(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-12
(45)【発行日】2022-09-21
(54)【発明の名称】陽極酸化チタン材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/26 20060101AFI20220913BHJP
H01L 21/3065 20060101ALI20220913BHJP
H01L 21/683 20060101ALI20220913BHJP
【FI】
C25D11/26 302
H01L21/302 101G
H01L21/68 R
(21)【出願番号】P 2018151769
(22)【出願日】2018-08-10
【審査請求日】2021-08-04
(73)【特許権者】
【識別番号】509164164
【氏名又は名称】地方独立行政法人山口県産業技術センター
(73)【特許権者】
【識別番号】594059293
【氏名又は名称】下関鍍金株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000219967
【氏名又は名称】東京エレクトロン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【氏名又は名称】山本 典輝
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【氏名又は名称】岸本 達人
(72)【発明者】
【氏名】村中 武彦
(72)【発明者】
【氏名】新見 孝二
(72)【発明者】
【氏名】上野 雄大
(72)【発明者】
【氏名】菊地 晃
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 秀翔
(72)【発明者】
【氏名】長山 将之
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0153112(US,A1)
【文献】特開2008-184652(JP,A)
【文献】特表2016-537506(JP,A)
【文献】特開2012-057253(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0320089(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101781788(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/00-11/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン母材と、
前記チタン母材の表面に設けられた陽極酸化チタン層と
を備え、
前記陽極酸化チタン層は、
多孔質である、第1の陽極酸化チタン層
を含み、
前記陽極酸化チタン層は、25℃における耐電圧500V以上、ビッカース硬度200以上、膜厚20μm以上80μm未満、表面の算術平均粗さRaが1.6μm未満、表面の最大高さ粗さRzが6.3μm未満であり、
前記第1の陽極酸化チタン層が、前記陽極酸化チタン層の表面に交差する方向に延在する管状の細孔を複数備えてなり、
前記第1の陽極酸化チタン層の厚さ方向に垂直な断面および表面のいずれにおいても、直径0.5μm以上の円を包含できる形状を有する細孔断面が観察されないことを特徴とする、陽極酸化チタン材。
【請求項2】
前記陽極酸化チタン層は、150℃における耐電圧が、25℃における耐電圧よりも高い、
請求項
1に記載の陽極酸化チタン材。
【請求項3】
前記陽極酸化チタン層は、
前記チタン母材と前記第1の陽極酸化チタン層との間に設けられた、第2の陽極酸化チタン層
をさらに含み、
前記第2の陽極酸化チタン層中のフッ素含有量(単位:原子%)が、前記第1の陽極酸化チタン層中のフッ素含有量(単位:原子%)よりも低い、
請求項1
又は2に記載の陽極酸化チタン材。
【請求項4】
チタン以外の金属からなる金属母材をさらに備え、
前記チタン母材は、前記金属母材の表面に設けられている、
請求項1~
3のいずれかに記載の陽極酸化チタン材。
【請求項5】
真空機器の部材であって、前記陽極酸化チタン層がプラズマ雰囲気に暴露される部材として用いられる、
請求項1~
4のいずれかに記載の陽極酸化チタン材。
【請求項6】
プラズマエッチング装置に用いられる静電チャックであって、
請求項1~
4のいずれかに記載の陽極酸化チタン材を備え、
前記陽極酸化チタン層が前記静電チャックの最表面に設けられ且つプラズマ雰囲気に暴露される、
プラズマエッチング装置用静電チャック。
【請求項7】
プラズマエッチング装置に用いられるクーリングプレートであって、
請求項1~
4のいずれかに記載の陽極酸化チタン材と、
前記クーリングプレートの内部に設けられ、冷媒を流通させる、冷媒流路と、
を備え、
前記陽極酸化チタン層が前記クーリングプレートの最表面に設けられている、
プラズマエッチング装置用クーリングプレート。
【請求項8】
プラズマエッチング装置に用いられるシャワーヘッドであって、
請求項1~
4のいずれかに記載の陽極酸化チタン材を備えてなり、内部空間を画定する、壁部材を備え、
前記壁部材は、少なくとも底面を備え、
前記壁部材は、
前記内部空間にプラズマエッチングの処理ガスを流入させる、ガス導入口と、
前記底面に設けられ、前記内部空間から前記処理ガスを流出させる、複数のガス吐出孔と
を備え、
少なくとも前記複数のガス吐出孔の内周面において前記陽極酸化チタン層が露出している、
プラズマエッチング装置用シャワーヘッド。
【請求項9】
陽極酸化チタン材の製造方法であって、
(a)表面にチタンを有する被処理材を準備する工程と、
(b)前記被処理材を陽極酸化する工程と
を含み、
前記工程(b)は、
(b1)前記被処理材を、第1の電解液中で陽極酸化する工程
を含み、
前記工程(b1)において、
前記第1の電解液は、水と均一に混合可能な非水溶媒と、フッ化物イオン源とを含み、さらに水を含むか又は水を含有せず、
前記第1の電解液の温度が10℃以下であり、
電解電圧が200V以下であり、
前記被処理材に対する前記第1の電解液の相対流速が、1cm/秒以上5cm/秒以下であることを特徴とする、陽極酸化チタン材の製造方法。
【請求項10】
前記第1の電解液が、
前記非水溶媒として、エチレングリコールを電解液全量基準で88~97質量%と、
水を電解液全量基準で1~10質量%と
前記フッ化物イオン源を電解液全量基準でフッ素原子換算で2000~5000質量ppmと
を含む、請求項
9に記載の陽極酸化チタン材の製造方法。
【請求項11】
前記工程(b)が、
(b2)前記工程(b1)を経た前記被処理材を、フッ化物イオン源の濃度がフッ素原子換算で10質量ppm以下であるか又はフッ化物イオン源を含有しない第2の電解液中で陽極酸化する工程
をさらに含み、
前記工程(b2)において、
前記第2の電解液の温度が70℃以下であり、
電解電圧が200V以下であり、
前記被処理材に対する前記第2の電解液の相対流速が、1cm/秒以上5cm/秒以下である、
請求項
9又は10に記載の陽極酸化チタン材の製造方法。
【請求項12】
前記第2の電解液が、
エチレングリコールを電解液全量基準で89.9~99.6質量%と、
過酸化水素を電解液全量基準で0.1~3質量%と、
水を電解液全量基準で0.3~10質量%と
を含む、
請求項
11に記載の陽極酸化チタン材の製造方法。
【請求項13】
前記工程(a)が、
チタン以外の金属母材の表面に、チタン層を形成する工程
を含む、請求項
9~12のいずれかに記載の陽極酸化チタン材の製造方法。
【請求項14】
(c)前記工程(b)で形成された陽極酸化チタン層の表面を研磨する工程
をさらに含む、請求項
9~13のいずれかに記載の陽極酸化チタン材の製造方法。
【請求項15】
前記陽極酸化チタン材が、請求項1~4のいずれかに記載の陽極酸化チタン材である、
請求項
9~14のいずれかに記載の陽極酸化チタン材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽極酸化チタン材及びその製造方法に関し、より詳しくは、例えばプラズマエッチング装置の静電チャック等に好ましく用いることのできる、向上した耐電圧性を有する陽極酸化チタン材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体素子を製造するためのエッチング方法として、プラズマエッチング法が知られている。プラズマエッチング法では、真空チャンバ内でエッチングガスをプラズマ化し、プラズマ化により生成したイオン及び/又はラジカルにより半導体基板をエッチングする。プラズマエッチング装置は、真空チャンバと、真空チャンバ内に配置された、半導体基板を載置する支持台(サセプタ)と、サセプタに対向して真空チャンバ内に配置された上部電極とを備えている。サセプタは下部電極を備えている。また上部電極は、真空チャンバ内にエッチングガスを導入するための孔(ガス導入孔)を備えている。半導体基板のプラズマエッチングを行うにあたっては、半導体基板をサセプタ上に保持した状態で、ガス導入孔から真空チャンバ内にエッチングガスを導入し、下部電極と上部電極との間に高周波電圧を印加することによりプラズマを発生させる。
【0003】
プラズマエッチングが行われる間半導体基板をサセプタ上に保持し続けるために、サセプタは静電チャックを備えている。一般に静電チャックは、電極と、電極の上側に配置された誘電層(絶縁層)とを備えており、誘電層の上に半導体基板が載置され、電極に所定の直流電圧が印加されることにより半導体基板が静電チャックに吸着保持される。例えばクーロン力型の静電チャックにおいては、電極に印加された電荷に対して半導体基板が静電誘導または誘電分極を起こすことにより帯電し、電極の電荷と半導体基板の電荷との間に吸着力(クーロン力)が発生する。また例えばジョンソン・ラーベック力型の静電チャックにおいては、電極に印加された電荷が誘電層を通って誘電層最表面に移動し、この電荷に対して半導体基板が静電誘導または誘電分極を起こすことにより帯電して、静電チャックの電荷と半導体基板の電荷との間に吸着力(ジョンソン・ラーベック力)が発生する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2005-136350号公報
【文献】特開2008-066707号公報
【文献】特開2014-053481号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Albu, S. P.; Ghicov, A.; Macak, J. M.; and Schmuki, P., Phys. Stat. Sol. (RRL) 1, No. 2, R65-R67 (2007).
