(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】ルテニウム錯体からなる化学蒸着用原料及び該化学蒸着用原料を用いた化学蒸着法
(51)【国際特許分類】
C23C 16/18 20060101AFI20220928BHJP
C07F 15/00 20060101ALI20220928BHJP
H01L 21/285 20060101ALI20220928BHJP
【FI】
C23C16/18
C07F15/00 A
H01L21/285 301
H01L21/285 C
(21)【出願番号】P 2018226173
(22)【出願日】2018-12-03
【審査請求日】2021-08-16
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】原田 了輔
(72)【発明者】
【氏名】岩井 輝久
(72)【発明者】
【氏名】重冨 利幸
(72)【発明者】
【氏名】大武 成行
(72)【発明者】
【氏名】李 承俊
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2010-0060482(KR,A)
【文献】特表2013-501714(JP,A)
【文献】特表2017-524729(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00-16/56
C07F 15/00
H01L 21/285
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、下記化1で示されるルテニウム錯体からなる化学蒸着用原料。
【化1】
ここで、ルテニウムに配位する配位子L
1及び配位子L
2は、下記化2で示される。
【化2】
(配位子L
1、L
2の置換基R
1~R
12は、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1以上4以下の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基のいずれかである。)
【請求項2】
配位子L
1の置換基R
1~R
6は、R
1~R
6の全てが水素原子であるか、又は、R
1がエチル基でありR
2~R
6が水素原子である、請求項1記載の化学蒸着用原料。
【請求項3】
配位子L
2の置換基R
7~R
12は、R
7~R
12の全てが水素原子であるか、R
7がメチル基でありR
8~R
12が水素原子であるか、R
7がエチル基でありR
8~R
12が水素原子であるか、又はR
7がメチル基でありR
10が1-メチルエチル基であると共にR
8、R
9、R
11、及びR
12が水素原子である、請求項1又は請求項2記載の化学蒸着用原料。
【請求項4】
ルテニウム錯体からなる原料を気化して原料ガスとし、前記原料ガスを基板表面に導入しつつ加熱して、前記ルテニウム錯体を分解するルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法において、
前記原料として請求項1~請求項3のいずれかに記載の化学蒸着用原料を用いる化学蒸着法。
【請求項5】
反応ガスとして還元性ガスを使用する請求項4記載の化学蒸着法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CVD法やALD法等の化学蒸着法により、ルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料に関する。詳しくは、反応ガスとして還元性ガスを適用できるルテニウム錯体からなる化学蒸着用原料に関する。
【背景技術】
【0002】
ルテニウム(Ru)は低抵抗で熱的及び化学的に安定な金属であり、DRAM、FERAM等の各種半導体デバイスの電極材料として有用な金属である。そして、これら電極材料の具体的態様として、ルテニウム又はルテニウム化合物からなる薄膜(以下、ルテニウム含有薄膜と称する)が適用されている。かかるルテニウム含有薄膜の製造法としては、CVD法(化学気相蒸着法)、ALD法(原子層蒸着法)といった化学蒸着法の適用が一般的となっている。
【0003】
