(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-22
(45)【発行日】2022-10-03
(54)【発明の名称】フォノニック材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 1/00 20060101AFI20220926BHJP
【FI】
H01F1/00
(21)【出願番号】P 2020527222
(86)(22)【出願日】2019-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2019015278
(87)【国際公開番号】W WO2020003689
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2020-10-12
(31)【優先権主張番号】P 2018124102
(32)【優先日】2018-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100125298
【氏名又は名称】塩田 伸
(72)【発明者】
【氏名】全 伸幸
【審査官】秋山 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-223644(JP,A)
【文献】特開2013-029463(JP,A)
【文献】米国特許第08508370(US,B1)
【文献】特表2014-501031(JP,A)
【文献】特開2018-157018(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構成物質中に構造体が周期的に規則配列された周期構造体を有し、
前記周期構造体の磁性及び電気伝導性の少なくともいずれかの物性が常温下で比較したときに未冷却の前記周期構造体のものと異な
り、
前記周期構造体の電気抵抗値が、250K以下の温度条件下で抵抗極小及び抵抗極大のいずれかの特性を持つことを特徴とするフォノニック材料。
【請求項2】
構成物質が、遷移金属を含む請求項1に記載のフォノニック材料。
【請求項3】
周期構造体が層状に形成され、構造体が貫通孔とされる請求項1から2のいずれかに記載のフォノニック材料。
【請求項4】
周期構造体の磁化率が、常温で-1×10
-3
以下である請求項1から3のいずれかに記載のフォノニック材料。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載のフォノニック材料の製造方法であり、
周期構造体を10K/min以下の冷却速度で250K以下の冷却温度まで冷却する冷却工程と、
前記冷却工程後、前記周期構造体を前記冷却温度を超える昇温温度まで昇温する昇温工程と、
を含むことを特徴とするフォノニック材料の製造方法。
【請求項6】
冷却工程と昇温工程とを交互に繰返し実施する請求項5に記載のフォノニック材料の製造方法。
【請求項7】
冷却工程をフォノニック材料に求める物性が発現する温度範囲内の冷却温度で実施する請求項5から6のいずれかに記載のフォノニック材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構成物質固有のものと異なる物性を示すフォノニック材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物質中に任意の構造体を周期的に規則配列させることで、前記構成物質中を伝搬するフォノンを人為的に操作するフォノン工学の研究が進められている。
例えば、本発明者は、絶縁体にフォノン工学を適用し、前記絶縁体の熱伝導率を一桁程度低下させることに成功している(非特許文献1参照)。
前記物質中の熱の伝搬は、フォノン(格子振動)の伝搬により説明される。一般に、フォノンの分散関係は、前記物質の種類により定まり、前記熱伝導率は、前記物質が本来的に有するフォノンの分散関係によって定まるが、前記絶縁体にフォノン工学を適用し、フォノンの分散関係を人為的に操作すると、前記絶縁体が本来的に持つ前記熱伝導率を低下させることができる。
【0003】
このようにフォノン工学は、将来の前記熱伝導率の人為的制御に向けて注目が集まるところであるが、前記物質中にフォノン工学を適用することで、前記物質の磁性及び電気伝導性を変化させる事例は、報告されていない。
例えば、カゴ型構造体の構造変化を利用して、超伝導転移温度の向上を試みる研究が行われているが、前記カゴ型構造体としては、構造体のサイズが原子スケール(ピコメートルオーダーから数ナノメートルオーダー)程度のものを対象としており、フォノンの分散関係に影響を与えるものではない。
加えて、前記カゴ型構造体の超伝導転移温度は、向上しておらず、むしろ、前記カゴ型構造体の構成物質が本来的に有する超伝導特性が損なわれていることが判明している(非特許文献2,3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】N. Zen et al., Nature Commun. 5:3435 (2014)
【文献】J. Tang et al., Phys. Rev. Lett. 105, 176402 (2010)
【文献】R. Ang et al., Nature Commun. 6:6091 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、構成物質の磁性及び電気伝導性の少なくともいずれかの物性を前記構成物質固有のものから変化させたフォノニック材料及びその製造方法を提供することを課題とする。
