(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】ガラス物品
(51)【国際特許分類】
C03C 17/32 20060101AFI20221004BHJP
C03C 21/00 20060101ALI20221004BHJP
C03B 33/09 20060101ALI20221004BHJP
B23K 26/53 20140101ALI20221004BHJP
【FI】
C03C17/32 A
C03C21/00 101
C03B33/09
B23K26/53
(21)【出願番号】P 2021176854
(22)【出願日】2021-10-28
(62)【分割の表示】P 2018537060の分割
【原出願日】2017-08-02
【審査請求日】2021-10-28
(31)【優先権主張番号】P 2016171296
(32)【優先日】2016-09-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 淳
(72)【発明者】
【氏名】長澤 郁夫
【審査官】須藤 英輝
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-531391(JP,A)
【文献】国際公開第2015/113026(WO,A2)
【文献】特開2015-196716(JP,A)
【文献】特開2009-120727(JP,A)
【文献】特開2014-224892(JP,A)
【文献】特表2011-510904(JP,A)
【文献】特開2008-308628(JP,A)
【文献】特表2015-534601(JP,A)
【文献】国際公開第2014/050798(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/153781(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 15/00-23/00
C03B 23/00-35/26
C03B 40/00-40/04
B23K 26/00-26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機膜を有するガラス物品であって、
当該ガラス物品は、
相互に対向する第1の主表面および第2の主表面、ならびに端面を有するガラス基板と、
該ガラス基板の前記第1の主表面上に配置された、フッ素を含有する有機膜と、
を有し、
前記ガラス基板の端面は、化学強化されており、前記第1の主表面から前記第2の主表面までの距離方向を厚さ方向と称したとき、
前記化学強化されている端面において、前記厚さ方向における所定のアルカリ金属イオンの濃度プロファイルは、前記厚さ方向の中央部分において最も濃度が低く、前記第1の主表面の側および前記第2の主表面の側ほど濃度が高い、略放物線状のプロファイルを有し、
前記所定のアルカリ金属イオンは、前記第1の主表面および前記第2の主表面に圧縮応力層を付与して、両主表面の強度を高めるためのアルカリ金属イオンであり、
前記端面において、前記濃度プロファイルにおける前記所定のアルカリ金属イオンの最小濃度は、前記ガラス基板のバルク濃度よりも高く、
前記有機膜において、前記第1の主表面の側の中央部をMCとし、上面視、前記端面の一つの点をMPとしたとき(ただし、前記第1の主表面が略多角形の場合、MPは2辺の交点部を除く点から選定される)、
前記MPにおいて、X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をI
MP(F)とし、ケイ素のカウント数をI
MP(Si)とし、I
MP(F)/I
MP(Si)をR
MPとし、
前記MCにおいて、前記X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をI
MC(F)とし、ケイ素のカウント数をI
MC(Si)とし、I
MC(F)/I
MC(Si)をR
MCとしたとき、
比R
MP/R
MC≧0.3
を満たす、ガラス物品。
【請求項2】
前記有機膜は、シロキサン結合を主骨格として有し、F(フッ素)を含有するポリマーである、請求項1に記載のガラス物品。
【請求項3】
前記有機膜において、
前記MPにおける前記有機膜の水滴に対する接触角の値をT
MPとし、
前記MCにおける前記有機膜の水滴に対する接触角の値をT
MCとしたとき、
T
MP/T
MC≧0.90
を満たす、請求項1または2に記載のガラス物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機膜を有するガラス物品の製造方法、および有機膜を有するガラス物品に関する。
【背景技術】
【0002】
各種ガラス物品の製造の過程で、しばしば、大判のガラス板から1または2以上のガラス物品を分離、採取する工程、いわゆる分離工程が必要となる場合がある。
【0003】
そのような分離工程では、ガラス板の主表面の所定の位置に、機械的加工によりスクライブ線を形成しておいてから、このスクライブ線に沿ってガラス板に曲げモーメントを加え、ガラス板を分断する操作が実施されることが多い。
【0004】
また、最近では、ガラス板に気体レーザであるCO2レーザを照射し、CO2レーザからの入射熱により、ガラス板を所定の寸法に溶断して、ガラス物品を分離、採取する方法が提案されている(例えば特許文献1)。なお、このようなガラス物品を分離、採取する別の方法として、エキシマレーザ、Arレーザ、もしくはHe-Neレーザのような気体レーザ、YAGレーザのような固体レーザ、半導体レーザ、または自由電子レーザを使用する方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のように、ガラス板にレーザを照射し、ガラス板を所定の位置で溶断することにより、ガラス板からガラス物品を分離する方法が知られている。
【0007】
しかしながら、ガラス物品の中には、主表面に各種有機膜を有するものが多数存在する。例えば、携帯電子機器用のカバーガラスを製造する際には、ガラス板の上に、指紋付着防止膜(AFP)などの有機膜が設置される場合がある。そのような有機膜を有するガラス板に対して、特許文献1のような分離工程を実施すると、特に端面において、レーザからの入射熱により、有機膜が損傷を受けるという問題が生じ得る。
【0008】
なお、この問題に対処するため、ガラス板からガラス基板を分離してから、分離された各ガラス基板に、有機膜の成膜を行うことが考えられる。
【0009】
しかしながら、このような方法では、成膜工程において、多数のガラス基板をハンドリングする必要があり、工程が煩雑となるため、ガラス物品の製造効率が低下してしまう。従って、この方法は、前述の問題の根本的な解決策とはならない。
【0010】
本発明は、このような背景に鑑みなされたものであり、本発明では、ガラス板からガラス物品を分離する際に、主表面に存在する有機膜に対する損傷を有意に抑制することが可能な、ガラス物品の製造方法を提供することを目的とする。また、本発明では、有機膜の損傷が有意に抑制されたガラス物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明では、有機膜を有するガラス物品の製造方法であって、
(1)相互に対向する第1の主表面および第2の主表面を有するガラス板において、該ガラス板の前記第1の主表面の側からレーザを照射することにより、前記第1の主表面に、複数のボイドが配列された面内ボイド領域が形成されるとともに、前記面内ボイド領域から前記第2の主表面に向かって、1または2以上のボイドが配列された、複数の内部ボイド列が形成される、工程と、
(2)前記ガラス板の前記第1の主表面または第2の主表面に、有機膜を成膜する工程と、
(3)前記ガラス板の前記有機膜が成膜された主表面の側に、前記面内ボイド領域またはその近傍に沿って前記レーザとは別のレーザを照射、走査し、前記ガラス板から前記面内ボイド領域に沿って1または2以上のガラス物品を分離する工程と、
を有し、
前記(3)の工程では、以下の条件を満たすように前記別のレーザが照射される、製造方法が提供される:
前記分離されたガラス物品の前記有機膜において、前記第1の主表面の側の中央部をMCとし、上面視、前記ガラス物品の端面の一つの点をMPとしたとき(ただし、前記ガラス物品が略多角形の場合、MPは2辺の交点部を除く点から選定される)、
前記MPにおいて、X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMP(F)とし、ケイ素のカウント数をIMP(Si)とし、IMP(F)/IMP(Si)をRMPとし、
前記点MCにおいて、前記X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMC(F)とし、ケイ素のカウント数をIMC(Si)とし、IMC(F)/IMC(Si)をRMCとしたとき、
比RMP/RMC≧0.3
を満たす。
【0012】
また、本発明では、
有機膜を有するガラス物品の製造方法であって、
(1)相互に対向する第1の主表面および第2の主表面を有するガラス板において、該ガラス板の前記第1の主表面に、有機膜を成膜する工程と、
(2)前記ガラス板の前記第1の主表面の側からレーザを照射することにより、前記第1の主表面に、複数のボイドが配列された面内ボイド領域が形成されるとともに、前記面内ボイド領域から前記第2の主表面に向かって、1または2以上のボイドが配列された、複数の内部ボイド列が形成される、工程と、