化学蒸着法用の原料(プリカーサ)として、ルテニウム錯体からなる化合物原料が知られており、従来から多くの錯体に関する検討例・報告例がある。例えば、シクロペンタジエン又はその誘導体であるシクロペンタジエニル配位子がルテニウムに配位するルテニウム錯体は、化学蒸着用の原料として従来からよく知られている。特許文献1、非特許文献1には、ルテニウムに2つのエチルシクロペンタジエニルが配位した、化1で示されるビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムが記載されている。
【0004】
【0005】
また、非特許文献2、3には、シクロヘキサジエンとベンゼン類がルテニウムに配位した、化2で示される(1,3-シクロヘキサジエン)(1-メチル-4-イソプロピルベンゼン)ルテニウムによるルテニウム含有薄膜の製造方法が記載されている。
【0006】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】K.Kawano et al. Materials Research Society Symposium Proceedings 1155-C09-11 (2009)
【文献】Tae-Kwang Eom et al. Electrochemical and Solid-State Letters, 2009, 12(11), D85-D88
【文献】W.Sari et al. Journal of the Electrochemical Society, 2011, 158(1), D42-D47
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
CVD法やALD法等の化学蒸着法においては、ルテニウム錯体からなる原料化合物を気化し、生成した原料ガスを反応器内の基板に輸送する。そして、基板表面上でルテニウム錯体を分解することで、ルテニウム含有薄膜が製造される。この基板表面でのルテニウム錯体の分解のため、加熱を行うことが一般的である。また、化学蒸着法では、気化したルテニウム錯体と反応ガスとを混合し、これを原料ガスとして成膜することが多い。これは、基板表面上でのルテニウム錯体の分解に際し、加熱に加えて反応ガスの作用により分解を促進させるためである。
【0010】
そして、化学蒸着法の原料となるルテニウム錯体には、蒸気圧が高く安定した気化特性を有すること、及び安定性が高く気化後も安定した状態で基板上に輸送することが求められる。上記した従来のルテニウム錯体からなる原料化合物は、これらの要求に対応したものである。
【0011】
ところで、上述した各種用途に供されるルテニウム含有薄膜及びその成膜プロセスにおいては、成膜時の基板の酸化及び酸化物(酸化ルテニウム)の生成が忌避されることがある。そのような場合においては、基板の酸化及び薄膜中の酸化物が生じない様に、原料及び成膜条件を選定する必要がある。この点、上記した、従来の化学蒸着用原料となるルテニウム錯体は、分子構造中に酸素原子が含まれていないことから、それ自体が酸化の要因となることはない。
【0012】
しかし、従来のルテニウム錯体による成膜では、薄膜への不純物混入を排除しつつ成膜するため、酸素を反応ガスとして混合することが一般的となっている。従来のルテニウム錯体においては、加熱のみでの成膜は不可能という訳ではないが、その場合、錯体の配位子を構成する炭素等が薄膜に残り、比抵抗上昇等の膜特性の悪化が生じる傾向がある。そこで、反応ガスとして酸素が導入されているが、この反応ガスが基板の酸化の要因となり、製造される薄膜への酸化ルテニウムの混入の可能性も懸念されている。
【0013】
また、非特許文献3等で報告されているように、酸素の使用によらず、プラズマのような励起エネルギーを利用することでも錯体の分解は可能である。しかし、プラズマの利用は、下地へのダメージが懸念されることがある。更に、プラズマ励起による化学蒸着法は、装置等の簡便性に劣りプロセス制御の困難性も伴う。よって、化学蒸着法における分解エネルギーとしては、やはり熱を主体としつつ反応ガスの適用が好ましいといえる。
【0014】
以上のような状況から、従来のルテニウム錯体による成膜においては、酸素等からなる反応ガスの適用が実質的に必須ともいえる状況であった。そのため、酸化の問題へ対応が困難であった。そして、この問題加えて、上記したルテニウム錯体は安定性が高いものが多く、低温成膜には不向きであるという課題もあった。
【0015】
