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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-30
(45)【発行日】2022-10-11
(54)【発明の名称】焙煎コリアンダーシード
(51)【国際特許分類】
   A23L 25/00 20160101AFI20221003BHJP
   A23L 27/00 20160101ALI20221003BHJP
   A23L 27/10 20160101ALI20221003BHJP
   A23L 23/00 20160101ALI20221003BHJP
   A23L 13/00 20160101ALI20221003BHJP
【FI】
A23L25/00
A23L27/00 C
A23L27/10 C
A23L23/00
A23L13/00 A
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2018104361
(22)【出願日】2018-05-31
(65)【公開番号】P2019208368
(43)【公開日】2019-12-12
【審査請求日】2021-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】713011603
【氏名又は名称】ハウス食品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100088694
【弁理士】
【氏名又は名称】弟子丸 健
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100084663
【氏名又は名称】箱田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100093300
【弁理士】
【氏名又は名称】浅井 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100196405
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 邦光
(72)【発明者】
【氏名】齋▲藤▼ 啓子
(72)【発明者】
【氏名】渡▲邉▼ 千賀子
(72)【発明者】
【氏名】野口 陽平
【審査官】飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-313635(JP,A)
【文献】特開2011-062125(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105455047(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107822098(CN,A)
【文献】特開2000-236844(JP,A)
【文献】特開2000-224969(JP,A)
【文献】特開2016-123329(JP,A)
【文献】Die Nahrung, 1980,Vol.24, p.645-651
【文献】勝又 忠与次 Tadayoshi Katsumata Tadayoshi Katsumata,食品のこくとこく味調味料,月刊フードケミカル 8月号 ,第30巻,川添 辰幸 株式会社食品化学新聞社
【文献】河田 省三 Shozo Kawada Shozo Kawada,こく味調味料の特性と利用,食品と科学 40巻12号 ,第40巻,岸 真之輔 株式会社食品と科学社
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
清涼香及び焙煎香を含む焙煎コリアンダーシードであって、
