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特許7147362ニッケル酸化鉱石の湿式製錬法における臭気低減方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】ニッケル酸化鉱石の湿式製錬法における臭気低減方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 23/00 20060101AFI20220928BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20220928BHJP
   C02F 1/72 20060101ALI20220928BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/44 101A
C22B3/44 101B
C02F1/72 C
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018155343
(22)【出願日】2018-08-22
(65)【公開番号】P2020029589
(43)【公開日】2020-02-27
【審査請求日】2021-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】山本 堅士
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 勝輝
【審査官】藤長 千香子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-115231(JP,A)
【文献】特開2017-101276(JP,A)
【文献】特開2015-127053(JP,A)
【文献】特開2014-113565(JP,A)
【文献】特開2004-089915(JP,A)
【文献】特開2019-073776(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
C02F 1/70-1/78
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コバルトを含むニッケル酸化鉱石の高圧酸浸出で得た浸出液に硫化剤を添加することでニッケルコバルトの混合硫化物を生成する湿式製錬プロセスにおいて、該混合硫化物の固液分離時に排出されるニッケル回収終液に対して中和処理する際に生じる臭気の低減方法であって、前記ニッケル回収終液に対して空気を吹き込むと共にそのpHを2.0以下に調整し、且つ3価の鉄残渣を1~30質量%含有する酸化性スラリーを該ニッケル回収終液に対して流量比で0.025以上添加して還元性の硫黄化合物を酸化処理する工程からなり、前記酸化性スラリーが、前記ニッケル回収終液を前記酸化処理した後に得られる貧液を中和処理して得たものであることを特徴とする臭気低減方法。
【請求項2】
前記硫黄化合物が前記硫化剤として添加した溶存硫化水素であることを特徴とする、請求項1に記載の臭気低減方法。
【請求項3】
前記浸出液に前記硫化剤を添加する前に、該浸出液のpHを調整して不純物元素を含む中和澱物を生成した後、これを除去してニッケル及びコバルトを含む中和終液を得る中和工程と、該中和終液に硫化水素ガスを添加することにより亜鉛及び銅を含む混合硫化物を生成した後、これを除去して脱亜鉛終液を得る脱亜鉛工程とで該浸出液を処理することを特徴とする、請求項1又は2に記載の臭気低減方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬法の最終中和工程において発生する臭気の低減方法に関し、特に溶存する硫化剤に起因する臭気の低減方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケル酸化鉱石の湿式製錬法として、硫酸を用いた高圧酸浸出処理を含んだ湿式製錬プロセスが知られている。このプロセスは、従来の一般的なニッケル酸化鉱石の製錬方法である乾式製錬法と異なり、低品位ニッケル酸化鉱石からニッケル品位を50~60質量%まで高めたニッケルとコバルトを含む混合硫化物(以下、ニッケルコバルト混合硫化物とも称する)を効率よく生成することができるうえ、還元工程や乾燥工程を含まず一貫した湿式工程で処理が行われるので、エネルギー的及びコスト的に有利なプロセスである。
