(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-15
(45)【発行日】2022-09-27
(54)【発明の名称】浸炭用鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220916BHJP
C22C 38/28 20060101ALI20220916BHJP
C21D 8/00 20060101ALN20220916BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20220916BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/28
C21D8/00 A
C21D1/06 A
(21)【出願番号】P 2022053639
(22)【出願日】2022-03-29
【審査請求日】2022-03-29
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000176833
【氏名又は名称】三菱製鋼株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】佐野 太一
(72)【発明者】
【氏名】大野 宗一
(72)【発明者】
【氏名】坂口 紀史
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 元貴
【審査官】立木 林
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-007119(JP,A)
【文献】特開2006-161144(JP,A)
【文献】特開2007-113071(JP,A)
【文献】特開2006-291335(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/06
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、0.10~0.30%のCと、0.02~0.05%のAlと、0.04
3~0.06%のNbと、0.001~0.005%のTiと、0.01~0.028%のNと
、0.20~0.30%のSiと、0.75~0.90%のMnと、0.90~1.10%のCrと、0.10~0.20%のMoとを含み、残部がFe及び不可避的不純物で構成された浸炭用鋼。
【請求項2】
浸炭処理後に、1μm
3あたりの数密度で、0.50~1.00個のAlNの析出物と、0.25~0.50個のNbCの単独のAlNの析出物に付着していない析出物と、1.00個以下のTiNの単独のAlNの析出物に付着していない析出物とを含む請求項1に記載の浸炭用鋼。
【請求項3】
浸炭処理後に、体積分率で、0.16~0.30%のAlNの析出物と、0.01%以上のNbCの単独のAlNの析出物に付着していない析出物と、0.01%以下のTiNの単独のAlNの析出物に付着していない析出物とを含む請求項1に記載の浸炭用鋼。
【請求項4】
質量%で、0.10~0.30%のCと、0.02~0.04%のAlと、0.020~0.040%のNbと、0.00
9~0.030%のTiと、0.01~0.03%のNと
、0.20~0.30%のSiと、0.75~0.90%のMnと、0.90~1.10%のCrと、0.10~0.20%のMoとを含み、残部がFe及び不可避的不純物で構成された浸炭用鋼。
【請求項5】
浸炭処理後に、1μm
3あたりの数密度で、0.50~1.50個のAlNの析出物と、0.25~0.40個のNbCの単独のAlNの析出物に付着していない析出物と、4.00個以上であるTiNの単独のAlNの析出物に付着していない析出物とを含む請求項4に記載の浸炭用鋼。
【請求項6】
浸炭処理後に、体積分率で、0.20%以上のAlNの析出物と、0.002~0.01%のNbCの単独のAlNの析出物に付着していない析出物と、0.02%以上であるTiNの単独のAlNの析出物に付着していない析出物とを含む請求項4に記載の浸炭用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、建設機械の部品のような疲労強度や耐摩耗性が要求される部品に用いられる浸炭用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
