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特許7149474潜熱蓄熱体マイクロカプセルおよび潜熱蓄熱体マイクロカプセルの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-29
(45)【発行日】2022-10-07
(54)【発明の名称】潜熱蓄熱体マイクロカプセルおよび潜熱蓄熱体マイクロカプセルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 5/06 20060101AFI20220930BHJP
   C09K 5/14 20060101ALI20220930BHJP
   F28D 20/02 20060101ALI20220930BHJP
   C23C 22/66 20060101ALI20220930BHJP
【FI】
C09K5/06 Z
C09K5/14 E
F28D20/02 D
C23C22/66
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2018518338
(86)(22)【出願日】2017-05-17
(86)【国際出願番号】 JP2017018587
(87)【国際公開番号】W WO2017200021
(87)【国際公開日】2017-11-23
【審査請求日】2020-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2016098815
(32)【優先日】2016-05-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100106840
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 耕司
(74)【代理人】
【識別番号】100117444
【弁理士】
【氏名又は名称】片山 健一
(72)【発明者】
【氏名】能村 貴宏
(72)【発明者】
【氏名】秋山 友宏
(72)【発明者】
【氏名】盛 楠
(72)【発明者】
【氏名】半崎 大揮
【審査官】林 建二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/162929(WO,A1)
【文献】特開2001-254177(JP,A)
【文献】特開昭64-047880(JP,A)
【文献】特開2001-295076(JP,A)
【文献】特開2001-294492(JP,A)
【文献】特開2000-038602(JP,A)
【文献】特開2004-149847(JP,A)
【文献】国際公開第2015/031788(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0141783(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第102251234(CN,A)
【文献】Nomura,T et al.,Microencapsulation of Metal-based Phase Change Material for High-temperature Thermal Energy Storage,SCIENTIFIC REPORTS,5:9117,2015年,p.1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 5/00-5/20
C23C 18/00-20/08
F28D 17/00-21/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al-Si合金から成るコア粒子の表面が酸化被膜で被覆されている潜熱蓄熱体マイクロカプセルであって、
前記酸化被膜は、前記コア粒子の表面を直接被覆する第1の酸化被膜と、該第1の酸化被膜を被覆する第2の酸化被膜と、該第2の酸化被膜を被覆する第3の酸化被膜から成る3層の酸化被膜であり、
前記第1の酸化被膜は、α-Al23の非多孔質の緻密な酸化被膜であり、
前記第2の酸化被膜は、主としてα-Al23からなる多孔質の酸化被膜であり、
前記第3の酸化被膜は、前記第2の酸化被膜とは構造が異なる多孔質の酸化被膜であって、Al(OH)3由来のα-Al23とθ-Al23が混在する多孔質の酸化被膜であり、κ-Al23を含有せず、略直方体状の結晶となっている、
ことを特徴とする潜熱蓄熱体マイクロカプセル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は蓄熱技術に関し、より詳細には、比較的高温でも利用可能で、蓄熱密度と熱伝導性に優れた、マイクロサイズの潜熱蓄熱体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱を貯蔵する方法として、温度変化を利用する顕熱蓄熱(例えば、特許文献1:特開平6-50681号公報)と、物質の相変化を利用する潜熱蓄熱(例えば、特許文献2:特開平10-238979号公報)が知られている。
【0003】
このうち、顕熱蓄熱技術は、高温での蓄熱が可能である反面、物質の温度変化による顕熱のみを利用するものであるため、蓄熱密度が低いという問題があった。斯かる問題を解決する方法として提案されたのが、溶融塩等の潜熱を利用して蓄熱する潜熱蓄熱技術である。
【0004】
潜熱蓄熱技術では、相変化物質(PCM: Phase Change Material)の固液相変化潜熱を利用する。このため、顕熱蓄熱技術に比べて高密度の蓄熱が可能であることに加え、温度が一定のままで反応熱由来の排熱を回収・輸送・供給が可能であることから、太陽熱利用や排熱利用の技術分野で注目されている。
【0005】
PCMは蓄熱時に溶融状態となる。そのため、溶融状態のPCMの漏出を防止するためのカプセル化が必要となり、これまでに様々なカプセル化法が提案されている。例えば、特許文献3(特開平11-23172号公報)には、一層、二層または三層の金属被膜を潜熱蓄熱材の表面に被成したことを特徴とする潜熱蓄熱カプセルや、潜熱蓄熱材に電解めっき法によって金属被膜を被覆することを特徴とする潜熱蓄熱カプセルの製造方法等の発明が開示されている。
【0006】
しかし、特許文献3に開示の潜熱蓄熱体カプセルは、マイクロ化は可能であるものの、電解めっき法によって金属製被膜を形成するものであるために耐熱性が低い。そのため、高温状態での使用に際し金属製被膜に破れが生じ、溶融状態のPCMが漏出してしまうという問題がある。
【0007】
