(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-02
(45)【発行日】2022-09-12
(54)【発明の名称】咳嗽能力評価装置、咳嗽能力評価システム、咳嗽能力評価方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/087 20060101AFI20220905BHJP
【FI】
A61B5/087
(21)【出願番号】P 2018103992
(22)【出願日】2018-05-30
【審査請求日】2021-04-09
(31)【優先権主張番号】P 2017122886
(32)【優先日】2017-06-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】508100262
【氏名又は名称】学校法人古沢学園
(74)【代理人】
【識別番号】100196380
【氏名又は名称】森 匡輝
(72)【発明者】
【氏名】馬屋原 康高
(72)【発明者】
【氏名】曽 智
(72)【発明者】
【氏名】大塚 彰
(72)【発明者】
【氏名】辻 敏夫
【審査官】▲高▼原 悠佑
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/068172(WO,A1)
【文献】特開2012-110499(JP,A)
【文献】特表2015-521063(JP,A)
【文献】特開2007-105161(JP,A)
【文献】特表2005-503205(JP,A)
【文献】特表2007-522839(JP,A)
【文献】特開平05-023324(JP,A)
【文献】米国特許第06168568(US,B1)
【文献】UMAYAHARA, Y., et al.,Ability to Cough Can Be Evaluated through Cough Sounds: An Experimental Investigation of Effects of Microphone Type on Accuracy,2017 IEEE/SICE International Symposium on System Integration (SII),2018年02月05日,pp.936-941,<Date of Conference: 11-14 Dec. 2017>,<Date Added to IEEE Xplore: 05 February 2018>,<DOI: 10.1109/SII.2017.8279343>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00-5/03
A61B 5/06-5/22
A61B 7/00-7/04
A61B 10/00
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
咳嗽音を入力する音声入力部と、
前記音声入力部に入力された咳嗽音の音圧レベルから咳嗽時の最大呼気流量を推定し、推定された前記最大呼気流量に基づいて咳嗽能力を評価する制御部と、を備える、
咳嗽能力評価装置。
【請求項2】
前記制御部は、
以下の式(1)に基づいて前記最大呼気流量を推定する、
【数1】
(ただし、CPFは呼気流量、PCSLは咳嗽音の音圧レベルの最大値、α、βは
被験者の性別または体格に基づく係数)
請求項1に記載の咳嗽能力評価装置。
【請求項3】
前記式(1)の係数α及びβは、
非線形回帰分析によって決定される、
請求項2に記載の咳嗽能力評価装置。
【請求項4】
前記制御部は、
以下の式(1)に基づいて前記最大呼気流量を推定し、
【数2】
(ただし、CPFは呼気流量、PCSLは咳嗽音の音圧レベルの最大値、α、βは被験者の年齢に基づく係数)
前記式(1)の係数αは、
被験者の年齢を変数とする以下の1次関数
α=a
1×age+a
2
(ただし、ageは被験者の年齢、a
1、a
2は
-0.37≦a
1
≦-0.17、43≦a
2
≦63の係数)である、
請求項1に記載の咳嗽能力評価装置。
【請求項5】
前記音声入力部に用いるマイクロフォンの種類ごとに予め設定された前記係数a
1及びa
2を記憶する記憶部を備える、
請求項4に記載の咳嗽能力評価装置。
【請求項6】
前記音声入力部は、
被検者が装着するマスクに取り付けられている、
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の咳嗽能力評価装置。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の咳嗽能力評価装置と、