建設機械の駆動系に備えられる歯車や回転軸などに用いられる鋼製部品では、疲労強度や耐摩耗性を確保するため、部品表面における強度が要求される。このため、部品を浸炭焼き入れして部品の表面を硬化させる浸炭処理が行われている。通常の浸炭処理は930℃前後の温度で行われるが、処理温度を高温にすることで処理時間の短縮が図られている。
【0003】
ただし、浸炭温度を高温にすることで結晶粒が異常に粒成長を起こしやすくなり、混粒を生じることがあった。結晶粒の粒成長を抑制するために、Tiの窒化物を析出させて結晶粒界をピン止めし、結晶粒の粒成長を抑制する技術が提供されている(特許文献1、2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2020-164936号公報
【文献】特開2000-160288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述のTiの窒化物を析出させて結晶粒界をピン止めする技術によると、Tiの添加により粗大なTi系介在物が形成し、疲労強度が劣化することがあった。また、浸炭温度が高温ではない通常の浸炭処理においても、高温による浸炭処理よりも処理時間が長く、結晶粒が異常に粒成長を起こすことがあった。
【0006】
この発明は、上述の実情に鑑みて提案されるものであって、浸炭処理の処理温度を高温にしても結晶粒が異常に成長することはなく、浸炭時間が高温ではない通常の浸炭処理においても結晶粒が異常に成長することがないような浸炭用鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するために、この出願に係る浸炭用鋼は、質量%で、0.10~0.30%のCと、0.02~0.05%のAlと、0.04~0.06%のNbと、0.001~0.005%のTiと、0.01~0.028%のNとを含み、残部がFe及び不可避的不純物で構成されている。
【0008】
1μm3あたりの数密度で、0.50~1.00個のAlNの析出物と、0.25~0.50個のNbCの単独のAlNの析出物に付着していない析出物と、1.00個以下のTiNの単独のAlNの析出物に付着していない析出物とを含んでもよい。体積分率で、0.16~0.30%のAlNの析出物と、0.01%以上のNbCの単独のAlNの析出物に付着していない析出物と、0.01%以下のTiNの単独のAlNの析出物に付着していない析出物とを含んでもよい。
【0009】
また、この出願に係る浸炭用鋼は、質量%で、0.10~0.30%のCと、0.02~0.04%のAlと、0.020~0.040%のNbと、0.007~0.030%のTiと、0.01~0.03%のNとを含み、残部がFe及び不可避的不純物で構成されている。
【0010】
1μm3あたりの数密度で、0.50~1.50個のAlNの析出物と、0.25~0.40個のNbCの単独のAlNの析出物に付着していない析出物と、4.00個以上であるTiNの単独のAlNの析出物に付着していない析出物とを含んでもよい。体積分率で、0.20%以上のAlNの析出物と、0.002~0.01%のNbCの単独のAlNの析出物に付着していない析出物と、0.02%以上であるTiNの単独のAlNの析出物に付着していない析出物とを含んでもよい。
【0011】
不可避的不純物は、0.20~0.30%のシリコンと、0.75~0.90%のマンガンと、0.90~1.10%のクロムと、0.10~0.20%のモリブデンとの少なくとも一つを含んでもよい。
【発明の効果】
【0012】
この発明によると、浸炭処理の処理温度を高温にしても結晶粒が異常に成長することはなく、浸炭時間が高温ではない通常の浸炭処理においても結晶粒が異常に成長することがない浸炭用鋼を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】Nb増加鋼における析出物を説明するための模式図である。
【
図2】Ti添加鋼における析出物を説明するための模式図である。
【
図3】浸炭処理及びその前工程の処理温度の時間変化を示すチャートである。
【
図4】Nb増加鋼及びTi添加鋼の結晶粒組織を示す顕微鏡写真である。
【
図6】Nb増加鋼における析出物の数密度を示すグラフである。
【
図7】Nb増加鋼における析出物の体積分率を示すグラフである。
【
図8】Ti添加鋼における析出物の数密度を示すグラフである。
【