【文献】Ghicov, A.; and Schmuki, P., Chem. Commun., 2009, 2791-2808.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
プラズマエッチング装置に用いられる静電チャックには、高い耐電圧性、すなわち誘電層が絶縁破壊を起こさないことが求められる。静電チャックの絶縁層(誘電層)の材質としては、アルミナ(Al2O3)を用いることが知られている。絶縁層にアルミナを用いる場合、その下の電極や基材としてはアルミニウムを用いることが一般的であるが、アルミナとアルミニウムとでは熱膨張係数に大きな差がある。そのため電極温度が上昇するとアルミナとアルミニウムとの熱膨張率の違いにより絶縁層に大きな応力が加わり、絶縁層にクラックが生じやすい。
【0007】
酸化物層と母材との熱膨張係数の差が小さい代替の材料系として、酸化チタン/チタン系を用いることが考えられる。絶縁層の耐電圧性を高めるためには絶縁層が十分な均一性および層厚みを有することが必要である。また絶縁層の均一性は、静電チャックに求められる表面平滑性を得るためにも重要である。均一性の高い酸化チタン層を形成する手法としてはチタンの陽極酸化が知られている。しかしながら、プラズマエッチング用の静電チャックの絶縁層として十分な耐電圧性を有する陽極酸化チタン層を形成することは極めて困難であり、そのような例は今まで報告されていない。非特許文献1には、チタンの陽極酸化によって六角形状に自己組織化したTiO2ナノチューブからなる厚さ250μmの層(すなわち陽極酸化チタン層。)を成長させたと記載されているが、本発明者が追試を行ったところでは、非特許文献1に開示された条件では、厚さ20μmを超える陽極酸化チタン層を得ることすらできなかった。
【0008】
本発明は、向上した耐電圧性を有する陽極酸化チタン材を提供することを課題とする。また、該陽極酸化チタン材の製造方法を提供する。また、該陽極酸化チタン材を備えるプラズマエッチング装置用静電チャックを提供する。また、該陽極酸化チタン材を備えるプラズマエッチング装置用クーリングプレートを提供する。また、該陽極酸化チタン材を備えるプラズマエッチング装置用シャワーヘッドを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様は、チタン母材と、前記チタン母材の表面に設けられた陽極酸化チタン層とを備え、前記陽極酸化チタン層は、多孔質である第1の陽極酸化チタン層を含み、前記陽極酸化チタン層は、25℃における耐電圧500V以上、ビッカース硬度200以上、膜厚20μm以上80μm未満、表面の算術平均粗さRaが1.6μm未満、表面の最大高さ粗さRzが6.3μm未満であり、前記第1の陽極酸化チタン層の厚さ方向に垂直な断面および表面のいずれにおいても、直径0.5μm以上の円を包含できる形状を有する細孔断面が観察されないことを特徴とする、陽極酸化チタン材である。
【0010】
本発明において、陽極酸化チタン層の耐電圧は、母材と陽極酸化チタン層表面との間に、直流電圧を、陽極酸化チタン層が絶縁破壊するまで昇圧しながら印加し、陽極酸化チタン層が絶縁破壊しなかった最後の印加電圧として測定される耐電圧を意味する。なお、この方法により測定される耐電圧は、JIS H8687に準拠して、一定の速度で昇圧する交流電圧を母材と陽極酸化チタン層表面との間に印加して、陽極酸化チタン層が絶縁破壊する時点の電圧として同一温度で測定される耐電圧とほぼ一致する。また表面の算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRzは、それぞれJIS B0601に規定される算術平均粗さおよび最大高さ粗さを意味する。
【0011】
本発明において、陽極酸化チタン層の膜厚は、渦電流式膜厚計(例えばヘルムート・フィッシャー社製MP2/O型等。)により測定できる。
また「第1の陽極酸化チタン層の厚さ方向に垂直な断面および表面のいずれにおいても、直径0.5μm以上の円を包含できる形状を有する細孔断面が観察されない」ことは、陽極酸化チタン材の、陽極酸化チタン層表面の走査電子顕微鏡(SEM)像および陽極酸化チタン層を研磨した表面のSEM像のいずれにおいても、直径0.5μm以上の円を包含できる形状を有する細孔断面(開口部)が観察されないことにより判断できる。該SEM観察の条件は、例えば加速電圧:5.0kV、検出モード:反射電子検出、倍率:10,000倍、とすることができる。なお陽極酸化チタン層表面のSEM像における「細孔断面」とは、「細孔の開口部」と同義である。
【0012】
本発明の第1の態様において、第1の陽極酸化チタン層が、前記陽極酸化チタン層の表面に交差する方向に延在する管状の細孔を複数備えてなることが好ましい。
【0013】
本発明の第1の態様において、陽極酸化チタン層は、150℃における耐電圧が、25℃における耐電圧よりも高いことが好ましい。
【0014】
本発明の第1の態様において、陽極酸化チタン層が、前記チタン母材と前記第1の陽極酸化チタン層との間に設けられた第2の陽極酸化チタン層をさらに含み、前記第2の陽極酸化チタン層のフッ素含有量(単位:原子%)が前記第1の陽極酸化チタン層のフッ素含有量(単位:原子%)よりも低いことが好ましい。
【0015】
本発明において、第1の陽極酸化チタン層および第2の陽極酸化チタン層のフッ素含有量(単位:原子%)は、エネルギー分散型X線分光(EDS)により測定できる。各陽極酸化チタン層のフッ素含有量を測定するにあたってのEDSの測定条件は、例えば加速電圧15.0kVとすることができる。
【0016】
本発明の第2の態様は、プラズマエッチング装置に用いられる静電チャックであって、本発明の第1の態様に係る陽極酸化チタン材を備え、前記陽極酸化チタン層が前記静電チャックの最表層に設けられ且つプラズマ雰囲気に暴露される、プラズマエッチング装置用静電チャックである。
【0017】
本発明の第3の態様は、プラズマエッチング装置に用いられるクーリングプレートであって、本発明の第1の態様に係る陽極酸化チタン材と、前記クーリングプレートの内部に設けられ冷媒を流通させる冷媒流路と、を備え、前記陽極酸化チタン層が前記クーリングプレートの最表面に設けられている、プラズマエッチング装置用クーリングプレートである。
【0018】
本発明の第4の態様は、プラズマエッチング装置に用いられるシャワーヘッドであって、本発明の第1の態様に係る陽極酸化チタン材を備えてなり、内部空間を画定する、壁部材を備え、前記壁部材は、少なくとも底面を備え、前記壁部材は、前記内部空間にプラズマエッチングの処理ガスを流入させるガス導入口と、前記底面に設けられ前記内部空間から前記処理ガスを流出させる複数のガス吐出孔とを備え、少なくとも前記複数のガス吐出孔の内周面において前記陽極酸化チタン層が露出している、プラズマエッチング装置用シャワーヘッドである。
【0019】
本発明の第5の態様は、陽極酸化チタン材の製造方法であって、(a)表面にチタンを有する被処理材を準備する工程と、(b)前記被処理材を陽極酸化する工程とを含み、前記工程(b)は、(b1)前記被処理材を、第1の電解液中で陽極酸化する工程を含み、前記工程(b1)において、前記第1の電解液は、水と均一に混合可能な非水溶媒と、フッ化物イオン源とを含み、さらに水を含むか又は水を含有せず、前記第1の電解液の温度が10℃以下であり、電解電圧が200V以下であり、前記被処理材に対する前記第1の電解液の相対流速が、1cm/秒以上5cm/秒以下であることを特徴とする、陽極酸化チタン材の製造方法である。
【0020】
本発明において、上記相対流速は、被処理材に到達する直前の、電解液の被処理材に対する相対速度を意味する。被処理材(の陽極酸化すべき表面)に到達する直前の位置(例えば2cm手前)における電解液の流速を、電磁式流速計(例えば三次元電磁式流速計ACM3-RS(JFEアドバンテック社製)、三次元電磁式流速計VM-1001及びVMT3-200-13P(株式会社ケネック製)、電磁式微流速計VM-801L及びVMT2-50-08PS(株式会社ケネック製)、ならびに電磁式流速計VP2500及びVPT2-200-08CA(株式会社ケネック製)等。)やレーザードップラー流速計(例えばPowerSight(TSI社製)、FiberFlow、FlowLite、及びFlowExplorer(いずれもDantec Dynamics社製)、並びに2D-FLV System 8835、及びSmart LDVIII(いずれも日本カノマックス株式会社製)等。)等の公知の流速計の測定ヘッド又はプローブを当該位置に配置して測定することにより、相対流速を測定できる。
【0021】
本発明の第5の態様において、前記工程(b)が、(b2)前記工程(b1)を経た前記被処理材を、フッ化物イオン源の濃度がフッ素原子換算で10質量ppm以下であるか又はフッ化物イオン源を含有しない第2の電解液中で陽極酸化する工程をさらに含み、前記工程(b2)において、前記第2の電解液の温度が70℃以下であり、電解電圧が200V以下であり、前記被処理材に対する前記第2の電解液の相対流速が1cm/秒以上5cm/秒以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の第1の態様に係る陽極酸化チタン材は、陽極酸化チタン層が向上した耐電圧性を有するので、チタン母材と陽極酸化チタン層との間に高電圧が印加される用途(例えばプラズマ雰囲気に暴露される用途や、静電チャック等。)に好適に用いることができる。さらに本発明の第1の態様に係る陽極酸化チタン材は十分な硬度および表面平滑性を有するので、真空シール性が要求される真空機器の部材としても好ましく用いることができる。
【0023】
本発明の第2の態様に係るプラズマエッチング装置用静電チャックによれば、本発明の第1の態様に係る陽極酸化チタン材の陽極酸化チタン層を最表層に有しているので、プラズマエッチング処理の条件下でも絶縁破壊を抑制することが可能になる。またチタンと陽極酸化チタンとの熱膨張係数の差が小さいことにより高い耐熱性を有するので、プラズマエッチング処理の条件下でもクラックの発生を抑制することが可能になる。
【0024】
本発明の第3の態様に係るプラズマエッチング装置用クーリングプレートによれば、本発明の第1の態様に係る陽極酸化チタン材の陽極酸化チタン層を最表層に有しているので、プラズマエッチング処理装置において該クーリングプレートに高周波電圧が印加されても絶縁破壊を抑制することが可能になる。またチタンと陽極酸化チタンとの熱膨張係数の差が小さいことにより高い耐熱性を有するので、プラズマエッチング処理の条件下でもクラックの発生を抑制することが可能になる。
【0025】
プラズマエッチング装置用シャワーヘッドにおいて、ガス吐出孔の内周面にはセラミックス溶射膜等の頑強な保護膜を設けることは困難である。本発明の第4の態様に係るプラズマエッチング装置用シャワーヘッドは、壁部材が本発明の第1の態様に係る陽極酸化チタン材を備え、少なくとも複数のガス吐出孔の内周面におい陽極酸化チタン層が露出している。すなわち本発明のプラズマエッチング装置用シャワーヘッドにおいては、少なくともガス吐出孔の内周面において陽極酸化チタン層が保護膜として作用する。上記の通り、本発明の陽極酸化チタン材はチタン母材と陽極酸化チタン層との熱膨張係数の差が小さいことにより高い耐熱性を有するので、プラズマエッチング処理の条件下でも陽極酸化チタン層におけるクラックの発生が抑制される。したがって本発明のプラズマエッチング装置用シャワーヘッドによれば、プラズマエッチング処理の条件下でもガス吐出孔の内周面を適切に保護することが可能になる。
【0026】
本発明の第5の態様に係る陽極酸化チタン材の製造方法によれば、向上した耐電圧性を有する陽極酸化チタン材を製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材の製造方法S100を説明するフローチャートである。
【
図2】本発明の他の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材の製造方法S200を説明するフローチャートである。
【
図3】本発明の他の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材の製造方法S300を説明するフローチャートである。
【
図4】本発明の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材100を模式的に説明する断面図である。
【
図5】本発明の他の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材200を模式的に説明する断面図である。
