(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-07
(45)【発行日】2022-10-18
(54)【発明の名称】走査電子顕微鏡
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2251 20180101AFI20221011BHJP
【FI】
G01N23/2251
(21)【出願番号】P 2021524585
(86)(22)【出願日】2019-06-06
(86)【国際出願番号】 JP2019022452
(87)【国際公開番号】W WO2020245962
(87)【国際公開日】2020-12-10
【審査請求日】2021-11-26
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】孝橋 照生
(72)【発明者】
【氏名】森下 英郎
(72)【発明者】
【氏名】片根 純一
【審査官】清水 靖記
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-269967(JP,A)
【文献】特開2010-151455(JP,A)
【文献】特開2011-095150(JP,A)
【文献】特開2011-059057(JP,A)
【文献】特開平10-020044(JP,A)
【文献】国際公開第2011/122171(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/186736(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - 23/2276
H01J 37/00 - 37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料における歪を評価する走査電子顕微鏡であって、
前記試料から放出された2次電子の2次電子スピン偏極度を測定するスピン検出器と、
前記スピン検出器で測定された2次電子スピン偏極度データを解析する解析装置と、を有し、
前記解析装置は、
隣接画素の前記2次電子スピン偏極度データの差を演算することにより、前記試料における前記歪を評価することを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項2】
前記解析装置は、
前記2次電子スピン偏極度の直交する2成分を個別に解析し、
各成分における前記隣接画素の前記2次電子スピン偏極度データの差を演算し、
各成分の演算結果を足し合わせることにより、前記試料における前記歪を評価することを特徴とする請求項1に記載の走査電子顕微鏡。
【請求項3】
前記解析装置は、
各成分の前記演算結果を足し合わせた結果の絶対値を演算することにより、前記試料における前記歪を評価することを特徴とする請求項2に記載の走査電子顕微鏡。
【請求項4】
前記解析装置は、
各成分の前記演算結果を走査電子線の走査電子線位置に従い可視化することにより、前記試料における前記歪を評価することを特徴とする請求項2に記載の走査電子顕微鏡。
【請求項5】
前記解析装置は、
前記走査電子線が走査中に演算を行い、各成分の前記演算結果を順次可視化することを特徴とする請求項
4に記載の走査電子顕微鏡。
【請求項6】
前記解析装置は、表示装置を有し、
各成分の前記演算結果を前記表示装置に表示することにより、前記可視化を行うことを特徴とする請求項
4に記載の走査電子顕微鏡。
【請求項7】
前記解析装置は、
前記演算結果が所定の閾値より大きな領域を、前記歪を有する領域として前記表示装置に表示することを特徴とする請求項
6に記載の走査電子顕微鏡。
【請求項8】
試料における歪を評価する走査電子顕微鏡であって、
前記試料から放出された2次電子の2次電子スピン偏極度を測定するスピン検出器と、前記スピン検出器で測定された2次電子スピン偏極度データを解析する解析装置と、を有し、
前記解析装置は、
少なくとも前記2次電子スピン偏極度の直交する2成分を検出し、