【0006】
前記課題を解決するため、本発明者が鋭意検討を行った結果、次の知見が得られた。
即ち、後掲の実施例の欄で検証されるように、本発明者は、構成物質中に構造体が周期的に規則配列された周期構造体を冷却すると、冷却前に前記構成物質が有していた物質秩序が変化して新たな物質秩序が形成されるとともに、この新たな物質秩序は、昇温後も維持され、前記構成物質が本来有していた磁性及び電気伝導性と異なる物性を与える現象を確認した。
この現象は、単に前記構成物質を冷却させても確認されないことから、前記周期構造体を構成する前記構成物質においてのみ生じ、また、前記周期構造体を構成する前記構成物質中のフォノン(格子振動)が冷却時に前記構成物質中の電子と相互作用することに基づく。また、形成される前記新たな物質秩序は、冷却の過程でどのような前記物質秩序を前記周期構造体に体験させたかで異なる。
このことは、前記周期構造体に配する前記構造体の人為的な設定に基づくフォノンの制御を通じて、前記構成物質が本来的に持ち得ない前記物質秩序を人為的に発現させ得ることを意味する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 構成物質中に構造体が周期的に規則配列された周期構造体を有し、前記周期構造体の磁性及び電気伝導性の少なくともいずれかの物性が常温下で比較したときに未冷却の前記周期構造体のものと異なり、前記周期構造体の電気抵抗値が、250K以下の温度条件下で抵抗極小及び抵抗極大のいずれかの特性を持つことを特徴とするフォノニック材料。
<2> 構成物質が、遷移金属を含む前記<1>に記載のフォノニック材料。
<3> 周期構造体が層状に形成され、構造体が貫通孔とされる前記<1>から<2>のいずれかに記載のフォノニック材料。
<4> 周期構造体の磁化率が、常温で-1×10-3以下である前記<1>から<3>のいずれかに記載のフォノニック材料。
<5> 前記<1>から<4>のいずれかに記載のフォノニック材料の製造方法であり、周期構造体を10K/min以下の冷却速度で250K以下の冷却温度まで冷却する冷却工程と、前記冷却工程後、前記周期構造体を前記冷却温度を超える昇温温度まで昇温する昇温工程と、を含むことを特徴とするフォノニック材料の製造方法。
<6> 冷却工程と昇温工程とを交互に繰返し実施する前記<5>に記載のフォノニック材料の製造方法。
<7> 冷却工程をフォノニック材料に求める物性が発現する温度範囲内の冷却温度で実施する前記<5>から<6>のいずれかに記載のフォノニック材料の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来技術における前記諸問題を解決することができ、構成物質固有のものと異なる物性を示すフォノニック材料及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1(a)】本発明の一実施形態に係るフォノニック材料の上面を示す説明図である。
【
図1(b)】
図1(a)中のA-A’線断面を示す説明図である。
【
図2(a)】構造体の変形例を示す図(1)である。
【
図2(b)】構造体の変形例を示す図(2)である。
【
図2(c)】構造体の変形例を示す図(3)である。
【
図2(d)】構造体の変形例を示す図(4)である。
【
図3(a)】1次元状のフォノニック材料の構成例を示す説明図である。
【
図3(b)】3次元状のフォノニック材料の構成例を示す説明図(1)である。
【
図3(c)】3次元状のフォノニック材料の構成例を示す説明図(2)である。
【
図4】実施例1におけるニオブ層を上面から視たときの様子を示す説明図である。
【
図5】ニオブ層を上面から視たときの矩形状ブロック領域を示す説明図である。
【
図6】実施例1に係るフォノニック材料における前記冷却工程及び前記昇温工程の実施状況を示す図である。
【
図7】実施例2に係るフォノニック材料の室温(300K)における磁化の外部磁場依存性を示す図である。
【
図8】実施例3におけるニオブ層を上面から視たときの様子を示す説明図である。
【
図9】実施例3に係るフォノニック材料における前記冷却工程及び前記昇温工程の実施状況を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(フォノニック材料)
本発明のフォノニック材料は、周期構造体を有し、前記周期構造体における構成物質の磁性及び電気伝導性の少なくともいずれかの物性が常温下で比較したときに前記構成物質固有のものと異なることを特徴とする。
【0011】
<周期構造体>
前記周期構造体は、前記構成物質中に構造体が周期的に規則配列されて構成される。
こうした構成の前記周期構造体は、物質中に原子及び分子が周期的に規則配列された状態を示す通常の結晶との対比で、フォノニック結晶とも呼ばれる。
前記フォノニック結晶では、前記構造体の配列を人為的に設定でき、その設定手法は、フォノン工学として関心を集めている。
【0012】
こうした周期構造体(フォノニック結晶)では、前記構造体を持たないバルク状態の前記構成物質に比べてフォノンの群速度及びエネルギー密度が小さくなる性質が現れる。
この性質は、前記構造体をどのように配列するかで程度が変わる。つまり、前記周期構造体では、適用されるフォノン工学によって、フォノンの群速度及びエネルギー密度を変更することができる。これらフォノンの群速度及びエネルギー密度は、一方が小さくなると他方も小さくなり、一方が大きくなると他方も大きくなる関係にある。
