(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-09
(45)【発行日】2022-09-20
(54)【発明の名称】ナトリウムイオン及びカルシウムイオンで中和された分子量分布が狭いアクリル酸ポリマー
(51)【国際特許分類】
C08F 8/44 20060101AFI20220912BHJP
C08F 20/06 20060101ALI20220912BHJP
【FI】
C08F8/44
C08F20/06
(21)【出願番号】P 2019522798
(86)(22)【出願日】2017-10-24
(86)【国際出願番号】 EP2017077147
(87)【国際公開番号】W WO2018082969
(87)【国際公開日】2018-05-11
【審査請求日】2020-10-23
(31)【優先権主張番号】PCT/CN2016/104390
(32)【優先日】2016-11-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】508020155
【氏名又は名称】ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】Carl-Bosch-Strasse 38, 67056 Ludwigshafen am Rhein, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ライフェルト,フェルディナント
(72)【発明者】
【氏名】フェッセンベッカー,アヒム
(72)【発明者】
【氏名】ヘンケス,シュテッフェン
(72)【発明者】
【氏名】ボルディニョン,マッシミリアーノ
(72)【発明者】
【氏名】クルカル-ジーベルト,ヴァンダナ
(72)【発明者】
【氏名】サルヴァス,ラズロ
(72)【発明者】
【氏名】トン,チン フォン
【審査官】中村 英司
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-509053(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0179262(US,A1)
【文献】特表2014-509337(JP,A)
【文献】特表2014-516363(JP,A)
【文献】特開2000-080396(JP,A)
【文献】特表2009-522189(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 20/06
C08F 2/38
C08F 8/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒としての水の中で、連鎖移動剤の存在下、フリーラジカル反応開始剤を用いたフィードモードでのアクリル酸の重合により、
重量平均分子量M
w
の範囲が3500~12000g/molで多分散指数M
w
/M
n
が≦2.5であるアクリル酸ポリマーであって、アクリル酸ポリマーの酸基の30%~60%がカルシウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの酸基の30%~70%がナトリウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの酸基の0%~10%が中和されていない、アクリル酸ポリマー
の水溶液を製造する方法であって、
(i)最初に、水、並びに任意選択で酸性で中和されていない形態のアクリル酸、任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマー、任意選択で連鎖移動剤及び任意選択で
フリーラジカル反応開始剤を投入する工程、
(ii)アクリル酸、任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマー、フリーラジカル反応開始剤水溶液、及び連鎖移動剤を加える工程、
(iii)アクリル酸フィードの終了後、水溶液に塩基を加える工程、
を含み、工程(iii)において、ナトリウムイオンを含む塩基及びカルシウムイオンを含む塩基を、アクリル酸ポリマーの酸基の30%~60%がカルシウムイオンで中和され、アクリル酸ポリマーの
酸基の30%~70%がナトリウムイオンで中和され、アクリル酸ポリマーの酸基の0%~10%が中和されないような量で加え
、連鎖移動剤が次亜リン酸塩である、方法。
【請求項2】
