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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-12
(45)【発行日】2022-09-21
(54)【発明の名称】食感改良材
(51)【国際特許分類】
   A21D 2/14 20060101AFI20220913BHJP
   A21D 10/00 20060101ALI20220913BHJP
   A21D 13/00 20170101ALI20220913BHJP
【FI】
A21D2/14
A21D10/00
A21D13/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018185729
(22)【出願日】2018-09-28
(65)【公開番号】P2019062892
(43)【公開日】2019-04-25
【審査請求日】2021-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2017194628
(32)【優先日】2017-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000387
【氏名又は名称】株式会社ADEKA
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大村 泰子
(72)【発明者】
【氏名】根津 亨
(72)【発明者】
【氏名】石橋 大樹
(72)【発明者】
【氏名】沼野 新一
(72)【発明者】
【氏名】清水 陽一郎
【審査官】山村 周平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/096720(WO,A1)
【文献】特開2006-288341(JP,A)
【文献】特開2011-050378(JP,A)
【文献】特開2016-214155(JP,A)
【文献】特開平06-253873(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D 2/00-17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂の加水分解物を有効成分として含有する食感改良材であって、油脂の加水分解物が下記条件(1)、(2)及び(3)を満たし、
ベーカリー食品用である、食感改良材。
(1)酸価(Acid Value)が10~140。
(2)モノグリセリド含量に対する遊離脂肪酸含量の質量比(FA/MG)が3~13。(3)脂肪酸組成中、炭素数12以下の脂肪酸含量が10質量%以下。
【請求項2】
油脂の加水分解物が更に条件(4)を満たす、請求項1記載の食感改良材。
(4)脂肪酸組成中、炭素数16と炭素数18の飽和脂肪酸の含量が30~70質量%。
【請求項3】
下記工程(a)及び(b)を含む、ベーカリー食品用の食感改良材の製造方法。
(a)油脂を、酸価が10~140となるように加水分解し、油脂の加水分解物を得る工程。
(b)(a)工程で得られた油脂の加水分解物を吸着剤と接触させる工程。
【請求項4】
上記工程(a)に記載の油脂の加水分解が、酵素分解法によるものである、請求項記載の食感改良材の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の食感改良材を、食感改良材中の油脂の加水分解物が、穀粉類100質量部に対し、0.5~8質量部となるように、含有するベーカリー生地。
【請求項6】
請求項記載のベーカリー生地の加熱処理物である、ベーカリー食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は食感改良材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ベーカリー業界では、求める風味や食感、物性に応じて、その製法や原材料を選択することが行われてきた。とりわけ、ソフトでしっとりとした食感を有するベーカリー食品が好まれる傾向にあり、ソフトでしっとりとした食感を有するベーカリー食品を得るための手法と、その食感を維持するための手法が、これまで検討されてきた。
近年では、油脂の加水分解物、とりわけ油脂のリパーゼ分解物が有する、ベーカリー食品の風味・食感改良効果について、種々の検討がなされている。
【0003】
例えば特許文献1では、油脂の存在下で、グリアジンと酵母を接触させて、0~15℃で熟成させることを特徴とするパン食感改良材の製造方法が提案されている。具体的には、油脂のリパーゼ分解物、グリアジンと酵母及び小麦粉を撹拌して得られた混合物を熟成させた食感改良材をパン生地に含有させることで、良好な食感と風味を有するパンが得られることが示されている。
【0004】
特許文献2では、直鎖脂肪酸を0.5~50重量%及びモノグリセリドを0.5~50重量%含有することを特徴とする穀物粉生地改良剤が開示されている。同文献には、この穀物粉生地改良剤を用いることにより、ソフトで老化現象の抑制された食品が得られることが示されている。同文献には、穀物粉生地改良剤に油脂のリパーゼ分解物も使用することができる旨が示されている。
【0005】
ここで特許文献1の手法、及び特許文献2の手法においては、油脂のリパーゼ分解物を分解後、後処理することなく、そのままパン生地に含有させるか、或いは、油脂のリパーゼ分解物を、後処理することなく、そのまま食感改良剤の原料の1つとし、食感改良剤をパン生地中に含有させている。そのため、油脂のリパーゼ分解物が有するえぐ味や刺激味がそのまま食パンに付与されやすく、食感は良好であるが、好ましい風味の食パンを得ることは難しかった。また、得られた食パンが過度にソフトな食感となりやすく、くちゃつきや歯切れの重さが生じやすかった。
【0006】
また、特許文献2には直鎖脂肪酸及びモノグリセリドがそれぞれ0.5~50質量%の範囲で含有する食感改良剤を穀物粉生地に添加することが記載されているが、その具体例として示されたものはいずれも直鎖脂肪酸とモノグリセリドが同量ずつ、即ちそれぞれ50質量%ずつ含有されてなる食感改良剤が記載されているのみであり、その他の量比においても同文献に記載された効果が得られるかが全く不明であった。また、油脂のリパーゼ分解物の形態をとる場合であっても、他の油脂と比較して特異的に炭素数18の不飽和脂肪酸(オレイン酸)を含有するハイオレイックヒマワリ油についてのみ具体的に開示されており、その他の油脂についても同文献に記載された効果が得られるかどうかが全くの不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2011-050378号公報
【文献】WO2008/096720号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は以下の3点である。
(I)くちゃつきや歯切れの重さを生じさせずに、ソフトな食感やしっとりとした食感を有するベーカリー食品を得ること。
(II)経時的に、好ましい食感が維持されたベーカリー食品を得ること。
(III)風味が良好なベーカリー食品を得ること。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らの検討により、下記条件(1)、(2)及び(3)を満たすように製造された油脂の加水分解物を有効成分として含有する食感改良材によって、上記課題が解決されることが分かった。
(1)酸価(Acid Value)が10~140。
(2)モノグリセリド含量に対する遊離脂肪酸含量の質量比(FA/MG)が3~13。(3)脂肪酸組成中、炭素数12以下の脂肪酸含量が10質量%以下。
本発明はこの知見に基づくものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明により得られる効果は以下の3点である。
(I)くちゃつきや歯切れの重さを生じさせずに、ソフトな食感やしっとりとした食感を有するベーカリー食品を得ることができる。
(II)経時的に、好ましい食感が維持されたベーカリー食品を得ることができる。
(III)風味良好なベーカリー食品を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
先ず、本発明の食感改良材を構成する油脂の加水分解物(以下、単に加水分解物と呼称する場合がある)について述べる。