前記周期構造体としては、特に制限はないが、フォノンの群速度及びエネルギー密度が小さい程、前記構成物質中の電子の挙動を律し易いことから、前記周期構造体中の前記構成物質におけるフォノンの群速度に注目したときに、前記周期構造体中の前記構成物質におけるフォノンの群速度が前記バルク状態の前記構成物質に比べて1/2以下であることが好ましい。
【0013】
前記構成物質としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。即ち、前記フォノニック材料では、前記構成物質中のフォノンが冷却時に前記構成物質中の電子と相互作用する現象を利用して前記構成物質固有の物性と異なる物性を取得するが、前記現象は、あらゆる物質で起こり得る。なぜなら、物質である限り、フォノンが必ず存在するからである。
中でも、前記構成物質としては、遷移金属(第3族~第12族に属する元素)を含む物質が好ましく、前記遷移金属元素の単一物質で構成されるものが特に好ましい。即ち、前記遷移金属は、d電子を持つため、フォノンとの相互作用を生じさせ易く、延いては、これらの相互作用を利用して新たな物質秩序を構築させ易い。
【0014】
前記構造体としては、特に制限はなく、目的に応じて選択することができ、公知の前記フォノニック結晶に適用される構造体を挙げることができる。
中でも、前記周期構造体が層状に形成される場合には、前記構造体を前記層の厚み方向に穿設された貫通孔とすることが好ましい。前記構造体を前記貫通孔で形成する場合、前記周期構造体を公知のリソグラフィー加工により製造でき、前記周期構造体に規則配列される前記構造体の群を安定して得られ易い。また、前記構造体を前記貫通孔として形成する場合、前記貫通孔に前記構成物質と異なる物質で形成される充填物質を充填し、フォノンの群速度及びエネルギー密度を調整してもよい。
なお、前記周期構造体には、同一形状の構造を前記構造体として繰返し配して構成される場合のほか、形状の異なる複数の構造で構成される前記構造体を単位構造体として、この単位構造体を繰返し配して構成される場合を含む。
【0015】
前記周期構造体に前記構造体を形成する周期、つまり、隣接する2つの前記構造体間の間隔としては、フォノンの波長スケール(例えば、ナノメートルオーダーからミリメートルオーダーのスケール(10nm~10mm))であればよく、このような周期であれば、前記周期構造体中の前記構成物質におけるフォノンの群速度及びエネルギー密度が、前記バルク状態の前記構成物質と比べて小さくなる。
また、前記構造体の大きさとしても、フォノンの波長スケール(例えば、ナノメートルオーダーからミリメートルオーダーのスケール(10nm~10mm))であればよく、このような周期であれば、前記周期構造体中の前記構成物質におけるフォノンの群速度及びエネルギー密度が、前記バルク状態の前記構成物質と比べて小さくなる。
なお、前記構造体の大きさは、前記構造体の最大径が該当し、例えば、前記貫通孔において、その深さよりも開口径の方が大きい場合には、前記開口径が該当し、また、前記開口径において、幅よりも長さの方が大きい形状を持つ場合には、前記長さが該当する。
【0016】
なお、前記周期構造体としては、特に制限はなく、公知のフォノニック結晶の製造方法にしたがって製造してもよく、予め製造された公知のフォノニック結晶を入手して用いてもよい。
【0017】
<物性>
前記フォノニック材料が有する物性としては、冷却する過程で前記周期構造体に体験させた秩序によって様々であるが、前記周期構造体の電気抵抗値が、250K以下の温度条件下で抵抗極小及び抵抗極大のいずれかの特性を持つことが好ましい。
このような物性を発現させると、前記周期構造体における前記構成物質の電子を局在化させ易くなり、磁性及び電気伝導性の少なくともいずれかの物性が前記構成物質固有のものと異なるフォノニック材料を実現することができる。
【0018】
また、前記物性として、前記周期構造体の磁化率が、常温で-1×10-3以下であり、反磁性を示すことが好ましい。
このような物性を発現させると、新たな前記構成物質で反磁性体を構成でき、反磁性体の構成材料選択の余地及び実社会における反磁性体の応用例を拡充させることができる。
【0019】
[実施形態]
本発明の実施形態に係るフォノニック材料を図面を参照しつつ説明する。
図1(a)は、本発明の一実施形態に係るフォノニック材料の上面を示す説明図であり、
図1(b)は、
図1(a)中のA-A’線断面を示す説明図である。
【0020】
図1(a),(b)に示すように、フォノニック材料1は、構成物質2中に構造体3として円柱状の貫通孔が周期的に規則配列された周期構造体2’を有する。
周期構造体2’は、基板4上にスペーサ5を介して配される。スペーサ5は、構造体3が形成される領域の外周位置で周期構造体2’を支持するように配される。基板4及びスペーサ5は、冷却時の周期構造体2’の物性変化を測定するために設けられ、構造体3が形成される周期構造体2’の底面(基板4側の面)側の領域を中空状態とすることで、この領域に存するフォノンの影響を受けずに周期構造体2’の物性変化を測定することが可能となる。
また、このような測定を行う観点から、基板4は、Si等の磁化率が小さい材料で構成され、また、スペーサ5は、SiO
2等の磁化率が小さく、かつ、電気絶縁性の材料で構成される。
なお、周期構造体2’に目的とする物性を発現させる前後で、基板4及びスペーサ5を除去し、周期構造体2’自身をフォノニック材料とすることもできる。
【0021】
図1(a),(b)に示す周期構造体2’は、説明のための一例を示したものであり、構造体3の構造、形成数、配置等の設定は、目的に応じて適宜選択することができる。