【0003】
上記の高圧酸浸出処理を含んだ湿式製錬プロセスとしては、ニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加して高温高圧下で浸出する工程と、該浸出工程で得た浸出スラリーを多段洗浄することでニッケル及びコバルトと共に不純物元素を含む浸出液を浸出残渣から分離する固液分離工程と、該浸出液のpHを調整すると共に、上記浸出残渣の一部と凝結剤とを添加することで不純物元素を含む中和澱物を生成した後、これを分離除去してニッケル及びコバルトを含む中和終液を得る中和工程と、該中和終液に硫化水素ガスを添加することにより亜鉛及び銅を含む混合硫化物を生成した後、これを分離除去して脱亜鉛終液を得る脱亜鉛工程と、該脱亜鉛終液に硫化水素ガスを添加することによりニッケルコバルト混合硫化物を生成した後、これを固液分離により回収するニッケル回収工程とから構成されるプロセスが知られている。
【0004】
上記のニッケル回収工程では、ニッケル回収率を高めるために硫化水素ガスを多めに添加するのが好ましく、これにより、上記ニッケルコバルト混合硫化物を回収した後に排出されるニッケル回収終液へのニッケルロスを減らすことができる。しかしながら、この場合は該ニッケル回収終液に残存する溶存硫化水素ガス量が増加し、該ニッケル回収終液を処理する最終中和工程において、例えば中和反応槽の気相部のガスを吸引して洗浄する洗浄塔から臭気を有するガスが多量に発生することが問題になることがあった。
【0005】
上記のニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスにおいては、臭気の原因となる溶液中の溶存硫化水素の除去に関する技術が種々提案されている。例えば特許文献1には、硫化水素を含む溶液中に3価の鉄化合物を添加し、pH3以下で且つ酸化還元電位(ORP)0mV(Ag/AgCl電極基準)以上の条件下で硫化水素と3価鉄を反応させることにより、溶液に溶存する硫化水素を硫黄の形に固定化する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-089915号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1の技術は、3価の鉄化合物として湿式製錬プロセスから排出される廃棄物である水酸化鉄を用いることが示されており、これは高圧酸浸出工程から排出される浸出残渣に対して最終中和工程において石灰石や消石灰等のアルカリを添加し、これにより生成される3価の水酸化鉄を含む中和澱物を硫化水素の固定化に用いるものである。そのため、この中和澱物はアルミニウムやマグネシウム等の不純物が多く含まれている。
【0008】
このような不純物を多く含有する中和澱物をそのまま使用した場合、該中和澱物中のアルミニウムやマグネシウムの澱物も溶解されるため、その分多量の硫酸が必要になる。さらに、溶存硫化水素を除去した後の溶液を再び最終中和工程に送ってアルミニウムやマグネシウムを中和剤で沈殿させる必要があった。このように、特許文献1の技術は結果的に不純物の中和と溶解とが繰り返されるため、硫酸及び中和剤の消費量がかえって増加し、処理コストがかかることが問題になることがあった。
【0009】
本発明は、上記した従来のニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスが抱える問題点に鑑みてなされたものであり、混合硫化物の回収時に排出されるニッケル回収終液に対して、硫酸や中和剤などの薬剤の消費量を増加させることなく該ニッケル回収終液に溶存する硫化剤を効率的に除去し、よって最終中和工程において生じる臭気を低減させることが可能な臭気低減方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明に係る臭気低減方法は、コバルトを含むニッケル酸化鉱石の高圧酸浸出で得た浸出液に硫化剤を添加することでニッケルコバルトの混合硫化物を生成する湿式製錬プロセスにおいて、該混合硫化物の固液分離時に排出されるニッケル回収終液に対して中和処理する際に生じる臭気の低減方法であって、前記ニッケル回収終液に対して空気を吹き込むと共にそのpHを2.0以下に調整し、且つ3価の鉄残渣を1~30質量%含有する酸化性スラリーを該ニッケル回収終液に対して流量比で0.025以上添加して還元性の硫黄化合物を酸化処理する工程からなり、前記酸化性スラリーが、前記ニッケル回収終液を前記酸化処理した後に得られる貧液を中和処理して得たものであることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ニッケルコバルト混合硫化物の固液分離時に排出されるニッケル回収終液に対して、硫酸や中和剤などの薬剤の消費量を従来よりも増加させることなく、該ニッケル回収終液に溶存する硫化剤を効率的に除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の臭気低減方法の実施形態を含んだニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスのプロセスフロー図である。
図2】ニッケル回収終液に対する排水スラリーの流量比と最終中和工程での臭気指数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係るニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセスの最終中和工程において発生する臭気の低減方法の実施形態について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本明細書においては、「X~Y」(X、Yは任意の数値)との表記は、特にことわらない限り「X以上Y以下」を意味している。本発明の実施形態に係る臭気低減方法は、コバルトを含むニッケル酸化鉱石に対して高温高圧下で硫酸浸出処理を施すことで浸出液を得る浸出工程と、該浸出液に硫化剤を添加することで生成したニッケルコバルトの混合硫化物を固液分離により回収するニッケル回収工程とを有する湿式製錬プロセスにおいて、該混合硫化物の固液分離の際に排出されるニッケル回収終液を中和処理する際に生ずる臭気を低減する方法であって、該ニッケル回収終液に対して空気を吹き込むと共にそのpHを2.0以下に調整し、且つ3価の鉄残渣を1~30質量%含有する酸化性スラリーを該ニッケル回収終液に対して流量比で0.025以上添加して還元性の硫黄化合物を酸化処理するものである。
【0014】
以下、かかる本発明の実施形態の臭気低減方法を含むニッケル酸化鉱石の湿式製錬プロセス(以下、単に「湿式製錬プロセス」とも称する)について、図1に示す高圧酸浸出プロセス(HPAL:High Pressure Acid Leachプロセスとも称する)を含んだ湿式製錬プロセスを例に挙げて詳細に説明する。この図1に示す湿式製錬プロセスは、原料としてのニッケル酸化鉱石のスラリーに硫酸を添加して高温高圧下で浸出処理を施す浸出工程S1と、該浸出工程S1で得た浸出スラリーに中和剤を添加してpHを所定範囲に調整する予備中和工程S2と、該予備中和工程S2でpH調整された浸出スラリーを多段洗浄することでニッケル及びコバルトと共に不純物元素を含む浸出液を浸出残渣から分離する固液分離工程S3と、該浸出液にpH調整剤を添加することで不純物元素を含む中和澱物を生成し、これを分離除去してニッケル及びコバルトと共に亜鉛を含む中和終液を得る中和工程S4と、該中和終液に硫化剤を添加することで亜鉛硫化物を生成し、これを分離除去してニッケル及びコバルトを含むニッケル回収用母液を得る脱亜鉛工程S5と、該ニッケル回収用母液に硫化剤を添加することでニッケル及びコバルトを含む混合硫化物を生成した後、該混合硫化物をニッケル回収終液から固液分離するニッケル回収工程S6と、該ニッケル回収工程S6から排出されるニッケル回収終液に空気を吹き込むと共にpHを2.0以下に調整し、且つ3価の鉄残渣を所定量含む酸化性スラリーを所定量添加して硫化剤の分解処理を行う硫化剤除去工程S7と、該硫化剤除去工程S7での処理により排出される貧液を上記固液分離工程S3から排出される浸出残渣と共に無害化処理する最終中和工程S8とを有している。以下、これら工程の各々について説明する。
【0015】