前記清涼香が、β-リナロール、リモネン、酢酸リナリル、酢酸シトロネリル、ネロール、ゲラニオール、及び酢酸ゲラニオールからなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記焙煎香が、2-メチルピラジン、2-エチルピラジン、2,3-ジメチルピラジン、2,5-ジメチルピラジン、2,6-ジメチルピラジン、2-エチル-5-メチルピラジン、2-エチル-6-メチルピラジン、3-エチル-2,5-ジメチルピラジン、トリメチルピラジン、フルフラール、酢酸フルフリル、アセチルフラン、ピロール、フルフリルピロール、及び2-アセチルピロールからなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記焙煎コリアンダーシードを粒径1mm以下に粉砕し、この粉砕した焙煎コリアンダーシードの質量に対して14.7質量ppmの割合でデカンを内部標準物質として添加してガスクロマトグラフ質量分析法(GC/MS分析法)で分析した場合に、前記清涼香に由来するピーク面積の合計[A]、前記焙煎香に由来するピーク面積の合計[B]、及び、前記デカンに由来するピーク面積[D]が、次の条件(1)及び(2):
(1)0.01≦[B]/[A]≦0.2
(2)[B]/[D]≧0.1
を満たすことを特徴とする、焙煎コリアンダーシード。
【請求項2】
フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、グアヤコール、及び4-エチルグアヤコールからなる群から選択される少なくとも1種の焦げ香をさらに含み、前記焙煎コリアンダーシードを粒径1mm以下に粉砕してガスクロマトグラフ質量分析法で分析した場合の、前記焦げ香に由来するピーク面積の合計[C]が、次の条件(3):
(3)[C]<([A]+[B])×0.01
を満たす、請求項1に記載の焙煎コリアンダーシード。
【請求項3】
未粉砕のコリアンダーシードを、品温170℃以上で加熱処理する工程を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の焙煎コリアンダーシードの製造方法。
【請求項4】
前記加熱処理工程が、4分以上20分以下の間行われる、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記加熱処理工程が、開放式容器内で行われる、請求項3又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
加熱処理された未粉砕のコリアンダーシードを粉砕処理する工程をさらに含む、請求項3~5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の焙煎コリアンダーシードを含む、飲食品。
【請求項8】
飲食品のコク味増強方法であって、
請求項1又は2に記載の焙煎コリアンダーシード又は請求項3~6のいずれか1項に記載の製造方法により得られた焙煎コリアンダーシードを、前記飲食品に添加する工程を含むことを特徴とする、方法。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の焙煎コリアンダーシードを含む、飲食品のコク味増強剤。
【請求項10】
畜肉臭のマスキング方法であって、
請求項1又は2に記載の焙煎コリアンダーシード又は請求項3~6のいずれか1項に記載の製造方法により得られた焙煎コリアンダーシードを、畜肉に添加する工程を含むことを特徴とする、方法。
【請求項11】
請求項1又は2に記載の焙煎コリアンダーシードを含む、畜肉臭のマスキング剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焙煎コリアンダーシードに関し、特に清涼香及び焙煎香を含む焙煎コリアンダーシードに関する。
【背景技術】
【0002】
コリアンダーシードは、コリアンダーの果実を乾燥させたものであり、柑橘様の爽やかで華やかな特徴的な香りを有している。コリアンダーシードの柑橘様の香りは、リナロール、リモネン、ゲラニオール、及びネロールなどの香気成分によるものであり、これらの含有量が多いほど香りが強く品質が良いと評価される。
【0003】
コリアンダーシードは、そのまま又は粉砕物の形態で香辛料として料理に添加され、料理全体の香り立ちを改善し、独特の味わいを付与することができる。コリアンダーシードは、特にカレーパウダーに混合される香辛料の1つとしても知られており、カレーソースなどの料理の香りや風味を決定付ける重要な構成要素である。
【0004】
コリアンダーシードを加熱すると、その特徴的な香りが揮発したり変化したりしてしまうため、これを強く加熱することはこれまで行われてこなかった。特許文献1では、油脂とともに加熱され得る香辛料としてコリアンダーシードが言及されているが、これが実際に加熱された例は記載されておらず、実際に加熱された香辛料の加熱温度もせいぜい155℃程度であった。特許文献2には、コリアンダーシードが140℃で焙煎された旨が記載されているが、このような低い温度では、コリアンダーシードに十分な焙煎香を付与することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-224969号公報