(3)前記ガラス板の前記第1の主表面の側に、前記面内ボイド領域またはその近傍に沿って前記レーザとは別のレーザを照射、走査し、前記ガラス板から前記面内ボイド領域に沿って1または2以上のガラス物品を分離する工程と、
を有し、
前記(3)の工程では、以下の条件を満たすように前記別のレーザが照射される、製造方法が提供される:
前記分離されたガラス物品の前記有機膜において、前記第1の主表面の側の中央部をMCとし、上面視、前記ガラス物品の端面の一つの点をMPとしたとき(ただし、前記ガラス物品が略多角形の場合、MPは2辺の交点部を除く点から選定される)、
前記MPにおいて、X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMP(F)とし、ケイ素のカウント数をIMP(Si)とし、IMP(F)/IMP(Si)をRMPとし、
前記点MCにおいて、前記X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMC(F)とし、ケイ素のカウント数をIMC(Si)とし、IMC(F)/IMC(Si)をRMCとしたとき、
比RMP/RMC≧0.3
を満たす。
【0013】
さらに、本発明では、有機膜を有するガラス物品であって、
当該ガラス物品は、
相互に対向する第1の主表面および第2の主表面、ならびに端面を有するガラス基板と、
該ガラス基板の前記第1の主表面上に配置された有機膜と、
を有し、
前記有機膜において、前記第1の主表面の側の中央部をMCとし、上面視、前記端面の一つの点をMPとしたとき(ただし、前記第1の主表面が略多角形の場合、MPは2辺の交点部を除く点から選定される)、
前記MPにおいて、X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMP(F)とし、ケイ素のカウント数をIMP(Si)とし、IMP(F)/IMP(Si)をRMPとし、
前記点MCにおいて、前記X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMC(F)とし、ケイ素のカウント数をIMC(Si)とし、IMC(F)/IMC(Si)をRMCとしたとき、
比RMP/RMC≧0.3
を満たす、ガラス物品が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、ガラス板からガラス物品を分離する際に、主表面に存在する有機膜に対する損傷を有意に抑制することが可能な、ガラス物品の製造方法を提供することができる。また、本発明では、有機膜の損傷が有意に抑制されたガラス物品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態によるガラス物品の製造方法のフローを模式的に示した図である。
【
図2】本発明の一実施形態によるガラス物品の製造方法において使用され得る、ガラス板の形態を模式的に示した図である。
【
図3】面内ボイド領域および内部ボイド列の形態を説明するための模式図である。
【
図4】面内ボイド領域の一形態を模式的に示した図である。
【
図5】ガラス板の第1の主表面に、複数の面内ボイド領域が形成された状態を模式的に示した図である。
【
図6】面内ボイド領域の一例を模式的に示した図である。
【
図7】面内ボイド領域の別の一例を模式的に示した図である。
【
図8】本発明の一実施形態による、仮想端面の面内方向(ガラス板の厚さ方向に対応する)における導入イオンの濃度プロファイル模式的に示した図である。
【
図9】ガラス板の第1の主表面に、有機膜が形成された様子を模式的に示した図である。
【
図10】ガラス板の第1の主表面に、有機膜が形成された様子を模式的に示した図である。
【
図11】ガラス板の第1の主表面に、有機膜が形成された様子を模式的に示した図である。
【
図12】本発明の一実施形態による別のガラス物品の製造方法のフローを模式的に示した図である。
【
図13】本発明の一実施形態によるガラス物品の概略的な斜視図である。
【
図14】
図13のA-A線に沿った、ガラス物品の概略的な断面図である。
【
図15】例1に係るサンプルの有機膜におけるXPS分析結果の一例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態について説明する。
【0017】
(本発明の一実施形態によるガラス物品の製造方法)
図1~
図11を参照して、本発明の一実施形態によるガラス物品の製造方法について説明する。
【0018】
図1には、本発明の一実施形態によるガラス物品の製造方法(以下、「第1の製造方法」と称する)のフローを模式的に示す。
【0019】
図1に示すように、第1の製造方法は、
(1)相互に対向する第1の主表面および第2の主表面を有するガラス板において、該ガラス板の前記第1の主表面の側からレーザを照射する、レーザ照射工程(工程S110)と、
(2)前記ガラス板の前記第1の主表面または第2の主表面に有機膜を成膜する、成膜工程(工程S120)と、
(3)前記ガラス板の前記有機膜が成膜された主表面の側に前記レーザとは別のレーザを照射し、前記ガラス板から1または2以上ガラス物品を分離する、分離工程(工程S130)と、
を有する。
【0020】
以下、
図2~
図11を参照して、各工程について説明する。なお、
図2~
図11は、それぞれ、第1の製造方法の一工程を概略的に示した図である。
【0021】
(工程S110)
まず、相互に対向する第1の主表面および第2の主表面を有するガラス板が準備される。
【0022】
ガラス板のガラス組成は、特に限られない。ガラス板は、例えば、ソーダライムガラス、およびアルカリアルミノシリケートガラス等であってもよい。
【0023】
ガラス板の厚さは、特に限られないが、例えば0.03mm~6mmの範囲であってもよい。
【0024】
図2には、ガラス板110の形態の一例を模式的に示す。ガラス板110は、相互に対向する第1の主表面112および第2の主表面114と、端面116とを有する。
【0025】
なお、ガラス板110の形態は、特に限られない。例えば、ガラス板110は、
図2に示したような略矩形状の他、多角形状、楕円状(円状を含む)など、各種形態を有してもよい。
【0026】
次に、ガラス板110にレーザが照射される。レーザは、ガラス板110の一方の主表面(ここでは、一例として、第1の主表面112とする)の側に照射される。なお、ここで使用されるレーザは、後の分離工程(工程S130)で使用されるCO2レーザとは別のものであることに留意する必要がある。
【0027】
レーザの照射により、ガラス板110の第1の主表面112に、面内ボイド領域が形成される。また、この面内ボイド領域から下側、すなわち第2の主表面114の側に向かって、複数の内部ボイド列が形成される。
【0028】
ここで、「面内ボイド領域」とは、複数の表面ボイドが所定の配置で配列されて形成された線状領域を意味する。また、「内部ボイド列」とは、ガラス板の内部において、1または2以上のボイドが、第1の主表面112から第2の主表面114に向かって配列されて形成された線状領域を意味する。
【0029】
以下、
図3を用いて、「面内ボイド領域」および「内部ボイド列」の形態について、より詳しく説明する。
図3には、ガラス板に形成された面内ボイド領域および内部ボイド列を模式的に示す。
【0030】
図3に示すように、このガラス板110には、一つの面内ボイド領域130と、この面内ボイド領域130に対応する複数の内部ボイド列150とが形成されている。
【0031】
前述のように、面内ボイド領域130は、複数の表面ボイド138が所定の配置で配列された線状領域を意味する。例えば、
図3の例では、ガラス板110の第1の主表面112に、複数の表面ボイド138が一定の方向(X方向)に配列されており、これにより面内ボイド領域130が形成される。
【0032】
各表面ボイド138は、第1の主表面112におけるレーザの照射位置に対応しており、例えば、1μm~5μmの間の直径を有する。ただし、表面ボイド138の直径は、レーザの照射条件およびガラス板110の種類等により変化する。
【0033】
隣接する表面ボイド138同士の中心間距離Pは、ガラス板110の組成および厚さ、ならびにレーザ加工条件等に基づいて、任意に定められる。例えば、中心間距離Pは、2μm~10μmの範囲であってもよい。なお、表面ボイド138同士の中心間距離Pは、全ての位置で等しくなっている必要はなく、場所によって異なっていてもよい。すなわち、表面ボイド138は、不規則な間隔で配列されてもよい。
【0034】
一方、内部ボイド列150は、前述のように、ガラス板110の内部において、1または2以上のボイド158が、第1の主表面112から第2の主表面114に向かって配列されて形成された線状領域を意味する。
【0035】
ボイド158の形状、寸法、およびピッチは、特に限られない。ボイド158は、例えば、Y方向から見たとき、円形、楕円形、矩形、または三角形等の形状であってもよい。また、Y方向から見たときのボイド158の最大寸法(通常の場合、内部ボイド列150の延伸方向に沿ったボイド158の長さに相当する)は、例えば、0.1μm~1000μmの範囲であってもよい。
【0036】
面内ボイド領域130を構成する各表面ボイド138は、それぞれに対応する内部ボイド列150を有する。例えば、
