(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】芳香族炭化水素の製造方法
(51)【国際特許分類】
C10G 45/44 20060101AFI20220928BHJP
C07C 15/04 20060101ALI20220928BHJP
C07C 15/06 20060101ALI20220928BHJP
C07C 15/08 20060101ALI20220928BHJP
C07C 7/163 20060101ALI20220928BHJP
【FI】
C10G45/44
C07C15/04
C07C15/06
C07C15/08
C07C7/163
(21)【出願番号】P 2019528360
(86)(22)【出願日】2018-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2018013873
(87)【国際公開番号】W WO2019008849
(87)【国際公開日】2019-01-10
【審査請求日】2021-03-18
(31)【優先権主張番号】P 2017131348
(32)【優先日】2017-07-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 豪
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 少謙
(72)【発明者】
【氏名】中川 喬諒
【審査官】齊藤 光子
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-080754(JP,A)
【文献】特開2012-246492(JP,A)
【文献】特開2008-127569(JP,A)
【文献】特開2001-207178(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10G 1/00-99/00
C07C 7/00,15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族炭化水素原料に水素添加する水素添加工程と、
前記水素添加工程により得られる精製芳香族炭化水素を熱交換器に供して冷却する熱交換工程と、を少なくとも含み、
下記(1)及び(2)を満たす条件下で前記熱交換工程を行うことを特徴とする、精製芳香族炭化水素の製造方法。
(1)前記熱交換工程にて、前記精製芳香族炭化水素が接触する材質の少なくとも一部が、クロム及び/若しくはモリブデンを含む鉄合金、並びに/又は、表面に不動態被膜が形成された金属材料若しくはその合金で構成されていること
(2)前記熱交換器がシェル&チューブタイプの熱交換器であって、前記精製芳香族炭化水素が前記熱交換器のチューブ側に通液されること
【請求項2】
前記熱交換工程は、シクロヘキサンチオール(CHT)を副生しない条件で前記精製芳香族炭化水素を熱交換する、請求項
1に記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項3】
前記芳香族炭化水素原料に含まれる硫黄濃度が10重量ppm~1000重量ppmである、請求項1
又は2に記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項4】
前記チューブの少なくとも一部が、クロム及び/若しくはモリブデンを含む鉄合金、並びに/又は、表面に不動態被膜が形成されたバルブメタル若しくはその合金で構成されている、請求項
1~3のいずれか一項に記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項5】
前記熱交換器は、シェル&チューブタイプのU字管式熱交換器であり、前記水素添加工程により得られる前記精製芳香族炭化水素が前記U字管式熱交換器のチューブ内に通液される、請求項1~
4のいずれか一項に記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項6】
前記精製芳香族炭化水素が、炭素数5以上10以下の炭化水素を含む、請求項1~
5のいずれか一項に記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
【請求項7】
前記精製芳香族炭化水素が、硫黄濃度が1.5ppm以下の液状炭化水素である、請求項1~