前記咳嗽能力評価装置とネットワークを介して接続され、前記咳嗽能力評価装置で評価された咳嗽能力を記憶するデータベースと、
を備える咳嗽能力評価システム。
【請求項8】
咳嗽音を入力する音声入力部と、前記音声入力部に入力された咳嗽音の音圧レベルから推定された咳嗽時の最大呼気流量に基づいて咳嗽能力を評価する制御部と、を有する咳嗽能力評価装置と、
前記咳嗽能力評価装置とネットワークを介して接続され、前記咳嗽音の音圧レベルから前記最大呼気流量を推定するサーバと、
前記咳嗽能力評価装置とネットワークを介して接続され、前記咳嗽能力評価装置で評価された咳嗽能力を記憶するデータベースと、
を備える咳嗽能力評価システム。
【請求項9】
コンピュータを、
咳嗽音を入力する音声入力部、
前記音声入力部に入力された咳嗽音の音圧レベルから咳嗽時の最大呼気流量を推定し、推定された前記最大呼気流量に基づいて咳嗽能力を評価する評価部、
として機能させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、咳嗽能力評価装置、咳嗽能力評価システム、咳嗽能力評価方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
被検者の咳嗽能力を評価する方法として、咳嗽時の呼気流量を測定し、測定した呼気流量を咳嗽能力の指標とする方法が用いられている。呼気流量の測定は、一般的にフローメータとマスクとを用いて行われる(例えば、非特許文献1)。
【0003】
非特許文献1では、呼気流量を測定するためのフローメータをマスクに取り付けて使用する。被検者は、このマスクを装着した状態で咳嗽する。これにより、咳嗽時の呼気流量が測定される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】山川梨絵、他5名、「Cough Peak Flow 測定の信頼性と妥当性」、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌、2012年6月、第22巻、第1号、p.110-114
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1の呼気流量測定方法では、マスクを被検者に装着させることが必要となる。しかしながら、マスクを装着することにより被検者が過緊張状態となる場合、被検者は平常時の咳嗽を行えないため、平常時の咳嗽の呼気流量を測定できない。したがって、適切な測定が困難となる。また、形状的にマスクが被検者の顔に密着しない場合、マスクと顔の隙間から呼気が漏れるため、適切な測定が困難となる。また、測定用に準備された複数のマスクから1つのマスクを選択して用いる場合、それぞれのマスクの形状によって呼気流量の測定値に差異が生じ、適切な測定が困難となる。
【0006】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、マスクを用いた呼気流量の測定が困難な場合であっても、咳嗽能力を精度よく評価することができる咳嗽能力評価装置等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、この発明の第1の観点に係る咳嗽能力評価装置は、
咳嗽音を入力する音声入力部と、
前記音声入力部に入力された咳嗽音の音圧レベルから咳嗽時の最大呼気流量を推定し、推定された前記最大呼気流量に基づいて咳嗽能力を評価する制御部と、を備える。
【0008】
また、前記制御部は、
以下の式(1)に基づいて前記最大呼気流量を推定する、こととしてもよい。
【数1】
(ただし、CPFは呼気流量、PCSLは咳嗽音の音圧レベルの最大値、α、βは
被験者の性別または体格に基づく係数)
【0009】
また、前記式(1)の係数α及びβは、
非線形回帰分析によって決定される、
こととしてもよい。
【0010】
また、
前記制御部は、
以下の式(1)に基づいて前記最大呼気流量を推定し、
【数2】
(ただし、CPFは呼気流量、PCSLは咳嗽音の音圧レベルの最大値、α、βは被験者の年齢に基づく係数)
前記式(1)の係数αは、
被験者の年齢を変数とする以下の1次関数
α=a
1×age+a
2
(ただし、ageは被験者の年齢、a
1、a
2は
-0.37≦a
1
≦-0.17、43≦a
2
≦63の係数)である、
こととしてもよい。
【0011】