(1)浸出工程
浸出工程S1では、原料としてのニッケル酸化鉱石を所定の粒度に粉砕した後、水を加えて所定のスラリー濃度に調製した鉱石スラリーをオートクレーブと称する圧力容器に硫酸と共に装入し、該鉱石スラリーに対して攪拌しながら3~4.5MPaG、220~280℃程度の高温高圧条件下で高圧酸浸出処理を施すことによって、浸出液と浸出残渣とからなる浸出スラリーを生成する。
【0016】
この浸出工程S1で処理されるニッケル酸化鉱石は、主としてリモナイト鉱及びサプロライト鉱等のいわゆるラテライト鉱である。ラテライト鉱のニッケル含有量は、一般に0.8~2.5質量%であり、水酸化物又はケイ苦土(ケイ酸マグネシウム)鉱物として含まれている。このニッケル酸化鉱石は、鉄の含有量が10~50質量%であり、これは主として3価の水酸化物(ゲーサイト)の形態を有しており、一部2価の鉄がケイ苦土鉱物に含まれている。浸出工程S1の原料には、上記のラテライト鉱のほか、ニッケル、コバルト、マンガン、銅等の有価金属を含有する例えば深海底に賦存するマンガン瘤等の酸化鉱石が用いられることがある。
【0017】
この浸出工程S1における高圧酸浸出処理では、下記式1~3で表される浸出反応と下記式4及び5で表される高温熱加水分解反応が生じ、ニッケル、コバルト等の硫酸塩としての浸出と、浸出された硫酸鉄のヘマタイトとしての固定化が行われる。ただし、鉄イオンの固定化は完全には進行しないため、通常、得られる浸出スラリーの液部分には、ニッケル、コバルト等のほかに2価と3価の鉄イオンが含まれる。
【0018】
[式1]
MO+HSO→MSO+H
(なお、式中Mは、Ni、Co、Fe、Zn、Cu、Mg、Cr、Mn等を表す。)
[式2]
2Fe(OH)+3HSO→Fe(SO)+6H
[式3]
FeO+HSO→FeSO+H
[式4]
2FeSO+HSO+1/2O→Fe(SO)+H
[式5]
Fe(SO)+3HO→Fe+3HSO
【0019】
浸出工程S1において上記オートクレーブに装入する硫酸の添加量には特に限定はないが、上記原料の鉱石中の鉄が浸出されるように過剰に硫酸を添加するのが好ましい。なお、浸出工程S1では、生成したヘマタイトを含む浸出残渣が後工程の固液分離工程S3においてろ過性を低下させることがないように、浸出液のpHを0.1~1.0に調整することが好ましい。
【0020】
(2)予備中和工程
予備中和工程S2では、上記浸出工程S1にて得た浸出スラリーのpHを所定の範囲に調整する。すなわち、上記浸出工程S1の高圧酸浸出処理では、浸出率を向上させる観点から過剰の硫酸が添加されるため、オートクレーブから抜き出される浸出スラリーにはフリー硫酸(浸出反応に関与しなかった余剰の硫酸、以下遊離硫酸ともいう)が含まれており、そのpHは非常に低い。そこで、予備中和工程S2では、次工程の固液分離工程S3における多段洗浄の際に効率よく洗浄が行われるように、浸出スラリーのpHを好ましくは2~6程度の範囲内に調整する。
【0021】
この浸出スラリーのpHが2より低いと、後工程の装置の接液部の腐食対策にかなりのコストがかかるので好ましくない。逆に浸出スラリーのpHが6より高いと、浸出液(スラリー)中に浸出したニッケルが、洗浄の過程で析出して残渣として沈殿し、洗浄効率を低下させるおそれがあるので好ましくない。上記のpHの調整方法としては特に限定はないが、例えば炭酸カルシウム等の中和剤をスラリーの形態で添加することによって好適に調整することができる。
【0022】
(3)固液分離工程
固液分離工程S3では、上記予備中和工程S2にてpH調整された浸出スラリーに対して洗浄液を混合し、シックナー等の沈降分離設備により洗浄しながら、凝集剤供給設備等から供給される好適にはアニオン系の凝集剤を用いて浸出残渣を分離する。これにより、ニッケル及びコバルトのほか亜鉛等の不純物元素を含む浸出液(粗硫酸ニッケル水溶液)が得られる。上記のようにシックナーを用いる場合は浸出スラリー中の浸出残渣が沈降物として濃縮され、その際、洗浄液による浸出スラリーの希釈の度合いに応じて、浸出残渣に付着するニッケル分を減少させることができる。シックナーから抜き出された浸出残渣は後述する最終中和工程S8で中和処理を施すことで重金属が除去された後、テーリングダムに移送される。
【0023】