構造体3の変形例を
図2(a)~(d)に示す。なお、
図2(a)~(d)は、構造体の変形例を示す図(1)~(4)である。
【0022】
図2(a)に示す例では、前記構造体が略四角柱状の貫通孔として形成される。また、
図2(b)に示す例では、
図2(a)に示す貫通孔を配する規則性を変更している。
これら構造体を有する前記周期構造体においても、前記フォノニック結晶として前記バルク状態の前記構成物質に比べてフォノンの群速度及びエネルギー密度が小さくなる性質を持ち得る。
【0023】
図2(c)、
図2(d)では、形状の異なる複数の構造で構成される前記構造体を単位構造体とし、この単位構造体を繰返し配して前記周期構造体を構成する例を示している。
前記単位構造体が前記構造体として形成される前記周期構造体においても、前記フォノニック結晶として前記バルク状態の前記構成物質に比べてフォノンの群速度及びエネルギー密度が小さくなる性質を持ち得る。
【0024】
また、
図1(a),(b)に示す周期構造体2’は、特に
図1(a)の上面図に示されるように、構造体3の配置が周期構造体2’の幅方向及び長さ方向で周期性を持つ2次元状の配置とされているが、1次元状の配置や3次元状の配置であってもよい(
図3(a)~(c)参照)。なお、
図3(a)は、1次元状のフォノニック材料の構成例を示す説明図であり、
図3(b)は、3次元状のフォノニック材料の構成例を示す説明図(1)であり、
図3(c)は、3次元状のフォノニック材料の構成例を示す説明図(2)である。
【0025】
即ち、
図3(a)に示す周期構造体12では、構造体13の配置が周期構造体12の長さ方向で周期性を持つ1次元状の配置とされる。
また、
図3(b)に示す周期構造体22では、
図1(a),(b)に示す周期構造体2’と同様に形成された、構造体23aが形成された構成物質22aの層及び構造体23bが形成された構成物質22bの層を周期構造体22の厚み方向で積層することで、構造体23a,bの配置を周期構造体22の幅方向及び長さ方向に加え、厚み方向で周期性を持つ3次元状の配置としている。なお、
図3(b)中の符号24は、基板を示し、符号25は、スペーサを示す。
また、
図3(c)に示す周期構造体22’では、各面に構造体23’としての円孔が形成された立方体状ブロック領域26を単位構造として、前記単位構造が周期構造体22’の高さ方向、幅方向及び長さ方向に向けて複数組み合わされた3次元状の周期配列を持つように構成される。なお、周期構造体22’としては、公知の3Dプリンタ等により作製することができる。
【0026】
これら周期構造体を有するフォノニック材料では、以下に述べるフォノニック材料の製造方法の実施により、前記周期構造体中の前記構成物質が前記バルク状態の前記構成物質と異なる物性を与えられる。
【0027】
(フォノニック材料の製造方法)
本発明のフォノニック材料の製造方法は、冷却工程、昇温工程を含み、必要に応じてその他の工程を含む。
この製造方法は、本発明の前記フォノニック材料を製造する方法であり、本製造方法に用いられる周期構造体としては、前記フォノニック材料について説明した事項と同じ事項が適用される。
【0028】
<冷却工程>
前記冷却工程は、前記周期構造体を10K/min以下の冷却速度で250K以下の冷却温度まで冷却する工程である。
【0029】
前記冷却速度を10K/min以下とする理由は、前記冷却速度が10K/minを超えると、前記構成物質中のフォノンと電子との相互作用の進行による物質秩序の変化よりも、温度変化に伴う通常の物質変化が支配的となり、新たな物質秩序が得られにくいためである。
【0030】
また、前記冷却温度を250K以下とする理由は、250K付近から前記新たな物質秩序の形成が確認されるためであり、前記冷却温度の具体的な設定方法としては、前記周期構造体の前記構成物質が前記バルク状態の前記構成物質と異なる物性を示す温度に設定する方法が挙げられる。
前記フォノニック材料では、前記冷却温度に応じて異なる物性が発現することがある。
したがって、前記冷却工程としては、前記フォノニック材料に求める物性が発現する温度範囲内の冷却温度で実施することが好ましい。
【0031】
前記冷却工程としては、特に制限はないが、1×10-3Pa以下の真空雰囲気下及び100Pa~100kPa程度のヘリウムガス雰囲気下のいずれかの雰囲気下で実施することが好ましい。前記各雰囲気下で実施すると、目的とする温度に前記周期構造体を冷却させ易い。
また、前記冷却工程の実施装置としては、特に制限はなく、公知の冷媒デュワーや冷凍機等を用いることができる。
【0032】
<昇温工程>
前記昇温工程は、前記冷却工程後、前記周期構造体を前記冷却温度を超える昇温温度まで昇温する工程である。
【0033】
前記フォノニック材料では、前記冷却工程で体験させた秩序が前記冷却温度を超える温度に昇温させても維持される。
また、前記昇温工程における昇温速度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記昇温工程の実施装置としては、特に制限はなく、前記冷却工程の実施装置に用いる装置をそのまま用いることができる。このような実施装置を用いると、前記冷却工程及び前記昇温工程を交互に繰り返し行う場合に、迅速に各工程を実施することができる。
また、前記昇温工程としては、前記周期構造体を前記冷却温度を超える昇温温度まで昇温させればよく、前記冷却工程の実施装置から外部に取出し、自然環境下(常温常圧下)で昇温させることも含まれる。
【0034】
