(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-14
(45)【発行日】2022-09-26
(54)【発明の名称】糖感知エピゲノムバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
C07K 16/18 20060101AFI20220915BHJP
C07K 14/47 20060101ALI20220915BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20220915BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
C07K16/18 ZNA
C07K14/47
G01N33/15 Z
G01N33/53 D
(21)【出願番号】P 2017538513
(86)(22)【出願日】2016-09-08
(86)【国際出願番号】 JP2016076497
(87)【国際公開番号】W WO2017043593
(87)【国際公開日】2017-03-16
【審査請求日】2019-07-31
【審判番号】
【審判請求日】2021-06-10
(31)【優先権主張番号】P 2015177176
(32)【優先日】2015-09-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】塩田 邦郎
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼森 瑞子
(72)【発明者】
【氏名】早川 晃司
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】阪野 誠司
【審判官】宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-83193(JP,A)
【文献】Nucleic Acids Res.(1983), Vol.11, No.21,pp.7409-7425
【文献】Biol.Chem.(1999), Vol.380, pp.7-18
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS (STN)
JSTplus/JMEDplus (JDreamIII)
Uniprot/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒストンH2Aタンパク質のN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)化したセリン40残基に特異的に結合することを特徴とする抗体。
【請求項2】
請求項1に記載の抗体を用いて、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備えることを特徴とするヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の検出方法。
【請求項3】
ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法であって、
被験物質の存在下及び非存在下において、ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程と、
被検物質の存在下における前記GlcNAc化レベルが、被検物質の非存在下における前記GlcNAc化レベルと比較して低かった場合に、前記被検物質はヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤であると判定し、被検物質の存在下における前記GlcNAcレベルが、被検物質の非存在下における前記リン酸化レベルと比較して高かった場合に、前記被検物質はヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の活性化剤であると判定する工程と、
を備えることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項4】
グルコースの存在下において、前記測定工程を行う請求項3に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程が、ヒストンH2Aタンパク質発現細胞を調製する工程と、前記細胞のDNAに損傷を与える工程と、前記細胞中のヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程と、を含む請求項3又は4に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルが、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体により測定される請求項3~5のいずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターする方法であって、
グルコースの存在依存的に生じるヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備えることを特徴とする方法。
【請求項8】
前記ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルが、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体により測定される請求項7に記載の方法。
【請求項9】
エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を評価する方法であって、
ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備えることを特徴とする方法。
【請求項10】
前記ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルが、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体により測定される請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒストンH2Aタンパク質のN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)化したセリン40残基に特異的に結合する抗体、前記抗体を用いたヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の検出方法、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法、グルコースの存在依存的に生じるヒストンタンパク質のGlcNAc化の変化を検出する方法、ゲノムDNAの安定性を評価する方法、及びタンパク質マーカーに関する。
本願は、2015年9月9日に、日本に出願された特願2015-177176号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
クロマチン構造は、ゲノム機能を調節するために、ヒストンタンパク質における様々な修飾によって制御されることが知られている。このような化学修飾において、ヒストンタンパク質の翻訳後修飾はクロマチン再編成のための重要な決定因子として明らかになっており、可逆的なヒストン修飾の特異的な組み合わせは、クロマチンの活性状態に影響を及ぼしていると考えられている。この特異的な組み合わせは後成的(epigenetically)に生じ、安定的であるにも関わらず、これらのいくつかは細胞外状態及び細胞活性に応答して一時的に再構成される。エピジェネティクス系はゲノムの長期的制御を担っており、エピジェネティクス修飾は細胞のゲノム制御に果たす役割や、発生や細胞分化の基盤として重要で、その破たんは疾患の原因となりうる。
現在、エピジェネティクス修飾には多数知られており、そのうち、ヒストン末端の特異的残基におけるヒストンタンパク質のアセチル化、メチル化、ユビキチン化は遺伝子の発現制御やゲノム安定性に関連していることが知られている。
【0003】
近年、上述のようなヒストンタンパク質の修飾として、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)化が、ヒストンタンパク質に刻まれる新しいエピジェネティクス現象であることが明らかとなった。GlcNAc化は可逆的な現象であり、修飾反応はO-結合型N-アセチルグルコサミン転移酵素(OGT)及びO-結合型N-アセチルグルコサミン化酵素(OGA)の二つの酵素により触媒されている。N-アセチルグルコサミンは、ヘキソサミン生合成経路(HBP)によりサイトゾルにおいて生成されるUDP-GlcNAcから得られる。UDP-GlcNAcの最初の供給源が細胞外グルコースであるため、GlcNAc化の程度は細胞外グルコース濃度及び細胞内のHBP活性と共に変動すると考えられている(例えば、非特許文献1参照。)。また、血糖値の異常は細胞の長期的なゲノム機能の変化を起こし、様々な疾患の原因になる可能性が挙げられている(例えば、非特許文献2参照。)。
【0004】
GlcNAc化されるヒストンタンパク質中のアミノ酸は、セリン又はスレオニンであることが知られている。ヒストンタンパク質のうち、現在判明しているGlcNAc化される部位は、ヒストンH2Bのアミノ酸配列のうちN末端から36番目のセリン、52番目のスレオニン、55番目のセリン、56番目のセリン、64番目のセリン、91番目のセリン、112番目のセリン及び123番目のセリン、ヒストンH2Aのアミノ酸配列のうちN末端から101番目のスレオニン、ヒストンH3又はH3.3のアミノ酸配列のうちN末端から10番目のセリン、32番目のスレオニン及び80番目のスレオニン、ヒストンH4のアミノ酸配列のうちN末端から47番目のセリンである(例えば、非特許文献3、4参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Kaoru Sakabe., et al., β-N-acetylglucosamine(O-GlcNAc) is part of the histone code, PNAS., 107(26), 19915-19920, 2010.
【文献】Pirola, L., et al., Epigenetic phenomena linked to diabeticcomplications., Nat Rev Endocrinol. 2010 Dec;6(12):665-75.
【文献】Maria Cristina Gambetta., et al., A critical perspective ofthe diverse roles of O-GlcNAc transferase in chromatin, Chromosoma, Review, DOI:10.1007/s00412-015-0513-1, 18 April 2015.
【文献】Lukas Lercher., et al., Generation of a synthetic GLcNAcylated nucleosome reveals regulation of stability by H2A-Thr101 GlcNAcylation, Nature Communications., 6, Article number:7978, 25 August 2015.