本発明における油脂の加水分解物とは、動物油脂や植物油脂を問わず、任意の食用油脂を加水分解して得られる、脂肪酸、グリセリン、モノグリセリド、ジグリセリド等の油脂由来の成分や、工程中に二次的に産生される、有機酸や炭化水素、アルコール類、アルデヒド類、エステル類、含流化合物、ケトン類、脂肪酸類、脂肪酸エステル類、芳香族化合物、ラクトン類等の成分と、分解されずに残存しているトリグリセリドとの混合物を示す。本発明では油脂を加水分解した後、吸着剤処理等による精製や分別などの加工を施したものについても、油脂の加水分解物として呼称する場合がある。
【0012】
本発明の食感改良材を構成する加水分解物は、下記条件(1)~(3)を満たす必要がある。各条件について以下詳述する。
【0013】
先ず、条件(1)について述べる。
本発明では、食感改良材を構成する加水分解物の酸価(AV, Acid Value)が10~140であることが必要である。
【0014】
油脂の加水分解により、加水分解物中に、上述のとおり脂肪酸やグリセリン、ジグリセリドやモノグリセリドといったグリセリド類、二次産生物が生じる。
過度に油脂の加水分解が進行すると、これらの産生物が多く産生され、えぐ味が感じられるようになり、得られるベーカリー食品の風味を損ねてしまうため、本発明では食感改良材を構成する加水分解物の酸価が140以下であることが必要である。
また、酸価が10未満である場合、得られるベーカリー食品に異味が生じることはないが、本発明の効果が十分に得られない。
【0015】
本発明においては、食感改良材を構成する加水分解物の酸価は、20~120であるこ
とが好ましく、20~100であることがより好ましく、30~90であることが更に好ましく、45~80であることが最も好ましい。
【0016】
本発明の食感改良材を構成する加水分解物の酸価については、油脂を加水分解する過程で適宜サンプリングして酸価を測定し、上記範囲となった時点で加水分解反応を停止することや、吸着剤を使った濾過やクロマトグラフィ等の手法により低減することで、任意に調整される。勿論、これらの手法は組合せて行ってもよい。
【0017】
加水分解物の酸価は、例えば「日本油化学会制定 基準油脂分析試験法2.3.1-2013」を参考に、常法に則って測定することができる。
【0018】
次に、条件(2)について述べる。
本発明では食感改良材を構成する加水分解物中の、モノグリセリド量に対する遊離脂肪酸含量の質量比(以下、単にFA/MGと記載する場合がある)が3~13であることが必要である。以下では、FAは加水分解物中の質量基準の遊離脂肪酸含量を指し、MGは加水分解物中の質量基準のモノグリセリド含量を指す。
【0019】
加水分解物のFA/MGが上記範囲にあると、ソフトな食感やしっとりとした食感が経時的に維持されたベーカリー食品を得ることができる。
尚、本発明においてFA/MGの範囲は、好ましくは4~12であり、より好ましくは5~9である。
FA/MGを上記範囲に調節することで、ベーカリー食品の食感が向上する機序は現段階では不明だが、比較的親水性の高い遊離脂肪酸が、ベーカリー生地中のアミロースの疎水部に近接し、アミロースが水和した状態を形成しやすくなると同時に、量的観点から脂肪酸よりも疎水性の高いモノグリセリドがアミロースと近接することが抑制されることにより、結果としてアミロースが水和した状態が保たれやすく、アミロースの結晶化が抑制されるためであると本発明者らは推察している。
【0020】
本発明においては、加水分解物中のモノグリセリド含量(MG)が、10質量%以下であることが好ましく、7質量%以下であることがより好ましく、5質量%以下であることが最も好ましい。モノグリセリド含量(MG)の下限は0質量%超である。
【0021】
加水分解物中のモノグリセリド含量(MG)が上記範囲外であっても、ソフトな食感やしっとりとした食感を有するベーカリー食品を得ることはできる。しかし、加水分解物中のモノグリセリドの量(MG)を10質量%以下とすることで、くちゃつきや歯切れの悪化が生じることをより効果的に防止できるため好ましい。
【0022】
本発明においては加水分解物中の遊離脂肪酸含量(FA)が7質量%以上であることが好ましく、10質量%以上であることが好ましく、15質量%以上であることが最も好ましい。遊離脂肪酸含量(FA)の上限は、60質量%以下であることが好ましく、50質量%以下であることがより好ましく、40質量%以下であることが最も好ましい。
【0023】
本発明においてFA/MGを上記の範囲内とする手法としては、油脂を加水分解する過程で適宜サンプリングしてFA及びMGを測定しながら調整する手法や、吸着剤を使った濾過やクロマトグラフィ等によりMGを低減する手法が挙げられる。これらの手法は組合せて行ってもよい。
加水分解物中の遊離脂肪酸含量(FA)、及び、加水分解物中のモノグリセリド含量(MG)は常法により測定される。加水分解物中のモノグリセリドの含量は、例えば、イアトロスキャン Mk-6s((株)LSIメディエンス)や、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)や、液体クロマトグラフィ-質量分析法(LC-MS)等の手法
を用いることができ、従前知られた公定法である、AOCS Cd11b-91、Cd11c-93、Cd11d-96等に則って測定することができる。
【0024】
次に、条件(3)について述べる。
本発明では食感改良材を構成する加水分解物の脂肪酸組成中、炭素数12以下の脂肪酸含量が10質量%以下であることが必要である。
【0025】
炭素数12以下の脂肪酸含量が10質量%超であった場合、所謂ソーピーフレーバーや不快な異味が生じやすく、本発明の食感改良材を含有するベーカリー食品の風味を損ねてしまう。
【0026】
炭素数12以下の脂肪酸含量は上記観点から、少ないほど好ましく、7質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましい。
【0027】
本発明の加水分解物における脂肪酸組成は、トリグリセリドやジグリセリド、モノグリセリドに結合する脂肪酸残基に加え、遊離脂肪酸も考慮するものとする。
【0028】
加水分解物の脂肪酸組成は、例えば、「日本油化学会制定 基準油脂分析試験法2.4.2.3-2013」や「日本油化学会制定 基準油脂分析試験法2.4.4.3-2013」に則って、キャピラリーガスクロマトグラフ法により測定することができる。
【0029】
本発明において、条件(3)を満たす手法としては、吸着剤を使った濾過や、分別、クロマトグラフィ等の手法により、炭素数12以下の脂肪酸を低減する手法も選択できるが、好ましくは、脂肪酸組成中の炭素数12以下の脂肪酸含量が10質量%以下の油脂を原料として選択し、加水分解物を得る手法をとる。
【0030】
本発明では、上記条件(1)~(3)に加えて、以下に示す条件(4)を満たすことが好ましい。について述べる。
【0031】
条件(4)
本発明では、食感改良材を構成する加水分解物の脂肪酸組成中、炭素数16と炭素数18の飽和脂肪酸の含量の和が30~70質量%であることが好ましい。
【0032】
炭素数16と18の飽和脂肪酸の含量の和が、脂肪酸組成中、30~70質量%の範囲にあることで、ソフト性やしっとりとした食感が一層好ましく得られるだけでなく、更に好ましい食感の維持を図れるために、本発明では本条件を満たすことが好ましい。
【0033】
本発明においては、炭素数16と18の飽和脂肪酸の含量の和を33質量%以上とすることがより好ましく、35質量%以上とすることが最も好ましい。また65質量%以下とすることがより好ましく、60質量%以下とすることが最も好ましい。
【0034】
本発明においては、脂肪酸組成中における不飽和脂肪酸含量が75質量%以下であることが好ましく、70質量%以下であることがより好ましく、65質量%以下であることが最も好ましい。また、本発明における脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量の下限は0質量%であるが、好ましくは5質量%以上、より好ましくは10質量%以上である。
【0035】
本発明においては、加水分解物の脂肪酸組成における炭素数16の飽和脂肪酸(P)の含有量に対する、炭素数18の飽和脂肪酸(St)の含有量の質量比(以下単にSt/Pと記載する場合がある)が2.0以下であることが好ましく、1.5以下であることがより好ましく、1.0以下であることが最も好ましい。St/Pの下限は0.01である。
【0036】
