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特許7147772めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法、並びにめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材及び管継手
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法、並びにめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材及び管継手
(51)【国際特許分類】
   B22D 29/00 20060101AFI20220928BHJP
   C23C 2/02 20060101ALI20220928BHJP
   C21D 5/00 20060101ALI20220928BHJP
   C21D 5/14 20060101ALI20220928BHJP
   C22C 37/00 20060101ALN20220928BHJP
【FI】
B22D29/00 G
C23C2/02
C21D5/00 Q
C21D5/14
C22C37/00 P
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019545559
(86)(22)【出願日】2018-09-26
(86)【国際出願番号】 JP2018035656
(87)【国際公開番号】W WO2019065721
(87)【国際公開日】2019-04-04
【審査請求日】2021-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2017184901
(32)【優先日】2017-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018055993
(32)【優先日】2018-03-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】後藤 亮
(72)【発明者】
【氏名】深谷 剛千
(72)【発明者】
【氏名】松井 博史
(72)【発明者】
【氏名】澤田 明典
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-019878(JP,A)
【文献】特開昭58-151463(JP,A)
【文献】特開平06-316945(JP,A)
【文献】特開平11-152539(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 29/00
C23C 2/00-2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法であって、
酸素分圧が、下記化学式1の平衡酸素分圧の10倍以下であって、下記化学式2の平衡酸素分圧よりも高い、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行う工程と、
黒鉛化後の黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに3.0分間以上浸漬する工程と、
前記フラックスから取り出した後、黒心可鍛鋳鉄部材を90℃以上に加熱する工程と、
前記加熱した表面温度が90℃以上の黒心可鍛鋳鉄部材に溶融めっきを施す工程と、を有する、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【化1】
【化2】
【請求項2】
前記黒鉛化を行う工程の前に、黒心可鍛鋳鉄部材を275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱する工程を更に有する、請求項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項3】
前記黒鉛化を行う工程は、900℃を超える温度で加熱する第1黒鉛化と、開始温度が720℃以上、800℃以下であり、かつ完了温度が680℃以上、780℃以下である第2黒鉛化とを含む、請求項1又は2に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項4】
前記黒鉛化を行う工程のうち、少なくとも第1黒鉛化を、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行う、請求項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項5】
前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気は、燃焼ガスと空気との混合ガスの燃焼によって発生した変成ガスを含む、請求項1~のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項6】
前記フラックスから取り出した後、黒心可鍛鋳鉄部材を加熱する工程において、前記黒心可鍛鋳鉄部材を100℃以上、250℃以下に加熱する、請求項1~のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項7】
前記フラックスが、塩化亜鉛、塩化アンモニウム、塩化カリウムの1以上の塩化物を含有する水溶液である、請求項1~のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項8】
前記フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である、請求項1~のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項9】
前記溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む、請求項1~のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項10】
前記黒心可鍛鋳鉄部材が、管継手である、請求項1~のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項11】
心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材であって、
前記めっき層が溶融亜鉛めっき層であり、前記溶融亜鉛めっき層にケイ素酸化物が含まれ、かつ、黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面の一部にケイ素酸化物からなる層状の相が形成されている、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材。
【請求項12】
前記黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面に加工変質層を有さない、請求項11に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材。
【請求項13】
管継手である請求項11又は12に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法、及び当該製造方法によって製造される、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材と管継手に関する。
【背景技術】
【0002】
鋳鉄は、炭素の存在形態によって片状黒鉛鋳鉄、球状黒鉛鋳鉄及び可鍛鋳鉄などに分類される。可鍛鋳鉄はさらに白心可鍛鋳鉄、黒心可鍛鋳鉄及びパーライト可鍛鋳鉄などに分類される。本発明の対象である黒心可鍛鋳鉄は、マレアブル鋳鉄とも呼ばれ、フェライトでなるマトリクス中に黒鉛が分散して存在する形態を有する。黒心可鍛鋳鉄の製造工程において、鋳造、冷却後の炭素は鉄との化合物であるセメンタイトの形態で存在している。その後、鋳物を720℃以上の温度に加熱、保持することによって、セメンタイトが分解されて黒鉛が析出する。本明細書において、熱処理によって黒鉛を析出させる工程を、以下「黒鉛化」という。
【0003】
黒心可鍛鋳鉄は、片状黒鉛鋳鉄と比べて機械的強度に優れ、マトリクスがフェライトであることから靱性にも優れている。このため、黒心可鍛鋳鉄は、機械的強度が必要とされる自動車部品や管継手などの部材を構成する材料として広く使用されている。黒心可鍛鋳鉄でなる管継手の表面には、防食のための溶融亜鉛めっきが施されることが多い。溶融亜鉛めっき層は耐久性に優れ、比較的少ないコストでめっきを行うことができるので、管継手の防食手段として好適である。
【0004】
従来技術において、黒心可鍛鋳鉄でなる部材(以下「黒心可鍛鋳鉄部材」という。)の表面には、黒鉛化の過程で鉄やケイ素などの酸化物が生成しやすい。これらの酸化物が生成した表面にめっき層を形成しようとすると、局部的にめっき皮膜がなく、素材面の露出している状態(以下「不めっき」という場合がある。)が発生しやすくなる。したがって、黒心可鍛鋳鉄部材に密着性のよいめっき層を形成するためには、酸化物の生成ができるだけ抑制された表面を有する黒心可鍛鋳鉄部材を準備して、その表面にめっき層を形成する必要がある。
【0005】