【文献】特開2000-236844号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
カレーソースなどの料理の風味に香辛料が果たす役割は大きいので、食材の美味しさを引き出すため又は新たな風味を付与するために、従来から香辛料の効果的な使い方について研究が行われてきた。本発明は、コリアンダーシードを用いた新しい香辛料を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、コリアンダーシードを特定の条件下で焙煎すると、本来の柑橘様の香りが維持又は増強される一方で、香ばしい香りが付与され、清涼香と焙煎香を併せ持つ焙煎コリアンダーシードを製造することができることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、以下に示す焙煎コリアンダーシード、その製造方法、及びその用途を提供するものである。
〔1〕清涼香及び焙煎香を含む焙煎コリアンダーシードであって、
前記清涼香が、β-リナロール、リモネン、酢酸リナリル、酢酸シトロネリル、ネロール、ゲラニオール、及び酢酸ゲラニオールからなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記焙煎香が、2-メチルピラジン、2-エチルピラジン、2,3-ジメチルピラジン、2,5-ジメチルピラジン、2,6-ジメチルピラジン、2-エチル-5-メチルピラジン、2-エチル-6-メチルピラジン、3-エチル-2,5-ジメチルピラジン、トリメチルピラジン、フルフラール、酢酸フルフリル、アセチルフラン、ピロール、フルフリルピロール、及び2-アセチルピロールからなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記焙煎コリアンダーシードを粒径1mm以下に粉砕し、この粉砕した焙煎コリアンダーシードの質量に対して14.7質量ppmの割合でデカンを内部標準物質として添加してガスクロマトグラフ質量分析法(GC/MS分析法)で分析した場合に、前記清涼香に由来するピーク面積の合計[A]、前記焙煎香に由来するピーク面積の合計[B]、及び、前記デカンに由来するピーク面積[D]が、次の条件(1)及び(2):
(1)0.01≦[B]/[A]≦0.2
(2)[B]/[D]≧0.1
を満たすことを特徴とする、焙煎コリアンダーシード。
〔2〕フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、グアヤコール、及び4-エチルグアヤコールからなる群から選択される少なくとも1種の焦げ香をさらに含み、前記焙煎コリアンダーシードを粒径1mm以下に粉砕してガスクロマトグラフ質量分析法で分析した場合の、前記焦げ香に由来するピーク面積の合計[C]が、次の条件(3):
(3)[C]<([A]+[B])×0.01
を満たす、前記〔1〕に記載の焙煎コリアンダーシード。
〔3〕未粉砕のコリアンダーシードを、品温170℃以上で加熱処理する工程を含むことを特徴とする、焙煎コリアンダーシードの製造方法。
〔4〕前記加熱処理工程が、4分以上20分以下の間行われる、前記〔3〕に記載の製造方法。
〔5〕前記加熱処理工程が、開放式容器内で行われる、前記〔3〕又は〔4〕に記載の製造方法。
〔6〕加熱処理された未粉砕のコリアンダーシードを粉砕処理する工程をさらに含む、前記〔3〕~〔5〕のいずれか1項に記載の製造方法。
〔7〕前記〔1〕又は〔2〕に記載の焙煎コリアンダーシードを含む、飲食品。
〔8〕飲食品のコク味増強方法であって、
前記〔1〕又は〔2〕に記載の焙煎コリアンダーシード又は前記〔3〕~〔6〕のいずれか1項に記載の製造方法により得られた焙煎コリアンダーシードを、前記飲食品に添加する工程を含むことを特徴とする、方法。
〔9〕前記〔1〕又は〔2〕に記載の焙煎コリアンダーシードを含む、飲食品のコク味増強剤。
〔10〕畜肉臭のマスキング方法であって、
前記〔1〕又は〔2〕に記載の焙煎コリアンダーシード又は前記〔3〕~〔6〕のいずれか1項に記載の製造方法により得られた焙煎コリアンダーシードを、畜肉に添加する工程を含むことを特徴とする、方法。
〔11〕前記〔1〕又は〔2〕に記載の焙煎コリアンダーシードを含む、畜肉臭のマスキング剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明に従えば、コリアンダーシードの本来の柑橘様の香りが維持又は増強される一方で、香ばしい香りが付与され、清涼香と焙煎香を併せ持つ焙煎コリアンダーシードが提供される。この独特の風味を有する焙煎コリアンダーシードは、飲食品のコク味を増強したり、畜肉臭をマスキングしたりすることができる。したがって、焙煎コリアンダーシード又はそれを含む香辛料を使用した、商品価値の高い新規な食品を提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、焙煎コリアンダーシードに関している。本明細書に記載の「焙煎コリアンダーシード」とは、香辛料として使用され得るコリアンダーの乾燥果実を、油や水を使用せずに加熱乾燥したものをいう。前記焙煎コリアンダーシードの原料としては、未粉砕のコリアンダーシードである限り特に限定されず、当技術分野で通常使用されている種々のコリアンダーシードを採用することができる。例えば、前記コリアンダーシードの産地は、モロッコ、インド、スリランカ、カナダ及び、ロシアであってもよい。なお、「未粉砕」とは、粉砕処理を施していないことをいい、「未粉砕のコリアンダーシード」には、粒の一部が半分から8分の1程度に欠けているようなコリアンダーシードも含まれる。特定の理論に拘束されるものではないが、未粉砕のコリアンダーシードを焙煎すると、当該コリアンダーシードがもともと有していた柑橘様の香りの成分(清涼香)及び焙煎中に生じた芳香成分(焙煎香及び増加した清涼香など)が、コリアンダーシードの外殻の働きで当該コリアンダーシード中に保持され得るが、コリアンダーシードを粉砕してから焙煎すると、これらの芳香成分が揮発して拡散し、当該コリアンダーシード中に各種芳香成分が保持されないと考えられる。
【0010】
本発明の焙煎コリアンダーシードは、清涼香及び焙煎香を含んでいる。前記清涼香は、コリアンダーシードが本来有している柑橘様の香りの成分であり、β-リナロール、リモネン、酢酸リナリル、酢酸シトロネリル、ネロール、ゲラニオール、及び酢酸ゲラニオールからなる群から選択される少なくとも1種である。前記焙煎香は、コリアンダーシードに焙煎処理を施すことによって生じる香ばしい香りの成分であり、2-メチルピラジン、2-エチルピラジン、2,3-ジメチルピラジン、2,5-ジメチルピラジン、2,6-ジメチルピラジン、2-エチル-5-メチルピラジン、2-エチル-6-メチルピラジン、3-エチル-2,5-ジメチルピラジン、トリメチルピラジン、フルフラール、酢酸フルフリル、アセチルフラン、ピロール、フルフリルピロール、及び2-アセチルピロールからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0011】
前記焙煎コリアンダーシード中の前記清涼香及び前記焙煎香の量は、特定の関係を満たすものである。すなわち、前記焙煎コリアンダーシードを粒径1mm以下(目開き1mmのJIS試験用ふるいを通過する粒度)に粉砕し、この粉砕した焙煎コリアンダーシードの質量に対して14.7質量ppmの割合でデカンを内部標準物質として添加してガスクロマトグラフ質量分析法(GC/MS法)で分析した場合に、前記清涼香に由来するピーク面積の合計[A]、及び前記焙煎香に由来するピーク面積の合計[B]は、次の条件(1):
(1)0.01≦[B]/[A]≦0.2
を満たし、好ましくは、次の条件(1’):
(1’)0.02≦[B]/[A]≦0.1
を満たす。これに加えて、前記デカンに由来するピーク面積[D]と、前記[B]とが、次の条件(2):
(2)[B]/[D]≧0.1
を満たし、好ましくは、次の条件(2’):
(2’)[B]/[D]≧0.3
を満たす。コリアンダーシードの焙煎が十分に行われ、かつ焙煎中に生じた芳香成分が焙煎コリアンダーシード中に保持されていると、各条件が満たされことになる。本発明における焙煎コリアンダーシード中の前記香気成分のピーク面積とは、固相マイクロ抽出法(Solid Phase Micro Extraction:SPME法)を用いたガスクロマトグラフ質量分析法(GC/MS分析法)で得られる値を採用する。詳細な条件は、本明細書の実施例の項に記載する。