6のいずれか一項に記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原油を原料とした石油化学製品原料の製造方法に関し、特に詳しくは、硫黄含有量の少ない、芳香族炭化水素の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油化学製品中の硫黄濃度を低くすることが望まれている。例えば硫黄含有石油化学製品を燃料として使用する場合、空気中に硫黄酸化物が放出され易くなり、また排ガス処理触媒にダメージを与える等の問題がある。これらの問題を解消するため、通常、石油化学製品原料となる芳香族炭化水素は、原油精製時に水素添加が行われる。ここで原油中の硫黄分の大部分は硫化水素となり、後に蒸留塔等を通過する工程で分離される、吸着処理される等して、得られる石油化学製品中の硫黄濃度を低く抑えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、意図せぬことに、最終製品に比較的多くの硫黄分が含まれてしまうこともある。また残留硫黄分の低減に関する顧客の要望は厳しくなる一方である。
【0005】
このような場合、例えば特許文献1に記載されているとおり、ニッケル或いはニッケル-銅系の金属系脱硫剤を用いる等の方法により、脱硫が行われている。しかしながら、水素化精製処理を行っているにもかかわらず、さらに改質触媒による脱硫処理を行うことは2度手間である。また、水素化精製処理により通常は硫黄分が十分に低減できているにもかかわらず、意図せぬ硫黄分の増大に備えて、改質触媒による処理を常に行うことは、生産性や経済性の観点からも好ましくない。
【0006】
以上のような状況から、石油化学製品原料中の硫黄濃度を低減させるために水素化精製処理をしてもなお、得られる石油化学製品原料中の硫黄濃度が変動する要因を確認し、その発生を防ぐことが望まれている。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものである。すなわち本発明の目的は、硫黄の含有量が低い芳香族炭化水素を安定して生産可能な、芳香族炭化水素の製造方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、硫黄の含有量が低い芳香族炭化水素を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、かかる硫黄分の予期せぬ変動が、水素化精製処理(水素添加工程)後の熱交換器による冷却時(熱交換工程)に生じていることを見出した。より詳細には、硫黄分はシクロヘキサンチオール(以降において、「CHT」と称する場合がある。)であること、当該シクロヘキサンチオールは、熱交換器内に存在する金属硫化物、特に鉄の硫化物を触媒として、特定の温度域で発生することを見出し、かかる化学反応を抑制することで上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
すなわち本発明は、以下に示す種々の具体的態様を提供する。
[1] 芳香族炭化水素原料に水素添加する水素添加工程と、前記水素添加工程により得られる精製芳香族炭化水素を熱交換器に供して冷却する熱交換工程と、を少なくとも含み、前記熱交換工程は、シクロヘキサンチオール(CHT)を副生しない条件で前記精製芳香族炭化水素を熱交換することを特徴とする、精製芳香族炭化水素の製造方法。
[2] 芳香族炭化水素原料に水素添加する水素添加工程と、前記水素添加工程により得られる精製芳香族炭化水素を熱交換器に供して冷却する熱交換工程と、を少なくとも含み、
下記(1)及び(2)を満たす条件下で前記熱交換工程を行うことを特徴とする、精製芳香族炭化水素の製造方法。
(1)前記熱交換工程にて、前記精製芳香族炭化水素が接触する材質の少なくとも一部が、クロム及び/若しくはモリブデンを含む鉄合金、並びに/又は、表面に不動態被膜が形成された金属材料若しくはその合金で構成されていること
(2)前記熱交換器がシェル&チューブタイプの熱交換器であって、前記精製芳香族炭化水素が前記熱交換器のチューブ側に通液されること
[3] 前記熱交換工程は、シクロヘキサンチオール(CHT)を副生しない条件で前記精製芳香族炭化水素を熱交換する、請求項2に記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
[4] 前記芳香族炭化水素原料に含まれる硫黄濃度が10重量ppm~1000重量ppmである、[1]~[3]のいずれかに記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
