(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-04
(45)【発行日】2022-10-13
(54)【発明の名称】機械部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221005BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20221005BHJP
C23C 8/22 20060101ALI20221005BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20221005BHJP
C21D 9/32 20060101ALN20221005BHJP
C21D 9/28 20060101ALN20221005BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/54
C23C8/22
C21D1/06 A
C21D9/32 A
C21D9/28 A
(21)【出願番号】P 2018115349
(22)【出願日】2018-06-18
【審査請求日】2021-04-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000001236
【氏名又は名称】株式会社小松製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 健介
(72)【発明者】
【氏名】山本 幸治
(72)【発明者】
【氏名】平塚 悠輔
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和弥
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-156037(JP,A)
【文献】国際公開第2011/132722(WO,A1)
【文献】特開2007-297676(JP,A)
【文献】特開2005-154784(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105239017(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/02- 1/84
C21D 9/00- 9/44, 9/50
C23C 8/00-12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械構造用鋼からなる芯部と、
該機械構造用鋼から形成された、該芯部を覆う中炭素含有層及び該中炭素含有層を覆い0.8~1.5%の炭素濃度を有する高炭素含有層と、
からなる機械部品であって、
該機械構造用鋼は、質量%で、C:0.13~0.30%、Si:0.15~0.80%、Mn:0.20~0.90%、Cr:0.90~2.00%、Al:0.020~0.050%、N:0.002~0.025%を含有し、また不純物として含有されるPとSはP:0.030%以下、S:0.030%以下であって、さらに第1群の選択的任意的成分としてNi:0.10~2.00%、Mo:0.05~0.50%、Nb:0.01~0.10%、V:0.01~0.20%から選択した1種または2種以上を任意に含有し、また第1群の選択的任意成分に加えてあるいは第1群の選択的任意成分に代えて第2群の任意的成分としてTi:0.01~0.05%及びB:0.0010~0.0050%を任意に含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、
該高炭素含有層は、炭化物が分散するマルテンサイト組織及び残留オーステナイト組織からなり、アスペクト比が1.5以下の球状化炭化物が該炭化物の総数の90%以上であり、旧オーステナイト粒界上の球状化炭化物の個数が該炭化物の総数の40%以下である、
機械部品。
【請求項2】
旧オーステナイ粒界上の球状化炭化物は、その90%以上が粒径1μm以下である、請求項1に記載の機械部品。
【請求項3】
旧オーステナイト粒界の粒径が15μm以下である、請求項1又は請求項2に記載の機械部品。
【請求項4】
高炭素含有層が、少なくとも機械部品の表面から0.3mmの深さまで形成されたものである、請求項1に記載の機械部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高面圧が負荷される部品に用いられる、浸炭により硬化された表面層を有しつつ靱性に優れる機械部品に関する。
【背景技術】
【0002】