この固液分離工程S3では、複数基のシックナーを直列に連結し、先頭のシックナーに浸出スラリーを導入して順次隣接する後段のシックナーに底部から抜き出される濃縮スラリーを移送すると共に、末端のシックナーに洗浄液を導入して順次隣接する前段のシックナーにオーバーフローにより上澄液を移送する連続向流洗浄法(CCD法:Counter Current Decantation)により浸出スラリーを多段洗浄することが好ましい。これにより、系内に新たに導入する洗浄液の量を少量に抑えながらニッケル及びコバルトの回収率を95%以上確保することが可能になる。
【0024】
上記の洗浄液の種類としては特に限定はないが、ニッケルを含んでおらず固液分離工程の際に浸出スラリーに悪影響を及ぼさないものが好ましい。特に洗浄液にはpHが1~3の水溶液を用いることが好ましい。洗浄液のpHが3よりも高いと、浸出液中にアルミニウムが含まれる場合には嵩の高いアルミニウム水酸化物が生成され、浸出残渣の沈降性が悪化するおそれがあるからである。このようなpH1~3程度の洗浄液としては、後工程のニッケル回収工程S6における混合硫化物の固液分離による回収時に液相側として排出される低pHのニッケル回収終液か、これを硫化剤除去工程S7で処理した後の貧液が適しているので、これを繰り返して利用するのが好ましい。
【0025】
(4)中和工程
中和工程S4では、上記固液分離工程S3において浸出残渣から分離された粗硫酸ニッケル水溶液からなる浸出液に炭酸カルシウム等の中和剤を添加してpH調整することで該浸出液の酸化を抑制しながら不純物元素を含む中和澱物を生成する。この中和澱物を固液分離により除去することで、ニッケル及びコバルトと共に主に亜鉛からなる不純物元素を含むニッケル回収用母液の元となる中和終液が得られる。この中和工程S4では、中和終液のpHが4以下、好ましくは3.0~3.5、より好ましくは3.1~3.2になるように上記pH調整を行うのが好ましく、これにより浸出液中に残留する主に3価の鉄イオンやアルミニウムイオンを中和澱物として除去できる。
【0026】
(5)脱亜鉛工程
脱亜鉛工程S5では、例えば加圧された容器内に上記中和工程S4で得た中和終液を導入し、該容器の気相中への硫化水素ガスの吹き込みなどによる硫化剤の添加により硫化処理が施され、これによりニッケル及びコバルトに対して亜鉛を選択的に硫化して亜鉛硫化物を生成させる。この亜鉛硫化物を分離除去することで、ニッケル及びコバルトを含む硫酸溶液からなるニッケル回収用母液(脱亜鉛終液)が得られる。なお、このニッケル回収用母液は、通常は不純物成分として鉄、マグネシウム、マンガン等が各々数g/L程度含まれている。
【0027】
(6)ニッケル回収工程
ニッケル回収工程S6では、上記ニッケル回収用母液に対して硫化水素ガス等の硫化剤を吹き込み、これにより硫化反応を生じさせてニッケル及びコバルトを含む硫化物(ニッケルコバルト混合硫化物)を生成する。このニッケルコバルト混合硫化物はろ過などの固液分離により回収され、その際、液相側にはニッケル回収終液が排出される。なお、このニッケル回収工程S6で処理されるニッケル回収用母液は前述したようにFe、Mg、Mn等の不純物を含んでいる場合があるが、これら不純物成分はニッケル及びコバルトに比べて硫化物としての安定性が低く、よって上記ニッケルコバルト混合硫化物にはほとんど含有されない。
【0028】
(7)硫化剤除去工程
上記のニッケル回収終液には脱亜鉛工程S5やニッケル回収工程S6において添加した硫化水素などの硫化剤が溶存しているため、硫化剤除去工程S7では該ニッケル回収終液に対して空気を吹き込むと共に、後述する最終中和工程S8で生成した3価の鉄残渣を含んだ酸化性スラリーを添加してpH2.0以下の条件で該ニッケル回収終液に含まれる硫化剤に起因する溶存硫化水素などの還元性硫黄化合物を硫黄として固定化して除去する。上記の空気の吹き込み量は、ニッケル回収終液1mあたり1.8Nm以上であるのが好ましい。これにより、溶存する硫化水素などの硫黄化合物の酸化を促進させることができる。
【0029】