[5] 前記チューブの少なくとも一部が、クロム及び/若しくはモリブデンを含む鉄合金、並びに/又は、表面に不動態被膜が形成されたバルブメタル若しくはその合金で構成されている、[2]又は[3]に記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
[6] 前記熱交換器は、シェル&チューブタイプのU字管式熱交換器であり、前記水素添加工程により得られる前記精製芳香族炭化水素が前記U字管式熱交換器のチューブ内に通液される、[1]~[5]のいずれかに記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
[7] 前記精製芳香族炭化水素が、炭素数5以上10以下の炭化水素を含む、[1]~[6]のいずれかに記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
[8] 前記精製芳香族炭化水素が、硫黄濃度が1.5ppm以下の液状炭化水素である、[1]~[7]のいずれかに記載の精製芳香族炭化水素の製造方法。
[9] [1]~[8]のいずれかに記載の製造方法で得られ、硫黄濃度が1.5ppm以下である、精製芳香族炭化水素。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高純度、特に硫黄の含有量が低い精製芳香族炭化水素を安定して生産可能な、精製芳香族炭化水素の製造方法を実現することができる。また、本発明の製造方法によれば、硫黄の含有量が低い精製芳香族炭化水素を安定生産することができ、石油化学製品中の硫黄濃度を安定して低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、シェル&チューブ型の熱交換器の構造の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施の形態は、本発明を説明するための一例(代表例)であり、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、本明細書において、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。また、図面の寸法比率は、図示の比率に限定されるものではない。さらに、例えば「1~100」との数値範囲の表記は、その下限値「1」及び上限値「100」の双方を包含するものとする。また、他の数値範囲の表記も同様である。
【0013】
本発明は先に言及した通り、精製芳香族炭化水素の製造方法において、CHTが水素化精製処理(水素添加工程)後の熱交換器による冷却時(熱交換工程)に生じていることを見出したことに起因する。そのCHTは熱交換器内に存在する金属硫化物、特に鉄の硫化物を触媒として、特定の温度域で発生することを見出し、かかる化学反応を抑制することにより発明を完成したものである。
すなわち、本発明は、芳香族炭化水素原料に水素添加する水素添加工程と、前記水素添加工程後の精製芳香族炭化水素、すなわち、前記水素添加工程により得られる精製芳香族炭化水素を熱交換器に供して冷却する熱交換工程とを少なくとも含み、前記熱交換工程は、CHTを副生しない条件で前記精製芳香族炭化水素を熱交換することを特徴とする、精製芳香族炭化水素の製造方法である。
ここで「副生しない」とは、熱交換工程後の精製芳香族炭化水素に含まれるCHTの濃度が実質的に1.5重量ppm以下であることをいう。この際、CHTの濃度は、実施例に記載の(硫黄分の定量分析)により検出される硫黄が、全てCHT由来として算出される。
以下、本実施態様を説明する。
本実施形態の精製芳香族炭化水素の製造方法は、芳香族炭化水素原料に水素添加する工程(水素添加工程)と、この水素添加工程により得られる精製芳香族炭化水素を熱交換器に供して冷却する工程(熱交換工程)とを少なくとも含み、
下記(1)及び(2)を満たす条件下で前記熱交換工程を行うことを特徴とする。
(1)前記精製芳香族炭化水素が熱交換工程にて接触する材質の少なくとも一部が、クロム及び/若しくはモリブデンを含む鉄合金、並びに/又は、表面に不動態被膜が形成された金属材料若しくはその合金で構成されていること
(2)前記熱交換器がシェル&チューブタイプの熱交換器であって、前記水素添加工程により得られる前記精製芳香族炭化水素が前記熱交換器のチューブ側に通液されること
【0014】
<芳香族炭化水素原料>