本発明は、上記のような事情のもとになされたものであり、化学蒸着用原料としてルテニウム含有薄膜を製造するためのルテニウム錯体であって、酸素等の酸素原子を含む反応ガスを使用することなく、高品位のルテニウム含有薄膜を製造できるものを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題は、反応ガスとして、水素等の還元性ガスでも分解可能なルテニウム錯体を見出すことで解決可能といえる。この点、上記した従来のルテニウム錯体は、水素等に対する反応性が乏しく、水素雰囲気中での加熱では高品位の薄膜製造が困難であった。
【0017】
もっとも、水素等の還元性ガスで分解可能なルテニウム錯体が必要だとしても、安定性が過度に低い錯体も好ましいものではない。本発明の適用分野においては、ルテニウム錯体に適切な安定性が求められる。安定性を考慮しながら、特定の反応ガスに対して反応性を有するルテニウム錯体を特定することは、必ずしも容易なことではない。更に、本発明のルテニウム錯体には、分子構造中に酸素原子を含まないことや、適切な気化特性という条件も要求されている。
【0018】
本発明者等は、適切な安定性及び気化特性を有するルテニウム錯体であって、水素等の還元性ガスに対して反応性を有する錯体について、鋭意検討を行った。その結果、ベンゼン又はその誘導体と、トリメチレンメタン又はその誘導体の2つの配位子を有するルテニウム錯体を見出し、本発明に想到した。
【0019】
即ち、本発明は、化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、下記化3で示されるルテニウム錯体からなる化学蒸着用原料である。
【0020】
【0021】
ここで、ルテニウムに配位する配位子L1及び配位子L2は、下記化4で示される。
【0022】
【化4】
(配位子L
1、L
2の置換基であるR
1~R
12は、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1以上4以下の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基のいずれかである。)
【0023】
本発明に係る化学蒸着用原料を構成するルテニウム錯体は、その特徴として、配位子としてトリメチレンメタン又はトリメチレンメタン誘導体を適用する点にある。トリメチレンメタンは、炭素と水素からなり酸素原子を含まない炭化水素配位子であるので、構成元素の観点から好ましい配位子である。そして、金属(ルテニウム)に対して特有の配位構造をもって錯体を形成し、適度な結合力を有する。そのため、水素等の還元性ガスに対しても有効な反応性を有する。更に、トリメチレンメタンは、分子量が小さいことから、配位子とすることで気化しやすい金属錯体を得ることができる。
【0024】
以下、上記のような利点を有する本発明に係る化学蒸着用原料となるルテニウム錯体の各構成について、詳細に説明する。
【0025】
本発明で適用するルテニウム錯体では、配位子L1として、トリメチレンメタン又はトリメチレンメタン誘導体がルテニウムに配位する。この配位子L1の置換基R1~R6は、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1以上4以下の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基のいずれかである。置換基R1~R6の炭素数を上記のように制限するのは、ルテニウム錯体の蒸気圧を考慮したからである。炭素数が過度に多くなると、蒸気圧が低くなるおそれがある。
【0026】
また、配位子L1の置換基については、置換基R1~R6の全てを水素原子とする、又はR1をエチル基としR2~R6を水素原子とする、のいずれかが好ましい。錯体構造を安定にして熱安定性を好適にするためである。
【0027】
そして、本発明で適用するルテニウム錯体では、上述の配位子L1であるトリメチレンメタン類と共に、ベンゼン及びベンゼンの誘導体が配位子L2としてルテニウムに配位する。本発明において、配位子L2としてベンゼン類を適用するのは、ルテニウム錯体の安定性を適切にするためである。
【0028】
配位子L2の置換基R7~R12は、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1以上4以下の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基のいずれかである。置換基R7~R12の炭素数を上記のように制限するのは、配位子L1の場合と同様、錯体の蒸気圧を考慮したからである。
