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特許7149137ユーグレナ及びワックスエステルの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-28
(45)【発行日】2022-10-06
(54)【発明の名称】ユーグレナ及びワックスエステルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/13 20060101AFI20220929BHJP
   C12P 7/64 20220101ALI20220929BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20220929BHJP
【FI】
C12N1/13 ZNA
C12P7/64
C12N15/09 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018164826
(22)【出願日】2018-09-03
(65)【公開番号】P2020036547
(43)【公開日】2020-03-12
【審査請求日】2021-08-23
(73)【特許権者】
【識別番号】506141225
【氏名又は名称】株式会社ユーグレナ
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100088580
【弁理士】
【氏名又は名称】秋山 敦
(74)【代理人】
【識別番号】100111109
【氏名又は名称】城田 百合子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健吾
(72)【発明者】
【氏名】中澤 昌美
【審査官】福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0195469(US,A1)
【文献】特開2017-148005(JP,A)
【文献】特開2013-153730(JP,A)
【文献】特開昭63-119409(JP,A)
【文献】中澤昌美,微細藻類ユーグレナにおけるバイオ燃料生産増強および制御に向けた研究, 科学研究費助成事業 研究成果報告 課題番号 26850223, 2017
【文献】Fatty acid synthesis in mitochondria of Euglena gracilis, Eur J Biochem, 1984, vol.142, no.1, p.121-126
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/UniProt/SwissProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)遺伝子の発現が抑制されているユーグレナであって、
下記(a)又は(b)の何れかのタンパク質をコードする遺伝子の発現が抑制されており、
前記ユーグレナは、ワックスエステルを含有し、
該ワックスエステルは、前記アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)1遺伝子の発現が抑制されていないユーグレナが生産するワックスエステルと比較して、炭素原子数29~32の鎖長のワックスエステル化合物が多く、炭素原子数22~27の鎖長のワックスエステル化合物が少ないことを特徴とするユーグレナ。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)前記(a)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつアシル-CoAに対する脱水素活性を有するタンパク質
【請求項2】
アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)2遺伝子の発現が抑制されているユーグレナであって、
下記(c)又は(d)の何れかのタンパク質をコードする遺伝子の発現が抑制されており、
前記ユーグレナは、ワックスエステルを含有し、
該ワックスエステルは、前記アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)2遺伝子の発現が抑制されていないユーグレナが生産するワックスエステルと比較して、炭素原子数29~32の鎖長のワックスエステル化合物が少なく、炭素原子数22~27の鎖長のワックスエステル化合物が多いことを特徴とするユーグレナ。
(c)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(d)前記(c)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつアシル-CoAに対する脱水素活性を有するタンパク質
【請求項3】
さらに、3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)1遺伝子の発現が抑制されているユーグレナであって、
下記(e)又は(f)の何れかのタンパク質をコードする遺伝子の発現が抑制されていることを特徴とする請求項2記載のユーグレナ。
(e)配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(f)前記(e)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)活性を有するタンパク質
【請求項4】
請求項1に記載のユーグレナを培養する培養工程と、
培養した前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する抽出工程と、を行うことを特徴とするワックスエステルの製造方法。
【請求項5】
請求項2に記載のユーグレナを培養する培養工程と、
培養した前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する抽出工程と、を行うことを特徴とするワックスエステルの製造方法。
【請求項6】
請求項3に記載のユーグレナを培養する培養工程と、
培養した前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する抽出工程と、を行うことを特徴とするワックスエステルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワックスエステルを含有するユーグレナ、ワックスエステルの製造方法及びワックスエステル組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
微細藻類の一種であるユーグレナ(Euglena)は、高濃度のCOが存在する環境でも光合成によって良好に生育する生物である。ユーグレナは好気状態において、光合成や培地成分から獲得した余剰の炭素を、貯蔵多糖パラミロンとして細胞内に蓄積する。パラミロンを蓄積したユーグレナ細胞を、低酸素状態もしくは嫌気状態にさらすと、ユーグレナは、細胞内に貯めたパラミロンを分解して、脂肪酸脂肪アルコールエステルであるワックスエステルを発酵生産する(図1)。
【0003】
ワックスエステルの利用法として、現在は主に燃料用途が想定されており、水素化や異性化の後ジェット燃料として使用することや、バイオディーゼル燃料に変換して使用することが期待されている。実用化に向けた研究開発が進められる中で、ワックスエステル生産能力の増強や、用途に合った性質を持つワックスエステルの生産が重要な課題となっている。
【0004】
図1の低酸素状態でのユーグレナワックスエステル生産経路において生産されるワックスエステルの構成脂肪酸・脂肪アルコールの主成分は、C14のミリスチン酸-ミリスチルアルコール(C14:0-C14:0)であり(非特許文献1)、C10-C16程度の構成成分が含まれている。また、炭素数が奇数のワックスエステルも多く存在する。
【0005】
ワックスエステルを構成する脂質の組成を、自在に変化させることができれば、従来想定されてきた燃料用途のみならず、化成品や化粧品等、新たな用途を創出できる可能性がある。しかし、ユーグレナがワックスエステルを作るメカニズムには未だ不明な点が多く、全体像は知られているものの、具体的に機能する酵素の分子情報はほとんど明らかになっていない。
【0006】
特許文献1及び非特許文献2には、脂肪酸を伸長する反応を触媒する3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)のうち、中・長鎖脂肪酸を伸長するKAT(EgKAT1、EgKAT2)の発現を抑制することで、細胞内のワックスエステル量をほとんど変化させずに、構成炭素長の短いワックスエステルを生産するユーグレナを作りだすことができたことが記載されている。ワックスエステルを構成する脂肪酸の主成分が、通常のユーグレナで炭素長14のミリスチン酸であるのに対して、EgKAT1の発現を抑制したユーグレナでは炭素長12のラウリン酸および13のトリデカン酸であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-148005号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Inui Het al., “Production and composition of wax esters byfermentation of Euglena gracilis”, Agric Biol Chem,vol.47, pp.2669-2671 (1983).
