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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-29
(45)【発行日】2022-10-07
(54)【発明の名称】可飽和吸収体およびレーザ発振器
(51)【国際特許分類】
   H01S 3/11 20060101AFI20220930BHJP
   H01S 3/067 20060101ALI20220930BHJP
【FI】
H01S3/11
H01S3/067
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020058899
(22)【出願日】2020-03-27
(65)【公開番号】P2021158281
(43)【公開日】2021-10-07
【審査請求日】2021-10-29
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100181593
【弁理士】
【氏名又は名称】庄野 寿晃
(74)【代理人】
【識別番号】100165489
【弁理士】
【氏名又は名称】榊原 靖
(72)【発明者】
【氏名】上原 日和
(72)【発明者】
【氏名】安原 亮
【審査官】右田 昌士
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第104934843(CN,A)
【文献】特開2014-218398(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0062514(US,A1)
【文献】特表2016-502290(JP,A)
【文献】特開2015-156452(JP,A)
【文献】特開2008-065151(JP,A)
【文献】特表2014-519205(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111675817(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 3/00 - 3/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外波長用の可飽和吸収体であって、
酸化物、フッ化物、塩化物、臭化物、カルコゲン化物からなる群から選択される1つの化合物またはこれらの2以上の混合物を含む母材と、
前記母材に0.5at%~3at%の割合で含まれるDy3+
を有することを特徴とする可飽和吸収体。
【請求項2】
前記母材は、フッ化物をむ、
とを特徴とする請求項1に記載の可飽和吸収体。
【請求項3】
2.8μmの波長を含む光において、強度が低い入射光に対して吸収体として作用し、強度が高い入射光に対して吸収体としての能力が飽和することで透明体として作用する、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の可飽和吸収体。
【請求項4】
表面に反射防止膜を備える、
ことを特徴とする請求項1からの何れか1項に記載の可飽和吸収体。
【請求項5】
請求項1からの何れか1項に記載の可飽和吸収体と、
誘導放出により光を増幅するレーザ媒質と、
前記レーザ媒質および前記可飽和吸収体を挟み込むように配置される共振器と、
を備えることを特徴とするレーザ発振器。
【請求項6】
前記共振器の全長は、前記可飽和吸収体の回復時間に光の速度を掛けた長さの2分の1より長い、
ことを特徴とする請求項に記載のレーザ発振器。
【請求項7】
前記レーザ媒質は、ファイバー形状を有し、励起光を吸収して光を誘導放出するコアと、コアより屈折率の低いクラッドと、を備え、
前記可飽和吸収体は、前記レーザ媒質の一端部に配置される、
ことを特徴とする請求項またはに記載のレーザ発振器。
【請求項8】
前記可飽和吸収体は、前記レーザ媒質の前記一端部を保護する機能をさらに有する、
ことを特徴とする請求項に記載のレーザ発振器。
【請求項9】
前記共振器は、誘導放出された光を反射する反射鏡と、光の一部を外部に取り出すことができる出力鏡と、を有し、
前記可飽和吸収体は前記反射鏡の表面に配置され、
前記可飽和吸収体および前記反射鏡は、可飽和吸収ミラーを構成する、
ことを特徴とする請求項からの何れか1項に記載のレーザ発振器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可飽和吸収体およびレーザ発振器に関する。
【背景技術】
【0002】
可飽和吸収体は、強度の低い入射光に対して吸収体として働き、強度の高い入射光に対しては吸収体としての能力が飽和し透明体として働く物質である。可飽和吸収体をレーザ(LASER:Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation)共振器中に配置することで、受動Qスイッチまたは受動モードロッカーとして動作し、高いピーク出力を有する短パルスレーザを発振することが知られている。中赤外波長レーザに適用可能な可飽和吸収体として、Fe:ZnSe、GaAs系半導体、グラフェン、カーボンナノチューブ等が用いられている。波長3μm近傍で発振するエルビウム系固体レーザが盛んに研究されるようになり、高ピーク出力化のための可飽和吸収体に対する要求が高まっている。
【0003】