また、前記音声入力部に用いるマイクロフォンの種類ごとに予め設定された前記係数a1及びa2を記憶する記憶部を備える、
こととしてもよい。
【0012】
また、前記音声入力部は、
被検者が装着するマスクに取り付けられている、
こととしてもよい。
【0013】
この発明の第2の観点に係る咳嗽能力評価システムは、
第1の観点に係る咳嗽能力評価装置と、
前記咳嗽能力評価装置とネットワークを介して接続され、前記咳嗽能力評価装置で評価された咳嗽能力を記憶するデータベースと、
を備える。
【0014】
この発明の第3の観点に係る咳嗽能力評価システムは、
咳嗽音を入力する音声入力部と、前記音声入力部に入力された咳嗽音の音圧レベルから推定された咳嗽時の最大呼気流量に基づいて咳嗽能力を評価する制御部と、を有する咳嗽能力評価装置と、
前記咳嗽能力評価装置とネットワークを介して接続され、前記咳嗽音の音圧レベルから前記最大呼気流量を推定するサーバと、
前記咳嗽能力評価装置とネットワークを介して接続され、前記咳嗽能力評価装置で評価された咳嗽能力を記憶するデータベースと、
を備える。
【0016】
この発明の第4の観点に係るプログラムは、
コンピュータを、
咳嗽音を入力する音声入力部、
前記音声入力部に入力された咳嗽音の音圧レベルから咳嗽時の最大呼気流量を推定し、推定された前記最大呼気流量に基づいて咳嗽能力を評価する評価部、
として機能させる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、咳嗽音を測定することにより、咳嗽能力を評価することができるので、マスクを用いた呼気流量の測定が困難な場合であっても、咳嗽能力を精度よく評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施の形態1に係る咳嗽能力評価装置の機能ブロック図である。
【
図2】実施の形態1に係る咳嗽能力評価装置のハードウエア構成を示すブロック図である。
【
図4】咳嗽音データから音圧レベルへの変換過程を示す概念図である。
【
図5】最大呼気流量推定処理のフローチャートである。
【
図7】実施の形態2に係る咳嗽能力評価システムの機能ブロック図である。
【
図8】実施の形態2に係る咳嗽能力評価処理を示すシーケンス図である。
【
図9】実施の形態1に係る呼気流量の推定結果を示すグラフであり、(A)は骨伝導マイクロフォンを用いた例、(B)はオペレータマイクを用いた例、(C)はスマートフォン内蔵のマイクロフォンを用いた例である。
【
図10】実施の形態3に係る呼気流量の推定結果を示すグラフであり、(A)は骨伝導マイクロフォンを用いた例、(B)はオペレータマイクを用いた例、(C)はスマートフォン内蔵のマイクロフォンを用いた例である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図を参照しつつ、本発明に係る実施の形態について説明する。
【0020】
(実施の形態1)
図1のブロック図に示すように、咳嗽能力評価装置11は、制御部20、記憶部31、音声入力部32、表示部33及び操作部34を備えている。
【0021】
記憶部31は、測定した被検者の咳嗽能力の評価結果、咳嗽能力評価装置11の動作プログラム等を記憶する。
【0022】
音声入力部32は、被検者の咳嗽音を入力するとともに、入力された咳嗽音の音声データ(咳嗽音データLD)を制御部20に送信する。
【0023】
表示部33は、医師、看護師等の補助者及び被検者に咳嗽能力評価装置11の操作を促すメッセージ等を表示する。また、過去に実施された被検者の咳嗽能力評価の結果を表示する。
【0024】
操作部34は、補助者及び被検者からの入力を受け付け、入力された情報を制御部20へ送信する。
【0025】
制御部20は、咳嗽能力評価装置11の全体を制御するものであり、音声入力制御部201及び評価部202を備えている。
【0026】
音声入力制御部201は、音声入力部32を制御して、音声入力部32に入力された被検者の咳嗽音データLDを取得する。また、取得した咳嗽音データLDを評価部202に送信する。
【0027】
評価部202は、音声入力制御部201から受信した咳嗽音データLDから、咳嗽時の最大呼気流量CPF(Cough Peak Flow)を推定する。そして、推定された最大呼気流量CPFに基づいて、被検者の咳嗽能力を評価する。
【0028】
咳嗽能力評価装置11は、例えば、