本発明においては脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸含量と炭素数18の飽和脂肪酸含量との和が、脂肪酸組成中の全飽和脂肪酸の含有量の90質量%以上であることが好ましい。
加水分解物が炭素数が16未満の飽和脂肪酸を多く含む場合、上述のようにソーピーフレーバーや不快な風味が発生する場合があり、風味が損なわれやすくなる。また、炭素数が18超の長鎖の飽和脂肪酸を多く含む場合、得られるベーカリー食品の口溶けが悪化しやすくなる上、ベーカリー食品の油性感が強くなりやすい。
【0037】
条件(4)を満たす手法としては、任意の油脂を原料として加水分解を行った後に分別操作を行い、画分を得る手法や、脂肪酸組成中の炭素数16と炭素数18の飽和脂肪酸の含量の和が30~70質量%の油脂を原料として選択し加水分解物を得る手法が挙げられる。
【0038】
次に、本発明の食感改良材の好ましい製造方法について述べる。
本発明においては、先ず上記条件(1)~(3)を満たすように加水分解物が得られれば任意の加水分解の方法をとることができるが、好ましくい加水分解の方法として下記工程(a)を含み、より好ましくは下記工程(a)及び(b)を含むものである。
(a)油脂を、酸価が10~140となるように加水分解し、油脂の加水分解物を得る工程。
(b)(a)工程で得られた油脂の加水分解物を吸着剤と接触させる工程。
【0039】
先ず、上記(a)工程について述べる。
(a)工程を行う際、油脂の加水分解物を製造する際の原料として選択される油脂としては、トリグリセリドを含むものであり、且つ食用であれば特に限定されず、任意の食用油脂を用いることが可能である。
例えば、パーム油、パーム核油、ヤシ油、微細藻類油、コーン油、綿実油、大豆油、ナタネ油、米油、ヒマワリ油、サフラワー油、オリーブ油、キャノーラ油、牛脂、乳脂、豚脂、羊脂、カカオ脂、シア脂、マンゴー核油、サル脂、イリッペ脂、魚油、鯨油、リン脂質等の各種植物油脂、動物油脂、並びにこれらを水素添加、分別及びエステル交換から選択される1又は2以上の処理を施した加工油脂から選ばれた1種又は2種以上からなるもの、及び、これらを含んでなるものが、本発明における原料として挙げられる。
【0040】
ラウリン酸を多く含むパーム核油、ヤシ油、並びに、これらの油脂に水素添加及びエステル交換から選択される1又は2以上の処理を施した加工油脂を用いると、上記条件(3)を満たすことが難しくなるか、或いは条件(3)満たすための工程が必要となり、その結果工程数が増加し煩雑になるため、選択しないことが好ましい。
【0041】
(a)工程における油脂の加水分解物を得るための、加水分解の方法は特に制限されず、高圧連続分解法、脂肪分解酵素を用いた加水分解法などが挙げられる。温和な条件で加水分解ができることから、脂肪分解酵素を用いた加水分解法が好ましく選択される。
【0042】
本発明において用いられる脂肪分解酵素としては、特に限定されず動物由来の脂肪分解酵素、微生物由来の脂肪分解酵素のいずれのものも使用することができ、例えばキャンディダ属由来、アスペルギルス属由来、ムコール属由来、クロモバクテリウム属由来、ペニシリウム属由来、リゾプス属由来、リゾムコール属由来、サーモマイス属由来、シュードモナス属由来、アルカリゲネス属由来、バークホルデリア属由来、ゲオトリクム属由来、トルロプシス属由来、パキルス属由来、ピキア属由来、アルスロバクター属由来、アクロモバクター属由来の微生物が生産する脂肪分解酵素や、畜産動物の膵臓から得られる脂肪
分解酵素、山羊や羊、子牛等の口頭分泌腺から得られる脂肪分解酵素などが挙げられる。上記の脂肪分解酵素はランダム酵素であってもよいし、1,3-位置特異性酵素であってもよい。
【0043】
上記の脂肪分解酵素は単独で使用してもよく、任意の組合せで使用してもよい。上記の酵素の中でも、ムコール属由来、リゾプス属由来、リゾムコール属由来又はキャンディダ属由来の酵素を用いることが好ましい。
【0044】
脂肪分解酵素の添加方法としては、脂肪分解酵素そのものを粉体若しくは水溶液の形で油脂に添加する方法の他、固定化された脂肪分解酵素(固定化酵素)を用いる方法や、脂肪分解酵素を産生する能力のあるカビ、酵母等の微生物そのものを用いてもよい。反応液から加水分解物を容易に分離することができ、得られる食感改良材中での残存酵素活性の低減しやすさや回収のしやすさ、また再利用による本発明品の生産コストの低下が図られることから、固定化酵素を用いることが好ましい。
【0045】
固定化酵素を用いる場合、酵素の固定化法については特に限定されず、担体結合法、架橋法及び包括法のいずれであってもよい。
固定化酵素に用いられる担体としては有機・無機を問わず、セライト、珪藻土、カオリナイト、ペントナイト、シリカゲル、モレキュラシーブス、多孔質ガラス、活性炭、炭酸カルシウム、セラミックス、ヒドロキシアパタイト等の無機担体、セラミックスパウダー、ポリビニルアルコール、ポリプロピレン、キトサン、イオン交換樹脂、疎水性吸着樹脂、キレート樹脂及び合成吸着樹脂等の有機高分子等が挙げられる。
【0046】
担体の粒度については、150~1000μmであることが好ましく、200~800μmであることがより好ましく、200~600μmであることが最も好ましい。担体の粒度が150μm未満である場合、圧損が起こりやすいおそれや、又、分離工程が困難になるおそれがあり好ましくない。また1000μm超である場合、基質と固定化酵素の接触面が少なくなり、油脂の分解に時間がかかりすぎてしまうため好ましくない。また好ましくは粒度200~600μmの担体粒子が体積基準で90%以上であることが好ましい。
【0047】
本発明においては、脂肪分解酵素を用いて油脂の加水分解物を得る際の酵素反応のプロセスは、加水分解に供する油脂に脂肪分解酵素を直接投入するバッチ式であっても、円筒状の容器(カラム)に酵素を充填し、加水分解に供する油脂を液体の状態で通液するカラム式であってもよいが、カラムに充填した酵素中に液体の状態の油脂を通過させるだけで加水分解反応を行える点や、その流量の調整により反応率を調整することができる点、また循環等により、これらの操作を連続的に行うことができる点から、カラム式が好ましく選択される。
【0048】
前述の油脂群から選択された油脂を加水分解するにあたり、本発明では油脂中に一定量の水分を含有させることが必要である。好ましくは油脂中、質量基準で500~30000ppm、より好ましくは1000~10000ppm、最も好ましくは3000~7000ppm含有させることが好ましい。
【0049】
油脂中の水分含有量が500ppm以上である場合、油脂の分解反応が進行しやすい。特に200ppm以下の含水量である場合、油脂の分解反応と平衡の関係にある油脂のエステル交換反応が、目的の油脂の分解反応よりも優位に進む傾向が見出されているところ、油脂の水分含有量を上記の下限以上とすることで、このような傾向を防止でき、食感改良材としての効果が一層得られやすくなるため、好ましい。
また油脂中の水分含有量を30000ppm以下とすることで、後述する脱水処理の際
に時間を要さず、加水分解物中の揮発しやすい成分が多く失われてしまうことを防止できるため好ましい。
【0050】
油脂中に水分を含有させる手段としては、上記範囲となるように予め水分調整された油脂を用いてもよいが、脂肪分解酵素での加水分解中、油脂性状を液状に保つために系全体が加熱され、含有された水分が失われるおそれがあるため、反応容器中の油脂100質量%に対して15質量%以下程度の水を加え十分に静置し、油脂と水の二相分離を確認した後、油水界面から撹拌羽根を油脂側に僅かに浮かせ、油水界面を乱さないように油脂を撹拌し、水分含量が上記範囲となるように、油脂へ水分を供給し続けることが分解を効率よく進行する上で好ましい。
【0051】
油脂の撹拌は、撹拌羽根等を用いて好ましくは300rpm以下、より好ましくは50~150rpmの任意の撹拌速度で撹拌することが好ましい。
【0052】
本発明で使用する脂肪分解酵素の量は分解に供する油脂の量や、脂肪分解酵素の力価や種類などによって異なり、それぞれの系において適宜設定される。
通常、油脂原料の質量を基準とし、例えばバッチ式の場合であれば、対油0.01~10.0質量%が添加され、好ましくは対油0.01~5質量%が添加され、より好ましくは対油0.01~1.0質量%が添加される。
【0053】