【文献】Jessica Gagnon., et al., Undetectable histone O-GlcNAcylation in mammalian cells, Epigenetics, 10:8, 677-691, August 2015.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のとおり、GlcNAc化は細胞外グルコース濃度と共に変動すると考えられているが、GlcNAcは低分子量であり中性電荷であるため、検出することが難しく、細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターする技術については、未だ確立されていなかった(例えば、非特許文献5参照。)。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターする方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、核内においてヒストンタンパク質のうち、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基がGlcNAc化されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]ヒストンH2Aタンパク質のN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)化したセリン40残基に特異的に結合することを特徴とする抗体。
[2][1]に記載の抗体を用いて、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備えることを特徴とするヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の検出方法。
[3]ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下及び非存在下において、ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程と、被検物質の存在下における前記GlcNAc化レベルが、被検物質の非存在下における前記GlcNAc化レベルと比較して低かった場合に、前記被検物質はヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤であると判定し、被検物質の存在下における前記GlcNAcレベルが、被検物質の非存在下における前記リン酸化レベルと比較して高かった場合に、前記被検物質はヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の活性化剤であると判定する工程と、を備えることを特徴とするスクリーニング方法。
[4]グルコースの存在下において、前記測定工程を行う[3]に記載のスクリーニング方法。
[5]DNAに損傷を与えた条件下において、前記測定工程を行う[3]又は[4]に記載のスクリーニング方法。
[6]前記ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルが、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体により測定される[3]~[5]のいずれか一つに記載のスクリーニング方法。
[7]細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターする方法であって、グルコースの存在依存的に生じるヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備えることを特徴とする方法。
[8]前記ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルが、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体により測定される[7]に記載の検出方法。
[9]細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターするマーカーであって、GlcNAc化したセリン40残基を含む、H2Aタンパク質又はそのペプチド断片からなることを特徴とするタンパク質又はペプチドマーカー。
[10]エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を評価する方法であって、ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備えることを特徴とする方法。
[11]前記ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルが、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体により測定される[10]に記載の方法。
[12]エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を検出するマーカーであって、GlcNAc化したセリン40残基を含む、H2Aタンパク質又はそのペプチド断片からなることを特徴とするタンパク質又はペプチドマーカー。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1A】ヒストンH2Aタンパク質における30番目~50番目のアミノ酸配列の種による違いを示す図である。
【
図1B】ヒストンタンパク質の修飾の種による違いを示す図である。
【
図2A】実施例1におけるHPLCのピーク推移を表したグラフと、HPLCにより得られた各フラクションのウエスタンブロッティング法による検出結果を示す画像である。
【
図2B】実施例1における2種類の野生型Flag-H2A1A及びFlag-H2A3、並びに変異体Flag-H2A3-S40A(ヒストンH2A3タンパク質のアミノ酸配列のうち40番目のセリンをアラニンに変えた変異体)の組換えタンパク質を用いたウエスタンブロッティング法による検出結果を示す画像である。
【
図3A】実施例2におけるH2A3-S40-GlcNAc抗体を用いたマウスES細胞の免疫染色の結果を示す画像である。
【
図3B】実施例2におけるO-GlcNAc(RL2)抗体を用いたマウスES細胞の免疫染色の結果を示す画像である。
【
図3C】実施例2における異なるグルコース濃度の培地で培養したマウスES細胞及びマウスTS細胞を用いたウエスタンブロッティング法による検出結果を示す画像である。
【
図4A】実施例3におけるH2A3-S40-GlcNAc抗体を用いた、異なるグルコース濃度の培地で培養したヒトEAhy細胞の免疫染色の結果を示す画像と、核内のGlcNAcドット数の変化を計測したグラフである。
【
図4B】実施例3におけるH2A3-S40-GlcNAc抗体を用いた、異なるグルコース濃度の培地で培養したヒトRPTEC細胞の免疫染色の結果を示す画像と、核内のGlcNAcドット数の変化を計測したグラフである。
【
図5】実施例4における低糖及び高糖環境下で培養したマウスES細胞でのH2A3-S40-GlcNAc抗体を用いたChIP-seqの結果を示す図である。
【
図6】実施例5における低糖及び高糖環境下で培養したヒトEAhy細胞でのH2A3-S40-GlcNAc抗体を用いたChIP-seqの結果を示す図である。
【
図7】実施例6におけるDNA損傷に関連するヒストンバリアント及びタンパク質についてウエスタンブロッティング法による検出結果を示す画像である。
【
図8】実施例7における野生型ヒストンタンパク質H2A又は変異型ヒストンタンパク質H2A-S40Aを高発現したヒトEAhy細胞での紫外線照射により誘発されたDNA損傷(ピリミジンダイマー)を検出した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、必要に応じて図面を参照しながら、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0013】
<抗体>
一実施形態において、本発明は、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体を提供する。
【0014】
本実施形態の抗体によれば、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基を容易かつ簡便に検出することができる。さらに、本実施形態の抗体を用いて、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基を検出することで、糖尿病や肥満など代謝異常がリスク因子となる様々な疾患のエピジェネティクス異常を検出することができる。
【0015】
本明細書中において、「ヒストンタンパク質」とは、クロマチンの基本単位であるヌクレオソームを構成するコアヒストンタンパク質(H2A、H2B、H3、H4)及びリンカーヒストンタンパク質(H1)のことを意味する。さらに、本明細書中において、「ヒストンタンパク質」には、これらのバリアント、例えばH2AX、H2AZ等も含まれる。
元来、ヒストンH2Aタンパク質のアミノ酸配列のうち、N末端から40番目のアミノ酸がアラニンであった(
図1A参照)が、進化の過程から哺乳類以降の動物において、ヒストンH2Aタンパク質のアミノ酸配列のうち、N末端から40番目のアミノ酸がセリンであるバリアントが存在する(
図1A及び
図1B参照)ことが知られている。本発明者らは、このヒストンH2Aタンパク質のバリアントに着目したところ、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基がGlcNAc化されることを見出し、本発明を完成するに至った。