アクリル酸ポリマーの酸基の40%~60%がカルシウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの酸基の40%~60%がナトリウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの酸基の0%~10%が中和されていない、請求項1に記載の
方法。
【請求項3】
多分散指数M
w/M
nが1.5~2.2である、請求項1又は2に記載の
方法。
【請求項4】
工程(iii)において、最初にカルシウムイオンを含む塩基を、次にナトリウムイオンを含む塩基を加える、請求項
1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
ナトリウムイオンを含む塩基が水酸化ナトリウム及び炭酸ナトリウムから選択される、請求項
1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
カルシウムイオンを含む塩基が水酸化カルシウム及び炭酸カルシウムから選択される、請求項
1~5のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナトリウムイオン及びカルシウムイオンで中和された分子量分布が狭いアクリル酸ポリマー、アクリル酸ポリマーを製造する方法、並びに固体の水性懸濁液中の分散剤としてのそれらの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
水性炭酸カルシウム懸濁液は通常、ポリカルボキシラートを粉砕助剤として使用する炭酸カルシウムの湿式粉砕により製造される。このような炭酸カルシウム懸濁液は、製紙及び染料産業における充填剤及び白色顔料として使用される。優れた性能特性のためには、粉砕顔料の粉末度が高いことが必要であり、これが最小粉砕時間内に達成されなければならない。幅広い工業的用途を保証するため、スラリーとも呼ばれる懸濁液は、高い固形分含有量と同時に、優れたポンプ圧送性及び貯蔵安定性の両方を備える必要がある。多くの場合、粉砕操作及び後処理の間には数日から数週間の貯蔵及び輸送期間があり、この期間中は懸濁液をポンプ圧送可能なままにしておく必要があるため、貯蔵安定性は重要である。
【0003】
フリーラジカル重合により製造される低分子量ポリアクリル酸は、分散特性が優れていることが知られている。優れた効果のためには、これらポリマーの平均分子量(Mw)は<50000g/molでなければならない。多くの場合、Mw<20000g/molのポリアクリル酸が特に効果的である。
【0004】
特許文献1にはアクリル酸ポリマーを製造する方法が記載されており、ここでは重合実施前にアクリル酸の一部を水酸化カルシウムで中和している。特許文献2には、平均分子量が5000~30000g/molであり、イオウ含有有機末端基を備え、アルカリ金属水酸化物又はアンモニアで少なくとも部分的に中和された、炭酸カルシウム用の粉砕助剤としてのポリアクリル酸の使用が記載されている。
【0005】
特許文献3には、顔料懸濁液として使用される水性ミネラル懸濁液製造用の粉砕助剤としての、部分的に中和されたアクリル酸ポリマーが記載されている。アクリル酸ポリマーの酸基の40%~80%が、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン又は多価カチオンで中和されている。
【0006】
特許文献4及び5には、マグネシウムイオン及びナトリウムイオンで中和された、ミネラル懸濁液製造用の粉砕分散助剤としてのアクリル酸ポリマー及びコポリマーが記載されている。特許文献4によれば、この目的のために、分画により得られる、比粘度が0.3~0.8で重量平均分子量が1000~10000g/molであるポリマー分画を使用する。
【0007】
特許文献6には、イオウ含有有機系分子量調整剤(organic molecular weight regulators)を使用した、RAFT重合による、低多分散指数(PDI)のポリアクリル酸の製造が開示されている。生成物は水性ミネラル懸濁液用の粉砕助剤として使用することができる。
【0008】
特許文献7には、固形分含有量が少なくとも60wt%である炭酸カルシウム、カオリン、粘土、タルク及び金属酸化物の水性スラリー製造用の分散剤としての、分子量Mwが2000~5800g/molであるホスホナート末端ポリアクリル酸が開示されている。
【0009】