また、伝熱性能の観点および熱輸送用途における操作性の観点からは、PCMをマイクロサイズでカプセル化することが有利である。そのため、特許文献4(特開2012-140600号公報)では、150℃以下に融点をもつPCMをマイクロカプセル化する技術が提案されており、塩水和物及び糖アルコールから選択された少なくとも1種の水溶性潜熱蓄熱材と、水溶性単官能単量体及び水溶性多官能単量体の水溶性単量体混合物より得られた重合体とを含むコアが、疎水性樹脂から形成されているシェルで被覆されている蓄熱体マイクロカプセルの発明が開示されている。
【0008】
しかし、特許文献4に開示の蓄熱体マイクロカプセルでは、潜熱蓄熱材は水溶性のものに限られ、高温で且つ腐食等を生じ易い過酷な環境下において使用することが極めて困難であるという問題がある。
【0009】
特許文献5(特開2012-111825号公報)には、150℃以上の温度で使用可能な高温用PCMのカプセル化の技術が提案されており、蓄熱性を有する物質からなる内部蓄熱体と、この内部蓄熱体を内包し相対密度が75%以上のセラミックスからなる外殻とを備えた蓄熱体の発明が開示されている。この発明では、PCMとして、150℃以上の融点をもつ硝酸塩、塩化物塩、炭酸塩、フッ化塩、及び金属が提案され、これらのPCMとの高温での耐腐食性の観点から、Al、AlN、SiC、Si等のセラミックスをカプセル材質として用いている。
【0010】
しかし、特許文献5に開示の蓄熱体カプセルは、耐熱性や耐腐食性の観点では好ましい特性を示すものの、蓄熱体の外殻と、外殻の内部形状に対応した内部蓄熱体を別々に作製した上で、2つに分割した外殻の内部に内部蓄熱体を配置し、外殻の接合面を接合して製造されるものであるため、成型や加工が極めて困難な上に、そのサイズは自ずと大きなものとならざるを得ず、マイクロカプセル化は事実上、不可能である。
【0011】
このような問題に鑑み、本発明者らは、Al基合金PCM粒子をコア粒子として使用し、これに化成皮膜処理及び酸化被膜処理を施すことにより、Al基合金PCM粒子のコア表面をセラミック被膜(シェル)が覆う態様のPCMマイクロカプセルを提案した(特許文献6:国際出願番号PCT/JP2015/002204の明細書)。
【0012】
このPCMマイクロカプセルの製造工程では、合金組成にAlを含む合金粒子に比較的低温度(80~374℃)で化成被膜処理(ベーマイト処理など)を行い、上記合金粒子の表面にAl・HO被膜を形成する。このAl・HO被膜は、約500℃以上の熱処理を加えると水和水が脱離し、緻密なAl被膜となる。
【0013】
続いて、空気中ないし高濃度酸素雰囲気中で、化成被膜処理後の試料をPCMの融点以上に昇温してPCMを融解させると、PCMは固液相変化によって体積膨張してAl被膜に亀裂が発生し、その結果、被膜内部の溶融したPCMが酸化雰囲気に晒される。この時、溶融PCM中のAl成分が酸素と反応し、亀裂はその酸化被膜によって補修され、Al被膜をシェルとしたカプセル化が達成される。
【0014】
このようにして得られたPCMマイクロカプセルは、被膜がセラミックスであるために耐熱性・耐摩耗性・耐腐食性に優れる。また、PCMの組成の一部をカプセルの基材として使うため、マイクロサイズの合金粒子に上記処理を施すだけで容易に製造できる。さらに、化成被膜処理における溶媒の種類、処理温度や時間、及び酸化被膜処理の条件(雰囲気ガス、温度、時間など)を調整することで、カプセル膜厚を自在に制御可能であり、雰囲気ガスの変更により、被膜の耐熱性・耐摩耗性・耐腐食性を自在に制御することも可能である。
【0015】
そして、Al基合金の融点はその組成により概ね300~1200℃の範囲にあるから、合金の組成を適宜選択することで、様々な熱源に対応可能なPCMマイクロカプセルの製造が可能となり、上述したような従来技術の抱えていた問題が解決される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】特開平6-50681号公報
【文献】特開平10-238979号公報
【文献】特開平11-23172号公報
【文献】特開2012-140600号公報
【文献】特開2012-111825号公報
【文献】国際出願番号PCT/JP2015/002204の明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかし、特許文献6に開示のPCMマイクロカプセルの製造法では、カプセルの繰り返し強度を担保するために求められるシェルの厚膜化が難しく、1~2μm程度の膜厚とするのが限界である。また、PCM中のAlをシェルの構成元素として消費するため、カプセル化後のPCMのAl組成が変化(低下)し、その結果、潜熱量が低下したり融点制御が難しく作動温度の調整が困難であるなどの問題がある。
【0018】
本発明は、このような特許文献6に開示のPCMマイクロカプセルが抱える問題点に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、シェルの厚膜化を可能としてカプセルの繰り返し強度を担保し、製造プロセス中でもPCMの組成変化を生じさせないことにより、蓄熱サイクルの過程でも安定で、比較的高温でも利用可能な、蓄熱密度と熱伝導性に優れた潜熱蓄熱体マイクロカプセルを提供することにある。
【課題を解決しようとする手段】
【0019】
上記課題を解決するために、本発明に係る潜熱蓄熱体マイクロカプセルの製造方法の第1の態様は、コア粒子の表面を化成被膜処理して一次被膜を形成する第1のステップと、該第1のステップ終了後の前記コア粒子をAlイオンを含む溶液中で処理するステップであって、該溶液をAlイオンが過飽和となる温度にまで冷却して前記一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成する第2のステップと、前記二次被膜を酸化雰囲気中で熱処理して前記コア粒子の表面にAl酸化被膜を形成する第3のステップを備える。
【0020】
本発明に係る潜熱蓄熱体マイクロカプセルの製造方法の第2の態様は、コア粒子の表面を、Alイオンを含む溶液中で化成被膜処理して一次被膜を形成する第1のステップと、前記溶液をAlイオンが過飽和となる温度にまで冷却して前記一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成する第2のステップと、前記二次被膜を酸化雰囲気中で熱処理して前記コア粒子の表面にAl酸化被膜を形成する第3のステップを備える。
【0021】
好ましい態様では、前記Alイオンを含む溶液はAl(OH)を含む溶液であり、前記アルミニウム水酸化物はAl(OH)を含む。
【0022】
例えば、前記第3のステップの熱処理において、少なくとも下記の式に従う反応を伴うことにより、前記二次被膜をAl被膜とする。