【
図6】本発明の他の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材300を模式的に説明する断面図である。
【
図7】本発明の一の実施形態に係る静電チャック100’をプラズマエッチング装置1000とともに模式的に説明する断面図である。
【
図8】(A)実施例1において得られた陽極酸化チタン材の断面SEM像である。(B)陽極酸化チタン層の表面SEM像である。
【
図9】実施例1において得られた陽極酸化チタン材の高倍率断面SEM像である。(A)陽極酸化チタン層の表層部の断面SEM像である。(B)陽極酸化チタン層の中心部の断面SEM像である。(C)陽極酸化チタン層とチタン母材との界面近傍の断面SEM像である。
【
図10】実施例1において得られた陽極酸化チタン層の厚さ方向に垂直な断面のSEM像である。(A)表面から比較的浅い箇所の観察結果である。(B)表面から比較的深い箇所の観察結果である。
【
図11】比較例1において得られた陽極酸化チタン材の断面SEM像である。
【
図12】比較例4において得られた陽極酸化チタン材の(A)断面SEM像および(B)表面SEM像である。
【
図13】実施例1及び2において得られた陽極酸化チタン層の耐電圧の温度依存性を示すグラフである。(A)実施例1において得られた陽極酸化チタン層の耐電圧の温度依存性を示すグラフである。(B)実施例2において得られた陽極酸化チタン層の耐電圧の温度依存性を示すグラフである。
【
図14】実施例1及び2において得られた陽極酸化チタン層、並びに比較例5及び6において得られたアルマイト皮膜の単位膜厚あたり耐電圧の温度依存性を示すグラフである。
【
図15】実施例3において得られた陽極酸化チタン材の断面SEM像である。(A)陽極酸化チタン層全体を捉えた断面SEM像である。(B)陽極酸化チタン層とチタン母材との界面近傍の断面SEM像である。
【
図16】実施例3において得られた陽極酸化チタン材の表面SEM像である。
【
図17】実施例3において得られた陽極酸化チタン材の断面SEM像およびEDS測定の電子線照射箇所を示す図である。
【
図18】実施例3において得られた陽極酸化チタン層の断面SEM像、及び、分離された陽極酸化チタン層の表層側および母材側表面のSEM像であって、温度変化に伴う多孔質構造の形態変化を示す図である。左列(A)(D)(G)は最初の室温(26℃)におけるSEM像であり、中央列(B)(E)(H)は150℃におけるSEM像であり、右列(C)(F)(I)は試料温度を室温(26℃)に戻した際のSEM像である。上段(A)(B)(C)は陽極酸化チタン層の表層側の表面のSEM像であり、中段(D)(E)(F)は陽極酸化チタン層の母材側の表面のSEM像であり、下段(G)(H)(I)は陽極酸化チタン層の断面SEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の上記した作用および利得は、以下に説明する発明を実施するための形態から明らかにされる。以下、図面を参照しつつ、本発明の実施の形態について説明する。ただし、本発明はこれらの形態に限定されるものではない。なお、図面は必ずしも正確な寸法を反映したものではない。また図では、一部の符号を省略することがある。本明細書においては特に断らない限り、数値A及びBについて「A~B」という表記は「A以上B以下」を意味するものとする。かかる表記において数値Bのみに単位を付した場合には、当該単位が数値Aにも適用されるものとする。また「又は」及び「若しくは」の語は、特に断りのない限り論理和を意味するものとする。
【0029】
<陽極酸化チタン材の製造方法>
図1は、本発明の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材の製造方法S100(以下において「製造方法S100」ということがある。)を説明するフローチャートである。製造方法S100は、準備工程S10と、陽極酸化工程S20とを有する。陽極酸化工程S20は、第1の陽極酸化工程S21を有する。
【0030】
準備工程S10は、表面にチタンを有する被処理材を準備する工程である。被処理材としては例えばチタン製の部材をそのまま用いてもよく、また例えばチタン以外の金属母材(例えばアルミニウム、ステンレス鋼、又はそれらの組み合わせ等。)の表面にチタン層を形成することにより被処理材を得てもよい。チタン以外の金属母材の表面にチタン層を形成する方法としては、例えばスパッタリング、イオン化蒸着法、真空蒸着法等の公知の手法を特に制限なく用いることができる。チタン以外の金属母材の表面にチタン層を形成する場合の該チタン層の厚みは、通常5μm以上、好ましくは10μm以上、より好ましくは20μm以上である。チタン以外の金属母材の表面にチタン層を形成する場合に該チタン層の厚みが上記下限値以上であることにより、十分な膜厚を有する陽極酸化チタン層を成長させることが容易になるので、陽極酸化チタン層の耐電圧性を高めることが容易になる。上記チタン層の厚みの上限は特に制限されるものではないが、例えば100μm以下とすることができる。
【0031】
準備工程S10において準備される被処理材のチタン表面の算術平均粗さRaは、好ましくは1μm未満、より好ましくは0.5μm未満であり、その下限は特に制限されるものではないが、例えば0.1μm以上であり得る。
準備工程S10において準備される被処理材のチタン表面の最大高さ粗さRzは、好ましくは10μm未満、より好ましくは5μm未満であり、その下限は特に制限されるものではないが、例えば1μm以上であり得る。
準備工程S10において準備される被処理材のチタン表面の算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRzが上記上限値未満であることにより、後述する陽極酸化チタン層の平滑性の高い陽極酸化チタン材を製造することが容易になる。なお本明細書において、表面の算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRzは、それぞれJIS B0601に規定される算術平均粗さおよび最大高さ粗さを意味する。
準備工程S10は、被処理材のチタン表面を研磨する工程を含んでもよい。被処理材のチタン表面を研磨する方法としては、研磨紙、バフ研磨、化学研磨、ケモメカニカル研磨(CMP)等の公知の手法を特に制限なく採用できる。
【0032】
準備工程S10は、被処理材を前処理する工程を含んでもよい。前処理の例としては、脱脂、酸洗、水洗、エッチング、及びそれらの組み合わせ等を挙げることができる。脱脂処理は公知の手法により行うことができ、例えば被処理材を陽極とするアルカリ電解脱脂により好ましく行うことができる。被処理材を陽極としてアルカリ電解脱脂を行うことにより、陽極酸化チタン層の密着性を高めることが容易になる。被処理材を陽極とするアルカリ電解脱脂の後は、酸化皮膜を除去するために被処理材を酸洗することが好ましい。
【0033】
陽極酸化工程S20は、準備工程S10で準備した被処理材を陽極酸化する工程である。陽極酸化工程S20は、第1の陽極酸化工程S21を有する。第1の陽極酸化工程S21は、準備工程S10で準備した被処理材を、第1の電解液中で陽極酸化する工程である。第1の陽極酸化工程S21を経ることにより、被処理材のチタン母材表面に多孔質の第1の陽極酸化チタン層が成長する。
【0034】
第1の陽極酸化工程S21において用いる電解槽としては、陽極酸化に使用可能な公知の電解槽を特に制限なく用いることができる。そのような電解槽としては例えば、電解液を貯留する容器と、容器内の電解液を撹拌する撹拌装置と、容器内の電解液を冷却する冷却装置とを備える電解槽を挙げることができる。また第1の陽極酸化工程S21において用いる陰極としては、第1の電解液に溶解しない公知の陰極を特に制限なく用いることができる。
【0035】
第1の陽極酸化工程S21において、第1の電解液は、水と均一に混合可能な非水溶媒と、フッ化物イオン源とを含む。第1の電解液はさらに水を含有してもよく、水を含有しなくてもよい。
上記非水溶媒としては、例えばエチレングリコール、グリセリン、エタノール、イソプロピルアルコール、及びそれらの組み合わせ等の、水と均一に混合可能な有機溶媒を好ましく用いることができ、これらの中でもエチレングリコール、グリセリン、又はそれらの組み合わせを特に好ましく用いることができる。第1の電解液中の非水溶媒の含有量は、電解液全量基準で好ましくは88~97質量%、より好ましくは90~96質量%である。
【0036】
上記フッ化物イオン源は、電解液中でフッ化物イオンを与える物質であり、第1の電解液中で電解質として作用するとともに、チタンの酸化物を電解液中に溶解させる可溶化剤として作用する。上記フッ化物イオン源は、第1の電解液が水を含まない場合には上記非水溶媒に可溶であることが好ましく、第1の電解液が水を含む場合には上記非水溶媒と水との混合物に可溶であることが好ましい。上記フッ化物イオン源の例としては、フッ化水素;フッ化リチウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化水素カリウム、フッ化セシウム、フッ化マグネシウム、フッ化亜鉛等の金属フッ化物;フッ化アンモニウム、フッ化水素アンモニウム(酸性フッ化アンモニウム);トリメチルアミン三フッ化水素酸塩、トリエチルアミン三フッ化水素酸塩、トリブチルアミン三フッ化水素酸塩、フッ化水素ピリジン等のアミン塩又は有機塩基-フッ化水素付加体、等を挙げることができる。フッ化物イオン源は1種のみを用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中でも、陽極酸化チタン層の耐電圧性を高める観点からは、フッ化アンモニウム(NH4F)若しくはフッ化水素アンモニウム(NH4F・HF)又はそれらの組み合わせを特に好ましく用いることができる。第1の電解液中のフッ化物イオン源の含有量(2種以上のフッ化物イオン源を組み合わせて用いる場合には合計の含有量。)は、電解液全量基準で、フッ素原子換算で好ましくは2000~5000質量ppm、より好ましくは3000~4000質量ppm、特に好ましくは3250~3750質量ppmである。第1の電解液中のフッ化物イオン源の濃度が上記範囲内であることにより、より厚い陽極酸化チタン層を形成することが容易になるので、向上した耐電圧性を有する陽極酸化チタン層を形成することが容易になる。フッ化物イオン源全体としての含有量は、電解液全量基準で例えば2~5質量%であり得る。
【0037】
第1の電解液において、水はチタンに対する酸化物イオン(O2-)源として作用する。上記非水溶媒が電解条件下でチタンに対して酸化物イオン供与能を有しない場合には、第1の電解液は水を含有することが好ましく、上記非水溶媒がチタンに対して酸化物イオン供与能を有する場合には、第1の電解液は水を含有しなくてもよい。例えば上記非水溶媒がエチレングリコールである場合には第1の電解液は水を含有することが好ましく、上記非水溶媒がグリセリンである場合には第1の電解液は水を含有しなくてもよい。水としては脱イオン水を好ましく用いることができる。第1の電解液が水を含有する場合、その含有量は、より厚い陽極酸化チタン層を形成して耐電圧性を高める観点から、電解液全量基準で好ましくは1~10質量%、より好ましくは2~9質量%、特に好ましくは4~6質量%である。
【0038】
一の好ましい実施形態において、第1の電解液は、電解液全量基準で、エチレングリコールを88~97質量%、より好ましくは90~96質量%、特に好ましくは90~93質量%と、水を1~10質量%、より好ましくは2~9質量%、特に好ましくは4~6質量%と、フッ化物イオン源をフッ素原子換算で2000~5000質量ppm、より好ましくは3000~4000質量ppm、特に好ましくは3250~3750質量ppmと、を含んでなる。
【0039】
第1の陽極酸化工程S21において、第1の電解液の温度は10℃以下、好ましくは5℃以下に維持される。第1の電解液の温度が上記上限値以下であることにより、より厚い陽極酸化チタン層を形成して耐電圧性を高めることが可能になる。また陽極酸化チタン層の密着性および耐電圧性を高める観点から、第1の電解液の温度は好ましくは0℃以上、より好ましくは3℃以上である。第1の電解液の温度を制御するにあたっては、電解槽に用いられる公知の冷却装置を特に制限なく用いることができる。
【0040】