特許文献8には、溶媒としての水の中で、次亜リン酸塩の存在下、ペルオキソ二硫酸塩を反応開始剤としたフィードモードにて、アクリル酸の重合によりアクリル酸ポリマー水溶液を製造する方法が記載されており、ここでは、水及び任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマーを最初に投入し、酸性の中和されていない形態のアクリル酸、任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマー、ペルオキソ二硫酸塩水溶液及び次亜リン酸塩水溶液を連続的に加え、総モノマー含有量に対するコモノマー含有量は30wt%を超えない。総リン含有量の少なくとも76%がポリマー鎖内に結合したホスフィナート基の形態であることは、得られたアクリル酸ポリマー固有の特徴である。
【0010】
特許文献9は、溶媒としての水の中で、次亜リン酸塩の存在下、フリーラジカル反応開始剤を用いたフィード操作にて、アクリル酸の重合によりアクリル酸ポリマー水溶液を製造する方法であって、
(i)最初に水及び任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマーを投入する工程、
(ii)酸性の中和されていない形態のアクリル酸、任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマー、フリーラジカル反応開始剤水溶液及び次亜リン酸塩水溶液を連続的に加える工程、
(iii)アクリル酸フィードの終了後、水溶液に塩基を加える工程、
を含み、総モノマー含有量に対するコモノマー含有量は30wt%を超えず、3つの連続したフィード期間ΔtI、ΔtII及びΔtIIIからなる総フィード時間中に次亜リン酸塩水溶液を加え、第2のフィード期間ΔtIIにおける平均のフィード速度は第1及び第3のフィード期間ΔtI、ΔtIIIの平均のフィード速度よりも大きい、方法について記載している。
【0011】
特許文献8及び9にしたがって得られる水溶液及びそこから得られるアクリル酸ポリマーは、CaCO3、カオリン、タルク、TiO2、ZnO、ZrO2、Al2O3又はMgOの水性固体分散液における分散剤として使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】独国特許出願公開第4004953号明細書
【文献】独国特許出願公開第10311617号明細書
【文献】米国特許第4,840,985号明細書
【文献】米国特許第5,432,238号明細書
【文献】米国特許第5,432,239号明細書
【文献】米国特許第7,956,211号明細書
【文献】欧州特許出願公開第1074293号明細書
【文献】国際公開第2012/104401号
【文献】国際公開第2012/104304号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ポリマーを使用するにもかかわらず、懸濁液の貯蔵安定性には依然として限界がある。わずか数日後、特に1~2週間後には粘度が著しく増加するため、その後懸濁液をポンプ圧送して処理するのは、とにかく非常に難しい。同時に懸濁液は、固形分が沈降する結果、分離して沈降物を形成し得る。より長期間の貯蔵安定性があれば、ミネラル懸濁液に関連するロジスティクスが明確に簡略化されると考えられる。
【0014】
対処する問題は、数週間の貯蔵期間の後でさえ依然としてポンプ圧送可能な、低粘度で貯蔵安定性のある懸濁液を与える、ミネラル懸濁液製造用、特に炭酸カルシウム懸濁液製造用の分散及び粉砕助剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
重量平均分子量Mwの範囲が3500~12000g/molで多分散指数Mw/Mnが≦2.5であるアクリル酸ポリマーであって、アクリル酸ポリマーの酸基の30%~60%がカルシウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの30%~70%がナトリウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの酸基の0%~10%が中和されていない、アクリル酸ポリマーにより問題を解決した。
【0016】
好ましくは、アクリル酸ポリマーの酸基の40%~60%がカルシウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの酸基の40%~60%がナトリウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの酸基の0%~10%は中和されていない。好ましくは多分散指数Mw/Mnが≦2.3であり、より好ましくは1.5~2.2である。アクリル酸ポリマーの酸基は、アクリル酸によりポリマー内に導入された酸基及び同様に使用される任意の酸性コモノマーによりポリマー内に導入された酸基を含む。
【0017】