【0029】
置換基R7~R12は、R7~R12の全てを水素原子とする、R7をメチル基としR8~R12を水素原子とする、R7をエチル基としR8~R12を水素原子とする、又はR7をメチル基としR10を1-メチルエチル基(イソプロピル基)とすると共にR8、R9、R11、及びR12を水素原子とする、のいずれかが好ましい。錯体構造の熱安定性を好適にするためである。
【0030】
以上説明した、本発明に係るルテニウム錯体について、好適な錯体の具体例を下記の表に示す。
【0031】
【0032】
本発明に係る化学蒸着用原料を適用した、ルテニウム含有薄膜の化学蒸着法について説明する。本発明に係る化学蒸着法では、上記のとおり説明したルテニウム錯体からなる原料を、加熱することにより気化させて原料ガスを発生させ、この原料ガス中のルテニウム錯体を基板表面上で加熱し分解させてルテニウム薄膜を形成させるものである。
【0033】
化学蒸着法用の原料の形態に関し、本発明で適用されるルテニウム錯体は、常温で液体状態である。従って、本発明の化学蒸着法では、原料をそのまま加熱して気化させることができる。また、適宜の溶媒に溶解して溶液とし、それを加熱することで原料ガスを得ることもできる。原料の加熱温度としては、40℃以上100℃以下とするのが好ましい。
【0034】
気化した原料は、通常、キャリアガスと共に原料ガスとして基板上に輸送される。本発明のルテニウム錯体は、不活性ガス(アルゴン、窒素等)をキャリアガスとするのが好ましい。
【0035】
そして、本発明に係る化学蒸着用原料は、反応ガスを使用することが好ましい。ルテニウム錯体を効果的に分解させ、ルテニウム含有薄膜に炭素等の不純物を残留させないためである。本発明では、反応ガスをしては、水素、アンモニア、ヒドラジン、ギ酸、一酸化炭素等の還元性ガス種を適用できる。このように水素等の還元性ガスを反応ガスとして使用できることが、本発明の特徴である。本発明で、酸素やオゾン等の酸素原子を含むガス種を使用せずとも、ルテニウム含有薄膜の成膜が可能である。尚、反応ガスは、キャリアガスを兼ねることもできる。反応ガスは、気化したルテニウム錯体及び必要に応じてキャリアガスと混合されて、基板上に供給される。
【0036】
但し、本発明は、反応ガスとして酸素の適用を忌避するものではない。ルテニウム酸化物等のルテニウム化合物薄膜の成膜においては、酸素ガスを反応ガスとして適用できる。更に、本発明に係る化学蒸着用原料は、反応ガスを使用せず加熱のみでも、ルテニウム含有薄膜の成膜が可能である。
【0037】
本発明のルテニウム錯体からなる化学蒸着用原料では、比較的低温での成膜も可能となっている。成膜時の成膜温度は、反応ガス使用の有無によらず、150℃以上300℃以下とするのが好ましい。300℃未満では、成膜反応が進行し難く効率的な成膜ができなくなる。また、高温過ぎると不純物が混入し膜の純度が低下するおそれがある。尚、この成膜温度は、通常、基板の加熱温度により調節される。
【発明の効果】
【0038】
以上の通り、本発明に係る化学蒸着用原料を構成するルテニウム錯体は、ルテニウムに配位する配位子を好適に選定したことにより、化学蒸着用原料に求められる範囲内で好適な熱安定性を有する。この熱安定性について本発明のルテニウム錯体は、化学蒸着用原料として取り扱うのに適切な安定性を有する。また、配位子及びその置換基を調整したことにより蒸気圧も好適な高さである。
【0039】
そして、本発明に係る化学蒸着用原料は、反応性を適切に調整したことにより、水素等の還元性ガスを反応ガスとしてもルテニウム含有薄膜が製造できるようになっている。このとき、生成したルテニウム含有薄膜には炭素等の不純物の混入が抑制される。また、反応ガスとして酸素やオゾン等を使用することが必須でなくなるので、基板の酸化ダメージを懸念する必要もない。
【0040】
以上の効果により、本発明に係る化学蒸着用原料は、近年の高度に微細化された各種の半導体デバイスの電極形成に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図1】実施例1、2のルテニウム錯体の窒素雰囲気下でのTG-DTA測定の結果を示す図。
【
図2】実施例1、2のルテニウム錯体の水素雰囲気下でのTG-DTA測定の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0042】