各成分における微分値を演算することにより、前記試料における前記歪を評価することを特徴とする走査電子顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査電子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
走査電子顕微鏡において、試料である磁性材料からの2次電子のスピン偏極度を検出し、磁化マッピングを行う手法がある(例えば、特許文献1参照)。磁化の起源は、材料内部の電子が持つスピン偏極度であり、このスピン偏極度は電子が2次電子として試料外へ放出される際にも、ほぼ保たれることが知られている。
【0003】
従って、2次電子をスピン検出器に搬送し、スピン偏極度を測定すれば、2次電子放出点での磁化を評価できる。そして、試料表面を1次電子線により走査し、順次2次電子のスピン偏極度を測定すれば、走査範囲内での磁化マッピングが可能となる。
【0004】
この手法はスピン偏極走査電子顕微鏡(スピンSEM)として知られ、分解能が10nmレベルと高いこと、全ての磁化方向を3次元的に検出可能等の特長を持つ。これまでは、磁気記録材料や永久磁石材料等、磁気デバイスの評価や、基礎磁性の分野で活用されてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鉄鋼材料の特性には、材料内に存在する歪が大きな影響を与えることが知られている。例えば、構造材において歪は劣化の起因になり、磁性材料においては磁化の異方性や透磁率を変化させる。
【0007】
これらは即ち構造材の寿命や、或いはモーターの消費電力に直接関係するものであり、歪の制御やその測定は、上記材料開発に極めて重要である。しかしその一方、歪の分布状態の評価は簡単ではない。
【0008】
現状、EBSD(Electron Back Scattered Diffraction:電子線後方散乱回折法)により格子定数の変化や方位差を測定する方法があるが(KAM法:Kernel Average Misorientation法)、現状0、01%程度の歪量が検出限界である。また、鉄鋼材は主成分が鉄のため、磁性を持つものが多く、特に電磁鋼鈑等では磁区観察により歪に関する情報を得る試みもなされている。
【0009】
磁区のサイズや形状は歪によって変化するため、光学顕微鏡を用いた磁区観察装置であるKerr効果顕微鏡等により歪を評価している。しかし、この手法においても分解能の問題で、1ミクロン以下の磁区に関しては観察自体が困難である。鉄鋼材料の高性能化が進むに従い、より詳細で汎用的な材料内における歪の評価が必要になっている。このため、歪の評価を高精度で行うための手法が望まれている。
【0010】
本発明の目的は、走査電子顕微鏡において、歪の評価を高精度で行うことにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様の走査電子顕微鏡は、試料における歪を評価する走査電子顕微鏡であって、前記試料から放出された2次電子の2次電子スピン偏極度を測定するスピン検出器と、前記スピン検出器で測定された2次電子スピン偏極度データを解析する解析装置とを有し、前記解析装置は、隣接画素の前記2次電子スピン偏極度データの差を演算することにより、前記試料における前記歪を評価することを特徴とする。
【0012】
本発明の一態様の走査電子顕微鏡は、試料における歪を評価する走査電子顕微鏡であって、前記試料から放出された2次電子の2次電子スピン偏極度を測定するスピン検出器と、前記スピン検出器で測定された2次電子スピン偏極度データを解析する解析装置とを有し、前記解析装置は、少なくとも前記2次電子スピン偏極度の直交する2成分を検出し、各成分における微分値を演算することにより、前記試料における前記歪を評価することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様によれば、走査電子顕微鏡において、歪の評価を高精度で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1A】走査電子顕微鏡の基本構成を示す概略図である。
【
図1B】走査電子顕微鏡における磁区像取得原理を示す概略図である。
【