驚くべきことに、重量平均分子量が3500~12,000g/molでありかつ分子量分布が狭く、酸基の30%~60%がカルシウムイオンで中和されており、酸基の30%~70%がナトリウムイオンで中和されており、酸基の10%以下が中和されていないアクリル酸ポリマーを分散剤として使用することで、3週間の貯蔵期間の後でさえ依然として低粘度かつポンプ圧送性がきわめて優れた炭酸カルシウム懸濁液が得られることが見出された。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のアクリル酸ポリマーは、アクリル酸の、任意選択のコモノマーとのフリーラジカル重合により得られる。ポリアクリル酸製造用の公知のいかなるフリーラジカル重合方法でも実施することが可能である。水中、有機溶媒中又は水及び有機溶媒の混合物中での溶液重合が好ましい。水中での重合が特に好ましい。得られたアクリル酸ポリマーの分画、例えば沈降により、分子量分布が狭いアクリル酸ポリマーを得ることができる。本発明にしたがって中和されたアクリル酸ポリマーは、ナトリウムイオンを含む塩基及びカルシウムイオンを含む塩基を、酸性形態のアクリル酸のフリーラジカル重合により製造された中和されていないアクリル酸ポリマーの溶液に、酸基の30%~60%がカルシウムイオンで中和され、酸基の30%~70%がナトリウムイオンで中和され、酸基の10%以下が中和されないような量で加えることによって得られる。
【0019】
一般に、分子量分布が狭いアクリル酸ポリマー水溶液は、溶媒としての水の中で、連鎖移動剤の存在下、フリーラジカル反応開始剤を用いたフィードモードでのアクリル酸の重合により得られる。
【0020】
本出願はさらに、溶媒としての水の中で、連鎖移動剤の存在下、フリーラジカル反応開始剤を用いたフィードモードでのアクリル酸の重合により、重量平均分子量Mwの範囲が3500~12000g/molで多分散指数Mw/Mnが≦2.5であり、アクリル酸ポリマーの酸基の30%~60%がカルシウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの30%~70%がナトリウムイオンで中和されており、アクリル酸ポリマーの酸基の0%~10%が中和されていないアクリル酸ポリマー水溶液を製造する方法であって、
(i)最初に、水、並びに任意選択で酸性の中和されていない形態のアクリル酸、任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマー、任意選択で連鎖移動剤及び任意選択で反応開始剤を投入する工程、
(ii)アクリル酸、任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマー、フリーラジカル反応開始剤水溶液、及び連鎖移動剤を加える工程、
(iii)アクリル酸フィードの終了後、水溶液に塩基を加える工程、
を含み、工程(iii)において、ナトリウムイオンを含む塩基及びカルシウムイオンを含む塩基を、アクリル酸ポリマーの酸基の30%~60%がカルシウムイオンで中和され、アクリル酸ポリマーの30%~70%がナトリウムイオンで中和され、アクリル酸ポリマーの酸基の0%~10%が中和されないような量で加える、方法を提供する。
【0021】
好ましくは、工程(iii)において、最初にカルシウムイオンを含む塩基を、次にナトリウムイオンを含む塩基を加える。
【0022】
ナトリウムイオンを含む好ましい塩基は、水酸化ナトリウム及び炭酸ナトリウムである。水酸化ナトリウムが特に好ましい。
【0023】
カルシウムイオンを含む好ましい塩基は、水酸化カルシウム及び炭酸カルシウムである。水酸化カルシウムが特に好ましい。水酸化カルシウムは、好ましくは固形分含有量が例えば20wt%である水性水酸化カルシウム懸濁液である「石灰乳」の形態で使用する。
【0024】
好適な重合反応開始剤は、公知の反応開始剤、例えば無機又は有機過化合物であり、ペルオキソ二硫酸塩、過酸化物、ヒドロペルオキシド及び過酸エステル、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物、並びに有機及び無機成分を用いた酸化還元系等である。好ましい反応開始剤は、ペルオキソ二硫酸塩及び過酸化水素である。
【0025】
アクリル酸ポリマーの製造に使用する連鎖移動剤は、イオウ含有連鎖移動剤及びリン含有連鎖移動剤である。メルカプトエタノール、亜硫酸水素塩及び次亜リン酸塩が好ましい。特に好ましい連鎖移動剤は、次亜リン酸塩である。
【0026】