機械部品、例えば、歯車やシャフトなどの高面圧を受ける部品は、鋼材を熱間鍛造、冷間鍛造、切削などの工法により部品形状に成形したのち、ガス浸炭や真空浸炭など浸炭処理を施してから使用に供される。さらに必要に応じて、研削やショットピーニングなどの追加処理を施す場合がある。浸炭処理は鋼をオーステナイト化温度以上の高温に加熱することで、鋼に対する炭素の固溶限を高めた状態にしたのち、鋼部品の表面から炭素を内部に侵入させる処理である。
【0003】
一般的には、浸炭により鋼部品の表面に0.7~0.8%の炭素を侵入させる。その後、浸炭温度から直接的に焼入れするか、浸炭温度から一般的な焼入れ温度まで冷却してから焼入れするか、もしくは、浸炭処理後にいったん冷却し再加熱してから焼入れする、といった処理手順での焼入れ、およびそれに続く焼戻しが行われる。
【0004】
近年、燃費の向上を目的とした、自動車などのトランスミッションに代表される駆動系ユニットの小型軽量化に伴い、歯車やシャフト類への負荷は益々増大する傾向にある。特に歯車では、歯面のピッチング発生による短寿命化や歯元折損の可能性がある。
【0005】
これに対して、特許文献1では、質量%で、Cの含有量が0.55~1.10%と、炭素を多く含有する鋼であって、焼入れ後の組織がマルテンサイト組織と球状化炭化物の二相組織からなり、全セメンタイトに占める球状化セメンタイト率や、旧オーステナイト粒界上のセメンタイト率を制御することによる高硬度かつ靱性に優れた鋼が提案されている。
この鋼では、鋼部品内部まで炭素濃度が高いために、要求される靱性が得られない場合が有り得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本願の発明が解決しようとする課題は、表面硬化処理されつつ、先行技術と比較して改善された靱性を有する機械部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するための本発明の以下に記載の機械部品である。
機械部品は、質量%で、C:0.13~0.30%、Si:0.15~0.80%、Mn:0.20~0.90%、Cr:0.90~2.00%、Al:0.020~0.050%、N:0.002~0.025%を含有し、また不純物として含有されるPとSはP:0.030%以下、S:0.030%以下であって、さらに第1群の選択的任意的成分としてNi:0.10~2.00%、Mo:0.05~0.50%、Nb:0.01~0.10%、V:0.01~0.20%から選択した1種または2種以上を任意に含有し、また第1群の選択的任意成分に加えてあるいは第1群の選択的任意成分に代えて第2群の任意的成分としてTi:0.01~0.05%及びB:0.0010~0.0050%を任意に含有し、残部がFeおよび不可避不純物である化学成分の機械構造用鋼からなる芯部と、該機械構造用鋼から形成された、該芯部を覆う中炭素含有層及び該中炭素含有層を覆い0.8~1.5%の炭素濃度を有する高炭素含有層と、からなる機械部品である。該高炭素含有層は、炭化物が分散するマルテンサイト組織及び残留オーステナイト組織と球状化炭化物から成る。該高炭素含有層では、炭化物の総数の90%以上がアスペクト比が1.5以下の球状化炭化物である。該高炭素含有層では、旧オーステナイト粒の粒界上の球状化炭化物の個数は炭化物の総数の40%以下である。
【0009】
旧オーステナイ粒界上の球状化炭化物は、その90%以上が粒径1μm以下であってもよい。
旧オーステナイト粒界の粒径が15μm以下であってもよい。
また、高炭素含有層が少なくとも機械部品の表面から0.3mmの深さまで形成されたものであってもよい。
【発明の効果】
【0010】
上記の手段に記載の化学成分の機械構造用鋼からなる芯部と、該機械構造用鋼形成された炭素濃度が0.8~1.5%を満たす高炭素含有層を表層に備えた上記手段の機械部品は、耐ピッチング特性および靱性に優れているので、高面圧が負荷される機械部品を好適に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】実施形態の機械部品の高炭素層の組織図である。
【
図3】実施鋼部品No.3の走査型電子顕微鏡(SEM)によるミクロ組織の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
歯車を機械部品の一例として挙げ、その断面図を
