(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】サスペンションプラズマ溶射用スラリー及び溶射皮膜の形成方法
(51)【国際特許分類】
C23C 4/11 20160101AFI20221012BHJP
C23C 4/134 20160101ALI20221012BHJP
【FI】
C23C4/11
C23C4/134
(21)【出願番号】P 2019142739
(22)【出願日】2019-08-02
【審査請求日】2021-06-24
(31)【優先権主張番号】P 2018151437
(32)【優先日】2018-08-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】特許業務法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 凌
(72)【発明者】
【氏名】高井 康
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/142017(WO,A1)
【文献】特開2016-138309(JP,A)
【文献】特開2010-150617(JP,A)
【文献】特開2002-348653(JP,A)
【文献】国際公開第2015/019673(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/099890(WO,A1)
【文献】特開2017-078205(JP,A)
【文献】国際公開第2014/142018(WO,A1)
【文献】特開2002-080954(JP,A)
【文献】特開2004-043851(JP,A)
【文献】特開平07-149597(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00-4/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分散媒と希土類酸化物粒子とを含み、該希土類酸化物粒子の
粒子径D10が0.9μm以上、粒子径D50が1.5μm以上5μm以下、
粒子径D90が6μm以下、かつBET比表面積が1m
2/g未満であり、上記希土類酸化物粒子の含有率が10質量%以上45質量%以下であることを特徴とするサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
【請求項2】
上記希土類酸化物粒子のX線回折法によって測定される(431)面における結晶子サイズが700nm以上であることを特徴とする請求項
1に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
【請求項3】
上記希土類酸化物粒子の水銀圧入法により測定される細孔直径10μm以下の細孔容積が0.5cm
3/g以下であることを特徴とする請求項1
又は2に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
【請求項4】
上記希土類酸化物を構成する希土類元素が、Y、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb及びLuから選ばれる1種以上の希土類元素を含むことを特徴とする請求項1~
3のいずれか1項に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
【請求項5】
上記分散媒が、水及びアルコールから選ばれる1種又は2種を含むことを特徴とする請求項1~
4のいずれか1項に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
【請求項6】
分散剤を3質量%以下の含有率で含むことを特徴とする請求項1~
5のいずれか1項に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
【請求項7】
粘度が15mPa・s未満であることを特徴とする請求項1~
6のいずれか1項に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
【請求項8】
粒子の沈降速度が50μm/秒以上であることを特徴とする請求項1~
7のいずれか1項に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
【請求項9】
請求項1~