特許文献1は、中赤外波長域で使用可能なFe:ZnSe及びFe:ZnS可飽和吸収体を開示する。このFe:ZnSeを用いた可飽和吸収体は、波長2.8μmにおいて、Er:Cr:YSGGレーザの受動Qスイッチ発振を実証している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許第8,817,830号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Fe:ZnSe及びFe:ZnSを用いた可飽和吸収体は、毒性が高いという欠点を有している。また、ホスト材料であるZnSe及びZnSは、可視から近赤外域における励起光を吸収するという問題がある。また、Fe2+は吸収断面積が大きく、添加濃度による変調度の制御が難しく、優れた変調度を有する可飽和吸収体を得ることは容易でない。
【0006】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、容易に作成でき、優れた変調度を有する可飽和吸収体およびレーザ発振器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の目的を達成するため、本発明に係る可飽和吸収体の一様態は、
赤外波長用の可飽和吸収体であって、
酸化物、フッ化物、塩化物、臭化物、カルコゲン化物からなる群から選択される1つの化合物またはこれらの2以上の混合物を含む母材と、
前記母材に0.5at%~3at%の割合で含まれるDy3+
を有することを特徴とする。
【0008】
本発明の目的を達成するため、本発明に係るレーザ発振器の一様態は、
前記可飽和吸収体と、
誘導放出により光を増幅するレーザ媒質と、
前記レーザ媒質および前記可飽和吸収体を挟み込むように配置される共振器と、
を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、容易に作成でき、優れた変調度を有する可飽和吸収体およびレーザ発振器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の第1の実施の形態に係るレーザ発振器を示す図である。
図2】本発明の第1の実施の形態に係るレーザ発振器が短パルスレーザを発振する原理を説明する図である。
図3】本発明の第1の実施の形態に係るレーザ発振器が短パルスレーザを発振する原理を説明する図である。
図4】本発明の第2の実施の形態に係るレーザ発振器を示す図である。
図5】本発明の第2の実施の形態に係るレーザ発振器が超短パルスレーザを発振する原理を説明する図である。
図6】本発明の第2の実施の形態に係るレーザ発振器が超短パルスレーザを発振する原理を説明する図である。
図7】本発明の第3の実施の形態に係るレーザ発振器を示す図である。
図8】本発明の第3の実施の形態の変形例に係るレーザ発振器を示す図である。
図9】本発明の第4の実施の形態に係るレーザ発振器を示す図である。
図10】本発明の第3の実施の形態の変形例に係るレーザ発振器を示す図である。
図11】本発明の実施例に係る可飽和吸収体の透過率を示す図である。
図12】本発明の実施例に係る可飽和吸収体の散乱係数を示す図である。
図13】本発明の実施例に係る可飽和吸収体の吸収係数を示す図である。
図14】本発明の実施例に係る可飽和吸収体のDy含有率と吸収係数を示す拡大図である。
図15】本発明の実施例に係る可飽和吸収体の過飽和吸収特性を示す図である。
図16】本発明の実施例に係るレーザ発振器のレーザ出力を示す図である。
図17】本発明の実施例に係るレーザ発振器のレーザ出力を示す拡大図である。
図18】本発明の実施例に係るレーザ発振器のパルス幅および繰り返し周波数を示す図である。
図19】本発明の実施例に係るレーザ発振器のパルスエネルギーおよびピークパワーを示す図である。
図20】本発明の実施例に係るレーザ発振器の出力鏡の透過率に対する平均出力パワーを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態に係る可飽和吸収体およびレーザ(LASER:Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation)発振器について図面を参照しながら説明する。
【0012】
(第1の実施の形態)
第1の実施の形態に係るレーザ発振器100は、図1に示すように、レーザ媒質10と、可飽和吸収体20と、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を挟み込むように配置される共振器(cavity)30と、レーザ媒質10に励起光を供給する励起用光源40と、を備える。レーザ発振器100は、受動Qスイッチング(Passive Q-switching)により2.5μm~3.5μmの波長の短パルスレーザを発振するものである。
【0013】
レーザ媒質10は、励起用光源40から照射された励起光を吸収して誘導放出を起こすことで光を増幅する。レーザ媒質10は、特定の波長の光を吸収し、当該特定の波長に基づいた他の波長で発光する蛍光体から形成されている。レーザ媒質10が発振するレーザ光の波長の下限値は、好ましくは2.5μm、より好ましくは2.6μm、さらに好ましくは2.7μmである。レーザ媒質10が発振するレーザ光の波長の上限値は、好ましくは3.5μm、より好ましくは3.2μm、さらに好ましくは3.0μm、特に好ましくは2.9μmである。例えば、レーザ媒質10は、Er:YAlO等の結晶体である。Er:YAlOは、YAlOにエルビウム(Er)をドープしてイットリウム(Y)の一部を置き換えたものであり、2.8μmのレーザ光を発振する。