前記フォノニック材料の製造方法としては、特に制限はないが、前記冷却工程と前記昇温工程とを交互に繰返し実施することが好ましい。こうした実施により、前記周期構造体に様々な秩序を体験させることができ、延いては、様々な物性を発現させることができる。
【0035】
<その他の工程>
前記その他の工程としては、本発明の効果を妨げない限り、特に制限はなく、目的に応じて種々の工程を採用することができる。
例えば、前記周期構造体の磁性及び電気伝導性の少なくともいずれかの物性を測定する測定工程が挙げられる。このような測定工程を採用すると、前記周期構造体に発現した新たな物質秩序を確認しつつ、前記フォノニック材料の製造を行うことができる。
なお、前記測定工程としては、前記冷却工程及び前記昇温工程の少なくともいずれかの工程と並行して実施してもよく、前記冷却工程及び前記昇温工程の少なくともいずれかの工程が完了した段階で実施してもよい。
前記測定工程における、前記周期構造体の磁性の測定方法としては、特に制限はなく、ガウスメータ等の公知の磁気測定装置を用いることができる。
また、前記測定工程における、前記周期構造体の電気伝導性の測定方法としては、特に制限はなく、四端子抵抗測定装置等の公知の抵抗測定装置を用いることができる。
【0036】
また、前記その他の工程としては、前記冷却工程及び前記昇温工程の少なくともいずれかの工程と並行して実施され、前記周期構造体に磁場を印加する磁場印加工程が挙げられる。このような磁場印加工程を実施すると、前記周期構造体に対するより多様な物質秩序の形成に寄与することができる。
【実施例】
【0037】
(実施例1)
次のように、実施例1に係るフォノニック材料を製造した。
先ず、CVD装置(サムコ株式会社製、PD-270STL)を用いて、シリコンウエハ基板(ミヨシ有限会社製、直径76.0mm、方位(100)±1°、タイプP型、仕上げ表面ミラー、仕上げ裏面エッチング、パーティクル0.3μm以上10個以下)上に酸化シリコン層を厚み1μmで形成した。
次に、スパッタリング装置(サイエンスプラス株式会社製、M12-0130)を用いて、前記酸化シリコン層上にニオブ層を厚み150nmで形成した。
次に、レジストコーター装置(大日本スクリーン製造株式会社製、SK-60BW-AVP)を用いて、ニオブ層上にi線リソグラフィ用のレジスト層を形成した後、i線リソグラフィ装置(株式会社ニコンテック社製、NSR-2205i12D)により、目的とする周期構造と同一構造の孔が穿設されたマスクパターンを持つマスクを用いたi線リソグラフィ加工を行い、前記レジスト層を前記マスクパターンが転写されたレジストパターンに加工した。
次に、反応ガスとしてSF6を用いた反応性イオンエッチング装置(サムコ株式会社製、RIE-10NR)により、前記レジストパターンを通じた前記ニオブ層に対するエッチング加工を行い、前記周期構造を持つ周期構造体として、同一形状の円柱状の貫通孔を持つ領域(構造体)が一定周期で規則的に配列された構造を持つ前記ニオブ層を形成した。
【0038】
ここで、前記シリコンウエハ基板上の前記ニオブ層の様子を
図4に示す。なお、
図4は、実施例1におけるニオブ層を上面から視たときの様子を示す説明図である。
この
図4に示すように、ニオブ層32は、厚み方向に貫通孔33(図中、黒丸で示す群)が穿設された構造を持つ。
また、ニオブ層32は、前記シリコンウエハ基板上に円形状で形成され、その直径Dは、2.6mmである。
【0039】
また、より詳細に説明すると、ニオブ層32は、
図5に示す矩形状ブロック領域36が7,180個形成された構造を持つ。なお、
図5は、ニオブ層を上面から視たときの矩形状ブロック領域を示す説明図である。
矩形状ブロック領域36では、中心に直径dが20.35μmである貫通孔33が穿設される。
また、貫通孔33の外周と最接する矩形状ブロック領域36の外周との間の距離sが150nmとされる。つまり、前記周期構造体としてのニオブ層32は、構造体としての貫通孔33が300nmの間隔で規則的に周期配列された構造を持つ。
また、ニオブ層32の貫通孔33が形成された部分をフォノニック結晶としてみたときの結晶構造は、正方格子であり、その格子定数は、20.65μmである。なお、前記正方格子とは、貫通孔33がニオブ層32に対し、上面視で正方格子状に配置されている構造を意味し、前記格子定数とは、矩形状ブロック領域36を単位格子としたとき、一の前記単位格子の中心と、これに隣接する他の前記単位格子の中心との間の距離を意味する。
これら
図4,
図5に示す前記周期構造体の構造は、前記マスクの形状設定に基づき、形成される。
【0040】
次に、この状態の前記シリコンウエハ基板を前記ニオブ層を中心に持つように裁断した。
次に、ドライエッチング装置(キャノン株式会社製、memsstar SVR-vHF)を用い、前記貫通孔を介して前記ニオブ層の下に存在する前記酸化シリコン層にHFガスを接触させ、前記酸化シリコン層を部分的に除去するドライエッチング加工を行った。
ここで、
図4中における、矩形状ブロック領域36が形成されていない部分のニオブ層32の領域R
1,R
2の下側に存在する前記酸化シリコン層は、前記ドライエッチング加工後に残留し、酸化シリコン犠牲層として、矩形状ブロック領域36の下側の部分を中空状態とさせつつ、領域R
1,R
2の各位置でニオブ層32を支持する役割が与えられる。
以上により、実施例1のサンプル体を作製した。
【0041】
次に、実施例1のサンプル体に対し、以下に述べる冷却工程及び昇温工程を実施しつつ、これらの工程により得られる実施例1に係るフォノニック材料の電気抵抗及び磁束密度の測定試験を行った。