図9】Ti添加鋼における析出物の体積分率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、浸炭用鋼の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。本実施の形態においては、先行技術に属する浸炭用鋼の一例(以下では、ベース鋼と称する。)の組成を基準として、第1の実施の形態としてベース鋼からNbの組成を増加したNb増加鋼について説明し、第2の実施の形態としてベース鋼にTiを添加したTi添加鋼について説明する。
【0015】
(ベース鋼)
ベース鋼の構成を表1に示す。表1においてニオブ(Nb)の質量%を便宜上0.020~0.040%と記載したが、正確には0.020%以上0.040%未満である。
【0016】
【0017】
表2に、ベース鋼における析出物の数密度及び体積分率を示す。析出物は、鋼中において微細粒子として析出したものである。
【0018】
【0019】
(Nb増加鋼)
第1の実施の形態の浸炭用鋼はNb増加鋼である。Nb増加鋼は、ベース鋼を基準として、Nbの含有量を増加させたものである。Nb増加鋼は、表3に示すように、質量%で、0.10~0.30%の炭素(C)、0.020~0.050%のアルミニウム(Al)、0.040~0.060%のNb、0.001~0.005%のチタン(Ti)及び0.0100~0.0280%の窒素(N)を含み、残部が鉄及び不可避的不純物で構成されている。ベース鋼と比較すると、Nbの含有量が増加していることが観察される。
【0020】
【0021】
Nb増加鋼を構成する成分は、表1に記載した範囲に限られない。Cは、0.15~0.25%であってもよいし、0.17~0.23%であってもよい。Alは、0.025~0.045%であってもよいし、0.030~0.040%であってもよい。Nbは、0.043~0.057%であってもよいし、0.046~0.054%であってもよい。Tiは、0.0015~0.004%であってもよいし、0.002~0.003%であってもよい。
【0022】
このような組成を有するNb増加鋼は、次の表4に示すように、1μm3あたりの数密度で、0.50~1.00個のAlNの析出物と、0.25~0.50個のNbCの単独の析出物と、1.00個以下のTiNの単独の析出物とを含んでいる。また、Nb増加鋼は、体積分率で、0.16~0.30%のAlNの析出物と、0.01%以上のNbCの単独の析出物と、0.01%以下のTiNの単独の析出物とを含んでいる。ここで、AlNの析出物は、NbC又はTiNの析出物が付着した複合析出物を含んでいる。また、単独のNbC又はTiNの析出物は、AlNの析出物に付着したNbC又はTiNの複合析出物を除いたものである。
【0023】
【0024】
Nb増加鋼における析出物の数密度は、表4に記載した範囲に限られない。AlNの析出物の数密度は、1μm3あたりで、0.52~0.80であってもよいし、0.54~0.70であってもよい。同様に、NbCの単独の析出物の数密度は、0.31~0.48であってもよいし、0.32~0.46であってもよい。TiNの単独の析出物の数密度は、0.1~0.7であってもよいし、0.2~0.5であってもよい。
【0025】
Nb増加鋼における析出物の体積分率も、表4に記載した範囲に限られない。AlNの析出物の体積分率は、0.191~0.199%であってもよいし、0.192~0.198%であってもよい。同様に、NbCの単独の析出物の体積分率は、0.02~0.2%であってもよいし、0.02~0.1%であってもよい。TiNの単独の析出物の体積分率は、0.0005~0.009%であってもよいし、0.001~0.008%であってもよい。
【0026】
Nb増加鋼における析出物の数密度をベース鋼と比較すると、AlN及び単独のNbCについてはベース鋼と略同様であることが観察される。単独のTiNについては、Nb増加鋼における数密度はベース鋼より小さいことが観察される。Nb増加鋼における析出物の体積分率は、AlN及び単独のNbCについてはベース鋼よりも大きいことが観察される。ここで、Nb増加鋼における単独のNbCの体積分率は、ベース鋼の10倍より大きいことが観察される。単独のTiNについては、Nb増加鋼における体積分率はベース鋼より小さいことが観察される。
【0027】
図1は、Nb増加鋼において析出した析出物を説明するための模式図である。
図1(a)はNb増加鋼における析出物を示し、
図1(b)は比較のためにベース鋼における析出物を示している。これら
図1(a)及び
図1(b)の模式図は、Nb増加鋼及びベース鋼を拡大した顕微鏡写真の模式図である。
【0028】