図1C】走査電子顕微鏡の解析装置の構成を示す図である。
【
図2A】歪の無い軟磁性体特有の磁区構造の例を示す図である。
【
図2B】歪の有る軟磁性体特有の磁区構造の例を示す図である。
【
図3A】取得画像における各画素の位置関係を示す図である。
【
図3B】XY成分の磁区像と磁化量勾配像を示す図である。
【
図3C】XY成分の磁区像と磁化量勾配像を示す図である。
【
図4】走査電子顕微鏡における表示装置の画面例を示す図である。
【
図5】走査電子顕微鏡における表示装置の他の画面例を示す図である。
【
図6A】走査電子線位置と磁化量勾配像作成における解析項目の関係を示す図である。
【
図6B】画素毎のデータ解析方法を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1A及び
図1Bを参照して、電子顕微鏡の基本構成について説明する。ここで、電子顕微鏡は、磁性体の歪測定を行う歪測定装置である。
【0016】
図1Aに示すように、電子顕微鏡は、試料101を固定するステージ(図示せず)と、1次電子線104を放出する電子源102と、試料101に対し収束させた1次電子線104を照射しながら走査させる電子光学系105、106と、対物レンズ107と、試料101から放出された2次電子108のスピン偏極度を測定するスピン検出器103と、解析装置100とを有する。
【0017】
2次電子108のスピン偏極度は、磁化の大きさと相関があることが知られているため、2次電子スピン偏極度の値をプロットすることで、試料101の表面の磁化をマッピングすることができる。
【0018】
図1Cを参照して、解析装置100の構成について説明する。
【0019】
解析装置100は、一般的な計算機及びその周辺装置で構成することができる。解析装置100は、2次電子スピン偏極度データを解析するためのプログラムを実行する計算機システムである。解析装置100は、処理部119、主記憶装置120、補助記憶装置130及びインターフェース(I/F)140を有する。これらは、内部バスに接続されており、互いに通信可能である。
【0020】
解析装置100は、さらに、表示装置150及び入力装置162を有する。表示装置150及び入力装置162は、インターフェース(I/F)140を介して、内部バスに接続される。表示装置150は出力装置であり、例えば、LCDディスプレイや、プロジェクタである。入力装置162は、例えば、タッチ入力装置、ペン入力装置、マウス、又はこれらの全部又は一部の組み合わせである。
【0021】
処理部119は、主記憶装置120に格納されているプログラムに従って動作することで、解析装置100の所定の機能を実現する。主記憶装置120は、例えば、揮発性記憶装置であり、処理部119により実行されるプログラム及び参照されるデータを格納する。例えば、主記憶装置120は、オペレーティングシステムの他に解析プログラム121を格納している。処理部119は、解析プログラム121に従って、後述するように、試料の磁化及び歪を解析する。
【0022】
補助記憶装置130は、例えば不揮発性記憶装置であって、主記憶装置120にロードされるデータを格納する。
図1Cの例において、補助記憶装置130は、データベース131を格納している。
図1Cに示す構成は一例であって、解析装置100は、構成要素がネットワークを介して接続されていてもよく、複数の計算機を含んでもよい。
【0023】
図1Bに示すように、解析装置100は、2次電子スピン偏極度データを解析し、1次電子線104の走査信号に合わせて解析結果を表示する。ここで、
図1Bにおいて、解析装置100は、走査電子顕微鏡において撮影した2次電子スピン偏極度(磁化)のX成分(横成分)マッピング像117、並びにY成分(縦成分)マッピング像118表示している。
【0024】
図1Bにおいては、一つの磁区及び磁壁のみが、それぞれ、符号115及び116で指示されている。磁区115は、磁化が一定の領域である。磁壁116は、磁区間の境界領域であり、局所的に磁化方向(2次電子スピン偏極度)が大きく変化する領域である。解析装置100は、マッピング像117および118を構成するデータから、後述する手法により演算された磁化量勾配像を導出する機能を有する。解析装置100は、磁化量勾配像より、試料の歪分布の視覚化を行う。