Er:YAlO等の結晶体は、増幅特性や透明性が良好であるため、これらの結晶体を用いることでレーザ発振器の高出力化を実現できる。レーザ媒質10の光軸方向の長さL1は、例えば5mm~10mmである。なお、レーザ媒質10は、Er:YAG(Yttrium Aluminum Garnet)、Er:YAP(Yttrium Aluminum Perovskite)、Er:Y、Er:Lu、Er:Sc、Er:YLF、Er:YSGG(Yttrium Scandium Gallium Garnet)、Er、Cr:YSGG、Cr:ZnS、Cr:ZnSe、Fe:ZnS、Fe:ZnSe、Dy:YLF、Dy:PbGa、Er:ZBLAN(ZrF-BaF-LaF-AlF-NaF)、Er、Pr:ZBLAN、Dy:ZBLANまたはHo:ZBLANを含んでもよい。Er:YAlOは、好ましくは単結晶体のものを用いる。上記に例示したEr:YAlO以外の物質は、単結晶体、多結晶体またはセラミックスのものを用いてもよい。
【0014】
可飽和吸収体20は、赤外波長用の可飽和吸収体であって、Dy3+を含み、強度が低い入射光に対して吸収体として作用し、強度が高い入射光に対して吸収体としての能力が飽和することで透明体として作用するものである。可飽和吸収体20は、Dy3+を含むことで、励起光に対する透過度が高く、小さい飽和強度および優れた変調度を有する。また、Dy3+の含有率を調整することによって変調度を精度よく制御可能である。これらの効果は、後述する実施例により示される。可飽和吸収体20は、共振器30内の光の強度が低いとき、光を吸収するため、共振器30の光損失が大きく、レーザ発振せずエネルギーがレーザ媒質10に蓄積される。また、レーザ媒質10から照射される励起光は、可飽和吸収体20に吸収されないため、可飽和吸収性能の低下が起こらない。共振器30内の光の強度が高くなると、可飽和吸収体20は、透明体として働き、共振器30の閉じ込め効率が高くなり、発振蓄積されていたエネルギーが一気に放出される。これにより、レーザ発振器100から短パルスレーザが照射される。パルス幅は、例えば、ナノ秒~マイクロ秒である。また、可飽和吸収体20は、共振器30の内部損失を抑えるため、表面に反射防止膜を備えることが好ましい。
【0015】
可飽和吸収体20は、酸化物、フッ化物、塩化物、臭化物、カルコゲン化物からなる群から選択される1つの化合物または2以上の混合物を含む母材と、母材に0.1at%~50at%の割合で含まれるDy3+と、を有してもよい。可飽和吸収体20の母材は、励起光およびレーザ媒質10から誘導放出される波長の光を吸収しないものであることが好ましく、例えば、Y、Lu、Sc、Al、YAl12、YAlO、YVOなどの酸化物、CaF、BaF、MgF、YLiF、LiLuF、BaYなどのフッ化物、PbGaS、CaGa、ZnSe、ZnSなどのカルコゲン化物であってもよく、これらの混合物であってもよい。このうち、可飽和吸収体20の母材は、Y、Lu、YAl12、YAlOの酸化物、CaF、YLiFのフッ化物、PbGaS、CaGaのカルコゲン化物が好ましい。この場合、母材は、単結晶、多結晶またはセラミックスであってもよい。可飽和吸収体20として、Dyを0.5at%の割合で含むDy:CaFを用いる場合、可飽和吸収体20の光軸方向の長さL2は、例えば2mm~5mmである。
【0016】
また、可飽和吸収体20は、Dyを含んでもよい。この場合、透明板またはレーザ媒質10にDyを成膜してもよく、Dyの粉末を樹脂やガラスに混入したものであってもよい。また、可飽和吸収体20は、Dy3+を含む素材を透明板またはレーザ媒質10に成膜したものであってもよく、Dy3+を含む粉末を樹脂やガラスに混入したものであってもよい。
【0017】
また、可飽和吸収体20は、酸化物ガラス、フッ化物ガラス、テルライトガラス、カルコゲナイドガラスからなる群から選択される1つのガラスまたは2以上のガラスの混合物を含む母材と、母材に0.1mol%~50mol%の割合で含まれるDy3+と、を有してもよい。可飽和吸収体20の母材は、励起光およびレーザ媒質10から誘導放出される波長の光を吸収しないものであることが好ましく、例えば、石英ガラス、ソーダ石灰ガラス、ホウケイ酸ガラスなどの酸化物ガラス、ZBLANガラス、ZBYA(ZrF-BaF-YF-AlF)ガラスAlF系ガラス、InF系ガラスなどのフッ化物ガラス、テルライトガラス、Ge-Se系、As-Se系、As-S系、Ge-As系などのカルコゲナイドガラスであってもよく、これらの混合物であってもよい。このうち、可飽和吸収体20の母材は、ZBLANガラスが好ましい。
【0018】
共振器30は、誘導放出された光を反射する反射鏡31と、レーザ光の一部を外部に取り出すことができる出力鏡32と、を備える。反射鏡31と出力鏡32とは、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を挟んで互いに対向するように配置されている。反射鏡31から出力鏡32の光軸方向の長さL3は、例えば10mm~20mmである。反射鏡31は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有し、励起用光源40から放出された波長の光を透過し、レーザ媒質10から誘導放出された波長の光を反射するものである。出力鏡32は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有し、レーザ媒質10から誘導放出された波長の光の一部を透過し、残りを反射するものである。例えば、出力鏡32は、レーザ媒質10から誘導放出された波長の光の95%を反射し、5%を透過する。レーザ発振器100は、反射鏡31と出力鏡32との間でレーザ光を繰り返し反射させることで、レーザ光がレーザ媒質10および可飽和吸収体20を通過するたびに誘導放出によりレーザ光を増幅させ、出力鏡32を通じてレーザ光の一部を放出する。