8のいずれか1項に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用い、サスペンションプラズマ溶射により、基材上に、希土類酸化物を含む溶射皮膜を形成することを特徴とする溶射皮膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体製造工程において用いられるプラズマエッチング装置内の部品、部材等での使用に好適な溶射皮膜の形成に用いられるサスペンションプラズマ溶射用スラリー及び溶射皮膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造工程において用いられるプラズマエッチング装置内では、被処理物であるウェハーが、高腐食性のフッ素系、塩素系のハロゲン系ガスプラズマ雰囲気で処理される。このフッ素系ガスとしては、SF6、CF4、CHF3、ClF3、HF、NF3等が、また、塩素系ガスとしてはCl2、BCl3、HCl、CCl4、SiCl4等が用いられている。
【0003】
プラズマエッチング装置の高腐食性のガスプラズマ雰囲気に晒される部品、部材の製造には、一般に、原料を粉末の形態で供給する大気プラズマ溶射法を用いて、基材の表面に耐食性の溶射皮膜を形成することが行われている。しかし、粉末の形態で溶射するためには、溶射粒子の平均粒子径が10μm以上であることが好ましく、これより小さくなってしまうと、溶射のフレーム中に溶射材料を導入する際に流動性が悪くなり、溶射材料が供給管内に詰まることがあるだけでなく、粒子がフレーム中で蒸発してしまうなど、溶射歩留まりが低下することがある。更に、平均粒子径が大きな粉末を溶射して得られた溶射皮膜は、スプラット径が大きいために、クラックや気孔率の増加を招いてしまうので緻密な皮膜が得られず、パーティクル発生の原因となってしまう。
【0004】
特に、近年は、半導体の集積化が進み、配線は10nm以下にもなりつつあるが、集積化が進んだ半導体デバイスのエッチング中に、溶射皮膜の表面からパーティクルが剥がれ、ウェハー上に落ちると、これが半導体デバイスの歩留まりを悪化させる原因となるので、プラズマに晒される、プラズマエッチング装置のチャンバーを構成する部品、部材に形成された耐食性皮膜には、更に高い耐食性が要求されている。
【0005】
上記問題を解決する方策として、溶射材料を粉末の形態で溶射するのではなく、溶射粒子を分散媒に分散させたスラリーの形態で溶射するサスペンションプラズマ溶射が研究されている。スラリーの形態で溶射を実施することにより、粉末形態の溶射では困難であった10μm以下の微粒子を、溶射のフレーム中に導入することができ、この場合、得られる溶射皮膜のスプラット径が小さくなるので、非常に緻密な皮膜が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
スラリーの形態で溶射を実施する場合、緻密な皮膜を得るためには、微粒子をスラリーの形態で供給することになるが、スラリー供給装置から溶射ガンへ、スラリーを供給する際、配管内壁に微粒子が付着して残留し、配管が閉塞を起こしやすくなり、安定したスラリー供給を継続し難いことが問題である。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、プラズマエッチング装置内の部品・部材等に使用される緻密な耐食性皮膜を、サスペンションプラズマ溶射により製造する際に、配管の閉塞を起こすことなく安定して供給できるサスペンションプラズマ溶射用スラリー、及びこれを用いた溶射皮膜の形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、分散媒と希土類酸化物粒子とを含む溶射用スラリーとして、粒子径D50が1.5μm以上5μm以下、かつBET比表面積が1m2/g未満である希土類酸化物粒子を用いた溶射用スラリーが、スラリー中での粒子の接触点が減少し、また、粒子の運動が活発になって分散性が高まり、スラリー供給装置から溶射ガンへ、スラリーを供給する際に、安定した供給が継続でき、また、高い耐食性を備える緻密な溶射皮膜を、サスペンションプラズマ溶射により、好適に製造できることを見出し、本発明をなすに至った。
【0010】
従って、本発明は、下記のサスペンションプラズマ溶射用スラリー及び溶射皮膜の形成方法を提供する。
1.分散媒と希土類酸化物粒子とを含み、該希土類酸化物粒子の粒子径D10が0.9μm以上、粒子径D50が1.5μm以上5μm以下、粒子径D90が6μm以下、かつBET比表面積が1m2/g未満であり、上記希土類酸化物粒子の含有率が10質量%以上45質量%以下であることを特徴とするサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
2.上記希土類酸化物粒子のX線回折法によって測定される(431)面における結晶子サイズが700nm以上であることを特徴とする1に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