【文献】M. Nakazawa et al., “Alteration of WaxEster Content and Composition in Euglena graciliswith Gene Silencing of 3-ketoacyl-CoA ThiolaseIsozymes” Lipids, vol.50, no.5, pp.483-92 (2015).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の方法では、脂質の炭素数の偶数・奇数の制御や、脂質の短鎖化についての検討が行われてきたが、ワックスエステルの長鎖化は困難であった。燃料用途のみならず、化成品や化粧品等、新たな用途を創出のためにも、ユーグレナが生産するワックスエステルを構成する脂質の組成を効果的、且つ、自在に変化させることが望まれる。
【0010】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、鎖長が伸長又は短縮されたワックスエステルを含有するユーグレナ、ワックスエステルの製造方法及びワックスエステル組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題は、本発明のユーグレナによれば、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)遺伝子の発現が抑制されているユーグレナであって、下記(a)又は(b)の何れかのタンパク質をコードする遺伝子の発現が抑制されており、前記ユーグレナは、ワックスエステルを含有し、該ワックスエステルは、前記アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)1遺伝子の発現が抑制されていないユーグレナが生産するワックスエステルと比較して、炭素原子数29~32の鎖長のワックスエステル化合物が多く、炭素原子数22~27の鎖長のワックスエステル化合物が少ないこと、により解決される。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)前記(a)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつアシル-CoAに対する脱水素活性を有するタンパク質
このように、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)1遺伝子の発現が抑制されているため、ユーグレナのワックスエステルの合成において、より長鎖のワックスエステルを得ることが可能となる。
【0012】
前記課題は、本発明のユーグレナによれば、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)2遺伝子の発現が抑制されているユーグレナであって、下記(c)又は(d)の何れかのタンパク質をコードする遺伝子の発現が抑制されており、前記ユーグレナは、ワックスエステルを含有し、該ワックスエステルは、前記アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)2遺伝子の発現が抑制されていないユーグレナが生産するワックスエステルと比較して、炭素原子数29~32の鎖長のワックスエステル化合物が少なく、炭素原子数22~27の鎖長のワックスエステル化合物が多いこと、により解決される。
(c)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(d)前記(c)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつアシル-CoAに対する脱水素活性を有するタンパク質
このように、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)2遺伝子の発現が抑制されているため、ユーグレナのワックスエステルの合成において、より短鎖長のワックスエステルを得ることが可能となる。
【0013】
また、さらに、3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)1遺伝子の発現が抑制されているユーグレナであって、下記(e)又は(f)の何れかのタンパク質をコードする遺伝子の発現が抑制されていると好適である。
(e)配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(f)前記(e)のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)活性を有するタンパク質
このように、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)2遺伝子及び3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)1遺伝子の発現が抑制されているため、ユーグレナのワックスエステルの合成において、より短鎖長のワックスエステルを得ることが可能となる。
【0014】
た、前記ワックスエステルは、炭素原子数24~26のうちいずれかの鎖長のワックスエステル化合物を主成分とするとよい
【0015】
前記課題は、本発明のワックスエステルの製造方法によれば、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)遺伝子の発現が抑制されたユーグレナを培養する培養工程と、培養した記ユーグレナからワックスエステルを抽出する抽出工程と、を行うことにより解決される。
このように、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)遺伝子の発現を抑制して、ユーグレナが含有するワックスエステルの鎖長を伸長することで、燃料用途のみならず、化成品や化粧品等に利用できるワックスエステルを製造することが可能となる。
【0016】
前記課題は、本発明のワックスエステルの製造方法によれば、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)2遺伝子の発現が抑制されたユーグレナを培養する培養工程と、培養した前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する抽出工程と、を行うことにより解決される。
【0017】
前記課題は、本発明のワックスエステルの製造方法によれば、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)2遺伝子に加えて、さらに、3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)1遺伝子の発現が抑制されたユーグレナを培養する培養工程と、培養した前記ユーグレナからワックスエステルを抽出する抽出工程と、を行うことにより解決される。
【0018】