本実施形態において水素添加による精製の対象となる芳香族炭化水素原料(本明細書において「炭化水素(原料)」又は「原料」ということがある)は、芳香族炭化水素を含む液状のものであり、代表的には原油である。原油は一般的に産出地域によってその外観も違い、組成や性質にも差異がある。分類法としては、例えば物理的性状による分類、化学的性状による分類が採用されている。本実施形態においては、いずれの分類に属するものでも使用することができる。原油は予めLPガス,ナフサ、灯油、軽油等の留分に分けて使用してもよい。その場合、本実施形態で好適に使用される芳香族炭化水素原料としては、炭素数5以上の炭化水素類を含む重質炭化水素である。たとえばナフサ、分解ガソリンなどがこれに該当する。より好ましくは炭素数5以上10以下の芳香族炭化水素類を含む重質炭化水素であり、さらに好ましくは炭素数6以上8以下の芳香族炭化水素類を含む炭化水素類である。なお、炭素数5以上10以下の芳香族炭化水素類を含む炭化水素は、一般に石油精製のC5~C10留分として得ることができる。また、炭素数6以上8以下の芳香族炭化水素類を含む炭化水素は、一般に石油精製のC6~C8留分(ベンゼン、トルエン、キシレン留分)として得ることができる。なお、本明細書では、炭素数5以上10以下の芳香族炭化水素類とは、炭素数5の炭化水素及び炭素数6以上10以下の芳香族炭化水素類を意味する。
前記水素添加工程に供される芳香族炭化水素原料に含まれる硫黄濃度は特に限定されないが、10重量ppm~1000重量ppmであることが好ましい。反応管がコーク等で詰まり易くなるのを防ぐために、分解炉の運転に必要な、反応管表面の保護被膜を形成する観点から10重量ppm以上が好ましく、分解後の精製工程での腐食を抑制する観点から1000重量ppm以下が好ましい。芳香族炭化水素原料中の硫黄濃度は、より好ましくは50重量ppm以上、さらに好ましくは70重量ppm以上、より好ましくは900重量ppm以下、さらに好ましくは850重量ppm以下である。芳香族炭化水素原料中の硫黄濃度は、JIS K2541―6「原油及び石油製品-硫黄分試験方法-第6部:紫外蛍光法」に則って実施する。
【0015】
<水素添加工程>
上記芳香族炭化水素原料は、まず水素添加工程(以下、単に「水添工程」と称する場合がある。)に供される。この水添工程は、脱硫、脱窒素、脱酸素、脱ハロゲン、オレフィンの飽和、芳香族からのナフテンの生成、金属化合物の脱離、炭化水素の分解等、様々な目的のために行われる。その反応条件は、水添工程に供される炭化水素(原料)の組成や性状等により、公知の条件から適宜選択すればよく、特に限定されない。通常は、原料の沸点が高く分子量が大きいほど、温度を高く、圧力を高く、水素循環量を大きく、液空間速度(原料液供給速度(20℃の液体容積流量)の反応器容積又は触媒充填容積に対する比。原料液供給速度を時間当りで示し、単位はh-1となる。原料と触媒との接触の程度の目安として使用される。)を小さく設定する方向で調整すればよい。
【0016】
一般的に使用される条件としては、反応温度は290℃以上420℃以下が用いられ、圧力としては1MPa以上8MPa以下が用いられ、水素循環量は35~350m3/KLが使用される。水添工程に使用される触媒としては、公知の各種触媒が挙げられ、特に限定されないが、通常は、コバルト・モリブデン系や、ニッケルモリブデン系等が好ましく用いられる。
【0017】
<熱交換工程>
上記工程により水素添加された炭化水素類は、次いで熱交換工程に供される。本工程は、水添工程のために加温された炭化水素類の温度を下げるために行われるものである。この熱交換工程は、省エネルギー化や排熱エネルギー回収を考慮して、熱エネルギーを回収する熱エネルギー回収工程として実施されることが多い。本明細書では、水添工程により水素添加された炭化水素類を、「水素添加工程により得られる精製芳香族炭化水素」又は「水素添加工程後の精製芳香族炭化水素」とも表記する。
【0018】
熱交換の際に使用される機器としては、公知の熱交換器を使用することができる。熱交換器としては、例えばプレート式熱交換器、二重管式やスパイラル式やシェル&チューブ式等のチューブ式熱交換器等が知られている。ここで用いる熱交換器としてはいずれも使用することができるが、比較的に熱交換性能に優れ、流体の滞留が生じ難くCHT生成の触媒となり得る鉄系硫化物等が内部に溜まり難いという観点から、シェル&チューブタイプの熱交換器であることが好ましい。