3.上記希土類酸化物粒子の水銀圧入法により測定される細孔直径10μm以下の細孔容積が0.5cm3/g以下であることを特徴とする1又は2に記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
4.上記希土類酸化物を構成する希土類元素が、Y、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb及びLuから選ばれる1種以上の希土類元素を含むことを特徴とする1~3のいずれかに記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
5.上記分散媒が、水及びアルコールから選ばれる1種又は2種を含むことを特徴とする1~4のいずれかに記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
6.分散剤を3質量%以下の含有率で含むことを特徴とする1~5のいずれかに記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
7.粘度が15mPa・s未満であることを特徴とする1~6のいずれかに記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
8.粒子の沈降速度が50μm/秒以上であることを特徴とする1~7のいずれかに記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
9.1~8のいずれかに記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用い、サスペンションプラズマ溶射により、基材上に、希土類酸化物を含む溶射皮膜を形成することを特徴とする溶射皮膜の形成方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の溶射用スラリーを用いることにより、スラリー供給装置から溶射ガンへ、スラリーを供給する際、配管内壁に微粒子が付着し、配管内部に残留して、配管が閉塞することがなく、安定した供給が継続でき、また、基材上に、高い耐食性を備える緻密な耐食性の溶射皮膜を形成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について、更に詳細に説明する。
本発明の溶射用スラリーは、分散媒と希土類酸化物粒子とを含み、微粒子をスラリーの形態で溶射するサスペンションプラズマ溶射に好適に用いられる。本発明の溶射用スラリーは、希土類酸化物を主相とする溶射皮膜を、安定して形成することができるものである。サスペンションプラズマ溶射に用いる微粒子を含有するスラリーには、従来、スラリー供給装置中の配管内でのスラリー循環や、スラリー供給装置から溶射ガンへのスラリー供給において使用時間が長くなると、配管内壁に残留する微粒子によって、配管の閉塞が起こりやすくなり、安定したスラリー供給を継続し難いという問題を有していたが、本発明の溶射用スラリーを用いることにより、配管が閉塞することなく、安定した供給が継続できる。
【0013】
本発明の溶射用スラリーに用いられる希土類酸化物粒子は、粒子径D50が5μm以下であることが好ましい。本発明において、粒子径D50は、体積基準の粒子径分布における累積50%径(メジアン径)である。溶射用スラリー中に含まれる粒子の粒子径が小さくなるほど、スラリー供給装置中の配管内でのスラリー循環や、スラリー供給装置から溶射ガンへのスラリー供給の際に、安定してスラリーを運搬することができる。また、溶射用スラリー中に含まれる粒子の粒子径が小さくなるほど、スラリーの形態で溶射した際の溶融粒子が基材に衝突して形成するスプラットの径が小さくなり、得られる溶射皮膜の気孔率を低くすることができ、スプラット中に生成するクラックを抑制することができる。粒子径D50は、より好ましくは4.5μm以下、更に好ましくは4μm以下である。
【0014】
本発明の溶射用スラリーに用いられる希土類酸化物粒子は、粒子径D50が1.5μm以上であることが好ましい。溶射用スラリー中に含まれる粒子の粒子径が大きくなるほど、スラリーの形態で溶射した際に、溶融粒子が大きな運動量を有することによって、基材に衝突してスプラットを形成しやすくなる。粒子径D50は、より好ましくは1.8μm以上、更に好ましくは2μm以上である。
【0015】
本発明の溶射用スラリーに用いられる希土類酸化物粒子は、BET比表面積が1m2/g未満であることが好ましい。BET比表面積が小さくなるほど、溶射用スラリー中において、粒子の表面エネルギーが減少し、粒子間の接触点が減少して、粒子の凝集が抑制されるため、粒子の分散性が高くなる。BET比表面積は、より好ましくは0.9m2/g以下、更に好ましくは0.8m2/g以下である。