前記課題は、本発明のワックスエステル組成物によれば、ユーグレナ由来であって、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)1遺伝子(配列番号1)の発現が抑制されていないユーグレナが生産するワックスエステルと比較して、炭素原子数29~32の鎖長のワックスエステル化合物が多く、炭素原子数22~27の鎖長のワックスエステル化合物が少ないこと、により解決される。
前記課題は、本発明のワックスエステル組成物によれば、ユーグレナ由来であって、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)2遺伝子(配列番号3)の発現が抑制されていないユーグレナが生産するワックスエステルと比較して、炭素原子数29~32の鎖長のワックスエステル化合物が少なく、炭素原子数22~27の鎖長のワックスエステル化合物が多いこと、により解決される。
【0019】
前記課題は、本発明のユーグレナにおける炭素原子数29~32の長鎖ワックスエステル含有量を増加させる方法によれば、ユーグレナのアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(EgACD)発現量を抑制するEgACD発現量制御工程を行うこと、により解決される。
【0020】
前記課題は、本発明のユーグレナにおける炭素原子数22~27の短鎖ワックスエステル含有量を増加させる方法によれば、ユーグレナのアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(EgACD)発現量を抑制するEgACD発現量制御工程を行うこと、により解決される。
【0021】
前記課題は、本発明のユーグレナにおける炭素原子数29~32の長鎖ワックスエステルを増加させる方法によれば、ユーグレナにおける下記(a)又は(b)の何れかのアミノ酸配列からなるアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(EgACD)の発現量を抑制するEgACD発現量制御工程を行うこと、により解決される。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列;
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列であって、アシル-CoAに対する脱水素活性を有するアミノ酸配列
【0022】
前記課題は、本発明のユーグレナにおける炭素原子数22~27の短鎖ワックスエステルを増加させる方法によれば、ユーグレナにおける下記(c)又は(d)の何れかのアミノ酸配列からなるアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(EgACD)の発現量を抑制するEgACD発現量制御工程を行うこと、により解決される。
(c)配列番号4で表されるアミノ酸配列;
(d)配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列であって、アシル-CoAに対する脱水素活性を有するアミノ酸配列
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ユーグレナのアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)遺伝子の発現を抑制することで、ユーグレナが含有するワックスエステルの鎖長を伸長又は短縮することができるため、ワックスエステルの組成を効果的、且つ、自在に変化させることが可能となる。その結果、燃料用途のみならず、化成品や化粧品等に利用できるワックスエステルを製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】低酸素状態でのユーグレナワックスエステル生産経路を示す図である。
図2】従来考えられてきたユーグレナミトコンドリアにおける予想脂肪酸合成・分解経路を示す図である。
図3】半定量RT-PCRによるEgACD mRNA発現抑制効果の確認結果を示す図である。
図4】EgACD1ノックダウンによる炭素鎖長別ワックスエステル量の変動を示すグラフである。
図5】EgACD2ノックダウンによる炭素鎖長別ワックスエステル量の変動を示すグラフである。
図6】EgACD2-EgKAT1ノックダウンによる炭素鎖長別ワックスエステル量の変動を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、ユーグレナ(Euglena)、ワックスエステルの製造方法及びワックスエステル組成物に関する。以下、本発明に係るユーグレナ、ワックスエステルの製造方法及びワックスエステル組成物について、詳細に説明する。
文中で特に断らない限り、本明細書で用いるすべての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者に一般に理解される意味と同様の意味を有する。本明細書に記載されたものと同様又は同等の任意の方法及び材料は、本発明の実施又は試験において使用することができるが、好ましい方法及び材料を以下に記載する。
【0026】
本明細書において、ワックスエステルとは、脂肪酸と脂肪アルコールがエステル結合した化合物の総称をいう。
また、本明細書において、RNAi(RNA interference)とは、二本鎖RNAにより配列特異的に遺伝子発現が抑制される現象をいう。
【0027】
<ユーグレナ>
本実施形態において、「ユーグレナ」とは、分類学上、ユーグレナ属(Euglena)に分類される微生物、その変種、その変異種及びユーグレナ科(Euglenaceae)の近縁種を含む。
ここで、ユーグレナ属(Euglena)とは、真核生物のうち、エクスカバータ、ユーグレノゾア門、ユーグレナ藻綱、ユーグレナ目、ユーグレナ科に属する生物の一群である。
【0028】
ユーグレナ属に含まれる種として、具体的には、Euglena chadefaudii、Euglena deses、Euglena gracilis、Euglena granulata、Euglena mutabilis、Euglena proxima、Euglena spirogyra、Euglena viridisなどが挙げられる。
ユーグレナとして、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis),特に、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)Z株を用いることができるが、そのほか、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)Z株の変異株SM-ZK株(葉緑体欠損株)や変種のE. gracilis
var. bacillaris、これらの種の葉緑体の変異株等の遺伝子変異株、Astasia longa等のその他のユーグレナ類であってもよい。
【0029】