第1の陽極酸化工程S21において、電解電圧は200V以下であり、好ましくは150V以下、より好ましくは140V以下、特に好ましくは135V以下である。電解電圧が上記上限値以下であることにより、火花放電を伴う不連続な電気化学的酸化であるマイクロアーク酸化が起きて陽極酸化チタン層に粗大な空隙が発生し、陽極酸化チタン層の均一性および表面平滑性を損ねるとともに耐電圧性を低下させる事態を抑制することが可能になる。電解電圧の下限は通常10V以上、好ましくは40V以上である。
【0041】
第1の陽極酸化工程S21において、被処理材に対する第1の電解液の相対流速は1cm/秒以上5cm/秒以下に維持される。上記相対流速は、被処理材に到達する直前の、電解液の被処理材に対する相対速度を意味する。被処理材(の陽極酸化すべき表面)に到達する直前の位置(例えば2cm手前)における電解液の流速を、電磁式流速計(例えば三次元電磁式流速計ACM3-RS(JFEアドバンテック社製)、三次元電磁式流速計VM-1001及びVMT3-200-13P(株式会社ケネック製)、電磁式微流速計VM-801L及びVMT2-50-08PS(株式会社ケネック製)、ならびに電磁式流速計VP2500及びVPT2-200-08CA(株式会社ケネック製)等。)やレーザードップラー流速計(例えばPowerSight(TSI社製)、FiberFlow、FlowLite、及びFlowExplorer(いずれもDantec Dynamics社製)、並びに2D-FLV System 8835、及びSmart LDVIII(いずれも日本カノマックス株式会社製)等。)等の公知の流速計の測定ヘッド又はプローブを当該位置に配置して測定することにより、相対流速を測定できる。第1の電解液の相対流速が上記下限値以上であることにより、基板温度が過度に上昇する事態を抑制でき、また部材表面に試薬を効率的に供給できるので、より厚い陽極酸化チタン層を形成して耐電圧性を高めることが可能になる。また第1の電解液の相対流速が上記上限値以下であることにより、陽極酸化チタン層の膜厚の均一性を高めることが可能になる。
【0042】
第1の陽極酸化工程S21において、電解電流密度は、電解電流を被処理材のチタン表面の面積で割った値として、好ましくは1mA/cm2以上、より好ましくは5mA/cm2以上であり、また好ましくは100mA/cm2以下、より好ましくは50mA/cm2以下である。電解電流密度が上記下限値以上であることにより、酸化チタンの生成速度を高めてより厚い第1の陽極酸化チタン層を形成し、耐電圧性を高めることが容易になる。また電解電流密度が上記上限値以下であることにより、マイクロアーク酸化を抑制することが容易になる。
【0043】
陽極酸化工程S20において、電解時間は、電解液の組成および温度ならびに流速、電解電圧等の他の条件にも依存するので一概に規定することはできないが、陽極酸化チタン層の膜厚が20μm以上80μm未満となる時間とすることが好ましい。電解時間が短すぎると陽極酸化チタン層が十分な膜厚まで成長せず、電解時間が長すぎると陽極酸化チタン層最表面の残渣が増える傾向にある。適切な電解時間は予備実験によって容易に決定することができる。
【0044】
陽極酸化工程S20の完了後、被処理材の表面から電解液を取り除くために、さらに洗浄処理を行ってもよい。洗浄処理にあたっては、水、エタノール、アセトン、イソプロピルアルコール等の公知の極性溶媒を用いることができる。
【0045】
図2は、他の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材の製造方法S200(以下において「製造方法S200」ということがある。)を説明するフローチャートである。製造方法S200は、陽極酸化工程S20に代えて、第1の陽極酸化工程S21及び第2の陽極酸化工程S22を有する陽極酸化工程S20’を備える点において、製造方法S100と異なっている。準備工程S10及び第1の陽極酸化工程S21については、製造方法S100に関連して上記説明した通りである。
【0046】
第2の陽極酸化工程S22は、第1の陽極酸化工程S21を経た被処理材を、フッ化物イオン源の濃度がフッ素原子換算で10質量ppm以下であるか又はフッ化物イオン源を含有しない第2の電解液中で陽極酸化する工程である。第2の陽極酸化工程S22を経ることにより、被処理材のチタン母材と、第1の陽極酸化工程S21で成長された第1の陽極酸化チタン層との間に、第2の陽極酸化チタン層が成長する。第2の陽極酸化チタン層のフッ素含有量(単位:原子%)は、第1の陽極酸化チタン層のフッ素含有量(単位:原子%)よりも低い。第2の陽極酸化工程S22を備える形態の製造方法S200によれば、また陽極酸化チタン層の密着性を高めることが可能になるほか、陽極酸化チタン層の耐電圧性を更に高めることが可能になる。
【0047】
第2の陽極酸化工程S22において用いる電解槽としては、第1の陽極酸化工程S21について上記説明した電解槽と同様の電解槽を特に制限なく用いることができる。また第2の陽極酸化工程S22において用いる陰極としては、第2の電解液に溶解しない公知の陰極を特に制限なく用いることができる。
【0048】
第2の陽極酸化工程S22において、第2の電解液中のフッ化物イオン源の濃度は、電解液全量を基準としてフッ素原子換算で10質量ppm以下であり、好ましくは5質量ppm未満、特に好ましくは3質量ppm未満であり、0質量ppmであってもよい。
【0049】
第2の電解液は、溶媒として非水溶媒を含有しても含有しなくてもよく、水を含有しても含有しなくてもよい。ただし第2の電解液は、チタンに対して酸化物イオンの供与能を有する物質を含むことが好ましい。第2の電解液において溶媒が酸化物イオン供与能を有していてもよく、溶質が酸化物イオン供与能を有していてもよく、溶媒および溶質の両方が酸化物イオン供与能を有していてもよい。
【0050】
第2の電解液の溶媒としては、非水溶媒、水、又はそれらの混合物を特に制限なく用いることができる。第2の電解液における非水溶媒としては、例えばエチレングリコール、グリセリン、エタノール、イソプロピルアルコール、及びそれらの組み合わせ等の、水と均一に混合可能な有機溶媒を好ましく用いることができ、これらの中でもエチレングリコール、グリセリン、又はそれらの組み合わせを特に好ましく用いることができる。また水はチタンに対する酸化物イオン源として作用するので好ましく用いることができ、水としては脱イオン水または純水を好ましく用いることができる。一の実施形態において、溶媒全量基準で非水溶媒を0質量%超95質量%以下、水を5質量%以上100質量%未満含有する混合溶媒を、第2の電解液の溶媒として好ましく用いることができる。他の一の実施形態において、水からなる溶媒を第2の電解液の溶媒として好ましく用いることができる。
【0051】
第2の電解液の溶質としては、例えば、過酸化水素、塩化水素、蟻酸、シュウ酸、リン酸、リン酸塩(例えばリン酸カリウム等。)等の電解質を特に制限なく用いることができ、これらの中でも過酸化水素、蟻酸、又はそれらの組み合わせを好ましく用いることができる。溶質は2種以上を組み合わせて用いてもよい。ただし溶媒がチタンに対して酸化物イオン供与能を有しない場合には、第2の電解液は酸化物イオン供与能を有する溶質もしくはイオン又は陰極で還元を受けることによって酸化物イオン供与能を有する化学種を与える溶質もしくはイオン(例えば水酸化物イオン、過酸化物イオン、カルボン酸イオン、リン酸イオン等。)を含むことが好ましい。
なお過酸化水素は陰極で還元を受けることによって水酸化物イオン(OH-)を与える。水酸化物イオンは第2の電解液の液性を塩基性に傾けつつ導電性を高めるとともに、チタンに対する酸化物イオン(O2-)の供与源としても作用する。このように過酸化水素によれば、必要な反応に寄与しない、水素イオン以外の化学種の増加を抑制しながら、導電性および酸化物イオン供与源を確保できるので、過酸化水素は第2の電解液の溶質として特に好ましく用いることができる。
【0052】
一の好ましい実施形態において、第2の電解液は、電解液全量基準で、エチレングリコールを89.9~99.6質量%と、過酸化水素を0.1~3質量%と、水を0.3~10質量%と、を含んでなる。
【0053】
第2の陽極酸化工程S22において、第2の電解液の温度は70℃以下、好ましくは50℃以下に維持される。第2の電解液の温度が上記上限値以下であることにより、より厚い陽極酸化チタン層を形成して耐電圧性を高めることが可能になる。また反応速度の観点から、第2の電解液の温度は通常0℃以上、好ましくは5℃以上である。第2の電解液の温度を制御するにあたっては、電解槽に用いられる公知の加温装置または冷却装置を特に制限なく用いることができる。
【0054】
第2の陽極酸化工程S22において、電解電圧は200V以下であり、好ましくは155V以下、より好ましくは140V以下、特に好ましくは130V以下である。第2の陽極酸化工程S22においてマイクロアーク酸化は発生してもよく、発生しなくてもよいが、工程S22においてマイクロアーク酸化が発生すると第2の陽極酸化チタン層中に細孔サイズ1μm以上の粗大な空隙が発生する。電解電圧が上記上限値以下であることにより、マイクロアーク酸化が過剰に起きてチタン母材と陽極酸化チタン層との密着性を低下させる事態を抑制することが可能になる。電解電圧の下限は通常40V以上、好ましくは70V以上である。
【0055】
第2の陽極酸化工程S22において、被処理材に対する第2の電解液の相対流速は1cm/秒以上5cm/秒以下に維持される。上記相対流速は、被処理材に到達する直前の、電解液の被処理材に対する相対速度を意味し、その測定方法は第1の陽極酸化工程S21について上記説明した通りである。第2の電解液の相対流速が上記下限値以上であることにより、基板温度が過度に上昇する事態を抑制でき、また部材表面に試薬を効率的に供給できるので、より厚い陽極酸化チタン層を形成して耐電圧性を高めることが可能になる。また第2の電解液の相対流速が上記上限値以下であることにより、陽極酸化チタン層の膜厚の均一性を高めることが可能になる。
【0056】
第2の陽極酸化工程S22において、電解電流密度は、電解電流を被処理材のチタン表面の面積で割った値として、好ましくは1mA/cm2以上、より好ましくは5mA/cm2以上であり、また好ましくは100mA/cm2以下、より好ましくは50mA/cm2以下である。電解電流密度が上記下限値以上であることにより、酸化チタンの生成速度を高めてより厚い第2の陽極酸化チタン層を形成し、耐電圧性を高めることが容易になる。また電解電流密度が上記上限値以下であることにより、緻密で平滑な陽極酸化皮膜の作製が可能になる。
【0057】
陽極酸化工程S20’において、第1の陽極酸化工程S21及び第2の陽極酸化工程S22における電解時間は、電解液の組成および温度ならびに流速、電解電圧等の他の条件にも依存するので一概に規定することはできないが、陽極酸化チタン層の総膜厚(すなわち、第1の陽極酸化工程S21で成長される第1の陽極酸化チタン層と、第2の陽極酸化工程S22で成長される第2の陽極酸化チタン層との合計の膜厚。)が20μm以上80μm未満となる時間とすることが好ましい。また第2の陽極酸化工程S22における電解時間は、例えば、第2の陽極酸化チタン層の膜厚が好ましくは0.1~5μm、より好ましくは0.5~3μm、さらに好ましくは1~3μmとなる時間とすることができる。電解時間が短すぎると陽極酸化チタン層が十分な膜厚まで成長せず、電解時間をあまり長くしても膜厚の増加が電解時間に見合わない。適切な電解時間は予備実験によって容易に決定することができる。
【0058】
第1の陽極酸化工程S21の後、被処理材を洗浄することなくそのまま第2の陽極酸化工程S22に供してもよく、第1の陽極酸化工程S21の完了後、第2の陽極酸化工程S22の前に、被処理材の表面から第1の電解液を除去するために洗浄処理を行ってもよい。ただし、陽極酸化チタン層の密着性を高める観点からは、第1の陽極酸化工程S21の完了後、第2の陽極酸化工程S22の前の洗浄処理は行わないか、又は行う場合であっても最低限にとどめることが好ましく、洗浄時間は例えば好ましくは60秒未満、より好ましくは10秒未満とすることができる。また洗浄液としては、例えば水、エタノール、エチレングリコール、アセトン、イソプロピルアルコール等の公知の中性溶媒を洗浄液として好ましく用いることができ、これらの中でも陽極酸化チタン層の密着性を高める観点からは、エタノール、エチレングリコール、アセトン等の中性有機溶媒を洗浄液として好ましく用いることができる。
【0059】
陽極酸化工程S20’の完了後、被処理材の表面から電解液を取り除くために、さらに洗浄処理を行ってもよい。洗浄処理にあたっては、例えば水、エタノール、エチレングリコール、アセトン、イソプロピルアルコール等の公知の溶媒を洗浄液として用いることができる。
【0060】