Al(OH)→0.5Al+1.5HO↑
【0023】
好ましくは、前記第3のステップの熱処理を、前記コア粒子の融点以上の温度で実行する。
【0024】
また、好ましくは、前記第3のステップの熱処理を、前記Al被膜がα-Al被膜となる温度で実行する。
【0025】
また、好ましくは、前記Alイオンを含む溶液のpH値を6.0以上で9.0未満の範囲に設定する。
【0026】
また、好ましくは、前記Alイオンを含む溶液に、例えばドデシル硫酸ナトリウム(NaDS:sodium dodecyl sulfate)などの核発生促進剤を含有させておく。
【0027】
例えば、前記コア粒子は、例えばAl-Si合金などのAl合金である。
【0028】
例えば、前記化成被膜処理は、ゾル・ゲル法、陽極酸化処理、アルカリ-クロム塩酸法、ベーマイト法、クロム塩酸法、リン酸-クロム塩酸法、リン酸亜鉛法、ノンクロメート化成被膜処理法の何れかである。
【0029】
ある態様では、前記Al酸化被膜の表面に化学的若しくは物理的処理を行い、機械的強度の強化のための金属被膜もしくはセラミックス被膜を形成するステップをさらに備えている。
【0030】
また、ある態様では、前記Al酸化被膜の表面に触媒材料を担持または析出させるステップをさらに備えている。
【0031】
さらに、ある態様では、前記金属被膜もしくはセラミックス被膜の表面に触媒材料を担持または析出させるステップをさらに備えている。
【0032】
本発明に係る熱交換材料の製造方法は、上述の方法で得られた潜熱蓄熱体マイクロカプセルを、耐熱性母材中に分散して担持させる工程を備えている。
【0033】
本発明に係る潜熱蓄熱体マイクロカプセルは、潜熱蓄熱材料から成るコア粒子の表面が酸化被膜で被覆されている潜熱蓄熱体マイクロカプセルであって、前記酸化被膜は、前記コア粒子の表面を直接被覆する第1の酸化被膜と、該第1の酸化被膜を被覆する第2の酸化被膜と、該第2の酸化被膜を被覆する第3の酸化被膜から成る3層の酸化被膜であり、前記第1の酸化被膜は、前記コア粒子の組成元素の酸化物からなる緻密な酸化被膜であり、前記第2の酸化被膜は、前記コア粒子の組成元素の酸化物からなる多孔質の酸化被膜であり、前記第3の酸化被膜は、前記第2の酸化被膜とは構造が異なる、前記コア粒子の組成元素の酸化物からなる多孔質の酸化被膜である、ことを特徴とする。
【0034】
好ましくは、前記コア粒子はAl合金である。
【0035】
また、好ましくは、前記Al合金はAl-Si合金である。
【0036】
例えば、前記第1の酸化被膜がα-Alの緻密な膜である。
【0037】
また、例えば、前記第2の酸化被膜が主としてα-Alから成る多孔質の膜である。
【0038】
さらに、例えば、前記第3の酸化被膜がα-Alとθ-Alが混在する多孔質の膜である。
【発明の効果】
【0039】
本発明においては、コア粒子の表面を、Alイオンを含む溶液中でベーマイト処理して一次被膜を形成した後に、溶液をAlイオンが過飽和となる温度にまで冷却して一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成し、この二次被膜を酸化雰囲気中で熱処理してコア粒子の表面にAl酸化被膜を形成する。
【0040】
このため、二次被膜を形成した分だけシェルの厚膜化が図られ、カプセルの繰り返し強度が担保される。また、一次被膜および二次被膜の形成は、主として溶液中のAlイオンがAl源となって進行するため、製造プロセス中におけるPCMの組成変化が顕著に抑制される。その結果、蓄熱サイクルの過程でも安定で、比較的高温でも利用可能な、蓄熱密度と熱伝導性に優れた潜熱蓄熱体マイクロカプセルが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0041】
図1】本発明に係る潜熱蓄熱体マイクロカプセルの構造を概念的に説明するための断面図である。
図2】本発明の潜熱蓄熱体マイクロカプセルの製造プロセスの例を説明するための図である。
図3】実施例における、二次被膜形成後の粒子のSEM像である。
図4図3に(A)~(E)で示した各試料からのX線回折チャートである。
図5】熱処理後のコア粒子の表面状態のSEM像である。
図6図5に(A)~(E)で示した各試料からのX線回折チャートである。
図7図5に(A)~(E)で示した各試料につき、500~650℃の温度範囲での昇温冷却サイクル(速度:50K/min)を100サイクル実施した後の酸化被膜の様子を示すSEM像である。
図8図7(C)で示した各試料につき、500~650℃の温度範囲での昇温冷却サイクル(速度:50K/min)を1000サイクル実施した後の酸化被膜の様子を示すSEM像である。
図9】ベーマイト処理に用いる溶液中のAl(OH)の含有量を変えて二次被膜を形成した粒子それぞれのSEM像である。
図10】ベーマイト処理に用いる溶液300ml中に添加したドデシル硫酸ナトリウムを、0mMol(添加無し)、1.0mMol、1.8mMとした場合の、二次被膜形成後の粒子のSEM像である。
図11】本発明の方法で作製した潜熱蓄熱体マイクロカプセルの表層(Al酸化被膜部分)をTEM観察した結果を示す図である。
図12】潜熱蓄熱体マイクロカプセルの断面における、Alの結晶方位を、EBSD法により解析した結果を示す図である。
図13】二次被膜形成後の粒子を酸素雰囲気中で熱処理(酸化熱処理)した際の、熱分解を含めた熱反応過程を知るための、熱重量分析(TG)結果である。
図14】本発明の方法で作製した潜熱蓄熱体マイクロカプセルを、溶融(650℃)-固化(500℃)の温度範囲のサイクルを加熱/冷却速度50K/分で、100回~1000回繰り返した後の粒子の概観を示すSEM像である。
図15】溶融-固化のサイクルを3000回まで実施した後の粒子の概観を示すSEM像である。
図16】Al(OH)を1g添加した水溶液300ml(pH=8)でベーマイト処理し、1150℃で6時間の熱酸化を行って得られた試料の表面をSEM観察した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0042】
以下に、図面を参照して、本発明に係る潜熱蓄熱体およびその製造方法について説明する。
【0043】
なお、以降の説明では、Alイオンを含む溶液中での処理を、一次被膜の形成の工程(化成処理工程)で行う態様として説明するが、この態様に限らず、予めコア粒子の表面を化成被膜処理して一次被膜を形成しておき、この一次被膜形成後のコア粒子を、Alイオンを含む溶液中で処理するようにしてもよい。この場合、一次被膜を形成した後のコア粒子を処理するAlイオンを含む溶液を、Alイオンが過飽和となる温度にまで冷却して一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成する。そして、この二次被膜を酸化雰囲気中で熱処理してコア粒子の表面にAl酸化被膜を形成することとなる。