次亜リン酸塩は、次亜リン酸の形態で又は次亜リン酸の塩の形態で使用できる。ポリマー溶液中の連鎖移動剤の残留含有量を最小化することが可能なフィードモードでの重合が好ましい。好適なフィード方法は、国際公開第2012/104401号及び国際公開第2012/104304号に記載されている。
【0027】
フィード方法においては、溶媒、一般には水を含む高温の初期槽投入材料に、総量m1のアクリル酸をある期間(t1-t1.0)にわたって、総量m2のフリーラジカル反応開始剤溶液をある期間(t2-t2.0)にわたって、総量m3の連鎖移動剤溶液をある期間(t3-t3.0)にわたって、一定の又は変動する計量速度で加える。重合は(t4-t4.0)の期間内に撹拌槽内で起こる。t1.0、t2.0及びt3.0は各フィードの開始を定め、t4.0は重合の開始を定めている。時点t1はアクリル酸の計量添加の終わり、t2は反応開始剤の計量添加の終わり、t3は連鎖移動剤の計量添加の終わり、t4は、t1~t4に起こる、後重合を含む重合の終わりである。
【0028】
分子量分布がきわめて狭いアクリル酸ポリマー水溶液は、溶媒としての水の中で、次亜リン酸塩の存在下、フリーラジカル反応開始剤を用いたフィードモードでのアクリル酸の重合により得ることができ、
(i)最初に、水、並びに任意選択で酸性の中和されていない形態のアクリル酸、任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマー、任意選択で次亜リン酸塩水溶液及び任意選択で反応開始剤を投入する工程、
(ii)アクリル酸、任意選択で1種以上のエチレン性不飽和コモノマー、フリーラジカル反応開始剤水溶液、及び次亜リン酸塩水溶液を加える工程、
(iii)アクリル酸フィードの終了後、水溶液に塩基を加える工程、
を含み、総モノマー含有量に対するコモノマー含有量は30wt%を超えず、少なくとも75%のアクリル酸が変換される期間にわたって、アクリル酸と、フリーラジカルにより引き抜き可能な(free-radically abstractable)リン結合水素とのモル比x[AA]/[P-H]が、±0.5以内で一定でかつ0.8~2の範囲の値xであるように、アクリル酸、フリーラジカル反応開始剤水溶液及び次亜リン酸塩水溶液を加える。
【0029】
したがって本発明によると、少なくとも75%のアクリル酸が変換される期間にわたって、アクリル酸と、フリーラジカルにより引き抜き可能なリン結合水素とのモル比x[AA]/[P-H]は、0.8±0.5以上(すなわち、この期間にわたり0.3~1.1で変動し得る)であり、かつ2.0±0.5以下(すなわち、この期間にわたり1.5~2.5で変動し得る)である。本発明の好ましい実施形態では、アクリル酸と、フリーラジカルにより引き抜き可能なリン結合水素とのモル比x[AA]/[P-H]は、1.5±0.5である。フリーラジカルにより引き抜き可能なリン結合水素は、使用する次亜リン酸ナトリウム中又はポリマー鎖末端に結合した次亜リン酸塩中に存在する水素-リン共有結合を意味すると理解される。次亜リン酸ナトリウム及び組み込まれた次亜リン酸塩は、対イオンとしてのナトリウムなしの解離した形態で、かつプロトン化形態で、水中に存在し得る。
【0030】
一般に、総量m1のアクリル酸をある期間(t1-t1.0)にわたって、総量m2のフリーラジカル反応開始剤溶液をある期間(t2-t2.0)にわたって、総量m3の次亜リン酸塩水溶液をある期間(t3-t3.0)にわたって、溶媒として水を含む初期投入材料に、一定のもしくは変動する計量速度で連続して、又は不連続に(バッチ式)加える。重合は(t4-t4.0)の期間内に撹拌反応容器内で起こり、時点t4.0は重合の開始を定めている。時点t1はアクリル酸添加の終わりを定め、t2は反応開始剤添加の終わりを定め、t3は連鎖移動剤添加の終わりを定め、t4は、t1~t4の期間における、後重合を含む重合反応の終わりを定める。
【0031】
連鎖移動剤の残留量m3’はポリマーに共有結合(C-P結合)しておらず、したがって以下では無機リンと呼ぶ。それは、使用する連鎖移動剤の形態で、又は例えばホスホン酸、リン酸等の次亜リン酸塩の他の酸化状態で、存在し得る。それぞれ対応する酸化状態の、解離した、プロトン化したかつ構造異性体の形態もまた可能である。無機リンの量m3’及び比率m3’/m3は、次亜リン酸塩連鎖移動剤に関して選択されたフィード時間t3-t3.0の減少に伴い減少する。無機リンの量m3’は、総連鎖移動剤計量時間t3-t3.0内の初期に加えた次亜リン酸塩連鎖移動剤の比率の増加に伴い同様に減少する。m3’はまた、配合物中に計量された連鎖移動剤の総量m3が減少するにつれて減少する。経時平均した連鎖移動剤の計量添加の時点に関する好適な指標は、以下のパラメータである。
【0032】
【数1】