本発明に関する上記説明では、準備工程S10及び陽極酸化工程S20又はS20’を備える陽極酸化チタン材の製造方法S100、S200を例に挙げたが、本発明は当該形態に限定されない。例えば、陽極酸化工程の後に、陽極酸化層の表面を研磨する工程をさらに備える形態の陽極酸化チタン材の製造方法とすることも可能である。
図3は、そのような他の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材の製造方法S300(以下において「製造方法S300」ということがある。)を説明するフローチャートである。
図3において、
図1~2に既に表れた要素には
図1~2における符号と同一の符号を付し、説明を省略することがある。製造方法S300は、上記説明した準備工程S10及び陽極酸化工程S20に加えて、さらに研磨工程S30を備えている。
【0061】
研磨工程S30は、陽極酸化工程S20の後に、陽極酸化工程S20で形成された陽極酸化チタン層の表面を研磨する工程である。研磨工程S30を経ることにより、陽極酸化チタン層の表面の残渣を取り除き、さらに表面の平滑性を高めることができる。研磨工程S30における研磨方法としては、研磨紙による研磨や、バフ研磨等の公知の研磨方法を特に制限なく用いることができる。研磨工程S30においては、陽極酸化チタン層の表面の算術平均粗さRaが1.6μm未満、より好ましくは0.8μm未満、表面の最大高さ粗さRzが6.3μm未満、より好ましくは3.2μm未満となるように研磨を行うことが好ましい。なお本明細書において算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRzとは、JIS B0601に規定の算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRzを意味する。
【0062】
研磨工程S30の後、研磨屑等を除去するために、さらに洗浄処理を行ってもよい。洗浄処理にあたっては、例えば水、エタノール、アセトン等の公知の溶媒を洗浄液として用いることができる。
【0063】
<陽極酸化チタン材>
図4は、本発明の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材100を模式的に説明する断面図である。陽極酸化チタン材100は、チタン母材10と、チタン母材10の表面に設けられた陽極酸化チタン層20とを備えてなり、陽極酸化チタン層20は、多孔質である第1の陽極酸化チタン層21を備えてなり、陽極酸化チタン層20は、25℃における耐電圧500V以上、ビッカース硬度200以上、膜厚20μm以上80μm未満、表面の算術平均粗さRaが1.6μm未満、表面の最大高さ粗さRzが6.3μm未満であり、陽極酸化チタン層20の厚さ方向に垂直な断面および表面のいずれにおいても、直径0.5μm以上の円を包含できる形状を有する細孔断面が観察されない。このような陽極酸化チタン材100は、上記説明した陽極酸化チタン材の製造方法S100(
図1)により得ることができる。
【0064】
陽極酸化チタン層20の25℃における耐電圧は500V以上であり、好ましくは1000V以上である。25℃における耐電圧の上限は特に制限されるものではないが、通常5000V以下、製造容易性の観点から好ましくは3000V以下である。陽極酸化チタン材100は、向上した耐電圧性を有する陽極酸化チタン層20を備えるので、高電圧が印加される用途、例えばプラズマ雰囲気に暴露される用途等に、好ましく用いることができる。なお本明細書において陽極酸化チタン層の耐電圧は、母材と陽極酸化チタン層表面との間に、直流電圧を、陽極酸化チタン層が絶縁破壊するまで昇圧しながら印加し、陽極酸化チタン層が絶縁破壊しなかった最後の印加電圧として測定される耐電圧を意味する。
【0065】
陽極酸化チタン層20のビッカース硬度は200以上であり、好ましくは250以上である。本明細書において、陽極酸化チタン層のビッカース硬度は、JIS Z2244に準拠したマイクロビッカース硬さ試験により、陽極酸化チタン層の表面から測定されるビッカース硬度を意味する。
【0066】
陽極酸化チタン層20の膜厚は20μm以上80μm未満であり、好ましくは25μm以上、より好ましくは40μm以上であり、また好ましくは60μm未満である。膜厚が上記下限値以上であることにより、耐電圧性を高めることが可能になる。また膜厚80μm以上の陽極酸化チタン層20を得ることは困難である。なお陽極酸化チタン層の膜厚は、渦電流式膜厚計(例えばヘルムート・フィッシャー社製MP2/O型等。)により測定できる。
【0067】
陽極酸化チタン層20の表面の算術平均粗さRaは1.6μm未満であり、好ましくは0.8μm未満である。その下限は特に制限されるものではないが、例えば0.1μm以上であり得る。
陽極酸化チタン層20の表面の最大高さ粗さRzは6.3μm未満であり、好ましくは3.2μm未満である。その下限は特に制限されるものではないが、例えば1μm以上であり得る。
表面の算術平均粗さRa及び表面の最大高さ粗さRzが上記上限値未満である陽極酸化チタン層20を備える陽極酸化チタン材100は、高い表面平滑性を有するので、例えば真空機器において真空シール性を求められる部材に好ましく用いることができる。なお本明細書において、表面の算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRzは、それぞれJIS B0601に規定される算術平均粗さおよび最大高さ粗さを意味する。
【0068】
第1の陽極酸化チタン層21の厚さ方向に垂直な断面および表面のいずれにおいても、直径0.5μm以上の円を包含できる形状を有する細孔断面が観察されない。第1の陽極酸化チタン層21の厚さ方向に垂直な断面および表面のいずれにおいても、直径0.4μm以上の円を包含できる形状を有する細孔断面が観察されないことが好ましい。なお陽極酸化チタン層の厚さ方向に垂直な断面および表面のいずれにおいても、上記所定値以上の直径の円を包含できる形状を有する細孔断面が観察されないことは、陽極酸化チタン材の、陽極酸化チタン層表面の走査電子顕微鏡像(SEM像)および陽極酸化チタン層を研磨した表面のSEM像のいずれにおいても、上記所定値以上の直径の円を包含できる形状を有する細孔断面(開口部)が観察されないことにより判断できる。SEM観察の条件は、例えば加速電圧:5.0~10.0kV、検出モード:反射電子検出、倍率:10,000倍、とすることができる。上記のような細孔断面を有する粗大な空隙を有しない第1の陽極酸化チタン層21によれば、膜の均一性が高いので、耐電圧性を高めることが可能になる。第1の陽極酸化チタン層21は、陽極酸化チタン層20の表面に交差する方向に延在する管状の細孔を複数備えてなる。すなわち、第1の陽極酸化チタン層21は、厚さ方向にチューブ状またはコーン状に成長した多数の細孔を有しており、通常各チューブ状の細孔のサイズ(直径)は表層部に近付くほど大きく、チタン母材10に近付くほど小さくなる。各チューブ状の細孔の、長手方向(延在方向)に垂直な断面は円に近い形状を有しており、その直径(完全な円でない場合には長軸方向の径。)は通常0.3μm以下、典型的には0.2μm以下である。これに対して例えば陽極酸化チタン層の成長中にマイクロアーク酸化が生じた場合には、厚さ方向の位置に関わらずマイクロアーク酸化が生じた箇所に粗大な空隙が残る。マイクロアーク酸化が空隙を形成する作用は面方向(すなわち陽極酸化チタン層の厚さ方向に垂直な方向。)には概ね等方的なので、陽極酸化チタン層の厚さ方向に垂直な断面または表面に、比較的高い円形度を有する細孔断面または開口部が現れる。したがってマイクロアーク酸化によって生じた空隙は、陽極酸化チタン層の厚さ方向に垂直な断面または表面において、上記下限値以上の直径の円を包含できる形状を有する細孔断面(又は開口部)を有する。
【0069】
陽極酸化チタン層20は、耐電圧が室温(25℃)付近において最も低くなり、それより高温でも耐電圧が上昇し、それより低温でも耐電圧が上昇するという特異な性質を有する。すなわち、陽極酸化チタン層20は、150℃における耐電圧が、25℃における耐電圧よりも高いという、従来公知のアルマイト皮膜とは逆の性質を有する。理論によって限定されるものではないが、高温になると耐電圧が上昇する性質は、陽極酸化チタン層20が備える、厚さ方向にチューブ状またはコーン状に成長した多数の細孔が、室温から温度が上昇すると収縮することに起因していると考えられる。
【0070】
図5は、本発明の他の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材200を模式的に説明する断面図である。
図5において、
図4に既に表れた要素には
図4における符号と同一の符号を付し、説明を省略する。陽極酸化チタン材200は、第1の陽極酸化チタン層21からなる陽極酸化チタン層20に代えて陽極酸化チタン層20’を有する点において、陽極酸化チタン材100と異なっている。陽極酸化チタン層20’は、第1の陽極酸化チタン層21に加えて、チタン母材10と第1の陽極酸化チタン層21との間に設けられた第2の陽極酸化チタン層22をさらに備えている。このような陽極酸化チタン層200は、上記説明した陽極酸化チタン材の製造方法S200によって得ることができる。
【0071】
第1の陽極酸化チタン層21については、陽極酸化チタン材100に関連して上記説明した通りである。また陽極酸化チタン層20’の耐電圧、ビッカース硬度、膜厚、ならびに表面の算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRzについては、上記説明した陽極酸化チタン層20と同様である。
【0072】
第2の陽極酸化チタン層22の膜厚は、好ましくは0.1~5μm、より好ましくは0.5~3μm、さらに好ましくは1~3μmである。第2の陽極酸化チタン層22の膜厚が上記下限値以上であることにより、陽極酸化チタン層20’の耐電圧性および密着性を高めることが容易になる。また膜厚が5μmを超える第2の陽極酸化チタン層22を得ることは通常困難である。なお第2の陽極酸化チタン層22の膜厚は、陽極酸化チタン材の、陽極酸化チタン層表面に対して垂直な断面の走査電子顕微鏡像(SEM像)を得ることにより測定できる。膜厚を確認するにあたってのSEM観察の条件は、例えば加速電圧:15.0kV、検出モード:反射電子検出、倍率:10,000倍、とすることができる。
【0073】
第2の陽極酸化チタン層22は多孔質であってもよく、多孔質でなくてもよいが、多孔質であることが好ましい。第2の陽極酸化チタン層22が多孔質であることにより、第2の陽極酸化チタン層22の膜厚を増大させて陽極酸化チタン層20’の耐電圧性を高めることが容易になる。
【0074】
第2の陽極酸化チタン層22中のフッ素含有量(単位:原子%)は、第1の陽極酸化チタン層21中のフッ素含有量(単位:原子%)よりも低い。第1の陽極酸化チタン層21及び第2の陽極酸化チタン層22中のフッ素含有量(単位:原子%)は、陽極酸化チタン材200の断面においてエネルギー分散型X線分光(EDS)測定を行うことにより測定できる。各陽極酸化チタン層中のフッ素含有量を測定するにあたってのEDSの測定条件は、例えば加速電圧15.0kVとすることができる。加速電圧が高すぎると酸素やフッ素等の軽元素に対する検出感度が悪くなり、加速電圧が低すぎると軽元素に対する感度は良くなる一方でチタン等の重元素に対する検出感度が悪くなる。
EDS測定において酸化チタンに入射した電子線が酸化チタン中で散乱して特性X線を発生させる領域は、例えば加速電圧15.0kVの場合少なくとも直径約1μmにわたる。したがって第2の陽極酸化チタン層22の膜厚が十分厚ければ第2の陽極酸化チタン層22自体のフッ素含有量(原子%)をEDSで測定することが可能であるが、第2の陽極酸化チタン層22の膜厚が薄い(例えば膜厚1μm以下等。)場合には、電子線を第2の陽極酸化チタン層22に入射させた場合であっても、第2の陽極酸化チタン層22だけでなく第1の陽極酸化チタン層21からも特性X線が発生するために、第2の陽極酸化チタン層22中のフッ素含有量にかかわらず第1の陽極酸化チタン層21中のF元素に由来する特性X線が発生してしまい、結果として第2の陽極酸化チタン層22自体のフッ素含有量を測定することが困難な場合がある。しかしながらそのような場合であっても、EDS測定において電子線を第2の陽極酸化チタン層22に入射させた場合のフッ素含有量の測定値が、電子線を第1の陽極酸化チタン層21に入射させた場合のフッ素含有量の測定値よりも低いことを確認することにより、第2の陽極酸化チタン層22中のフッ素含有量が第1の陽極酸化チタン層21中のフッ素含有量よりも低いことを確認することは可能である。