シェル&チューブ式熱交換器とは、シェル(胴体部)に複数のチューブ(伝熱管)を収納した熱交換器であり、小さな空間の中で大きな伝熱面積が得られる。詳しくは、伝熱管を流れる第1流体と胴体部内部の伝熱管の外側を流れる第2流体とを熱交換させる複数の伝熱管と、伝熱管を内包する胴体部で構成されている。前記の胴体部内部には、複数の邪魔板が存在してもよい。その邪魔板は胴体部の長手方向に対して垂直な断面もしくは水平のほぼ半円部分を塞ぐような形状をしている場合が多く、複数の邪魔板は半円部分を交互に塞ぐように、胴体の長手方向へ適宜の間隔を介して配置および固定されている。
なお、熱交換工程において使用する熱交換器は、1種を単独で用いることができ、また1種以上を任意の組み合わせ及び接続方法で使用することができる。例えば、1種の熱交換器を複数個、直結及び/又は並列で連結して使用したり、2種以上の熱交換器を複数個、直結及び/又は並列で使用したりすることができる。ここでチューブ式熱交換器の熱交換器を使用する場合、前記工程で水添された炭化水素は、チューブ式熱交換器のチューブ側(チューブ内)を通液することが好ましい。好ましい理由は後述する。
【0019】
熱交換器に使用される熱媒体としては、一般的には水が使用されるが、海水や地下水を使用してもよい。しかしながら万一、熱交換器が破損した場合を考えると、工場内の再生水等を使用し、熱媒体として使用した後の水が外部に直接流出しない構造にすることが好ましい。
【0020】
本発明者らは、熱交換工程に供される精製芳香族炭化水素中に含まれる硫化水素が、鉄系硫化物等を触媒として、高温領域、具体的には約130℃~約205℃の温度域で炭化水素類と反応し、CHTを副生することを見出した。
CHTは、沸点が158℃と高温で、常温では系外に除去することができない。よって、精製芳香族炭化水素中にCHTが残存し、結果として残留硫黄濃度が上昇してしまう。そこで本実施形態では、以下の詳述する2つの解決手段(第1及び第2の解決手段)によりCHTの生成を抑制し、結果として精製芳香族炭化水素中の硫黄濃度を低減している。
【0021】
1.第1の解決手段
第1の解決手段は、CHT副生の触媒となる鉄系硫化物の生成を抑制する観点から行うものである。本発明者らの知見によれば、CHTは、炭化水素と硫化水素の存在下、鉄系硫化物を触媒として130℃以上で過剰に生成する。そして、鉄系硫化物の構成元素となる鉄は、熱交換器の構成部材(プレート、シェル、チューブ、配管等)において汎用されている炭素鋼の腐食等により混入することが判明した。また、上述のとおり、ある温度領域で鉄系硫化物が触媒として顕著に作用する。そのため、水添工程後、熱交換工程において精製芳香族炭化水素が130℃に冷却されるまでに接触する材質の少なくとも一部を、クロム及び/又はモリブデンを含む鉄合金(単に、「鉄合金」ということもある)で構成するか、表面に不動態被膜が形成された金属材料又はその合金で構成することにより、CHT副生の触媒となる鉄系硫化物そのものの生成が抑制され、その結果CHTの生成量を大幅に減少させることができる。
【0022】
クロム及び/又はモリブデンを含む鉄合金としては、耐食性の高さやコスト等を勘案して選べばよく、特に限定されない。該鉄合金中、鉄を50重量%以上含むものが好ましい。またクロムを12重量%以上、26重量%以下含むものが好ましい。また、該鉄合金中、モリブデンの含有量は1重量%以上、4重量%以下が好ましい。クロム又はモリブデンを含有するこの種の特殊鋼(合金鋼)は、耐食性が格段に高められており、腐食等による鉄成分の流出を大幅に減少させることができる。該鉄合金として、具体的には、クロム鋼、クロムモリブデン鋼、ニッケルクロム鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼、マンガンクロム鋼、モリブデン含有炭素鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。該鉄合金は、好ましくはクロムを含有する鉄合金であり、より好ましくはステンレス鋼である。具体的には、SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼、SUS400番台のマルテンサイト系又はフェライト系のステンレス鋼等が挙げられ、硫化水素に対する脆性の点から、SUS400番台のマルテンサイト系又はフェライト系のステンレス鋼がより好ましい。該鉄合金は、表面に不動態被膜が形成されたものがより好ましい。
【0023】
また、これらの鉄合金に代えて、表面に不動態被膜が形成された金属材料又はその合金で構成することもできる。表面に不動態被膜が形成されたバルブメタル又はその合金で構成することも好ましい。ここでバルブメタルとは、アルミニウム、ジルコニウム、チタン、クロム、亜鉛、タンタル、ニオブ、ハフニウム、タングステン、ビスマス、アンチモン等の、金属表面に腐食作用に抗する酸化被膜を形成するものを意味する。不動態被膜が形成されたバルブメタル又はその合金を用いることで、腐食等による鉄成分の流出を大幅に減少させることができる。これらの中でも、工業的な観点から、アルマイト、パシベート処理されたステンレス鋼等が好ましい。
