項目について、運転項目を含めた場合と含めない場合のマハラノビス距離(MD)の差(ΔMD)を算出する。この算出した差(ΔMD)が前記第2閾値(
図3ではM2であり、前記のように0.5と定めた)よりも大きいか小さいかを判定する(ステップS16)。差(ΔMD)が前記第2閾値(M2)よりも大きいと判定されると、要監視項目(運転異常項目)として記録される(ステップS17)。差(ΔMD)が前記第2閾値(M2)よりも小さいと判定されると、要監視項目(運転異常項目)が存在しないと判断し、ステップ18に移行する。なお、ステップS14でMDがM1よりも小さいと判定されると、ステップS19へ移行する。また、表4に、算出した前記差(ΔMD)の値を示している。この表4では、キルン石炭ビン重量のNo3~No6の4か所において差(ΔMD)が第2閾値(M2=0.5)よりも大きい値になっており、キルン石炭ビン重量の変動が異常発生の発端となり、この異常によってキルン焼点温度(No5、No6において差(ΔMD)が第2閾値(M2=0.5)よりも大きい値になっている)及びキルン排ガスCO濃度(No6において差(ΔMD)が第2閾値(M2=0.5)よりも大きい値になっている)に波及しているものと考えられ、これら3個がステップS17で要監視項目(運転異常項目)として記録される。
【0045】
【0046】
前記3個の要監視項目(運転異常項目)を記録した後は、全項目の分析が終了したか否かを確認し(ステップS18)、終了していない場合には、ステップS15へ戻り、終了している場合には、全所定期間の分析が終了しているか否かを確認し(ステップS19)、分析が終了しない場合には、ステップS11に戻り、分析が終了している場合には、同時間帯で要監視項目(運転異常項目)が複数あるか否かを確認し(ステップS20)、要監視項目(運転異常項目)が1個の場合には、異常検出・分析を終了する。また、同時間帯で要監視項目(運転異常項目)が複数ある場合には、運転データの取得期間を短縮し(ステップS21)、ステップS11へ戻り、再度、運転ラインの異常検出・分析を行う。
【0047】
同時間帯で要監視項目(運転異常項目)が複数ある場合を、例えば表5(表4とは異なる項目も含んだものである)に5個の項目におけるマハラノビス距離の差を示している。この場合、指標データの抽出期間が1時間になっている。表5では、No2-6の5つのマハラノビス距離(MD)が第1閾値(M1=2.0)よりも大きいため異常であると判断する。No2で仮焼炉入口ガス温度(移動平均からの変動)、バーナ吹込ファン電流(移動平均からの変動)、最下段CyCO濃度(移動平均傾き)の3項目が同期間において異常項目と判定されているため、異常原因の項目を絞ることができない。そこで、指標データの抽出期間を短縮した15分にしてマハラノビス距離の差を演算したものを表6に示している。表6では、No5-7の3つのマハラノビス距離(MD)が第1閾値(M1=2.0)よりも大きいため異常であると判断する。そして、No5においてバーナ吹込ファン電流の移動平均からの変動のみが差(ΔMD)が第2閾値(M2=0.5)異常となっている。よって、バーナ吹込ファン電流の変動が異常発生の発端となり、この異常によって仮焼炉入口ガス温度の移動平均からの変動において、No7において差(ΔMD)が第2閾値(M2=0.5)よりも大きい値になっており、仮焼炉入口ガス温度の変動に波及しているものと考えられる。このように異常項目がバーナ吹込ファン電流であると特定でき、
図3に示すステップS20で同時間帯で要監視項目(運転異常項目)が1つと判断され、異常検出・分析を終了する。
【0048】
【0049】
【0050】
表4のNo3のキルン石炭ビン重量の3つのΔMDを計算する計算方法について(1)~(8)の手順に沿って説明する。
(1)規格化した正常時データ(表8-1~表8-3のD'ij)から相関行列の逆行列(表9のBij)を求める。
(2)No3の規格化したデータ(表10のD'3i)を求める。
(3)No3のマハラノビス距離を求める(この例では項目数15のため自由度15である)。
MD3=(Σij D'3i×Bij×D'3j)/15=2.14となる。
(4)規格化した正常時データより1列目(キルン石炭ビン重量期間平均)のみ削除したもの(表11-1~表11-3)、その相関行列の逆行列(表12)、No3の規格化したデータより1列目のみ削除したもの(表13)を作成する。
(5)(3)と同手順で1列目のみ削除した場合のNo3のマハラノビス距離を求める。
(1列削除したので自由度は14となる)
MD3-1 = 2.16
(6)(4),(5)と同手順で2列目(キルン石炭ビン重量移動平均傾き)のみ削除した場合のNo.3のマハラノビス距離を求める。
MD3-2 = 1.90
(7)(4),(5)と同手順で3列目(キルン石炭ビン重量移動平均からの変動)のみ削除した場合のNo.3のマハラノビス距離を求める。
MD3-3 = 1.43
(8)元のMDと一列削除した場合のMDとの差を求める。このMDの差がΔMDとなる。
MD3-MD3-1 =2.14 - 2.16 =-0.02→小数1位に丸めて 0.0
MD3-MD3-2 =2.14 - 1.90 =0.24→小数1位に丸めて 0.2
MD3-MD3-3 =2.14 - 1.43 =0.71→小数1位に丸めて 0.7
上記に示す0.0が、No3のキルン石炭ビン重量期間平均のΔMDであり、0.2が、No3のキルン石炭ビン重量移動平均傾きのΔMD、0.7が、No3のキルン石炭ビン重量移動平均からの変動のΔMDである。
【0051】
【0052】
【0053】
【0054】
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
以上、本発明につき一実施形態を取り上げて説明したが、本発明は前記実施形態に限定されない。
【0062】
前記実施形態では、石灰石などの粉粒状の原料を高温ガスで加熱することによって、焼成物(セメントクリンカ)を製造する製造ラインにおける運転異常を検出するためのシステムを示したが、抵抗やコンデンサ等の回路部品及び半導体等の電子部品並びに各種の機械を製造する製造ラインにおける運転異常を検出するためのシステムにも本発明は適用できる。
【0063】
また、前記実施形態では、運転異常項目絞り込み手段により一回のみ運転異常項目の絞り込みを行ったが、一回で運転異常項目を良好に絞り込めなかった場合には、良好に絞り込めるように複数回絞り込むようにしてもよい。
【符号の説明】
【0064】
1…運転データ取得手段、2…指標データ抽出手段、3…品質分析データ取得手段、4…仕分手段、5…算出手段、6…指標データ選択手段、7…運転異常判断手段、8…運転異常項目抽出手段、9…閾値設定手段、10…運転異常項目絞り込み手段、S…制御装置