図2に示すハードウエア構成を有する。具体的には、咳嗽能力評価装置11は、装置全体の制御を司るCPU(Central Processing Unit)61と、CPU61の作業領域等として動作する主記憶部62と、CPU61の動作プログラム、咳嗽能力の評価結果等を記憶する外部記憶部63と、補助者及び被検者からの入力を受け付ける操作部64と、被検者の咳嗽音を入力するマイクロフォン65と、被検者の咳嗽能力の評価結果等を出力するディスプレイ66と、これらを接続するバス68から構成される。
【0029】
主記憶部62は、RAM(Random Access Memory)等から構成されている。主記憶部62には、外部記憶部63に記憶されておりCPU61を制御部20として動作させるための動作プログラム及びデータがロードされる。また、主記憶部62は、CPU61の作業領域(データの一時記憶領域)としても用いられる。
【0030】
外部記憶部63は、フラッシュメモリ、ハードディスク等の不揮発性メモリから構成される。外部記憶部63には、CPU61に実行させるための動作プログラムが予め記憶されている。主記憶部62及び外部記憶部63は、
図1に示す記憶部31として機能する。
【0031】
マイクロフォン65は、
図1に示す音声入力部32として機能する。マイクロフォン65の構造、形態は、特に限定されず、例えば、コンデンサ型マイクロフォン、骨伝導マイクロフォン、接触型マイクロフォン、タブレット端末及びスマートフォン内蔵のマイクロフォン等である。本実施の形態に係るマイクロフォン65は、一般的なムービングコイル型マイクロフォンであり、マイクスタンドに固定して使用される。
【0032】
ディスプレイ66は、CRT(Cathode Ray Tube)、液晶パネル等の表示用デバイスから構成され、
図1に示す表示部33として機能する。本実施の形態に係るディスプレイ66は液晶モニタである。
【0033】
操作部64は、タッチパネル、マウス等の入力デバイスと、これらの入力デバイスをバス68に接続するインタフェース装置から構成されている。本実施の形態に係る操作部64は、ディスプレイ66の液晶モニタの表示面上に取り付けられたタッチパネルである。操作部64は、
図1に示す操作部34として機能し、補助者、被検者からの入力を受け付ける。
【0034】
次に、
図1及び
図3に基づいて咳嗽能力評価装置11の咳嗽能力評価処理の流れについて説明する。
【0035】
補助者又は被検者は、準備として音声入力部32である咳嗽音測定用のマイクロフォン65を設置する。音声入力部32は、音声入力部32と被検者の口との距離が一定となるように設置される。本実施の形態では、音声入力部32と被検者の口との距離は、30cmに設定されている。また、音声入力部32は、被検者の体の正面の位置に設置される。
【0036】
続いて、咳嗽能力評価装置11の電源スイッチがオンされると、制御部20は、表示部33に測定開始ボタンを表示させる。補助者又は被検者が、操作部34をタッチして測定開始ボタンを押下すると、制御部20の音声入力制御部201は、音声入力部32を制御して、音声入力を開始させる(ステップS11)。
【0037】
被検者は、音声入力が開始された後、咳嗽する(ステップS12)。被検者が咳嗽した後、補助者又は被検者は、操作部34をタッチして表示部33に表示されている測定終了ボタンを押下し、測定を終了させる。これにより、制御部20は、音声入力部32をオフにして、音声入力を終了させる(ステップS13)。
【0038】
続いて、制御部20の評価部202は、取得した咳嗽音データLDを解析し、咳嗽時の最大呼気流量CPFを推定する(ステップS14)。取得した咳嗽音データLDは、音声入力部32の出力である電圧データとして制御部20に入力されている。本実施の形態では、以下の手順によって、取得された咳嗽音データLD(電圧データ)から、咳嗽の音圧レベルLp(音圧データ)を算出する(
図4)。そして、算出された音圧レベルLpから最大呼気流量CPFを推定する。
【0039】
図5は、ステップS14に相当する最大呼気流量CPFの推定処理の詳細なフローチャートである。
図5に示すように、咳嗽音データLDから呼吸音の周波数領域のみを抽出するため、上限カットオフ周波数を2000Hz、下限カットオフ周波数を140Hzとする帯域通過フィルタで咳嗽音データLDをフィルタリングする(ステップS21)。フィルタリングされたデータを整流化(ステップS22)した後、20msecごとの移動平均を算出してエンベロープEVを作成する(ステップS23)。そして、作成されたエンベロープEVの電圧データを音圧レベルLpに変換する(ステップS24)。本実施の形態では、音声入力部32として-42dB(0dB=1V/1Pa,1kHz)の感度のマイクロフォンを使用しているので、エンベロープEVで表される実測電圧Vrと音圧Prとの関係は次式で表される。