図1(a)に示すように、Nb増加鋼においては、多数のAlN、NbC及びTiNの析出物が析出していることが観察される。このような析出物によってNb増加鋼における結晶粒界がピン止めされる。このため、処理時間の短縮を図るために処理温度を高温にしても結晶粒の粒成長が抑制され、ひいては疲労強度や耐摩耗性を確保することができる。粗大なTi系介在物の形成も抑制される。また、高温による浸炭処理よりも処理時間が長い通常の温度による浸炭処理においても、同様に結晶粒の粒成長が抑制され、疲労強度や耐摩耗性を確保することができる。
【0029】
図1(b)に示すように、ベース鋼においてもAlN、NbC及びTiNの析出物が析出しているが、析出物は数密度も体積分率も
図1(a)に示したNb増加鋼には及ばない。ベース鋼においても結晶粒の粒成長を抑制するように結晶粒界をピン止めする一定の効果が得られるが、Nb増加鋼のように結晶粒の粒成長を十分に抑制する効果は得られない。
【0030】
(Ti添加鋼)
第2の実施の形態の浸炭用鋼はTi添加鋼である。Ti添加鋼は、ベース鋼を基準として、Tiを添加したものである。Ti添加鋼は、表1に示すように、質量%で、0.10~0.30%のC、0.02~0.05%のAl、0.020~0.040%のニオブ(Nb)、0.007~0.030%のチタン(Ti)及び0.01~0.03%の窒素(N)を含み、残部が鉄及び不可避的不純物で構成されている。ベース鋼と比較すると、Tiの含有量が増加していることが観察される。
【0031】
【0032】
Ti添加鋼を構成する成分は、表5に記載した範囲に限られない。Cは、0.15~0.25%であってもよいし、0.17~0.23%であってもよい。Alは、0.025~0.045%であってもよいし、0.03~0.04%であってもよい。Nbは、0.023~0.037%であってもよいし、0.027~0.033%であってもよい。Tiは、0.009~0.025%であってもよいし、0.011~0.0022%であってもよい。Nは、0.015~0.029%であってもよいし、0.020~0.028%であってもよい。
【0033】
このような組成を有するTi添加鋼は、次の表6に示すように、1μm3あたりの数密度で、0.50~1.50個以上のAlNの析出物と、0.25~0.40個のNbCの単独の析出物と、4.00個以上のTiNの単独の析出物とを含んでいる。また、Ti添加鋼は、体積分率で、0.20%以上のAlNの析出物と、0.002~0.01%のNbCの単独の析出物と、0.02%以上のTiNの単独の析出物とを含んでいる。ここで、AlNの析出物は、NbC又はTiNの析出物が付着した複合析出物を含んでいる。また、単独のNbC又はTiNの析出物は、AlNの析出物に付着したNbC又はTiNの複合析出物を除いたものである。
【0034】
【0035】
Ti添加鋼における析出物の数密度は、表6に記載した範囲に限られない。AlNの析出物の数密度は、1μm3あたりで、0.55~0.90であってもよいし、0.60~0.80であってもよい。同様に、NbCの単独の析出物の数密度は、0.25~0.39であってもよいし、0.27~0.38であってもよい。TiNの単独の析出物の数密度は、5.3~8.0であってもよいし、5.7~7.0であってもよい。
【0036】
Ti添加鋼における析出物の体積分率も、表6に記載した範囲に限られない。AlNの析出物の体積分率は、0.33~1.0%であってもよいし、0.35~0.7%であってもよい。同様に、NbCの単独の析出物の体積分率は、0.0025~0.009%であってもよいし、0.003~0.008%であってもよい。TiNの単独の析出物の体積分率は、0.025~0.07%であってもよいし、0.03~0.06%であってもよい。
【0037】
Ti添加鋼における析出物の数密度をベース鋼と比較すると、AlN及び単独のNbCについてはベース鋼と略同様である。単独のTiNについては、Ti添加鋼における数密度はベース鋼より大きい。Ti添加鋼における析出物の体積分率は、AlN並びに単独のNbC及びTiNについていずれもベース鋼よりも大きい。
【0038】
図2は、Ti添加鋼において析出した析出物を説明するための模式図である。
図2(a)はTi添加鋼における析出物を示し、
図2(b)は比較のためにベース鋼における析出物を示している。これら
図2(a)及び
図2(b)の模式図は、Ti添加鋼及びベース鋼を拡大した顕微鏡写真の模式図である。
【0039】