【0019】
励起用光源40は、半導体レーザを備え、反射鏡31に対向するように配置されている。励起用光源40は、レーザ光を励起光として共振器30内に配置されたレーザ媒質10に照射する。励起用光源40から照射された励起光は、レンズ41により集光され、反射鏡31を透過してレーザ媒質10に供給される。例えば、レーザ媒質10にEr:YAlOを用いた場合、976nmのレーザ光を照射する励起用光源40を用いる。
【0020】
つぎに、以上の構成を有するレーザ発振器100が受動Qスイッチングにより短パルスレーザを発振する原理につて説明する。
【0021】
レーザ発振器100の可飽和吸収体20は、上述したように、強度が低い入射光に対して吸収体として作用し、強度が高い入射光に対して吸収体としての能力が飽和することで透明体として作用する。ここでは、レーザ媒質10としてEr:YAlO、可飽和吸収体20として、Dy:CaFを用い、励起用光源40は、976nmのレーザ光を照射するものを用いる例について説明する。レーザ媒質10のEr:YAlOは、976nmの励起光を吸収して誘導放出を起こすことで2.8μmのレーザ光を発振する。可飽和吸収体20のDy:CaFは、976nmの光を吸収せず、光の強度が低い場合2.5~3.5μmの光を吸収する。
【0022】
励起用光源40からレーザ媒質10に励起光が照射されると、図2に示すように、共振器30内の光の強度が低いとき、可飽和吸収体20に光が吸収されるため、共振器30の光損失が大きく、レーザ発振せずエネルギーがレーザ媒質10に蓄積される。なお、レーザ媒質10から照射される励起光は、吸収されないため、可飽和吸収の誤作動を防ぐことができる。
【0023】
共振器30内の光の強度が高くなると、図3に示すように、可飽和吸収体20が透明体として働き、共振器30の閉じ込め効率が高くなり、発振蓄積されていたエネルギーが一気に放出される。これにより、レーザ発振器100から短パルスレーザが照射される。短パルスレーザが照射されると、共振器30内の光の強度が低くなり、再度エネルギーがレーザ媒質10に蓄積される。
【0024】
以上のように、レーザ発振器100は、エネルギーの蓄積と放出が繰り返され短パルスレーザを照射する。例えば、パルス幅は、ナノ秒~マイクロ秒、繰り返しは、数10~数100kHz、パルスエネルギーは、マイクロジュール~ミリジュール級、ピーク出力は、ワット~キロワット級である。
【0025】
以上のように、本実施の形態の可飽和吸収体20は、Dy3+を含むことで、励起光に対する透過度が高く、小さい飽和強度、優れた変調度を得ることができる。また、Dy3+の含有率を調整することによって変調度を精度よく制御可能である。また、吸収極大波長がエルビウム系固体レーザの発振波長と同じ又は近いという利点もある。また、レーザ発振器100は、Dy3+を含む可飽和吸収体20を用いることで、受動Qスイッチングにより2.5~3.5μmの短パルスレーザを発振することができる。一般的に、パルスレーザ発振器において、可飽和吸収体の励起光吸収は性能低下の要因となる。可飽和吸収体20によれば、グラフェンに代表される波長無依存な可飽和吸収体やFe:ZnSe等と異なり、励起光(エルビウム系中赤外レーザの場合は0.97μm)を吸収しないことも大きな利点である。これにより、直線型で長さの短いレーザ共振器の構成が可能になり、レーザ発振器100は、コンパクトに設計でき、かつ高ピーク出力なパルスレーザを出力することが可能である。このため、レーザ発振器100は、核融合研究における同位体計測またはプラズマ診断などに用いるレーザ装置として適している。特に、後述する実施例において示すDy:CaFは、波長2.5~3.5μmに渡って連続的に大きな吸収断面積を有しており、Er:YAGレーザ、Er:ZBLANレーザに代表される全てのエルビウム系レーザ、並びにCr:ZnSeレーザ等の様々な3μm帯レーザ発振器に適用可能である。また、Dy:CaFは比較的に高い熱伝導度を有しており、可飽和吸収体でしばしば問題となる熱負荷も抑制可能である。また、Dy3+などの希土類金属イオンは、内殻軌道の電子遷移によって光吸収することから、吸収波長帯の母材(ホスト材)依存が少ない。そのため、後述する実施例で用いたCaFに限らず、母材の選択性に富んでいることも利点のひとつである。
【0026】
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態に係るレーザ発振器200は、図4に示すように、レーザ媒質10と、可飽和吸収体20と、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を挟み込むように配置される共振器30と、レーザ媒質10に励起光を供給する励起用光源40と、を備える。レーザ発振器200は、受動モード同期(passive mode-locking)により2.5μm~3.5μmの波長の超短パルスレーザを発振するものである。第2の実施の形態のレーザ媒質10、可飽和吸収体20および励起用光源40は、第1の実施の形態と同様のものを用いる。
【0027】