なお、「固定化」とは、化合物を安定な形態に変換することであり、硫化剤除去工程S7では上記酸化性スラリーを用いることで、ニッケル回収終液中に溶存する硫化水素等の硫黄化合物が、下記反応式6及び7に示す反応によって単体の硫黄(S)という安定した形態に変化して析出する。この単体の硫黄は固液分離により固形分の形態で除去され、該固液分離の液相側からは貧液が排出される。なお、下記反応式6及び7は、硫化剤として硫化水素ガスを用いたときの例である。
[式6]
2Fe(OH)+3HSO→Fe(SO)+6H
[式7]
Fe(SO)+HS→FeSO+S+HSO
【0030】
上記硫化剤除去工程S7から排出される貧液は、後述するように最終中和工程S8で中和処理を施すことで、該貧液中に含まれる鉄を水酸化鉄として沈殿させる。この水酸化鉄からなる中和澱物及び上記浸出工程S1で生成するヘマタイトを含む残渣スラリーを一部抜き出し、これを3価の鉄イオン源を有する酸化性スラリーとして上記したように硫化剤除去工程S7で利用する。なお、ニッケル回収終液中には遊離硫酸が含まれているため、上記6式に示す硫酸を別途添加する必要がないか少量の添加で済むので、硫酸の消費量を低減することができる。上記の一部抜き出した後の残渣スラリーはテーリングダムに放流される。
【0031】
上記した3価の水酸化鉄(Fe(OH))は溶解し難い化合物であるが、ニッケル回収終液のpHが2.0以下であれば遊離硫酸による上記式6の反応が進むので上記式7の酸化還元反応が促進される。一方、このニッケル回収終液のpHが2.0を超えると、3価の水酸化鉄(Fe(OH))の溶解量が減少するので、3価の鉄の供給が不足して溶存する硫化水素等の硫黄化合物からなる硫化剤の固定化が不十分になる。なお、このpH調整は、例えば硫酸を添加したり炭酸カルシウムを添加したりすることで調整することができる。
【0032】
上記酸化性スラリーには、3価の鉄残渣が1~30質量%含まれているようにする。この含有量が1質量%未満では、3価の鉄の供給が不足して溶存する硫化水素等の硫黄化合物の固定化が不十分になる。逆にこの含有量が30質量%を超えると、酸化性スラリー中の固形分濃度が高くなりすぎ、送液中に配管系が詰まったり摩擦によるダメージが発生したりするおそれがある。この鉄残渣の含有量は例えば比重計により測定することができ、この比重計により酸化性スラリーのスラリー比重を連続モニターし、30質量%を超える場合に水を添加して酸化性スラリーを希釈すればよい。一方、1質量%未満の場合は固液分離を行って濃縮すればよい。なお、3価の鉄残渣は主に3価の水酸化鉄からなり、硫酸鉄及びヘマタイトも含まれている。
【0033】
上記のようにして3価の鉄残渣の含有量が調整された酸化性スラリーを、ニッケル回収終液に対して体積基準で0.025以上の流量比で添加する。この流量比が0.025未満では、上記した硫化剤に起因する硫黄化合物の固定化のための反応が不十分になり、溶存する硫化水素等の硫黄化合物が貧液中に多量に残存してしまう。なお、この流量比の上限値については特に限定はないが、0.055が好ましく、0.045がより好ましい。この流量比が0.055を超えても固定化のための反応がそれ以上向上することはなく、かえって運転コストがかるので好ましくないからである。
【0034】
上記したように、3価の鉄残渣を1~30質量%含有する酸化性スラリーをニッケル回収終液に対して0.025以上の流量比で混合して反応させることで、後述する最終中和工程S8で生じる臭気を低減することができる。すなわち、最終中和工程S8で生じる臭気の要因として、ニッケル回収終液に溶存する硫化水素ガス等の硫黄化合物のほか、上記固液分離工程S3、中和工程S4、及びニッケル回収工程S6にて添加される凝集剤などの有機物や、系内に存在する微生物の代謝物等を挙げることができる。
【0035】
これら臭気要因はいずれも酸化剤を添加することで分解することができるので、上記のように酸化剤として3価の鉄残渣を1~30質量%含有する酸化性スラリーを用いることで、臭気を効果的に低減することができる。なお、酸化剤としては硫酸鉄(III)を用いることができるが、そのための設備投資やその生成のための原料の購入等のコスト面で不利である。これに対して、本発明の実施形態の臭気低減方法では系内で発生する鉄化合物を利用できるので、比較的低コストに臭気を低減することができる。
【0036】
(8)最終中和工程