ユーグレナ属は、池や沼などの淡水中に広く分布しており、これらから分離して使用しても良く、また、既に単離されている任意のユーグレナ属を使用してもよい。
ユーグレナ属は、その全ての変異株を包含する。また、これらの変異株の中には、遺伝的方法、たとえば組換え、形質導入、形質転換等により得られたものも含有される。
【0030】
<ユーグレナの低酸素状態におけるワックスエステル生産経路>
ユーグレナは、図1に示すように、低酸素状態では蓄積したパラミロンを出発物質として、ワックスエステルを発酵生産する。微生物は嫌気状態に曝されると、解糖系から生じる還元力を消費するため発酵を行う。低酸素状態のユーグレナにおいては、ワックスエステル発酵が還元力を消費する役割を担っている。
【0031】
図1に示すように、低酸素状態に曝露されたユーグレナは、パラミロンを分解し、グルコース単位に分解する。その後、解糖を経て生産したピルビン酸はミトコンドリアでアセチルCoAに変換された後ATPを消費しない図2のde novo脂肪酸合成系を経て、アシルCoAを合成する。アシルCoAはミクロソームに輸送されワックスエステルへと合成されると考えられている。
【0032】
ワックスエステル発酵はユーグレナの持つ独特な代謝系の一つであり、脂肪酸β酸化の逆行反応によるアセチル-CoAからのde novo脂肪酸合成が含まれている(Inui
et al.,,FEBS LETERS , vol.150, no.1, pp.89-93 (1982))。この経路はATP消費を伴わない反応により構成されており、解糖より生じた還元力を消費することができる。これにより、ユーグレナは低酸素状態においても、ワックスエステル発酵によりATPを獲得しながら酸化還元バランスを維持し生存する。
【0033】
<ユーグレナのde novo脂肪酸伸長酵素>
ユーグレナのミトコンドリアには、低酸素下で機能する脂肪酸合成系が存在する。本合成系は3-ケトアシルCoAチオラーゼ(EgKAT)によるアセチルCoA2分子の縮合から開始するため、ATPの消費を伴わずにアシル鎖伸長反応を進行する。
【0034】
従来ユーグレナのワックスエステル発酵における予想ワックスエステル合成経路では、解糖系を通じてアセチル-CoAを合成し、アセチル-CoA(および、プロピオニル-CoA)をミトコンドリアの脂肪酸β酸化の逆行経路を経てアシル-CoAを合成すると考えられてきた。図2に示すように、この経路はエノイルCoAレダクターゼ(TER)、エノイルCoAヒドラターゼ、ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ、3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)という4つの酵素から成り立っている。
【0035】
β酸化とは、アシル-CoAを原料としてアセチル-CoAを遊離する代謝経路のことであり、β酸化反応は以下の4ステップの反応の繰り返しからなる(図2)。
【0036】
1ステップ目の反応ではアシル-CoA(Cn+2)からエノイル-CoA(Cn+2)が生成される。1ステップ目の反応では、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(acyl-CoA dehydrogenase、ACD)が関与する。
ACDは、FADを補因子として、アシル-CoAをエノイル-CoAに変換する反応を触媒する酵素である。ACDによる反応は一般的に不可逆であると考えられている。
【0037】
2ステップ目の反応では、1ステップ目の反応で生成したエノイル-CoA(Cn+2)から、3-ヒドロキシアシル-CoA(Cn+2)が生成される。この2ステップ目の反応では、エノイル-CoAヒドラターゼ(enoyl-CoA hydratase)が関与する。
エノイルCoAヒドラターゼは、エノイル-CoA(trans-2,3-デヒドロアシルCoA)にHOを付加し、3-ヒドロキシアシル-CoA(β-ヒドロキシアシル-CoA)に変換する反応を触媒する酵素である。
【0038】
3ステップ目の反応では、2ステップ目の反応で生成した3-ヒドロキシアシル-CoA(Cn+2)から、3-ケトアシル-CoA(Cn+2)が生成される。この3ステップ目の反応では、3-ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ(3-hydroxyacyl-CoA dehydrogenase)などが関与する。
3-ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼは、NADを補因子として、3-ヒドロキシアシル-CoAを酸化し、3-ケトアシル-CoA(β-ケトアシル-CoA)に変換する反応を触媒する酵素である。
【0039】
4ステップ目の反応では、3ステップ目の反応で生成した3-ケトアシル-CoA(Cn+2)から、炭素原子が2個分短くなったアシル-CoA(C)と、アセチル-CoA(C)が生成される。この4ステップ目の反応では、3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)が関与する。
3-ケトアシルCoA-チオラーゼ(KAT)は、CoAとともにチオール開裂を起こし、3-ケトアシル-CoAから炭素原子が2個分短くなったアシル-CoAと、アセチルCoAを産生する反応を触媒する酵素である。
【0040】
一般的に脂肪酸の分解過程であるβ酸化において、アシル-CoAからトランスエノイル-CoAへの脱水素反応はアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)による不可逆反応であり、生体内での脂質合成には寄与していないと考えられてきた。さらにユーグレナは、トランスエノイル-CoAからアシル-CoAへの変換を触媒する酵素としてトランスエノイル-CoAレダクターゼ(TER)を有しており、TERがワックスエステル合成において機能すると考えられてきた。
【0041】
本発明では、以下に詳述するように、遺伝子発現抑制の手法を用いて、各ACD遺伝子の発現抑制がワックスエステル合成に及ぼす影響を詳細に検討したところ、ACD1遺伝子及びACD2遺伝子の発現抑制が、予想外に、ワックスエステルの組成に大きく変化を及ぼすことを見出した。
【0042】
<EgACD遺伝子の発現が抑制されたEgACDノックダウンユーグレナ>
本発明のユーグレナは、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)遺伝子(EgACD遺伝子)の発現が抑制されたユーグレナである。