共振器30は、誘導放出された光を反射する反射鏡31、33~35と、レーザ光の一部を外部に取り出すことができる出力鏡32と、を備える。反射鏡31と反射鏡33とは、レーザ媒質10を挟んで互いに対向するように配置されている。反射鏡34と反射鏡35とは、可飽和吸収体20を挟んで互いに対向するように配置されている。反射鏡31は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する凹面鏡であり、励起用光源40から放出された波長の光を透過し、レーザ媒質10から誘導放出された光を反射するものである。反射鏡33、34は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する凹面鏡であり、レーザ媒質10から誘導放出された光を反射するものである。反射鏡35は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する平面鏡であり、レーザ媒質10から誘導放出された光を反射するものである。出力鏡32は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有し、レーザ媒質10から誘導放出された波長の光の一部を透過し、残りを反射するものである。例えば、出力鏡32は、レーザ媒質10から誘導放出された波長の光の95%を反射し、5%を透過する。共振器30の全長は、反射鏡35から出力鏡32までの光が通る経路の長さであり、可飽和吸収体20の回復時間(変調の応答速度)に光の速度を掛けた長さの2分の1より長く、例えば1m~2mである。これにより、可飽和吸収体20の回復時間(変調の応答速度)は、共振器30内での光の往復時間より短くなる。レーザ発振器200は、反射鏡35と出力鏡32との間でレーザ光を繰り返し反射させることで、レーザ光がレーザ媒質10および可飽和吸収体20を通過するたびに誘導放出によりレーザ光を増幅させ、出力鏡32を通じてレーザ光の一部を放出する。
【0028】
つぎに、以上の構成を有するレーザ発振器200が受動モード同期により超短パルスレーザを発振する原理につて説明する。
【0029】
レーザ発振器200の可飽和吸収体20は、上述したように、強度が低い入射光に対して吸収体として作用し、強度が高い入射光に対して吸収体としての能力が飽和することで透明体として作用する。ここでは、レーザ媒質10としてEr:YAlO、可飽和吸収体20として、Dy:CaFを用い、励起用光源40は、976nmのレーザ光を照射するものを用いる例について説明する。レーザ媒質10のEr:YAlOは、976nmの励起光を吸収して誘導放出を起こすことで2.8μmのレーザ光を発振する。可飽和吸収体20のDy:CaFは、976nmの光を吸収せず、光の強度が低い場合2.5~3.5μmの光を吸収する。
【0030】
励起用光源40から反射鏡31を透過してレーザ媒質10に励起光が照射されると、レーザ媒質10は、誘導放出を起こしレーザ光を発振する。反射鏡33、34に反射された励起光およびレーザ光は、可飽和吸収体20を通過し、反射鏡35で反射される。反射鏡35で反射された励起光およびレーザ光は、再度、可飽和吸収体20を通過し、反射鏡34、33で反射され、レーザ媒質10に導かれる。レーザ媒質10を通過した励起光およびレーザ光は、反射鏡31で反射され出力鏡32に導かれ、出力鏡32で反射される。以上のように、励起光およびレーザ光は、反射鏡35と出力鏡32との間を往復する。
【0031】
可飽和吸収体20に光パルスを照射した場合、初期段階において、上述した受動Qスイッチングと同様の原理で短パルスレーザが発生する。次の段階において、図5に示すように、強度の強いパルスの中心部分は、可飽和吸収体20を通過するのに対し、強度の弱いパルスの裾野部分は、可飽和吸収体20で吸収されてパルス幅が短くなる。可飽和吸収体20を用いて往復周期で強度変調すると、図6に示すように、縦モード同士の位相が同期し、超短パルスが発生する。これにより、レーザ発振器200では、レーザ光のパルスの幅が短くなり、例えば、フェムト秒~ピコ秒幅の光パルスが放出される。
【0032】
以上のように、レーザ発振器200は、縦モード同士の位相が同期し、超短パルスが発生する。パルス幅は、フェムト秒~ピコ秒、繰り返しは、数10~数100MHz、パルスエネルギーは、ナノジュール級、ピーク出力は、数10~数100キロワットである。
【0033】
以上のように、本実施の形態のレーザ発振器200によれば、強度の強いパルスの中心部分は、可飽和吸収体20を通過するのに対し、強度の弱いパルスの裾野部分は、可飽和吸収体20で吸収される。可飽和吸収体20の回復時間は、共振器30内での光の往復時間より短く設定されている。これにより、可飽和吸収体20を用いて往復周期で強度変調することで、受動モード同期により、縦モード同士の位相が同期し、超短パルスを発生させることができる。
【0034】
(第2の実施の形態の変形例)
上述の実施の形態では、可飽和吸収体20と反射鏡35が、別体として用いられる例について説明したが、可飽和吸収体20は反射鏡35の表面に配置され、可飽和吸収ミラーを構成してもよい。この場合、反射鏡35の表面に可飽和吸収体20の膜を配置してもよく、可飽和吸収体20に誘電体膜を形成し、反射鏡35の表面に可飽和吸収体20を配置してもよい。
【0035】
(第3の実施の形態)
第3の実施の形態に係るレーザ発振器300は、図7に示すように、ファイバー形状を有するレーザ媒質11と、レーザ媒質11の一端部に配置された可飽和吸収体21と、レーザ媒質11および可飽和吸収体21を挟み込むように配置される共振器50と、レーザ媒質11に励起光を供給する励起用光源40と、を備える中赤外ファイバーレーザである。レーザ発振器300は、受動Qスイッチング(Passive Q-switching)により2.5μm~3.5μmの波長の短パルスレーザを発振するものである。第3の実施の形態の励起用光源40は、第1の実施の形態と同様のものを用いる。