尚、本明細書及び特許請求の範囲において、N末端から40番目のアミノ酸を「アミノ酸40残基」という。例えば、N末端から40番目のアミノ酸がセリンの場合には「セリン40残基」という。
【0016】
また、
図1Bから、アセチル化、メチル化、GlcNAc化等のヒストンの修飾は様々な生物においてみられるが、ヒストンH2Aタンパク質の40番目のセリンのGlcNAc化は、哺乳類以降の動物においてのみ行われるものである。
また、後述の実施例において示すように、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルは、ヘキソサミン生合成経路(HBP)を介した細胞外グルコース濃度の変化に応答して、増加又は減少することが、本発明者らにより初めて明らかとなった。よって、このヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化は、哺乳類以降の動物における糖尿病や肥満等の代謝異常がリスク因子となる様々な疾患のエピジェネティクス異常に関連していると考えられる。
【0017】
本実施形態の抗体は、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合することができる。また、GlcNAcのヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基への結合の態様は、O結合型である。すなわち、本実施形態の抗体は、ヒストンH2Aタンパク質のO結合型GlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合することができる。上述したように、このヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化は新規に見出され、本実施形態の抗体は、この新規な抗原に対して特異的に結合する範囲において包含される。
【0018】
本実施形態において、「抗体」の種類としては、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、さらに抗体の機能的断片であってもよい。中でも、モノクローナル抗体であることが好ましい。また、「抗体」には、免疫グロブリンのすべてのクラスおよびサブクラスが含まれる。
【0019】
本明細書中において、「特異的に結合」とは、抗体が標的タンパク質(抗原)にのみ結合することを意味し、例えば試験管内におけるアッセイ、好ましくは精製した野生型抗原を用いたプラズモン共鳴アッセイ(例えば、BIAcore、GE-Healthcare Uppsala, Sweden等)における抗体の抗原のエピトープへの結合等により定量することができる。結合の親和性は、ka(抗体-抗原複合体からの抗体結合に関する速度定数)、kD(解離定数)、及びKD(kD/ka)によって規定することができる。抗体が抗原に特異的に結合している場合の結合親和性(KD)は、10-8mol/L以下であることが好ましく、10-9M~10-13mol/Lであることがより好ましい。
【0020】
本実施形態において、「ポリクローナル抗体」とは、異なるエピトープに対する異なる抗体を含む抗体調製物を意味する。すなわち、本実施形態の抗体がポリクローナル抗体である場合、O結合型GlcNAc化したセリン40残基を含み、且つ、異なるアミノ酸配列からなるエピトープに対し、特異的に結合する異なる抗体を含み得る。
また、「モノクローナル抗体」とは、実質的に均一な抗体の集団から得られる抗体(抗体断片を含む)を意味する。
また、ポリクローナル抗体とは対照的に、モノクローナル抗体は、抗原上の単一の決定基を認識するものを意味する。すなわち、本実施形態の抗体がモノクローナル抗体である場合、自然環境の成分から単離された抗体である。
本実施形態において、抗体の「機能的断片」とは、抗体の一部分(部分断片)であって、標的タンパク質を特異的に認識するものを意味する。具体的には、Fab、Fab’、F(ab’)2、可変領域断片(Fv)、ジスルフィド結合Fv、一本鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2、ダイアボディー、多特異性抗体、およびこれらの重合体等が挙げられる。
【0021】
本実施形態の抗体がポリクローナル抗体である場合、抗原(例えば、GlcNAc化したセリン40残基を含むヒストンH2Aタンパク質、そのGlcNAc化したセリン40残基を含むペプチド断片、またはこれらを発現する細胞等)で免疫動物を免疫し、その抗血清から、従来の手段(例えば、塩析、遠心分離、透析、カラムクロマトグラフィー等)によって、精製して取得することができる。また、本実施形態の抗体がモノクローナル抗体である場合は、ハイブリドーマ法や組換えDNA法によって作製することができる。
【0022】
ハイブリドーマ法としては、例えば、ケーラーおよびミルスタインの方法(例えば、Kohler & Milstein, Nature, 256:495(1975)参照)等が挙げられる。この方法における細胞融合工程に使用される抗体産生細胞としては、例えば抗原(例えば、GlcNAc化したセリン40残基を含むヒストンH2Aタンパク質、そのGlcNAc化したセリン40残基を含むペプチド断片、またはこれらを発現する細胞等)で免疫された動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、サル、ヤギ等)の脾臓細胞、リンパ節細胞、末梢血白血球等が挙げられる。また、免疫されていない動物から予め単離された上記の細胞またはリンパ球などに対して、抗原を培地中で作用させることによって得られた抗体産生細胞も使用することができる。ミエローマ細胞としては、公知の種々の細胞株を使用することができる。抗体産生細胞及びミエローマ細胞は、それらが融合可能であれば、異なる動物種起源のものでもよいが、同一の動物種起源のものであることが好ましい。ハイブリドーマを得る方法としては、例えば、抗原で免疫されたマウスから得られた脾臓細胞と、マウスミエローマ細胞との間の細胞融合により産生され、その後のスクリーニングにより、標的蛋白質に特異的なモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得る方法等が挙げられる。ハイブリドーマにより産生されたモノクローナル抗体を得る方法としては、例えば標的蛋白質に対するモノクローナル抗体は、ハイブリドーマを培養することにより、また、ハイブリドーマを投与した哺乳動物の腹水から、取得する方法等が挙げられる。
【0023】
組換えDNA法としては、例えば上記本実施形態の抗体又は抗体の機能的断片をコードするDNAをハイブリドーマやB細胞等からクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主細胞(例えば哺乳類細胞株、大腸菌、酵母細胞、昆虫細胞、植物細胞等)に導入し、本実施形態の抗体を組換え抗体として産生させる手法等が挙げられる(例えば、P.J.Delves,Antibody Production:Essential Techniques,1997 WILEY、P.Shepherd and C.Dean Monoclonal Antibodies,2000 OXFORD UNIVERSITY PRESS、Vandamme A.M.et al.,Eur.J.Biochem.192:767-775(1990)参照)。
本実施形態の抗体をコードするDNAの発現においては、重鎖又は軽鎖をコードするDNAを別々に発現ベクターに組み込んで宿主細胞を形質転換してもよく、重鎖及び軽鎖をコードするDNAを単一の発現ベクターに組み込んで宿主細胞を形質転換してもよい(例えば、国際特許出願第94/11523号参照)。本実施形態の抗体は、上記宿主細胞を培養し、宿主細胞内又は培養液から分離及び精製し、実質的に純粋で均一な形態で取得することができる。抗体の分離及び精製は、通常のポリペプチドの精製で使用されている方法を使用することができる。トランスジェニック動物作製技術を用いた方法では、例えば、抗体遺伝子が組み込まれたトランスジェニック動物(例えば、ウシ、ヤギ、ヒツジまたはブタ等)を作製し、そのトランスジェニック動物のミルクから、抗体遺伝子に由来するモノクローナル抗体を大量に取得する方法等が挙げられる。
【0024】
本実施形態の抗体は、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合できるものであれば、アミノ酸配列変異体であってもかわない。
アミノ酸配列変異体は、抗体鎖をコードするDNAへの変異導入によって、またはペプチド合成によって作製することができる。抗体のアミノ酸配列が改変される部位は、改変される前の抗体と同等の活性を有する限り、抗体の重鎖または軽鎖の定常領域であってもよく、また、可変領域(フレームワーク領域およびCDR)であってもよい。また、CDRのアミノ酸を改変して、抗原へのアフィニティーが高められた抗体をスクリーニングする手法等を用いてもよい(例えば、PNAS,102:8466-8471(2005)、Protein Engineering,Design&Selection,21:485-493(2008)、国際公開第2002/051870号、J.Biol.Chem.,280:24880-24887(2005)、Protein Engineering,Design&Selection,21:345-351(2008)参照)。
【0025】
改変されるアミノ酸数は、好ましくは、10アミノ酸以内、より好ましくは5アミノ酸以内、最も好ましくは3アミノ酸以内(例えば、2アミノ酸以内、1アミノ酸)である。
アミノ酸の改変は、好ましくは、保存的な置換である。