図1に示す。発明の実施形態に係る機械部品1は、機械構造用鋼よりなる芯部4と、芯部を覆うように形成される中炭素含有層2と、中炭素含有層2を覆うように形成される高炭素炭素層3と、より構成される。中炭素含有層2及び高炭素含有層3は、機械構造用鋼により形成された機械部品形状の素材を浸炭処理することにより、素材の表層に生成させることができる。発明を実施するための形態を記載するに先立って、本願の発明における芯部4を構成する鋼材の化学成分の限定の理由および高炭素含有層組織の限定の理由について説明する。
【0013】
C:0.13~0.30%
Cは、鋼部品の芯部の焼入性、鍛造性および機械加工性に影響する元素である。そして、Cが0.13%未満では十分な芯部の硬さが得られず、強度が低下するので、Cは0.13%以上の添加が必要であり、望ましくは、0.16%以上の添加がよい。一方、Cは、多いと、素材の硬さを増加し、被削性および鍛造性などの加工性を阻害する元素であるから、Cが過多になると、素材の芯部硬さが過剰となり、靭性が劣化する。そこで、Cは0.30%以下にする必要があり、望ましくは0.28%以下にするとよい。したがって、Cは0.13~0.30%とし、望ましくは0.16~0.28%とする。
【0014】
Si:0.15~0.80%
Siは、脱酸に必要であり、また、鋼部品の焼戻し軟化抵抗性を高め、ピッチング特性向上にも有効な元素である。さらに、Si添加量が0.15%以上になると、粒界酸化深さが低減するので、ピッチング特性の向上には、Siは0.15%以上である必要があり、望ましくは0.20%以上がよい。一方、Siは多いと、素材の硬さを増加し、被削性および鍛造性などの加工性を阻害し、また、浸炭阻害を起こし、耐ピッチング強度劣化につながる元素である。そこで、Siは0.80%以下にする必要があり、望ましくは0.70%以下にするとよい。したがって、Siは0.15~0.80%とし、望ましくは0.30%より大きく0.70%以下とする。
【0015】
Mn:0.20~0.90%
Mnは、焼入性の確保に必要であり、また、浸炭時に粒界酸化や合金酸化物に濃化することで、不完全焼入層を形成する元素である。さらに、十分な不完全焼入層を形成するには、Mnは最低0.20%以上は必要であり、望ましくは0.25%以上とするとよい。一方、Mnは、多いと素材の硬さを増加し、被削性および鍛造性などの加工性を阻害し、また、靭性を低下させる元素である。そこで、Mnは0.90%以下にする必要があり、望ましくは0.85%以下にするとよい。したがって、Mnは0.20~0.90%とし、望ましくは0.25~0.85%とする。
【0016】
P:0.030%以下
Pは、鋼中に不可避的に含有される不純物元素であり、粒界に偏析し、靭性を劣化させる元素である。そこで、Pは0.000%より大きく、0.030%以下とする。
【0017】
S:0.030%以下
Sは、鋼中に不可避的に含有される不純物元素であり、Mnと結びついてMnSを形成し、靭性を劣化させる元素である。そこで、Sは0.000%より大きく、0.030%以下とする。不可避不純物の総量は1.0%未満に規制することが望ましい。
【0018】
Cr:0.90~2.00%
Crは、焼入性を向上させる元素であり、また、球状化焼なましによる炭化物の球状化を容易にする元素である。これらの効果を得るためには、Crは0.90%以上が必要であり、望ましくは1.00%以上とするとよい。一方、Crは、過剰に添加するとセメンタイトが脆くなり、靭性を劣化させる元素である。また、Crは多いと、浸炭阻害を起こし、素材硬さの低減につながるほか、浸炭時に粗大炭化物を形成し、耐ピッチング性の低下につながる元素である。そこで、Crは2.00%以下にする必要があり、望ましくは1.90%以下にするとよい。したがって、Crの含有量は0.90~2.00%とし、望ましくは1.50%より大きく1.90%以下とする。
【0019】
Al:0.020~0.050%
Alは、製鋼時の脱酸に有効な元素であり、さらに、Nと結合してAlNを生成するため、結晶粒の粗大化の抑制に有効な元素である。結晶粒の粗大化の抑制の効果を得るためには、Alは0.020%以上は必要である。一方、Alは大量に添加すると、鋼中にAl2O3系酸化物が増加して割れの起点となるので0.050%以下とする。したがって、Alは0.020~0.050%とする。
【0020】
N:0.002~0.025%
Nは、鋼中でAl窒化物やNb窒化物といった窒化物として微細に析出し、鋼部品の靭性などの強度を低下させる要因となる結晶粒の粗大化の抑制に有効な元素である。その効果を得るためには、Nは0.002%以上が必要である。一方、Nは0.025%より多いと、大型の窒化物が増加し、鋼の強度や加工性を低下する。したがって、Nは0.002~0.025%とする。
【0021】
Ni:0.10~2.00%