また、油脂の加水分解をカラム式で行う場合、カラムに充填される酵素としては固定化酵素を用いることが好ましい。固定化酵素の充填量は油脂の質量を基準に設定され、対油脂0.1~10質量%、特に対油脂0.5~5質量%使用することが、効率的に油脂の加水分解物を製造する上で好ましい。
【0054】
カラムに通液する油脂の流量は、酵素量との関係から適宜設定されることが好ましく、具体的には、油脂の流量とカラムに充填された固定化酵素量の比(油脂流量(質量/時間)/固定化酵素量、単位[/時間])を調節する。
【0055】
油脂の分解の度合をコントロールする点や、固定化酵素量に対して油脂流量が多すぎると反応が十分に進まず時間を要する上に反応が不完全なものとなりやすい点、及び長時間の加温状況下での劣化を避ける点から、固定化酵素量の比は15~150/時間であることが好ましく、40~125/時間であることがより好ましい。
【0056】
油脂を酵素により加水分解する際の反応温度、即ち油脂温度は、選択した酵素の活性が最大化する至適温度に応じて適宜設定されるが、一例として、35~75℃であることが好ましく、40~70℃であることがより好ましく、45~65℃であることが最も好ましい。
【0057】
油脂温度が35℃未満では、酵素の活性が十分にあがらないおそれがある上、常温で固体の性状を示す油脂等、基質として選択される油脂によっては流動性を有しないおそれがあり、酵素により分解することが困難となる場合がある。また75℃超では、酵素を構成する蛋白質が変性を起こすおそれがある上、基質の油脂が熱劣化するおそれがある。
【0058】
油脂の加水分解物を得るための加水分解反応の終点は、酸価(AV)により決定することができ、上記条件(1)を満たす観点からAV=10~140に到達した時点で反応を終了することが好ましく、AV=20~120に到達した時点で反応を終了することがより好ましく、AV=20~100に到達した時点で反応を終了することが更に好ましく、AV=30~90に到達した時点で反応を終了することが特に好ましく、AV=45~80に到達した時点で反応を終了することが最も好ましい。
【0059】
反応を終了した後、脱水処理を行うことが好ましい。脱水処理の方法については特に限定されないが、例えば、得られた加水分解物のみを常法によって系中から取り出した後、0.01MPa以下まで減圧し80~100℃で0.5~1.0時間程度加熱することで、油脂の加水分解物中の脱水処理を行うことができる。
【0060】
脱水処理を経ることで、下述する吸着剤との接触工程を行う場合において、吸着剤の活性の低下を防止しやすく、それにより、得られた油脂の加水分解物が有する食感改良効果が容易に得られるため好ましい。
【0061】
脱水処理の後、又は脱水処理と同時に、更に酵素を失活・除去する工程を経ることもできる。酵素の失活条件については、酵素を構成する蛋白質が変性する条件であれば特に限定されず、加熱やpHを変化させる等の方法をとり得るが、好ましくは加熱による失活処理が選択され、例えば、撹拌しながら90℃で30分処理することにより、系中に加えた酵素を失活することができる。
【0062】
また固定化酵素を用いた場合、脂肪分解酵素は担体表面に担持されているため、濾別することにより除去することができる。上記の失活処理と、濾別による除去処理を併せて行うこともできる。酵素の失活・除去工程については、後述する吸着剤との接触させる工程の前に行うこともでき、後に行うこともできる。
【0063】
次に、(b)工程について述べる。(b)工程では、(a)工程で得られた油脂の加水分解物を吸着剤と接触させる。
【0064】
本発明においては、(a)工程で得られた油脂の加水分解物を吸着剤と接触させて不要成分が除去されたものを、食感改良材の有効成分として用いることが好ましい。
【0065】
油脂の加水分解物を吸着剤と接触させる(b)工程を経ることにより、(a)工程終了後の油脂の加水分解物が有する異味異臭や刺激味が低減除去されるため、本発明の食感改良材を含有するベーカリー食品の風味を損ねにくいため好ましい。また、油脂の加水分解に伴って産生したモノグリセリドを低減することができるため、より良好な食感が得られやすいため好ましい。
【0066】
本発明において用いられる吸着剤としては、食品添加物としても用いられる吸着剤、例えば、ゼオライト、シリカゲル、タルク、カオリン等のケイ酸塩、活性アルミナ、無水炭酸カルシウム及び無水硫酸ナトリウム等が挙げられる。これらの中でもケイ酸塩が好ましく選択され、シリカゲル及びゼオライトがより好ましく選択され、シリカゲルが最も好ましく選択される。
【0067】
吸着剤は、加水分解物との接触効率を向上させるために微粒であることが好ましい。吸着剤の形状は、粉末状であっても球状であっても構わないが、分解物の刺激臭や異味の軽減効果、モノグリセリド含量の低減効果が特に高いことから粉末状であることが好ましい。
吸着剤の平均粒子径は、3~60μmであることが好ましく、10~40μmであることがより好ましい。
【0068】
平均粒子径が3μm以上とすることで、濾過時に目が詰まりにくいため、濾過効率を向上させることができる。また平均粒子径が60μm以下とすることで、粒子表面積を大きくでき、刺激臭や異味の軽減効果を高めることができる。
【0069】
吸着剤の比表面積は、250m/g以上であることが好ましく、300m/g以上であることがより好ましく、400~800m/gであることが最も好ましい。
吸着剤の比表面積が250m/g未満である場合には、油脂の加水分解物と吸着剤との接触効率が低くなりやすい。
【0070】
油脂の加水分解物に接触させる吸着剤としてシリカゲルを用いる場合には、シリカゲルは、表面が未修飾のもの及び化学修飾されているもののいずれを用いることも可能であり、また表面に化学的・物理的な変性を受けたものを用いることもできる。
【0071】
シリカゲルのpHは、3.0~8.0であることが好ましく、5.0~8.0であることがより好ましく、6.5~8.0であることが最も好ましい。
シリカゲルのpHが3.0よりも酸性側であっても異味異臭の低減は十分に図られるがシリカゲルのpHが3.0以下であると、シリカゲルの酸性に起因した、加水分解物中の成分の分解を防止でき、本発明の目的の食感改良効果を得やすい。
【0072】
pHが8.0超のシリカゲルとしてはアミノ化シリカゲル等が挙げられるが、それらのシリカゲル自体が高価である上に、アルデヒド類、ケトン類及び脂肪酸類を特に強く引き付けてしまい、油脂の加水分解物の食感改良効果が乏しくなってしまうおそれがある。
【0073】
油脂の加水分解物を吸着剤と接触させる工程は、バッチ式で行うことも、吸着剤をカラムに充填し通液する方式で行うこともできるが、工業生産の観点から、バッチ式で行うと、一度に精製できる油脂の加水分解物の量が多くなるため好ましい。また油脂の加水分解前後で比較すると、油脂の加水分解後では粘度が上昇しやすく、それに伴って、カラム式では圧力が上昇しやすいため効率よく接触処理を行うことが難しいという理由からもバッチ式が好ましい。
【0074】
油脂の加水分解物に接触させる吸着剤の量は、吸着剤の種類等によって適宜選択されるが、油脂の加水分解物100質量部に対して0.5~20質量部が好ましく、1~18質量部がより好ましく、3~15質量部が更に好ましく、5~15部が最も好ましい。
【0075】
吸着剤の量を加水分解物100質量部に対して0.5質量部以上とすることで、加水分解物が有する刺激味や異味異臭を容易に低減できる。また吸着剤の量を加水分解物100質量部に対して20質量部以下とすることで、強いえぐ味や雑味が生じることを容易に防止できる。
また、吸着剤は、接触工程の前に加熱等により水分を放出させ、その活性を高めてから使用することが好ましい。
【0076】
吸着剤と油脂の加水分解物を接触させる際、吸着剤と加水分解物との接触面積を増加させる目的から、加水分解物の性状は流動状~液状である必要があり、液状であることが好ましい。
このため、吸着剤と加水分解物を接触させる際、加水分解物の性状が流動状~液状となる温度に調温してもよいが、有効成分の逸失・変質を防ぐために100℃未満に調温することが好ましい。
【0077】
吸着剤との接触中は加水分解物を均一な状態にする必要があるが、均一な状態であれば、接触の手法は震盪や撹拌等どのような手法も可能である。特にバッチ式での吸着剤との接触では、吸着剤が沈降するおそれがあるため、例えば、タンクの形状や撹拌羽根の形状によるが、撹拌羽根を用いて30~500rpm程度で撹拌することが好ましい。
【0078】
加水分解物と吸着剤とは、減圧状態で接触させることが好ましく、より好ましくは0.