【0036】
レーザ媒質11は、励起用光源40から照射された励起光を吸収して誘導放出を起こすことで光を増幅する。レーザ媒質11は、例えば、Er:ZBLANから構成され励起光を吸収して光を誘導放出するコアと、コアより屈折率の低いクラッドと、を備えるEr:ZBLANファイバーである。Er:ZBLANは、ZBLANにエルビウム(Er)をドープしたものであり、2.7~2.9μmのレーザ光を発振する。レーザ媒質11は、Er:ZBLANファイバー、Er、Pr:ZBLANファイバー、Dy:ZBLANファイバーまたはHo:ZBLANファイバーなどファイバーレーザに用いられるものであればよい。
【0037】
可飽和吸収体21は、可飽和吸収体20と同様に、強度が低い入射光に対して吸収体として作用し、強度が高い入射光に対して吸収体としての能力が飽和することで透明体として作用するものであり、レーザ媒質11の一端部を保護するエンドキャップ呼ばれる潮解抑制パーツとしての機能をさらに有する。可飽和吸収体21がレーザ媒質11の一端部に配置されることで、ファイバーレーザの長期安定化や高出力化を可能にする。なお、可飽和吸収体21は、上述した可飽和吸収体20と同様の材質であってもよい。例えば、レーザ媒質11としてEr:ZBLANファイバーを用いる場合、可飽和吸収体21として、Dy:CaFを用いることが好ましい。可飽和吸収体21は、レーザ媒質11の一端に融着されて取り付けられる。ZBLANガラスとCaF結晶の熱融着における親和性は極めて高いうえ、CaFは熱伝導度が高く熱負荷を大幅に軽減可能である。Dy:CaFをファイバー端に融着することで、保護部材としての優れた性能とQスイッチ素子としての機能を両立することが可能である。
【0038】
共振器50は、誘導放出された光を反射する反射鏡51と、レーザ光の一部を外部に取り出すことができる出力鏡52と、を備える。反射鏡51と出力鏡52とは、レーザ媒質11および可飽和吸収体21を挟んで互いに対向するように配置されている。反射鏡51は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する凹面鏡であり、レーザ媒質11から誘導放出された光および励起光を反射するものである。出力鏡52は、レーザ媒質11の他端部に配置され、レーザ媒質11から誘導放出された波長の光の一部を透過し、残りを反射するものである。出力鏡52は、可飽和吸収体21と同様に、レーザ媒質11の他端部を保護するエンドキャップと呼ばれる潮解抑制パーツとしての機能をさらに有する。出力鏡52がレーザ媒質11の他端部に配置されることで、ファイバーレーザの長期安定化を可能にする。
【0039】
励起用光源40は、出力鏡52からレーザ媒質11に励起光を導入することができる位置に配置されている。励起用光源40と出力鏡52との間に、反射鏡42が光軸に対して45°傾けて配置されている。反射鏡42は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する平面鏡であり、励起用光源40から放出された波長の光を透過し、レーザ媒質11から誘導放出された波長の光を反射するものである。
【0040】
以上のように、本実施の形態のレーザ発振器300によれば、可飽和吸収体21が、レーザ媒質11の一端部を保護するエンドキャップと呼ばれる潮解抑制パーツとしての機能をさらに有することで、ファイバーレーザの長期安定化や高出力化を可能にする。レーザ媒質11としてEr:ZBLANファイバーを用いる場合、可飽和吸収体21として、Dy:CaFを用いると、ZBLANガラスとCaF結晶の熱融着における親和性は極めて高いため、CaFは熱伝導度が高く熱負荷を大幅に軽減可能である。従って、Dy:CaFをファイバー端に融着することで、保護部材としての優れた性能とQスイッチ素子としての機能を両立することが可能である。
【0041】
(第3の実施の形態の変形例)
上述の実施の形態では、励起用光源40が、レーザ媒質11の他端部から励起光を導入する例について説明した。レーザ発振器300は、レーザ媒質11に励起光を導入することができればよく、レーザ媒質11の一端部および他端部から励起光を導入してもよい。例えば、図8に示すように、レーザ発振器300は、励起用光源40に加えて励起用光源43を備え、レーザ媒質11の一端部および他端部から励起光を導入する。励起用光源43と可飽和吸収体21との間に、反射鏡44が光軸に対して45°傾けて配置されている。反射鏡44は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する平面鏡であり、励起用光源43から放出された波長の光を透過し、レーザ媒質11から誘導放出された波長の光を反射するものである。反射鏡44で反射された光は、反射鏡51’で反射され、レーザ媒質11に戻される。反射鏡44と可飽和吸収体21との間には、レンズ45が配置されている。また、レーザ媒質11にFBG(Fiber Bragg Grating)12を設けてもよい。このように、励起用光源40、43を用いることで、さらに高い強度のレーザを発振することができる。
【0042】
(第4の実施の形態)