Niは、鋼の焼入性と靭性を向上させるために有効な元素である。一方、Niは高価な元素であるので、多量の含有はコストを増加させる。したがって、Niは0.10~2.00%とする。
【0022】
Mo:0.05~0.50%
Moは、鋼の焼入性と靭性を向上させるために有効な元素である。一方、Moは高価な元素であるので、多量の含有はコストを増加させる。したがって、Moは0.05~0.50%とする。
【0023】
Nb:0.01~0.10%
Nbは、浸炭時に炭化物または炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化させるのに有効な元素である。また、Nbは結晶粒を微細化することで、粒界酸化の深さを浅くするとともに、粒界酸化となるき裂が生成した際にもき裂長さが短くなる。しかし、Nbが0.01%未満では、き裂長さが小さくなる効果は得られない。一方、Nbは0.10%を超えると結晶粒微細化の効果は飽和し、コストアップとなる。さらに、Nbは0.10%を超えると多量に炭窒化物を形成することができ、加工特性を悪化する。したがって、Nbは0.01~0.10%とする。
【0024】
V:0.01~0.20%
Vは、浸炭時に炭化物または炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化させるのに有効な元素である。また、Vは結晶粒を微細化することで、粒界酸化の深さを浅くするとともに、粒界酸化となるき裂が生成した際にもき裂長さが短くなる。しかし、Vが0.01%未満では、き裂長さが小さくなる効果は得られない。一方、Vは0.20%を超えると結晶粒微細化の効果は飽和し、コストアップとなる。さらに、Vは0.20%を超えると多量に炭窒化物を形成することができ、加工特性を悪化する。したがって、Vは0.01~0.20%とする。
【0025】
Ti:0.01~0.05%
Tiは、B添加時に、Bによる焼入性の改善効果を発揮させる元素である。その焼入性の改善のためには、窒素とTiを結合させてTi窒化物を形成させる必要がある。そこで、Tiを0.01%以上添加する。なお、このTiの添加量はNの添加量の3.4倍以上であることが望ましい。一方、Tiは添加量が0.05%を超えると、多量の微細な炭化物を形成して、加工特性を悪化する元素である。したがって、Tiは、0.01~0.05%とする。
【0026】
B:0.0010~0.0050%
Bは、極小量の含有によって、鋼の焼入性を著しく向上させる元素である。しかし、Bは0.0010%未満では、その効果は小さい。一方、Bは多量に含有させると、強度を低下する元素である。そこで、Bの含有は0.0050%以下とする。したがって、Bは0.0010~0.0050%とする。
【0027】
本発明の実施形態に係る機械部品1に用いられる鋼材は、例えば、以下の機械構造用鋼である。以下に記載の組成は、機械部品1の芯部4の組成である。
(a)質量%で、C:0.13~0.30%、Si:0.15~0.80%、Mn:0.20~0.90%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.90~2.00%、Al:0.020~0.050%、N:0.002~0.025%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる機械構造用鋼、あるいは、
(b)質量%で、C:0.13~0.30%、Si:0.15~0.80%、Mn:0.20~0.90%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.90~2.00%、Al:0.020~0.050%、N:0.002~0.025%を含有し、
さらに、Ni:0.10~2.00%、Mo:0.05~0.50%、Nb:0.01~0.10%、V:0.01~0.20%から選択した1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる機械構造用鋼、あるいは、
(c)質量%で、C:0.13~0.30%、Si:0.15~0.80%、Mn:0.20~0.90%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.90~2.00%、Al:0.020~0.050%、N:0.002~0.025%を含有し、
さらに、Ti:0.01~0.05%、B:0.0010~0.0050%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる機械構造用鋼、あるいは