05MPa以下、特に好ましくは0.01MPa以下で接触させる。これにより、加水分解物の異味異臭が特に低減される。
【0079】
吸着剤との接触工程の終点については、任意の時点を終点として判断することができるが、下述する「(1)吸着剤との接触時間」又は「(2)吸着剤との接触による分析値の変化量」のいずれか1つ以上を基準として判断することにより、異味異臭やえぐ味が十分に低減され、且つ高い食感改良効果を有する食感改良材が得られるため好ましい。尚、より好ましくは下記条件(1)及び(2)の両方を判断基準とする。
【0080】
(1)吸着剤との接触時間
接触時間については、5分~5時間が好ましく、15分~2時間がより好ましい。接触時間が5分未満である場合、吸着剤との接触による異味異臭や刺激味を低減する効果や、食感改良効果が十分に得られないおそれがある。また接触時間が5時間超の場合、食感改良効果を有する有効成分が逸失・変性するおそれがある。
【0081】
(2)吸着剤との接触による分析値の変化量
吸着剤との接触による分析値の変化量を終点の基準として判断する場合には、適宜、加水分解物を常法により分析し、加水分解物の(i)モノグリセリド含量(MG)及び(ii)水分含量のいずれか一方、又は両方を基準として判断することが、高い食感改良効果を有する食感改良材を得る観点から好ましい。
【0082】
(i)モノグリセリド含量(MG)を基準とする場合、接触工程を経る前の加水分解物のモノグリセリド含量を基準として、接触工程を経た加水分解物のモノグリセリド含量が75%以下、特に30~70%の範囲となる点を終点として判断することが、高い食感改良効果を有する食感改良材を得る上で好ましい。モノグリセリド含量が75%超である場合には、含有させたベーカリー食品の食感を損ねやすい。尚、上記の百分率は質量基準である。
【0083】
また、(ii)水分含量を基準とする場合は、接触工程を経た加水分解物中の水分含量が500ppm以下となった点を終点として判断することが好ましく、50~300ppmとなった点を終点として判断することがより好ましい。加水分解物中の水分を500ppm以下とすることで、保管時に経時的な風味の劣化が起きることを防止しやすい。尚、接触工程を経た加水分解物中の水分含量は、上記観点から、本発明の効果が得られる範囲内で十分に低減されることが好ましい。
【0084】
バッチ式で加水分解物と吸着剤との接触を行う場合には、吸着剤との接触工程を経た後、濾過により吸着剤を除去する。濾過方法としては、自然濾過、吸引濾過、加圧濾過及び遠心分離等を用いることができ、メンブレンフィルターやろ布を用いたフィルタープレス等が好ましく選択される。
【0085】
上記(a)及び(b)工程を経ることで、上記条件(1)~(3)を好ましく満たす油脂の加水分解物が得られる。尚、(a)工程、(b)工程を経て得られた油脂の加水分解物は、上記条件(1)~(3)を好ましく満たすが、その物性や風味の調整の観点から、水素添加工程や晶析等による分別工程、脱臭工程、脱色工程を経ることができる。それぞれ上記条件(1)~(3)を逸脱しない範囲で、常法に則って任意に実施することができる。
尚、これらの水素添加工程や晶析等による分別工程、脱臭工程、脱色工程については、上記(a)工程と(b)工程の間に行われてもよく、(b)工程を経た後に行われてもよい。
【0086】
本発明の食感改良材は、上記条件(1)~(3)を満たす油脂の加水分解物を有効成分として含有するものであり、好ましくは、上記工程を経て得られた油脂の加水分解物を有効成分として含有するものである。
【0087】
本発明の食感改良材は、上記条件(1)~(3)を満たす油脂の加水分解物のみからなる場合もある。また、本発明の食感改良材は、上記加水分解物に加え、必要に応じて、水、乳化剤、酸化防止剤、糖類及び糖アルコール、増粘剤、澱粉、小麦粉、無機塩及び有機酸塩、ゲル化剤、乳製品、卵製品、着香料、調味料、着色料、保存料及びpH調整剤等のその他食品素材を含有する場合がある。
【0088】
本発明の食感改良材が、上記加水分解物に加えて、上記のその他食品素材を含有する場合、油脂を加水分解した後、又、加水分解物に対して吸着剤処理を行う場合には、吸着剤処理を行った後、任意に選択された上記のその他食品素材を加えて混合することで得られる。
本発明の食感改良材において、その他食品素材の含有量は、本発明品の食感改良効果を損ねない範囲である限り、特に限定されるものではないが、通常、加水分解物100質量部に対して1~10000質量部である。
【0089】
次に、本発明の、上記食感改良材を含有するベーカリー生地について述べる。
本発明のベーカリー生地は、上記の食感改良材を含有する。本発明のベーカリー生地中の上記食感改良材の含量は、ベーカリー生地中の穀粉類100質量部に対して、食感改良材中の加水分解物が0.5~8質量部となるように含有されることが好ましく、1~7質量部となるように含有されることがより好ましく、1.5~6質量部となるように含有されることが最も好ましい。
【0090】
ベーカリー生地中の穀粉類100質量部に対して、加水分解物が0.5質量部以上であることで、本発明の食感改良効果が十分に得られやすい。また、ベーカリー生地中の穀粉類100質量部に対して、加水分解物が8質量部以下であることで、加水分解物由来の異味がベーカリー食品に付与されてしまうことを防止しやすい。
上記の穀粉類とは、強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉、デュラム粉、全粒粉、ライ麦粉、大麦粉、ひえ粉、トウモロコシ粉、米粉及び豆粉等を指す。
【0091】
本発明のベーカリー生地の種類は特に問われず、食パン生地や菓子パン生地、バターロール生地、バラエティブレッド生地、フランスパン生地、デニッシュ生地、ペストリー生地等のパン生地類や、パイ生地、シュー生地、ドーナツ生地、ケーキ生地、クッキー生地、ハードビスケット生地、ワッフル生地、スコーン生地等の菓子生地類の、ベーカリー生地を挙げることができるが、好ましくはパン生地類に含有させることで、本発明の食感改良効果をより顕著に得られる。
【0092】
ベーカリー生地中に、本発明の食感改良材を、上記範囲となるように含有させる際、直接調製中の生地に添加して含有させる方法や、ベーカリー生地の原料と事前に混合してから生地中に含有させる方法、などが挙げられる。
特に、食感改良材を、穀粉類以外の副原料と事前に混合する際には、ベーカリー生地の原料の一として油脂組成物を含有する場合には、油脂組成物と混合してから、ベーカリー生地中に含有させることが、ベーカリー生地中に食感改良材を均一に分散させる観点から好ましい。
【0093】
原料の一として本発明の食感改良材が用いられた油脂組成物をベーカリー生地中に含有させてもよい。
前記油脂組成物は、ショートニングや粉末油脂のような水分を殆ど含まない油脂組成物
や、マーガリン、ファットスプレッド、バター等の油中水型乳化物のように連続相が油相の油脂組成物であってもよく、純生クリームやコンパウンドクリーム、植物性ホイップクリーム等の水中油型乳化物のように連続相が水相の油脂組成物であってもよい。
【0094】
前記油脂組成物が可塑性を有する場合には、ロールイン用ではなく練り込み用とすることが好ましい。
【0095】
尚、本発明のベーカリー生地を製造する際には、例えばパン生地の場合、速成法、ストレート法、中種法、液種法、サワー種法、酒種法、ホップ種法、中麺法、チョリーウッド法、連続製パン法、冷蔵生地法、冷凍生地法等の製パン法を適宜選択して製造することができる。上記冷凍生地法は、混涅直後に冷凍する板生地冷凍法、分割丸め後に生地を冷凍する玉生地冷凍法、成型後に生地を冷凍する成型冷凍法、最終発酵(ホイロ)後に生地を冷凍するホイロ済み冷凍法等の種々の方法が採用でき、通常のパン生地を調製する際と同様に、フロアタイム、分割、ベンチタイム、成形、ホイロをとることができる。
【0096】
次に、本発明のベーカリー食品について述べる。
本発明のベーカリー食品は、上記の本発明のベーカリー生地を加熱処理したものである。