【0016】
通常、希土類酸化物粒子のBET比表面積が小さくなるほど、粒子径D50は大きくなる傾向にある。本発明の溶射用スラリーに用いられる希土類酸化物粒子は、サスペンションプラズマ溶射用スラリーに用いられる希土類酸化物としてこれまで報告されていない、BET比表面積を1m2/g未満、かつ粒子径D50が5μm以下、好ましくは1.5μm以上5μm以下の小さな粒子であり、このような希土類酸化物粒子は、溶射用スラリー中に存在する粒子の凝集が起こり難いだけでなく、スラリーの流動性が向上する。更に、このような希土類酸化物粒子を含む溶射用スラリーを用いて形成された溶射皮膜の硬度が高く、このような溶射皮膜は、半導体製造装置の耐食性皮膜として好適である。
【0017】
本発明の溶射用スラリーに用いられる希土類酸化物粒子は、粒子径D10が0.9μm以上であることが好ましい。本発明において、粒子径D10は、体積基準の粒子径分布における累積10%径である。溶射用スラリー中に含まれる希土類酸化物粒子の粒子径D10が大きくなるほど、スラリー供給装置中の配管内でのスラリー循環や、スラリー供給装置から溶射ガンへのスラリー供給によって、配管内壁に残留する微粒子によって引き起こされる配管の閉塞が起こり難く、安定したスラリー供給を継続することができる。また、溶射用スラリー中に含まれる希土類酸化物粒子の粒子径D10が大きくなるほど、溶射した際に、フレーム内部へ入り込む粒子の数を増やすことができるので、基材への成膜速度が増加する。粒子径D10は、より好ましくは1.0μm以上、更に好ましくは1.1μm以上である。
【0018】
本発明の溶射用スラリーに用いられる希土類酸化物粒子は、粒子径D90が6μm以下であることが好ましい。本発明において、粒子径D90は、体積基準の粒子径分布における累積90%径である。溶射用スラリーをスラリー供給装置にセットする前処理として、凝集した粒子の解砕や、不純物の混入を防止するために、例えば、目開き20μm程度の篩を通過させると良いが、溶射用スラリー中に含まれる粒子の粒子径D90が小さくなるほど、篩の通過を容易に実施できる。また、溶射用スラリー中に含まれる希土類酸化物粒子の粒子径D90が小さくなるほど、スラリー供給装置中の配管内でのスラリー循環や、スラリー供給装置から溶射ガンへのスラリー供給の際、凝集粒子や不純物を溶射ガンへ供給することを防止するためのオリフィスを通過させる場合、粒子がオリフィスを閉塞することなく容易に通過することができる。粒子径D90は、より好ましくは5.8μm以下、更に好ましくは5.5μm以下である。
【0019】
本発明の溶射用スラリーに用いられる希土類酸化物粒子は、X線回折法によって測定される(431)面における結晶子サイズ、即ち、希土類酸化物の結晶格子の(431)面に帰属するピークの半値幅から、シェラーの式により算出される結晶子サイズが700nm以上であることが好ましい。(431)面の回折ピーク近傍には、通常、別のピークが全く無いので、結晶子サイズの測定に好適である。粒子の結晶子サイズが大きいほど、サスペンションプラズマ溶射によって得られる溶射皮膜の硬度が高くなる傾向にある。結晶子サイズは、より好ましくは800nm以上、更に好ましくは850nm以上である。X線回折における特性X線には、通常、CuのKα線が用いられる。
【0020】
本発明の溶射用スラリーに用いられる希土類酸化物粒子は、細孔直径10μm以下の細孔容積(総容積)が0.5cm3/g以下であることが好ましい。本発明において、細孔直径10μm以下の細孔容積は、水銀圧入法により測定された値が適用される。水銀圧入法による細孔径分布の測定では、通常、細孔直径に対する積算細孔容積分布が測定され、この結果から、細孔直径10μm以下の細孔容積を求めることができる。細孔直径10μm以下の細孔容積が小さいほど、二次粒子の凝集(三次粒子の形成)を抑制することができる。細孔容積は、より好ましくは0.45cm3/g以下、更に好ましくは0.4cm3/g以下である。
【0021】
本発明の溶射用スラリーの希土類酸化物粒子の含有率は、45質量%以下であることが好ましい。溶射用スラリー中の希土類酸化物粒子の含有率が低いほど、溶射用スラリー中の粒子の運動が活発になり、分散性が高まる。また、溶射用スラリー中の希土類酸化物粒子の含有率が低いほど、スラリーの流動性が向上し、スラリー供給に好適である。希土類酸化物粒子の含有率は、より好ましくは40質量%以下、更に好ましくは35質量%以下である。
【0022】