【0044】
また、以降の説明では、化成被膜処理がベーマイト処理であるとして説明するが、これに限らず、ゾル・ゲル法、陽極酸化処理、アルカリ-クロム塩酸法、クロム塩酸法、リン酸-クロム塩酸法、リン酸亜鉛法、ノンクロメート化成被膜処理法といった手法で化成被膜処理してもよい。
【0045】
[潜熱蓄熱体マイクロカプセルの基本構造]
図1は、本発明に係る潜熱蓄熱体100の構造を概念的に説明するための断面図である。図中、符号10で示したものは、潜熱蓄熱材料から成る半径がRのコア粒子であり、このコア粒子10は、例えばAl基合金(例えばAl-Si合金)から成り、その表面は、Al酸化物の被膜20で被覆されている。α-Alは化学的に安定であり、酸化被膜20として好適である。なお、本発明の方法では、Al酸化物の被膜20の形成に寄与するAl3+イオンは外部から供給されるため、コア粒子がAlを含まない組成の合金(金属)である場合にも効果的であるが、以降の説明では、コア粒子がAl合金(Al-Si合金)であるものとして説明する。
【0046】
コア粒子10は、周囲から熱を吸収した場合に固相から液相へと相変態し、吸収した熱を潜熱として蓄え、これとは逆に、周囲に潜熱を放出した場合に液相から固相へと相変態する。一般的に固相時の体積Vと液相時の体積VがV≦Vの関係にあり、固相状態のみで酸化被膜を形成させると、固相から液相に相変態した際のコア粒子10の膨張により、コア粒子10の表面を被覆している酸化被膜20が損傷を受け、溶解した潜熱蓄熱材料の成分が漏れ出てしまう。
【0047】
そこで、後述するように、本発明においては、第1および第2ステップにおいて、コア粒子の表面に潜熱蓄熱材料の融点以下で化成被膜処理(ベーマイト処理)をすることでカプセル(酸化被膜)の前駆体を形成させる。このため、第3ステップにおける酸化被膜形成がコア粒子の融点以上の温度で行われたとしても球形のカプセル形状は保持され、その結果、潜熱蓄熱材料成分が外部に漏出することがない。
【0048】
なお、上述のとおり、予めコア粒子の表面を化成被膜処理して一次被膜を形成しておき、この一次被膜形成後のコア粒子を、Alイオンを含む溶液中で処理するようにしてもよい。この場合には、一次被膜を形成した後のコア粒子を処理するAlイオンを含む溶液を、Alイオンが過飽和となる温度にまで冷却して一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成する。そして、この二次被膜を酸化雰囲気中で熱処理してコア粒子の表面にAl酸化被膜を形成することとなる。
【0049】
また、化成被膜処理は、ベーマイト処理の他、ゾル・ゲル法、陽極酸化処理、アルカリ-クロム塩酸法、クロム塩酸法、リン酸-クロム塩酸法、リン酸亜鉛法、ノンクロメート化成被膜処理法といった手法で実行してもよい。
【0050】
さらに、第3ステップとして、潜熱蓄熱材の体積が膨張した液体状態で潜熱蓄熱材料をカプセル化(酸化被膜処理)することで、固相から液相への相変態の際の体積膨張分を吸収する空間バッファも獲得できる。そのため、融解した潜熱蓄熱材料の成分は酸化被膜20で覆われた空間内部に留まり、酸化被膜20が損傷を受けることがない。化成被膜処理によって得られた前駆体は極めて緻密な酸化物前駆体相を形成するため、熱処理/酸化処理により得られる酸化物相は極めて緻密で、潜熱蓄熱材を包むためのカプセルとして極めて有利になる。
【0051】
なお、潜熱蓄熱材料の固相時の体積Vと液相時の体積Vの差が大きいほど、潜熱蓄熱材料が固相状態にある際に生じることとなる酸化被膜20で覆われた空間内部の空隙部が大きくなる。そして、このような空隙部の存在により、酸化被膜20の内表面において、コア粒子と触れている部分と触れていない部分との間で生じる歪み等が大きくなり、繰り返し使用するうちに酸化被膜20が損傷を受けてしまう恐れがある。
【0052】
そこで、潜熱蓄熱材料としては、固相から液相に相変態する際の体積膨張率を低く制御した材料を選択することが好ましい。
【0053】
このような潜熱蓄熱材料としては、融解時の体積膨張率が正の金属と融解時の体積膨張率が負の金属とから成る合金を例示することができる。体積膨張率が正の金属には、例えばAlがある、また、体積膨張率が負の金属には、例えばSiやBiがある。Al-Si合金を選択する場合、Al-x・wt%Siと標記した場合のxの値が0~25の範囲(x=0の場合は金属Al)にあることが好ましい。特に、Al-Si合金のSiの含有比が25wt%である場合には、当該Al-Si合金の融解時の体積膨張率を0%に制御することが可能である。
【0054】
なお、以降では、コア粒子がAl合金(より具体的にはAl-Si合金)であるものとして説明するが、既に述べたとおり、本発明の方法では、外部からAl3+イオンが供給されるため、コア粒子がAlを含まない組成の合金(金属)である場合にも効果的である。
【0055】
[潜熱蓄熱体マイクロカプセルの製造プロセス]
本発明においては、上述したAl-Si合金から成るコア粒子の表面を、Alイオンを含む溶液中でベーマイト処理して一次被膜を形成し(第1のステップ)、続いて、溶液をAlイオンが過飽和となる温度にまで冷却して一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成し(第2のステップ)、さらに、二次被膜を酸化雰囲気中で熱処理してコア粒子の表面にAl酸化被膜を形成する(第3のステップ)。
【0056】
図2は、本発明の潜熱蓄熱体マイクロカプセルの製造プロセスの例を説明するための図である。先ず、Xwt%Al-Ywt%Siの合金(Al-Si合金)から成るコア粒子10を準備する(A)。このコア粒子10を、Alイオン(Al3+)を含む溶液中で、例えば100℃程度の温度で化成被膜処理(ベーマイト処理)すると、溶液中のAlイオンがOHと反応して、コア粒子10の表面に、Al・HOの組成の一次被膜21aが形成される(B)。Alイオンを含む溶液は、例えば、Al(OH)を含む溶液である。
【0057】
ベーマイト法は、高温の蒸留水中又は弱アルカリ水溶液中でアルミニウムの表面に被膜を形成する方法であり、アルミニウムを含む合金表面におおむね均一にAl・HO被膜を形成させることが知られており、緻密な酸化被膜を得ることを目的とした時に最適なプロセスである。また、この時の処理温度はおおむね、該当する潜熱蓄熱材を構成する元素の融点より低い温度で実施することが知られている。このような理由により、本発明ではベーマイト処理により一次被膜21aを形成している。