【0025】
2次電子スピン偏極度をマッピングする走査電子顕微鏡の入力信号である2次電子スピン偏極度は、磁化を反映したベクトル量であり、大きさと向きを持つ。基本的には、磁化ベクトルは3次元空間における各方向成分(XYZ成分)を測定して、その向きが決定されるものである。しかし、鉄鋼材のような軟磁性体の場合は、静磁エネルギーのために試料表面に垂直方向成分(Z成分)は極めて少ない。そのため、試料面内2成分(XY成分)のみを測定することで、その磁化の挙動が把握できる。従って、以下の説明においては、スピン偏極度2成分のみ取得可能な装置を仮定して説明する。
【0026】
図2Aに示すように、歪の無い軟磁性体においては、静磁エネルギーの観点から、磁化が回転する磁壁部分においても磁気的なチャージ(以下、これを磁極と記す)は発生しない。例えば、
図2A(a)に示す180°磁壁においては、磁壁202を境に磁化ベクトル(203と204)は180°回転している。しかし、それぞれが磁壁202に平行に位置しているため、磁壁202に磁極は発生しない。
【0027】
或いは、
図2A(b)に示す90°磁壁においては、磁壁206を境に磁化ベクトル(207と208)は90°回転している。しかし、それぞれの磁壁に垂直な成分の大きさが同じであるため、磁壁206に流入する磁化量と流出する磁化量が等しくなり、結果として磁壁206に磁極は発生しない。このような磁壁で成り立つ典型的な歪の無い軟磁性体の磁区構造は
図2A(c)のようになり、試料表面の磁化分布において以下の(数1)が成り立つ。
【0028】
(数1)
dPx/dx+dPy/dy=0
ここでX、Yはそれぞれ磁区像の横方向、縦方向の座標で、試料面内に存在する。Px、Pyは、それぞれX、Y方向の磁化に相当する2次電子スピン偏極度である。
【0029】
これに対して歪(例えば研磨歪等)が存在する場合は、磁気異方性が生じて磁化方向の自由度が減り、静磁エネルギーに逆らってでも磁化の向きを変えず、
図2B(a)のように、磁壁215で磁極が生じる場合がある。この場合、試料表面の2次元成分のみでは(数1)が成り立たない場合がある。
【0030】
例えば、研磨歪の場合は、
図2B(b)のように、試料の内部では、試料面垂直方向(左下の座標におけるZ方向)に磁化は向き、試料表面では静磁エネルギーを緩和するために
図2B(a)に示すような磁壁に垂直方向に磁化が向く。その結果、表面の磁化が内部の磁化とつながり還流構造を構成し、いわゆる還流磁区をつくる。その結果、試料表面で撮影した磁区像においては、
図2B(a)のように磁壁215に磁極が生じるような磁区構造をとり、この場合磁壁部では(数1)は成り立たない。つまり、(数1)を指標として、歪の有無の検知が可能である。
【0031】
実際の測定における(数1)の演算は様々な方法が考えられる。例えば、磁区サイズが画素間隔よりも充分大きい場合は、ある解析対象の画素(i、j)の2次電子スピン偏極度のデータ(Px(i、j)、Py(i、j))において、以下のような手順における演算が可能である。
【0032】
【0033】
まず、X成分に関しては解析対象画素300(i、j)における2次電子スピン偏極度データPx(i、j)と、その正負どちらか(301か302)のX方向に隣接する画素(例えば、負方向に隣接する画素301の場合は(i-1、j))における2次電子スピン偏極度データ(Px(i-1、j))との差をとる。
【0034】
次に、Y成分に関しては解析対象画素(i、j)における2次電子スピン偏極度データPy(i、j)と、その正負どちらか(303か304)のY方向に隣接する画素(例えば負方向に隣接する画素303の場合は(i、j-1)における2次電子スピン偏極度データ(Py(i、j-1))との差をとる。そして、この両成分の隣接する画素との差を足し合わせる。この場合、以下のような(数2)になり、(数1)と同じ意味の演算が可能となる。
【0035】
(数2)
Px(i、j)-Px(i-1、j)+Py(i、j)-Py(i、j-1)=0