第4の実施の形態に係るレーザ発振器400は、図9に示すように、レーザ媒質10と、可飽和吸収体20と、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を挟み込むように配置される共振器60と、レーザ媒質10に励起光を供給する励起用光源40と、を備えるマイクロチップレーザである。第4の実施の形態のレーザ媒質10、可飽和吸収体20および励起用光源40は、第1の実施の形態と同様のものを用いる。
【0043】
レーザ媒質10および可飽和吸収体20は、例えば、いずれも円盤形状であり、同一の外径で形成され接合されている。レーザ媒質10および可飽和吸収体20の外径は、例えば、約0.5mm~約300mmであり、好ましくは約10mm~約100mmである。レーザ媒質10および可飽和吸収体20は、例えば、パルス通電加圧焼結法(PECS:Pulse Electric Current Sintering)を用いて接合されるとよい。PECSは、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を機械的に加圧しつつ、直流のON/OFFで生成したパルス電流を供給して材料を加熱することで、材料同士を接合する方法である。
【0044】
共振器60は、誘導放出された光を反射する反射鏡61と、レーザ光の一部を外部に取り出すことができる出力鏡62と、を備える。反射鏡61と出力鏡62とは、レーザ媒質10および可飽和吸収体20を挟んで互いに対向するように配置されている。反射鏡61から出力鏡62の光軸方向の長さは、例えば1mm~10mmである。反射鏡61は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有し、励起用光源40から放出された波長の光を透過し、レーザ媒質10から誘導放出された波長の光を反射するものである。反射鏡61は、レーザ媒質10に直接成膜された誘電体膜であってもよい。出力鏡62は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有し、レーザ媒質10から誘導放出された波長の光の一部を透過し、残りを反射するものである。出力鏡62は、可飽和吸収体20に直接成膜された誘電体膜であってもよい。
【0045】
以上のように、本実施の形態のレーザ発振器400によれば、第1の実施の形態のレーザ発振器100と同様に、可飽和吸収体20を用いることで、受動Qスイッチングにより短パルスレーザを発振することができる。また、レーザ媒質10と可飽和吸収体20とを接合していることで、装置のサイズを小さくできるという利点がある。また、受動Qスイッチングにより短パルスレーザを発振する場合、パルス幅は共振器60の長さに比例するため、パルス幅を短くすることが可能になる。
【0046】
(第4の実施の形態の変形例)
上述の実施の形態に係るレーザ発振器400では、励起光が照射される向きとレーザ光が放出される向きとが同じである例について説明した。レーザ発振器400は、レーザ光を放出することができればよく、図10に示すように、励起光が照射される向きとレーザ光が放出される向きとが逆向きであってもよい。この場合、例えば、励起用光源40と、レーザ媒質10および可飽和吸収体20と、の間に、反射鏡46が光軸に対して45°傾けて配置されている。反射鏡46は、透明板と透明板に形成された誘電体膜とを有する平面鏡であり、励起用光源40から放出された波長の光を透過し、レーザ媒質10から誘導放出された波長の光を反射するものである。このようにすることで、装置のレイアウトに合わせた設計が容易になる。
【0047】
(変形例)
上述の実施の形態のレーザ発振器100から400では、レーザ媒質10、11が、固体であり、励起用光源40がレーザ媒質10、11に励起光を供給する例について説明した。レーザ媒質10、11は、誘導放出により光を放出できればよく、ガス等を媒質にしてもよい。また、レーザ媒質10、11は、誘導放出により光を放出できればよく、励起用光源40から励起光を供給する代わりに、放電、電子衝突、電流の注入などにより励起されてもよい。
【実施例
【0048】
以下、Dy3+を含む可飽和吸収体20を代表して、Dyを添加したCaFのセラミックス試料の効果を実証した。また、Dyを添加したCaFのセラミックス試料を用いたレーザ発振器100の効果を実証した。この実施例は、本開示の一実施態様を示すものであり、本開示は何らこれらに限定されるものではない。
【0049】
可飽和吸収体20として、Dyを添加したCaFの実施例のセラミックス試料を作成した。実施例1のDyの含有率は、0.5at%であり、実施例2のDyの含有率は、1at%であり、実施例3のDyの含有率は、2at%であり、実施例4のDyの含有率は、3at%であった。
【0050】
実施例1のセラミックス試料は、粉末のCaFに0.5at%含有率でDyを添加したものを混合し、混合したものを成型および加圧焼成して作成した。詳細には、CaFに0.5at%含有率でDyを含む粉末を冷間静水圧プレスにより加圧して成型した。つぎに、成型した試料を窒素中で仮焼成を実施した。つぎに、仮焼成した試料を熱間静水圧プレスにより大気中で加圧焼成した。実施例2~3のセラミックス試料についても、実施例1と同様に、粉末のCaFにそれぞれの含有率のDyを添加して作成した。実施例1~4の形状は、厚さ3mmの円盤状であった。
【0051】