【0058】
溶液中にAlイオンがないと、ベーマイト処理によりAlが酸化された分だけ、コア粒子10の表面近傍領域の組成は、当初の組成(Xwt%Al-Ywt%Si)よりも僅かにAlが欠乏した状態となり、その結果、潜熱量が低下したり、融点制御が難しく作動温度の調整が困難であるなどの問題が生じる。そこで、本発明では、Alイオンを含む溶液中でベーマイト処理することで一次被膜を形成している。
【0059】
上記第1のステップに続き、溶液をAlイオンが過飽和となる温度(例えば、75℃程度)にまで冷却し、溶液中のAl3+イオンの過飽和分を、一次被膜21aの表面にアルミニウム水酸化物として析出させて二次被膜21bを形成する(C)。この例では、Al(OH)を含む溶液中でベーマイト処理しているため、二次被膜21bとして析出するアルミニウム水酸化物は、主としてAl(OH)である。なお、二次被膜21bは、Al(OH)のみの膜ではなく、Al・HOとAl(OH)を主な組成とする膜である。つまり、二次被膜21bとなるアルミニウム水酸化物の主組成は、Al・HOとAl(OH)である。
【0060】
上記第2のステップに続き、例えば1150℃程度の温度で、二次被膜21bを酸化雰囲気中で熱処理して、コア粒子10の表面にAl酸化被膜20を形成する(D)と、図1に示した態様の潜熱蓄熱体マイクロカプセルが得られる。なお、この熱処理により、二次被膜21bのみならず、一次被膜21aも酸化被膜となることは言うまでもない。
【0061】
この第3のステップでの熱処理により、二次被膜21bに含まれるAl(OH)は、Al(OH)→0.5Al+1.5HO↑の反応式に従い結晶質のAl被膜となる。また、二次被膜21bに含まれるAl・HOは、水分の解離により結晶質のAlとなる。これにより、コア粒子10が固相状態にある場合はもとより、コア粒子10が液相状態にある場合においても、溶解した潜熱蓄熱材料の成分を内部に留め置く酸化被膜20が得られる。
【0062】
本発明では、潜熱蓄熱材料としてAl-Si合金を選択しているから、第3のステップの熱処理は880℃以上の温度で実行することが好ましい。また、熱処理温度の上限は1230℃とすることが好ましい。Al-Si合金の融点は、AlとSiの組成比にもよるが600℃前後であり、例えばSiの含有比が25wt%のAl-Si合金の融点は580℃である。従って、第3のステップでの熱処理により形成される酸化被膜20のシェルの内容積をコア粒子10が取り得る最大体積とするだけであれば、例えば700℃の温度で熱処理してコア粒子10の表面に二次被膜20としてのアルミニウム酸化膜を形成すれば十分である。
【0063】
しかし、熱処理により形成されるアルミニウム酸化膜は、概ね800℃以下の比較的低温ではγ-Alの結晶形をとり、化学的に安定とされるα-Alの結晶形をもつ二次被膜20は概ね880℃以上の比較的高温で得られる。このため、潜熱蓄熱材料としてAl-Si合金を選択した場合には、化学的に安定なα-Alの二次被膜20を得るべく、第3のステップの熱処理を880℃以上の温度とすることが好ましい。
【0064】
機械的強度の強化のために、上述のようにして得られた潜熱蓄熱体マイクロカプセルの表面(Al酸化被膜の表面)に化学的若しくは物理的処理を行って、金属被膜やセラミック被膜を形成するようにしてもよい。例えば、ゾル・ゲル法、CVDや電気めっき、無電解めっきなど化学的手法やPVDなどの物理的処理により、金属被膜や酸化物被膜の上塗りを行うことで、カプセルの機械的強度の強化が可能である。
【0065】
また、Al酸化被膜の表面に触媒材料を担持または析出させて、触媒機能を持たせるようにしてもよい。これにより、触媒機能と蓄熱機能の両方を有する蓄熱体(触媒機能性潜熱蓄熱体マイクロカプセル)が得られる。このような触媒材料を担持または析出を、上述の金属被膜やセラミック被膜の表面に行うようにしてもよい。
【0066】
本発明の方法で得られた潜熱蓄熱マイクロカプセルを、耐熱性母材中に分散して坦持させ、熱交換材料としてもよい。例えば、本発明の潜熱蓄熱体マイクロカプセルを耐熱性母材中含有させる又は多孔質材料中に担持させることで、既存の蓄熱レンガや蓄熱用セラミックスボール、多孔質セラミックスフィルターに替わるバルクの蓄熱材として使用する形態が考えられる。
【実施例
【0067】
[ベーマイト処理液のpH値の影響]
上述のとおり、本発明に係る潜熱蓄熱マイクロカプセルの製造方法では、先ず、Al基合金から成るコア粒子の表面をAlイオンを含む溶液中でベーマイト処理して一次被膜を形成し、続いて、上記溶液をAlイオンが過飽和となる温度にまで冷却して一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成し、この二次被膜を酸化雰囲気中で熱処理してコア粒子の表面にAl酸化被膜を形成する。
【0068】
本実施例では、Al酸化被膜の形成に及ぼすベーマイト処理液のpH値の影響について検討した。その結果、ベーマイト処理時の溶液のpH値が高くなるにつれて得られるAl酸化被膜は良質となる傾向が確認され、特に、6.0以上で9.0未満の範囲に設定することが好ましく、より好ましいpH値は8であるとの結論に至った。
【0069】
先ず、Alの重量比が75%でSiの重量比が25%のAl-Si合金(Al-25wt%Si)から成るコア粒子10を準備した。なお、これらのコア粒子の直径は38μm未満であり、平均直径は36.3μmである。
【0070】
このコア粒子を、Alイオン(Al3+)源となるAl(OH)を1g溶解させた300mlの溶液中で、100℃で3時間の条件でベーマイト処理し、コア粒子の表面に、Al・HOの組成の一次被膜を形成した。この前駆体は、後の熱処理により、Alとなる。なお、溶液のpHは、アンモニア水(NH・HO)の添加により6.0~9.0の範囲で調整した。
【0071】
上記一次被膜形成のステップに続き、溶液をAlイオンが過飽和となる温度である75℃にまで冷却し、その温度で16時間±5時間維持した。この処理により、溶液中のAl3+イオンの過飽和分が一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物として析出して二次被膜が形成される。本実施例では、Al(OH)を含む溶液中でベーマイト処理しているため、二次被膜として析出するアルミニウム水酸化物は、主としてAl(OH)であり、Al・HOとAl(OH)を主な組成とする二次被膜が得られる。この前駆体もまた、後の熱処理により、Alとなる。
【0072】