【0024】
これらの材質は、熱交換工程において精製芳香族炭化水素が130℃に冷却されるまでに接触する部分に使用することが好ましい。具体的には、熱交換器の各種構成部材である、プレート、シェル、チューブ、配管等をこれらの材質から構成すればよい。また、後述するようにシェル&チューブタイプの熱交換器を用い、水素添加工程後の精製芳香族炭化水素をチューブ側に通液する場合には、そのチューブを上述した各種材質から構成すればよい。
【0025】
2.第2の解決手段
第2の解決手段は、CHT副生の触媒となる鉄系硫化物の熱交換器内での蓄積を抑制する観点から行うものである。前述のとおり、CHTは、熱交換器内で、精製芳香族炭化水素中に含まれる硫化水素が鉄系硫化物等を触媒として炭化水素類と反応することで副生する。一般に、熱交換は、熱交換効率を上げるため、温度を降下させる対象となる液体(本実施形態では水添工程後の精製芳香族炭化水素)を、屈曲した流路に通液し、流路系外にある低温の熱媒体と十分に接触させることにより、熱の回収を行う。例えばシェル&チューブタイプの熱交換器であれば、温度を降下する対象となる液体をシェル側に通液させる(例えば化学工学便覧 改訂第7版 P261の表4・13、胴側すなわちシェル側を燃料油、ガソリン、重質油が通過していることがわかる)。
【0026】
図1は、シェル&チューブ型の熱交換器の一般的構造を示す概略断面図である。以下、第2の解決手段について、
図1を用いてさらに詳述する。この第2の解決手段では、温度を降下させる対象となる液体(本実施形態では水添工程後の精製芳香族炭化水素)を通常とは逆にチューブ側に通液する。すなわち、水添工程後の精製芳香族炭化水素は、チューブ側ノズル1から熱交換器内に導入され、仕切り板2で分割されたボンネット部3上側を経由して、シェル4内に配置されたU字管式のチューブ5内へと流入され、その後、ボンネット部3下側より下方のチューブ側ノズル7から熱交換器外へ排出される。このとき、チューブ5内を通過する精製芳香族炭化水素は、シェル側ノズル9から導入されたシェル4内の熱媒体に熱を移動させることで冷却される。一方、熱を受け取る熱媒体は、シェル側ノズル9から導入された後、バッフル8によりシェル4内を蛇行し、チューブ5と接触することにより加温されて、シェル側ノズル6から熱交換器外へと排出される。これにより熱エネルギーを回収できる。
【0027】
この図を見ても明らかなように、シェル&チューブ型の熱交換器のシェル側の流路(シェル内部のチューブの外側の空間)は、バッフル8による屈曲部によってシェル内に流速差が生じ易いため、流速の比較的ゆっくりした領域(例えば下側になる仕切り板の裏側直近部等)が生じ、この低流速領域に固形物等が滞留し易い構造となっている。そのため、水添工程後の精製芳香族炭化水素をシェル側に導入する場合には、熱交換器を連続的に使用すると、鉄系硫化物が同領域に徐々に蓄積し、その結果、次第にCHTの副生量が増加する傾向にあることが判明した。そのため、シェル&チューブタイプの熱交換器を用いる場合には、水素添加工程後の精製芳香族炭化水素をチューブ側に通液し、水等の熱媒体をシェル側に通液することにより、鉄系硫化物の蓄積が抑制され、熱交換器内でのCHTの副生量の増加を大幅に減少させることができる。
【0028】
前述した通り、第1及び第2の解決手段により、CHTの生成を抑制し、結果として精製芳香族炭化水素中の硫黄濃度を低減することが可能であるが、以下の解決手段を単独、又は第1及び第2の解決手段に組み合わせて使用することも可能である。
【0029】
3.他の解決手段
他の解決手段は、CHTの生成反応を制御する観点から行うものである。前述した通り、CHTは、炭化水素と硫化水素の存在下、鉄系硫化物を触媒として130℃以上で過剰に生成する。よって、たとえ鉄系硫化物が存在していても、反応系内(熱交換工程)の温度が130℃未満であれば、CHTの生成反応速度が遅いため、CHTの生成に対する過度の懸念は不要である。また、反応系内が205℃超の場合には、CHTは硫黄分換算重量1重量ppm未満の低濃度で平衡組成に達するため、それ以上の量のCHTの生成に対する過度の懸念は不要である。これらのことから、熱交換工程において、精製芳香族炭化水素の冷却が130℃以上205℃以下の温度域にかかる場合に、CHTの生成による問題が顕在化する。