表面の酸化物が少ない黒心可鍛鋳鉄部材を製造する目的で、表面に生成した酸化物を除去するためのさまざまな方法が検討されている。例えば、特許文献1には、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に形成された酸化物をショットブラストによって除去する方法が記載されている。また、例えば、特許文献2には、黒心可鍛鋳鉄部材を酸性溶液に浸漬することによって酸化物を除去する方法が記載されている。後者の方法は「酸洗」とよばれることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭58-151463号公報
【文献】特開2014-19878号公報
【文献】国際公開第2013/146520号
【非特許文献】
【0007】
【文献】M.W.チェイス(M.W.Chase)著、「NIST-JANAF サーモケミカル テーブルズ(NIST-JANAF Thermochemical Tables)」、(米国)、第4版、アメリカン インスティテュート オブ フィジックス(American Institure of Physics)、1998年8月1日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1及び2に記載された方法には、いずれも工程を追加することによる製造コストの増大が避けられないという課題がある。また、特許文献2に記載された酸洗には、酸性溶液自体や黒心可鍛鋳鉄との反応によって発生するガスなどが人体に有害で取扱いに注意が必要なことや、使用後の酸性溶液を廃棄したり発生したガスを屋外排気したりする際の環境に与える負荷が大きいこと、などの課題がある。
【0009】
本発明は、上記の諸課題に鑑みてなされたものであり、表面に溶融めっき層を有する黒心可鍛鋳鉄部材を、ショットブラストや酸洗を行うことなく製造できるようにすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の態様1は、
黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法であって、
非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行う工程と、
黒鉛化後の黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに3.0分間以上浸漬する工程と、
前記フラックスから取り出した後、黒心可鍛鋳鉄部材を90℃以上に加熱する工程と、
前記加熱した黒心可鍛鋳鉄部材に溶融めっきを施す工程と、を有する、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。本発明によれば、黒心可鍛鋳鉄の黒鉛化を制御された雰囲気で行うことによって表面の酸化物の生成が抑制され、フラックスに浸漬するだけで酸化物の除去を行うことが可能となる。
【0011】
本発明の態様2は、
前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気は、酸素分圧が、下記化学式1の平衡酸素分圧の10倍以下であって、下記化学式2の平衡酸素分圧よりも高い雰囲気である、態様1に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0012】
【化1】
【0013】
【化2】
【0014】
本発明の態様3は、前記黒鉛化を行う工程の前に、黒心可鍛鋳鉄部材を275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱する工程を更に有する、態様1又は2に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0015】
本発明の態様4は、
前記黒鉛化を行う工程は、900℃を超える温度で加熱する第1黒鉛化と、開始温度が720℃以上、800℃以下であり、かつ完了温度が680℃以上、780℃以下である第2黒鉛化とを含む、態様1~3のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0016】
本発明の態様5は、前記黒鉛化を行う工程のうち、少なくとも第1黒鉛化を、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行う、態様4に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0017】
本発明の態様6は、
前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気は、燃焼ガスと空気との混合ガスの燃焼によって発生した変成ガスを含む、態様1~5のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。脱炭性雰囲気の変成ガスを使用して黒鉛化を行うことによって、それ以外の非酸化性雰囲気を使用する場合に比べて黒鉛化に要する製造コストを削減することができる。
【0018】
本発明の態様7は、前記フラックスから取り出した後、黒心可鍛鋳鉄部材を加熱する工程において、前記黒心可鍛鋳鉄部材を100℃以上、250℃以下に加熱する、態様1~6のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0019】
本発明の態様8は、前記フラックスが、弱酸性の塩化物を含有する水溶液である、態様1~7のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0020】
本発明の態様9は、前記フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である、態様1~8のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0021】
本発明の態様10は、前記溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む、態様1~9のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0022】
本発明の態様11は、前記黒心可鍛鋳鉄部材が、管継手である、態様1~10のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0023】
本発明の態様12は、態様1~11のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によって製造される、黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材であって、前記めっき層が溶融亜鉛めっき層である、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材である。
【0024】
本発明の態様13は、前記溶融亜鉛めっき層にケイ素酸化物が含まれる、態様12に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材である。
【0025】
本発明の態様14は、前記黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面に加工変質層を有さない、態様12又は13に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材である。
【0026】
本発明の態様15は、管継手である態様12~14のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材である。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によれば、従来めっき層の形成に必要不可欠とされていたショットブラストや酸洗工程を省略することができる。これにより、めっき層を有する黒心可鍛鋳鉄部材の製造コストを従来よりも低減することができると共に、環境に与える負荷を少なくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明に係る製造方法における、黒鉛化後であってめっき前の黒心可鍛鋳鉄部材の断面組織を示す光学顕微鏡写真である。
図2図1に示す黒心可鍛鋳鉄部材の内部の断面組織を示す、拡大された光学顕微鏡写真である。
図3図1に示す黒心可鍛鋳鉄部材の表層部の断面組織を示す、拡大された光学顕微鏡写真である。
図4】本発明に係る製造方法によって製造されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の断面組織の例を示す反射電子組成像である。
図5】従来技術に係る製造方法によって製造されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の断面組織の例を示す反射電子組成像である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明を実施するための形態につき、図及び表を参照しながら以下に詳細に説明する。なお、ここに記載された実施の形態はあくまで例示にすぎず、本発明を実施するための形態はここに記載された形態に限定されない。
【0030】