ここで、「EgACD遺伝子の発現が抑制された」とは、通常のユーグレナと比較してEgACD遺伝子の発現が抑制されている状態を意味する。より詳細には、ユーグレナにおいて、EgACD遺伝子の発現を抑制した場合であっても発現量が変化しない特定の遺伝子(例えば、ハウスキーピング遺伝子)を基準として、EgACD遺伝子の発現量が1/2以下、好ましくは1/3以下、1/4以下、より好ましくは、1/5以下、1/6以下、1/7以下、1/8以下、1/9以下、1/10以下、更により好ましくは、1/20以下、1/30以下、1/40以下、1/50以下、特に好ましくは、1/60以下、1/70以下、1/80以下、1/90以下、1/100以下となっている状態を意味する。
【0043】
(EgACD遺伝子)
本実施形態のEgACD遺伝子の例としては、配列番号1のヌクレオチド番号1から1860に示されるヌクレオチド配列であり、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)をコードするDNA(EgACD1遺伝子)、配列番号3のヌクレオチド番号1から1854に示されるヌクレオチド配列であり、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)をコードするDNA(EgACD2遺伝子)が挙げられる。
【0044】
本実施形態のEgACD遺伝子の別の例としては、配列番号1のヌクレオチド番号1から1860に示されるヌクレオチド配列、配列番号3のヌクレオチド番号1から1854に示されるヌクレオチド配列と、それぞれ、40%以上、より好ましくは50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、さらに好ましくは90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、特に好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上のヌクレオチド配列相同性、同一性又は類似性を有し、且つ、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)をコードするDNAが挙げられる。このようなDNAとしては、自然界で発見される変異型DNA、人為的に改変した変異型DNA、異種生物由来の相同DNA、同一DNA又は類似DNAなどが含まれる。
【0045】
本実施形態のEgACD遺伝子の別の例としては、配列番号1のヌクレオチド番号1から1860に示されるヌクレオチド配列、配列番号3のヌクレオチド番号1から1854に示されるヌクレオチド配列と、それぞれ、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つ、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)をコードするDNAが挙げられる。
また、配列番号1のヌクレオチド番号1から1860に示されるヌクレオチド配列、配列番号3のヌクレオチド番号1から1854に示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを含むポリヌクレオチドも、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)をコードする領域を含む限り、本実施形態のEgACD遺伝子に含まれるものである。
【0046】
(アシル-CoAデヒドロゲナーゼ)
本実施形態のアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(EgACD)としては、配列表の配列番号2又は4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。
配列番号2で表されるアミノ酸配列は、本明細書においてEgACD1と命名したものである。配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子を含むヌクレオチド配列は、配列番号1(EgACD1遺伝子)の通りである。
配列番号4で表されるアミノ酸配列は、本明細書においてEgACD2と命名したものである。配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子を含むヌクレオチド配列は、配列番号3(EgACD2遺伝子)の通りである。
【0047】
また、配列番号2又は4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質において、1個または数個の部位に、1個または数個のアミノ酸残基が、置換、欠失、挿入および/または付加したタンパク質も、アシル-CoAデヒドロゲナーゼとしての活性を有する限り、本実施形態のタンパク質に含まれる。数個とは60個を超えない個数を意味し、好適には30個、さらに好適には15個、さらに好適には10個を超えない個数(1個以上9個以下)をいう。
【0048】
タンパク質の別の例としては、配列番号2又は4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と40%以上、より好ましくは50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、さらに好ましくは90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、特に好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上のヌクレオチド配列相同性、同一性又は類似性を有するタンパク質も、アシル-CoAデヒドロゲナーゼとしての活性を有する限り、本実施形態のタンパク質に含まれる。
【0049】
(EgACD遺伝子の発現抑制とワックスエステルの炭素鎖長)
通常、ユーグレナは、ワックスエステルの構成脂肪酸・脂肪アルコールの主成分は、C14のミリスチン酸-ミリスチルアルコール(C14:0-C14:0)であり、炭素原子数28の鎖長のワックスエステル化合物が主成分である。
【0050】
(EgACD1遺伝子の発現抑制)
実施例にて示すように、EgACD1遺伝子(配列番号1)の発現を抑制すると、同一の培養条件で培養した場合、ユーグレナは、EgACD1遺伝子を抑制していないものと比較して炭素原子数29~32の鎖長のワックスエステル化合物が多く、炭素原子数22~27の鎖長のワックスエステル化合物が少ない組成のワックスエステルを含有するようになる。つまり、EgACD1遺伝子(配列番号1)の発現を抑制することで、ユーグレナが含有するワックスエステルを長鎖化することができる。
【0051】
(EgACD2遺伝子の発現抑制)
実施例にて示すように、EgACD2遺伝子(配列番号3)の発現を抑制すると、同一の培養条件で培養した場合、ユーグレナは、EgACD2遺伝子を抑制していないものと比較して炭素原子数22~27の鎖長のワックスエステル化合物が多く、炭素原子数29~32の鎖長のワックスエステル化合物が少ないワックスエステルを含有するようになる。つまり、EgACD2遺伝子(配列番号3)の発現を抑制することで、ユーグレナが含有するワックスエステルを短鎖化することができる。
【0052】
(EgACD2遺伝子及びEgKAT遺伝子の発現抑制)