【0030】
そのため、精製芳香族炭化水素の冷却が130℃以上205℃以下の温度域にかかる場合には、その処理時間を短時間化すること、別言すれば該温度域において精製芳香族炭化水素を急冷することが、CHTの過剰な生成を抑制するのに殊に有効である。
具体的には、水素添加工程後、精製芳香族炭化水素が205℃から130℃に冷却されるまでの該精製芳香族炭化水素の系内通過を、CHTの生成を抑制できる時間、例えば60秒以下で通過させることが好ましい。さらに好ましくは40秒、なお好ましいのは35秒以下である。該系内通過時間は適用する熱交換器により適宜設定されうるが、例えば、熱交換器の入口側及び出口側のCHT濃度を測定することにより、熱交換器内の通過時間を設定することができる。
好ましい実施態様としては、水添工程後の精製芳香族炭化水素が、熱交換器に通液された時点の温度が205℃以上であり、少なくとも1つの熱交換器から精製芳香族炭化水素が排出された時点の温度が130℃以下であり、通液から排出までの通過時間が60秒以下である。系内通過時間はより好ましくは40秒以下、さらに好ましくは35秒以下である。
また、精製芳香族炭化水素は、熱交換器に通液された時点の温度が180℃以上、好ましくは190℃以上、より好ましくは200℃以上、更に好ましくは205℃以上であり、熱交換器から排出された時点の温度が150℃以下、好ましくは145℃以下、より好ましくは140℃以下、更に好ましくは130℃以下である。
なお、本明細書において、系内通過時間とは、熱交換器を含む機器の流路の容積を単位時間あたりの体積流量で除した値をいう。
【0031】
上記他の解決手段によれば、CHTが過剰に生成してしまう温度域を短時間で通過させることにより、CHTの生成量を十分に低減することが可能である。さらに、例えば、上記第1及び第2の解決手段を併用し、触媒となる鉄系硫化物の蓄積を抑制することで、より確実にCHTの生成量を低減させることができる。
【0032】
<その他の工程>
なお、高純度の精製芳香族炭化水素を製造するにあたり、熱交換工程後、例えば蒸留工程、洗浄工程等の種々の公知の工程を組み合わせることも可能である。
【0033】
<精製芳香族炭化水素>
かくして得られる精製芳香族炭化水素は、好ましくは炭素数5以上10以下の炭化水素を含み、より好ましくは炭素数5以上の10以下の芳香族炭化水素を含む。かくして得られる精製芳香族炭化水素は、好ましくは炭素数5以上の炭化水素類を主成分として含み、より好ましくは、炭素数6以上10以下の炭化水素類を主成分とする。ここでいう主成分とは、芳香族炭化水素の総量に対して、50重量%以上、好ましくは70%重量以上含まれる成分である。炭素数が6以上10以下の芳香族炭化水素を製造する場合には、熱交換工程においてCHTが生じ易いことから、本実施形態の適用価値が顕著化する。特に本発明の効果が発揮されるのは、得られる精製芳香族炭化水素がベンゼン、トルエン及びキシレンの混合留分(ベンゼン・トルエン・キシレン混合留分)の場合である。ベンゼン・トルエン・キシレン混合留分は、ベンゼン環又はそれに置換基としてメチル基が導入された構造を有する芳香族炭化水素の混合物であり、水添工程にてCHTの生成原料となる環状オレフィンを生成し易い。この環状オレフィンが、硫化水素と反応してCHTを特に生成し易いため、本発明の効果が特に顕著に得られる。
【0034】
<硫黄濃度>
かくして得られる精製芳香族炭化水素は、硫黄換算の重量濃度、すなわち硫黄濃度が1.5重量ppm以下であることが好ましく、より好ましくは1.0重量ppm以下あり、さらに好ましくは0.8重量ppm以下であり、特に好ましくは0.6重量ppm以下である。硫黄濃度の測定方法は、JIS K2541―6「原油及び石油製品-硫黄分試験方法-第6部:紫外蛍光法」に則って実施する。芳香族炭化水素中の硫黄濃度から、CHTの濃度を求めることができる。
<CHT濃度>
かくして得られる精製芳香族炭化水素は、CHTの濃度が実質的に1.5重量ppm以下である。CHTの濃度は、芳香族炭化水素中の硫黄分の定量分析により検出される硫黄が、全てCHT由来として算出される。また、実施例に記載の通り、ガスクロマトグラフィーを用いて行うこともできる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、以下の実施例により限定されるものではない。
実施例及び比較例において、芳香族炭化水素原料としては分解ガソリンを使用し、水添工程及び熱交換工程を行った。得られた精製芳香族炭化水素中の硫黄の定量分析、CHTの定量分析は以下に記載の方法で行った。