この加熱処理とは、焼成することに加えて、フライしたり、蒸したり、電子レンジ等によりマイクロ波処理することを指す。加熱温度や加熱時間等は公知の条件を採用することができ、ベーカリー生地の種類によって適宜決定すればよい。
【0097】
上記の、本発明の食感改良材を用いることによって、ベーカリー食品の食感を改良することができる。本発明の食感改良材で改良されるベーカリー食品の食感としては、例えば、ソフト性、しっとり感及び歯切れ性等が挙げられる。具体的には、本発明の食感改良材を用いベーカリー製品は、くちゃつきや歯切れの重さを生じさせずに、ソフトな食感やしっとりとした食感が経時的に維持された、歯切れが良好なベーカリー食品となる。
【0098】
尚、ベーカリー食品を冷蔵・冷凍保存したり、該保存後にオーブントースターや電子レンジで加熱することも可能である。
【0099】
≪実施例≫
以下、本発明を実施例に基づき詳述する。しかしながら、本発明の範囲は何ら実施例に限定されるものではない。尚、以下の各実施例及び比較例においては上記の方法で、油脂の加水分解物の酸価、FA、MG、脂肪酸組成を測定した。
<試行1>
試行1では、加水分解物の酸価、及びモノグリセリド含量に対する遊離脂肪酸含量の質量比(FA/MG)が、ベーカリー食品の風味や食感に与える検証を確認した。
【0100】
〔比較例1-1〕
融解した精製パーム油3000gを容量5000mLの4つ口フラスコに秤量した後、イオン交換水を300g加え、油相と水相の二相に分離し油水界面が落ち着くまで静置した。次に、アンカー型の撹拌羽根を、油水界面を乱さぬように界面から僅かに浮かせて設置し、100rpmで90分間撹拌し、油脂に質量基準で1000ppmとなるように水分を含有させた。この間、油脂の温度が60℃程度となるように加熱を続けた。
【0101】
次に、油脂流量とカラムに充填された固定化酵素量の比が50/時間となるように、油脂流量及び充填する固定化酵素の量を調整した状態で、4つ口フラスコ中の水相及び油相のうち油相のみがカラムを通過し、その後フラスコ内に戻るようにラインを接続して、ポンプで循環させ、連続的に油脂を酵素で加水分解できる系を組んだ。
【0102】
尚、油脂が通液する全てのラインは油脂温度が60℃程度に維持できるように保温できるよう処置をとった。また、上記固定化酵素の担体はイオン交換樹脂(粒度200~600μmの担体粒子が体積基準で90%以上)であり、固定化されている酵素はリゾムコール由来の脂肪分解酵素であった。
この系を循環させながら、適宜油相の酸価を測定し、酸価が5となった時点で通液をストップさせ、油相のみを別のフラスコに移し、これを加水分解物とした。
【0103】
次に加水分解物を入れたフラスコ内の気圧が0.01MPa以下となるように減圧しながらフラスコ内の液温度を90℃に調整し、250rpmで撹拌し、60分間脱水処理(酵素を失活・除去する工程を兼ねる)を施した。
この後、一旦常圧に戻し、吸着剤としてpH7.5のシリカゲル(富士シリシア製サイロピュート130)を250g加え、再度0.01MPa以下になるまで減圧し、撹拌速度350rpm、油脂温度90℃でシリカゲルとの接触を行った。接触を行いながら適宜サンプリングを行い、加水分解物中のモノグリセリド含量を測定し、吸着剤との接触工程前の加水分解物のモノグリセリド含量を基準として、該接触工程を経た部分的加水分解物のモノグリセリド含量が60%以下となった時点を終点とし、減圧を解除し降温せずにそのままシリカゲル(吸着剤)を濾別した。
【0104】
このようにして、パーム油を酵素で加水分解した加水分解物A(単にパーム加水分解物Aと記載する場合がある。以下、同様。)を得た。
【0105】
〔実施例1-1〕
酸価が25となるまで加水分解した以外は、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム分解物Bを得た。
【0106】
〔実施例1-2〕
酸価が40となるまで加水分解した以外は、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム分解物Cを得た。
【0107】
〔実施例1-3〕
酸価が60となるまで加水分解した以外は、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム分解物Dを得た。
【0108】
〔実施例1-4〕
酸価が100となるまで加水分解した以外は、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム分解物Eを得た。
【0109】
〔実施例1-5〕
酸価が100となるまで加水分解し、シリカゲルの量を250gから125gに減じた以外は、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム分解物Fを得た。
【0110】
〔実施例1-6〕
酸価が135となるまで加水分解した以外は、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム分解物Gを得た。
【0111】
〔比較例1-2〕
酸価が150となるまで加水分解した以外は、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム分解物Hを得た。
【0112】
〔比較例1-3〕
酸価が180となるまで加水分解した以外は、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム分解物Iを得た。
【0113】
〔比較例1-4〕
酸価が25となるまで、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルとの接触を行うことなく、そのままパーム分解物Jとして得た。
【0114】
〔比較例1-5〕
酸価が60となるまで、比較例1-1と同様にパーム油を加水分解し、シリカゲルとの接触を行うことなく、そのままパーム分解物Kとして得た。
【0115】
得られたパーム分解物A~Kの酸価、FA/MG、遊離脂肪酸含量については、表1に詳細を示した。
尚、実施例1-1~1-6、比較例1-1~1-5のパーム分解物は、いずれも、炭素数12以下の脂肪酸の含量についてはそれぞれ0.3質量%であり、脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は49.4質量%であり、炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は、各パーム分解物の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸の含有量の97質量%であった。実施例1-1~1-6、比較例1-1~1-5のパーム分解物は、いずれも、St/Pはそれぞれ0.09であり、脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量は49.1質量%であった。
【0116】
【表1】
【0117】
〔実施例2-1~2-6及び比較例2-1~2-5〕
実施例1-1~1-6及び比較例1-1~1-5で得られたパーム分解物A~Kをそれぞれ食感改良材として用いて、表2に示す配合と下記製法でロールパン(バターロール成型)を製造した。得られたロールパンについて、加水分解物無添加品をコントロールとして、下記評価基準に則って、10名の専門パネラーにより、官能評価を行った。その結果を◎:41~50点、○:31~40点、△:21~30点、×:20点未満として、表2に示した。評価に先立ち、事前にパネラー間で各点数に対応する官能の程度をすり合わせた。
焼成2日後のロールパンについては、焼成後、袋に入れた状態で常温下に2日間保存し、食感、具体的には、ソフト性、歯切れ、しとり感について総合的な評価を行った。
【0118】
<官能評価基準>
・食感(ソフト性)
5:コントロールと比較してきわめて良好。
3:コントロールと比較して良好。
1:コントロールと比較してやや悪い。
0:コントロールと比較して悪い。
【0119】
・食感(しとり感)