図3は、上述の条件で二次被膜を形成した粒子のSEM像で、(A)~(E)に示したものは、それぞれ、ベーマイト処理時の溶液のpH値が、(A)6.0~6.4、(B)6.0~6.4、(C)7.2~7.6、(D)8.0、(E)9.0である。なお、(A)に示したものは、溶液中のAlイオンの存在の効果を確認するためのブランク試料であり、溶液中にAl(OH)を溶解させずに、ベーマイト処理されたものである。
【0073】
図3(A)と(B)とを比較すると、図3(A)に示したものでは粒子の表面における被膜形成がまばらであるのに対し、図3(B)に示したものでは粒子の表面に万遍なく被膜が形成されていることが分かる。つまり、Alイオンを含む溶液中でベーマイト処理して一次被膜を形成した後に一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成することにより、粒子の表面に万遍なく被膜が形成される。
【0074】
また、これらの粒子の平均直径についてみると、溶液のpH値が高い程、二次被膜形成後の直径は大きくなっている。このことは、ベーマイト処理時の溶液のpH値が高い程、被膜は厚く形成されることを意味している。
【0075】
図4は、図3に(A)~(E)で示した各試料からのX線回折チャートである。なお、この図には、Al(OH)の回折チャートも同時に示している。Al-25wt%Siの合金から成るコア粒子からは、当然のことながら、金属Alに対応する回折線と金属Siに対応する回折線が認められる。これらの回折線に加え、図3の(E)に示した試料(処理液のpH値が9.0のもの)の回折チャートにおいて、Al(OH)の回折線が確認できる。この結果から、Al(OH)を溶解させた溶液に浸漬させたことにより、コア粒子の表面にAl(OH)が析出していることが分かる。
【0076】
上記二次被膜形成のステップに続き、酸化雰囲気中で、1150℃で6時間の熱処理を行い、コア粒子の表面にAl酸化被膜を形成してマイクロカプセル化した。この熱処理により、二次被膜に含まれるAl(OH)は、Al(OH)→0.5Al+1.5HO↑の反応式に従い結晶質のAl被膜となる。また、二次被膜に含まれるAl・HOは、水分の解離により結晶質のAlとなる。これにより、コア粒子が固相状態にある場合はもとより、コア粒子が液相状態にある場合においても、溶解した潜熱蓄熱材料の成分を内部に留め置く酸化被膜が得られる。
【0077】
このような熱処理は、例えば、以下のようにして行う。まず、二次被膜を形成したコア粒子を坩堝内に充填し、この坩堝を挿入棒の先端に設けられた熱電対の上部に載置し、ヒータを備えた熱処理炉内にセットする。熱処理炉のガス導入口から酸素ガスを供給し、酸素雰囲気中でコア粒子の温度を徐々に上げ、試料が880~1230℃の所定の温度(本実施例では1150℃)に達した時点から6時間の熱処理(酸化処理)を施し、コア粒子の表面に形成されていた一次被膜および二次被膜をα-Al膜とする。
【0078】
図5(A)~(E)は、図3(A)~(E)に示した試料を熱処理した後のコア粒子の表面状態のSEM像である。これらのSEM像から明らかなように、何れの試料においても、一次被膜および二次被膜中のアルミニウムの酸化反応により、酸化アルミニウムの被膜が形成されている。
【0079】
図6は、図5に(A)~(E)で示した各試料からのX線回折チャートである。Al-25wt%Siの合金から成るコア粒子からの、金属Alに対応する回折線と金属Siに対応する回折線に加え、何れの試料においても、α-Alからの回折線が確認できる。つまり、一次被膜および二次被膜中のアルミニウムの酸化反応により、α-Alの被膜が形成されている。
【0080】
なお、上述のとおり、Siの含有比が25wt%のAl-Si合金の融点は580℃であり、酸化処理は当該融点を超える1150℃で実施したが、酸化処理後の何れの試料においても、酸化処理工程でコア粒子を成すAl-Si合金が漏れ出た形跡は認められていない。つまり、第3のステップでの熱処理温度がコア粒子を成す材料の融点以上の温度で実行されても、酸化被膜のシェルの内側にコア粒子を閉じ込めること(カプセル化)が実現されている。
【0081】
図7は、図5に(A)~(E)で示した各試料につき、500~650℃の温度範囲での昇温冷却サイクル(速度:50K/min)を100サイクル実施した後の酸化被膜の様子を示すSEM像である。
【0082】
図7(A)に示した試料(ベーマイト処理液にAl(OH)を溶解させなかったもの)では、一部の製品において、シェルとして機能するα-Al被膜の変形ないし破断が観察され、カプセル強度が十分ではないことが分かる。
【0083】
図7(E)に示した試料(ベーマイト処理液のpH値が9.0のもの)においては、α-Al被膜同士が結合して粒子同士が一体化する傾向が見て取れる。このような一体化が起こっても、カプセル強度の観点からは問題はないが、実質的なカプセルサイズが大きくなり、実用上は好ましくない。
【0084】
これに対し、図7(B)~(D)に示した試料では、酸化被膜の破断等や粒子同士の一体化が観察されず、個々の粒子がカプセル化された状態を維持している。
【0085】
上述のとおり、図7(B)~(D)に示した試料は、ベーマイト処理時の溶液のpH値が6.0以上で9.0未満であるから、この範囲のpH値でベーマイト処理すると、サイクル耐性に優れたAl酸化被膜が得られると考えられる。
【0086】
本発明に係る方法で得られた潜熱蓄熱体マイクロカプセルのサイクル耐性を更に確認するために、図7(C)に示した試料(ベーマイト処理時の溶液のpH値が7.2~7.6のもの)につき、500~650℃の温度範囲での昇温冷却サイクル(速度:50K/min)を1000サイクル実施した。
【0087】
図8は、図7(C)で示した各試料につき、500~650℃の温度範囲での昇温冷却サイクル(速度:50K/min)を1000サイクル実施した後の酸化被膜の様子を示すSEM像である。1000サイクル後においても、カプセル形状は初期のままであり、高い特性を有していることが分かる。
【0088】
[ベーマイト処理液中のAl(OH)濃度の影響]
本発明では、ベーマイト処理液中にAlイオンを含ませ、このAlイオンの作用により一次被膜および二次被膜を形成している。従って、溶液中のAlイオンの濃度が高い程、被膜の厚みを厚くでき、その結果、シェルの肉厚化が図られることが期待される。そこで、この点を確認すべく、ベーマイト処理液中のAl(OH)を変えた場合の、形成される被膜の状態を比較した。
【0089】
図9は、ベーマイト処理に用いる溶液300ml中のAl(OH)の含有量を、1~5gまで変えて二次被膜を形成した粒子それぞれのSEM像である。
【0090】