本発明の溶射用スラリーの希土類酸化物粒子の含有率は、10質量%以上であることが好ましい。溶射用スラリー中の希土類酸化物粒子の含有率が高いほど、スラリーの溶射によって得られる溶射皮膜の成膜速度が向上し、スラリー消費量を減らすこと(溶射歩留りを向上させること)ができる。また、溶射用スラリー中の希土類酸化物粒子の含有率が高いほど、溶射時間を短縮することができる。希土類酸化物粒子の含有率は、より好ましくは15質量%以上、更に好ましくは20質量%以上である。
【0023】
なお、本発明の溶射用スラリーは、希土類酸化物粒子以外の粒子(例えば、希土類酸化物以外の希土類化合物の粒子)を、本発明の効果を損なわない程度の少量であれば含んでいてもよい。希土類酸化物粒子以外の粒子の量は、溶射用スラリー中の希土類酸化物粒子の質量に対して、好ましくは10質量%以下、より好ましくは5質量%以下、更に好ましくは3質量%以下であるが、溶射用スラリーが希土類酸化物粒子以外の粒子を、実質的に含んでいないことが最も好ましい。希土類酸化物以外の粒子を含む場合、希土類酸化物以外の粒子は、本発明の希土類酸化物粒子の粒子径D50と同じ範囲内の粒子径D50を有する粒子であることが好ましい。希土類酸化物以外の希土類化合物としては、希土類フッ化物、希土類オキシフッ化物、希土類水酸化物、希土類炭酸塩等が挙げられる。
【0024】
本発明の溶射用スラリーに用いられる希土類化合物(特に、希土類酸化物)の粒子、及び溶射用スラリーを用いて形成される溶射皮膜を構成する希土類化合物(特に、希土類酸化物)において、希土類化合物(特に、希土類酸化物)を構成する希土類元素としては、特に制限は無いが、Y、Sc、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb及びLuから選ばれる1種以上の希土類元素が好ましく用いられ、より好ましくはY、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb及びLuから選ばれる1種以上の希土類元素が用いられる。希土類元素は、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0025】
本発明の溶射用スラリーの分散媒としては、水及び有機溶媒から選ばれる1種又は2種以上を用いる。分散媒は、水は単独で用いても、有機溶媒と混合して用いてもよく、また、有機溶媒単独で用いてもよい。有機溶媒としては、特に制限は無いが、例えば、アルコール、エーテル、エステル、ケトン等が挙げられる。より具体的には、炭素数が2~6の一価又は二価のアルコール、エチルセロソルブ等の炭素数が3~8のエーテル、ジメチルジグリコール(DMDG)等の炭素数が4~8のグリコールエーテル、エチルセロソルブアセテート、ブチルセロソルブアセテート等の炭素数が4~8のグリコールエステル、イソホロン等の炭素数が6~9の環状ケトン等が好ましい。有機溶媒は、水と混合できる水溶性有機溶媒が特に好適である。本発明の溶射用スラリーの分散媒は、特に、水及びアルコールから選ばれる1種又は2種を含むことが好ましく、水及び/又はアルコールのみからなることがより好ましい。
【0026】
本発明の溶射用スラリーは、粒子の凝集をより効果的に防ぐために、分散剤を3質量%以下の含有率で含んでいてもよい。分散剤としては、特に制限は無いが、有機化合物、特に水溶性有機化合物が好適である。水溶性有機化合物としては、界面活性剤が挙げられる。希土類酸化物は、ゼータ電位が正に帯電しているので、界面活性剤としては、アニオン界面活性剤が好ましく、特に、ポリアルキレンイミン系のアニオン界面活性剤、ポリカルボン酸系のアニオン界面活性剤、ポリビニルアルコール系のアニオン界面活性剤等を用いることが好ましい。分散媒が水を含む場合は、アニオン界面活性剤が好ましいが、分散媒がアルコールのみからなる場合は、ノニオン界面活性剤を用いることもできる。スラリー中の分散剤の含有率は、より好ましくは2質量%以下、更に好ましくは1質量%以下である。
【0027】
本発明の溶射用スラリーは、粘度が15mPa・s未満であることが好ましい。スラリーの粘度が低いほど、スラリー中の粒子の運動が活発になり、スラリーの流動性が向上する。スラリーの粘度は、より好ましくは10mPa・s以下、更に好ましくは8mPa・s以下である。スラリーの粘度の下限は、特に制限は無いが、1mPa・s以上であることが好ましく、より好ましくは1.5mPa・s以上、更に好ましくは2mPa・s以上である。
【0028】
本発明の溶射用スラリーは、粒子(特に、希土類酸化物粒子)の沈降速度が50μm/秒以上であることが好ましい。沈降速度が速いことは、粒子がスラリー中で周囲の抵抗を受けずに動きやすいことを意味し、沈降速度が速いほど、スラリーに含まれる粒子の流動性が向上する。スラリーの沈降速度は、より好ましくは55μm/秒以上、更に好ましくは60μm/秒以上である。
【0029】