5:コントロールと比較してきわめて良好。
3:コントロールと比較して良好。
1:コントロールと比較してやや悪い。
0:コントロールと比較して悪い。
【0120】
・食感(歯切れ)
5:コントロールと比較してきわめて良好。
3:コントロールと比較して良好。
1:コントロールと比較してややくちゃつく。
0:コントロールと比較してくちゃつきが激しい。
【0121】
・風味
5:コントロールと比較してきわめて良好。
3:コントロールと比較して良好。
1:コントロールと比較してエグ味がある。
0:コントロールと比較してエグ味があり舌を刺すような刺激味が感じられる。
【0122】
・2日後の食感
5:コントロールと比較してソフトで歯切れも良好である。
3:コントロールと比較してソフトである。
1:コントロールと比較して硬い食感でありやや悪い、若しくはくちゃついていた。
0:コントロールと比較して硬い食感でヒキが強くきわめて悪い、若しくはくちゃつきが激しかった。
【0123】
<ロールパン(バターロール成型)の製法>
表2の中種生地配合の全原料を、縦型ミキサーにて低速で3分、中速で2分ミキシングし、中種生地(捏ね上げ温度26℃)を得た。得られた中種生地は、28℃、相対湿度80%にて120分の中種発酵を取った。
【0124】
表2の中種生地並びに本捏生地配合の強力粉、砂糖、食塩、脱脂粉乳、全卵及び水を、縦型ミキサーにて低速で3分、中速で3分ミキシングした後、本捏生地配合のマーガリンに予め各種加水分解物を混合したものを含有させ、更に低速で3分、中速で4分ミキシングし、本捏生地(捏ね上げ温度28℃)を得た。
【0125】
得られた本捏生地は、30分フロアタイムをとり、分割(45g)、丸めし、30分ベンチタイムを取った後、バターロール成型した。これを天板に乗せ、38℃、相対湿度80%、50分のホイロを取った後、190℃のオーブンで13分焼成して、ロールパンA~Kを得た。
【0126】
尚、本捏生地配合中に加水分解物を含有させずに同様の製法でロールパンを製造し、コントロールとした。
【0127】
【表2】
【0128】
先ず、比較例1-1で得られた加水分解物では、コントロール品と比較して、しっとり
感や歯切れ性といった食感が十分改良されておらず、経時的な食感の劣化に対する効果も乏しかった(比較例2-1)。これは油脂の加水分解が不十分であり、加水分解に伴って産生する有効成分が不足していたためと推察される。
【0129】
次に、実施例1-1~1-6で得られた加水分解物を比較すると、一定の範囲では、加水分解を進行させるほどに、即ち加水分解により酸価を高めるほどに、ベーカリー食品の食感改良効果が高まっていくことが見て取れる(実施例2-1~2-6)。一方で、比較例1-2、比較例1-3で得られた加水分解物について見ると明らかなとおり、加水分解の進行に伴って、食感や風味の評価が低くなる傾向が見て取れた(比較例2-2)。これは、加水分解に伴って産生する脂肪酸が過剰に系中に存在するため、風味については刺激の強い風味となるためであると推察される。又、食感については生地の親水性が過度に高まることに起因すると推察される。
【0130】
また、油脂を加水分解した後、シリカゲルとの接触を行っていない比較例1-4、比較例1-5の加水分解物では、モノグリセリド含量が低減されておらず、くちゃつきや歯切れの悪さが感じられ、食感の改良効果が乏しかった(比較例2-4、2-5)。
また、食感の維持も十分になされず劣っており、風味についても、刺激の強い風味となっていた。
【0131】
加水分解後に接触させたシリカゲル量が異なる、実施例1-4の加水分解物と実施例1-5の加水分解物とを比較すると、同様の官能評価結果が得られたものの、実施例1-5の方がややくちゃつくとコメントしたパネラーがあった。これは実施例1-4の加水分解物と比較して、実施例1-5の加水分解物の方がモノグリセリド量が多く存在するためであると推定される。
【0132】
<試行2>
試行2では、加水分解物の酸価を60に設定し、油種の違いによる食感改良効果の差異を検証した。
【0133】
〔実施例1-7〕
融解した精製豚脂を酸価が60となるまで加水分解した以外は、比較例1-1と同様に加水分解し、シリカゲルと接触させて、豚脂分解物を得た。
尚、得られた豚脂分解物は、炭素数12以下の脂肪酸の含量については0.2質量%であり、脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は38.5質量%であり、炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は、豚脂分解物の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸の含有量の93.6質量%であった。また、St/Pは0.54であり、豚脂分解物の脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量は58.3質量%であった。
【0134】
〔実施例1-8〕
融解したカカオバターを酸価が60となるまで加水分解した以外は比較例1-1と同様に加水分解し、シリカゲルと接触させて、カカオバター分解物を得た。
【0135】
尚、得られたカカオバター分解物は、炭素数12以下の脂肪酸の含量については0.2質量%であり、脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は63.3質量%であり、炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は、カカオバター分解物の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸の含有量の100質量%であった。また、St/Pは1.45であり、カカオバター分解物の脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量は36.7質量%であった。
【0136】
〔実施例1-9〕
ナトリウムメトキシドを用いて、常法に則ってランダムエステル交換を行ったパーム分別軟部油(以下IE-POと記載する場合がある。沃素価60。)を融解し、酸価が60となるまで加水分解した以外は比較例1-1と同様に加水分解し、シリカゲルと接触させて、IE-PO分解物を得た。
尚、得られたIE-PO分解物は、炭素数12以下の脂肪酸の含量については0.7質量%であり、脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は44.6質量%であり、炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は、IE-PO分解物の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸の含有量の95.3質量%であった。また、St/Pは0.10であり、IE―PO分解物の脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量は53.1質量%であった。
【0137】
〔実施例1-10〕
液状油である大豆油を、60℃まで加温し、酸価が60となるまで加水分解した以外は比較例1-1と同様に加水分解し、シリカゲルと接触させて、大豆油分解物を得た。
尚、得られた大豆油分解物は、炭素数12以下の脂肪酸の含量については0.0質量%であり、脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は14.2質量%であり、炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は、大豆油分解物の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸の含有量の93.4質量%であった。また、St/Pは0.38であり、大豆油分解物の脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量は84.8質量%であった。