【0012】
ある態様では、前記焙煎コリアンダーシードは、焦げ香をさらに含んでもよい。前記焦げ香は、フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、グアヤコール、及び4-エチルグアヤコールからなる群から選択される少なくとも1種である。前記焦げ香は、焙煎処理によってコリアンダーシードが焦げて生じるものであるため、量は少ない方がよく、上述のように質量分析を行った場合の、前記焦げ香に由来するピーク面積の合計[C]は、次の条件(3):
(3)[C]<([A]+[B])×0.01
を満たし得る。
【0013】
また、ある態様では、前記焙煎コリアンダーシード中の清涼香の量は、焙煎前のコリアンダーシードと比較して十分に保持されているかむしろ増大しているので、前記焙煎コリアンダーシードと同様に焙煎前のコリアンダーシードを質量分析した場合の、前記清涼香に由来するピーク面積の合計[A’]と、前記[A]とが、次の条件:
(4)[A]≧[A’]×0.4
を満たしてもよい。
【0014】
別の態様では、本発明は、焙煎コリアンダーシードの製造方法にも関しており、当該製造方法は、未粉砕のコリアンダーシードを、品温170℃以上で加熱処理する工程を含む。従来のコリアンダーシードは、芳香成分が揮発することを恐れて加熱処理されずに使用されており、せいぜい殺菌処理(約120℃で約10秒程度)が施されるだけだった。しかしながら、未粉砕のコリアンダーシードを、品温約170℃以上、好ましくは約170℃以上約230℃以下で加熱処理することで、本来の柑橘様の香りが維持又は増強される一方で、香ばしい香りを増加させることができる。前記加熱処理工程の時間は、所望の焙煎香が付与される限り特に限定されないが、例えば、約4分以上約20分以下であってもいいし、好ましくは約5分以上約18分以下である。また、前記加熱処理工程を行う容器は、特に限定されないが、例えば、開放式容器であってもいいし、密閉式容器であってもよい。そして、前記加熱処理を行う装置としても、当技術分野で通常使用されている装置を特に制限されることなく採用することができ、例えば、オーブン、直火平釜焙煎機、及び加圧釜などを使用して加熱処理を行ってもよい。
【0015】
本発明の製造方法は、加熱処理された未粉砕のコリアンダーシードを粉砕処理する工程をさらに含んでもよい。前記粉砕処理工程は、当技術分野で通常使用されている手段を用いて、適宜行うことができる。
【0016】
前記焙煎コリアンダーシード又は前記製造方法によって製造された焙煎コリアンダーシードは、そのまま又は適宜粉砕して、単独の香辛料又は他の香辛料との混合香辛料として使用することができる。前記他の香辛料としては、前記焙煎コリアンダーシード又は前記製造方法によって製造された焙煎コリアンダーシードの所望の香りを妨げない限り特に制限されず、当技術分野で通常使用されている種々の香辛料を適宜採用することができる。また、前記香辛料又は前記混合香辛料は、前記焙煎コリアンダーシード又は前記製造方法によって製造された焙煎コリアンダーシードの所望の香りを妨げない限り、当技術分野で通常使用されている種々の添加剤を適宜含むことができる。
【0017】
また別の態様では、本発明は、前記焙煎コリアンダーシード又は前記製造方法によって製造された焙煎コリアンダーシードを含む飲食品にも関している。前記焙煎コリアンダーシード又は前記製造方法によって製造された焙煎コリアンダーシードは、柑橘様の香りに加えて非常に強い焙煎香を有しているため、例えば、カレーソース及びビーフシチューソースなどに少量添加するだけで、当該ソース全体の味に深みを与える、すなわちコク味を増強することができる。また、豚バラ肉や鶏肉に少量まぶすだけで、まるで炭火で焼いたような独特の風味を与えることができ、いわゆる畜肉臭もマスキングすることができる。
【0018】
換言すれば、ある態様では、本発明は、前記焙煎コリアンダーシード又は前記製造方法によって製造された焙煎コリアンダーシードを飲食品に添加する工程を含む、飲食品のコク味増強方法、又は、前記焙煎コリアンダーシード又は前記製造方法によって製造された焙煎コリアンダーシードを畜肉に添加する工程を含む、畜肉臭のマスキング方法に関している。また、本発明は、前記焙煎コリアンダーシード又は前記製造方法によって製造された焙煎コリアンダーシードを含む、飲食品のコク味増強剤又は畜肉臭のマスキング剤にも関している。