本発明の溶射用スラリーは、サスペンションプラズマ溶射用スラリーとして好適であり、本発明の溶射用スラリーを溶射材料として用いて、基材上に、半導体製造装置用の部品、部材等に好適に適用される溶射皮膜を、サスペンションプラズマ溶射により形成することができ、このような方法により、基材上に、溶射皮膜が形成された溶射部材を製造することができる。
【0030】
サスペンションプラズマ溶射は、酸素を含有するガスを含む雰囲気下でのサスペンションプラズマ溶射、特に、大気雰囲気下でプラズマを形成する大気サスペンションプラズマ溶射が好適である。ここで、大気サスペンションプラズマ溶射は、プラズマが形成される周囲の雰囲気ガスが大気の場合を意味する。また、プラズマが形成される場の圧力は、大気圧下等の常圧の他、加圧下、減圧下であってもよい。
【0031】
基材の材質としては、特に制限は無いが、ステンレス、アルミニウム、ニッケル、クロム、亜鉛、それらの合金等の金属、アルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、窒化珪素、炭化珪素、石英ガラス等の無機化合物(セラミックス)、カーボン等が挙げられ、溶射部材の用途(例えば、半導体製造装置用)に応じて、好適な材質が選択される。例えば、アルミニウム金属又はアルミニウム合金の基材の場合は、耐酸性のあるアルマイト処理が施された基材が好ましい。基材の形状も、例えば、平板形状、円筒形状を有するもの等が挙げられ、特に制限は無い。
【0032】
プラズマを形成するためのプラズマガスは、アルゴンガス、水素ガス、ヘリウムガス、窒素ガスから選択される少なくとも2種の混合ガス、アルゴンガス、水素ガス及び窒素ガスの3種の混合ガス、アルゴンガス、水素ガス、ヘリウムガス及び窒素ガスの4種の混合ガス等が好適である。
【0033】
溶射操作として具体的には、例えば、まず、スラリー供給装置に希土類酸化物を含むスラリーを充填し、配管(パウダーホース)を用いてキャリアガス(通常、アルゴンガス)により、プラズマ溶射ガン先端部まで希土類酸化物を含むスラリーを供給する。配管は内径が2~6mmφのものが好ましい。この配管のいずれか、例えば、配管へのスラリー供給口には、目開き25μm以下、好ましくは20μm以下の篩を設けることで、配管やプラズマ溶射ガンでの詰まりを防止することができる。
【0034】
プラズマ溶射ガンからプラズマ炎の中にスラリーを液滴で噴霧して、パウダー、即ち、希土類酸化物粒子を連続供給することで、希土類酸化物が溶けて液化し、プラズマジェットの力で液状フレーム化する。サスペンションプラズマ溶射では、プラズマ炎内で分散媒が蒸発するため、本発明のスラリーを用いることにより、溶射材料を固体のまま供給するプラズマ溶射ではできなかった細かい粒子を溶融させることができ、また、粗い粒子が無いので、大きさが一定に揃った液滴とすることができる。本発明の溶射用スラリー、特に、スラリー中に含まれる希土類酸化物粒子の粒子径D50が1.5μm以上5μm以下で、粒子径D10が0.9μm以上、かつ粒子径D90が6μm以下である溶射用スラリーを用いると、希土類酸化物粒子の粒子径分布がシャープであることから、液滴が基材に衝突して得られるスプラット径が均一になり、より緻密な耐食性皮膜を形成することができる。希土類酸化物を含む溶射皮膜は、自動機械(ロボット)や人間の手を使って、液化フレームを基材表面に沿って左右又は上下に動かしながら、基材表面上の所定の範囲を移動させることによって形成することができる。
【0035】
溶射皮膜の厚さは、特に制限は無いが、好ましくは10μm以上、より好ましくは30μm以上、更に好ましくは50μm以上であり、また、好ましくは500μm以下、より好ましくは400μm以下、更に好ましくは300μm以下である。
【0036】
サスペンションプラズマ溶射における溶射距離は、好ましくは100mm以下である。溶射距離が短くなるにつれて溶射皮膜の成膜速度が向上し、また、硬度が増し、気孔率が低くなる。溶射距離は、より好ましくは90mm以下、更に好ましくは80mm以下である。溶射距離の下限は、特に制限は無いが、50mm以上が好ましく、より好ましくは55mm以上、更に好ましくは60mm以上である。
【0037】
サスペンションプラズマ溶射における電流値、電圧値、ガス種類、ガス供給量等の溶射条件に、特に制限は無く、従来公知の条件を適用することができ、基材、希土類酸化物粒子を含むスラリー、得られる溶射部材の用途等に応じて、適宜設定すればよい。
【0038】
本発明の溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により、希土類酸化物を含む溶射皮膜を形成することができ、基材上に、このような溶射皮膜を備える溶射部材を製造することができる。この希土類酸化物は、結晶性の希土類酸化物であることが好ましく、例えば、立方晶系や単斜晶系等の結晶系を1種又は2種以上含んでいてもよい。