なお、これらの溶液のpH値は何れも6.0~6.4とし、100℃で3時間の条件でベーマイト処理してコア粒子の表面にAl・HOの組成の一次被膜を形成した後、溶液をAlイオンが過飽和となる温度である75℃にまで冷却してその温度で16時間±5時間維持することで溶液中のAl3+イオンの過飽和分を一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物として析出させて二次被膜を形成している。
【0091】
300ml中のAl(OH)の含有量が1g(A)、2g(B)、3g(C)、5g(D)の溶液でベーマイト処理された試料それぞれの平均直径は、37.5μm、40.6μm、38.8μm、41.4μmである。この比較結果によれば、ベーマイト処理液中のAl(OH)濃度が高い程、一次被膜の表面に析出するアルミニウム水酸化物も多くなり、被膜全体の厚みが厚くなる傾向があり、ベーマイト処理液中のAl(OH)濃度が300ml当たり2g以上の場合には明らかな厚膜化が認められる。
【0092】
[核発生剤添加の効果]
次に、ベーマイト処理液中に、被膜形成の核を発生させ易くするための薬剤としての核発生促進剤を含有させた場合の効果について調べた。なお、ここでは、核発生促進剤としてドデシル硫酸ナトリウムCH3(CH2)11SO4Na(NaDS:sodium dodecyl sulfate)を含有させたが、NaDS以外にも、C18H35O2Na(Sodium stearate)、CH3(CH2)12CH2(OCH2CH2)nOSO3Na(Sodium myreth sulfate)、CH3(CH2)12CH2(OCH2CH2)nOSO3Na(Sodium myreth sulfate)、CH3(CH2)11(OCH2CH2)nOSO3Na(Sodium laureth sulfate)などを例示することができる。
【0093】
図10(A)~(C)はそれぞれ、ベーマイト処理に用いる溶液300ml中に添加したドデシル硫酸ナトリウムが、0mMol(添加無し)、1.0mMol、1.8mMの場合の、二次被膜形成後の粒子のSEM像である。
【0094】
なお、これらの溶液のpH値は何れも6.0~6.4とし、100℃で3時間の条件でベーマイト処理してコア粒子の表面にAl・HOの組成の一次被膜を形成した後、溶液をAlイオンが過飽和となる温度である75℃にまで冷却してその温度で16時間±5時間維持することで溶液中のAl3+イオンの過飽和分を一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物として析出させて二次被膜を形成している。
【0095】
この結果によれば、溶液中へのドデシル硫酸ナトリウムの添加により、明らかに被膜形成が促進され、被膜の厚みが厚くなっている。これは、ドデシル硫酸ナトリウムが核形成を促進したためであると考えられる。つまり、核発生促進剤の添加により、被膜を厚く形成することができる。
【0096】
なお、これまでは、Al-25wt%Siの合金から成るコア粒子を用いた場合についての実験例を示したが、本発明者らは、Al-x・wt%Siと標記した場合のx=0~25(金属Al)の合金(x=0の場合は金属Al)の合金から成るコア粒子を用いた場合においても実験を行い、同様の結果が得られている。また、本発明の方法では、外部からAl3+イオンが供給されるため、コア粒子がAlを含まない組成の合金(金属)である場合にも効果的である。
【0097】
なお、コア粒子は、概ね10μmよりも大きい粒径のものであれば、上述の手法による「カプセル化」が可能である。
【0098】
このようなカプセル化した潜熱蓄熱体に、ゾル・ゲル法、CVDや電気めっき、無電解めっきなど化学的手法やPVDなどの物理的処理を施すステップを設け、金属被膜や酸化物被膜の上塗りを行うことで、カプセルの機械的強度の更なる強化が可能である。
【0099】
以上説明したように、本発明においては、コア粒子の表面を、Alイオンを含む溶液中でベーマイト処理して一次被膜を形成した後に、溶液をAlイオンが過飽和となる温度にまで冷却して一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成し、この二次被膜を酸化雰囲気中で熱処理してコア粒子の表面にAl酸化被膜を形成する。
【0100】
また、コア粒子の表面を化成被膜処理して一次被膜を形成しておき、このコア粒子をAlイオンを含む溶液中において処理し、該溶液をAlイオンが過飽和となる温度にまで冷却して一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させて二次被膜を形成することとし、この二次被膜を酸化雰囲気中で熱処理してコア粒子の表面にAl酸化被膜を形成することとしてもよい。
【0101】
このため、二次被膜を形成した分だけシェルの厚膜化が図られ、カプセルの繰り返し強度が担保される。また、一次被膜および二次被膜の形成は、主として溶液中のAlイオンがAl源となって進行するため、製造プロセス中におけるPCMの組成変化が顕著に抑制される。その結果、蓄熱サイクルの過程でも安定で、比較的高温でも利用可能な、蓄熱密度と熱伝導性に優れた潜熱蓄熱体マイクロカプセルが提供される。
【0102】
[酸化被膜の微細構造]
以下に、酸化被膜の微細構造について説明するが、予め説明しておくと、第1の酸化被膜(緻密な酸化被膜)と第2の酸化被膜(多孔質の酸化被膜)が上述した「一次被膜」に対応し、第3の酸化被膜(第2の酸化被膜とは構造が異なる多孔質の酸化被膜)が上述した「二次被膜」に対応する。つまり、上述した第1のステップ(化成被膜処理)では、第1の酸化被膜と第2の酸化被膜が同時に形成される。そして、第2のステップ(一次被膜の表面にアルミニウム水酸化物を析出させるステップ)では、この一次被膜の表面に第3の酸化被膜が形成される。そして、これら第1~3の酸化被膜が熱処理されると、例えばAl被膜となる。
【0103】
上述した方法で形成した酸化被膜の微細構造を、電子線回折法(TEM)および後方散乱電子回折法(EBSD法)等により解析した。その結果、本発明の方法で得られた潜熱蓄熱体マイクロカプセルの酸化被膜は、3層構造を有している態様のものであり得ることが明らかとなった。本発明者らの行った検証結果によれば、このような3層構造は、図3に示した二次被膜形成後の粒子のSEM像において、図3(D)~(E)のように、微細粒子や繊維状結晶が堆積乃至密集しているような外観を呈する粒子を酸化熱処理した場合に観察される。
【0104】
このような3層構造は、具体的には、コア粒子の表面は、コア粒子の組成元素の酸化物(例えばα-Al)からなる緻密な酸化被膜(第1の酸化被膜)で直接被覆されており、この第1の酸化被膜の表面をコア粒子の組成元素の酸化物(例えばα-Al)からなる多孔質の酸化被膜(第2の酸化被膜)が被覆している。この第2の酸化被膜の表面は、コア粒子の組成元素の酸化物(例えばα-Al)からなる多孔質の酸化被膜(第3の酸化被膜)で被覆されているが、この第3の酸化被膜は、上記第2の酸化被膜とは異なる構造を有しており、例えば、α-Alとθ-Alが混在する膜である。
