(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-28
(45)【発行日】2022-10-06
(54)【発明の名称】高温強度と靭性に優れた熱間工具鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220929BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20220929BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20220929BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/58
C21D9/00 M
(21)【出願番号】P 2019206589
(22)【出願日】2019-11-14
【審査請求日】2021-02-16
【審判番号】
【審判請求日】2021-11-18
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】妙瀬田 真理
(72)【発明者】
【氏名】美谷 章生
【合議体】
【審判長】井上 猛
【審判官】境 周一
【審判官】佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-019397(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.20~0.60%、Si:0.1~0.3%、Mn:0.5~2.0%、Ni:0.5~2.5%、Cr:1.6~2.6%、Mo:0.3~2.0%、V:0.05~0.80%を有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼で、該鋼の使用前の10,000μm
2当りの円相当径1μm以上の大きさの炭化物の個数は150個以下であることを特徴とする高温強度および靭性に優れる熱間工具鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願は、熱間鍛造金型に使用される、高温強度と靭性に優れる熱間工具鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
熱間プレス鍛造や熱間押出し熱間ダイカスト用の金型には、JIS-SKD61が汎用的に用いられており、また、熱間ハンマー鍛造用の金型には、JIS-SKT4が汎用的に使用されている。
JIS-SKD61は強度と靭性の双方を比較的高位で兼備した金型用鋼であるが、使用中の割れによる早期破損が生じることが多く、靭性面では必ずしも十分ではない。また、JIS-SKD61の靭性は、熱疲労亀裂の伸展を抑制するためには、不足している。
JIS-SKT4は、ハンマー鍛造による大きな衝撃にも耐え得るように、靭性を重視している一方で、軟化抵抗性が低いために、耐摩耗性が不足する。また、再生加工を目的とした型彫り面の引下げを繰返して行うと、焼入れ性が低いために中心部では硬さ低下が生じてしまい、強度不足から割れやへたりなどが発生する。さらには、適用可能な硬さが低いために、耐摩耗性や強度が不足し、熱間プレス鍛造や熱間押出しの用途には向いていない(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
出願人は、これまでに、金型の寿命向上のために、優れた靭性および高温強度を有する熱間工具鋼の発明を提案している(例えば、特許文献2参照。)。しかし、この発明の提案では、使用前の炭化物の析出状態について考慮されておらず、軟化抵抗性、すなわち高温強度がなお不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-213255号公報
【文献】特開2011-195917号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
熱間工具鋼は、高温使用時にM2CやMCの二次炭化物が析出することで、軟化抵抗すなわち高温強度が得られる。しかし、熱間工具鋼は、使用前の段階で炭化物が多いと、使用中における二次炭化物の析出量が減少するので、高い高温強度が得られない問題がある。
【0006】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、電気炉または真空誘導溶解炉で溶製して製造の熱間工具鋼において、その溶製工程(前工程)で鋼中に残存している炭化物を、鋼の焼入れ工程において固溶させて、炭化物サイズを小さく制御することによって優れた靭性を有する鋼とし、さらに、炭化物の固溶により、熱間工具鋼として使用中に微細な炭化物を析出させるための有効炭素量を増加させ、微細な炭化物の析出により優れた高温強度を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明の課題を解決するための手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.20~0.60%、Si:0.1~0.3%、Mn:0.5~2.0%、Ni:0.5~2.5%、Cr:1.6~2.6%、Mo:0.3~2.0%、V:0.05~0.80%を有し、残部Feおよび不可避不純物からなることを特徴とする高温強度および靭性に優れる熱間工具鋼である。