【0040】
【0041】
また、音圧レベルLpは、式(2)で算出した音圧Prと基準音圧レベルP0から次式で求められる。本実施の形態に係る基準音圧レベルは、P0=20μPaである。
【0042】
【0043】
式(3)で算出した音圧レベルLpの最大値を最大咳嗽音圧レベルPCSL(Peak Cough Sound pressure Level)とする(ステップS25)。制御部20は、最大咳嗽音圧レベルPCSLから咳嗽時の最大呼気流量CPFを推定する下記の式(1)に、最大咳嗽音圧レベルPCSLを代入して、被検者の咳嗽時の最大呼気流量CPFを推定する(ステップS26)。
【0044】
【0045】
係数α、βは、予め実験により決定された値であり、記憶部31に記憶されている。係数α、βは、例えば、被検者の咳嗽時の最大呼気流量CPFと最大咳嗽音圧レベルPCSLとを測定した測定データと、式(1)とから、非線形回帰分析によって算出する。本実施の形態では、予め取得した咳嗽時の最大呼気流量CPFと最大咳嗽音圧レベルPCSLの測定データを、Levenberg-Marquard法を使って非線形回帰分析して、係数α、βを算出している。算出された係数α、βの値はそれぞれ、α=5.67、β=0.044である。
【0046】
図3のステップS14に戻り、制御部20は、算出した最大呼気流量CPFの推定値と、予め記憶部31に記憶されている判定基準に基づいて、被検者の咳嗽能力を評価する(ステップS15)。そして、制御部20は、評価結果を表示部33に表示させる(ステップS16)。咳嗽能力は、例えば、
図6に示すように、推定された最大呼気流量CPFが、160L/min以下であれば「特に注意」レベル、160L/minよりも大きく270L/min以下であれば「注意」レベル、270L/minよりも大きく465L/min以下であれば「やや低い」レベル、465L/minよりも大きければ「正常」レベルと評価する。
【0047】
また、制御部20は、評価結果を測定時刻データとともに記憶部31に記憶させる(ステップS17)。
【0048】
以上のように、本実施の形態では、被検者の咳嗽時の音圧レベルLpを測定することにより、咳嗽時の最大呼気流量CPFを推定して咳嗽能力を評価するので、マスクを用いた呼気流量の測定が困難な場合であっても、適切な咳嗽能力の評価を行うことができる。
【0049】
また、本実施の形態では、マスクを用いることなく咳嗽能力を評価しているので、感染対策を行う必要がない。したがって、複数の被検者の咳嗽能力を容易に評価することができる。
【0050】
上述の実施の形態1では、音声入力部32として被検者から一定の距離に設置されたマイクロフォン65を用いることとしたが、これに限られない。例えば、音声入力部32として、被検者の顔に装着されるマスクに固定したマイクロフォン65を用いることとしてもよい。この場合、マスクは、呼気流量を測定するための密閉型マスクでなくてもよい。これにより、被検者の口と音声入力部32との距離を一定に保つことができるので、被検者の姿勢による咳嗽音データLDへの影響を抑制し、安定した測定が可能となる。
【0051】
また、上述の実施の形態1では、被検者の1回の咳嗽から、最大呼気流量CPFを推定することとしたが、これに限られない。例えば、被検者に5回咳嗽させ、それぞれの咳嗽に対応する咳嗽音データLDから最大呼気流量CPFを推定する。そして5つの最大呼気流量CPFを平均した平均値に基づいて、被検者の咳嗽能力を評価してもよい。これにより、測定誤差の少ない評価が可能となる。
【0052】
(実施の形態2)
続いて、実施の形態2に係る咳嗽能力評価システム15について説明する。本実施の形態では、
図7に示すように、咳嗽能力評価装置12が通信部35を備え、被検者の咳嗽能力評価データを記憶する評価情報データベース41とネットワークを介して接続されている点で上記実施の形態1と異なる。その他の構成は上記実施の形態1と同様であるので同じ符号を付す。
【0053】
咳嗽能力評価装置12は、スマートフォン、タブレット端末等の携帯通信端末であり、本実施の形態ではスマートフォンである。スマートフォンにインストールされたアプリケーションを実行することにより、スマートフォンは咳嗽能力評価装置12として動作する。
【0054】