ここで、ユーグレナにおいて、3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)1遺伝子(配列番号5)の発現を抑制することで、ユーグレナが含有するワックスエステルを短鎖化できることが報告されている(特許文献1及び非特許文献2)。なお、EgKAT1遺伝子(配列番号5)は、EgKAT1酵素(配列番号6)をコードする遺伝子である。
【0053】
EgACD2遺伝子(配列番号3)を、3-ケトアシルCoAチオラーゼ(KAT)1遺伝子(配列番号5)とともに発現を抑制すると、ユーグレナは、炭素原子数24~26のうちいずれかの鎖長のワックスエステル化合物を主成分とするワックスエステルを含有するようになる。つまり、EgACD2遺伝子(配列番号3)及びEgKAT1遺伝子(配列番号5)の発現を同時に抑制することで、ユーグレナが含有するワックスエステルをより一層短鎖化することができる。
【0054】
<ワックスエステルの製造方法>
本発明のワックスエステルの製造方法は、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)遺伝子の発現が抑制されたACDノックダウンユーグレナを培養する培養工程と、前記ACDノックダウンユーグレナからワックスエステルを抽出する抽出工程と、を行うことを特徴とするワックスエステルの製造方法である。
【0055】
(培養工程)
本発明のワックスエステルの製造方法では、まず、ACD遺伝子の発現が抑制されたACDノックダウンユーグレナを、該ユーグレナが増殖可能な増殖至適温度で培養する培養工程を行う。
ACDノックダウンユーグレナとしては、EgACD1遺伝子(配列番号1)の発現が抑制されたEgACD1ノックダウンユーグレナ、EgACD2遺伝子(配列番号3)の発現が抑制されたEgACD2ノックダウンユーグレナ、EgACD2遺伝子(配列番号3)及びEgKAT1遺伝子(配列番号5)の両方の発現が抑制されたEgACD2-EgKAT1ノックダウンユーグレナが例として挙げられる。
【0056】
培養工程では、ユーグレナの増殖至適温度である25~28℃の範囲内の温度で培養を行う。
培地中には、酸素を含む気体、例えば、空気の通気を行う。
また、培地中に酸素を含む気体の通気をしていたものを、停止させ、ユーグレナを沈降させることにより、培地を低酸素又は酸素欠乏状態とする。このとき、酸素を含まない気体(例えば、アルゴンガスや窒素ガス)の通気を行っても良い。
【0057】
(抽出工程)
その後、公知の方法により、ACDノックダウンユーグレナからワックスエステルを抽出し、回収する。
EgACD1ノックダウンユーグレナを用いた場合、抽出工程では、炭素原子数28~30のうちいずれかの鎖長のワックスエステル化合物を主成分とするワックスエステルを抽出すると好適である。
また、EgACD2ノックダウンユーグレナを用いた場合、抽出工程では、炭素原子数22~27のうちいずれかの鎖長のワックスエステル化合物を主成分とするワックスエステルを抽出すると好適である。
さらに、EgACD2-EgKAT1ノックダウンユーグレナを用いた場合、抽出工程では、炭素原子数24~26のうちいずれかの鎖長のワックスエステル化合物を主成分とするワックスエステルを抽出すると好適である。
【0058】
アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)遺伝子(EgACD1遺伝子又はEgACD2遺伝子)の発現を抑制することで、ユーグレナが含有するワックスエステルの鎖長を伸長したり、短縮したりすることで、バイオ燃料用途のみならず、化成品や化粧品等に利用できるワックスエステルを製造することが可能となる。
【0059】
(ワックスエステル組成物)
回収したワックスエステルは、バイオ燃料、化成品、化粧品等として用いることのできるワックスエステル組成物である。ワックスエステル組成物は、バイオ燃料組成物として用いる場合、単独でバイオ燃料として用いてもよいし、他の燃料に混合して用いてもよい。また、ワックスエステル組成物は、単独で化成品、化粧品等として用いてもよいし、他の成分と混合して用いてもよい。
【0060】
(長鎖ワックスエステル含有量を増加させる方法)
本発明の長鎖ワックスエステル含有量を増加させる方法は、ユーグレナのアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(EgACD)発現量を抑制するEgACD発現量制御工程を行うことを特徴とする方法である。
【0061】
具体的には、ユーグレナにおける下記(a)又は(b)の何れかのアミノ酸配列からなるアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(EgACD)の発現量を抑制するEgACD発現量制御工程を行うことを特徴とするユーグレナにおける炭素原子数29~32の長鎖ワックスエステルを増加させる方法である。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列(EgACD1);
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列であって、アシル-CoAに対する脱水素活性を有するアミノ酸配列
【0062】
(短鎖ワックスエステル含有量を増加させる方法)
本発明の短鎖ワックスエステル含有量を増加させる方法は、ユーグレナのアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(EgACD)発現量を抑制するEgACD発現量制御工程を行うことを特徴とする方法である。
【0063】
具体的には、ユーグレナにおける下記(c)又は(d)の何れかのアミノ酸配列からなるアシル-CoAデヒドロゲナーゼ(EgACD)の発現量を抑制するEgACD発現量制御工程を行うことを特徴とするユーグレナにおける炭素原子数22~27の短鎖ワックスエステルを増加させる方法である。
(c)配列番号4で表されるアミノ酸配列(EgACD2);
(d)配列番号4で表されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列であって、アシル-CoAに対する脱水素活性を有するアミノ酸配列
【実施例
【0064】
以下、具体的実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
各実験において、試薬は特に記載の無い限り、市販の特級試薬を用い、その他の材料及び装置は、文中に記載した。
【0065】
<実験1 EgACD遺伝子のノックダウンがワックスエステル発酵に及ぼす影響>
本実験では、EgACD1遺伝子又はEgACD2遺伝子のノックダウンを行い、ユーグレナのワックスエステル合成におよぼす影響について調べた。
【0066】
((実験1の方法))
(材料及び試薬)