図2(a)に示すように、Ti添加鋼においては、多数のAlN、NbC及びTiNの析出物が析出していることが観察される。このような析出物によってTi添加鋼における結晶粒界がピン止めされる。このため、処理時間の短縮を図るために処理温度を高温しても。結晶粒の粒成長が抑制され、ひいては疲労強度や耐摩耗性を確保することができる。粗大なTi系介在物の形成も抑制される。また、高温による浸炭処理よりも処理時間が長い通常の温度による浸炭処理においても、同様に結晶粒の粒成長が抑制され、疲労強度や耐摩耗性を確保することができる。
【0040】
図2(b)に示すように、ベース鋼においてもAlN、NbC及びTiNの析出物が析出しているが、析出物は数密度も体積分率も
図2(a)に示したTi添加鋼には及ばない。ベース鋼においても結晶粒の粒成長を抑制するように結晶粒界をピン止めする一定の効果が得られるが、Ti添加鋼のように結晶粒の粒成長を十分に抑制する効果は得られない。
【実施例】
【0041】
実施例として、第1の実施の形態のNb増加鋼と、第2の実施の形態のTi添加鋼との試料をそれぞれ用意した、これらの試料は、材料を坩堝に入れ、電気炉で加熱して溶融させて作製した。作製したNb増加鋼及びTi添加鋼を構成する元素の含有量を測定した結果を表7に示す。表7の量の単位は質量%である。比較例として、ベース鋼及び普通鋼を用意した。前述のように、ベース鋼は従来の浸炭用鋼の一例である。表7には、比較例について測定した含有量も示す。
【0042】
【0043】
図3は、浸炭処理及びその前工程の温度変化を示すチャートである。
図3に示すように、実施例のNb増加鋼及びTi添加鋼は、模擬鍛造加熱の工程、焼きならしの工程及び外周切削の工程という一連の前工程を経た後で浸炭工程に進められ、浸炭処理を施される。模擬鍛造加熱の工程は、熱間鍛造を模擬して1250℃でNb増加鋼及びTi添加鋼を5時間にわたり加熱する。焼きならしの工程は、模擬鍛造加熱の後で室温まで降温したNb増加鋼及びTi添加鋼を1070℃で4時間にわたり焼きならす。外周切削の工程は、焼きならしの後で室温まで降温したNb増加鋼及びTi添加鋼の表面を所定の深さまで切削し、表面に発生した酸化被膜などを取り除く。
【0044】
これらの前工程を経た後で、Nb増加鋼及びTi添加鋼は浸炭処理の工程に進む。浸炭処理の工程は、Nb増加鋼及びTi添加鋼に1050℃という高温で5.5時間にわたり浸炭処理を施す。処理温度の1050℃は、通常の浸炭処理が930℃前後で行われるのに対し、処理時間の短縮を図って高温にしたものである。比較例のベース鋼及び普通鋼についても、実施例のNb増加鋼及びTi添加鋼と同様に一連の工程により浸炭処理を施した。
【0045】
図4は、Nb増加鋼及びTi添加鋼の結晶粒組織を示す顕微鏡写真である。これらのNb増加鋼及びTi添加鋼は、前述の一連の工程により浸炭処理を施したものである。
図4(a)はNb増加鋼の顕微鏡写真であり、
図4(b)はTi添加鋼の顕微鏡写真である。Nb増加鋼及びTi添加鋼のいずれにおいても結晶粒の大きさは略一様であることが観察される。第1の実施の形態のNb増加鋼と、第2の実施の形態のTi添加鋼とにおいては、高温で浸炭処理を施しても、結晶粒の異常な粒成長が抑制されていることが確認された。
【0046】
図4(c)は、比較のためにベース鋼の結晶粒組織を示す顕微鏡写真である。このベース鋼も、前述の一連の工程により浸炭処理を施したものである。結晶粒組織には、略一様の大きさを有する結晶粒と、これらの結晶粒と比べて異常に成長した結晶粒が混在し、いわゆる混粒状態を形成していることが観察される。
【0047】
図5は、ベース鋼の顕微鏡写真である。この顕微鏡写真は、浸炭処理を施したベース鋼を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察したものである。エネルギー分散型X線分光法などを用いて構成元素も分析した。顕微鏡写真の視野には、AlN、NbC及びTiNの析出物がそれぞれ発生していることが観察される。また、NbCの析出物は、AlNの析出物と複合析出物を形成していることが観察される。なお、
図1及び
図2は、このような顕微鏡写真を説明のために模式化して示したものである。
【0048】
図5の顕微鏡写真の視野において、ベース鋼に発生したAlN、NbC及びTiNの析出物の数は数個であり、体積分率も僅かであることが観察される。このため、これらの析出物が結晶粒界をピン止めする効果も小さく、結晶粒の成長を十分に抑制することができず、