本実施の形態に係る制御部20は、スマートフォンに内蔵されているアプリケーションプロセッサであり、音声入力部32は、スマートフォンに内蔵されているマイクロフォンである。また、表示部33は、スマートフォンの液晶ユニットであり、操作部34は、液晶ユニット上に貼り合わせられたタッチパネルである。
【0055】
通信部35は、スマートフォンに内蔵された無線通信デバイスであり、
図7に示すように、ネットワーク上の評価情報データベース41とデータの送受信を行う。これにより、咳嗽能力評価装置12は、ネットワーク上の評価情報データベース41と通信可能に接続される。
【0056】
評価情報データベース41には、過去に測定された各被検者の咳嗽能力評価データ、具体的には推定された最大呼気流量CPFが記憶されている。
【0057】
以下、
図7、8に基づいて本実施の形態2の処理の流れについて説明する。
【0058】
被検者が、咳嗽能力評価装置12にインストールされたアプリケーションを起動して、ログイン情報を入力すると、咳嗽能力評価装置12は咳嗽能力評価処理を開始させる。咳嗽能力評価処理が開始されると、制御部20は、通信部35を介してネットワーク上の評価情報データベース41に対し、過去の咳嗽能力評価データの送信を要求する(ステップS31)。
【0059】
評価情報データベース41は、咳嗽能力評価装置12からの要求を受けて、評価情報データベース41内に記憶されている過去の咳嗽能力評価データを咳嗽能力評価装置12へ送信する(ステップS32)。通信部35は、受信した過去の咳嗽能力評価データを制御部20へ送信する。制御部20は、過去の咳嗽能力評価データを表示部33へ送信して、表示部33に表示させる(ステップS33)。また、制御部20は、過去の咳嗽能力評価データとともに、測定開始ボタンを表示部33に表示させる。
【0060】
また、制御部20は、測定時の被検者の姿勢、被検者と音声入力部32との距離等測定時の注意事項を、表示部33に表示させる。これらの注意事項は、予め記憶部31に記憶されている。
【0061】
被検者が、表示部33に表示されている測定開始ボタンを押下すると、操作部34は、測定開始ボタンが押下されたことを表す信号を、制御部20へ送信する。制御部20は、信号を受信して、測定開始ボタンが押下されたことを検知すると、音声入力部32を制御して音声入力を開始する(ステップS34)。また、制御部20は、表示部33を制御して、被検者に対して咳嗽を促すメッセージを表示部33に表示させる。被検者は、音声入力が開始された後、咳嗽する(ステップS35)。
【0062】
被検者が咳嗽した後、表示部33に表示された測定終了ボタンを押下した場合、又は測定開始から一定時間経過した場合、制御部20の音声入力制御部201は、音声入力部32を制御して、測定を終了させる(ステップS36)。また、制御部20は、音声入力部32から入力された咳嗽音データLDを記憶部31に記憶させる。
【0063】
続いて、制御部20の評価部202は、取得した咳嗽音データLDから被検者の最大呼気流量CPFを推定する(ステップS37)。最大呼気流量CPFの推定方法は、
図5に示す実施の形態1の推定方法と同様である。
【0064】
制御部20は、算出した最大呼気流量CPFの推定値と、予め記憶部31に記憶されている判定基準に基づいて、被検者の咳嗽能力を評価する。そして、制御部20は、評価結果を表示部33に出力させるとともに、記憶部31に記憶させる(ステップS38)。咳嗽能力の評価基準は、例えば、
図6に示す実施の形態1の評価基準と同様である。
【0065】
また、制御部20は、通信部35を制御して、推定した最大呼気流量CPFの値と被検者の識別データとを、評価情報データベース41へ送信する(ステップS39)。評価情報データベース41は、受信した最大呼気流量CPFを、被検者の識別データ、測定時刻データとともに記憶する(ステップS40)。
【0066】
本実施の形態では、咳嗽能力評価装置で評価された咳嗽能力として、咳嗽能力評価装置12で推定した最大呼気流量CPFをネットワーク上の評価情報データベース41に記憶させることとしている。これにより、医師が評価情報データベース41にアクセスして、被検者の咳嗽能力を容易に分析することが可能である。
【0067】