この左辺をプロットして画像化したものを磁化量勾配像と記し、これを解析すれば簡易的に歪の有無が判断できる。この磁化量勾配像の作成においては、隣接画素間のデータを(数2)に基づいて順次演算すればよい。つまり、画像取得を完了せずとも、走査中においても既にデータを取得した部分に関しては解析を始めることが可能である。また、従来のスピンSEMのデータ処理時に必要なスピン偏極度のオフセットやドリフトの処理は、基本的に不要となり、極めて簡単に歪の有無の可視化が可能である。
【0036】
またS/Nの観点から、(数2)の演算において隣接する複数の画素の平均値をとり、その平均値をXY各成分で差分をとり、その後足し合わせる処理をすることも有効である。この場合の演算式は以下の(数3)となる。
【0037】
(数3)
(Px(i+2、j)+Px(i+1、j))/2-(Px(i、j)+Px(i-1、j))/2+(Py(i、j+2)+Py(i、j+1))/2-(Py(i、j)+Py(i、j-1)/2=0
(数3)における平均の取り方は、X成分の演算はX方向に隣接する2画素のみ((数3)の第1項と第2項)、Y成分の演算はY方向に隣接する2画素のみ((数3)の第3項と第4項)を扱っているが、ここには特に制約はない。平均をとる画素の数や位置関係も様々に考えられる。
【0038】
また(数2)において、歪を有する場合は、左辺の絶対値がゼロではないものの、正か負かは不明であり、これは歪の有無の判断を複雑にする場合がある。例えば、グレースケールにおいて、左辺のゼロ近辺、つまり歪が無い場合をグレーにした場合、歪がある場合は白、もしくは黒になり、グレーとの判別が紛らわしい。視覚化した場合に簡便に判断できるように、(数2)の左辺の絶対値を演算し、表示することも有効である。この場合の演算式は以下の(数4)となる。
【0039】
(数4)
|Px(i、j)- Px(i-1、j)+Py(i、j)- Py(i、j-1)|= 0
(数4)が成り立てば材料内に歪はなく、成り立たない場合は歪を有することになる。(数4)の左辺は、ゼロ、または正の数であるため、この項を画素ごとに画像上においてグレースケールで表示すれば、歪の有無が判別しやすくなる。
【0040】
磁化量勾配像を用いて、歪の有無を解析した場合の例を
図3Bと
図3Cに示す。
【0041】
まず、
図3Bにおいては、歪の無い視野の例で、磁化X方向成分の磁区像(P
x)、磁化Y方向成分の磁区像(P
y)、並びに磁化量勾配像を示す。磁化のXY成分像においては、成分毎の磁化の大きさをグレースケールで示している。
【0042】
また、磁化量勾配像は、(数2)の左辺の値をプロットしたもので、歪の無い状態では、すべての画素において極めて小さい値になることが想定される。これは、磁区内部はもちろん、磁壁部分においても、磁化の流入と流出の差引がゼロになっているためである。実際に
図3Bの視野ではグレースケールのコントラストが中間色で一定しており、この観点からこの磁区像は歪の無い状態であると想定される。
【0043】
また、
図3Cの視野は若干の歪が生じている個所を観察した例を示す。
【0044】
磁化量勾配像においては殆どの領域でコントラストは中間色で一定であるものの、視野下部に黒や白のラインが観察されており、これは(数2)の左辺の値がゼロから大きく変化した領域を示している。ここで、白いラインは磁化の流入が多い個所、また黒いラインは磁化の流出が多い個所を示す。
【0045】
つまり、この視野においては、視野上部では磁化の流れが2次元面内で閉じているが、視野下部では部分的に磁化が試料面垂直方向に流入/流出し、2次元面内で閉じていないと考えられる。これは材料内の応力によって生じた磁気異方性のため、試料表面上で静磁エネルギーが部分的に大きくなる磁化の構造をとっているためであり、つまり歪の存在が示唆される。
【0046】
このように、上記実施形態では、2次電子スピン偏極度を検出し、その取得したデータを隣接画素で演算することで歪分布の導出を行っている。以下、実施例について説明する。
【実施例1】
【0047】
図4を参照して、2次電子スピン偏極度を検出する走査電子顕微鏡における表示装置150の画面例について説明する。
【0048】