【0039】
本発明の溶射用スラリーを用いることにより、気孔率が1体積%以下、特に0.8体積%以下、とりわけ0.5体積%以下の溶射皮膜を得ることができる。また、本発明の溶射用スラリーを用いることにより、面粗度(表面粗さ)Raが1.4μm以下、特に1.1μm以下の溶射皮膜を得ることができる。更に、本発明の溶射用スラリーを用いることにより、ビッカース硬度が500以上、特に550以上の緻密な溶射皮膜を得ることができる。
【0040】
本発明の溶射用スラリーを用いて溶射皮膜を形成する前に、基材上に、予め、厚さが例えば50μm~300μm程度の層を、下層皮膜として形成してもよい。下層皮膜の上に、好ましくは下層皮膜と接して、本発明の溶射用スラリーを用いて溶射皮膜を表層皮膜として形成すれば、基材上に形成される皮膜を、複層構造の皮膜とすることができる。下層皮膜の材質としては、希土類酸化物、希土類フッ化物、希土類オキシフッ化物などが挙げられる。下層皮膜は、例えば常圧での大気プラズマ溶射、大気サスペンションプラズマ溶射などの溶射により形成することができる。
【0041】
下層皮膜の気孔率は、5体積%以下であることが好ましく、より好ましくは4体積%以下、更に好ましくは3体積%以下である。また、下層皮膜の面粗度(表面粗さ)Raは10μm以下であることが好ましく、より好ましくは5μm以下である。面粗度Ra値が小さい下層皮膜の上に、好ましくは下層皮膜と接して、本発明の溶射用スラリーを用いて溶射皮膜を表層皮膜として形成すれば、表層皮膜の面粗度Ra値も小さくすることができるため好適である。
【0042】
このような低い気孔率や低い面粗度Raを有する下層皮膜を形成する方法は、特に制限は無いが、例えば、原材料として粒子径D50が0.5μm以上、好ましくは1μm以上で、50μm以下、好ましくは30μm以下の単一粒子粉又は造粒溶射粉を用い、プラズマ溶射、爆発溶射等により、十分に溶融させて溶射を行うことにより、気孔率や面粗度Raが上記範囲の緻密な下層皮膜を形成することができる。ここで、単一粒子粉とは、球状粉、角状粉、粉砕粉等の形態で、中身が詰まった粒子の粉末を意味する。単一粒子粉を用いた場合、単一粒子粉が、造粒溶射粉よりも粒径が小さな細かい粒子でも中身が詰まった粒子で構成された粉末であるため、スプラット径が小さく、クラックの発生が抑制された下層皮膜を形成することができる。
【0043】
また、下層皮膜、表層皮膜のいずれにおいても、機械的研磨(平面研削、内筒加工、鏡面加工等)や、微小ビーズなどを使用したブラスト処理、ダイヤモンドパッドを使用した手研磨などの表面加工によって、面粗度Ra値を小さくすることもできる。表面加工を施すことにより、面粗度Raを、例えば0.1μm以上10μm以下とすることができる。特に、本発明の溶射用スラリーを用いてサスペンションプラズマ溶射により形成した溶射皮膜は、膜質が緻密であるため、加工された表面にはクラックやボイドがほとんど見られず、表面加工により、溶射皮膜の表面として、セラミック焼結体のような表面状態を得ることができる。
【実施例】
【0044】
以下に、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0045】
[実施例1~4、比較例1、2]
表1に示される分散媒と希土類酸化物粒子とを含む溶射用スラリーを作製した。希土類酸化物粒子の含有率は表1に示されるとおりとし、実施例2以外においては、表1に示される分散剤を表1に示される含有率で添加した。
【0046】
希土類酸化物粒子について、粒子径D10、粒子径D50、粒子径D90、BET比表面積、(431)面における結晶子サイズ、細孔直径10μm以下の細孔容積を、それぞれ以下の方法で測定、評価した、また、希土類酸化物粒子を含むスラリーについて、粘度、沈降速度を、それぞれ以下の方法で測定、評価した。結果を表1に示す。
【0047】
[粒子径の測定]
得られた溶射用スラリー中の希土類酸化物粒子について、体積基準の粒子径分布をレーザー回折法により測定し、粒子径D10、粒子径D50及び粒子径D90を評価した。測定には、マイクロトラック・ベル(株)製、レーザー回折・散乱式粒子径分布測定装置、マイクロトラック MT3300EX IIを用いた。溶射用スラリーを純水30mlに添加して超音波を照射(40W、1分間)したものを評価サンプルとした。測定装置の循環系に、上記測定装置の仕様に適合する濃度指数DV(Diffraction Volume)が0.01~0.09となるようにサンプルを滴下して測定した。
【0048】
[BET比表面積の測定]