図3に示す例では、18個の表面ボイド138のそれぞれに対応した、合計18本の内部ボイド列150が形成されている。
【0037】
なお、
図3の例では、一つの内部ボイド列150を構成する各ボイド158は、ガラス板110の厚さ方向(Z方向)に沿って配列されている。すなわち、各内部ボイド列150は、Z方向に延在している。しかしながら、これは単なる一例あって、内部ボイド列150を構成する各ボイドは、Z方向に対して傾斜した状態で、第1の主表面112から第2の主表面114まで配列されてもよい。
【0038】
また、
図3の例では、各内部ボイド列150は、それぞれ、表面ボイド138を除き、合計3個のボイド158の配列で構成されている。しかしながら、これは単なる一例であって、各内部ボイド列150は、1つもしくは2つのボイド158、または4つ以上のボイド158で構成されてもよい。また、それぞれの内部ボイド列150において、含まれるボイド158の数は、異なっていてもよい。さらに、いくつかのボイド158は、表面ボイド138と連結され、「長い」表面ボイド138が形成されてもよい。
【0039】
さらに、各内部ボイド列150は、第2の主表面114で開口されたボイド(第2の表面ボイド)を有しても、有しなくてもよい。
【0040】
なお、以上の説明から明らかなように、面内ボイド領域130は、実際に連続的な「線」として形成された領域ではなく、各表面ボイド138を結んだ際に形成される、仮想的な線状領域を表すことに留意する必要がある。
【0041】
同様に、内部ボイド列150は、実際に連続的な「線」として形成された領域ではなく、各ボイド158を結んだ際に形成される、仮想的な線状領域を表すことに留意する必要がある。
【0042】
さらに、一つの面内ボイド領域130は、必ずしも1本の「線」(表面ボイド138の列)として認識される必要はなく、一つの面内ボイド領域130は、相互に極めて接近した状態で配置された、平行な複数の「線」の集合体として形成されてもよい。
【0043】
図4には、そのような複数の「線」の集合体して認識される面内ボイド領域130の一例を示す。この例では、ガラス板110の第1の主表面112に、相互に平行な2本の表面ボイド列138A、138Bが形成されており、これらにより、一つの面内ボイド領域130が構成されている。両表面ボイド列138Aおよび138Bの距離は、例えば、5μm以下であり、3μm以下であることが好ましい。
【0044】
なお、
図4の例では、面内ボイド領域130は、2本の表面ボイド列138Aおよび138Bで構成されているが、面内ボイド領域130は、より多くの表面ボイド列で構成されてもよい。
【0045】
以下、このような複数の表面ボイド列で構成される面内ボイド領域を、特に「マルチライン面内ボイド領域」と称する。また、
図3に示したような、一つの表面ボイド列で構成される面内ボイド領域130を、特に「シングルライン面内ボイド領域」と称し、「マルチライン面内ボイド領域」と区別する。
【0046】
以上説明したような面内ボイド領域130および内部ボイド列150は、ガラス板110の第1の主表面112に、所定の条件で、レーザを照射することにより形成できる。
【0047】
より具体的には、まず、ガラス板110の第1の主表面112の第1の位置に、レーザを照射することにより、第1の主表面112から第2の主表面114にわたって、第1の表面ボイドを含む第1の内部ボイド列が形成される。次に、ガラス板110に対するレーザの照射位置を変えて、ガラス板110の第1の主表面112の第2の位置に、レーザを照射することにより、第1の主表面112から第2の主表面114にわたって、第2の表面ボイドを含む第2の内部ボイド列が形成される。この操作を繰り返すことにより、面内ボイド領域130、およびこれに対応する内部ボイド列150を形成することができる。
【0048】
なお、1回のレーザ照射で、第2の主表面114に十分に近接するボイド158を有する内部ボイド列が形成されない場合、すなわちボイド158の中で第2の主表面114に最近接のボイドが、依然として第2の主表面114から十分に遠い位置にある場合(例えば、第2の主表面114に最近接のボイドにおいて、第1の主表面112からの距離がガラス板110の厚さの1/2以下の場合)など、実質的に同じ照射位置において、2回以上、レーザ照射が行われてもよい。ここで、「実質的に同じ(照射)位置」とは、2つの位置が完全に一致する場合の他、多少ずれている場合(例えば最大3μmのずれ)も含む意味である。
【0049】
例えば、ガラス板110の第1の主表面112に平行な第1の方向に沿って、複数回レーザ照射を行い、第1の面内ボイド領域130およびこれに対応する内部ボイド列150を形成した(第1のパス)後、第1のパスと略同じ方向および略同じ照射位置でレーザ照射を行う(第2のパス)ことにより、第1の面内ボイド領域130に対応した、より「深い」内部ボイド列150を形成してもよい。
【0050】
ガラス板110の厚さにもよるが、内部ボイド列150を構成するボイド158のうち、第2の主表面114から最も近い位置にあるボイドの中心から、第2の主表面114までの距離は、0μm~10μmの範囲であることが好ましい。
【0051】
このような処理に使用可能なレーザとしては、例えば、パルス幅がフェムト秒オーダ~ナノ秒オーダ、すなわち1.0×10-15~9.9×10-9秒の短パルスレーザが挙げられる。そのような短パルスレーザ光は、さらにバーストパルスであることが、内部ボイドが効率よく形成される点で好ましい。また、そのような短パルスレーザの照射時間での平均出力は、例えば30W以上である。短パルスレーザのこの平均出力が10W未満の場合には、十分なボイドが形成できない場合がある。バーストパルスのレーザ光の一例として、パルス数が3~10のバーストレーザで1つの内部ボイド列が形成され、レーザ出力は定格(50W)の90%程度、バーストの周波数は60kHz程度、バーストの時間幅は20ピコ秒~165ナノ秒が挙げられる。バーストの時間幅としては、好ましい範囲として、10ナノ秒~100ナノ秒が挙げられる。
【0052】
また、レーザの照射方法としては、カー効果(Kerr-Effect)に基づくビームの自己収束を利用する方法、ガウシアン・ベッセルビームをアキシコンレンズとともに利用する方法、収差レンズによる線焦点形成ビームを利用する方法などがある。いずれにしても、面内ボイド領域および内部ボイド列が形成できる限り、どのような方法でもよい。
【0053】
例えば、バーストレーザ装置を使用した場合、レーザの照射条件を適宜変更することにより、内部ボイド列150を構成する各ボイドの寸法、および内部ボイド列150に含まれるボイド158の個数等をある程度変化させることができる。
【0054】
なお、以下の記載では、面内ボイド領域130と、該面内ボイド領域130に対応する内部ボイド列150とを含む平面(
図3において、ハッチで示されている平面165)を、「仮想端面」と称する。この仮想端面165は、第1の製造方法により製造されるガラス物品の端面と実質的に対応する。
【0055】
図5には、一例として、ガラス板110の第1の主表面112に、複数の面内ボイド領域130が形成された状態を模式的に示す。
【0056】
図5の例では、ガラス板110の第1の主表面112に、横方向(X方向)に5本、および縦方向(Y方向)に5本、面内ボイド領域130が形成されている。また、
図5からは視認できないが、各面内ボイド領域130の下側、すなわち第2の主表面114の側には、1または2以上のボイドが第2の主表面114に向かって断続的に配列された、複数の内部ボイド列が形成されている。
【0057】
図5において、ガラス板110の縦方向に近接する2つの面内ボイド領域130と横方向に近接する2つの面内ボイド領域130、ならびにこれらに対応する内部ボイド列によって仕切られる立体部分、すなわち4つの仮想端面によって取り囲まれた仮想的な立体の最小単位を、ガラスピースと称する。
【0058】
面内ボイド領域130の形状、さらにはガラスピース160aの形状は、実質的に、工程S130後に得られるガラス物品の形状に対応する。例えば、
図5の例では、ガラス素材110から、最終的に、16個の矩形状のガラス物品が製造される。また、前述のように、各面内ボイド領域130とこれに対応する内部ボイド列150を含む仮想端面165は、工程S130後に製造されるガラス物品の一つの端面に対応する。
【0059】
なお、
図5に示したガラスピース160aの形状および配置態様は、単なる一例であって、これらは、最終ガラス物品の形状に応じて、所定の形状および配置で形成され得る。
【0060】
図6および
図7には、想定される面内ボイド領域、さらにはガラスピースの別の形態の一例を模式的に示す。
【0061】
図6の例では、各面内ボイド領域131は、略矩形状の一本の閉じた線(ループ)として配置され、コーナ部に曲線部分を有する。従って、面内ボイド領域131および内部ボイド列(視認されない)に取り囲まれたガラスピース160bは、コーナ部に曲線部分を有する略矩形板状の形態となる。
【0062】
また、
図7の例では、各面内ボイド領域132は、略楕円形の一本の閉じた線(ループ)として配置される。従って、ガラスピース160cは、略ディスク状の形態となる。
【0063】
また、これらの例では、一つの仮想端面によって、ガラス物品の連続的な端面が形成されることになり、従って得られるガラス物品の端面は、いずれも一つとなる。