先ず、実施例1に係るフォノニック材料の電気抵抗を測定するため、実施例1のサンプル体に対し、四端子抵抗測定装置(日本カンタム・デザイン株式会社製、P102 DC抵抗サンプルパック)を接続した。
具体的には、
図4における領域R
1,R
2の各領域に対し、二端子ずつ前記四端子抵抗測定装置の端子を接続し、10μAの印加電流により、領域R
1-領域R
2間に配される前記周期構造体の電気抵抗を測定可能とした。
また、磁束密度の測定は、外部磁場が存在しない常温常圧の環境下でサンプル体乃至フォノニック材料から1cm程度離れた場所の磁束密度をガウスメータ(レイクショア社製、ガウスメータ425型)で測定することで行った。
【0042】
次に、実施例1のサンプル体を物理特性測定装置(日本カンタム・デザイン株式会社製、PPMS)に入れ、約200Paのヘリウムガス雰囲気の下、前記冷却工程及び前記昇温工程を実施した。
具体的な前記冷却工程及び前記昇温工程の実施状況を
図6を参照しつつ説明する。なお、
図6は、実施例1に係るフォノニック材料における前記冷却工程及び前記昇温工程の実施状況を示す図である。
【0043】
先ず、
図6に示すように、実施例1のサンプル体を室温(300K)から1K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で1回目の冷却工程を実施した。
次に、実施例1のサンプル体を2Kから1K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で1回目の昇温工程を実施した。
次に、再び実施例1のサンプル体を室温から1K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で2回目の冷却工程を実施した。
次に、再び実施例1のサンプル体を2Kから1K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で2回目の昇温工程を実施した。
次に、再び実施例1のサンプル体を室温から1K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で3回目の冷却工程を実施した。
最後に、再び実施例1のサンプル体を2Kから1K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で3回目の昇温工程を実施した。
以上により、実施例1に係るフォノニック材料を製造した。
【0044】
実施例1に係るフォノニック材料の特性について、引き続き、
図6を参照しつつ説明する。
先ず、1回目の冷却工程実施前の実施例1のサンプル体では、通常のニオブと同様、常磁性体、常伝導体としての物性が確認される。
次に、1回目の冷却工程では、冷却開始当初、温度が低下するにつれて電気抵抗値が低下する傾向が確認されるが、40K付近で電気抵抗値が最も低くなった後、一転、上昇に転じる抵抗極小の現象が確認された。このような電気抵抗値の挙動は、通常のニオブでは観測されない。いわゆる近藤効果に似た電子の局在モーメントが前記周期構造体を媒介として発生したものと考えられる。また、250K付近で電気抵抗-温度特性のカーブが屈曲しており、250K付近から通常のニオブに存在しない新たな秩序の形成が生じているといえる。
次に、1回目の昇温工程では、30K付近で電気抵抗値が下降した後、一転、上昇に転じる抵抗極小の現象が確認される。また、40K以降の高温側環境下で温度の上昇に伴う電気抵抗値の上昇が確認され、金属的な電気抵抗値の挙動を示したが、その電気抵抗-温度特性のカーブは、1回目の冷却工程における電気抵抗-温度特性のカーブと異なった軌跡を示している。
次に、2回目の冷却工程では、50K付近から電気抵抗値が急激に上昇し、通常のニオブからは観測し得ない電気抵抗値の挙動が確認される。
次に、2回目の昇温工程では、2Kから50K付近まで電気抵抗値の温度依存性をほぼ失った状態となり、50K以降の高温側環境下では金属的な電気抵抗値の挙動が確認されない。
次に、3回目の冷却工程では、温度が低下するにつれて、なだらかに電気抵抗値が上昇する傾向が確認される。
次に、3回目の昇温工程では、比較的、3回目の冷却工程における電気抵抗-温度特性のカーブと似通った電気抵抗-温度特性のカーブを辿る挙動が確認される。
【0045】
2回目の昇温工程以降の実施例1に係るフォノニック材料では、金属的な挙動さえ失っており、加えて、2回目の冷却工程、昇温工程で測定された電気抵抗値は、1回目の冷却工程実施前における電気抵抗値の数百倍の値に達しており、もはや通常のニオブや金属が持つ物質秩序と異なる新たな物質秩序が生じているとみるべきである。
実際、3回目の昇温工程を経た実施例1に係るフォノニック材料からは、マイナス240ミリガウスの磁束密度が測定され、1回目の冷却工程実施前の常磁性体(プラス30ミリガウス)から反磁性体に物質秩序が変化している。
【0046】
(実施例2)
また、実施例1のサンプル体の磁気特性をより精確に調査するため、実施例1のサンプル体と同じ材質と同じ構造を持つ別サンプル体(以降、「実施例2のサンプル」と称す)を磁気特性測定装置(日本カンタム・デザイン株式会社製、MPMS)に入れ、約10kPaのヘリウムガス雰囲気の下、冷却工程及び昇温工程を実施した。
先ず、実施例2のサンプル体を室温(300K)から10K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で1回目の冷却工程を実施した。
次に、2Kにおいて実施例2のサンプル体の面方向に平行な外部磁場を100Oe(エルステッド;1Oe=約79.577A/m)印加するとともに、実施例2のサンプル体の磁化測定を行う位置を正確に調整した。