【0008】
第2の手段では、質量%で、質量%で、C:0.20~0.60%、Si:0.1~0.3%、Mn:0.5~2.0%、Ni:0.5~2.5%、Cr:1.6~2.6%、Mo:0.3~2.0%、V:0.05~0.80%を有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼であって、該鋼の使用前の10,000μm2当りの円相当径1μm以上の大きさの炭化物の個数は150個以下であることを特徴とする高温強度および靭性に優れる熱間工具鋼である。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、上記の手段により得られた鋼の使用前の10,000μm2当りの円相当径1μm以上の大きさの炭化物の個数を150個以下とすることにより、シャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2以上であり、初期硬さの39~41HRCから600℃で100時間保持後の硬さの減少値が14HRC以下となるなど、靭性および高温強度に優れた熱間工具鋼が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
先ず、発明を実施するための形態の説明に先立って、本願発明による熱間工具鋼の化学成分の含有量の限定理由を各化学成分毎に説明し、さらに本願発明鋼における使用前における10,000μm2当りの円相当径1μm以上の大きさの炭化物の個数の限定理由について説明する。なお、含有量における%は、質量%であり、各化学成分の残部はFeおよび不可避不純物であり鋼を形成する。
【0011】
C:0.20~0.60%
Cは、本発明鋼の十分な焼入れ性を確保し、炭化物を形成させることで、高温強度、硬度、および耐摩耗性を得るために必要な元素である。Cが0.20%より少ないと十分な高温強度が得られない。一方、Cが0.60%より多いと凝固偏析を助長し、炭化物の晶出が生じやすくなり靭性を阻害する。また、生成した炭化物の凝集により、高温強度が望めず、靭性も低下する。そこで、Cは0.20~0.60%とする。より好ましくは、0.40~0.60%とする。
【0012】
Si:0.1~0.3%
Siは、製鋼時の脱酸効果を得るためおよび本発明鋼の焼入れ性確保の効果を得るために必要な元素である。Siが0.1%より少ないと上記の各効果を得ることが出来ない。一方、Siが0.3%より多いと靭性を低下させる。そこで、Siは0.1~0.3%とする。
【0013】
Mn:0.5~2.0%
Mnは、製鋼時の脱酸効果を得るためおよび本発明鋼の焼入れ性確保の効果を得るために必要な元素である。Mnが0.5%より少ないと上記の各効果を得ることが出来ない。一方、Mnが2.0%より多いと靭性を低下させる。そこで、Mnは0.5~2.0%とする。
【0014】
Ni:0.5~2.5%
Niは、靭性の向上のために必要な元素であり、0.5%より少ないと十分な靭性が得られない。一方、Niは、高価な元素であるので2.5%より多いとコストが上昇する。そこで、Niは0.5~2.5%とする。
【0015】
Cr:1.6~2.6%
Crは、焼入れ性を確保するために必要な元素であり、1.6%より少ないと十分な焼入れ性が得られない。一方、Crは2.6%より多いと焼入焼戻し時にCr系の炭化物が過多に形成され、高温強度、軟化抵抗性および靭性を低下させる。そこで、Crは1.6~2.6%とする。
【0016】
Mo:0.3~2.0%
Moは、焼入れ性、二次硬化および高温強度に寄与する析出炭化物を得るため、また、焼入れ時に未固溶となった微細な炭化物が結晶粒の粗大化を抑制するために必要な元素である。しかし、Moが、0.3%より少ないと、上記の効果が得られない。一方、Moは2.0%より過剰に添加しても、上記の効果は飽和するばかりか、炭化物が粗大に凝集することにより靭性を低下させ、また、コスト高となる。そこでMoは0.3~2.0%とする。
【0017】
V:0.05~0.80%
Vは、焼戻し時または熱間工具鋼として使用時に、微細で硬質な炭化物および炭窒化物を析出し、強度や耐摩耗性に寄与し、また、焼入れ時には、微細な炭化物および炭窒化物が結晶粒の粗大化を抑制し、靭性の低下を抑制するために必要な元素である。しかし、Vが0.05%よりも少ないと、上記の効果は得られない。一方、Vが0.80%より多いと、凝固時に粗大な晶出炭化物が生成され、靭性が阻害される。そこで、Vは0.05~0.80%とする。より好ましくは、0.05~0.20%とする。
【0018】