【0019】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0020】
〔実施例1〕
50gのモロッコ産コリアンダーシードを、砕かずにホールの状態で4号バット(276×211×35mm)に重ならないように並べた。このバットを、あらかじめ210℃に熱しておいたオーブンに入れ、20分間加熱した後に放冷して、焙煎コリアンダーシードを作製した。放冷前(加熱時)の品温は170℃であった。この焙煎コリアンダーシードは、特徴的な柑橘様の香りが強く、かつ香ばしい良好な風味を有していた。
【0021】
〔実施例2~8及び比較例1~4〕
コリアンダーシードの種類及び加熱条件を以下の表1に記載の条件に変更した以外は、実施例1と同様にしてコリアンダーシードを処理した。実施例7では、50kgのコリアンダーシードを直火平釜焙煎機に入れ、20rpmで撹拌しながら、ジャケット温度250℃で品温190℃になるまで加熱し、その品温を20分間保持した後に放冷した。また、比較例3では、10kgのコリアンダーシードを密閉撹拌釜(加圧釜)に入れ、20rpmでパドル撹拌しながら、ジャケット温度143℃で品温120℃になるまで加熱した後に放冷した。各実施例の焙煎コリアンダーシードは、特徴的な柑橘様の香りが強く、かつ香ばしい良好な風味を有していたが、各比較例のコリアンダーシード処理物は、香ばしさに欠けていた。
【0022】
【表1】
(*1) 粉砕処理は施していないが、コリアンダーシードの粒が半分から4分の1程度に欠けた状態となっているもの。
【0023】
〔試験例〕
(1)試料調製方法
実施例若しくは比較例のコリアンダーシード又は通常の殺菌処理(120℃、10秒)だけが施された従来のコリアンダーシード(従来品)を、ミルサーで粒径1mm以下に粉砕し、そのうち500mgをSPME用バイアル(20mL容)に入れた。ここへ3.9mLの蒸留水を入れ、さらに内部標準物質として0.01μLのデカンを含む溶液100μLを加えて、コリアンダーシードに対して14.7質量ppmのデカンを含む試料を調製した。この試料をボルテックスミキサーにより均一に撹拌し、キャップで密閉した。
【0024】
(2)芳香成分の測定
分析には、Agilent Technologies社のGCMS(7890A GC System、5975C inert XL MSD)とGerstel社のオートサンプラーを使用した。SPMEファイバーとしては、SUPELCO社のDivinylbenzene/Carboxen/Polydimethylsiloxane(2cm)を使用した。上記(1)で調製した試料を60℃で5分間予備加温した後、密閉したバイアル内で当該試料にSPMEファイバーを60℃で10分間暴露させて揮発成分を吸着させた後に、GCMSへインジェクションした。GCMS分析条件を次に示す。
使用カラム:Agilent DB-WAX(60m×0.25mm、0.25μm)
カラムオーブン昇温条件:(i)40℃で5分間保持した後に昇温開始→(ii)2℃/分の条件で加熱し120℃まで昇温→(iii)15℃/分の条件で加熱し240℃まで昇温し7分間保持させて終了。
【0025】
得られたクロマトグラムから、以下の各成分のピーク面積を測定してグループ毎に合計し、内部標準物質のデカンに対する比を算出した。また、加熱処理前のコリアンダーシードについても同様にして、以下の各成分のピーク面積を測定してグループ毎に合計し、内部標準物質のデカンに対する比を算出した。
【0026】
*Aグループ(清涼香):
β-リナロール、リモネン、酢酸リナリル、酢酸シトロネリル、ネロール、ゲラニオール、及び酢酸ゲラニオール
*Bグループ(焙煎香):
2-メチルピラジン、2-エチルピラジン、2,3-ジメチルピラジン、2,5-ジメチルピラジン、2,6-ジメチルピラジン、2-エチル-5-メチルピラジン、2-エチル-6-メチルピラジン、3-エチル-2,5-ジメチルピラジン、トリメチルピラジン、フルフラール、酢酸フルフリル、アセチルフラン、ピロール、フルフリルピロール、及び2-アセチルピロール
*Cグループ(焦げ香):
フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、グアヤコール、及び4-エチルグアヤコール
【0027】
A~Cグループの分析値(内部標準物質のデカンに対する比)及び各グループ間の数値の比較を、以下の表2に示す。
【表2】
【0028】
(2)官能試験
実施例1~8の焙煎コリアンダーシード及び比較例1~4のコリアンダーシード処理物の清涼香、焙煎香、及び焦げ香に由来する香りを、通常の殺菌処理だけが施された従来のコリアンダーシードの香りを基準として、5名のパネルが以下のように評価した。
・清涼香
5:基準よりかなり強い
4:基準よりやや強い
3:基準と同じ
2:基準よりやや弱い
1:基準よりかなり弱い
・焙煎香及び焦げ香
3:基準よりかなり強い
2:基準よりやや強い
1:基準と同じ(焙煎香又は焦げ香をほとんど感じない)
【0029】
官能試験の結果を、以下の表3に示す。
【表3】
【0030】
未粉砕のコリアンダーシードを170℃以上の温度で加熱して焙煎すると、原料の産地や焙煎方法によらず、コリアンダーシードが本来有していた清涼香が概ね維持されているか又は増大され、かつ焙煎香が付与されている焙煎コリアンダーシードを調製することができた(実施例1~8)。前記焙煎コリアンダーシードでは、前記清涼香(Aグループ)に由来するピーク面積の合計[A]、前記焙煎香(Bグループ)に由来するピーク面積の合計[B]、及び、内部標準物質として添加されたデカンに由来するピーク面積[D]が、次の条件(1)及び(2):
(1)0.01≦[B]/[A]≦0.2
(2)[B]/[D]≧0.1
を満たしていた。
【0031】
官能評価においては、清涼香、焙煎香、及び焦げ香の絶対量だけでなく、これらの相対的なバランスも、各香りの強さに影響を与え得るが、上記官能試験の結果は、GC/MS分析法による分析結果と同様の傾向を示していた。すなわち、実施例の焙煎コリアンダーシードでは、清涼香に基づく香りが維持又は増強され、かつ焙煎香に基づく香りが付与されていた。特に、実施例3及び6の焙煎コリアンダーシードについては、清涼香及び焙煎香に基づく香りがバランスよく感じられて好ましかった。
【0032】
一方、未加熱のコリアンダーシ-ドには、前記焙煎香及び前記焦げ香の成分は含まれず、それらに由来する香りも感じられなかった(比較例1及び2並びに従来品)。加熱温度が低いコリアンダーシードも同様であった(比較例3)。また、粉砕して粉末状にしたコリアンダーシードを加熱すると、たとえ焙煎香が生じていたとしても、当該焙煎香は十分には焙煎コリアンダーシード中に保持されておらず、清涼香も拡散してしまい、所望の香りを達成することができなかった。
【0033】
〔応用実施例〕
(1)コク味の増強1
温めた市販のレトルトビーフシチュー200gに対し、通常の殺菌処理だけが施された従来のコリアンダー又は実施例3の焙煎コリアンダーを0.2g添加し、よく混合した。パネル5名による官能評価を実施したところ、従来のコリアンダーよりも焙煎コリアンダーを添加した方が、コク味が強く感じられ美味しいと評価された。
【0034】
(2)コク味の増強2
市販の固形コンソメスープをお湯100mLに溶解後、通常の殺菌処理だけが施された従来のコリアンダー又は実施例3の焙煎コリアンダーを0.1g添加し、よく混合した。パネル5名による官能評価を実施したところ、従来のコリアンダーよりも焙煎コリアンダーを添加した方が、コク味が強く感じられ美味しいと評価された。
【0035】
(3)畜肉臭のマスキング
アメリカ産の牛もも肉200gに対し、通常の殺菌処理だけが施された従来のコリアンダー又は実施例3の焙煎コリアンダーを0.7g添加し、フライパンで加熱した。パネル5名による官能評価を実施したところ、従来のコリアンダーよりも焙煎コリアンダーを添加した方が、肉の臭みがマスキングされていて美味しいと評価された。
【0036】
以上より、未粉砕のコリアンダーシードを、品温170℃以上で加熱処理することによって、コリアンダーシードの本来の柑橘様の香りが維持又は増強される一方で、香ばしい香りが付与され、清涼香と焙煎香を併せ持つ焙煎コリアンダーシードを製造することができる。また、前記焙煎コリアンダーシードは、飲食品のコク味増強作用及び畜肉臭のマスキング作用を奏する。したがって、焙煎コリアンダーシード又はそれを含む香辛料を使用した、商品価値の高い新規な食品を提供することが可能となる。