【0064】
このように、面内ボイド領域130、131、132は、直線状、曲線状、または両者の組み合わせで形成されてもよい。また、ガラスピース160a、160b、160cは、単一の仮想端面により囲まれても、複数の仮想端面により囲まれてもよい。
【0065】
(化学強化処理)
ガラス板110がアルカリ金属を含有する場合、工程S110の後であって、工程S120の前に、ガラス板110に対して、化学強化処理が実施されてもよい。
【0066】
化学強化処理は、ガラス板を、アルカリ金属を含む溶融塩中に浸漬させ、ガラス板110の表面に存在する原子径のより小さなアルカリ金属イオンを、溶融塩中に存在する原子径のより大きなアルカリ金属イオンと置換するプロセスである。
【0067】
化学強化処理の条件は、特に限られない。化学強化処理は、例えば、430℃~500℃の溶融塩中に、ガラス板110を1分~2時間の間、浸漬することにより実施されてもよい。
【0068】
溶融塩としては、硝酸塩が使用されてもよい。例えば、ガラス板110に含まれるリチウムイオンを、より大きなアルカリ金属イオンに置換する場合、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸ルビジウム、および硝酸セシウムのうちの少なくとも一つを含む溶融塩が使用されてもよい。また、ガラス板110に含まれるナトリウムイオンを、より大きなアルカリ金属イオンに置換する場合、硝酸カリウム、硝酸ルビジウム、および硝酸セシウムのうちの少なくとも一つを含む溶融塩が使用されてもよい。さらに、ガラス板110に含まれるカリウムイオンを、より大きなアルカリ金属イオンに置換する場合、硝酸ルビジウムおよび硝酸セシウムのうちの少なくとも一つを含む溶融塩が使用されてもよい。
【0069】
ガラス板110を化学強化処理することにより、ガラス板110の第1の主表面112および第2の主表面114に、圧縮応力層を形成することができ、これにより第1の主表面112および第2の主表面114の強度を高めることができる。圧縮応力層の厚さは、置換用のアルカリ金属イオンの侵入深さに対応する。例えば、硝酸カリウムを用いてナトリウムイオンをカリウムイオンに置換する場合、ソーダライムガラスでは圧縮応力層の厚さを8μm~27μmとすることができ、アルミノシリケートガラスでは圧縮応力層の厚さを10μm~100μmとすることができる。アルミノシリケートガラスの場合、アルカリ金属イオンが侵入する深さは、10μm以上が好ましく、20μm以上がより好ましい。
【0070】
ここで、化学強化処理の前のガラス板110には、前述のレーザ照射工程(工程S110)により、前述のような面内ボイド領域130、131、132および内部ボイド列150が形成されている。このため、ガラス板110に対して化学強化処理を実施すると、表面ボイド138およびボイド158を介して、溶融塩がガラス板110の内部に導入される。
【0071】
その結果、化学強化処理により、ガラス板110の露出面(第1の主表面112、第2の主表面114、および端面116)に加えて、仮想端面においても、強度を高めることができる。
【0072】
図8は、仮想端面の「面内(in-plane)方向」(ガラス板110の厚さ方向。
図3のZ方向参照)における導入イオンの濃度プロファイルを模式的に示した図である。
【0073】
ここで、「導入イオン」とは、化学強化処理によってガラス板110に導入されたアルカリ金属イオン、すなわちガラス板110の第1の主表面112および第2の主表面114に圧縮応力層を付与して、これらの主表面の強度を高めるためのアルカリ金属イオンを意味する。
【0074】
図8において、横軸は、ガラス板110の厚さ方向の相対位置t(%)であり、第1の主表面112の側がt=0%に対応し、第2の主表面114の側がt=100%に対応する。縦軸は、導入イオンの濃度Cである。ただし、この濃度Cは、ガラス板110の第1の主表面112、第2の主表面114、および端面116以外の部分、すなわちガラス板110のバルク部分に含まれる、導入イオンと同種のアルカリ金属イオンの濃度を差し引いて算出している。
【0075】
図8に示すように、仮想端面では、ガラス板110の厚さ方向に沿った導入イオンの濃度Cは、仮想端面全体で、バルク部分の濃度(バルク濃度)より大きいプロファイルとなり、この例では略放物線状のプロファイルを示す。すなわち、導入イオンの濃度Cは、第1の主表面112の側(t=0%)および第2の主表面114の側(t=100%)で最大値C
maxを示し、深さ方向の中央部分(t=50%)で最小値C
minを示す傾向にある。ここで、最小値C
min>0である。
【0076】
なお、導入イオンの濃度プロファイルの形状は、ガラス板110の厚さおよび材質、ならびに化学強化処理の条件などにより変化するが、いずれの場合も、仮想端面全体でバルク部分に含まれる濃度より大きくなり、一例として、このような略放物線状のプロファイルが生じる。ただし、化学強化処理の方法などの影響により、第1の主表面112の側(t=0%)と、第2の主表面114の側(t=100%)とで、導入イオンの濃度Cが厳密に一致しないことは、しばしば認められている。すなわち、いずれかの主表面での濃度CのみがCmaxとなることは、よく認められる。また、ここでの略放物線状のプロファイルは、放物線の数学上の定義とは異なり、導入イオンの濃度Cが、厚さ方向の中央部分に対して、第1の主表面の側および第2の主表面の側で大きくなり、且つ、この濃度プロファイルにおける導入イオン濃度は、ガラス物品のバルク濃度よりも高いプロファイルをいう。このため、この略放物線状のプロファイルには、導入イオン濃度がガラス物品のバルク濃度よりも高いプロファイルであって、厚さ方向の中央部分で導入イオンCが比較的緩やかに変化する略台形形状のプロファイルを含む。
【0077】
このように、第1の製造方法では、仮想端面も化学強化処理することができる。
【0078】
なお、この化学強化処理は、必要な場合に実施される工程であって、省略されてもよい。また、化学強化処理は、前述のレーザ照射工程(工程S110)の前に実施されてもよい。ただし、その場合、化学強化処理によって強化される領域は、露出面(第1の主表面112、第2の主表面114、および端面116)に限られ、仮想端面は強化されないことに留意する必要がある。
【0079】
(工程S120)
次に、ガラス板110の第1の主表面112または第2の主表面114に、有機膜が成膜される。ここでは、一例として、ガラス板110の第1の主表面112に有機膜が成膜される場合を例に説明する。
【0080】
図9~
図11には、ガラス板110の第1の主表面112に、有機膜170が形成された様子を模式的に示す。
【0081】
有機膜170は、少なくとも、各ガラスピースの表面領域(ガラス板110の第1の主表面112に対応する表面)を覆うように設置される。
【0082】
例えば、
図9に示した例では、有機膜170は、各ガラスピース160aの表面領域を覆い、第1の主表面112において、周囲部分のみが枠状に露出されるように設置されている。
【0083】
また、
図10では、有機膜170は、各ガラスピース160cのそれぞれの表面領域を覆い、周囲部分のみが枠状に露出されるように設置されている。なお、
図10は、ガラス板110の第1の主表面112において、有機膜170が、ガラスピース160c以外の領域にも設置されている点で、
図9の態様とは異なっている。
【0084】
さらに、
図11では、有機膜170は、複数の領域に、各ガラスピース160cのそれぞれの表面領域のみを覆うように設置されている。
【0085】
なお、
図9~
図11に示した有機膜170の設置態様は、単なる一例であって、有機膜170は、各ガラスピース160a~160cの表面領域を覆う限り、いかなる態様で設置されてもよい。特に、有機膜170は、第1の主表面112の全面にわたって成膜されることが好ましい。この場合、マスキング工程が不要となる。
【0086】
有機膜170は、例えば、シロキサン結合を主骨格として有し、F(フッ素)を含有するポリマーであってもよい。
【0087】
以下の(1)式には、そのような有機膜170の化学式の一例を示す。
【0088】
【化1】
ここで、反応基R
1およびR
2は、それぞれ独立に、F(フッ素)、H(酸素)、C(炭素)、およびC
nH
2n-1(n=1~100)からなる群から選定される。
【0089】
このような反応基を有する有機膜を使用した場合、ガラス板110の第1の主表面112に、撥水性を発現させることができる。
【0090】
有機膜170の厚さは、これに限られるものではないが、例えば、1nm~1μmの範囲であり、F(フッ素)系の有機膜の場合は、1nm~10nmがより好ましい。
【0091】
有機膜170の成膜方法は、特に限られない。有機膜170は、例えば、スパッタ法、蒸着法、および塗布法など、従来の成膜技術により成膜されてもよい。
【0092】
なお、ガラス板110の第1の主表面112には、有機膜170を成膜する前に、別の1または2以上の機能膜を形成してもよい。例えば、ガラス板110の第1の主表面112には、反射防止膜を成膜してもよい。反射防止膜は、通常、屈折率の異なる複数の酸化物層を交互に積層することにより構成される。あるいは、反射防止膜以外の機能膜が設置されてもよい。
【0093】
(工程S130)
次に、ガラス板110からガラス物品が分離される。