出願人は、先行する特許出願である特願2017-184901の願書に添付された明細書において、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行うことを特徴とする黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法の発明を開示している。この発明によれば、黒鉛化を特定の雰囲気で行うことによって、従来技術に比べて表面の酸化物が少ない黒心可鍛鋳鉄部材を製造することができる。本発明では更に、黒鉛化時の雰囲気と、黒鉛化後のフラックスの浸漬条件等について検討した。詳細について、以下に述べる。なお本明細書では、めっき層の形成された黒心可鍛鋳鉄部材を「めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材」という。また、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材のめっき層と接する鋳鉄部分を、特に「鋳鉄表面」ということがある。
【0031】
<合金組成>
本発明における黒心可鍛鋳鉄部材を構成する主たる材料は、黒心可鍛鋳鉄である。黒心可鍛鋳鉄に含まれる元素の割合は、炭素を2.0質量%以上、3.4質量%以下、ケイ素を0.5質量%以上、2.0質量%以下とし、残部として鉄及び不可避的不純物を含有することが好ましい。炭素の含有量が2.0質量%以上だと、溶湯の流動性が良いため、鋳造作業が容易になり、溶湯の湯流れに起因する不良率を低減することができる。炭素の含有量が3.4質量%以下だと、鋳造時及びその後の冷却過程における黒鉛の析出を防止することができる。ケイ素の含有量が0.5質量%以上だと、ケイ素による黒鉛化の促進の効果が得られ、短時間で黒鉛化を完了することができる。ケイ素の含有量が2.0質量%以下だと、鋳造時及びその後の冷却過程における黒鉛の析出を防止することができる。
【0032】
本発明における黒心可鍛鋳鉄は、さらに、ビスマス及びアルミニウムからなる元素群から選択される1又は2の元素を合計で0.005質量%以上、0.020質量%以下含有することがより好ましい。ビスマス及びアルミニウムの合計の含有量が0.005質量%以上だと、鋳造時及びその後の冷却過程における黒鉛の析出を防止することができる。ビスマス及びアルミニウムの合計の含有量が0.020質量%以下だと、黒鉛化が大きく阻害されることがない。これらの元素の他に、本発明における黒心可鍛鋳鉄は、0.5質量%以下のマンガンを含有してもよい。
【0033】
<予備加熱>
本発明の好ましい実施の形態においては、黒鉛化前の黒心可鍛鋳鉄部材を275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱する。本発明において「予備加熱」とは、鋳造された黒心可鍛鋳鉄部材について、黒鉛化に先立って行われる低温度域での熱処理をいう。予備加熱を行うことによって、黒鉛化後の黒鉛がフェライトの結晶粒界の位置に分散して存在し、フェライトの結晶粒度を従来の黒心可鍛鋳鉄よりも細かくすることができる。また、黒鉛化に要する時間も短縮することができる。このような予備加熱の効果は、黒心可鍛鋳鉄部材がビスマス及びアルミニウムからなる元素群から選択される1又は2の元素を含有するときに、より顕著に表れる。
【0034】
<黒鉛化の温度と保持時間>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法においては、鋳造後の黒心可鍛鋳鉄部材を720℃以上の温度に加熱、保持する黒鉛化と呼ばれる熱処理を行う。黒鉛化は、黒心可鍛鋳鉄の製造方法に固有の工程である。黒鉛化の工程では、黒心可鍛鋳鉄部材をA1変態点に相当する720℃を超える温度に加熱することによってセメンタイトを分解して黒鉛を析出させるとともに、オーステナイトでなるマトリックスを冷却することによってフェライトに変態させ、黒心可鍛鋳鉄部材に靱性を付与することができる。黒鉛化は、最初に行われる第1黒鉛化と、第1黒鉛化の後に行われる第2黒鉛化とに分かれる。
【0035】
第1黒鉛化は、900℃を超える温度域でオーステナイト中のセメンタイトを分解して黒鉛を析出させる工程である。第1黒鉛化において、セメンタイトの分解によって分離した炭素は、黒鉛の生成に寄与する。第1黒鉛化を行う温度は920℃以上、980℃以下が好ましい。第1黒鉛化に要する保持時間は、黒鉛化を行う黒心可鍛鋳鉄部材の大きさによって異なる。上記の予備加熱を行った場合は、第1黒鉛化の保持時間を30分以上、3時間以下とすることが好ましく、より好ましくは2時間以下である。
【0036】
第2黒鉛化は、第1黒鉛化を行う温度よりも低い温度域でフェライト及び/又はパーライト中のセメンタイトを分解して黒鉛を析出させる工程である。第2黒鉛化は、第2黒鉛化開始温度から第2黒鉛化完了温度まで徐々に温度を低下させながら行うことが好ましい。これにより、オーステナイト中の炭素の固溶度を徐々に下げながら黒鉛を析出させることができるので、オーステナイトからフェライトへの変態が確実に進行する。
【0037】
第2黒鉛化開始温度は720℃以上、800℃以下が好ましい。第2黒鉛化完了温度は680℃以上、780℃以下、好ましくは720℃以下の温度で、第2黒鉛化開始温度よりも低い温度が好ましい。第2黒鉛化の開始から完了までに要する時間も、黒鉛化を行う黒心可鍛鋳鉄部材の大きさによって異なる。上記の予備加熱を行った場合は、第2黒鉛化の時間を30分以上、3時間以下とすることが好ましく、より好ましくは2時間以下である。第1黒鉛化から第2黒鉛化に移行するときは、第1黒鉛化の温度から第2黒鉛化の開始温度まで降温する。本発明では、第1黒鉛化の温度から、第2黒鉛化の開始温度よりも低い温度、例えば室温等まで降温させてから、第2黒鉛化の開始温度まで昇温するといったことはしない。第1黒鉛化から第2黒鉛化に移行時の降温に要する時間は特に制限はない。
【0038】
<非酸化性雰囲気>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法においては、黒心可鍛鋳鉄部材の黒鉛化が、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行われる。本発明における「非酸化性雰囲気」とは、厳密な意味での還元性雰囲気、すなわち、黒鉛化温度での後記する化学式1の平衡酸素分圧よりも低い酸素分圧を有する雰囲気のみを意味するのではなく、黒心可鍛鋳鉄部材に含まれる鉄が雰囲気を構成するガスと反応して、鉄の酸化物がめっき層の形成を妨げる程度に生成されることのない雰囲気をいう。つまり本発明における「非酸化性雰囲気」は、めっき層の形成を妨げるほどの厚い酸化物層が生成しないような雰囲気をも包含する広い概念である。具体的に「非酸化性雰囲気」とは、黒鉛化の雰囲気における酸素分圧が、下記に詳述する化学式1の平衡酸素分圧の10倍以下である雰囲気をいう。よって、黒鉛化を行う温度における化学式1の平衡酸素分圧を求め、黒鉛化の雰囲気における酸素分圧が、化学式1の上記平衡酸素分圧のおよそ10倍よりも低い圧力である場合の他、求められた平衡酸素分圧と等しいか又は平衡酸素分圧よりも低い状態で黒鉛化を行う場合であっても、本発明における非酸化性雰囲気に該当する。黒鉛化の雰囲気における酸素分圧は、化学式1の上記平衡酸素分圧の好ましくは6倍以下、より好ましくは3倍以下、更に好ましくは化学式1の上記平衡酸素分圧以下である。
【0039】
鉄の酸化反応のうち代表的な反応を表す化学式を、化学式1に示す。
【0040】
【化3】
【0041】
ここで、Fe(s)は固体の鉄、O(g)は気体の酸素、FeO(s)は固体の酸化第一鉄(ウスタイト)を表す。鉄の酸化反応には、化学式1以外にもいくつかの反応が知られているが、黒鉛化の温度において標準ギブスエネルギが最も低い酸化反応は化学式1の反応である。したがって、化学式1で表される鉄の酸化反応が進行しにくい雰囲気では、他の化学式で表される鉄の酸化反応も進行しにくい。
【0042】
黒鉛化を非酸化性雰囲気で行うには、黒鉛化を行う温度における化学式1の平衡酸素分圧を求め、雰囲気の酸素分圧が、上述の通り、化学式1の上記平衡酸素分圧の10倍以下であればよい。特に好ましくは、雰囲気の酸素分圧が、求められた平衡酸素分圧と等しいか又は平衡酸素分圧よりも低い状態である。そうすれば、化学式1の反応が化学平衡を保つか又は右から左に進み、鉄の酸化物の生成がより十分に妨げられる。黒鉛化の温度における化学式1の平衡酸素分圧の値は、化学式1の標準ギブスエネルギの文献値(非特許文献1)を使って計算で求めることができる。表1に、第1黒鉛化(980℃)及び第2黒鉛化(760℃)における化学式1の平衡酸素分圧を計算した例を示す。
【0043】
【表1】
【0044】
黒鉛化における雰囲気の酸素分圧が表1に示す化学式1の平衡酸素分圧以下であるかどうかや、前記化学式1の平衡酸素分圧の何倍であるかを知るには、雰囲気の酸素分圧を知る必要がある。雰囲気の酸素分圧を測定する方法には、例えば、ジルコニア酸素濃度計や四重極質量分析計などを使用して雰囲気の酸素分圧を直接測定する方法がある。ただし、表1に示されたような極めて低い酸素分圧を測定するときには、これらの直接的な方法では測定精度が必ずしも十分でない場合がある。
【0045】
黒鉛化の雰囲気ガスとして変成ガスを使用する場合には、例えば、特許文献3に記載されているように、雰囲気中の一酸化炭素と二酸化炭素の分圧比又は水素と水蒸気の分圧比を測定し、これらのガスと平衡する酸素の分圧を計算によって間接的に求めることができる。この計算は、熱処理炉内において、一酸化炭素と酸素とが反応して二酸化炭素を生成する反応(2CO+O=2CO)又は水素と酸素とが反応して水蒸気を生成する反応(2H+O=2HO)における化学平衡が成立しているとみなして行う。