上記実施の形態2では、咳嗽能力評価装置12が、咳嗽音データLDに基づいて最大呼気流量CPFを推定することとしているがこれに限られない。例えば、咳嗽能力評価装置12は、取得した咳嗽音データLDをネットワークを介して接続されたサーバに送信する。そして、受信した咳嗽音データLDに基づいて、サーバが最大呼気流量CPFを推定することとしてもよい。この場合、咳嗽能力評価装置12は、サーバで推定された最大呼気流量CPFを取得して、被検者の咳嗽能力を評価すればよい。これにより、咳嗽能力評価装置12の演算負荷を小さくすることができる。なお、評価情報データベース41は、サーバと一体的に構成された記憶装置であってもよい。この場合、評価情報データベース41は、咳嗽能力評価処理の途中で、推定された最大呼気流量CPFのデータを記憶させることができる。したがって、より確実に評価情報データベース41に被検者の咳嗽能力評価データを記憶させることができる。
【0068】
上記実施の形態2では、式(1)の係数α、βは、予め設定された一定値であるとしたが、これに限られない。例えば、予め実験によって取得した男性の被検者のデータと女性の被検者のデータとを別の群に分けて、非線形回帰分析を行い、それぞれの係数α、βを算出することとしてもよい。これにより、性別による差異を考慮した、より適切な咳嗽能力評価を行うことができる。
【0069】
また、式(1)の係数α、βは、被検者の体格によって調整することとしてもよい。例えば、被検者の身長h、係数a1、a2を用いて係数αをα=a1×h+a2で定義し、以下の式(1’)に基づいて最大呼気流量CPFを推定してもよい。
【0070】
【0071】
これにより、被検者の身長差で、咳嗽能力評価装置12であるスマートフォンと被検者の口との距離が変動した場合であっても、適切な咳嗽能力評価を行うことが可能となる。
【0072】
(実施の形態3)
続いて、実施の形態3に係る咳嗽能力評価装置13について説明する。本実施の形態では、式(1)の係数αを被験者の年齢の関数とする点で上記実施の形態1と異なる。その他の構成は上記実施の形態1と同様であるので同じ符号を付す。
【0073】
咳嗽能力評価装置13を用いた咳嗽能力評価処理では、測定開始前、すなわち音声入力開始前に、被験者の年齢を入力させる。具体的には、咳嗽能力評価装置13の電源スイッチがオンされると、制御部20は、表示部33に年齢設定ボタンを表示させる。
【0074】
補助者又は被験者は、タッチパネルである操作部34をタッチして年齢設定ボタンを押下した後、操作部34から被験者の年齢を入力する。被験者の年齢入力が完了すると、咳嗽能力評価装置13は、音声入力を開始する。
【0075】
咳嗽能力評価装置13は、実施の形態1に係る咳嗽能力評価装置11と同様に、取得した咳嗽音データLDから咳嗽の音圧レベルLpを算出する。
【0076】
音圧レベルLpから最大呼気流量CPFの推定処理の流れは、実施の形態1(
図5)と同様である。ただし、本実施の形態に係る最大呼気流量CPFの算出は、以下に示す式(1’’)によって行われる。
【0077】
【数7】
ただし、ageは被験者の年齢、a
1、a
2、βは係数。
【0078】
すなわち、式(1’’)は、式(1)の係数αを、被験者の年齢を変数とする1次関数としたものである。
【0079】
係数a1、a2は、予め実験により決定された値であり、記憶部31に記憶されている。係数a1、a2は、例えば、被検者の咳嗽時の最大呼気流量CPFと最大咳嗽音圧レベルPCSLとを測定した測定データと、式(1’’)とから、非線形回帰分析によって算出する。本実施の形態では、予め取得した咳嗽時の最大呼気流量CPFと最大咳嗽音圧レベルPCSLの測定データを、Levenberg-Marquard法を使って非線形回帰分析して、係数a1、a2を算出している。例えば、骨伝導マイクロフォンを用いた場合の係数a1、a2の値はそれぞれ、a1=-0.17、a2=43、β=0.026である。
【0080】
以下、実施の形態1と同様に、咳嗽能力評価装置13は、算出した最大呼気流量CPFの推定値と、予め記憶部31に記憶されている判定基準に基づいて、被検者の咳嗽能力を評価する。
【0081】
図9(A)~(C)は、実施の形態1に係る咳嗽能力評価装置11により推定した咳嗽時の呼気流量(CPS)と、フローメータが取り付けられたマスクを被験者に装着させて計測した咳嗽時の呼気流量(CPF)との関係を示すグラフの例である。
図9(A)は、音声入力部32であるマイクロフォン65として骨伝導マイクロフォンを用いた場合のグラフである。
図9(B)は、マイクロフォン65としてオペレータマイクを用いた場合のグラフである。また、
図9(C)は、マイクロフォン65としてスマートフォン内蔵のマイクロフォンを用いた場合のグラフである。
【0082】
図9(A)~(C)に示すように、20代前半の被験者の結果を示す群(以下、若年グループという。)と、60代以上の被験者の結果を示す群(以下、老年グループという。)とでは、異なる傾向が見られる。具体的には、