本明細書中において「保存的な置換」とは、化学的に同様な側鎖を有する他のアミノ酸残基で置換することを意味する。化学的に同様なアミノ酸側鎖を有するアミノ酸残基のグループは、本発明の属する技術分野でよく知られている。例えば、酸性アミノ酸(アスパラギン酸およびグルタミン酸)、塩基性アミノ酸(リシン・アルギニン・ヒスチジン)、中性アミノ酸においては、炭化水素鎖を持つアミノ酸(グリシン・アラニン・バリン・ロイシン・イソロイシン・プロリン)、ヒドロキシ基を持つアミノ酸(セリン・スレオニン)、硫黄を含むアミノ酸(システイン・メチオニン)、アミド基を持つアミノ酸(アスパラギン・グルタミン)、イミノ基を持つアミノ酸(プロリン)、芳香族基を持つアミノ酸(フェニルアラニン・チロシン・トリプトファン)等で分類することができる。アミノ酸配列変異体は、抗原への結合活性が対照抗体(例えば、後述の実施例に記載のO-GlcNAc(RL2)抗体等)よりも高いことが好ましい。
本実施形態の抗体(上述の抗体の機能的断片、アミノ酸配列変異体等も含む)の抗原への結合活性は、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、免疫沈降法、免疫染色法等により評価することができる。
【0026】
<抗体によるヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の検出方法>
一実施形態において、本発明は、上述の抗体を用いて、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備えるヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の検出方法を提供する。
【0027】
本実施形態の検出方法によれば、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基を容易かつ簡便に検出することができる。さらに、糖尿病や肥満など代謝異常、神経疾患、循環器疾患等の様々な疾患のエピジェネティクス異常を検出することができる。
【0028】
本実施形態において、上述の抗体を用いたヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する方法としては特に限定されず、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、免疫沈降法、免疫染色法等が挙げられる。
本実施形態の検出方法は、疾患、病態と関連するヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化と関連する疾患、病態の解析用の研究ツール、生活習慣のモニタリングのツール、疾患、病態などの発症予測、感受性などの診断ツール、さらには、後述のバイオマーカーを指標とする創薬ツールとして用いることができる。
【0029】
<ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法>
一実施形態において、本発明は、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法であって、被験物質の存在下及び非存在下において、ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程と、被検物質の存在下における前記GlcNAc化レベルが、被検物質の非存在下における前記GlcNAc化レベルと比較して低かった場合に、前記被検物質はヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤であると判定し、被検物質の存在下における前記GlcNAcレベルが、被検物質の非存在下における前記リン酸化レベルと比較して高かった場合に、前記被検物質はヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の活性化剤であると判定する工程と、を備えるスクリーニング方法を提供する。
【0030】
本実施形態のスクリーニング方法によれば、容易かつ簡便にヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤を得ることができる。
【0031】
[GlcNAc化レベルを測定する工程]
まず、被検物質の存在下及び非存在下における、ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する。測定に用いられるヒストンH2Aタンパク質としては、ヒストンH2Aタンパク質のうち、GlcNAc化したセリン40残基を含むペプチド断片であってもよい。
【0032】
本実施形態のスクリーニング方法において、「被験化合物」としては特に制限されることはなく、例えば、遺伝子ライブラリーの発現産物、合成低分子化合物ライブラリー、ペプチドライブラリー、抗体、細菌放出物質、細胞(微生物、植物細胞、動物細胞)の抽出液及び培養上清、精製または部分精製ポリペプチド、海洋生物、植物または動物由来の抽出物、土壌、ランダムファージペプチドディスプレイライブラリー等が挙げられる。
【0033】
GlcNAc化レベルの測定方法は特に限定されず、例えば質量分析を用いた方法、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体を用いた方法、オートラジオグラフィーによりヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基を検出する方法等が挙げられる。中でも、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体を用いた方法が好ましい。
抗体を用いた方法として、より具体的には、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、免疫沈降法、免疫染色法等が挙げられる。ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体としては、上述の<抗体>と同様のものを使用することができる。
【0034】
例えば、ヒストンH2Aタンパク質が基板に固定されており、上記の抗体が酵素又は蛍光色素で標識されていてもよい。この場合、基板を洗浄後、酵素の基質を反応させて基質の発色若しくは発光を測定することにより、又は蛍光色素の蛍光を測定することにより、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定することができる。
【0035】
あるいは、ヒストンH2Aタンパク質が基板に固定されていない場合、例えば次のような方法によりGlcNAc化レベルを測定することもできる。例えば、ヒストンH2Aタンパク質を、予めFRET(Fluorescence resonance energy transfer)を起こす1組の蛍光色素の一方で標識しておく。また、上記の抗体を上記の1組の蛍光色素の他方で標識しておく。FRETを起こす色素分子の組としては特に限定されず、例えばFAMとTAMRA、VICとTAMRA等が挙げられる。
【0036】
この原理を利用すれば、本工程を終始溶液状態で行う均一系アッセイ(Homogeneous assay)で行うことができる。均一系アッセイでは、測定に洗浄操作が不要であるため、操作が簡便になるという利点がある。尚、ELISA法等の、基板上に固定化された抗原等を用いて反応、洗浄が行なわれる検出方法は、不均一系アッセイ(Heterogeneous assay)と呼ばれる。
【0037】
本実施形態のスクリーニング方法において、後述の実施例において示すように、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルは、ヘキソサミン生合成経路(HBP)を介した細胞外グルコース濃度の変化に応答して、増加又は減少することから、グルコースの存在下において、測定工程を有することが好ましい。
【0038】
また、後述の実施例において示すように、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルは、DNAの修復能力に比例して、増加又は減少することから、本実施形態のスクリーニング方法において、DNAに損傷を与えた条件下において、測定工程を有することが好ましい。係る工程により、例えばゲノム修復能力を有する薬剤をスクリーニングすることができる。
【0039】
DNAに損傷を与える方法としては、例えば、紫外線(UV)照射、放射線照射、活性酸素等による酸化ストレス、アルキル化剤の添加、トポイソメラーゼII阻害剤(例えば、エトポシド等)の添加等が挙げられ、これらに限定されない。
また、DNAに損傷を与えたかどうかの確認方法については、DNAの損傷方法に応じて適宜選択すればよい。
例えば、紫外線照射等により生じたピリミジンダイマーを検出する場合は、DNA損傷抗体(例えば、抗シクロブタン型ピリミジンダイマー抗体、抗6-4型光産物抗体、抗Dewar型光産物抗体等)を用いた液後面液法等が挙げられる。
または、例えば、酸化ストレス等により生じた脱塩基部位を検出する場合は、ARP(Aldehyde Reactive Probe)を用いたELISA法等が挙げられる。
または、例えば、放射線照射等により生じた二本鎖切断(double-strand breaks;DSBs)を検出する場合は、ヒストンH2AX のセリン139残基のリン酸化抗体(抗γ-H2AX抗体)を用いた免疫蛍光染色法等が挙げられる。
【0040】
[判定する工程]
続いて、被検物質の存在下における前記GlcNAc化レベルが、被検物質の非存在下における前記GlcNAc化レベルと比較して低かった場合に、前記被検物質はヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤であると判定することができる。
【0041】
一方、被検物質の存在下における前記GlcNAcレベルが、被検物質の非存在下における前記リン酸化レベルと比較して高かった場合に、前記被検物質はヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の活性化剤であると判定することができる。