以下、本発明における最良の実施形態について説明する。本実施形態では、トリメチレンメタン誘導体及びベンゼン類を配位子とする、2つのルテニウム錯体を合成し、その熱的特性を評価すると共にルテニウム薄膜の成膜試験を行った。
【0043】
[錯体の合成]
実施例1:(メチレン-1,3-プロパンジイル)[1-メチル-4-(1-メチルエチル)ベンゼン]ルテニウム の合成
実施例1のルテニウム錯体として、下記の構造式を有する(メチレン-1,3-プロパンジイル)[1-メチル-4-(1-メチルエチル)ベンゼン]ルテニウムを合成した。
【0044】
【0045】
溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)320mlを入れたフラスコに、ジ-μ-クロロジクロロビス[1-メチル-4-(1-メチルエチル)ベンゼン]ジルテニウム12.24g(20mmol)と、3-クロロ-2-(クロロメチル)-1-プロペン6.0g(60mmol)と、マグネシウム3.89g(160mmol)を加え、室温で3時間反応させた。反応後、溶媒を減圧留去し、ヘキサンを展開溶媒とするアルミナカラムで精製を行なった。更に、蒸留精製を行なうことで、目的物である(メチレン-1,3-プロパンジイル)[1-メチル-(1-メチルエチル)ベンゼン]ルテニウム4.0g(13.8mmol)を得た(収率35%)。このとき反応式は、下記のとおりである。
【0046】
【0047】
実施例2:ベンゼン(メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウムの合成
実施例2のルテニウム錯体として、下記の構造式を有するベンゼン(メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウムを合成した。
【0048】
【0049】
溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)50mlを入れたフラスコに、ビス(ベンゼン)ジ-μ-クロロジクロロジルテニウム0.45g(0.89mmol)と2-メチレン-1,3-ビス(トリメチルスタニル)プロパン0.8g(2.10mmol)を加え、室温で30時間反応させた。反応後、溶媒を減圧留去し、トルエンを展開溶媒とするアルミナカラムで精製を行なった。更に、ペンタンから再結晶を行なうことで、目的物であるベンゼン(メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム0.18g(0.77mmol)を得た(収率42%)。このとき反応式は、下記のとおりである。
【0050】
【0051】
比較例:ビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの合成
実施例1、2のルテニウム錯体に対する比較例として、上記化1の構造式を有するビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムを合成した。溶媒としてエタノール131.5mlを入れたフラスコに、亜鉛粉28.04g(0.43mol)とエチルシクロペンタジエン9.3g(0.10mol)と3塩化ルテニウム10.94g(0.04mol)を加え、-35℃で反応させた。そして反応液をヘキサンで抽出し、精製することで目的物であるビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウム11.74g(0.04mmol)を得た(収率94%)。このとき反応式は、下記のとおりである。
【0052】
【0053】
[示差熱走査熱量測定]
本実施形態で合成した実施例1、2のルテニウム錯体について、示差熱走査熱量測定(DSC)を行い、分解温度の推定を行った。分析は、示差熱走査熱量計(NETZSCH社製 DSC3500-ASC)を用いた。錯体試料(重量1mg)を密閉型アルミニウム製パンに充填し、窒素雰囲気下にて、昇温速度10℃/min、測定温度範囲-50℃~400℃でDSCを観察した。そして、発熱反応より分解温度を見積もった。DSCの結果から、実施例1のルテニウム錯体の分解温度は198℃と測定された。実施例2のルテニウム錯体の分解温度は228℃と測定された。実施例1のルテニウム錯体の方が熱安定性は低く、分解し易いことが分かった。
【0054】
尚、比較例のルテニウム錯体についてもDSC測定を行ったところ、比較例の錯体の分解温度は364℃であった。実施例1、2のルテニウム錯体は、比較例のルテニウム錯体に対して分解温度が大幅に低いことが確認された。