【0046】
本発明において、黒鉛化の雰囲気を非酸化性雰囲気にする方法には、酸素分圧を下げることができる公知の方法を使用することができる。具体的な方法としては、例えば、熱処理炉内を高真空に保持する方法、熱処理炉内を非酸化性のガスで満たす方法などがあるが、これらに限られない。
【0047】
本発明の好ましい実施の形態においては、非酸化性雰囲気が、燃焼ガスと空気との混合ガスを燃焼して発生した変成ガスを含む。変成ガスは、比較的安価に製造することができるので、他の非酸化性雰囲気を使用する場合に比べて黒鉛化に必要な製造コストを抑制することができる。変成ガスの生成に使用することができる燃焼ガスとしては、プロパンガス、ブタンガス及びこれらの混合ガス、液化石油ガス、液化天然ガスなどがある。
【0048】
変成ガスの生成には、ガス発生装置を使用することができる。燃焼ガスに混合する空気の混合比を増やすと、COガスとNガスの成分の多い完全燃焼型のガスが発生する。空気の混合比を減らすと、COガスとHガスの成分の多い不完全燃焼型のガスが発生する。変成ガスに含まれる水蒸気は、冷凍脱水機によってその一部を除去することができる。
【0049】
非酸化性雰囲気の形成に変成ガスを使用している場合に、上記のいずれかの方法によって知ることができた熱処理炉内の酸素分圧が、表1に示す化学式1の平衡酸素分圧よりもかなり高い場合には、燃焼ガスと混合する空気の混合比を下げてCOガスとHガスの比率を高めるか、又は冷凍脱水機の冷却温度を下げて変成ガスの露点を下げるか、いずれかの方法によって酸素分圧を下げることができる。あるいは、これらの方法の両方を使用してもよい。
【0050】
なお、本発明においては、後述するように、黒鉛化が前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行われる、つまり黒鉛化の雰囲気は、脱炭性雰囲気でもあるが、脱炭性雰囲気とすることに比べると、黒鉛化の雰囲気を非酸化性雰囲気にすることはそれほど重要ではない。つまり、黒鉛化において黒心可鍛鋳鉄部材の表面に若干の酸化物層が生成したとしても、めっき層の形成にとって大きな妨げとならなければよい。したがって、本発明における「非酸化性雰囲気」は上述の通り広い概念である。
【0051】
本発明の好ましい実施の形態においては、第2黒鉛化が、還元性雰囲気、すなわち酸素分圧が、前述の化学式1の平衡酸素分圧よりも低い雰囲気で行われる。第1黒鉛化において黒心可鍛鋳鉄部材の表面に酸化物が生成した場合であっても、第2黒鉛化を還元性雰囲気で行うことによって一旦生成した酸化物を還元して、酸化物の厚さをめっき層の形成の妨げにならない程度の厚さに低減することができる。
【0052】
<脱炭性雰囲気>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法においては、黒心可鍛鋳鉄部材の黒鉛化の雰囲気は、脱炭性雰囲気でもある。本発明において「脱炭性雰囲気」とは、黒心可鍛鋳鉄部材に含まれる炭素が雰囲気中の酸素ガスによって酸化されて一酸化炭素になり、一酸化炭素ガスが黒心可鍛鋳鉄部材の表面から外部に離脱することによって炭素の除去が進行する雰囲気をいう。この化学反応は、下記の化学式2で表すことができる。
【0053】
【化4】
【0054】
ここで、C(s)は固体の炭素、O(g)は気体の酸素、CO(g)は気体の一酸化炭素を表す。炭素の酸化反応には、化学式2以外に、炭素が酸素と反応して二酸化炭素を生成する反応(C+O=CO)があるが、黒鉛化を行う720℃以上の温度範囲では、標準ギブスエネルギが低い化学式2の反応の方が優先的に進行する。
【0055】
黒鉛化を脱炭性雰囲気で行うには、黒鉛化を行う温度における化学式2の平衡酸素分圧を求め、黒鉛化における雰囲気の酸素分圧がこの平衡酸素分圧よりも高い状態で黒鉛化を行えばよい。そうすれば、化学式2の反応が左から右に進み、黒心可鍛鋳鉄に含まれる炭素が酸素と反応して一酸化炭素となって外部に離脱し、脱炭が進む。黒鉛化の温度における化学式2の平衡酸素分圧の値は、化学式2の標準ギブスエネルギの文献値(非特許文献1)を使って計算で求めることができる。前記表1に、第1黒鉛化(980℃)及び第2黒鉛化(760℃)における化学式2の平衡酸素分圧を計算した例を併記する。
【0056】
黒鉛化における雰囲気の酸素分圧が表1に示す化学式2の平衡酸素分圧よりも高いかどうかを知るには、雰囲気の酸素分圧を測定する必要がある。雰囲気の酸素濃度を測定する方法は既に説明したので、ここでは説明を省略する。求められた雰囲気の酸素分圧が表1に示す化学式2の平衡酸素分圧よりも高い場合には、その脱炭性雰囲気のまま黒鉛化を行うことができる。雰囲気に変成ガスを使用している場合に、熱処理炉内の酸素分圧が化学式2の平衡酸素分圧と等しいか又は平衡酸素分圧よりも低いときは、例えば、変成ガス生成装置における空気混合比を上げるか、又は変成ガスの露点を上げるなどの方法を使って、酸素分圧が化学式2の平衡酸素分圧よりも高くなるように調整することができる。ただし、酸素分圧を調整する方法はこれらに限られない。
【0057】
本発明においては、黒鉛化が脱炭性雰囲気で行われるため、黒鉛化の過程で黒心可鍛鋳鉄部材の表面に黒鉛が生成することはない。このため、本発明に係る製造方法によれば、黒鉛化後、めっき層形成前の表面に黒鉛がほとんど生成しない黒心可鍛鋳鉄部材を製造することができ、その表面に密着性に優れためっき層を形成することができる。
【0058】
なお、本発明においては、第1黒鉛化及び第2黒鉛化の双方の黒鉛化が非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行われてもよく、そうでない場合であっても、少なくとも第1黒鉛化が非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行われることが好ましい。後者の場合、第2黒鉛化は脱炭性雰囲気でない雰囲気で行うことが考えられる。しかし、第2黒鉛化は第1黒鉛化よりも低い温度であるため、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に黒鉛が析出する速度は第1黒鉛化に比べて遅い。したがって、少なくとも第1黒鉛化を脱炭性雰囲気で行うことによって、本発明の効果を得ることができる。
【0059】
この様に本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法は、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行う工程を有する。例えば、第1黒鉛化(980℃)について非酸化性かつ脱炭性の雰囲気を実現するには、一例として、炉内の酸素分圧を、表1に示す化学式2の平衡酸素分圧である2.6×10-19atmよりも高く、かつ表1に示す化学式1の平衡酸素分圧である3.4×10-16atm以下にすることが挙げられる。
【0060】
上記の通り、本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によれば、製造に不可欠な黒鉛化の工程を利用して、めっき層の生成に適した表面の調製を行うことができる。その結果、従来ではめっき層の形成前に必要不可欠とされていたショットブラストや酸洗工程を省略することができる。
【0061】
<フェライト層>
本発明の好ましい実施の形態においては、黒鉛化後、めっき層形成前の黒心可鍛鋳鉄部材が、その表面に厚さ100μmを超えるフェライト層を有する。フェライト層とは、鉄-炭素2元状態図においてα相とよばれる炭素をほとんど含まないフェライトで構成された層状の組織をいう。好ましい実施形態においては、黒心可鍛鋳鉄部材の表面において脱炭が進む結果、炭素の少ないオーステナイトが生成し、黒鉛化が完了した後に冷却されると厚さ100μmを超えるフェライト層となる。フェライト層が生成すると、黒心可鍛鋳鉄部材の表面だけでなくその表層付近の内部にも黒鉛が存在しない。このため、より強固で密着性に優れためっき層を形成することができるので、好ましい。
【0062】
白心可鍛鋳鉄は脱炭性雰囲気において脱炭が行われるが、黒心可鍛鋳鉄及びパーライト可鍛鋳鉄では、通常、黒鉛化を脱炭性雰囲気で行うことはない。しかし、本発明においては、密着性に優れためっき層の形成を可能にする目的で、脱炭性雰囲気での黒鉛化を行う。これにより黒心可鍛鋳鉄部材の表面にフェライト層が生成したとしても、フェライト層の厚さがそれほど厚くなければ機械的な性質への影響は少ない。
【0063】
本発明において、黒心可鍛鋳鉄部材の表面にフェライト層が生成している場合に、フェライト層の表面に鉄の薄い酸化物層が生成してもよい。酸化物層が生成しても、その厚さが薄ければ、次工程のフラックス処理において除去することが可能である。また、薄い酸化物層が生成することで、黒心可鍛鋳鉄部材の表面の脱炭が過剰に進行することが妨げられるので、好ましい。フェライト層の表面に形成されうる酸化物層の許容厚さは、好ましくは20μm以下、より好ましくは10μm以下である。
【0064】