【0042】
<細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターする方法>
一実施形態において、本発明は、細胞外グルコース濃度の変動をモニターする方法であって、グルコースの存在依存的に生じるヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備える方法を提供する。
【0043】
従来、ヒストンタンパク質のGlcNAc化がグルコース濃度と共に変動することを示すデータはなく、本発明において、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化がグルコース濃度と共に変動することを初めて明らかにした。
【0044】
本実施形態の方法によれば、糖尿病や肥満など代謝異常がリスク因子となる様々な疾患のエピジェネティクス異常を検出することができる。
【0045】
本実施形態の方法において、GlcNAc化レベルの測定方法は特に限定されず、例えば上述の<ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法>と同様のものが挙げられる。中でも、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体を用いた方法が好ましい。抗体を用いた方法として、より具体的には、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、免疫沈降法、免疫染色法等が挙げられる。ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体としては、上述の<抗体>と同様のものを使用することができる。
【0046】
<細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターするマーカー>
一実施形態において、本発明は、細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターするマーカーであって、GlcNAc化したセリン40残基を含む、H2Aタンパク質又はそのペプチド断片からなるタンパク質又はペプチドマーカーを提供する。
【0047】
従来、細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾(ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化)をモニターするマーカーはなく、本発明において、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基が細胞外グルコース濃度をモニターするマーカーとなり得ることを初めて明らかにした。
【0048】
本実施形態のマーカーによれば、糖尿病や肥満など代謝異常がリスク因子となる様々な疾患のエピジェネティクス異常を検出することができる。
また、糖尿病患者ではヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化のグルコース応答性が変化することから、応答性の回復を診ることで治療経過を判断することができる。このことから、本発明のマーカーは、代謝疾患の診断マーカー、治療の経過観察マーカーとして応用できる。
【0049】
本実施形態のマーカーは、GlcNAc化したセリン40残基を含んでいればよく、ヒストンH2Aタンパク質であってもよいし、又はそのペプチド断片であってもよい。
【0050】
本実施形態のマーカーの検出方法は、上述の<ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法>と同様のものが挙げられる。中でも、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体を用いた方法が好ましい。抗体を用いた方法として、より具体的には、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、免疫沈降法、免疫染色法等が挙げられる。ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体としては、上述の<抗体>と同様のものを使用することができる。
【0051】
<DNA損傷が及ぼすヒストン修飾をモニターする方法>
一実施形態において、本発明は、DNA損傷が及ぼすヒストン修飾をモニターする方法であって、DNAの損傷の存在依存的に生じるヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備える方法を提供する。
【0052】
本実施形態の方法によれば、簡便にDNA損傷が及ぼすヒストン修飾をモニターすることができる。
【0053】
本実施形態の方法において、DNAに損傷を与える方法としては、例えば、上述の<ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法>において例示された方法と同様の方法が挙げられる。
また、DNAに損傷を与えたかどうかの確認方法については、DNAの損傷方法に応じて適宜選択すればよく、上述の<ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法>において例示された方法と同様の方法が挙げられる。
【0054】
本実施形態の方法において、GlcNAc化レベルの測定方法は特に限定されず、例えば上述の<ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法>において例示された方法と同様の方法が挙げられる。中でも、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体を用いた方法が好ましい。
抗体を用いた方法として、より具体的には、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、免疫沈降法、免疫染色法等が挙げられる。ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体としては、上述の<抗体>に記載されたものと同様のものを使用することができる。
【0055】
<DNA損傷が及ぼすヒストン修飾をモニターするマーカー>
一実施形態において、本発明は、DNA損傷が及ぼすヒストン修飾をモニターするマーカーであって、GlcNAc化したセリン40残基を含む、H2Aタンパク質又はそのペプチド断片からなるタンパク質又はペプチドマーカーを提供する。
【0056】
本実施形態のマーカーによれば、簡便にDNA損傷が及ぼすヒストン修飾をモニターすることができる。
【0057】
本実施形態のマーカーは、GlcNAc化したセリン40残基を含んでいればよく、ヒストンH2Aタンパク質であってもよいし、又はそのペプチド断片であってもよい。
【0058】
本実施形態のマーカーの検出方法は、上述の<ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法>と同様のものが挙げられる。中でも、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体を用いた方法が好ましい。抗体を用いた方法として、より具体的には、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、免疫沈降法、免疫染色法等が挙げられる。ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体としては、上述の<抗体>と同様のものを使用することができる。
【0059】
<エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を評価する方法>
一実施形態において、本発明は、エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を評価する方法であって、ヒストンH2Aタンパク質又はそのペプチド断片のセリン40残基のGlcNAc化レベルを測定する工程を備える方法を提供する。
【0060】
実施例にて後述するように、本発明者らは、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基がGlcNAc化されることにより、ゲノムDNAの修復能が発揮され、損傷を受けたDNAが修復されることを明らかにした。
本実施形態の方法によれば、エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を簡便に評価することができる。
尚、本明細書及び特許請求の範囲において、「ゲノムDNAの安定性」とは、ゲノムDNAが損傷を受けない状態、又はゲノムDNAが損傷を受けても修復される状態が維持されていることを意味する。
【0061】
また、一般に、エピジェネティクス修飾(本実施形態においては、主にH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化)は、該エピジェネティクス修飾が関与する遺伝子群の発現における現在、過去、及び未来の状況、すなわち(1)現在の転写プログラム(例えば、遺伝子発現が活発であれば、クロマチン構造が緩んでいる状態等)、(2)分化及び発達におけるこれまでの遺伝子発現の歴史、及び(3)今後の遺伝子発現の態勢、を反映していると考えられている(参考文献:Hammoud S. S., “Chromatin and Transcription Transitions of Mammalian Adult Germline Stem Cells and Spermatogenesis”, Cell Stem Cell, vol.15, p239-253, 2014.)。