発明鋼の使用前の10,000μm2当りの円相当径1μm以上の大きさの炭化物の個数:150個以下
発明鋼の熱間鍛造や金型等の熱間での鋼として使用する前の本発明鋼を、「使用前」の状態と称する。さて、使用前の10,000μm2当りの円相当径1μm以上の大きさの炭化物の個数が150個より多すぎると、マトリックスに固溶している炭素の量が不足し、熱間工具鋼として使用中に微細な硬質の炭化物が析出することで、高温強度の向上に寄与する微細で硬質な炭化物の量が減少し、十分な高温強度が得られない。また、使用前の10,000μm2当りの円相当径1μm以上の大きさの炭化物の個数が150個より多すぎると、当該鋼に応力が集中して割れの起点や伝播経路として作用するために、鋼の靭性を阻害する。
そこで、第2の手段では、発明鋼の使用前の10,000μm2当りの円相当径1μm以上の大きさの炭化物の個数は150個以下とする。
【0019】
次いで、発明を実施するための形態について、以下に実施例を参照しつつ説明する。
【0020】
この発明を実施するための形態では、本発明鋼の高温使用時にM2CやMCの二次炭化物が析出することで、軟化抵抗すなわち高温強度が得られる。しかし、使用前の段階で、炭化物が多いと、使用中の二次炭化物の析出量が減少して高い高温強度が得られず、また、使用前に粗大な炭化物が多く存在すると、靭性が低くなるなどの問題がある。
【実施例1】
【0021】
以下、本発明の実施例について具体的に説明する。先ず、表1に示す発明鋼のNo.1~16、および比較鋼のNo.17~33の化学成分を有し、残部Feおよび不可避不純物からなる各発明鋼および各比較鋼のそれぞれを100kg真空誘導溶にて溶製し、各発明鋼および各比較鋼のそれぞれのインゴットに造塊した。
さらに、これらのインゴットを1220℃に加熱して角15mmの角材に鍛伸した。
【0022】
【0023】
これらの各発明鋼および各比較鋼の角材をそれぞれ840~1000℃に加熱し、オーステナイト組織を得るとともに、炭化物を固溶させるのに十分な時間、例えば、30分の熱処理を施して炭化物を固溶した後、油冷する焼入れを実施した。
さらに、これらを500~700℃に加熱後、空冷する焼戻しを実施した。
これらの実施により、各鋼材を39~41HRCに調質した。
調質した各発明鋼および各比較鋼の角材を、炭化物量の測定、靭性の評価、高温強度の評価を行うための、各試験用の供試材に機械加工した。
【0024】
次いで、これらの各試験用の供試材を用いて、炭化物量の測定、靭性の評価、高温強度の評価の各試験を以下のように実施した。
【0025】
炭化物量の評価は、上記の39~41HRCの調質材からなる各No.の発明鋼および各No.の比較鋼の供試材の中心をバフ研磨にて鏡面研磨した後、炭化物が多く観察される箇所を30視野選択し、電子顕微鏡にて10,000倍で観察される円相当径1μm以上の炭化物個数を、画像解析により計測した。
この結果、10,000μm2当たりの円相当径1μm以上の炭化物個数が150個以下のものを、表1の炭化物個数の欄に○と表示し、10,000μm2当たりの円相当径1μm以上の炭化物個数が150個より多いものを、表1の炭化物個数の欄に×と表示して、炭化物量の評価とした。
【0026】
靭性の評価は、上記の焼入焼戻し材からなる各No.の発明鋼および各No.の比較鋼の供試材から、JIS規格の3号角10mm、長さ55mmからなるUノッチ試験片を形成し、これらの各Uノッチ試験片に対し、硬さが39~41HRCになるように焼入焼戻して、常温でシャルピー衝撃試験を行うことで靭性を評価した。すなわち、衝撃値が85J/cm2以上となったものを、表1の靭性の欄に○とし、衝撃値が85J/cm2未満のものを×として、それぞれ評価した。
【0027】
高温強度の評価は、上記の焼入焼戻し材からなる各No.の発明鋼および各No.の比較鋼の供試材を、600℃で100時間保持後空冷し、室温におけるHRC硬さを各No.の発明鋼および各No.の比較鋼ごとに測定し、それらの初期硬さの39~41HRCからの減少値をもって高温強度の評価とした。減少値が14HRC以下となったものを表1の高温強度の欄に○と表示し、減少値が14HRCより超えたものを表1の高温強度の欄に×と表示した。
【0028】
発明鋼のNo.1~16の各No.のものは、炭化物個数、靭性、高温強度の各欄の評価が全て○であった。
【0029】
これに対して比較鋼のNo.17~33の各No.のものは、炭化物個数、靭性、高温強度の各欄の評価が全て○のものはなかった。
【0030】
すなわち、比較鋼のNo.17は、C量が0.71%と本願発明の上限値の0.60%より多く、10,000μm2当りの円相当径1μm以上の炭化物個数が多いので炭化物数が×であり、またNi量が0.4%と本願発明の下限の0.5%より少ないため、靭性は常温でのシャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2低く×であり、かつ高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多いので×である。