【0105】
つまり、本発明の方法で得られた潜熱蓄熱体マイクロカプセルは、潜熱蓄熱材料から成るコア粒子の表面が酸化被膜で被覆されている潜熱蓄熱体マイクロカプセルであって、前記酸化被膜は、前記コア粒子の表面を直接被覆する第1の酸化被膜と、該第1の酸化被膜を被覆する第2の酸化被膜と、該第2の酸化被膜を被覆する第3の酸化被膜から成る3層の酸化被膜であり、前記第1の酸化被膜は、前記コア粒子の組成元素の酸化物からなる緻密な酸化被膜であり、前記第2の酸化被膜は、前記コア粒子の組成元素の酸化物からなる多孔質の酸化被膜であり、前記第3の酸化被膜は、前記第2の酸化被膜とは構造が異なる、前記コア粒子の組成元素の酸化物からなる多孔質の酸化被膜である、態様の潜熱蓄熱体マイクロカプセルであり得る。
【0106】
上述のとおり、コア粒子は例えばAl合金であり、このAl合金は例えばAl-Si合金である。
【0107】
よって、本発明の方法で得られた潜熱蓄熱体マイクロカプセルが備える酸化被膜は、一態様において、第1の酸化被膜がα-Alの緻密な膜であり、第2の酸化被膜がα-Alの多孔質の膜であり、第3の酸化被膜がα-Alとθ-Alが混在する多孔質の膜である。なお、上記第2の酸化被膜は、上述した第1のステップ(コア粒子の表面を化成被膜処理して一次被膜を形成するステップ)において、溶液中のAl3+イオンの過飽和分を源として形成される膜である。この第2の酸化被膜は、X線回折法で評価する限りα-Alの膜であるが、局所的にみるとθ-Alが混在している可能は否定できない。その意味において、第2の酸化被膜は、主としてα-Alから成る膜である。ここで、「主として」とは、X線回折法による評価ではα-Alのピークのみが確認され、例えθ-Alが混在していたとしても、θ-Alの回折ピークが確認できない程度のものでしかないということを意味している。
【0108】
なお、ここで、緻密な酸化被膜という際の「緻密」とは、TEMやSEMで観察を行った際に、多孔質ではないと判断できることを意味する。
【0109】
図11は、本発明の方法で作製した潜熱蓄熱体マイクロカプセルの表層(Al酸化被膜部分)をTEM観察した結果を示す図である。図11(a)中に四角で示した箇所を高倍率で観察すると、酸化被膜の最表層は微粒子が堆積した構造となっている。また、電子線回折の結果(図11(c)~(d))から、この最表層には、α-Alに加え、θ-Alが存在していること(図11(d))が分かった。
【0110】
図12は、潜熱蓄熱体マイクロカプセルの断面における、Alの結晶方位を、EBSD法により解析した結果を示す図である。上述のとおり、このコア粒子の表面は3層構造の酸化被膜(Al被膜)で被覆されているが、図12に示した結果から、この3層構造の酸化被膜のコア粒子側(1μm程度)はAlの結晶方位が局所的に揃った領域となっている。
【0111】
なお、EBSD法による解析のために、潜熱蓄熱体マイクロカプセルの断面試料を作製する際に、試料固定用に用いた樹脂が酸化被膜表層近傍で「剥離」し易いため、図12に示された酸化被膜は、その表層近傍が(部分的に)失われた状態のものである。
【0112】
図13は、二次被膜形成後の粒子を酸素雰囲気中で熱処理(酸化熱処理)した際の、熱分解を含めた熱反応過程を知るための、熱重量分析(TG)結果である。なお、この試料は、Al(OH)を3.3g/リットルの濃度で含む溶液(pH=8)で処理した、初期重量が110mgのものである。左軸に示した重量(Weight)は、この初期重量に対する比である。なお、図13中に示したSEM写真(a~h)は、TGチャート中に示した記号a~hに対応する、粒子の概観である。
【0113】
このTGチャートから、酸化熱処理時ではコア粒子の融点を超えたあたりでシェルに亀裂が入るが(c~f)、溶融Alが酸化されて直ちに亀裂が自己修復される。特に、gおよびhでは、もはや亀裂が消滅していることが分かる。
【0114】
図14は、本発明の方法で作製した潜熱蓄熱体マイクロカプセルを、溶融(650℃)-固化(500℃)の温度範囲のサイクルを加熱/冷却速度50K/分で、100回~1000回繰り返した後の粒子の概観を示すSEM像である。図14(a)および図14(c)は、Al(OH)を3g/300mlの濃度で含む溶液で処理した潜熱蓄熱体マイクロカプセルについてのものであり、図14(b)および図14(d)は、Al(OH)を5g/300mlの濃度で含む溶液で処理した潜熱蓄熱体マイクロカプセルについてのものである。これらのSEM像から、1000サイクル後においても、形状等に変化が見られないことが確認できる。そこで、更に、上記溶融-固化のサイクルを3000回まで実施した。
【0115】
図15は、溶融-固化のサイクル(蓄放熱サイクル)を3000回まで実施した後の粒子の概観を示すSEM像で、図15(a)は、Al(OH)を3g/300mlの濃度で含む溶液で処理した潜熱蓄熱体マイクロカプセルについてのものであり、図15(b)は、Al(OH)を5g/300mlの濃度で含む溶液で処理した潜熱蓄熱体マイクロカプセルについてのものである。これらのSEM像から、3000サイクル後においても、形状等に変化が見られないことが確認できる。つまり、これらの潜熱蓄熱体マイクロカプセルは3000回の蓄放熱サイクル後も初期の構造を維持しており、ほぼ完璧な耐久性をもつことが確認できた。
【0116】
また、図16に、Al(OH)を1g添加した水溶液300ml(pH=8)でベーマイト処理し、1150℃で6時間の熱酸化を行って得られた試料の表面をSEM観察した結果を示す。右図(高倍率像)中に略直方体状に見える結晶部分が主としてAl(OH)を源として形成された第3の酸化被膜であり、その下に見える部分(図中に破線で示した部分)が第2の酸化被膜である。
【0117】
以上、説明したように、本発明により、蓄熱サイクルの過程でも安定で、比較的高温でも利用可能な、蓄熱密度と熱伝導性に優れた潜熱蓄熱体マイクロカプセルが得られる。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明は、シェルの厚膜化を可能とすると同時に製造プロセス中でのPCMの組成変化を生じさせない潜熱蓄熱体マイクロカプセルの製造方法を提供する。
【符号の説明】
【0119】
10 コア粒子
20 酸化被膜
21a 一次被膜
21b 二次被膜
100 潜熱蓄熱体

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16