よって、例えば、現在の転写プログラムにおいてクロマチン構造が緩み、遺伝子発現が活発である場合、DNA損傷を受けやすいと考えられるが、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基がGlcNAc化されることで、ゲノムDNAの修復能が発揮され、損傷を受けても直ちに修復され、問題なく転写を行うことができる。
また、例えば、今後の遺伝子発現におい必要な遺伝子である場合、予めヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基がGlcNAc化されることで、発現が上昇するまでDNA損傷から遺伝子を保護することができる。この新たに見出した機能より、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基がGlcNAc修飾の程度を解析することにより、細胞、組織または個体のDNA損傷に対して感受性であるか、抵抗性であるかを判定・診断することができる。
【0062】
また、一般に、細胞の分化の段階(例えば、幹細胞、前駆細胞、成熟細胞等)、及びDNA損傷のタイプによって、DNAの修復経路が異なり、さらにDNAの修復経路の異常によりゲノムの安定性が失われ、各種疾患が起こることが知られている(参考文献:McKinnon P. J., “Maintaining genome stability in the nervous system”, nature neurosciense, vol.16, no.11, p1523-1529, 2013.)。
本実施形態の方法において、細胞の分化の段階、及びDNAの損傷を与える方法を適宜選択することで、各種疾患におけるエピジェネティクス異常の発生メカニズムを検証することができる。
【0063】
本実施形態の方法において、GlcNAc化レベルの測定方法は特に限定されず、例えば上述の上述の<ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法>において例示された方法と同様の方法が挙げられる。中でも、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体を用いた方法が好ましい。
抗体を用いた方法として、より具体的には、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、免疫沈降法、免疫染色法等が挙げられる。ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体としては、上述の<抗体>に記載されたものと同様のものを使用することができる。
【0064】
<エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を検出するマーカー>
一実施形態において、本発明は、エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を検出するマーカーであって、GlcNAc化したセリン40残基を含む、H2Aタンパク質又はそのペプチド断片からなるタンパク質又はペプチドマーカーを提供する。
【0065】
従来、エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を検出するマーカーは存在せず、本発明において、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基がエピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を検出するマーカーとなり得ることを初めて明らかにした。
【0066】
本実施形態のマーカーによれば、エピジェネティクス修飾によるゲノムDNAの安定性を評価することができる。
本実施形態のマーカーが検出される場合、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化に関与する遺伝子領域はDNA損傷から保護されており、ゲノムDNAは安定していると判定できる。
一方、本実施形態のマーカーが検出されない場合、ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化に関与する遺伝子領域での発現が低下している、又はエピジェネティクス異常が起きていると判定できる。
【0067】
本実施形態のマーカーは、GlcNAc化したセリン40残基を含んでいればよく、ヒストンH2Aタンパク質であってもよいし、又はそのペプチド断片であってもよい。
【0068】
本実施形態のマーカーの検出方法は、上述の<ヒストンH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の阻害剤又は活性化剤のスクリーニング方法>と同様のものが挙げられる。中でも、ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体を用いた方法が好ましい。抗体を用いた方法として、より具体的には、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、免疫沈降法、免疫染色法等が挙げられる。ヒストンH2Aタンパク質のGlcNAc化したセリン40残基に特異的に結合する抗体としては、上述の<抗体>と同様のものを使用することができる。
【0069】
<抗体のその他用途>
ヒストンタンパク質のGlcNAc化特異的抗体のその他用途としては、例えば、前記抗体を用いたChIP-seq法(クロマチン免疫沈降法(chromatin immunoprecipitation;ChIP)と次世代シークエンサーとを組み合わせた技術)を行うことで、GlcNAc化したセリン40残基を含むH2Aタンパク質の近くに存在し、DNA損傷から保護されているるゲノム上の領域を特定することができる。
【0070】
また、後述の実施例に示す通り、前記抗体を用いたChIP-seq法によって、異なる細胞におけるエピジェネティクス修飾(本実施形態においては、主にH2Aタンパク質のセリン40残基のGlcNAc化)が関与する遺伝子群の違い、及び前記遺伝子群の発現パターンの違いを解析することができる。
【0071】
以上、この発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の構成等も含まれる。
【実施例】
【0072】
以下、実施例及び比較例等を挙げて本発明をさらに詳述するが、本発明はこれらの実施例等に限定されるものではない。
【0073】
[実施例1]ヒストンタンパク質のGlcNAc化部位の検出及びヒストンタンパク質のGlcNAc化特異的抗体の作製
(1)新規GlcNAc化ヒストンを認識するモノクローン抗体の作製
GlcNAc化はセリン(S)又はスレオニン(T)で見られる。さらに、これまでに明らかにされたGlcNAc化タンパク質の情報から複数のヒストンアミノ酸配列(「・・・YT・・・」および「・・・YS・・・」)を推測し、数種類のGlcNAc化ペプチドを作製した。続いて、作製したGlcNAc化ペプチドをウシ血清アルブミン又はGSTタンパク質と結合させた融合タンパク質を抗原とし、常法に従いマウスに免疫し抗体産生ミエローマ細胞を得た。合計300以上のクローンをスクリーニングし、GlcNAc化ヒストンを認識する抗体を得た。
【0074】
(2)ヒストン抽出とHPLC(High performance liquid chromatography)による分画及び精製
Histone purification mini kit(Active Motif社製)を用いて、マウス胚性幹(ES)細胞からヒストンを抽出した。続いて、抽出されたヒストンを水で透析し、逆相クロマトグラフィーカラム(Aeris WIDEPORE 3.6μm XB-C8)をセットしたHPLCユニット(LC-10Ai、島津製作所社製)により、アセトニトリル(SolventA(5%acetonitlie,0.1%TFA)、SolventB(90%acetonitlie,0.1%TFA))溶液を用いたグラジエント法(流速0.5ml/min)で分画した。結果を
図2Aに示す。
分画した各フラクション(15~72.5分)は、フラクションコレクターFRC-10A(島津製作所社製)を用いて、回収した。
【0075】
(3)ヒストンのGlcNAc化部位の検出
(2)で得られた各フラクションについて、常法に従い、(1)で得られた抗体、H2A抗体、H2B抗体、H3抗体及びH4抗体を用いたウエスタンブロッティング法による検出を行った。また、各フラクションに含まれるタンパク質量を比較する為に銀染色を行った。結果を
図2Aに示す。
【0076】
図2Aから、(1)で得られた抗体がH2AのGlcNAc化部位を認識していることが確かめられた。
【0077】
(4)抗体の特異性の検討
常法に従い、2種類の野生型Flag-H2A1A及びFlag-H2A3、並びに変異体Flag-H2A3-S40A(ヒストンH2A3タンパク質のアミノ酸配列のうち、N末端から40番目のセリンをアラニンに変えた変異体)の組換えタンパク質を調製した。続いて、それぞれの組換えタンパク質について、(1)で得られた抗体、H2A抗体及びFlag抗体を用いたウエスタンブロッティング法による検出を行った。結果を
図2Bに示す。
【0078】
図2Bから、(1)で得られた抗体は、ヒストンH2A3タンパク質のアミノ酸配列のうち、40番目のセリンのGlcNAc化を特異的に検出することが明らかとなった。以下、(1)で得られた抗体を、H2A3-S40-GlcNAc抗体と呼ぶ。
【0079】
[実施例2]マウスES細胞及びマウスTS細胞におけるヒストンH2A3タンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の検出