【0094】
この分離工程では、工程S110のレーザとは別のレーザ(以下、「別のレーザ」という。)が使用される。なお、別のレーザは、前述の成膜工程(工程S120)において、ガラス板110の有機膜170が成膜された主表面(以下、「成膜面」と称する)の側に照射される。なお、別のレーザの照射面は、成膜面でない側の面でもよい。例えば、成膜面でない側の面に黒色の膜等が形成されている場合には、成膜面の側に照射することが好ましい。
【0095】
別のレーザとしては、例えば、固体レーザ、気体レーザ、半導体レーザ、または自由電子レーザ等が挙げられる。固体レーザの例としては、YAGレーザ等が挙げられる。気体レーザの例としては、CO2レーザ、エキシマレーザ、ArレーザおよびHe-Neレーザ等が挙げられる。
【0096】
前述の工程(工程S110)においてガラス板110に形成された仮想端面165は、その面内に、面内ボイド領域130および対応する内部ボイド列150に含まれる、複数の表面ボイド138およびボイド158を有する。このため、分離工程では、これらの表面ボイド138およびボイド158が、いわば「ミシン目(perforation)」のような役割を果たす。
【0097】
すなわち、面内ボイド領域130(またはその近傍。以下同じ)に、別のレーザが照射されると、該別のレーザからの熱により、照射位置の近傍にある内部ボイド列150を構成するボイド158同士がつながり、ガラス板110の深さ方向に貫通する切断線が形成される。従って、面内ボイド領域130に沿って、そのような別のレーザを走査させると、各内部ボイド列150において、ボイド158同士がつながり、内部ボイド列150が切断線に変化する。さらに、各面内ボイド領域130を構成する表面ボイド138同士も接続され、第1の主表面112の面内にも、切断線が生じる。
【0098】
その結果、ガラス板110は、前述の仮想端面165で分断されることになり、これによりガラス板110からガラス物品が分離される。
【0099】
以上のように、第1の製造方法では、工程S110~工程S130を経て、ガラス板110から1または2以上のガラス物品を製造することができる。
【0100】
ここで、特許文献1に記載のような方法で、別のレーザをガラス板に照射し、ガラス板を溶断した場合、ガラス物品を分離することはできても、この際に有機膜170が損傷を受けるおそれがある。
【0101】
これに対して、第1の製造方法では、別のレーザによる分離の前に、工程S110により、ガラス板110には既に面内ボイド領域130および内部ボイド列150が形成されている。このため、第1の製造方法では、ガラス板110を溶断するような高エネルギーの別のレーザを照射しなくても、ガラス物品を比較的容易に分離することができる。
【0102】
具体的には、第1の製造方法では、工程S130において使用される別のレーザは、以下の条件を満たす照射条件で、成膜面に照射される:
分離されたガラス物品の有機膜において、面内の中央部をMCとし、上面視、ガラス物品の端面の一つの点をMPとしたとき(ただし、ガラス物品が略多角形の場合、MPは2辺の交点を除く点から選定される)、
前記MPにおいて、X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMP(F)とし、ケイ素のカウント数をIMP(Si)とし、IMP(F)/IMP(Si)をRMPとし、
前記点MCにおいて、前記X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMC(F)とし、ケイ素のカウント数をIMC(Si)とし、IMC(F)/IMC(Si)をRMCとしたとき、
比RMP/RMC≧0.3
を満たす。
【0103】
なお、スポット径の中の照射エネルギーは、スポット径の中で必ずしも一様ではなく、例えば、スポット径の範囲の中央部分が周辺部分に比べて低いエネルギーの場合もあり、逆の場合もある。このため、前記MPにおける端面には、端面だけでなく、端面付近の別のレーザの有機膜上のスポット径の範囲が含まれ、IMP(F)は、端面とこのスポット径の範囲での最小値を表す。以下で記載するMPおよびIMP(F)も、同様である。
【0104】
このような照射条件で、ガラス板110に別のレーザを照射した場合、有機膜170に与える影響を有意に抑制することができる。
【0105】
その結果、第1の製造方法では、ガラス板110の成膜面に別のレーザを照射し、別のレーザを面内ボイド領域130に沿って走査することにより、有機膜170に顕著な影響を及ぼすことなく、ガラス板110からガラス物品を分離することが可能となる。
【0106】
前述のような照射条件を得るには、レーザの種類、レーザ照射の出力、走査速度、およびスポット径等を調整すればよい。例えば、別のレーザがYAGレーザの場合、ガラスに対するレーザエネルギーの吸収率がCO2レーザよりも低い分、エネルギーが多く必要となる。
【0107】
(本発明の一実施形態による別のガラス物品の製造方法)
次に、
図12を参照して、本発明の一実施形態による別のガラス物品の製造方法について説明する。
【0108】
図12には、本発明の一実施形態による別のガラス物品の製造方法(以下、「第2の製造方法」と称する)のフローを模式的に示す。
【0109】
図12に示すように、第2の製造方法は、
(1)相互に対向する第1の主表面および第2の主表面を有するガラス板において、該ガラス板の前記第1の主表面に、有機膜を成膜する、成膜工程(工程S210)と、
(2)前記ガラス板の前記第1の主表面の側からレーザを照射する、レーザ照射工程(工程S220)と、
(3)前記ガラス板の前記第1の主表面の側から前記レーザとは別のレーザを走査し、前記ガラス板から1または2以上ガラス物品を分離する、分離工程(工程S230)と、
を有する。
【0110】
以下、各工程について説明する。なお、明確化のため、以下の説明においても、各部材および部分を表す際には、前述の第1の製造方法の説明に使用した
図2~
図11に示された参照符号を使用する。
【0111】
(工程S210)
まず、相互に対向する第1の主表面112および第2の主表面114を有するガラス板110が準備される。
【0112】
ガラス板110は、前述の
図2に示したような形態を有してもよい。
【0113】
次に、必要な場合、ガラス板110に対して、化学強化処理を実施してもよい。ただし、第2の製造方法では、化学強化処理により強化される領域は、露出面(第1の主表面112、第2の主表面114、および端面116)に限られ、後述の工程(工程S120)で得られる仮想端面は、強化されないことに留意する必要がある。
【0114】
次に、ガラス板110の第1の主表面112に、有機膜170が成膜される。
【0115】
なお、有機膜170の仕様、成膜方法、および成膜位置などは、前述の第1の製造方法において詳しく記載した。従って、ここでは、詳細な記載を省略する。
【0116】
前述のように、有機膜170は、ガラス板110の第1の主表面112の全面にわたって成膜されることが好ましい。ガラス板110の有機膜170が成膜された主表面を、以下、「成膜面」とも称する。
【0117】
(工程S220)
次に、ガラス板110の成膜面に、レーザが照射される。なお、ここで使用されるレーザは、後の分離工程(工程S230)で使用されるレーザとは別のものであることに留意する必要がある。
【0118】
レーザの照射により、ガラス板110の成膜面、すなわち第1の主表面112に、面内ボイド領域130が形成される。また、この面内ボイド領域130から下側、すなわち第2の主表面114に向かって、複数の内部ボイド列150が形成される。
【0119】
前述のように、面内ボイド領域130と、該面内ボイド領域130に対応する内部ボイド列150とを含む平面を、仮想端面165と称する。この仮想端面165は、第2の製造方法により製造されるガラス物品の端面と実質的に対応する。
【0120】
(工程S230)
次に、ガラス板110からガラス物品を分離する、分離工程が実施される。
【0121】
この分離工程では、前記レーザとは別のレーザ(以下、「別のレーザ」という。)が使用される。なお、該別のレーザは、ガラス板110の成膜面の側に照射される。
【0122】
前述のように、別のレーザの照射および走査により、ガラス板110は、前述の仮想端面165で分断され、ガラス板110から1または2以上のガラス物品が分離される。
【0123】
第2の製造方法においても、別のレーザによる分離の前に、工程S220により、ガラス板110には既に面内ボイド領域130および内部ボイド列150が形成されている。このため、第2の製造方法では、ガラス板110を溶断するような高エネルギーのレーザを照射しなくても、ガラス物品を比較的容易に分離することができる。
【0124】
具体的には、第2の製造方法では、工程S230において使用される別のレーザは、以下の条件を満たす照射条件で、成膜面に照射される:
分離されたガラス物品の有機膜において、面内の中央部をMCとし、上面視、ガラス物品の端面の一つの点をMPとしたとき(ただし、ガラス物品が略多角形の場合、MPは2辺の交点を除く点から選定される)、
前記MPにおいて、X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMP(F)とし、ケイ素のカウント数をIMP(Si)とし、IMP(F)/IMP(Si)をRMPとし、