<フラックス処理>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法においては、黒鉛化後の黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに浸漬する工程を有する。本発明に用いるフラックスとしては、フラックスに適した公知の弱酸性塩化物水溶液を用いることができる。一般に、フラックスは、被めっき部材の表面に薄い膜を形成して、溶融金属とのぬれ性を改善したり、溶融めっきを施すまでの間の発錆を防止したりする作用を有し、その結果、被めっき部材の表面に形成されるめっき層の膜厚を均一にしたり、めっき層の密着性を向上させたりするという効果を発揮する。このため、溶融めっきにおいて、被めっき部材をフラックスに浸漬する工程は、省略することのできない工程となっている。本発明における黒心可鍛鋳鉄部材のフラックスへの浸漬は、上記の作用に加えて、黒鉛化で生成した薄い酸化物層を除去するという特有の作用をもたらす。
【0065】
本発明においては、フラックスへの浸漬に、鋳造及び黒鉛化の過程で黒心可鍛鋳鉄部材の表面に生成した酸化物層を除去するという新規な作用を担わせることによって、従来の酸洗による酸化物の除去工程を省略することができる。塩化物水溶液でなるフラックスは繰り返し使用できるので、酸洗を行った場合の酸性溶液の廃棄が不要となる。また、黒心可鍛鋳鉄部材とフラックスに用いられる弱酸性塩化物水溶液との化学反応は、従来の酸洗に用いられる強酸との化学反応に比べて緩やかなものであり、処理の際のガスの発生も少ない。したがって、本発明に係る黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によれば、従来の製造方法に比べて環境に与える負荷を著しく低減することができる。
【0066】
フラックスが塩化物水溶液である場合、塩化物水溶液の塩化物の濃度は、10質量%以上、50質量%以下であることが好ましい。濃度が10質量%以上のときは、酸化物層の除去の効果が顕著となる。酸化物層の除去の効果は、濃度を、50質量%を超えて増加させてもあまり変わらない。濃度が50質量%以下のときは、フラックスの建浴に消費される塩化物を節約することができる。また、形成されるフラックスの膜厚も厚くなりすぎず、乾燥が容易である。より好ましい塩化物水溶液の濃度は、20質量%以上、40%質量以下である。
【0067】
本発明の好ましい実施の形態においては、フラックスに含まれる塩化物が、塩化亜鉛、塩化アンモニウム、塩化カリウムの1以上である。好ましくはフラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である。フラックスにおける塩化亜鉛と塩化アンモニウムの含有量の比率は、モル比で、塩化亜鉛1に対して塩化アンモニウムが2以上、4以下であることが好ましい。なかでも、モル比で塩化亜鉛1に対して塩化アンモニウムが3のもの、すなわち、質量比で塩化亜鉛46%に対して塩化アンモニウムが54%のものは、容易に乾燥させることができるので、より好ましい。
【0068】
フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である場合、フラックスの温度は、60℃以上、95℃以下が好ましい。温度が60℃以上のときは、酸化物層の除去の効果が顕著となる。温度が95℃以下のときは、フラックスの沸騰を防止することができるので、黒心可鍛鋳鉄部材のフラックスへの浸漬をより安全に行うことができ、酸化物層の除去もより安定的に行うことができる。フラックスの温度が90℃以上のときは、塩化アンモニウムの加水分解が進んでフラックスの濃度が安定し、酸化物層の除去の効果も高まるので、より好ましい。
【0069】
黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに浸漬する好ましい時間は、フラックスの成分、濃度、温度、フラックスの劣化の度合い、黒心可鍛鋳鉄部材のサイズ及び黒心可鍛鋳鉄部材の表面に形成されている酸化物層の厚さ等の条件に依存する。典型的には、3.0分以上、好ましくは5.0分以上、60分以下が好ましい。浸漬時間が5.0分以上のときは、酸化物層の除去の効果が顕著となるため好ましい。酸化物層の除去の効果は、60分を超えて浸漬させてもあまり変わらない。したがって浸漬時間が60分以下のときは、黒心可鍛鋳鉄部材の過剰な溶解を防止して、フラックスを長持ちさせることができる。より好ましいフラックスへの浸漬時間は10分以上、50分以下、さらに好ましくは15分以上、40分以下である。ただし、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に形成されている酸化物層の厚さが非常に厚い場合には、60分を超えてフラックスに浸漬させてもよい。
【0070】
フラックスに黒心可鍛鋳鉄部材を繰り返し浸漬させると、フラックスが緑色に変色する。これは、フラックスに鉄が溶けて塩化鉄(II)(塩化第一鉄)が生成しているためと推測される。さらに使用を続けると、フラックスが赤褐色に変色する。これは、塩化鉄(II)が酸化して塩化鉄(III)(塩化第二鉄)が生成しているためと推測される。なおも使用を続けると、さらに酸化が進んで水酸化鉄(III)が生成して沈殿する。水酸化鉄(III)が黒心可鍛鋳鉄部材の表面に付着すると、不めっきの原因となるので、ろ過によってフラックスから除去することが好ましい。水酸化鉄(III)をろ過によって除去しつつ、フラックスの濃度を好ましい範囲に管理することによって、一旦建浴したフラックスを長期間使用し続けることができる。
【0071】
フラックスの濃度の管理は、フラックスの比重、pH又はフラックスに含まれる化学成分の分析などの公知の手段によって行うことができる。例えば、フラックスとして、モル比で塩化亜鉛1に対して塩化アンモニウムが3含まれる塩化物水溶液を使用する場合、90℃で測定された比重が1.05以上、1.30以下となるように溶質の溶解量を調整することによって、塩化物水溶液の濃度を10質量%以上、50質量%以下の好ましい範囲に調整することができる。また、90℃で測定された比重が1.10以上、1.20以下となるように調整すれば、塩化物水溶液の濃度を20質量%以上、40質量%以下のより好ましい範囲に調整することができる。フラックスを使用し続けることによってフラックスの濃度が低下した場合には、フラックスの比重が上記の範囲に入るように溶質を加えることによって、フラックスの濃度が好ましい範囲から外れないように管理することができる。フラックスの比重は、例えば、浮き秤を用いて測定することができる。本発明に用いるフラックスの好ましいpHの範囲は3.0以上、6.0以下である。
【0072】
<加熱処理>
本発明の好ましい実施の形態においては、フラックスから取り出した後、溶融めっきを施す前の黒心可鍛鋳鉄部材を加熱する工程をさらに有する。溶融めっきを施す前の黒心可鍛鋳鉄部材を予め加熱することにより、不めっきの発生が抑えられる傾向がある。黒心可鍛鋳鉄部材を加熱するときの温度は、黒心可鍛鋳鉄部材のサイズや形状に依存する。黒心可鍛鋳鉄部材を加熱するときの温度は、90℃以上である。典型的には、100℃以上、250℃以下が好ましい。100℃以上のときは、フラックスを十分に乾燥させることができると共に、フラックスと黒心可鍛鋳鉄部材の表面の酸化物層との反応による無害化が促進される。250℃以下のときは、昇温によるフラックスの分解がなく、フラックスの剥離や黒心可鍛鋳鉄部材の表面の付加的な酸化を防止することができる。より好ましい加熱の温度は、150℃以上、200℃以下である。
【0073】
加熱には、熱処理炉などの公知の加熱手段を用いることができる。例えば、フラックスから取り出した黒心可鍛鋳鉄部材を、予め所定の温度に加熱された熱処理炉の中に挿入して、黒心可鍛鋳鉄部材の温度が好ましい温度に到達したら熱処理炉から取り出して、黒心可鍛鋳鉄部材の温度が大きく低下する前に溶融めっきを施せばよい。この場合において、黒心可鍛鋳鉄部材の温度は、黒心可鍛鋳鉄部材全体の温度が均一に加熱されている必要はなく、少なくともフラックスの膜が形成されている表面の部分の温度が所定の温度に到達していればよい。ただし、溶融めっきを施そうとする表面の一部が所定の温度に到達していない場合には、その部分の表面に不めっきが発生するおそれがある。したがって、溶融めっきを施そうとする全ての表面の温度が、上記の好ましい温度の範囲に到達していることが好ましい。
【0074】
加熱に要する時間は、黒心可鍛鋳鉄部材のサイズや形状に依存する。例えば、サイズの大きな黒心可鍛鋳鉄部材を溶融めっきしようとする場合には、部材の有する熱容量に応じて時間を十分にかけて、部材の中心部の温度が好ましい温度の範囲に到達するまで加熱しておくことがより好ましい。そうすることによって、溶融めっきの途中で黒心可鍛鋳鉄部材の表面の温度低下が妨げられて、不めっきが発生するのを防止することができる。
【0075】
<溶融めっき>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法においては、フラックスから取り出した黒心可鍛鋳鉄部材に溶融めっきを施す工程を有する。溶融めっきによって、黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成される。本発明に係る製造方法によれば、黒鉛化後、めっき層形成前の表面に黒鉛の生成がほとんどないため、その表面に密着性に優れためっき層を形成することができる。本発明におけるめっき層としては、金属又は合金のめっき層を用いることができる。具体的には、亜鉛、錫、アルミニウムなどの金属又はこれらの合金を用いることができるが、めっき層はこれらに限られない。好ましくは溶融亜鉛めっきである。