次に、実施例2のサンプル体を2Kから10K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で1回目の昇温工程を実施した。なお、外部磁場の100Oeは、印加したままである。
次に、再び実施例2のサンプル体を室温から1K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で2回目の冷却工程を実施した。なお、外部磁場の100Oeは、印加したままである。
次に、再び実施例2のサンプル体を2Kから1K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で2回目の昇温工程を実施した。なお、外部磁場の100Oeは、印加したままである。
次に、再び実施例2のサンプル体を室温から1K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で3回目の冷却工程を実施した。なお、外部磁場の100Oeは、印加したままである。
次に、再び実施例2のサンプル体を2Kから1K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で3回目の昇温工程を実施した。なお、外部磁場の100Oeは、印加したままである。
次に、再び実施例2のサンプル体を室温から1K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で4回目の冷却工程を実施した。なお、外部磁場の100Oeは、印加したままである。
次に、再び実施例2のサンプル体を2Kから1K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で4回目の昇温工程を実施した。なお、外部磁場の100Oeは、印加したままである。
次に、再び実施例2のサンプル体を室温から1K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で5回目の冷却工程を実施した。なお、外部磁場の100Oeは、印加したままである。
次に、再び実施例2のサンプル体を2Kから1K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で5回目の昇温工程を実施した。なお、外部磁場の100Oeは、印加したままである。
以上により、実施例2に係るフォノニック材料を製造した。
【0047】
実施例2に係るフォノニック材料の磁気特性について、
図7を参照しつつ説明する。
なお、
図7は、実施例2に係るフォノニック材料の室温(300K)における磁化の外部磁場依存性を示す図である。
前記磁気特性は、5回目の昇温工程終了後、室温下で、実施例2に係るフォノニック材料に対し、ニオブ層の面方向と平行な方向の外部磁場を、100Oeから50,000Oeまで、続いて50,000Oeから-50,000Oeまで、続いて-50,000OeからゼロOeまで、500Oe毎に変化させて印加し、各段階の実施例2に係るフォノニック材料の磁化を測定することで実施した。
磁化と、印加した外部磁場の傾きとから算出される実施例2に係るフォノニック材料の磁化率は、
図7に示すように、マイナス0.17である。負の磁化率であることから、実施例2に係るフォノニック材料は、反磁性体であることが確認される。
【0048】
最も強い反磁性を示すビスマスや熱分解グラファイトであっても、それらの磁化率は、マイナス10-4のオーダーであることから、実施例2に係るフォノニック材料は、相当に強い反磁性磁化率を持っていることになる。超伝導体を超伝導秩序を示す低温に冷却することで発現するマイスナー効果の反磁性磁化率は、マイナス1(完全反磁性)であるが、実施例2に係るフォノニック材料は、完全反磁性の1/6に相当する強い反磁性磁化率を室温で示している。すべての物質は、電子を持つため、その磁性には多少なりとも反磁性の寄与があるが、通常は、不対電子スピンによる常磁性や強磁性等に隠れて目立たない。実施例2に係るフォノニック材料が強い反磁性磁化率を示したのは、前記冷却工程及び前記昇温工程により、電子がニオブ原子に強く局在化し、通常のニオブが室温(300K)で示す磁性秩序である常磁性に寄与する不対電子スピンが完全に失われたことによるものと考えられる。
【0049】
(実施例3)
図4に示す構造に代えて
図8に示す構造を持つように、マスクを変更したi線リソグラフィ加工を行ってサンプル体を作製したこと以外は、実施例1におけるサンプル体の作製方法に準じた方法により、実施例3におけるサンプル体を作製した。なお、
図8は、実施例3におけるニオブ層を上面から視たときの様子を示す説明図であり、また、同図中の符号42は、ニオブ層を示し、符号43は、貫通孔を示し、符号J
1~J
6は、電気抵抗測定用の端子部を示している。
【0050】
この実施例3におけるサンプル体では、ニオブ層42の貫通孔43が形成された部分をフォノニック結晶としてみたときの結晶構造が正方格子であり、また、その格子定数が20.65μmであり、かつ、
図5に示す前記矩形状ブロック領域と同じ大きさの前記矩形状ブロック領域が形成される点で、実施例1におけるサンプル体と共通するが、前記矩形状ブロック領域の形成数が350個であり、前記矩形状ブロック領域の群全体が矩形状に配される点で、実施例1におけるサンプル体(7,180個、円形状)と異なる構成とされる。
【0051】
次に、実施例3のサンプル体に対し、以下に述べる冷却工程及び昇温工程を実施しつつ、これらの工程により得られる実施例3に係るフォノニック材料の電気抵抗の測定試験を行った。