【0036】
(硫黄分の定量分析)
硫黄分の定量分析はJIS K2541―6「原油及び石油製品-硫黄分試験方法-第6部:紫外蛍光法」に則って実施した。
測定装置は、微量硫黄分析装置(TS―100型)[三菱ケミカルアナリテック株式会社製]、液体用オートサンプルチェンジャー(ASC―150L型)[三菱ケミカルアナリテック社製]を使用した。また、使用試薬としてジメチルジスルフィド標準液を使用した。測定に必要なガスとして酸素ガス99.5%以上 JIS K 1101に規定するガスおよびアルゴンガス 99.99%以上 JIS K1105に規定するガスを使用した。
測定手法は次の通りである。アルゴンをキャリアガスとして、800~1000℃に保たれた反応管内へ試料を40μL注入した。この際のアルゴンガスの流量は400ml/minであった。試料中の硫黄化合物を熱分解した後、酸素ガスにより酸化した。この際の酸素ガスの流量は主・副共に300ml/minであった。その後、酸化により生成した二酸化硫黄ガス中の水分を除去した後、紫外光を測定した。
二酸化硫黄は、紫外光からのエネルギーを吸収し励起状態の二酸化硫黄に変換する。励起された二酸化硫黄が基底状態の二酸化硫黄に戻るときに放出する蛍光を光電管で検出し、この蛍光量から硫黄量を算出した。測定の際はジメチルジスルフィド標準液(500μg/ml、5μg/ml、2μg/ml)にて検量線を作成してから、サンプルの測定を実施した。
(CHTの定量分析)
CHTの定量分析は、ガスクロマトグラフィー(装置:島津製作所製、型番GC-2014、カラムDB-1)により行い、絶対検量線法によりCHTの量を算出した。その際検出器には硫黄化合物用干渉フィルターを用いた炎光光度検出器を採用した。
【0037】
[実施例1~10]
表1に示すように、精製の対象となる芳香族炭化水素原料として硫黄分が70.0重量ppm~816.6重量ppmの分解ガソリン(炭化水素)をそれぞれ用い、水添反応器を用いて水添反応させた後、水添反応器出口流体を、クロム含有ステンレス鋼及びモリブデン含有炭素鋼によって構成される機器・配管に通液し、TEMA(米国熱交換器工業会)で指定されているシェル&チューブタイプの熱交換器におけるチューブ側に通液することによって、205℃超から130℃以下までそれぞれ冷却した。このとき205℃から130℃までの温度域における系内通過時間(滞留時間)は、19.0秒~36.1秒であった。そして、処理後の精製芳香族炭化水素(液状炭化水素)に含まれる硫黄分は、いずれも0.2重量ppm以下であった(表1参照)。処理後の精製芳香族炭化水素に含まれるCHT濃度は、硫黄濃度から換算すると0.5ppm以下だった。処理後の精製芳香族炭化水素はベンゼン、トルエン、キシレンなどを含むものであった。
【0038】
[比較例1~5]
表1に示すように、精製の対象となる芳香族炭化水素原料として硫黄分が50.0重量ppm~70.0重量ppmの分解ガソリン(炭化水素)をそれぞれ用い、水添反応器を用いて実施例と同条件で水添反応させた後、反応器出口流体を、炭素鋼によって構成される機器・配管に通液し、TEMAで指定されているシェル&チューブタイプの熱交換器におけるシェル側に通液することによって、205℃超から130℃以下までそれぞれ冷却した。このとき205℃から130℃までの温度域における系内通過時間(滞留時間)は、37.6秒~49.2秒であった。そして、処理後の芳香族炭化水素(液状炭化水素)に含まれるCHT(硫黄濃度からの換算値)は5.8~8.0重量ppm、硫黄分は、1.6重量ppm~2.2重量ppmであり、実施例1~6と比べて、硫黄濃度が低い分解ガソリンを原料として用いたにもかかわらず、高い硫黄濃度であった。
尚、比較例1~5の処理後の芳香族炭化水素(液状炭化水素)に含まれるCHT(ガスクロマトグラフィーによる実測値)は、5.8~7.5重量ppmであって、CHTの「硫黄濃度からの換算値」と「実測値」は略同一であった。
【0039】
【0040】
実施例1~10で得られた精製芳香族炭化水素は、CHT濃度が低く、燃料として使用する場合、空気中に硫黄酸化物が放出され難くなり、また排ガス処理触媒にダメージを与え難い。また、水素化精製処理後に再度脱硫処理を行う必要がなく、生産性や経済性の観点から好ましい。
【符号の説明】
【0041】
1,7 チューブ側ノズル
2 仕切り板
3ボンネット部
4 シェル
5 チューブ
6,9 シェル側ノズル
8 バッフル
10 シェルカバー
11 固定管板
12 ベント
13 ドレン