【0076】
本発明の好ましい実施の形態においては、溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む。亜鉛はイオン化傾向が大きく、犠牲防食作用を有しているため、好ましい。最初に施されるめっきが溶融亜鉛めっきである場合、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の最表面には亜鉛層(η層)が生成され、亜鉛層と黒心可鍛鋳鉄部材の表面との中間には鉄と亜鉛の合金層(δ1層及びζ層)が生成される。これらの層は互いに強固に密着しており、全体として密着性のよいめっき層が形成される。
【0077】
本発明では、脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行うことにより、黒鉛化後、めっき層形成前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面にフェライト層が生成されうる。このフェライト層が生成した場合も同様で、この場合はフェライトと亜鉛が反応して合金層を生成する。溶融亜鉛めっき層の形成後は、フェライト層がめっき層の内部に残存していてもよく、あるいはフェライト層が消失していてもよい。
【0078】
溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む場合、溶融亜鉛めっきに用いられる亜鉛めっき浴の温度は、450℃以上、550℃以下が好ましい。450℃以上のときは、亜鉛めっき浴中での亜鉛の凝固を防止することができる。550℃以下のときは、亜鉛めっき層と黒心可鍛鋳鉄部材の表面との過剰な反応を防止することができる。亜鉛めっき浴のより好ましい温度は、480℃以上、520℃以下である。
【0079】
本発明の好ましい実施の形態において、溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む場合、溶融亜鉛めっきに用いられる亜鉛めっき浴はアルミニウムを含んでもよい。亜鉛めっき浴中にアルミニウムが溶融している場合、めっき浴の表面における亜鉛酸化膜の形成が抑制され、液面が清浄になる。また、形成されためっき層も光沢を増し、美感が向上する。
【0080】
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によれば、酸洗を省略しても不めっきが生じることなく溶融めっきによるめっき層を形成することが可能となる。その理由は必ずしも明らかではないが、おそらく以下のような理由によるものと推測される。第1の理由は、黒鉛化後、溶融めっき前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面に、不めっきの原因となる物質が少ないことである。黒鉛化を脱炭性雰囲気で行っているので、不めっきの原因物質のひとつである黒鉛の形成がほとんどない。また、黒鉛化を非酸化性雰囲気で行っているので、酸化物層がほとんどなく、あったとしても極めて薄い。
【0081】
仮に酸化物層が残存していたとしても、フラックスに浸漬したときにその多くが除去される。フラックスへの浸漬時間が短い場合には、溶融めっきの際に発生した水素が被めっき部材の表面に気泡として付着して、被めっき部材がめっき浴の表面に浮いてくる「釜浮き」と呼ばれる現象が見られることがある。この原因の詳細は不明だが、おそらく、フラックスへの浸漬時間が不十分だと、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に水素の発生原因となる物質が残存しているためではないかと推測される。しかし、本発明において、フラックスへの浸漬時間を十分に長くすれば、釜浮きが発生することはほとんどない。
【0082】
第2の理由は、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に薄く形成された酸化物層が、溶融めっきの過程で黒心可鍛鋳鉄部材の表面から剥離し、無害化されることである。フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である場合、黒心可鍛鋳鉄部材の表面の鉄の酸化物が塩化アンモニウムと化学反応して、黒色の生成物が生成される場合がある。この生成物は通常は剥がれにくく、不めっきの原因物質のひとつとなる。しかし、本発明においては、溶融めっきの際に、黒色の生成物が黒心可鍛鋳鉄部材の表面から剥がれて、めっき浴の表面に浮かんでくる現象が観察される。このことから、本発明においては、上記の黒色の生成物が生成された場合であっても、溶融めっきの過程で剥離するため、酸洗を省略しても不めっきが生じないものと推測される。
【0083】
溶融めっきの際に、黒色の生成物が黒心可鍛鋳鉄部材の表面から剥がれて、めっき浴の表面に浮かんでくる上記の現象は、フラックスから取り出した後、溶融めっきを施す前の黒心可鍛鋳鉄部材を加熱する工程を更に有する場合に、特に顕著に見られる傾向がある。その理由の詳細は不明だが、おそらく、好ましい温度範囲に加熱された黒心可鍛鋳鉄部材を溶融めっき浴に浸漬した直後の黒心可鍛鋳鉄部材の表面温度が、加熱を行わずに浸漬した場合と比べて高いことが関係しているものと推測される。すなわち、加熱を行わずに浸漬した場合には、黒心可鍛鋳鉄部材の表面のフラックスが溶融金属と接して分解したときに、フラックスの分解生成物と黒心可鍛鋳鉄の表面の鉄の酸化物との反応温度が低いために、反応速度が遅くなる。このために、鉄の酸化物の全部が黒色の生成物に変化することができず、剥離が起こりにくい。これに対し、加熱を行った後に溶融めっき浴に浸漬した場合には、反応温度が高くて反応速度も速く、フラックスの分解生成物と鉄の酸化物との反応が短時間で完了し、鉄の酸化物全体が黒色の生成物に変化して黒心可鍛鋳鉄部材の表面から容易に剥離することができると考えられる。
【0084】
本発明のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材は、前記溶融亜鉛めっき層にケイ素酸化物が含まれる。また、本発明のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材は、製造工程でショットピーニングを行っていないため、黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面に加工変質層を有していない。
【0085】
<管継手及びその製造方法>
本発明はまた、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材が管継手である、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法の発明である。本発明は更に、上記のいずれかのめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によって製造される管継手の発明である。本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材は、表面に形成されためっき層の密着性が優れており、高度な耐食性を必要とする管継手に好適に使用することができる。本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄を管継手として使用する場合には、溶融めっきを施した後に、継手の接続に使用されるおねじ又はめねじを機械加工によって管継手の端部に設けることができる。
【0086】
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材と管継手は、溶融亜鉛めっき層が形成されていればよく、更に溶融亜鉛めっき層上に、熱硬化性樹脂による塗装、熱硬化性樹脂によるライニング、化成処理、金属のスパッタリング、溶射などによる他の層が施されていてもよい。
【実施例
【0087】
<参考例>
炭素を3.1質量%、ケイ素を1.5質量%、マンガンを0.4質量%、残部としての鉄及び不可避的不純物を含有する溶湯を準備した。次に、溶湯を700kgだけ取鍋に注湯し、ビスマスを210g(0.030質量%)添加、攪拌した後、直ちに鋳型に注湯して3種類の形状を有する管継手をそれぞれ複数個鋳造した。表2に、鋳造した管継手の呼び径、肉厚及び質量を示す。
【0088】
【表2】
【0089】
次に、得られた管継手を大気中雰囲気、275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱した後、黒鉛化を行った。黒鉛化は、鋳物を980℃に保持する第1黒鉛化と、760℃から720℃まで降温する第2黒鉛化の2段階の熱処理により行った。表3に、参考例1~3のワーク形状並びに第1黒鉛化及び第2黒鉛化の温度及び時間と、第1黒鉛化の終了温度から第2黒鉛化の開始温度に移行するときの降温時間を示す。ワーク形状が大きければ大きいほど、第1黒鉛化の保持時間、第1黒鉛化から第2黒鉛化に移行するときの降温時間及び第2黒鉛化の降温時間がそれぞれ長くなるように、熱処理条件を設定した。
【0090】
【表3】
【0091】
黒鉛化は、炉内雰囲気が制御された熱処理炉を用いて行った。熱処理炉には、発熱型変成ガス発生装置によって発生させた変成ガスを供給した。変成ガスは、プロパンガス30vol%とブタンガス70vol%を混合した燃焼ガスに空気を混合して燃焼させることによって発生させた。燃焼ガスと空気との混合ガスに占める空気混合比は、表3に示すように、95.4vol%から95.6vol%の間とした。