実施例1~4のセラミックス試料の透過率、散乱係数および吸収係数(定常状態)を測定した。測定した透過率を図11、散乱係数を図12、吸収係数を図13、吸収係数とDyの含有率の関係を図14に示す。Dyの含有率が大きくなるに従い、透過率は小さくなっており、実施例1~4のセラミックス試料は、Dyの含有率により透過率を制御可能であることを示した。また、散乱係数については、2900nmにおいて0.01~0.05cm-1であり、Dyの含有率との相関は見られなかった。また、吸収係数において、吸収極大波長は2830nmであり、実施例1~3において波長2.5μm~3.2μm、実施例4において波長2.5μm~3.5μmに渡って連続的かつ広帯域な吸収特性を有していた。このことは、Dy:CaF可飽和吸収体が、波長2.5μm~3.5μmで発振するレーザに適用可能であることを意味している。また、2830nm、2900nm、2700nm、3000nmおよび2600nmにおいて、吸収係数は、Dyの含有率に比例していることがわかった。このことから、吸収率や変調度は、Dyの含有率やセラミックス試料の厚さを調節することで精度よく制御可能であることがわかった。また、実施例1~4のセラミックス試料の何れも、950nm~1020nmで吸収が観測されず、励起光を吸収しないことがわかった。
【0052】
つぎに、波長2920nmの連続波レーザ光を用いて、実施例1のセラミックス試料の透過率の入射強度依存性を測定した。測定した過飽和吸収特性を図15に示す。顕著な非線形吸収が観測され、フィッティングにより飽和強度0.32MW/cm、変調度4.7%、非飽和損失3.0%が導出された。グラフェンの飽和強度は0.7MW/cm、変調度は1.5%未満であることが知られている。実施例1のセラミックス試料の変調度は、グラフェンの変調度より大きく、実施例1のセラミックス試料の飽和強度は、グラフェンの飽和強度より小さいことがわかった。従って、実施例1のセラミックス試料の飽和吸収特性は、グラフェンの飽和吸収特性より優れていることがわかった。
【0053】
つぎに、実施例1のセラミックス試料を用いて、受動Qスイッチパルスレーザの実証を、図1に示す構造のレーザ発振器100を用いて行った。可飽和吸収体20として、実施例1のセラミックス試料を用いた。レーザ媒質10の光軸方向の長さL1は、8mm、可飽和吸収体20の光軸方向の長さL2は、3mm、共振器30の反射鏡31から出力鏡32の光軸方向の長さL3は、15mmであった。また、レーザ媒質10としてEr:YAlOの結晶を用い、励起用光源40から976nmのレーザ光を励起光として照射した。出力鏡32は、レーザ媒質10から誘導放出された光の95%を反射し、5%を透過するものを用いた。実施例1のセラミックス試料は励起光を吸収しないため、直線形状で比較的長さの短い共振器を構成できた。受動Qスイッチの場合、発振パルス幅は共振器の長さに反比例するため、高いピーク出力を得るためには共振器の短縮化は重要である。
【0054】
励起用光源40から励起光を照射すると、レーザ発振器100は、2.8μmのパルスレーザを発振した。Qスイッチ実証実験で得られた中赤外レーザパルスの時間波形を図16および図17に示す。繰り返し周波数は、208kHzであった。励起用光源40から5.6Wの励起光を照射した場合、パルス幅は740nsであり、励起用光源40から11.7Wの励起光を照射した場合、パルス幅は220nsであった。Qスイッチングに起因した安定なパルス列が得られ、パルス幅は最短で220nsであった。また、図18に示すように、励起光のゲインの増加に伴って、パルス幅が短くなり、繰り返し周波数が増加した。これは、一般的な受動Qスイッチレーザの挙動であり、Dy:CaFの可飽和吸収体利用による中赤外パルス動作が実証された。また、図19に示すように、ゲインの増加に伴って、パルスエネルギーおよびピークパワーも増加した。また、2.5%、5%および10%の光を透過する出力鏡32を用いて、ゲインに対する平均出力パワーをそれぞれ測定した。この結果を図20に示す。ゲインに対する平均出力パワーは、5%の光を透過する出力鏡32を用いた場合、最も大きく、10%の光を透過する出力鏡32を用いた場合、次に大きく、2.5%の光を透過する出力鏡32を用いた場合、最も小さかった。
【0055】
以上のように、可飽和吸収体20は、Dy3+を含むことで、励起光に対する透過度が高く、小さい飽和強度、優れた変調度を得ることができることがわかった。また、Dy3+の含有率を調整することによって変調度を精度よく制御可能であることがわかった。また、レーザ発振器100は、Dy3+を含む可飽和吸収体20を用いることで、受動Qスイッチングにより2.8μmの短パルスレーザを発振することができることがわかった。また、Dy3+などの希土類金属イオンは、内殻軌道の電子遷移によって光吸収することから、吸収波長帯の母材依存が少ない。そのため、実施例1~4で用いたCaFに限らず、他の母材を選択することも可能であると考えられる。
【0056】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【符号の説明】
【0057】
10、11…レーザ媒質、12…FBG、20、21…可飽和吸収体、30、50、60…共振器、31、33~35、42、44、46、51、51’、61…反射鏡、32、52、62…出力鏡、40、43…励起用光源、41、45…レンズ、100、200、300、400…レーザ発振器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
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図15
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図18
図19
図20