先ず、実施例3に係るフォノニック材料の電気抵抗を測定するため、実施例3のサンプル体に対し、四端子抵抗測定装置(日本カンタム・デザイン株式会社製、P106)を接続した。
具体的には、
図8における端子J
1、J
5、J
2、J
3のそれぞれに対し、四端子抵抗測定装置の端子I+、I-、V+、V-を接続し、端子J
2-J
3間に配される前記周期構造体の電気抵抗を測定可能とした。
【0052】
次に、実施例3のサンプル体を前記物理特性測定装置に入れ、約200Paのヘリウムガス雰囲気の下、前記冷却工程及び前記昇温工程を実施した。
具体的な前記冷却工程及び前記昇温工程の実施状況を
図9を参照しつつ説明する。なお、
図9は、実施例3に係るフォノニック材料における前記冷却工程及び前記昇温工程の実施状況を示す図であり、
図9中の左上欄では、5K~100Kにおける電気電気抵抗-温度特性を拡大して表示している。
【0053】
先ず、
図9に示すように、実施例3のサンプル体を室温(300K)から0.1K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で1回目の冷却工程を実施した。
次に、実施例3のサンプル体を2Kから0.1K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で1回目の昇温工程を実施した。
次に、再び実施例3のサンプル体を室温から0.1K/minの冷却速度により2Kまで冷却させる条件で2回目の冷却工程を実施した。
次に、再び実施例3のサンプル体を2Kから0.1K/minの昇温速度により室温まで昇温させる条件で2回目の昇温工程を実施した。
以上により、実施例3に係るフォノニック材料を製造した。
【0054】
実施例3に係るフォノニック材料の特性について、引き続き、
図9を参照しつつ説明する。
先ず、1回目の冷却工程では、冷却開始当初、温度が低下するにつれて電気抵抗値が低下する傾向が確認されるが、30K付近において、通常のニオブでは観測されない抵抗極小現象が確認される。更に、10K付近で電気抵抗値が上昇した後、一転、下降に転じる抵抗極大の現象が確認された後、8.5K付近から超伝導性を示すことが確認される。
次に、1回目の昇温工程では、10K付近で電気抵抗値の上昇が確認され、その後、30K付近で電気抵抗値の低下が確認され、以降の高温側環境下で温度の上昇に伴う電気抵抗値の上昇が確認される。温度上昇に伴い電気抵抗値が上下する挙動は、通常のニオブで確認されない。
次に、2回目の冷却工程では、35K付近から電気抵抗値が急激に上昇し、8.5K付近から電気抵抗値が急激に低下する現象が確認される。また、8.5K付近から低温側環境下で、1回目の冷却工程で確認された超伝導性が確認されない。
次に、2回目の昇温工程では、35K付近までは2回目の冷却工程における電気抵抗-温度特性のカーブと同様の挙動が確認されるものの、35K付近から高温側環境下で電気抵抗が低下する現象が確認されず、2回目の冷却工程における電気抵抗値よりも高い電気抵抗値を示すことが確認される。
【0055】
このように、実施例3に係るフォノニック材料では、1回目の昇温工程及び2回目の昇温工程を実施後のそれぞれの状態で、1回目の冷却工程実施前のニオブ固有の電気抵抗と異なる電気抵抗を持ち、通常のニオブと異なる新たな物質秩序が生じているといえる。
【0056】
また、実施例1~3に係る各フォノニック材料では、前記周期構造体を構成する前記構成物質中のフォノンが冷却時に前記構成物質中の電子と相互作用し、電子の挙動が制限を受ける結果となっている。
即ち、
図6,9に示すように、実施例1及び3に係る各フォノニック材料では、いずれも低温側で電気抵抗が一定値に近づいていることから、電子の平均自由行程が最小値に近づく状況を説明するヨッフェ-レーゲルの領域を示しており、いわゆる最小金属伝導度が実現していると考えられる。前記周期構造体に磁性不純物等を混在させていない材料において、電子の平均自由行程が最小値に近づく現象は、前記構成物質中の電子がフォノンと相互作用し、局在化されたことに基づく。
また、
図7に示すように、実施例2に係るフォノニック材料が室温(300K)で強い反磁性磁化率を示したことから、伝導電子等の不対電子が局在化し、通常のニオブで観測されるような常磁性秩序が完全に喪失したことで、通常の状態では、その他の磁性秩序によって覆い隠されている反磁性秩序が顕に発現していると考えられる。
したがって、冷却工程及び昇温工程を交互に繰返し実施することで、ニオブ原子に局在する電子が増えていき、実施例1~3に係る各フォノニック材料では、最終的に電気抵抗が半導体的挙動及び絶縁体的挙動のいずれかの挙動を示し、また、実施例2に係るフォノニック材料では、最終的に反磁性を示すことになる。
こうした挙動は、モット金属-絶縁転移や、貫通孔の形成により前記構成物質が本来的に有する原子レベルの周期構造が乱されたことで電子波が局在するアンダーソン局在といった諸現象に基づくものと考えられる。今後の研究の進展により、前記周期構造体に生じる諸現象が定性的に明らかとなれば、様々な物性の中から冷却により発現する物性を予測して、狙った物性を持つ前記フォノニック材料を開発することができる。
【符号の説明】
【0057】
1,20 フォノニック材料
2,22a,22b 構成物質
2’,12,22,22’ 周期構造体
3,13,23a,23b,23’ 構造体
4,24 基板
5,25 スペーサ
26 立方体状ブロック領域
32,42 ニオブ層
33,43 貫通孔
36 矩形状ブロック領域