【0092】
発生した変成ガスは、温度を2℃に設定した冷凍脱水機を通過させて水蒸気の一部を除去した後、熱処理炉に供給した。熱処理炉内に供給された変成ガスの総圧は大気圧であった。第1黒鉛化及び第2黒鉛化における熱処理炉内のガスを取り出し口からサンプリングし、赤外線吸光式のCO濃度計及びCO濃度計を用いてガスの濃度を測定し、露点計を用いてガスの露点を測定した。得られた熱処理炉内のCO及びCOの体積百分率、露点及び平衡計算によって求められた炉内酸素分圧の推定値を表4に示す。露点は、ガスに含まれる水分量に対応する。なお、表4に記載されていないガスの残部は水素及び窒素であった。
【0093】
【表4】
【0094】
各参考例において第1黒鉛化及び第2黒鉛化の際に熱処理炉に供給していた変成ガスの成分は同一であるが、表4によれば、第1黒鉛化及び第2黒鉛化におけるCOガスとCOガスの体積百分率及び露点は同一ではない。これは、熱処理炉に供給された変成ガスがそれぞれの黒鉛化の温度において再平衡し、成分比が変化したためである。
【0095】
表4に示す炉内酸素分圧の推定値を表1に示す平衡酸素濃度と比較すると、いずれの例においても、第1黒鉛化の炉内酸素分圧は、化学式1の平衡酸素濃度である3.4×10-16atmと同じ10のマイナス16乗台の値であったのに対し、化学式2の平衡酸素分圧である2.6×10-19atmの数千倍の値であった。このことから、第1黒鉛化の雰囲気は、非酸化性であり、かつ、強い脱炭性であったことが推定される。
【0096】
次に、第2黒鉛化について見ると、いずれの例においても、第2黒鉛化の炉内酸素分圧は、化学式1の平衡酸素濃度である5.1×10-21atmの10倍を超えず、また、化学式2の平衡酸素分圧である2.8×10-21atmよりも高い、10のマイナス20乗台の値であった。このことから、第2黒鉛化の雰囲気は、非酸化性であり、また脱炭性であったことが推定される。
【0097】
次に、管継手をフラックスに浸漬して引き上げ、乾燥させた後、460℃に加熱、溶融した亜鉛の槽に浸漬して亜鉛めっき層を生成させ、水洗、冷却した。亜鉛めっき後の管継手は外周面、内周面共に平滑で強固なめっき層が生成しており、めっき層の剥離は見られなかった。
【0098】
上記の参考例から、新たな製造工程を付加することなく、めっき前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面における黒鉛及び鉄の酸化物の生成を抑制することができることが分かる。
【0099】
<第1の実施例>
炭素を3.1質量%、ケイ素を1.5質量%、マンガンを0.4質量%、残部としての鉄及び不可避的不純物を含有する溶湯を準備した。次に、溶湯を700kgだけ取鍋に注湯し、ビスマスを210g(0.030質量%)添加、攪拌した後、直ちに鋳型に注湯して、呼び径2インチのエルボ形状を有する管継手を複数個鋳造した。鋳造した管継手は、鋳型から取出した後、表面に付着した鋳砂を除去する目的で軽くショットブラストを施した。得られた管継手の最大肉厚はおよそ8mm、1個あたりの質量はおよそ900gであった。
【0100】
次に、得られた管継手を大気中雰囲気、275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱した後、黒鉛化を行った。黒鉛化は、鋳物を980℃に90分保持する第1黒鉛化と、760℃から720℃までを90分かけて降温する第2黒鉛化の2段階の熱処理により行った。第1黒鉛化の終了温度から第2黒鉛化の開始温度に移行するときの降温時間は90分であった。
【0101】
黒鉛化は、炉内雰囲気が制御された熱処理炉を用いて行った。熱処理炉には、発熱型変成ガス発生装置によって発生させた変成ガスを供給した。変成ガスは、プロパンガス30vol%とブタンガス70vol%を混合した燃焼ガスに空気を混合して燃焼させることによって発生させた。燃焼ガスと空気との混合ガスに占める空気混合比は、95.4vol%から95.6vol%の間とした。
【0102】
発生した変成ガスは、温度を2℃に設定した冷凍脱水機を通過させて水蒸気の一部を除去した後、熱処理炉に供給した。熱処理炉内に供給された変成ガスの総圧は大気圧であった。第1黒鉛化及び第2黒鉛化における熱処理炉内のガスを取り出し口からサンプリングし、赤外線吸光式のCO濃度計及びCO濃度計を用いてガスの濃度を測定し、露点計を用いてガスの露点を測定した。得られた熱処理炉内のCO及びCOの体積百分率、露点及び平衡計算によって求められた炉内酸素分圧の推定値を表5に示す。露点は、ガスに含まれる水分量に対応する。なお、表5に記載されていないガスの残部は水素及び窒素であった。
【0103】
【表5】
【0104】
表5に示す炉内酸素分圧の推定値を表1に示す平衡酸素濃度と比較すると、第1黒鉛化の炉内酸素分圧は、化学式1の平衡酸素濃度である3.4×10-16atmと同じ10のマイナス16乗台の値であったのに対し、化学式2の平衡酸素分圧である2.6×10-19atmの数千倍の値であった。このことから、第1黒鉛化の雰囲気は、非酸化性であり、かつ、強い脱炭性であったことが推定される。
【0105】
次に、第2黒鉛化について見ると、第2黒鉛化の炉内酸素分圧は、化学式1の平衡酸素濃度である5.1×10-21atmの10倍以下であって、化学式2の平衡酸素分圧である2.8×10-21atmよりも高い、10のマイナス20乗台の値であった。このことから、第2黒鉛化の雰囲気は、非酸化性であり、かつ脱炭性であったことが推定される。
【0106】
黒鉛化が完了した管継手の表面の色は、明るいグレーであった。本実施例の管継手の断面を研磨して、断面組織の光学顕微鏡写真を撮影した。図1に示すように、管継手の表明付近には、厚さが約200μmのフェライト層が生成していた。また、表面から遠い内部では、図2に示すように、黒心可鍛鋳鉄の典型的な組織が生成していた。表面付近では、図3に示すように、フェライト層の最表面には厚さが約20μmの薄い酸化物層が生成していた。
【0107】
次に、塩化亜鉛を46質量%、塩化アンモニウムを54質量%含有するフラックス原料を水道水に溶解し、50℃における比重が1.25になるように濃度を調整したあと、90℃に温めたフラックス浴を準備した。作製した管継手4個をフラックス浴中のフラックスに浸漬し、うち1個については3.0分経過後に取出し、うち1個については5.0分経過後に取出し、残りの2個については15分経過後に取り出した。フラックスから取り出された管継手を大気雰囲気で300℃に加熱されたマッフル炉の炉室内に挿入して10分間加熱した。このときの管継手の表面の温度は、150℃以上、200℃以下に加熱されていたものと推定される。
【0108】
その後、管継手をマッフル炉から取出し、ただちに溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、1分経過後に取り出して水洗、乾燥、冷却し、表面にめっき層を有する実施例1~4の黒心可鍛鋳鉄の管継手を作製した。実施例1に用いた溶融亜鉛めっき浴は、成分がZn100質量%のものであり、実施例2~4に用いた溶融亜鉛めっき浴は、成分がAl0.03質量%、残部がZnのものであった。溶融亜鉛めっき浴の温度は、いずれも500℃以上、520℃以下であった。また、フラックスへの浸漬時間以外の条件は実施例2~4と同じで、フラックスへの浸漬時間を1.0分とした比較例1の管継手も同時に作製した。得られた実施例及び比較例の管継手のめっき層を外観の目視によって評価した結果を表6に示す。
【0109】
【表6】
【0110】
表6に示すように、フラックスへの浸漬時間が15分であった実施例1及び2の管継手は、いずれも表面に亜鉛めっき層が均一に形成されており、亜鉛めっき層が形成されていないいわゆる「不めっき」は、外観の目視では検知できなかった。また、めっき層の光沢については、アミルニウムを含有しない亜鉛めっき浴で溶融めっきを施した実施例1の管継手では光沢がなく、アルミニウムを0.03質量%含有する亜鉛めっき浴で溶融めっきを施した実施例2の管継手では光沢のあるめっき層が形成されていた。フラックスへの浸漬時間が5.0分であった実施例3の管継手では、表面の一部で不めっきが若干観察された。フラックスへの浸漬時間が3.0分であった実施例4の管継手では不めっきがやや多く観察された。一方、フラックスへの浸漬時間が1.0分であった比較例1の管継手では不めっきが多く観察された。
【0111】
本実施例の結果から、本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によれば、従来必要とされていた黒鉛化後の酸洗を省略しても、不めっきの抑制された、好ましくは不めっきのない良好なめっき層の形成が可能であることがわかる。また、本実施例の製造条件において、フラックスへの浸漬時間が好ましくは5.0分以上、好ましくは15分以上である場合には、不めっきの発生がほとんど見られないことがわかる。これは、フラックスへの浸漬に十分な時間をかけることによって、黒鉛化の過程で生成した酸化物層を、溶融めっきによるめっき層の形成に支障の生じない程度まで除去することができたためであると考えられる。
【0112】
<第2の実施例>