(1)マウスES細胞およびマウス胎盤栄養膜細胞幹(TS)細胞の培養
マウスES細胞はJ1株を用いた(Li,E.,Bestor,T.&Jaenisch, R.Cell 1992,69,915-926.)。ES細胞用培地(15%FBS(Biowest社製)、2mM L-グルタミン(Wako社製)、1mMピルビン酸ナトリウム(Wako社製)、非必須アミノ酸、2-メルカプトエタノール、50U/mL penicillin(Invitrogen社製)、50μg/mL streptomycin(Invitrogen社製)をDMEM(25mMグルコース含有)(Wako社製)に添加したもの)に、1000UのLeukemia Inhibitory Factor(Millipore社製)を添加し、ゼラチンコート済み培養皿上で培養した。
【0080】
また、TS細胞は、既報に従い(Hayakawa K1,et.al.,Curr Protoc Stem Cell Biol. 2015 Feb 2;32:1E.4.1-1E.4.32.)、C57BL/6Nマウス由来胚盤胞より樹立した。続いて、TS細胞用培地 (20%FBS(Biowest社製)、2mM L-グルタミン(Wako社製)、1mMピルビン酸ナトリウム(Wako社製)、2-メルカプトエタノール、50U/mL penicillin(Invitrogen社製)、50μg/mL streptomycin(Invitrogen社製)をRPMI-1640(25mMグルコース含有)に添加したもの)に、25ng/mL FGF4 、アクチビンA(Wako社製)及びヘパリン(Sigma社製)を添加し、培養を行った。
【0081】
続いて、1、5、10mMグルコース含有ES細胞用培地及びTS細胞用培地を、グルコース不含DMEM(Wako社製)又はグルコース不含RMPI-1640を用いて、調製した。続いて、調製した各培養液を用いてES細胞及びTS細胞をコンフルエントになるまで培養した。続いて、培養した細胞を、遠心により細胞をペレット状にし、培養液を除去して、回収した。続いて、直ちに液体窒素中で凍結させ、使用するまで-80℃で保存した。
【0082】
(3)マウスES細胞の免疫染色
マウスES細胞を4%パラホルムアルデヒドで20分間固定した。続いて、ブロッキング溶液(5%ウシ血清由来アルブミン(BSA))、0.1%Tween20、0.2%TritonX-100を含むPBS(-))を用いて、4℃で一晩処理した。続いて、5%BSA及び0.1%Tween20を含むPBS(-)で希釈したヒストンH2A3-S40-GlcNAc抗体又はO-GlcNAc(RL2)抗体を用いて、4℃で一晩反応させた。続いて、PBS(-)で希釈した二次抗体に室温1時間反応させた。さらに、1μg/mL DAPI(Dojindo社製)で室温10分間、核を染色した。続いて、封入液(VECTASHIELD社製)で封入し、プレパラートを作製した。観察は一体型共焦点レーザー顕微鏡(FV10i,オリンパス社製)を用いて行った。結果を
図3A及び
図3Bに示す。
図3AがH2A3-S40-GlcNAc抗体で染色した結果であり、
図3BがO-GlcNAc(RL2)抗体で染色した結果である。
図3Aにおいて、「O-GlcNAcペプチド吸収」とは、実施例1の(1)で作製したGlcNAc化ペプチドを添加して免疫染色を行ったものを示し、「マウスIgG」とは、マウスIgGを用いて免疫染色を行ったものを示す。
【0083】
図3A及び
図3Bから、H2A3-S40-GlcNAc抗体で免疫染色したES細胞は、O-GlcNAc(RL2)抗体で免疫染色したES細胞と染色像が異なり、核内にドット状のシグナルが検出された。また、実施例1の(1)で作製したGlcNAc化ペプチド及びマウスIgGで処理したES細胞では、GlcNAc化のシグナルが検出されなかった。
【0084】
(4)グルコース濃度の変化に応じたGlcNAc化の検証
(2)で作製した異なるグルコース濃度で培養したマウスES細胞及びマウスTS細胞について、常法に従い、H2A3-S40-GlcNAc抗体、H2A抗体、及びコントロールとしてアクチンβ抗体を用いたウエスタンブロッティング法による検出を行った。結果を
図3Cに示す。
【0085】
図3Cから、マウスES細胞ではグルコース濃度の低下に伴いヒストンのGlcNAc化レベルは増加することが明らかとなった。一方、マウスTS細胞ではグルコース濃度の上昇に伴い、GlcNAc化レベルが増加することが明らかとなった。
以上のことから、ヒストンH2A3タンパク質のアミノ酸配列のうち、N末端から40番目のセリンのGlcNAc化は、細胞の種類により異なったグルコース反応性を示すことが明らかとなった。
【0086】
[実施例3]ヒト血管内皮(EAhy)細胞及びヒト腎近位尿細管上皮(RPTEC)におけるヒストンH2A3タンパク質のセリン40残基のGlcNAc化の検出
(1)ヒト血管内皮(EAhy)細胞及びヒト腎近位尿細管上皮(RPTEC)細胞の培養
ヒトEAhy細胞はAmerican Type Culture Collection (ATCC)より購入したものを使用した。コントロール培地 (10%FBS(Biowest社製)、50 U/mL penicillin(Invitrogen社製)、50μg/mL streptomycin(Invitrogen社製)をDMEM(5mMグルコース含有)(Wako社製)に添加したもの)で維持したヒトEAhy細胞を、4ウェルディッシュに、1ウェル当たり1×104個になるように播種した。
続いて、コントロール培地(5mMグルコース含有)又は高グルコース培地(10mMグルコース含有又は25mMグルコース含有)(10%FBS(Biowest社製)、50 U/mL penicillin(Invitrogen社製)、50μg/mL streptomycin(Invitrogen社製)をDMEM(10mMグルコース含有又は25mMグルコース含有)(Wako社製)に添加したもの)で4日間培養した。
【0087】
(2)ヒトEAhy細胞及びヒトRPTEC細胞の免疫染色
(1)で培養したヒトEAhy細胞及びヒトRPTEC細胞を用い、さらに、O-GlcNAc(RL2)抗体を用いた染色を行わなかった以外は、実施例2の(3)と同様の方法を用いて、免疫染色を行った。結果を
図4A及び
図4Bの左側に示す。
図4Aは、ヒトEAhy細胞の免疫染色結果であり、
図4BはヒトRPTEC細胞の免疫染色結果である。
また、
図4A及び
図4Bの画像取得後、画像解析ソフトCell Profiler(www.cellprofiler.org)で核内のGlcNAc化シグナルのドット数を測定した。統計処理はウィルコクソンの順位和検定で行った。結果を
図4A及び
図4Bの右側に示す。
【0088】
図4A及び
図4Bから、ヒトEAhy細胞及びヒトRPTEC細胞においても、グルコース濃度増加に伴い、GlcNAc化レベルが増加することが明らかとなった。
【0089】
[実施例4]低糖及び高糖環境下でのマウスES細胞におけるH2A3-S40-GlcNAc抗体を用いたChIP-seq
(1)クロマチン免疫沈降法(chromatin immunoprecipitation;ChIP)
ChIPアッセイは、ChIP-IT(登録商標) Express Kit(アクティブモチーフ社製)を用いて、製造元の指示に従い、行った。
まず、低糖(1mMグルコース含有)及び高糖(25mMグルコース含有)環境下で培養したマウスES細胞にクロマチン断片化試薬を添加して37℃で10分間インキュベートし、細胞を破砕し、クロマチンを断片化した。続いて、100μLの断片化されたクロマチンを含む溶液に、3μgのH2A3-S40-GlcNAc抗体及び40μLの磁気ビーズ(ヒツジ抗マウスIgG抗体結合ダイナビーズM-280、又はプロテインG結合ダイナビーズ(インビトロゲン社製))を混合し、4℃で撹拌しながら一晩インキュベートした。免疫沈降後、溶出バッファー(10%SDS、300mM NaCl、10mM Tris-HCl、及び5mM EDTA、pH8.0)を用いて65℃で6時間インキュベーションし、DNAを溶出した。続いて、得られたDNAをChIP DNA Clean and Concentration Kit(ザイモリサーチ社製)を用いて精製し、続くシークエンスに用いた。
【0090】
(2)シークエンス
ハイスループットDNAシーケンシングのためのライブラリーは、TruSeq DNA Sample Preparation v2 Kit, Set A/B (イルミナ社製、FC-121-2001/-2002)を用いて製造元の指示に従い、準備した。
まず、50ngの(1)で得られたDNA、又はインプットDNAの3’末端のアデニル化を修復し、アダプターオリゴを連結した。続いて、AMpure XP beads(ベックマン・コールター社製、A63880)を用いて、120~500bpのDNA断片を精製し、さらにPCRを用いて増幅した。続いて、ライブラリーDNAを2%アガロースゲル上で電気泳動し、その後、Zymoclean Gel DNA Recovery Kit(ザイモリサーチ社製、D4007)を用いて精製した。精製されたライブラリーDNAはBioAnalyzer2000(アジレント社製)を用いて定量した。シークエンスは、Illumina HiSeq 2000 systemsを用いた。
【0091】
続いて、ChIPの生データについてシークエンスのアダプター配列と低品質の読み込み情報を削除する事前フィルタリング処理を行い、Bowtie softwareを用いて、マウスゲノム(mm9)からタグをマッピングし、Galaxy browser(www.galaxy.psu.edu)におけるMACS softwareを用いて、ピークを検出した。また、ベン図及びジーンオントロジー分析はそれぞれ、BioVenn(http://www.cmbi.ru.nl/cdd/biovenn/)及びDAVID program(https://david.ncifcrf.gov/)を用いて行った。これらの解析結果を全て