(d)質量%で、C:0.13~0.30%、Si:0.15~0.80%、Mn:0.20~0.90%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.90~2.00%、Al:0.020~0.050%、N:0.002~0.025%を含有し、
さらに、Ni:0.10~2.00%、Mo:0.05~0.50%、Nb:0.01~0.10%、V:0.01~0.20%から選択した1種または2種以上を含有し、
またさらに、Ti:0.01~0.05%、B:0.0010~0.0050%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる機械構造用鋼である。
【0028】
上記成分組成の鋼材を用いた本発明の機械部品について、以下にその特性を規定する理由を詳述する。特性は、機械部品1の最表面にある高炭素含有層3の組織に主に起因する。高炭素含有層3の組織に関する規定について、以下に説明する。高炭素含有層中の炭化物は、主体がセメンタイト(Fe
3C)なので、以下の説明では炭化物をセメンタイトとする。炭化物は、セメンタイト以外に、M
23C
6型炭化物、(FeCr)
3Cなどを含んでも良い。高炭素含有層3の組織を、
図2に示す。
【0029】
(イ)球状化セメンタイト5が分散するマルテンサイト組織7及び残留オーステナイト組織7から成り、アスペクト比が1.5以下の球状化セメンタイト4が全セメンタイトの90%以上であること
球状化セメンタイト5の長径/短径の比で定義するアスペクト比は、球状化の指標である。そして、アスペクト比が大きな形状の、例えば板状あるいは柱状に近い形状のセメンタイトは、その形状に起因して変形時に応力集中源となり、さらに、き裂発生の起点となって靭性を低下させる。そこで、靭性向上の観点から、セメンタイトは球状に近いことが望ましい。そして、アスペクト比が1.5以下であれば、き裂発生の起点となる有害性を下げることができる。そこで、アスペクト比が1.5以下の球状化セメンタイトの割合が大きいほど好ましい。
そこで、アスペクト比が1.5以下の球状化セメンタイトは全セメンタイト数の90%以上、望ましくは95~100%とする。
【0030】
(ロ) 旧オーステナイト粒界6上のセメンタイトに関して、旧オーステナイト粒界6上の球状化セメンタイト5の個数が占める割合は全セメンタイト数の40%以下であること高炭素含有層3の組織は、炭素濃度からみて過共析の範囲である。そして、過共析鋼において耐衝撃特性を劣化させる脆性破壊の形態は、主に旧オーステナイト粒界6に沿った粒界破壊である。この原因となるのは、旧オーステナイト粒界6上のセメンタイト、すなわち特に粒界に沿った編目上の炭化物、であり、この粒界に析出して存在するセメンタイトは粒内のセメンタイトよりも破壊の起点となり易くかつ有害性が高い。したがって、このようなセメンタイトが粒界上に存在すると好ましくない。そこで、旧オーステナイト粒界上の球状化セメンタイト5の個数が占める割合は全セメンタイトの40%以下、望ましくは20%以下、さらに望ましくは5%以下から0%とする。
【0031】
(ハ) 旧オーステナイト粒界6上の球状化セメンタイト5は、粒径の大きさの90%以上が粒径1μm以下であること
セメンタイトが旧オーステナイト粒界6上に存在することは好ましくない。特に、粒界に沿った網目状のセメンタイトやそれに類似するような粗大なセメンタイトは粒界破壊の起点となる危険が増加する。そのため、球状化セメンタイト5は、有害性の低い粒径1μm以下の粒径の大きさのものが90%以上、望ましくは95~100%とする。
なお、ここでの%とは、走査型電子顕微鏡の5000倍程度で観察できる炭化物の全個数を100%とした時の割合である。上記の倍率で観察できない非常に微細な炭化物は靭性に与える影響が小さいため考慮しない。
【0032】
(ニ) 旧オーステナイト粒界6は、粒径の大きさが15μm以下であること
旧オーステナイト粒界6の差渡しである粒径Aは、微細化することで、粒界破壊もしくはへき開破壊の破面単位を小さくすることができ、破壊に要するエネルギーを大きくすることができるので、靭性を向上させることができる。そこで、結晶粒径の微細化は硬度を下げることなく靭性を向上させる方法として非常に有効である。
本願の製造方法は、その微細なセメンタイトを析出させた状態で最終の焼入れを行い、その際、比較的低温で焼入れを行うことによって、旧オーステナイト粒径を微細に維持することができ、有利である。