第1の実施例で作製したものと同じ管継手8個を、第1の実施例で使用したものと同じフラックス浴を使用して、90℃に温めたフラックスに浸漬し、15分経過後に取り出した。フラックスから取り出された管継手を大気雰囲気で300℃に加熱されたマッフル炉の炉室内に挿入して10分間加熱した。このときの管継手の表面の温度は、150℃以上、200℃以下に加熱されていたものと推定される。その後、管継手をマッフル炉から取出し、そのうちの2個をただちに溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、1分経過後に取り出して水洗、乾燥、冷却し、実施例5のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材として管継手2個を作製した。
【0113】
また、残りの6個は、マッフル炉から取出し後、10分、15分又は60分大気中で冷却し、その後溶融亜鉛めっき浴に2個ずつ浸漬し、1分経過後に取り出して水洗、乾燥、冷却し、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材として管継手を2個ずつ作製した。冷却時間が10分のものは実施例6、15分のものは実施例7、60分のものは比較例2の管継手とした。本実施例に用いた溶融亜鉛めっき浴は、いずれも成分がAlを0.03質量%含み、残部がZnのものであった。溶融亜鉛めっき浴の温度は、いずれも500℃であった。得られた実施例及び比較例のめっき層を外観の目視によって評価した結果を、溶融めっき直前の表面温度の推定値と共に表7に示す。
【0114】
【表7】
【0115】
表7に示すように、本実施例の条件においては、フラックスから取り出した後、溶融めっきを施す前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面温度の推定値が、160℃のときには不めっきは全く観察されなかった。また、110℃のときには不めっきはほとんど観察されなかった。一方、加熱処理後に15分を超えて冷却し、表面温度が90℃を下回った比較例2では、不めっきが多く発生しやすい傾向が見られた。これは、溶融めっき浴に投入される直前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面温度を所定の温度以上に保つことによって、溶融めっきの際の溶融亜鉛の冷却が防止され、不めっきの発生のない正常な亜鉛めっき層を形成することができたためであると考えられる。また、詳細な理由は不明だが、溶融亜鉛の温度の冷却が抑制されることによって、黒心可鍛鋳鉄部材の表面からの上述の黒色の生成物の離脱も、よりスムーズに起こる傾向があるのではないかと考えられる。
【0116】
図4は、本発明に係る製造方法によって製造されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の断面組織の一例を示す反射電子組成像である。像の下部は黒心可鍛鋳鉄部材を表し、中央部の明るい層は溶融亜鉛めっき層を表す。図4によれば、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面の一部に層状の相が形成されている。また、溶融亜鉛めっき層の内部の一部にも微細な相が形成されている。図4において、これらの相の一部を矢印で示す。これらの相について、エネルギー分散型X線分析によるスペクトルを確認したところ、いずれもケイ素と酸素を多く含んでいることから、ケイ素酸化物からなる相であることが分かった。また、黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面には、ショットピーニング後にみられるような加工変質層も、確認されなかった。
【0117】
図5は、従来技術に係る製造方法によって製造されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の断面組織の一例を示す反射電子組成像である。このめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材では、予備加熱を行なわず、黒鉛化を大気雰囲気で行なった後、表面の酸化物層を酸洗によって除去し、フラックス処理、溶融亜鉛めっきを行なったものである。図5によれば、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の表面には層状の相の形成は見られない。溶融亜鉛めっき層の内部にはごく一部に微細な相が形成されているが、エネルギー分散型X線分析の結果、ケイ素と酸素を多く含んでいる相の析出は極めて少ないことが分かった。尚、図5における黒い粒状部分は、ケイ素酸化物ではなく、亜鉛の結晶間にできた空隙等であると考えられる。また、図4図5は製造条件が多少異なるため、めっきの結晶粒形状が両者で異なってみえるが、めっき層の評価に影響するものでない。
【0118】
上記の観察例から、本発明に係る製造方法では、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の表面の一部や、溶融亜鉛めっき層の内部の一部に、ケイ素酸化物からなる相が比較的多く分散して存在する特徴的な組織を有する場合があることが分かる。このような特徴的な析出物が見られる理由は明らかではないが、おそらく、制御された雰囲気で黒鉛化を行なう過程で、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に強固な鉄の酸化物相が形成されず、代わりに表面の一部にケイ素酸化物からなる層状の相が生成するものと推測される。そして、このケイ素酸化物からなる相の一部が、溶融亜鉛めっきによるめっき層の生成の過程でめっき層の内部に取り込まれ、微細に分散するものと推測される。
【0119】
本発明の開示内容は、以下の態様を含みうる。
(態様a1)
非酸化性雰囲気で黒鉛化を行う黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法であって、
黒鉛化が、脱炭性雰囲気で行われる
黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
(態様a2)
前記脱炭性雰囲気が、燃焼ガスと空気との混合ガスの燃焼によって発生した変成ガスを含む
態様a1記載の黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
(態様a3)
黒鉛化された黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層を生成させる
態様a1又はa2記載の黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
(態様a4)
黒鉛化後、めっき層生成前の黒心可鍛鋳鉄部材をフラックス処理する
態様a3記載の黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
(態様a5)
前記めっき層が、溶融亜鉛めっき層を含む
態様a3又はa4記載の黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
(態様a6)
態様a1~5いずれか記載の黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によって製造される
管継手。
(態様b1)
表面にめっき層を有する黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法であって、
非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行う工程と、
黒鉛化後の黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに浸漬する工程と、
フラックスから取り出した黒心可鍛鋳鉄部材に溶融めっきを施す工程と、を有する
黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
(態様b2)
フラックスから取り出した後、溶融めっきを施す前の黒心可鍛鋳鉄部材を100℃以上、250℃以下に加熱する工程を有する
態様b1に記載の黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
(態様b3)
フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である
態様b1又はb2に記載の黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
(態様b4)
溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む
態様b1~b3のいずれか1つに記載の黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
(態様b5)
黒心可鍛鋳鉄部材が、管継手である
態様b1~b4のいずれか1つに記載の黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【0120】
本出願は、日本国特許出願である特願2017-184901号と特願2018-055993号を基礎出願とする優先権主張を伴う。特願2017-184901号と特願2018-055993号は参照することにより本明細書に取り込まれる。
図1
図2
図3
図4
図5