なおEDS測定において酸化チタンに入射した電子線が酸化チタン中で散乱して特性X線を発生させる領域は、加速電圧が低いほど狭くなる。したがって、第2の陽極酸化チタン層22の膜厚が薄い場合には、電子線を第2の陽極酸化チタン層22に入射させた際に特性X線が発生する範囲にチタン母材10が含まれないようにする目的で、加速電圧を下げて例えば5.0kV等としてもよい。
【0075】
なお、本発明者らが上記製造方法S200により作製した陽極酸化チタン材200の一つ(第2の陽極酸化チタン層22の膜厚:約2μm)を実際に分析したところ、陽極酸化チタン材の断面において第1の陽極酸化チタン層21に電子線(加速電圧15.0kV)を照射して測定されたフッ素含有量は約8原子%であったのに対し、第2の陽極酸化チタン層22のうち第1の陽極酸化チタン層21とチタン母材10との間の中間線から第1の陽極酸化チタン層21側に電子線を照射して測定されたフッ素含有量は約2原子%前後であり、また第2の陽極酸化チタン層22のうち上記中間線よりチタン母材10側に電子線を照射して測定されたフッ素含有量は検出限界(0.1原子%)未満であった。このことから、第2の陽極酸化チタン層22中のフッ素含有量は実際にはEDS測定の検出限界(0.1原子%)未満であり、第2の陽極酸化チタン層22は実質的にフッ素を含有しない層であると考えられる。
【0076】
なお第1の陽極酸化チタン層21中のフッ素含有量をEDSで測定する際の電子線の照射箇所は、第1の陽極酸化チタン層21と第2の陽極酸化チタン層22との界面から膜厚方向に3~5μm離れた箇所とする。この領域であれば、測定値が第2の陽極酸化チタン層22の影響を受けることはなく、また測定値が細孔の影響を受けにくいからである。EDS測定においてこの領域に電子線を照射して測定される第1の陽極酸化チタン層21のフッ素含有量は、陽極酸化の条件や用いた電解液の組成によっても異なり得るので一概に規定することは困難であるが、例えば1~20原子%であり得る。
【0077】
第1の陽極酸化チタン層21に加えて第2の陽極酸化チタン層22をさらに含む陽極酸化チタン層20’を備える陽極酸化チタン材200によれば、陽極酸化チタン層20’とチタン母材10との密着性を高めることが可能になるほか、陽極酸化チタン層20’の耐電圧性をさらに高めることが可能になる。
【0078】
図6は、本発明の他の一の実施形態に係る陽極酸化チタン材300を模式的に説明する断面図である。
図6において、
図4~5に既に表れた要素には
図4~5における符号と同一の符号を付し、説明を省略する。陽極酸化チタン材300は、上記説明したチタン母材10及び陽極酸化チタン層20に加えて、チタン以外の金属からなる金属母材30をさらに備えている。そしてチタン母材10は、金属母材30の表面に設けられている。このような陽極酸化チタン材300は例えば、上記説明した、準備工程S10がチタン以外の金属母材の表面にチタン層を形成する工程を含む形態の陽極酸化チタン材の製造方法S100によって得ることができる。
【0079】
金属母材30を構成する金属としては、例えばアルミニウム、ステンレス鋼、又はそれらの組み合わせ等を挙げることができる。
【0080】
金属母材30、チタン母材10、及び陽極酸化チタン層20の積層方向(すなわち
図4の紙面上下方向。)における、チタン母材10の厚さの下限は特に制限されるものではないが、製造容易性の観点から例えば0.1μm以上、好ましくは5μm以上であり得る。該積層方向におけるチタン母材10の厚さの上限も特に制限されるものではないが、製造容易性の観点から例えば100μm以下であり得る。陽極酸化チタン材300を製造方法S100によって得た場合、準備工程S10において金属母材30の表面に形成したチタン層のチタンが酸化されることによって陽極酸化チタン層20が成長するので、得られた陽極酸化チタン材300におけるチタン母材10の厚さは、準備工程S10において形成したチタン層よりも薄くなっている。
【0081】
上記説明した本発明の陽極酸化チタン材100、200、300は、陽極酸化チタン層20、20’の熱膨張係数がチタン母材10の熱膨張係数に近いので、高温環境に暴露されても陽極酸化チタン層20、20’がクラックを生じにくい。また陽極酸化チタン層20、20’が向上した耐電圧性を有するので、チタン母材10と陽極酸化チタン層20、20’との間に高電圧が印加される用途(例えばプラズマ雰囲気に暴露される用途や、静電チャック等。)に好ましく用いることができる。また陽極酸化チタン層20、20’が十分な硬度および表面平滑性を有するので、真空シール性が要求される真空機器の部材としても好ましく用いることができる。真空機器の部材であって真空シール性が要求されるものとしては、例えば、プラズマエッチング装置の静電チャックその他のプロセスチャンバー内の構成部材(チャンバ、静電チャックの下に設けられプラズマ発生のための高周波電圧が印加される下部電極、架台、上部電極、冷却プレート、ヒーティングプレート等)等を挙げることができる。従来のプラズマエッチング装置の下部電極や架台等の材質としては、表面に酸化物皮膜を設けたアルミニウムが用いられているところ、これらを本発明の陽極酸化チタン材で置き換えることにより、装置の特に高低温での耐久性をさらに高めることが可能になる。
【0082】
<プラズマエッチング装置用静電チャック、クーリングプレート、及びシャワーヘッド>
図7は、本発明の一の実施形態に係るプラズマエッチング装置用静電チャック100’(以下において単に「静電チャック100’」ということがある。)、本発明の一の実施形態に係るプラズマエッチング装置用クーリングプレート4(以下において単に「クーリングプレート4」ということがある。)、及び本発明の一の実施形態に係るシャワーヘッド6(以下において単に「シャワーヘッド6」ということがある。)、並びに、該静電チャック100’、クーリングプレート4、及びシャワーヘッド6を備えるプラズマエッチング装置1000を模式的に説明する断面図である。
図7において、
図4~6に既に表れた要素には
図4~6における符号と同一の符号を付し、説明を省略する。プラズマエッチング装置1000は、基板1(例えばシリコンウエハ等。)に対してエッチングを行う容量結合型平行平板プラズマエッチング装置として構成されている。プラズマエッチング装置1000は、表面がアルマイト処理(陽極酸化処理)されたアルミニウムからなる角筒形状に成形されたチャンバ2と、チャンバ2の底部に配置された絶縁材からなる角柱状の絶縁板3と、絶縁板3の上に配置されたクーリングプレート(サセプタ)4と、クーリングプレート4の外周部に配置された絶縁材5と、クーリングプレート4の上に配置された静電チャック100’と、を有している。
【0083】
クーリングプレート(サセプタ)4は、導電性のサセプタ基材4aと、サセプタ基材4aの表面に設けられた絶縁膜4bと、サセプタ基材4aの内部に設けられた冷媒流路4cとを備えている。冷媒流路4cには、例えばフッ素系液体等の冷媒が冷媒導入管9aを通じて導入される。冷媒流路4cに導入された冷媒は、サセプタ基材4aから熱を奪った後冷媒回収管9bを通じて流出し、プラズマエッチング装置1000の外部に設けられたチラー9によって冷却され、再び冷媒導入管9aを通じて冷媒流路4cに導入される。
【0084】
クーリングプレート(サセプタ)4は、本発明の陽極酸化チタン材を備えており、サセプタ基材4aがチタン母材(10)であり、サセプタ基材4aの表面に設けられた絶縁膜4bが陽極酸化チタン層(20)である。陽極酸化チタン層である絶縁膜4bは、プラズマエッチング処理の間、隣接するサセプタ基材4a(チタン母材)に高周波電源7により高周波電圧が印加されるところ、絶縁膜4b(陽極酸化チタン層)は向上した耐電圧性を有するので、プラズマエッチング中においても絶縁膜4bが絶縁破壊を起こすことが抑制される。
【0085】
クーリングプレート(サセプタ)4の上方には、クーリングプレート(サセプタ)4と平行に対向して、上部電極として機能するシャワーヘッド6が配置されている。シャワーヘッド6はチャンバ2の上部に支持されており、内部空間6aを画定する壁部材61を備える。壁部材61は、少なくとも底面61aを備えている。壁部材61は、内部空間6aにプラズマエッチングの処理ガスを流入させるガス導入口6bと、底面61aに設けられ、内部空間6aから処理ガスを流出させる複数のガス吐出孔6c、6c、…(以下において単に「ガス吐出孔6c」ということがある。)とを有している。シャワーヘッド6は接地されており、サセプタ4ととともに一対の平行平板電極を構成している。ガス導入口6bは処理ガス供給源(不図示)に接続されており、処理ガス供給源からエッチングのための処理ガスが供給される(矢印A)。処理ガスとしては、ハロゲン系ガス、O2ガス、Arガス等、プラズマエッチングの処理ガスとして用いられる公知のガスを特に制限なく用いることができる。
【0086】
シャワーヘッド(上部電極)6は、本発明の陽極酸化チタン材を備えており、壁部材61が本発明の陽極酸化チタン材によって構成されている。すなわち、壁部材61は、チタン母材61b(10)と、該チタン母材61bの表面に設けられた陽極酸化チタン層61c(20)とを備える。チタン母材61bは接地されており、上記の通り電極として作用する。陽極酸化チタン層61cは少なくともシャワーヘッド6の各ガス吐出孔6cの内周面6cwにおいて露出している。
一般に、プラズマエッチング装置用シャワーヘッドのガス吐出孔の内周面にはセラミックス溶射膜等の頑強な保護膜を設けることは困難であるが、シャワーヘッド6のガス吐出孔6cの内周面6cwにおいては陽極酸化チタン層61cが保護膜として作用する。本発明の陽極酸化チタン材はチタン母材と陽極酸化チタン層との熱膨張係数の差が小さいことにより高い耐熱性を有するので、プラズマエッチング処理の条件下でも陽極酸化チタン層におけるクラックの発生が抑制される。したがってシャワーヘッド6によれば、プラズマエッチング処理の条件下でもガス吐出孔の内周面6cwを適切に保護することが可能である。
壁部材61の外側表面(例えばプラズマ暴露面である底面61a。)は、例えば単結晶ケイ素または石英からなる保護部材で覆われていてもよく、また例えばセラミックス溶射膜等により被覆されていてもよい。壁部材61の外側表面(例えば底面61a。)を被覆するセラミック材料の好ましい例としては、Al2O3、Y2O3、YF3、YAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)等のプラズマ溶射被膜等を挙げることができる。
【0087】
チャンバ2の側壁下部に排気口2aが設けられており、排気口2aは排気装置(不図示)に接続されている。排気装置はターボ分子ポンプ等の真空ポンプを備えており、チャンバ2内の雰囲気を排気して(矢印B)、チャンバ2内部を所定の圧力まで減圧できるように構成されている。
【0088】
サセプタ4のサセプタ基材4aは、給電線7aを介して高周波電源7に接続されている。高周波電源7からは例えば13.56MHzの高周波電力がサセプタ4に供給される。
【0089】
静電チャック100’は、平面視矩形をなしており、上記説明したチタン母材10及び該チタン母材10の表面に設けられた陽極酸化チタン層20を有する陽極酸化チタン材100を備えている。陽極酸化チタン層20は静電チャック100’の最表面に設けられている。チタン母材10は給電線8aを介して直流電源8に接続されている。静電チャック100’において、チタン母材10は電極として作用する。チタン母材10に直流電源8から給電線8aを介して直流電圧を印加することにより、例えばクーロン力やジョンソン・ラーベック力によって基板1を静電チャック100’の表面に静電吸着することができる。なお陽極酸化チタン層20のうち静電チャック100’の下面に位置する部位には貫通孔(不図示)が設けられており、該貫通孔を通じて給電線8aが配線されている。
【0090】
プラズマエッチング装置1000の処理動作について説明する。被処理体である基板1は、チャンバ2内が常圧の状態で、チャンバ2の側壁に設けられた基板搬入出口(不図示)を介してチャンバ2内に搬入され、静電チャック4上に載置される。その後、排気装置によってチャンバ2内部が所定の真空度まで減圧される。その後、処理ガス供給源から処理ガスがシャワーヘッド6に供給され、吐出孔6cを通って基板1に対して均一に吐出され、チャンバ2内の圧力が所定の値に維持される。
【0091】
この状態で、高周波電源7からの高周波電力がサセプタ4に印加され、これにより、下部電極としてのサセプタ4と上部電極としてのシャワーヘッド6との間に高周波電場が生じ、該高周波電場によって処理ガスが電離してプラズマ化し、生じたプラズマによって基板1にエッチング処理が施される。この間、直流電源8から静電チャック100’のチタン母材10(電極)に所定の電圧を印加することにより、基板1が例えばクーロン力によって静電チャック100’に吸着保持される。エッチング処理が行われている間、陽極酸化チタン層20の少なくとも一部はプラズマ雰囲気に暴露されることになる。