【0055】
[熱重量測定]
実施例1、2のルテニウム錯体について、窒素雰囲気及び水素雰囲気のそれぞれの雰囲気中で示差熱-熱重量測定(TG-DTA)を行い、より詳細な分解特性を検討した。この試験では、分析装置としてBRUKER社製TG-DTA2000SAを用い、ルテニウム錯体試料(サンプル重量5mg)をアルミニウム製セルに充填し、昇温速度:5℃/min、測定温度範囲:室温~400℃にて重量変化を観察した。
【0056】
実施例1、2のルテニウム錯体について、窒素雰囲気で測定したTG-DTAの結果を
図1に示す。この結果によると、実施例1の錯体は、188℃になるまで残渣を生じさせることなく気化する。この錯体は、188℃以上で熱分解することが分かる。一方、実施例2の錯体では、200℃となった時点で気化が終了する。この錯体は、200℃以上で熱分解するといえる。この熱質量測定から推定される熱分解の温度は、上記のDSCの結果に符合する。
【0057】
次に、各実施例のルテニウム錯体について、水素雰囲気で測定したTG-DTAの結果を
図2に示す。水素雰囲気下において、実施例1のルテニウム錯体は、148℃で残渣を生じさせつつ気化が終了する。実施例2のルテニウム錯体は、172℃で残渣を生じさせつつ気化を終了させる。いずれの錯体も、水素雰囲気とすることで、低温で気化し熱分解することが分かる。
【0058】
図1、2の結果から、実施例1、2の錯体の熱重量曲線においては、気化の過程で特異なピークもない。よって、いずれの錯体も適切な温度に加熱することでスムーズに気化することが確認できる。水素雰囲気でも、同様の傾向の気化特性が見られた。但し、実施例1と実施例2とを対比する場合、実施例1の方が気化特性は良好であると考えられる。実施例1の錯体の方が低温で重量減少が生じ、低温で気化が終了するからである。
【0059】
また、熱重量測定で観察される重量減は、気化に由来する重量減と分解に由来する重量減の双方が包含されている。そして、残渣は分解により生じる。よって、重量減が終了する温度が低温である錯体、及び残渣が多くなる錯体の方が分解しやすい錯体ということができる。この観点で
図2の水素雰囲気での測定結果をみると、実施例1の錯体は、実施例2の錯体に対して、低温(148℃)でより多くの残渣を生じさせている。よって、実施例1の錯体は、水素雰囲気でより分解しやすく、好適な錯体であるといえる。
【0060】
[成膜試験]
次に、実施例1、2及び比較例のルテニウム錯体を原料として、CVD装置(ホットウォール式CVD成膜装置)によりルテニウム薄膜を成膜した。成膜条件は下記のとおりであり、ルテニウム薄膜を成膜した後、膜厚と薄膜の比抵抗を測定した。膜厚測定は、日立ハイテクサイエンス社製、EA1200VXの観察結果を利用した。比抵抗測定の方法・条件は、三菱ケミカルアナリテック社製、MCP-T370を用いて、4針探針法で測定した。この成膜試験の結果を表2に示した。
【0061】
基板:Si
成膜温度:250℃
試料温度(気化温度):55℃
成膜圧力:5torr
反応ガス(キャリアガス):水素ガス
ガス流量:20sccm
成膜時間:30min
【0062】
【0063】
表2から、実施例1、2のルテニウム錯体を用いることで、水素ガスを反応ガスとしたルテニウム薄膜の成膜が可能であることが確認された。これに対して、比較例のルテニウム錯体では、水素ガスによるルテニウム薄膜の成膜ができず、比抵抗測定もできなかった。
【0064】
次に、実施例1のルテニウム錯体を適用し、成膜温度を150℃、200℃として成膜試験を行った。成膜条件は上記と同様とし、同様の方法でルテニウム薄膜の膜厚と比抵抗を測定した。この成膜試験の結果を表3に示した。表3には、実施例1の250℃での成膜結果(表2)も記載した。
【0065】
【0066】
表3から、実施例1のルテニウム錯体は、150℃~250℃の広範な温度範囲で水素ガスを反応ガスとしたルテニウム薄膜の原料化合物となることができることがわかる。特に、150℃での低温成膜にも対応可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明に係る化学蒸着用の原料は、構成するルテニウム錯体の熱安定性が適切な範囲にあり、水素ガスを反応ガスとしても良好な品質のルテニウム含有薄膜を製造可能とする。本発明は、DRAM、FERAM等の半導体デバイスの薄膜電極材料としての使用に好適である。