前記点MCにおいて、前記X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をIMC(F)とし、ケイ素のカウント数をIMC(Si)とし、IMC(F)/IMC(Si)をRMCとしたとき、
比RMP/RMC≧0.3
を満たす。
【0125】
このような照射条件で、ガラス板110に別のレーザを照射した場合、有機膜170に与える影響を有意に抑制することができる。
【0126】
その結果、第2の製造方法では、ガラス板110の成膜面に別のレーザを照射し、該別のレーザを面内ボイド領域130に沿って走査することにより、有機膜170に顕著な影響を及ぼすことなく、ガラス板110からガラス物品を分離することが可能となる。
【0127】
また、ガラス板110からガラス物品を分離する際には、前記MPにおける有機膜の水滴に対する接触角の値をTMPとし、
前記点MCにおける前記有機膜の水滴に対する接触角の値をTMCとしたとき、
TMP/TMC≧0.90
を満たすように別のレーザを照射することが好ましい。
【0128】
このような照射条件でガラス板110に別のレーザを照射した場合、有機膜170の撥水性を損なうことなく、ガラス物品を分離することができる。
【0129】
以上、第1および第2の製造方法を例に、本発明の一実施形態によるガラス物品の製造方法について説明した。しかしながら、これらは単なる一例であって、本発明では、さらに別の製造方法を適用してもよい。例えば、第1および第2の製造方法において、一部の工程は、修正もしくは変更されても良く、ならびに/または第1および第2の製造方法に、別の工程が追加されてもよい。
【0130】
なお、第1および第2の製造方法では、ガラス板に複数の面内ボイドが形成されているため、ガラス板からガラス物品を分離する際に、従来のような高いエネルギーは必要ではない。このため、レーザを利用せず、単に前記ガラス板に熱風を当てることによって、ガラス物品を分離できる場合がある。ただし、この場合には、ガラス物品の形状通りに分離するための熱風のコントロールがレーザに比べて難しくなる。これは、熱風を利用する場合には、ガラス板の熱風におる温度分布がレーザによる場合に比べて広がるためである。
【0131】
(本発明の一実施形態によるガラス物品)
次に、
図13および
図14を参照して、本発明の一実施形態によるガラス物品について説明する。
【0132】
図13には、本発明の一実施形態によるガラス物品(以下、「第1のガラス物品」と称する)の概略的な斜視図を示す。また、
図14には、
図13のA-A線に沿った、第1のガラス物品の概略的な断面図を示す。
【0133】
図13および
図14に示すように、第1のガラス物品300は、相互に対向する第1の主表面302および第2の主表面304と、両者を接続する端面とを有する。
【0134】
図13の例では、第1のガラス物品300は、略矩形状の形態を有し、4つの端面306-1~306-4を有する。また、各端面306-1~306-4は、第1のガラス物品300の厚さ方向(Z方向)と平行に延在する。
【0135】
図14に明確に示すように、第1のガラス物品300は、ガラス基板320と、有機膜370とを有する。ガラス基板320は、相互に対向する第1の主表面322および第2の主表面324と、両者を接続する端面326とを有する。有機膜370は、ガラス基板320の第1の主表面322の側に配置される。
【0136】
第1のガラス物品300の第1の主表面302は、有機膜370の表面に対応し、第1のガラス物品300の第2の主表面304は、ガラス基板320の第2の主表面324に対応する。また、第1のガラス物品300の4つの端面306-1~306-4は、それぞれ、ガラス基板320の一つの端面326と、有機膜370の対応する端面372とで構成される。
【0137】
なお、
図13および
図14に示した例では、第1のガラス物品300は、略矩形状の形態を有する。
【0138】
しかしながら、これは単なる一例であって、第1のガラス物品300の形態として、各種形態が想定される。例えば、第1のガラス物品300の形状は、矩形状の他、三角形、五角形以上の多角形、円形、または楕円形等の形状であってもよい。また、多角形の場合、各コーナ部は、ラウンド処理されていてもよい。
【0139】
また、第1のガラス物品300の端面の数は、第1の主表面302および第2の主表面304の形態に応じて、例えば、1つ、3つ、または4つ以上であってもよい。さらに、第1のガラス物品300の端面は、Z方向から傾斜して(すなわちZ方向とは非平行な方向に)、延在してもよい。この場合、「傾斜」端面が得られる。
【0140】
第1のガラス物品300の厚さは、特に限られない。第1のガラス物品300の厚さは、例えば、0.03mm~6mmの範囲であってもよい。
【0141】
ここで、第1のガラス物品300において、有機膜370は、上面視、第1のガラス物品300の端面306-1~306-4の位置においても適正に存在するという特徴を有する。すなわち、上面視、端面306-1~306-4の位置における有機膜370の厚さは、第1のガラス物品300の中央部に比べて薄くなってはいるが、ゼロではないという特徴を有する。
【0142】
これは、ガラス板を高エネルギーのレーザで溶断してガラス物品を分離するような従来の製造方法では得られない、有意な特徴である。従来の方法で製造されたガラス物品では、有機膜は、レーザからの熱により損傷を受け、分断面すなわち端面には、ほとんど残存しないからである。
【0143】
第1のガラス物品300においては、例えば、前述の第1の製造方法または第2の製造方法を用いてこれを製造することにより、このような特徴を得ることができる。
【0144】
特に、有機膜370は、上面視、略中央部をMC(
図13参照)とし、第1のガラス物品300の端面306-1~306-4上の一つの点をMPとし(
図13参照。ただし、第1のガラス物品300が略多角形の場合、MPは2辺の交点部を除く点から選定される)、
点MPにおいて、X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をI
MP(F)とし、ケイ素のカウント数をI
MP(Si)とし、I
MP(F)/I
MP(Si)をR
MPとし、
点MCにおいて、前記X線光電分光(XPS)法により得られるフッ素のカウント数をI
MC(F)とし、ケイ素のカウント数をI
MC(Si)とし、I
MC(F)/I
MC(Si)をR
MCとしたとき、
比R
MP/R
MC≧0.3
を満たす。
【0145】
ここで、
比RMP/RMC<1
である。
【0146】
このように、第1のガラス物品300では、有機膜370の切断部分の損傷が少なく、第1のガラス物品300の第1の主表面302の全体にわたって有機膜370を配置することができる。
【0147】
(その他の特徴)
(有機膜370)
有機膜370のポリマーの構成、化学式、および膜の厚さ等は、前述の有機膜170と同様である。有機膜370を使用した場合、第1のガラス物品300の第1の主表面302に、撥水性を発現させることができる。
【0148】
特に、撥水性を損なわないためには、前記MPにおける有機膜の水滴に対する接触角の値をTMPとし、
前記点MCにおける前記有機膜の水滴に対する接触角の値をTMCとしたとき、
TMP/TMC≧0.90
を満たすように照射されることが好ましい。
【0149】
(化学強化)
第1のガラス物品300において、ガラス基板320は、化学強化されたものであってもよい。この場合、第1の主表面322および第2の主表面324に加えて、端面326も化学強化されていてもよい。
【0150】
ただし、この場合、ガラス基板320の第1の主表面322および第2の主表面324と、端面326とでは、化学強化の状態、すなわち導入イオン(化学強化処理により導入されたアルカリ金属イオン)の分布の状態が異なる。
【0151】
例えば、ガラス基板320において、端面326は、前述の
図8に示したような、第1の主表面322から第2の主表面324に向かって、略放物線状の導入イオンの濃度プロファイルを有してもよい。
【0152】
このような導入イオンの濃度プロファイルは、前述の第1の製造方法において、工程S110と工程S120の間で化学強化処理を実施して、第1のガラス物品300を製造した場合、得ることができる。
【0153】
これに対して、前述のように、大判のガラス板の段階で化学強化処理を実施した場合、ガラス基板320の第1の主表面322および第2の主表面324は強化されるが、端面326は強化されない。
【0154】
以上、
図13および
図14を参照して、第1のガラス物品300の構成例について説明した。
【0155】
第1のガラス物品300は、例えば、電子機器(例えば、スマートフォン、ディスプレイなどの情報端末機器)、カメラやセンサのカバーガラス、建築用ガラス、産業輸送機用ガラス、および生体医療用ガラス機器等に適用することができる。
【0156】
例えば、第1のガラス物品300がカバーガラスである場合、有機膜370は、指紋付着防止膜(AFP)であってもよい。また、この場合、ガラス基板320と有機膜370の間に、反射防止膜のような追加の層が含まれてもよい。反射防止膜は、複数の酸化物層の繰り返し構造を有してもよい。
【実施例】
【0157】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0158】
(実施例I)