本実験では、葉緑体を有するEuglena gracilis Z株(以下ユーグレナ野生株)をstreptomycin処理で人工的に葉緑体を永久欠損させた変異体Euglena gracilis SM-ZK株(以下ユーグレナ葉緑体欠損株)(Oda Y. et. al., (1982) : J Gen Microbiol, 128, 853-858.)を使用した。
【0067】
(ユーグレナの培養方法)
従属栄養培地として表1のKoren-Hutner培地(KH培地)を用いた。
【0068】
【表1】
【0069】
500ml容坂口フラスコに、pHを5.0に調整した150mlの表1のKH培地を分注し、121℃、15分のオートクレーブにより滅菌した。この培地に、4~5日間程度の培養で定常期に達したユーグレナ(15~20×10cells/ml)を1ml接種し、24時間の連続光照射条件下、27℃で振盪培養した。
【0070】
細胞数計測には、粒子計数分析装置(CDA-1000)を用いた。10倍ルゴール液を、ヨウ素1g,ヨウ化カリウム2gにHOを全量が300mlになるよう添加して調製した。
ユーグレナの培養液とルゴール液を1:1の割合で混合することで細胞を固定し、この細胞液を適宜希釈して使用した。
【0071】
(ユーグレナ低酸素曝露方法)
本実験で原料ユーグレナ細胞として用いたユーグレナ葉緑体欠損株は、静置すると培養容器の底へ沈む性質があった。静置して沈降した条件では、通気が悪く、さらに溶存酸素は自らの呼吸によって消費されることから、細胞は低酸素状態にあると考えられる。そこで、本実験では、低酸素状態とは、ユーグレナ細胞を静置した状態と規定した。
【0072】
好気状態で対数増殖期後期まで生育させたユーグレナ細胞1.5mlを1.5mlエッペンドルフチューブに移し、温度を27℃(通常時の培養温度)に設定したインキュベーター内で静置することにより低酸素処理を行った。
【0073】
(ワックスエステル抽出分析法)
1.5mlエッペンドルフチューブにユーグレナ培養液1.5mlを移し、24h静置して低酸素処理を行った。その後遠心分離(17400×g,1分,4℃)し上清を除去した後、蒸留水で洗浄し、完全に上清を除去した。ワックスエステル抽出及び定量は、Inuiらの方法(Inui, H et.al.,(1982))に従って行った。ガスクロマトグラフィーはGC-2014を用い、2.5% Thermon-3000カラムで、240℃の恒温分析により測定した。スタンダードには、既知濃度のC14:0-C14:0Alcを用いた。
【0074】
アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)は脂肪酸β酸化で機能する酵素であり、図2の1ステップ目の反応において、アシル-CoA(Cn+2)とFADの反応を触媒し、トランスエノイル-CoA(Cn+2)が生成される。
【0075】
本発明では、従来、ワックスエステル合成には寄与しないと考えられてきた、アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)に着目した。アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(ACD)は、広い生物種においてアシル-CoAからトランスエノイル-CoAへの不可逆反応を触媒することが知られている。さらに、各生物内に多種のアイソザイムが存在しており、基質特異性や局在の違いを通じて機能分担をしていると考えられているが、各酵素の詳細が明らかになっている例は少なく、また相同性のみでは機能を推定することが困難である。
【0076】
本発明者らは、調査を行ったところ、ユーグレナESTデータ上で7種のEgACDアイソザイム(EgACD1~7)の存在を見出し、さらに少なくともEgACD1とEgACD2がワックスエステル生産において機能することをRNAiによる遺伝子ノックダウン実験により見出した。
【0077】
((EgACD1遺伝子およびEgACD2遺伝子のノックダウン))
(半定量RT-PCR)
好気状態で3日間培養したユーグレナからtotal RNAを抽出し、逆転写によりcDNAを獲得した。半定量RT-PCRによって各遺伝子の発現量を調べた。
以下、半定量RT-PCRについて説明する。
-ユーグレナ細胞からのtotal RNAの抽出
RNAの抽出にはISOGEN II(NIPPON GENE)を用いた。試薬は、原則としてRNase freeのものを用い、水はDEPC処理したものを使用した。
500μlのユーグレナ培養液から遠心によりユーグレナ細胞ペレットを回収し、500μlのISOGEN IIを加えて完全に懸濁した。200μlのDEPC水を加え、15秒間激しく攪拌し、室温で15分静置した。遠心分離(17400×g、15℃、15分)を行った後、沈殿付近を取らないように上清画分から500μl回収した。これに2.5μlのp-ブロモアニソールを加え、15秒間激しく撹拌し、室温で5分静置した。遠心分離(17400×g、15℃、10分)を行った後、沈殿付近を取らないように上清画分から300μl回収した。回収した液量と同量のイソプロパノールを添加し、転倒混和後、室温で10分静置した。遠心分離(17400×g、15℃、10分)後、上清を捨て、沈殿に対して500μlの75%エタノールを加え、遠心分離した(7700×g,15℃,3分)。75%エタノールで再度沈殿を洗浄し、遠心分離した(7700×g,15℃,3分)。上清を完全に取り除き、12μlのDEPC水で溶解した。RNA濃度は分光光度計によって、A260値を測定することで求めた。
【0078】
-逆転写反応
total RNAを鋳型として、PrimeScriptR RT reagent Kit with gDNA Eraser(Perfect Real Time)により逆転写反応を行った。
表2の反応液(1)を42℃で2分インキュベートし、氷上で急冷した。
【0079】
【表2】
【0080】
反応液(1)に、表3の反応液(2)を加え混合後、37℃で15分、85℃で5秒インキュベートすることで、cDNAを得た。
【0081】
【表3】
【0082】
-半定量PCR
合成したcDNAを鋳型として、表4~表6の条件で半定量PCRを行った。半定量用PCRプライマーとして、表6に示すプライマー(上の行から順に配列番号7~10)を用いた。また、反応後の確認は1%ゲルを用いたアガロースゲル電気泳動により行った。
【0083】
【表4】
【0084】
【表5】
【0085】
【表6】
【0086】
また、ハウスキーピング遺伝子としてα-チューブリンを採用した。α-チューブリンcDNA断片の増幅には表7のプライマー(上の行から順に配列番号11,12)を用い、18サイクルの反応により行った。
【0087】
【表7】
【0088】
-二本鎖RNA(以下dsRNA)の作製
逆転写により獲得したcDNAを用い、両端にT7配列を付加したEgACD cDNA部分断片をPCRにより増幅、精製した。精製後のcDNA断片500ngもしくは1μgをT7転写反応に用いた。T7転写反応以降はMEGAscript(登録商標)RNAi Kit(Thermo社製)を用いて各EgKATに対応するdsRNAを作製した。