一方、旧オーステナイト粒界6の粒径が15μmを超えると、靱性を向上させる効果が小さくなる。特に、浸炭時の加熱温度を1050℃以上にすることは、たとえ最終の焼入れを行ったとしても、旧オーステナイト粒径を粗くする。そこで、旧オーステナイト粒界6の粒径は、大きさが15μm以下とする。
上記の組織では微細な炭化物が析出しているが、一般的な浸炭処理では、通常、ほとんど得られなかったものである。特許文献1には炭化物を析出させたCの含有量が0.55~1.10%の鋼材について記載されているが、上記実施形態でのCの含有量(0.13~0.30%)のような低炭素組成の鋼における微細炭化物の析出は、これまで想定されなかったものである。
【0033】
中炭素含有層2は、芯部4と高炭素含有層3との間に位置する層である。中炭素含有層2は、芯部4より高く高炭素含有層3より低い、中間のC含有量を持つ。中炭素含有層2の組織は、実質的にマルテンサイトである。中炭素含有層2は、高炭素含有層3に近い領域で、密度は低いながら、析出した微細炭化物を持つ。
【0034】
次いで、発明を実施するための形態について、実施例を用いて説明する。なお、化学成分における%は質量%である。
【0035】
表1に示す化学成分を有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼を、100kg真空溶解炉で溶製した。これらの鋼を1250℃で、直径32mmの棒鋼に鍛伸した後、925℃で1時間の焼ならしを行った。
表1に示す供試材のうち、供試材No.1~10は本願請求範囲の化学成分を有する。供試材No.11~18は本願請求範囲の化学成分から外れる。
【0036】
図1の(a)に示すローラーピッチング試験片(小ローラー)(1)の粗形に加工(粗加工)した。この粗加工の際には、試験部(2)の仕上げ加工を実施しており、つかみ部(3)のみ、以降の熱処理後に研削仕上げを行うために、片肉0.2mmの余肉を付与した。また、10RCノッチのシャルピー衝撃試験片(1)の粗形に加工した。粗加工の際には、ノッチ面以外について以降の熱処理後に浸炭層を除去する加工を行うために片肉2mmの余肉を付与した。
【0037】
【0038】
表2は、表1に示すNo.1~18の供試材を用いた各部品の熱処理等の条件を記載した表である。表2の実施鋼部品No.1~10および比較鋼部品No.11~18の部品の成分組成は、表1に示す各供試材No.1~18に対応している。
まず、これらの各部品には、それぞれ、表2に記載の加熱条件で試験片の表面炭素濃度が表2となるようにガス浸炭を実施した後、表2に記載の冷却速度で、200℃以下まで冷却した。ガス浸炭により、部品表面に浸炭層が形成される。浸炭層から、以下の処理により、高炭素含有層と中炭素含有層が生成される。
【0039】
各部品には、それぞれ、表2に示した再加熱温度で保持する球状化焼なましを実施した。本発明では炭化物を適度な大きさに成長させ、適度な面積率で分布しておく必要がある。そのためには、Acm点(℃)以下の加熱温度で球状化焼なましする必要がある。そして、本実施における球状化焼きなまし温度は、全てAcm点(℃)以下である。
【0040】
表2に示した再加熱温度で保持後、焼入れを行い、その後、180℃で1.5時間保持した後に空冷する焼き戻しを実施して、ローラーピッチング試験片(小ローラー)(1)とシャルピー衝撃試験片にそれぞれ仕上げた。
本実施ではガス浸炭から、球状化焼なましを経て焼入れに至る過程について、工程毎に一旦室温まで冷却したが、A1点を下回れば、それに続く工程に進めることも、良い。
【0041】
【0042】
次に、上記で作製した、
図3の(a)に示すローラーピッチング試験片(小ローラー)7と、すべりを付与した状態で油膜を介して小ローラー8と接触させる
図3の(b)に見られる大ローラー試験片11とを用いて、表3に示す条件で、
図3(b)に示すローラーピッチング試験を行った。示された条件の中で、滑り率が-40%とは、小ローラー8の周速度に対して大ローラー11の周速度が40%遅いことを意味する。潤滑油のATF(Automatic Transmission Fluid)とは、車両の自動変速装置に使用される潤滑油を意味する。クラウニング量とは、ローラー外周の回転軸方向の形が半径150mmの円弧形状であることを意味する。
【0043】
【0044】
ローラーピッチング試験は、振動計を用いて、剥離および変形過多による振動過多を検出し、試験停止する仕様とし、試験停止サイクルを試験片の寿命値とした。また、靭性評価のための室温でのシャルピー衝撃試験を行った。
【0045】