式中、tはt3.0~t3の時間であり、d(t)は時点tでの連鎖移動剤の計量添加速度(単位:質量/時間)である。経時平均した計量添加の時点は、経時平均としての連鎖移動剤総量の添加を表す。
【0033】
本発明の好ましい実施形態では、全フィードを同じ時点t0、すなわちt1.0=t2.0=t3.0=t0で開始する。この特定の場合には、連鎖移動剤の経時平均した計量添加の時点とアクリル酸の総計量時間(t1-t1.0)との比は<0.49であり、より好ましくは<0.47であり、特に0.3~0.47である。加えて、連鎖移動剤の計量添加の平均時点と連鎖移動剤の総計量時間との比は好ましくは<0.5であり、より好ましくは≦0.45であり、特に0.3~0.45である。
【0034】
次亜リン酸塩連鎖移動剤のフィードは、時点t3まで連続して、又は離散量m31、m32、m33等を離散した時点t31、t32、t33等に不連続に実施してよい。
【0035】
プロセスパラメータを制御することにより、あらゆる時点で反応容器中に存在する、フリーラジカルにより引き抜き可能なリン結合水素濃度とアクリル酸濃度とのモル比[AA]/[P-H]を、少なくとも75%のモノマー変換が起こる期間にわたって、(0.8~2.0)±0.5の範囲、好ましくは1.5±0.5の範囲で一定に維持する場合、無機リンの量(m3’)が減少するにもかかわらず分子量分布が一定に保たれるということが見出された。アクリル酸とリン結合水素との比を一定に維持する変換範囲が減少すると、分子量分布は広がる。きわめて狭い分子量分布を得るためには、少なくとも75%というモノマー変換の制限外であっても好ましい値[AA]/[P-H]=1.5±0.5からの偏差は最小でなければならない。75%の変換範囲外の[AA]/[P-H]の値は、常に[AA]/[P-H]=4.5未満でなければならない。
【0036】
存在するアクリル酸の濃度はHPLC、NMR分光法又はGCにより決定することができる。存在するP-H官能基の濃度は31-P{1H}NMR分光法により決定することができる。
【0037】
一般に、フィード方法におけるアクリル酸の総フィード時間は大体80~500分、好ましくは100~400分である。
【0038】
コモノマーは反応混合物中に最初に投入してもよく、一部を最初に投入して一部をフィードとして加えてもよく、又は全てフィードとして加えてもよい。前記コモノマーの一部又は全体をフィードとして加える場合、それらは一般にアクリル酸と同時に加える。
【0039】
一般に水を加え、反応温度、少なくとも75℃、好ましくは90℃~115℃、より好ましくは95℃~105℃にまで加熱する。加えて、初期投入材料中に腐食防止剤として亜リン酸水溶液を含めることが可能である。次に、アクリル酸、並びに任意選択でエチレン性不飽和コモノマー、反応開始剤、及び連鎖移動剤の連続フィードを開始する。アクリル酸は中和されていない酸性形態にて加える。フィードは一般に同時に開始する。反応開始剤としてのペルオキソ二硫酸塩及び連鎖移動剤としての次亜リン酸塩の両方を、それらの水溶液の形態で使用する。次亜リン酸塩を次亜リン酸又はナトリウム塩の形態で使用するのが特に好ましい。次亜リン酸塩はモノマー総量に対して好ましくは3~14wt%の量で使用し、好ましくは4~10wt%であり、より好ましくは5~8wt%である。
【0040】
好ましいフリーラジカル反応開始剤はペルオキソ二硫酸塩である。ペルオキソ二硫酸塩は一般に、ナトリウム、カリウム又はアンモニウム塩の形態で使用する。ペルオキソ二硫酸塩は、モノマー(アクリル酸及び任意選択のコモノマー)総量に対して好ましくは0.5~10wt%の量で使用し、好ましくは0.8~5wt%である。さらに、フリーラジカル反応開始剤として過酸化水素を、例えば50%の水溶液の形態で使用することも可能である。過酸化物及びヒドロペルオキシド並びに還元性化合物に基づく酸化還元反応開始剤、例えば硫化鉄(II)及び/又はヒドロキシメタンスルフィン酸ナトリウム存在下での過酸化水素もまた好適である。
【0041】
反応開始剤フィードの継続時間は、しばしばアクリル酸フィードの継続時間よりも最大50%長い。反応開始剤フィードの継続時間は、好ましくはアクリル酸フィードの継続時間よりも約3~20%長い。連鎖移動剤フィードの総継続時間は、好ましくはアクリル酸フィードの継続時間と等しい。一般に連鎖移動剤フィードの総継続時間は、アクリル酸フィードの継続時間と等しい時間から、アクリル酸フィードの継続時間よりも最大50%短い又は長い時間までである。
【0042】