dsRNA用プライマー(上の行から順に配列番号13~16)を、表8に示す。
【0089】
【表8】
【0090】
-エレクトロポレーション法を用いたRNAi
PBS(+)で二度洗浄した10×10cells/mlのユーグレナ細胞400μl、15μg分の二本鎖RNAをキュベットに入れ、軽くピペッティングした。PBS(+)の組成は、表9の通りである。
【0091】
【表9】
【0092】
その後、装置にBTX-ECM630を用い、二本鎖RNA30μgについて、電圧0.5kV、抵抗50Ω、電気容量200μFの条件で、エレクトロポレーションを行った。この際、ネガティブコントロールにはdsRNAの代わりにTE buffer(10mM Tris-HCl,1mM EDTA(pH8.0))を15μl使用した。
【0093】
キュベットはGap長が2mmのものを用いた。パルス後の細胞を回収し、KH培地1mlが入った5mlプラスチックチューブに移した後、蓋をパラフィルムで固定し、ローテーターで旋回培養した。27℃で、3h旋回培養した後、KH培地3mlが入った試験管に400μl移すことで継代し、27℃で振盪培養した。
【0094】
((結果))
(RNAiによるEgACD mRNA発現抑制効果の確認)
((方法))の「二本鎖RNA(以下dsRNA)の作製」「エレクトロポレーション法を用いたRNAi」により、EgACD RNAiを行った細胞およびコントロール細胞を対数増殖期後期まで振盪培養した。((方法))の「ユーグレナ細胞からのtotal RNAの抽出」により、培養後の細胞からtotal RNAを抽出し、「逆転写反応」により逆転写を行った後、半定量RT-PCRによってEgACD mRNA発現量を調べた。
結果を、図3に示す。図3のように、EgACDノックダウン細胞が得られていた。
【0095】
(EgACD遺伝子のノックダウンがワックスエステル総量におよぼす影響)
EgACD1 RNAi又はEgACD2 RNAiを行った細胞およびコントロール細胞を好気状態で4日間生育させた細胞を27℃で低酸素処理し、24時間後の細胞内に存在するワックスエステルを上述の「ワックスエステル抽出分析法」に従い抽出し、分析した。
図4(EgACD1ノックダウン)及び図5(EgACD2ノックダウン)に炭素鎖長別のワックスエステル量を示す。
【0096】
(EgACD1ノックダウン)
図4に示すように、ワックスエステル組成ピークはコントロール細胞(対比例1:Control)及びEgACD1ノックダウン細胞(実施例1:ACD1 RNAi)の両方でC28であった。
EgACD1ノックダウン細胞(実施例1)において、C29~C32の割合が高くなり、C29~C32の絶対量もコントロール細胞(対比例1)と比べて高くなった。
また、EgACD1ノックダウン細胞(実施例1)において、C22~C27の割合が低くなり、C22~C27の絶対量もコントロール細胞(対比例1)と比べて低くなった。
【0097】
(EgACD2ノックダウン)
図5に示すように、EgACD2ノックダウン細胞(実施例2:ACD2 RNAi)でワックスエステル組成ピークはC27であった。
EgACD2ノックダウン細胞(実施例2)において、C22~C27の割合が高くなり、C22~C27の絶対量もコントロール細胞(対比例1)と比べて高くなった。
また、EgACD2ノックダウン細胞(実施例2)において、C28~C32の割合が低くなり、C28~C32の絶対量もコントロール細胞(対比例1)と比べて低くなった。
【0098】
(実験1まとめ)
ユーグレナのワックスエステル合成経路においてトランスエノイルCoAからアシルCoAへの変換はトランスエノイルCoAレダクターゼ(TER)により触媒されると考えられてきた。ユーグレナのACDに関し、ワックスエステル合成経路における寄与は全く不明であった。本発明者らは、ワックスエステル合成系でACDが機能する可能性を明らかにするために研究を進めた。さらにRNAiを用いたノックダウンによりワックスエステルの組成制御を行い、ユーグレナが生産するワックスエステルを改変することを目指した。
その結果、ユーグレナESTデータ上で見出した7種のACDアイソザイム(EgACD1~7)のうち、2種がワックスエステル合成系で機能していることを見出した。
【0099】
EgACD1の発現抑制は、ワックスエステルの長鎖化に寄与した。ワックスエステルの長鎖化は、従来の技術では達成されなかった結果である。
EgACD2の発現抑制はワックスエステルの短鎖化に寄与した。ワックスエステルの短鎖化は、従来の技術におけるEgKAT1およびEgKAT2の発現抑制と同様の傾向であった。
【0100】
このことから、EgACD1が短鎖アシルCoA合成に関与し、EgACD2が中鎖から長鎖のアシルCoA合成に関与することが分かった。
脂質代謝酵素の代謝制御によるワックスエステル組成の改変というアプローチから、実験1ではEgACD1の発現抑制がワックスエステルの高分子化(長鎖化)に有効であり、EgACD2の発現抑制がワックスエステルの低分子化(短鎖化)に有効であることを明らかとした。
【0101】
<実験2 EgACD2-EgKAT1ノックダウンの検討>
実験1にて、EgACD2遺伝子の発現を抑制すると、低分子化したワックスエステルが得られた。そこで、本実験では、EgACD2ノックダウンと、EgKAT1ノックダウン(特許文献1及び非特許文献2)の組み合わせがワックスエステル発酵に及ぼす影響を解析した。
【0102】
EgKAT1遺伝子のノックダウンは、特許文献1及び非特許文献2に記載の方法を採用し、実験1と同様の手順で、EgACD2遺伝子と同時にノックダウンを行った。
実験1と同様の手順で、培養を行った後に、ワックスエステルを抽出した。
図6にEgACD2-EgKAT1ノックダウンを行った場合の、炭素鎖長別のワックスエステル量を示す。
【0103】
図6に示すようにEgACD2-EgKAT1ノックダウン細胞(実施例3:ACD2 and KAT1 RNAi)でワックスエステル組成ピークはC26であり、主成分はC24~26であった。
EgACD2-EgKAT1ノックダウン細胞(実施例3)において、C21~C26の割合が高くなり、C21~C26の絶対量もコントロール細胞(対比例1)と比べて高くなった。
また、EgACD2-EgKAT1ノックダウン細胞(実施例3)において、C27~C32の割合が低くなり、C27~C32の絶対量もコントロール細胞(対比例1)と比べて低くなった。
【0104】
(実験2まとめ)
EgACD2とEgKAT1を同時に発現抑制すると、それぞれを単独で発現抑制した場合と比較して、さらにワックスエステルの短鎖化が顕著になった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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