【0092】
エッチング処理を施した後、高周波電源7からの高周波電力の供給を停止し、ガス導入を停止した後、チャンバ2内部の圧力を所定値まで減圧する。そしてチャンバ2内部を常圧まで開放し、基板1が基板搬入出口(不図示)を介してチャンバ2外部へ搬出される。以上により基板1のエッチング処理が終了する。このように、静電チャック100’により、基板1を静電吸着により保持しながら基板1のエッチング処理を行うことができる。
【0093】
上記説明した本発明の静電チャック100’は、陽極酸化チタン層20の熱膨張係数がチタン母材10の熱膨張係数に近いので、プラズマエッチングの高温環境に暴露されても陽極酸化チタン層20がクラックを生じにくい。またプラズマエッチング中はチタン母材10と陽極酸化チタン層20との間に高電圧が印加されるところ、陽極酸化チタン層20が向上した耐電圧性を有するので、プラズマエッチング中においても陽極酸化チタン層20が絶縁破壊を起こすことはない。また陽極酸化チタン層20が十分な硬度および表面平滑性を有するので、十分な真空シール性を得ることができ、したがって例えば基板1の下面がプラズマに暴露される事態を抑制することが可能になる。
【実施例】
【0094】
以下、実施例に基づき、本発明についてさらに詳述する。ただし本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0095】
<評価方法>
各実施例および比較例における評価方法は以下の通りである。
【0096】
(耐電圧性)
日置電機株式会社製絶縁抵抗計IR4051を用いて、母材と陽極酸化チタン層表面との間に50V、125V、250V、500V、1000Vの順に段階的に昇圧する直流電圧を印加し、陽極酸化チタン層が絶縁破壊しなかった最後の印加電圧を耐電圧として測定した。印加電圧1000Vでも絶縁破壊が生じなかった場合には、耐電圧は「1000V以上」とした。
【0097】
(ビッカース硬度)
マイクロビッカース硬度計(株式会社ミツトヨ(旧アカシ)、HM-114)を用いて、陽極酸化チタン層のビッカース硬度を測定した。測定はJIS Z2244に準拠し、表面および断面から試験荷重10gfで行った。
【0098】
(表面平滑性)
高精度表面粗さ形状測定器(小坂研究所、SE-30K)を用いて、陽極酸化チタン層の表面粗さ(線粗さ)を測定した。測定結果からJIS B0601に準拠して算術平均粗さRa及び最大高さ粗さRzを算出した。
【0099】
(膜厚)
渦電流式膜厚計(ヘルムート・フィッシャー社、MP2/O型)を用いて、陽極酸化チタン層の総膜厚を測定した。
【0100】
(SEM観察)
表面および断面形態の観察にあたっては、電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)(日本電子、JSM-7000F)を用いた。断面形態のSEM観察の条件は、加速電圧:5.0kV、検出モード:反射電子検出、倍率:1000、2000、10000、50000倍とした。また表面形態のSEM観察の条件は、加速電圧:10.0kV、検出モード:2次電子検出、倍率:1000、4000倍とした。なお表面および断面観察の試料は、イオンミリング装置(日本電子、IB-09020CP)を用い、フラットミリング法により加工した。
【0101】
(密着性)
テープピーリング試験および超音波衝撃試験により、皮膜の密着性を評価した。テープピーリング試験はJIS H8504(引き剥がし試験方法:テープ試験方法)に準拠して行い、皮膜の剥離の有無を調べた。超音波衝撃試験は、超音波槽(エスエヌディ社製US-205)中の純水(1L)に試料を浸漬し、出力170Wで周波数28kHzの超音波を30分間照射し、皮膜の剥離の有無を調べた。
【0102】
<実施例1>
被処理材として冷間圧延チタン板(100mm×50mm×厚み1mm;表面粗さRa(μm)=0.439、Rz(μm)=3.647)を用いて、その半分の50mm×50mmの領域に陽極酸化チタン材の製造方法S100(
図1)により陽極酸化処理を行うことにより、陽極酸化チタン材100(
図4)を製造した実施例である。
被処理材に対し、前処理として、アルカリ電解脱脂およびエッチングを行った。アルカリ電解脱脂は、ユケン工業製パクナ171-Nを脱イオン水で濃度50g/Lに希釈した電解液を用い、被処理材を陽極として、電流密度50mA/cm
2で3分間電解することにより行った。エッチングは、酸性フッ化アンモニウム水溶液(濃度50g/L)に被処理材を2分間浸漬することにより行った。
前処理の後、被処理材を第1の電解液中で陽極酸化した(工程(b1))。第1の電解液は、エチレングリコールと純水との混合溶媒(混合体積比95:5)に、酸性フッ化アンモニウムを濃度6g/Lとなるよう溶解することにより調製した。この電解液5Lを5Lビーカー(内径190mm)に注いで電解浴とし、冷却装置により電解液の温度を5℃に維持した。該電解浴に被処理材を浸漬して陽極とし、マグネチックスターラーにより一定速度で電解液を撹拌しつつ、電解電圧130V、電解電流密度10mA/cm
2の条件で、130分間電解を行った。電解の間、被処理材に対する電解液の相対流速は4cm/秒に維持した。
電解終了後、被処理材を電解浴から引き揚げ、エタノール及び純水で洗浄し、風乾した後、さらに#4000のラッピングフィルムで研磨することにより、陽極酸化チタン材100を得た。
得られた陽極酸化チタン層の膜厚は43μmであり、ビッカース硬度は260、25℃における耐電圧は500V以上、表面粗さRaは1.6μm未満であった(Ra=0.469μm、Rz=4.144μm)。テープピーリング試験において部分的に剥離が見られたものの、概ね良好な陽極酸化チタン材が得られた。
【0103】
得られた陽極酸化チタン材の断面SEM像(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率1000倍)を
図8(A)に示す。また該陽極酸化チタン材の陽極酸化チタン層の表面SEM像(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率10,000倍)を
図8(B)に示す。また得られた陽極酸化チタン材の高倍率での断面SEM像(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率10,000倍)を
図9(A)~(C)に示す。
図9(A)は陽極酸化チタン層の表層付近の断面SEM像であり、
図9(C)は陽極酸化チタン層とチタン母材との界面近傍の断面SEM像であり、
図9(B)は陽極酸化チタン層の中心付近の断面SEM像である。
図8(A)の断面SEM像から、工程(b1)で成長された第1の陽極酸化チタン層中には粗大な空隙が存在せず、マイクロアーク酸化は起きなかったことが読み取れる。また
図8(B)の表面SEM像から、第1の陽極酸化チタン層の表面には、直径0.5μm以上の円を包含できる形状の細孔断面(開口部)は観察されないことが読み取れ、この表面SEM像もマイクロアーク酸化が起きなかったことを支持する。また
図9(A)~(C)の断面SEM像から、工程(b1)で成長された第1の陽極酸化チタン層は全体にわたって多孔質であること、該第1の陽極酸化チタン層においてはチューブ状の細孔が略厚さ方向に成長していること、及び、チューブ状の細孔はチタン母材との界面近傍において細孔径が小さく、表層付近において細孔径が大きい傾向にあることが読み取れる。
【0104】
なお
図8(B)の表面SEM像には、チューブ状の細孔を有する構造体の端部が表れている。
図8(B)において観察される表面において、チューブ状の細孔が表れていない部分は、長手方向と短手方向とを有し短手方向に湾曲した面を有する多数の板状の断片によって覆われている。これらの湾曲した板状の断片は、チューブ状の構造体の端部近傍の領域が破損して生じたものと考えられる。本発明の陽極酸化チタン材において、陽極酸化チタン層を構成するチューブ状の構造体は、表層部に近付くほど細孔径が大きくなるとともに壁部の肉厚が減少するため、肉厚の減少により脆くなった箇所が破損することによりこれらの断片が生じていると考えられる。後述するように、これらの板状の断片は研磨により取り除くことが可能である。
【0105】
得られた陽極酸化チタン材の表面をイオンミリング装置により研磨し、陽極酸化チタン層の厚さ方向に垂直な断面の表面SEM像(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率50,000倍)を取得した。結果を
図10(A)及び(B)に示す。
図10(A)は得られた陽極酸化チタン層の表面から比較的浅い箇所のSEM観察結果、
図10(B)は得られた陽極酸化チタン層の表面から比較的深い箇所のSEM観察結果である。研磨により、
図8(B)の表面SEM像に見られた板状の断片は取り除かれている。
図8(B)、
図10(A)、及び
図10(B)から、陽極酸化チタン層を構成するチューブ状の細孔を有する構造体は、チタン母材側ほど細孔径が小さくなるとともに壁部の肉厚が厚くなり、表層側ほど細孔径が大きくなるとともに壁部の肉厚が薄くなることが読み取れる。
【0106】
<実施例2>
工程(b1)における陽極酸化の電解時間を60分間に変更した以外は、実施例1と同様にして、本発明の陽極酸化チタン材を製造した。得られた陽極酸化チタン層の膜厚は25μmであり、ビッカース硬度は260、25℃における耐電圧は500V以上、表面粗さRaは1.6μm未満であった(Ra=0.644μm、Rz=4.144μm)。テープピーリング試験において剥離は観察されなかった。
【0107】
<比較例1>
工程(b1)における第1の電解液の温度を25℃に変更した以外は実施例1と同様にして、陽極酸化チタン材の製造を試みた比較例である。
得られた陽極酸化チタン層の膜厚は20μm未満であり、ビッカース硬度は160、耐電圧は250V、表面粗さRaは1.6μm未満であった。テープピーリング試験において剥離は見られなかった。
【0108】
得られた陽極酸化チタン材の断面SEM像(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率1000倍)を
図11に示す。
図11からは、第1の陽極酸化チタン層中に面方向における細孔幅1μm以上の粗大な空隙が存在せず、マイクロアーク酸化は起きなかったことが読み取れる。その一方で、
図11と
図8(A)とを比較すると、比較例1で得られた陽極酸化チタン層の膜厚は、実施例1で得られた陽極酸化チタン層の膜厚より明らかに薄いことがわかる。
【0109】
<比較例2>
工程(b1)における被処理材に対する電解液の相対流速を0.8cm/秒に変更した以外は実施例1と同様にして、陽極酸化チタン材の製造を試みた比較例である。
得られた皮膜は非常に薄かったため、渦電流式膜厚計では膜厚を測定できず、ビッカース硬度も測定できなかった。耐電圧は50V、表面粗さRaは1.6μm未満であった。テープピーリング試験で皮膜が剥離した。
【0110】
<比較例3>
工程(b1)における被処理材に対する電解液の相対流速を5.65cm/秒に変更した以外は実施例1と同様にして、陽極酸化チタン材の製造を試みた。
得られた陽極酸化チタン層の膜厚は20μm未満、ビッカース硬度は250、耐電圧は250V、表面粗さRaは1.6μm未満であった。テープピーリング試験において部分的に剥離が見られた。
【0111】
<比較例4>
工程(b1)において電解条件をマイクロアーク酸化(プラズマ電解酸化)が起きる条件(電解液:リン酸-硫酸水溶液(硫酸1.5mol/L、リン酸0.3mol/L)、電解電圧:300V、電解電流密度:10mA/cm2、電解時間:30分)に変更した以外は実施例1と同様にして、陽極酸化チタン材の製造を試みた。
得られた陽極酸化チタン層の膜厚は5μm以下であり薄かったため、ビッカース硬度は測定できなかった。耐電圧は250V、表面粗さRaは1.6μm以上であった。テープピーリング試験では剥離は見られなかった。
【0112】
得られた陽極酸化チタン材の断面SEM像(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率10,000倍)及び表面SEM像(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率10,000倍)を
図12(A)及び(B)にそれぞれ示す。