アクリル酸ポリマーは、全エチレン性不飽和モノマーに対して最大30wt%、好ましくは最大20%、より好ましくは最大10wt%の共重合したエチレン性不飽和コモノマーを含んでよい。好適なエチレン性不飽和コモノマーの例は、メタクリル酸、マレイン酸、無水マレイン酸、ビニルスルホン酸、アリルスルホン酸及び2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸(AMPS)並びにそれらの塩である。これらのコモノマーの混合物もまた、存在してよい。
【0043】
モノマーフィードの継続時間、又は(コモノマーを使用する場合)モノマー類フィードの継続時間は、例えば2~5時間である。例えば全フィードを同時に開始する場合、連鎖移動剤フィードはモノマーフィード終了の10~30分前に終了し、反応開始剤フィードはモノマーフィード終了の10~30分後に終了する。
【0044】
コモノマーを含まないアクリル酸ホモポリマーが特に好ましい。本発明にしたがうと、アクリル酸ポリマーの分子量は3500~12000g/molであり、好ましくは3500~12000g/mol、より好ましくは3500~8000g/molであり、より好ましくは3500~6500g/mol、特に4000~6500g/molである。使用する連鎖移動剤の量を介して、分子量をこれらの範囲以内に制御できる。
【0045】
本発明によれば、アクリル酸ポリマーの多分散指数(PDI)Mw/Mnは≦2.5であり、好ましくは≦2.3であり、より好ましくは1.5~2.2、例えば2.1である。
【0046】
最後にナトリウムイオンを含む塩基及びカルシウムイオンを含む塩基を、アクリル酸ポリマーの酸基の30%~60%がカルシウムイオンで中和され、アクリル酸ポリマーの30%~70%がナトリウムイオンで中和され、アクリル酸ポリマーの酸基の0%~10%が中和されないような量で、得られた酸性アクリル酸ポリマーに加える。
【0047】
酸性アクリル酸ポリマーは、好ましくは水酸化カルシウム及び水酸化ナトリウムで中和される。中和はカルシウムイオンを含む塩基又はナトリウムイオンを含む塩基の添加とともに開始してよい。カルシウムイオンを含む塩基の添加とともに開始するのが好ましい。
【0048】
水酸化カルシウムは、好ましくは石灰乳、すなわち、固形分含有量が例えば20wt%である水性水酸化カルシウム懸濁液の形態で使用し、水酸化ナトリウムは、好ましくは、固形分含有量が例えば50wt%である水溶液の形態で使用する。
【0049】
中和のため、計算量の水性水酸化カルシウム懸濁液を、冷却可能な撹拌槽内の酸性アクリル酸ポリマー水溶液中に撹拌しながらポンプ圧送する。これは、生じる中和熱を吸収するために冷却しながら実施する。第2段階では、計算量の50%水酸化ナトリウム溶液をアクリル酸ポリマー溶液中にポンプ圧送する。これもまた、生じる中和熱を吸収するために冷却しながら実施する。熱の発生が減少し、透明溶液が形成されるまで撹拌を継続する。その後、水を用いて所望の最終濃度とする。
【0050】
固形分含有量が30~60wt%であるアクリル酸ポリマー水溶液が得られる。固形分含有量が35~50wt%であるものが好ましい。これらは、噴霧乾燥又は噴霧造粒により固体の中和されたアクリル酸ポリマーを得るために使用することができる。
【0051】
本発明はまた、水性固体分散液中の分散剤及び粉砕助剤としてのアクリル酸ポリマーの使用、特にCaCO3、カオリン、タルク、TiO2、ZnO、ZrO2、Al2O3又はMgOの水性分散液中での使用に関する。
【0052】
そこから得られるスラリーは、グラフィックペーパー及び塗料用の白色顔料として、セラミック建材製造用の解こう剤として、それ以外の場合熱可塑性樹脂用の充填剤として使用される。
【0053】
本発明のアクリル酸ポリマーを使用するのに特に好ましい分散液(スラリー)は、粉砕した炭酸カルシウムスラリーである。粉砕は水性懸濁液中で連続して又はバッチ式に実施し、好ましくはボールミル中で行う。これらの懸濁液の炭酸カルシウム含有量は一般に≧50wt%であり、好ましくは≧60wt%であり、より好ましくは≧70wt%である。通常はそれぞれの場合において、本発明のアクリル酸ポリマーを、懸濁液中に存在する炭酸カルシウムに対して0.1~2wt%、好ましくは0.3~1.5wt%使用する。好ましくは、粉砕後のこれらの炭酸カルシウムスラリーにおいて、90%~95%の粒子の粒径は2μm未満であり、70%~75%の粒子の粒径は1μm未満である。得られた炭酸カルシウム懸濁液は優れた流動学的特性を示し、数週間貯蔵した後でさえ依然としてきわめて優れたポンプ圧送性を示す。
【0054】
本発明を、次に続く実施例により詳細に例示する。
【実施例】
【0055】
[実施例1~8及び比較例C1~C5]