【0138】
〔実施例1-11〕
液状油であるハイオレイックヒマワリ油を、60℃まで加温し、酸価が60となるまで加水分解した以外は比較例1-1と同様に加水分解し、シリカゲルと接触させて、ハイオレイックヒマワリ油分解物を得た。
尚、得られたハイオレイックヒマワリ油分解物は、炭素数12以下の脂肪酸の含量については0.0質量%であり、脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は6.2質量%であり、炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は、ハイオレイックヒマワリ油分解物の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸の含有量の87.6質量%であった。また、St/Pは0.74であり、ハイオレイックヒマワリ油分解物の脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量は93.0質量%であった。
【0139】
〔実施例1-12〕
パーム油に対して沃素価3以下となるまで水素添加処理を施した極度硬化油脂を、65℃まで加温し、酸価が60となるまで加水分解した以外は比較例1-1と同様に加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム極度硬化油分解物を得た。
尚、得られたパーム極度硬化油分解物は、炭素数12以下の脂肪酸の含量については0.2質量%であり、脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は98.2質量%であり、炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は、パーム極度硬化油分解物の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸の含有量の98.6質量%であった。
また、St/Pは1.20であり、パーム極度硬化油分解物の脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量は0.3質量%であった。
【0140】
〔比較例1-6〕
融解したヤシ油を酸価が60となるまで加水分解した以外は比較例1-1と同様に加水分解し、シリカゲルと接触させて、ヤシ油分解物を得た。
尚、得られたヤシ油分解物は、炭素数12以下の脂肪酸の含量については64.3質量
%であり、脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は11.0質量%であり、炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は、ヤシ油分解物の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸の含有量の11.9質量%であった。
また、St/Pは0.33であり、ヤシ油分解物の脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量は7.3質量%であった。
【0141】
〔比較例1-7〕
融解したパーム核油を酸価が60となるまで加水分解した以外は比較例1-1と同様に加水分解し、シリカゲルと接触させて、パーム核油分解物を得た。
尚、得られたパーム核油分解物は、炭素数12以下の脂肪酸の含量については56.9質量%であり、脂肪酸組成中の炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は9.9質量%であり、炭素数16の飽和脂肪酸の含有量と炭素数18の飽和脂肪酸の含有量の和は、パーム核油分解物の脂肪酸組成中の飽和脂肪酸の含有量の12.0質量%であった。また、St/Pは0.24であり、パーム核油分解物の脂肪酸組成中の不飽和脂肪酸含量は17.4質量%であった。
【0142】
得られた実施例1-7~1-12、比較例1-6、及び比較例1-7の酸価、FA/MG、遊離脂肪酸含量については表3に詳細を示した。
【0143】
実施例1-7~1-12、比較例1-6及び比較例1-7で得られた各種加水分解物をそれぞれ食感改良材として用いて、に示す配合で、上記製法によりロールパン(バターロール成型)を製造した。得られたロールパンについて、上記の評価方法で官能評価を行った。その結果を表4に示す。
【0144】
【表3】
【0145】
【表4】
【0146】
ロールパンによる評価で、加水分解物の原料となる油種の差異を確認したところ、脂肪酸組成中の飽和脂肪酸含量、特に炭素数16と炭素数18の飽和脂肪酸の含量によって、ベーカリー食品の食感改良効果や経時的な食感の変化の抑制の程度に、差が生じることが示唆された。
【0147】
実施例1-10、実施例1-11の加水分解物のように、脂肪酸組成中に、飽和脂肪酸を殆ど含有せず、オレイン酸やリノール酸のような不飽和脂肪酸が多く含有されている油脂を基質とする加水分解物からなる生地改良材は、ソフト性を向上させる効果は得られたが、歯切れやしっとり感といった食感の改良効果が十分に得られなかった。また、これらの油種については、経時的な風味の変化が確認され、えぐ味が生じやすい傾向にあった。この理由は明らかになっていないが、他の油種と比較して、脂肪酸組成中にとりわけ多く含有されている不飽和脂肪酸が、経時的に酸化されたことで、風味の変化が引き起こされたものと推察された(実施例2-10、2-11)。
逆に実施例1-12の加水分解物のように脂肪酸組成の殆どが飽和脂肪酸である場合には、ベーカリー食品がソフトで歯切れのよい食感になるものの、油性感の強い風味となりやすかった(実施例2-12)。
【0148】
又、比較例1-6や比較例1-7の加水分解物のように炭素数12以下の脂肪酸、特に炭素数12の飽和脂肪酸を多く含むような油脂を基質とした食感改良材では、ベーカリー食品の食感改良効果も乏しい上、特有の異質な風味が生じており、経時的な食感の抑制についても十分に効果を得ることができなかった(比較例2-6、比較例2-7)。
【0149】
尚、脂肪酸組成中の飽和脂肪酸含量、特に炭素数16と炭素数18の飽和脂肪酸の含量によって、ベーカリー食品の食感改良効果の程度に差が生じる理由については、詳細は不明だが、以下のとおり推察している。
【0150】
通常、澱粉を構成するアミロースはへリックス構造を有しており、その内側は疎水部であることから、該疎水部と、油脂の加水分解により生じた、脂肪酸若しくはその誘導体の疎水部が近接しやすく、相互に作用し、アミロースの経時的な結晶化を抑制しているものと推察される。
その上で、ソフト性やしっとり感といった食感の改良効果については、脂肪酸の末端のカルボキシル基が水和するためであると推察している。また2日後の食感の変化の抑制、即ち老化現象の抑制については、加水分解により生じた脂肪酸の炭素数が16~18の場合は、その疎水性が十分であり、アミロースの疎水部との相互作用しやすく、アミロースの経時的な結晶化を十分に抑制できるためであると推察される。
【0151】
<試行3>
試行3では、実施例1-3で製造したパーム分解物Dを用いて、ベーカリー食品中における加水分解物の好ましい含有量について、検証を行った。
尚、本試行はパーム分解物Dを食感改良材として用いて、表5に示す配合で、上記製法により、加水分解物の含有量が異なるロールパン(バターロール成型)を製造した。得られたロールパンについて、上記の評価方法で官能評価を行った。その結果を表5に示す。
【0152】
【表5】
【0153】
コントロールとロールパンTを比較すると、本発明の食感改良材を含有させることにより、その含有量によらず、ソフト性やしっとり感が向上する上、且つ経時的な食感の変化も抑制できることが分かった。添加量が増すごとにソフト性やしっとり感、歯切れ性の改良効果がより顕著に得られ、とりわけ、ベーカリー食品中の穀粉類100質量部あたり2~6質量部の範囲で含有させると、歯切れ性の低下によるくちゃつきを特に効果的に防止できることが分かった。