図9(A)に示された若年グループの結果から算出した係数α、βの値は、α=76.1、β=0.02であり、老年グループの結果から算出した係数α、βの値は、α=15.6、β=0.033である。
【0083】
若年グループと老年グループとの乖離は、
図9(C)に示すスマートフォン内蔵マイクロフォンを用いた場合でより顕著であり、若年グループでα=39.6、β=0.028、老年グループでα=8、β=0.038である。
【0084】
図10(A)~(C)は、本実施の形態に係る咳嗽能力評価装置13により推定した咳嗽時の呼気流量(CPS)と、フローメータが取り付けられたマスクを被験者に装着させて計測した咳嗽時の呼気流量(CPF)との関係を示すグラフの例である。
図10(A)は、音声入力部32であるマイクロフォン65として骨伝導マイクロフォンを用い、式(1’’)の係数をa
1=-0.17、a
2=43、β=0.026とした場合のグラフである。
図10(B)は、マイクロフォン65としてオペレータマイクを用い、a
1=-0.37、a
2=63、β=0.026とした場合のグラフである。また、
図10(C)は、マイクロフォン65としてスマートフォンの内蔵マイクロフォンを用い、a
1=-0.35、a
2=54、β=0.026とした場合のグラフである。
【0085】
図10(A)~(C)に示すように、いずれも
図9(A)~(C)と比較して、若年グループと老年グループとの傾向は乖離していない。すなわち、本実施の形態に係る咳嗽能力評価装置13によれば、被験者の年齢に関わらず、咳嗽音から適切に呼気流量を推定し、被験者の咳嗽能力を評価することができる。
【0086】
また、例えばマイクロフォン65の種類ごと、マイクロフォン65と被験者との距離ごと等、測定環境ごとに適当な係数a1、a2を予め設定し、記憶部31に記憶させておき、測定前にその測定環境に適した係数a1、a2を選択することとしてもよい。これにより、複数の被験者について測定を行う場合であっても、被験者の年齢を入力するだけで、適切に呼気流量を推定することが可能となる。
【0087】
本発明の実施の形態に係る咳嗽能力評価装置11、12、13のハードウエア構成やソフトウエア構成は一例であり、任意に変更及び修正が可能である。制御部20、記憶部31、音声入力部32、表示部33及び操作部34などから構成される咳嗽能力評価装置11、12、13は、専用の装置、携帯通信端末によらず、通常のコンピュータシステムを用いて実現可能である。例えば、上記の動作を実行するためのコンピュータプログラムを、USBメモリ、DVD-ROM等のコンピュータが読み取り可能な記録媒体に格納して配布し、当該コンピュータプログラムをコンピュータにインストールすることにより、上記の処理を実行する咳嗽能力評価装置11、12、13を構成することができる。
【0088】
また、インターネット等の通信ネットワーク上のサーバ装置が有する記憶装置に当該コンピュータプログラムを格納しておき、通常のコンピュータシステムがダウンロード等することで咳嗽能力評価装置11、12、13を構成してもよい。これにより、遠隔地に居住する複数の被検者の咳嗽能力を容易に評価することが可能となる。
【0089】
例えば、デイケア施設、訪問リハビリテーション、訪問看護等様々な場所で測定された咳嗽音、呼気流量等のデータを、拠点病院で解析して、被験者の咳嗽能力を評価することができる。また、蓄積されたデータに基づいて、呼気流量算出式の係数α、β等を修正し、呼気流量の推定精度を向上させることができる。
【0090】
本発明は上述した各実施の形態に限定されるものではなく、本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される種々の変更によって得られる実施の形態も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は、呼気流量の直接測定が困難な場合の咳嗽能力評価に好適である。また、本発明は、スマートフォン、タブレット等の携帯通信端末を使った咳嗽能力の遠隔診断支援システムに応用可能である。
【符号の説明】
【0092】
11,12,13 咳嗽能力評価装置、15 咳嗽能力評価システム、20 制御部、201 音声入力制御部、202 評価部、31 記憶部、32 音声入力部、33 表示部、34 操作部、35 通信部、41 評価情報データベース、61 CPU、62 主記憶部、63 外部記憶部、64 操作部、65 マイクロフォン、66 ディスプレイ、68 バス