【0031】
比較鋼のNo.18、23、25、27は、10,000μm2当りの円相当径1μm以上の炭化物個数が150個より多く×であり、高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多いので×である。
【0032】
比較鋼のNo.19は、Cr量が1.5%と本願発明の下限値の1.6%より少なく、焼入れ性が不十分で、10,000μm2当りの円相当径1μm以上の炭化物個数が多いので炭化物数の欄が×であり、靭性は常温でのシャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2より低いので×である。
【0033】
比較鋼のNo.20は、Mo量が0.2%と本願発明の下限値の0.3%より少ないので焼入れ性が不十分で、高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多く×である。
【0034】
比較鋼のNo.21は、10,000μm2当りの円相当径1μm以上の炭化物個数が多いので炭化物数が×であり、靭性は常温でのシャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2より低いので×である。
【0035】
比較鋼のNo.22は、Ni量が0.4%と本願発明の下限値の0.5%より少なく、靭性は常温でのシャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2より低く×であり、かつV量が0.03%と本願発明の下限値の0.05%より少ないので、高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多く×である。
【0036】
比較鋼のNo.24は、C量が0.66%と本願発明の上限値の0.60%より多いので、10,000μm2当りの円相当径1μm以上の炭化物個数が多いので炭化物数が×であり、靭性は常温でのシャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2より低く×であり、かつ高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多いので×である。
【0037】
比較鋼のNo.26は、Cr量が2.8%と本願発明の上限値の2.6%より多く、10,000μm2当りの円相当径1μm以上の炭化物個数が多いので炭化物数が×であり、さらに、焼入焼戻し時にCr系の炭化物が過多に形成され、靭性が常温でのシャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2より低く×となり、高温強度・軟化抵抗性を低下させ、かつ高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多いので×である。
【0038】
比較鋼のNo.28は、10,000μm2当りの円相当径1μm以上の炭化物個数が多いので炭化物数が×であり、靭性は常温でのシャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2より低く×であり、かつ高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多いので×である。
【0039】
比較鋼のNo.29は、V量が0.03%と本願発明の下限値の0.05%より少ないので、高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多く×である。
【0040】
比較鋼のNo.30は、10,000μm2当りの円相当径1μm以上の炭化物個数が多いので炭化物数が×であり、高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多いので×である。
【0041】
比較鋼のNo.31は、Mo量が2.1%と本願発明の下限値の2.0%より多く、10,000μm2当りの円相当径1μm2以上の炭化物個数が多いので炭化物数が×であり、靭性はMoが多いので炭化物が粗大凝集することにより靭性を低下させ、常温でのシャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2より低く×であり、かつ高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多いので×である。
【0042】
比較鋼のNo.32は、C量が本願発明の下限値の0.2%より少なく、高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多いので×である。
【0043】
比較鋼のNo.33は、10,000μm2当りの円相当径1μm以上の炭化物個数が多いので炭化物数が×であり、高温強度は初期硬さからの減少量が14HRCより多いので×である。