得られた溶射用スラリー中の希土類酸化物粒子について、(株)マウンテック製、全自動比表面積測定装置Macsorb HM model-1208を用いて測定した。
【0049】
[(431)面における結晶子サイズの測定]
得られた溶射用スラリー中の希土類酸化物粒子について、X線回折法(特性X線:CuのKα線)により回折プロファイルを得、(431)面に帰属するピークにおける回折ピークの広がり(半値幅)を測定し、シェラーの式から算出した値を結晶子サイズとした。
【0050】
[細孔容積の測定]
得られた溶射用スラリー中の希土類酸化物粒子について、マイクロメリティックス製、水銀圧入式細孔分布測定装置Auto Pore IIIを用いて水銀圧入法により測定し、得られた細孔直径に対する積算細孔容積分布から、径10μm以下の細孔の累積容積(総容積)を算出した。
【0051】
[スラリー粘度の測定]
得られた溶射用スラリーについて、東機産業(株)製、TVB-10型粘度計を用い、回転速度を60rpm、回転時間を1分間に設定して測定した。
【0052】
[沈降速度の測定]
得られた溶射用スラリーについて、スラリーを十分に分散させた後に、700mLを1Lの透明ガラスビーカーに入れ、沈殿が生じるまでの時間を測定し、スラリーの高さから算出した。沈殿が生じた時点は、沈殿と沈降スラリー界面をビーカー外側から目視で確認できた時点とした。
【0053】
【0054】
次に、得られた溶射用スラリーを用いて、表2に示される基材上に、サスペンションプラズマ溶射により溶射皮膜を形成した。実施例2以外においては、基材上に、表2に示される希土類酸化物を含む溶射皮膜(表層皮膜)を直接形成した。実施例2においては、基材上に、大気プラズマ溶射により、膜厚200μmの酸化イットリウムの下層皮膜を形成し、下層皮膜上に、表2に示される希土類酸化物を含む溶射皮膜(表層皮膜)を形成した。サスペンションプラズマ溶射は、プログレッシブ社の溶射機CITSを用い、大気雰囲気下(大気サスペンションプラズマ溶射)で、常圧で実施した。サスペンションプラズマ溶射の溶射条件(溶射距離、スラリー供給速度、及び溶射ガン出力)は、表2に示されるとおりである。なお、形成した下層皮膜及び表層皮膜の膜厚は、(株)ケツト科学研究所製、渦電流膜厚計LH-300Jを用いて測定した。表層皮膜の膜厚を表2に示す。
【0055】
サスペンションプラズマ溶射におけるスラリー供給の安定性は、表2に示されるとおりとなり、実施例1~4では、溶射皮膜の形成が終了するまで非常に安定していたが、比較例1では、スラリー供給中に、配管内で粒子の閉塞が発生したため、溶射皮膜(表層皮膜)の形成ができなかった。また、比較例2では、溶射皮膜の形成は可能であったが、スラリーの供給は不安定であり、溶射皮膜の形成直後に、配管内で粒子の閉塞が発生した。
【0056】
形成した下層皮膜については、気孔率及び面粗度(表面粗さ)Raを、サスペンションプラズマ溶射により形成した溶射皮膜(表層皮膜)については、気孔率、面粗度Ra及びビッカース硬度を、それぞれ以下の方法で測定、評価した。結果を表2に示す。
【0057】
[気孔率の測定]
得られた溶射皮膜(下層皮膜及び表層皮膜)について、試験片を樹脂に埋め込み、断面を切り出して、その表面を研磨して鏡面(面粗度Ra=0.1μm)とした後、電子顕微鏡により断面の写真(倍率:1000倍)を撮影した。5視野(1視野の撮影面積:0.01mm2)の撮影を行った後、画像解析ソフトウェア「ImageJ」(National Institutes of Healthによるパブリックソフトウェア)を使って気孔率の定量化を行い、画像全体の面積に対する気孔面積の百分率を気孔率として、5視野の平均値として評価した。
【0058】
[面粗度(表面粗さ)Raの測定]
得られた溶射皮膜(下層皮膜及び表層皮膜)について、(株)東京精密製、表面粗さ測定器HANDYSURF E-35Aを用いて測定した。
【0059】
[ビッカース硬度の測定]
得られた溶射皮膜(表層皮膜)について、試験片の表面を研磨して鏡面(面粗度Ra=0.1μm)とし、(株)ミツトヨ製のマイクロビッカース硬度計AVK-C1を用いて試験片の表面で測定し(荷重:300gf(2.94N)、荷重時間:10秒間)、5箇所の平均値として評価した。
【0060】
【0061】
実施例1~4では、スラリー供給時に、配管の閉塞を全く起こすことなく、非常に安定したスラリー供給が実施できており、非常に高硬度で緻密な耐食性皮膜が得られている。本発明の溶射用スラリーを用いることで、スラリー供給の際、配管の閉塞を起こすことなく、安定した供給が継続的に可能となり、サスペンションプラズマ溶射により、気孔率が1%以下、ビッカース硬度が500以上の高硬度で緻密な耐食性皮膜を形成することができる。