上記硫化剤除去工程S7での処理により得られる貧液は、鉄のほか、マグネシウム、マンガン、アルミニウム等の不純物成分を含み得るため、最終中和工程S8では上記貧液及び上記固液分離工程S3から排出される浸出残渣スラリーに対して石灰石などの中和剤を添加して所定のpH範囲に調整する中和処理(無害化処理)を施す。これにより、これら貧液や浸出残渣スラリーに含まれる3価の鉄から水酸化鉄を析出させる。得られた3価の水酸化鉄を含有するスラリーに対して必要に応じて固液分離等を行ってスラリー濃度を調整することにより、上記硫化剤除去工程S7に用いる3価の鉄残渣を1~30質量%含有する酸化性スラリーを作製することができる。なお、この最終中和工程S8では、上記の無害化処理により排出基準を満たすまでマグネシウム、マンガン、アルミニウム等の不純物成分も除去され、系外に放出可能な排水終液が得られる。
【0037】
上記中和処理による無害化の方法としては特に限定はないが、例えば石灰石などの第1の中和剤を添加してpH5~6で中和処理を行う第1の最終中和処理工程と、消石灰などの第2の中和剤を添加してpH8.5~9.5で中和処理を行う第2の最終中和処理工程とからなる2段階での処理が好ましい。このように段階的に中和処理を行うことで、不純物成分の濃度を系外に放出可能なレベルまで効率よく除去することができる。
【0038】
以上、本発明の臭気低減方法について実施形態に基づいて説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の変更例や代替例を含みうるものである。すなわち、本発明の権利範囲は特許請求の範囲及びその均等の範囲に及ぶものである。次に、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例
【0039】
図1に示す湿式製錬プロセスのプロセスフローに沿ってニッケル酸化鉱石を処理してニッケルコバルト混合硫化物を作製した。その際、ニッケル回収工程S6から排出されるニッケル回収終液に対して、硫化剤除去工程S7においてその1mあたり1.8Nmの空気を吹き込んだ。また、排水処理工程S8において3価の鉄残渣を1~30質量%の範囲内の様々な値で含有する種々の酸化性スラリーを調製し、硫化剤除去工程S7において該酸化性スラリーを該ニッケル回収終液に対して流量比で0.020~0.057の範囲内で様々に変えながら添加した。このように、条件を様々に変えて酸化処理した。なお、ニッケル回収終液は、硫化剤である硫化水素の溶存量が49mg/Lであった。
【0040】
上記のように様々な条件で酸化処理して得た貧液の試料群の各々を最終中和工程S8に導入し、第1の中和槽で石灰石を添加してpH5.5で中和処理を行う第1の最終中和処理工程と、第2の中和槽で消石灰を添加してpH9.0で中和処理を行う第2の最終中和処理工程との2段階で処理した。その際、第2の中和槽の気相部のHS濃度を測定し、この測定値を臭気の自主管理基準値である20ppmで除して、該自主管理基準値に対する臭気の相対比率を表す指標である臭気指数を求めた。すなわち、測定したHS濃度が20ppmであれば臭気指数は1.0になる。上記の各試料の貧液の臭気指数と、その生成時のニッケル回収終液に対する酸化性スラリーの流量比との関係を図2に示す。
【0041】
上記の図2に示す様々な試料のうち、典型的な試料として試料1~10を抜き出し、それらの生成時のニッケル回収終液のpH、生成時のニッケル回収終液に対する酸化性スラリーの流量比、酸化性スラリー中の3価の水酸化鉄の濃度、及び臭気指数を下記表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
上記表1に示す結果から、本発明の要件を満たす試料1~5では臭気指数が1.0よりも低く、臭気の自主管理基準値を下まわっていた。一方、本発明の要件を満たさない試料6~10はいずれも臭気指数が1.0を超えていた。これは、ニッケル回収終液に対する酸化性スラリーの流量比がいずれも0.025未満であったため、分解反応が不十分となって硫化水素が貧液中に多量に残存したことによるものと考えられる。
【符号の説明】
【0044】
S1 浸出工程
S2 予備中和工程
S3 固液分離工程
S4 中和工程
S5 脱亜鉛工程
S6 ニッケル回収工程
S7 硫化剤除去工程
S8 最終中和工程
図1
図2