図12(A)から、比較例4で得られた陽極酸化チタン層は実施例1で得られた陽極酸化チタン層(
図8(A)参照)より薄いだけでなく、面方向における細孔幅が1μm以上の粗大な空隙を有しており、電解中にマイクロアーク酸化が起きたことがわかる。マイクロアーク酸化が空隙を形成する作用は面方向には概ね等方的なので、
図12(A)の断面SEM像中に見られる粗大な空隙は幅方向と同等の奥行を有していると考えられる。また表面粗さも実施例1(
図8(A)及び
図9(A)参照。)と比べて明らかに悪くなっている。また
図12(B)の表面SEM像には直径0.5μm以上の円を包含できる形状を有する細孔断面(開口部)が現れており、この点からもマイクロアーク酸化により粗大な空隙が形成されていることが理解される。
【0113】
<比較例5>
比較用のアルミニウム陽極酸化皮膜を作製した比較例である。JIS H8601に準拠して、Al-Mg-Si系アルミニウム合金(A6061)板を硫酸浴中で陽極酸化することにより、板材表面に硫酸アルマイト皮膜(膜厚50μm)を作製した。25℃における硫酸アルマイト皮膜の耐電圧(絶縁破壊電圧)は1602Vであった。
【0114】
<比較例6>
比較用のアルミニウム陽極酸化皮膜を作製した比較例である。JIS H8601に準拠して、Al-Mg-Si系アルミニウム合金(A6061)板をシュウ酸浴中で陽極酸化することにより、板材表面にシュウ酸アルマイト皮膜(膜厚24μm)を作製した。25℃におけるシュウ酸アルマイト皮膜の耐電圧(絶縁破壊電圧)は1027Vであった。
【0115】
<耐電圧の温度依存性>
実施例1及び2で製造した陽極酸化チタン材のそれぞれについて、陽極酸化チタン層の耐電圧の温度依存性を評価した。耐電圧は、JIS H8687に準拠して、各温度における耐電圧を絶縁体電圧試験機(昇圧速度100V/s)により3~8回測定し、その平均値を算出した。結果を
図13に示す。
図13(A)は、実施例1で得られた陽極酸化チタン層の耐電圧の測定結果を、陽極酸化チタン材の温度毎に示すグラフである。
図13(B)は、実施例2で得られた陽極酸化チタン層の耐電圧の測定結果を、陽極酸化チタン材の温度毎に示すグラフである。
図13(A)及び(B)のグラフ中、エラーバーは測定値の標準誤差である。
図13(A)及び(B)から、(1)陽極酸化チタン層の膜厚が厚いほど耐電圧が高くなること、及び、(2)耐電圧は常温(25℃)付近において最も低く、常温より温度を上げても温度を下げても耐電圧が高くなること、が理解される。なお、各温度における耐電圧の測定は同一サンプルで複数回行ったが、温度変化による耐電圧の変化は概ね可逆的であったことを付記する。
比較例5及び6で作成したアルマイト皮膜についても耐電圧の温度依存性を評価した。その結果を実施例1及び2の結果とともに
図14に示す。なお
図14のグラフの縦軸は単位膜厚あたりの耐電圧(V/μm)である。
図14から理解されるように、比較例5及び6で作成したアルマイト皮膜は、25℃から120℃に昇温すると耐電圧が低下した。アルマイト皮膜を高温に暴露することによる耐電圧の低下は一般に不可逆的である。
シュウ酸アルマイトや硫酸アルマイト等に代表される、アルミニウム母材上に形成した陽極酸化皮膜(アルマイト皮膜)は、アルミニウム母材と陽極酸化皮膜(アルマイト皮膜)との熱膨張係数の差に起因して、150℃等の高温ではクラックが発生し、耐電圧が低下する。そのためこの耐電圧の低下は不可逆的であり、アルマイト皮膜を高温に曝すことで低下した耐電圧は、アルマイト皮膜を常温に戻しても回復しない。
図14においても比較例5及び6のアルマイト皮膜は120℃において既に耐電圧が低下している。したがって従来のアルミニウム陽極酸化皮膜は、150℃等の高温や-50℃等の低温といった熱履歴に繰り返し曝される箇所には採用できない。
これに対し本発明の陽極酸化チタン材が備える陽極酸化チタン層は、(1)常温(25℃)付近において最も耐電圧が低く、常温から温度を上げても温度を下げても耐電圧が上昇すること、及び(2)温度変化による耐電圧の変化が可逆的であること、という特異な性質を有する。したがって本発明の陽極酸化チタン材は、電気絶縁性を要求され且つ熱履歴に繰り返し曝される部材に特に好ましく用いることができる。
【0116】
<実施例3>
被処理材として実施例1と同じ冷間圧延チタン板(100mm×50mm×厚み1mm;表面粗さRa(μm)=0.439、Rz(μm)=3.647)を用いて、その半分の50mm×50mmの領域に陽極酸化チタン材の製造方法S200(
図2)により陽極酸化処理を行うことにより、陽極酸化チタン材200(
図5)を製造した実施例である。
被処理材に対し、前処理として、実施例1と同様にアルカリ電解脱脂およびエッチングを行った。
前処理の後、被処理材を第1の電解液中で陽極酸化した(工程(b1))。第1の電解液は、エチレングリコールと純水との混合溶媒(混合体積比95:5)に、酸性フッ化アンモニウムを濃度6g/Lとなるよう溶解することにより調製した。この第1の電解液5Lを5Lビーカー(内径190mm)に注いで電解浴とし、冷却装置により電解液の温度を5℃に維持した。該電解浴に被処理材を浸漬して陽極とし、マグネチックスターラーにより一定速度で電解液を撹拌しつつ、電解電圧130V、電解電流密度10mA/cm
2の条件で、130分間電解を行った。電解の間、被処理材に対する電解液の相対流速は4cm/秒に維持した。
工程(b1)の電解終了後、被処理材を第2の電解液中でさらに陽極酸化した(工程(b2))。第2の電解液としては、エチレングリコールと純水と30%過酸化水素水との混合溶液(混合体積比:90:50:5)を用いた。この第2の電解液5Lを5Lビーカー(内径190mm)に注いで電解浴とし、冷却装置により電解液の温度を10℃に維持した。工程(b1)の電解終了後の被処理材を、洗浄することなく該電解浴中に浸漬して陽極とし、マグネチックスターラーにより一定速度で電解液を撹拌しつつ、電解電圧100V、電解電流密度10mA/cm
2の条件で、30分間電解を行った。電解の間、被処理材に対する電解液の相対流速は4cm/秒に維持した。
工程(b2)の電解終了後、被処理材を電解浴から引き揚げ、エタノール及び純水で洗浄し、風乾することにより、陽極酸化チタン材200を得た。
得られた陽極酸化チタン層の膜厚は50μm以上であり、ビッカース硬度は250以上、耐電圧は1000V以上、表面粗さRaは1.6μm未満(Ra=1.072μm、Rz=5.882μm)であった。テープピーリング試験においても超音波衝撃試験においても剥離が見られず、非常に密着性の高い皮膜が得られた。
【0117】
得られた陽極酸化チタン材の断面SEM像を
図15(A)及び(B)に、表面SEM像を
図16に、それぞれ示す。
図15(A)は陽極酸化チタン層全体の断面SEM像(加速電圧15.0kV、反射電子検出、倍率2000倍)であり、
図15(B)は陽極酸化チタン層とチタン母材との界面近傍の断面SEM像(加速電圧15.0kV、反射電子検出、倍率10,000倍)である。
図15(A)及び(B)から、第1の陽極酸化チタン層中粗大な空隙が存在しないこと、及び、工程(b1)で成長された第1の陽極酸化チタン層とチタン母材との間に、工程(b2)で成長された厚さ約2μmの第2の陽極酸化チタン層が存在していることが読み取れる。また
図15(B)から、第2の陽極酸化チタン層は、第1の陽極酸化チタン層の影響を受けた多孔質構造を有することが読み取れる。
図16は陽極酸化チタン層の表面SEM像(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率40,000倍)である。
図16には、陽極酸化チタン層の厚さ方向に延在するチューブ状の細孔の端部が現れている。
図16からは、各チューブ状の細孔の直径が0.3μm以下であること、及び、直径0.5μm以上の円を包含できる形状を有する細孔断面(開口部)が観察されないことが読み取れる。
【0118】
実施例3で得られた陽極酸化チタン材についてはさらに、エネルギー分散型X線分光装置(日本電子、JED2000)を用いて、EDS測定により膜組成を評価した。加速電圧は15.0kVとした。
図17は、断面SEM像中に、組成を測定した箇所(EDS測定で電子線を照射した箇所)を1~12の数字で表したものである。測定箇所1、4、7は第1の陽極酸化チタン層であり、測定箇所2、5、8、10~12は第2の陽極酸化チタン層であり、測定箇所3、6、9はチタン母材である。なお測定箇所1、4、7は、第1の陽極酸化チタン層と第2の陽極酸化チタン層との界面から約4μm離れている。各測定箇所における組成の測定結果を表1に示す。
【0119】
【0120】
断面のSEM観察により、第2の陽極酸化チタン層の膜厚は約2μmであることがわかる。EDS測定において、第1の陽極酸化チタン層に電子線(加速電圧15.0kV)を照射して測定されたフッ素含有量は約8原子%(測定箇所1、4、7)であったのに対し、第2の陽極酸化チタン層のうち第1の陽極酸化チタン層とチタン母材との間の中間線から第1の陽極酸化チタン層側に電子線を照射して測定されたフッ素含有量は約2原子%前後(測定箇所2、5、8)であり、また第2の陽極酸化チタン層のうち上記中間線よりチタン母材側に電子線を照射して測定されたフッ素含有量は検出限界(0.1原子%)未満(測定箇所10~12)であった。このことから、第2の陽極酸化チタン層のチタン含有量(原子%)は、第1の陽極酸化チタン層のチタン含有量(原子%)より低いことがわかる。さらには、第2の陽極酸化チタン層中のフッ素含有量は実際にはEDS測定の検出限界(0.1原子%)未満であり、第2の陽極酸化チタン層は実質的にフッ素を含有しない層であると考えられる。
【0121】
<温度変化による陽極酸化チタン層の膨張収縮特性>
実施例3で得られた陽極酸化チタン層の断面について、温度を変化させながらSEM観察(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率2200倍)を行った。まず室温(26℃)にてSEM観察を行った後、試料温度を150℃まで昇温してSEM観察を行い、その後試料を大気開放して試料温度を室温(26℃)に戻した後、再度SEM観察を行った。SEM観察中の試料温度の調整は、加熱ステージ(Gatan, Murano heating stage)により行った。また、イオンミリング装置(日本電子、IB-09020CP)により、実施例3の陽極酸化チタン材から陽極酸化チタン層のみを分離した。分離された陽極酸化チタン層の表層側の表面および母材側の表面について、上記同様に温度を変化させながらSEM観察(加速電圧5.0kV、反射電子検出、倍率40,000倍)を行った。結果を
図18に示す。
図18中、左列(A)(D)(G)は最初の室温(26℃)におけるSEM像であり、中央列(B)(E)(H)は150℃におけるSEM像であり、右列(C)(F)(I)は試料温度を室温(26℃)に戻した際のSEM像である。上段(A)(B)(C)は陽極酸化チタン層の表層側の表面のSEM像であり、中段(D)(E)(F)は陽極酸化チタン層の母材側の表面のSEM像であり、下段(G)(H)(I)は陽極酸化チタン層の断面SEM像である。常温から150℃に昇温すると、陽極酸化チタン層は概ね、表層側では面方向に長さの次元で約3%収縮し((A)→(B))、母材側では面方向に長さの次元で約2%収縮し((D)→(E))、表層側と母材側との略中間部分では面方向に長さの次元で約2.5%収縮し((G)→(H))、厚さ方向には長さの次元で約1%収縮した((G)→(H))。150℃から常温まで降温すると、陽極酸化チタン層は概ね、表層側では面方向に長さの次元で約8%収縮したが((B)→(C))、母材側では面方向に長さの次元で約2%膨張し((E)→(F))、表層側と母材側との略中間部分では面方向に長さの次元で約1%膨張し((H)→(I))、厚さ方向には長さの次元で約0.5%膨張した((H)→(I))。理論によって限定されることを意図するものではないが、このように、温度上昇に伴って陽極酸化チタン層の細孔構造が収縮することが、温度上昇に伴う耐電圧の上昇をもたらしていると考えられる。また、細孔構造が表層部を除いて概ね可逆的に膨張収縮することが、温度変化による概ね可逆的な耐電圧の変化をもたらしていると考えられる。
【符号の説明】
【0122】
1 基板
2 チャンバ
3 絶縁板
4 クーリングプレート(サセプタ)
5 絶縁板
6 シャワーヘッド(上部電極)
7 高周波電源
8 直流電源
10 チタン母材
20、20’ 陽極酸化チタン層
21 第1の陽極酸化チタン層
22 第2の陽極酸化チタン層
30 (チタン以外の)金属母材
100、200 陽極酸化チタン材
100’ 静電チャック
1000 プラズマエッチング装置