以下の説明において、例1~例5は、実施例であり、例11~例12は、比較例である。
【0159】
(例1)
評価用のサンプルを調製するため、前述の第1の製造方法における工程S120および工程S130を実施した。
【0160】
なお、工程S110は実施しなかった。これは、工程S110~工程S130の全てを実施して、ガラス板からガラス物品を分離してしまうと、以降の有機膜の評価(撥水性評価およびXPS分析)は、ガラス物品の端面部分の先端で実施する必要が生じ、分析操作が煩雑となるためである。逆に、工程S120および工程S130のみを実施したガラス板では、未だガラス板が分離されていないため、工程S130においてレーザ照射された有機膜の領域を評価すれば良く、有機膜の評価をより簡便に実施することができる。なお、このような評価で得られる結果が、第1の製造方法により分離されたガラス物品の端部で得られる結果と実質的に同等であることは明確である。
【0161】
まず、ガラス板として、アルミノシリケートガラスのDragontrail(登録商標)の化学強化前の素板を準備した。ガラス板の寸法は、縦100mm×横100mm×厚さ0.8mmである。
【0162】
次に、ガラス板の一方の主表面(第1の主表面)の全体に、反射防止膜および有機膜を順次成膜した。
【0163】
反射防止膜は、Nb2O5(目標厚さ15nm)/SiO2(目標厚さ35nm)/Nb2O5(目標厚さ120nm)/SiO2(目標厚さ80nm)の4層構造とし、スパッタ法により成膜した。
【0164】
有機膜は、指紋付着防止膜(KY185:信越化学社製)とし、蒸着法により成膜した。有機膜の目標厚さは、4nmとした。
【0165】
次に、ガラス板の第1の主表面の側にCO2レーザを照射した。このCO2レーザは、前述の第1の製造方法における「分離工程」(工程S130)で使用される「別のレーザ」に相当する。
【0166】
CO2レーザの照射条件は、以下の通りである:
出力Q=38.7W、
スポット径φ=3mm、
走査速度v=30mm/秒
なお、このスポット径は、5mm厚のアクリル板に、出力38.7W、レーザ走査速度70mm/秒でレーザを照射した際に生じる加工痕の幅である。この時、レーザ集光レンズからアクリル板までの距離は、スポット径が最も小さくなる距離よりも遠ざけて、焦点をアクリル板の表面に対してずらしている。異なるスポット径の場合にも、スポット径は、所定の出力と走査速度から、5mm厚のアクリル板の加工痕の幅とする。
【0167】
これにより、評価用のサンプルが製造された。
【0168】
(評価)
前述の方法で製造されたサンプル(以下、「例1に係るサンプル」という)を用いて、以下の評価を行った。
【0169】
(有機膜の撥水性評価)
例1に係るサンプルの有機膜の表面の撥水性を評価した。撥水性の評価は、有機膜の上に体積が1~3μLの水滴を垂らし、この水滴の接触角を測定することにより実施した。測定には、協和界面科学社製のDMo-701を用いた。
【0170】
評価は、有機膜の略中央部分(以下、「中央領域」という)と、有機膜のCO2レーザが照射された一領域(以下、「対象被照射領域」という)の2箇所において実施した。
【0171】
測定の結果、有機膜の中央領域においては、撥水性が強すぎて水滴がはじかれてしまい、接触角を測定することはできなかった。一方、有機膜の対象被照射領域においても、接触角は、113.2゜と十分に大きな値を示した。
【0172】
このことから、例1に係るサンプルでは、CO2レーザ照射領域においても、有機膜の機能が損なわれてはいないことが確認された。
【0173】
(有機膜のXPS分析)
次に、例1に係るサンプルにおいて、有機膜のX線光電分光(XPS)分析を行った。分析は、有機膜の対象被照射領域から、有機膜の中央領域に沿って、所定の間隔で実施した。測定には、PHI社製のQuantera SXMを用い、プローブ径2mmφ、測定時間0.2分/サイクル、パスエネルギ224.0eV、ステップエネルギー0.4eV、試料角度45°とした。
【0174】
【0175】
図15において、横軸は、有機膜の対象被照射領域からの距離を表し、距離0は、有機膜の対象被照射領域に対応する。すなわち、横軸は、有機膜の対象被照射領域と中央領域とを結ぶ直線の方向における、対象被照射領域からの距離を表す。一方、
図15の縦軸は、F(フッ素)とSi(ケイ素)のカウント数の比F/Siを表す。
【0176】
図15に示すように、カウント数の比F/Siは、距離0の付近で最も低く(12.8)、距離の増加とともに、徐々に上昇する傾向を示した。
図15から、距離が4mmを超えると、比F/Siは、距離10から20までの平均値で25.9の値を示した。
【0177】
このように、距離0の地点においても、比F/Siが0ではないことから、例1に係るサンプルでは、対象被照射領域においても有機膜が存在することが確認された。
【0178】
ここで、対象被照射領域におけるフッ素のカウント数をIAP(F)とし、ケイ素のカウント数をIAP(Si)とし、IAP(F)/IAP(Si)をRAPと表す。また、中央領域におけるフッ素のカウント数をIAC(F)とし、ケイ素のカウント数をIAC(Si)とし、IAC(F)/IAC(Si)をRACと表す。
【0179】
この表記に基づいて計算すると、例1に係るサンプルでは、比RAP/RACは、0.49となった。
【0180】
なお、ガラス板からガラス物品が分離されることを想定した場合、この比RAP/RACが、実質的に前述の比RMP/RMCに相当することは、明らかであろう。
【0181】
(例2~例5)
例1と同様の方法により、評価用のサンプルを製造した。
【0182】
ただし、これらの例2~例5では、CO2レーザの照射条件として、例1とは異なる照射条件を選定した。
【0183】
得られたサンプル(例2~例5に係るサンプル)を用いて、例1の場合と同様の評価を実施した。
【0184】
(例11~例12)
例1と同様の方法により、評価用のサンプルを製造した。
【0185】
ただし、これらの例11~例12では、CO2レーザの照射条件として、例1とは異なる照射条件を選定した。
【0186】
得られたサンプル(例11~例12に係るサンプル)を用いて、例1の場合と同様の評価を実施した。
【0187】
以下の表1には、各例におけるCO2レーザの照射条件、および各例に係るサンプルにおいて得られた評価結果をまとめて示した。
【0188】
【表1】
表1の結果から、例1~例5では、比R
AP/R
ACが0.3を超えており、有機膜は、サンプルのCO
2レーザが照射された領域にも、実質的に相当量残存していることがわかった。この結果は、サンプルの対象被照射領域においても、100゜を超える大きな接触角が得られている結果(表1の接触角(°)「T
AP」欄参照)とも対応する。
【0189】
このように、例1~例5に係るサンプルにおいては、CO2レーザ照射の際に、有機膜があまり損傷、消失されていないことが確認された。このことから、前述の第1の製造方法において、分離工程の実施後には、ガラス物品を適正に分離することができると言える。
【0190】
一方、例11~例12に係るサンプルにおいては、比RAP/RACが0.3を下回っており、有機膜は、CO2レーザの照射領域にはあまり残存していないことがわかった。この結果は、サンプルの対象被照射領域において、接触角が大きく低下している(100゜未満となっている)事実とも対応する。
【0191】
このように、例11~例12に係るサンプルにおいては、第1の製造方法を想定した場合、CO2レーザ照射による分離工程の際に、有機膜の端部が損傷、消失され、有機膜が適正な状態でガラス物品を分離することができないと考えられる。
【0192】
ここで、前記対象被照射領域における有機膜の水滴に対する接触角の値をTAPとし、前記中央領域における有機膜の水滴に対する接触角の値をTACとすると、例2~例5に係るサンプルにおいては、TAP/TACは0.90以上となった。一方、例11~例12に係るサンプルにおいては、TAP/TACは0.90未満となった。
【0193】
なお、ガラス板からガラス物品が分離されることを想定した場合、この比TAP/TACが、実質的に前述の比TMP/TMCに相当することは、明らかであろう。
【0194】
(例15)
以上の例では、第1の製造方法において、工程S110を実施しなかった。そこで、第1の製造方法の実施により、ガラス板からガラス物品が分離できることを確認するため、以下の実験を行った。
【0195】
ガラス板の第1の主表面にレーザを照射し、ガラス板に、複数の面内ボイド領域および対応する内部ボイド列を形成した。ガラス板には、前述の例1において使用したガラス板と同じものを使用した。
【0196】
装置には、ピコ秒オーダの短パルスレーザを出射できる、Rofin社(独国)のバーストレーザ(パルス数は3)を使用した。レーザの出力は、定格(50W)の90%とした。レーザの1つのバーストの周波数は60kHz、パルス幅は15ピコ秒、1つのバースト幅は66ナノ秒である。各面内ボイドは、「シングルライン面内ボイド領域」とした。また、面内ボイド領域の配置は、前述の
図5に示したような、略格子状とした。面内ボイド領域を構成する各面内ボイドの中心間距離は、4μm~6μm程度とした。
【0197】
次に、例1におけるCO2レーザの照射条件と同じ条件で、面内ボイド領域に沿ってCO2レーザを照射した。
【0198】