図4(c)の顕微鏡写真に示したような異常に成長した結晶粒が発生したと考えられる。
【0049】
図6は、Nb増加鋼における析出物の数密度を示すグラフである。このNb増加鋼は、前述の工程により浸炭処理を施したものである。以下のNb増加鋼その他も、同様に浸炭処理を施したものである。Nb増加鋼において、析出物の数密度は、個/μm
3で、AlNが0.61、単独のNbCが0.41、NbC及びAlNの複合物が0.41であり、総数密度は1.43であった。
図6には、比較のためにベース鋼における数密度も示したが、析出物の数密度は、AlNが0.46、単独のNbCが0.19、NbC及びAlNの複合物が0.42であり、総数密度は1.07であった。Nb増加鋼においては、ベース鋼の総数密度よりも3割以上大きい値が確保されている。
【0050】
図7は、Nb増加鋼における析出物の体積分率を示すグラフである。Nb増加鋼において、析出物の体積分率は、%で、AlNが0.195、単独のNbCが0.02、NbC及びAlNの複合物が0.061であり、総体積分率は0.276であった。
図7には、比較のためにベース鋼における体積分率も示したが、析出物の体積分率は、AlNが0.13、単独のNbCが0.004、NbC及びAlNの複合物が0.053であり、総体積分率は0.187であった。Nb増加鋼においては、ベース鋼の体積分率よりも5割近く大きい値が確保されている。
【0051】
図6及び
図7を参照すると、第1の実施の形態のNb増加鋼においては、析出物は数密度においても体積分率においても、ベース鋼と比べて顕著に大きな値を有することが観察される。このことから、Nb増加鋼の析出物は結晶粒界をピン止めし、結晶粒の成長を抑制すると考えられる。実際、
図4(a)の顕微鏡写真に示したNb増加鋼の結晶粒組織においては、結晶粒の大きさは略一様であり、異常な粒成長は発生していないことが観察される。
【0052】
図8は、Ti添加鋼における析出物の数密度を示すグラフである。Ti添加鋼において、析出物の数密度は、個/μm
3で、AlNが0.64、単独のNbCが0.29、単独のTiNが6.13、NbC及びAlNの複合物が0.48、TiN及びAlNの複合物が0.18であり、総数密度は7.72であった。
図8には、比較のためにベース鋼における数密度も示したが、析出物の数密度は、AlNが0.46、単独のNbCが0.19、単独のTiNが2.18、NbC及びAlNの複合物が0.42であり、総数密度は3.25であった。Ti添加鋼においては、ベース鋼の総数密度よりも2倍以上大きい値が確保されている。なお、
図8及び後述する
図9のベース鋼には、便宜上、
図6及び
図7に示したベース鋼とは異なる組成を有するものを用いた。
【0053】
図9は、Ti添加鋼における析出物の体積分率を示すグラフである。Ti添加鋼において、析出物の体積分率は、%で、AlNが0.373、単独のNbCが0.007、単独のTiNが0.04、NbC及びAlNの複合物が0.043、TiN及びAlNの複合物が0.002であり、総体積分率は0.465であった。
図9には、比較のためにベース鋼における体積分率も示したが、析出物の体積分率は、AlNが0.13、単独のNbCが0.004、単独のTiNが0.015、NbC及びAlNの複合物が0.053であり、総体積分率は0.202であった。Ti添加鋼においては、ベース鋼の体積分率よりも2倍以上大きい値が確保されている。
【0054】
図8及び
図9を参照すると、第1の実施の形態のTi添加鋼においては、析出物は数密度においても体積分率においても、ベース鋼と比べて顕著に大きな値を有することが観察される。このことから、Ti添加鋼の析出物は結晶粒界をピン止めし、結晶粒の成長を抑制すると考えられる。実際、
図4(b)の顕微鏡写真に示したTi添加鋼の結晶粒組織においては、結晶粒の大きさは略一様であり、異常な粒成長は発生していないことが観察される。
【産業上の利用可能性】
【0055】
この発明は、建設機械の部品に使用する浸炭用鋼の製造に利用することができる。
【要約】
【課題】高温で浸炭処理するときに結晶粒の粒成長を抑制する。
【解決手段】Nb増加鋼は、質量%で、0.10~0.30%のC、0.02~0.05%のAl、0.04~0.06%のNb、0.001~0.005%のTi及び0.01~0.028%のNを含み、残部がFe及び不可避的不純物で構成され、鋼中に発生したAlN、NbC及びTiNの析出物によって結晶粒界がピン止めされることにより、結晶粒の粒成長が抑制される。
【選択図】
図1