ユーザは、入力装置162を使用して、メニューバー400から、解析装置100に実行させる処理を指定することができる。メニューバー400には、例えば、データの保存や読み込み、印刷等を管理する“A:ファイル”、データ取得の開始や中止のコマンドにつながる“B:データ取得”、データ取得時間や画素数などを設定する“C:パラメータ”、取得したデータを解析する“D:データ解析”等が含まれ、選択可能になっている。
【0049】
ここで、“D:データ解析”を選択すると、例えば(1)磁化方向解析、(2)磁化絶対値解析、(3)歪量解析等、解析項目を選択できる解析メニュー450が画面に表示される。その後、解析メニュー450の中から目的とする解析項目を選ぶと、解析装置100は、解析メニュー450において選択された解析処理を実行する。
【0050】
例えば、「歪量解析」が選択されると、解析装置100は、歪量解析メニュー460のウィンドウと共に、表面形状像410、磁区像(磁化成分像)420と磁区像(磁化成分像)430に加えて磁化量勾配像440を取得する画面が表示される。解析処理は、このような画面を表示した状態で実行される。この歪量解析メニュー460には、歪解析をする箇所を取得した画面上から選択する“ア:解析箇所特定”や、選択した箇所における磁壁幅を測定する“イ:磁壁幅解析”、またその磁壁幅より定量的に歪量を算出する“ウ:歪量算出”等が選択できる。
【0051】
2次電子スピン偏極度像取得モードにおいて、解析装置100は、例えば検出された2次電子の総数をプロットすることで表面形状像410を表示する。解析装置100は、また、スピン検出器103からのスピン偏極度データを基に、磁区像(磁化成分像)420、磁区像(磁化成分像)430を生成して表示する。解析装置100は、各磁化方向の成分像、例えばX方向、Y方向、Z方向の成分像を取得することができるが、
図4の例においては、磁化X成分の磁区像420と、磁化Y成分の磁区像430を表示している。解析装置100は、S/Nを確保するため、必要に応じて磁化成分データの平均化(スムージング)等の処理を行ってよい。
【0052】
また、磁化量勾配像440の作成においては、2次電子スピン偏極度データを基に(数1)の左辺の(dPx/dx+dPy/dy)を演算して各画素にプロットすることが基本方針である。しかし、画素間隔が磁区サイズより充分小さい場合は、近似的にX成分に関してはX方向に隣接する画素間の差分をとり、Y成分に関してはY方向に隣接する画素間の差分をとり、その両方向の差分結果の和を各画素にプロットすることで、目的は達せられる。この場合の演算式は(数2)になり、(数2)が成り立つ場合は歪が無く、成り立たない場合は歪があると判断できる。
【0053】
そのように作成された磁化量勾配像440において、歪の無い部分はグレースケールのコントラストが中間色で一定を示す。歪の有る領域では磁壁の一部442が白く表示され、これは磁化の流入が多い個所を示している。また同様に歪の有る部分では黒く表示される磁壁の一部441もあり、これは磁化の流出が多い個所を示している。
【0054】
ここで、白と黒の差、つまり磁化の流入と流出の違いは、特に歪に関して情報を付与するものではない。つまり、応力の向きや大きさに関しての情報は、この白黒の差には無く、単にどちらも歪を有する領域を示しているのみである。
【0055】
上記4つの画像は、走査電子線が視野を順次走査している最中においても、既に取得したデータを演算することにより部分的に表示可能である。つまり(数2)における演算においては、スピンSEMのデータ処理時に必要なスピン偏極度のオフセットやドリフトの処理が不要となるため、これまでのスピンSEM画像におけるデータ解析と異なり、1画像を撮り終えるまで待つ必要がない。
【0056】
磁化量勾配像440による歪の有無の可視化後、更なる詳細な解析は、解析箇所を特定して、高倍画像を取得し、例えば磁壁幅を測定することなどにより行う。歪の定量解析も可能である。
【実施例2】
【0057】
図5を参照して、2次電子スピン偏極度を検出する走査電子顕微鏡における表示装置150の他の画面例について説明する。
【0058】