なお、この例15では、有機膜の成膜は実施していない。ただし、前述の例1に係るサンプルの評価結果から、CO2レーザ照射によって、有機膜にはほとんど損傷が生じないことが確認されている。
【0199】
CO2レーザの照射後に、ガラス板からガラス物品を分離することができた。
【0200】
次に、CO2レーザの照射条件を、例2~例5で採用したそれぞれの条件に変えて、同様の実験を実施した。その結果、いずれのCO2レーザの照射条件においても、CO2レーザの照射後に、ガラス板からガラス物品が分離できることが確認された。
【0201】
(実施例II)
以下の説明において、例21~例25および例31~34は、実施例であり、例26、例35および例36は、比較例である。
【0202】
(例21)
評価用のサンプルを調製するため、以下のように、前述の第1の製造方法における工程S110~工程S130を実施した。
【0203】
まず、ガラス板として、前述の実施例Iと同様のガラス板を準備した。ガラス板の寸法は、縦100mm×横100mm×厚さ0.8mmである。
【0204】
次に、ガラス板の一方の主表面(第1の主表面)から、以下の条件でレーザを照射して、ガラス板に複数の面内ボイド領域および内部ボイド列を形成した。
【0205】
レーザ装置には、ピコ秒オーダの短パルスレーザを出射できる、Rofin社(独国)のバーストレーザ(パルス数は3)を使用した。レーザの出力は、定格(50W)の90%とした。レーザの1つのバーストの周波数は60kHz、パルス幅は15ピコ秒、1つのバースト幅は66ナノ秒である。
【0206】
各面内ボイド領域は、「シングルライン面内ボイド領域」とした。また、面内ボイド領域の配置は、前述の
図5に示したような、略格子状とした。面内ボイド領域を構成する各表面ボイドの中心間距離は、4μm~6μm程度とした。
【0207】
次に、ガラス板の第1の主表面の全体に、反射防止膜および有機膜を順次成膜した。
【0208】
反射防止膜は、Nb2O5(目標厚さ15nm)/SiO2(目標厚さ35nm)/Nb2O5(目標厚さ120nm)/SiO2(目標厚さ80nm)の4層構造とし、スパッタ法により成膜した。
【0209】
有機膜は、指紋付着防止膜(Afuid S550:旭硝子社製)とし、蒸着法により成膜した。有機膜の目標厚さは、4nmとした。
【0210】
次に、ガラス板の第1の主表面の側にCO2レーザを照射した。このCO2レーザは、前述の第1の製造方法における「分離工程」(工程S130)で使用される「別のレーザ」に相当する。
【0211】
CO2レーザの照射条件は、以下の通りである:
出力Q=38.7W、
スポット径φ=3mm、
走査速度v=50mm/秒
なお、このスポット径は、実施例Iの場合と同様、5mm厚のアクリル板に、出力38.7W、レーザ走査速度70mm/秒でレーザを照射した際に生じる加工痕の幅である。
【0212】
CO2レーザの照射後に、ガラス板からガラス物品が分離された。得られたガラス物品の一つを回収し、以下の評価用サンプル(「例21に係るサンプル」と称する)とした。
【0213】
(例22~例25)
例21と同様の方法により、評価用のサンプルを製造した。
【0214】
ただし、これらの例22~例25では、それぞれ、CO2レーザの照射条件として、例21とは異なる照射条件を選定した。
【0215】
得られたサンプルを、それぞれ、「例22~例25に係るサンプル」と称する。
【0216】
(例26)
例21と同様の方法により、評価用のサンプルを製造した。
【0217】
ただし、この例26では、CO2レーザの照射条件として、例21とは異なる照射条件を選定した。
【0218】
得られたサンプルを、「例26に係るサンプル」と称する。
【0219】
(例31)
前述の例21と同様の方法により、評価用のサンプルを製造した。
【0220】
ただし、この例31では、ガラス板の第1の表面に設置される有機膜を、例21の場合とは変化させた。具体的には、有機膜は、指紋付着防止膜(Afuid S550:旭硝子社製)とし、スプレー法により成膜した。有機膜の目標厚さは、5nmとした。
【0221】
CO2レーザの照射後に、ガラス板からガラス物品が分離された。得られたガラス物品の一つを回収し、以下の評価用サンプル(「例31に係るサンプル」と称する)とした。
【0222】
(例32~例34)
例31と同様の方法により、評価用のサンプルを製造した。
【0223】
ただし、これらの例32~例34では、それぞれ、CO2レーザの照射条件として、例31とは異なる照射条件を選定した。
【0224】
得られたサンプルを、それぞれ、「例32~例34に係るサンプル」と称する。
【0225】
(例35および例36)
例31と同様の方法により、評価用のサンプルを製造した。
【0226】
ただし、これらの例35および例36では、それぞれ、CO2レーザの照射条件として、例31とは異なる照射条件を選定した。
【0227】
得られたサンプルを、それぞれ、「例35および例36に係るサンプル」と称する。
【0228】
(評価)
前述の方法で製造された各サンプルを用いて、以下の評価を行った。
【0229】
(有機膜の撥水性評価)
例21~例26および例31~例36に係るサンプルの有機膜の表面の撥水性を評価した。撥水性の評価方法は、実施例Iの場合と同様である。
【0230】
ただし、実施例IIでは、撥水性は、サンプルの第1の表面における有機膜の中央部分、および有機膜の一つのレーザ切断端面から500μmだけ内側の位置(前述の「対象被照射領域」に対応する)を端面と見なして測定した。それぞれの位置における接触角を、「TAP」および「TAC」で表す。
【0231】
(有機膜のXPS分析)
各サンプルにおいて、有機膜のX線光電分光(XPS)分析を行った。分析方法は、実施例Iの場合と同様である。
【0232】
ただし、実施例IIでは、レーザ切断端面から500μmだけ内側の位置(前述の「対象被照射領域」に対応する)を端面と見なし、この位置から、有機膜の中央部分に沿って、所定の間隔でXPS分析を実施した。
【0233】
ここで、対象被照射領域におけるフッ素のカウント数をIAP(F)とし、ケイ素のカウント数をIAP(Si)とし、IAP(F)/IAP(Si)をRAPと表す。また、中央部分におけるフッ素のカウント数をIAC(F)とし、ケイ素のカウント数をIAC(Si)とし、IAC(F)/IAC(Si)をRACと表す。
【0234】
表2には、例21~例26に係るサンプルにおけるCO2レーザの照射条件、および各例に係るサンプルにおいて得られた評価結果をまとめて示す。
【0235】
【表2】
表2の結果から、例21~例25では、比R
AP/R
ACが0.3を超えており、有機膜は、サンプルのCO
2レーザが照射された領域にも、実質的に相当量残存していることがわかった。この結果は、例21~例25の場合、サンプルの対象被照射領域においても、89.5゜を超える大きな接触角が得られている結果とも対応する。
【0236】
このように、例21~例25に係るサンプルにおいては、CO2レーザ照射の際に、有機膜があまり損傷、消失されていないことが確認された。このことから、前述の第1の製造方法において、分離工程の実施後には、ガラス物品を適正に分離することができると言える。
【0237】
一方、例26に係るサンプルにおいては、比RAP/RACが0.3を大きく下回っており、有機膜は、CO2レーザの照射領域にはあまり残存していないことがわかった。この結果は、サンプルの対象被照射領域において、接触角が約80°まで低下している事実とも対応する。
【0238】
表3には、例31~例36に係るサンプルにおけるCO2レーザの照射条件、および各例に係るサンプルにおいて得られた評価結果をまとめて示す。
【0239】
【表3】
表3の結果から、例31~例34では、比R
AP/R
ACが0.3を超えており、有機膜は、サンプルのCO
2レーザが照射された領域にも、実質的に相当量残存していることがわかった。この結果は、例31~例34では、サンプルの対象被照射領域において、100゜を超える接触角が得られている結果とも対応する。
【0240】
このように、例31~例34に係るサンプルにおいては、CO2レーザ照射の際に、有機膜があまり損傷、消失されていないことが確認された。このことから、前述の第1の製造方法において、分離工程の実施後には、ガラス物品を適正に分離することができると言える。
【0241】
一方、例35~例36に係るサンプルにおいては、比RAP/RACが0.3を下回っており、有機膜は、CO2レーザの照射領域にはあまり残存していないことがわかった。この結果は、サンプルの対象被照射領域において、接触角が低下している(88.9゜以下となっている)事実とも対応する。
【0242】
本願は、2016年9月1日に出願した日本国特許出願2016-171296号に基づく優先権を主張するものであり同日本国出願の全内容を本願に参照により援用する。
【符号の説明】
【0243】
110 ガラス板
112 第1の主表面
114 第2の主表面
116 端面
130、131、132 面内ボイド領域
138 表面ボイド
138A、138B 表面ボイド列
150 内部ボイド列
158 ボイド
160a~160c ガラスピース
165 仮想端面
170 有機膜
300 第1のガラス物品
302 第1の主表面
304 第2の主表面
306-1~306-4 端面
320 ガラス基板
322 第1の主表面
324 第2の主表面
326 端面
370 有機膜
372 有機膜の端面