実施例で使用するポリマーは、反応開始剤として過硫酸ナトリウム及び連鎖移動剤として次亜リン酸ナトリウムを用い、アクリル酸から、溶媒としての水の中でのフィード方法により製造されるポリアクリル酸である。その後、酸性ポリアクリラートを水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム及び/又は水酸化ナトリウムで中和又は部分的に中和した。
【0056】
中和は、冷却可能な撹拌槽中で実施する。この目的のため、最初に計算量の約20%水酸化カルシウム懸濁液又は水酸化マグネシウム懸濁液、次に計算量の約50%水酸化ナトリウム溶液を、撹拌槽中に存在する酸性ポリアクリル酸水溶液内にポンプ圧送する。放出される中和熱を除去するため、操作中は混合物を冷却する。熱の発生が減少し、透明溶液が形成されるまで冷却を継続する。所望の最終濃度とするため、水を加える。
【0057】
本発明のアクリル酸ポリマーは、最初に水酸化カルシウムで、次に水酸化ナトリウムで中和した。
【0058】
ポリアクリル酸の中和レベルは、滴定により決定した。
【0059】
ポリマーの分子量並びに分子量分布の数平均Mn及び重量平均Mwを、ゲル透過クロマトグラフィー(GPC)により決定した。ヒドロキシルエチルメタクリラートコポリマーネットワーク(HEMA)を固定相として使用したGPCにより、ポリアクリル酸ナトリウム標準に対して、pH7に緩衝化したアクリル酸ポリマー水溶液の分子量分布を決定した。実施例にて製造及び使用した、(部分的に)中和したアクリル酸ポリマーを表1に示す。
【0060】
【0061】
ポリアクリラート溶液を、それらのスラリー製造用分散剤としての適合性に関して試験した。この目的のため、それぞれの場合において、Dispermat中で炭酸カルシウム(大理石粉末、Imerys)を粉砕した。この目的のため、それぞれの場合において、炭酸カルシウム300g及びセラミックビーズ600gを混合し、1Lのジャケット付槽中に最初に投入した。その後、試験すべきポリアクリラートの希釈水溶液100gを加えた。粉砕はDispermat AE04-C1型(Getzmann GmbH製)の粉砕アセンブリを使用し、クロスビーム撹拌機(cross-beam stirrer)を用いて1300rpmの速度で実施した。顔料のうち73%の粒径(PSD)が1μm未満(Malvernのマスターサイザー3000)となったらすぐに、粉砕を終了した(約60分後)。粉砕後、セラミックビーズを除去するため、スラリーを磁器製吸引漏斗(porcelain suction funnel)を使用して780μmフィルターに通してろ過し、スラリーの固形分含有量を77%に調整した。スラリーの粘度を1日後、1週間後、2週間後及び3週間後に測定した。
【0062】
ポリマーの開始重量を、固体炭酸カルシウムに対する分散剤有効成分のwt%(wt/wt%)で報告する。結果を表2に示す。
【0063】
【0064】
本発明のアクリル酸ポリマーを用いて製造した炭酸カルシウムスラリーの粘度は、同量の分散剤を含む比較ポリマーを用いて製造した炭酸カルシウムスラリーの粘度よりも、3週間の全期間にわたりきわめて低い。
【0065】
[実施例9及び比較例C10、C11]
アルカリ性炭酸カルシウム分散液は貯蔵中、空気から二酸化炭素を吸収する。二酸化炭素は溶解した炭酸カルシウムと反応して炭酸水素カルシウムを生じ、これにより分散液のpHが低下し、粘度が増加するに至る。CO2吸収時の炭酸カルシウム分散液の粘度に対する分散剤の効果をシミュレートするため、様々な量の炭酸水素ナトリウムを種々のポリアクリラートにより安定化されたスラリーに加えた。添加後、すぐにスラリーの粘度を測定した。炭酸水素ナトリウムは10重量%溶液として加えた。量は、スラリー中の固体炭酸カルシウムに対する固体NaHCO3のwt%として表中で報告する。スラリーは各々、0.8%(wt/wt%)のポリアクリラートにより安定化した。結果を表3に示す。
【0066】
【0067】
本発明のポリマー7並びに比較ポリマー3及び5は分子量分布が狭いものであった(PDI=2.1)。NaHCO3溶液添加後の粘度上昇が最も少なかったのは、カルシウム及びナトリウムイオンで中和されたポリアクリラート(ポリマー7)により安定化された炭酸カルシウムスラリーであった。
【0068】
したがってカルシウム及びナトリウムイオンで中和されたポリアクリラートは、CO2吸収の結果としてのスラリーのエイジングに対して、ナトリウムイオンのみで中和されたポリアクリラート(ポリマー3)又はナトリウム及びマグネシウムイオンで中和されたポリアクリラート(ポリマー5)よりも、炭酸カルシウムスラリーをより安定化する。