なお、結晶粒度の調査は、上記の焼戻しまでを完了したローラーピッチング試験片(小ローラー)8を切断して試片とし、表層から内部にかけての断面が観察できるようにこの試片を樹脂中に埋込を行ってから、被検部位の鏡面研磨を行ない、粒界腐食を行ってから、光学顕微鏡により最表面から表面下0.3mmまでの範囲にかけての平均的な視野を撮影し、平均結晶粒径(直径)を求めた。
【0046】
また、炭化物の観察については、上記と同様に試片を樹脂中に埋込みを行なってから、被検部位の鏡面研磨の後、ナイタールで腐食し、走査型電子顕微鏡により最表面から表面下0.3mmまでの範囲にかけての平均的な視野を撮影し、
図2に示す炭化物を識別して示すミクロ組織の画像を得た。識別した炭化物について、画像解析により炭化物のアスペクト比が1.5以下のセメンタイト率(%)、旧オーステナイト粒界上のセメンタイトの個数率(%)、旧オーステナイト粒界上の粒径1μm超えのセメンタイト率(%)、旧オーステナイト粒径(μm)をそれぞれ確認した。
なお、焼戻し後に、切削、研削、研磨、ショットブラスト、ショットピーニング、ハードショットピーニング、微粒子ショットピーニングのいずれか1種または複数種の表面処理を行う場合には、その処理面を表層として上記と同様の観察を行うものとする。
【0047】
上記の試験結果を表4に示す。シャルピー衝撃値と耐ピッチング性は、表1の供試材No.13の、JIS規定のSCr420に相当する鋼を用いて製造した比較鋼部品No.13を基準とした。表4の実施鋼部品No.と比較鋼部品No.のシャルピー衝撃値は、比較鋼部品No.13のシャルピー衝撃値の値を基準として、表4に示した。このとき、シャルピー衝撃値比が1.5以上であれば、靭性は良好であるとした。表4の実施鋼部品No.と比較鋼部品No.の耐ピッチング性は、比較鋼部品のNo.13のピッチング発生までのサイクル数を1としたときの比でもって、表4に示した。このとき、ピッチング発生までのサイクル数の比が2.0以上あれば、耐ピッチング性が良好であるとした。
【0048】
【0049】
表1、表2に示すように、表1の成分組成の供試材No.1~10を、表2に記載の条件で製造した実施鋼部品No.1~10について、表4に示すように、まず、アスペクト比が1.5以下のセメンタイトが実施鋼部品No.1~10では90~98%と、90%以上を示した。すなわち、アスペクト比の大きなセメンタイトは、変形時に、その形状に起因して応力集中源となり、き裂発生の起点となり靭性を低下させるが、そうしたセメンタイトが少ないことから、靱性が低下せず、向上している。
また、実施鋼部品No.1~10について、旧オーステナイト粒界上の球状化セメンタイトの個数が占める割合は全セメンタイト数の11~40%で、40%以下となった。また、実施鋼部品No.1~10では、粒径の大きさが粒径1μmを超えた旧オーステナイト粒界上の球状化セメンタイトは3~7%であり、すなわち、旧オーステナイト粒界上の球状化セメンタイトは、粒径の大きさの90%以上が粒径1μm以下であった。旧オーステナイト粒界に析出して存在するセメンタイト(特に粒界に沿った網目状の炭化物)は、粒内のセメンタイトよりも破壊の起点となり易くかつ有害性が高いところ、本発明では粒界上のセメンタイトが40%以下に低減されており、有害性が小さい1μm以下のものが90%以上を占めた。
【0050】
また、実施鋼部品No.1~10の旧オーステナイトは粒径の大きさは、4~8μmと、いずれも8μm以下であった。旧オーステナイト粒径は、微細化することで、粒界破壊もしくはへき開破壊の破面単位を小さくすることができ、破壊に要するエネルギーを大きくすることができるため、靭性を向上させることができるのであるから、本発明に係る機械部品は、靱性が向上している。
そして、実施鋼部品No.1~10は、比較鋼部品No.13を1.0としたシャルピー衝撃比が1.6~2.9であり、1.5以上と高い靱性を示した。
同様に、実施鋼部品No.1~10は、比較鋼部品No.13を1.0とした場合のピッチング発生までのサイクル数の比が、2.2~2.9を示し、耐ピッチング性が良好であった。
このように、本発明の機械部品は、いずれも耐ピッチング特性と靱性に優れるものとなる。
【0051】
本発明の実施形態について上記のように説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0052】
1 歯車(機械部品)
2 中炭素含有層
3 高炭素含有層
4 芯部
5 球状化セメンタイト(球状化炭化物)
6 旧オーステナイト粒界
7 マルテンサイト組織または残留オーステナイト組織
8 ローラーピッチング試験片(小ローラー)
9 試験部
10 つかみ部
11 大ローラー試験片
A 粒径