実施例2の磁化量勾配像540の作成においては(数4)を用いている。この場合、磁化量勾配像540におけるグレースケールの明暗がそのまま歪量の大小に対応するため、視覚的に歪の有無を理解しやすくなる。つまり、歪の有る箇所の磁壁541と542は共に白くなり、歪の無い部分よりも必ず明るく表示され、
図4に示す実施例1のような、黒或いは白のコントラストの強い部分として表示される方法よりも簡便に解釈できる。また、ある閾値を設けて、その閾値より大きな箇所を歪の大きな箇所として抽出して表示する方法も有効である。
【実施例3】
【0059】
図6Aを参照して、走査電子線位置と磁化量勾配像作成における解析項目の関係を示す。
【0060】
取得する2次元画像の画素数をX方向にm画素、Y方向にn画素として、画像の左上隅の座標を(1、1)、右下隅を(m、n)とする。この時、走査電子線の視野中の位置のX座標をi、Y座標をjとする。各走査点において2次電子スピン偏極度データのPx、Pyが順次取得されるが、取得しながらX成分においてはPx(i、j)-Px(i-1、j)、Y成分においてはPy(i、j)-Py(i、j-1)を演算する。そして、その演算結果を足し合わせて表示すること、或いは足し合わせた結果の絶対値を表示することにより、磁化量勾配像を順次作成することが可能となる。
【0061】
ここで、i=1、或いはj=1の場合は上記の演算が成立しない。従って取得する磁区像のサイズがX方向にm画素、Y方向にn画素の場合、磁化量勾配像のサイズはX方向にm-1画素、Y方向にn-1画素となる。
【0062】
図6Bのフローチャートを参照して、各画素毎のデータ解析方法について説明する。
【0063】
まず、走査電子線が移動し、解析する位置を決定する(S610)。ここではその座標を(i、j)としている。
【0064】
この点において、試料101に一次電子線104が照射され、2次電子108が放出、収集され、スピン検出器103へ搬送される。スピン検出器103からの信号が、解析装置100の入力装置162に伝達される(S620)。
【0065】
そして、処理部119においてスピン偏極度(Px、Py)が解析される(S630)。その結果は画素番号(i、j)とともに解析装置の主記憶装置120へ送付される(S640)。
【0066】
そして、同時に主記憶装置120より、既に保存されているPx(i-1、j)、Py(i、j-1)を読出す(S650)。
【0067】
次に、処理部119において、Px(i、j)-Px(i-1、j)+Py(i、j)-Py(i、j-1)を演算する(S660)。
【0068】
次に、その演算結果を画素番号(i、j)とともに解析装置100の主記憶装置120へ送付する(S670)。
【0069】
また、グレースケールの濃淡度合に換算する等の処理後、磁化量勾配像の(i、j)座標にプロットする(S680)。
【0070】
そして、走査電子線は次の座標(i+1、j)に移動し、これを繰り返す。
【0071】
上記実施形態の走査電子顕微鏡は、試料から放出された2次電子スピン偏極度を測定するスピン検出器とスピン検出器の測定データを解析する解析装置とを有し、解析装置は、測定データにおいて各スピン偏極度成分の微分値或いは隣接画素間の差を演算する。これにより、試料における歪を評価する。
【0072】
上記実施形態によれば、軟磁性材料において高精度に歪の解析を行うことができる。例えば、試料内に歪が生じ、原子間隔に変化が生じると、その部分で磁気異方性が変化する。これは10-6のレベルの歪においても、その磁気異方性は大きく変化することが知られている。従って、歪が生じれば、その部分での磁気異方性が変化し、磁化分布を走査電子顕微鏡の空間分解能を用いて詳細に、かつ簡便に調べることが可能である。
【符号の説明】
【0073】
100 解析装置
101 試料
102 電子源
103 スピン偏極度検出器
104 1次電子線
105 電子光学系
106 電子光学系
107 対物レンズ
108 2次電子
115 磁区
116 磁壁
117 磁化X成分磁区像
118 磁化Y成分磁区像
119 処理部
120 主記憶装置
121 解析プログラム
130 補助記憶装置
131 データベース
140 インターフェース
150 表示装置
162 入力装置