図5に示す。
【0092】
図5から、高糖(25mMグルコース)環境下で培養したマウスES細胞よりも(54.7%)、低糖(1mMグルコース)環境下で培養したマウスES細胞のほうが(58.9%)、ゲノムのコーディング領域にセリン40残基がGlcNAc化されたヒストンH2A3タンパク質が存在する割合が高いことが明らかとなった。
また、高糖(25mMグルコース)環境下で培養したマウスES細胞よりも、低糖(1mMグルコース)環境下で培養したマウスES細胞のほうが、H2A3-S40-GlcNAc抗体による免疫沈降で得られたDNA断片が多かった。
さらに、低糖(1mMグルコース)環境下で培養したマウスES細胞では、セリン40残基がGlcNAc化されたヒストンH2A3タンパク質が転写開始点に多く存在する(8.1%)ことが明らかとなった。
【0093】
また、ジーンオントロジー分析から、低糖(1mMグルコース)環境下及び高糖(25mMグルコース)環境下ではセリン40残基がGlcNAc化されたヒストンH2A3タンパク質により制御される遺伝子群は一部共通するもの(例えば、タンパク質修飾プロセスに関与する遺伝子群、Wntシグナル経路に関与する遺伝子群等)もあったが、異なるものが複数存在することが明らかとなった。
【0094】
[実施例5]ヒト血管内皮(EAhy)細胞におけるH2A3-S40-GlcNAc抗体を用いたChIP-seq
(1)クロマチン免疫沈降法(chromatin immunoprecipitation;ChIP)
マウスES細胞の代わりにヒト血管内皮(EAhy)細胞を用いた以外は、実施例4の(1)に記載の方法と同様の方法を用いて、ChIPアッセイを行い、DNA断片を得た。
【0095】
(2)シークエンス
マウスゲノムの代わりにヒトゲノムを用いて、実施例4の(2)と同様の方法を用いて、(1)で得られたDNA断片のシークエンスを行った。解析結果を
図6に示す。
【0096】
図6から、高糖(25mMグルコース)環境下で培養したヒトEAhy細胞と低糖(1mMグルコース)環境下で培養したヒトEAhy細胞とで、転写開始点、ゲノムのコーディング領域、及びノンコーディング領域におけるセリン40残基がGlcNAc化されたヒストンH2A3タンパク質の存在比率に大きな差はなかった。
また、高糖(25mMグルコース)環境下で培養したヒトEAhy細胞と低糖(1mMグルコース)環境下で培養したヒトEAhy細胞とで、H2A3-S40-GlcNAc抗体による免疫沈降で得られたDNA断片の量に差はなかった。
さらに、高糖(25mMグルコース)環境下で培養したヒトEAhy細胞では、セリン40残基がGlcNAc化されたヒストンH2A3タンパク質が転写開始点に多く存在することが明らかとなった。
【0097】
また、ジーンオントロジー分析から、高糖(25mMグルコース)環境下でセリン40残基がGlcNAc化されたヒストンH2A3タンパク質により制御される遺伝子群はプリン代謝に関与する遺伝子群等5種類の遺伝子群であることが明らかとなった。
【0098】
[実施例6]低糖及び高糖環境下でのマウスES細胞におけるウエスタンブロッティング法によるDNA修復関連タンパク質の検出
(1)核内タンパク質の回収
まず、低糖(1mMグルコース含有)及び高糖(25mMグルコース含有)環境下で、カンプトテシン(Camptothecin;CPT)、若しくはエトポシド(etoposide;ETP)添加、又はCPT及びETP無添加(non-treated)条件にて培養したマウスES細胞から、LysoPure Nuclear and Cytoplasmic Extractor Kitを用いて、製造元の指示に従い、核内タンパク質を回収した。
なお、CPTはDNA酵素のI型トポイソメラーゼ(トポI)の働きを阻害するキノリンアルカロイドであり、ETPはDNAを切断した後、トポイソメラーゼIIと複合体を形成し、DNAの再結合を阻害する抗悪性腫瘍剤であり、共にDNA傷害を引き起こす化合物である。
【0099】
(2)ウエスタンブロッティング法によるDNA修復関連タンパク質の検出
次いで、回収された核内タンパク質を用いて、常法に従い、γH2AX抗体(セリン139残基がリン酸化されたH2AXに特異的に結合する抗体)、H2AX抗体、AcH2AZ抗体(リジン4残基、リジン7残基、及びリジン11残基がアセチル化されたH2AZに特異的に結合する抗体)、H2AZ抗体、H2A3-S40-GlcNAc抗体、H2A抗体、p53結合タンパク質1(p53-binding protein 1;53BP1)抗体(p53に結合し、p53の転写活性を増強するタンパク質である53BP1に特異的に結合する抗体)、及びRad51抗体(真核生物におけるDNA二重鎖切断の修復に関与するタンパク質であるRad51に特異的に結合する抗体)を用いたウエスタンブロッティング法による検出を行った。結果を
図7に示す。
【0100】
図7から、低糖(1mMグルコース含有)及び高糖(25mMグルコース含有)環境下であってCPT及びETP無添加(non-treated)条件にて培養したマウスES細胞では、セリン139残基がリン酸化されたヒストンH2AXタンパク質は検出されなかった。
一方、低糖(1mMグルコース含有)及び高糖(25mMグルコース含有)環境下であって、CTP又はETP処理を行い、人工的にDNA損傷を生じさせたES細胞では、ヒストンH2AXタンパク質におけるセリン139残基のリン酸化レベルが増加し、さらに53BP1及びRad51が誘導されており、一方で、核内におけるヒストンH2AZタンパク質のアセチル化レベルは下がっていた。
【0101】
また、低糖(1mMグルコース含有)環境下で培養したマウスES細胞では、CTP又はETP処理の有無にかかわらず、ヒストンH2A3タンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルが高かった。一方、高糖(25mMグルコース含有)環境下で培養したマウスES細胞では、CTP又はETP処理によって、ヒストンH2A3タンパク質のセリン40残基のGlcNAc化レベルが顕著に増加していた。
【0102】
[実施例7]野生型ヒストンH2A3タンパク質(WT)又は変異型H2A3タンパク質(H2A-S40A)を高発現したヒト血管内皮(EAhy)細胞における紫外線照射時間の違いによるDNA修復能試験
(1)野生型ヒストンH2A3タンパク質(WT)又は変異型H2A3タンパク質(H2A-S40A)を高発現したヒト血管内皮(EAhy)細胞の調製
野生型ヒストンH2A3タンパク質(WT)又は変異型H2A3タンパク質(H2A-S40A)を高発現したヒト血管内皮(EAhy)細胞をそれぞれ10cmディッシュに3×105個となるように播種し、10% FBSを含むDMEM(5mM グルコース)下で96時間培養した。
【0103】
(2)紫外線照射
続いて、(1)で予め培養しておいた細胞に紫外線(UV-C、254nm)を0分、1分、又は5分照射した。
【0104】
(3)抗シクロブタン型ピリミジンダイマー抗体を用いたELISA法
続いて、(2)の紫外線照射処理後ただちに回収した細胞をLysisバッファー[100mM Tris-HCl(pH8.0)、5mM EDTA、0.2% SDS、200mM NaCl、100ug/ml proteinase K]で懸濁し、55℃で一晩振盪しながらインキュベートした。その後、フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(以下、「PCI」と称する場合がある。)で1回抽出し、37℃、30分間RNase(Roche社製)処理し、RNAを分解させた。もう一度、PCI抽出し、エタノールでゲノムDNAを沈殿させ、エタノールを除去後、TEバッファー[10mM Tris-HCl、1mM EDTA(pH8.0)]で溶解した。ゲノムDNAは使用するまで4℃で保存した。
続いて、10ngのゲノムDNAを96ウェルプロタミン表面コートプレートに加えて、37℃で一晩インキュベートした。続いて、2%ウシ胎児血清及び0.1% Tween20を含むPBSを用いて、37℃で30分間インキュベートし、ブロッキングを行った。続いて、抗シクロブタン型ピリミジンダイマー(Cyclobutane Pyrimidine Dimers:CPD)抗体(コスモバイオ社製、NM-DND-001)(PBSを用いて、1000分の1に希釈)を1次抗体として用いて、37℃で1時間インキュベートした。続いて、PBSを用いてプレートを洗浄し、HRP結合抗マウスIgG抗体(ジャクソンイムノリサーチ社製)(PBSを用いて、2000分の1に希釈))を2次抗体として用いて、37℃で30分間インキュベートした。PBSを用いて3回洗浄後、OPD基質を含有した1×安定化過酸化物基質バッファー(テルモ社製)を加え、iMark microplate reader(Bio-Rad社製)を用いて490nmにおける吸光度を測定した。結果を
図7に示す。
【0105】
図7から、野生型ヒストンH2A3タンパク質(WT)を高発現したヒト血管内皮(EAhy)細胞は、変異型H2A3タンパク質(H2A-S40A)を高発現したヒト血管内皮(EAhy)細胞よりも、ピリミジンダイマーの生成量が抑えられていた。これは、ヒストンH2A3タンパク質のセリン40残基がGlcNAc化されることにより、DNA修復能が発揮され、紫外線照射により生じたプリミジンダイマーの一部が修復されたためであると推察された。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明によれば、細胞外グルコース濃度の変動が及ぼすヒストン修飾をモニターする方法を提供することができる。
また、本発明によれば、ゲノムDNAの安定性を簡便に評価することができる。
【配列表】